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interview with Elliot Galvin

エリオット・ガルヴィンはUKジャズの新しい方向性を切り拓いている

interview with Elliot Galvin

イギリスの作曲家/即興演奏家エリオット・ガルヴィンは、マーキュリー賞にノミネートされたジャズ・バンド、ダイナソーの一員であり、またシャバカ・ハッチングスのピアニストとしても知られている。彼の『廃墟』と題された新作に注目しよう。

取材・文:細田成嗣 Narushi Hosoda    通訳:染谷和美 Kazumi Someya
photo by Arepo
Mar 04,2025 UP

『The Ruin』というタイトルは、古代アングロサクソンの詩が元になっているんですけど、廃墟や過去から何かを再構築するのがいかに難しいか、というような内容の詩なんです。それはまさに僕が考えていたことと響き合っていた。

ロンドン・サウンドペインティング・オーケストラというのはウォルター・トンプソンの発案したサウンドペインティングを取り入れたグループでしょうか?

EG:そう、よくご存じで! ピアニストで作曲家のディエゴ・ギメルスが設立した、イギリスで初めてのサウンドペインティングのオーケストラなんです。

そうなんですね。東京にもあるんですよ、サックス奏者の小西遼さんという方が立ち上げたTokyo sound-paintingというパフォーマンス・ワークショップが。ところで、あなたはジャズに限らず即興音楽のシーンでも活動しているところがユニークな点だと思うのですが、イギリスにはデレク・ベイリーやジョン・スティーヴンス、AMMなどから始まるフリー・インプロヴィゼーションの長い歴史がありますよね。どのようなきっかけでそうした即興音楽シーンでもライヴをするようになったのでしょうか?

EG:どちらかというと、僕はジャズや作曲よりもインプロヴィゼーションの方が先にありました。子どもの頃にジャズ・ピアノの先生から即興で好きなように創っていいんだということを学んだ話をしたけれど、それもジャズというよりインプロヴィゼーションの面白さに興奮したんです。すごく楽しかった。そしてその後、ロンドンに出てきてから、自由に即興演奏をするライヴが開催されていることを知りました。ロンドン・サウンドペインティング・オーケストラでの演奏体験もあり、僕はこういうことをやりたいし、これが自分にできることかもしれないと思えた。あなたがおっしゃるようにロンドンには即興音楽の非常に長い歴史があります。僕が活動を始めた頃にはデレク・ベイリーはすでにいませんでしたが、エヴァン・パーカーは健在で、たとえばマーク・サンダースのようなドラマーもいました。マークとはデュオで即興演奏のアルバム(『Weather』2017)も作りました。さまざまな出会いがあり、素晴らしい人たちが大勢いて、誰もがフレンドリーでオープンなコミュニティです。すごく寛容な人たちが多いので、楽しく活動することができていますね。

フリー・インプロヴィゼーションという観点からは、特に研究したピアニストはいますか? 一口にピアノによる即興と言ってもいろいろなアプローチがあるわけですが。

EG:たしかにいろんなピアニストがいます。フリー・インプロヴィゼーションの世界に限定しても、いろんなタイプのピアニストがいますよね。でも、さっきも名前を挙げたセシル・テイラーはやっぱり重要な存在で、彼から離れるのは難しい。彼は間違いなく素晴らしい即興ピアニストだから。もっと最近の人物だと、クレイグ・テイボーンかな。彼はインプロヴィゼーションも素晴らしいし、ソロ・ピアニストとしても優れていて、2020年に僕がリリースしたピアノによるソロ・インプロヴィゼーションのライヴ盤『Live In Paris, At Fondation Louis Vuitton 2020』があるんですけど、その時のライヴのファースト・セットはクレイグのソロだったんです。僕はセカンド・セットで、彼の演奏を観て、実際に会って話すこともできて、とても刺激を受けました。あとはパット・トーマス。彼はイギリス出身で、ピアニストとしてもインプロヴァイザーとしても素晴らしいです。

1990年代から2000年代にかけて、EAI(エレクトロアコースティック・インプロヴィゼーション)と呼ばれる即興音楽の新しい潮流が世界中の都市で同時多発的に出現し始めました。ロンドンにもマーク・ウォステルやロードリ・デイヴィス等々が登場し、尺八の演奏でも知られるクライヴ・ベル──彼はザ・コメット・イズ・カミングのドラマー、ベータマックスことマックス・ハレットの父ですね──は「ニュー・ロンドン・サイレンス」と題した記事を書いています。そうしたロンドンの音楽潮流に対する興味はありましたか?

EG:そのムーヴメントのことはわかります。ただ、僕がメドウェイからロンドンに出てきた2010年頃には、すでにムーヴメントとしては過去のものになっていました。もちろん、そのムーヴメントに関わっていたミュージシャンは当時も活躍していましたし、僕も聴いたりチェックしたりしていましたが、大きなインスピレーションを受けるほど深くのめり込んだわけではなかった。むしろ僕が意識していたのは、スティーヴ・ベレスフォードやマーク・サンダースのような人たちでした。

2011年にドイツで「Just Not Cricket!」という音楽フェスティバルが開催されました。イギリスの即興音楽をテーマに4世代にわたるミュージシャンを紹介する内容で、演奏記録が4枚組のアルバムでリリースされていますが、当時最も若い世代のひとりとして位置づけられていたのがシャバカ・ハッチングスでした。あなたはさらにその後の世代に当たるわけですが、2010年代以降のイギリスのフリー・インプロヴィゼーションのシーンがどのように変化したのか、あるいはどんなトピックがあったのか、あくまでもあなたが見てきた景色で構わないので、教えていただけますか。

EG:それは興味深い、面白い質問ですね。たくさんのトピックがありますけど……フリー・インプロヴィゼーションのことを考えると、僕らがどんな場所で音楽を演奏してきたのか、その会場のことが頭に浮かびます。たとえばボート=ティン(Boat-Ting)という、実験音楽や現代詩のカッティング・エッジなイベントがロンドンにはあって、船の上でインプロヴィゼーションをおこなうのだけど、そこではたくさんの興味深いことが起こりました。有名なカフェ・オトは、いろんな人たちがインプロヴィゼーションを介して集まる場所として、いまやとても重要な場所になっています。ムーヴメントとその変化ということで言うと、いろんな分野から背景の異なるミュージシャンたちが集まってインプロヴィゼーションに取り組んでいるのが、いまの特殊性じゃないかと思ってます。ベース奏者のカイアス・ウィリアムズ(Caius Williams)が立ち上げたイベント・シリーズがあるんですが、それなんかも本当に幅広くて。たとえばコビー・セイのようなスポークン・ワードを使うミュージシャンもいれば、マーク・サンダースやジョン・エドワーズのような少し上の世代の人たちもいて、さらにギタリスト/作曲家のタラ・カニンガム(Tara Cunningham)のような新しい才能までいる。ジャズもロックもヒップホップも、さまざまなバックグラウンドを持つ人びとがインプロヴィゼーションの場で集まり、そして集まったことによって少し変わった何かを作り出している。とても面白いことが起きていると感じています。

モジュラー・シンセに興味を持って、いろいろな実験を試していたんです。自分で組み立てて、さまざまな方法でいろいろなものと接続できるのが面白くて。

ここからは最新アルバム『The Ruin』についてお伺いします。とりわけ2018年の『The Influencing Machine』以降、アルバムごとに異なるコンセプトを明確に打ち出してきたと思うのですが、『The Ruin』はどのようなコンセプトで制作しましたか?

EG:自分の人生や世の中で起きたことに対して、自分なりに反応を示していくことを音楽でやりたいと考えるようになったのが『The Influencing Machine』の頃なんです。コンセプトを立てたり、もっと面白いことを探求したりするようになったのは、ちょうどイギリスでブレグジットが起きた直後のことでした。アメリカではドナルド・トランプが大統領に就任して、世界的に物事が変化していると感じた。だから、自分のコンセプトについてもっとクリエイティヴに反応する必要があると感じたんです。

なるほど。

EG:今回の『The Ruin』について最初に考え始めたのは、コロナウイルスによるロックダウンの終わりの頃でした。僕は「何かを作らなければ」と思った。コロナ禍によって僕の生活もみんなの人生も変わってしまったから、物事を違った視点で考えたいと思いました。そして、とても個人的で内省的なものにたどり着きました。僕自身の過去を掘り下げるようなもの、アルバム全体がほぼ自伝的なものになるようなパーソナルな音楽を創りたかったんです。実はアルバムを録音する直前に、僕が子どもの頃に初めて手にしたピアノを売らなければならない状況になって、売る前に何か形に残さなければと思い、そのピアノで即興演奏をしてiPhoneで録音しました。その録音を2年ほど経ってから取り出して、今回のアルバムの出発点として使いました。その即興演奏の録音と、自分の過去や歴史を中心にアルバム全体を構築していこう、ということがアイデアの種でした。そこから他にもたくさんのものが加わっていきました。あと『The Ruin』というタイトルは、古代アングロサクソンの詩が元になっているんですけど、廃墟や過去──過去もある意味廃墟ですよね──から何かを再構築するのがいかに難しいか、というような内容の詩なんです。それはまさに僕が考えていたことと響き合っていた。だからその詩からもインスピレーションを受けて作ったのが今回のアルバムです。

結果的に今回は、ライヴ・レコーディングだった前作、前々作とは違い、ポストプロダクションを駆使した録音作品ならではのアルバムになったと思います。そういったポストプロダクションやサウンドデザインの側面は、現代音楽由来の電子音楽/多重録音からの影響が大きいのでしょうか? それともポップスのプロダクションからの影響の方が大きいのでしょうか。

EG:それも面白い質問ですね。ある意味、両方から影響を受けていると思います。ただ実は今回、コロナ禍のロックダウン期間中に、僕はモジュラー・シンセに興味を持って、いろいろな実験を試していたんです。自分で組み立てて、さまざまな方法でいろいろなものと接続できるのが面白くて。その可能性や音を探求していくうちに、レコードでもそれを試したい、レコードではどうやったらできるだろうか、ということにも興味が湧きました。その意味ではテクノロジーがきっかけになっているとも言える。ただ、同時に、僕が聴く音楽の幅が広がっているのも事実です。コンテンポラリーなヒップホップであったり、たとえばジェイペグマフィアのような、より実験的でエレクトロニックな音作りに興味を持って、いろいろな可能性に耳を傾けるようになりました。

以前にシャバカが取り組んでいた、楽器一本、クラリネット一本で吹くインプロヴィゼーションのサウンドがやっぱり大好きで。ロックダウンを通して彼は尺八やフルートを演奏するようになりました。それは方向転換というより、僕からしたら原点回帰なんです。

『The Ruin』は、あなたのこれまでの作品の中で最もジャズ色が希薄だとも感じました。その理由のひとつがおそらくメンバーだと思います。ルース・ゴラー、セバスチャン・ロックフォード、リゲティ弦楽四重奏団、シャバカ・ハッチングスが参加していますが、なぜこれまでのトリオとは異なるメンバーで録音に臨んだのでしょうか?

EG:ドラムのセバスチャンは、彼が結成したポーラー・ベアというバンドが僕は大好きで。ベース&ヴォイスのルースは『Skylla』というファースト・ソロ・アルバムを2021年に出しているんですけど、それがとても素晴らしかった。そういった活動や作品を通じて、以前から彼らのことを愛していて、とても影響を受けてきたので、一緒にやったら素晴らしい音楽ができると思ったんです。今回はこれまでとは別のことを試したくて、一緒に演奏したことのないミュージシャンたちと組んでみたいという思いもあったので、彼らに声をかけて、インプロヴィゼーションで音楽を作っていきました。彼らが奏でる音は本当にインスピレーションに富んだもので、それを聴いた瞬間、今回のアルバムの核になると確信しました。

リゲティ弦楽四重奏団は、あなたの最初のレコーディングで共演した面々でもありますよね。

EG:そうです。彼らに今回のアルバムに参加してもらうことは早い段階から考えてました。理由はふたつありました。ひとつはいまおっしゃっていただいたように、リゲティ弦楽四重奏団はローラの最初のアルバム『Landing Ground』(2012)に参加していて、つまり僕が初めてレコーディングしたアルバムから一緒にやっていた人たちだったので、そういったパーソナルな繋がりがある彼らに今回のアルバムに参加してもらいたかった。もうひとつは自分の作曲家としての幅を広げたいということがありました。弦楽四重奏のサウンドを前提に自分で曲を作っていくことに挑戦したかったので、その点ではとても自由にそのサウンドで実験することができました。

最後の質問です。やはり聞かなければならないのはシャバカの参加についてです。彼はそれこそコロナ禍を経る中で三つのメイン・プロジェクトを停止して、サックスも手放し、尺八やフルートを演奏するという方向転換を遂げました。あなたはシャバカの最近のツアーにメンバーとして参加していますが、彼のどのようなところに魅力を感じ、今回のアルバムへの参加をオファーしたのでしょうか?

EG:もともと僕はロンドンに引っ越してきた頃にシャバカの演奏をよく聴いていました。その頃の彼はフリー・インプロヴィゼーションの文脈でクラリネットを演奏していたんです。僕が彼を知ったきっかけはその演奏で、聴き馴染んでいたのも彼のクラリネットの即興的な響きでした。その後、彼はサンズ・オブ・ケメットやザ・コメット・イズ・カミング、シャバカ・アンド・ジ・アンセスターズといったグループで活躍し、サックス奏者として大々的に知られるようになっていきました。でも僕はそれ以前に彼が取り組んでいた、楽器一本、クラリネット一本で吹くインプロヴィゼーションのサウンドがやっぱり大好きで。そうした中、ロックダウンを通して彼は尺八やフルートを演奏するようになりました。それは方向転換というより、僕からしたら原点回帰なんです。フルートに戻ってきた! と思った。久々にそういう音を聴くことができて、僕はとてもエキサイトしました。インスタで彼がアップしていく映像をずっと追いかけていて、フルート一本で演奏している姿をずっと見続けてきました。それは僕の頭の中に強く刻まれていきました。そして今回アルバムを制作している途中、頭の中でそのサウンドが鳴って、これは彼に頼むしかないと思ったんです。で、シャバカに話をしたら快く引き受けてくれて、時間も惜しまず協力してくれました。彼は1日だけセッションに参加して、たくさんのデュオの即興演奏をしました。その中から1曲を選んでアルバムに収録しています。バンドに合わせてフルートを演奏している部分は、同時にレコーディングするのが難しかったので、バンドの音だけ先に録っておいて、そこに彼に入ってフルートを吹いてもらいました。たったワンテイクで素晴らしい演奏になりました。それに、シャバカとドラマーのセバスチャンには長い付き合いがあるんですよね。何年も一緒に演奏してきた間柄だったので、レコーディングは別々でも、やっぱりその関係性が滲み出ていてとても嬉しかったです。今回のアルバムにシャバカに参加してもらえて本当によかったなと思っています。

取材・文:細田成嗣 Narushi Hosoda(2025年3月04日)

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Profile

細田成嗣/Narushi Hosoda細田成嗣/Narushi Hosoda
1989年生まれ。ライター/音楽批評。編著に『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(カンパニー社、2021年)、主な論考に「即興音楽の新しい波 ──触れてみるための、あるいは考えはじめるためのディスク・ガイド」(ele-king ウェブ版、2017年)、「来たるべき「非在の音」に向けて──特殊音楽考、アジアン・ミーティング・フェスティバルでの体験から」(ASIAN MUSIC NETWORK、2018年)など。2018年5月より国分寺M’sにて「ポスト・インプロヴィゼーションの地平を探る」と題したイベント・シリーズを企画/開催。

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