「IO」と一致するもの

interview with Simon Halliday - ele-king

 メンバーのひとりは一時期スージー&ザ・バンシーズに関わり、アダム・アンド・ジ・アンツやサイキックTVへと合流し、その後マスやザ・ウルフガング・プレス、そしてレネゲイド・サウンドウェイヴにも発展する1980年のRema-Remaをはじめ、初期バウハウス、レーベル創始者が率いるディス・モータル・コイル、デッド・カン・ダンス、コクトー・ツインズ……同じ匂いを発しながらも際だった個が揃っていたオリジナル〈4AD〉に強固なレーベル・イメージがあったことは、当時を知らずとも想像がつくだろう。それはポストパンク期におけるゴシックの代表格でありインダストリアルであり、ペイガニズムであり、モノトーンの美学であり、耽美主義であり、ないしはノイズやエクスペリメンタル・ロックなどにカテゴライズされる、笑顔や太陽がもっとも似つかわしくない音楽だった。(〈ブラッケスト・エヴァー・ブラック〉や〈モダン・ラヴ〉のようなレーベルは、オリジナル〈4AD〉の現代解釈ともいえる)
 UKのインディ・ロック全盛時代のはじまりに誕生した〈4AD〉は、〈ファクトリー〉や〈ラフトレード〉や〈ミュート〉のように、日本においてもレーベル自体のファンが多くいたし、黒いシャツに黒いロングコートを着て前髪が長ければ、それはまあほぼ〈4AD〉のファンでしょうという時代があった。いまはもうみんないい歳になっているけれど。
 オリジナル〈4AD〉の創始者は、アイヴォ・ワッツ=ラッセルというカリスマ性のある人物で、ディス・モータル・コイルなるプロジェクトをオーガナイズして音楽作品も出していたほどのレーベルの顔役だった。ワッツ=ラッセルはしかし、90年代末にレーベルを去っている。それでも〈4AD〉は、しばらくのあいだワッツ=ラッセル時代の〈4AD〉イメージから脱却できずいたようだが、2008年にもともとは〈WARP〉のスタッフだったサイモン・ハリデイが社長に就任すると、レーベルはようやく古い衣を脱ぎ捨てて、新生〈4AD〉が始動した。
 まあ、それでもその残照はディアハンターの『Halcyon Digest』(2010)には確実にあったと思うし……、グライムス『Visions』(2012)のアートワークも〈4AD〉っぽいよなぁと思ってしまうのは年老いたモノの悪いクセだろう。でもね、UKガラージから来たゾンビーの『With Love』(2013)なんていかにも〈4AD〉だった。が、そのいっぽうで、チューン・ヤーズはパワフルで温かい音楽なわけだし、オルダス・ハーディングはエモーショナルだし、U.S.ガールズはポップだし、グライムスの音楽はエレクトロニックでキャッチーだ。アーティストは世代交代したし、新生〈4AD〉がいま活気づいているのはここ数年のカタログを見れば一目瞭然なのである。
 去る1月後半にレーベルのショーケース・ライヴのために来日した新生〈4AD〉の社長、サイモン・ハリデイに話を訊いた。

本当は〈ワープ〉にいるときにディアハンターと契約したかったんだけど、やらせてもらえなかったんです。彼らと仕事をしはじめる何年か前からずっと様子を伺っていました。そのあと〈ワープ〉を辞職して〈4AD〉にいったタイミングで彼らと契約をしました。

1992年から長いあいだ〈ワープ〉に勤めていたんですよね?

サイモン:そうです。10〜11年ほど〈ワープ〉で働きました。なので、私はふたつの良いレーベルで働いたことになります(笑)。

〈ワープ〉で働きはじめたきっかけは?

サイモン:レーベル・マネージャーと友人であったということもあって、〈ワープ〉で働きました。で、90年代ずっと〈ワープ〉にいたんですけど、じょじょにアメリカのマーケットでもいい状況になっていったんですね。それで私がアメリカに行くことになって、で、フライング・ロータス、バトルズ、グリズリー・ベアなどといったアメリカのアーティストと契約を結んだんですよ。

へー、なるほど。どうして音楽業界で働きたいと思ったのですか?

サイモン:仕事という感じがしなかったんです。趣味という感じ。働いている感じがしないので、趣味を仕事にするほうがやっぱりいいなと。もうひとつの趣味がフットボールで、それを仕事にすることはできないけど、音楽ならできるなと思いました(笑)。当時ナイトクラブで踊ってばかりいて、もし音楽業界で働けば仕事としてナイトクラブにも行けるなと思いました(笑)。だから音楽を仕事にすることは自然でした。

〈ワープ〉に初期から携わっていたということは小さな地方のレーベルがどんどん大きくなっていく、成長していく過程をまさに現場で見ていたということで、これはあなたにとって大きな経験だと思います。いま〈4AD〉で働くうえでそのときの経験はどのように生かされていますか?

サイモン:〈ワープ〉での経験と〈4AD〉とはまた全然違いますね。なぜかというと、〈4AD〉は自分が入ったときすでにビックなレーベルだったので、成長というよりは、維持をするということのほうが大事だったんです。〈4AD〉も下降気味のときはありましたが、自分が〈4AD〉に入ったときは良いときだったのですごくラッキーでした。なので、ボン・イヴェールディアハンターと契約したときすぐに成功することができたんです。自分にとってやりやすい環境でした。簡単に成功することができたんです。

すこし話が前後しますが、長年携わってきた〈ワープ〉をなぜやめて、なぜ〈4AD〉に入ることになったのですか?

サイモン:〈ワープ〉のオーナーと自分とのあいだに少し意見の食い違いがでてきて、彼が契約したいバンドと自分が契約したいアーティストが少し違ってきたんです。だからそのときに〈ワープ〉を去ろうと思いました。ボスと対立するということはよくあることですよね。他にもいろいろ道があるわけですが、その他のことに挑戦することで成長もできると思うんです。自分はそれによって成長したと思います。他の誰かがノーといっても、自分の決断に100%の責任を持ちたい。チームで働くことにおいてとても大事なのは、自分はチームの二番手ではなくて、チームを導く存在になりたいということだと思っています。

〈4AD〉に移ったのは2008年ですか?

サイモン:2007年です。

ディアハンターと契約したのもあなたですか?

サイモン:本当は〈ワープ〉にいるときにディアハンターと契約したかったんだけど、やらせてもらえなかったんです。彼らと仕事をしはじめる何年も前からずっと様子を伺っていました。そのあと〈ワープ〉を辞職して、自分が〈4AD〉にいったタイミングで彼らと契約をしました。

たしかにあなたが〈4AD〉に携わってから、〈4AD〉のカタログの間口がザ・ナショナルや、チューン・ヤーズなどなど、すごく広がったし、活気づいたと思います。オリジナルの〈4AD〉はゴシックのイメージがあまりにも強いレーベルでしたが、〈4AD〉の更新させるというのはあなたにとって大変なことでしたか?

サイモン:そんなことないよ。たしかに〈4AD〉は80年代のイメ―ジがすごく強くてアイコニックだったと思います。でも、〈4AD〉はコクトー・ツインズだけじゃなく、ピクシーズだっているんです。とはいえ、たしかに80年代の〈4AD〉はコクトー・ツインズ的なイメージのほうが強かったと思います。しかし90年代に入ってからこのイメージは消えました。そもそも音楽はその10年で大きく変化しましたから。そして〈4AD〉はその時代の大きな変化を受け入れなかったからだと私は思っています。
レーベルはビジネスと音楽の両方のバランスをとることが大事です。これはとても難しいことです。私が〈4AD〉に入った10年前、〈4AD〉は80年代のアイコニックではなく、多様性のあるモダンな若者のレーベルになろうとしていました。それは私にとってラッキーなことでした。もしそのときの〈4AD〉が絶頂期だったらそうはいかなかっただろうし、維持し続けるのは難しかったと思います。低迷期だったからこそ変化させることができたと思っています。
それと、〈4AD〉の人たちも良い音楽のテイストをもっているんです。みんな趣味が良い。だから私たちは良い音楽を取り上げて、成長することができたと思います。とても素晴らしいことでしたね。私が決断をしたとき、みんなが賛成してくれる。素晴らしいことです。チームで決断をするというのはすごく難しい、しかし、チームみんなで決めるべきことというのはたしかにあるんです。それにはふたりの人がいることが必要です。たとえば実験し挑戦する人と決断する人、チェックする人と決断する人みたいな感じです。チェックがうまくいくと、バランスが良くなって仕事が良くなる。ひとりで決断するほうが良い結果をだせるという人もいるけれど、私はチームでベストなアイデアをピッキングするほうが良い結果が生まれると思っています。〈ワープ〉では私とスティーブが一緒に決断をしようとするときは、お互いの意見を言い合っていました。これと同じことが〈4AD〉でもできているんです。

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〈4AD〉の場合は、ビッグにしてくれるものやビックにしようとしているものを世界中に探している。だからあなたのおっしゃるとおり。アンダーグラウンド・ミュージックを幅広いオーディエンスに届けようとしている。でも完全にポップにはならない。だからビック・インディペンデント・ミュージックと呼んでいるんです。ビック・インディ(笑)。

〈ワープ〉はエレクトロニック・ミュージックとクラブ・カルチャーがバックグラウンドにあってアイデンティティがすごくわかりやすいレーベルですよね。オリジナルの〈4AD〉には確固たるアイデンティティがあったと思います。では、現在の〈4AD〉にとってのアイデンティティというものを、あなたはどのようにお考えでしょうか?

サイモン:先ほども言いましたが、〈4AD〉には80年代にはゴシックのイメージがありましよね。〈ワープ〉には、エレクトロニックでもっと賢い音楽というイメージがあると思います。シンプルなハウスではなくて、複雑で知的なダンス・ミュージック。家で聴けるエレクトロという感じです。それに対して、いまの〈4AD〉にはアイデンティティというか、なにか固有のイメージというものはないかもしれません。多様性があって幅が広すぎるんです。〈4AD〉には、グライムスピュリティ・リングもいますから。
いまの時代、音楽ファンは音楽を幅広く聴くようになっています。とくに若い人たち、10代の人たちはプレイリストでポップ、ヒップホップ、R&B、ギター、いろんな音楽をどこでも聴いているわけですよ。だから多くの契約をすることは多様性を持つひとつの方法であり、敢えてイメージを持たないことにつながるんです。ひとつの音楽にイメージを持つことは簡単だけど多様性をじつげんするのは難しいと思います。

ちょうど〈クランキー〉みたいなレーベルがやっていることと、メインストリームとの懸け橋みたいなポジションに〈4AD〉はいるのかなと思います。要するにアンダーグラウンドで、マニアックな音楽を作っている人たちのなかにもポテンシャルを持っている人たちがいて、それをもう少しポップフィードに近づけるということを意識されているんじゃないですか?

サイモン:そう、まさにおっしゃるとおりだと思います。ビック・インディだと自分では思っているんですけど。〈クランキー〉みたいなアンダーグラウンドのレーベルはもまったく素晴らしいですよね。ゴッドスピード・ユー・ブラック・エンペラーとか、スターズ・オブ・ザ・リッドとかディアハンターとか。ディアハンターももともとは〈クランキー〉なんですよ。あのレーベルは素晴らしいテイストを持っていると思います。

あとはティム・ヘッカーもそうですね。〈クランキー〉で出していて〈4AD〉からもリリースした。

サイモン:そうそう。〈クランキー〉は彼らの選択によってシンプルでスモールにやっています。〈4AD〉の場合は、ビッグにしてくれるものやビックにしようとしているものを世界中に探している。だからあなたのおっしゃるとおり。アンダーグラウンド・ミュージックを幅広いオーディエンスに届けようとしている。でも完全にポップにはならない。だからビック・インディペンデント・ミュージックと呼んでいるんです。ビック・インディ(笑)。

先ほどのあなたの話で、〈ワープ〉時代にアメリカ働かれていたとおっしゃっていましたが、やはりイギリスのインディ・シーンとアメリカのインディ・シーンとは違いますか?

サイモン:じつはあまり違いは感じていません。アメリカのインディもイギリスのインディも達成したい目標というものは同じです。文化や音楽が違えど、ドイツでもオーストラリアでも日本でもアメリカでもイギリスでもファンはみんな一緒なんです。良いテイストをもっていて、本当に音楽が好きで、音楽を聴きたいという。なので、あんまり違いは感じませんでした。
でもアメリカにオフィスをもっていたことで、アメリカのバンドというのがより心地良く、他国という感じがせずに契約できたということはすごくよかったですね。90年代に入ってからイギリスの音楽というのは、悪くなったというとあれですが、アンダーグラウンドが低迷していったと思います。オアシスもそうですが、スピリチュアライズドもだんだんポップになってしまった。ものすごくビックになってしまったんです。アンダーグラウンドというものが存在しなくなっていったと思います。しかしアメリカでは、同じ時期に30万枚とかどんなにレコードが売れたとしてもインディにいることができたんです。ポップのラジオでかからなくてもインディのちゃんとしたシーンというものがあって、アンダーグラウンドというものがすごく盛り上がっていたと思います。そのころのイギリス(のシー)はアメリカと違って迷っていたと思いますね。
とはいえ、やがてイギリスのアンダーグラウンドからはグライムなんかがでてきて、以来、変化していますよね。しかし最近では、アメリカのヒップホップがどんどん侵略してきて、若いひとたちはR&Bとかラッパーに憧れています。なので、今後アメリカとイギリスのアンダーグラウンド・シーンというものがどうなっていくのかを私も見守っていきたいと思っているんです。

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たとえば、チューン・ヤーズのときは、チューン・ヤーズを聴くまではどんな音楽か想像できなかったように。探し求めているようなオリジナリティというのは、たとえるなら頭のなかに浮かぶ電球玉のようなものだと思います。「ああ! 新しいね!」みたいなね。

いろいろやってますが、根幹には〈4AD〉はロックというか、ギター・ポップにこだわっているところもあるのかなという気もしますが、いかがでしょうか?

サイモン:それは違います。ただ自由に、ほとんどの場合アーティストを探すときは、オリジナリティを求めています。たとえば、チューン・ヤーズのときは、チューン・ヤーズを聴くまではどんな音楽か想像できなかったように。探し求めているようなオリジナリティというのは、たとえるなら頭のなかに浮かぶ電球玉のようなものだと思います。「ああ! 新しいね!」みたいなね。グライムスやピュリティ・リングもそうです。グライムスのデモは静かなギター調でした。サウンドはマッシヴ・アタックみただし、スピリチュアライズドみたいでもありましたね。

なるほど。オリジナルという点では、ゾンビーU.S. ガールズギャング・ギャング・ダンスもたしかにそうですねぇ。これからグライムス、ベイルートの新作がでて、今月はディアハンターがでたので、せっかくなのでそれぞれに関してあなたのコメントをください。

サイモン:ディアハンターの新しいアルバム『Why Hasn't Everything Already Disappeared?』は大好きです。ライヴ演奏もより良い新しいサウンドになっています。

あなたは彼らを最初に契約したと言いましたが、どこにいちばん惹かれたのですか?

サイモン:彼らのもっていたフィーリングです。ロック、サイケデリックのミクスチャー。彼らの音楽は、コクトー・ツインズとかスピリチュアライズドとか、自分が大好きなものを思いおこさせたんです。似ているサウンドではないのに、なぜかそれが混ざりあっているような気にさせる。

わかります。ディアハンターって、アメリカのバンドですが、UKインディっぽい感じがありますよね。UKの80年代のインディ・ロック・バンド、エコー&ザ・バニーメンみたいでもあります。

サイモン:私もその名前をだすべきでした(笑)! エコー&ザ・バニーメンは自分が若いときに大好きだったバンドでした。本当にそうですね。当時、ディアハンターが脚光を浴びたとき(※2008年ぐらい)、イギリスのバンドは、そういうサウンドを作っていませんでした。ディアハンターがそういうサウンドを作って、ブリティッシュ・バンドもふたたびそのような音を作るようになったんです。

おもしろいですよね。UKのバンドがかつてやっていたことをいまUSのバンドのほうが受け継いでいるような。

サイモン:アメリカとイギリスでしょっちゅうアイデアを交換しているようなことはあります。ハウスとテクノが良い例だと思いますね。86、87年はアメリアのシカゴとデトロイト、UKで、UKがハウスとテクノをやりだして、それがアメリカに戻ってそれぞれが変化しました。同じように、イギリスのバンドにとってもディアハンターは重要だったんです。

グライムスのアルバムに関してはどうですか?

サイモン:まだ完成していないんだけど、音楽的で、プログレッシヴで、曲が長いです(笑)いまのところ私が聴いた曲はあまりダンス的ではありませんでした。マッシヴ・アタックのセカンド・アルバムみたいな感じでしたね。8分から9分くらいのトラックで、スピリチュアライズドみたいな雰囲気もありました。ほかにハウスっぽい曲もありましたよ。とにかくバラエティーがありますね。彼女はやってくれるますよ(笑)!

どういう方向に行くのか、気になりますね。

サイモン:わからないですね。彼女でさえもわかっていない(笑)。

あとはベイルートもでましたよね。ベイルートも素晴らしいバンドです。

サイモン:シングルはすごく良い調子です。年齢を重ねるにつれて良いシングルの書き方というのがわかってきていると思います。あのシングルはみんながとても好きですね。

最後に〈4AD〉の野心というか、今後の目標としているものがあれば教えてください。

サイモン:目標は良い音楽をリリースし続けて、良いアルバムを作るということだけです。これからの10年はオリジナリティがあるレコードをリリースし続けて、ミュージシャンをより上の段階へと上げていくことです。チームとなって彼らを手助けし、音楽を取り上げ、音楽をよりビックにし、ミュージシャンをプロフェッショナルにする。音楽を作るだけで生活ができるようにです。
しかし、現実的な野心はいくつものオリジナリティがある素晴らしい音楽をリリースするだけ。「野心はそれだけ?」と思われてしまうかもだけど、そうなんです(笑)。純粋でありつづければ、すべてはどんどん良くなっていくと思います。良い音楽をリリースし続けていくこと、それがすべてです。いま自分たちが何をしているのかかわからなくても、数年後に振り返ったときには「ああ、よかったな」と思えるでしょう。

今晩(4ADナイト)DJをやりますね。どんな曲をかけるんですか?

サイモン:幅広い音楽をかけます。催眠的な音楽です。オウテカとか、コクトー・ツインズ、エイフェックス・ツイン、アリエル・ピンク、ジェイムズ・ブラウン……有名な曲ではない曲をかけます。シングルにはなっていない曲です。あとはハウスをいくつか……たとえばムーディーマンとか。ムーディーマンはいいですよね。大好きなんです。ただし私は、あんまり良いDJじゃないですけど……。でもテイストだけはいいので(笑)。

Bibio - ele-king

 2017年の暮れに美しいアンビエント・アルバムを送り出し、昨年はその続編となるEPを届けてくれたビビオが、突如新曲を発表しました。再生ボタンを押すと……あのギターリフです。ビビオです。と思いきやヴァイオリン。なんでも昨年弾きはじめたんだとか。アルバムごとにいろんなスタイルにチャレンジする彼のことだから、また何か考えていることがあるのかもしれませんね。そして前作とは関係のない新曲が公開されたってことは、ニュー・アルバムがリリースされる日も近い? 続報を待ちましょう。

Bibio

聴く者の記憶や、心に浮かぶ情景に寄り添う心温まるサウンドで支持を集めるビビオが新曲“Curls”をリリース!

『A Mineral Love』(2016年)ではグラミー賞アーティストのゴティエと共演をし、サカナクションの山口一郎やボーズ・オブ・カナダなどを筆頭に、国内外のアーティストから賞賛を集めるビビオ。聴く者の記憶や、心に浮かぶ情景に寄り添う心温まるサウンドで、幅広い音楽ファンから支持を集める彼が、新曲“Curls”を突如リリース!

https://www.youtube.com/watch?v=Vx9_FIIH-UM

僕の多くの歌やインストゥルメンタルの楽曲と同様に、この曲はギターのリフから始まる。そこから、去年始めたマンダリンとヴァイオリンで演奏した主旋律に繋がる。歌詞については、一見すると関係なく見えるけど、実は結びついている人生の小さな物事──異なる記憶の断片やこの目で観測したこと、そして空想──がインスピレーションになっている。ここ数年のことを振り返ってみると、自分にとって大切なもののいくつかは、日常の小さな観察や体験だと気づいた。木に染み付いた雨の匂いだったり、外から部屋に入ってきた人の髪の毛が持ち込んでくる新鮮な空気だったり。そういう瞬間は喜びに満ちているし、とても意義深いものだったりもする。人生がどんなものかってことや、生きることの意味、もしくは意味すら超えた何かだってことに気づかせてくれる。それはまた、歌詞を乗せた曲よりも、言葉を持たない曲の方が多くを語りかけてくれることに気づかせてくれる。そういう日々の瞬間が、生まれ持った資質や、野心的に物事を達成することよりも重要だったり、記憶に残ることもある。それは太古まで遡っても存在することだし、個人の心の中の世界を超えたものなんだ。こういった意識っていうのは恐らく何千年も昔から体験されてきたことなんだろうと思う。新鮮な空気以外にも世の中には素晴らしいものがたくさんあって、そういった存在を目の当たりにしたとき、人は幸せを感じることができる。だからこそ、日々の小さな物事が自分の心に響くし、それらを曲の中で歌うことは意味のあることなんだ。 ──スティーヴン・ウィルキンソン(Bibio)

新曲“Curls”は各種サービスにて配信中!

label: WARP RECORDS
artist: Bibio
title: Curls

iTunes: https://apple.co/2SvA9mS
Apple Music: https://apple.co/2DY6AlR
Spotify: https://spoti.fi/2WSHUTo

お詫びと訂正 - ele-king

 2月5日にアップした、沢井陽子のコラム「Random Access N.Y./vol.110 史上最悪のスーパーボウル騒動」にて、複数の読者からいくつかの間違いの指摘がありました。
 事実誤認と誤解を招く表現があったことをここに深くお詫び申し上げます。
 筆者に確認したうえで、以下の3点について訂正させていただきます。

①ハーフタイムのショウは伝統的にノーギャラなので、カーディBが膨大なギャラを蹴った、というのは何がソースか、という点。

 カーディーBの件は、筆者が「たくさんのお金を犠牲にしてショーをやる」という話を「ギャラを蹴る」というふうに読み間違えてしまったとのことでした。

“I got to sacrifice a lot of money to perform. But there’s a man who sacrificed his job for us, so we got to stand behind him.”
私は演奏するためにたくさんのお金を犠牲にしないといけない。でも、私たちのために、自分の仕事を犠牲にしている人もいるから彼(コリン・キャパニック)を支持するべき。

https://www.apnews.com/8b5d8a59de03402c948b1b0341cb8615

②トム・ブラディ選手がトランプ支持者という点(つながりはあるらしいが、公に支持を表明しているのか)

 公にはしていませんが、NYの筆者のまわりでは、支持者だ思っているひとは少なくないようです。トランプとは友だち(https://www.thedailybeast.com/inside-tom-brady-and-donald-trumps-14-year-bromance)なのでサポートする、という話らしいのですが。

Brady backed off a little when his wife clearly told him to, said that he didn’t actually have political opinions at all, that actually he was “a positive person,” and that Trump was just his friend he supported because he always supports his friends, even if he did think it would be cool if he won.
トム・ブラディの妻は「トムは政治的な意見はまったくなく、ポジティヴな人で、トランプは彼の友だちだったから、彼が勝ったら良いねと支持するの」と言う。

https://www.thedailybeast.com/tom-bradys-new-england-patriots-are-team-maga-whether-they-like-it-or-not?ref=scroll

③30年以上前からあるのに、「ビヨンセ以来スーパーボウルがアメリカでもっとも注目されるショウになった」という点

 こちらは筆者の個人的な見解です。なので、「ビヨンセ以来、私のなかではスーパーボウルはがアメリカでもっとも重要なショウになった」と表現すべきでした。

 以上です。記事のほうは、修正させていただいております。申し訳ございませんでした。

編集部・野田努

vol.110 史上最悪のスーパーボウル騒動 - ele-king

 アイスランドから帰ってきてすぐにスーパーボウル。日本では節分の2/3が今年のスーパーボウルだった。
 私がスーパーボールを意識するようになったのは、2016年のビヨンセからだ。彼女の新曲“Formation”がハーフタイム・ショーで予告もなしで演奏されたあのときがあったから、2018年は、私はビヨンセのコンサートを見に行くにまで至った。2017年のレディ・ガガ、そして18年のジャスティン・ティンバーレイクは、ビヨンセほどの強烈なインパクトを感じなかったけれど、以来私のなかでスーパーボウルはアメリカでもっとも重要なショーのひとつになった。アーティストたちの気合も感じられる。私にとってスーパーボウルのハーフタイムショーは、アメリカについていろいろ考えさせられる日でもあるのだ。

 今年2019年は53回目を迎え、アトランタの、メルセデス・ベンツ・スタジアムで、ニューイングランドのペイトリオッツとLAラムズが対戦した。私はゲームについてはいまだに理解できないけれど、とりあえず結果は13-3でペイトリオッツが勝ったことはわかるし、ペイトリオッツのエースのトム・ブラディは、共和党でトランプ支持者だと言われていて(彼とは友だちらしい)、彼の完璧さが嫌い、という人が私の周り(インディ系)の大多数で、みんなラムズを応援していたので、スポーツ界でのトランプな出来事=退屈なゲームとブーイングを浴びた(もっともスコアも低かった)。

 さて、今年のハーフタイムショーだが、マルーン5が出演。ゲストは、トラビス・スコットとアウトキャストのビッグ・ボイ。気の毒なことにマルーン5は、ただそこにいただけと、かなりの酷評を受けている
 とはいえ、ビッグ・ボイがキャデラックに乗って登場したときは、私も少し上がった。が、ショー全体には気合が感じられなかった。それでも15分のあいだでコート姿から上半身裸になるアダム・ラヴィーンの変わり身には、ほーっと思った。

 そもそも何故このホワイトすぎるバンドがハーフタイムショーなのだろうかという疑問。調べると、カーディB、リアーナ、ピンク、ジェイZなどの大物アーティストが出演をボイコットしていたらしい。
 ことは2016年、警官の黒人差別による不当な暴力に抗議して、国歌斉唱で跪いたコリン・キャパニック選手がいまだ試合に出演できないでいるため、彼を支援するアーティストたちはハーフタイム出演をボイコットしているという。
 ハーフタイムショーは、アーティストにとってのハイライトなので、断るのはかなりの決断だと思う。が、カーディBは、マイノリティのために戦ったコリン・キャパニックを支持しないわけにはいかない、とは言っても、カーディはスーパーボウルのペプシのコマーシャルや関連イベントには出演しているんだけど。
 カーディは、キャパニックを支持することで世界に良い変化が生まれればというが、近い将来に来るとは思えない、という。何故なら、自分たちの大統領は傲慢で、人種差別がまた生まれたからだと。いま力を持ってるのはオバマがいた8年間が早く終わって欲しいと思っていた人たちで、とても嫉妬していた連中だ。彼らが彼らの選択で、人種差別がどのようにこの国に影響しているのかを見たときが、ことが変わりはじめようとするときだが、いま、彼らはその決定が国に影響したことを認めたくないという。その通りだろう。

 マルーン5のハーフタイム出演は非難を浴びたが、アダム・ラヴィーンも、それは予想通りというか、耐えられないなら、このギグはするべきではないと言っている。マルーン5とトラヴィス・スコットは、$500,000 (約5千万円)ずつを、ビッグブラザーズ・ビッグシスターズ・オブ・アメリカ、ドリームコープスという公共機関に寄付した。

 アダム・ラヴィーンが乳首を出したことで、何故アダムは良くて、(2004年の)ジャネット(・ジャクソン)はダメなのかという議論が出たり(どうでも良いんじゃないかと思うが)、2016年からのアメリカは、こんな風に変わり、人種差別は無くなっていないし、逆に悪くなっている。2016年からのアメリカはこんな風に変わり、人種差別は無くなっていないし、逆に悪くなっている。今回のスーパーボウルはCNNをはじめいくつかのメディアから「史上最悪」なんていわれているが、私個人が感覚では、 「まったく退屈な」ぐらいの表現のほうが2019年のアメリカに合うのではないかと。

Yoko Sawai
2/4/2019

マデイラディグ実験音楽フェスティヴァル - ele-king

「あんなに楽しいフェスは経験したことがなかった。だからフェスが嫌いなひとのために、自分でもやってみようと思ったんだ」

 ポルトガルのマデイラ島で開催されている、マデイラディグ実験音楽フェスティヴァルのオーガナイズ・リーダーであるマイケル・ローゼンは、大西洋を見晴らす崖に面したホテルのバーのバルコニーに座っている。雨と汗と泥にまみれた、よくあるフェスの体験からは数百マイルも隔たった雰囲気がそこにはある。というかその雰囲気は、ほかのどんな場所にも似ていないものだ。
 フェスの来場者の大半が滞在する小さな町ポンタ・ド・ソルは、高く深い谷の上に位置している。フェスの運営を取り仕切るメインとなる中継地点であるホテル、エスタラージェン・ダ・ポンタ・ド・ソルはとくに素晴らしく、まるで崖沿いを切りだしたようにして作られていて、海に沿った通りからはただ、崖の岩肌を上に向かってホテルへと至る、すっきりとした作りのコンクリート製のエレヴェーターだけが見えている。

 エスタラージェンでのアフター・パーティーや毎晩行われるライヴはあるが、フェスのメインとなるプログラムは、ホテルから車ですこし移動したところにあるアート・センターで行われる、午後の二つのショーのみである。

 ローゼンは次のように述べている。「毎日たくさんのパフォーマンスが行われるフェスが好きじゃないんだ。テントを張って、雨が降って、人混みに囲まれてっていうやつがね。僕らが借りている会場のキャパは200人くらいで、それがちょうどホテルが受けいれられる上限でもあるから、そのくらいが集客の上限なんだよ」

 フェスは金曜の夜、ポルトガルのサウンド・アーティスト、ルイ・P・アンドラーデ&アイレス[Rui P. Andrade & Aires]によるアンビエント・セットとともに開幕し、アナーキーで混沌としたフィンランドのデュオ、アムネジア・スキャナー[Amnesia Scanner]によるデス・ディスコがそれに続く。マデイラディグのプログラムはみな、多くの人が実験音楽と理解しているものの元にゆるやかに収まる音楽ばかりなわけだが、主催者側がはっきりと意図して普通とは異なったアプローチを見せているこの組みあわせ方によって、2組のアーティストのあいだにある違いが強調されることになっている。


アナ・ダ・シルヴァとフュー

 日曜日の夜は、不気味さや打楽器のような調子や、美しさや激しさのあいだで移り変わっていく自らの演奏から生みだされるループによって音楽を構築する、ポーランドのチェリスト、レジーナ[Resina]の演奏とともに始まる。彼女の演奏は、つねに変化するアニメーションによるコラージュや、戦争の映像、自然や文明や、コミュニケーションやテクノロジーといったものの相互の関係を映しだすヴィデオの上映を背景して行われる。コミュニケーションというテーマは、より遊び心に満ちたものとして、ただ一つのテーブル・ランプに照らしだされた多くの電子機材を前に演奏される、アナ・ダ・シルヴァ[Ana da Silva]とフュー[Phew]による、めまぐるしい展開によって方向感覚を狂わせるようなライヴのなかでも取りあげられている。参加したアーティストのなかで、フェスの開催日に到着したフューはもっとも遠くからやってきている人物だが、その一方でダ・シルヴァは、生まれ育った島に戻ってくるかたちとなっている。2人のアーティストのあいだにあるこのコントラストは、それぞれの言語を使い、ひとつひとつの言葉にたいし、ユニークかつときに不協和音的な解釈を与えている彼女たちのパフォーマンスそのもののなかにも、はっきりとその姿を見せているものだ。演奏のある地点で彼女たちは、曲間のおしゃべりの一部分を取りあげてループさせ、それをパフォーマンスのなかに組みこむことで、ライヴのもつ遊び心に満ちた親密な性格を強調している。

 ローゼンは、そうした彼女たちのライヴを生む根底にある自身の哲学を次のように説明している。「普通では一緒に見ることのないような二組のアーティストに同じ舞台に上がってもらうんだ。まったく異なっているように見えながら、だけど質の部分で繋がっているアーティストにね」

 こうしたアプローチは、ドイツのクラブ「キエツザロン」[Kiezsalon]で彼がオーガナイズしているイヴェントにも見られるもので、マデイラディグについて理解するためには、多少ベルリンのことについて触れておく必要がある。というのも、ローゼン以外のオーガナイザーだけではなく、オーディエンスの大半もその街からやってきているからだ。

 ローゼンはベルリンのシーンを退屈でバラバラなままの状態だと述べている。いわくそこには、すでに存在しているオーディエンスに媚びたありきたりなイヴェントばかりがあり、結果として、シーンやジャンルを分断する区別を強化することになっているのだという。オーストリアを拠点にしたスロバニアのミュージシャンであるマヤ・オソイニク[Maja Osojnik]もやはりこの点を繰りかえし、彼女が暮らしているウィーンも同じように、まれに土着的な「ヴィーナーリート」[Wienerlied]という民謡の一種がジャンルを横断した影響を見せているくらいで、パンクがあり実験的な音楽があるというかたちで、内部での音楽シーンの分断という状況にあると述べている。東京のインディーでアンダーグラウンドなシーンのなかに深くかかわっている人たちもきっと、すぐに同じような状況に思いあたることだろう。


マヤ・オソイニク

 マヤ・オソイニクは、パリを拠点としたカナダのミュージシャンであるエリック・シュノー[Eric Chenaux]による、キャプテン・ビーフハートの経由したニック・ドレイクといった雰囲気のジャズ・フォークの後に続いて、金曜日の夜の最後に出演した。シュノーの演奏が、いったん心地よく美しく伝統的な音楽的発想を取りあげ、それをさまざまなかたちで逸脱させていくことによって特徴づけられるものであるのにたいし、オソイニクの音楽は、不協和音の生みだすことを恐れることなくさまざまな要素を重ねていき、そのすべてが、彼女がときに「ディストピア的な日記」と呼ぶ、音によるひとつの物語をかたちづくるものにしている。全体の雰囲気や演奏に通底する低音やパルス音は、催眠的でインダストリアルな高まりを見せ、オソイニクのヴォーカルは、豊かな抑揚をもった中世の歌曲からポストパンクの熱を帯びた怒りまで、自在に変化していくものとなっている。


エリック・シュノー

 後に彼女と話したさいオソイニクは、同時代の音楽からの影響ももちろんあるが、古典的な音楽教育を受けてきのだという事実を明かしてくれた。一三〇〇年代にフランスのアヴィニオンに捕囚されていた教皇たちのためだけに作曲された、あまり知られていない音楽に興味があるのだと、興奮気味に彼女はいう。自身が受けてきた折衷的で渦を巻くような影響にかんして彼女は、次のように述べている。「いろんな音楽をアカデミックに学んでみた結果、そこには多くの並行性があることに気づいたんです。たしかに規則は違うし、アプローチも違う、根底にある美学も違っていますが、同じ鼓動が感じられるときがあるんです」

 シュノーとオソイニクが共有しているのは、二組のライヴがともにどこかで、人間は複雑で、つねに仲良く議論しているわけではないのだという事実を感じさせるものだという点にある。したがってオーディエンスにたいするメッセージは、オソイニクがいうとおり、「目を覚ますこと。受けとるだけでいるのをやめて、探すことをはじめること」にあるのだといえる。

 マデイラディグは、多くの点で伝統的な音楽フェスと異なるものとなっているわけだが、一方でそれは、参加する者たちのなかに普通とは異なる現実を創造するというその一点において、真の意味で伝統的なフェスティヴァルといえるものとなっている。フェスの初日の時点では、どこか気後れしたような初参加者と毎年参加しているヴェテランのあいだに目に見えるはっきりとした違いがあったが、フェスのオーガナイズの仕方によって、そこにはすぐに、その場にいる人間たちによる共同体の感覚が育まれることとなっていた。イベントの後の食事やエスタラージェン・ダ・ポンタ・ド・ソルでのアフター・パーティーは、交流の機会となり、毎回あるメイン会場への車での移動が、参加者をひとつにすることを促している。日中に辺りの自然のなかや最寄りの大きな町であるファンシャルへ旅することは二重の意味をもっていて、参加者がひとつのグループとして絆を深める機会となっていると同時に、イヴェントの会場でもあるホテルの盛りあがりからの息抜きとしても機能している。

 またマデイラ島は並外れて美しい島であると同時に、不思議なことにどこかで日本に似たところもある場所だといえる。通りに沿ってその島を旅していると、山がちな景色が必然的にトンネルのなかを多く通ることを強いてくるわけだが、気がつけばやがて古い通りに出て、島がその本当の姿を見せてくる。そこには雲を突きぬけ緑で覆われた、ぐっと力強く迫りだしている火山の多い地形があり、谷に沿って並ぶ家々や急な勾配に沿った畑があり、浅くコンクリートで舗装されれ、海まで続く川が見られる。海を見張らしながら、古い時代の商人たちが登った道のひとつを登っていたとき、ポルトガルの現地スタッフのひとりが、「この景色を見るためには、ここまで登ってこなきゃいけないんですよ」と述べていた。

 美しさを見いだすためには努力が必要だというこの発想は、風景についてだけではなく、音楽についても当てはまるものだろう。フェスの最終日は、カナダのアーティストであるジェシカ・モス[Jessica Moss]による繊細で複雑なヴァイオリンの演奏とともに始まる。彼女はマデイラディグに参加する多くのアーティスト同様、ループによってレイヤーを生みだし、自らの音楽のなかにテクスチャーとパターン(そしてパターン内部におけるパターン)を作りだしている。その後に続くのは、デンマークのデュオであるダミアン・ドゥブロヴニク[Damien Dubrovnik]によるハーシュ・ノイズの荒々しい音である。彼らはまるでモルモン教徒の制服のモデルのような出で立ちでステージに上がり、会場を音による恐怖で連打していく。


ダミアン・ドゥブロヴニク

 マデイラディグは間違いなく、オーディエンスにたいし、このフェスがステージ上で生みだそうとする美のために協力するように求めているのだといえるが、一般的にいって実験音楽にかんするイヴェントや、とくに遠方からの参加を前提とした特殊なフェスには、参加を阻む誤った種類の障害を設けてしまうという危険性が存在しているものである。すぐに思い当たることだが、日本で行われる同様のイベントは、全員ではないにしろ、多くの熱心なファンには厳しい金額が参加費として設定されているし、結果としてそのことが、音楽シーンの断片化を助長し、多くの地方都市における文化の空洞化に繋がることとなってしまっている。
 マデイラディグの参加費は目をみはるほど安い(チケットの料金は4日間で8000円ほどであり、ホテルの価格も納得のいく範囲に維持されている)。だがいずれにしてもそれは、もっぱら市場の情けによって生き残っているだけであるヨーロッパのアートを手助けしている、ファウンディング・モデルなしには機能しなかったものだといえるだろう。ローゼンはこうした状況を自覚したうえで、それでもやはり、難解で聞きなれないような音楽を集めるイヴェントは、可能なかぎりアクセスしやすいものではくてはならないという点にこだわる。

 「音楽にかかわりのないような人にも届いてほしいと思っているんだ」。「ホテルの予約間違い」でフェスを知り、結果として、いまでは毎年参加しているベルギーのカップルの話をしながら、ローゼンはそんなふうにいう。

 「文化を近づきやすいものにしたい。これは音楽だけじゃなく、文学でも哲学でも何でもそうであるべきだと思う。誰もが参加できるファンドによるフェス、政府から資金を引きだすフェスというかたちで、僕はそれを立証しているんだよ」

https://digitalinberlin.eu/program2018/

Madeiradig experimental music festival
November 30 (Fri) to December 3 (Mon)

by Ian F. Martin

“I've never been a fan of festivals, so I wanted to make one for people who don't like festivals.”

Michael Rosen, the lead organiser of the Madeiradig experimental music festival on the Portuguese island of Madeira, is sitting on the balcony of a hotel bar, situated on a cliffside overlooking the Atlantic Ocean. It feels a million miles from a typical festival experience, drenched in a cocktail of rain, sweat and mud. It feels a million miles from anywhere.

The village of Ponta do Sol, where most of the festival guests stay, nestles in the mouth of a tall, deep valley. The main organisational hub of the festival's activities, the hotel Estalagem da Ponta do Sol, is a particularly striking, looking almost as if it has been carved out of the cliffsides, visible from the road only by the thin, concrete elevator shaft that rises skywards out of the rock towards the hotel proper.

The main festival programme is limited to two shows an evening, held at an arts centre a short coach ride away, while the Estalagem hosts after-parties with DJs and live acts into the morning every night.

“I don't like festivals where there are lots of performances every day – all the tents, rain, crowds,” explains Rosen, “The capacity of the auditorium we use is about 200 people, which is also all the hotels in Ponta do Sol can accommodate, so that’s the audience limit.”

The opening Friday night of the festival opens with a spacious, ambient set by Portuguese sound artists Rui P. Andrade & Aires, which is followed by the anarchic, chaotic death disco of Finnish duo Amnesia Scanner. While Madeiradig’s programme all falls loosely under what most people would understand as experimental music, it’s clear through the choices of pairings that the organisers are keen to see different approaches rub up against each other.

Saturday night opens with Polish cellist Resina, whose music builds around loops that draw from her instrument sounds variously eerie, percussive, beautiful and harsh. Set against this are video projections featuring an ever-shifting collage of animations and images exploring subjects such as war and the relationship between nature, civilisation, communication and technology. The theme of communication recurs more playfully in the lively and disorientating set by Ana da Silva and Phew, performing behind masses of electronic equipment and lit intimately by a single table lamp. Of all the artists at the festival, Phew has travelled by far the furthest to be there, having arrived from Japan on the first day, while da Silva is revisiting the island where she was born. This contrast between the two performers informs the performance, with each member delivering their vocals in the other’s language, adding their own unique and sometimes dissonant takes on the words. At one point, they pick up and loop what seem to be snatches of inter-song backchat and integrate that into the performance, reiterating the playful and intimate nature of the set.

Rosen explains his philosophy as being based on, “Placing two artists on the same stage who you wouldn’t normally see together. Artists who are connected in terms of quality, but nonetheless quite different.”

It's an approach that he follows with the “Kiezsalon” events he organises in Berlin as well, and in understanding Madeiradig, we really need to talk a bit about Berlin, since that's where not only othe organisers but the vast majority of the audience come from.

Rosen describes the scene in Berlin as boring and fragmented, with events typically pandering to existing audiences, in the process reinforcing the divisions that separate scenes and genres. Austrian-based Slovenian musician Maja Osojnik echoes the point, saying that her adopted hometown of Vienna suffers from similar internal divisions in the music scene, with punk, experimental and the unique local “Wienerlied” folk style rarely interacting. Anyone who has spent much time immersed in the Tokyo indie and underground music scene will find their complaints immediately familiar.

Maya Osojnik closed Sunday night after the rhythmically dislocated Nick Drake-via-Captain Beefheart jazz-folk of Paris-based Canadian musician Eric Chenaux. While Chenaux’ set was characterised by the way he would take conventionally pretty or beautiful musical ideas and then investigate multiply ways of knocking them off centre, Osojni's music layers element over element, not shying away from dissonance, but bringing them all together in the service of a single sonic narrative – what she sometimes calles a “dystopic diary”. Tones, drones and pulses build up to a hypnotic, industrial crescendo, Osojnik’s vocals ranging from richly intoned, almost medieval sounding singing to haranguing postpunk rage.

Speaking to her later, she reveals that, despite her more contemporary influences, she was classically trained and she talks excitedly about her interest in obscure music composed only for the exiled popes of the French town of Avignon in the 1300s. She explains her music's eclectic swirl of influences, saying, “Studying all this music academically made me realise that there were many parallels. There are different rules, different approaches, different aesthetics, but you can find the same heartbeat.”

Where Chenaux and Osojnik are perhaps similar is that their sets both feel in some way like people having complex and not always friendly discussions with themselves. The challenge to the audience is, as Osojnik puts it, “To wake up. To stop receiving and start seeking.”

Despite the many ways Madeiradig diverges from a traditional music festival, one way it is a traditional festival in a very real sense is in the way it creates a kind of alternate reality around its attendees. On the first day, there is a visible division between the rather intimidated-looking first-timers and the veterans who return every year, but the way the festival is organised very quickly fosters a sense of community among those present. Post-event food and after-party entertainment at the Estalagem da Ponta do Sol give us opportunities to interact, while the ritual of the coach trip to the main venue regularly hustles everyone together. During the daytime, trips into the countryside and the main town of Funchal served the dual purpose of giving us chance to bond as a group and at the same time breaking us out of the hotel-venue bubble.

And it has to be said that Madeira is an extraordinarily beautiful island, but also one in some ways strangely reminiscent of Japan. Travelling around it by road, the mountainous landscape means that you spend a lot of your time in tunnels, but finally finding our way out onto the old roads, the island’s real form revealed itself, the volcanic topography thrusting aggressively skyward, piercing the clouds, swaddled in thick vegetation, houses clinging to valleysides and farmland carved out of steep slopes, shallow, concrete-lined rivers racing seaward. Hiking along one of the crumbling ancient merchants’ roads, overlooking the ocean, one of the local Portuguese staff remarked that, “To get this beauty, you have to work for it.”

The idea that to find beauty requires effort feels just as appropriate to music as it does to a landscape. The closing night of the festival opens with the fragile, fractal violin of Canadian artist Jessica Moss, who, like many artists at Madeiradig uses loops to build layers, textures and patterns (and patterns within patterns) in her music. She is followed by a raw blast of harsh noise, delivered by Danish duo Damien Dubrovnik, who stalk the stage like models from a Mormon menswear catalogue, pummeling the theatre with sonic terror.

While Madeiradig undoubtedly wants its audience to work for the beauty it gives a stage to, there is always a danger with experimental music events in general, and exotic “destination festivals” in particular, that they put up the wrong kinds of barriers to participation. It's easy to imagine a similar event in Japan being priced far out of the ability of any but the most dedicated fans to access, and that in turn feeds the fragmentation of the music scene and contributes to the cultural hollowing-out of much of rural Japan.

Madeiradig is remarkably cheap (a festival ticket costs about ¥8,000 for four days, and the hotels are also kept very reasonable) and I don't think it's unfair to say that it would never be able to function without the arts funding model that ensures European arts aren't left solely at the mercy of the market. Rosen is aware of this situation, and adamant that an event offering difficult or unusual music needs to be as accessible as possible.

“I want to reach people who have nothing to do with music,” he explains, recounting the story of a couple from Belgium who discovered the festival because of “a booking mistake” and ended up returning every year.

“I want to make culture accessible, and this should be true not just for music but also literature, philosophy, anything,” he continues, “I make a point that at a funded festival – one that’s getting money from the government – anyone should be able to go.”

愛とユーモアにまみれたエッセー集!

世界から見た日本、日本から見た世界、
その両方を往復する男=マシュー・チョジック。
世界の常識と日本の非常識、
その両方を知る男=マシュー・チョジック。
日テレ「世界まる見え!テレビ特捜部」でお馴染みの蝶ネクタイ男がつづる、
とっておきの21話。

湯船につかりながら、
あるいは電車のなかで、
あるいはベッドのなかで、
1日1話、3週間分のほっこりタイム!

この本を読み終えたら、あなたはたぶん、気を許せる友だちが一人増えた気になっているだろう。
──柴田元幸

多国籍な体験、知識を想像力で何倍にもして伝えるエッセイ! 優しさとはユーモアと知性と想像力だ。
──矢部太郎

どのページ開いても、マシューの可愛さバクハツ! マシューの不思議なキャラが炸裂!!
──園子温

残念ながら日本語はわからないんだけど、もしわかるならマシューの本を読みたいよ。世界を股にかける彼の、優しいカリスマ性を味わえるはずだからね!
──ニコラス・ケイジ

マシューの暖かさが、本の中でしっかり息づいている。そのことがとっても嬉しい!
──高城晶平(cero)


試し読みは ↓ こちらから
①「豆腐と涙とマリファナと」

②「スーパーヒーローのマント」

③「ベトナムのポタージュでカラオケをする」


【著者】
マシュー・チョジック(Matthew Chozick)
1980年アメリカ・コネチカット州生まれ。米・ハーバード大学修士課程、英・バーミンガム大学博士課程修了。2007年に来日。『世界まる見え!テレビ特捜部』(日テレ)、映画『獣道』、『英語で読む村上春樹』(NHKラジオ)等に出演。テンプル大学、千葉大学などで講師を務めるほか、アート関係の出版社 Awai Books を経営するなど幅広く活動。

まえがき

Part 1 海外での冒険の物語
ミス北千住
北京で一日警官
静電気とバナナ
アメリカの感謝祭
豆腐と涙とマリファナと
日本語を話すローマの剣闘士

Part 2 アメリカ生活の物語
スーパーヒーローのマント
ジューイッシュ・サンタがクッキーを食べにやってくる
無人島のパジャマパーティー
エジプト人みたいに歩く
祖母と祖父とのスロウダンス
『デュース・ビガロウ、激安ジゴロ!?』への実存的反応
友人ふたりとビーチで幽霊に出会う

Part 3 世界中の危険な物語
花にまつわる三つのトラウマ
九十九セントの強盗
ベトナムのポタージュでカラオケをする
サウナ、プリン体、秘密のタトゥー問題
ちびくろサンボ
死海でバレエ
バークレーで講演をした次の朝

ボーナストラック:猫の写真と言語の学習法

Jay Glass Dubs - ele-king

 忘れがちなことだけれど、2012年あたりのオリジナル・ヴェイパーウェイヴの特徴のひとつにスクリューすることがあった。スクリューというのはですね、2000年に夭折したヒューストンのヒップホップDJ、DJスクリューが編み出したテクニックで、再生の回転数を下げることで得られる効果を駆使すること(一説によれば咳止めシロップの影響下による)。ゴーストリーな音声などはその代表例だが、スクリューは面白いことにヒップホップ・シーンの外部であるLAのアンダーグラウンドなインディ・ロック・シーン(昨年、食品まつりを出したサン・アロウなんかも関わっていたシーン)へとしたたかに伝播し、そしてヴェイパーウェイヴにも受け継がれた。そうすることによって「蒸気=ヴェイパー」な感触が生まれたのだった。
 スクリューは、楽曲をメタ・レヴェルで操作することによって別もの(ヴァージョン)を創造するという点においては、ダブと言えるだろう。もちろんジャマイカのオリジナル・ダブとは、スタジオにおいて録音されたマルチトラック上のヴォーカルないしは楽器のパートを抜き差しし、あるいはエフェクト(リヴァーブ、そしてエコーやディレイ)をかけながらオリジナルとは別もの(ヴァージョン)を作ることである。音数を減らし、引き算足し算しながら骨組みだけにすることから「レントゲン(x-ray)音楽」とも呼ばれる。
 しかしながらスクリューやオリジナル・ヴェイパーウェイヴのようなデジタル時代の音響工作は、キング・タビーとはあまりにも違っている。なによりも「レントゲン音楽」的ではないし、楽器の部品(パート)を操作するのではなく、音の位相(レイヤー)を操作する。そしてその音像は独特のくぐもり方をする。ジャマイカのダブには、サイケデリック体験における酩酊のなかにも霧が晴れていくような感覚があった。しかし、スクリュー以降の新種のダブはむしろ霧を呼び込んでいるようなのだ。Mars89の作品でも知られるレーベル〈Bokeh Versions〉からリリースされたジェイ・グラス・ダブスの『エピタフ』がまさにそうだ。

 OPNの『レプリカ』をリー・ペリーにコネクトしたような感じというか、『エピタフ』はジャマイカのオリジナル・ダブの基盤であるドラム&ベースを削除することなく継承しつつも、まったく違ったものになっている。鄙びたサウンドシステムもなければ埃もたたないピクセルの世界に踏み込んでいるからだろう。それはひとの生活の何割かがインターネットの向こうに及んでいるというリアリティをただ反映しているぐらいのことかもしれない。
 あるいはまた、“セイキロスの墓碑銘”からはじまる『エピタフ』はコクトー・ツインズと初期のトリッキーをスクリューしたようでもあり、ジェイムス・ブレイクの新作は生ぬるい(ぼくは嫌いじゃない)というひとが聴いても面白いかもしれない。Burialが深夜の侘びしい通りから聴こえるレイヴ・カルチャーの記憶だとしたら、こちらはいったいなんだろう。アルバムには“模倣の新しい型”という曲名があるけれど、タッチスクリーンの向こう側の、暗闇なきダークサイドから聴こえるダンスホールなのだろうか……。いや、この音楽からはなにも見えてこないのだ。
 ジャマイカのオリジナル・ダブにおける音の断片化は、ディアスポラの記憶すなわち観念上の“アフリカ”=理想郷の想起ではないかという説がある。しかし『エピタフ』にはそうした音の断片化はないし、理想郷も想起されない。にも関わらず、エコーがさらにエコーし、ディレイがさらにディレイする世界……いったいどこに連れて行く気だ? 
 なんにせよ興味深いなにかが起こっている、そんな気がしてきた。

Addison Groove - ele-king

 ブリストルのアジソン・グルーヴは、ダブステップ~フットワークときて、そして最近では自身のレーベル〈Groove〉を拠点にハウスへと急接近している。UKガラージの要素も入った雑食的ハウスで、やっぱアジソン・グルーヴってなにやっても上手い。
 今回は、Trekkie Traxの一員でありながら、高崎を拠点に活動する若手DJ Ampsが仕切ってのツアーになる。3月上旬から3月末まで。UK最高のグルーヴを体験して欲しい!

Addison Groove Japan Tour 2019

■3/08(Fri) 群馬 at WOAL高崎〈replace〉
■3/09(Sat) 金沢 at BASE Kanazawa〈DUB ROUNGE〉
■3/15(Fri) 松本 at Sonic〈satisfaction〉
■3/16(Sat) 名古屋 at CLUB MAGO〈PURE_____〉
■3/17(Sun) 大阪 at CIRCUS
■3/23(Sat) 東京 at CIRCUS


■Addison Groove
Addison GrooveことAntony Williamsは、2006年にHeadhunterとしてダブステップ・シーンに現れ、SkreamやBengaで知られるTempaを中心に幾多のシングルをリリースし、シーンにおいて伝説的な地位を築いた。その後、2010年に突如、Addison Grooveという新名義でシングル「FOOTCRAB」をリリース、ジューク/フットワークを取り入れた斬新なサウンドはジャンルを超えたビッグチューンとなり、ダブステップDJだけでなく、Aphex TwinやSurgeon、Ricardo Villalobos、Mr.Scruffら、テクノやハウスの重鎮たちのレコード・バックにも収められ、新しいオーディエンスを獲得することになった。2013年にはジュークシーンの伝説であるDJ Rashadのアルバム「DOUBLE CUP」収録のトラック“Acid Bit"にてRashadとのコラボも実現、さらには先進的で独創性の高いアーティストにフォーカスするSonarSound Tokyo 2013、Red Bull Music Academy Tokyo 2014に出演を果たす。さらに2017年にはBS05AGからスタートした全国5都市を回るジャパンツアーを成功させた。そして再びの来日となる今回は2018年にDJ Hausが主催するDANCE TRAXから盟友Sam Bingaとリリースを行ない、テクノやハウスシーンを賑わせた直後であり、さらに磨きのかかった先鋭的なサウンドを日本各地で披露してくれるに違いない。

The Comet Is Coming - ele-king

 昨年私たちが年間ベスト・アルバムの1位に選んだのはアースイーターでした。では、2位は? はい、読んでくださった方はご存じですね。サンズ・オブ・ケメットの『Your Queen Is A Reptile』です。アフロ・カリビアンからサウンドシステムまで横断する同作はまさに「ブラック・アトランティック」を体現する1枚で、いまのUKジャズのエネルギーを凝縮したじつに魅力的なアルバムでした。中心人物であるサキソフォニストのシャバカ・ハッチングスは、他方でザ・コメット・イズ・カミングというプロジェクトにも参加しており、そちらではポストパンクやエレクトロニック・ミュージックからの影響を強く打ち出しています。そんなTCICの新作が3月に〈Impulse!〉からリリース! まずは先行公開された“Summon The Fire”を聴いてみてください。めちゃくちゃかっこいいコズミック・ジャズ・ロックです。去年に続いて今年もシャバカがジャズ・シーンを席巻するのでは――そんな気がしてなりません。

現行UKジャズ・シーンの中心人物シャバカ・ハッチングスの大本命ユニットが、遂にメジャー・ファースト・アルバムをドロップ!

●2018年、サンズ・オブ・ケメットで米国〈インパルス〉からメジャー・デビュー(アルバムは英国マーキュリー・プライズにノミネートされる快挙)を飾った、現行UKジャズの中心人物シャバカ・ハッチングス(キング・シャバカ)率いる大本命ユニット、ザ・コメット・イズ・カミング。

●サックスのキング・シャバカ、シンセサイザーのダナログ、ドラムのベータマックスによって2013年に結成。2015年末に12インチとデジタル配信のみでリリースされたデビューEP「The Prophecy」は英 DJ Mag 誌で10点中9.5点の高評価を獲得し、ジェイミー・カラムも自身のラジオ番組で「最高のニューカマー」と絶賛。翌2016年にはデビュー・フル・アルバム『Channel The Spirits』を発表。そして今回、満をじしてメジャー・デビュー作をドロップ。

●エレクトロニカやポスト・ロック色の濃厚なスペーシーなサウンド・プロダクションとシャバカが奏でるキャッチーなメロディはトリップ効果絶大!

THE COMET IS COMING
TRUST IN THE LIFEFORCE OF THE DEEP MYSTERY

ザ・コメット ・イズ ・カミング
『トラスト・イン・ザ・ライフフォース・オブ・ザ・ディープ・ミステリー』
2019. 3. 1 ON SALE
UCCI-1045
¥2,700 (税込)
impulse! / Universal
全世界同時発売
日本盤ボーナス・トラック収録

【収録曲】
01. ビコーズ・ジ・エンド・イズ・リアリー・ザ・ビギニング
  Because The End Is Really The Beginning (4:49)
02. バース・オブ・クリエーション
  Birth Of Creation (5:04)
03. サモン・ザ・ファイアー
  Summon The Fire (3:55)
04. ブラッド・オブ・ザ・パスト feat. ケイト・テンペスト
  Blood Of The Past feat. Kate Tempest (8:15)
  (Danalogue/Betamax/Shabaka Hutchings/Kate Tempest)
05. スーパー・ゾディアック
  Super Zodiac (4:02)
06. アストラル・フライング
  Astral Flying (4:44)
07. タイムウェーヴ・ゼロ
  Timewave Zero (5:21)
08. ユニティ
  Unity (4:14)
09. ザ・ユニヴァース・ウェイクス・アップ
  The Universe Wakes Up (5:25)
10. クロッシング・ザ・リヴァー(ジャーニー・オブ・ザ・デッド)*
  Crossing the River (Journey of the Dead) (6:22)

All tracks written by Danalogue, Betamax, & King Shabaka
except where noted.
Arranged by Danalogue, & Betamax

* 日本盤ボーナス・トラック

【パーソネル】
キング・シャバカ (ts, bcl)
ダナログ (key, synth)
ベータマックス (ds, per, programming)
ケイト・テンペスト (vo) on 4
グラニー (vln) on 4

Recorded by Kristian Craig Robinson at Total Refreshment Studios, Dalston, London, February 20-22, 2017 and August 3, 2017
Mixed by Danalogue & Betamax at Total Refreshment Centre, Dalston, London & The Shard, Forest Gate, London, Oct. 2017 - Aug. 2018
Mastered by Daddy Kev

Produced by Danalogue & Betamax

Amazon / Tower / HMV / iTunes

https://www.thecometiscoming.co.uk/

 しぶや花魁を拠点にローカルからワールドワイドまでクオリティーの高いアーティスト / DJを招き、毎週日曜日18:00~21:00にライヴ・ブロードキャストを行うTSUBAKI FM。昨年は京都八坂や加賀山代温泉などの出張放送の実績もあるラジオ局が、東京、京都、福岡、広島にて初のジャパンツアーを行う。
 ツアーでは京都を代表するJAZZ / CROSSOVERイベント〈Do it JAZZ!〉を主催し、現在は Gilles Petersonがスタートしたオンライン・ラジオステーション〈Worldwide FM〉の京都サテライト〈WW KYOTO〉のDJも務めるMasaki Tamura。
 アンダーグラウンドディスコを軸に長年に渡り茶澤音學館のクルーとしてSadar Baharの来日サポートを務め、毎週火曜日のAoyama Tunnelをレギュラーに都内を中心にDJとして活躍中のSouta Raw。
 そして東京ハウス・ミュージックシーンの人気パーティー / レーベル〈Eureka!〉を仕掛け、TSUBAKI FMの発起人でもあるMidori Aoyamaの3人を中心に、特定のジャンルに縛られない様々なジャンルを発信するTSUBAKI FMとリンクした「音」にこだわりのある4会場のローカル・アーティストがコラボレーション。
 現地でのライヴ配信とイベントが融合したツアーショーケースを1ヶ月通して開催する。

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