「Dom」と一致するもの

David Sylvian - ele-king

 2年前のある日、湯浅学氏に電話した。
「湯浅さん、デビシルの新作聴きました?」
「聴いたよ、あれおもしろいね」
「演奏とシルヴィアンの歌はギリギリの絶妙な緊張関係にありますね」
「シルヴィアンはデレク・ベイリーといっしょにやってからなー。その影響かもな」
「でもちょっとなつかしかったスね」
「なにが?」
「『歯のはえたケツの穴』みたいじゃなかったですか? あのころ湯浅湾も即興ノイズをバックに歌ってましたよね」
「デビシルはあんなデタラメじゃないからな。......そういうこといったり書いたりすると、良識あるひとに怒られるか狂人あつかいされるから、いったり書いたりしないようにしようぜ」

 湯浅さん、もうしわけない。約束を破ってしまった。
 みなさんのおっしゃるとおりシルヴィアンの『マナフォン』はデタラメではない。
 ベイリー~カンパニーの圏域のフリー・インプロヴィゼイションと、コーネリアス・カーデューの――つまり現代音楽の――の系譜に連なるAMMのメンバーに、クリスチャン・フェネス、大友良英や中村としまるや秋山徹次などの日本の即興演奏家の演奏(そこには2000年代の日本の即興シーンの問題意識が反映されていたのはいうまでもない)をプロツールスのマトリクスに配置することで、ベイリーが固執したイデオム(ストック・フレーズ)から完全に自由な即興を、ハードウェアのメモリとソフトウェアのファンクションをかりて"作曲"に置き換えた『マナフォン』は音響(派)とダンス・カルチャーの挟み撃ちにあったアヴァン・ミュージックがメタな視点をふくむコンセプトを前景化しはじめた動きとも無縁でなかった。というより、『マナフォン』はそれらの命題に深入りすることなく、別の場所に回路を拓いたとみるべきで、その意味で、〈samadhisound〉以降のシルヴィアンの隠遁者めいたイメージに似つかわしい孤高をあらためて感じさせた。

 『マナフォン』の日本盤にはボーナス・トラックが1曲入っている。英国在住の日本人作曲家、藤倉大の"Random Acts Of Senseless Violence"のリミックスがそれだが、藤倉のヴァージョンはシルヴィアンの歌に複数の楽器が散発的に同期する、文字通りランダムな原曲にストリングスを加え、それぞれのエレメントを時空間上に再配置することで、全体を整理し直している。機能美を追究したリミックス=解体~再構築の図式ともちがう、変奏と呼ぶべき解釈がそこではおこなわれていたが、密室の作業を思わせるシルヴィアンのどこか切迫した原曲に較べ、藤倉の音楽は開かれている。シルヴィアンは他者の音を彼の歌に密着させたが、藤倉は外から音を操作した。このあざやかなコントラストはあたりまえのリミックスではほとんどあらわにならない。これに気をよくしたシルヴィアンはこの方法論を拡張し、作業は最終的に『ダイド・イン・ザ・ウール』にまとまった。"Random~"リミックスを再録したアルバムの半分は前作の"変奏"。のこりはアウトテイク(のリメイク)と新曲である。

「『マナフォン』のリミックスを作る考えは僕にはまったくなかった。『ブレミッシュ』に較べると、『マナフォン』を作るのは感情面ではるかに疲れることだったと言うと驚く人もいるかもしれない。完成した後に、また曲に向かう気持ちは残っていなかったし、『オンリー・ドーター~ブレミッシュ・リミキシーズ』の時と同じアプローチがうまく作用するとは思えなかった。『ダイド・イン・ザ・ウール』は漸進的に出現した」シルヴィアンはライナーノーツでこう語っている。
 シルヴィアンは気をよくしたわけではなかった。むしろ精も根も尽き果てていた。後につづく文章によると、漸進的にシルヴィアンを駆り立てたのは進行中の藤倉大とコラボレーションだった。そのとき、ポピュラー音楽史に独自の地位を確立したミュージシャンと、クラシックの作曲家の3年に渡る共同作業は数曲に実を結びつつあった。
 変奏はいずれも前作を更新している。目的がそもそもちがうのだろう。歌に弱音の即興の断片をオーヴァーラップさせた『マナフォン』のモンタージュ的な構造に『ダイド・イン・ザ・ウール』はフレームをあてはめている。1曲目の"Small Metal God"ですでに、『マナフォン』では音の素描ともいうべき簡素な即興が歌をとりまいていたが、『ダイド・イン・ザ・ウール』の藤倉大の変奏は音が明確な意味をもつと語るようである。意味とは体系であり、歴史とか学習とか、もっといえば歴史の学習とかをふまえた音であると、私は思う。依然、シルヴィアンと藤倉大の対比はあざやかである。そこに本作のもうひと組のコラボレーターであるノルウェイのエリック・オノレ&ヤン・バングのラップトップ・インプロヴィゼイションが加わるとコントラストに階調がうまれる。『マナフォン』の曲名に名前のみえる19世紀の詩人、エミリー・ディッキンソンの詩を歌った"I Should Not Dare""A Certain Slant Of Light"のポップな曲調はアルバムのフックでもあるが、モノクロームのアナーキズムといいたくなる手法で自身の音楽に静かに裂け目を作った前作を、優美に、しかし大胆に編み直した本作へ橋渡す役割を担っている。エリック&ヤンとの比較において藤倉のコントラストがいっそうきわだつのはシルヴィアンの慧眼というほかない。前作のオクラだしである"Anomaly At Taw Head"の60年代の武満徹を彷彿するエレメントを点在させた空間構成、"Snow White In Appalachia"のロマンティシズムといった動的な魅力はアルバムの中盤で顕著になる。最終的にそれは、ニューヨークでシルヴィアンと藤倉が行った二度目のセッションで録音した"The Last Days Of December"に落としこまれるのだけれど、バス・フルートの重音(マルチフォニックス)が軋むように低く唸り、弦のドローンが時間の後ろ髪を引くこの曲は単(淡)色の『マナフォン』の世界に色彩を加えた『ダイド・イン・ザ・ウール』の次の彼の方向性さえ照らすように思えてならない。

[Electronic, House, Dubstep] #8 - ele-king

1.Hype Williams - Kelly Price W8 Gain Vol II | Hyperdub


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 ハイプ・ウィリアムスが〈ハイパーダブ〉から12インチ・シングルをリリースすることがまず驚きでしょう。いくらダブという共通のキーワードがあるとはいえ、ダブステップとチルウェイヴが結ばれるとは......思わなかった。
 今年〈ヒッポス・イン・タンクス〉からリリースされたサード・アルバム『ワン・ネーション』は、レーベルが〈ヒッポス・イン・タンクス〉ということもあって、ドローンやアンビエントというよりはチルウェイヴ色が強く、しかも実に不健康そうな多幸感を持ったアルバムだったが、このシングルもその延長にある音楽性だ。まあ、〈ハイパーダブ〉もダークスターのようなエレクトロ・ポップを出しているくらいからだからなぁ。しかし......ハイプ・ウィリアアムスはこれでますます目が離せなくなった。アンビエント・ポップということで言うなら、A1に収録された"Rise Up"は最高の1曲だ。

2.LV & Message To Bears Feat. Zaki Ibrahim - Explode / Explode (Mothy's Implosion) | 2nd Drop Records


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 〈ハイパーダブ〉からのファンキーよりの作品やクオルト330とのコラボレーションで知られるダブステッパー、LV(先日、ファースト・アルバムを発表している)とブリストルのメッセージ・トゥ・ベアーズ(熊へのメッセージ)とのコラボレーション・シングルで、この後リミックス・ヴァージョンがリリースされるほどヒットしたという話で、実際にダンスフロアに向いている。ミニマル・テクノの4/4キックドラム、メンコリックなシンセサイザーのループとスモーキーな女性ソウル・ヴォーカルが浮遊するトラックで、ポスト・ダブステップというよりはヒプナゴジックなテクノである。

3.FaltyDL - Make It Difficult | All City Records


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 これはフォルティ・DLによる"ハウス"シングルだが、まるでヤズーがダブステップの時代に蘇ったような、エレクトロ・ポップと強力なダンスビートのブレンドで、ニューヨークらしいというか、しかしそれは彼がいままで手を付けていなかった引き出しのひとつを見せているようだ。
 B面の"ジャック・ユア・ジョブ"も力強いアッパーなビートの曲だ。リピートされる「ゲット・ユア・ジョブ(仕事を見つけろ)」という声はネーション・オブ・イスラムのルイス・ファルカンの声だが、それは90年代に人気のあったガラージ(歌モノの)ハウスのアーティスト、ロマンソニーの有名な"ホールド・オン"からのサンプルだと思われる。アイルランドのヒップホップ系のレーベルからのリリース。

4.The Stepkids, - Shadows On Behalf | Stones Throw Records


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 今年の9月にデビュー・アルバムのリリースが予定されている〈ストーンズ・スロー〉の大器。数か月前のリリースだが、昨今のソウル・ミュージックの復興運動における注目株なので紹介しておこう。まあこのレーベルが推し進めているジャズ、ソウル、ファンクにおける新古典主義のひとつと言ってしまえばそれまでで、感覚的に言えば、ザ・クレッグ・フォート・グループやギャング・カラーズ、あるいは〈エグロ〉レーベルとも共通する。綺麗なデザインがほどこされた透明のヴァイナルで、白地にエンボスのジャケも良い。

5.LA Vampires Goes Ital - Streetwise | Not Not Fun Records


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E王 アマンダ・ブラウンがついに三田格と!? というのはさすがにない。イタルは、〈100%シルク〉からソロ・シングル「イタルのテーマ」を発表しているダニエル青年によるプロジェクト名で、これはアマンダとのコラボレーション12インチ・シングル。パンク・ダブ・ダンスというか、彼女がダンス・ミュージックをやるとこうなるのだろう、危なそうな人たちがひしめく不法占拠した地下室における饗宴で、リー・ペリーがポップに聴こえるような過剰で砂嵐のようなダブ処理は相変わらずだが、ぶっ壊れたドラムマシンが暴走したようなアップテンポのビートは素晴らしい。それにしてもこのデッド・オア・アライヴのようなアートワークは......(笑)。

6.The Martian - Techno Symphonic In G | Red Planet

 今年も親分(=マイク・バンクス)はメタモルフォーゼにやってくるそうだ。あの男のことだから当然こんかいの日本の惨事についてはいろいろ考えているようだ。それで1年前に発表した火星人の6年ぶりの新曲がヴァイナルで登場した。タイトル曲はクラシック・デトロイト・スタイルで、B面1曲目に収録された"Reclamation(再生)"は題名からして東日本に捧げられているようにも感じられる。B面2曲目の"Resurgence "はじょじょにビルドアップテクノ・ファンク。

7.Vondelpark - nyc stuff and nyc bags EP | R & S Records

 ロンドンのバレアリック系チルウェイヴの2作目だが......実はまだレコード店に取り置きしたまま......。また次回にでも!

Various Artists - ele-king

 紙ele-kingのベース・ミュージック特集の飯島直樹さんの原稿には、このわずか半年のあいだにダブステップという言葉が消え、ベース・ミュージックという言葉に統一されつつある現状が書かれていたが、考えてみればダブステップというサブジャンル用語が登場してから、僕が知ってるだけでも8年は経っているので、まあ、そろそろ寿命なのかなという気がしないでもない。初めてダブステップという言葉を聴いたときは、それ以前の「スピード・ガラージ」や「2ステップ・ガラージ」という用語があまりにも短命だったがゆえに、ダブステップも同じ運命を辿ると思っていたから、いまはよくここまで拡大したものだと思う。ダブステップという言葉にはその出自である「2ステップ」と「ガラージ」が含まれているという点において良かったと思うが、さすがにこの1~2年における拡張された姿をみると、あれもこれもダブステップと括るには無理が生じてきているのも事実だ。とくにシーンにジョイ・オービソンのような、積極的に4/4のキックドラムを用いる作り手が出てくるとハウス・ミュージックとの境界がまず曖昧になる。そしてそれはこの音楽がいま間口を広げていることを告げている。ダブステップのごっついビートには、多くの女性が入って行きづらいという指摘がかねてからあったが、これなら貴婦人も踊れる。

 ロンドンの〈アウス・ミュージック〉を運営するウィル・ソウルは、もともとハウス・ミュージックの文脈にいた人で、その耳を惹きつけた新世代のプロデューサーが、ラマダンマン、アップルブリム、ジョイ・オービソン、そして最近ではジョージ・フィッツジェラルドといった連中である。このレーベルにおける大きな輝きのひとつはジョイ・オービソンの「The Shrew Would Have Cushioned The Blow」だが、ちょうど彼が〈ホットフラッシュ・レコーディングス〉から出した目の覚めるような「Hyph Mngo」(2009年)に続いたこの12インチのタイトル・トラックは、あぶくのようなチョップド・アップ・ヴォーカルと波打つシンセ、そしてガラージを最小限の音数で表すビートとベースで構成されている。それから温かいアンビエント系のコードがクラクラするループのなかに途中から挿入されるという、極上のディープ・ハウスの質感とメソッドが応用されたトラックだ。シングルに収録されたもう1曲の"So Derobe"は――個人的にはもっとも気に入っているトラックのひとつだが――、シカゴ・ハウスのバウンスするベースラインとミニマル化した2ステップ・ビート、控えめなパーカッション、そしてアシッディなチョップド・アップ・ヴォーカルによって構成されている。それはハウシーだがハウスではなく、完璧なまでに〈ヘッスル・オーディオ〉と〈ホットフラッシュ・レコーディングス〉にリンクしている。
 コンピレーション・アルバム『アウス・ミュージック・プレゼンツ・セレクテッド・ワークス』をもっとも特徴づけるのは、ラマダンマンとアップルブリムとの共作「Void 23 EP」に収録されたカール・クレイグによるエディット・ヴァージョンだろう。それはポスト・ダブステップがデトロイト・テクノと本格的に出会った記念碑的なトラックで、クレイグはこの若いダンス・ビートにメリハリを与え、勢いを強調している。
 また、レーベルの看板アーティスト、リー・ジョーンズのトラック"As You Like It"をリクルーズがリミックスしているが、それもこのレーベルの趣向を象徴している。それは......オールド・ファンにはお馴染みのペーパークリップ・ピープルにおける、あの長いイントロを経てあわてることなくアップリフティングしていくハウス・ミュージックで、途中から挿入されるジャズのコードのループといっしょにグルーヴが生まれていく......そうしたソウル・ミュージックの感覚こそが、ウィル・ソウルがもっとも愛するところである。
 アルバムには、他に〈ホットフラッシュ・レコーディングス〉の主宰者スキューバ、それからラマダンマンのもうひとつの名義、ピアソン・サウンド、そしてオービソンに次ぐ期待の若手、ジョージ・フィッツジェラルドらの曲が収録されている。フィッツジェラルドの"Silhouette"の、ミュート気味のシンセのループによるイントロは、まあもろにアリル・ブリカというか、ウィル・ソウル自身のトラックにも共通するスタイルの、いわばデリック・メイ好みともいえる美しいアトモスフィアを持っているが、ミニマルなビートにはUKベース・ミュージックの痕跡がある。後半に重ねられるR&Bヴォーカルのスムーズなループはブリアルのようにスリリングではないが、しかしより多くの人には馴染みやすい軽やかさを持っている。それは〈アウス・ミュージック〉にとって大きな魅力なのだ。

Chart by TRASMUNDO 2011.07.19 - ele-king

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ERA

ERA 『3 WORDS MY WORLD』 »COMMENT GET MUSIC

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INGLORIOUS BASTARDS

INGLORIOUS BASTARDS 『INGLORIOUS.LP』 »COMMENT GET MUSIC

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Dj Bokados

Dj Bokados 『OLDIES AND GOODIES』 »COMMENT GET MUSIC

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DJ gringoose

DJ gringoose 『Prillmal Spring DEODORANT SONGS』 »COMMENT GET MUSIC

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febb

febb 『3000』 »COMMENT GET MUSIC

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Hollie Cook

Hollie Cook 『Hollie Cook』 »COMMENT GET MUSIC

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$kinny Cee 『HANG MAGIC TIME』 »COMMENT GET MUSIC

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ACE a.k.a.少年A

ACE a.k.a.少年A 『FUCKIN BOOT EP』 »COMMENT GET MUSIC

9

Dj Highschool

Dj Highschool 『fill in my[blank]』 »COMMENT GET MUSIC

10

dj ASAMA

dj ASAMA 『RUBY MY DEAR』 »COMMENT GET MUSIC

 とても面白いフェスティヴァルに行ってきた。ベルリンでは誰もが知っているが、ドイツ国外ではほとんど知られていないフェスティヴァル、FUSION(https://www.fusion-festival.de/)。その理由はノン・コマーシャル、ノー・プレスというポリシーにある。いっさいの宣伝、PRをしないばかりか、ラインナップすらほとんど公表しない。そこに毎年なんと8万人にも上る来場者がやってくる。

 1997年からはじまったというこのFUSION、数年前から「他のフェスティヴァルとは全然違う、面白いから行ってみろ」といろんな人に薦められていた。ただ今年になるまで行く機会がなかったのは、チケットが入手出来なかったから。プレス枠なんてものはないので、取材を申し込んで潜入、という裏の手も使えない。毎年記録的な速さで売り切れるチケット、今年の分は昨年の12月に発売され、数十分で確か6万枚を完売したというから驚愕だ。今年の分も気づいたときにはとっくに売り切れていたわけだが、たまたま知人が余分に買っていて譲ってくれるというので行けることになった。(尚、毎年日曜日1日券だけ当日に会場入口で販売される。)

 あらゆる意味で特殊なフェスティヴァルだ。まず、ラインナップがほとんど事前に公表されない。ウェブサイト上でいち部のバンドなどは告知されていたが、それが告知される際にはすでにチケットは売り切れているので集客にはまったく影響しない。入場の際に配られる地図付きプログラムを見て、初めてその内容の全貌が明かされる。しかし、はっきり言って大して有名なアーティストは出ない。今年は初日である6/30(木)にスティーヴ・バグやモグワイ、最終日にM.A.N.D.Y.といった知名度の高いアクトが出ていたものの、数百組に上る出演者のうち、日本でも知られているような有名どころは一割以下。つまり、ほとんどが地元で活躍するアーティスト。私もそういう人たちのことはそれほどわからないのだが、どうやら主にベルリン、ハンブルグ、ライプツィヒのアンダーグラウンド・シーンを支えている人たちのようだ。

 つまり、来場者は「~~が見れる」という理由ではなく、フェスティヴァルそのものに魅力を感じてやって来る。その意味では日本でいうところの朝霧ジャムやラビリンスに近いかもしれない。しかし、規模は全然違う。なんとステージは20もある! ダンス・ミュージックだけでなく、ワールド系からロック、ダブ/レゲエ、演劇に映画、子供向けエリアなどもある。そしてほとんどの来場者がキャンプをするので、キャンプ・エリアが広大。グリッド状に仕切られたキャンプ・エリアには「道」が作ってあり、それぞれにストリート名までついている。ちょっとした村が出現したような感じだ。

 公式な開催期間は木曜日から翌週月曜の昼くらいまでだが、聞いた話によると、水曜くらいまで音を出しているステージもあるとか。私は4泊もキャンプをする気合いも道具も持ち合わせていなかったので(生温くてスミマセン!)、土曜の午後から日曜にかけて、一泊だけ行ってきた。場所は、ベルリンから来たに車で2時間ほど(あるいは電車で1時間、さらにバスで30分強)のところにあるレヒリンという村にある、レーツというソ連の空軍基地跡地。少しググってみたところ、1918年に建造され、第三帝国時代にドイツ空軍が軍用機の設計や訓練に使用され、第二次世界大戦後にはソ連軍の戦闘機やヘリコプターの基地として1993年まで使用されていたそうだ。なんとも東ドイツらしい歴史を持った場所である。

 FUSIONは1997年からはじまっているので、今年で14回目。現在は、主催者がこの敷地を買い取り、管理している。主催しているのはKulturkosmosという非営利団体。「取材はお断り」というスタンスのようなので直接問い合わせることは控えたが、ウェブサイトにフェスティヴァルの趣旨などがきちんと説明されている(でもいつかは主催者に話を聞いてみたいものだ)。それによると、彼らのモットーは4日間の「共産主義ホリデー」を提供すること。日本の感覚だとドキリとさせられるような政治的ステートメントだが、すべてのプログラムはこの考えに基づいて組まれている。その徹底ぶりは感心してしまう。

 先に述べた通り、完全にノン・コマーシャルを貫いている。当然のことながら、企業によるスポンサーシップ、広告、プロモーション等はいっさいない。チケットの価格も4日間で80ユーロと手頃で、到底利益を出そうとしている価格設定ではない。キャンプ・エリア、駐車場の使用料はナシ。これもチケット代に含まれているのだ。フェスティヴァルを実現する経費をまかなうために有料になっているだけ。実際、100以上、2000~2500人のネットワーク団体のスタッフに加え、3000人以上のボランティアが運営を支えているらしい。80ユーロのチケットには10ユーロの「ゴミ券」がついている。入場時に全員に渡される大きなゴミ袋いっぱいにゴミを集めて換金所に持って行くと、10ユーロが戻って来る仕組み。だから会場はゴミが少なく、チケット代は実質70ユーロということになる。さらに、フェスティヴァル内には「労働省」があり、事前にか開催期間中にここに申し出て6時間の労働に従事すると、なんと40ユーロがもらえる! どんな人でも遊びに来れるように、完全にバリアフリー設計。会場には一切の段差がない。13歳以下の子供は無料!(13歳~18歳の未成年者は、親の許可書を持ってくれば同伴でなくてもいいらしい)

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 会場には飲み物や食べ物を売る出店がかなりの数あり、何の不自由もなく好きなものを楽しめる。もちろんベジタリアンやヴィーガン仕様の店も多数あり、酒を出すバーもたくさんある。近隣都市の飲食店業者が出店しているのだが、価格もベルリン市内の平均と変わらないか、それより安いくらいだ。例えばビールは2.50ユーロ、コーヒーは1.5ユーロ、一食分のシチューが4ユーロなど。そしてこの売り上げは、各店舗がそれぞれ持ち帰るのではなく、なんと統合されて協力スタッフや団体に分配されるという。それが青少年育成プログラムや、文化事業、左翼政治プロジェクトに還元されていくのだそうだ。まさに共産主義!

 特筆すべきは、確固としたアンチ・ナチの姿勢。ウェブサイト上にも、注意事項として「ナチお断り!」と宣言しているだけでなく、「ナチを見かけたら通報して下さい、即刻退場してもらいます」とまで書いてある。さらに、「Thor Steiner着用禁止」もルールとされている。Thor Steinerは私も昨年Banchouさんのブログを読むまで知らなかったのだが、ネオナチ・ブランドとして認知されているドイツのアパレル・メーカー。ブランド名をググって頂ければわかるが、アバクロと見間違うようなさわやかイメージのオンラインショップがあり、ドイツ国内にいくつも店舗をチェーン展開している。だが、これを着用しているということは、イコール、ネオナチの思想を支持しているという意思表示とされ、FUSIONでは許されない。

 ベルリンで普段生活していると、ネオナチの脅威は感じることはほとんどないのだが、ドイツのとくに東部では根強く存在している。ベルリン市内でも、クラブや飲食店が多いフリードリッヒスハイン地区のすぐお隣であるリヒテンベルグ地区は、すでに危ないと聞いているので、それより東には行かないようにしている(ちなみに、ベルリンのThor Steinerショップはこのフリードリッヒスハインにある)。そのネオナチの対抗勢力が、「アンティファ」だ。アンティファはアンティ・ファシストの略、ドイツではAntifaschistische Aktionという運動として結束しており、FUSIONの会場ではたびたび彼らのシンボルである赤と黒の旗が見られた。ステージや出店にも赤が多用されていたのも、これに関係あるのだろう。アンティファのいち部にはナチの暴力には暴力で対抗すべきとする考えがあるようで、そのことが批判の対象にもなっているという。もちろんピースなアンティファもいるが、彼らが集うこのフェスティヴァルにネオナチがやって来たら、一触即発状態になるのは間違いない。だから、最初からお断りなのだ。

 では、どんな人たちがFUSIONに来ているのか。出演者、主催者、協力者、ボランティアだけで数千人に上るので、誰が客で誰がフェスティヴァル側の人間なのか、もうよくわからない状態なわけだが、会場を見回すと、まあ実に多種多様な人びとが集っている。20~30代の若者が大多数を占めるだろうが、かなり上の年代の人たちもいる。筋金入りのヒッピーやラスタやパンクスもゲイも混ざり合っている。熱心な音楽ファン風もいるし、ただの酔っぱらいやぶっ飛んだレイヴァーみたいな連中もいる。いかにも大学生みたいなグループも多いし、「毎年来てます」という感じの私と同年代くらいの落ち着いた社会人風もいる。英語もよく聞こえて来たし、オランダ語やイタリア語も耳にした。会場内の様子を見ているスタッフはいるのだろうが、いわゆるセキュリティはほとんどいない。いち度おんぼろの小さな車でパトロールしているのを見かけただけ。ケンカやトラブルも見かけなかった。とにかく寛容、そして平和。アナーキズムの実験場のようだった。

 基本的には「やりたい放題」なのだが、しっかりやるべきことはやっている。立派な救護センターがあり、場内救急車も待機。消防署もあったようだ。トイレの数も充分で、並んだとしてもせいぜい数分。日本の大型フェスのように毎回30分も並ばなければいけなくて膀胱炎になっちゃううよ! なんてことはない。いわゆるボットン便所が嫌な人は、50セント払うと紙がちゃんとあって水洗の、ロイヤル・トイレ(!)を利用することもできる。シャワーも同様で、ドアなし(壁で仕切ってあるだけで外から丸見え......)、水だけのシャワーなら無料で使えるが、お湯の出るシャワーは有料。フェスティヴァルの要であるステージやサウンドシステムにはきちんとお金をかけて設営してある。FUNKTION-ONEなどのいいシステムを入れて、設備は大型コマーシャル・フェスティヴァルに引けを取らない。夜には花火が打ち上げられていた。各ステージのライティングやデコレーションも凝っていて、決してお金をかけているわけではないが、工夫と遊び心でどこもいい雰囲気を作り出している。

 た・だ・し! 今年は何と言っても天候に恵まれなかった......木・金曜は曇りだったのだが、土・日はほとんど雨。ちょうど私が行った土曜日の夜から日曜の午後にかけてはベルリン(近郊)では珍しいバケツをひっくり返したような豪雨に見舞われた。あまりに雨が強かったので、見るのを諦めた野外ステージのアクトもいくつか。ちゃんと見たのはドイツが誇るプログレバンド、グルグル(!)とリディア・ランチ(!)のバンドくらいだろうか(笑)。いずれも屋内だったので。あとはティーフシュワルツとシア・カーンをチラ見。それ以外はダブ・ステーションというユルいチルアウト・スペースでレゲエを聴いたりしていたりして。フェスティヴァルに雨はつきものなので、雨のせいで台無しになったとは言わないが、天気が良かったらどれほど素晴らしかっただろうと考えずにはいられない。もう毎年行っているという私の同居人も、「今年が今までで最悪だったかも。バーで働くシフトがあったんだけど、もう限界で帰って来ちゃった!」と日曜の夜に帰って来た。だから、今年の私のFUSION体験は音楽を聴きにいったというよりは、フェスティヴァルそのものを見学しに行ったという感じだ。

 でも、とてもいい体験だった。
 フェスティヴァルの社会的意義、人が集うということ、そこで平和に共存していくことの意味などを改めて考えさせられた。

 今年の12月には出遅れないようチケットを買って、来年また行きたい!

Joseph Nothing Orchestra - ele-king

 ジョセフ・ナッシングといえば、いまをときめく〈プラネット・ミュー〉からデビューした、IDMにおける過激な異端児としてファンのあいだでは知られている。まあ、DOMMUNEのアタリ・ティーンエイジ・ライオットの番組で披露した彼のライヴをご覧になった方は、そのあたり、よくご存じでしょう。2001年にリリースされた彼の『Dummy Variations』(七尾旅人も1曲歌っている)は、いまではIDM~ブレイクコアにおけるもっとも重要な1枚として歴史的な評価を受けているが、それから10年後のいまもジョセフ・ナッシングは唯一無二のエレクトロニック・ミュージックの作り手として健在だ。
 ......で、ワールズ・エンド・ガールフレンドが主宰する〈Virgin Babylon〉からリリースされたジョセフ・ナッシング・オーケストラの『スーパー・アース』のリミックス・アルバム『スーパー・アース・リミックス』が、同レーベルと〈分解系レコーズ〉から共同リリースされた。しかも無料ダウンロードですよ! クリックせよ!

詳細: https://www.virgin-babylon-records.com/information/

分解系レコーズ : https://bunkai-kei.com/
Virgin Babylon Records : https://www.virgin-babylon-records.com/

Joseph Nothing Orchestra
super earth remixes

01march of the last battalion (for promise Go-qualia remix)
02.every beauty has its scum(yaporigami remix)
03.super earth(we're not alone mix)
04.Gliese581(iserobin remix)
05.EBE pt01(joseph nothing mix)
06.Gliese581(FutonDisco remix)
07.lullaby for a patient(joseph nothing mix)
08.Gliese581(joseph nothing remix)
09.Izsak-Delporte(DJまほうつかい remix)
10.a shine on your head(CDR remix)
11.halo23(joseph nothing remix)
Bonus Track
12.super earth(original)

Art work : タカノ綾
2011 Aya Takano/ Kaikai Kiki Co.,Ltd All Rights Reserved.

*Go-qualia
自ら新鋭ネットレーベル「分解系レコーズ」を主宰し、
その他多くのネットレーベルから楽曲/リミックスを発表。
アニメ・ゲーム等の現代を彩る文化を素材に分解、再構築し
新たなエレクトロニック・ミュージックの可能性に迫る。
楽曲の持つ美しさとある種のPOPさには定評があり
待望のCDアルバムをVirgin Babylon Recordsより今秋リリース!
自らのオリジナルな世界を新たに追求した意欲作となっている。
https://bunkai-kei.com/

*FUTON DISCO
ポップスユニット"オーラルヴァンパイア"のメンバーによるソロプロジェクト。
あくまでベッドルームテクノを受継ぐスタイルだが、
全ての情報や情念を布団の中で処理させようとした事が災いしクリーチャー化した。
布団の中で制作をし、布団の中でLIVEを行う。
https://auralvampire.com

*CDR
15歳の時から毎日のように作曲活動を続けているトラックメイカー。
ライヴでの他の追随を許さない発狂パフォーマンスがJoseph Nothingの目にとまり、2011年にJoseph Nothing Orchestraのメンバーとしてスカウトされる。
多作家であり、いままでに数百枚のCD-Rと5枚のCD、3枚の7インチ等をリリース。また、世界各国からのフリーmp3リリースも盛んである。
現在、自らのCD-Rレーベル「NEO RDC REC」運営中。
https://www.asahi-net.or.jp/~zr3a-tnmt/

*Yaporigami
1984年生まれ。山梨県出身。Brighton在住(英国)。
日本と英国を拠点に活動する電子音楽家"Yu Miyashita"によるソロプロジェクト。
これまでにHz-records, Symbolic Interaction、Merry Worksなどから作品をリリースし、国内外多数のコンピレーションアルバムに参加。
近年は"Yu Miyashita"名義の活動も精力的に行なっており、2011年5月には昨年復活を果たした名門レーベル"Mille Plateaux"から"Yu Miyashita"名義での1stアルバム"Noble Niche"をリリース。
ノイズ、グリッチといった素材を駆使し、Yaporigami名義ではビートのある作品、Yu Miyashita名義ではノンビート作品を生み出している。
https://www.underarrow.com

*iserobin
機材に囲まれたいがためにKORG Electribeを購入し音遊びを開始、現在に至る。
ダンスミュージックとあまり親和性の無いジタバタビートに胡散臭いメロディ。
ライブは主にごちゃ混ぜ系イベントにお呼ばれされてはハードシーケンサー+エフェクタ武装でジタバタ演奏を披露している。
https://iserobin.otherman-records.com/

*DJ まほうつかい
DJまほうつかいはターンテーブルを持っていないDJです。まほうのちからで音楽を作ります。MIX CD『世界の終わりmix』や自作のサントラ盤『イメージアルバム・ディエンビエンフー』、さらにX JAPANのコピーバンドなど、その音楽性は常に変化。相対性理論presents「実践III」や、フリージャズの聖地新宿PITINNなどで演奏を行う異端の音楽家。最新のプロジェクトはヘヴィメタルをエレクトロニカの文法で再構築した「Metaltronica」。2011年Joseph Nothing、蓮沼執太、芳川よしのらのリミックスを含むアルバム『Metaltronica』リリース予定。本業はマンガ家の西島大介です。
https://www.simasima.jp/

Washed Out - ele-king

 チルウェイヴ批判はおおいに結構だ。音でも言葉でもさらにいっそう練磨されるべきだと思う。ただし議論のレベルを間違えるべきではない。それは、たとえば「ニュー・レイヴ」とか「ニュー・エキセントリック」といった言葉の立つ次元とは、異なったところに位置するものだ。もしこれがシンセ・ポップの再流行というだけの話ならば、メディア主導の祭として、それらの言葉と同じレイヤーで語ることができただろう。しかし「チルウェイヴ」が議論の俎上に上がるとすれば、同じ次元に並ぶのは「グランジ」や「ニューウェイヴ」ではないだろうか。要するに、もはやチルウェイヴとは10年単位での時代の音、時代のメッセージである。そう考えて差し支えないくらいほどに、歴史的な肉付けを得たというのが筆者の認識だ。パンダ・ベアの『パーソン・ピッチ』にその青写真を見出すならなおさらである。アニマル・コレクティヴ―パンダ・ベアが準備したユーフォリックなサイケデリアは、時代の条件とでもいうかのように後期2000年代の音楽シーンにびっしりと根を張り、それを牽引してきた。そしてミスター・チルウェイヴ、このウォッシュト・アウトもパンダ・ベアからの影響を公言するアーティストのひとりである。

 彼やネオン・インディアン、メモリー・テープスはもちろんだが、アリエル・ピンクがチルウェイヴとして認識されていることも重要である。このムーヴメントがただのシンセ・ポップ・リヴァイヴァルではなく、現実逃避の企図を持ったリアルな批評であることを証している。「チルウェイヴ」の裾野が、キャンディ・クロウズやディープ・マジックなどのアンビエント・ポップ、エメラルズのコズミック・サイケ、バスらアブストラクト・ヒップホップからいち部シューゲイザーにまでおよぶと解釈できるのは、このようにアリエル・ピンクをしてチルウェイヴと呼ばしめた英米の議論の盛り上がりがあってのことだ。前にも述べたが、「お前たちの音楽はただの催眠ポップだ。引きこもってないでちゃんと外を見なさい」という大人の叱責に対して、「そうだけど、それがどうしたの?」「ていうか、これはむしろ新しい現実への対処法なんだけど」と若者がやり返すのがこの議論の構図である。社会からの退却が社会への回路となりえるような複雑な時代性を写し取る、こうした現在形のドリーム・ポップの功罪を問うのは、もっと未来においてしか可能ではないのかもしれない。

 以上はチルウェイヴの精神的な構成要素であるが、技術・環境的な面について野田努氏の言葉を借りれば、「インターネット時代のD.I.Y.ミュージック」である。彼らが使用している音楽ソフト等、平均的な宅録環境がここまで向上していなければ、そしてインターネットがここまでリスナーの国境を溶解させ、受容する側の環境を均していなかったら、彼らはいまでもグランジやへヴィ・メタル、あるいはメロコア・バンドをなんとなく続けていたかもしれない。バンドを組まなくともひとりで手軽に音を組み上げることができ、それを世界に発信し反応をえることが容易になったからこそ、彼らのベッドルームは世界となり、類似した感性と方法を持つ音が同時発生的に各地に出現したのである。

 ウォッシュト・アウトの6曲入りデビューEP『ライフ・オブ・レジャー』は、そのテーマやジャケット写真のコンセプトごとチルウェイヴを象徴する1枚となった。アトランタの青年アーネスト・グリーンを瞬く間に時代の寵児へと押し上げた作品。大学の課程を終え、就職先が決まらないまま実家で過ごす、短くも間延びした奇妙な時間と、大人になる前の最後の夏という感傷が、淡くけだるく表現されている。録音はラフで、作品のタッチとしてもまさに「インターネット時代のD.I.Y.ミュージック」。素朴な手つきのサンプリングで、DTMオタクではないアイディアと感性にあふれている。フル・アルバムとなる今作『ウィズイン・アンド・ウィズアウト』と比較すると、さまざまな点で対照的だ。
 より瞑想的な色合いを深めた本作を並べて聴けば、EPのほうはフィジカルに訴えるダンス・アルバムであったのだなと実感する。今作はプロデューサーにアニマル・コレクティヴ『メリウェザー・ポスト・パヴィリオン』やディアハンター『ハルシオン・ダイジェスト』を手掛け、彼らの音をよりメジャーなフィールドへバランスよく翻訳してみせたベン・アレンを迎えていて、音が格段に整理されている。冒頭の"アイズ・ビー・クローズド"にすでにそれがみて取れる。特徴的だったローファイ感にはヤスリがかけられ、モコモコとした音像はシャープでひんやりとした印象へと変化している。曲の長さは平均して1分ほどのびている。シンセのレイヤーにはメディテイティヴな広がりが加わっている。彼なりに、彼が好むというアンビエント作品へのアプローチを深めた結果なのだろう。

 「内側で響く君の声/(中略)/やがてその声に耳を傾けて/呼び返す彼らの声に耳を傾けて/落下の重みを感じて/すぐ目の前で/今、世界をはっきりと見て」"アイズ・ビー・クローズド"
 目は閉じられ、身体の内側では声が響く。意味のとりようによっては神秘体験をつづるかにも見えるが、彼の長く尾をひくヴォーカルは、たしかにその「内側の声」に共振するかのようにリヴァービーなサウンドのなかに溶け込んでいく。この詞にも出てくるように、『ウィズイン・アンド・ウィズアウト』は「落下」、落ちていく感覚をとらえた作品だと思う。
 「落下」のテーマは"アモール・ファティ"にも出てくる。思考を捨てて「落下」に身をまかせれば、未来は運命によって、しかるべきところで決定される......一見不真面目な運命論にも見える詞だが、「手放そう/手を伸ばそう」の対句にみられるように、運命を操る手綱を手放すことは、その手綱に手を伸ばすことにもなるという逆説が核にある。つまり「落下」や「放棄」のなかにひとつの積極性を見出しているわけで、こうした逆説はチルウェイヴ的な問題の延長上にあるものだとも言えるだろう。
 ともあれ、その「落下」は「墜落」や「没落」ではなく、ゆっくりとしたスピードでやがてほの明るい残響の中につつまれていく。クリアな音使いでアトモスフェリックな空間を描き出す"ソフト"は、まさにその「落下」をやわらかく止めるアンビエント・トラックで、曲のメッセージとしても「いつかやってくるよ/すべての帳尻が合う時が」だ。そしてそのときまでは「ずっと落下しつづけるんだ」とつづく。逃避やモラトリアムという感覚が、「落下」へと切り替わった作品であり、筆者にはその落下の先がチルウェイヴの行き着くところを暗示するように感じられたが、それは読み過ぎかもしれない。

 この先は浮遊する=落下を止揚するトラックがつづく。"ビフォア"などはEPの叙情性が払拭され、身をゆだねるべき癒しや赦しの音が模索されているかのようだ。"ユー・アンド・アイ"には青さや切なさがにじむが、表題曲"ウィズイン・アンド・ウィズアウト"は浮遊も落下もない静かな境地を描出している。ピアノがノスタルジックなシークエンスを描き出す"ア・デディケーション"も同様である。「イッツ・オーケー」が反響し繰り返されることで、本作のひとつの結論を導き出す曲でもある。
 EPとは曲のカブりもないため、まるでセカンド・アルバムといった佇まいであるが、それだけ彼は短期間で時計の針を前に進めたのだ。聴き心地のよいシンセ・ポップがウォッシュト・アウトだと思っていると、肩すかしを食らうかもしれない。彼個人の問題やモチーフを突き詰めることで、EPから見てぐっと成熟と進歩とを遂げた、正真正銘のフル・アルバムである。方法的な技量にではなく、同世代の人間として、そして表現者としてのモチベーションに深く心を揺さぶられた作品だった。

二階堂和美 - ele-king

 いうまでもなく声は楽器であるのだけれど、ことさらにそのことを発見するときそこには、誰もが声は歌になると楽器よりもっと直接、具体的に感情に訴える働きがあると思いこんでいるからに相違ない。節があり抑揚があり言葉がある。楽器にも節も抑揚もある。言葉はないが、音が声と同じように語り得ないとどうしていえよう。両者に隔たりはいない。二階堂和美を聴いて、私はつとにそう思ってきたのは彼女が楽器のように声を自在に操るからではなく、彼女の声が音楽(言語)だからだ。そこには簡易娯楽である以上にコミュニケーションの装置だったカラオケ文化が日常の風景を共感とともに浸食した90年代から外れるようにと個人の体験の影を色濃く落としたフォークが復権した2000年代を過去に置き去りにする言葉とは別の場所からくる、くっきりした、しかしなつかしい「ヴォイス」がある。
 ここでいう「ヴォイス」は彼女の声というよりも、種々雑多な-音楽的な意匠を歌いわけた『にじみ』の休符と行間に聞こえる二階堂和美の考えの痕跡のようなものをさす。『にじみ』にはまだ歌謡曲と呼ばれていた時代の歌があり、演歌があり唱歌があり音頭がある。ブルースとジャズのフィーリングがみちており、サンバをやっている。記号的に分析すれば、ひばりやピアフの影をみるかもしれない。いま聴いているのはCDなのに、LPにもひょっとしたらSPとも思えなくもない。繰り返しになるが、それがなつかしいのは喜怒哀楽をくまなくあらわしているからです。そう思わせるのが二階堂和美のテクニックであるとあなたはいうだろう。ところがそうではない。『にじみ』の多幸感――を感じさせるとは資料にも書いてある――は彼女の歌い手としての万能感に由来すると私は思う。それは『二階堂和美のアルバム』『ニカセトラ』との経験が培ったヴォイスの力であるのはまちがいないが、二階堂和美は万能感を意識しながらも、音楽をあらたに作りあげる過程にうまれる発見がそれを崩すことを期待しているにちがいない。音楽の至福は音楽の終わりとともに去ることを見越した無常観にもちかい透徹した視点があり、同時に、その無常観は私の歌なんて、という音楽への畏怖と無縁ではないし、結局のところ、どんなにプリプロをちゃんとしてもすごいテクニックがあっても、日々の悲喜こもごもに音楽は左右されてしまうという無力感 さえほのめかすようである。それこそが強さだというとバカの強弁だというひとがいる。ところが私はバカだからくりかえす。それは強さである。そうでなければ、強さに負けないしなやかさである。そのしなやかさの中から、『にじみ』はスタジオ盤なのに、再生するたびにそこにあたらしい歌がうまれる。何気ない日常の雑感と愛情を描いているのに、私たちはそれらの歌の中の平凡ともいえるものを貫く二階堂和美のヴォイスを発見しておどろかざるを得ない。きのうも家でかけていたはずなのに、流れ出すとはじめて聴くような気持ちになる、良質の即興みたいに先の読めないフレッシュな音楽。
 ......が『にじみ』であるなら、2ヶ月前にリリースしたアメリカのマルチ・インストゥルメンタリストであるタラ・ジェイン・オニールと二階堂和美の共作『タラとニカ』はふたりの即興を記録したアルバムである。ともにシンガー・ソングライターであるタラとニカはときに間合いをとり、あるときはそれを約めながら相対的な関係性を織りあげていく。チャントのような清澄さと(具体音をふくむ)ノイズを散りばめる手法はフリーフォーク以後の即興の態度といえるものだが、彼女らの時間と空間をそのまま切りだした東岳志のフィールド・レコーディング的な録音はこのアルバムをあたかもそこで歌がうまれる場面に立ち会っているような、おどろきを禁じ得ないものに仕上げた鍵になっている。

[MellowHype] - ele-king

 タイラー・ザ・クリエイターの『ゴブリン』に続いて、ホジー・ビーツとレフト・ブレインによるメロウハイプ名義のセカンド・アルバム『ブラックンドホワイト』もついにフィジカル・リリースされる!
 まずはこの不敵なPVを見て欲しい。彼らの挑発的な歌詞に関しては、すでにいくつかの人権保護団体から抗議が寄せられているという話だが、フェミニストからの抗議に対してタイラーたちは「硬いチンポが欲しければ立たしてくれよ」と返答したとか......。

 ご存じのようにオッド・フューチャーのメンバーにはレズビアンの女性もいる。彼らはスケーター集団で、旧来のマッチョなギャングスタ・ラップとは違う。"64"を聴いていると、彼らの音楽がウィッチ・ハウスとも親和性が高いことがわかる。


 

そしてタイラー・ザ・クリエイターの"she"......。こりゃたしかに怒られるわ。

interview with Seekae - ele-king

 夢見るシーケイは、コンピュータ・ゲームへの情熱とIDMによる叙情主義が融合する珍しいバンドである。スポーツ好きのオタク的な感性とギャグが奏でるメランコリーという言い方もできる。
 その美しく、そしてロマンティックな響きによって、アルバム『+Dome』のリアクションも好調だという話だが、謎に包まれたオーストラリアのこのバンドは、ビビオやマウント・キンビーに代表されるような、ここ2~3年のIDM/グリッチにおけるドリーミーな展開における珍種というか、以下のメール・インタヴューを読んでいただければわかるように、シーケイには"笑い"もある。なるほどー、それが彼らの"美"の背景にあるものだったのか......。

シドニーのエレクトロニック・ミュージック・シーンはそんな大きくないけど、少しずつ成長していると思う。僕らが最初ライヴをやりはじめた頃、どんどん知らないバンドを発見したり、知らなかったシーンを見つけてったりしたのを覚えているよ。

いまオーストラリアのどちらにお住まいですか?

シーケイ:シドニーだよ。


Seekae / +Dome
Rice Is Nice Records/Pヴァイン

Amazon iTunes Album Review

『+Dome』、とても興味深い作品でした。あの1枚のアルバムのなかにはIDM、フォーク、ヒップホップ、クラウトロック、アンビエントなどなど、いろんな要素があります。シーケイの音楽的な背景を知りたいと思うんですが、まずはどうやって3人が出会い、どういう経緯でバンドが生まれたのか教えてください。

シーケイ:3人とも共通の学生仲間なんだ。最終的には卒業して、ウェットTシャツ・コンテストで3人同時に再会したんだ。ステージ上で女の子たちがあり得ないことをやっているなか、僕らは機材の話をしたり、好きなIDMのプロデューサーの話とかをしていたんだ。シドニーに戻ったのと同時にバンドを組んだよ。

結成は何年で、SEEKAEという名前はどうやって付いたんですか?

シーケイ:2007年の頭に結成した。最初はコマンダー・キーンというゲームからそのまま名を取って名乗ってたんだけど、他にその名を使ったバンドがいるって知ってシーケイに変えたんだ。ジョージが喘息の発作を起こしたときに出す音と響きが似てるから、その名にしたんだ。

どんな編成なんですか? ドラム、ギター、エレクトロニクスって感じですか?

シーケイ:何度も変わっているんだけど、いまはドラム、ギター、メロディカ、ラップトップ、シンセ、ドラム・マシーン、MPD、MPC、APCとTLCだね。

2008年のデビュー・アルバム『The Sound Of Trees Falling On
People』は、今回のアルバムで言うと、2曲目の"3"のような、ドリーミーな感じだったんでしょうか?

シーケイ:そうだね。1枚目はよりクリーンで、どこかナイーヴないち面があったと思う。そのひとつの要因は、自分たちにそこまでプロダクションの技術が備わってなかったし、どちらかというとアルバムではなく、ミックステープという感覚で作ったからかもしれない。今作はそこから離れ、美学を追求して、よりダークな領域に進もうとしたものなんだ。

デビュー・アルバムのアートワークが熊だったのは何故ですか?

シーケイ:とくに理由はないよ。何かかっこいいな、と思っただけだね。ジョンの従兄弟が描いた絵なんだけど、見た瞬間アルバムのジャケにしようって決めたよ。

『The Sound Of Trees Falling On People』を発表してからの3年はどんな風に過ごしていたのですか?

シーケイ:たくさんライヴをして、ツアーをして、練習して、作業をして、飲んできたよ。

3曲目の"Blood Bank"や9曲目の"Two "みたいなアブストラクトなグリッチ・ホップみたい曲は、今回から新しく入った要素なんですか?

シーケイ:ある意味そうだね。この2曲はアルバムのなかでも踊れる曲になっているし、前作に比べるとよりベースに引っ張られてる曲だと思う。クラブやガレージ・ミュージックをすごく聴くようになって、その辺の影響が反映されているのかな。"Blood Bank"とかはアルバムでいちばん古い曲で、前作を出してからわずか1年後に完成した曲だね。

メランコリックな4曲目の"Reset Head"とか大好きなんですが、これはいつぐらいにいできた曲なんですか?

シーケイ:2010年末に完成した曲だね。リズムは思い描いていたんだけど、メロディが無かったんだ。ジョンが家でギター・ラインを考えてきて、そこからもうすぐでき上がったね。

3人のメンバーにとって共通のテーマとは何だったのですか?

シーケイ:最初は"髭"のはずだったんだ。でもジョージがすぐ飽きてね。いまは"コンピュータ・ゲームと自由とその他もろもろ"だよ。

ボーズ・オブ・カナダとフライング・ロータスでは、どちらが好きですか?

シーケイ:どちらも大好きだよ! ボーズ・オブ・カナダはとくに最初のアルバムを作るときに、大きな影響を受けたね。でもその後はフライング・ロータスの大ファンにもなった。ちょうどジョンが先週ニューヨークで見てきたよ!

〈ワープ〉とか〈ニンジャ・チューン〉のようなレーベルの音とか、UKのシーンからの影響は大きいですか?

シーケイ:もちろん。あのようなレーベルから出てきた音はバンドがはじまった頃、すごく好きだった。だから、そうしたレーベルが無かったら、僕らも存在しなかったと言っても過言ではないかもね。

シーケイにとってのもっとも大きな影響は何ですか?

シーケイ:スタークラフト2(ゲーム)と冷凍のフィッシュ・フィンガーズ。

ビビオとかにちょっと似てるかなと思ったんですが、どう思いますか?

シーケイ:その繋がりはわかるね。『アンビヴァレンス・アヴェニュー』とかの美学は今回僕らが目指した方向と似ていると思うんだ。音に独特の温もりがあって、ゆえに生きた感じに聴こえるんだよね。

ダブステップは好きですか?

シーケイ:うん。でもSkrillexとかじゃないやつね。

マウント:キンビーとは仲良しなんですか?

シーケイ:FIFAのゲームで負けるまでは仲良かったよ。負けて以来ちょっと気まずい感じかな(笑)。

地元ではどんな活動していたんですか? シーケイのような音楽に理解のあるシーンは存在するんですか?

シーケイ:シドニーのエレクトロニック・ミュージック・シーンはそんな大きくないけど、少しずつ成長していると思う。僕らが最初ライヴをやりはじめた頃、どんどん知らないバンドを発見したり、知らなかったシーンを見つけてったりしたのを覚えているよ。今は48/4や104 CollectiveのCleptoclecticsというアーティストとかとは仲良くて、一緒にいろいろやったりしているよ。

こうした音楽をリリースするレーベルはありますか?

シーケイ:何個かね。〈Feral Media〉というのは面白いレーベルだよ。でもシドニーにいるほとんどのエレクトロニック系アーティストは海外での契約を目指しているね。

地元のシーンを活性化したいと思いますか?

シーケイ:もちろん。そして僕らの仲間のGhoulとかCollarbonesといったアーティストが少しずつ認知されてきているのは良いことだと思っている。最初の火花は見えたから、これからは爆発が起きるのを期待しているんだ。

自分たちの音楽を自分たちなりに言葉で定義すると、なんとなりますか?

シーケイ:もデロン・ウィリアムズ(訳注:バスケ選手)がKenny Calmuschi(訳注:ちょっと正体不明です。別つづりでジャズのベーシストは出てきますが......)の上で次から次へとダンクを決めている感じだよ。あとエレクトロニックだね。

"Reset Head"をはじめ"Mingus"や"Underling"、"Two"やタイトル曲の"+Dome"など、メランコリックな曲調が印象的なのですが、それはあなたがたの感情から来るモノなのでしょうか? それともメランコリックな音楽がただ好きだから?

シーケイ:難しいね。ある意味僕らの感情を表現している部分もあるし、逆にメランコリックな音楽の独特な美しさや素直さには昔から惹かれている部分もある。だから、自分たちが最高に気分が良くても、書く曲はメランコリクだったりもするしね。

目標としている音楽ってありますか?

シーケイ:つねに変動するけど、時と環境を選ばずに、何度も聴きたくなるような音楽を作りたい。どんな気分でも聴けるようなね。と言いつつ、完全なるクラブ・バンガーも書きたっかりするんだけどね(笑)。

アルバム・タイトルの『+Dome』ってどういう意味ですか?

シーケイ:スタジオで落ち込んだときにみんなで聴くケニー・GのB面曲なんだ。(訳注:たぶんでたらめな冗談)

アルバム最後に収録されているフォーク・ソング"You'll"はバンドが今後目指す方向のひとつと見ていいんですかね?

シーケイ:そうかもね。ま、お楽しみってことで。


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