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『情熱が人の心を動かす』Artist unknown, The Old Plantation, c.1800

『情熱が人の心を動かす』

水谷聡男 × 山崎真央 Jul 05,2024 UP

Pヴァインのファウンダー、日暮泰文氏が、2024年5月30日(木)75歳にて永眠いたしました。
日暮泰文氏はPヴァインの前身となるブルース・インターアクションズを1975年に設立して以来、ブルースからソウル、ワールド・ミュージック、そしてヒップホップに至るまで、インディー・レーベルとしてのオルタナティヴな観点から様々な音楽をCDやレコード、書物を通じて紹介し、日本におけるブラック・ミュージック愛好の歴史を大きく切り拓いてきた開拓者の一人でした。今回、VGAではその軌跡の一部を紹介しつつ、日暮泰文氏が生き抜いた時代と現代の違いについて対談しました。

山崎:これ全部、日暮さんが書いてるんですかね?

水谷:これは日暮さんの字ですね。

山崎:ガリ版で印刷されていてすごいですね。

水谷:便利なものがないと熱くなるんでしょうね。情熱が感じられますね。

山崎:これはいつ頃のものなのでしょうか?

水谷:ブルース愛好会の発足は1968年ですね。その翌々年の1970年には『ザ・ブルース』(日暮泰文氏が刊行したブルース愛好会の機関誌を発展させた雑誌。その後ブラック・ミュージック専門誌『ブラック・ミュージック・レビュー』へとリニューアルする)の第一号が出るんですよ。まさに我が社のルーツですね。

山崎:1968年だと日本にはまだアメリカのブルースやソウルの情報があまり入ってきていないんじゃないでしょうか?

水谷:様々なブラック・ミュージックが日本でも少しずつ認知されてきたくらいの時代だと思います。先日とある場所にある、日暮さんとそのお仲間の方々が集っていた部屋にお邪魔する機会があったのですが、そこに『JAZZ RECORDS』っていう本(デンマークのジャーナリスト/ジャズ作家のヨルゲン・グルネット・イェプセン編集による、戦後初となるジャズのディスコグラフィー本)がシリーズでずらっと置いてあったんですよ。
それはジャケット写真なんか一切ない、テキストしか書いてないひたすらデータだけが掲載された辞書のような本で、一冊取り出してページをめくってみるとそれにたくさん赤線が引いてありました。

山崎:1960年代ではかなり重要な情報源だったらしいですね。これは当時、日本で入手するのは難しかったのではないでしょうか。

水谷:この本がとても気になったので日暮さんと共にブルース愛好会を立ち上げた鈴木啓志さんにお聞きしたのですが、みんな当時はジャズの本なのに、一部掲載されているブルースをそこから探していたらしいんですね。
で、その後、68年に初めてブルースのディスコグラフィー本が出るんですが(イギリスの作家、マイク・リードビターとニール・スレイヴンによる初の画期的なブルース・ディスコグラフィ『Blues Records 1943-1966』)、それまでは本当にコアなブルースの情報が『JAZZ RECORDS』でしか、なかなか手に入らなかったらしいです。

山崎:当時はブルースもジャズの括りで捉えられている部分もあったんでしょうね。その本はルーツ的なブラック・ミュージック全般って感じだったのかもしれません。

水谷:それとは別の話なのですが、先日、20代くらいの若い人とお話しする機会がありまして、彼はヒップホップを作っていてサンプリングをしていると。で、具体的に何をサンプリングしてトラックメイキングをしているのかを尋ねたんですが、彼は曲名どころかアーティスト名も覚えていないんですよ。一つも覚えていなくて。サブスクで出てきた曲を良いと思ったらひたすらブックマークしてプレイリストに入れているだけだと言っておりました。

山崎:今の時代っぽいですね。最近、DJもサブスクだったりするようで。それってもはやDJ(ディスク・ジョッキー)じゃないですよね。SJ(サブスク・ジョッキー)って呼んだ方がいいんじゃないですか?(笑)でもアナログよりもサブスクの方がとても情報が早く的確に捉えるので我々アナログ・ユーザーからしたらSJを見習いたい部分はあるんですけど。

水谷:確かに。的確なデータをもとにデータ音源をかけている。これはデータ・ジョッキーなので「デー・ジェー」ですね(笑)。
冗談はさておき、話を戻しますが、日暮さんは1948年生まれなので、先ほどのチラシを作ったのは20歳ということになります。かたや、その若者はネット上に無限にある情報の中でサンプリングソースを探すためにディグるけどアーティスト名すら覚えていない。この2つの出来事がちょうど同じ時期だったので、ショックというか考えさせられました。

山崎:僕らの若かりし時代も限られた情報の中で探すってありましたね。80〜90年代初頭はレコード屋さんでは試聴もできなくて最初は買っては失敗しての繰り返し。なかなか良いレコードに巡り合わないからレコード屋の店員に菓子折り持って情報を聞きに行ってましたよ。それくらい良い情報を得ることが難しかったです。でもその分、情報に飢えていましたね。

水谷:先ほど話しました若い人を悪く言うつもりは全くありません。それが今の世の中ですし、その分いろいろなスピードは早くなっていると思うのですが、前述の『JAZZ RECORDS』の赤線を見たときに、タフさと凄まじさを感じました。そしてPヴァインが50年(2025年で50周年)続けてこれた『しぶとさ』の根幹はここにあるんだなと改めて実感しました。

山崎:まだ日本で知られていないブルースを開拓してもっと広めていこうという強い情熱を感じますね。でも、今ってタフさや『情熱』だけではダメだという風潮がある気がします。もっと賢く、要領良くやっている人の方が成功している例が多いというか。先ほどのサンプリングの話で言うと今は、情報過多の中でなんでも選べて機材も進化しているから作るスピードも早いし、簡単。アーティスト名なんていちいち覚えないで、サクサク作って数打ったほうがいいのかもしれません。90年代のアーティストはやっとの思いで探し出した1曲を、サンプラーに取り込んでスタジオでミックスしてってなるのでどうしても時間も手間もかかっていました。

水谷:僕も昔は良かったなんていうつもりもありません。Pヴァインは本格的すぎる「重さ」、「野暮ったさ」みたいなのが社風にあって、周りのお洒落だったり洗練されたイメージの会社とは違って、我が社は古臭いなってコンプレックスではないですが僕も思っていた時期はありました。でも今、振り返ってみると、そういうトレンドに向いていたインディーレーベルは、CD不況を乗り切るのは大変で、時代の変化の波にのまれていったレーベルもありました。

山崎:音楽一本で勝負しているインディーの会社でデータ/サブスク化によって起こってしまった音楽不況を乗り越えて、今も安定して残っているのは、ちゃんと地に足がついているところばかりかもしれません。

水谷:流行りに乗るなとは思っていなくて、時代を読む力っていうのはとても重要だと思います。現に日暮さんも先見の明に長けた人でした。

山崎:そうですね、大事なのは流行に振り回されすぎない強さ、そして決めた道を根気良く進み続ける情熱だと思います。
でも今の時代は情報が多いのでどうしても迷いが出てくるのかもしれません。一つのものを極めようという気にはならないですよ。

水谷:昔の人って得意分野はこれっていうのが明確に見えました。何か一つに絞って極めようとすることで、その本質に触れ豊かな体験をすることができる気がします。

山崎:あとは景気の先行きが読めない中で、仕事や売り上げほしさに多くの情報を追いかけてしまう傾向がある気がします。焦らないで根気よく、一つのものに『情熱』を注ぐことが一番の近道だということを僕らは次世代に伝えなければいけないのかもしれません。

水谷:いまの時代、情報は簡単に手に入るのですが、それが罠だったりもしますから。情報に泳がされないように上手くネットと付き合う事でより豊かなミュージック・ライフが送れるようになる気がします。一方で、我々世代も完全にレコード=物に支配されていて物量の多さに身動きが取れなくなってますので、そこもバランスよく収集していくのが、肝だったりしますね。日暮さんの自宅にもお邪魔しましたが、部屋を見てレコードは言わずもがな、音楽に限らない様々な書籍が棚にきちんと整頓されていて、文化的にとても豊かな生活を送っていたのだなぁと思いました。

山崎:今回もやはり少々説教臭い老害トークになってしまいましたね。でもYONCEの「説教くさいおっさんのルンバ」じゃないですが、オヤジの説教に耐えられない若者が多すぎるのでは?べつに言う事を聞かなくてもいいので、バネにしてもらわないと。『情熱』はストレスからのカウンターで生まれるんですよ。

水谷:そうですね、ミシシッピの綿花畑で黒人労働者がストレス・フルな重労働のなか歌って生まれたのがブルースの起源ですから。あっ、「説教くさいおっさんのルンバ」のPVで説教くさそうな男性を演じてる方は、リアル僕の若い頃の上司(ホント)でした。
なので、僕も見習って頑張ろうと思います(笑)。