Home > Interviews > interview with Tim Hecker - “アンビエント”に反逆する
Tim Hecker Love Streams 4AD / ホステス |
なんとジョン・カサヴェテスだという。そう、アルバム・タイトルのことである。詳しくは本インタビューを読んでいただきたいが、いわれてみれば『ラブ・ストリームス』だから、そのままである。しかし私は迂闊にも〈4AD〉からリリースされたばかりのティム・ヘッカー最新作のアルバム・タイトルと、ジョン・カサヴェテス、晩年の傑作がまったく結びつかなかった。本当に迂闊であった。いや、しかし、どう聴いても、どう考えても、いっけん関係がないではないか(言い訳)。
だが、ある。この異質にして、まったく関係のないもの、それらが、ごく曖昧に、しかし奇妙な必然性を伴いつつ融解するように共存していくさまは、まさにティム・ヘッカーのアンビエント/ドローンそのものともいえる。むろん、私が愚かも指摘してしまったように、「ジョン・コルトレーンの『ア・ラブ・シュプリーム』(『至上の愛』)と「ジョン」繋がりの洒落かもしれないが、いずれにせよ一筋縄ではない。
もしかすると、ティム・ヘッカーの音楽にはシュールレアリスム的な壮大な「無意味さ」が横たわっているのではないか、そう感じてしまうほどに彼の回答は魅力的なはぐらかしやユーモアに満ちていた。同時に「声」と「ハーモニー」の存在の重要さについて語る彼は、やはり「全身音楽家」でもあった。この魅力的な二面性こそが、「ティム・ヘッカー」そのものなのだろう。
ともあれ、はぐらかしと誠実さが入り混じった彼の言葉は、シンプルな返答ながら滅法おもしろいのだ。「ホワイトネオン」「麻、白い馬のサウンド」「殺風景な崖の端っこ」などと、この最高傑作をサラリと魅力的に表現するかと思えば、一方では自身を「教会音楽が滅びるのを阻止しようとしている寄生性のエイリアンみたいな存在」とまで語るティム・ヘッカー。なんとも魅力的な人物ではないか。
本インタビューの奇妙にしてイマジネティブな言葉たちから、あなたは何をイメージするだろうか? 私にとっても、そしてたぶん、あなたにとっても待望のティム・ヘッカー・インタビュー、ついに公開。アンビエント・ファンならずとも熟読してほしい。
■Tim Hecker / ティム・ヘッカー
カナダ、バンクーバー出身。1998年にモントリオールのコンコルディア大学に入学。卒業後は音楽業界から離れ、カナダ政府で政治アナリストとして就職。2006年にマギル大学で都市騒音のリサーチをはじめ、同大学において「音の文化」に関しての専門家として講義を行った。 テクノに興味を持ちはじめたものの、趣味の範囲に収まっていた音楽活動を本格化させ、2001年にデビュー作『ハウント・ミー、ハウント・ミー、ドゥ・イット・アゲイン』を発表。2011年にワンオートリックス・ポイント・ネヴァーことダニエル・ロパティンとともに『インストゥルメンタル・ツアリスト』を発表。2013年に9作め『ヴァージンズ』を発表。本年2016年、10作めとなるアルバム『ラヴ・ストリームズ』をUKの〈4AD〉からリリースする。
今回のアルバムをつくったときのクエスチョンは“ホワイトネオン、麻、白い馬のサウンドにアプローチした、穏やかではない仰々しいアルバムをどうやったら作ることができるか”だった。
■前作『ヴァージンズ』から3年を経ての待望の新作ですが、この3年のあいだに、あなたの音楽やサウンドに対する意識の変化はありましたか?
TH:アルバムごとにアプローチは変化していると思う。前回のアルバムでは、“初期のスティーヴ・ライヒの作品が流れているスピーカーをワイルドな犬の集団が襲ったらどうなるか”というアイディアからスタートしたんだ。そして今回のアルバムをつくったときのクエスチョンは“ホワイトネオン、麻、白い馬のサウンドにアプローチした、穏やかではない仰々しいアルバムをどうやったら作ることができるか”だった。……つまり、ぜんぜん違うサウンド、テクニック、そして楽器を使うということさ。おもに声だね。
■今回は『ハーモニー・イン・ウルトラヴァイオレット』(2006)以来、アルバムをリリースされてきた〈クランキー〉から離れ、〈4AD〉からの最初のリリースになったわけですが、ヘッカーさんにとって〈4AD〉というレーベルは、どのような意味を持つレーベルなのでしょうか?
TH:〈クランキー〉と同じくらい、すごく大きな存在だよ。深い歴史のあるレーベルだし、リリース作品の内容も経営法もいまだに素晴らしいと思う。
■本作はモントリオールやロスアンゼルスでレコーディングされたとのことですが、レコーディングには、どれくらいの時間がかかりましたか?
TH:いろいろな場所でバラバラにレコーディングしたから、だいたい1年半くらいかかった。もちろん、1年半ずっとレコーディングしていたわけではないよ!
僕は“アンビエント/ドローン”といったものに楯つく音楽を作ろうとしているし、もしそういった典型的なスタイルに近づいてきてしまったとしたら、それは失敗を意味するのかもしれない。
■素晴らしく美しい“ミュージック・オブ・ジ・エア”、曲名からして象徴的な“ヴォイス・クラック(Voice Crack)”、さらには“ヴァイオレット・モニュメンタル・Ⅰ”などに代表されるように、今回のアルバムには「声」の要素が大胆に、かつ分断的に導入されており驚きました。アンビエント/ドローンな音楽性(もちろん、それだけに留まらない音楽性であるのは十分に承知していますが)であるあなたの作風に、「声」を導入した意味について教えてください。
TH:そう。僕は“アンビエント/ドローン”といったものに楯つく音楽を作ろうとしているし、もしそういった典型的なスタイルに近づいてきてしまったとしたら、それは失敗を意味するのかもしれない。声を取り入れたかったのは、チャレンジでもあったし、趣があって、満たされていて、かつ美学的にも魅力的だと思ったからさ。
■さらに、アルバム全体においてハーモニーやメロディがより明確になり、同時にさらにエモーショナルになっているように聴こえました。あなたにとってメロディやハーモニーとは、音楽にどのようなものをもたらすものですか?
TH:なんだろう。自分の作品は、基本的にハーモニーやメロディがけっこうモチーフになっていると思う。少なくとも、僕自身はそう思うね。作品の碇のような存在で、それを中心に自分の作品が出来上がっていると思う。でももちろん、今回の作品ではそれがもっと明白だし、率直だと思うね。それは、自分が意識したことでもあるんだ。
■そのような「声」と「ハーモニー」の大胆にして繊細なコンポジションによって、本作におけるどの楽曲も、まるで21世紀の教会音楽、賛美歌のような崇高さを感じました。あなたにとって教会音楽は、どのような意味を持つのでしょうか? また、ご自身が西洋音楽の末裔にいるという意識はありますか?
TH:そういった音楽の末裔だという意識はないね。僕は、宗教音楽を提供する現代人というよりは、教会音楽が滅びるのを阻止しようとしている寄生性のエイリアンみたいな存在なんだ。崇高なものにはもちろん心を奪われるときもあるけど、それよりも「画家が絵を分析、検査するようなアプローチVSそういった絵画の内容を実際に信じてプロモーションすること」という面が強いと思う。それが意味をなせばの話しだけどね。
僕は、宗教音楽を提供する現代人というよりは、教会音楽が滅びるのを阻止しようとしている寄生性のエイリアンみたいな存在なんだ。
■同時に、たとえば1曲め“オブシディアン・カウンターポイント(Obsidian Counterpoint)”の冒頭のシンセのミニマルなシーケンス・フレーズなどに、どこかテリー・ライリーなど60年代のミニマル・ミュージック的なものも感じました。本作に60年代のミニマル・ミュージックの影響はありますか?
TH:過去の作品に比べると、この作品ではそういった音楽の影響は少ないと思う。でも、そういった作品からの愛はつねに持っているし、これからも持ち続けると思うよ。
■どこかジョン・コルトレーンのアルバムを思わせる印象的なアルバム・タイトルですが、このタイトルを付けた意味を教えてください。
TH:おもしろいことに、このアルバム・タイトルは、もう一人のジョン・C、ジョン・カサヴェテスの1980年代初期の映画(『ラヴ・ストリームス』1984年)を参照しているんだ。
■前作に続き、カラ・リズ・カバーデール(Kara-Lis Coverdale)がキーボードで参加されていますが、本作における彼女の貢献度を教えてください。
TH:彼女は、制作のはじめの段階のセッションで何度かパフォーマンスしてくれたんだ。
■同じく、ベン・フロストも参加されていますね。彼はあなたのサウンドに、どのような変化をもたらすアーティスト/エンジニアなのでしょうか?
TH:彼は僕の友人。しっかりとした強い意見を持っていながらも繊細な人間で、すごく深い技術の知識を持っている。彼はコラボレーターというよりも、相談役のような存在なんだよ。
■ヨハン・ヨハンソンがコーラル・アレンジメントで参加されています。彼に何か具体的なディレクションを出しましたか?
TH:最初の頃にできたものを彼にいくつか送って、それに合唱のアレンジを書いてくれと頼んだ。それから8人のアンサンブルといっしょにアイスランドでそのセッションをレコーディングしたんだ。
現代社会を称賛しながら、殺風景な崖の端っこや隙間でダンスしているような作品だと思う。
■曲名に、ヴァイオレットやブルー、ブラックなどの色彩をイメージさせる言葉が入っており、アルバムのアートワークも色彩豊かで、前作のモノクロームな色合いとは対照的でした。サウンドにもどこか「色」を感じるような気がしました。本作に(もしくは、あなたの音楽に)おける「色彩」とは、どのような意味を持つものでしょうか?
TH:たしかにそうだね。僕自身は、ヴィヴィッドでありながらも地味なものを求めていた。グレースケールVSハイパーカラーで作業することが多いけど、その2つのアプローチを対比するおもしろいものを発見しつつあるんだ。僕にとっての音楽制作において、色というものは、アイディアを考えるという段階ですごく大切な役割を果たすものだね。
■“ブラック・フェイズ”のMVなどをみると、現代社会に警告的な作品なのでは? とも思いました。本作は、現在世界の不穏さを反映しているのでしょうか?
TH:現代社会を称賛しながら、殺風景な崖の端っこや隙間でダンスしているような作品だと思う。
■音楽にかぎらず、本作を制作するに当たって影響を受けたものを教えてください。
TH:本当にさまざまなものから影響を受けていて、それが一つにまとまっているんだ。布だったり、音楽の論題だったり、ネオン、友人、コラボレーターたち……いろいろだよ。
■最後に現在進行形のプロジェクトなど、差し支えつかえない範囲で教えていただけますか?
TH:いまはアルバム制作からは離れて休みをとっているところなんだ。でも、日本の雅楽の同調システムに関して調べていて、たったいまも、このインタヴューに答えながらそれをやっているところだよ!
質問作成・文:デンシノオト(2016年6月24日)