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願望ないしは情動は、音楽が生まれる起点であり、燃料だ。20世紀を駆け抜けた個人主義(私は私で好きなように生きたる)はロックンロールのガソリンとなったし、怒りや否定がパンクの根幹だといわれている。では、この場合はどうなのだろう。ゆっくりとした物事のペースとスペース、これを欲していると、ただそれだけのことかもしれない。いや、文化の地殻変動におけるほんの小さな一篇の表出かもしれない。たぶんそうだろう。とにかく、なんにせよ、ぼくは疲れているのだ。それもかなりひどく。昼も夜もぐったりである。自分でいうのも何だが、カウボーイ・サッドネスの『セレクティッド・ジャンビエントvol.1』が心地よく感じるのも無理はないのである。いまはのらりくらりと、ただぼぉーっとしたい、できることなら。我らが深沢七郎はいった。ただ「ぼーと生きればいい」と。願望が音楽の生まれる起点であるなら、『セレクティッド・ジャンビエント』を具現化せしめんとした種子は、日常の暦もしがらみも忘れ、ぼぉーっとしたいという欲望に違いない。(たしか昔もこんな原稿を書いた記憶があるような)
ロック・バンドがアンビエント/ドローンを演奏することは珍しくも新しくもない。CANはそれをやっていたし、一時期のハルモニア/クラスターがイーノのアンビエントに影響を与えた話は有名だ。あの時代、ハルモニア/クラスターがベルリン生活に疲れて田舎へと向かわなかったら、イーノの「アンビエント」がいま我々が知っているそれとは違ったものになっていたという可能性は、大いにある。まあ、それはそれとて、70年代後半にはアンビエントに積極的なロック・バンドが少なくなかった。ぼくが初めてアンビエントを聴いて「いいなぁ」としみじみと思ったのはまだ疲れを知らぬ10代なかばの話で、それはジャパンのセカンド・アルバムのB面の最後に収録されていた“ザ・テナント”という曲だった。ほかにも、ポスト・パンク期にはいろんなバンドの作品のなかに「静寂」ないしは「沈黙」があった。歌のないそれらを当時はアルバムのオマケのように思っていたが、いま思えばそれらこそが未来だったのだ。
カウボーイ・サッドネスは、ジ・アントラーズというNYのインディ・ロック・バンドのメンバーを中心に結成された3人組で、ベースもドラムもいる。バンドの説明によれば、このプロジェクトは10年以上前からはじまったそうで、ブルックリンでの「アンビエント・ジャム・クラブ」なるイベントでのセッションが元になっている。「期待や商業的なプレッシャーから解放された」音楽として進化したと、彼らはその意図を明かしてもいる。ほらね。
あるいは……、『セレクティッド・ジャンビエント』を、こうも説明できるだろう。ボン・イヴェールのアメリカーナとザ・KLFの『チルアウト』におけるあくまでアメリカ横断のあの感覚のみをブレンドし、トゲを抜いて、どこまでも抽象化し、どこまでもゆるくした感じ。ドローンにはじまり、ところどころでドローンをやっているのだが、スピリチュアルではないし、あからさまにドラッギーでもない。ご覧の通りの、抽象的な風景写真のスリーヴアートがほのめかすように、演奏からはやんわりとアメリカ中西部のムードが聴こえてくる……が、幻想的ではないし感傷的でもない。ベッドルームでもコンピュータでもなく、バンドでジャムってアンビエント、言うまでもないことだが、アルバム・タイトルにはユーモアが込められている。
昨年は、コーネリアスがライヴで、素晴らしいことに新作からのアンビエント/ドローン曲 “霧中夢” を演奏していたが、こんにちロック・バンドにおけるこうした傾向をぼくは興味深く思っている。フロイトが19世紀末に発見した無意識という領域のなかの「イド」は、放っておくと欲望の赴くまま暴走するから、それを調整するために超自我を必要とするという話だった。ロックには、20世紀に解放されたまさにその「イド」の文化としての雷鳴のような性質が備わっていたわけだが、ロック・バンドの側がアンビエントに接近する傾向がもしこれからも増え続けるのであれば、20世紀に暴れすぎた欲望が21世紀では静寂の側へとしずかに変質しているのではないのだろうか。それが無意識のうちに表出してきていると……。
もちろんこの考えはたんなる思いつきでバカげているし、人生の多くを20世紀で過ごしている自分の年齢的なことが影響しているのではないかという疑いが必要なこともわかっている。ただ、高級化するアンビエントや音響実験としてのアンビエントがあるいっぽうで、大衆的で、ポップ化するアンビエントが地道ながら増えていることにも注目したい(冥丁や吉村弘リヴァイヴァルも大きくはこの流れだろう)。それらはエネルギーの減退を意味しない。雷鳴ばかりがエネルギーではないと言っているのだ。
UKダブのレジェンドのひと組、昨年みごと復活を果たしたクリエイション・レベル。その歴史をたどるのにうってつけのCDボックスセットが〈On-U〉より発売される。題して『High Above Harlesden 1978-2023』。エイドリアン・シャーウッド初のプロデュース作品にあたる『Dub from Creation』(1978)からレアで高額だった『Close Encounters of the Third World』(1978)、代表作『Starship Africa』(1980)はむろんのこと、最新作『Hostile Environment』(2023)まで6作を収録。ブックレットには貴重な写真も掲載されているそう。詳しくは下記より。
CREATION REBEL
エイドリアン・シャーウッド主宰の〈ON-U SOUND〉が
クリエイション・レベルの豪華CDボックスセット
『High Above Harlesden 1978-2023』と
アナログ盤再発を発表
エイドリアン・シャーウッド率いる〈On-U Sound〉が、故プリンス・ファー・ライのバックバンドを務め、ザ・クラッシュ、ザ・スリッツ、ドン・チェリーらとステージを共にしてきたクリエイション・レベルの偉大なる歴史を詰め込んだ豪華CDボックスセット『High Above Harlesden 1978-2023』のリリースを発表! 待望のアナログ盤再発も決定した。
Creation Rebel - High Above Harlesden 1978-2023
YouTube >>> https://youtu.be/lw0SROhafOE
元々は、若きエイドリアン・シャーウッドが初めてのアルバム・レコーディング・セッションを実現するためのスタジオ・プロジェクトとして結成し、そこから名盤『Dub From Creation』が誕生した (UKレゲエ/ダブ・ミュージックのもう一人の巨匠、デニス・ボヴェルがエンジニアを担当)。
そこからプリンス・ファー・ライのツアー・バンドとして活躍すると同時に、バンド・リーダーであり中心的存在であるクルーシャル・トニー・フィリップスを中心にUKダブ/レゲエのシーンを語る上で欠かすことのできない重要作品をリリースしてきた。ベースのリザード・ローガンが投獄され、プリンス・ファー・ライが殺害されるという悲劇に見舞われた後、バンドは1980年代半ばから長期にわたって活動を停止するが、2017年、エイドリアン・シャーウッドのプロジェクト、シャーウッド・アット・ザ・コントロールのロンドン公演のために再結成。そしてエイドリアンとともにバンドはスタジオに戻り『Hostile Environment』を完成させた。クルーシャル・トニーは現在もバンドを率い、チャーリー・エスキモー・フォックス、ランキン・マグーとともに活動を続けている。
今回の再発企画では、『Dub From Creation』や『Starship Africa』といった1970年代後半から1980年代前半にかけてリリースされたUKダブ/レゲエを代表する名作5枚がフィーチャーされ、ファン垂涎のレア盤『Close Encounters of the Third World』を含め、5タイトルがアナログ盤で再リリースされる。またそれらの5タイトルに昨年40年振りにリリースされた最新アルバム『Hostile Environment』を加え、一つの作品としてまとめた6枚組CDボックスセットも同時発売される。CDボックスセットには、36ページのオリジナルブックレットが封入され、国内流通仕様盤はブックレット対訳/解説書付きとなる。
CDボックスセットのタイトル『High Above Harlesden 1978-2023』は、バンドが活動をスタートしたロンドン北西部の労働者階級地域に敬意を表してつけられている。
昨年、40年振りに届けられたアルバム『Hostile Environment』は、DJ Mag、The Quietus、The Wire、その他多くのメディアによって、2023年を代表する一枚として賞賛された。今回の企画は、〈On-U Sound〉の人気再発シリーズの最新プロジェクトとなっており、これまでにアフリカン・ヘッド・チャージ、ダブ・シンジケート、ニュー・エイジ・ステッパーズの再発に続くものである。

Dub From Creation (1978)
UKダブの総帥エイドリアン・シャーウッドによる最初のスタジオ作品。エンジニアはデニス・ボヴェル。ドラムはブラック・ルーツ・プレイヤーズのエリック ‘フィッシュ’ クラークで、レゲエのスーパースター、ジョニー・クラークの弟である。オリジナル・リリースは〈On-U〉の前身となる伝説的レーベル〈Hitrun〉より。
Close Encounters Of The Third World (1978)
ジャマイカのチャンネル・ワン・スタジオで録音され、ロンドンでプリンス・ジャミーがミックスした、クリエイション・レベルのカタログの中で最も人気のあるタイトル。
中古市場においてはコンディションの良い中古盤は超高額で取引されている。オリジナル・リリースは〈On-U〉の前身となる伝説的レーベル〈Hitrun〉より。
Rebel Vibrations (1979)
伝説的なルーツ・ラディックスのドラマー、リンカーン・“スタイル”・スコットをフィーチャーした、オリジナル・リリース以来入手不可能な、ヘヴィなベースラインとビッグ・チューンの正統派コレクション。オリジナル・リリースは〈On-U〉の前身となる伝説的レーベル〈Hitrun〉より。
Starship Africa (1980)
ダブのクラシック作品。惑星間サウンドエフェクト、星の彼方から聞こえてくる幽霊のような声、そして鳴り響くパーカッション。ルーツ・ラディックス、ミスティ・イン・ルーツ、プリンス・ファー・ライ・アラブスのメンバーが参加。近年ではMojo MagazineのHow To Buy... On-U Sound特集で、全カタログの中で最もお薦めのリリースとして第1位に選ばれた。
オリジナル・リリースは〈On-U〉の前身レーベル〈4D Rhythms〉より。
Psychotic Jonkanoo (1981)
ジョン・ライドン(セックス・ピストルズ、パブリック・イメージ・リミテッド)のバッキング・ヴォーカルをフィーチャーし、伝統的なジャマイカのルーツ・レゲエにUKらしい実験的なアプローチを取り入れた結果、独特のハイブリッド・サウンドが生まれた。
Hostile Environment (2023)
40年以上にわたる宇宙からの追放から帰還したバンドによる凱旋セット。クルーシャル・トニー、エスキモー・フォックス、ランキン・マグーのトリオは、プロデューサーのエイドリアン・シャーウッドと再結集し、ヘビー級のダブワイズ・リズムに現代的なスピンを加えた。
High Above Harlesden 1978-2023
上記の全アルバムを収録した6枚組アンソロジー・ボックス・セット、貴重な写真やライナーノーツを収めた36ページの豪華ブックレット、ボーナス・トラック7曲収録。

label: On-U Sound
artist: Creation Rebel
title:High Above Harlesden 1978-2023
release: 2024.03.29
CD Box Set 国内仕様盤:
(6枚組/解説書付き/38Pブックレット封入)¥8,000+tax
CD Box Set:
(6枚組/38Pブックレット封入)¥7,500+税
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13905
TRACKLISTING
DISC 1 (Dub From Creation)
01. Dub From Creation
02. Basic Principals
03. Rebel Rouser
04. Creation Vibration
05. Creation In A Iration
06. Dub Fusion
07. Mirage
08. Liberation
09. Rising Star
10. Vision Of Creation
11. Frontline Dub
DISC 2 (Close Encounters of the Third World)
01. Know Yourself
02. Conspiring
03. Beware
04. Dangerous And Deadly
05. Shouldn’t Do That
06. Creation Fever
07. Natty Conscience Free
08. Joyful Noise
DISC3 (Rebel Vibrations)
01. Rebel Vibration
02. Jungle Affair
03. Hunger And Strife
04. Ian Smith Rock (Dub)
05. Diverse Doctor
06. Mountain Melody
07. Black Lion Dub
08. Doctor’s Remedy
DISC4 (Starship Africa)
01. Starship Africa Section 1
02. Starship Africa Section 2
03. Starship Africa Section 3
04. Starship Africa Section 4
05. Starship Africa Section 5
06. Space Movement Section 1
07. Space Movement Section 2
08. Space Movement Section 3
09. Space Movement Section 4
10. Creation Rock
11. Give Me Power
12. Original Power
DISC5 (Psychotic Jonkanoo)
01. The Dope
02. African Space
03. Chatti Mouth / Threat To Creation
04. Highest Degree
05. Mother Don’t Cry
06. Yuk Up
07. Drum Talk
08. Independent Man
09. Creation Rebel
10. Monkey Grinds The Organ
DISC6 (Hostile Environment)
01. Swiftly (The Right One)
02. Stonebridge Warrior
03. Under Pressure
04. That’s More Like It
05. Jubilee Clock
06. This Thinking Feeling
07. Whatever It Takes
08. Salutation Gardens
09. Crown Hill Road
10. The Peoples’ Sound (Tribute To Daddy Vego)
11. Off The Spectrum
ドキュメンタリーに伝記映画、ライヴ映画など、近年ますます秀作が公開されている音楽映画を一挙紹介!
3月公開の『モンタレー・ポップ』とフェス映画の系譜
インタヴュー
ピーター・バラカン──音楽映画祭を語る
大石規湖(映画監督)
『ムーンエイジ・デイドリーム』『ストップ・メイキング・センス』などのロックの映画を中心に、『サマー・オブ・ソウル』や『白い暴動』、『自由と壁とヒップホップ』といった社会派音楽ドキュメンタリーまで、近年盛り上がりを見せる音楽映画の秀作・傑作を大紹介!
目次
巻頭特集 『モンタレー・ポップ』
Review ポップ・カルチャー史のエポックとなった伝説のフェス──『モンタレー・ポップ』 柴崎祐二
Column フェス映画の系譜 柴崎祐二
Interview
ピーター・バラカン さまざまな場所、さまざまな音楽──音楽映画祭をめぐって
大石規湖 「そこで鳴っている音にいかに敏感に反応できるか」
Review
マニアも驚かせた大作ドキュメンタリー──ザ・ビートルズGet Back』とビートルズ・ドキュメンタリー映画 森本在臣
断片の集成から浮かび上がる姿──『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・ デイドリーム』とデヴィッド・ボウイ映画 森直人
説明の難しい音楽家──『ZAPPA』 てらさわホーク
微笑ましくも豊かな音楽とコント──『フランク・ザッパの200モーテルズ』 てらさわホーク
伝記映画の系譜──『エルヴィス』ほか 長谷川町蔵
トム・ヒドルトンが演じるカントリーのレジェンド──『アイ・ソー・ザ・ライト』 三田格
ザ・バンドを語る視線──『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』 柴崎祐二
今こそ見直したい反時代性──『クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル トラヴェリン・バンド』 柴崎祐二
ヴェルヴェッツを取り巻くNYアート・シーン──『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド』『ソングス・フォー・ドレラ』 上條葉月
1984年と2020年のデヴィッド・バーン──『ストップ・メイキング・センス』『アメリカン・ユートピア』 佐々木敦
メイル兄弟とエドガー・ライトの箱庭世界──『スパークス・ブラザーズ』 森直人
パンクが生んだ自由な女たち──『ザ・スリッツ:ヒア・トゥ・ビー・ハード』 上條葉月
セックス・ドラッグ・ロックンロールに明け暮れた栄枯盛衰──『クリエイション・ストーリーズ 世界の音楽シーンを塗り替えた男』 杉田元一
アウトロー・スカムファック(あるいは)血みどろの聖者に関する記録『全身ハードコア GGアリン』+『ジ・アリンズ 愛すべき最高の家族』 ヒロシニコフ
改めて注目を集めるカルト・クラシック──『バビロン』野中モモ
甦る美しき革命の記録──『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』 シブヤメグミ
帝王の孤独──『ジェームス・ブラウン ~最高の魂(ソウル)を持つ男~』三田格
総合芸術としてのヒップホップ──『STYLE WARS』 吉田大
壁の向こうの声に耳を傾ける──『自由と壁とヒップホップ』 吉田大
ショーターの黒魔術に迫る──『ウェイン・ショーター:無重力の世界』 長谷川町蔵
ジョン・ゾーンのイメージを刷新する──『ZORN』 細田成嗣
ルーツ・ミュージックのゴタ混ぜ──『アメリカン・エピック』 後藤護
シンセ好きの夢の空間──『ショック・ドゥ・フューチャー』森本在臣
フィジカル文化のゆくえ──『アザー・ミュージック』 児玉美月
愛のゆくえ──『マエストロ:その音楽と愛と』杉田元一
徹底した音へのこだわりによるライヴ映画──『Ryuichi Sakamoto: CODA』『坂本龍一 PERFORMANCE IN NEW YORK : async』 杉田元一
失われた音楽が甦る瞬間──『ブリング・ミンヨー・バック!』 森本在臣
スペース・イズ・ザ・プレイス —— 渋サ(ワ)知らズと土星人サン・ラーが出逢う「場」──『NEVER MIND DA 渋さ知らズ 番外地篇』 後藤護
生きよ堕ちよ──『THE FOOLS 愚か者たちの歌』森直人
コロナ禍におけるバンドと生活──『ドキュメント サニーデイ・サービス』 安田理央
天才の神話を解いて語り継ぐ──『阿部薫がいた-documentary of kaoru abe-』 細田成嗣
坂道系映画2選──『悲しみの忘れ方 documentary of 乃木坂46』』『僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46』 三田格
勢いにひたすら身を任せる──『バカ共相手のボランティアさ』 森本在臣
Column
政治はどこにあるのか 須川宗純
ポリスとこそ泥とスピリチュアリティ──レゲエ映画へのイントロダクション 荏開津広
映画監督による音楽ドキュメンタリー 柴崎祐二
歌とダンスの(逆回し)インド映画史 須川宗純
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◆くまざわ書店
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◆大垣書店
◆未来屋書店/アシーネ
お詫びと訂正
このたびは弊社商品をご購入いただきまして誠にありがとうございます。
『ele-king cine series 音楽映画ガイド』に誤りがありました。
謹んで訂正いたしますとともに、お客様および関係者の皆様にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。表紙
誤 大石紀湖
正 大石規湖
意識せずともいつの間にやら季節は過ぎて、サウス・ロンドン界隈のバンドも気がつけばポスト・パンクよりもフォークのアプローチをとるようなバンドが増えてきている。こういうのは徐々に変化していくものだからどのタイミングでこうなったのかはっきりとした答えは出ないものだけど、しかし2022年にキャロラインの1stアルバムが出たというのはひとつのターニング・ポイントだったのではないかと思う。そもそもそれが受け入れられる土壌があったということで、やはりロックダウンを経て音楽を作る側のみならず聞く側の心境を大きく変えたのかもしれない(デスクラッシュのギタリスト、マット・ワインバーガーが20年の『ラウド・アンド・クワイエット』のインタヴューで「世界が僕たちの音楽に合うように変化した」と表現していたことをよく覚えている)。塩分をとり過ぎた体が水を求めるように、鋭く性急な音楽よりも、心がゆったりとした慈しみのある音楽を求め、そんな音楽を奏でるバンドをよりいっそう魅力的にしているのかもしれない。それこそキャロラインもそうだがフォークそのものではなく、フォークのフィーリングを取り入れて他の要素と混ぜ合わせたような音楽をやっているというのもミソだ。古きに学び新しさに変えていく、そんなインディ的な精神はもちろんこの流れのなかでも発揮されている。なにはともあれ空気はすっかり変わった。
サウス・ロンドンを拠点に活動する6人組テイパー!はまさにこの文脈にあるバンドだ。鼻の飛び出た揃いの赤いなんだかわからない覆面をして、なんだからわからないポーズをとったアーティスト写真から興味を持って(夜の闇と鮮やかな赤のコントラストがなんとも魅力的だった)、22年にデビュー作「Act 1 (The Pilgrim)」を聞いたのだけど、その音楽は写真同様に不思議な感覚に陥るような音楽だった。ジム・オルークの『Eureka』を彷彿とさせるようなフォーキーで柔らかな感触と、子どもの頃に見た紙芝居や人形劇を思い出すようなノスタルジーを感じるサウンドがなんとも優しく交じり合い、そしてなんとも優しい心持ちにさせてくれたのだ。
そのEPはまるごとこの1stアルバムに収録されている。「Act 1 (The Pilgrim)」というタイトルが示すようにEPの音楽をひとつの塊とし、それを三部構成の物語としてとらえアルバムとしてまとめあげている。“Act 1 (The Pilgrim)”、“Act 2 (Their God)”、“Act 3 (The King Of My Decrepit Mountain)”、章のはじまりのそれぞれにフィールド・レコーディングされた物音とリトル・ウイングス、カイル・フィールドによるナレーションが挟まれて物語へと導く道筋が語られる(それはちょっと想像力を刺激するラジオドラマみたいにも思える)。ジャケットにも描かれ、またかぶり物にもなっている赤い奇妙な生き物ピルグリムが緑の丘の上で仲間の声を聞き、引き寄せられるように巡礼の旅に出て不気味な森や山々を駆け巡り、海を渡り、神秘的な風景の中を冒険するという物語、それがアコースティック・ギター、ピアノ、コルネット、サックス、チェロなどの楽器を使い柔らかに語られる。壮大な物語だが、テイパー!の音楽は丸っこいキャラクターが活躍するアニメのように親しみやすく、やたらとノスタルジックで、日常の愛おしさを感じてたまらなくなるほどに優しい。
オープニング・トラック “Act 1 (The Pilgrim)” のつま弾かれるギターとピアノの絡み、そしてハミングからしてそれがにじみ出ているし、“Swallow” の繰り返しのなかで響くファルセットの歌声はやはり郷愁をこれでもかとかき立てる。海へ出たAct 2、“Broken Ark” ではギターを歪ませ、ストリングスのフレーズとベースでひとり孤独の航海を続けるピルグリムの姿を描き出す。ひとりではいたくないから、だから誰かのいる場所へと彼は向かうのだ。
Act 3の “My God” はまた素晴らしく胸を締めつける曲だ。それまでの神秘的な世界を離れたモノにまみれた物質的な世界での冒険で、あるいはそれはピルグリムの見た夢(その夢の世界こそがきっと我々の生きる現実だ)なのではないかという考えが浮かぶが、とにもかくにもiPhone 6、ヒューゴ・ボスの時計、メイベリンといった名前の羅列が日常へと続く道筋を作り上げこれでもかと心をくすぐり続ける(思い出と結びつくモノ。消費主義の現実のなかで、しかし我々はモノに愛を感じて生きてもいる)。この曲もそうだが “On A Grassy Knoll (We'll Be Together)” や “Swallow”、“Mountain Song” などの楽曲でドラムマシンと組み合わせていることもこの不思議な旅の奇妙な感触を強めているのかもしれない。柔らかく丁寧に積み重ねられる繰り返しのフレーズとコーラス・ワーク、そしてわずかな異物感がこの旅を味わい深いものにしているのだ。
このアルバムをプロデュースしたのがハニーグレイズの Yuri Shibuichi であるというのもまた注目すべき点だろう。彼は高い関心を集めている新人バンド、メアリー・イン・ザ・ジャンクヤードの曲のプロデュースもしておりバンド活動のみならずプロデューサーとしても今後ロンドンのインディ・シーンで存在感を放っていくようなそんな気配が感じられる(ロイル・オーティスや Vijin などダン・キャリー関連のアーティストのレコーディング時に呼ばれ、しばしばドラムを叩いているということもこうした活動と無関係ではないだろう)。本作でもジャケットに描かれている広がる草原のような音象を作り上げ、手作り感を残したままに、この絵本のような不可思議な世界の広がりを表現するのに大きな役割を果たしている。
あぁそれにしてもこのアルバムに聞いたときにやってくる感情はなんなのだろう。聞くたびに胸が締めつけられるようなノスタルジー、ジワジワと湧き上がってくるような愛おしさ、ちょっと哀しくだけども優しく包み込むように音楽が鳴り響いていく。現実から引き継がれた寓話の世界のフォークロアのようなおとぎ話のなかにあるリアル、優しい色使いの世界の中でテイパー!は日常に接続する感情を描いているように僕には思える。音楽だけにはとどまらないというこのプロジェクトがこの先どんな風に変化していくのか楽しみで仕方がない。
昨年は新作『Fine Tune』をリリース、来日公演もおこなわれたLAのマルチ奏者テラス・マーティン。彼が率いるバンドがグレイ・エリアだ。そのライヴ・アルバムが3月6日にリリースされる(LPは6月5日)。収録されるのは2020年に配信限定で披露された音源で、なんとカマシ・ワシントンがゲスト参加している。ジャズのライヴの魅力が詰まった1枚、チェックしておきましょう。
テラス・マーティン率いるバンド、グレイ・エリアが2020年に行ったライヴの模様を収録した配信限定ライヴ・アルバムが待望のフィジカル・リリース! ケンドリック・ラマーの名曲“For Free?”の超熱演ジャズ・カヴァーや、カマシ・ワシントンがゲスト参加した20分越えの絶品ジャム・セッションなど、現行ジャズにおける最高峰のライヴ・パフォーマンスがここに!
ロバート・グラスパーとのR+R=Nowや、同じくグラスパーに、カマシ・ワシントン、ナインス・ワンダーまで擁するディナー・パーティーと、数々のプロジェクトで現代ジャズの推進に余念がないテラス・マーティンが、自らのバンドとして結成した「グレイ・エリア」。そのバンドのお披露目として、2020年にJammcard主催のイヴェント「JammJam」で行ったライヴ・パフォーマンスの模様を収録した配信限定のライヴ・アルバム『Live at the JammJam』が遂にCD、レコードでリリース!!!
テラス・マーティンをリーダーに、ケンドリック・スコットやカマシ・ワシントンの作品で重宝され、自らリーダー作もリリースしている若手最重要ベーシストのジョシュア・クランブリー、ルイス・コールとジェネヴィーヴ・アルターディによるポップ・ユニット:ノウアーのバンド・メンバーでもあるキーボーディストのポール・コーニッシュ、そしてあのサンダーキャットの兄であり、プリンスやカマシのドラマーとして腕を振るってきたロナルド・ブルーナー・JRというジャズ界のキーマンが勢ぞろいしたバンド、グレイ・エリア。
その気になるライヴの内容は?と言うと、2分ほどのイントロを終えた後に突如として始まる“For Free?”で一気に爆発。曲名通り、テラス・マーティン本人がプロデュースしたケンドリック・ラマーの傑作『To Pimp a Butterfly』に収録された名曲“For Free?”のジャズ・カヴァーで、8分を超える超熱演を披露。キーボードのソロ・プレイを前面に押し出した甘味の強いバラード“Great Is Thy Faithfulness”を間に挟みつつ、テラスの盟友、カマシ・ワシントンがゲストとして参加した“Juno”、“Stop Trippin’”の二曲では、なんとどちらも20分近くにも及ぶ白熱のジャム・セッションを繰り広げる。これぞまさにジャズのライヴの魅力が120%パッケージされた極上のライヴ・アルバム!
「Juno feat.Kamasi Washington」(ライヴ映像)
https://youtu.be/ZWQ3ANEjTsQ
【Pre-order】
https://p-vine.lnk.to/ghXOiwjl

【リリース詳細】
アーティスト:TERRACE MARTIN'S GRAY AREA / テラス・マーティンズ・グレイ・エリア
タイトル:Live At The JammJam / ライヴ・アット・ザ・ジャムジャム
フォーマット:CD/LP
発売日:CD 2024.3.6 / LP 2024.6.5
品番:CD PCD-25383 / LP PLP-7404/5
定価:CD ¥2,750(税抜¥2,500) / LP ¥6,600(税抜¥6,000)
レーベル:P-VINE
*日本語解説付
【Track List】
1.Intro
2.For Free?
3.Great Is Thy Faithfulness
4.Juno
5.Stop Trippin
【Gray Area】
Terrace Martin - saxophone
Ronald Bruner Jr. - drums
Paul Cornish - keys
Joshua Crumbly - upright bass
Featuring:
Kamasi Washington - saxophone
Ben Wendel - Alto Saxophone
Maurice Brown – Trumpet
【Official】
https://twitter.com/terracemartin
https://www.instagram.com/terracemartin
モスクワのエレクトロニカ・ユニット、Piper Spray & Lena Tsibizova の新作『Debtor of Presence』が、シドニーのエクスペリメンタル・エレクトロニカをリリースする新興レーベル〈Theory Therap〉からリリースされた。
Piper Spray & Lena Tsibizova。その名のとおり Piper Spray と Lena Tsibizova のユニットである。モスクワを拠点とする電子音楽家の Piper Spray は、2011年に、ジャイアント・クローなどのヴェイパーウェイヴ系の音源で知られる〈Orange Milk Records〉から発表した『Omnicrom Girls』あたりから音源のリリースをはじめているので、すでに10年を超える活動歴である。一方、同じくモスクワ出身のフォトグラファー/アーティストでもある Lena Tsibizova は2019年頃から音源のリリースをはじめ、チェコのレーベル〈Baba Vang〉から『3rd Track』を発表している。
ふたりは2020年あたりからコンビを組み、「Air Krew」というユニットで、ロサンゼルスのレーベル〈Motion Ward〉から『Discuss And Come Back』を発表した(2021年には4作ほどリリースする)。Piper Spray & Lena Tsibizova としては、2020年にEP「Piper Spray / Lena Tsibizova」を〈Radio.syg.ma〉からデジタル・リリースし、2022年にロシアのサンクト・ペテルブルグのエレクトロニック・ミュージック・レーベル〈[картаскважин] 〉からミニアルバム『Regressive Youth』を送り出した。
その2作を経て、ニューヨークのレーベル〈Patience / Impatience〉から初のアルバム『Leaving Memory』をリリースするに至ったわけだ。『Leaving Memory』は、IDM、アンビエント、インダストリアルの要素を絶妙にミックスしたアルバムで、機械的でありながらも、どこか官能的なサウンドでわれわれエレクトロニカ・マニアの耳をざわつかせた。クラッシュした車のアートワークも印象的であった。
そして2024年初頭にはやくも届けられた新作『Debtor of Presence』は、なんと3年の月日をかけて制作されたアルバムだという。じじつ『Debtor of Presence』を聴いてみると、その緻密に、かつ巧みにレイヤーされたエレクトロニックな音の層に耳をうち抜かれた。なんて透明で精密で、なんて華麗な、なんて緻密な、美しい電子音だろうか、と。何より、緻密/多層的なデジタルなサウンドがエモーショナルに鳴り響くさまが、とても新鮮なのである。ミニマルではなく、エモーショナル。これこそいまの時代において重要な要素ではないかと思う。エレクトロニカやエクスペリメンタル・ミュージックにおいても「エモ」が重要なキーワードになるのではないか。
ともあれ『Debtor of Presence』は、聴き手に新しい時代のIDM/エレクトロニカを実感させるサウンドである。本作には全14曲が収録されているが、全曲、どの曲も、細やかなノイズとエモーショナルな電子音のレイヤーによって仮想空間音楽のごとき多層レイヤー的音響世界が構築されているのだ。さまざな電子音と電子音が共存し、ときに衝突し、ときに融解し、より大きなサウンドスケープが生成されていく……。
1曲目 “Fisher” からして、このアルバムの世界観が一気に伝わってくるような曲だ。電子音、ピアノの音が交錯し、薄いカーテンのようなアンビエンスと環境音楽的な旋律が生成・交錯し、音の海を漂うかのような曲に仕上がっている。曲の中盤からは分断されたリズムの音が重なり、ダヴィなムードも漂わせもする。ときおりミックスされる「声」のような音の使い方も実に見事だ。対して2曲目 “Four Chords” もやわらかいアンビエンスの電子音と刺激の強い電子音が交錯し、聴き手の感覚を広げてくれるようなサウンドスケープを展開している。いわば環境音楽+ネオ・アンビエントとでもいうべきか。
個人的なお薦めとしては、7曲目 “Georgian Doc” や13曲目 “Tushino” を聴いてほしいと思う。80年代の環境音楽を20年代のアンビエント・ミュージックへと変化・拡張させたような音楽性だが、なぜかそこに深いエモーショナルが潜んでいるように聴こえるのだ。瞑想的でもあり感情的でもあるような不思議な感覚である。また8曲目 “Ad Morning Theme” のミューザック的なピアノ曲に電子音がレイヤーされるさまは、どこかヴェイパーウェイヴ的でもある。過去に夢想された未来を見る/聴くような不思議なノスタルジアを感じもした。
つまり本作を簡単に評すると「未知と郷愁の感覚を同時に想起させてくれるエモーショナルなIDM/エレクトロニカ」とでもいうべきだろうか。瞑想的であり、不安定な記憶のようでもあり、未知の世界の自然現象のようでもある。「精密さ」と「密度」と「透明さ」を希求しつつ、そこに「エモーショナル」という新しいエレメントを兼ね備えた00年代以降(グリッチ以降)のエレクトロニカを継承する作品といってもよいかもしれない(言い過ぎか?)。
何よりこのようなIDM/エレクトロニカが欧米諸国でも日本でもなく、ロシアから出てきたことは、とても重要なことに思えるのだ。エレクトロニカの音楽地図がまた描き変わったような思いを持ってしまうのである。
最後に。『Debtor of Presence』のリリースに伴い、Piper Spray & Lena Tsibizova のふたりは、「私たちは進行中の戦争とあらゆる形態の帝国主義に反対します。このリリースによる利益は、戦争の犠牲者に寄付されます。 当面は、「セーブ・ザ・チルドレン・ガザ緊急アピール」と「ガザ子ども基金」に資金を送る予定です」という声明を発表していることも付け加えておきたい。
音楽でもそうだけれど、古典はときに現代の作品以上に刺戟的だったりする。古典というくらいだからそれが生み落とされた年代は古く、一見わたしたちの暮らす日常からかけ離れた世界や価値観が描かれているように映るかもしれない。にもかかわらず古典というやつは「これってまさに今日の問題じゃん!」と思わせる要素を少なからず含んでいるもので……長い年月をサヴァイヴしてきたがゆえにもつことを許された魅力というか、まあ、だからこそ古典は古典たりえているのだろう。かのマルクスもその代表選手のひとりである。
新しい解釈を誘発しない古典は古典とは呼べない。マルクスもまた一世紀以上にわたりさまざまに読み解かれてきた。たとえばフランスの哲学者ジャック・デリダ──宣伝しておくと、もうすぐその伝記をele-king booksから刊行します──はソ連崩壊後の1993年に『マルクスの亡霊たち』なる本を上梓している。『共産党宣言』が呼びかけるプロレタリア革命のメッセージそれ自体ではなく、その文章にあらわれる「亡霊」なる単語に着目し、幽霊のように過去から回帰してくるものをめぐる思考=「憑在論」の端緒をひらいた重要作だ。それがのちにサイモン・レイノルズやマーク・フィッシャーに少なからぬ影響を与えたことはすでにele-king読者にはなじみ深いかもしれないけれど、そのような読み方がマルクス当人の意図していなかった解釈であろうことは疑いない。テクストはテクストを誘発し、また新たなテクストが紡がれていく、と。
若手のマルクス研究者、斎藤幸平による『マルクス解体──プロメテウスの夢とその先』もそうしたオルタナティヴなマルクスの読みを提供してくれる一冊だ。想像してみてほしい。動物の健康を憂うマルクスを。感染症のリスクを意識するマルクスを。西欧ではなくアジアやアフリカ、ラテンアメリカを研究するマルクスを。この本からは「階級闘争の鬼」みたいなイメージを覆すマルクス像がつぎつぎと浮かびあがってくる。ずばり、エコロジストとしてのマルクスだ。従来相性が悪いとみなされてきた「緑」と「赤」のあいだに橋を架けること──それが本書最大の狙いといえる。
じつは氏にはかつてele-kingでも何度か原稿を依頼したことがある。その後彼が知識人としてこれほど大きな存在になろうとは予想だにしていなかったけれど、それはきっと今日、多くの人びとが資本主義の横暴や気候変動に戸惑っていることのあらわれなのだろう。大ヒットした『人新世の「資本論」』(集英社新書)と同時並行で進められていたのがこの本で、いわばそのデラックス版ないしディレクターズ・カット版みたいなものかもしれない。オリジナルの英語版が出版されたときはUKでも話題になったようで、『ガーディアン』がインタヴュー記事を掲載している(https://www.theguardian.com/environment/2023/feb/28/a-greener-marx-kohei-saito-on-connecting-communism-with-the-climate-crisis)。原題は『人新世のマルクス──脱成長コミュニズムの理念に向けて』。本書はその英語で書かれた学術書の翻訳という体をとっているものの、著者自身が日本語としての読みやすさを意識し大幅に手を入れてくれているおかげで、この手の本にしてはだいぶハードルが下がっている。
最初のほうでマーク・フィッシャーが登場するところは興味を引くポイントかもしれない。音楽のみならず映画やドラマ、大衆文学などなど、ポピュラー・カルチャーの論じ手として頭角をあらわしてきた彼が最初の本で打ち出したのが「資本主義リアリズム」なるコンセプトだった。もはや資本主義以外の社会のあり方を想像することができなくなってしまったというその感慨が、まさに『資本論』を執筆したマルクスを研究する専門家によってどのように整理されているのか、それを目撃するのも本書の楽しみのひとつだろう。
エンゲルスがつくりあげたマルクスのイメージを解体する第二章、西欧マルクス主義の代表者ルカーチにたいする誤解をほどく第三章、話題の「人新世」なるタームへの批判を検討する第四章なんかもおもしろいのだけれど、個人的にもっとも興味深く読んだのは左派加速主義が扱われる第五章だ。当該論者たちはテクノロジーの発展で環境危機を乗り越えられると、技術革新こそが未来を用意すると主張しているらしい。そのためにはガンガン生産力を上げ、経済をまわしていかにゃならん、と。それが片手落ちの議論であることを暴き出していくさまは読んでいて素朴に痛快だ。
ちなみにここでも何度か「資本主義リアリズム」の語が登場するのだけれど、著者は慎重にフィッシャーの名をあげることを避けている。誤解されないよう配慮しているのだろう。日本語版ウィキペディアで「マーク・フィッシャー」のページをのぞくと、なぜかフィッシャーは左派加速主義者ということになっている。ネットが信用ならない最たる例というか、どれほどフィッシャーがそのような考え方から離れたところにいるか、読者であればすでにご存じにちがいない。
時間がない方は最終章だけ読もう。そこではマルクスを「脱成長コミュニスト」として再解釈する、著者のオリジナリティが最大限に発揮されている。主著たる『資本論』よりもさらに後、晩年のマルクスの抜粋ノートを丹念に読みこむことによって、まったく新しい──経済成長を望まない、進歩主義や生産力重視ではない──マルクス像が、すなわちデリダが亡霊を見出した『共産党宣言』の若き楽観主義ではなく、人間と自然の関係を真摯にとらえなおす老マルクスの姿がそこからは浮上してくる。
最後に将来の展望が記されている点も重要だろう。実現可能かどうか、あるいは賛同するかどうかはべつにして、著者は本書で明確に「資本主義リアリズム」の呪縛に抗っている。「失われた未来」を突破しようと試みている。ただ資本主義のあり方を批判し気候危機に警鐘を鳴らすだけではなくて、よりよい将来を想像してみることのたいせつさを教えてくれる一冊にもなっているのだ。想像するとはまさにカルチャーの分野、音楽や映画や文学が得意とするところにほかならない。オルタナティヴはいくらでもある──マルクスという古典の読みなおしがその血路となることを、あらためて本書は伝えてくれている。
