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ミッドナイト・トラベラー

ミッドナイト・トラベラー

監督:ハッサン・ファジリ

アメリカ、カタール、カナダ、イギリス/2019年/87分/ドキュメンタリー

原題:Midnight Traveler

三田格   Oct 12,2019 UP

 スマホだけで撮ったドキュメンタリー。実験的な映像が随所にインサートされ、洒脱な仕上がりに。そして、なによりもアブストラクトな音楽が素晴らしい(エンディングはシガー・ロスみたいだったけど……?)。登場人物は監督の家族だけで、いわばホームヴィデオ。ただし、一家はタリバーンから殺害命令が出され、アフガニスタンには住めなくなった映画監督と妻、そして2人の娘である。監督のハッサン・ファジリには若い頃に意気投合した親友がいた。そいつがまさかのタリバーンに加わっていたため、だったら、捕まっても助けてくれるだろうと高を括っていた。が、彼が撮った映画の主演俳優が殺され、お前も危ないと忠告を受けてファジリは国外に脱出する。彼がどれだけ慌てていたかは、脱出部分の映像が一切ないことでも容易に推し量れる。

 一家はまずタジキスタンに逃れた。この時点であっという間に難民である。世界に約7000万人にいるという難民のうち国外に出た難民は2500万人だとされ、これに4人が加わったことになる。タジキスタンは中国に接していることやコンドリーサ・ライスらの経営する石油会社があることから米軍がそれなりの兵力を置く駐屯地となっている。アメリカとタリバーンの関係を考えると、確かにタジキスタンに逃れたのは賢い選択だったかに見えたけれど、難民申請は受理されず、賄賂を要求された一家は再びアフガニスタンに戻り、そのまま国を反対側へと突き抜けてイランにたどり着く。イランやトルコは最初からスルーで、目的地はヨーロッパと定められている。イランは確かに映画監督の追放が相次ぎ、『人生タクシー』(15)のような作品は命がけで撮られたりしているけれど、アスガー・ファルハディのように高く評価されている監督もいるし、麻生久美子が主演した『ハーフェズ』のような作品もある。トルコもエルドアンによる独裁が進んでいるとはいえ、ヌリ・ビルゲ・ジェイランやデニズ・ガムゼ・エルギュヴェンはなんとかやっていると思うと、イランやトルコが選択肢に入っていないのはちょっと納得が行かなかった。理由は娘たちの教育のことを考えて合法的に移民できる国に落ち着きたいからで、現在のヨーロッパがそう簡単に移民を受け入れる場所ではなく、仮りにヨーロッパに入れてもトルコに移送されて不法移民として落ち着く可能性が高いなら「最低でもトルコ」という可能性は残しながら、なるべく高望みをしたということなのだろう。だとしたら、その後の難民生活を「地獄めぐり」と呼んだことはその通りになっていったとは思うけれど、結果的にトルコに落ち着けば、家族がやったことはもしかして「しなくてもいい努力」だったのではないかというエクスキューズが残ってしまうことになった。

 難民としての苦労はフル・コースで襲ってくる。威嚇射撃はなかったものの、ファジリ一家は通称バルカン・ルートでブルガリアに辿り着く。まずは密航業者に騙されて大金を巻き上げられる。娘たちを誘拐すると脅される。食べ物がない。果樹園に忍び込む。寝る場所がない。冬山で野宿。フェンスをくぐる。廊下で寝る。走る。窓から雪が吹き込んでくる。そして難民キャンプに移民排斥デモが押し寄せる。カメン・カレフ監督『ソフィアの夜明け』(09)に移民が暗がりで殴られるというシーンがあったけれど、まさにブルガリアの首都ソフィアでファジリもまったく同じように殴られる。先の予定がまったくわからない。入国できるまでトランジットで何ヶ月も過ごさなければいけない。どれもキツい。セルビアで比較的まともな難民キャンプに入れた時は、もうそれ以上動かなくていいじゃないかとさえ思ってしまった。これらのハードなシーンの合間には、しかし、ファジリ一家の楽しい日常がこれでもかと詰め込まれている。妻のファティマ・ファジリは笑い上戸なのか、このような極限状態のなかでピリピリしそうなものなのに、料理をしながら笑いが止まらない様子。出発する前に大きな世界地図を広げ、娘2人にオーストリアまでの道のりを教えながら、途中で自分でもどこがどこだかわからなくなってしまう場面はなかなか愛らしかった。娘たちの無邪気さは難民の逃避行をどこか異常なピクニックといった趣に変えてしまい、思わず笑ってしまう場面も少なくなかった。ハッサン・ファジリはかつて女性は髪を隠さなければいけないと考えていたらしいのだけれど、髪を隠すのが面倒だと口に出して言うファティマの影響か、「お前はどうしたい?」と聞かれた長女のナルギスは思い切って「私は隠したくない」と意見を述べる。ナルギスが身をよじって、言いにくそうに話す様子を見てしまうと、イランという選択肢はなかったかなと。都市部はだいぶ緩くなってきたとはいえ、スマホでアングリー・ラップを聴きながらガシガシ踊るナルギスにイランはやはり過酷な環境になりかねない。法律が変わって女性が自由に行動できると思ったサウジアラビアでも考えの古い男たちが女性に暴力を振るうという事件も起きているし、最先端だけを見て行動するのは危険というか。

 ハッサン・ファジリが捉える娘たちの映像には彼女たちがぐっすりと眠りこけるシーンが何回もあった。次女のザフラはとんでもない寝相である。手足を好きなように伸ばして眠るポーズはまさに「自由」。

 2年前、日本中の電気が止まってしまい、鈴木一家が東京から九州まで自転車で旅をする『サバイバル・ファミリー』という邦画があった。なにがあっても家族は離れない。1人ぐらい途中で出会った人の家に残るとか、その方が自然な流れだし、いい人にはたくさん会うので、誰にとっても楽だろうと思うのに、バラバラだった家族が団結を固くするという教条主義が作品に柔軟性を与えず、とにかく不自然極まりなかった。これとは反対にファジリ一家の難民生活では家族と仲良くなる人が1人も現れない。現地の人たちは無理でも、かなりな日数を過ごした難民キャンプで多少は顔なじみになる人もいるはずだと思うのに、意図的にカットしたのでなければ、これもやはり不自然である。渡辺志帆氏による監督インタビューを読むと、ハッサン・ファジリは定期的に録画したデータをプロデューサーに渡し、スマホにはなるべく情報を残さないようにして撮影を続けたとあるので、外部との接触はプロデューサーがいわば集約的に引き受けていたのかもしれない。そのことによって純粋な難民生活というよりはやはり最終的には作品として回収されるプロセスとして、この旅は存在したという印象が強くなる。「カメラが入れないところにスマホが入った」的な考え方は、そういう意味では大した意味がない。撮影の道具があることによって明らかに意識は変性し、最終的に仕上げられた映像の美しさや音楽の素晴らしさは素材をまったく違う次元で昇華させているということもある。おそらくは難民生活を作品として完成させることで芸術家として他の難民とは区別され、ヨーロッパに認められる可能性も頭の片隅にはあったに違いない。映像のクオリティの高さはだから、ファジリが実力以上のクリエイティヴを爆発させた可能性もあるだろう。実際の生活はもっと過酷で芸術のことを考える余裕もないに等しかったのではないかと思うけれど、難民生活の悪い面に終始する作品ではなく、こんなにヒドいところでも人間は生きていけてしまうんだなということも含め、人が生きていることを力強く伝えてくれるドキュメンタリーになっている。強くなれることがむしろ人間の不幸だと思えてくるほどに。

*『ミッドナイト・トラベラー』は山形国際ドキュメンタリー映画祭(11日・15日)、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭(14日・17日)で上映予定。

また、名古屋国際センターで行われるUNHCR WILL2LIVE映画祭で13日と14日に無料上映会があります。詳しくは→https://unhcr.refugeefilm.org/2019/venue/nic-nagoya/

三田格