Home > Reviews > Album Reviews > LA Timpa- IOX
ブライアン・イーノなら、これも「新しいアンビエント・ミュージックだ」と評するだろうか。ナイジェリア出身でトロント育ちのクリストファー・ソエタン(Christopher Soetan)による通算5作目。クラインが『Loveless』をリミックスしたような『IOX』は様々なループを駆使するのはこれまで通りとして、前4作にはないドローンないしはドローン状のサウンドが全編で取り入れられ、さらにはドローンとループを組み合わせたサウンドを縦横に発展させた上でこれまでになくポップへの道筋も見えている。5年前に〈Halcyon Veil〉からリリースされた2作目『Modern Antics in a Deserted Place』が一部で注目され、トリッキー “I’m in the Doorwaye” のリミックスやスペース・アフリカ『Honest Labour』への客演を経て、昨年はクラインのインダストリアル・アルバム『Marked』など彼女の諸作に様々な形でフィーチャーされている。以前からディーン・ブラントと類似性を指摘する声もあり、5作目はロリーナことインガ・コープランドの〈Relaxin Records〉からとなった。
これまで様々なフォームの曲を展開してきたティンパ・サウンドから5作目全体の雛形となったのは前々作の “Through Mine” や前作の “Spar” 、あるいはドローンをループさせた “Redo(Etching for Walls)” や雑にギターをかき鳴らす “ornary pt.2” もひと役買っているかもしれない。比較的ヒップホップ寄りだった “Through Mine” のテンポをスローダウンさせて黄昏れたロック・サウンドに近づけたのがオープニングの “Pressure (Don't Show On You)” であり、続く “Remain” となる。リズムもかつてなくパーカッシヴで歯切れのいい叩き方に変えているものの、それを凌駕するようにドローンが様々な強度で吹き荒れ、曲全体はどれもドローンによって性格づけが決まっていく。ほとんどの曲にヴォーカルが入っているものの、霞がかかったようなエフェクトがかけられていて1単語も聞き取れない(言葉は重視していないのか、声を楽器として聞かせるというやつか?)。
“Brought On” が最初の白眉。ふわふわとした雰囲気のつくり方はマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン “Soon” を思い出すとかいうと杉田元一にぶっ飛ばされるかもしれないけれど、この曲はなかでは珍しくドローンを背景に退かせ、シンプルなギターらしき弦のループを際立たせている。ソウル・ミュージックの破片も混ざり込んでいて、コクトー・ツインズ好きを表明していたプリンスが生きていたらいつかたどり着いた……いや。同趣向ながらリズムを逆回転させているのかなと思うのが “Sk (I Let Them In)” と続く “Deceived” で、この辺りはノイ!が溜めの多いファンキー・サウンドを陰気に演奏したらスライのモデル・チェンジになりました的な印象。最初は気持ち悪いのに、だんだんグルーヴィーに感じられてくるからあら不思議で、そういえばインダストリアル・ボディ・ミュージックにブラック・ミュージックのグルーヴを結びつけたのがジェフ・ミルズだったとしたらシューゲイザーにブラック・ミュージックのグルーヴを持ち込んだ例ってなんかあったっけ? A・R.・ケインも違ったよなー。
自ら編み出した独特の手触りを裏切るようにアグレッシヴなパッセージで幕をあける “Capture” 。これも杉田元一に殴られるのを覚悟で持ち出すのが “Only Shallow” 。このあたりからドローンよりもループの存在感が増してきて、ここではまったく調和の取れていない3つか4つのループが重ねられている。「シュトックハウゼンの捨て曲です」と言われれば信じてしまうかもしれない煩雑さ。雰囲気をコロっと変えてしれっと終わった後は冒頭に帰ったような “Twin Action” へ。雰囲気を自在に操るというのか、なんか手玉に取られている感じ。ここではくっきりとしたスネアの背後でランダムに打ち鳴らされる複数のドラムが前の曲からイメージを引き継ぎ、悲しげなヴォーカルを引き立てもしなければ足を引っ張りもしない。単なるスキゾフレニアック・ポップ。一転して洪水のようなノイズ・ドローンで始まる “Make It Count” は全体的には妙にクールで誰にも憎しみを抱いていないインダストリアル・ミュージック? フェネスやエメラルズを思わせるノイズのネオアコというか、ハーシュ・ノイズがファシズムではなく優しさに包まれる感じを呼び起こす。ここからの展開は杉田元一を狙い撃ちしているかのような構成で、 “We Must Devisen” がまずは “Brought On” のヴァリエーション。やはりシンプルなギターらしき弦のループが前面に押し出され、半透明な空気をゆっくりと撹拌する。イーノのジェネレイト・ミュージックと同じようにループを重ね合わせた “One Too Many” は “Capture” のヴァリエーションで、この発想だけでアルバム・サイズまで拡大させればエレクトロニカの作品となるんだろうけれど、ここから2000年代前半のティム・ヘッカーやイエロー・スワンなどを思わせる長尺のローファイ・ドローン “Living Moment” へと続く。どこかに意識が飛んでいくようなトリップ感覚はまるでなく、どことなく内省的で疲れていない時に聞くとやや退屈。この曲はこの曲順で聞くよりDJでかけていた時の方が数倍カッコよかった印象がある。ちなみにDJはかなりのフリースタイルで、フリー・アドヴァイスとのB2Bでは実験音楽を16で刻みながらレイヤー化し、音の断片でオーケストレーションを編み出していくのが圧巻。最後におまけみたいな “Wish” で、締めるというよりは別な入り口に立っているような終わり方。
「IOX」というのはオーディオ・インターフェイスのことでしょうか。音を楽しみ、音楽に終始したアルバムという印象で、これまで孤独や環境の変化をテーマにしてきたLAティンパが内なる平和を模索したということか。
三田格