「MAN ON MAN」と一致するもの

Conrad Pack - ele-king

 ここ1~2年ほどで、大阪のnaminohana recordsの品揃えや『DUB入門』掲載の、鼎談時のelement(Riddim Chango)の話などなど、勝手に信頼のおける情報筋だと思っているところから、どうやらUKのアンダーグラウンドにてジャー・シャカ由来のデジタル・ニュー・ルーツ・ダブのステッパーと、ハード・ミニマル・テクノが交わり新たなダブ・テクノの領域を作り出しているという話がちらほらと。しかもジョン・T・ガスト(先日の来日ライヴがすばらしかった)やロード・タスク(ベイビーファーダーズのポエット、ジェームス・マッシアとのシングルも良かった)周辺の動きも影響を与えていて、という。カルトなニュー・ルーツ・ダブのプロデューサーだったTNTルーツの、ジョン・T・ガストのレーベル〈5ゲート・テンプル〉やレフトフィールド・ダブの牙城〈ボッケ・ヴァージョン〉からのリイシューがあったのもこうした動きの周辺事情だという話で……(詳しくは上記『DUB入門』の鼎談を参照のこと)。これはつまり、2010年代のダブステップ/ベース・ミュージック勃興のUKニュー・ルーツ・レゲエの再評価とはまた違った流れにて起きている(もちろんその影響は少なからずあるものの)、ジャー・シャカらのサウンドシステム由来のニュー・ルーツ・ダブのUKステッパーの再評価とUKアンダーグラウンドなテクノの交点から発する新たな高速ダブ・テクノが勃興しつつあるということなのだろう(いやむしろもはや、そこにある)。

 こうした流れの代表的なアーティストとも言えそうなのがコンラッド・パックで、そのファースト・アルバム『Commandments』がこの春リリースされた。たしかに往年の〈ダウンワーズ〉あたりのサウンド(実際に彼は過去にリージスにリミックスを依頼している)を彷彿とさせるBPM140台後半のダークかつインダストリアルなハード・ミニマル・テクノと、よりミニマルにそぎ落とされたUKのデジタル・ステッパーの意匠──ダブ処理や不穏なシンセ・リフ、跳ねたステッパー・リズムの高速イーヴン・キック、そこに絡むワンドロップのアクセント、そしてなによりもサウンドシステムで鍛えられた轟音のサブ・ベース──を持ち合わせている。リリースは〈Blackest Ever Black〉を主宰していたキラン・サンデのレーベル〈lost domain〉からのリリース。それこそ、このレーベルからのリリースであること自体が、なにかが起こりつつあることの証左ではなかろうか。本レーベルはコンラッド・パック周辺のアーティストなどを集めたVA『Dear Ghod』など、ほぼこの周辺だけをリリースするレーベルになっている。以前の〈Blackest Ever Black〉の、そのレーベルとしての存在感を考えれば、見方を変えて、モダン・エレクトロニック・ミュージックのインダストリアル・サイドの刺激的な新たな一手が生まれつつあるとも言えるのかもしれない。

 コンラッド・パックは、本作に名前を連ねるDJゴンズ(ゴンサロ・ネト)とともにレーベル〈SELN Recordings〉(もともとサウス・ロンドンの廃棄物焼却発電施設を示す〈SELCHP〉を屋号としていたが施設からクレームで改名)を共同主宰している。昨年、ゴンズも待望のアルバム『Messenger』をリリースしている(ゴンズの方がよりニュールーツ色が強いと言えるかもしれない)。また〈SELN Recordings〉からは、コンラッドとLEAFなるユニットでも活動するイヴァン・ロビローザや上記の〈lost domain〉でもリリース、レーベル〈Jolly Discs〉も運営するリーウェイ(ガイ・ゴームリー)(トーマス・ブッシュなるアーティストとのRAPもやはりこの筋の高速ダブ・テクノ)なども、その作品に名を連ね、このステッパーな高速テクノの一派のコレクティヴを形成している模様だ。

 タイトルの『Commandments』とは「戒律」、「Ten Commandments」でいわゆる聖書に出てくる「モーゼの十戒」を意味する。おそらくUKニュー・ルーツ・ダブに親しんだ者ならこのタイトルを見てジャー・シャカの存在を思い出すはずだ。ブラック・ナショナリズム的な聖書の解釈という側面を持つラスタファリアニズムに即したルーツ・レゲエのモチーフにおいては比較的よく出てくる言葉であり、ルーツ・リヴァイヴァルを象徴する1982年にはじまるシャカのダブ・アルバム・シリーズは『Commandments Of Dub』と名付けられていた。1991年まで同シリーズで10作品がリリースされ、シングルを除けば彼の代表的な作品群でもあり、ある意味でUKニュー・ルーツ・ダブの正典とも言える。本作もこの音楽性で、この名前ということを考えれば、ジャー・シャカへのなんからの憧憬を感ぜずにはいられない。

 トライバルなパーカッションによるイントロ“Exile”にはじまり、タイトル・トラックの2曲目から一気に加速、トップ・スピードに乗っていく。ニュー・ルーツ・ステッパーの跳ねたグルーヴをループさせ、ダークで退廃的なフィーリングでテクノとダブのミニマリズムの迷宮へ高速で引きずり込む“Commandments”にはじまる。ミリタントなスネアと“ハメ”のリフが不穏なヘヴィー・サブ・ベースの上で前後不覚になる朋友ゴンズとの“Riget”、ダブ・ミックスで拡張していく空間がトランシーなサイケデリック・モードを呼び込む“Deep Distrust (Emotive Mix)”や“Mixer Test 9 v6”といった中盤を経て、グライム的なリフがキラーな“Downward”、そしてアルバムのなかでは一番正調な轟音デジタル・ステッパー的とも言える“Prophecy”、そしてリージス~サージョン・ラインなダビーなインダストリアル・ハード・ミニマル・テクノ“Passage”までアルバムは150前後のBPMで一気に走り抜けていく。アルバムのラスト・トラックは、ジョン・T・ガストの影響も感じさせるダークかつフリーク・アウトしたアブストラクトなダブ・トラックを、前述のリーウェイとともに奏でてアルバムは終わりを迎える。

 ダブ・テクノと言えば、ベーシック・チャンネル~リズム&サウンドをリモデルしたような作品が主流だったのが、コンラッド・パックらのサウンドは、あったとしてもべーチャン最初期のハード・ミニマルで、いやむしろそれよりも1990年代中ごろのUKハード・テクノのバンドゥルが、ステッパーをサンプリングしていたダビーなトラック群をちょっと思い出す(アルバムで言うと1994年『Antimatters』~1996年『Cornerstone』、そういえば最近復活してた)。が、やはり圧倒的な違いは、あの轟音のサウンドシステムで体験する、むき出しになったステッパー・トラックの高速に駆け抜けるグルーヴと地鳴りのような低音の霊感をそのサウンドに宿していることだろう。ある種の現地でのサウンドシステム体験と空気感、そのものをサンプリングし、ニュールーツのシンフォニックな意匠をそぎ落とし、高速テクノのミニマリズムがもたらす高揚感へと接続している。そんな音響感覚が全体を貫いている。

Chihei Hatakeyama & Shun Ishiwaka - ele-king

 アンビエント作家、畠山地平とジャズ・ドラマー、石若駿による共作『Magnificent Little Dudues』は昨年の注目すべきコラボレーションのひとつだった。「Vol.1」と「Vol.2」に分けられて発表されていた、その「Vol.2」のほうがついにフィジカル化される。CDは4月23日、LPは5月7日に発売。また、4月24日には新宿ピットインでリリース記念ライヴが開催、特別ゲストとして角銅真実も出演するという。これは駆けつけるしかない。

Chihei Hatakeyama & Shun Ishiwaka
Magnificent Little Dudues Vol.2

フィジカル・アルバム発売決定!

アンビエント/ドローン・ミュージシャンChihei Hatakeyama(畠山地平)とジャズ・ドラマーの石若駿とのコラボレーション・アルバムの第二弾『Magnificent Little Dudes Vol.2』のフィジカルCD/LPがついに発売される。リリース翌日となる4月24日(木)には新宿ピットインにて"リリース記念Live"の開催も決定した。

昨年10月にデジタルのみで先行リリースとなった『Magnificent Little Dudes Vol.2』。4月23日(水)にCDが、5月7日(水)にLPが、いずれもボーナス・コンテンツとして3曲のリミックスを追加収録してリリースされる。また、そのリミックス3曲を収録したデジタルEP『Magnificent Little Dudes (The Remixes)』も4月25日(金)に配信リリースとなる。

今回、リミックスを手がけたChihei Hatakeyamaから次のコメントが届いた。
「元々のミックスはレコーディング現場の雰囲気を強く再現したものだった。それはとても良かった。レコーディングから時間が経過すると、他の可能性に気付く時がある。今回もある日違うミックスを作ったら面白いんじゃないかと思った。以前はドローン・サウンドの海に沈んだドラムという感じだったが、今回はより空間を作り、音と音の間の空気感を大事にした」。

なお、4月24日(木)の新宿ピットイン公演会場では来場者限定に一足先に『Magnificent Little Dudes Vol.2』のLPを販売するので、ぜひお見逃しなく!

Chihei Hatakeyama & Shun Ishiwaka(畠山地平&石若駿)
Magnificent Little Dudes Vol.2(マグニィフィセント・リトル・デューズ・ヴォリューム 2)
発売日:CD:4/23(水) / LP:5/7(水)
レーベル:Gearbox Records
品番:CD: GB1595CD / 2LP (140g盤): GB1595
※日本特別仕様盤特典:日本先行発売、帯付き

<トラックリスト>
(CD)
1. M3 (feat. Cecilia Bignall)
2. M2
3. M5
4. M6
5. M1_Space Age Mix
6. M4 (feat. Hatis Noit)_Future Days Mix
7. M3 (feat. Cecilia Bignall)_Unreliable Angel Mix

(LP)
Side-A
1. M3 (feat. Cecilia Bignall)
2. M1_Space Age Mix

Side-B
2. M2
3. M4 (feat. Hatis Noit)_Future Days Mix

Side-C
1. M5

Side-D
1. M6
2. M3 (feat. Cecilia Bignall)_Unreliable Angel Mix

<クレジット>
Chihei Hatakeyama: electric guitar and sound effects
Shun Ishiwaka: drums and percussion, piano on ‘M6’
Cecilia Bignall: Cello on ‘M3’
Hatis Noit: voice on ‘M4_Future Days Mix’

Composed by Chihei Hatakeyama and Shun Ishiwaka
‘M3’ composed by Chihei Hatakeyama, Shun Ishiwaka and Cecilia Bignall
‘M4_Future Days Mix' Composed by Chihei Hatakeyama, Shun Ishiwaka and Hatis Noit

Produced by Darrel Sheinman

Recorded at Aobadai Studio
Engineered by Masato Hara

‘M3’, ‘M2’, ‘M5’ mixed by Caspar Sutton-Jones
‘M6’, ‘M1_Space Age Mix’, ‘M4_Future Days Mix’, ‘M3_Unreliable Angel Mix’ mixed by Chihei Hatakeyama
Mastered by Caspar Sutton-Jones

EP『Magnificent Little Dudes (The Remixes)』4/25(金)配信スタート!
<トラックリスト>
1. M1_Space Age Mix
2. M4 (feat. Hatis Noit)_Future Days Mix
3. M3 (feat. Cecilia Bignall)_Unreliable Angel Mix
https://bfan.link/magniificent-little-dudes

アルバム『Magnificent Little Dudes Vol.2』配信中!
https://bfan.link/magnificent-little-dudes-volume-02


●ライヴ情報

『Magnificent Little Dudes vol.2』 リリース記念Live
2025年4月24日(木)
Open19:00 / Start19:30
前売り:¥3,850税込 ¥3,500+税(1DRINK付)
当日:¥4,400税込 ¥4,000+税(1DRINK付)
出演:畠山地平(G)石若 駿(Ds)スペシャルゲスト:角銅真実
http://pit-inn.com/artist_live_info/250424hatake/

※『Magnificent Little Dudes Vol.2』のLPを会場にて先行販売予定!!
Magnificent Little Dudues Vol.1発売中!

<トラックリスト>
(CD)
1. M0
2. M1.1
3. M1.2
4. M4 (feat. Hatis Noit)
5. M7

(LP)
Side-A

1. M0

Side-B

1. M1.1

Side-C
1. M1.2

Side-D
1. M4 (feat. Hatis Noit)
2. M7

Chihei Hatakeyama & Shun Ishiwaka(畠山地平&石若駿)
Magnificent Little Dudes Vol.1(マグニィフィセント・リトル・デューズ・ヴォリューム 1)
発売日:発売中!
レーベル:Gearbox Records
品番:CD: GB1594CD / 2LP: GB1594

※日本特別仕様盤特典:日本先行発売、帯付き

『Magnificent Little Dudes Vol.1』配信中:
https://bfan.link/magnificent-little-dudes-volume-01


バイオグラフィー

<Chihei Hatakeyama / 畠山地平>

Photo Credit: Makoto Ebi

2006年に前衛音楽専門レーベルとして定評のあるアメリカのより、ファースト・アルバムをリリース。以後、オーストラリア、ルクセンブルク、イギリス、日本など、国内外のレーベルから現在にいたるまで多数の作品を発表している。デジタルとアナログの機材を駆使したサウンドが構築する、美しいアンビエント・ドローン作品を特徴としており、主に海外での人気が高く、Spotifyの2017年「海外で最も再生された国内アーティスト」ではトップ10にランクインした。2021年4月、イギリス

<Shun Ishiwaka / 石若駿>

Photo Credit: Makoto Ebi

1992年北海道生まれ。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校打楽器専攻を経て、同大学を卒業。卒業時にアカンサス音楽賞、同声会賞を受賞。2006年、日野皓正special quintetのメンバーとして札幌にてライヴを行なう。2012年、アニメ『坂道のアポロン』 の川渕千太郎役ドラム演奏、モーションを担当。2015年には初のリーダー作となるアルバム「Cleanup」を発表した。また同世代の仲間である小西遼、小田朋美らとCRCK/LCKSも結成。さらに2016年からは「うた」をテーマにしたプロジェクト「Songbook」も始動させている。近年はゲスト・ミュージシャンとしても評価が高く、くるりやKID FRESINOなど幅広いジャンルの作品やライヴに参加している。2019年には新たなプロジェクトAnswer To Rememberをスタートさせた。2023年公開の劇場アニメ『BLUE GIANT』では、登場人物の玉田俊二が作中で担当するドラムパートの実演奏を手がけた。2024年5月、日本を代表するアンビエント/ドローン·ミュージシャン、畠山地平とのコラボレーション作品『Magnificent Little Dudes Vol.1』をリリース。その後同作のVol.2も発売した。

Yumiko Morioka & Takashi Kokubo - ele-king

 「宮下智」名義でポップスを制作する傍らアンビエント~ニューエイジ作品を数々生み出してきたピアニスト・盛岡夕美子と、緊急地震速報のアラーム音など生活に溶け込むサウンドをいくつも手掛け、日本を代表する環境音楽家として知られる小久保隆のコラボレーション・アルバム『Gaiaphilia』のCD版が、日本のみの限定商品としてリリースされる。

 また、CD化に際してリリースパーティの開催もアナウンスされている。こちらは今週日曜日、4月13日にPOLARIS tokyoにて。Yumiko Morioka & Takashi Kokuboほか、フィンランドのOlli Aarniと上村洋一のコラボ・ライヴ(!)も。チケット・詳細はこちらから。

 近年では国外からの逆輸入的な評価を受け日の目を見ることとなったかつての日本のアンビエント~ニューエイジ。その先駆者にして代表的存在の作品を、この機会にCD──かつてもっともスタンダードな音楽の入れ物だった媒体──で手に入れてみましょう、せっかくだから。

ジャパニーズ・アンビエント/ニューエイジのリヴィング・レジェンド2人によるコラボレーション作

作曲家・ピアニスト、盛岡夕美子と環境音楽家、サウンドデザイナー、メディア・プロデューサー、小久保隆による共作作品。両者にとって新たな章を刻む本作は、日本の自然の永遠の美しさに根ざした、深く感情的で超越的な体験を聴き手へ提供する、日本環境音楽の新たな傑作。

近年再評価が著しい盛岡夕美子とコンスタントに作品をリリースしてきた小久保隆が、アンビエント・サウンドスケープの旅、『Gaiaphilia』でタッグを組んだ。盛岡の優美なピアノ曲と小久保の没入型フィールド・レコーディング、アトモスフェリックなシンセサイザーがシームレスに融合した作品。

このコラボレーションは、何十年にもわたって画期的な作品を生み出してきた、アンビエント・ミュージックとニューエイジ・ミュージックの分野の2人の先駆者が結集して生み出したものだ。2人は2023年に代官山の「晴れたら空に豆まいて」で開催されたコンサートで共演を果たしたことをきっかけに交流が生まれ、その後自然発生的にコラボレーションが始まった。
1987年のアルバム『余韻 (Resonance)』(Métron Recordsからアナログでリイシューされ各所で高い評価を得た)で名声を博した盛岡は、自身の内省的な演奏に小久保の鮮やかな環境テクスチャを融合させ、自然とメロディの対話を生み出している。

『余韻 (Resonance)』をリリースした後、盛岡は音楽界から身を引き、家族のためにアメリカに移住した。彼女の作品は長年ファンにひっそりと愛され、2020年に再発されて初めて広く認知されるようになった。7年前、壊滅的な山火事でカリフォルニアの自宅が焼け落ちたため、東京に戻り、ショコラティエに転身したが、近年はピアノへの情熱を再燃し、ライヴ演奏や新作のレコーディングを行っている。

小久保隆の伝説的なディスコグラフィーは30年以上にわたり、近年ではYouTubeのアルゴリズムや海賊版のアップロードを通じて広く評価され、数千万回再生されているが、彼はサウンド・デザインの仕事、特に日本の地震警報音やクレジットカード決済のジングルで最もよく知られており、彼の作品は日本社会に浸透している。

「地球への愛と懸念から、私たちは2人とも独自の感性と探究心を持っており、それを音楽を通して表現しています。」

共通の哲学的関心に基づいており、自然の回復力と調和に対する深い敬意を反映している。ガイア、母なる地球の再生、生命の相互関係というテーマが中心にあり、宇宙論、神聖幾何学、日本の神秘的なカタカムナの伝統からインスピレーションを得ており、このアルバムは自然界の繊細なバランスを音が映し出す瞑想的な空間にリスナーを誘っていく。

サウンドデザインの達人である小久保は、衝突試験用ダミーの頭の形をした自作のバイノーラル・マイクで録音した独特のフィールド・レコーディングでこのビジョンを高めている。ボルネオのジャングルから海の波の穏やかなリズムまで、小久保の地球規模の録音は、盛岡の内省的なピアノ曲を完璧に引き立てる没入感のあるサウンドスケープに変化させていく。

「タイトルのGaiaphilliaは、自然と生命への愛と尊敬を包含する新しい言葉です。この感情こそが、私たちが表現したいテーマです。」

山梨にある小久保のログハウス・スタジオ「スタジオイオン」で録音されたこのコラボレーションは、日本の自然の風景の永遠の美しさに根ざした、深く感動的で超越的な体験をリスナーに提供する。

artist: Yumiko Morioka & Takashi Kokubo
title: Gaiaphillia
label: PLANCHA / Métron Records
Cat#: ARTPL-236
format: CD
release Date: 2025.04.30 ※04.13のリリース・パーティーで先行発売

Track List:
1. Birds of Borneo
2. Gaiaphilia
3. Elegant Spiral
4. Ancient Beach
5. O-KA-GU-RA
6. Sanukite
7. Veil of the Night
8. Hibiki of Katakamuna

Composed and arranged by Yumiko Morioka & Takashi Kokubo
Piano and Keyboards by Yumiko Morioka
Synthesizers, Keyboards and field recordings by Takashi Kokubo
Voice by Takashi Kokubo (on Hibiki of Katakamuna)

Recorded and Mixed by Takashi Kokubo in STUDIO ION (Japan)
Artwork by VENTRAL IS GOLDEN
Supervisor by Jiro Yamada
Manufacturing by Brandon Hocura

Special thanks to SUSERI (The inspiration for ‘O-KA-GU-RA’)
Yuki Yama, Takaya Nakamura, Chiharu Ishida

LA Timpa - ele-king

 ブライアン・イーノなら、これも「新しいアンビエント・ミュージックだ」と評するだろうか。ナイジェリア出身でトロント育ちのクリストファー・ソエタン(Christopher Soetan)による通算5作目。クラインが『Loveless』をリミックスしたような『IOX』は様々なループを駆使するのはこれまで通りとして、前4作にはないドローンないしはドローン状のサウンドが全編で取り入れられ、さらにはドローンとループを組み合わせたサウンドを縦横に発展させた上でこれまでになくポップへの道筋も見えている。5年前に〈Halcyon Veil〉からリリースされた2作目『Modern Antics in a Deserted Place』が一部で注目され、トリッキー “I’m in the Doorwaye” のリミックスやスペース・アフリカ『Honest Labour』への客演を経て、昨年はクラインのインダストリアル・アルバム『Marked』など彼女の諸作に様々な形でフィーチャーされている。以前からディーン・ブラントと類似性を指摘する声もあり、5作目はロリーナことインガ・コープランドの〈Relaxin Records〉からとなった。

 これまで様々なフォームの曲を展開してきたティンパ・サウンドから5作目全体の雛形となったのは前々作の “Through Mine” や前作の “Spar” 、あるいはドローンをループさせた “Redo(Etching for Walls)” や雑にギターをかき鳴らす “ornary pt.2” もひと役買っているかもしれない。比較的ヒップホップ寄りだった “Through Mine” のテンポをスローダウンさせて黄昏れたロック・サウンドに近づけたのがオープニングの “Pressure (Don't Show On You)” であり、続く “Remain” となる。リズムもかつてなくパーカッシヴで歯切れのいい叩き方に変えているものの、それを凌駕するようにドローンが様々な強度で吹き荒れ、曲全体はどれもドローンによって性格づけが決まっていく。ほとんどの曲にヴォーカルが入っているものの、霞がかかったようなエフェクトがかけられていて1単語も聞き取れない(言葉は重視していないのか、声を楽器として聞かせるというやつか?)。

  “Brought On” が最初の白眉。ふわふわとした雰囲気のつくり方はマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン “Soon” を思い出すとかいうと杉田元一にぶっ飛ばされるかもしれないけれど、この曲はなかでは珍しくドローンを背景に退かせ、シンプルなギターらしき弦のループを際立たせている。ソウル・ミュージックの破片も混ざり込んでいて、コクトー・ツインズ好きを表明していたプリンスが生きていたらいつかたどり着いた……いや。同趣向ながらリズムを逆回転させているのかなと思うのが “Sk (I Let Them In)” と続く “Deceived” で、この辺りはノイ!が溜めの多いファンキー・サウンドを陰気に演奏したらスライのモデル・チェンジになりました的な印象。最初は気持ち悪いのに、だんだんグルーヴィーに感じられてくるからあら不思議で、そういえばインダストリアル・ボディ・ミュージックにブラック・ミュージックのグルーヴを結びつけたのがジェフ・ミルズだったとしたらシューゲイザーにブラック・ミュージックのグルーヴを持ち込んだ例ってなんかあったっけ? A・R.・ケインも違ったよなー。

 自ら編み出した独特の手触りを裏切るようにアグレッシヴなパッセージで幕をあける “Capture” 。これも杉田元一に殴られるのを覚悟で持ち出すのが “Only Shallow” 。このあたりからドローンよりもループの存在感が増してきて、ここではまったく調和の取れていない3つか4つのループが重ねられている。「シュトックハウゼンの捨て曲です」と言われれば信じてしまうかもしれない煩雑さ。雰囲気をコロっと変えてしれっと終わった後は冒頭に帰ったような “Twin Action” へ。雰囲気を自在に操るというのか、なんか手玉に取られている感じ。ここではくっきりとしたスネアの背後でランダムに打ち鳴らされる複数のドラムが前の曲からイメージを引き継ぎ、悲しげなヴォーカルを引き立てもしなければ足を引っ張りもしない。単なるスキゾフレニアック・ポップ。一転して洪水のようなノイズ・ドローンで始まる “Make It Count” は全体的には妙にクールで誰にも憎しみを抱いていないインダストリアル・ミュージック? フェネスやエメラルズを思わせるノイズのネオアコというか、ハーシュ・ノイズがファシズムではなく優しさに包まれる感じを呼び起こす。ここからの展開は杉田元一を狙い撃ちしているかのような構成で、 “We Must Devisen” がまずは “Brought On” のヴァリエーション。やはりシンプルなギターらしき弦のループが前面に押し出され、半透明な空気をゆっくりと撹拌する。イーノのジェネレイト・ミュージックと同じようにループを重ね合わせた “One Too Many” は “Capture” のヴァリエーションで、この発想だけでアルバム・サイズまで拡大させればエレクトロニカの作品となるんだろうけれど、ここから2000年代前半のティム・ヘッカーやイエロー・スワンなどを思わせる長尺のローファイ・ドローン “Living Moment” へと続く。どこかに意識が飛んでいくようなトリップ感覚はまるでなく、どことなく内省的で疲れていない時に聞くとやや退屈。この曲はこの曲順で聞くよりDJでかけていた時の方が数倍カッコよかった印象がある。ちなみにDJはかなりのフリースタイルで、フリー・アドヴァイスとのB2Bでは実験音楽を16で刻みながらレイヤー化し、音の断片でオーケストレーションを編み出していくのが圧巻。最後におまけみたいな “Wish” で、締めるというよりは別な入り口に立っているような終わり方。

 「IOX」というのはオーディオ・インターフェイスのことでしょうか。音を楽しみ、音楽に終始したアルバムという印象で、これまで孤独や環境の変化をテーマにしてきたLAティンパが内なる平和を模索したということか。

BarChitChat - ele-king

 小田急線沿いの新百合ヶ丘といえば再開発された小綺麗な、無菌室のような駅で、そこに住んでいる勤め人くらいしか用のない街といえばそうなのだが、しかし、ワタクシ=野田は、わざわざここまで、宇宙日本世田谷から新百合へと、暗くなる頃に通っていた時期がある。なぜならこの街には、BarChitChatがあるからだ。
 若さは逞しい、そこがどんな場所だろうと、好きなことをやってしまう。誰にも止められやしない……いまから20年ほど前、この店には新種のボヘミアンたちが集まっていて、忌野清志郎が住んでいた70年代の国立はこんな感じだったのではないかと空想させるような空気が流れていたのである。
 というわけで、BarChitChatが年にいちどのパーティをやるので紹介しましょう。せっかくなので、その店主である渕上零にミニ・インタヴューしました。彼が、日本のロック/ポップス史の美しい流れのなかにいることがわかると思います。


21周年おめでとう! ところで、いまさら言うのもなんですが、そもそもレイ君は何者なの(笑)? 昔、ムロケンさんにご紹介いただき、ご機嫌な音楽がかかかっているんでよく飲みにいかせていただいて、そのまま仲良くなってしまいましたが、いったいこの若い店主が何者なのか、いまだによくわかってないので、この機会に教えてください。

渕上零:10〜20代にギタリスト、映画俳優、詩人、写真家、絵。色々やっていて、天才アーティストと名乗っていました。29歳でBarChitChatを始めました。話し出すと長いですが、これからブレイクする直前の人達に出会う事が多い人生でした。

レイ君自身の音楽遍歴は? お母さんがヒッピーだったんだっけ?

渕上零:ヒッピーというわけではないと思うのですが、まわりにそういう大人が多かったとは思います。日本三大フーテンの一人、通称キリストがBarChitChatの看板を組み木絵で作ってくれました。ぼく自身も18〜19歳の頃彼の助手をしていました。赤ん坊の頃からの付き合いでした。また、まわりに伝説のライヴハウス吉祥寺OZを作った人や店長など、裸のラリーズまわりりの大人たちがいましたね。母はサイケデリックライティングを僕が産まれる前にやっていたようです。父は1970年代前半、横浜根岸でロック喫茶をやっていたようです。
産まれた頃から家ではロックやレゲエが流れていました。母はボブ・マーリーのライヴにも行っていましたね。13歳のときにRCサクセションの発売禁止になったアルバム『COVERS』にヤラれて音楽に目覚めました。いまは、オサムちゃん&RC SESSION with梅津和時という清志郎バンドでギター弾いてます。

BarChitChatのコンセプトは? 

渕上零:庶民派Barでありながら、いろいろなことを発信していけるお店でありたいと。そして何より出会いの場。そして想像の場。実験の場でもあると思います。

ぼくが行っていた頃は、東京郊外の(じっさいは川崎?)若いヒッピー的な感性がある子たちが集まっていたような印象なんだけど、それはぼくの勘違い? あんま好きなことじゃないけど、オーガニック系とか? わりとザ・バンドとか、キャロル・キングやジェームス・テイラーのようなSSW、70年代の西海岸(クロスビー、スティルス&ナッシュ、ジョニ・ミッチェルほか)みたいなイメージだったんだけど、最近お店のなかはどんな感じなの?

渕上零:川崎市ですが、反対側はすぐ東京都、こっち側も少し行くと横浜市という川崎の端っこになります。そうですね、ヒッピー感性の人たちも来ますが、最近はHip Hop好きの若い子たちも来てくれます。ジャンルにとらわれず、自分がいいと思う音楽をセレクトしています。ぼく自身は1975年くらいまでの音楽を聴いてきましたが、最近はHip Hopも若い子たちに教わって少し聞くようになりました。

Anniversary Party!のテーマみたいなものは何でしょう?

渕上零:ここ10年くらいは年に一度、ぼくがかつて働いていた横浜の老舗THUMBS UPで開催させていただいているのですが、よそでなかなか一緒にならないような組み合わせですし、BarChitChatでライヴしてくれてるアーティストたちが集います。インディーからメジャーまで様々に。知らなきゃモグリなアーティストを毎年呼んでいます。

いま人気上昇中の井上園子さんについてコメントください。

渕上零:歌う前からBarChitChatに来てくれていたのですが、ある日再会したら、私歌いはじめました! と。そこから毎月のようにBarChitChatで歌ってもらうようになりました。音はカントリー、メロディはポップだけど、歌詞はするどくて尖っていたり、そして文学的。なかなか出てこない才能の持ち主のひとりだと思っています。アニバーサリーでは、毎回トップバッターに光る才能の新人を起用するのですが、20周年の昨年は彼女でした。今年はこの日限りの7人編成です。ぼくもギター弾きます。

最後に、いま現在のChitChatのフェイヴァリット・アルバム10枚を挙げてください。

(順不同)
・松倉如子『パンパラハラッパ 』
・Circles Around The Sun『Interludes For The Dead』
・MARC RIBOT&JAKOB ILJA『17 HIPPIES PLAY GUITAR』
・Fishmans『Long Season』
・ハバナエキゾチカ『踊ってばかりの国』
・La Lom『The Los Angeles League Of Musicians』
・Srirajah Rockers『ENDURO』
・ラブワンダーランド『永い昼』
・ 与世山澄子『Interlude』
・ ADRIAN YOUNGE & ALI SHAHEED MUHAMMAD『JAZZ IS DEAD 011』

ありがとう。じゃ、またビールを飲みに行くよ!

渕上零:久々乾杯しましょう!

 2004年春、アーティスト渕上零が新百合ヶ丘で始めた唯一無二のMusic Bar。 “小さなお店で、大きな奇跡を ” をモットーに。
この春21周年を迎えるBarChitChatで巣立ってきたアーティスト達が集結する。渕上零の古巣THUMBS UPにて、年に一度の祝祭が今年も開催される。

BarChitChat 21st Anniversary Party!

2025.420.Sun.
at 横浜THUMBS UP
【出演者】
✳︎ASOUND
✳︎光風&GREEN MASSIVE
✳︎井上園子楽団
(井上園子/gnkosai/大澤逸人/長尾豪大/西内徹/Chaka/渕上零)

✳︎ F.I.B JOURNAL DUO+2
(山崎円城/沼直也/Guest :Little Woody/ハタヤテツヤ)

✳︎junnos
✳︎禅座DUBNESS
(小林洋太/越野竜太(らぞく)/大角兼作(らぞく) &dub mix)

✳︎ COSMIC JUNGLE
(MONKY/TOMOHIKO HEAVYLOOPER/小林洋太)
DJ:HOMERUN SOUND

VJ:Oshoz

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

open15:30 Live16:20

※限定200名
前売4200円/当日5000円

■チケット
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THUMBS UP
神奈川県横浜市西区南幸2-1-22
相鉄Movil3F

レコード収集、そして音楽文化を愛するすべての人に――
奥深きアナログ盤の世界にもう一歩踏み込むための案内

ストリーミング全盛の今日、他方でレコードが大いに脚光を浴びてもいる。
アナログ盤はなぜかくも音楽愛好家たちを惹きつけてやまないのか?
その買い方から聴き方、歴史、そして未来への展望まで、いまあらためてレコードならではの魅力を徹底解剖する!

・MURO、エヂ・モッタら究極のレコード・コレクターたちが語るその収集哲学
・レコード好きのライフスタイル
・海外レコード買い付け紀行
・未知なる場所での新たな1枚との出会い
・購入時のことが鮮明に記憶に残るレコード5選(JAZZMANジェラルド、マシュー・ハルソール、メイヤー・ホーソーン、坂本慎太郎、MOODMAN、角張渉、イハラカンタロウ、スヴェン・ワンダー、水原佑果、岡田拓郎、Licaxxx、塩田正幸、T-Groove、ほか)
・VINYL GOES AROUND PRESSING:プレス工場潜入レポート
・アナログ愛好家が営む異業種名店
・レコードにまつわる映画紹介
・コレクター道を極めるための心得
・ヴァイナルで音楽を楽しむためのオーディオ環境
など、さまざまな角度からレコードの魅力に迫る完全保存版ガイド。

菊判/160頁

目次

はじめに

MURO、いまあらためてレコード愛を語る――プレス工場見学からレコード遍歴、そしてコレクティングの現在(by 野田努)
エヂ・モッタ、インタヴュー――レコードは手にとって味わえる芸術作品(by Jun Fukunaga)

●#1 レコードを探し求めて
レコード買付は悲喜こもごも――とあるバイヤーのアメリカ紀行
あるレコード店主の一日 永友慎(Upstairs Records & Bar)
レコードを探しに訪れたインドネシアで起こった出来事 馬場正道(KIKI RECORD)
VINYLVERSEのアプリ/フィジタル・ヴァイナルの楽しみ方――ヴァイナル中毒者たちのコミュニティを創造する
鈴木啓志のレコード蒐集術――ネットもなく、レコード店も少なかった時代、音楽好きはいかにして情報を入手し、盤と出会っていたのか

●#2 購入時のことが記憶に残るレコード5選
ジャズマン・ジェラルド/MOODMAN/坂本慎太郎/マシュー・ハルソール/メイヤー・ホーソーン/角張渉/イハラカンタロウ/スヴェン・ワンダー/岡田拓郎/水原佑果/T-GROOVE/塩田正幸/Licaxxx/田之上剛

●#3 レコードの作り方
レコード・プレス工場見学記――VINYL GOES AROUND PRESSING(by 小林拓音)
78RPMレコードを作ってみました。~VINYL GOES AROUNDチームによる78回転への道 其の一~ 水谷聡男×山崎真央×イハラカンタロウ

●#4 レコードのもっと深い話
SP盤を集める魅力は戦前ブルースにあり 高地明
オリジナル盤入門――その魔力とディグのススメ 山中明
ライトハウス・レコーズ店主が語るオーディオが引き出すレコード体験の真髄(by Jun Fukunaga)
SL-1200がDJの定番機材になるまで――Technics×VINYL GOES AROUND特別座談会
針先に広がるスクリーン――レコードと映画の出会い 鶴谷聡平(サントラ・ブラザース)
美容室TANGRAMオーナー坂本龍彦が語る希少レコードと出会いの物語(by Jun Fukunaga)
BIG LOVE RECORDSオーナー、仲真史が追求するレコード店のあるべき姿(by Jun Fukunaga)
私的90~ゼロ年代レコ袋ガイド TOMITA
なんでこんなに不便なものに時間と金をかけ続けるのだろう 野村訓市

after talk レコードは飾りじゃない 水谷聡男×山崎真央×小林拓音
プロフィール

cover photo by SUGINO TERUKAZU (TONPETTY Inc.)

オンラインにてお買い求めいただける店舗一覧
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◇丸善/ジュンク堂書店/戸田書店、ほか *
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* 発売日以降にリンク先を追加予定。

The Weather Station - ele-king

 「人間性」という簡潔だからこそ深遠なアルバム・タイトルは、ザ・ウェザー・ステーションことタマラ・リンデマンが音楽で探究する領域を端的に言い当てているだろう。管弦楽器が生き生きと躍動するタイトル・トラックで、彼女は「わたしは人間だったのだろうか? と考えている」と打ち明ける。「この人間らしさを背負ってきた/それを実現しようとしている」。人間とは何なのか――そのような大いなる問いを、あくまで個人的な場所から掲げる7作目である。

 飾りけのないインディ・フォークとして始まったザ・ウェザー・ステーションが大きな飛躍を遂げたのは5作め『Ignorance』でのことだった。ツイン・ドラムと管楽器を含むフルバンドによって音楽的にスケールアップしたそのアルバムでリンデマンがテーマにしていたのは、環境破壊と気候変動を中心とする現代社会の破壊的な現状だった。というと政治的なアルバムのようだが――いやもちろんそうとも言えるのだが――、それ以上にフォーカスが当たっていたのは彼女自身の胸の痛みだった。つまり、地球が傷ついていることに傷ついている人間の心の動きについてであり、それこそをダイナミックなアンサンブルを持ったフォーク・ロックにしたのだ。また、同時期に録音された双子作的な6枚め『How Is It That I Should Look At The Stars』はピアノ・バラッドを中心にして、より内省的にこの世界の美しさを見つけ直そうと聴き手にささやく作品だった。
 バンジョーやフィドル、管楽器を加えた多楽器のアンサンブルで制作した『Humanhood』は、まさにそれらの2枚の成果を合わせた一枚で、活気に満ちたジャズ・フォーク・ロックと静謐で慎ましいバラッドが整然と並べられている。そしてすべての楽曲でディテールに富んだアレンジが施されていて、聴けば聴くほど細部に引きこまれていく。とりわけ活躍するのがフルートやクラリネット、サックスといった管楽器で、それらは曲によって軽やかに跳ねまわったり、抽象的なムードを演出したり、優しくゆったりとピアノと歌に寄り添ったりする。人間の呼吸によって変幻する楽器たち……考えてみればザ・ウェザー・ステーションのアンサンブルが管楽器によってスケールアップしたのは興味深いことで、人間の息づかいが彼女の表現のニュアンスを完成させたと言える。
 息づかいといえば、もちろんリンデマンの声がこの繊細な歌世界を作りあげていることも間違いない。アルバムのなかでもとくにアップリティングな “Neon Signs” の軽やかさ、ジャズ調のアンニュイな “Mirror” でのアルト、あくまで控えめな演奏で浮遊感を生みだす “Body Moves” の茶目っ気……と、多彩な表情を見せていく。その声はしばしば音量がかなり落とされるのだが音程はしっかり取られており、メロディを失わないリンデマンのウィスパー・ヴォイスは、この奥ゆかしいフォーク音楽にけっして消えない光を与えているように感じられるのだ。クロージングの “Sewing”、まるで演奏の隙間に溶けていくような彼女の静かな歌声は、しかしそのデリケートさによって聴き手を陶然とさせる。

 前二作はパンデミック期を強く反映していたが、それ以降の世界はますます混迷していて、当然ながらそうした状況に対するリンデマンの心痛は本作にもはっきり表れている。広告に溢れた世界の信用のならなさ、止まらない環境破壊、壊滅的な政治状況……それらに彼女はなおも傷ついている。そしてそれを聴くわたしたちも、自分たちがたしかに傷ついていたことを思い出すだろう。見なかったことにしていた小さな傷跡のひとつひとつを。何かと好戦的な人びとばかりが目につく状況にあって繊細な心の動きは無視されがちだが、ザ・ウェザー・ステーションの音楽は見落とされた感情をこそ掬いあげる。
 なんでもリンデマンが近年経験した慢性的な離人症障害(自分自身が切り離されているように感じる症状)で得た感覚が本作には投影されているとのことで、「離れてしまった」肉体を探すというモチーフを本作にたびたび発見できる。観念だけでは声を発することはできないから、彼女はここで肉体を切実に求めているのだろう。そうして身体に空気を通して発せられる歌たちは「人間であること」自体を再発見し、その美しさをどうにか取り戻そうとする。この混沌とした世界にあってザ・ウェザー・ステーションの音楽はときに「清廉すぎる」ように聞こえるかもしれないが、しかし、人間性の複雑さと不思議さを神秘的な輝きとして反射させている。

interview with Roomies - ele-king

 名は体をあらわす。ルームメイト=ルーミーズを名乗る彼らはまさにそんなバンドだ。キャッチーなネオ・ソウル・サウンドを基調とするその音楽は、互いへの確固たる信頼、親密な関係性が構築されているからこそ響かせることができるにちがいない、ハッピーなフィーリングに満ち満ちている。その仲睦まじさは今回の取材中、撮影中にも垣間見ることができたけれど、じっさい彼らは「Roomies House」と名づけられた一軒家で寝食をともにしながら、セッションやレコーディングをおこなっているようだ。
 もともとはハードコア・バンドをやっていたという及川創介(シンセサイザー)。マイケル・ジャクソンに憧れて歌いはじめたKevin(ヴォーカル)。アイルランドのパブで演奏していた高橋柚一郎(ギター)。ディズニーシーでキーボードを弾いていた斎藤渉(ピアノ)。それぞれ異なるルーツをもつ彼らは2019年、及川を中心に、ベースとドラムスを加えた6人でルーミーズを結成。2021年には配信でファースト・アルバム『The Roomies』を発表するも、その後バンドの屋台骨たるベース&ドラムスの脱退という危機的状況に見舞われる。関係性を重視する彼らは無理に新メンバーを迎えることなく、4人組として再起をはかったわけだが、今年1月にリリースされた最新作『ECHO』は、そんな彼らが4人編成となって初めて送り出す、二度目のデビュー作とも呼ぶべきアルバムだ。
 仲のよさというものは、しかし他方で、容易に「内向き」の表現へと転ずる危険性を有してもいる。いわゆる内輪ノリ、身内ネタというやつだ。だからだろう、今回彼らは「外向き」であることを意識したという。はたしてその成果やいかに──なにはともあれまずは2曲目の “Like This Before” を聴いてみてほしい。デジタル・シングルとして昨年末先行リリースされたこの曲は、たとえばとくに音楽ファンではない人びとの心をも鷲づかみにするだろう、キラーなポップ・チューンに仕上がっている。目的はみごと果たされた、と。
 そもそもKevinの「グラミーを獲りたい」という話からスタートしたルーミーズ。会心の1曲を含むセカンド・アルバムを完成させた彼らはいま、どんな心境にあるのか。及川とKevinのふたりが取材に応じてくれた。

夢を見たんです。わっくんからバンドに誘われる夢を。そしたらほんとうにわっくんから「ライヴしないか」って連絡が来たから、引き寄せられているような感じでした。(Kevin)

Roomiesは及川さんを中心に2019年に結成されたそうですが、及川さんはその前にCICADA(シケイダ)というバンドをされていたんですよね。

及川創介(以下、及川):最初はトリップホップをやりたいというところから集まったバンドで、次第にR&Bになっていきましたね。リーダーが、マッシヴ・アタックやポーティスヘッドに日本のACOさんのような音楽性を混ぜたようなことをやろうとしていて、ぼくは最後に入ったメンバーでした。もともと自分ではDTMをやっていたんですが、そのバンドでレコーディングしたりミックスしたりアレンジしたりする機会が増えて、その経験がいまのRoomiesにも活かされていますね。

Roomies自体はどうはじまったのでしょう。

及川:まず、前身にあたるLotus Landというバンドがありました。もともとはリーダーでベースのエイちゃん(吉川衛)に、ドラムスとキーボードの3人組だったんですが、ドラムスとキーボードが抜けて一度止まって。その再始動の際に誘われたんです。新しいドラムスと、キーボードのぼくにギターの(高橋)柚一郎が加わって4人組になりました。エイちゃんはファンカデリックやスライを永遠に聴いているようなソウル~ファンクのひとだったんですが、バンドではそれとはちょっとちがう新しいことをやりたいということで、ダフト・パンクを参照したりしながらハウスっぽい、4つ打ちのクラブっぽいサウンドをバンドとしてやっていましたね。
 その4人のときはインスト・バンドだったんですが、ぼくはやっぱり歌モノがやりたくて。あと、ぼくはシンセサイザーが好きなので自分はシンセを弾きたかった。そこでピアノのわっくん(斎藤渉)に入ってもらって、ぼくはシンセ担当になって。それでじゃあ歌はだれにしようってなったときに、昔わっくんのソロ音源のヴォーカル・レコーディングのときに一度だけ会っていたKevinの声を覚えていたので、連絡してみたんです。そしたらちょうどKevinもバンドをやりたいタイミングだったから、じゃあ6人でやろうということでRoomiesがはじまりました。
 ただその後、ベースのエイちゃんとドラムスが抜けてしまって、現在はぼくとKevin、(高橋)柚一郎、わっくん(斎藤渉)の4人組ですね。

なるほど、メンバー構成はけっこう紆余曲折を経てきたんですね。KevinさんはRoomiesに加入する前はどんな活動をされていたんですか?

Kevin:ぼくは23、24歳くらいのころに石川から上京してきて、最初の1年くらいはずっとソロで活動していました。渋谷のBar Rhodesとか、わりと小さいところで歌っていたんですけど、東京の目まぐるしさだったりいろんなストレスが重なって、一度精神的に参っちゃったんです。それで1年くらい音楽活動から離れていた時期があって。「このまま終わっちゃうのかな」と思う一方で、でもどこかでまた歌いたいっていう気持ちもあって。そしたら1年後くらいにピアノの斎藤渉くんから連絡が来て、ひさびさに一緒にライヴしないかって誘われたんです。もうふたつ返事で「やります」って答えて。その日のライヴが終わったあとに、「じつはもうひとつ話があって、バンドやらない?」と話されて。即答で「やります!」と。それがRoomiesのはじまりでしたね。

及川:運命的なことがあったんだよね。

Kevin:ほんとうに運命的でしたね。ちょっと信じられないくらい。盛らずに言いますけど、ずっと休んでいた時期のある日に、夢を見たんです。わっくんからバンドに誘われる夢を。そしたらほんとうにわっくんから「ライヴしないか」って連絡が来たから、引き寄せられているような感じでした。でも、バンドの誘いではなかったから、さすがに完全に夢どおりにはならないかって思ってたんですけど、ライヴが終わってわっくんの車に向かってるときに「もう一個話があって」って言われたときに、完全にピンと来て。「もしかしてバンド?」って、俺が先に言ったんです。そしたら「そうそう、バンド、バンド! 一緒にやんない?」って。

そんなことあるんですね。完全に予知夢ですね。

及川:マンガの『BECK』のような(笑)。

Kevin:夢自体はよく見るんですけど、それまでそんなことはなかったですね。でもこの話、ぜんぜん信じてもらえなくて(笑)。

まあ冷静に考えたら、「バンドに誘ってもらいたい」みたいな願望があったから、そういう夢を見たってことかもしれないですね。でもタイミングはすごいですよね。

Kevin:そうなんだと思います、たぶん。

Roomiesをはじめる時点で、いまのようなポップなネオ・ソウル・サウンドで行くというのは決まっていたんでしょうか?

及川:最初はちがったよね。

Kevin:ぜんぜん決まってなくて。それぞれやりたいことがちがっていました。ベースはファンクの歌モノ希望で、どんな曲も硬めのワン・ループで。ドラムスはとにかく音数を少なくしてミニマルに、という感じで。あとロウファイにする方向でどんどん音がこもっていったり。ピアノのわっくんはもともとディズニーで働いていて、『アラジン』のピアノ演奏とかもやっていたので、きらきらした音色にしていったり。

及川:ギターの柚一郎はできるだけギターを引っこめたがっていたし、ぼくはそれらをとにかくまとめなきゃいけないという感じで。Kevinはまだなにをやりたいかわからない、みたいな感じだった。

ゴミ捨て場にあったフロアタムとライド・シンバルを拾って、それで路上でドラムを叩いて家賃を稼ぐみたいな生活でしたね。(及川)

いまのサウンドが確立されるに至った転機のようなものはあったんですか?

及川:最初にできた “I just fell in love with you” からかな? まだ方向性がちゃんとは固まっていないときに、イケイケな曲ができちゃったんです。エイちゃんがこういうベース弾きたいって言って、だれかがリファレンスをもってきてジャムって。小平の宿泊施設付きの安いスタジオみたいなところで2泊くらいしていたときでした。すごいウイスキーを飲んでたよね(笑)。

Kevin:お酒の力を借りて、みんな仲よくなって、ジャムって(笑)。でもあのとき、めちゃくちゃスキャットマン・ジョンを聴いてたでしょ。ほんとうにずっと。朝方のめちゃくちゃ眠い時間に爆音で流すんですよ! こいつらなんなんだろうって思って(笑)。

及川:(爆笑)。Kevinは人見知りだから、最初は馴染んでなくて。でもKevin以外はけっこう長かったから、そういうことを。

Kevin:そうそう、そういうもともと仲よかったひとたちがスキャットマンをひたすら流してて、「これ、やっていけんのかな?」って思ってた(笑)。

たしかに、すでに関係性ができている輪に入っていくのは大変ですよね。

及川:当時はKevinがいちばんアウェイだったというか。

Kevin:最初は創ちゃんが「こっち来なよ!」って声をかけてくれなきゃ近くにいけないくらいで。

Roomiesっていうバンド名にはすごく仲のいい感じが出ていますよね。このバンド名にしたのは?

及川:みんな仲がいいから。ずっとわいわい笑いながら音楽をやっていて。だからルームメイトのスラングであるルーミーズっていう単語はしっくりきました。もうこれにしようってバッと決めましたね。そうすると、ルームメイトにふさわしい家が欲しいよねという話になり、いろいろ経つつ、一軒家を借りることができて。

その一軒家はウイスキーのところではないんですよね。

及川:三度目のウイスキーですね(笑)。1回目のウイスキーはギターの柚一郎の実家が那須でペンションをやっていたので、そこで。2回目が、さっきの小平の「絶望スタジオ」(笑)。

なんで「絶望」なんですか?

及川:ハウりまくってて(笑)。

Kevin:あれはやばかったね(笑)。

及川:立地とか広さはすごくよかったんですけど、機材がかなり悪くて。ハウるし、ヴォーカルもぜんぜん聞こえない。ちゃんとした設備じゃなかったんです。いちばん安かったからそこにしたんです。時間を気にしたくなかったっていうのが大きくて。たとえばスタジオに入って4時間ひとり3,000円ずつ払って機材ももっていって、2時間半くらい練習したら片づけをはじめて……みたいなやり方じゃいい曲はできないな、ってみんな直感で思ってて。終わりを気にせずやれないとダメだっていう理由から、毎度泊まりでスタジオに入るようになって。「それならもう住もう!」ってことになって、いまの一軒家に行き着きました。

ファースト・アルバムの『The Roomies』もそこで生まれて。

及川:そうですね。Kevinはあのときどんな感じでアルバムができていったか覚えてる?

Kevin:もう必死でしたね。やっぱりみんな音楽性がバラバラだったから、なにが正解かもわからず、迷いながらやっていて。ドラムスは落ち着いたローファイ志向だし、創ちゃんは歌がきらきら輝く曲にしたくて。

及川:ぼくはメンバーのなかではいちばん売れたい欲が強くて。売れる曲をつくりたいっていう感じで(笑)。

Kevin:どうなりたいかみたいなことについてはあまり話し合ってなくて、とりあえずセッションして、奇跡的にみんなが「これいいじゃん」って思える曲をブラッシュアップしていく感じでしたね。ファーストはそういう曲ばっかりでした。

及川:そう。テーマとかコンセプトは決めずに、できたものからいいと思ったのだけを選んでつくりました。

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10代はハードコアをけっこう聴いていましたね。あとはスマッシング・パンプキンズ、レディオヘッド、ビョーク、マッシヴ・アタック。マシュー・ハーバートもすごい好きで。(及川)

それぞれの音楽的背景をお伺いしていきたいんですが、最初に音楽に興味をもったのはいつごろですか?

Kevin:ぼくは、母が歌手をやっていたので、物心ついたときから音楽はずっと身近にありました。母がよく歌っていたので、一緒に歌いたいなと。カーペンターズとか、ポップス系を歌っていましたね。スティーヴィー・ワンダーとか。演歌も歌っていましたけど基本的にはポップスで、ああいうわかりやすいメロディのあるものがずっと好きでした。転機になったのは、マイケル・ジャクソンを知ったときですね。小学生のとき、父の会社に遊びに行ったときに、しばらく待たなきゃいけない時間があって。「ヴィデオでも見とけ」ってテレビの前に座らされて。そこで見たのが、マイケル・ジャクソンが “Billie Jean” でムーンウォークを初めて披露した映像で。「かっけー」って思って、そこから音楽にのめりこみましたね。

Kevinさんのヴォーカルはよくマイケル・ジャクソンと比較されると思いますが、まさにマイケル・ジャクソンがきっかけだったんですね。

Kevin:そうですね。マイケルの影響は大きいです。あの日本の曲にはないグルーヴ感と、あの独特の歌い方に惹かれて。ムーンウォークもマンションの外で練習したりしました。「なにやってんだ」ってバカにされましたけど、逆に「マイケル知らねーの?」って言い返して(笑)。高校になると、歌はつづけてはいたんですけど、レ・トゥインズっていうフランスの兄弟ユニットを見てからダンスにハマって、そこからヒップホップとかも聴くようになって、ディアンジェロを好きになって。それで「自分はダンスで食っていくのかな」って漠然と思ってたんですけど、でもステージではメインで輝きたいっていう思いもあった。それでダンスを諦めて、22、23のころに音楽で食っていこうって決意して上京しました。やっぱり歌うことがいちばん得意で、好きなことだったんです。ぼくは好きなことじゃないとつづかないタイプで、歌が唯一ストレスなくのめりこめるものだったから、「これを仕事にしよう」と。2010年代の頭ごろでしたね。

及川さんのお話も聞かせてください。

及川:ぼくはまず、小学校のころにX JAPANが好きになってピアノをはじめました。YOSHIKIが好きだったのでドラムもはじめて。その後中二のときにレディオヘッドの “Planet Telex” を好きになって、その曲はいまだに自分のなかで不動の1位ですね。高校卒業するまで毎日聴いていました。

なるほど! 2月にJ-WAVEで毎週カヴァーをやる企画をされていましたよね。最後の週がレディオヘッドだったので、Roomiesの音楽性からすると意外だなと思っていたんですが、納得できました。でも曲は “Planet Telex” ではなく “High And Dry” でしたね。

及川:“High And Dry” はピアノのわっくんが好きなんです。あと “Planet Telex” は好きすぎてカヴァーするのに時間がかかっちゃうという理由もあったし、“High And Dry” はKevinのヴォーカルに合いそうだなっていうのもありました。

ピアノとドラムスはその後もずっとつづけていた感じですか?

及川:ピアノはほとんど練習してなかったんですど、中学も高校もドラムはつづけていましたね。中学の同じクラスにSiMのギターがいて、18歳のときにSiMのヴォーカルのMAHくんと最初のベースのKAHくん、ギターのSHOW-HATEとぼくでジェーン・ドゥーっていうハードコアのバンドをやっていました。
 そのバンドをつづけていた19歳のときに、ワーキング・ホリデイでオーストラリアに行ったことがあったんですけど、貯めたお金をカジノでぜんぶなくして、ホームレスになっちゃってバス停のベンチの下とかで寝ていました(笑)。でも家がないと強制送還されちゃうので、バックパッカーズ・ホテルっていう使い捨てのような汚いホテルの3人部屋だと1週間3~4千円で住めたのでそこにいました。毎晩フランス人のゲイとかイタリア人のレズビアンのセックスを見ながら寝るような生活だったんですが、ゴミ捨て場にあったフロアタムとライド・シンバルを拾って、それで路上でドラムを叩いて家賃を稼ぐみたいな生活でしたね。つづけているとジャンベとかディジェリドゥとかを弾けるひとが集まってきて、バーでライヴもできるようになって。

そんな経験をしたら、帰ってきたとき世界観が変わっていたのではないでしょうか。

及川:変わっちゃいましたね。なにも怖くなくなったというか。日本に帰ってからはハードコア・バンドもすぐ終わっちゃって、その後はサイケデリシャスっていうダフト・パンクみたいなバンドをやったり、音楽自体やめてコールセンターで契約社員をやったり。CICADAに誘われたのもそのころでしたね。

ダニー・ハサウェイとかマーヴィン・ゲイとか。新しいものより古いものに行った感じですね。いわゆるポップ・スターのようなひとたちの歌をよく聴いて練習していました。(Kevin)

リスナーとしてはおもにロックをメインで聴いていた感じでしょうか。

及川:10代はハードコアをけっこう聴いていましたね。あとはスマッシング・パンプキンズ、レディオヘッド、ビョーク、マッシヴ・アタック。マシュー・ハーバートもすごい好きで。IDMが好きでしたね。打ち込みをやってた時期もあって、友だちのラップにトラックをつくったりもしていたので、サンプリングやビートメイクをちょっとずつ覚えていきました。古い曲、ビートルズとかスティーヴィーとかアース・ウィンド&ファイアとかマイケルとかはむしろRoomiesに入ってから聴くようになりましたね。有名な曲しか知らなかったのでKevinに教えてもらって。ファンクもソウルも全然知らなかった。

Roomiesのシンセの感じはスティーヴィーなのかなと思っていました。

及川:教えてもらったんです(笑)。エレクトロニカとビョークがずっと好きだったんですよね。

ビョークだとどれがいちばん好きですか?

及川:『Vespertine』(2001年)ですね。

まさにハーバートやマトモスが参加しているやつですね。ぼくと完全に同世代ですよ。

及川:オペラハウスの映像(『Live at Royal Opera House』、2002年)をずっと観ていましたね。“It's In Our Hands” や “Hidden Place” をひたすら聴いていました。

自分たちでも音楽をやるようになってから、リアルタイムの音楽、たとえば2010年代はおふたりはどんな音楽に惹かれていましたか?

Kevin:ぼくはもっと歌を強化したいなと思っていたので、リアルタイムではないんですけど、ソウルを聴くようになりました。ダニー・ハサウェイとかマーヴィン・ゲイとか。新しいものより古いものに行った感じですね。いわゆるポップ・スターのようなひとたちの歌をよく聴いて練習していました。

及川:ぼくはもうマーズ・ヴォルタとかバトルスとか、ニュー・レイヴ系とか。

Kevin:ぜんぜんちがうね(笑)。

及川さんの背景はRoomiesからはぜんぜん想像できない(笑)。

及川:マーズ・ヴォルタ大好きで。ライヴにも行ったんですけど、開演前にトイレに行きたくなって。でももうはじまるから我慢してたんですけど、5分くらいずっとノイズが鳴ってて、限界が来たのでトイレに行って、戻ってきたらまだノイズだけで(笑)。「なんなんだ!」って思ったのを覚えています。あとハマってたのはMGMTとか。

そろそろ新作についてもお伺いしていきましょう。セカンド・アルバムにあたる『ECHO』ですが、最初の時点でコンセプトや青写真のようなものはあったんですか?

及川:明確なものはなかったです。今回が4人編成になってから最初の作品になるんですけど、この4人でもう4~5年やってきていたから、ヴィジョンが近いというかやりたいことにも共通している部分が多いこともわかってきていたので、歌がしっかり抜けててサウンドも外向きのものになっているかなと思います。

Kevin:そう思う。

及川:Kevinの歌って外向きだから、内向きで自慰的なサウンドにはならないものをつくりたいっていうのはありました。4人になったから打ち込みでもいいやとか、サウンド面での許容範囲も広がりました。「こうじゃなきゃいけない」みたいなものが減ったアルバムだと思います。前のアルバムは前のアルバムで好きではあるんですけどね。

Kevin:ファーストのときはけっこう大変で。6人分の正解を合致させなきゃいけなかったので。

及川:人数が多い分、食い違いも多かったから、なかなか完成に持っていけなかった。

なるほど。しかしベースとドラムスが抜けるって、バンドとしてはけっこう致命的な気もするのですが。

及川:ほんとうそうですよ(笑)。正直、最初は「終わった」と思いました。

その後、新しくベースとドラムスを迎える話にはならなかったんでしょうか?

及川:最初は探さなきゃって思ってました。やっぱりベースとドラムは必要だと思っていたので。でも、わっくんが「4人でも行けるっしょ」って、けっこうポジティヴで。それを信じてみようかなと思ったんです。中途半端に増やさないで、自然にいい感じで新しく出会ったら入ってもらおう、って。

Kevin:なかなかいないですよね。演奏がよくて、音楽性も合って、かつヒマなひとって。

及川:みんなヒマじゃないからね(笑)。

今回は曲づくりからレコーディングまで、そういうプロセスでやっていったんですか?

Kevin:そもそもあんまり4人で集まれなかったんですよね。それぞれ忙しくて。

及川:ぼくとギターとKevinだけとか、ピアノとKevinだけとか。全員で集まってワイワイやりながら……という感じではなかった。曲によって打ち込みだったり、友だちに生ドラムやベースを入れてもらったり、歌詞もKevinの弟のコリンが書いているものもあるし。曲によってつくり方がちがって。けっこう不安はありました。たとえばアイディアが浮かんで「これ、どう?」みたいなことを聞くとき、やっぱり顔を見て直接反応を見ないと、ほんとうにいいって言ってくれてるのかなって、疑心暗鬼になるので(笑)。でもなぜか自信はありましたね。

内向きで自慰的なサウンドにはならないものをつくりたいっていうのはありました。(及川)

なかなか全員が集まれないなかで、「これだけはやらないようにしよう」とか、逆に「これだけは絶対やろう」みたいなルールはありましたか?

Kevin:先ほど話したような、内向きにならないように、っていうのはありましたね。外向きの意識で、って。ぼくの場合は、歌はやっぱりポップでわかりやすくっていうのを意識してメロディ・ラインをつくってました。

及川:ぼくの場合は、Kevinがもともとダンスをやっていたことを意識しましたね。Kevinはたぶんミュージシャンとはちがうダンサーのグルーヴ感をもってるはずだと。たとえば4つ打ちの「乗れる/乗れない」って、8ビートのキックの位置とかベースの位置とかでわかるじゃないですか。それで歌い心地がいいか悪いかってKevinにしかわからないから、Kevinがいいってなるまでは、あんまりこっちの意見を押し出さないようにはしていましたね。ダンサー目線のヴォーカルの歌い心地のよさを意識して。

Kevin:グルーヴや歌い心地はすごい細かく相談してましたね。

内向きにならない、外向きに、という意識があって、先ほど及川さんには売れたい欲もあるというお話も出ましたけど、今回2曲目の “Like This Before” なんかは、まさにそれが達成されたキラー・チューンというか。

及川:まさしく。わっくんがつくった曲ですけど、デモが来た時点で「きたー!」ってなりましたね。会心の1曲というか。

Kevin:シンディ・ローパーみたいな(笑)。mabanuaさんも褒めてくださって。

及川:こういう感じは日本のポップスではあんまりないですよね。とくにバンドの曲では。

アルバムのタイトルが、最後の曲とおなじ『ECHO』になったのはどういう経緯ですか?

及川:曲のほうの “ECHO” はぼくが歌詞を書いたんですけど、そのときはなんとなく「ECHO」っていう曲名がいいなと思って。その曲を書いたあとにアルバムの話になって、ジャケットをどうしようかってなったときに、ギターの柚一郎が以前にアイルランドに住んでいたんですけど、現地の新聞に「エコー」っていうのがある話を思い出して。その新聞はデザインがすごくかわいいんです。曲自体は世界の平和をイメージした曲なんですが、「エコー」っていうことばもそれに合うと思って。Roomies自体ハッピー主義者たちの集まりだし、そういうのが広まればいいなと思って、その流れでアルバムのタイトルも『ECHO』がしっくりきたという感じですね。

アルバムには日本語の曲もありますが、基本的には英語の曲が多いですよね。英語で歌うのはなぜですか? 海外のリスナーに届けたいという動機でしょうか?

Kevin:「この曲は英語っぽいよね」「この曲は日本語っぽいよね」みたいな感じですね。歌詞が先の曲はないので。海外のリスナーに届けたいというのももちろんあります。やっぱり自分たちが海外の音楽から影響を受けてきたので。

及川:でもまあ日本語でも曲がよければ海外でも聴かれると思う。だから、絶対にこうっていう決め方はしなかった。

3月24日にはライヴが控えています。それに向けての意気込みを、お願いします。

及川:ひさしぶりにバンド・セットをやるので、気合いが入っています。すごく楽しみです。

Kevin:ひさびさに一緒にできるっていうのがやっぱりすごく楽しみですし、自分たちが楽しんでる姿をお客さんに見せられるのはすごく幸せなことだと。見せたいですね、ぼくらのヴァイブスを。

今後はどういうバンドになっていきたいですか?

及川:「こういう音楽をやっていきたいです」っていうのはないんですけど、音楽的には作品ごとに絶対変わっていくと思います。あとは世界じゅうでライヴをしたいですね。

Kevin:世界に通用するバンドになりたいな。

及川:結成のときも、Kevinの「グラミー獲りたい」って話からはじまってるので(笑)。

Kevin:だからグラミーにつながる道筋をたどっていけたらいいなと思います。

[ライヴ情報]
2025.03.24 Mon
Roomies
@BLUE NOTE PLACE, Tokyo

Open/Start
18:00/1st stage 19:00, 2nd stage 20:15
※ 2stages with intermission (cafe time)

Performance
Roomies

Kevin (vo)
Yuichiro Takahashi (g)
Wataru Saito (p)
Sosuke Oikawa (synthesizer)
Taihei (ds) *support member
Takayasu Nagai (b) *support member

Further Information
https://www.bluenoteplace.jp/live/roomies-250324/

♯12:ロバータ・フラックの歌 - ele-king

 書かなければならないと思い、彼女が亡くなってもう3週間が過ぎようとしている。ロバータ・フラックのすべてを聴いているわけではないし、彼女について書く以上は“歌”について、 “愛” について書くことになる。果たして自分にそれができるのだろうか……。できなくても書くべきだろう、と自己問答。フラックは去る2月24日に他界した。ぼくには、彼女のカタログのなかに特別な感情を抱いている曲がある。素晴らしい曲で、歌人を気取って言えば、その歌、こよなるべし、だ。シンプルだが重厚で、エレガントだが突き刺さるものがあり、激しさを秘めた静的な緊張感において並外れている。まさに歌の勝利、ラヴ・ソングというものの奥深さだと思う。
 その歌“The First Time Ever I Saw Your Face”の、“愛は面影の中に”という歌謡曲めいた邦題は適切とは思えない。フラックのデビュー・アルバム『ファースト・テイク』(1969年)に収録され、3年後に大ヒットとなったこの曲(クリント・イーストウッドの最初の監督作品に使われた)は、ユアン・マッコールという、1960年代の英国の第二次フォーク・リヴァイヴァルの土台が形成される過程において重要な働きをした人物が1957年にアメリカのフォーク歌手、ペギー・シーガーのために書いた曲である。
 聴きくらべればわかるように、マンチェスター出身の筋金入りのマルクス主義者、その政治活動ゆえに当局から監視までされたイギリス人が書いて若いアメリカの白人女性が歌った曲を、フラックは彼女のなりの解釈において、ほとんど哲学的解釈も可能なタイムレスなポップ・ソングにしている。
 テンポが落とされたフラックの“The First Time Ever I Saw Your Face”では、最初に耳にこびりつくのは「The first time〜(初めて/最初に)」という伸ばされた音符で歌われるこの言葉だ。フラックはこの曲のなかの「初めてあなたの顔を見た」「初めてあなたの口にキスをした」「初めてあなたと横になった」と、いくつもの「初めて」をさりげなく印象づけながら歌を進行させている。あるミュージシャンはこの曲を聴いて「愛が爆発するのを感じた」と語っているが(*)、それでは不充分だ。この美しい曲から「愛の爆発」を感じるのはわかる。が、しかし「初めて」が強調されている点において、同時にこの曲には「死のはじまり」も暗示されている。なぜなら、「初めて」の世界が太陽が昇るほど強烈であるのなら、その後に連なる「初めて」ではない二回目以降の世界は色あせてしまうことになるからだ。“The First Time Ever I Saw Your Face”から広がる崇高なロマンティシズムにおける避けがたい悲しみは、そのパラドックスにあるのではないだろうか。
 それが愛の本質かどうかは、ぼくにはわからない。ただ少なくともこの曲においては、「暗闇と果てしない空に、月と星はあなたがくれた贈りもの」と歌うときのフラックが、「暗闇に(to the drak)」という箇所を印象づけているように、はじまりの太陽はいつか暗闇に戻されてしまうのだ。

 はじまりの強度が特別であるということは、ゆえにその後の強度は落ちていくと、それを前提に話を続けてみよう。人生をロマンティックに生きるには、そのリスクも引き受けようとするか、さもなければ、なるべく失敗のないと思われる人生を選ぶか、人はどちらを選択するのだろう。失敗の確率が少ない、予測可能な人生を楽しむために必要なものは消費文化である。
 フラックは、最初はアメリカの黒人ゴスペル・フォーク・デュオ、ジョー&エディによる1963年のカヴァー( 曲名は“The First Time” )で同曲を知り、1962年に初めてレコード化されたペギー・シーガーのヴァージョンはあとから知った。この曲は、ほかにも多くのカヴァー──ロマン主義文学で自らの人生を締めたマリアンヌ・フェイスフルからジャマイカのマーシャ・グリフィス、ピーター・ポール&マリー、はてや王様エルヴィスまで──があるのだから、やはり歌いたくなるメロディであり歌詞なのだろう。曲を作ったマッコールは写真で見るとなかなか洒脱な男だが、彼が自分の人生を消費文化とは無縁な、いや、消費文化を全否定しながら、しかし酒をかっくらっては人びとと一緒に歌を歌い、政治と音楽と恋に生きた人物である。そのことを思えば、“The First Time Ever I Saw Your Face”という歌にも、言葉は簡素だがマッコールにとっての生きることの意味が込められていたのではないかと、そんな見立ても許されよう。

 ユアン・マッコールには本名があり、ジェイムズ・ミラーという。なぜ改名したのかと言えば、第二次大戦中、彼はイギリス軍から脱走し、身を隠したからである。スコットランド人で社会主義者の両親をもつマッコールの、育ちはマンチェスターのサルフォード。ジョイ・ディヴィジョンやハッピー・マンデーズのメンバーの出身地としても知られるかの地は、労働者階級の町でもある。1915年に生まれ、14歳で学校を中退したマッコールの教養は、そのほとんどすべてがマンチュスター中央図書館に通って独学で得たものだった。若くして左翼活動に奔走し、最初は演劇によって表現活動をはじめた彼は、それから民衆の音楽=フォーク・ミュージックにも熱意を抱くようになる。
 周知のように、20世紀の初頭、セシル・シャープがイギリスの田舎に口承されてきたフォーク・ソング(民謡)を収集し、研究し、発表したことが、フォーク・ミュージック復興運動リヴァイヴァルをうながした最大の要因である。権威や制度のなかで保存されてきた音楽ではない、民衆のなかで歌い、踊り、伝承されてきた民謡に価値を見出すことは、資本主義や産業革命に疑念を抱き、田舎の文化を賞揚することでもあり、政治的には左派だった。じっさいシャープは、19世紀末のウィリアム・モリスのケンブリッジ大学での講義を受けたひとりである。
 しかしながら、シャープにはじまるフォーク復興運動にはじっさいの民衆とは離れたエリート主義的な側面があった。また、1930年代になると、民俗や農村に英国のアイデンティティを求める動きは保守的な右派との繋がりを見せはじめていく。したがって、「これじゃあまずい」と文化闘争に発展するのも当たり前で、フォーク・ミュージックとは文化エリートの許可なしに歌い踊る、文字通りの「people’s music」であるべきだと主張する新しい解釈が第二次大戦前に顕在化するのだった。当時の若いマルクス主義たちがフォーク・ミュージックと合流するのはこの機運においてであって、ユアン・マッコールはその代表的なひとりだった。
 マッコールにとってフォーク・ソング(民謡)とは、「人びとの音楽(people’s music)」である以上、農村だけのものではない。工場や鉱山、鉄道などでも歌われる歌=インダストリアル・ソングもフォーク・ソングである。マッコールはそれらにも耳を傾け、収集し、自らも “左翼のための” 歌を作った。ちなみに、ある鉱山労働者から教えられ、マッコールが記録し、本にまとめ、そして有名になった歌のひとつに“スカボロー・フェア”がある。また、マッコールが作った“ダーティ・オールド・タウン”はポーグスを通じて、日本でもお馴染みだ。英国では、“マンチェスター・ランブラー”という歌もよく知られているマッコール作のひとつで、これは平日身を削る思いで働く労働者たちが、日曜日には(ブルジュワジーが暮らす)田園地帯にピクニックに行って楽しむという、階級闘争めいた内容をウィットに描いた歌だ。ほんと、イギリスって国の大衆文化の良き部分は、マッコールがこの曲を書いた1930年代から、いや、それ以前から基本的なところは変わっていない。

 ユアン・マッコールは、活動家としてはハードな人生を歩んだかもしれないが、演劇もやって放送作家もやって、多くのインダストリアル・フォークを収集し、自らも多くの曲を書いたディレッタントで、そして恋多きロマンティストでもあった。20歳年下のペギー・シーガーとは、彼女が1956年に渡英した際に出会っている。アメリカに帰国後、ペギーから彼女が出演するラジオ番組のために至急曲を作って欲しいと言われたマッコールは、共産党員だった過去からアメリカに入国できないため、電話を通じて作ったばかりの“The First Time Ever I Saw Your Face”を彼女に伝授したのだった。
 話は少し逸れるが、ピート・シーガーという、アメリカにおけるフォーク・リヴァイヴァルの起爆剤にして抗議運動とフォークを結びつけたプロテスト・ソングの先駆者を異母兄弟に持つペギー・シーガーとマッコールとの繋がりは、英国内において、社会的抗議音楽としてのフォークに再配置しようとする風潮と無関係ではない。
 アメリカに、アラン・ローマックスという民謡収集家/民俗学者がいた。広く言えば、かつてセシル・シャープが渡米してアパラチア山脈を調査し、フォーク・ソング(民謡)を収集したことの継承者のひとりになるのだろうが、ローマックスは、これまた筋金入りの共産主義者で、デルタ・ブルースをはじめ、都会の「生きた伝承」=ナイトライフ・ブルースから刑務所で歌われている歌、貧しい黒人家庭や酒場に積まれたアセテート盤にも着目した。そんな人物が、1940年代にはすでに影響力のあったピート・シーガーと合流したことで、フォークないしはブルースに抗議行動や急進的な政治との接点が誘発される(***)
 赤狩りのリストに名前が記載されたアラン・ローマックスが渡英したのは、マッカーシズムが台頭した1950年だった。それから8年にも及んだ滞在期間中、ローマックスはおとなしく過ごしていたわけではない。「イギリスのフォーク・リヴァイヴァルを燃え上がらせたエネルギーの雷のような人物」(***)と形容されるほど、アンダーグラウンド・シーンに深く関わり、マッコールとも交流を深めている。ペギー・シーガーを英国に呼んだのは、言うまでもなくこのアラン・ローマックスだった。

 ロバータ・フラックのもっとも有名な曲に“ Killing Me Softly with His Song”がある。おそらくは片思いの歌であり、また、歌というものの感情的な威力を歌った、言うなれば歌についての歌でもある。この壮大なバラードは、1996年にフージーズが取り上げし、ローリン・ヒルが歌い、大ヒットしたことが引き金となって、よくよくネオソウルの基礎を築いたと言われているが、そもそもこれはフラックのハイブリッド志向が導いたものだろう。彼女は、ブラック・パワーの時代に黒人の土着性だけに囚われず、クラシックからブロードウェイ・ミュージカルの要素まで取り入れている。そもそもオペラ歌手になりたくてハワード大学を卒業したフラックだった。夢は挫折し、教職につきながら副業としてナイトクラブで演奏するようになった彼女は、大学時代に学んだクラシックの技法を自分の演奏に活かした。
 またフラックは、“The First Time Ever I Saw Your Face”に限らずほかにも白人のロック/ポップスをカヴァーしている。ボブ・ディランの“Just Like a Woman”は女性アーティストとしては初のカヴァーだったし、ジミー・ウェッブの“What You Gotta Do”、サイモン&ガーファンクルの“明日に架ける橋(Bridge over Troubled Water)”、キャロル・キング作曲の“Will You Love Me Tomorrow”……、それからビージーズの“To Love Somebody”まで歌っている。そのすべてが原曲にはないニュアンスを込めた、彼女の解釈による歌となっているのだけれど、ぼくとしてはレナード・コーエンの“Suzanne”をライヴ・アルバムの締めとして歌ったことが興味深い。コージー・ファニ・トゥッティをも魅了し、ニーナ・シモンのカヴァーでも知られるこの曲は、なかば幻想的かつ宗教的な歌詞で、ひとを愛することのトランスグレッシヴな状態を表現していると言えるような不思議な曲である。
 フラックはニーナ・シモンと違って、ラングストン・ヒューズやジェイムズ・ボールドウィン、ストークリー・カーマイケル、そしてロレイン・ハンスベリー(ブロードウェイのヒット作を手がけた初の黒人女性作家)のような公民権運動/ブラック・アート/ブラック・パワーの渦中にいたような傑出した人物との出会いはなかったかもしれないが、ユージン・マクダニエルズのような公民権運動に影響を受けた気骨ある黒人作曲家のレパートリー──“Reverend Lee”や“Feel Like Makin' Love”、そして完璧なプロテスト・ソング“Compared To What”など──を歌っている。名作『クワイエット・ファイア』においては、あのスリーヴのアフロヘアの写真そのものが政治的表明になっている。フラックは、ゴスペルから来たアレサ・フランクリンの超強力な歌唱力や、のちにニック・ケイヴから「神のよう存在」とまで言われたニーナ・シモンの憤怒を内包したヴォーカリゼーションのまえでは、ある向きからは「ムード音楽」なるレッテルを貼られてしまうほどソフトに思われたかもしれないが、黒人といえばジャズ・シンガーかR&Bシンガーと思われた時代のフラックの雑食性は、フュージョン的なるもののヴォーカル版というか、分類を拒むという意味では未来的だった。フラックとのデュオでも有名な、彼女と同じくハワード大学でクラシックを学んだダニー・ハサウェイもブラック・アート/ブラック・パワーの精神に共鳴しながら西欧音楽も研究し、自作にその要素を取り入れたミュージシャンだった。同時代のデトロイトではファンカデリックがブラック・サイケデリック・ロックを更新し、アフロ・フューチャーへと向かっている。ローリン・ヒルばかりか、エリカ・バドゥや最近ではソランジュのなかにもフラックからの影響を見ることができるとしたら、やはり彼女は進んでいたのだろう。2020年にはジェイムズ・ブレイクも“The First Time Ever I Saw Your Face”をカヴァーしているが、手本としたのはフラックのヴァージョンだと思われる。

 だが、重要なのはそこではないのだ。カニエ・ウェストだってフラックの曲をサンプリングしているのだからフラックはいまでも有効である、などという軽口を叩きたくはない。「ソウル・ミュージックとは、人間として、自分の人生は他人の手に委ねられているという紛れもない事実に対する、アメリカが生み出した最高の脚本に他ならない」と言った人がいる(**)。咀嚼すれば、生きるための脆弱性を前向き変換する力。共生の感覚。なるほど、その意味はぼくにも理解できるし、ある時代までのブラック・ミュージックにおけるラヴ・ソングの意味を理解するうえでは、納得のいく説明だ。その文脈において、フラックはマッコールの曲をソウル化している。いや、マッコールの原曲がそもそもソウル化されていたのかもしれない。
 数年前、『クワイエット・ファイア』と『チャプター・トゥー』の50周年版が配信でリリースされて、前者にはボーナストラックとしてビートルズの“Here, There, And Everywhere”のジャズ解釈と言えるような当時のカヴァーが収録されていた(ビートルズのカヴァー集『Let It Be Roberta』には同曲の1972年のライヴ演奏がアルバムの最後に収録されている)。ドラマティックな歌唱を特徴とする彼女がこの曲においてもっとも強烈に歌うのは、原曲ではポールがたんたんと歌っている「love never dies」というフレーズである。それを歌うときのフラックは激しく、一瞬ではあるが、反逆的である。
 ロバータ・フラックは「愛は歌だ」と語っている(*)。歌が愛ではなく、愛が歌……か。わかるようでいてわからない。が、わかるような気がする、ロバータ・フラックを聴いている限りは。

(*)
Remembering Roberta Flack: The Virtuoso
https://www.npr.org/2020/02/10/804370981/roberta-flack-the-virtuoso

(**)
Emily J. Lordi, Donny Hathaway Live, Bloomsbury, 2016, p39

(***)
Rob Young, Electric Eden Unearthing Britain’s Visionary Music, Faber and Faber, 2010, p113~p146

※ちなみにペギー・シーガーのヴァージョンも素晴らしい。このYouTubeの画像に出てくるヒゲの男がユアン・マッコールである。ペギーとマッコールは、初めて知り合った1956年から80年代にかけて、40枚ほどの共作アルバムを発表している(そのなかにはもっとも初期の、1960年に作られた反核ソングも含まれている。また、ペギーの方は60年代にフェミニズム運動のアンセムをいくつも書いている)。なお、ペギー・シーガーは、87歳になった2023年にも“The First Time Ever I Saw Your Face”を「愛と喪失の曲」として歌っている。これもまた素晴らしいヴァージョンだ。しかもこのヴァージョンは、それこそ「初めて(The first time)」と歌って終わっているのである。

第二回 ボブ・ディランは苦悩しない - ele-king

『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』

監督:ジェームズ・マンゴールド『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』『フォード vs フェラーリ』
出演:ティモシー・シャラメ、エドワード・ノートン、エル・ファニング、モニカ・バルバロ、ボイド・ホルブルック、ダン・フォグラー、ノーバート・レオ・バッツ、スクート・マクネイリー
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
北米公開:2024年12月25日
原題:A COMPLETE UNKNOWN
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 小学生の頃、親に連れられて、ガロの解散コンサートを観に行った。 “一枚の楽譜” という曲が好きでそれを楽しみにしていたのだけれど、当日はそれよりも “学生街の喫茶店” という曲が一番受けていた。客席の雰囲気というものを初めて経験し、大人たちにとってはガロといえば “学生街の喫茶店” なんだと理解できたものの、シャープでスピーディーな “一枚の楽譜” と違って “学生街の喫茶店” は童謡みたいで小学生の僕にはあまりぴんとこなかった。ところが「片隅で聴いていた ボブ・ディラン」という歌詞が頭に残り、「ボブ・ディランというのは誰なんだろう」という疑問がその後もついて回るようになった。ボブだから人の名前だよなと思い、文脈からして音楽家だろうとは思ったけれど、クラシックなのかポップスなのか、それ以上は見当もつかなかった。ボブ・ディランの曲を初めて耳にしたのは高校に入ってからで、ラジオから不意に流れてきた “Hurricane” のダミ声が心に残り、少し考えてから( “Hurricane” を収録した)『Desire』を買ってみた。モザンビークの独立だとか神話上の人物と結婚するとか、自分にとっては目新しい題材の歌詞が多く興味深くはあったけれど、音楽的にはあまり惹かれず、それ以上の興味は持てなかった。スペシャルズが “Maggie's Farm” を、XTCが “All Along the Watchtower” をカヴァーしていたり、デヴィッド・アレンが “Death of Rock” でロックの歴史を振り返りながらボブ・ディランだけ3回も名前を連呼するほど特別扱いしていなければ本当にそれ以上の興味は持たなかったかもしれない(RCサクセションの “いい事ばかりはありゃしない” が “Oh, Sister” を参考にしているとは、その頃はまるで気がつかなかった)。パンクやニューウェイヴがデザインのセンスを一新してしまったことも大きく、『Desire』に続いてリリースされた『Street Legal』のデザインがダサ過ぎて、それもまた興味が膨らまなかった一因だった。

 『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』はボブ・ディランのデビューからニューポート・フォーク・フェスティバルで大ブーイングを浴びるまでを扱った作品。監督は『フォードvsフェラーリ』や『LOGAN/ローガン』のジェームズ・マンゴールド。『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』でがジョニー・キャッシュとジューン・カーターの激しいラヴ・ストーリーを主軸に置いたのと同様、ここでもマンゴールドはボブ・ディランとスージー・ロトロによるラヴ・ストーリーに大きな比重を置いている(中絶というエピソードを避けたかったのか、スージー・ロトロはシルヴィ・ルッソという名前に変えられている)。ボブ・ディランを演じたティモシー・シャラメはまるでボブ・ディランそのもの……と絶賛したいところだけれど、どのシーンをとってもボブ・ディランの気持ちが伝わって来ないため、中盤をすぎても挫折のないサクセス・ストーリーにはなかなか引き込まれず、シャラメの顔がマーク・アーモンドに似ていることもあって、個人的には「ポール・アトレイデに続いてボブ・ディランを演じているティモシー・シャラメ」という認知バイアスから最後まで脱却できなかった。ボブ・ディランの熱心なファンであればおそらく……ボブ・ディランそっくりに見えたのだろう。シャラメの歌は完成度が高くて説得力もあり、トム・ヒドルトンのハンク・ウィリアムズは超えたかも。

 ウィノナ・ライダーの人気が凋落するきっかけとなった『17歳のカルテ』や、前述した諸作でもマンゴールド作品のオープニングはたいてい主人公が自動車に乗っているシーンから始まる。『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』もディランがバスに乗ってニューヨークに向かうところから始まる(『3時10分、決断のとき』や『ナイト&デイ』などもちろんそうではない作品もある)。『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道」はバスがすでに刑務所の前に止められていてジョニー・キャッシュの演奏は始まっているものの、誰かが自動車でどこかへ向かうと物語が動き出すという構造は共通していて、バスを降りたボブ・ディランが「目的地を通り過ぎているよ」と言われるのはその後の彼の人生をうまく言い表した言葉にもなっている。ニュージャージーまで引き返したところでディランは病室のウッディ・ガスリーと見舞いに来ていたピート・シーガーと出会い、デビューへの足がかりが開けていく。ピート・シーガーを演じたエドワード・ノートンは柔和な老け顔が実に板についていて、キャリア初期に多重人格や密売人や奇術師などエキセントリックな悪役ばかりやっていたことがウソのよう。

 一方、エル・ファニング演じるシルヴィ・ルッソは活動家ではなく画家という設定に変えられ、存在感がやや薄められている。セカンド・アルバム『The Freewheelin' Bob Dylan』のジャケットでディランと身を寄せ合っているスージー・ロトロはディランにランボーやブレヒトのことを教えるなどディランの作詞に大きな影響を与えたとされているにもかかわらず、その辺りはほとんど触れられていない。ルッソはなんとも飾り気がなく、60年代から70年代にかけて珍しくなかった女性のライフ・スタイルを上手く再現していて(いま同じ格好をするとノーメイク、ノーブラの「干物女」と呼ばれてしまう)、ディランとの同棲生活も甘ったるいムードが欠如しているところはなんともそれらしい。ルッソはフォーク復興運動の拠点となっていた教会で初めてボブ・ディランと出会う。運命的な出会いに意味を持たせるシーンにもかかわらず、このシークエンスだけが黒人たちを音楽文化の主体として描いたシーンでもあり、ギリギリのところでホワイト・ウォッシュになることが回避されている。リトル・リチャードについてボブ・ディランが言及したり、ラジオでブルース・マンと即興でセッションするなどディランの音楽には黒人文化の影響があったという描写もなかったわけではないけれど、それ以上にニューポート・フォーク・フェスティバルの会場は白人たちで埋め尽くされ、グルーピーもマネージャーもプロデューサーもすべて白人で、音楽業界は白人だらけ、悪くいえば教会でテープに録った黒人たちの伝統音楽を白人が奪って白人の文化につくり直しているプロセスが「フォーク復興運動」に見えてしまう作品なのである。それこそポール・グリフィンがいなければディランのバック・バンドも白人だらけで目も当てられなかったかもしれない(これも途中から入ってきたアル・クーパーにいいところは持って行かれてしまう)。そういえばピート・シーガーの妻が日本人だったことは僕は知らなかった。そういう意味ではアジア系のプレゼンスは示されていた。

 どのシーンをとってもボブ・ディランの気持ちがまったくわからないのとは対照的にルッソの戸惑いや悲しみはダイレクトに伝わってくる。ルッソと名前を変えている時点で彼女の存在はフィクションであり、ボブ・ディランが苦悩したり、喜怒哀楽を一度も示すことがないのは故意に演出されたことで、他人から影響を受ける場面は意図的に消し去られているのだろう。ルッソにディランが依存している場面がぜんぜんない上に、どの場面でもディランが天才的に振る舞い、なにひとつ失敗がないので、ルッソの問いに答えてディランが自分を神様だと思っていると話す場面では思わず「カニエ・ウエストか!」とつっこんでしまった(監督のカットがかかってからエル・ファニングとティモシー・シャラメが爆笑したと思いたい)。スージ・ロトロとボブ・ディランの関係はちなみにフィリップ・K・ディックとクレオ・アポストロリデエス(『アルべマス」のレイチェルなど)が「共産主義の影響下で行動する女性とそれを受けて思索する男性」という組み合わせだったことを思い出させる(公民権運動にコミットしたディランに対してディックは執筆活動を中止してベトナム反戦にのめり込む)。

 ボブ・ディランの描き方はどこかで見た覚えがあると思ったら日本のTVドラマによく出てくる男性たちの振る舞いだと思った。多くを語らず、独りよがりで、自分を周囲に合わせる気がまるでない。ディランだからそれが許されるというレイアウトに従って、ルッソ同様、中盤以降はジョーン・バエズ(モニカ・バルバロ)もピート・シーガーも気持ちいいほどディランに振り回され、周囲が傷心を余儀なくされる場面の連続となっていく。ディランにとって恩人であるはずのピート・シーガーがここまで雑巾のように扱われるとは思わなかったけれど、エドワード・ノートンの表情があまりに情けなく、それはブラッド・ピット演じるタイラー・ダーデンにノートン演じる「僕」が翻弄される『ファイト・クラブ』の役柄と重なってしまうほどであった。そう、『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』を観て『ファイト・クラブ』を思い出すとは思わなかったけれど、『ファイト・クラブ』というのは70年代に爆破活動を繰り返したテロ組織、ウェザーマンが90年代の「僕」に強迫観念として取りつく作品で、「ウェザーマン(天気予報士)」という組織名はボブ・ディランの “Subterranean Homesick Blues” から「どっちに風が吹くか、それを知るのに天気予報士は必要ない(You don't need a weather man to know which way the wind blows)に由来すると思えば、それもまた妙な符号に思えてくる。

 ディランにとっては人よりも作品が優先なのである。表現がすべてに優先される。(以下、ネタバレというか解釈)ディランが何を考えているのかわからない。ディランの気持ちがまったく理解できないからこそ、ニューポート・フォーク・フェスティバルでディランが楽器をエレクトリックに持ち替えたことがどれだけのショックだったかということがこの作品を通じて追体験できる。少なくとも僕はそうだった。ディランの考えや気持ちが手に取るようにわかっていたら、きっとそうはいかなかっただろう。あるいはその後の歴史を知っているということがその場で起きることをストレートには直観させてくれなかったのではないだろうか。そういう意味ではディランについてなにがしかのことがわかっている人の方がこの映画は楽しめなかったはずで、自分がフェスの会場にいたらどう感じたのか、ボブ・ディランがポップ・ミュージックの歴史を書き換えたという認識は存在していなかった空間でディランの側に立つことはそれだけでもう失敗であり、ディランの行動を不可解なものとして感じさせるように冒頭から仕掛けてきた意味がなくなってしまったことだろう。僕はディランが楽器をエレクトリックに持ち替えたシーンが最初はとても暴力的に感じられ、「なんで!」と不快な気分になりかけた。監督が意図したほど「客や主催者を怒らせることで爽快な気分になる」ことはなく、しかし、曲が進むに連れて「わからないけど面白い!」という感情が湧き上がってきた。出演者でディランの暴挙を止めるどころか、背中を押したのがジョニー・キャッシュ(ボイド・ホルブルック)で、彼がディランをどう思っていたのか、そこはもっと描かれていてもよかったと思う。キャッシュを無法者として描く場面はあっても、彼がフォーク・フェスティバルでエレクトリックをよしとする根拠は説明不足だし、後にはデペッシュ・モードまでカヴァーする彼のモダンさがディランに影響したのか、しなかったのか、エレクトリックへの持ち替えをクライマックスとするなら、そこはもう少し描くべきではなかったかと(ちなみにジョニー・キャッシュがカヴァーした “Personal Jesus” はニナ・ハーゲンもカントリー・ソウル風にカヴァー)。

 『名もなき者』の原題は「A COMPLETE UNKNOWN」で、これを「まったくの無名」という意味で『名もなき者』という邦題にしたのだろう。しかし、作品を通して観ると「無名時代」と呼べるのは冒頭の数分だけで、ディランはすぐにもスターダムを駆け上がり、物語の大半は無名どころかディラン本人さえ知名度に振り回され、辟易とするシーンの方が長い。なので、「A COMPLETE UNKNOWN」は知名度を表すのではなく、まったく意味がわからないもの、それこそ「UNKNOWN」を教科書通りに「未知」と訳した方がいいのではないだろうか。「まるで意味不明」あるいは「お手上げ」とか、ディランを理解不能なものとして表現しているタイトルだと考えた方がしっくりくるのではないだろうか。境界性人格障害を扱った『17歳のカルテ』でリサ・ロウ(アンジェリーナ・ジョリー)がどうして暴力的に振舞うのか、あるいはアメ車がイタ車に戦いを挑む『フォードvsフェラーリ』でキャロル・シェルビー(マット・デイモン)やケン・マイルズ(クリスチャン・ベール)がなぜそうまでスピードを出すことにこだわるのかさっぱりわからなかったように、意味不明な行動をする人間にマンゴールドは魅力を感じ、その磁場に観客も引きずり込んでいく。それこそ「THE」ではなく「A」なので、ディラン個人のことでさえないのかもしれないし、こういった人たちはわけがわからないからこそ語る価値があるというような。無茶な人たちがこの世界を前に進めていく。多様性を突き詰めたサーカスを始める『グレイテスト・ショーマン』しかり、考えようによっては『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』は、あからさまに「MAKE AMERICA GREAT」な『フォードvsフェラーリ』の流れを受けてトランプ時代を情緒的に肯定する作品だともいえる(両作は同じ60年代前半が舞台)。*3月5日付記--ショーン・ベイカー監督『レッド・ロケット』はトランプ時代の再来を批評的に予見した作品で、トランプが焦点化しない低所得層に光を当て続けたベイカーの新作『アノーラ』が『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』を抑えてアカデミー作品賞をとったのはなかなかに示唆的。

 僕がこれまでに観た数少ない音楽映画のなかで最も感心したのはグレン・グールドのドキュメンタリー映画『天才ピアニストの愛と孤独』だった。この作品だけがグールドは何者かという結論を出していない作品で、エピソードを並べれば並べるほどグールドという人が何者なのかわからなくなり、時に赤塚不二夫に見えたり、それもまた一面でしかなく、つくり手がもはや「わかりません!」と降参しているつくり方なのである。でも、そうなんだろうと思う。グレン・グールドとかボブ・ディランが何者であるかなんてそう簡単にわかるわけがなく、いくらでもわかった風な結論を与えて音楽映画というものはつくられがちである。『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』という作品はそういうつくり方はしていない。この作品は60年代前半のディランを語り尽くされたドラマとして再現しなかったことが快挙であり、ディランが頭を抱えて苦悩するシーンが1秒もないことを楽しむべきなのである。(2024年2月22日記)

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