「IO」と一致するもの

BS0 - ele-king

 ブリストルのサウンドとスピリットを伝えてきたBS0が、彼の地からサム・ビンガとライダー・シャフィークを迎え2年ぶりに開催。これにあわせ、2人は名古屋/金沢/東京/高知/沖縄/大阪を巡るツアーを敢行する。

 サム・ビンガとライダー・シャフィークは、一緒にそして個別に、現在の英国アンダーグラウンドで非常に重要な存在となっている。〈クリティカル・ミュージック〉での爆発的なダンスホール・コラボレーションで知られる2人のアーティストは、2012年以来さまざまなスタイルとテンポで共同作業を行っており、ロンドン〈ファブリック〉からクロアチア〈アウトルック〉まで、そして遠く離れたニュージーランド〈ノーザン・ベース〉で、共同のサウンドを獲得。

 サム・ビンガは、プロデューサーとしてヒューストンの伝説的なポール・ウォールとの「オール・キャップ」のダーティなサウス・ヒップホップから、ブリストルのカルトなレーベル〈ホットライン・レコーディングス〉でのマーカス・ヴィジョナリーとのUKファンキーのコラボレーションまで、多種多様なスタイルとサウンドを制作してきた。ロディガン、トドラT、DJターゲットなどのDJによる定期的なラジオ・プレイによって、DJとしての彼に対する世界的な需要も高まっており、南アメリカから中国まで、そしてその間のあらゆるところでヘッドライン・ショーが開催されている。

 ベースビンとダブプレートの世界を超えて、ライダー・シャフィークは、スポークンワードや、英国でさまざまな背景を持つ黒人として育った彼自身の人生経験を検証するパフォーマンス「アイ・デンティティ」など、幅広く豊かな表現で知名度を上げている。写真家と協力し、彼自身が根付いているコミュニティとの自然なつながりを活かし、ライダーはブラック・ブリティッシュ・ヘアスタイルの美しさ、多様性、繊細さ、およびそれらの自己アイデンティティとの関係を記録することを目的とした写真展「ロックス」も進行中。また、サム・ビンガがエンジニアリングとプロダクションで関わるポッドキャスト「i-MC」では、英国およびその他の国のMCやヴォーカリストとのインタヴューを行い、彼らの人生経験とそれらが音楽にどのように影響したかについて話し合っている。

 BS0プロジェクトとのコラボレーションによる今回の日本への初ツアーは、英国のサウンドシステム文化の音の伝統に根ざした幅広いサウンドとスタイルが導くことだろう。

Osunlade - ele-king

 プロデューサーであり、ミュージシャンであり、レーベル〈Yoruba〉の主宰者でもあるオスンラデが2年ぶりの来日を果たす。セントルイス出身のこのスピリチュアル・ハウスのヴェテランは、きっと最高にソウルフルでディープな一夜を演出してくれるにちがいない。11月9日は VENT へ。

ハウス界のメシア。
魂を揺さぶるディープ・ハウスの最高峰、 Osunlade

大人気のレーベル〈Yoruba Records〉を率い、アメリカのディープ・ハウス・シーンの最高峰に君臨する OsunladeOfficial が11月9日のVENTに初登場! 存在そのものがアートとも言える重鎮による2年ぶりとなる超待望の来日公演が決定!!

Osunlade ほど多彩なアーティストもなかなかいないだろう。ブラック・ミュージックの代表格であるブルースやジャズが生まれたセントルイスに生まれ育ち、幼少の頃から作曲に興味を持っていたという。17歳でハリウッドへ渡り、プロデューサーとしての才能を開花させてからは、メジャー・レーベルのもとで多くのヒット作を手掛けてきた。

やがてメジャーの音楽スタイルでの音楽制作は自分の音楽への情熱を弱めてしまうと感じ、一念発起してアーティストの道を選択。1999年に〈Yoruba Records〉を設立したのだ。一切の妥協がないディープでソウルフルな作品をコンスタントにリリースすることで Theo Parrish や Dixon をはじめ多くのトップDJたちにサポートされると、レーベルとともに Osunlade はアーティストとしても広く認知され、「ハウス界のメシア」と評されるようになった。

Osunlade の魂を反映したアフロ、スピリチュアル、ソウルフルなディープ・ハウス作品と、彼の繰り出す壮大なDJセットは、オーディエンスのエネルギーとヴァイブスと混ざり合いマジカルな一夜を創り上げるだろう!

- Osunlade -
DATE : 11/09 (SAT)
OPEN : 23:00
DOOR : ¥3,500 / FB discount : ¥3,000
ADVANCED TICKET : ¥2,500
https://jp.residentadvisor.net/events/1317046

=ROOM1=
Osunlade
Motoki a.k.a. Shame (Lose Yourself)
KITKUT (ON and ON)
Atsu (東風 / 三楽)

=ROOM2=
A.M.A. (ON and ON)
Tonydot (TANGLE)
KenNYstyle
Yuri Nagahori
Cozzy
MOMO.

VENT:https://vent-tokyo.net/schedule/osunlade/
Facebookイベントページ:https://jp.residentadvisor.net/events/1317046

※ VENT では、20歳未満の方や、写真付身分証明書をお持ちでない方のご入場はお断りさせて頂いております。ご来場の際は、必ず写真付身分証明書をお持ち下さいます様、宜しくお願い致します。尚、サンダル類でのご入場はお断りさせていただきます。予めご了承下さい。
※ Must be 20 or over with Photo ID to enter. Also, sandals are not accepted in any case. Thank you for your cooperation.

VENT PRESS
MAIL: press@vent-tokyo.net
TEL: 0364389240
ADDRESS: 〒107-0062 東京都港区南青山3-18-19 フェスタ表参道ビルB1F
VENT WEB SITE: https://vent-tokyo.net/
Facebook: https://www.facebook.com/vent.omotesando/
Twiter: https://twitter.com/vent_tokyo/
Instagram: https://www.instagram.com/vent.tokyo/


■プロフィール

Osunlade はアートそのものを擬人化したかのような存在だ。彼の音楽は、調和、人生、知性が融合されたメロディーを作り出す。彼の出身はブルースやラグタイム、ジャズなどが生まれたミズーリ州のセントルイスだった。7歳でピアノに運命的に出会った。12歳の頃までには作曲に興味を持っていたという。その後に地元でバンドを結成し、いくつかの楽器も習い、作品に磨きをかけるために学んでいた。

17歳のときの1988年に初めてプロとしてハリウッドへ旅行した。コリオグラファーでパフォーマーでもある Toni “Mickey” Basil にすぐに目をかけられ、セサミ・ストリートなど子供向けテレビ番組を含むいくつかのプロジェクトの音楽担当を任された。彼女の後押しもありロサンゼルスへ移住し、その後の壮大な楽曲制作のキャリアが始まったのだ。数年後に初めてプロデュースしたアルバム作品は、当時はまだインディーだった〈Intersope〉からのものだった。Gerardo というアーティストの作品で、今では友人であり、彼は俳優、ダンサーとしても活躍している。“Rico Suave”というラテン・ポップ初期作とも言えるキャッチーなフレーズの曲を制作した。GQerardo は素晴らしい機会を得た直後に、数作のプラチナ・アルバムと4枚のゴールド・シングルをリリースしている。

その後数年間で20作を超える作品に関わってきたが、Osunlade は音楽ビジネスを学ぶことは、自分の音楽への情熱を弱めてしまうのではないかと考えるようになった。マス向けで供給から成り立つものの元で働くのはやめようと決意したのだ。精神的な癒やしを求め、自分の魂に誇りを持つことを望んでいると、Ifa を知ることになった。それはアフリカのヨルバ民族やアメリカの奴隷達から伝わった自然を元にするの文化的/宗教的な占いのようなものだ。

1999年に Osunlade は夢を叶えるために動き出した。〈Yoruba Records〉を立ち上げたのだ。世界で最も重要なレーベルのひとつと認識されており、魂を昇華させる音楽を作り出している。

レーベルが成長していくと Osunlade の人気も高まっていった。2001年にはデビュー・アルバム『Paradigm』を人気の〈Soul Jazz Records〉 label からリリースした。このアルバムはその年の最も売れたハウス・アルバムの1枚となり、彼は「ハウス界のメシア」と評されるようになった。多くのDJが彼の音楽をサポートし、今ではより多くの人々に聴かれるようになりついには、ミュージシャンであり、コンポーザーであり、プロデューサーであり、そしてアーティストとして認知されたのだ。

DJセット、リミックス、アルバムそして数枚のミックスCDをリリースし Osunlade の唯一無二のクオリティの作品は常に高い評判を得ている。

Osunlade の率いる〈Yoruba Records〉は1999年の最初のリリース以来ダンス・ミュージック・シーンを牽引している。Ifa の教えのもとに立ち上げ、ディープ・ハウスからソウルフルなハウスまで幅広い作品をリリースしてきた。常に素晴らしい作品を心がけ一切の妥協がない。ダンスは昔から重要なものであり、ジャズやソウル、オルタナなエレクトロニックも作品を手掛けてきた。シンプルに良い音楽の事を考え続け、〈Yoruba〉は時代の変化を乗り越えてきた。様々なスタイルのアーティストの作品をリリースしてきた。コンセプトとして精神的な結びつきを最も重要視している。エネルギーとヴァイブスに導かれて、それぞれのアーティストが情熱に従ってクラシックだが誠実な、魂を反映するかのような作品を作り続けている。300を超える作品をリリースし、人々の中にある境界線を広げようとしているのだ

Gr◯un土 - ele-king

 大阪の音楽シーンには得体の知れないモノを生む出す力がある。ことクラブ・カルチャーにおいては90年代初頭からそれはずっとあったし、いまも失ってはいないようだ。
 大阪らしさのひとつには、ボアダムス的な折衷主義がある。思いも寄らないものが同じ宇宙で渦巻くようなアレである。Gr◯un土(グランド)にもそうした大阪らしさを感じる。彼の音楽は、ハウス・ミュージックを基調にしながら、今福龍太のクレオール主義よろしく世界のいろんな文化がパッチワークされる。じっさい彼が音楽を作るのは移動中=旅先なのである。南米や欧州やアジアや、それぞれのとある街で作られた彼の音楽には、日本には欠落しているのであろうなにか(文化)が注入されている。ゆえにその響きは、感性を拡張させる。
 昨年リリースされたアルバム『Sunizm』がひとつのきっかけになって、じょじょにではあるが、彼のスロー・ハウスの魔力により広く注目が集まりはじめている。とはいえGr◯un土(グランド)は、すでに10年以上のキャリアを持っているので、もうベテランと言ってもいいかもしれない。なんにせよ、ぼくはようやくこの天性の旅人と話すことができた。

自分が影響を受けたDJは京都のMamezukaさん、Sinkichiさん、Daichiさん、大阪だとマスモト・アツコさん、Dr Masher。YA△MAさんにダビーなハウスを教えてもらったり、Akio Nagase君からもダブとエレクトロニクスが融合してる感じのをたくさん教えてもらいました。

DJをはじめたのは何年?

G:クラブで働きはじめたのが19歳くらいのときでそのタイミングです。

大阪のクラブ?

G:大阪のfireflyというクラブです。東心斎橋というエリアに、fireflyという小さいクラブがあって。

15年とか17年くらい前の話?

G:はい。

じゃあ2000年代頭?

G:はい。

2000年代初頭の大阪には何があったんですか?

G:たくさんあったと思いますが、ひとつはMamezukaさんがオーガナイズしていたJAMs、あとはお店の先輩Dr.Masherがオーガナイズするアンビエントを主体にしたClearというイベント、単純に自分が働いていたお店でやっているパーティからの影響が強かったと思います。大阪・味園ビルの一角に週末だけオープンするクラブ『鶴の間』や京都の『活力屋』など、自分はFireflyで働いていたので、なかなか週末抜けるのは難しく、仕事が終わってから、先輩や同僚と鶴の間やMACAOに遊びに行ったりもしました。でも、なかなか他の箱に遊びにいくのは難しかったりしましたけど。

ALTZ君とか?

G:ALTZさんの名前はもちろん知っていました。ベータランドというVJユニットだったり、YA△MAさん。FLOWER OF LIFEに遊びに行ったりもしました。毎回参加はしていませんが、EYEさんが17時間? 18時間?セットをMACAOでやってたのはいまでも記憶に残っています。「凄いな〜」って。

じゃあ、影響を受けたDJも?

G:自分が影響を受けたDJは京都のMamezukaさん、Sinkichiさん、Daichiさん、大阪だとマスモト・アツコさん、Dr Masher。もともとFireFlyで働くきっかけを作ってくれた服屋の方がFireFlyでダブのイベントをやっていたので、初めはニュー・ルーツ、ON-U関連とか、そこからNew Tone RecordsでYA△MAさんにダビーなハウスを教えてもらったりして。あ、こういうのもかっこいいなって。YA△MAさんは本当にいろいろ好みな音を教えてくれましたね。他にもAkio Nagase君からもいろいろなUKのムーディー・ボーイズとかダブとエレクトロニクスが融合してる感じのアーティストをたくさん教えてもらいました。

そこから自分でもDJをはじめたの?

G:はい。働いているクラブでイベントをオーガナイズしながら。自分でオーガナイズをすると、自分でもDJをする時間ができるので、そこからはじめました。

最初からグラウンドという名義だったんですか?

G:はい。Groundです。10年経ったときに土をつけたんですよ。Оをでっかくして、グラウンドのDを土にして(Gr◯un土)、10年目だし進化させて変えていこうと(笑)。

いまはでも普通の表記だよね。

G:いまは。この前〈ESP institute〉というレーベルからアルバムを出したんですけど、あのときに名義が英語じゃないとややこしいからというレーベル側とのやりとりがあったんです。ならGroundにしようって。DJ Ground名義でもいろいろ出していますが。いまでも日本でDJする時はGr◯un土って表記して貰ったりしてますが。

〈Chill Mountain〉というのは?

G:〈Chill Mountain〉は2005年大阪・南河内でスタートした野外のキャンプ・イベントの名前で、5年前に野外での活動はストップしたんですが。その後もコレクティブとして各自メンバーは活動しています。自分は大阪のエンジニアKabamixさんの協力もあって、Chill Mountain Recという名でレーベルを運営したり、オリジナルメンバーにDJ のTOSSYとKAZUSHI、ギタリストのCHILLRERU(現在は陶芸家の松葉勇輝)、デコレーションを担当するm◎m◎、BARBA(現在 ウッドワーカー)、デザインやSILKSCREEN PRINT(SILK LOAD)をしているMT.CHILLs。いま現在も各自、形は変われど表現者として活動しているので、タイミングでまた集まって開催したいなとも思ってもいます。

いつから曲を作りはじめたんですか? 

G:25歳とか。11年前くらいですかね。はじめはDJだけでした。働くクラブが変わって。もともと東京で〈SOUND CHANNEL〉というレーベルをやっていたTAIYOさんが、大阪、難波、味園に『鶴の間』をオープンさせて、その移転後、大阪、大正(SOUND CHANNEL)をオープンさせて、僕自身もそこで併設されてたレコ屋でAkio Nagase君のMake dub recordsを手伝いながらSOUND CHANNELで働いていました。
Taiyoさんに手伝わせて下さいって言ったのを今でも覚えています。その時にじゃあAKIOの店を手伝えよって。
いままでのオーナーはザ・オーナーという感じだったんですけど、そのクルーは自分たちでも曲を作っていて。何をやっていきたいのかをTAIYOさんに訊かれたときに、「DJで食べていきたいです」と言ったら「じゃあ曲を作らなくちゃだめだよ」って。初めてパソコンで曲を作るやり方を見せてくれたのもTAIYOさんでした。機材が無いと作れないと思っていた自分に、「MAC BOOKに元から入っているGarage Bandっていうソフトでもできるよ、初めはそこからやってみ」、と。仕事明けに横に座って付き合ってくれたのをいまでも覚えています。ヨシオ君(Dollop)も丁寧に教えてくれましたね。みなさんもうそんなこと忘れていると思いますが……。

ファースト・アルバムは2015年の『Vodunizm』?

G:はい。それまではミックスCDだったり、1曲だけコンピに提供したりしていました。2008年(『Sync』)がたぶんいちばんはじめです。

どういうコンピレーションだったの?

G:アンビエントとかブレイクビーツとか。〈Chill Mountain〉メンバーのTOSSYがO.Rとはじめたレーベルでしたね。

とにかく、ずっとアンダーグラウンドでやっていたんだ?

G:はい。オーヴァーグラウンドというものにまだ触れていません。触れる機会すらないですよ。あるんですかね? 触れる機会……。

自分の音楽性みたいなものの方向には、野外でパーティをやった影響が大きかった?

G:だと思います。

グローバル・ビートというか、エスニックな感性がグラウンド君の音楽の特徴だと思うけど、それはどこからきたの?

G:レコードを買っていくときに、無機質なものよりワールド・ミュージック・テイストなものがやっぱり好きで。どつぼやったのがオーブとか、レネゲイド・サウンドウェイヴとか、レーベルでいうと〈セルロイド〉とか。先輩がそういうのを教えてくれて。だからダブからはじまったんですよね。最初はジャマイカのダブを聴いていたんですけど、その後ダブっぽいベースラインのエレクトロニクスを好きになって。それでレネゲイド・サウンドウェイヴとかムーディ・ボ-イズとか知って。それで24歳くらいのときにイギリスに行きました。ユースさんとかアレックス・パターソンさんは実際どんな感じでやってんねやろみたいな(笑)。

会いに行ったんだ(笑)。すごいな。本人とは会った?

G:会いました。ホワイトチャペルっていうエリアに2ヶ月半くらい住んで、ユースさんがブリクストンのJammという箱でイベントしていて、通いました。もう成熟した大人の方々なので、「日本からこいつ好きで来たらしいで」みたいな感じでしたが。ただ、同世代の子がユースさんのパーティを手伝っていて、その子が興味を持ってくれて、仲良くなって。「DJやらしてもらえるように俺が言うから」ってその子が言ってくれたんですけど、しばらく住んでてヨーロッパの他の国に行ったんですけど再入国できず、結局イベントに参加できずDJできませんでした(笑)。フライヤーはいまも部屋に飾ってあります(笑)。ちょうど地下鉄テロが起きたときで、とくに厳しかったみたいですね。ドーバー海峡のトンネル経由のバスでドーバー海峡渡る前のイミグレーションで引っかかり、フランスからドーバー海峡渡れず、フランスに2週間くらいいました。

よく日本に帰ってこれたね(笑)。フランスでは何をしていたの? 

G:とりあえずパリに行って、ゲストハウス探して、荷物は全部イギリスにあったので、カバンひとつでって感じで。記憶が結構断片的というか。相当テンパってたんだと思います。泊まったゲストハウスの壁がベロンベロンに破れてたのが記憶に残ってるくらいですね(笑)。あと、大阪で過去に共演したDJの方と偶然の偶然に再会したり、みんなで地べたでサラダ作って食べたのとか覚えてますね。どこかでまた再会したいですね。パリから航空チケット買って名古屋空港経由で帰ってきました。

いきなりミックスマスター・モリスの家に行ったのも笑えるな。

G:日本人の友だちのYUKIさんという方の誕生日会をやっていて、行ったらフラットメイトがモリスさんで。レコードもたくさん持っていて、すごく優しい人でしたね。でも何年かあとに日本にモリスさんが来て、そのときのことを話したら覚えてなくて。いっしょにサン・ラーのヴィデオ見たのにって(笑)。ま、そんなもんですよね(笑)。

ALTZさんはバンドマンなので、ただのDJとは違って音楽的な部分もちゃんとあって。ああいうふうに歳をとれたらいいなぁって思いますね。みんなでバンドして楽しそうだなって(笑)。同級生の親友と見に行ったんですが、2人で見ながら、こういう風なの憧れるよなって。ALTZさんは天才です。

『Vodunizm』はどういう意味なの?

G:これは4年前に東京のDJの7eちゃんが「Voodoohop(ヴードゥーホップ)のトーマッシュというプロデューサーが来日するんだけど、絶対合うよ!」って紹介してくれて、大阪で彼をゲストに〈Chill Mountain〉コレクティブでパーティしたんですけど、そのときに。2歳かな?  僕の年上なんですけど、話をきいたら世界中を飛び回っていて。すごくおもしろいコレクティブで。世界には同世代にこういう子らがおるんかと思いました。で何故かヴォダンとかブードゥとかアフリカ発祥のいろんな文化も興味が出て調べたりして。精霊のこととか、すごくおもしろいなと思って。それでヴォダンにニズムを付けて「Vodunizm」。造語を作るのが好きなんですよ。精霊別のイメージで曲作ったりして。
トーマッシュに、どうやったらそんな風に海外を回れるのと訊いたとき、サウンドクラウドに曲をアップして良かったら連絡がくるよみたいな感じで教えてくれて。とりあえず曲ができる度にひたすらSOUND CLOUDにアップしていた時期があるんですよ。そのときにいろんな方面から連絡がきまして。そっから海外からのリリースや海外でのDJ活動もはじまりましたね。3年前にはじめてドイツ、ケルンとか、ヨーロッパに行きました。その前に韓国に行ったこととかはあったんですけど、ヨーロッパはそのときがはじめてでした。去年はメキシコ、チリ、ブラジルに行ったり。

中南米ツアーだね。それはどういう繋がりなの?

G:Voodoohopにフローレンスさんというフランス人の美しく敏腕な女性がいるんですけど、その人が全部繋いでいってくれて。ここでできるから、もう話しているからと進めてくれて。その人がチケットとかも用意してくれたり。泊まるところを提供してくれたり。本当に感謝しています。

行く先々で曲を作っているみたいだけど。

G:はい。

それはPCで?

G:いまも持っているんですけど、ラップトップだけで。あとは一応レコーダーみたいなものも持っています。それで録ったものを取り込んだり。

じゃあ誰か人の家で作るの?

G:そうですね。いちばん多いのはプロデューサーの家に行って一緒に作ろうって。あとはどこでも。アパートの階段で作ったりもしますよ(笑)。

そうやって作ったものが去年出たアルバム(『Sunizm』)?

G:これはレコードが出たのは去年ですけど、曲自体は2016年にできたものなんですよ。

これ、とくに1曲目、2曲目が最高にかっこいいです。

G:ありがとうございます。“Osaka Native”というのは、大阪ごちゃまぜで、あんまりポリシーみたいなものを持っていないというか。アフリカの音楽だけでとか南米の音楽だけでとか、僕の頭のなかではそれがごちゃまぜになって、地球民族音楽みたいな。(笑)。おもしろいところを組み合わせたらおもしろいんちゃうかなみたいな。そういうところが根本なので。“Osaka Native”も大阪ネイティヴと言っているんですけど、いろんなところの、日本民謡とかも混ぜていたりとか。結局自分は大阪人なんで。笑えてなんぼなんですよ。

なるほどね。全然大阪ネイティヴじゃないね。

G:人によってそう感じるかもしれませんが、これは自分にとっては“Osaka Native”なんですよね(笑 )。ごちゃっとした感じというかいろいろ混ざってるというか。かっこいいと感じでもらえてたら自分的には何でもいいです(笑)。

大阪の人ってそういう感覚があるよね。ボアダムスもそうだったし、いろんなものをいろんなところから持ってくる独特の雑食性。しかも、わけのわからない、脈絡のないものを持ってくるみたいなところがあるよね。

G:発想力が重要なんじゃないでしょうか? 面白さというか、人が思いつかないようなもの。とか。そういうことが沁みつきすぎていて、それが自分の色になっているんかなみたいな。これとこれは絶対やらんやろとか。そんなことばっかり。これとこれを混ぜたらめっちゃおもろいねんけどみたいな。コピーみたいなものを自分は全然面白いと思わないので。

今年出たアルバムの『Cashoeiracid』。これはいつの録音なの?

G:これは去年の音源です。去年、ヨーロッパと南米で。

大阪にいるときは作らないんだ(笑)。

G:作らないわけではないんですが、最近は海外で作ってきた作品を、大阪にあるKabamix氏のLMDスタジオでミックスを教えてもらいながら作業したり、海外で作ったものを作品として仕上げる、のに一杯一杯な所もあります。で出来上がったらリリースして次の国へ、みたいな感じです。

旅しているときに作るんだね。おもしろいね〜。

G:ずっと住んでいる場所は安心はするんですけど。初めての場所にいると全てが違うので、なんていうかゾーンに入りやすいんですよね。作りたいというスイッチが絶えず入っていて。ずっと作っています。観光いかんでいいんかとか、みんなに言われますけど(笑)。今年行ったエクアドルもけっきょく全然観光していない。ずっとPablo君(Shamanic Catharsis)とJuan diego Illescas君のスタジオで曲を作っていましたね。あ、何箇所かは行きましたよ!

グランド君の音楽のベースにあるのはハウス・ミュージックだと思うんだけど、ハウスはどこに行っても通用する?

G:難しい質問ですが。通用するとこ通用しないところいろいろあるんではないかと思います。サンフランシスコやカナダのバンクーバーの野外フェスに行ってきましたが、主流はベース・ミュージックなんだと思いましたし。世界のいまのシーンはテクノの人が多いかなと感じることはありますが。それはRAが主体な(これが世界のクラブ・ミュージックの中心)的な風潮なんじゃないでしょうか、この地球は本当に広いので、そういう媒体に取り上げられていないシーンもたくさんあると思います。そういうシーンをもっと知りたいなって。自分の目で耳で見たものが自分にとってはリアルなんで。媒体に取り上げられてない素晴らしい天才達を自分は知っているので。
インターネットが地球上に普及しているので。そういう媒体からみんなこういうのがいまの主流と錯覚して拾ってきている感じがしますね。以前だと雑誌から情報を得ていたと思うので。ただそれは全て日本人が日本人用に作ったもので、あって、という感じですね。日本で異常に人気がある海外アーティストがヨーロッパの同世代のなかでは全然知られてないっていうのもたくさんありますね。誰それ? みたいな。

すごいね。スケールがデカいなぁ。

G:10数年前に比べると自分たちの世代はめっちゃ恵まれていると思っているんですよ。インターネットにしても、海外に行くにしても、昔は本当に大変だったんだろうなと感じます。google翻訳やgoogle mapもあるし、情報を調べればなんでも出て来る。十数年前は海外の現場とかまで行くにしろ、その現地の言葉で運転手に伝えて、行くわけじゃないですか、騙されたりたくさんあったと思います。いまは最悪どうしようもなければアプリのUberに目的地入れてそこまでの料金が出てドライバーが迎えに来てそのまま現場に行けるので、騙されることもだいぶ減っていると思うんです。料金も出ているし、そのドライバーは騙したら自分のポイントも下がるので。そういう意味でもテクノロジーが発達したことによって海外でもDJは動きやすくなっているんじゃないかなと思います。自分はマネージャーもいないので、そう感じます。マネージャーがいるDJの方々はまた違うと思いますが。音源のデモテープとかもいまはメール1本で1秒後には地球の裏まで届くわけじゃないですか。なんで昔の方に比べると本当に時代が変わったんだと思います。あ、あくまで自分の場合は、ですよ。

新しいアルバムはいつでるの?

G:8月にエクアドルで作ったEPが自分たちのレーベル〈Chill Mountain Rec〉からリリースされます。いままではずっと〈Chill Mountain Rec〉という自分らの媒体でリリースもやってきているんですけど、僕はほんまにプロモーション能力もひく過ぎて。

これからもっと売れるますよ! ところでALTZ君とか元気ですか?

G:この前会いました。Kabamix氏がP.Aで所属しているALTZ.Pというバンドのリリース・パーティで豊橋まで見に行ってきました。ALTZさんの歌のパートも増えていて、ボコーダーで。めっちゃかっこよかったです。もともとALTZさんはバンドマンなので、ただのDJとは違って音楽的な部分もちゃんとあって。ああいうふうに歳をとれたらいいなぁって思いますね。みんなでバンドして楽しそうだなって(笑)。同級生の親友と見に行ったんですが、2人で見ながら、こういう風なの憧れるよなって。ALTZさんは天才です。

いまの大阪のシーンはどうなっているの?

G:一時期の壊滅期に比べると新しく発生しているクラブとかもあって。厳しい環境でも止めずにDJとして頑張ってシーンを作っている方もたくさん知っています。いま現場で残っている人たち筋金入りの本気な人たちだと思います、死ぬまでみんな活動するんだなと思います。いまは箱で働いているわけじゃないので、細かなシーンの様子は自分は把握していませんが。僕はいまレギュラーパーティを持っていないのでMamezukaさんとChariさんが主催する『奇奇怪怪』というパーティに定期的に参加させてもらっています。Mamezukaさんは京都で昔、Mashroomというクラブ作ったり、MEGA道楽というライヴや喜怒哀楽やJAMsというパーティをやっていたり、フジロックの前夜祭で毎年DJしていたり、活動、人間性、すごく影響を受けました。関西で豆さんの影響を受けた方々はたくさんいるんじゃないでしょうか。

あの人はすごい初期からがんばってるよね。同じ世代なのでね。昔からアンダーグラウンドでやっている。

G:自分にとって心のお父さんみたいな感じです。

でもマメちゃんは京都じゃなかった?

G:京都です。おもしろいパーティやってます。新しい音楽も取り入れていて。いまだに進化しています。なので、最新の音をやっていますね。クラシックに頼らず、進化する姿勢は本当に素晴らしいです。歳を取っても自分もそうありたいなと思います。ただ、マメさんはデータにはいかずに、自分の曲も絶対に「レコードで出んと俺はかけられへん」って。「マメさんめっちゃええ曲できたんですよ!」って。報告しても「ごめんな」って(笑)。レコードにならないとマメさんに使ってもらえないんで、そういう部分含めて自分にとって心の父なんです。簡単にはかけてもらえないという。
あ、でも、いちばん新しいのは「AMANOGAWA EP」というレコードなんです。ドイツの〈SVS〉というレーベルから最近出たやつで。Bartellowというドイツ人アーティストと僕が一緒にプロデュースしたやつで、彼の来日ツアー時にKabamix氏のLMDスタジオで作った曲で。
シンセサイザーにMAYUKoさん、ヴォーカルにArihiruaさんやMt.Chills、Kabamix氏も参加してくれています。BARTELLOW & DJ GROUNDという名義で出てます。それはマメさんに使って貰えるかもですね。笑

ミッドナイト・トラベラー - ele-king

 スマホだけで撮ったドキュメンタリー。実験的な映像が随所にインサートされ、洒脱な仕上がりに。そして、なによりもアブストラクトな音楽が素晴らしい(エンディングはシガー・ロスみたいだったけど……?)。登場人物は監督の家族だけで、いわばホームヴィデオ。ただし、一家はタリバーンから殺害命令が出され、アフガニスタンには住めなくなった映画監督と妻、そして2人の娘である。監督のハッサン・ファジリには若い頃に意気投合した親友がいた。そいつがまさかのタリバーンに加わっていたため、だったら、捕まっても助けてくれるだろうと高を括っていた。が、彼が撮った映画の主演俳優が殺され、お前も危ないと忠告を受けてファジリは国外に脱出する。彼がどれだけ慌てていたかは、脱出部分の映像が一切ないことでも容易に推し量れる。

 一家はまずタジキスタンに逃れた。この時点であっという間に難民である。世界に約7000万人にいるという難民のうち国外に出た難民は2500万人だとされ、これに4人が加わったことになる。タジキスタンは中国に接していることやコンドリーサ・ライスらの経営する石油会社があることから米軍がそれなりの兵力を置く駐屯地となっている。アメリカとタリバーンの関係を考えると、確かにタジキスタンに逃れたのは賢い選択だったかに見えたけれど、難民申請は受理されず、賄賂を要求された一家は再びアフガニスタンに戻り、そのまま国を反対側へと突き抜けてイランにたどり着く。イランやトルコは最初からスルーで、目的地はヨーロッパと定められている。イランは確かに映画監督の追放が相次ぎ、『人生タクシー』(15)のような作品は命がけで撮られたりしているけれど、アスガー・ファルハディのように高く評価されている監督もいるし、麻生久美子が主演した『ハーフェズ』のような作品もある。トルコもエルドアンによる独裁が進んでいるとはいえ、ヌリ・ビルゲ・ジェイランやデニズ・ガムゼ・エルギュヴェンはなんとかやっていると思うと、イランやトルコが選択肢に入っていないのはちょっと納得が行かなかった。理由は娘たちの教育のことを考えて合法的に移民できる国に落ち着きたいからで、現在のヨーロッパがそう簡単に移民を受け入れる場所ではなく、仮りにヨーロッパに入れてもトルコに移送されて不法移民として落ち着く可能性が高いなら「最低でもトルコ」という可能性は残しながら、なるべく高望みをしたということなのだろう。だとしたら、その後の難民生活を「地獄めぐり」と呼んだことはその通りになっていったとは思うけれど、結果的にトルコに落ち着けば、家族がやったことはもしかして「しなくてもいい努力」だったのではないかというエクスキューズが残ってしまうことになった。

 難民としての苦労はフル・コースで襲ってくる。威嚇射撃はなかったものの、ファジリ一家は通称バルカン・ルートでブルガリアに辿り着く。まずは密航業者に騙されて大金を巻き上げられる。娘たちを誘拐すると脅される。食べ物がない。果樹園に忍び込む。寝る場所がない。冬山で野宿。フェンスをくぐる。廊下で寝る。走る。窓から雪が吹き込んでくる。そして難民キャンプに移民排斥デモが押し寄せる。カメン・カレフ監督『ソフィアの夜明け』(09)に移民が暗がりで殴られるというシーンがあったけれど、まさにブルガリアの首都ソフィアでファジリもまったく同じように殴られる。先の予定がまったくわからない。入国できるまでトランジットで何ヶ月も過ごさなければいけない。どれもキツい。セルビアで比較的まともな難民キャンプに入れた時は、もうそれ以上動かなくていいじゃないかとさえ思ってしまった。これらのハードなシーンの合間には、しかし、ファジリ一家の楽しい日常がこれでもかと詰め込まれている。妻のファティマ・ファジリは笑い上戸なのか、このような極限状態のなかでピリピリしそうなものなのに、料理をしながら笑いが止まらない様子。出発する前に大きな世界地図を広げ、娘2人にオーストリアまでの道のりを教えながら、途中で自分でもどこがどこだかわからなくなってしまう場面はなかなか愛らしかった。娘たちの無邪気さは難民の逃避行をどこか異常なピクニックといった趣に変えてしまい、思わず笑ってしまう場面も少なくなかった。ハッサン・ファジリはかつて女性は髪を隠さなければいけないと考えていたらしいのだけれど、髪を隠すのが面倒だと口に出して言うファティマの影響か、「お前はどうしたい?」と聞かれた長女のナルギスは思い切って「私は隠したくない」と意見を述べる。ナルギスが身をよじって、言いにくそうに話す様子を見てしまうと、イランという選択肢はなかったかなと。都市部はだいぶ緩くなってきたとはいえ、スマホでアングリー・ラップを聴きながらガシガシ踊るナルギスにイランはやはり過酷な環境になりかねない。法律が変わって女性が自由に行動できると思ったサウジアラビアでも考えの古い男たちが女性に暴力を振るうという事件も起きているし、最先端だけを見て行動するのは危険というか。

 ハッサン・ファジリが捉える娘たちの映像には彼女たちがぐっすりと眠りこけるシーンが何回もあった。次女のザフラはとんでもない寝相である。手足を好きなように伸ばして眠るポーズはまさに「自由」。

 2年前、日本中の電気が止まってしまい、鈴木一家が東京から九州まで自転車で旅をする『サバイバル・ファミリー』という邦画があった。なにがあっても家族は離れない。1人ぐらい途中で出会った人の家に残るとか、その方が自然な流れだし、いい人にはたくさん会うので、誰にとっても楽だろうと思うのに、バラバラだった家族が団結を固くするという教条主義が作品に柔軟性を与えず、とにかく不自然極まりなかった。これとは反対にファジリ一家の難民生活では家族と仲良くなる人が1人も現れない。現地の人たちは無理でも、かなりな日数を過ごした難民キャンプで多少は顔なじみになる人もいるはずだと思うのに、意図的にカットしたのでなければ、これもやはり不自然である。渡辺志帆氏による監督インタビューを読むと、ハッサン・ファジリは定期的に録画したデータをプロデューサーに渡し、スマホにはなるべく情報を残さないようにして撮影を続けたとあるので、外部との接触はプロデューサーがいわば集約的に引き受けていたのかもしれない。そのことによって純粋な難民生活というよりはやはり最終的には作品として回収されるプロセスとして、この旅は存在したという印象が強くなる。「カメラが入れないところにスマホが入った」的な考え方は、そういう意味では大した意味がない。撮影の道具があることによって明らかに意識は変性し、最終的に仕上げられた映像の美しさや音楽の素晴らしさは素材をまったく違う次元で昇華させているということもある。おそらくは難民生活を作品として完成させることで芸術家として他の難民とは区別され、ヨーロッパに認められる可能性も頭の片隅にはあったに違いない。映像のクオリティの高さはだから、ファジリが実力以上のクリエイティヴを爆発させた可能性もあるだろう。実際の生活はもっと過酷で芸術のことを考える余裕もないに等しかったのではないかと思うけれど、難民生活の悪い面に終始する作品ではなく、こんなにヒドいところでも人間は生きていけてしまうんだなということも含め、人が生きていることを力強く伝えてくれるドキュメンタリーになっている。強くなれることがむしろ人間の不幸だと思えてくるほどに。

*『ミッドナイト・トラベラー』は山形国際ドキュメンタリー映画祭(11日・15日)、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭(14日・17日)で上映予定。

また、名古屋国際センターで行われるUNHCR WILL2LIVE映画祭で13日と14日に無料上映会があります。詳しくは→https://unhcr.refugeefilm.org/2019/venue/nic-nagoya/

Throbbing Gristle - ele-king

 スロッビン・グリッスルの音楽はどこから来ているのか。メンバーのジェネシス・P–オーリッジ(以下、GPO)は1969年からCOUMトランスミッションズというアート集団で活動を開始し、70年代前半にはコージー・ファニ・トゥッティ(以下、CFT)もこれに加わっている。フルクサスの流れを引くハプニング・アートの系統だというから、彼らが表現の一環として音(楽)を取り入れたのは自然な流れだったのだろう。そして、彼らがメインとしていた身体的パフォーマンスから全面的に音楽を演奏する方向に注力し始める要因は2つあったと思う。70年代中期から胎動をはじめたパンク・ロックの気運と、音楽的なまとめ役としてタイミングよくクリス・カーターと出会ったことである。GPOはかなりパンク・ロックに入れ込んだようで、オルタナティヴTVによる初期のライヴ盤『Live At The Rat Club '77』は彼がカセットで録音した音源が元になっているし、マーク・ペリーや、とりわけアレックス・ファーガソンとはその後も長く付き合いが続き、スロッビン・グリッスルのスタジオ・ライヴ盤『Heathen Earth』(80)にもごく少数の招待客としてファーガソンの名前が散見できる。オルタナティヴTVはプラネット・ゴングの名義でダヴィッド・アレン(ゴング)のバック・バンドを務めていたヒア&ナウと長らくツアーを組んでいたバンドなので、もしかするとヒッピー・カルチャーとパンク・ロックの接点がその辺りで生まれ、ヒッピー育ちのGPOもその流れでパンクに関与していったのかもしれない。

 とはいえ、GPOとはまた異なる音楽的なバックボーンを持つCFTの存在もそうだし、アート集団として長らく活動を続けてきた彼らが、そのままパンク・バンドの形態を踏襲するわけがなく、彼らが音楽をやるからにはアートを体現してきた者たちの自意識がしっかりとサウンドに刻印される必要があった。そうなると音楽的なまとまりにすんなり向かうわけがないというか、スロッビン・グリッスルというアイディアをかたちにしたいのに、なかなかそれが上手くいかないプロセスはCFTの自伝『アート・セックス・ミュージック』にじれったいほど詳述されている。そして、それがクリス・カーターとの出会いによって一気にかたちをなすことも。現実的にはクリス・カーターによる手作りのシンセサイザー、グリッサライザーをメンバーそれぞれが操作し、これに何重にもエフェクトをかけたCFTのギターやGPOのヴォーカル、最後の最後にピーター・クリストファーソンのテープ操作が加わってスロッビン・グリッスルは鉄壁のフォーメイションに移行する。アートとパンクが純粋にぶつかり合った瞬間であり、他の不純物が少しでも混じっていたらこうはならなかったのではないかと思うほど、それはクリエイティヴな融合だった。ペリー&キングスレーがなぜかシンセサイザーを使ったポップ・ミュージックの輝きをいつまでも失わないように、ある種のジャンルを確立したミュージシャンの音楽が決して古びないのは、そこに真の葛藤や誕生の喜びがしっかりと刻み込まれるからに違いない。スロッビン・グリッスルによって確立されたインダストリアル・ミュージックもそうした歴史のひとつとなり、80年代前半に入るとさらなる広がりを見せ、2017年には回顧も含めてかつてないほどのピークに達している。オーストラリアのSPK、スペインのエスプレンダー・ジオメトリコ、日本のザ・マスク・オブ・ザ・インペリアル・ファミリー(杉林恭雄)、ドイツのアインシュツルツェンデ・ノイバウテンやラムスタイン、ユーゴスラヴィア(当時)のライバッハ、アメリカのスワンズやナイン・インチ・ネイルズと、世界に拡散していったスピードも早く、クロアチアン・アモールやヴァチカン・シャドウ、デムダイク・ステアやカツノリ・サワといった新世代もあとを絶たない。コースティック・ウインドウ(エイフェックス・ツイン)やデヴィッド・ボウイをこれらのリストに加える人もいるだろう。

 彼らの活動期間は短かった。オフィシャルには75年9月から81年6月まで。ライヴ・デビューが76年で、最後の「ギグ」はヒッピーの聖地サン・フランシスコ。活動期間が短いということはそれだけに彼らの残した軌跡も濃く、ムダも少ない。解散までにリリースしたオフィシャル・アルバムは4枚で、シングルは5枚(77年11月にファースト・アルバム『The Second Annual Report』、78年5月にファースト・シングル「United / Zyklon B Zombie」と12月にセカンド・アルバム『D.o.A. The Third And Final Report』、79年5月にセカンド・シングル「We Hate You (Little Girls) / Five Knuckle Shuffle」と12月にサード・アルバム『20 Jazz Funk Greats』、80年6月にスタジオ・ライヴ『Heathen Earth』と10月にはサード&4thシングルとして「Adrenalin / Distant Dreams (Part Two)」と「Subhuman / Something Came Over Me」を2枚同時、81年に初の12インチ・シングル「Discipline」と解散ライヴを収めた『Mission Of Dead Souls』。解散後にも『Funeral In Berlin』や『Rafters』といったアルバムに「S.O. 36 Berlin: Führer Der Mensheit」といったシングルが続々とリリースされ、デレク・ジャーマンのために録音したサウンドトラック盤『In The Shadow Of The Sun』は84年まで待つことに)。これらの活動履歴から11曲を選んで(解散の4ヶ月後に)〈ラフ・トレード〉がリリースした「ベスト盤」が『Greatest Hits - Entertainment Through Pain』(81年)である。実は初めて聴いた。シングルもほとんど持っていたし、2〜3曲のために買うほどではなく、すでにクリス&コージーも始動していて、『20 Jazz Funk Greats』というタイトルに迷わされた記憶にも左右された(トリッキーな要素の多い人たちなので、素直に聴くのに38年かかったということにしておこう)。

 オープニングは『D.o.A. 』から“Hamburger Lady”。ハンバーガーのように焼かれて死にかけている女性の歌。続いて『20 Jazz Funk Greats』のB1に収められ、なんともエロチックな響きを放っていた“Hot On The Heels Of Love”と、その原型ともいえる“AB/7A”も1曲飛ばして再録されている。シングル曲は“Subhuman”と“Adrenalin”、“United”もアルバムの早回し(?)ではなく、ゆったりとしたシングル・ヴァージョンがエントリー。この曲は労働者の団結を歌って……いるわけではなく、君と僕でくっつこうというただのエロ・ソング。音楽評論家のジョン・サヴェージによればエレクトロ・ポップの先駆作に数えられるという。スロッビン・グリッスルの様々な面をわざとカチ合わせてるような並べ方で、改めて多彩な人たちであったことが印象付けられる。“20 Jazz Funk Greats”はGPOとピーター・クリストファーソンで結成されるサイキックTVのテイストをすでに持っているし、“Tiab Guls”は『2nd Annual Report』の“Slug Bait - ICA”を逆回しで再録したもの(タイトルも逆スペル)。“Six Six Sixtie”“ What A Day”とやはり『20 Jazz Funk Greats』からの選曲が一番多い。

 CD2は2011年に再発されたものと同内容で、未収録のシングルから“Zyklon B Zombie”(78)やフランスの〈ソルディド・サンチメンタル〉からリリースされた“We Hate You (Little Girls)”と“Five Knuckle Shuffle”の両面(79)、同じく“Distant Dreams (Part Two)”(80)。『D.o.A. 』から“AB/7A”のミックス違いは初収録で、“The Old Man Smiled”は『Éditions Frankfurt-Berlin』(83)から。“Discipline”に“Persuasion”とやはり『20 Jazz Funk Greats』が多くなっている。

Throbbing Gristle - ele-king

 高校生の僕にはけっこうな背伸びだった。それまでビートルズの“Revolution 9”以外は実験音楽というものを聴いたことがなかったので、僕にとって『D.o.A. The Third And Final Report』(1978)を聴くことはかなり大きな扉を開ける行為となった。正確にいうとクラフトワークを初めて聴いた時にも自分が何を聴いたのかよくわからなくて、「実験音楽」を聴いた時に感じるような気持ちは大いに味わってはいた。扉の向こうにクラフトワークのようなものがたくさんいる世界を勝手に想像し、扉を閉めてしまえば知らなかったことにできるとも思った。しかし、スロッビン・グリッスルはそういった感覚ともまた違った。扉の向こうにあるのは「部屋」ではなく、立ち入り禁止区画のようなもので、わくわくするような感情からはほど遠く、どちらかというと、知ってもなんの得にもならないものなんじゃないかという懐疑心の方が僕は強かった。その時の訝しさはいまでもジャケット・デザインを見るだけで思い出すことができる。パンク・ロックでさえあっという間に一般的なコモディティへと落とし込んだミュージック・インダストリーが気を利かせてつくり出すヴィジュアルとは、『D.o.A. 』のそれは一線を画していた。彼らがCOUMトランスミッションズというアート集団として活動していたことは知らなかった。しかし、彼らがどこに位置していて、ほかのものとは違うタイプのものを発信していたことは一発でわかるデザインだった。スロッビン・グリッスルのメンバーにはヒプノシスのピーター・クリストファーソンがいて、ヒプノシスがハード・ロックやプログレッシヴ・ロックのためにわざとらしいデザインを量産していたことを思うと、この変化には驚くべきものがある。現代音楽のジャケット・デザインにも多少は存在したのかもしれないけれど、それにしてもここまで即物的なデザインは珍しく、『D.o.A. 』以降、この種のアート表現は確実にスタンダード化していったことは忘れてはならない(被写体となった少女はCOUMがアート・パフォーマンスのために訪れたドイツで出会ったポーランド人アーティストの娘、カーマ)。

『D.o.A. 』の前で扉を閉めてしまおうかどうか迷っていた僕に、虚心坦懐になれるチャンスをつくり出してくれたのは音楽誌の言葉だった。『ロック・マガジン』や『同時代音楽』といった音楽雑誌でスロッビン・グリッスルが熱く語られていなければ、僕はこうした音楽がなんのためにあるのかということを考え続けることはなかったかもしれない。『ロック・マガジン』や『同時代音楽』が取り上げてきた音楽は納得のいくものが多かったので、簡単にいえば信用があったから、もう少し『D.o.A. 』に付き合ってみようと思えたのである。あるいは彼らの音楽を評して「ノイズ・インダストリアル」というレッテルが貼られたことも僕には大きかった。概念化して初めて存在が認められる音楽というか、パンク時代とはいえ、結局は好きな歌手をミーハー的に聴くという習慣しかなかった僕には抽象化という理解のレヴェルが新しい遊びのように思えたのである。知的だった。いまから思えば同じ年にブライアン・イーノ『Music For Airports』がリリースされていた。

 しかし、実際にはクラフトワークの中期を思わせる“AB/7A”ぐらいしか最初は楽しむことができなかった。メカニカルで、スペイシーで、なんともロマンティックな響きはどう考えても浮いていた。どうしてこの曲が入ったのか、それはいま聴いても謎だけれど、この曲がなかったら、僕には取っ掛かりというものがなかったままだったかもしれない。クリス&コージーの出発点だと言われれば、あーそうかとは思うし、この路線は続く『20 Jazz Funk Greats』の“Hot On The Heels Of Love”にソフィスティケイトされて受け継がれる。AB/7A”と似た曲で、アルバム・タイトルにもなっている“Dead On Arrival”が僕の心を少しスロッビン・グリッスルに近づけていく。AB/7A”よりもノイジーで、電子音で荒々しさを表現するということが少しずつ新鮮に思えてきた。AB/7A”がそうであったように、シンセサイザーという楽器はまだどこか瞑想的であったり、夢を見るようなムードと結びついていた頃なので、スロッビン・グリッスルのような使い方はまだ始まったばかりだったのである。空間をノイズで埋め尽くしてしまうことを彼らは、フィル・スペクターと同じく“Walls Of Sound”と称していて、それをそのままタイトルとした曲ではさらに混沌とし、ディストーションを効かせた「ノイズ・インダストリアル」が展開される。

 ハードでノイジーな曲ばかりではない。コージー・ファニ・トゥッティ(以下、CFT)の自伝『アート・セックス・ミュージック』を読んだ後でジェネシス・P–オーリッジ(以下、GPO)の話を信じるか信じないかは微妙だけれど、GPOは“Weeping(すすり泣き)”という曲について興味深いエピソードを語っていたことがある。この曲をイアン・カーティスが「好きだ」と公言していたことをやめさせようとカーティス本人にクレームの電話をかけ、その数時間後にカーティスは首を吊ったというのである。電話から感じとれる雰囲気に違和感があったので、GPOはすぐにジョイ・ディヴィジョンのスタッフに連絡を入れ、彼らが本気にしなかったから、カーティスを死なせてしまったのだとも。また、『アート・セックス・ミュージック』では“Weeping”がCFTと男女の関係を解消したGPOがその悲しみの中でつくった曲だということも明かされている。スロッビン・グリッスルの曲をそうした色恋沙汰の文脈で理解することはちょっとがっかりな感じもあるけれど、歳もとったことだし、そうした下世話な面白さを楽しむことも、まあ、ありかなと。同じようにCFTがソロでつくったという“Hometime”も静かで優しい響きをなびかせている。これはCFTの甥と姪が遊んでいるところをフィールド・レコーディングしたものだそうで、それこそ近年のアンビエント・アルバムには必ず1曲ぐらいは入っているパターン。CFTにしてもリュック・フェラーリのクラシック『Presque Rien No.1』(70)の真似をしただけだろう。

 スロッビン・グリッスルの音楽もすべてが新しかったわけではなく、ミュジーク・コンクレートから受け継いだものも少なからずあるだろうし、それをアカデミックな領域ではなく、ストリート・カルチャーとして展開したところは大きな可能性だったといえる。そして彼らのつくり出した図式を踏襲したミュージシャンがどれだけの数に上り、巨大な負のエネルギーの受け皿となってきたことか。サージョンが“Hamburger Lady”をサンプリングし、フューチャー・サウンド・オブ・ロンドンが“I.B.M.”をサンプリングし、ディアフーフが“Blood On The Floor”をサンプリングし……

 なお、今回の再発にあたっては2011年の再発盤よりもボーナス・トラックが増え、カセットのみのリリースだった『At Goldsmiths College, London』(79)から「D.o.A.」のライヴ・ヴァージョンが追加されている。他の11曲は同じで、やはりカセットのみのリリースだった『At Butlers Wharf, London 23rd December 1979』(79)の「Introduction」を皮切りに、『At The Industrial Training College, Wakefield』(79)から「Industrial Muzak」や『At Goldsmiths College, London』(79)から“Hamburger Lady”のライヴ・ヴァージョンなどが猛威を振るう。『At Goldsmiths College, London』(79)から再録された“I.B.M.”はとくに素晴らしく、メンバーにとって思い出深いステージだったという『At The ICA London』(79)から“We Hate You (Little Girls)”が奇妙な余韻を残してすべては終わる。

Stereolab - ele-king

 ステレオラブ復刻プロジェクトがついに完結。5月の2nd&3rd、9月の4th~6th に続き、今度は2001年の7作目『Sound-Dust』と2004年の8作目『Margerine Eclipse』がリイシューされる。発売は11月29日。これまで同様、全曲リマスタリング&ボーナス音源追加。両作ともにショーン・オヘイガンが参加しており、前者ではおなじみのジム・オルークとジョン・マッケンタイアがエンジニアリングとミックスを担当している。現在『Sound-Dust』より“Baby Lulu”が先行解禁中。

STEREOLAB

90年代オルタナ・シーンでも異彩を放ったステレオラブ
10年ぶりに再始動をした彼らの再発キャンペーン第三弾発表!
『SOUND-DUST』と『MARGERINE ECLIPSE』の名盤2作が全曲リマスター+ボーナス音源を追加収録でリリース!

90年代に結成され、クラウト・ロック、ポスト・パンク、ポップ・ミュージック、ラウンジ、ポスト・ロックなど、様々な音楽を網羅した幅広い音楽性で、オルタナティヴ・ミュージックを語る上で欠かせないバンドであるステレオラブ。その唯一無二のサウンドには、音楽ファンのみならず、多くのアーティストがリスペクトを送っている。10年ぶりに再始動を果たし、今年のプリマヴェーラ・サウンドではヘッドライナーのひとりとして出演。5月には、再発キャンペーン第一弾として『Transient Random-Noise Bursts With Announcements [Expanded Edition]』(1993年)、『Mars Audiac Quintet [Expanded Edition]』(1994年)の2タイトルが、9月に第二弾として『Emperor Tomato Ketchup』(1996年)、『Dots And Loops』(1997年)、『Phases Group Play Voltage In The Milky Night』(1999年)の3作がアナログ、CD、デジタルで再リリースされている。

7タイトル再発キャンペーンの締めくくりとなる第三弾として、ジム・オルークとジョン・マッケンタイア共同プロデュースによる2001年の『Sound-Dust』と、久々のセルフ・プロデュース・アルバムとなった2004年の『Margerine Eclipse』の2作が、全曲リマスター+ボーナス音源を追加収録した“エクスパンデッド・エディション”で再発されることが発表された。また合わせて『Sound-Dust』より“Baby Lulu”が先行解禁されている。

Stereolab - Expanded Album Reissues Part 3
https://youtu.be/5mlLux_PEhc

Baby Lulu
https://stereolab.ffm.to/baby-lulu

今回の再発キャンペーンでは、メンバーのティム・ゲインが監修し、世界中のアーティストが信頼を置くカリックス・マスタリング (Calyx Mastering)のエンジニア、ボー・コンドレン(Bo Kondren)によって、オリジナル・テープから再マスタリングされた音源が収録されており、ボーナス・トラックとして、別ヴァージョンやデモ音源、未発表ミックスなどが追加収録される。


『Sound Dust [Expanded Edition]』と『Margerine Eclipse [Expanded Edition]』は2019年11月29日リリース。国内流通盤CDには、解説書とオリジナル・ステッカーが封入され、初回生産限定アナログ盤は3枚組のクリア・ヴァイナル仕様となり、ポスターとティム・ゲイン本人によるライナーノートが封入される。また、スクラッチカードも同封されており、当選者には限定12インチがプレゼントされる。さらに対象店舗でCDおよびLPを購入すると、先着でジャケットのデザインを起用した缶バッヂがもらえる。

label: Duophonic / Warp Records / Beat Records
artist: Stereolab
title: SOUND DUST [Expanded Edition]
release date: 2019/11/29 FRI ON SALE

[TRACKLISTING]

Disk 1
01. Black Ants In Sound-Dust
02. Space Moth
03. Captain Easychord
04. Baby Lulu
05. The Black Arts
06. Hallucinex
07. Double Rocker
08. Gus The Mynah Bird
09. Naught More Terrific Than Man
10. Nothing To Do With Me
11. Suggestion Diabolique
12. Les Bons Bons Des Raisons

Disk 2
01. Black Ants Demo
02. Spacemoth Intro Demo
03. Spacemoth Demo
04. Baby Lulu Demo
05. Hallucinex pt 1 Demo
06. Hallucinex pt 2 Demo
07. Long Live Love Demo
08. Les Bon Bons Des Raisons Demo

label: Duophonic / Warp Records / Beat Records
artist: Stereolab
title: MARGERINE ECLIPSE [Expanded Edition]
release date: 2019/11/29 FRI ON SALE

[TRACKLISTING]

Disk 1
01. Vonal Declosion
02. Need To Be
03. Sudden Stars
04. Cosmic Country Noir
05. La Demeure
06. Margerine Rock
07. The Man With 100 Cells
08. Margerine Melodie
09. Hillbilly Motorbike
10. Feel And Triple
11. Bop Scotch
12. Dear Marge

Disk 2
01. Mass Riff
02. Good Is Me
03. Microclimate
04. Mass Riff Instrumental
05. Jaunty Monty And The Bubbles Of Silence
06. Banana Monster Ne Répond Plus
07. University Microfilms International
08. Rose, My Rocket-Brain! (Rose, Le Cerveau Electronique De Ma Fusée!)

レディオヘッド/OKコンピューター - ele-king

レディオヘッドの代表作『OKコンピューター』を徹底分析!

UKロックの巨星、レディオヘッド、そして彼らを世界のトップへと押し上げた『OKコンピューター』──彼らの代表作であるこのアルバムを徹底的に分析し考察した一冊がついに刊行!

■プロフィール
著者
ダイ・グリフィス
オックスフォード・ブルックス大学専任講師。大学で30 年以上ポピュラー・ミュージックの研究を続けている。活字となった最初の記事でブルース・スプリングスティーンの『ザ・リバー』を、その後はロレイン・フェザーの「The girl with the lazy eye」などを取り上げてきた。これまでずっと歌を中心テーマとしてきたが、歌詞への興味はさらに強まり、2003 年発表の「From lyric to anti-lyric: analysing the words in popular song」は多くの方面から注目を集めた。著作としてはレディオヘッドのアルバム『OKコンピューター』、エルヴィス・コステロについての2冊が出版されている。1990年以降オックスフォード・ブルックス大学の学部および大学院でポピュラー・ミュージックについての講義を持つ。大学院生の研究テーマはジャズの歴史、映画音楽、新聞ジャーナリズム、分野の垣根を超えたアートなど、多岐に及ぶ。雑誌『Music Analysis』に「The high analysis of low music」、「After relativism」の2本を寄稿。他にもジョン・ケイルを含めウェールズのポピュラー・ミュージックについての論考がある。雑誌『Popular Music』の書評欄の編集を担当。

訳者
島田陽子
早稲田大学第一文学部英文学科、イースト・アングリア大学大学院翻訳学科卒。(株)ロッキング・オン勤務などを経て、現在フリー翻訳者として様々なジャンルで活動。『レディオヘッド/キッドA』(ele-king books)、『プリーズ・キル・ミー』『ブラック・メタルの血塗られた歴史』(以上メディア総合研究所)、『ブラック・メタル サタニック・カルトの30年史』(DUブックス)、『フレディ・マーキュリーと私』(以上ロッキング・オン)他、訳書多数。

レディオヘッド/OKコンピューター
ダイ・グリフィス(著)

■目次
序──Introduction
第一章『OKコンピューター』──OK Computer in the Recorded Past
第二章『OKコンピューター』を聴く──Listening to OK Computer
第三章『OKコンピューター』の未来──OK Computer in the future
最後に──Final thoughts
付録・参考文献──Appendix

Common - ele-king

 デビューからすでに四半世紀以上のキャリアを重ねながら、いまなおヒップホップ・アーティストとして意欲的な作品をリリースし続けている Common。特に Karriem Riggins との強固なタッグによって制作された、2016年リリースの前作『Black America Again』以降の動きは凄まじく、『Black America Again』の延長として Karriem Riggins と Robert Glasper と組んだスーパーグループ、August Greene 名義でのアルバムも、昨年のUS音楽シーンを代表する素晴らしい出来であった。『Black America Again』は、大統領に就任したばかりのドナルド・トランプに対する強烈なメッセージが込められ、コンシャス・ラッパーとしての自らの姿勢を改めて提示した Common であったが、『Let Love』というアルバム・タイトルが示す通り、通算12作目となる本作のテーマはストレートに「愛」だ。

 前作同様に Karriem Riggins がメイン・プロデューサーを務めているが、アルバムの先行シングルであり実質上のメイン・トラックである“HER Love”のみ故 J Dilla がプロデューサーとしてクレジットされている。「her」を敢えて大文字で表記していることからも分かるように、この曲は Common のクラシック中のクラシック“I Used To Love H.E.R.”の続編(正確に言うと、2013年に発表された J.Period のプロデュースによる“The Next Chapter (Still Love H.E.R.)”に次ぐ続々編)となっており、今年亡くなった Nipsey Hussle を筆頭に Kendrick Lamar など様々なラッパーの名前を交えながら、ヒップホップに対する愛をラップしている。Common にとって、この曲に最もふさわしいプロデューサーが個人的にも関わりの深い J Dilla であることは間違いないが、J Dilla の未発表のビート集である『Dillatronic』からピックアップされたトラックが実に見事に曲のテーマともマッチしており、まるでこの曲のために作られたかのような錯覚すら覚える。

 サンプリングによって作られた“HER Love”に対して、Karriem Riggins が中心となって作られた他の曲はサンプリングと生楽器とのバランスが実に絶妙だ。『Black America Again』や August Greene の流れの延長上ではあるのだが、Common のラップとのコンビネーションも含めて、作品を追うごとにそのサウンドはより洗練されたものになっており、ヒップホップというアートフォームの中のひとつの方向性としては、究極の域にすら達しているようにも感じる。BJ The Chicago Kid や Swizz Beatz、Jill Scott、A-Trak などを含めて、有名無名揃ったゲスト・アーティストも見事なスパイスと機能し、ときにハードにソウルフルにスウィートに、アルバムのテーマ性をそれぞれの方法で表現豊かに膨らませている。

 本作を聴いて改めて思うのが、ラッパーとしての Common の絶対的な普遍性だ。おそらく、今から25年前にリリースされたセカンド・アルバム『Ressurrection』から、Common のラップのスタイルというものは大きくは変わってない。メッセージ性はより強くなってはいるが、コンシャスというベースの部分は同じで、さらにフロウに関しては Common が得意とするパターンというのはすでに初期の時点でほとんど完成していたようにも思う。しかし、本作のラップを聴いても、そこに古さは感じられず、より研ぎ澄まされたことによって、いまが彼にとっての最高点とすら感じられるから驚きだ。

 本来はユール・カルチャーであるヒップホップだが、ベテランである Common だからこそなしえる、新たな景色をこれからも見せてくれることを期待したい。

Fatima Al Qadiri - ele-king

 セネガル生まれ、クウェイト育ち、最近はベルリン在住だというファティマ・アル・カディリは、これまで〈Hyperdub〉から『Asiatisch』『Brute』「Shaneera」と立て続けに素晴らしい作品を送り出してきたプロデューサーである。架空のアジア、警察の暴力、アラブのクィアと、毎度しっかりテーマを練ってくるタイプのアーティストだが、その次なる一手はどうやらサウンドトラックのようだ。
 今回彼女がスコアを手がけたのは『Atlantics』という、今年のカンヌ国際映画祭でグランプリ(審査員特別賞)に輝いたフィルムで、建設労働者の青年に思いを寄せる少女の恋物語が描かれている。監督はセネガル系のマティ・ディオップで、今回が初の長編作品。ファティマによるサントラは11月15日に発売、映画のほうはネットフリックスにて11月29日より公開される。現在、同サントラより“Boys In The Mirror”が公開中。

Fatima Al Qadiri - Boys In The Mirror

Atlantics - Trailer

artist: Fatima Al Qadiri
title: Original Music From Atlantics
label: Milan / Sony Masterworks
release: 2019/11/15

tracklist:
01. Souleiman's Theme
02. Ada And Souleiman
03. Qasida Nightmare
04. Yelwa Procession
05. Wedding Interlude
06. 10-34 Reprise
07. Qasida - Sunset Fever 1
08. Alleil
09. Suñu Khalis
10. Qasida - Sunset Fever 2
11. Boys In The Mirror
12. Souleiman's Theme - Issa Against The Sun
13. Body Double

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467