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完璧じゃないから、愛おしい。レコードは「大人の味」

完璧じゃないから、愛おしい。
レコードは「大人の味」

水谷聡男(Pヴァイン代表取締役社長 / VINYL GOES AROUND) ×
山崎真央(VINYL GOES AROUND / VINYLVERSE チーフ) × 
牧野佳介(VINYL GOES AROUND PRESSING エンジニア)
Jul 24,2025 UP

レコードはとても不思議な存在だ。デジタルのように正確ではない。聴くたびに少しずつ違う顔を見せる。針が落ちるたびに、あの「パチッ」というノイズが混ざる。でも、それがいい。むしろ、それがなければ物足りないとすら感じる。

いま、音楽は誰もがスマホ一つで持ち歩ける時代。SpotifyもYouTubeもある。なのに、なぜか再生が面倒なレコードを手に取る人が増えている。その理由は、ファッションでも、ノスタルジーでもない。「不完全さ」ゆえの魅力にこそ、人は惹かれているのではないだろうか。

ノイズ、ひずみ、わずかなピッチの揺らぎ。現代の完璧に整ったデジタル音楽とは正反対の、こうしたブレのある音が、かえって音楽を「生きているもの」として感じさせてくれる。

音楽を取り巻く環境があまりに「汚れの無い」ものになりすぎた昨今、あえて「雑味」の多いメディアであるレコードを選ぶ人たちが増えている。

私たちはレコードという存在にどんなこだわりを持ち、どんな魅力を感じているのか。単なる音の再生装置ではない、「人の手が宿る音の媒体」としてのレコードを巡って、レコードの今の現場に関わる3人が、製造と鑑賞、そして「雑味」について語り合う。

話はレコード・プレス工場、『VINYL GOES AROUND PRESSING(VGAP)』の片隅で行われた。

水谷:やっぱさ、レコード・プレス工場って、実際のところプレスの工程で音が良くなるわけじゃないよね?

牧野:そうですね。そこはよく誤解されがちですけど。

水谷:我々の最大の使命って、カッティング(音源をラッカーでコーティングされたアルミニウム製の円盤に物理的に刻み込む工程)を経て作られたスタンパー(レコード盤をプレス成型するための金型)の音を、どれだけ忠実にヴァイナル製のレコードとして再現できるかってことだよね。

牧野:まさにそこなんです。

水谷:でも、あえてうちのプレスのこだわりを挙げるとすれば、うちのプレスマシンってボイラー式なんですよ。電気式もあるんですがボイラーにしたんですね。「電気炊飯器とガス炊飯器」の違いって言えばわかりやすいのですが、別にどっちが絶対いいって話じゃないけど、やっぱり火力が強い分、ガスの方がスピーディーに美味しく炊けるっていう。

牧野:それに近い感覚はありますね。

水谷:電気式だと、同じ時間内で作れる枚数が半分くらいになっちゃうし、熱量が足りなくてプレスのときにレコードが意図せず分厚くなっちゃう。つまり、意図してないのになんでも「重量盤(通常より厚くて重いレコード)」になってしまう。

牧野:そうなんです。もちろん重量盤が好まれることもありますけど、必要以上に厚いと、見た目もバランス悪くなるし、何より材料費が無駄にかかる。結果的に製造価格も上げざるを得ないですし。だから、うちが電気式にしなかったのは本当に正解だったと思ってます。

山崎:そうなんですね。確かに7インチなのに無駄に分厚いレコードってたまにありますね。ところでプレス・エンジニアとして、マッキー(牧野)は何か特に「こだわってること」ってあるの?

牧野:こだわりというか、レコードづくりって、ものすごく繊細な作業なんですよ。日本って四季がはっきりしてて、湿気が多い/少ないなど色々な時期があるじゃないですか? だから、工場の室内環境が日々違うんです。もちろん空調設備は整っていますが、でも外気の変化で、マシンの設定も左右されるんです。前日と同じ設定じゃ通用しない。その日ごとに最適な条件を探って調整してるんです。たとえば、「今日は寒いな」とか。そういう時にボイラーの温度をちょっと上げたり、圧力をかける時間を数秒減らしたり。そういう微調整を毎日やってます。もう、経験と勘の世界ですね。「今日はこういう陽気だから、こうしよう」っていう感覚が、1年やってみてデータと一緒に自分の中に蓄積されています。

山崎:完全に職人の世界だね。レコード・プレスって、一夜漬けでなんとかなるようなもんじゃないんだね。

水谷:ほんとそう。ただプレス機を買えば良い音のレコードが作れる、なんて甘いもんじゃない。ボタンを一つ押せば自動でできるってものではないですね。

牧野:まさにその通りです。調子のいい日もあれば、うまくいかない日もある。そういう微妙な変化を察知して、その日の環境に合わせて調整していく。

山崎:そうやって、1枚1枚に気持ちが込められてるんだね。レコードって大量生産だけど、やってることはほぼ手仕事って感じだね。

牧野:はい、文字通り手を抜けないですね。

山崎:レコードは生き物ですね。作るのは本当に大変だと思います。でも、VGAPでプレスされたレコードって、かなり音がいいと思うんですよ。これは社長の前だからって媚を売っているわけでもないし、この記事が公になるからって自社の宣伝のつもりで言ってるわけでもなくて。音の鳴りが「いい音楽」として聴こえるんですよね。

水谷:真央さん(山崎)が一番そう言ってくれていますよ(笑)。でも実際、そういう声ってちょくちょく届いていて。先日もジム・オルークが、うちでプレスしたフェネス(Fennesz)のレコードを聴いて、「音がいい、素晴らしいプレッシング!」って絶賛してくれたんですよ。

山崎:それはすごいですね。ジム・オルークって、音に対してものすごくこだわる人だから、彼がそう言うってことは間違いないですね。しかも、それを聞いて僕の耳も間違ってなかったんだなって、ちょっと安心しました。

水谷:そもそもレコードって「音がいい」ってよく言われるけど、解像度とかクリアさみたいなスペック的な基準で言えば、CDの方が優れてるはずなんですよ。だから、なんでレコードが音がいいって言われるのか、説明しづらい部分もある。でも、今、真央さんが言ったように、「いい音」っていうより「いい音楽」として耳に届く、その感覚なんですよね。

牧野:でも、完璧さを求める人にとっては、レコードってちょっと不安定なものに感じるかもしれないです。ノイズはあるし同じ盤でもどうしても微妙な個体差が出たりしますから。そういう意味では、CDの方が「製品」としては優秀だと言えるかもしれません。

水谷:いや、レコードはノイズや個体差があるからいいんです。

山崎:僕もそう思います。昔はCDが登場する前、レコードには「ノイズがあって当然」という認識があって、それが当たり前に受け入れられていました。でも今は、CDやデジタル音源のように、均一でクリーンな音が当たり前になっている。なのでレコードにも同じレベルのクオリティを期待してしまう人も増えているかもしれないんだけれども、レコードのあらゆる雑音を「ノイズ」として徹底的に排除してしまうと、逆に音の「味」が消えてしまうこともあると思います。

水谷:そうですね。製品のクオリティを上げようとする美意識は大切だと思うんですが、それと「ちょっとでも雑音があったら受け入れられない」みたいな潔癖的な排他性は違う気がします。ただ近年は後者のような感覚から、ほんの少しの「雑音」や「揺らぎ」に耐えられない人が増えている側面もありますね。

山崎:昔に比べたらちょっとした「揺らぎ」や「雑味」に価値を見いだす感覚自体が薄れてきているように感じます。

水谷:でも音楽って、譜面通りに機械的に演奏されたものよりも、ほんの少しのズレや余韻、人間らしさの中にこそ感動があると思うんですよね。レコードも同じで、完璧にはならないからこそ尊い。不安定だからこそ儚さがあって、それが美しさにもつながる。物って使えば傷がつくものだし、レコードもそう。だからこそ愛おしい。

牧野:僕の仕事としては、できる限り出荷時のエラー要素は取り除かなければいけないし、そのクオリティを上げる努力は日々しています。でも、おっしゃる通り芸術的な観点での判断の方が大切なので音楽的な味わいや勢いまでそいでしまわないように気をつけています。

水谷:レコードにはデジタルでは再現できない生々しさとか、あたたかみって確かにある。CDのように、完全に均一な製品をレコードで作ることはできません。むしろ同じじゃないから僕は「それがいいんじゃないかな」と思います。それがレコードの本質かもしれない。

山崎:吹きガラスや陶芸のように、手仕事ならではの味わいに魅力があると感じる人もいます。「不完全の中にある美しさ」を見出すという感性って人の本質にはありますよね。

水谷:カレーの「アク」や「焦げ」じゃないですが、「雑味」があるからこそ、「旨味」が生まれる。レコードもいわば「大人の味」で、その「雑味」を味わうのが楽しみ方の一つだと思います。
昔、工場ができる前、我が社でリリースした、ある世界的なアーティストにテストプレスの確認をしてもらったことがありました。ほんのわずか音に「雑味」が入っていたようで、厳しい指摘をされるかと思ったのですが、返ってきた言葉は「このままでいってくれ。レコードってそういうものでしょ」と。その方も相当なレコード好きで、この事は今でも強く印象に残っています。
いま、またレコードのそうした「不完全」さに価値を見直す人が少しずつ増えてきているように感じます。だからこそ、レコードは再び注目されているんじゃないですかね。

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おかげさまで現在、「VINYL GOES AROUND PRESSING」は各方面からたくさんのご依頼をいただき、ありがたいことに日々忙しくさせていただいております。
多くの著名な方々にもご依頼を受けており大変感謝しておりますが、私たちVGAPが目指しているのは、次世代を担う新たなアーティストたちのサポートになること。
現在、どこにも所属せずDIYで活動しているアーティストを支援するプログラムも準備中で、まもなく発表できる予定です。

今後とも「VINYL GOES AROUND PRESSING」を、どうぞよろしくお願いいたします。