「PAN」と一致するもの

interview with Hocori - ele-king

 駐車場で車を載せて回るアレも、ターンテーブルと言うのだそうだ。

 先日公開された、Hocoriによる“God Vibration”のミュージック・ヴィデオでは、「都内某所」といった雰囲気の無機質で無名的な屋内駐車場を舞台に、回しっぱなしのカメラが、回りっぱなしのターンテーブルで踊るひとりの男を映し出していた。ドリーミーな音色につつまれ、儚い一夜を祝福するかのようにゆっくりと高揚していくハウシーなポップ・ナンバー。

 しかしヴィデオに登場するのは踊る男がひとりきり。画面は固定されたままで、物語は展開せずにただただ盤が回転する──じつにミニマルだ。音の昂ぶりや、艶やかさと愛嬌とをそなえたあの忘れがたいヴォーカルとは対照的で、しかしそれがなんともスマートに感じられる。そして、これがきっと彼らに見え、感じられているいまの世界なのだろうなと思いがめぐる。

 酒やネオンやきらびやかな装飾品にふちどられたナイト・ライフのリアリティではなく、そこではそのホログラムが、合理性を剥き出しにした風景をスクリーンにして映しだされ、オルゴールのように回っているのだ。そう、われわれはもうしばらくこうした環境の中で生を謳歌している。何は持たずとも、なんということもない場所にさまざまな情報を投射して充足を得ることができる。日常としてのAR空間、この音とヴィデオはそうした環境のリリカルな喩とさえ思えてくる。

 Hocori(ホコリ)──というのは、メジャーなシーンで活躍するMONOBRIGHTのフロントマン桃野陽介と、エレクトロ・ポップ・ユニットgolfや、映像グループSLEEPERSFILMの中心人物として活動を広げる関根卓史によるデュオである。昨年結成されたばかりのこのささやかなユニットは、たがいに「ホーム」を有するふたりにとって自由な遊び場として機能しているようだ。好きなものを、好きな形になるまで誰にも急かされることなくつくるという、インディ的にしてある意味で贅沢なプロジェクトであり、この7月に発表されたファースト・ミニ・アルバム『Hocori』ではその実りを聴くことができる。

 6曲をゆるやかにつなぐコンセプトは「トレンディ」や「アーバン」。80年代や90年代の意匠がノスタルジックに参照され、ポップ・ソングとして丁寧なトリートメントを施されている。これらの時代の音の再評価がシーンを耕してすでに何年も経つが、その間、リヴァイヴァル・サウンドのパッチワークは、ポストモダンでスクリーンのようになった世界をさまざまに色づけてくれた。われわれは、そこにまたとびきりの幻影師が現れたことを知ることになるだろう。

 互いのメイン・プロジェクトの名はむしろ意識しないほうがよいかもしれない。たとえばネットレーベル発の才気あふれるプロデューサーやユニット群のひとつとして、あるいは“東京インディ”の新しき1ピースとして、ぜひともこの“ニュー・カマー”の音に耳をかたむけていただきたい。

■Hocori / ホコリ
ロック・バンドMONOBRIGHTのフロントマン桃野陽介と、エレクトロ・ポップ・バンドgolf、映像グループSLEEPERS FILMにて活動する関根卓史による音楽デュオ。2014年に結成され、2015年7月、ファースト・ミニ・アルバム『Hocori』を発表した。

32歳なんですけど、30歳を越えたあたりからは、そういう衝動うんぬんじゃない作り方もやってみたいな、と思うようになりました。 (桃野)


Hocori
Hocori

Conbini

J-PopSynth-PopHouse

Tower

このユニットのそもそもの出発点は、“God Vibration”ということになるんですか? 曲のパラ・データを桃野さんから関根さんのほうに送られたのがきっかけだということですが。

桃野陽介(以下桃野):僕はもともとMONOBRIGHTというバンドで活動しているんですけど、バンド・サウンドじゃない音楽をバッと出せる場ができたらなという意味で、ソロ・プロジェクトを誰かとやりたいなと思っていて。そういう思いはデビュー当時からふわっとあったんですけど、一年前くらいに知り合いを通じて関根さんを紹介してもらって、互いに北海道出身というところで意気投合して、「じゃあ、ちょっとやってみようか」というので最初に送ったデモがモGod Vibration”ですね。

関根卓史(以下関根):いくつか聴かせてもらったんですよ。そのなかでもとくに印象に残って、いい感じに仕上げられる予感がしたのが、その曲だったんですよね。

じゃあ、チョイスされたものなんですね。

桃野:5曲くらいデモを送って、そのなかから関根さんが“God Vibration”を気に入ってくれて、そこから手を付けてみようと。

関根:とりあえず、感じるままに作ってみたんです。

でも、結果としてミニアルバムのリード・トラックになっちゃうような、愛誦性もあって印象に残る曲ですよね。それが最初というのも運命的というか。

関根:そうですね。逆にそういうものが最初に作れたから、次も作ってみようかという感じになったところはありますね。

桃野さんは、バンド(MONOBRIGHT)の結成は……

桃野:2006年ですね。

ぼちぼち世間的にはエレクトロ・ポップだったりとか、そういった音がバンドの表現を変えていくような雰囲気があったんじゃないかなと思うんですけど、そういう流れもどこかで意識されていたんでしょうか。

桃野:バンドに関しては、周りがやってなさそうなことをやろうみたいな、ちょっとあまのじゃく的な部分もありましたし、それと同時に、やっぱりバンド・サウンドってメンバーのぶつかり合いというか。そうやって曲を作っていけるように初期衝動を大事にしていたところもありました。なので、僕が田舎育ちというところもあるんですけど、エレクトロとかっていうのはまだ未知の存在で、どうやって作っているのか検討もつかなかったというか。DJとかもそうですけど。
だからそういうものっていうのは、初期衝動とは反対側の存在として自分のなかにはあって。いま32歳なんですけど、30歳を越えたあたりからは、そういう衝動うんぬんじゃない作り方もやってみたいな、と思うようになりました。

その参謀役として、関根さんに白羽の矢が立ったということですね。出身地という共通項がありつつも、なんとなく思い描くような音楽を持っていそうだなということで、関根さんだったんですよね。

桃野:そうです。

関根:僕自身は、自分が歌うわけではなくて、他にヴォーカルを立てて音楽を作ることもやりたいなと思っていたので、タイミング的にはすごくよかったんです。

「golf」名義ではもっと前からご活動されてますよね。

関根:結成は2001年です。

あっちはもっとアンビエントというかアブストラクトな音ですよね。

関根:はい。当時からアンビエントやエレクトロニカとか、そういうものを好きで聴いてきたので。

しかし桃野さんとやれることというと、ひとつ、カチッとしたJポップというフィールドが見えてくるんじゃないかと思うんですけど、意識はされました?

関根:うーん、それは意識しなくてもそうなったのかもしれないです。

桃野:どっちかというと僕にエレクトロはないので。

はははは(笑)。そうなんですか? 

桃野:音の響きだったりとか、メロディとかはきっとどこかで刺激を受けているんです。だけど日本語で歌詞を書くと、同時に昭和のメロディとか、そういうものを大事にしたいというような気持ちも出てきたり。それは自然に自分の中に根づいていた部分でもあるので、そういうところがJポップらしさにも繋がっているかもしれないです。

ホームグラウンドがどこにあるのかが明らかなふたりなので、Hocoriは遊べるところというか。 (関根)

おふたりともがそれぞれにソングライターでいらっしゃいますが、出てくる個性はそれぞれにあって、対照的とさえ言えますよね。ヴォーカルとしての発想、それからミキシングだったりとか、トラックメイカーとしての発想。

関根:若干のグラデーションはありつつ、僕がおもにサウンドを作り、桃野くんがメロディとか言葉を含めた曲の特徴を作るといった、大まかな役割分担はあったんですが、実際は桃野くんが構成したものを僕がぶっ壊すというような関係でもあるので、そのへんは、それぞれの得意な部分を上手くやって合わせた感じなのかな(笑)。
でも、曲作りは楽曲をお互いの間でけっこう行き来させているので、本当に混ざっていると思いますね。

トラックメイキングというよりもソングライティングというイメージなんですかね?

関根:そうかもしれないですね。僕が、ミキサーやアレンジャー的な役割も多少していると思いますけど。

「壊す」とおっしゃったことに集約されていますよね。そこにふたりの間の綱引きがあったり、新しいものが生まれてきたりする。

関根:ホームグラウンドがどこにあるのかが明らかなふたりなので、Hocoriは遊べるところというか。かつ、自分たちがそれぞれやってこなかったことが、ちゃんとここで反映されるようなものを作らないと楽しくないな、というような認識でやっています。なので、お互いによくわからないものを目指してやっているというか(笑)。

桃野:そうだね。

関根:「よくわかんないけど、これはおもしろいんじゃないか?」みたいな(笑)。

桃野:っていうものに引っ張られていくというか。

関根:そういう選択が多かったよね。

すごくいい形で実験できているわけですね。そのわりにはすごく聴きやすくて耳に残る、忘れられない音というか。

関根:キャッチーというか。

6曲が6曲ともシンセのヴァリエーションがあるじゃないですか。さらっと聴こえてけっこうマニアックな作りになっているんじゃないかなと思うんですけど。6曲を組みあげる上で目標にしていた着地点はあったんですか?

桃野:いや、本当に面白がりながら作っていきました。一応の方向性というか、キーワードはありました。ディスコとかエイティーズの感じとかっていう。

関根:ファンキーなものとかね。でも、わざわざ何かに寄せたということはないかもしれないですね。むしろそうならないようにしたかったので、曲によってカラーも違うかもしれないです。

北海道人からみた都市感みたいなものじゃないでしょうか? (関根)

なるほど。そのキーワードの「エイティーズ」だったりとか、たとえば「シティ」みたいなモチーフも感じるんですけど、そのあたりは時代の空気を感じて出てきたものなんでしょうか? もうちょっとちがうところから出てきたもの?

関根:僕らとしては何か目的があって作った、というわけでは全然なくて、これヤバいよね? とか言い合いながら作っているうちに、こうなったというほうが正しいのかもしれないですね。

もし自分で分析するとすれば、それって何ですか? たとえばノスタルジー的なものだったりするんですか?

関根:北海道人からみた都市感みたいなものじゃないでしょうか? 僕らも一応はもう都市生活者なので、ふつうにおもしろいものを作ろうという感覚でその都市感が出てきちゃっている。きっとそういうことなんじゃないかな(笑)。

一十三十一さんが北海道出身ですよね。

関根:そうですね。札幌市ですよね。

ご実家が、すごく「アーバン」なレストランを営まれていたというお話を、立ち会った取材でうかがったんですよ。

桃野:スープカレー・ブームの先駆けですよね!

関根:ぜんぜん会ったことがないんですけどね(笑)。でも同じ北海道人としてグッとくるものがなぜかあるという。

そうそう! ヤシの木か何かが立ってて、それこそ大瀧詠一とか山下達郎みたいな世界が広がっているという。ユーミンとかがかかっていて、「アーバンな」人たちがいる……そういう感覚に近いです?

関根:そうですね……僕らの意識の中に昔からある都市感がパッと出てきた感じ(笑)。。

桃野:北海道のひとって、ある意味でさらに島国というか、隔離されている気がするんですよね。僕、テレビや雑誌からしか文化的なものを吸収できなかったし。

ええー、そんなにですか。『北の国から』とかウソですよね?

桃野:あれは本当ですよ。

関根:僕の地元ですしね(笑)。

そうなんですか(笑)。

桃野:僕も酪農をやっていたのでわかるんですが、草太兄ちゃんがビジネス農業に没頭したりとか、ああいうのって実際にあるんですよ。  話が脱線しましたが、東京の持つシティ感っていうのは、イメージとしてポッとあるんですよ。ここ2~3年でびっくりしたのは、北海道ではっぴいえんどを聴いていたときよりも、東京ではっぴいえんどを聴いたときの方がしみてくるというか。こう、電車の音に混じっていって……。そういう、場所によって生まれてくる音楽があるんだなって思います。北海道だと、Coldplayみたいに音程が長いやつのほうがなんかしっくりくるなと。

ここ2~3年でびっくりしたのは、北海道ではっぴいえんどを聴いていたときよりも、東京ではっぴいえんどを聴いたときの方がしみてくるというか。 (桃野)

関根:松山千春とか。

桃野:本当にそうなんですよね。だからそういう意味では、自然と北海道の音楽を僕は作っていたんじゃないかと思うんですよ。東京で培ってきたものがちゃんと出せる場所なんじゃないかと。

じゃあ、「シティ」とか「アーバン」とか、あるいはエイティーズ・ポップみたいなものにあらためて光が当たっていたことは、あまり意識されてないんですか? ──ただただ周期的なものだとも言えますけども。

関根:僕はもともとシティ・ポップが個人的にすごく好きなので、きっと影響がないわけではないと思うんですけど。ただ、Hocoriについていうと、どっちかというと80年代頭のテクノ・サウンドやシカゴ・ハウスやデトロイトとかの音と掛けあわせてみたいというのがあったので、いまみんなが言っているシティ・ポップとやっていることはちょっと違うのかもしれないです。

まあ、そもそもはっきり定義された言葉じゃないですし、雑に比較するわけじゃないですが……ほとんど「東京インディ」くらいの意味合いで使われていたりもしますもんね。

関根:参照点があれなのかもしれない──僕らの世代にとっては、いまよく言われている「シティ・ポップ」って、わりと既視感があるものだから、ついそこで、僕らはよりおっさん臭いものを求めてしまっているかもしれないですね。

桃野:アーバンやシティ・ポップというよりは、ちょっとトレンディというか。

なるほど、むしろ70でも80でもなくて、ナインティーズなんじゃないですか? トレンディ・ドラマ感(笑)。

桃野:僕はもうトレンディ・ドラマっ子だったので。10歳上の姉の影響とかもあって、全盛期の月9とか木10とかそういうものを見ていて。

いわゆるシティ・ポップというのはもちろんリアタイじゃないですからね。

桃野:そうですね。

そういうときに戻ったシティの原風景というのが、80年代か90年代にあるのかなというところだと思うんですけど。

桃野:たぶんその境目くらいにあるんだと思います。

関根:僕らは80年代前半生まれなので、おそらくバブル時代よりちょっと後ろくらいがシティ感の原点なのかもしれない。

微妙に楽園を知っているというか。

関根:僕らが知っているわけじゃないんだけど、深層心理に組み込まれているというか。

いまフレッシュなひとたちって、最初から楽園が消失していたみたいな世代というか、あとは下るしかないみたいなところをデフォルトにした強かさがあるような気がしますが、われわれはもうちょっと浮ついていますよね?

桃野:どちらかというと気にしていないというか(笑)。

はっぴいえんどとかって、日本人としてのアイデンティティみたいなものを、洋楽という借り物音楽のなかで模索した人びとだと語られますけども。そうした歴史の上に日本語の歌詞の洗練があって、Hocoriにおいても、非常に日本語が機能していますよね。

関根:そうですね。それはいままでの僕たちのキャリアも影響していると思いますが、やっぱりそれをやらなきゃと思っているし、何かに似たようないまっぽい音楽をやってもしようがないので、ポップスのなかにちゃんと落とし込めるような音楽にしたいっていう気持ちはありました。

[[SplitPage]]

『ぷよぷよ』ってゲームあるじゃないですか? (中略)ある程度ざーっと積んで一気に消すっていう方法があって、なんか桃野くんの歌詞はそれをすごく感じるんですよ(笑)。──感覚的に作ったあとにつじつまをあわせることができるんだと思うんだよね。 (関根)

フラットに桃野さんの歌詞ってどう思いますか?

関根:僕は本当にすごいと思います。僕にとっては出どころがわからない作りが多いというか。僕も僕のバンドで歌詞は作るんですけどね。なんというか、桃野くん自身の体の中から生まれてきているんだけど、やたらとバラエティがあるというか。そういう印象がすごくあって。ひとつの絵だけを見て作っているような言葉ではないなと思っていて、それは僕にとっては謎です(笑)。

ひとつ感じるのが、歌いやすい、歌って気持ちいい、みたいなところからことばが発せられている感触がするんですけども。それでいて意味とか景色みたいなものがばらけないのがすごいなと思います。やっぱり歌って気持ちいいものを歌いたいです?

桃野:音の響きの気持ちよさとかで歌詞を書いていくんですけど、やっぱりどうしても日本語って、洋楽のメロディにハマらないなっていつも思っていたんですよ。そういう意味での試行錯誤の結果というか。今回は曲ごとにストーリーというか、ラヴ・ソングにしようとかって風になって。だからなのか、二人称の歌が多いかもしれないですね。

関根:ぜんぜん関係ないんですけど、『ぷよぷよ』ってゲームあるじゃないですか? あれっていろんなやり方があると思うんですけど、ある程度ざーっと積んで一気に消すっていう方法があって、なんか桃野くんの歌詞はそれをすごく感じるんですよ(笑)。

なんか、すごい的確かも。

関根;基本通りの連鎖を組んでいく場合は、一段消してトントントンって消えるようになっているんですけど、桃野くんのHocoriでの歌詞って、どーんっと積んだときに最後にポンってやると、ダダダダダダって消える感じがする。だから一見するとよくわからないことが組み合わさっているんだけど、最後に筋が通ったことになっているっていう(笑)。

たしかに微分しても意味がない歌詞なのかもしれないですよね。かつ英語の節回しで適当に日本語を組み合わせましたというのともちがいますよね。ちゃんと普通に日本語だし、でありながら、のばす音が全部「あ」とか「お」とか歌いやすい母音だったりとかね。そういう意味で自分の身体から発想されているのかなという感じもします。

関根:感覚的に作ったあとにつじつまをあわせることができるんだと思うんだよね。

あるいはただ出しただけなのに、つじつまが合っているんだ。

桃野:それってよくも悪くも染みついたもので、考えてそうしたわけではないというか。

すごく秀逸な比喩をいただきましたね(笑)。よくわかっておられるというか。

関根:僕もそういう歌詞がたまにうまく作れるときがあって、自分でも不思議だなと思っていたところがあって、そこをこのプロジェクトでは感じたので。……と、いまふと思ったんだけどね(笑)。

一言で済むんですよ。「24時間火がついているんだ」って言えば。そうなんだけど、ちょっと回りくどく言うとか、しつこいやつが僕は好きで。 (桃野)

今回は完全にお部屋同士のやりとりで?

関根:ほぼそうですね。

じゃあ、いっしょにレコーディングするみたいなタイミングってぜんぜんなかったんですか? 

関根:歌録りのときは一緒にやって、それだけかもしれないですね。

でも作り方としては、関根さんの場合はそっちの方が慣れていらっしゃったりするんじゃないですか?

関根:それはあるかもしれないですね。やり方を決めていたわけではないんですけど、自然とこうなったというか。一緒に楽器を触ってどうとかって感じではなかったですね。

ギターがめっちゃ入っているやつとかありましたよね。

関根:“Lonely Hearts Club”とかはけっこう入れましたよね。

あれ、ギターをやっているのはどちらなんですか?

関根:僕です。

これ暑苦しいですよね? 歌詞とかも。

関根:「ロンリー・ハーツ」とか言っちゃっているもんね。

なにか、ずっと火をつけているでしょう? 目覚めて火をつけて。働いて火をつけて。

桃野:一言で済むんですよ。「24時間火がついているんだ」って言えば。そうなんだけど、ちょっと回りくどく言うとか、しつこいやつが僕は好きで。

クールなラヴ・ソングじゃなくてそうであるところが好きでしたけど。

桃野:そういうしつこさって僕の感覚でいうとトランスするというか。何回も聴いているうちに気持ちよくなってくるみたいな。

ははは! ミニマルというか、リフレインが歌詞にも多いですよね。

桃野:そういう意味では、試みとしては、サビを繰り返し歌うところとか、ループ感とかは、これまでの僕としてはあんまりやっていなかったことかもしれないですね。

この反復性はどちらかというと、関根さんが持ってきたものなんですね。

関根:そうですね。もうこれはやめてひとつにしようとか。

すごく感じるのは、そういうクールさがありながらも、反復できない一回性みたいなものを求めるような熱さがグッとくるんですよね。それってやっぱり、お互いの性質があってこそ出てきたものなんですかね。

桃野:作っている歌詞は、少なくとも僕のなかではけっこう違う感覚があります。

トーフビーツさんのアルバム『ファースト・アルバム』は、ライヴとかパーティーを録っているていで1曲目がはじまるんですけど、その最後に「音楽最高」ってかけ声が入るんですよ。それって言わなくてもわかってるはずのことなのに、なんか、入れなきゃいけないんです。そこに切実さがあって。それから、いまという時は、いまこの一回だけ、みたいな切なさも。
で、Hocoriの場合、音楽そのものへの礼賛とか言及はないんですけど、愛においては一回しかない何かを求めるしつこさみたいなものも感じる(笑)。

その場その場の面白さっていうのがビデオに染み出ていますよ。 (関根)

せっかくだったら他の曲もおうかがいしましょう。やっぱり頭の“God Vibration”は強烈な曲だなと思うんですけど、ミュージック・ビデオも非常に強烈じゃないですか(笑)。それこそミニマルの極地というか、すごくいいですよね。あのアイディアを作っているのはやっぱり関根さんなんですか?

関根:基本はそうです。あのビデオはSLEEPERS FILMで作りました。もちろん、桃野くんとも話しながらではありましたけど、「踊り撮りだよね」という話になって(笑)。いいのがいいなって思っていて。

やっぱり熱くなりきらないミニマル感みたいなのは関根さんなんだろうなと思うんですけど、対してダンサーさんのフィジカル性たるや。

関根:最高ですね。「こういう踊りをしてください」とか指定はしていないので。

じゃあ、もっとアッパーな感じになるかもしれなかった?

関根:なるかもしれなかった(笑)。

桃野:めっちゃ踊れるひとだったかもしれないし。

彼のセンスも凄かったんですね。

関根:いや、彼のセンスが相当凄くて。

桃野:用意したのは白いワイシャツだけだったもんね。

関根:そうそう(笑)。その場その場の面白さっていうのがビデオに染み出ていますよ。

God Vibration / Hocori

そういうことなんでしょうね。舞台は、ただ駐車場の回る機械だけなわけじゃないですか? 非常にシンプルというか、ストリート感があると言えばあるんですけど、どこでもないような。で、何周かして終わるという、典雅なオルゴールかのようなドリーミーさ。あれには本当に脱帽というか素晴らしいなと思ったんですけど。

桃野:脱帽(笑)。オルゴールはありますね。

ヴィンセント・ムーンって、そういうどこにでもないストリート感ってものがあるのかなって思ったんですけど、関根さんは影響を受けていらっしゃると言われてますね。

関根:ヴィンセント・ムーンというひとはストリートでライヴを撮るひとなので、今回の映像で直接は関係ないとは思うんですけど、その感覚というか、その場で起こる音楽的な喜びとか、そういうものを感じたいっていう態度に僕は感動したんです。だから僕の作るビデオも一貫してそういうようなものを期待しているというか。エディットでなんとかするわけではなくて。

あれって、そのまま一発で?

関根:そうです。

だからちょっと息が切れているんですね。

関根:そうです(笑)。最初はあそこの隣で撮っていたんですよ。それで、こっちは回るからこっちでもやってみようって。

じゃあまさにライヴ感のなかから偶然にして必然的に出てきた。

関根:ある程度はみんなで考えていたけど、その先はよくわからないところを楽しもうっていうような。

そういうところに態度が凝縮されているんじゃないかと思います。

恋愛においても、なんでもそうだと思うんですけど、みんな変態性というのは頭のなかにあると思っていて。 (桃野)

関根さんご自身はブログだったかに、“Alien”が僕ら、ということを説明する上で象徴的なんじゃないかというようなことを書かれていたんですけど、私はこの曲がすごく好きで。ウーリッツァーのリフがすごくいいなっていう。

関根:この曲はまずウーリッツァーのリフができて、それで808の音を組んで、じゃあお願いしますって投げて(笑)。

桃野:そうですね。それでメロを。

あのメロはわりとつけてそのままですか。

関根:そうですね。抜き差しとかもたくさんありつつ。

桃野:僕はパンパンに入れちゃうんですよ。自分でも一息でいけないぞっていうくらい字を詰めちゃうんで。

へぇ。出来上がったものからすると意外ですけど。

関根:そこから間引いていって。ホントに不思議なのは、詰め込まれていた言葉を僕が勝手に間引くんですけど、それでも成り立つんですよ。

桃野:そうそう。

関根:それが本当にすごいんですよ。

桃野:そういう意味ではそうかもしれないです。僕、けっこう歌詞をバーっと書いてますけど、必要なのは一行くらいなんです。そこで説明できるんだけど、その余分なところが楽しいというか。

でも本当に言葉も歌も強いじゃないですか? ヴォーカリゼーションも。それがなかったらある種成立してないものでもあるでしょうし。この曲にはこうことばをつけなきゃ、とかってありました?

桃野:うーん、そうですね。

って言われるとそうでもないんですね。

桃野:基本的に僕のイメージでは、アダルトとかアーバンとか、そういうキーワードのなかで作ろうと思った歌詞だったので、その意味ではちょっとナンパな男というか、キザで普段言わないことばを探しましたね。で、それが究極までいくと、“Alien”──エイリアンなんて日常のなかで絶対に出てこないですよね。だからそういう表現をしようと。

もうひとつ感じたのが、わりと生々しい男女の感触があるなというか。セカイ系と呼ばれるものの後、ちょっと古臭くなってしまった男女観……。「君と僕」って言ったところで、その「君」がほとんど自分の延長でしかなかったりとか、なにかと自己完結して引きこもる感じが主流だったと思うんですよね。そうじゃなくて、もっと未知なところにいる女のひと、異性、そういうものを感じさせる表現って、いまはけっこう珍しいのかなって気がしました。
そこは、このミニアルバムがラヴ・ソングとして成り立っているかなり大きい部分かなと思うんですけど。そういったところのセクシュアリティというか、出てくる異性、恋愛の形、そこはどうですか?

桃野:僕の思う恋愛だったりとか経験だったりとか、そういうものだと思いますよね。

月9感だったりとか。

桃野:ああいう、もともと憧れていた恋愛像とかもあるじゃないですか? 最初は喧嘩しているのにだんだんと惹かれ合っていくみたいな。お互い相手がいるのに、なんか惹かれ合っていく感じとか。もともとトレンディ・ドラマの憧れみたいなものもあるから、いざ自分がそういう年齢になったときに、意外と不条理なものも多かったりとか。あと、生々しいものも多かったりするんで。そこで嘘をつきたくないなというところがあるから、リアルだけどちょっと音楽でしかできないようなトリップをすることは考えましたね。

このミニアルバムで歌われているキャラクターとか特徴があるとすればどういったところでしょう? その辺りは客観的に見ている部分があるのではないかなと思うんですが。

関根:やっぱり妄想的なというか、変態的だよね(笑)。

存在しない彼女とかヴァーチャル・アイドルだったりとか、そういうことじゃないんですか?

桃野:まぁそうですよね。僕のなかでは恋愛においても、なんでもそうだと思うんですけど、みんな変態性というのは頭のなかにあると思っていて。で、そういうのを吐き出す場として音楽があって、そういう恋愛という題材があるなと思いますな。

いまは、すべてが並列になり過ぎていて、何に関しても知識自体がさほど意味がなくなっているし。(中略)何かをやろうと思っても、それがやれるってこともわかっちゃっているのが多少あるので、もうちょっと自然に音楽と付き合えているような気がしますね。 (関根)

あと、若手の中ではちょっと大人でいらっしゃるなというか。そこはおふたりが30代というところもあるのかなって。それは20代と30代の音楽環境の差というか、リスナー能力とかも変わるわけじゃないですか? 昔の音楽好きだった同級生が、大人になったらぜんぜん聴いてないみたいな。20代と30代での音楽環境の変化って何かあったりします?

関根:それは本当に変わってますよね。この10年であらゆることが変わった気がする。

桃野:20代の方が闘争心というか、競っている感じがありますよね。音楽を聴くにしても、他のバンドを聴くにしても「先を越されたのか!?」って勝手に思っちゃったりとか。

関根:あと、当時はまだ信じられる先があったような気がしますね。いまは、すべてが並列になり過ぎていて、何に関しても知識自体がさほど意味がなくなっているし。昔は知っていることとかが優位性に繋がっていたんだけど、いまはべつにそこまで……。知っているやつがどこかにいるってことも知っちゃったし。何かをやろうと思っても、それがやれるってこともわかっちゃっているのが多少あるので、いまはもうちょっと自然に音楽と付き合えているような気がしますね。

それって年齢によるものですか? それともiTunes的なものがひと並びにしてしまった話なのか。

関根:うーん、どうなんだろう。この10年で音楽との付き合い方は過激に変わったんじゃないんですかね。僕自身もやっぱり音楽を昔から買っていたけど、買うとしてもデータが増えてますよね。フィジカルで買うものは自分が好きなものしかなくなった気がします。

アップル・ミュージックを前にすると、音楽が聴くものというよりも参照するものに情報の密度を落としているような気もしてきますよね。そういうなかで、だからこそ、アルバムを作ることの意味が解体されているようにも思います。
このミニアルバムは6曲で完成している感じがするんですけれども、今後は、これをアルバムにしていくんですよね?

関根:完成してほっとしたというか。

旧来の音楽産業的な考え方で言えば、ここから先にアルバムがあるんだろうな。それを一体どうやって作っていくんだろうなっていう疑問があるわけなんですけれども。

関根:音楽はいくらでも作れるんですけどね(笑)。

桃野:そうなんですよね。

曲数が溜まればアルバムはできるってことなんですかね。

桃野:できるし、要はお互いに経験を積めば、曲ってものは作れるときに作れると思うんですよ。だからそういう意味での焦りはあんまりないですね。

関根:自然に楽しんで1曲1曲を作っていった結果なので。むしろ全部シングル的な感覚で作っていったというような。

要はお互いに経験を積めば、曲ってものは作れるときに作れると思うんですよ。だからそういう意味での焦りはあんまりないですね。 (桃野)

だとすると、むしろいまの音楽の状況に合っているんじゃないですか?

関根:そうかもしれないです。いまの状況だからやっていることなのかもしれないですね。

ジャケットの意味もぜんぜんちがいますよね。ブックレットもなくて、曲単位で無限に音が存在していて、そのなかで1曲ずつが存在している意味は、いまだから余計に感じられるというのもある気がするんですよ。そういう意味では理想的にワガママなユニットでもあるかもしれませんね。

桃野:このふたりの間では設定みたいなものはありますけど。でも基本的にはこれが納得いかないものだったら、世に出ていなかったと思いますし。

そうすると音楽産業にとっては寒い時代だけど、音楽にとっては豊かで贅沢な時代なのかもしれないですよね。

桃野:本当にそうだと思います。

ゴミがめっちゃ輝いているときもありますから。プライドのようにがっつりしたものが滑稽に見えるときというか。 (桃野)

ところで、Hocoriっていう名前は何なんですか?

桃野:これは僕が付けたいなと思っていたワードなんです。ダストの「ホコリ」と、プライドの「ホコリ」と、両方の意味が音楽にはあるなって思っていて──自分にとって大事でもそれを聴かないひともいるわけで。かといって、死ぬほど好きなひともいるわけで。そういうことっておもしろいことだと思うんですよね。そんなことで明暗が分かれるわけじゃないけど。それを聴くことで判断するっていうところの面白さもあるし。
あと、最近、「日本の誇り」っていうような言葉も耳によく入ってくるので、僕らが「ホコリ」って付けることによって皮肉っぽく感じられるところもあるかもしれないなと。いろんな角度で捉えられることばだなと思って。

ゴミのように輝くもの、みたいな逆説とか。

桃野:それもありますよね。ゴミがめっちゃ輝いているときもありますから。プライドのようにがっつりしたものが滑稽に見えるときというか。だから、「ホコリ」っていうのは、何でもないことばだけど、なんかみんなが勝手に想像して意味を付けるものかなって。

そこにもスタンスが表れていそうですね。音としてはどっちかといえばリッチな音質を目指されているのかなって思うんですけれど──そういうガラクタみたいなローファイ感というのはいたずらに追求されていませんよね。

関根:ただ、ローファイな取り組み方は大事だと思っているので、きれいにトリートメントしすぎないようにしているというか。とはいえリッチに作りたいと思っているので、贅沢な悩みなんですけどね。そこはすごく意識していて、作り過ぎていないけどローファイでもないみたいな。そういうところはつねにあります。それはどっちかというと僕の好みなのかもしれないですけど。

やっぱりそういう面において関根さんも変態なんだと思いますけどね(笑)。

関根:ふたりの変態(笑)。

桃野:どんなグループだよ(笑)。

ローファイな取り組み方は大事だと思っているので、きれいにトリートメントしすぎないようにしているというか。とはいえリッチに作りたいと思っているので、贅沢な悩みなんですけどね。 (関根)

違いますって(笑)。でも、見えないところで、へんなこだわりみたいなものによってすごく彫刻されてトリートメントされている音なんだろうなということを随所に感じますね。聴けば聴くほど感じられる……何度聴くのにも耐えるような。

関根:そうしたいとはいつも思っているので。説明が多くても過剰になるし、編集が多くても過剰になるので、何度も聴けなくなるなと思って。そこはけっこう大事にしたいところですよね。

ある意味、消費感バリバリじゃないですか。ジャケがネオンだし。でもローファイなものへのリスペクトがあると。アナログは出すんでしたっけ?

桃野:アナログ出しそうですか?

出るものかと(笑)。JET SETさんとかに並んでいそう。

関根:サウンド的にはぜんぜん遜色なく作ってると思うので。クラブでも流れてほしいし。お茶の間でも流れてほしいし。それに耐えられるものなんじゃないかとは思っているんですけど。

ほんとに楽しみですよ、次とか、アルバムも。……といいながら、未来は不確定で、できればできたところで出すと。

桃野:未来は常に自由っていう(笑)。フリーダム。

でも、このミニアルバムは夏に出すっていうような狙いはあったんですか?

桃野:それはちょっとあったね。夏に出したいなとか、「トレンディ」みたいなワードのイメージとかで。

トレンディって言えば、夏もそうですけど、冬のトレンディもありますよ。

桃野:クリスマスとかね。

いまはみんなシラけているから、「クリスマスなんて……」みたいなところがあるじゃないですか。

桃野:そうなんですよ。実際にそうやって冷めた目で言っているひとも、いざやってみると楽しいじゃないですか? そういうのはありますよね。なんか斜に構えてるけど。

では、懐かしいほどわくわくするクリスマスのアルバム、楽しみにしていますね!

AFX──『サイロ』から3作目の正直 - ele-king

 初めてマシンを鳴らしたときのようにあまりにも新鮮な、いや、空っぽな、いや、無邪気な、いや、アシッディな……いや、なんにせよ、こうも空っぽの音楽、ありそうで実はなかなかないぞ。『オーファンド・ディージェイ・セレク 2006 - 2008』は、リチャード・D・ジェイムスの昨年の『サイロ』~「コンピュータ・コントロールド・アコースティック・インストゥルメンツ pt2 EP」に続く、新作である。


AFX
ORPHANED DEEJAY SELEK 2006-2008

Warp/ビート

AcidTechno

Amazon

 というか、13年ぶりにアルバムを出したと思ったら、数ヶ月後にはEP、およそ1年後には新作。何なんだ~この攻めの姿勢は〜と不可解に思う方もいるかもしれないけれど、ワーナーと契約する以前の、『アンビエント・ワークス』やポリゴン・ウィンドウ時代のリチャード・D・ジェイムスはこんな感じだった。本来の彼に戻っただけである。そう、『アンビエント・ワークス』みたいな牧歌的で、郷愁的な作品を出すその傍らで、彼は当時は名義を代えてまったくクーダラナイ、アシッド・ハウスの変異体を出したりしていたのだった。要するに、『オーファンド・ディージェイ・セレク 2006 - 2008』は、クーダラナイ音楽を作り、プロモーションもなにも考えずにとにかく発表してみるという、リチャード・D・ジェイムスのもうひとつの真実を象徴していると言えるだろう。
 『サイロ』を『アンビエント・ワークス』に喩えるなら、新作はAFX名義での作品、あるいはコウスティック・ウィンドウ名義の一連の作品と連なっている。が、『サイロ』がそうであったように、過去の焼き直しではない。サウンドは確実に面白くなっている。リスナーはあらためてエイフェックス・ツインのドライな側面の、底知れぬ魅力に気づかされるだろう。

 それにしてもエイフェックス・ツインについて佐々木渉と話していると時間があっという間に過ぎる。わずかふたりの人間でさえそうなのだから、世界中のAFXファンが、飽きもせずに研究し、調査し、分析し、嬉々と議論し続けるのも無理はない。エイフェックス・ツインは聴いている最中ばかりでなく、その後も、まあとにかく面白いのだ。

AFXって、なんでこうも見事なくらい空っぽなんでしょうね? ──野田

本当に時代背景がバラバラな機材を集めて、「どうすんだろこれ?」っていう(笑)。──佐々木

野田:今回はAFX名義なんですよね。

佐々木:どういう事情なんでしょうね。

野田:ていうかまず、『サイロ』(2014年)からこんなにも連続で出てくるとは(笑)。『ele-king Vol.14』のインタヴューでは年内に出すとは言っていたけど、「あれはいつもの気まぐれだろうな」ぐらいに思っていたら、本当に出した。で、しかもその作品、『コンピュータ・コントロールド・アコースティック・インストゥルメンツ pt2 EP』がまず良かった(笑)。それも驚きでしたね。

佐々木:そうですね。クオリティが高い電子音楽を、一杯聴けて嬉しいですよね!でも、サウンドクラウドに大量にアップロードされた音源とかも含めて、割と溜まってたんだなと。音源が溜まってたというよりは、キッカケがあれば、ぶわーっと出てくるテンションがあったんだなという感じがしますよね。

野田:やっぱり『サイロ』で自信をつけたんでしょうね。

佐々木:それもあるでしょうし、もともと最近の作品の方向性に自信があったんだなっていう(笑)。

野田:リチャード・D・ジェームスみたいな天才でも、時代とズレてきたかも? って不安を抱いたときもあったと思うんですよ。「アナロード」シリーズだって、最後まで付いていったファンって、佐々木さんみたいな本当にコアな人たちでしょう?

佐々木:「アナロード」シリーズを評価していた人たちっていうのが、あんまり見えないとうか。リチャードのイメージそものの原点回帰というか、チルアウトというか……。あの頃って「アナロード」シリーズとかについてメディアとかで語ったりとかではなかったですよね。

野田:当時は『remix』誌でも、「こういうシリーズがはじまりました」と取り上げていたんですけど、5枚くらいから正直疲れたんです(笑)。でもあれは、完走した人たちは、最後が良かったって言うよね。ぼくみたいに途中で下山してしまった人間はダメですね。でも、時代の向きとしては、エイフェックス・ツインに追い風はなかったよ。あの頃、ゼロ年代のなかばでは、90年代の頃のずば抜けた存在感も、だいぶ薄れていたというのは正直あったと思うんですよね。

佐々木:90年代のときの暴れん坊的なエイフェックス・ツインのイメージからすると、「アナロード」は随分地味に見えました。本人も自発的にシーンへの立ち位置みたいなものを変えてきてるんだろうなと。飛び抜けて尖ったことをやろうとして、ああいうものを出したとは絶対に考えられない。むしろ当時だと、エイフェックスがサウンド傾向をソリッド化させて、クラークみたいな方向でもうひと暴れするんじゃないか、という勝手な妄想がありましたね。

野田:クラークが出てきたときは、『…アイ・ケア・ビコーズ・ユー・ドゥ』(1995年)を好きだった人たちの耳をさらったよね。クリス・クラーク名義で出した最初の2枚とかはね。〈リフレックス〉というレーベル自体は『グライム』(2004年)という名のダブステップのコンピレーションを出したりとか、その先見の明は後々すごかったとなるわけですけど、とくに2枚目の『グライム2』(2004年)はすごかったんですけど、エイフェックス・ツイン自身がシーンのなかで突出しているわけではなかったですよね。

佐々木:世界的に拡散したエレクトロニカ/IDMムーヴメントとちょっと距離を置いて、あえて台風の目だった〈ワープ〉を避け、〈リフレックス〉の方から出していたんでしょうかね? エレクトロニカとの距離感が上手かったのは、〈プラネット・ミュー〉とかもそうですけれどね。エレクトロニカの飽和や、いままでのテクノのイメージとは違う流れっていうものを、ある種引き算的に打ち出して、独自に強度を上げて、うまいことコアな方に戻ってきている感じがしますね。ずば抜けた直感みたいなものが本人たちにあるのかなと思ってしまう程度には、コーンウォールの人たちはすごかったんだなと、いまでも思っちゃたりするところはあります(笑)。

野田:『サイロ』まで時間がかかったというのは、名義的なことだったり、他にもいろんな要因があったんでしょうね。とにかく、『サイロ』は勝負作だったと。そして、実際にそれが完成度の高い素晴らしい作品だったし、日本でもウケて、世界でもウケた。で、『サイロ』が日本でウケたってことが、ぼくはさらに素晴らしかったと思うんですよね。
というのも、エイフェックス・ツインの音楽って、本当に意味がないでしょ(笑)。まあ、リチャードには牧歌性とか少年時代への郷愁とか、そういったものを喚起させる曲もあって、もちろんそれは彼の最大の魅力で、『サイロ』にはそれがあったわけですけど、今回のAFX名義の『オーファンド・ディージェイ・セレク 2006-2008』は、ものの見事に空っぽなんですよ(笑)。
この意味のなさってすごくないですか? いまは本当に意味を求められる時代で、何をやるにしても、アイドルにだって意味が必要で、大義がなければいけない。何かのためになるとか、社会的な大義がなければいけないような時代において、ここまで何もない音楽があって良いのかという(笑)。純粋に音楽をただ楽しむっていうね、しかも、この音楽を楽しめる人がたくさんいるってことが、本当に良いですね(笑)。インタヴューでは社会に対して深刻な危機感を抱きながらも、作品でここまでふざけられるリチャードが素晴らしいですね。

佐々木:ぼく、今日こうやって対談させていただくというところで、すごく悩んでしまったのは、リチャード・D・ジェームスの存在感と、音楽の意味とかジャンルとかは関係ないと思ったほうが良いと思いたいんですよね。真偽ともかく……。リチャードの提示している音楽やその存在感と、昨今のエレクトロニック・ミュージックのジャンルだったり歴史だったりが対比されることは、掘り下げれば下げるほど意味がない気がする。
リチャードが『ele-king』のインタヴューで、若手アーティストのガンツだとか、その辺の若手に対して、「彼らは彼らなりにラップトップを使っていろんな音を試していろんなことを学んでいるんじゃないか?」と言っていますが、それこそ、エイフェックス本人が、そうやってずっとやってきたらだと思うんです。「音が出る面白いおもちゃがあったら徹底的にいろいろ試すだろ? ガンツの遊び心はセンス有るよね」みたいな。90年代の終わりにラップトップが入ってきて誰でもエレクトロニカを作れるようになったとき、みんないっせいに音遊びをはじめるようになったというところで、リチャードは「もっと違う音遊び」をするために、ハード機材などを模索し始めていたんだとしたら……すごい割り切り方だなと(笑)。やっぱり思考回路が違うんだろうなというところが……

野田:あまりにも天然っていうか、唯一無二ってこと?

佐々木:リチャードの『サイロ』のときのプレスの出し方、アルバムの内容、パッケージの出し方も含めて、とにかく、「うわー」っとなっちゃったというか……。「ちゃんと機材を吟味して、テクノロジーごとの特性や、個性の組み合わせを考えて、テクノを作ったら、こんなにすごいのができるんだ」以外の感想が僕にはなっかたんですよ。

野田:もちろんぼくも最初はそう思いましたね。

佐々木:だから何て言うんですかね……。音に、リチャードの音楽探求の成果があったんです。逆に、自分は頭では考えすぎて誤解をちょっとしていたな、と。音楽は変顔じゃない…という、パブリック・イメージのリチャードの意味のなさを、またリチャードが示してくれたというか(笑)。

[[SplitPage]]

機材の名前が曲というか。1曲のタイトルのなかに下手をしたらふたつくらい機材の名前が入っているんですが(笑)。──佐々木

ついに出ましたね、佐々木渉の機材話(笑)! ──野田

野田:『サイロ』のすごいところはあの完成度の高さなんですけど、では『サイロ』というタイトルにはどんな意味があるのかというと、人生を読み解くような意味はない。ラヴだとかハッピーだとか、なにかそういったメッセージもない。でも、音楽に叙情性があったから、リスナーの内面に喚起させるものはあったと思うんですね。しかし、今回の『オーファンド・ディージェイ・セレク』は、そういうものがない。エイフェックス・ツインらしさがひとつ極まったというか……

佐々木:少なくとも、機材と音響周りの独自のロジックを極めていたというか。他にない方向にいっていたので。

野田:去年のドミューンでの佐々木さんの『サイロ』の解説がほんと面白かったんですよね。使われた機材のなかでトピックとなりえるものをひとつひとつ説明してくれたんですけど、あれは聞いててとてもタメになりました。

佐々木:ぼくは機材の収集家ではなくて……仕事柄、様々なハード機材をサンプリングしたシンセサイザー・ライブラリのマーケティングをしていた経験だけですが、リチャードの機材のラインナップが、異様だったんですよね。とくに、使い難くてマイナーな初期デジタルシンセやサンプラーの比率が多かった。
どうしてもエレクトロニカとの対比になってしまいますが、大きな流れとして、池田亮司さんとかカールステン・ニコライとか、シンプルで純粋な音波があって、それで構成された音楽がアートであるとかデザインに近いものであるっていうアプローチがあったと思います。2000年代以降の純粋で音が良いイメージって、ああいうクリーンでコンセプチュアルな方面にも引っ張られていたと思うんですよ。『サイロ』の音の良さってそういうものに真っ向から対峙するものだったといいますか(笑)。いわゆる純粋できれいな音じゃなくて、初期デジタル機材の音信号を制御しきれていない故のノイズ、ダーティなアナログ感、ひとつひとつ違う回路を通ったエレクトロニクス・サウンドの絡み合いだったり、質感のもつれ合いだったりを、自分は全部を把握していて絵の具のパレットのように使い分けられるんだよねっていうアピールそのもので、そういう方向を極めているアーティストって他に全く思い当たらないんですよね。
昔の現代音楽の人であれ、エレクトロニクスのインプロヴァイザーであれ、ひとつの機材を掘り下げることや、ある特定の範囲で決められたセットアップを極める傾向がありますが、リチャードはひとつの脳みそや部屋に収まりきらないぐらいのいろいろな機材にそれぞれ思い入れを持って、それを繋ぎ合わせて使おうしていますよね。それにはものすごい時間と労力と頭の切り替えが必要で、それがものすごく好きじゃないとできないことなんですよ。一番はっきりわかるのが、リチャード・D・ジェームスの集中力だったりとか機械に対する特別な思いだったりとかの度が過ぎていて、尋常じゃない執念とか精神があるんだなと(笑)。

野田:なんだろうね。機材が自分の神経系と繋がってるんですかね(笑)。

佐々木:「自分の音響テクノロジーへの執着と経験自体が一番SF的だったんだよね~」って言いはじめちゃってるんだなという感がします。

野田:初音ミクってメタ・ミュージック的なものかもしれないけど、リチャードは古典的な送り手なわけですよね。テクノ・ミュージックって、多かれ少なかれテクノロジーによって規定されるものですけど、リチャードは、それを越えているということですか?

佐々木:えーと……。初音ミクもリチャードも超変態ですよね、イメージも、認識のレベルで特異な存在。でもリチャードの思考回路は彼のなかで閉じてるわけだから、唯一性が凄い。

野田:とにかくあの人の機材の選び方が、いわゆる古今東西とか常識的なベッドルーム・ミュージックからは並外れているというか、境界がないじゃないですか? とりあえず電流を流して、音が出るものであれば全て使うでしょう? 

佐々木:エピソードでいくつか言うと、昔のインタヴューで取材中の空調の音が気に入ったらしくて、これを録音してシンセの音として使いたいと言っていたりするんですけど、たぶんそれを読んだときに、パフォーマンスかと思ったのですが、いま思うと、境目がないんでしょうね。気になった音や気に入った音は、全部、気になる体質みたいな。

野田:ジョン・ケージっぽいというか。

佐々木:ジョン・ケージというよりは、良い音だからそこに耳がいっちゃうっていう意識のレベルというか。もっと変な……楽音と環境音、電子音を区別しない意識みたいな。

野田:コンセプトを言っているわけではなくて、本当に音が良いと言っていると。

佐々木:そうですね。リチャードの自作シンセの話だったり、同郷のスクエアプッシャーだったりもアリの足音をサンプリングしようとしたとか逸話がありましたけど、既存の枠組みと違うことを音響的に意識したり解釈することを是としている。日本だと竹村延和さんだとかが音の意味そのものを考えるって方向にいきましたよね。それもけっこうコンセプト的な方向にひっぱられちゃうわけですけど、リチャードは最後の最後まで音にしか引っ張られていない感じがします。音以外のことを気にしていたら、こんな音の積み上げ方はできないだろうなというか。
機材リストにしてみても、あれをシンセサイザー好きに見せても「なんじゃこりゃ?」って言うようなリストなんですよね。いわゆる名器の割合は多くなくて、不均衡な状態を保つかのように、時代の狭間に置き去りにされたものや、置き去りにされそうなものが多くを締めているんですよ。「なに基準でこれを選んだの?」っていうのが2、3割ぐらいあって(笑)。

野田:エレクトリックギターで有名なフェンダー社のアナログシンセとかすごかったもんね。あと軍事用途のテープレコーダーとかね。

佐々木:本当に時代背景がバラバラな機材を集めてこういう風にリストしちゃう人がいるんだなっていう感じが強かったですよね。「どうすんだろこれ?」っていう(笑)。

野田:使い終わったあとね(笑)。

佐々木:使い終わったあとというか、まとめられてる気がしない。エンジニアの視点だったらエンジニア視点で……やっぱり、こういうラインナップはレア過ぎるなと。

野田:やっぱりイギリス人気質みたいなものを感じませんか? 自己パロディのセンスも含めて。

佐々木:アメリカじゃないですよね。

野田:ベーシック・チャンネルのアプローチともぜんぜん違うし。

佐々木:比較もできないんじゃないかと。

野田:まあ、昔のアナログ機材やモジュラー・シンセに行く人はけっこういて、もっとマニアだとクセナキスやシュトックハウゼンが使っていたような機材を使おうとする人もいるんですけど、リチャードの場合は、機材の選択においては、あまりにも脈絡がないわけでしょう?

佐々木:わざわざ操作が面倒くさいのを選んでるのが多いし、TX16WとかASR10とかOSを書き換えられるサンプラーも多いし、最新の機材も微妙に含んでいて、どこまでカスタムかどうかはみんなわからない。このリストはポップな感じがなくて面倒くさい(苦笑)。昔のインタヴューとはまた違う意味で本当かどうかがわからないものを今回提示してきていますね。

野田:たとえばいまグライムで売れているプロデューサーのマムダンスっているでしょ。彼が『FACT MAG』の取材で自分のベッドルーム・スタジオを見せていたんですが、絵に描いたようなイクイップメントでね、909やアナログシンセがあり、サンプラーがあり、PCがあり、しっかりしたミキサーがあるんです。とても綺麗に並んでいてね、機材好きが真っ当に憧れている機材ががっつり揃っているわけですよ。リチャードは、そういう感性とは全然違っているわけですよね。

佐々木:リチャードの機材リストであるとか、音に対するアプローチっていうのは、たぶんリチャードしかやらないだろうから、ジャンル的な広がりも横の広がりもできないだろうから、これはもうリチャードでいいんじゃないかなという気になってしまうところはありますね。本当にリチャードが唯一無二の感じといいますか。たとえばジャズのジャンルですが、〈ECM〉的な独自のサウンド・カラーがはっきり主張し過ぎていて、あるジャンルに属しながら孤立する感じというか……、そういうものとしてリチャードが出てきちゃったというか。安心して今後死ぬまでリチャードの作品を聴ける感じがするというか、またPCとかシンプルな機材に戻るっていうのもあるのかもしれないですけど。

野田:『オーファンド・ディージェイ・セレク』は、アシッド・ハウスですよね。これを聴いて、AFX流のアシッド・ハウスの最新版だとぼくは思った。リチャード・D・ジェイムスには、牧歌的な顔ともうひとつの顔があって、それはコースティック・ウィンドウ名義で見せていた、大のアシッド好きの顔でね……ちょっと話逸れちゃうけど、石野卓球もアシッド・ハウスが好きでしょ。意味のないことをやり続けているという観点で言えば、電気グルーヴとエフェックス・ツインって似ているよね。ただ、エイフェックスは、さっきも言ったけど、ものすごくイギリス的、ひねくれ方がイギリス的だよ。イギリス人的なアシッド・ハウス解釈のものすごく極端なカタチっていうかね。

佐々木:アシッド・ハウスというか、アシッド感そのものへのフォーカスというか……。よくこんなに粘着質な音楽を作れるよなくらいにグニョグニョしていて。機材リストを見た割と多くの人が「303を使ってないんだ」って言っていたんです(笑)。303の神話から脱却しながら、アシッドなことを求めていく流れは有ると思いますが、ぞれをこの人はずっとやっていたんだなっていう(笑)。

野田:初期の頃、303と606だけで作っている盤もあるけど、そういうすごくフェティッシュ的なところもあったとは思うのね。でも、やっぱりシカゴのアシッド・ハウスのとことんDIYであるがゆえのくだらなさ、あの爆発力をいかに継承するのかってことですよね。あの感じを継承するってけっこう難しいと思うんですよ。一発芸で終わってしまいかねない。
あとアシッド・ハウスって、たとえば“アシッド・サンダー”とか“アシッド・オーヴァー”とか、アシッド何とかとか、多くの曲にとって曲名なんかどうでもいいんですよね。少なくとも“ストリングス・オブ・ライフ”と名付けるのとは違う情熱なわけですよ。
同じように、リチャード・D・ジェームスにとっても曲名なんかはどうでもいい。たとえばAFX名義の最初の「アナログ・バブルバス Vol.3」(1993年)の曲名は、全部数字です。しかも6桁以上の数字なんで、覚えられるわけないっていう(笑)。その次の「アナログ・バブルバス Vol.4」(1994年)にいたっては曲名がないんだけど、佐々木さんはリアル・タイムで聴いていたから知っているだろうけど、声が入る曲があるじゃないですか?

佐々木:ええ。あの象の鳴き声が入るものとか。

野田:あの曲は日本のフロアでもヒットしたよね。あの曲がかかるとみんな笑うっていう。曲名がなくても曲がヒットするって、すごいよね。それって、音そものものでしかないんだから。『オーファンド・ディージェイ・セレク』は、間口の広かった『サイロ』を自分で解体しているっていうか、なんかそんな感じがします。

佐々木:解体というのはどういう方向の解体ですか?

野田:さっぱりわからんない(笑)。とにかく、『サイロ』のようなアプローチではないよね。『サイロ』と同じように、この音楽に感情移入できる人もそういないと思うし、でも、実はこの新作こそがリチャードのもうひとつの本質ってことですよ。だから、『オーファンド・ディージェイ・セレク』を好きな人は本当にエイフェックス・ツインの音楽が好きな人だと思う。

佐々木:このタイトルにある「2006 - 2008」っていうのは、一応『サイロ』よりも前に作っていた暗示なんですよね。だからこの頃には骨組みは完成していたんだよねっていう意図はわかるんですけど、それにしても4曲目の“ボーナスEMTビーツ”とか、シンセの音は最後の40秒でちょろっと入るだけなんですよね(笑)。あとは全部ドラムマシンが鳴っているだけっていう(笑)。ぎりぎりの線で、トレンドを振り払って、ただドラムマシンを鳴らしてますみたいな印象なんだけど、音はとんでもないみたいな。凄い自己アピールだなと思います。

野田:この『ディージェイ・セレク(DEEJAY SELEK)』っていうタイトルのいい加減さも良いよね。「セレクテッド」じゃなくてね(笑)。もうそのあとの言葉すら、めんどくさいんでしょうね。

佐々木:はははは。シンプルなものばかりを集めたってことですよね。なんでそれをいまになって(笑)。

野田:でも、この「2006 - 2008」っていうのは意外と真実かもよ。基本的には誠実な人だとは思うし。ハッタリをかますようなタイプではないと思うんです。ジャーナリストに対して若気の至りで言ってきた部分もあるんですけど。

佐々木:まあ、インタヴューの前後に『アンビエント・ワークス・vol 2』やポリゴン・ウィンドウみたいな音楽を作っていたら、変な言葉も吐きますよね(笑)。

野田:インタヴューとかめんどくさかったと思うんですよ。でもだからと言って悪意がある感じではなかったので。

佐々木:若干分裂気味だったり、思考が一度途切れて持ち直しているんだろうなみたいな瞬間はインタヴューを見ていても思いました。

野田:まあ、『アンビエント・ワークス・vol 2』のときの「夢を見ながら作った」というのは「本当かよ?」と思いましたけどね。でも本当なんじゃないかと思えてくるところが彼のすごいところですよね。そういう意味でいうと、「2006 - 2008」というのはそうなんだろうなとは思うんですけど。

佐々木:僕もそれは同感です。最近になってシリアスに本当だと思えてきてます。

野田:で、〈ワープ〉的には、いきなりこれを出すわけにはいなかっただろうし。「リチャード、これはさすがに……」ってね(笑)。やっぱ、『サイロ』が成功したから出せたと思うし。

佐々木:『サイロ』があって『コンピュータ・コントロールド・アコースティック・インストゥルメンツ Pt.2』があって、本作。リチャードがすることが分裂したようで、作家性への信用が固まっていく感じ。作風が違うようでリチャードでしかない感じは、本人の調子の良さの現れだろうっていう(笑)。彼が、溜め込んできたものまでサウンドクラウドでも垣間見られて、いろいろと選択肢があったなかで、次はこれか、『ディージェイ・セレク』かっていう(笑)。気持ち良い裏切り感。でも『サイロ』と同じで、やっぱり機材の名前が曲というか。1曲のタイトルのなかの下手をしたらふたつくらい機材の名前が入っているんですが(笑)。

野田:出ましたね、佐々木渉の機材話が(笑)! それを聞きたかったんです。

佐々木:最初の曲の“セージ”ってモジュラーシンセと2曲目にある“DMX”のリズムマシンは有名ですよね。3曲目の”オーバーハイム”も“ブラケット”もシンセメーカーの名前です。次の“EMT”もエフェクターの名前ですし、 “ミディ”も規格名、“SDS3”はドラムマシンの名前です。で、最後はローランドの“R8M”とかドラム音源の名前で締めると。「シンプルな機材で遊んだんだよね」って言っているみたいです(笑)。それで音数少な目にまとまっていて勢いがある。
ビートのパターン自体は結構、誰でも鳴らせられるものなんですよね。でも、勢いとか音の粘りだとか、粒立ちの立体感だとか、やっぱり聴いたこともないものになっている。誰でもやれそうで出来ない感じ。リチャードのファンって音楽を作ったことがある人や機材に興味がある人が多いと思うんです。『サイロ』は割と色んな機材を使っているんだけど、音源という意味で「実はドラムマシン一台で俺はここまでいけるんだぜ? すごいだろ」みたいな。
最近ネットで流行っているゲーム実況という、ゲームをやっているところを録画して、それを視聴者が見るってやつがありますけど、これはリチャードなりの作業風景が見える、テクノ実況というか。
ドラムマシンを立ち上げます、3分で打ち込んでスタート・ボタンを押して、テンポをいじって、形ができたらいきなり5分くらいでいろんな機材のバランスをとって、パッと作って、「はいっできました。でも、この機材の組み合わせだとか勢いって俺にしか作れないでしょう?」ってというのを感じる。職人的というか(笑)。そういうテクノロジーを応用しているリチャード自身の凄みを少なからず感じるところがあって。最後のR8Mみたいな機材を使ってこういうビートを作るって、いまこういうことをやる人っていないですからね。最初期のオウテカとかが使ってたような機材ですけど、これをいま使うんだ、リチャードっていう(笑)。

野田:機材がわからない人に解説すると、たとえばどういうものになるんですか?

佐々木:ヴィンテージでもなければレトロでもない。いまその辺のリサイクルショップに行けば、これが数千円以下とかで売っていてもおかしくないんですよね(※オークションの動作確認品でも2500円から1万円前後ぐらいの落札価格)。そういう機材が主役としてピックアップされる不思議、これがすごい評価されている機材ばっかり並んでいたら、ああ、そうだね。すごいね。で終わるんですけど。この機材の今、誰も着目しないポテンシャルを、質感くわえて歪ませて、こうやって引き出すのか……というのが凄い。

野田:そうなると、意味がないと言ったけど、別の意味が見えてきますね(笑)。

佐々木:テクノロジーとの関わり方だったりとか。

野田:それは何なんですかね。ざっくり言ってしまえば機材に対する批評性みたいなものというか、そういう捉え方もできるのかな。それはあると思いますか?

佐々木:ちょっとリチャードのことを考えると頭が痛くなっちゃって、日本語がうまくなくて申し訳ないんですけど(笑)。たぶん世のなかの人は次のタイミングに使う機械ってキューベースとか、FLスタジオとか、エイブルトン・ライブとか、もしくはエレクトロンのハードウェアだったりとか、ヒップホップのプロデューサーで昔はMPC3000やSP-1200を使っていた人がiPadだけで曲を作っていたりする時代に、リチャードが曲作りにコミットするときに使う機材というのが、時代性も存在意義もすごくランダムなもので、いまラックマウント型のR8Mと、最新の機材のMProsser、APIのハードウェアエフェクターとパソコンのレコーダーを繋げられるという状況が、世のなかにはあんまりないはずなんですよ。その接続の妙を楽しんでいる感じといいますか。
スクエアプッシャーとかもインタヴューで、テクノロジーとの関わり方について発言が激しいですけれど、リチャードは行為の規模が激しいなという感じがすごいして、さすが親分みたいな(笑)。むかしのリチャードの作品を聴いても、そういう楽しそうにいろんなテクノロジーと戯れて楽しそうみたいな。

野田:それはむちゃくちゃあった。初期の頃は雑誌にベッドルームの写真が載っていたりしたけど、部屋が機材とシールドだらけで、自分で作ったエフェクターととかね。本当に機材が好きなんでしょうね。

佐々木:機材が好きというよりも、機材同士を繋げるのが好きなのかもしれないですね。

野田:なるほどね。

佐々木:普通の人は機材が好きで、808が好きな人は808の素の音の質感や揺らぎが好きだから、それをどういう風に生かすかを考えるんですけど、リチャードはいろんな機材を繋げて、で、また繋げて、歪ませて、サンプリングして、同時に走らせて、混ぜて変な音が出たら喜ぶみたいな(笑)。そういう処理するルーティンに遊びがある故の偶然性というかなんというか。

野田:いいですねー(笑)。

佐々木:スマートフォンなどによってテクノロジーの存在が日常的でハードとしての挙動が画一的なものになっていて、古いテクノロジーは新しいフレーム内に置き換えられていく。逆に、古いテクノロジーの応用の可能性が広がるにつれて、リチャードがどんどん自由になっているというか。いろんな時代背景の異なる機械を組み合わせる価値とか意味とかがリチャードには見えているというか。異なる年代のテクノロジーの組み合わせで、独自の世界観を作るというのはロマンティックですよね。機材のなかで、ヴィンテージらしいシンセは少ないのですが、音の質感を作る、プリアンプなどはビンテージものが多くて、心地よい歪に歪みに覆われているのもそのせいも大きいと思います。こういう様々な機材を個人スタジオでレイヤーしていく感じは、新しい。いまは、ハードの質感はUAD社とかのPCのシミュレーションもので済ませる人が多いなかで、なかなか、追いつけないサウンドだと思いますね

野田:なるほど。しかも『サイロ』みたいな金字塔を作っておいて、新しいのがいきなりコレかよみたいな。ロックやジャズじゃこんなことできないでしょうね。どこまで自由なのかという。

佐々木:自由というより、むき出しでスカスカ。音はなんだかんだでチューニングされていて、とくに音の粒がユニークに飽和させられて、歪んでいる方向性があって、〈モダン・ラヴ〉とか日本でいえばフードマンとか、あの辺のある種、新しい感覚で歪んでいてインダストリアルでみたいなものを、エイフェックス・ツイン流に昇華している感じが『サイロ』とこのアルバムからは感じるところがあるんですよ。

[[SplitPage]]

これはいわばリチャードのもうひとつの本質、アシッド・ハウスへの偏愛の具現化ですね。 ──野田

ヴィンテージでもなければレトロでもない。その辺のリサイクルショップに行けば数千円以下で売っていてもおかしくない機材が曲の主役なんです。──佐々木

野田:インダストリアルは、エイフェックス・ツインの真逆だよね。いまの社会は暗いからそれを反映した暗い音楽を作らなければいけないみたいな。だから自分たちのやっていることには価値があると。エイフェックス・ツインはそういった意味づけすべてを放棄するものであって(笑)。でも、佐々木さんの言っているリチャードのインダストリアルぽさって、音の歪みというところだよね? “クォース”みたいな曲に象徴されるような。“ヴェントリン”(1995年)も、インダストリアル調だったもんね。

佐々木:あの頃はストレートに歪みすぎてる感じがありますが、いまのは“エクスタル”のある種ピュアだった方向性で、かつ音の厚みが増して、周波数的にも上下に情報量が増えた感じ。音のクオリティっていうところで、歪に定評のある、アンディ・スットトやハドソン・モホークと比べて「エイフェックスも全く負けていない」っていうか。リチャードは最新の音楽はほとんど聴いていると言ってましたよね? だから意識的にやっているのかもしれませんね。グライム以降の歪み感だとかうねり感だとか。シリアスなアンビエント感みたいなものを内包していてかつエイフェックス・ツイン流に自由にっていう(笑)。

野田:今回の『ディージェイ・セレク』は、「2006 - 2008」を信じるのでであれば、インダストリアルが流行る前だよね?

佐々木:その頃には彼のなかでのかっこいい歪んだっぽい音ができていたんですかね。その可能性は大いにありうるなと。ルーク(・ヴァイバート)のリミックスを名前を伏せてやっているみたいなところも要素としてあるんですけど、試していたんでしょうね。すごいのが’できたから、ライヴでちらっとみんなに聴いてもらってその反応を見てみたりだとか、ネットで名義を変えて出してみたりっていうテストを経て、「これはいけるぞ」というところで『サイロ』でガシッとしたものを出した。さらに今回はスカスカにして「骨組みだけでもカッコいいでしょう?」みたいなものをと。自分の都合のいい妄想的な捉え方ですけど、事情がどうであれ「かっこいいな」っていう(笑)。

野田:本当にスカスカだよね。ロンドンで見たリチャードのDJがまさに今回の『ディージェイ・セレク』のような曲ばかりかけていたけど、客がまったくいなかったね(笑)。しかも隣のメインルームでロラン・ガルニエがやっていたら、普通ガルニエに行くよね(笑)。

佐々木:音楽的に人間っぽくないですよね(笑)。

野田:独特としか言いようがない。骨組みだけのアシッド・ハウス……それをリチャード・D・ジェームスはまだまだ好きなんですよ。今回のデザインは、1989年頃の、初期の〈ブリープ〉時代の〈ワープ〉のロゴをモチーフにしているんだけど、これも深読みするとアシッド・ハウス時代へのオマージュとも受け取れなくもない。実際に“アシッド・テスト”って曲もあるし。

佐々木:思いっきり言っちゃってますよね。

野田:リチャード・D・ジェームスの存在っていうのは、つくづく別格なんだなと思うけど、まあ、しかしふざけ過ぎじゃないですか?

佐々木:純粋ではあると思うんですよね。テクノである以前に、マシン・ミュージックというか、シーケンシャル・ミュージックというか。音の流行がリバイバルを重ねたことで、テクノもエレクトロニカも気にしなくても、こういう機械の音でシンプルにできている作品が出てくる余地が出来たのは良かった。いきなりこれにぶち当たった人は刺激的に「何これ?」と感じると思うんですよね。

野田:『ディージェイ・セレク』は、しかし、いまこんな時代だからこそ聴くと最高ですよ。本当に、こういう空っぽの音楽を作れる人はすごい。

佐々木:そうですね。でも、何かが引っかかるとは思うんですよ。

野田:結果論というか、当たり前だけど、この順番のリリースでよかったですね。最初が『サイロ』、続いて「コンピュータ・コントロールド・アコースティック・インストゥルメンツpt2 EP」が来て、で、今回の『ディージェイ・セレク』という順番で。

佐々木:いきなりこれだったらびっくりというかね。

野田:誰も聴かなかったかもしれないよ(笑)。でも、『サイロ』はどのメディアも好意的だった。しかし、その次の「コンピュータ・コントロールド~」から評価が分かれていくところもエイフェックス・ツインらしくて良いですね。

佐々木:今回はライナーを書いたので、そこでちらっと触れたんですけど、そのメディアの「好き」や「評価」のポイントが全部ズレているんですよ(笑)。それも面白かったですね。

野田:ぼくと佐々木さんが、同じ好きでもこれだけ違うもん(笑)。佐々木さんはいま35歳で、リチャードがデビューしたのが91年とかだから、当時は10歳くらい?

佐々木:ぼくは『テクノ専門学校 Vol.2』(1994年)に入っていたエイフェックス・ツインの“デジリドゥ”からで、聴いてすぐにポリゴン・ウィンドウを買いました。

野田:じゃあ、中学生くらいのときだ。

佐々木:そうですね。

野田:やっぱりショックでした?

佐々木:ショックでしたね。“デジリドゥ”は、めっちゃアシッドじゃないですか(笑)。「アシッドとかテクノってシンセのグチョグチョした音の全開のはずなのに、アボリジニの民族楽器由来ってどういうこと?」みたいな。

野田:こんなものが世界で聴かれて、これから世のなかはどうなっちまうんだろう? ぐらいな衝撃ですよね(笑)。

佐々木:それこそ本当に電気グルーヴがいて、みんな電気のことは好きでしたが、そこからテクノも掘っていけばいくほど、よくわからないアンビエントやインダストリアルみたいなものが出てきた。“デジリドゥ”は民族楽器を使っている曲として意識して聴いていて、このオーガニックなのかアシッドなのかわからないサイケデリックなものは何だろうと思っていたんです。そしたら、ソニー・テクノのシリーズでエスニックなベドウィン・アセントが入っていて、ああいうものまで聴いちゃったときに、テクノとかエレクトロ・ミュージックと言うよりも、やっぱり自分のイメージの向こう側に怖い世界が待ているんだなぁというか(笑)。

野田:アナログ盤を買いはじめたのはいつなんですか?

佐々木:その2、3年後くらいですね。最初はソース・ダイレクトでしたね(笑)。

野田:懐かしいね(笑)。

佐々木:学校が終わったら札幌のシスコに自転車で行ってました(笑)。タワーに通って視聴期のコーナーにかじりついたりとか、そういう時代もありましたね。実際にすごい時期だったような気がしますけどね。レコード屋の風景が変わっていく感じというか、1週間毎にプッシュされるものが変わって、サイケデリックなものからフロア向けなものまで、ぶわーっと壁を覆い尽くしていて。
ウータンみたなドロドロしたヒップホップから、ピート・ナムルックの気持ち悪い3DCGジャケットまでぐちゃぐちゃにあるなかで、リチャードの笑顔が並んでいたときの衝撃はたしかにこの目で見ていたので、世のなかはどうなっちゃうんだろう? とは思いました。これを全部信じちゃいけないとも思いましたね(笑)。テクノとかじゃなくて、自分の生きている状況をリアルに信じちゃいけないんだと。海の向こうのこれが普通ならどうしようと(笑)。

野田:テクノというタームでひと括りにされるけど、エイフェックス・ツインはクラフトワークやYMOといったテクノの王道とは断絶がありますよね。それは、繰り返しにしなるけど、アシッド・ハウスってことだと思うんだけど。今日、佐々木さんが教えてくれたように、機材へのアプローチの仕方にもそれは表れていると思う。リチャード本人は、もちろんクラフトワークもYMOも通っているんだろうけど、LFOのような影響のされ方はしていない。『アンビエント・ワークス』のアンビエントという言葉で、ようやく過去のエレクトロニック・ミュージックと繋がった感じはあったけど。

佐々木:自分のなかでは『セレクテッド・アンビエント・ワークス 85-92』を聴き過ぎたんですよ(笑)。なんの音楽知識もなかった頃にあれをループ再生していた自分っていま考えると怖いなって(笑)。

野田:明らかに、次世代の感性を解放したよね。その功績はすごく大きいですよ。不格好の自作の機材も、機材という名のブランド志向からの解放だったとも言えるわけだし。でも、たとえば、エイフェックスとオウテカって、似ているようで全然違うよね。オウテカは、すごく批評的に機材を選択するよね。ソフトウェアで作って、みんながそれをやりはじめるとアナログに戻ってっていう感じで。

佐々木:オウテカはいまのエイフェックス・ツインがどう見えるでしょうね? エイフェックス・ツインもPCだけで音楽を作るのが簡単過ぎると言ってましたが、オウテカは批評性が強いですよね。昔、ファンクストロングの制作システムを批判していたのとか思い出します。

野田:スクエアプッシャーの『ダモジェン・フューリーズ』は、誰もが同じ機材でつまらないから、自分でソフトウェアを作ったという作品だったけど、それも批評性だよね。

佐々木:リチャードの場合は、楽しく機材をいじりたいし、それで興奮をしたいというところがすごく強いというか。

野田:変態ですね。

佐々木:でも、インターネットで世の中がこれだけパロディ化というか、デフォルメ化された情報が飛び交っているなかで、ここまで精神性の通った意味のないパロディというか………。変わっていない感じしてすごい安心感があるんです。だからCD買っちゃうんですよね(笑)。

野田:佐々木さんは、タス(2007年)が最高だって言っていたくらいだからなぁ。タスこそ世間的にリチャードが難しかった時期ですよね。そろそろ話を締めたいんですけど、さっきの機材の話で、「R8Mなんてみんなは使わないよ」って話が面白かったので、他にも「この機材は!」というものがあったらぜひ教えて下さい。

佐々木:4曲目の“ボーナスEMTビーツ という、ドラムだけの曲なんですけど(笑)、タイトルの真んなかにある“EMT”って鉄板なんですよね。この会議室がいっぱいになるくらいの大きさの鉄板のリヴァーブなんです。鉄が音を反射して、その音が入っているっていう(笑)。

野田:電流を流すものではないんですね(笑)。

佐々木:電源入りますけどね(笑)。スプリング・リヴァーブの鉄板みたいなものですね。プレート・リヴァーブと呼ばれるものの実物を持っているようで、それをこれだけシンプルな曲のなかでこうやって主役のように使うという(笑)。しかも曲名のなかの“EMT”っに下線が入っているから、それを強調しているんだなと(笑)。しかも曲名が“ボーナスEMTビーツ”とあるように、ボーナスのビーツということになりますね(笑)。

野田:それを家のどこに置いておくんだろうな。

佐々木:きっと家が広いんでしょうね。しかも、いまはソフトでそれが再現できるので、わざわざそれをリアルで持っているということは、実際の機材とコンピュータが違うということなのか、あるいは「持っている俺、すてき」というか(笑)。それはわからないですね。

野田:こうして話していると、話が尽きないんですけど、ますますリチャードっていったい何なのかがわからなくなってきますよね(笑)。ただ、リチャードの機材に対する執着心というか偏愛というかね、並々ならないものがあるわけですけど、それはiPad一台で作ってしまうような現代のトレンドには思いっきり逆らっていますよね。少なくとも、便利さのほうにはいかないでしょ。

佐々木:関わり方が違いますね。リチャードは、操作が直感的かどうかもあんまり気にしてないのかもしれない。

野田:ぼくはPC一台で音楽を作っても、iPad一台で作っても、ぜんぜん良いと思うんです。機材が必ずしも音楽を決定しない、音楽の価値は機材によって決まらないという立場にぼくはいるんですね。でも、今日の佐々木さんの話を聞いていると、リチャードみたいな機材のアプローチの仕方っていうのは、ある意味では音楽の価値に明らかに影響してくるんだなとは思いました。機材の選択というのは……、よく取材で、アナログシンセは音が良いっていうのがあって、けっこうそれを言う人は多いんですけど、リチャードの発想力は、そんなものではないと。

佐々木:リチャードがテクノロジーを制御している感じがすればイイというか、リチャードが作ったフレーズだったり、リチャードが付けた曲名、選んだテクノロジーがあったりするんですが、何を使ったって良い曲は作れると思うんです。でもそこにさらに彫り込みを入れていっているような感じで痕跡が良い。デジタル配信とかプレイリストって、逆に言うとちょっとしたことで消えちゃうというか。消えちゃったら忘れちゃったりするわけじゃないですか? そうすると自分に何も残らない感じっていうのがありますよね。リチャードの場合はあの顔は忘れられないし、音楽へのアプローチも手あかだらけというか、リチャードが籠めたものというのが、音源も機械もスタンスも発言も全部が消えそうにないものだなという感じがありますよね。

野田:まあ、これだけの人が数千円で売っているような機材を使って、これだけユニークな音楽を作って、新作を出していることが良いですよね。しかもそれが純粋に楽しんでいるっていうね。

佐々木:ジョン・ケージの時代ならいざ知らず、このひと通りやり尽くされた時代に、こんなアプローチをやり続けて……、しかも自分自身の意味性に消費されずに残っていることは、つくづくすごいと思います。

Special Talk:OLIVE OIL×K-BOMB - ele-king


OLIVE OIL
ISLAND BAL

BLACK SMOKER

Hip HopExperimental

Amazon

OLIVE OILが7月にBLACKSMOKERから発表したソロ・アルバムのタイトル『ISLAND BAL』は、「島の居酒屋」とでも直訳できるだろうか。このOLIVE OILとK-BOMBという盟友同士の対談を読むと、「島の居酒屋」というタイトルがしっくりくるように思えてくる。もちろんOLIVE OIL×POPY OIL兄弟が徳之島出身で、福岡在住である事実とも関係している。

  だが、「島の居酒屋」がしっくりくるのはそれだけではない。OLIVE OIL×POPY OIL兄弟にしろ、K-BOMBにしろ、旅芸人のように全国津々浦々を渡り歩き、各地のありとあらゆる“シマ”での壮絶なライヴと、変態、変人、強者たちとの交流、そして連日の豪快な遊びを通じてセンスと感性と変態性にさらに磨きをかけ、それらを原動力に大量のビートやラップ、映像や絵を、まるでメシを食い、酒を飲み、セックスをし、風呂に入るのと同じような感覚で日夜吐き出していっているようだ。

  『ISLAND BAL』はそういう彼らの交流と日常的実験のレポートだ。それゆえに音と生活の距離がとても近く感じる。ビート集的側面が強いものの、OLIVE OILは、OMSB、K-BOMB、FREEZE、KOJOE、5lackといった、長年親交を深めてきた全国各地のラッパーの既発のヴァースと新たなビートを組み合わせ、再構築することで最新のラップ・ミュージックを作り上げてもいる。また、OLIVEが今年、金沢で出会ったaddginjahzzというグループのラッパー二人をゲストに招いている。

  音と生活の距離が近い、つまりここで聴ける“肉感的なビート”は、本作のライナーで白石裕一朗(AZZURRO)氏が書いている通り、OLIVE OILが2011年からメインの制作機材をNATIVE INSTRUMENTSのMaschineに変えたことも大きく関係しているのだろう。ジャケットのコラージュは、KILLER-BONGとPOPY OILの合作によるものだ。

  さて、長年の付き合いとなるOLIVE OILとK-BOMBだが、おそらくこれほどまとまった分量の対談記事は初公開と思われる。対談とはいえ、この二人の対話である……まずは恒例となる二人の出会いのエピソードから訊いた。POPY OIL、JUBEも同席して行われた、彼らのはちゃめちゃで、ルーディで、時に驚くほど核心をつくトークをお送りしましょう。

福岡の焼き鳥屋では会計の金額がすごいことになってた。──OLIVE OIL

金の使い方もなんか似てるんだよね。無くなるまで金を使い過ぎちゃう感じ。メシ、頼み過ぎちゃう感じとかね。ははっ。──K-BOMB

OLIVEさんとK-BOMBの出会いは?

K-BOMB:当時はCD-Rを売ってる人があんまりいなかった。CD-Rがビジネスとしてまだ成り立たない頃だよ。

OLIVE OIL:たしかにそう。

2000年代初頭から中盤ぐらいですかね。

K-BOMB:オレはCD-Rで作品を大量に作ってた。で、あるときCHU(INNER SCIENCE)からCD-Rを売れる店があるって教えてもらったのがWENODだったんだ。

OLIVE OIL:CD-R売ってたっすね。WENODに売ってもらってた。

K-BOMB:だから、「オレの他にCD-Rとか売るヤツいるのか?」ってWENODに訊いたら、「いますよ」と。それでOLIVEの作品を聴いたらさ、斬新で最新で歌い辛い感じでたまんないと。そのころトラック作ってくれるいい人を探してたところだったから、すぐにでも会いたかった。そうしたら、「来週(東京に)来ますよ」とまた教えられて、すぐに会った。オレ側のニュアンスとしてはそんな感じさ。

それってどれぐらいの時期ですか?

OLIVE OIL:2006年ぐらいですかね。

K-BOMB:どうなんだろうね。もうね、2000年代に入っちゃうと、オレ、わかんなくなっちゃうんだよ。オレのなかじゃあ、新しいことなんだけどさ、でももう10年ぐらい経ってるっていうことだからさ。ちょっと時空が捻じ曲がっちゃってる。季節感を感じないね。でも、そうなのかもしれない。気持ち的には1980年代ぐらいに会ってるような感じだよね。

OLIVE OIL:ははは。

K-BOMB:初めて会ったのはUNITでのライヴかな? いや、違うか?

OLIVE OIL:WENOD(当時店舗は恵比寿にあった)の近くの神社の裏のバーで会った気がする。

K-BOMB:だいたい年数適当のオレだからさ。1989年の夏、ニューヨークで会ったってことだね。

OLIVE OIL:ははははははははっはーはぁ。

福岡でWENODの神長(健二郎)さんも同席して、OLIVE OIL、POPY OIL、THINK TANKが初対面したという話を聞いたことがありますが、違いますか?

(※2007年11月23日にWILD RIDEというイベントがEARLY BELIVERSで開催。THINK TANKが福岡で初ライヴを行っている。OLIVE OIL、RAMB CAMPらも出演)

OLIVE OIL:そうそう。福岡の焼鳥屋で会いました。THINK TANKが初めて福岡でライヴしたときだ。

K-BOMB:えーーーーーー!? まじで? オレはファースト・コンタクトは恵比寿だと思う。恵比寿で仲良くなって、福岡に行ったはず。だってさ、いきなりさ、知らない人とオレがそんな風に飲むってことないんじゃない? それまで人とメシとかたぶん食いに行ったことなかった。OLIVEと初めてぐらいの勢いで行ったんじゃないかな? 芋の水割りもそれまで飲んだことなかった。だからそれぐらい古い関係だし、OLIVEと出会ってオレ自身の芋がもう捻じ曲げられた。

その福岡の焼鳥屋での出会いが壮絶だったらしいと。

K-BOMB:壮絶だよ、常に。

OLIVE OIL:うちらが店に着いたら、小上がりの座敷でTHINK TANKのメンバーみんなが横になって寛いじゃってた。

K-BOMB:オレたちね、すぐ寛いじゃうタイプだから。

たしか神長さんが両者の間を取り持って、その場で意気投合して、途中で神長さんは「もう任せたよ」って先に消えたみたいな話を聞いたことがある。それは恵比寿なのかな。

K-BOMB:意気投合系だね。

OLIVE OIL:うん。福岡の焼き鳥屋では会計の金額がすごいことになってた。

K-BOMB:金の使い方もなんか似てるんだよね。無くなるまで金を使い過ぎちゃう感じ。メシ、頼み過ぎちゃう感じとかね。ははっ。

[[SplitPage]]

それはOLIVEに常にある雰囲気で、OLIVEはいろいろ絡ませていくからさ。民謡とジャズとか、民謡とヒップホップとか。ひねくれてるのさ。──K-BOMB

オリエンタルな雰囲気や日本昔ばなし的な雰囲気を出したかった。──OLIVE OIL

いずれにせよ、WENODがK-BOMBとOLIVE OILをつなげたことは間違いなさそうですね。K-BOMBとTHINK TANKは最初どういう印象でした?

OLIVE OIL:すげぇ恐い。

K-BOMB:まじで? やだな

OLIVE OIL:だって、全員寝てるわけですよ。畳の部屋で。

K-BOMB:畳だと、オレたち寝ちゃうんだよ可愛い感じで。椅子だと、オレたち野菜とか投げ合っちゃうからさ。

OLIVE OIL:あ、思い出した! そのとき、K-BOMBに「EL NINO(OLIVE OIL×FREEZ)やってるでしょ? オレたちは1997年からEL NINOってイベントをやってるからね」って言われた。

はははは。同じ名前だったから対抗してきたんですね(笑)。

K-BOMB:対抗してきたんだよ。

JUBE:その感じは変わってないよね。いまでも気に入った人物に対抗心むき出しのときたまにみるよ。

OLIVEさんとFREEZさんのEL NINOよりも前から、BLACKSMOKERは同じ名前のパーティをやっていると。EL NINOって1997年からやってたんですね?

K-BOMB:そうだね。たしかOrgan Barで毎週火曜日やってた。イカレたことをやってたよね。

OLIVE OIL:まあ、そういう会話からはじまって、「じゃあ乾杯しよう」と。そしたら、K-BOMBが「魔王って酒があるけど、そこには大魔王ってのがある。もっとこっちのほうが悪いんだろ?」って大魔王という酒を選んだのをよく憶えてる。あれウケたな。

K-BOMB:俺、大魔王のせーでその後、寝ながらLIVEした気がする。

JUBE:たしかに

POPY OIL:僕らが当時福岡でやっていたダダイズムっていうイベントの時にいつも迎えに来てくれる後輩の車のなかでは常にTHINK TANKとK-BOMB、BLACKSMOKERの音楽がかかっていた。

OLIVE OIL:自分は1997年にアメリカに行って、2002年に帰国したんだけど、当時、日本にいる変態系の人たちのビートをすげぇ探してた。福岡でその後輩のキョムってヤツに知り合って、その流れでTHINK TANKとか、全部教えてもらった。

ただ、OLIVEさんとK-BOMBで一緒に曲を作るのはそれから少し先ですよね。

OLIVE OIL:K-BOMBから「TRIPLE SIXXX」(CDは2010年発売。アナログ第一弾は2008年)に入ってる曲のアカペラを直でもらったのが最初だと思う。「BPMもわからないから」って言われて、すげぇ困った思い出がある。

K-BOMB:OLIVE OILは「BPMないんじゃないかな?」っていうのあるじゃない。出来そうだなっていう。ビートが揺れてるからさ。揺れてると、BPMが3ぐらい稼げるような気がするんだ。どこの位置にもコンテンツがあるから、リディムが出るっていうかさ。わかるでしょ? 乾いてると的確に叩かなきゃいけないけど、揺れてると的確な部分の幅が広がるっていうね。

OLIVE OIL:「TRIPLE SIXXX」の「Mr.KATO」が最初ですね。

「Mr.KATO」にはFREEZさんも参加してますね。

OLIVE OIL:EL NINOでちょうど作ってる最中とかだったからね。

K-BOMB:だってさ、あの時期は福岡にライヴしに行くと、次の日の昼からさ、CLUB BASEにベニヤ板みたいなの貼って、「さあ、やりましょう」ってRECがはじまるんだ。もう絶対なんだよ。二日酔いで録らされる。オレはその場でビートを聴いて、リリック書いて、2、3曲録ったりしてさ。そうやって作った曲で世のなかに出てない曲とかいっぱいあるわけ。人の家の二段ベッドの上で正座して歌った歌とか出てないんだ。

OLIVEさんの自宅兼スタジオで録ったりはしなかったんですか?

OLIVE OIL:いや。

K-BOMB:家じゃ録らないよ。もうね、ゲトー団地みたいなところがあるわけよ。福岡からちょっと行ったらさ。「オレは人の家は嫌だよ」つってんのに、車に乗って行ったらもうそこだよね。強制的なんだね、いつも。オレ、人の家は嫌だから、しばらく川歩いてたよ。

OLIVE OIL:川、歩いてた(笑)。

K-BOMB:川歩いてたら、子供たちが魚獲ってて、オレもそれに参加して良い気分になったね。

OLIVEさんがK-BOMBをRECに誘うと。

K-BOMB:いや、みんなでオレを騙すんだよ。

OLIVE OIL:たしかそのときはFREEZの計画だった。

K-BOMB:そう。仲良いから、オレのことわかって来ちゃってたんだろうね。この人に「録音しましょう」って言ったら、「絶対行かない」って言われるから、黙って連れていかれる。「おいしいもの食べたくないですか?」「食べたいね」と。そうやって釣り出されてる。完全に拉致られてる。そうしたら、いつの間にか録ってる。

RECするのが習慣っていうか日常的でスピードが速いんですね。

OLIVE OIL:そうっすね。

K-BOMB:CLUB BASEがあったときはあそこで名作はだいたい録ってるよ。

OLIVE OIL:たしかに。全部あそこかGREENHOUSEで録ってる。

CLUB BASEで生まれた作品には例えば何がありますか?

K-BOMB:RAMB CAMPとTHE LEFTYの曲とかもそうだ。

RAMB CAMP / REBEL MUSIC feat. THE LEFTY (K-BOMB, JUBE)

RAMB CAMPのアルバムとかもそうなんですか?

OLIVE OIL:そうそうそう。

K-BOMB:福岡のラッパーはだいたいあそこで録ってたんじゃないか? 自然にエコーかかっちゃってるの、広いからさ。普通のヴォーカル・ブースより明らかにデカくて、何人もブースにいるっていう感じさ。THINK TANKの録り方と似てるよね。喋り声とか入っちゃってる感じで、アカペラとか聴くとおもしろそうだな。「芋の水割りくれる?」みたいな話し声が入っちゃってんだと思うよ。

ふふふ。

K-BOMB:夕方ぐらいから録りはじめて、それでまた飲んで、次の日にライヴやDJやったりして、福岡に何日もいちゃうんだ。だから、だいたい二日目とか三日目から、オレに付き合えなくなってくる人いるけどね。なんかもう、ゲッソリして、胃液の匂いがプンプンするヤツとか。ははははは。三日とか付き合えるヤツ、なかなかいない。POPY OILぐらいだ。OLIVE OILは上手いこと「違うビジネスがあるんで」って会わない時間が長い。

OLIVE OIL:その三日間でZORJIが痩せていく(笑)。

K-BOMB:そうだね。

そういう録音作業の原点というか、はじまりが「TRIPLE SIXXX」の「Mr.KATO」だったと。

OLIVE OIL:そう。

[[SplitPage]]

福岡にはビートメイカーも多い。CRДMとかLAF とかさ。ラッパーだとREIDAMとか。そういう世代が盛り上がってる感じがする。──OLIVE OIL

OLIVEのせーだ。福岡最高なんだっ。──K-BOMB


OLIVE OIL
ISLAND BAL

BLACK SMOKER

Hip HopExperimental

Amazon

K-BOMBから見て、OLIVEさんとPOPYさんっていうのはどういう人物ですか?

K-BOMB:オレはこの兄弟と1ヶ月に1回……いやもっと会うときもある。いろんな地方で会うんだ。8月もだいたい一緒にいたりとかするしさ。だからもう家族のよーに過ごしてる。オレは朝早く起きて全員分の洗濯とかしてるよ、OLIVEの家で。風呂も入ってる。

OLIVE OIL:ふふふふふふふ。

K-BOMB:この兄弟はもう天才で、音と映像とアートを兄弟で出来てるっていうのもスゴイけど、普通にワールドクラスのレベルなんだ。だから、近づきたかったっていうのはあるよね。よく解読できないレベルっていうのかな。だいたいオレ、解読できるからさ。だからライバルだし、ファンだし、友人だし、ファミリー的な感じだ。深い感じだと思う。教えてもらうことも多いから。

何を教えてもらうんですか?

K-BOMB:芋の水割りとか音の鳴りとかも教えてもらう。ところで最近、野菜食べてないか?

OLIVE OIL:いや食べてませんよ

ふたりからすると、K-BOMBのファースト・インプレッションは?

OLIVE OIL:そういう人間がいると思わない人物。「そういう人、いるの?!」と驚くような人物だった。

POPY OIL:ライヴでドレッドを片手に持ちながら、片手でパッドを叩いている姿を初めて見て、野生の要素と都会の要素を両方併せ持つ、超越している人物だと感じた。

K-BOMB:オレもこの兄弟に野性的なのもと都会的なものを感じたよね。よく言われがちな“黒い音”とかじゃなくてさ。黒いけど、その黒いとは違うんだ。ポップで、メロディアスで、オレの好みなんだ。

ノイズもあるし、ポップもある。

K-BOMB:あるあるある。質感を感じたよね。

OLIVEさんが海外から帰って来てFREEZさんと会ったときに、日本人離れした野太いラップが出来るラッパーだったから、彼とは一緒にできると確信したというような話をしてくれたことがあります。

OLIVE OIL:そう。オレはエイフェックス・ツインやスクエアプッシャーも好きだったけど、90年代ヒップホップのスタイルをもって、徹底して8、16、24という偶数小節でラップしていくFREEZくんとやることで、ヒップホップのスタイルに自分の音楽を落とし込んでいった。そういう音楽を作っていたときに、今度はK-BOMBがオレの目の前に突如現れた。



K-BOMB:ふふっ。

OLIVE OIL:ラッパーなのに「1小節飛ばしてくれ」とか言われて、「やっべぇなあ」と感じた。

ヒップホップとラップのルールを知りながらそのルールを無視して、それでも王道のラッパーのかっこよさがある。そういうことですか?

OLIVE OIL:そうそう。だから、K-BOMBが3だったり、5だったり、7という奇数小節でラップしていくことに驚いた。

K-BOMB:でもそれはワザとじゃないんだ。同じ歌を同じトラックで歌っても1回目は8だけど、2回目が8とは限らないんだね。ラップを小節数で書いたことがないんだ。それが何なのかオレはまだわからない。感情がこもってくると小節数も変わって来る。感情がこもってなくても変わって来るし、かっこつけても変わって来る。かっこつけながら感情込めても変わって来るしさ。

JUBE:オレが数えたりするからね。でもやっぱり数えられない。4、4、4、1みたいに1が入ってきて、次6とか。挙句に頼りにしてたループはなくなって闇へと誘い込む。お手上げですよ。

K-BOMB:それがわからないんだよ。いいと思うものがそういうBPMだったり、そういう拍子だったりするのかもしれないね。サンプリングする時点でオレはもうそう感じてるよね。これはもう打ち難いっていう、そういうのが大好きだ。ゴールデンループっていうワザがあるからね。

ゴールデンループ?

K-BOMB:何日もそのループをかけっぱなしにしてて厭きないものさ。それがゴールデンループ。やっぱ最高なんだよね。OLIVE OILの聴き方さ。

OLIVE OIL:それは最高。

K-BOMB:名曲っていうのはさ、厭きちゃいけないよな。三日間ぐらいかけてても厭きない。ゴールデンっていうのは裏から入って来たりするものなんだよ。ゴールデンをさらに料理するのってすごい難しくて、ワザとらしくなっちゃたりとかするし、ストレートに行くのは誰しもやる手法なんだ。

『ISLAND BAL』には多彩でユニークなビートがあります。“HENCA”という民謡風の曲なんかもありますね。

K-BOMB:それはOLIVEに常にある雰囲気で、OLIVEはいろいろ絡ませていくからさ。民謡とジャズとか、民謡とヒップホップとか。ひねくれてるのさ。

OLIVE OIL:オリエンタルな雰囲気や日本昔ばなし的な雰囲気を出したかった。

K-BOMB:良いネタが入ったら良い曲が出来るっていうのは当たり前なんだけど、そのネタやモノの処理の仕方で変わってくる。絶対に誰しもが通る道っていうのは360度ぐらいあって、その雰囲気っていうのは誰しもが求めてる。OLIVEはそういうのを散らしてる感じがするけどね。それが技術なんだと思う。音の癖みたいなのを持っててさ。たとえば、だいたいヒップホップのビートメイカーはスネアやキックに重きを置くけど、OLIVEはハットに置いてたりとかさ。

OLIVE OIL:ハット、デカめですね。

K-BOMB:デカいと普通は耳が痛くなる。それが痛くならないとかさ。ちょっとよく聴いてみた方がいい他の人が置いてる重点と全然違うんだ。キックとかもさ、輪郭っていうよりベースに近いようなさ。

うんうん。

K-BOMB:ねぇ。丸い感じの。

OLIVE OIL:ブーン。マルチョーキック 最近食わなくなったけど

K-BOMB:芯っていうよりも周りも持ってる感じだしさ。そこに合うベースっていうのが入ってくる。それはほんとは組み合わせ辛いんだ。

OLIVE OIL:LAでマスタリングしたときに、K-BOMBの曲をスタジオで聴いていたら、TOSHINOBU KUBOTAのエンジニアもやっているアメリカ人が衝撃を受けてて。その様子はミュージック・ヴィデオにも写ってる。

K-BOMB × OLV-OIL / 真夜中のJAZZ

K-BOMB:「真夜中のジャズ」だね。たしかにあのときの彼の動きはTOSHINOBU KUBOTAの曲で踊ってるときとあんまり変わんないかもしれないな。つまり俺はTOSHINOBUなんだ

OLIVE OIL:その場にデリシャス・ヴァイナルのLAJさんも一緒にいて、彼もすげぇ上がっていて、ああいうのが正当な評価だと思う。

K-BOMB:それはビートが良かったから。「真夜中のジャズ」はOLIVEがミュージック・ヴィデオも作ってる。最近、OLIVEはシュールで恐い絵も描くし、いろんなセンスがあるんだ。オレたちの仕事を奪おうとしてるんだ。ふふっ。メシを作るの上手いしさ。そういう凡人離れしてるのはあるよね。

今回のアルバムに参加してるaddginjahzzは誰ですか?

OLIVE OIL:5lack世代ですよね。

K-BOMB:それはやっぱり最高の時期だね。OLIVEは同じ現場でいいと思った人とはやってるね。BIGIz'MAFIAとか名作がもうぞろぞろあるよ。

addginjahzz、ラップの訛りがおもしろいですね。

K-BOMB:このグループ、すごいいいね。声のバランスがいい。

彼らとはどういう出会いだったんですか?

OLIVE OIL:ちょっと前に金沢にライヴしに行ったときに会った。彼らすげぇ喜んでた。「BLACKSOKERから出すアルバムに曲が入っちゃうけど、大丈夫?」って言ったとき、「えええっ?!」って。

K-BOMB:よし、今度みんなで金沢に行こう! OLIVEが作って、光シージャーがかけて、ジャンルを超えてくみたいなパターンいっぱいあるんだ。シージャーがさ、BLACKSOKERの服ばっか着過ぎて、シルエットが俺と一緒みたいなときとかあるからね。

OLIVE OIL:それと福岡に最近Transform(https://transform.website/)って新しいクラブ、バーができた。

K-BOMB:朋晃(ツキツキニッコウ)のところだ。あっこいいよ。どんどんよくなってくるんじゃないかな

OLIVE OIL:福岡にはビートメイカーも多い。CRДMとかLAF とかさ。ラッパーだとREIDAMとか。そういう世代が盛り上がってる感じがする。

K-BOMB:OLIVEのせーだ。福岡最高なんだっ。

今後の話も訊きたいですけど、どうですか?

OLIVE OIL:今後はツアーしたいですね。ライヴをしたい。でもわかんない。もしかしたら作っちゃう可能性も高いから。でもリリースしたり、マスタリング済の音があるから、そういうのを持ってあちこち回るのがいいかもしれない。

K-BOMBはどうですか?

K-BOMB:これからのことはわからないよ。絵の仕事をやんなきゃいけないし、アルバムも作りたいなと思ってるけど、年々CD-Rも出すのが少なくなるぐらい時間がなくなってきちゃってさ。自分の課題がまったくこなせてないから、もっと厳しくしたいね、自分に。

OLIVE OIL:ふふふ。

真面目だ(笑)。

K-BOMB:俺はいつでも真面目さ。。。そろそろ旅行でもしてアルバムつくろーかな。

OLIVE OIL:あーぜひ事務所にもよってください。おいしいもの食べに行きましょう。

K-BOMB:いいね~ おいしいもの食べて……えっ? それって……ふふふ、それは高いよ。

BLACK SMOKER RECORDS PRESENTS
ELNINO

8/29(SAT) at clubasia 23:00-
ACT
KILLER-BONG JUBE BABA YAZI CHEE13 OLIVE OIL
5lack punpee OMSB Hi’spec peepow ROKAPENIS KLEPTOMANIAC
BUN LUVRAW Cocktail Boyz L?K?O VIZZA JOMO LIBERATE TISHIT
and more

Wire - ele-king

 3月だから……5ヵ月前のことか。『ele-king』本誌のUK特集で紹介した「ブロークン・ブリテン以降の30枚」にアメリカのものが1枚、混ざっていました! しまった! 誰も気がついてないのにカミング・アウト! 潔い!(さて、どれでしょう?)
 その時に落としてしまったのがヴィジョン・フォーチューンの4作め。ファッショナブルかつコンセプチュアルな映像にポスト・パンクの演奏が映える3人組(かな? よく知らない)。ポスト・パンクというのは、1977年にパンク・ロックがしっちゃかめっちゃかやっていた頃、その勢いには流されませんと、わざわざクールなリアクションを返したバンド群のことで、ガラージ・ロック回帰やゴシック・ロックなど、例によって音楽性による分類とはほど遠いものの、あからさまなアートへの入れ込みはパンク・ロックに内包されていたモダニズムを拡張させたものとして興味深い動向ではあった。しかも、アカデミズムへの逆照射がないところがアメリカのそれとはちがうというか、イギリスに特有の面白味といえ、その伝統(?)に則り、ヴィジョン・フォーチューンもアート志向全開でありながら、このところアカデミズムの参照が鼻に突き出したアメリカのアンダーグラウンドとは異なる雰囲気を醸し出しているところがいい。もしもマシュー・ハーバートがロック・ミュージックに転向したら……というか。

 『カントリー・ミュージック』は、そして、洗練度が高い。音に隙間が増えてイメージに柔軟性が出てきた。あくまでも即物的でアーティフィシアルな触感は手放さず、実験的な音楽が演出しがちな思わせぶりもない。リズムの楽しみがあるわけでもないし、だからといってだらだらもしていない。ロック・ミュージックが売りにしたがる文句のすべてから遠ざかっている。そのことによってわかるのは、ポスト・パンクの一部はブライアン・イーノが発端になっていたということだろう。意識の拡張や非日常からの帰還を促したブライアン・イーノ(詳しくは『アンビエント・ディフィニティヴ』序文を参照)。イーノを機に音楽はヴァーチュアル・リアリティの道具になったのである(『カントリー・ミュージック』というタイトルがそれこそ『アナザー・グリーン・ワールド』へのアンサーに思えてくる)。

 ブライアン・イーノにもっともコンプレックスを感じていたポスト・パンクといえば、それはワイアーだろう。バンドを離れた個人的な活動を見渡しても、それは明らかだし、多くの人が彼らの代表曲としてあげる「アウトドア・マイナー」がいまとなってはイーノの曲にしか聞こえない。この曲は歌詞がいいのか、フライング・ソーサー・アタックやルナ、ラッシュまでカヴァーしていた(僕は“アイ・アム・ザ・フライ”の方が好きだけどね)。
 何度となく再始動や再結成を繰り返してきたワイアーにとって、どこがターニング・ポイントになるのかもはやさっぱりわからないけれど、ここ最近のトピックといえば、70年代につくっていた未発表曲を始めてレコーディングしたという前作『チェインジ・ビカム・アス』(13)はちょっとした話題ではあった。簡単にいえば全盛期のワイアーが戻ってきたということになるらしく、なるほどパンクじみた演奏はそういった気分を掻き立てたかも しれない。とはいえ、コンセプチュアルな曲は様式性の方が際立ち、個人的にはそれほどノレるものではなかった。それこそどこにもテクノやハウスの痕跡はないにもかかわらず、明らかにそういった時代を通過してきたヴィジョン・フォーチューンに時代性で負けているとしか思えなかった。同じようにダンス・ミュージックを拒否していながらも肌で感じていることはちがうのだろう。音楽には多くの無意識が含まれている。これはミュージシャン本人にはどうしようもない。

 ワイアーの新作『ワイアー』が、しかし、とてもよかった。前作とは対照的に全編を通じて肩の力が抜けていて、自分たちはクールなつもりでも、思わず年寄りじみた叙情性が滲み出し、それがせめぎあうというよりも補完し合いながら優雅にポップ・アルバムとしてこじんまりとまとまっている。それこそ“アウトドア・マイナー”のようにイーノのダミーに徹したような安心感が最後まで崩れない。これは年寄りにしかわからない快楽係数かもしれないし、セイント・ヴィンセントがライヴに飛び入りし、“ドリル”で共演することがむしろ先端だと考える思考回路にも合致しているかもしれない(イギリスではセイント・ヴィンセントは非常に高く評価されている)。歌詞は抽象的で理解できたとは言いませんけれど、使われている単語の数々はやはりマシュー・ハーバートを思わせる。

三人の代表研究者たちは
グーグル天体図を使う
ベツレヘムの飼い葉おけ
それは高評価のアプリ (「ブロギング」国内盤対訳より)
彼らのうちの一人が光ファイバーのエビを産み出し
巨大な欠伸をかろうじて押し隠していた
一人の国粋主義者が死去しマンチェスターで埋葬された(“イン・マンチェスター”同)

 アン・マリー・ウォーターズや『Xファクター』(『The X Factor』)には困ったものだけど、カーラ・デルヴィーニュを筆頭にベネディクト・カンバーバッチ、エマ・ワトソン、キーラ・ナイトレイ、サム・スミス、ワン・ダイレクションと……オーヴァーグラウンドがこれだけ活気づいているんだから、それに対するカウンターが盛り上がってもまったく不思議はなかったわけですね。いや、UK特集では、そう書くべきだったなー(「ブロークン・ブリテン以降の30枚に混ざってしまったアメリカものはレイビットでした。いま、ウエイトレスといえばイギリスだと思うじゃないですか……)。

 関係ないけど、『ボラット』イギリス編。クリケットやケンブリッジがからかわれ、動物愛護のデモで「カザフスタンでは狩りは楽しいで~す」と言って活動家に激しく怒られたりしています。


70年代シティ・ポップ・クロニクル - ele-king


萩原健太
70年代シティ・ポップ・クロニクル

ele-king books

Amazon

 70年代のシティ・ポップはなぜ古びないのか……いや、それどころか、ここ2〜3年のあいだ、日本の音楽シーンにおいてもっとも人気のあるジャンルとなっている。それが年を追う毎に輝いているのはなぜか?

 萩原健太の『70年代シティ・ポップ・クロニクル』は、あまたあるシティ・ポップのなかから、まずは永遠のクラシックと呼びうる最重要作の15枚を選び、時代順に並べ、その15枚から派生する作品を挙げて紹介する(関連ディスクを併せると計100枚のアルバムが紹介されている)。
 そして、日本のポップ史上もっとも濃密な5年のあいだにいったい何が起きていたのかを、著者の経験を回想しながら言葉を吟味し、シティ・ポップ・ブームに沸く現代に向けて語る。それは洋楽に多大なる影響を受けながら、しかし、言葉も文化も異なる日本という国でポップ・ミュージックをやることの素晴らしき挑戦の記録でもある。

 たとえば、大瀧詠一というアーティストがいる。最近では彼を語るうえで、その情報量の膨大さや分母論ばかりが先行され、ぶっちゃけ、なんだかすごいんだろうけど、よくわからない、というものが目に付く。
 また、山下達郎を語る上で、「とにかくすごい」ということになっているが、いったい何がどうすごいことをやってきたのかを明解に語っている文章がどこにあるのだろうか。そう、達郎が「パンク」たる所以とは? そもそも、70年代の日本のポップスにおいて、細野晴臣と大瀧詠一が果たした役割とは何なのか? ユーミンの『ミスリム』がなぜ重要なのか……はっぴいえんどのやったことがなぜ日本語ラップにも繫がるのか……
 萩原健太の文章は、そうしたすべての問いに対して明快だ。
 名著『はっぴいえんど伝説』の著者が瑞々しい言葉で綴る「僕とシティ・ポップの70年代」。音楽の価値観が揺れている今日だからこそ、読んでいただきたい。健太さんの文章も良い感じで柔らかく、また心地良いです。

 彼らは〝場〟を共有していた聞き手たちと微妙な目配せを交わしながら、あの時代ならではの誤解や屈折すら味方につけ、少しずつではあったが、マジカルな名盤をひとつ、またひとつと生み出していったのだった。
 ぼくがこれから、つらつらと書き連ねていこうと思っているのは、そんな名盤たちの物語だ。
──萩原健太『70年代シティ・ポップ・クロニクル』
                        まえがきより

DJ BISON Show - ele-king

 DJ BISON (SEMINISHUKEI / FOOT CLUB / THE INVADERS )はダイナミックにチェックするべきDJだ。
 家で遊んでいれば、全く知らない素晴らしい音源からどうでもよい面白い音源まで自分のワードで面白く紹介してくれる。DJでは、なかば未知の領域か大胆に取り出して来たような音源をPLAYしたかと思えば、丁寧にストーリーを繋げていく。
 現在少し更新が止まっているが、BISONが最新のヒップホップを紡ぐ、ばっちりと誰に対しても提出できるミックス日記のような「DJ BISON MIXSHOW」を一度聴いて頂ければ、その魅力の片鱗は伝わるはずだ。
 そんなDJ BISONのMIXと言葉とともにベイエリアの最重要アーティストのひとりを紹介したい。

SHAHEED AKBAR a.k.a "The Jacka" 
8.12.77 ~ 2.2.2015 mob in peace
TEXT : DJ BISON with COTTON DOPE

 ──サンフランシスコ ベイエリアのフッドを代表するラッパー、Dominic“THE Jacka" NEWTONがカリフォルニアのイーストオークランドで殺害される。享年37歳──(2015年2月12日)

 その少し前にASAP YAMSが死んでいる(2015年1月18日 )。国内のメディアはそればかりを取り上げていて、海外のメディアを見に行かないと情報がまるで入ってこなかったように記憶している。
 海を渡ったアメリカでは、all coastで彼の死を偲んでいた。西はE-40,東はCORMEGA、東西のアンダーグラウンドのキングと言えるこのふたりが一早く反応していた。これだけで、どれだけのアーティストから “The Jacka" というラッパーがリスペクトされていたのかが伝わるだろう。
 ベイエリアのヒップホップの偉大なる代表者。
 “The Jacka"
 そんな彼は何者なのか。
 一言で表すならば「ベイエリアのラップヒーロー」だ。

 ──RAP HERO。この言い回しは海外のメディアがJACKAを評する時には必ずと言っていい程でてくる言葉だ──
 その短くはないキャリアのなかでリリースした作品のどれもが高いクウォリティを誇っている。

------------
●2001: Jacka of the Mob Figaz
●2005: The Jack Artist
●2006: Jack of All Trades
●2008: The Street Album (U.S. R&B #80[7])
●2009: Tear Gas (U.S. #93[8])
●2010: Broad Daylight
●2011: Flight Risk (U.S. R&B #70)
●2011: We Mafia
●2011: The Indictment
●2012: The Verdict
●2012: The Sentence
●2013: The Appeal
●2013: Murder Weapon (TBA)[9]
●2014: What Happened To The World (Street Album)
------------
 ディスコグラフィーを見ると2010年以降のソロ作品のリリースの多さに驚かされるが、それだけにとどまらず、リリースしているMIXTAPE、客演仕事まで入れると到底数え切れないほどのworks量。そして数に比例して質を落とす事無く“The Jacka " はラップヒーローとして完璧な仕事をこなす。
 哀愁漂うtrackにのせ歌うように囁くように淡々とラップするそのスタイルはベイエリアの空気を東海岸まで運ぶかのようだ。良く 「冬に聞くNYスタイルは最高」という言葉を聞くが、そう思っている人は是非聞いていただきたい。The Jackaはやばい。
 亡くなってなおリリースされ続ける自身の作品、客演作品の数にはおどろかされる。7月にも、Tina - Blanco featuring Messy Marv, Husalah, & The Jackaなんてヴィデオが公開されている。 (https://youtu.be/7PvPe5b-tyQ) 

 現在のヒップホップはフリーダウンロードのミックステープが中心になっている。そのなかで、ギャングスタ・ラップとカテゴリーされるアーティストの作品はi-Tunesでひっそりとリリースされている作品が多く、その作品を知る機会は決して多くはない。
  本物の良質なベイエリアのラップが聴きたかったら“The Jacka"。
 そして、彼がやっていたレーベル〈The Artist Records〉とそれに所属するアーティスト達はどれも素晴らしい作品を現在進行形で作り続けている。
 ベイエリアのシーンをに興味を持ったのであれば、The Jackaとそのフッドの音楽を覗いてみて欲しい。ここにはヒップホップの現在のまた違う姿が存在する。

第四回:「夏らしいこと」 - ele-king

 最近友だちと、夏になったことを話していて「なんか夏らしいことした?」と言われた。
 夏らしいこと……
 まだ夏らしいことを、そういえばしていなかった。久しぶりの子供たちとのゆっくりした時間に、小さなプールをベランダに出して、「夏らしい」水遊びをした。太陽の光の温かさを意識的に感じながら、そういう自然のリズムに身を委ねることを、しばらくしていなかったことに気がついた。


Chihei Hatakeyama + Federico Durand
Magical Imaginary Child

White Paddy Mountain

Amazon

 そのときに僕らの環境となっていた音楽は、チヘイ・ハタケヤマ + フェデリコ・デュランド『Magical Imaginary Child』(White Paddy Mountain)だった。去年の5月頃、フェデリコが来日したときの録音で、ジャケットは石のお地蔵さん。CDを手にして開いたときに、内ジャケで待っている穏やかなお地蔵さんの写真がリスナーに「落ち着き」を与える。「岩に染み入る蝉の声」といった、日本人特有と言われることの多い「夏の音」を連想させるジャケットが気持ちいい。
 そんな静かな音楽に、子供たちのはしゃぐ声と、水の音がこの音楽に混ざり合って、その瞬間にしか聴くことのできない、一期一会の音楽がそこらへんをふわふわしていた。

 自分自身の作品も含めて、アンビエント・ミュージックと呼ばれている音楽のほとんどを、僕はアンビエント・ミュージックだとは思っていない。けれど、このアルバムは、アンビエント・ミュージックだと僕は思う。
 このタイトルがなぜついたのかは知らない。ちょうどこの録音がされた頃、畠山くんもフェデリコも僕も、子供が生まれる直前だった。2014年は、ウィル・ロング(セラー)の子供も生まれて、アンビエント・チルドレンだねなんて話を冗談でした。タイトルの『マジカル・イマジナリー・チャイルド』って単数だから、誰かの子供を言ってるんだろうか。音楽もタイトルも直球で、何か大きな驚きがあるアルバムではなかったけど、上質なアンビエント・ミュージックだと思う。

 夏には夏の光があるように、夏の音がある。環境として流された音楽の上に夏の音が加わると、その音楽はもっと豊かになる。これからも末永く、環境音楽として選ぶことになるだろうアルバム。



(イラスト:吉岡渉)

interview with YKIKI BEAT (Nobuki Akiyama) - ele-king


YKIKI BEAT
When the World is Wide

Pヴァイン

Indie Rock

Tower HMV iTunes

 昨年、シングル”フォーエヴァー”のMVが公開されるや、東京インディ・シーン発のブライテストホープとして注目される存在となっていた、YKIKI BEAT。待望のデビュー・アルバム『When the World is Wide』が遂にリリースされた。
 インターネットを前提に育った世代以降の洋楽に対するフラットな感覚と、市井のインディ・バンドに収まらないスケールの大きなソングライティング、正々堂々と真ん中をいける風貌と若さ、何だかいろいろ揃いすぎていて、ファンも然ることながら、業界関係者の先走った期待感もくるくる旋回中……。アルバムは、その前のめりのギラギラした期待感そのままで聴くと、これは、ちょっと姿勢を正してもう一回、となる。何なのでしょうか、このハイプの邪推を一蹴する頼もしさとクソ真面目さ。ギミックなし、非の打ち所なしの傑作です。
 バンドのメインソングライターでヴォーカルの秋山に、バンドの成り立ちから、アルバムのこと、シーンの中での立ち位置まで語ってもらった。

■YKIKI BEAT / ワイキキビート
2012年に結成され、東京を拠点として活動する5人組バンド。EP『Tired of Dreams』が2013年 12 月に Bandcamp にてリリースされ、2014年 2 月にはSummer Camp の初来日ライヴの前座としてミツメと共に出演、過去には Last Dinosaurs、Metronomy の Olugbenga 等と共演している。2014年 4 月にはフランス・パリの有名セレクトショップ Collette と Bonjour Records によるコンピレーション・アルバムにも参加し、ファッション方面からも支持を受ける。2014 年 9 月、7inch でリリースされた“Forever”のリリック・ビデオが数々のメディアに取り上げられ、同年12 月にはThe Drums のオープニング・アクトに抜擢。このたびデビュー・アルバム『When the World is Wide』がリリースされた。
メンバーは、Nobuki Akiyama(ボーカル、ギター)、Kohei Kamoto(ギター)、Koki
Nozue(シンセサイザー)、Yotaro Kachi(ベース)、Mizuki Sekiguchi(ドラム)

SEでジャスティスを流しながら、ヒッピーみたいな変な格好して出てきたバンドがいたんですよ。途端にみんなが「何だ!?」ってなって。

バンドの結成はいつ頃なんだっけ。

秋山:結成が2011年か2012年だったと思います。

そもそもはどういうつながりなの。

秋山:メンバーはみんな大学がいっしょなんですけど、もともと嘉本(康平)とは高校生の頃に知り合っていて。嘉本が隣の高校にいて、僕の学校との合同ライヴみたいなところで知り合ったんです。

嘉本くんが出演していたわけだ。

秋山:SEでジャスティスを流しながら、ヒッピーみたいな変な格好して出てきたバンドがいたんですよ。途端にみんなが「何だ!?」ってなって。俺はそのときジャスティスとかそんなに聴いていなかったんですけど、「これは好きなタイプのやつだな」と思って前に行ってみたら、嘉本がギター・ヴォーカルの3ピースで。なぜかジョン・メイヤーとエリック・クラプトンのカヴァーを交えながら、オリジナル曲をやっていて(笑)。

カオスだね(笑)。

秋山:オリジナルがすごくかっこよくて。あいつはオーストラリアに1年留学して、帰ってすぐのときだったんで、英語も完全にフレッシュで、音楽性もデス・フロム・アバヴ1979みたいなことをやっていて。完全に他のやつとちがうと思いました。それで楽屋に遊びにいって「よかったよ!」って言ったんですけど、あいつには半分くらい無視されて(笑)。で、彼のバンドの他のメンバーと仲良くなったんですよ。大学に入って嘉本のほうから「僕も同じ大学だよ」って連絡が来て。

結成の前に秋山くんがやっていた音楽はどういう感じだったの。

秋山:そのときから英語で歌って「インディ・ロックです」みたいな感じのをやっていましたね。

じゃあ、YKIKI BEATにいたるまでブレていないんだね。

秋山:そうですね。変わってないと思います。大学1年の終わりに、嘉本が聴かせてくれた30秒くらいのループ音源がおもしろかったので、それを編集して“ロンドン・エコーズ”という曲を作ったんですよ。その曲をいろんなひとに聴いてもらえて、「どうせならバンドでやろうよ」と。

そこからすぐにバンド編成になったの。

秋山:どうしようって相談していたときに、高校時代のバンド繋がりでおもしろいやつがいるって聞いて、それが野末(光希)で、しかも同じ大学だったんです。「音楽性も近いしいっしょにやろうよ」って話しつつも、まだメンバーが足りなかったから、それぞれに入っていたサークルからドラムの(關口)瑞紀とベースの加地(洋太郎)を見つけてきて。バンド編成になったのが2012年の頭くらいですね。

初期からの曲をまとめたのがバンドキャンプで出した『タイアード・オブ・ドリームズ』だったので、その時点で、アルバムは次の段階に行きたいと思っていました。

それが2012年か。僕はYKIKI BEATの存在を、2012年のうちには知っていたと思うんだよ。東京のインディ・シーンの中で、わりと最初から好意的に迎え入れられていた印象なんだけど。

秋山:最初のライヴは2012年の夏で、いまはなくなっちゃった屋根裏でやったんです。そのときに“フォーエヴァー”のPVを撮ってくれたセッキー(関山雄太)さんが遊びに来てくれていて。それから「こんなブッキングにお金払ってやるライヴに出なくていいよ」って、東京のインディ・シーンの他のバンドが出ているところに呼んでくれるようになったんです。

そこから“フォーエヴァー”までは、しっかり時間をかけた印象だったけれど、ちょうど1年くらい前なのかな。

秋山:“フォーエヴァー”は去年の6月にデジタルで出して、9月にレコードを出しましたね。

YKIKI BEATというバンドの名前をいろんな人が知るきっかけになった曲だよね。手応えみたいなものはあったの。

秋山:ありました。でもどういうふうに感じてたかな……。PVがすごくデカかったかもしれないですね。それまでワイキキは「宅録です」みたいな音源しかなかった上に、映像もなかったんですが、スタジオで録音した音源とPVができたことによってフックアップしてくれるひとも増えたんです。

アルバムは8曲入りだけど、楽曲としては初期からの曲とかも入っているの?

秋山:初期からの曲をまとめたのがバンドキャンプで出した『タイアード・オブ・ドリームズ』だったので、その時点で、アルバムは次の段階に行きたいと思っていました。ただ曲作りがぜんぜん進んでいなくて……。じつは4月のプリプロの時点では『タイアード・オブ・ドリームス』に入っていた曲もけっこう混じっていました。新曲をちょっとと、これまでの楽曲のスタジオ録音ヴァージョンが合わさったアルバムになるイメージだったんですけど……けっきょく、やっぱりそれじゃ嫌だなとなって(笑)。プリプロが終わってから本番のレコーディングがはじまるまで、なんならレコーディング中にも新曲をどんどんあげて、最終的に昔からの曲は“フォーエヴァー”だけという感じになりましたね。

『タイアード・オブ・ドリームズ』以前とは、バンドのモードが変わったということなのかな。

秋山:そうです。完全に違います。

色味があるものはいまでも好きなんですけど、これまでは表面的な感じがあったんです。でも今回は、曲を作っていくなかで「これは自分の曲だ」と思える部分までやるというか……。

僕の受けた印象からまとめてしまうと、以前はもうちょっとキラキラした感じとか、疾走感が前に出ていたし、色味もカラフルだった感じがするんだけど、今回のアルバムはわりとモノトーンに近いというか。

秋山:ちょっと意識したかもしれないですね。色味があるものはいまでも好きなんですけど、これまでは表面的な感じがあったんです。でも今回は、曲を作っていくなかで「これは自分の曲だ」と思える部分までやるというか……。下地となる部分をもっと固めて、後から色味を付け足していく流れにしたほうが、自分たちはやりやすくなるのかなと。『タイアード・オブ・ドリームズ』以前は、いろいろ試していたところがあって、メロディがどうとか、「こういう感じで弾くとこうなる」とか。いまはもう少し自分たちのやりたいことに集中していて。しっかり土台を作りたいなと思って。

土台という意味では、ソングライティングは気になった。以前とはけっこう印象が違うよ。“フォーエヴァー”なんかは、USカレッジ・バンドみたいなメインストリームのポップ・ミュージックの高揚感があるけれど、アルバム全体を聴くと、むしろUKのトラディショナルなインディ・ロックを思わせる曲調が多い。ストレートに、すごくいい曲を書けるバンドなんだということは、今回のアルバムで伝わる。

秋山:それはうれしいですね。

今回は自分たちのルーツを考えてみて、その上でいまっぽくできたらいいなと話をしていて。それこそヴェルヴェット・アンダーグラウンドとか、ジーザス・アンド・メリーチェインとか、ジョイ・ディヴィジョン。

以前とは、自分たちのバックボーンとして見せている部分が違うのかなっていう気もしたけれど。

秋山:意識的にやる部分もあれば、無意識でやっているところもあるので、全部きちんと説明できるかはわからないんですけど。今回は自分たちのルーツを考えてみて、その上でいまっぽくできたらいいなと話をしていて。それこそヴェルヴェット・アンダーグラウンドとか、ジーザス・アンド・メリーチェインとか、ジョイ・ディヴィジョン。

たしかにメリーチェインは入っていたね。

秋山:そういう意味ではUKっぽさがわりと多い。当時はヴェルヴェット・アンダーグラウンドもUKっぽいと言われていたようなので。

ソングライティングは、嘉本くんも参加しているのかな。

秋山:“ダンシズ”って曲のイントロはあいつが持ってきて、それを最初につくった“ロンドン・エコーズ”みたいにループさせた上で、ギターと歌をつけてって感じになったんですけど。あとの曲は基本的に俺が作ってきたやつですね。
ただ、アレンジの段階であいつが口出してきたのがすごく効いていて。俺がひとりでやっていてわからなくなっていたところとかも、あいつには「これがいい」とかって見えていて。でもあんまり「どうどう?」って訊くと、あいつは構えちゃって、みんなに任せるって感じになるから、自然に訊き出すみたいな作業をしたんですけど。

秋山くんは全部を自分で決めたいって感じでもないの。

秋山:基本的には自分で決めたいんですけど、あいつのことは信頼しています。最終的に嘉本がいいと判断したことはいいことがほとんどなので。

Ykiki Beat - The Running (Official Video)

『When the World is Wide』の冒頭を飾る楽曲“The Running”のミュージック・ビデオ。監督・編集はYkiki Beatのアーティスト写真他、American Apparelなどの広告写真も手掛けるフォトグラファーMitch Nakanoによるもの。

[[SplitPage]]

英語の受験用教材で発音記号を見つけて、「このθみたいなやつは舌がここなんだ」って。勉強のためじゃなくて、歌のために勉強してました。


YKIKI BEAT
When the World is Wide

Pヴァイン

Indie Rock

Tower HMV iTunes

あと、ヴォーカルのスタイルは最初からいまみたいな歌いかたをしているの。

秋山:いまみたいというと、どういう感じに聴こえるんですか?

すごくいいなぁと思います。声質の魅力もあると思うんだけど、日本人がやっている英語詞バンドに独特の「洋楽やっていますよ」的な違和感がぜんぜんない。

秋山:ありがとうございます。

研究したの?

秋山:したと思います。高校のときからバンドをやろうとしていて、単純に普段から英語のバンドをたくさん聴いていたから、英語で歌うバンドをやろうって流れでやっていただけなんです。でもバンドをやるにあたって、いかにも日本のバンドで「英語でやってます」みたいなのはすごく嫌だったので。

じゃあ、たぶん何が嫌なのかを研究したってことだよね(笑)。

秋山:実際それはあると思います。歌はすごい研究しましたね。英語の発音記号表を見つけて、「あ、こんなのあるんだ」と思って。発音の舌の位置が書いてあったりするやつなんですけど、「このθみたいなやつは舌がここなんだ」ってみながら歌のためにずっと勉強していましたね。

でも、対バンするのは日本語詞のバンドも多かったりするわけじゃない。そこで横並びでいっしょにやることって、そんなに違和感はないの。

秋山:難しい質問ですね……違和感はあると思います(笑)。

はははは(笑)。なんか違うかなって思ったりするわけだ。

秋山:東京のインディ・シーン以外の場所でやると、ジャンルは関係ないじゃないですか? 呼ぶ基準っていうのが、どれくらい名前が知られているかってことなので。そのぶん、いろんな場所やお客さんの前でライヴをする機会が増えてきていると思うんですけど。

もうひとつ大きなシーンの中では、浮いていると。

秋山:中学生のときとかは絶対に自分たちでやりたいイメージがあって、日本のゼロ年代のいろんな洋楽バンドに影響を受けてますみたいなバンドをiTunesで聴きながら、なんか違うなって思ってました。自分は絶対によりよい形でアウトプットできると感じていて、そういう野心を持っていたんです。でも考え過ぎてしまうと、ヘンな形で影響を受けてしまうと思うので、自分の納得いかないものに注目するよりは自分たちのやりたいことに集中したいなと。いまは対バンがどうであれ、どのシーンにいると言われようが、自分たちのやりたいことにフォーカスできればと思っていますけど。

じゃあ、逆にいま日本で共感できるバンドはいるの。

秋山:そういう意味ではすっごく難しいですけどね。好きな音楽の話をしたりする友だちとかではバットマン・ウィンクスとか、グルーミーとか。コンドミニマムっていう自分たちで映像なんかを発信している集団がいて、そこのひとたちとかとはすごく話が合うんですけど。それでもピッタリ合うひとがいるかと言ったら、たぶんそこまでいないかなと思います。

俺たちのことを洋楽っぽいと認識せずに、日本でやっているおもしろいバンドとして聴いてくれている人もたくさんいて。

居心地が悪いわけでもないんだろうけど、東京で活動していることにプラスの部分っていうのはあるの。

秋山:それもときどき感じるんですけど、チャンスは多いというか。ザ・ドラムスの前座をやったときに思ったんですが、これがもしアメリカだったら、いいバンドがたくさんいて、ドラムスのオープニング・アクトなんかに選ばれるバンドはすごく成功したり注目されているバンドだったりしますよね。日本だったら母数が少ないので、やっぱりそこは得かもしれません。それでいて世界的に見ても日本の音楽マーケットの大きさはアメリカに次いで第2位だったりしますし。まあ、それはAKBが助けているだけかもしれないんですけど、それでも日本は特異な立ち位置にいると思います。
でも俺たちのことを洋楽っぽいと認識せずに、日本でやっているおもしろいバンドとして聴いてくれている人もたくさんいて。“フォーエヴァー”のYouTube再生回数が16万いく現象っていうのは、アメリカでやっていたらまた違った形になったかもしれないと思います。そういう意味でも、アジアの中でも大きな都市である東京で活動するというのも、おもしろい状況だとは思うんですけど。

今回のアルバムが出たことで、また活動の拡がりかたは大きく変わっていきそうだよね。

秋山:いったんは様子を見てみようというところではありますけど、個人のレベルで言えば、自分で納得できる曲を書くか書かないかというところだけなので。それこそさっき言ったみたいに、野心があって「シーンを変えてやる」って時期もあったし。そういう野心も悪いことではないと思うんですけど、いざ注目される状況になってみて、べつにこれがやりたかったわけじゃないなと思って。いろんなひとが聴いてくれるのはおもしろいけど……なんだろうな。自分の好きな音楽をやって、それを発表して、その先のひとりひとりが音楽を楽しんでくれたらいいなっていう。知名度どうこうと言うよりは、自分のやりたい音楽ができるかだけです。

フェニックスとか、テーム・インパラのように、英米とは別の地域出身でありながら世界で活躍するバンドのようになれたらと思っています。

ひとまず自分たちの音楽性を突き詰めていきたいと。

秋山:そうですね。いまに限らず、これからもずっとそうでありたいと思うんですけれど。インディに落ち着きたいということではなくて、いい曲を書いて出して評価されることがいちばんいいと思うので。理想としてはフェニックスとか、テーム・インパラのように、英米とは別の地域出身でありながら世界で活躍するバンドのようになれたらと思っています。

スタンスはずっと一貫しているバンドだよね。

秋山:メジャーっぽいことを特別やっているわけでもないし、イギリス出身でもアメリカ出身でもないのに、フェスのヘッドライナーをやるみたいな。あのバランスはすごくいいなと思っていて。自分たちが本当に納得できる音楽にフォーカスしていきながら、バンドの下地を作っていけたらいいなと思います。

九龍ジョー - ele-king

 音楽、映画、演劇、お笑い、プロレス、落語、歌舞伎、女装……更新されていく日本のポップ・カルチャーのフロンティアをつぶさに追い、丹念にドキュメントする一冊。まだ名づけられていない事柄に深くコミットし、取材と執筆を通して現場をつくり、リスペクトと共感をもってそれらをつなげてきた、真性の編集者/ライター九龍ジョーによる初の単著。

社会は変態の夢を見るか矢野利裕

 九龍ジョーの初単著『メモリースティック』は、「1章 音楽と映画のインディペンデント」「2章 非正規化する社会と身体」「3章 格闘する記憶をめぐって」という3章からなる。ライター・九龍ジョーの持ち味は、刺激的なカルチャーをいち早く見つけてきては、それを紹介することだと言える。だからだろう、『メモリースティック』も、ネットなどの反応を見ていると、知られざる刺激的なカルチャーを紹介した、という受け取られかたが多いように思える。もちろん、間違いではない。というか、その通りである。しかし、本書に圧縮されたファイルを僕なりに解凍すると、その印象は少し変わる。膨大な固有名が詰まった『メモリースティック』を貫いているのは、おそらく変態‐性なのだ。

 2章の最後「鏡になってあげると大島薫は言った」は、AVの話題からはじまって、リアル男の娘・大島薫が紹介される。この「ノンホル/ノンオペの男性にしてAV女優」という変態‐性こそが、本書の核心だと思う。大島をまえにして、九龍は言う。「彼女がそうであるように、ぼくたちも自分の欲望のポテンシャルを低く見積もらないほうがいい」と。つまり、「変態であれ!」ということだ。いつのまにか成立している社会や秩序や規範のありかたに目を奪われず、変態であれ!――このメッセージに、強く共感する。大島薫が登場する記事の直前、「「女装」のポテンシャル」と題された座談会では、松井周(劇団サンプル)、鈴木みのり(ライター)、Koyuki Katie Hanano(モデル・女装男子)、井戸隆明(『オトコノコ時代』編集長)が、それぞれセクシュアル・アイデンティティをめぐって言葉を交わしている。印象的なのは、馴染みのない人からすれば、大雑把に括ってしまうかもしれない「女装」のありかたが、当事者たちにとっては、それぞれ非常に微細な差異を持っているということだ。考えてみれば、当然のことである。座談会ではそのような、それぞれ固有の性のありかたが披瀝されている。ドゥルーズ&ガタリを参照する九龍が、「人間の数だけ「n個の性」がある」(「トランスするサンプル」)と言うとおりだ。だとすれば、これはマイノリティ/マジョリティという数の水準を超えて、すべての人に投げかれられるべき問題である。わたしたちは、自らの性をどのくらい解放/抑圧しているのだろうか。いつのまにか成立している社会や秩序や規範のなかで、自らの変態‐性を見て見ぬふりしていないだろうか。

 九龍は、そもそも舞台芸術にトランスジェンダーの物語が多いことを指摘し、「ジェンダーという社会的構築物とセクシャリティとの間にすでに「演じる」という要素が入っている」(「トランスするサンプル」)と言う。九龍からすれば、わたしたちは程度の差こそあれ、みな変態である、その変態‐性を一般社会に馴染ませながら生きている、ということになる。いつの間にか成立した普通を「演じる」ことで、社会を生きている。これはなにも、性に限ったことではない。わたしたちは、あらゆる領域において、固有の生と社会的な生の偏差を演劇的に埋めている。九龍の舞台への関心は、おそらくここから来るのだろう。チェルフィッチュ、五反田団、サンプル、あるいは、落語やお笑い、プロレスにいたるまで、九龍にとって舞台芸術とは、わたしたちが抱く演劇的な真実とでもいうべきものを、現出させてくれる空間なのかもしれない。変態とは、「アブノーマルabnormal」を意味すると同時に、「メタモルフォーゼmetamorphose」を意味する。社会的・秩序的・規範的な生から脱し、なにか別の存在に変身する、その瞬間に顕わになる変態‐性を九龍は見逃さないだろう。固有の生と社会的な生が重なるその瞬間を、リアルな身体とキャラクターの身体の「二重性」を抱えたミスティコのその跳躍を(「ロロと倉内太のポップな反重力」)、立川志らくによる「これからは師匠(立川談誌‐引用者注)は自分の身体に入ってきて落語を喋るんだ」と思うことにした、というその発言を(「江戸の風の羽ばたき、立川談誌の成り行き」)、九龍は見逃さない。

 『メモリースティック』が、知られざる刺激的なカルチャーを紹介した、というのは、その通りである。とくに1章で紹介されている、前野健太、松江哲明、どついたるねん、大森靖子、韓国のインディ音楽など……。九龍は、いまだ知られざるミュージシャンやクリエイターが一般的な認知を得ていく過程をリアルタイムでドキュメントしていた。しかし、その営みを単なる紹介として捉えないほうがいい。それはまさに、固有の文化が社会に認知されていく――その変態の瞬間を保存したものなのだ。九龍の『メモリースティック』はさしずめ、名づけえぬ変態たちを「名前を付けて保存」する作業だということか。「ポップカルチャーと社会をつなぐやり方」という本書の副題は、その地点から見るべきだろう。九龍は、「ドラマ性をはぎ取られた真空の位相でこそ、「正しい」も「間違い」も「真面目」も「でたらめ」もすべてが可能になる」(「現実を夢見る言葉の位相」)と言うが、変態‐性を秘めるポップカルチャーこそ、社会自体の変態可能性をはらんでいる。『メモリースティック』においては、インディーシーンも労働問題もセクシュアリティの問題も、変態の夢を見ているのだ。


[[SplitPage]]

「ぴんときた」は、奇跡だろうか?綾門優季

 突然で恐縮だが、九龍ジョー『メモリースティック』の話をはじめるにあたって、『メモリースティック』収録には惜しくも間に合わなかった九龍ジョー氏の最近の仕事である『ポストラップ』について述べさせてほしい。

 劇作家のわたしは田舎から上京して5年、『メモリースティック』に収録されているイヴェントや舞台に関して残念ながら目撃することが叶わなかったものも多く、また舞台は直接目撃したものしか熱っぽく語れない特別なジャンルなので、ご容赦願いたい。過去の記録映像を参照したところで、その場に立ち会っていなければ意味がないのだ。

 『ポストラップ』は政治批判をリリックに織り込むなど、社会性の高い内容が話題を呼んだ気鋭のラッパーSOCCERBOYと、演出家・チェルフィッチュ主宰の岡田利規がタッグを組んだ、異色な組み合わせが功を奏した公演であり、SOCCERBOYの攻撃的なリリックに、岡田利規のリリックとは相反するように思えることもある不自然で予測不能の振付が、えもいわれぬ効果を生み出し、場内を興奮の渦へと導いていた。

 その回はたまたま九龍ジョー氏が司会をつとめるアフタートークが催されたのだが、そこで観客のどよめく事実が発表された。じつは『ポストラップ』が決まるまで、 SOCCERBOYも岡田利規もお互いのことをほとんど知らず、両者の知り合いである九龍ジョー氏がぴんときたので、試しに組ませてみた、というのである。端的にいって、九龍ジョー氏がこの世に存在していなければ、SOCCERBOYと岡田利規は手を組むどころか、知り合わないまま一生を終えていた可能性もじゅうぶんにあった。そして、『ポストラップ』が存在しなければまた、わたしのその日の「すっげえもんみた!」という帰り道の高揚も、この世に存在することが叶わなかったのである。

 この九龍ジョー氏の「ぴんときた」は、奇跡だろうか? ならば、『メモリースティック』は奇跡に満ち溢れた本と呼んでいいだろう。松江哲明と前野健太の幸福な遭遇を筆頭に(奇しくも前述の岡田利規は初の子ども向けの作品となる『わかったさんのクッキー』で前野健太に劇中歌の作曲を依頼している)、九龍ジョー氏が仕掛けた、完全に意図的な「未知との遭遇」が、本来であれば存在しなかった作品を生み出しつづけている。

 『メモリースティック』は、その記念すべきドキュメントの一部始終である。刮目せよ。

 イスラエルのガレージ4ピース、ブーム・パム。日本人にもどこか親しみぶかく懐かしいメロディやサウンドは、辺境マニアのみならず、広いリスナー層から愛されるにちがいない──。小島麻由美のデビュー20周年を記念した最新アルバムは、地中海随一のサーフ・スポットとして知られるテルアビブ産のサーフ・ロック・バンド、ブーム・パムとの心躍るコラボレーション作となった。代表曲の数々が新鮮な音とアレンジでよみがえる! 発売に合わせて、オフィシャルMV“白い猫”も公開された。映像を手掛けるのはいまをときめくVIDEOTAPEMUSIC!

小島麻由美"白い猫"(Official Music Video)

小島麻由美デビュー20周年企画、Boom Pamとのコラボ作『With Boom Pam』収録曲より“白い猫”のオフィシャルMVがYouTubeより公開された。
 監督は、前作『路上』のオフィシャルMV"モビー・ディック"を手掛けたVIDEOTAPEMUSICが担当、テルアビブ・サーフロック・サウンドとして生まれ変わった小島ワールドをミステリアスな世界観で表現したMVに仕上がっている。

■アルバム詳細


Tower HMV Amazon

小島麻由美『With Boom Pam』
DDCB-12078 / 2015.07.22 on sale / 2,593Yen + Tax /
Released by AWDR/LR2

[収録曲]
01.アラベスク / Arabesque
02.泡になった恋 / Bubble on the beach
03.ブルーメロディ / Blue melody
04.セシルのブルース / Blues de Cécile
05.蝶々 / Tick tuck
06.エレクトラ / Elektra
07.蛇むすめ / Snakegirl
08.トルココーヒー / Turkey coffee
09.モビーディック / Moby dick
10.白い猫 / Chat blanc


Boom Pam(ブーム・パム)

【小島麻由美】デビュー20周年企画第一弾!
地中海サーフロックバンド【Boom Pam(ブーム・パム)】との前人未到のコラボレーション作が登場!
【小島麻由美】の代表曲の数々が地中海を経由してテルアビブ・サーフロック・サウンドとしてリボーン!
デビューシングル『結婚相談所』(95年7月21日)、デビューアルバム『セシルのブ-ルース』(95年8月19日)より20年。
2015年、様々な記念リリースやコンサートが予定さている20周年企画第一弾として、小島麻由美と地中海サーフロックバンドBoom Pamとの前人未到のコラボレーション作が登場!イスラエル・テルアビブで結成されたBoom Pamは、地中海随一のサーフスポットとして知られるテルアビブ産のサーフロック・サウンドをベースにアラビアの音階も貪欲に取り入れたオリジナリティ溢れるサウンドが特徴。
その人気は本国に止まらず、ヨーロッパでも高い評価を得ており、日本でも『FUJI ROCK FESTIVAL'14』での来日をはじめ、二度の来日ツアーを行い徐々に認知を広げている。そのサウンドに魅せられた小島麻由美のオファーにより、この予測不可能な奇天烈コラボレーションが決定。
小島麻由美の代表曲の数々が、地中海を経由してテルアビブ・サーフロック・サウンドとしてリボーン!

■小島麻由美プロフィール
東京都出身。「古き良き時代」の音楽を愛するガールポップ・シンガー/ソングライター。1995年7月、シングル「結婚相談所」でデビュー。
現在までにオリジナルアルバム9枚、ミニアルバム2枚、シングル16枚、ライブCD1枚、ベストアルバム2枚、映像DVD2タイトルを発表。
ジャケットにも多く使用される自筆イラストがトレードマークで、1999年NHK「みんなのうた」への提供曲「ふうせん」では、三千数百枚に及ぶアニメ原画も提供。イラスト&散文集『KOJIMA MAYUMI'S PAPERBACK』もある。
映画、CMへの歌唱、曲提供多数。近年では2011年~現在放映中の『キッチン泡ハイター』CM曲を歌唱。海外での活動は、2001年仏盤コンピレーション参加。2001~2002年「はつ恋」が任天堂USAのCM曲として北南米にて1年間に渡り放映。公演は2006年JETRO主催『Japan Night』(上海)、2009年『Music Terminals Festival』(台湾・桃園)参加など。
2014年7月、4年ぶりとなるオリジナルリリースとしてミニアルバム『渚にて』、12月3日にはフルアルバム『路上』をリリース。『SUMMER SONIC 2014』への出演など、本格的に活動を再開する。デビュー20周年となる2015年には活発なライブ、リリースを絶賛計画中。https://www.kojimamayumi.com/

■ライブ情報
小島麻由美デビュー20th記念ツアー『WITH BOOM PAM』
出演 : 小島麻由美 with Boom Pam

[大阪公演]
■ 2015年8月31日(月) @梅田 Shangri-La
OPEN / START 19:00 / 19:30
TICKET 前売 4,500円 / 当日 5,000円 (1ドリンク別) 
2015年7月18日(土) 一般発売

オフィシャルWEB先行予約 (抽選)
受付先 : https://eplus.jp/kmwbp/ (PC&モバイル)
受付期間 : 2015年6月19日(金) 12:00 – 2015年6月30日(火)23:00
抽選日 : 2015年7月1日(水) 18:00
結果確認期間 : 2015年7月2日(木) 13:00 – 2015年7月3日(金) 18:00
入金期間 : 2015年7月2日(木) 13:00 – 2015年7月4日(土) 21:00
予約期間 : 2015年7月2日(木) 13:00 – 2015年7月5日(日) 14:00
オフィシャルHP先行受付販売確定日 : 2015年7月5日(日) 15:00以降
問合せ : 清水音泉 06-6357-3666 (平日12:00-17:00) 
https://www.shimizuonsen.com

[東京公演]
■ 2015年9月1日(火) @下北沢 GARDEN
OPEN / START 19:30 / 20:00
TICKET 前売 4,500円 / 当日 5,000円 (1ドリンク別) 
2015年7月18日(土) 一般発売

オフィシャルWEB先行予約 (抽選)
受付先 : https://sort.eplus.jp/sys/T1U14……001P006987 (PC&モバイル)
受付期間 : 2015年6月19日(金) 12:00 – 2015年6月30日(火)23:00
抽選日 : 2015年7月1日(水) 18:00
結果確認期間 : 2015年7月2日(木) 13:00 – 2015年7月4日(土) 18:00
入金期間 : 2015年7月2日(木) 13:00 – 2015年7月5日(日) 21:00
オフィシャルHP先行受付販売確定日 : 2015年7月5日(日) 15:00以降
問合せ : 下北沢GARDEN 03-3410-3431  https://gar-den.in/


  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291