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caroline

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野田努 Mar 08,2022 UP
E王

 自分で言うのもなんだが、ぼくはreviewを書くのがけっこう速い。もちろん前提として何度か聴いている場合だが、だいたい2〜3時間もあれば2000字ぐらいは書ける。まあ、その分タイプミスも多いのだが、4時間以上かけることはまずない。
 たぶん、ぼくが原稿を書くうえでもっとも時間をかけているのは書き出しだ。DJで言えば1曲目。それが決まればゴールも見える。そう、そんなわけで、キャロラインのreviewを書こうと昨日取りかかったのだが、これがいっこうに書けないでいる。書き出しがうまくはまらないのだ。この素晴らしい音楽を伝えるのに、果たしてどこからはじめたらいいのか、いくつか書いてみたのだけれど、どうもしっくりこない。
 ぼくはキャロラインのアナログ盤を買った。ジャケットの写真に強く惹かれたし、見開きの写真も見たいとも思った。そして、針を下ろしてクレジットをしげしげと眺めながら聴きたいと思ったというのは確実にある。が、もっとも大きな理由を言えば、自分にとってこれが今年の重要な1枚になる気がしたからだ。
 
 キャロラインの堂々たるデビュー・アルバムは、とらえどころがない。フォーキーだが抽象的で、CANのような即興性もあるが、よりメロウだし、ゴッドスピード・ユー!ブラック・エンペラーのアコースティック・ヴァージョンという喩えもできるかもしれないが、いやいや、ぜんぜん正確ではない。1曲目の“Dark Blue”には、少しそんな感覚がある。憂いを帯びた静かな反復がゆっくりと上昇する感覚——、陳腐な表現になってしまうが、キャロラインはその旋回する曇った音響において、わずかながらも、しかし確実に青空を見せる。とびきり透き通った広い空を。キャロラインには〝図書館の屋上でスカイダイビング(Skydiving onto the library roof)〟という、身動きできないほど聴き入ってしまう曲がある。
 
 2017年に始動したというロンドンのミステリアスなこのバンドは、やがて8人編成となり、今日言われているどんな「インディ」たちとも違っている。ここで彼らの音楽性を分析したところで、彼らの音楽を説明したことにはならないだろう。ギター、ドラム、ベース、ヴァイオリン、クラリネット、チェロ、ピアノ……フリーキーでありながらそれぞれの楽器の音は有機的に共鳴し合い、曲はひとつの生き物のように呼吸している。
 制作に5年かかったというが、それもわかる。彼らの音楽は自由で、カテゴライズされることを拒んでいる。“Messen #7”や“Zilch”といった曲ではデレク・ベイリーめいた実験派のギターが鳴っているし、“Desperately”におけるチェロの独奏に乗ったヴォーカルは古い合唱歌のようだ。それでも、アルバムには一貫したものがあり、強いて突出した感情を言えば、「希望」と「悲しみ」だろう。

 おはよう‏
 また季節が巡ってきた
 おはよう‏
 また季節が巡ってきた

 この曲“Good morning(red)”におけるシンプルな言葉の繰り返しの背後で、男の叫び声もまた繰り返される。

 俺は幸せになれるのか?
 この世界で

 そもそも同曲は、バンドのメンバー数人がジェレミー・コービンの選挙活動を支援している最中に、未来への楽観を込めて作られたという話だが、アルバムには平穏さもあれば、そして敗北感もある。「とにかく、私は正しかった‏/私が愛するすべて」——、フォーク調のその曲“IWR”を聴けば、キャロラインがこの世界にうんざりし、疲れていることがよくわかるだろう。この曲の歌詞も、短いフレーズがほとんど繰り返されるだけだ。「とにかく、私は正しかった‏/私が愛するすべて」——、こうしたシンプルさを機軸にしながら、静謐にはじまるバンドの演奏は即興的で、じょじょにピークへと上昇し、とらえどころのない楽曲の輪郭を露わにする。
  キャロラインの音楽をもっとも的確に表現しているのは、レコード・ジャケットだ。海辺の、手前に見える土のうえで不自然なカタチで傾いている建物、そして空——。これは、歯止めのきかない恐怖の時代にリリースされた美しく広大な音楽である。

 風が戻ってきた
 あなたの家まで車を運転している
 私は本当にそのつもりなのだろうか?
 私はこれまでそれを本当に思っていたのだろうか?
 世界の語源は森
“Natural Death”

野田努