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interview with Martyn

interview with Martyn

デトロイト、シカゴ、ベース・ミュージックの三位一体

――マーティン、ロング・インタヴュー

野田 努    Sep 13,2011 UP

アイントホーフェンはアムステルダムやベルギーのゲントに近いから、当時あのあたりにはDJがたくさん住んでた。有名なアメリカのDJたちでさえ、アムステルダムやベルギーを含め、みんなヨーロッパに住んでたんだ。


Martyn
Ghost People

Brainfeeder/ビート

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■あなた自身の経歴について訊きたいのですが、生まれはアイントホーフェンですよね? 

マーティン:そうだよ。

■アイントホーフェンには、90年代に〈Eevo Lute Muzique〉や〈Djax-Up-Beats〉のような先駆的なダンス・レーベルがありましたよね? 聴いてましたか?

マーティン:もちろんさ。90年代の初めにクラブに行きはじめたんだけど、アイントホーフェンはアムステルダムやベルギーのゲントに近いから、当時あのあたりにはDJがたくさん住んでた。有名なアメリカのDJたちでさえ、アムステルダムやベルギーを含め、みんなヨーロッパに住んでたんだ。彼らがハウスやテクノをクラブでプレイしてたんだけど、そういうDJの多くが〈Eevo Lute Muzique〉や〈Djax-Up-Beats〉から作品をリリースしてたから、そのふたつはとくにビッグだったね。ちょうどクラブに行きはじめたのがこの時期で、俺はまさにそのシーンにいたんだよ。90年代の半ばになると、ドラムンベースを聴くようになって、自分でパーティをオーガナイズしながらクラブのプロモーターになったんだ。それがきっかけでDJもはじめたし、曲も作るようになった。俺のなかのテクノ・サイドは初期のクラブやダンス・シーンから。で、ドラムンベース・サイドは作曲やDJの経験がベースになってるんだ。

■〈Eevo Lute〉や〈Djax-Up〉からはどんな影響を受けてますか?

マーティン:とくに〈Eevo Lute 〉のほうからは強い影響を受けてるよ。彼らは〈Djax-Up〉よりももっとデトロイト・ミュージックをリリースしてたからね。カール・クレイグとか。

■あなた自身はどのようにして音楽の世界に入ったんですか?

マーティン:最初はプロモーターとして音楽業界に入ったんだ。クラブナイトをブッキングしたり、フライヤーを作ったり配ったり......。10年くらいオーガナイザーをやってたな。そのあいだでDJもやってたから、クラブナイトのウォームアップなんかもやってたよ。ヘッドライナーがプレイするまえに機械をならしたりね。長いことそれをやってたんだけど、そのあと他のクラブでもブッキングするようになって、2000年代に入るとより頻繁にDJするようになってそれから、だんだん自分の曲を作ろうと思いはじめたんだ。

■ロッテルダムに移住した理由を教えてください。

マーティン:アイントホーフェンは小さすぎるんだよね(笑)。だからちょっと飽きちゃって、もっと大きな街へ移ろうと思ったんだ。ロッテルダムは交通機関が24時間動いてるから、ギグのあと空港へ行くこともできる。すべてに近いから、移動も便利だったんだ。

■ロッテルダムと言えば、かつてはガバで有名でしたが、どんな音楽シーンがありますか?

マーティン:超ビッグなエレクトロ&テクノ・シーンがあるよ。けっこう知られてるくらい大きいんだ。いろんな人がツアーできてるしね。スピーディ・Jとか、アムステルダムの有名なテクノDJもそのシーンに参加してるんだ。ヒップホップも多いよ。オランダ語のヒップホップ。ガバはたしかに昔は有名だったけど、もう違うね。ロッテルダムも大きい街ではあるから、つねにいろんな音楽が飛び交ってるんだ。住んでてすごく楽しい街だったよ。

■最初はドラムンベースのDJだったという話ですが、そうなんですか?

マーティン:そうだよ。

■初期はマンチェスターやロンドンのレーベルから作品を出していますが、UKには頻繁に行っていたんですか?

マーティン:そうだね。とくに90年代半ばくらいはしょっちゅうイギリスに行ってたな。ドラムンベースがビッグになったときは、かなりの頻度でロンドンに行ってたよ。オランダからあまり遠くないから、ロンドンに行ってレコードを買ったり、クラブナイトに行ったり......。週末に行って、3、4日間滞在するってパターンが多かったかな。ドラムンベース・ナイトの仕事もしてたから、UKから人を呼んだりもしてたんだけど、それでUKの友だちも何人かできたんだ。だから自分の曲を作りはじめたとき、彼らに曲を送るのには困らなかった。彼らはクラブナイトを通してすでに俺と俺の音楽を知ってたからね。受け入れてもらいやすかったんだ。

■音楽だけで生活できるようになるまで、どんな仕事をしていましたか?

マーティン:けっこういろいろやってたよ(笑)。大学時代はバイトしてたし。顧客サービスとか、つまんないこともやってた。でも、最初にちゃんとお金を稼ぐようになったのはクラブ経営の仕事。だから、バイト以外の仕事だと、初めから音楽業界に関わってはいたんだ。さっきも言ったけど、プロモーターとか、オーガナイズなんかが最初の仕事だね。

■シングル「Red 7 / Get Down」もそうでしたが、『グレイト・レングス』はどちらかと言えばデトロイティッシュな美しさを持った作品で、デトロイト・テクノやシカゴ・ハウスへの愛情を感じたのですが、そのあたりの影響について教えてもらえますか?

マーティン:デトロイト・テクノやシカゴ・ハウスからは、いちばん最初に影響を受けたと言ってもいいくらいさ。そういった音楽は、クラブに行きはじめた本当に最初の頃に出会った音楽だからね。人って、若い頃がもっとも影響を受けやすいだろ? まさにクラブに行きはじめたときにハウスやデトロイト・テクノがビッグだったから、そういう音楽がまるでウイルスみたいに俺のなかに入って来たんだ(笑)。レコードを買いはじめたときも、テクノやハウスのレコードを買ってた。俺にとっては、そういった音楽が最初のダンス・ミュージックなんだ。だから、多かれ少なかれ俺の音楽がそれっぽく聴こえるんだと思うよ。

■デトロイトのアンダーグラウンド・レジスタンスのメンバー、DJデックスとはどのように知り合ったんですか?

マーティン:アンダーグラウンド・レジスタンスを通じてさ。彼に会ったのは...そうとう前だな。自分の音楽を作ったとき、音源をデトロイトのアンダーグラウンド・レジスタンスに送ったんだけど、何でかはわからないけどそのときDJデックスがたまたまそれを聴いて気に入ってくれたんだ。で、俺も彼の音楽が大好きだったから、彼にリミックスを頼んで、そこから交流がはじまった。で、アメリカに引っ越してから直接会うようになったんだ。いま彼はLAに住んでるから、LAに行くときは彼に会うんだ。

野田 努(2011年9月13日)

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