「P」と一致するもの

Buoy - ele-king

 一風変わったこの名前、「浮(ぶい)」とはシンガー・ソングライターの米山ミサによるプロジェクトだ。これまで『三度見る』(2019)、『あかるいくらい』(2022)とすでに2枚のアルバムを送り出している彼女だけれど、このたび初のライヴ盤がリリースされることとなった。『草蔭(くさかげ)』と題されたそれは、京都のレーベル〈disk sibasi〉より11月26日に発売。先行配信中の沖縄民謡 “てぃんさぐぬ花” をはじめ、彼女の代表曲 “あかるいくらい”、高田渡のカヴァー “おなじみの短い手紙” などが収録されている。まだまだ残暑が厳しい今日このころ、風にそよぐ草を思い浮かべながら聴きましょう。


浮、京都のカルチャースペース<しばし>での自身初のライブ盤『草蔭』を11月に発売!
先行シングル「てぃんさぐぬ花」の配信を開始!

米山ミサによるソロ・プロジェクト 浮(ぶい)は、自身初となるライブ盤『草蔭』(くさかげ)を京都の音楽レーベル disk sibasi より11月26日(水)に発売する。本作は、2024年の年末、京都の築100年の町屋を改装したカルチャースペースの<しばし>にて、山内弘太をゲストギタリストとして迎え、レコーディングが行われた。竹林が風で揺れる庭を背景に構えた陰翳の畳の部屋でのライブ盤は、彼女の現在の姿をより感じられる選曲となっている。
収録曲の中から早速、先行シングル「てぃんさぐぬ花」の配信が開始された。

■[Pre-order + Listen]
http://lnk.to/buoy_sibasi


Photo by Hitomi Ogawa

先行シングルとして配信が始まった、沖縄代表する民謡「てぃんさぐぬ花」は、ホウセンカの赤い花が爪先を染めるように、いつの時代も心に染みる親の教えとその大切さが歌われている。これまで、うたのはじまりを意識しながら制作、ライブ活動を重ねてきた彼女にとって、民謡とは生活の中から生まれ、常に日常と地続きのものであるという。
本作は、彼女の代表曲のひとつ「あかるいくらい」、高田渡のカバー曲「おなじみの短い手紙」、沖縄で滞在した経験からインスピレーションを受けた曲「つきひ」、さらにアルバム未収録の「石」などを収録しており、まさにベストな選曲のしばし録音盤と言えるだろう。

■商品概要

アーティスト:浮(ぶい)
タイトル:草蔭(くさかげ)
発売日:2025年11月26日(水)
品番:sibasi-2 / JAN: 4571260595262
定価:2,727円(税抜)
1枚組CD
Label : disk sibasi

■Tracklist
1. つきひ
2. てぃんさぐぬ花
3. 愛が生まれる
4. 石の浜
5. 湯気
6. 風はながれて
7. 海へ
8. 石
9. あかるいくらい
10. おなじみの短い手紙(cover)

[Pre-order + Listen]
http://lnk.to/buoy_sibasi

山内弘太 参加曲(エレキギター):Trk-2. 7. 9. 10

■プロフィール
浮(ぶい)
米山ミサのソロプロジェクト。
2018年頃より、ガットギターの弾き語りで活動を開始。
2020年、1stアルバム『三度見る』をリリース。
2021年、コントラバス奏者の服部将典、ドラマー藤巻鉄郎とトリオ“浮と港“を結成。同メンバーにゲストを迎え、2022年に2ndアルバム『あかるいくらい』を発売。
2025年11月、ライブ・アルバム『草蔭』を発売。
https://sandmiru.my.canva.site/
https://www.instagram.com/buoy_live/
https://www.instagram.com/yoneyama.m/?hl=ja
https://x.com/buoy_japan

■しばし
しばしは、音楽レーベルTrafficが運営するレコード喫茶・カルチャースペースであり、disk sibasiは、しばしの音楽部門。京都の岡崎に店を構え、喫茶のみならず、ライブ、展覧会、作品の発売などを通して、さまざまなカルチャーがクロスオーバーし、発信する場となっている。
https://sibasi.jp/
https://www.instagram.com/sibasikyoto/
https://x.com/sibasikyoto/

Tyler, The Creator - ele-king

 2017年に行われた最後の来日公演から8年、タイラー・ザ・クリエイターが東京に降り立った。今回はお台場・有明アリーナで二夜連続(9月9日、10日)という大舞台。かつて恵比寿リキッドルームでの一夜限りの公演を観た人なら、その規模の違いはまさに天と地ほどだと実感するだろう。タイラーは紛れもなく人気者であり、世界で最も優れ、最も影響力を持つラッパーのひとりだ。そして本人も認めるように、タイラー自身は疲れを覚えている。
 OFWGKTA(Odd Future Wolfgang Kill Them All)がまだTumblrを拠点にし、その思想と広告戦略がまさにそこに刻まれていたローファイなデジタル時代から彼らを追いかけてきた私だが、残念ながらこれまで一度もタイラーをステージで観ることは叶わなかった。YouTubeを通じて彼と一緒にステージダイブをする自分を想像したり、彼の最初の3枚のアルバムに合わせて跳ね回る自分を思い描くしかなかった。そして有明アリーナをほぼ満員にした二夜の観客の8割は、おそらく私と同じ状況だったに違いない。
 オープニングを任されたのはバンドのParis Texas。タイラーの熱量とフロウをなぞるように、観客を温める役割を見事に果たしてみせた。彼らの演奏の前後には、二公演目にして最後となる日本公演を待ちわびる熱気がホールを満たし、人びとは席を探しながら廊下を駆け抜けていた。その光景に自然と頬が緩む。日々のメディア過剰時代にあっても、こうした切実な「待ち遠しさ」や「胸の高鳴り」がまだ健在であることに、私は心から安堵する。

 照明が落ち、巨大スクリーンが一斉に光を放つと、新作『Don’t Tap the Glass』の映像が流れはじめ、観客の熱気は一気に高まった。そしてそのまま、タイラーは“Big Poe”でアリーナ全体を揺らしにかかった。残念ながら私は三階席に追いやられてしまったが、周囲の観客の一部は、これがダンス・ミュージックであることを忘れてしまったかのように静かで、その分アリーナのフロアは熱狂的に応えていた。
 ステージに現れたタイラーは真っ赤なレザーパンツに白いTシャツ、そして赤のレザージャケットという装い。観客の多くが30歳未満であることを考えると、この色彩の組み合わせがマイケル・ジャクソンの『Bad』や『Thriller』を想起させるものだと気づいた人は少なかったのではないだろうか。タイラーが披露した数々のムーンウォークを見れば、その内輪的なジョークは明らかだったはずだ。
 『Don’t Tap the Glass』の鮮やかな色彩から、次の曲群では『Chromakopia』の緑を基調とした演出へと移行した。だが、ここで違和感を覚えた。タイラーの責任ではないが、ヴィジュアル・チームはスクリーンの光演出に偏りすぎており、ステージ上のタイラー自身は闇に包まれてしまっていたのだ。曲がひとつふたつと続くあいだも、彼の姿がほとんど見えない時間があり、観客としては落ち着かない体験となった。

 音楽自体は素晴らしく、タイラーは純粋なポジティヴ・エナジーの塊として、心を込めてラップを届けてくれた。もっと多くのラッパーがこうした愛情をもってパフォーマンスをすれば、と願わずにはいられなかった。しかし、それでもなお舞台演出には混乱の影が残った。これまでの公演映像を見返してきた私は、今年7月までのツアーでもタイラーが『Chromakopia』のプロモーションに集中し、仮面、アフリカ風のヘアスタイル、そして緑のスーツを纏っていたことを知っている。だが、新作『Don’t Tap the Glass』が突如リリースされたことで、そうした演出はすべて覆され、東京の観客はその世界観を体験できなかった。過去の公演映像で見た華麗な舞台美術を心から楽しみにしていたが、有明アリーナの舞台装置は巨大スクリーンがあるだけで、それ以上は何もなかった。この特別な東京公演における演出の物足りなさは、まさに痛手だった。仕事を休んでまで足を運んだ観客にとってはなおさらだ。
 それでも、知っている曲では声の限りに歌い、馴染みのない曲では耳を傾け続け、一度も座ることはなかった。だがタイラーは座った。三度も。そしてそのうち一度は、床に仰向けに寝そべってしまったのだった。

 “Take Your Mask off”で彼が吐き出した深い心の傷——それはたしかに私の胸にも響いた。本物の誠実さがそこにあった。だが同時に、彼は何度も「暑い」とこぼした。真っ赤なレザージャケットを着たまま、一度も脱がずに。さらに彼は、「しばらく日本には戻ってこないだろう」と、観客の心を射抜くような言葉を投げかけた。思い返せば、前回の東京公演は2017年、ほぼ10年近く前のことだ。そして彼は繰り返し「疲れた」とも語った。私は3〜4時間にわたる長丁場のステージをこなすバンドを見てきたが、この日のタイラーの公演はわずか1時間20分だった。

 もちろん私はライヴを楽しんだ。謎めいた存在であるタイラーを間近に感じられたことは大きな昂揚をもたらした。しかし、ステージ上で「疲れている」と訴える姿には苛立ちも覚えた。時差ボケ、過剰に熱狂的なファン、日々絶え間なく求められる発言、仲間に囲まれない孤独——そうした重荷を背負う彼に共感しないわけではない。だがそれは、毎朝4時に起き、夜8時まで働きづめだった父の労働や、複数の子どもを出産し、7〜9時間立ち仕事をしてから家に帰って夕食を用意した母の姿から聞こえる、「疲れた」と同じではない。
 彼はたしかに観客に感謝していた。しかし、舞台演出の乏しさや、人気曲を断片的に繋いだメドレー形式——それぞれが一節で切られてしまう構成には、「完全なパッケージ」を体験できなかった物足りなさが残った。
 もし今回の東京公演を観た人がいるなら、ぜひ7月にニューヨーク・ブルックリンのバークレイズ・センターで行われたパフォーマンスを観て比較してほしい。


8 long years since his last show in Japan in 2017, Tyler the Creator touched down in Tokyo for 2 nights at the Ariake Arena in Odaiba (Sept 9th and 10th). Unlike his one show at Liquid Room in Ebisu before, packing two dates at Ariake are like day and night. Tyler is hands down popular, one of the best and one of the most influential rappers around the world. And by his own admission, Tyler is tired.
Despite following OFWGKTA from their Tumblr days when literally their ethos and advertising was prominent there (the good old low-fi digital days), I have unfortunately never seen him on stage. Only through YouTube was I able to imagine myself stage diving with him or bouncing to his first 3 albums. And I am sure 80 percent of the audience over the 2 almost sold out nights were in the same boat.
Tyler brought the band Paris, Texas to warm up the crowd and they didn`t fail in their mission to make as best an impression as possible emulating Tyler`s energy and flow. Before and after they took the stage, the anticipation for Tyler for this second and last show in Japan, was very palpable with people running in the hallways anxious to find their seats. This energy brought a smile to my face. Despite daily media oversaturation, I`m glad that anticipation and excitement are still alive.

Once the lights came down, the jumbo screens lit up and images from the new release “Don`t Tap the Glass” appeared gassing everyone up and just like that Tyler started the arena moving to “Big Poe.” Unfortunately relegated to the third floor, it did seem some audience members near me forgot it was dance music but the floor didn`t.
Tyler was out from the beginning dressed totally in red leather pants, white T and a red leather jacket. With a significant segment of the audience under 30, I fear they didn`t get the Michael Jackson reference with the color coordination reflecting “Bad” and “Thriller.” The inside joke should have been obvious with many of the moon walk dance moves Tyler pulled off.
From the bright colors of “Don`t Tap the Glass” the stage changed with the next songs to the green of “Chromakopia” and it`s here where I felt things became a bit off-kilter. I don`t blame Tyler for this but his visual team focused too much on creating nice lights for the jumbo screens while Tyler on stage was almost surrounded in darkness. For more than one song. It was disorientating.
The good music flowed and Tyler, just a ball of pure positive energy, rapped with the heart and love I wish more rappers did. But still there was bits of disorientation. Having watched earlier shows, even up til July of this year, Tyler had focused largely on promoting and performing “Chromakopia” and wore the outfit and hairstyle that he created for it on stage. Mask, African hairstyle and green suit. With “Don`t Tap the Glass” suddenly released though, it seems he threw all of that under the bus so Tokyo audiences didn`t get to experience any of it. Having also seen video of past years of great performances, I REALLY looked forward to a gorgeous set design. The Ariake Area set design unfortunately were literally just jumbo screens and nothing more. The lack of effort for such special show for Tokyo hit me bad. Like I look time off of work to see this show.
I sang my heart out at songs I knew and listened intently to songs I wasn`t so familiar with and I never sat down. But Tyler did. Three times to be exact. Once even lying flat on the ground.

Yes, he was spitting out deep emotional trauma with “Take Your Mask Off” and I fell that. It hit me. All that sincerity. But more than once he complained that it was hot despite wearing a leather jacket he never took off. He sent out arrows to pierce everyone`s heart saying he wouldn`t be back any time soon (keep in mind he hasn't been to Tokyo since 2017 - that`s almost a decade) and complained that he was tired. I`ve seen bands play 3 to 4 hour shows and Tyler`s show was just an hour and 20 minutes.
I enjoyed all of the concert. Being close to the enigma that is Tyler left me high but Tyler complaining on stage about being tired irked me. Though I have empathy for anyone combatting jet lag or having obsessive fans or tons of people asking your opinion every day or the loneliness of not having a crew around to mentally protect you, it still isn`t the same as my father who woke up at 4am to drive to work and stay til 8pm 5 times a week. Or my mother who gave birth to several children and then went back to work standing on her feet for 7 to 9 hours before going back home to cook dinner. I understand he was grateful for everyone coming to the show but with the set design, medleys of his most popular songs - each song cut down to one verse, it felt like we didn`t get the full package.
For anyone who saw the show, I encourage you to watch his performance in New York City this July at Barclays to compare.

former_airline - ele-king

 former_airlineの新作『Breath of the Machineries』は、まるで機械が夢を見ているかのような音楽である。ノスタルジーと未来が重なり合い、呼吸のように揺らめくサウンドに身を委ねると、リスナーは過去と現在、記憶と想像の狭間を漂うことになる。その体験は、まさに夢そのものだ。

 この音を紡ぐのは、former_airlineこと久保正樹。複数のバンド活動を経たのち、90年代後半からギター、エレクトロニクス、テープを駆使した音響実験に取り組んできた才人である。2000年代後半に「former_airline」としての活動を開始して以来、独自の軌跡を描き続けてきた。またライター/批評家としても活動し、寄稿する文章には鋭い審美眼が宿る。音楽と文筆を並行させる姿勢は、作品をたんなる音響表現にとどめず、批評的実践としても成立させてきた。
 実際、former_airlineの音楽はしばしばJ・G・バラードの小説にも喩えられ、「サイファイ・サイコ・エロチシズム」や「ディストピアン・スナップショット」などと評されてもきた。音は感情を喚起するだけでなく、聴き手に思考や言葉を促す装置としても機能する。その批評性を内包したアプローチは、日本のエクスペリメンタルな音楽シーンにおいても異彩を放っている。
 新作『Breath of the Machineries』は、イアン・F・マーティンが主宰する〈Call And Response Records〉からの久々のリリースだ。ポスト・パンク、クラウトロック、ミニマルウェイヴ、シューゲイズ、ダブ、アシッド・ハウスといった参照点を持ちながらも、模倣や懐古に陥ることなく、サイケデリックな広がりと現代的な緊張感を兼ね備えている。
 同レーベルから2020年にリリースされた前フル・アルバム『Postcards from No Man’s Land』は、パンデミック下の不安を描いた作品だった。その後、自主レーベル〈FALRec〉でのEPを経て、再び〈Call And Response Records〉から発表されたのが本作である。
 5年の歳月を経て、久保の音楽はどう変化したのか。本作のテーマは「機械の息遣い」。録音機材の揺らぎやノイズを積極的に取り込み、90年代のカセット断片をサンプリングすることで、過去と現在を同時に鳴らす音層を築き上げた。
 その核心にあるのは「機械」の扱い方である。久保が注視するのは、テック企業が夢想する未来像ではなく、日常に遍在する機材や装置の微細な挙動だ。マイクの呼吸、テープの歪み、録音機材の振動──それらを音楽へと変換することで濃厚なノスタルジーを喚起する。ただし、それは懐古にとどまらない。冷徹さと優しさのあいだを往還し、記憶と現実の境界を音響へと変換していく。ロックも電子音楽もテクノもアンビエントも痕跡として堆積し、個の記憶に沈殿していく。失われゆく時間そのものが音に変換されていくようだ。安易なテクノロジー批判や甘美なノスタルジーに寄らず、絶妙な均衡を保つ態度がアルバム全体に緊張感をもたらしている。
 本作『Breath of the Machineries』には全12曲を収録。テクノやダブを基盤にしたエレクトロニックなトラック、シューゲイズやドリームポップ的なギター、ポスト・パンク的なソリッドな音が交錯する。象徴的なのが “Yesterday’s World” で、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドを想起させつつ、元ザ・ワイアーのブルース・ギルバート的実験性を融合させている。また “Too Drunk to Dub” では鋭利なギターと飛翔する電子音が交差し、ポスト・パンク的な切れ味を提示。意識を引き裂くようでありながら、突き放すようなクールさを同居させている。
 さらに注目すべきはブロードキャスト “Roses Red” のカヴァーだ。トリッシュ・キーナンの死後に発表された未収録曲集『Spell Blanket』(2024)収録のデモ曲を再解釈し、幻想性とメランコリーを帯びた音響空間に組み込んだ。オリジナルの儚さを尊重しながら、former_airlineの文脈へ引き寄せることで、たんなるトリビュートを超えた「記憶の再編成」として提示されている。ポスト・パンク的処理とブロードキャスト的音像が交錯し、記憶と知覚、夢と現実を揺さぶる批評的装置として作用しているのだ。
 制作後、久保は拠点を東京から大阪へ移した。都市のコンクリートが抱える孤独と、移動による距離感が重なり合い、アルバム全体に陰影を与えている。“The Machineries of Joy” には、東京での記憶が逆回転するようなアンビエント感覚が漂う。都市の静寂や孤独、雑踏は、移動という解体と再編を経て、夢と不穏のはざまで揺らめいている。『Breath of the Machineries』は東京という都市へのレクイエムであり、その記憶の集積でもある。
 本作は従来「ディストピアン・スナップショット」と評されてきた作風を受け継ぎつつ、喪失と記憶によって多層的に拡張された作品だ。「記憶と音響の関係」を更新する試みといえるだろう。
 希望と忘却、批評と夢想。その両義性から立ち上がる音響風景は、聴き手に「音楽はいかに記憶を宿すのか」という問いを突きつける。すなわち『Breath of the Machineries』は、音楽が単なる娯楽や記録ではなく、失われゆく時間と来るべき未来を同時に生成する「記憶装置」であることを示している。

 Breath of the Machineries。機械が息をする。その微かなノイズの奥に、過ぎ去った都市の風景を聴き取り、まだ形を持たない希望を見いだすことができる。記憶と忘却、孤独と連帯、夢想と批評。そのすべてが音に溶け込み、やがて聴き手の身体の奥で共鳴をはじめる。その響きは刹那を超えて、永遠の余韻として生き続けるのだ。

RC SUCCESSION - ele-king

 RCサクセションと忌野清志郎がデビュー55周年を迎えます。それを記念したポップ・アップ・ストアが、2005年作の“JUMP”のミュージック・ヴィデオの撮影場所でもある原宿・竹下通りのど真ん中で開催されるとのこと。

 また、あわせて1976年リリースの名盤『シングル・マン』のデラックス・エディションも発売決定、同アルバムをZAKがリマスタリングしたDisc1はもちろん、「Single & Rare Tracks」と題したDisc2には、未発表曲“ぼくの眠るところ”や“恐るべきジェネレーションの違い (Oh,Ya!)”、“甲州街道はもう秋なのさ〜ANOTHER MIX〜”の初収録ヴァージョン、さらには1976年4月25日にtvk「ヤングインパルスにて実施されたスタジオ・ライヴの録音も収録されるそう。

 なお、当日は高橋康浩(著)『忌野清志郎さん』(https://www.ele-king.net/books/011796/)も販売予定です。ほか、詳細は以下にて。

「RCサクセション&忌野清志郎 55th Celebration POP-UP STORE」

期間:2025年10月15日(水)~2025年10月26日(日)
(10月15日(水)・16日(木)・18日(土)・19日(日)は事前予約枠を設けています)
場所:UNIVERSAL MUSIC STORE HARAJUKU 1F・3F
住所:東京都渋谷区神宮前1-20-6(JR山手線「原宿」駅竹下口 徒歩3分)
時間:11:00〜20:00(最終入場19:30)
入場料:入場無料(定員に達した際は入場制限させていただく場合があります)

特設サイト: https://sp.universal-music.co.jp/pop-up/rc-kiyoshiro/
(9月20日(土)正午12:00より、特設サイトにて事前予約・入場方法の詳細を発表、同時に受付を開始します)

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 RCサクセション・忌野清志郎デビュー55周年と、RCサクセションの名盤「シングル・マン」デラックス・エディションの発売を記念して、POP UP STOREを開催します。
忌野清志郎の代表曲「JUMP」(2005年)Music Videoを撮影した原宿・竹下通りのど真ん中での開催が決定しました。

 カメラマンおおくぼひさこ、有賀幹夫によるRCサクセションの迫力満点の写真、忌野清志郎のプライベートスタジオ「ロックン・ロール研究所」をイメージした特設スペース、本人が描いた絵画やイラストの展示、鋤田正義、蜷川実花、佐内正史を始めとした9人の著名カメラマンによる忌野清志郎ポートレイトの共演などなど、ここでしか観られない、体験できない展示が満載。日本のロック史に大きな足跡を残した「KING OF ROCK」RCサクセション・忌野清志郎の姿が直に体験できるPOP UPです。

 また、2Fに常設POP UPスペースを構えるローリング・ストーンズのシンボル「ベロマーク」こと「Lips and Tongue」と忌野清志郎が描いたキャラクター「ヒトハタウサギ」の限定コラボグッズ、RCサクセション・忌野清志郎・THE TIMERSなどのジャケットをモチーフにしたTシャツなど、ここでしか入手できないグッズも満載! この秋見逃せない限定POP UPによォーこそ!


RCサクセション「シングル・マン」デラックス・エディション 10月15日発売!

●発売日:2025年10月15日
●発売形態
2CD 価格:¥4,400(税別) 品番:UPCY-8060/1
・Remastered by ZAK
・「幼児・児童 絵画統覚検査図版」(絵:南大路一)17点・解説・歌詞を含むブックレット
・ライナーノーツ:今井智子、坂井洋輝

2LP 価格:¥6,200(税別) 品番:UPJY-9520/1

・Remastered by ZAK
・LP Disc1:ハーフ・スピード・カッティング by Miles Showell at ABBEY ROAD STUDIOS, LONDON
・LP Disc2:ノーマル・カッティング by Miles Showell at ABBEY ROAD STUDIOS, LONDON
・180g重量盤クリア・ヴァイナル
・「幼児・児童 絵画統覚検査図版」(絵:南大路一)17点・解説・歌詞を含むブックレット
・ライナーノーツ:今井智子、坂井洋輝

<収録曲>

Disc1 :『シングル・マン』2025リマスター

01 ファンからの贈りもの
02 大きな春子ちゃん
03 やさしさ
04 ぼくはぼくの為に
05 レコーディング・マン(のんびりしたり結論急いだり)
06 夜の散歩をしないかね
07 ヒッピーに捧ぐ
08 うわの空
09 冷たくした訳は
10 甲州街道はもう秋なのさ
11 スローバラード

Disc2 : Single & Rare Tracks

01 スローバラード(シングル・バージョン) (1976/1/21 single)
02 やさしさ(シングル・バージョン) (1976/1/21 single)
03 わかってもらえるさ (1976/10/11 single)
04 よごれた顔でこんにちは (1976/10/11 single)
05 恐るべきジェネレーションの違い (Oh,Ya!)  *初収録バージョン
06 甲州街道はもう秋なのさ〜ANOTHER MIX〜 *初収録バージョン

▼ tvk「ヤングインパルス」スタジオ・ライブ 1976/4/25
07 恐るべきジェネレーションの違い (Oh,Ya!)
08 スローバラード
09 夜の散歩をしないかね
10 おはようダーリン
11 ぼくの眠るところ *未発表曲
12 ぼくはぼくの為に

お買い求めは大手CDショップ、ECサイト、UNIVERSAL MUSIC STOREまで
UNIVERSAL MUSIC STORE

Barry Can’t Swim - ele-king

 バリー・キャント・スウィムのライヴ・セットを〈フジロック〉で観なかったことは今夏の心残りだ。2日目夜のホワイト・ステージに登場したが、なにしろ僕はヘッドライナーのヴルフペックに向けて、夕方のジェイムス・ブレイクからずっとグリーンの最前付近に張っていた。あの日のグリーンは時間を追うごとに最高潮を更新し続けるような状態だった……が、あとになって風間一慶(しろみけ)さんのレポートを読むと、いまさら身体がうずうずする。一介のクラブ・ミュージック好きとしては、やはり悔しさが残る(補足:ちなみに、フォー・テットも見逃した)。

 まずは思い出話を。エディンバラ出身のジョシュア・マイニーことバリー・キャント・スウィムとの遭遇は、〈Shall Not Fade〉からの「Amor Fati EP」だった。ジョー・サンプルを引用したハウスが展開される小品からは、同レーベルで言えばフェリペ・ゴードンのようなメランコリックなジャジー・ハウスか、あるいは彼のふざけた名から連想して、DJボーリングやDJサインフェルドなどロウファイ・ハウスの文脈としても聴いていた記憶がある。いずれにせよ、広くない場所で流れる四つ打ちという印象を抱いていた。
 当時盛り上がりを見せたこれらベッドルーム的な音は、個人的にハウス・ミュージックへ入れ込む過程での良き入口だったと、いま振り返って思う。

 そんな私的な思いもあり、このときの周辺の名はその後も追い続けていたが、はっきりいってバリー・キャント・スウィムの躍進ぶりは他を圧倒している。まず2023年のデビュー・アルバム『When Will We Land?』でいきなりマーキュリー賞の候補に加わると、ツアーは軒並みソールドアウト、リリース元の〈Ninja Tune〉に “10年がけの目標は〈O2 Academy Brixton〉” と語ったのも束の間、2024年には早くも3公演を果たしている。このスピード感には驚かされる。
 破竹の勢いが続くなかでの今作『Loner』はどうだ。ブレイクを経た現実のめまぐるしい変化による影響は想像に難しくなく、オープナーのAI音声による語りは、彼の予期せぬ成功による当惑が端的に表されているし、たしかに前作と較べると内省的な印象だ。それはタイトル『Loner』(=孤独)からも明らかだろう。他方で、外向きなダンス・サウンドも前作より推進されており、特に “Different” や “Still Riding” などはアグレッシヴでより踊れる。いまや過剰な快感原則とでも言うべきビルドアップ/ドロップダウンの定式に接近する瞬間もあるが、彼の内的な感情も十分に散りばめているためか、過剰にはならず解放的な身体性と親密な情感がうまく同居していると感じた。まるでEDM的な音が一時を席巻した “その後” における、フェス/アリーナ仕様のダンス・ミュージックの在り方のひとつをも提示しているようで、世代的にも刺さるものがあり心が揺さぶられた。この点は、1日目の苗場のヘッドライナーであったフレッド・アゲイン‥にも顕著に感じている。
 こうして書いてみると、バリー・キャント・スウィムはずいぶん遠くへ行ったようにも思える。はじめは──いわばYouTube上でも機能するハウス・ミュージックだったが、そのダイナミズムは瞬く間に苗場の大舞台にまで拡大した。彼の音はベッドルームに留まることを知らなかったようだ。今後、どんな展開が待ち受けているのか期待せずにいられない。……そしてやはり、このライヴ・セットが観れずに悔しい。もう何も見逃さないよう、後悔しないように、現場へ足を運ぼう。

Saint Etienne - ele-king

 数ヶ月前、セイント・エティエンヌが次作をラスト・アルバムにすると発表したとき、コラムを書こうと思った。多くのことが書けたかもしれない。本も読んでいたから。
 けれど、止めた。ここは手短に書こう。90年代初頭に登場したイギリスの愛らしい3人組(ボブ・スタンレー、ピート・ウィグス、サラ・クラックネル)は、腕力も自己顕示欲も弱そうな、内気な若者たちに見えたが、その小さな音楽は大きな自信に満ちていた。

  長い道のりだった
  本当に長い道のりだった
  あなたが私の人生に現れたあの日から
  あなたは私の荒れた心をなだめてくれた
  私は疲れていた
  どこで間違えたんだろうと悩んでいた
  でもわかっている
  あなたの瞳にその表情をみたとき
  私にはわかっている
  すべてがうまくいく

  こんなに気持ちいいと思ったことはない
  こんなに強いと思ったこともない
  もう私たちを止めるものは何もない

 その曲“Nothing Can Stop Us(私たちを止めるものは何もない)”——ダスティ・スプリングフィールドのヒット曲を思い切りサンプリングしたあのイントロをいま聴くと、いたたまれなくなる。ぼくたちは──昨日の音源をほじくり返しながら──明日を見ていた。自信があったし、外の世界に出かける準備をしていた。で、じっさいに出かけた。
 ジョン・サヴェージはセイント・エティエンヌの音楽を 「雨の日に(ロンドンの)カムデンタウンでレコードを買いにいくようなものだ」と、デビュー・アルバム『Foxbase Alpha』のライナーノートで喩えている。ウィルソン・ピケットにザ・フォー・トップス、そしてクリスタルズ……イングリッシュネス(英国らしさ)に抗するごとくフランスのサッカー・チームをグループ名とし、レトロなポップスのサンプリングを駆使した初期のセイント・エティエンヌには、同時代の渋谷系との親和性が大いにあった。もっとも、彼らは渋谷系よりもダンス・ミュージックを愛していたと思われる。ドゥーワップはフィリー・ソウルにつながりディスコとハウスへと、もしくはサマー・オブ・ラヴへと連結する。
 そしてぼくたちは、ニール・ヤングなど誰も気にしなかったあの時代、その3拍子のオリジナル曲ではなく、アンドリュー・ウェザオール、あるいはマスターズ・アット・ワークのブレイクビートをもって生まれ変わった“Only Love Can Break Your Heart”に恋をした。「あなたがまだ若く、ひとりきりだった頃/孤独はどんな感じだったんだろう?」とモイラ・ランバート(サラ加入前のヴォーカリスト)は歌う。「でもね、あなたの心を打ち砕くことができるのは愛だけ/最初から知っておくといい」

 愛だけがすべてを成し得る。壁を超越することができるものは愛。デビュー当時、25歳で、『NME』のライターだったセイント・エティエンヌの頭脳=ボブ・スタンレーはポップ・ミュージックのコレクターかつ研究者で、ポップ史の本を2冊上梓している(ポップ・ミュージックはどこから来てどのように展開し、そしてどう衰退したのかという大著である)。
 彼はポップ・ミュージックを愛している。フィル・スペクターやモータウン、ビートルズはもちろんのこと、ロックンロールやパンク、サイケデリックやソフト・ロック、ファンクやヒップホップ、フィリーにディスコ……メタルは愛せなかったようだがその人気の理由を理解しようと努めた。メタルもポップの一部なのだから。補足すれば彼が愛するポップとは、学校や仕事の帰りに地元のレコード店で新しいシングルを買う、そして家に帰ってレコードに針を落とす儀式を生活の中心とし、毎週チャートを見ながら時代の変化をチェックし、音楽雑誌を読みながらいま何がクールなのかを確認する、クラスや職場で同じ趣味の仲間を見つけて会話する……そうした古典的な楽しみ方のなかで聴かれたポップ・ミュージックなのだ。
 そうしたライフ・スタイルは、1990年代後半の、CDを主軸とした音楽産業の欲によって衰退していった、というのがスタンレーの見解だ。1992年のポップをめぐる環境は1952年のそれと本質的にはさほど変わらないかもしれない。しかし、2012年のそれとでは著しく異なっている。プレイリストが乱立し地元のレコ屋もない時代、チャートが売れ数以上の何かを反映しているのだろうか。
 ゼロ年代以降の音楽でも、残滓はある。たとえばエイミー・ワインハウスの“Tears Dry on Their Own”にはマーヴィン・ゲイとタミー・テレルの“Ain’t No Mountain High Enough”がサンプリングされている。その曲“Ain’t No Mountain〜”を書いたモータウンのスタッフは、チャカ・カーンの“I’m Every Woman”も書いているし、初期のソウルのヒット曲も手がけている。ひとつのポップ・ソングには、それがどこから来ているのかを結ぶ回路がしっかりとあって、それは脱構築(意味のゆらぎ/ゆさぶりを)していない。そこにあるのはその音楽へのたしかな愛で、キュレート(ネットを使っての情報収集とその整理)した結果ではないのだ。
 スタンレーはチャート・ミュージックとシングル盤のみに執着しているわけではない。彼がヴェルヴェッツやジョニー・バーネット・トリオ、ザ・スミス、ハウス・ミュージックやサイボトロンを愛するのは、直接チャートに影響したことはないが未来のポップ・ミュージックに重要な手がかりを与えている音楽であるがゆえだ。1990年に始動したセイント・エティエンヌが、当初はハウス・ミュージックへと向かい、その後、フォークからテクノ、ヴェイパーウェイヴ、アンビエントに接近したことは理にかなっている。(1993年、セイント・エティエンヌがエイフェックス・ツインによる耳に優しくないリミックスを2ヴァージョンもフィーチャーしたシングルを、レトロ・ポップなデザインでリリースしたことは愉快だった。渋谷ではすぐ売り切れたが、リミックスのほうが多く聴かれたとは思えない

 さて、そんなわけでイギリスの小さなポップ・グループは、35年にわたる活動に終止符を打つことになった。先日、13枚目のアルバムにして、その最後の作品がリリースされたのである。『International』はセイント・エティエンヌらしい、インディ・ダンス・ポップ/エレクトロ・ポップの万華鏡だ。イレイジャーのヴィンス・クラーク、オービタルのポール・ハートノル、ヘアカット100のニック・ヘイワード、DJのエロール・アルカンといったコントリビューターの人選からもこの作品の特色がうかがえよう。
 そして、この感傷的なアルバムの1曲目は“Glad”——
 
  あなたは通りを見下ろしながら
  「いつか、もっとよくなるはずだ」と自分に言い聞かせている
  けれどあなたが問いかけるすべてのこと
  かつては何より大事に思えたこと
  その答えは、どこからも返ってこない
 
  孤独に打たれているとき
  それはあなたを悲しくしないか
  ひとりきりでいるとき
  それはあなたを悲しくしないか
  けれど、
  太陽の光があなたの目に射し込むとき
  それはあなたを歓ばせないか
  生きていること自体を祝福のように感じさせはしないか
  それでも、
  やはり悲しくはならないか?
 
 エネルギッシュなポップ・ソングで、高揚感があってメロディも力強い。が、なにが“Glad(嬉しい)”だ。これは感情の揺れ動きだろう。感情とは、そう簡単なものではない。
 とはいえ、そう、かつて「私たちを止めるものは何もない」と歌った3人は、泣き言なしで、自らの歴史を自らの意志で止めたのだ。メンバーの誰かが大病を患ったわけではない。ただ、いまはもう、いや、ずっと前から、雨の日にカムデンにレコードを買いに行ったりしない。だから、いまこのとき物語を完結すること、それ自体がメッセージなのだろう。
 “The Go Betweens”という曲では、メタ視点によるこんなフレーズもつづられている。
「あなたのことを想いながら、カフェの隅でくつろいでいる/インターネットで開催予定のロックショーをチェックする/そして、お気に入りのアーティストのチケットを手に入れる/ひょっとしたらこちらも気に入るかもよ——“Sweet Melodies* ” に“Saint Etienne”、“Dancing Heart* ” に“Only Love Can Break Your Heart ”」(*は本作収録曲
 歌詞の面でセイント・エティエンヌの哲学があるとしたら、ラヴソングですべてを表現するということだ。ラヴソングこそがポップ・ミュージックの神髄にある(清志郎やフィッシュマンズと同じだ)。愛とは特定の存在に対する盲目的な服従ではない。広い世界の、すばらしい覗き穴だ。「International」という単語は、日本では「国際的」と自動的に訳されるが、その意味することは「ナショナルに対抗するもの、国境を越えた連帯」だ。シチュアシオニスト・インターナショナル、これを思い出せばいい。
 ポップ・ミュージックが世界に拡散させたのは、盆踊りでもなければポルカでもワルツ、フラメンコでもない。アフリカ起源のダンスだ。エレクトロ、R&B、ドラムンベース、ハウス、ダウンテンポ——アルバムにはいままでのおさらいがあって、過去と現在の断絶を描いているのは最後の曲 “The Last Time” 。
 ありがとう、セイント・エティエンヌ。35年かぁ、さびしいけれど、きみたちは最後まで自分たちを貫き通した。その最後の最後は、こうだ。

  これが最後の最後
  ほんとうに最後の最後
  最後の最後です

  私たちは洗練されて見えるけれど
  あなたが期待していたようなこ洒落た盗賊ではなかったのです

interview with Jacques Greene & Nosaj Thing (Verses GT) - ele-king

 こういう音楽には抗えない。フロアで聴いたら最高に気持ちいいだろうダンス・チューンがもつ恍惚感。部屋で落ち着いて耳を傾けたい繊細なエレクトロニカの音響性。それらがみごとに共存しているのがヴァーシーズ・GTのファースト・アルバムだ。
 かたや〈Lucky Me〉をホームにハウス・トラックを投下しつづけてきたプロデューサー。かたやLAビート・シーン出身、陰影に富んだテクスチャーを探求してきたアーティスト。ジャック・グリーンとノサッジ・シングによるコラボレイション・アルバム第一作は、それぞれ異なる道を歩んできたエレクトロニック・ミュージシャン同士のいい部分が絶妙なあんばいで溶けあっている。
 正直に告白すると、初めて聴いたときは上モノのシンセがジャック・グリーンで、少しこもったような音の響きがノサッジ・シング、ビートのパターンはふたりの協議によるものだろうと想像していた。じっさいは、自分のやりそうなことを相手がやったり、逆に相手のやりそうなことを自分がやったりしていたそうなので、下記で語られているように、そんなに簡単には切りわけられないプロセスを経ているのだろう。
 個人的に耳を奪われたのはUKガラージ~ダブステップのビートが躍動するいくつかの曲たちだ。00年代後半、まさにそうした音楽がいちばん力をもっていた時代にキャリアをスタートさせた彼らではあるが、不思議なことに “Unknown” や “Found” といった曲からは懐古趣味よりもむしろ現代性のほうが感じられる。ひとつの突出したビートが流行るのではなく、過去のさまざまなスタイルが入り乱れるパンデミック以降のダンス・シーンの動きに、彼らもまた呼応しているということなのかもしれない。
 幸運なことにわれわれは、そんなふたりの晴れ姿を11月、〈MUTEK〉のプログラムで体験することができる。ギグにそなえ、まずはこのアルバムを聴きこんでおこうではないか。

じっさいにおなじ場所でいっしょに作業していると、学びのスピードもぜんぜんちがうんだ。(ノサッジ・シング)

ジャック・グリーンさんは現在モントリオール在住で、ノサッジ・シングさんがLA在住……で合っていますか?

ジャック・グリーン(Jacques Greene、以下JG):ああ、ぼくはモントリオール。

ノサッジ・シング(Nosaj Thing、以下NT):ぼくはもともとLAなんだけどいまは東京に住んでるんだ。

強力なコラボレイションですので、まずはそもそもおふたりがいつ、どこで出会い、どういう流れでこのプロジェクトをはじめることになったのか、経緯を教えてください。ノサッジ・シングさんの2022年作が〈LuckyMe〉から出たのがきっかけですか?

NT:いや、最初に会ったのは2009年なんだ。その前から、シックストゥー(Sixtoo)という名前で活動している共通の友人がいて、彼をサポートしてライヴのオープニングをやったのが、たしか2007年か2008年くらいかな。その彼が、「いつかモントリオールでショーをやろう」と言ってくれて、2009年に、フィル[訳注:ジャック・グリーンの本名]と一緒にモントリオールで、ルニスとマシーンドラムと一緒にパーティでプレイしたんだ。

JG:ぼくたちは互いの音楽が好きだったし、友だちとして仲よくしていて、似たようなシーンにいたんだけど、音楽をいっしょにつくりはじめたのはたぶん2018年か2019年くらいで、かなりカジュアルな感じだったと思う。その時点では、基本的にはただの友だちという感じで、ロサンゼルスにぼくが行ったときに、フォーを一緒に食べたり(笑)、車でちょっと出かけたりして、なんとなくしゃべったり遊んだりしていた。何年かそんな感じが続いていて、ロサンゼルスに1日余裕があるときなんかは、「ジェイソン[*訳注:ノサッジ・シングの本名]、飯でも食べに行って、ビートでもつくる?」みたいな感じで連絡していた。
 でも、ちゃんとしたプロジェクトをやろうとか、そういう話ではなかったんだ。ロサンゼルスって、ジェイソンみたいにいろんなひととコラボレイションするのが自然なカルチャーだと思うんだけど、ぼくはこれまでずっとひとりで作業するスタイルだった。でもパンデミックのあとくらいから、「だれかといっしょにおなじ空間で音楽をつくりたい」という思いが強くなっていた。そこから、ちょっと曲をつくってみる感じだったのが、「もう少しちゃんとしたかたちにしてみようか」という流れになった。

互いにグラフィック作品や映画をシェアしたり、彼のスタジオでもぼくのスタジオでも、開いた本のページを撮影してリファレンスとして使ったりしていた。(ノサッジ・シング)

おふたりは2010年前後に、かたやUKの〈Night Slugs〉から、かたやLAビート・シーンから登場してきたわけですが、そのころから互いの音楽は聴いたり意識したりしていたのでしょうか。

NT:たしか初めて彼のことを知ったのは、モントリオールで会う1年か2年くらい前だったと思う。そのときは彼がまだべつの名前でやっていたころだった。当時、ぼくはロサンゼルスにいたけど、モントリオールでもしっかりしたシーンができあがっていたから、ちゃんとチェックしていた。

JG:もちろん意識していたよ。そして、こうやって今回のような形で一緒にやれるのが面白いと思う。そもそもぼくたちのいたシーンは、たとえばハドソン・モホークからフライング・ロータス、あるいはジェイムズ・ブレイクに至るまで、みんなほかのジャンルやシーンからなにかをとりいれるという感覚がすごく自然にあったと思う。ノサッジ・シングの音楽にも、たとえばテンポはゆっくりの曲が多いけれど、ダンス・ミュージック──たとえばモーリッツ・フォン・オズワルドのような影響を感じる瞬間があって、ドラムマシンや独特な音色がヒップホップの枠を超えて、明らかにエレクトロニック寄りの質感になっているところがあると思う。
 逆にぼくはジャック・グリーンというプロジェクトをはじめたときから、ダンス・ミュージックに現代的なR&Bの要素を強くとりいれていた。「もしティンバランドがテクノをつくったら?」みたいなイメージで、そっち側からの音をどんどん引用していたんだ。そうやって互いがべつのシーンやジャンルを横断して、混ざり合っていくような化学反応が、いまの自分たちの音をつくっていると思う。

ジャック・グリーンさんのコメントで「このプロジェクトは50/50の関係」とありましたが、制作はどのように進められたのでしょうか? 直接会って作業することが大事だったそうですが。

JG:「50/50の関係」と言ったのは、たんに作業の分量が半分ずつというよりは、互いがすべての決定にちゃんと意見を出しあって、最終的な判断もいっしょにしていく、という意味なんだ。じっさい、曲づくりのなかで「だれがどこを何パーセントやった」なんていうのは、まったく気にしていなかった。どの曲もまずふたりで直接会って、おなじ場所でスタートさせていたから。どのスタジオにいても、ぼくたちはそれぞれのラップトップを同時に立ちあげて、そこにいくつかの機材を組みあわせて使っていた。つまり、「バンドとして」ラップトップ・ミュージックをつくろうとしていたんだ。最初は、たとえばジェイソンがハイハットやパーカッションのグルーヴをつくっていて、ぼくはキーボードでコードを探していたりして、そのあとジェイソンがべつの機材に移ったり……そういうふうに、互いが自然と呼応しながら進めていくような感じだった。リモートでファイルをやりとりしながら音楽をつくるやり方もあって、じっさいそうやって仕上げた曲もたくさんあるんだけど、そのやり方だと、ときどきこんな問題が起こる──だれかからファイルを受けとって、「これを送り返すからには、もっと大きく変えないと」「ちゃんと手を入れたと思ってもらえるようにしないと」などと思って、無理にべつの方向にもっていってしまう。でも、曲がほんとうに必要としているのはそういうことじゃない場合もある。むしろ、「このアイディアいいな。ちょっとした工夫を加えればさらに面白くなるかも」というくらいで充分だったりする。今回のやり方では、そういう意味でも余計なエゴが入らなかったと思う。

NT:フィルが言ったとおりで、今回の作品のほとんどは直接顔を合わせて作曲を進めていった。共同作業をするうえで、それはほんとうにたいせつなことだと思う。いっしょに音楽をつくる、アートをつくるということは、互いと深く会話するということだから。相手と対話したり、自分自身と対話したりすることなんだ。だからおなじ空間にいることが自分たちにとっては不可欠だったと思うし、じっさいにおなじ場所でいっしょに作業していると、学びのスピードもぜんぜんちがうんだ。

今回のコラボレイションの過程で、相手が出してきたアイディアやサウンドで、いちばん予想外で驚いたものはなんでしたか?

JG:「すごく意外だった」というよりは、その結果がかなり予想外だったという感じなんだけど、今回のアルバムから出した最新シングル “Ground” という曲が、まさにそういう体験だった。あの曲の制作でとても面白いと思ったのは、ふたりの役割が入れかわったような瞬間があったことなんだ。ジェイソンのラップトップには、すごくきれいに録音されたヴォーカル素材が入っていて、それを彼がその場でライヴ的にチョップしたり、ループさせたりしながら自由に加工していた。そのまわりにぼくがスペクトラルで幽玄的なコードを重ねていったんだけど、互いにことばを交わすこともなく、自然とそうなっていった。ぼくの耳には、ジェイソンがまるで自分がやりそうなことをしていて、逆にぼくがジェイソンっぽいことをしているように感じられて、まさに役割が逆転していたんだ(笑)。さらに面白かったのは、ジェイソンのヴォーカルのチョップの仕方で、通常のループみたいに繰り返すんじゃなくて、つねに進化しつづけていくようなアプローチだったこと。ぱっと聴くとループしているように感じるけど、じつはずっと変化している。それがほんとうにすばらしくて、「なんだこれ、最高じゃないか!」って思ったよ。

NT:ぼくがフィルと作業していて面白かったのは、互いに交代で作業することが多かったところかな。たとえばぼくがメインのラップトップで録音していて、フィルがキーボードやドラムマシンを触っていたり、その逆だったり。ふだんひとりで録音しているときは、自分が「これは残したい」と思う部分に自然と手が伸びるんだけど、フィルと一緒にやっていると「えっ、それを残すの?」と驚かされることが多くて、そこがとても新鮮だった。
 以前『Continua』の制作を手伝ってくれた友人にもおなじようなことを言われたことがあるんだ。「ジェイソンが “なにをやろうとしてるか” を探っている途中の過程で出てくる音が、いちばん面白いんだよ」って。つまりシンセで音色を探したり、まだ意図的に演奏していない状態で出てくる「未完成の音」にこそ魅力があるということ。今回フィルと作業していて、その感覚がすごくよくわかった。

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「踊れる」ような瞬間も、「クラブ向けの武器」というより、どちらかといえば「過去のダンスフロアの亡霊たち」が漂っているような(笑)、そういう回想的でやや距離のある感覚があると思う。(ジャック・グリーン)

おふたりそれぞれにとって、このヴァーシーズGTというプロジェクトと、自身のソロ活動とでいちばん異なっている点を教えてください。

JG:ぼくにとっては、精神面のアプローチがそのまま音楽的な結果につながっていると思う。自分のソロ作品には、どこか落ち着きのないエネルギーとか、レイヤーの多さがあって、それはたぶん、ひとりで作業していると「もうひとつなにか加えないと」って無意識に思ってしまうからなんだと思う。たとえばひとつメロディを書いて、「これだけだと物足りないかもしれない」と感じて、さらにカウンターメロディを重ねたりして、結果として曲が複雑になりすぎてしまうことがある。それは、ちょっとした不安や自信のなさから来ている部分もあると思う。その点、ジェイソン──ノサッジ・シングはミニマリズムの美学を持っているし、ふたりで作業することで「ひとつひとつの音にちゃんと居場所を与える」という意識がすごく強くなった。「リスナーがその瞬間になにを聴いているか」が明確になるように、音を詰めこみすぎないように意識していたんだ。結果的に、ミニマルでありながらもひとつひとつの音に自信を持ってスペースを与えるような音楽になったと思う。そういうことは自分のソロ作品ではあまりできていないことでもあるし、このプロジェクトの大きな魅力になっていると思っている。

NT:先ほども触れたことだけど、自分にとってソロ制作とは「自分自身との対話」なんだ。毎回の作品をとおして、自分が次になにを目指すべきか、どこに進むべきかを探っている。最近ずっと考えているのは「大きく方向転換すること(Hard left)」なんだけど、自分のなかで「これはこれまでとはちがう」と思えるようなサウンドを見つけたい、そういう挑戦をつねにしていたいと思っている。ただ、フィルとのコラボレイションでは、そこがまったく異なっていて、いちばん面白かったのはじつは、スタジオの外で交わした会話のほうだったかもしれない。そういったやりとりが “突破口” になっていて、その後スタジオに入ると、もうことばを交わさなくても音が自然と出てくる。フィルが言っていたみたいに、“フロー状態” に入れていたと思う。それにたんに音楽的な刺激を与えあうだけじゃなくて、視覚的な面──たとえば互いにグラフィック作品や映画をシェアしたり、彼のスタジオでもぼくのスタジオでも、開いた本のページを撮影してリファレンスとして使ったりしていた。共通のメモもつくっていて、そこには気になったことばやフレーズをどんどん記録していって、曲のタイトルもそういうやりとりのなかから自然に決まっていった。まさに「リサーチを一緒にしていた」という感じだったね。

こうしたふたりのコラボレイションの場合は、ふたりの息がぴったりうまく合って一体化するような瞬間も、逆に、それぞれの個性を押し殺さず、自分を主張する場面も、どちらもたいせつなのではないかと想像します。もしこのアルバムを「友」と「敵(対立)」の要素に分けるとしたら、それぞれ何パーセントくらいだと思いますか?

JG:面白い質問だね。たぶん、さっき言った「50/50」の意味が、まさにそういうことなんだと思う。あるとき制作中に、ジェイソンが東京にいたから物理的に離れていたときがあって、彼からなにかトラックの変更案みたいなものが送られてきたことがあったんだ。それを聴いたとき、最初は反射的に「いや、そこはちがうんじゃないか」って思ってしまった。でも、すぐに返信する前に、もう何回かちゃんと聴きなおしてみたら、「ああ、これはジャック・グリーンじゃなくて、ノサッジ・シングとしての方向性なんだな」って気づいたんだ。だったら、それでいいんじゃないかって思った。アルバム全体が自分ひとりのヴィジョンだけで進んでいるわけじゃなくて、ふたりのものなんだから、「これは彼のパートなんだ」って素直に認めることができた。だから、いわゆる「対立」というより、自分のなかでの葛藤というか、「自分だったらこうはしない」という気持ちとの向きあいがあったんだと思う。でも、そもそもそれこそがコラボレイションの醍醐味でもあるはずで、ぜんぶ自分のやりたいとおりにしてしまったら、それはひとりでやってるのと変わらないからね(笑)。その一方で、完璧に流れに乗ってつくれた曲もいくつかあって、たとえば “Unknown” とか “Found” とか “Intention” みたいな、ループが多めで内省的なトラックたちは、ほとんど一気に一回のセッションでつくりあげたものなんだ。そのあとは少し整えただけで、最初から最後まで疑いなく進められた。そういうのは完全に “フローステート” だったと思う。でも、他の曲ではやっぱり「対立」とまでは言わないけど、互いに、自分だったら選ばない方向に相手が舵を切る瞬間があって、そこにどうスペースを譲りあうか、という内面的なやりとりがあったと思う。

NT:そうだね、自分はそういうふうに考えたことはなかったけど……でも、コロナ禍がはじまってからは、自分にとって大きな転換点だった。フィルも言ってくれていたけど、ぼくはLAでセッション・ワークやほかのひととのコラボレイションを増やすようになって、プロデューサーとしても、聴く側としてもすごく成長できたと思っている。たとえば、とても尊敬しているプロデューサーのデイヴ・シーテック(Dave Sitek)というひとがいるんだけど、彼はいつも、機材の使い方を細かく教えたりはせずに、ただ「これセットしてあるから、自由にやってみて」というスタンスなんだ。ぼくもそれとおなじようなアプローチを心がけていて、たとえば、自分のスタジオに Pulsar や Perkons というドラムマシンを置いてあるんだけど、ぼくはそれをセットするだけで、自由にフィルに使ってもらいたい。フィルがそれを触ると、自分では絶対に思いつかないような音が生まれたりするから。彼なら絶対に自分なりのやり方でいいものを出してくれるという信頼があるから、安心して任せられる。そういう「セットして、あとはなにが出てくるか見てみよう」っていう瞬間が、いちばん面白くて、いちばん予想外で、興奮する時間だったりするんだ。

この作品は音楽という領域を超えたものであり、今後どう展開していくか、自分自身とても楽しみにしているんだ。これはまだほんのはじまりにすぎないからね。(ノサッジ・シング)

個人的には “Unknown” や “Found” といったUKガラージ~ダブステップのビートの曲がとくに印象に残ります。00年代終わりころに登場してきたおふたりは、いまこのビートと向きあってみてどういう感慨を抱きましたか? なつかしさ? 新鮮さ?

JG:自分としては「新鮮さ」のほうが強かったと思う。2009年にそのまま出せたような曲をつくろうという意識は、正直まったくなかった。あの時代のサウンドには、たしかに安心感というか、落ち着く場所みたいな側面もあるんだけど、それ以上に「いまこのかたちでなにか新しいことができないか」というインスピレイションを感じていた。レトロなものをつくるつもりはいっさいなかったし、あの形式のなかで、いまの自分たちなりの表現を探すということを意識していたと思う。

NT:ぼくも具体的に「あの時代」みたいなことは考えてなかったと思う。当時の作品を聴き返したり、特定のリファレンスを意識したりということも、とくになかった。むしろ、ああいうリズムは自然に出てきたものだったんだと思う。意識というより、身体から自然に出てきたビートだったという感じかな(笑)。

このアルバムには明確にダンスのビートがありつつも、きめ細やかに練りあげられたテクスチャーや音響のおかげで、どこか遠くからダンスフロアを眺めているような感覚もあります。ここには、15年くらいキャリアを重ねてきた現在のおふたりの気分が反映されているのでしょうか?

JG:まさにそうだと思う。すごく美しくて的確な表現だね。ぼくはいまでもクラブに足を運ぶようにはしていて、じっさいちゃんと音に入りこんで楽しんでいる。むかしより頻度は減ったかもしれないけど、それでもダンスフロアに身を投じて、音楽ファンとしての感覚を保ちつづけるというのは、すごく大事なことだと思う。ただ、このアルバムにかんして言えば、いわゆる「フロア向けのレコード」ではないと思っている。もちろんダンスの文脈は含まれているし、DJの耳にも響くとは思うけど、それは「クラブで使えるツール」というよりも、たとえばギグの帰り道に車のなかで聴くような、そういうシーンに寄り添う作品なんじゃないかと思っているんだ。じっさい、今回のアルバムの大部分はロサンゼルスのジェイソンのスタジオで制作したんだけど、ロサンゼルスは完全に「車の街(車社会)」なんだよね。ぼくも滞在中はレンタカーで移動していて、日中はスタジオで作業して、夜になると宿に戻るために運転するんだけど、そのドライヴで、その日につくった曲をMP3で書きだして、深夜11時半くらいの静かな道を走りながら聴くと、「ああ、この音楽はこういうふうに響くんだ」って、しっくりくる瞬間があるんだ。このアルバムに収録されている「踊れる」ような瞬間も、「クラブ向けの武器(club weapons)」というより、どちらかといえば「過去のダンスフロアの亡霊たち(ghosts of dance floor in the past)」が漂っているような(笑)、そういう回想的でやや距離のある感覚があると思う。

NT:たしかに曲によってはダンス・レコードとして機能する瞬間もあると思う。でも、最初から「クラブのための作品」としてイメージしていたわけではなかったんだ。ダンス的な要素もある一方で、アンビエントな要素や、テンポを落とした、ほとんど「歌」に近いような構成のトラックもあって、曲としての構造をもったものも多いし、自分のなかでは、どちらかというと映画みたいに流れていく作品──ひとつの映像作品のように聞こえるような構成を思い描いていた。それから、今回のプロジェクトでは、ザヴィエル・テラやテレンス・テイとのコラボレイションも大きな要素で、テレンスはクリエイティヴ・ディレクションを、ザヴィエルはミュージック・ヴィデオの演出やフォトグラフィを担当してくれている。だから、この作品は音楽という領域を超えたものであり、今後どう展開していくか、自分自身とても楽しみにしているんだ。これはまだほんのはじまりにすぎないからね。

この作品には、「現実世界と向き合うこと」や「他者とのつながり」というテーマが、自然と流れている。(ジャック・グリーン)

今回、最初に発表されたふたりの共作2曲、“Too Close” と “RB3” をアルバムに収録しなかったのは、ダンス・ミュージックのカルチャーにおいてシングルとアルバムはべつもの、との考えにもとづいてでしょうか?

JG:いや、そういう考えにもとづいていたわけではないかな。“Too Close” と “RB3” は、自分たちがいっしょに作業するなかで、それぞれちがった方向性の極にある曲のように感じていて、言ってみれば「設計図」みたいな役割を果たしていたというか……。いや、「設計図」というと未完成みたいに聞こえるかもしれないけど、どちらもちゃんと完成された曲だと思っているし、誇りに思っている。ただ、あの2曲は「自分たちのコラボレイションとは、どういうものだろう?」というのを探っていた時期のものなんだと思う。“Too Close” は、ぼくたちがいっしょに音楽をつくりはじめて数年経ったくらいのころにできたもので、スタジオで一気に仕上がった最初の曲のひとつだった。「これはいけるかも」と直感的に感じたし、ふたりにとって最初にリリースするのにふさわしいトラックだったんだ。でもそれは、どちらか一方の世界というより、ぼくの音とノサッジ・シングの音がそのまま並んでいて、それぞれの「色」がはっきりと分かれていた気がする。そこが面白さでもあったんだけどね。それにたいして “RB3” は、まったくべつの感触があった。「ジャック・グリーンっぽい音+ノサッジ・シングっぽい音」ではなく、ふたりが混ざりあって、まったく新しいなにかが生まれはじめている感じがあった。そこからさらに一歩踏み込んで、その流れを押し進めた結果、アルバムに収録された曲たちができていった。今回アルバムを「Verses GT」という名前で出したのも、それがたんなるフィーチャリングや連名コラボレイションではなく、ひとつのユニットとしての表現になっているからで、だからこそ収録する曲もそこにしっかり合うものだけにしたかったんだ。じっさい、アルバムのためにたくさんの曲を書いたし、今後出すかもしれない曲もあれば、出さないままのものもあると思う。でもこのアルバムに収めた10曲については、余分なものを削ぎ落として、ひとつの物語としてまとまるようにした。ちょうどアナログ盤のA面とB面に5曲ずつ収められる構成で、しっかりセレクションをして完成させた作品なんだ。

ロンドン、LA、モントリオール、パリ、東京の5か所でじっさいにふたりで会ってレコーディングしたのですよね。それぞれの都市の雰囲気から影響は受けましたか? たとえばパリのモーターベース・スタジオは少し特別だったのではないでしょうか。

JG:それぞれの街からは間違いなく影響を受けたと思う。さっきも話したけど、ロサンゼルスでは、街の「車社会」という環境自体が、自分の音楽のつくり方に直に影響していたし。
 モーターベース・スタジオはほんとうにすばらしかった。朝から新しいトラックをいくつかレコーディングして、午後には、ほぼ完成していた2~3曲を仕上げる作業に集中できたんだけど、その「最後の5%」というのがじつはいちばん難しい部分だったりするんだよ。でも、あの空間にいることで「ぼくたちはプロとして音楽をつくっているんだ」という感覚がもてて(笑)、スタジオの部屋から受けとったエネルギーを曲に還元するみたいな相互作用があったと思う。結果としてたんなる音の仕上げ以上に、曲に魂みたいなものが加わった感覚があったし、気持ちの面でもすごく熱くなれた気がする。あと、ロンドンでは、前日にUKでやったDJセットに直接インスパイアされて、そのまま1曲を仕上げたんだ。あの街の空気も、しっかり音に入っていたと思う。

通訳:ジェイソンさんは印象的だった土地はありましたか?

NT:東京でのレコーディングが、ちょっと大変だったけどワクワクする状況だったね。たしか、タイソンの曲(“Angels”)を最終的に仕上げたのが恵比寿のNOAHスタジオだったんだ。知ってるかい? 都内にいくつもあるよね。あのときは小さな部屋を予約して、そこで絶対に曲を完成させなきゃいけなかった。ぼく自身NOAHに入るのはあれが初めてだったんだけど、なんか面白かったな。これはまたべつの日の話なんだけど、夜、ちょうどフィルが東京に到着した当日にアルバムの最終盤を納品しなくちゃいけないことに気づいたんだ。だから、フィルは空港からぼくの家に直行するハメになった。ぼくたちはたしか「あと1~2日くらい余裕がある」と思いこんでたんだけど、時差の影響もあって、よくよく確認してみたら「えっ、提出期限、今夜じゃん」ってなって(笑)。

JG:ぼくはちょうど成田空港に着いたところで、スマホ見たらレーベルからのメッセージが入っていたから、すぐジェイソンに「やばい、今夜0時(東京時間)までにマスターをエンジニアに送らないといけない」って連絡したんだ。午後4時くらいのことだよ。

NT:でもそのときぼくは、引っ越したばっかりだったからネットがまだ通っていなかったんだ。だからスマホをラップトップにテザリングしたんだけど、通信が不安定だから、窓際にスマホを置いて、なんとかアップロードして提出した。まさに任務って感じだったよ(笑)。
 でも、ちゃんと間に合ったし、あれはあれで最高だった。で、そのあと……なにしたんだっけ? たしか、ちょっとした打ち上げみたいなことをしたんだよね?

JG:そう、鯖の味噌煮を食べにいったよ。あと12時半くらいに、近所のドンキに行って、ちょっといい日本酒を1本買って、乾杯した(笑)。

NT:あれは楽しかったな。いまでもはっきり覚えてるよ。

ヴォーカル入りの3曲の歌詞については、ゲスト・ヴォーカルの3人それぞれに任せたのでしょうか? なにかディレクションはしましたか?

JG:基本的には、それぞれのヴォーカリストに自由に任せたよ。こちらから具体的なことばや歌詞を渡すようなことはしなかったけど、アルバム全体のムードについては、ある程度こちらの考えを共有するようにはしていた。とくにクーチカとは、そのあたりの意識をしっかり合わせた感じだった。アルバム全体がいわゆるコンセプト・アルバムというわけではないけれど、この作品には、「現実世界と向き合うこと」や「他者とのつながり」というテーマが、自然と流れている。自分たちがどう生きていくか──そういう問いにたいする姿勢というか、日常のなかにあるものや、他者をちゃんと見つめ、感謝するというような、ある種の選びとる感覚があるんだ。だからクーチカには「デジタルに覆われたいまの世界のなかで、リアルなだれかとつながりたい」という感覚を伝えた。彼女はそこから「だれかと永遠にいっしょにいたいという気持ち」みたいな方向に展開してくれて、その感情を歌詞に落としこんでくれたんだ。
 ジョージ・ライリーのケースはちょっと逆で、歌詞が録音されたあとにじっくり話す機会があって、「あの歌詞にはどういう意味があるの?」と尋ねたら、彼女はすごく素敵なインスピレイション源を共有してくれた。ちょうどそのとき彼女はベル・フックスの本を読んでいたり、「聖テレジアの法悦」という有名な大理石彫刻をじっさいに観に行った直後だったらしい。「聖テレジアの法悦」は、布が風に舞うような質感で、聖テレジアが恍惚の表情を浮かべている作品だよ。彼女の歌詞は、そういう本やアートとの出会いを通じて生まれたものだったんだ。

ちょうどそのとき彼女はベル・フックスの本を読んでいたり、「聖テレジアの法悦」という有名な大理石彫刻をじっさいに観に行った直後だったらしい。(ジャック・グリーン)

今回のアルバムでいちばん気に入っている曲とその理由を、おふたりそれぞれ教えてください。

NT:1曲だけ? 何曲かあげたいんだけど。気に入っている曲は変わったりするけど、やっぱり “Found” は特別な1曲だと思う。あの曲はたしか、ほぼ完成するまで20分もかかっていなかったんじゃないかな。ふたりとも完全に集中していて、めちゃくちゃテンションが上がっていた。フィルも言っていたけど、トラックをつくっているあいだは互いにほとんど話さなかったんだよ。でも気づいたらループではなくて、いつの間にか1曲丸ごとできていて……時間の感覚が完全になくなっていた。あのときの興奮はいまでもおぼえてるよ。鳥肌が立って、ゾクッとした。最高の瞬間だった。もうひとつはタイソンの曲(“Angels”)かな。しばらく聴いていなかったんだけど、さっきあらためて聴いたら「うわ、これ自分たちでつくったんだよな」って、あらためて感動した。すごく美しいトラックだと思う。

JG:たしかに “Found” は特別な1曲だよね。まさに “フローステート” で生まれた曲で、制作中もほんとうに気持ちがよかった。完成したトラックとしても気に入ってるし、なにより聴くたびに「ああ、音楽ってこういうふうにつくれるんだな」って思える。もちろんジェイソンとのコラボレイションという文脈でも面白い曲なんだけど、それ以上に音楽をつくるという行為そのものが純粋に楽しくて、この曲にはその感覚がそのまま残っている気がする。音楽活動を長くやっていると「もっと楽になるだろう」と思う一方で、逆に難しくなることもある。「もう言いたいことは言いきったんじゃないか」とか、「リスナーは自分になにを求めてるんだろう」とか、「どれくらい売らなきゃいけないんだろう」とか、頭のなかがそういう思考でいっぱいになってしまうことがあるんだよね。今回のアルバムの多くは、そういったものにたいする “アンチ” でもあるんだけど、“Found” はとくに、そうした雑念を完全に振り払って、ただ「音をつくる」という純粋な喜びだけがある。だからこそ、とても満たされる曲なんだ。
 それからもう1曲、アルバムの最後に入っている “Vision and Television” も個人的にすごく気に入ってるんだ。パリのモーターベース・スタジオで録ったんだけど、大量の機材があるスタジオで、あそこに入った瞬間、「あ、CS-70がある!」と感動した。スタジオのエンジニアもすごく親切で、「使ってみる?」ってすぐにセッティングしてくれた。CS-70 は昔のシンセで、とてもレアな機材なんだけど、MIDI もついていないから、ジェイソンが直接手で弾いて音を探っていくしかなかった。ぼくはちょっとエンジニア的な役回りで、録音をはじめた。ジェイソンがいくつかコードを弾いていくうちに、すごくシンプルで、でもはかなくて、浮遊感のある響きが見つかって、ふたりで「あ、これだ」って思った。あの曲は2分ちょっとのアンビエント的な小品だけど、聴くたびに自分の意識が少しだけ変わるような、不思議な力を持っているんだ。

11月の MUTEK で来日されますね。最後に、当日の意気込みと、ファンへのメッセージをお願いします。

JG:今回の MUTEK は、ぼくたちふたりにとって特別なショウになると思っているよ。MUTEK はもともとモントリオール発祥のフェスティヴァルで、そこはぼくが生まれ育った場所でもあるからね。去年、モントリオールで MUTEK の25周年が開催されたんだけど、そのときにぼくとジェイソンで初めてのライヴをやったんだ。あれがぼくたちの初ステージだった。そして今年は MUTEK JAPAN の10周年にあたる年で、しかもぼくたちにとって今回のツアーの最終公演になる。だから、できるだけリハーサルを重ねて、万全の状態で臨みたいと思っているよ。このプロジェクトの美しい締めくくりになるような、そんなステージにしたい。ぼくにとっての「出発点」であるモントリオールと、いまジェイソンが住んでいる「現在地」である東京が、MUTEK という文脈のなかでつながるというのはすごく象徴的だと思う。そういう意味でも、このステージが実現するのはほんとうに感慨深いし、最後のショウとしての熱量をしっかり詰めこめたらと思ってる。ほんとうに楽しみにしてるよ!

Nobukazu Takemura - ele-king

 竹村延和のニュー・アルバム、『意味のたま(knot of meanings)』が9月26日に〈Thrill Jockey〉からリリースされる。オリジナル・アルバムとしては2014年の『Zeitraum』以来、じつに11年半ぶりとなる(〈Thrill Jockey〉からは22年ぶり)。これまで録りためていた膨大な楽曲群から竹村本人が厳選した曲で構成されており、作曲からプログラミング、演奏、レコーディング、編集まで、すべて竹村がひとりでおこなっているという(ゲスト・ヴォーカリストとして日本人シンガーの doro も参加)。日本盤にはボーナス・トラックが追加され、歌詞を掲載したブックレットも同梱される。
 なお先行配信中の “深海の虹 パート2(deep sea's rainbow part2)” は、もともとは短編アニメ「深海の虹」(鋤柄真希子監督、スキマキ・アニメーション制作、2019年)のサウンドトラックとして制作されたもので、アルバムにはエディットされたヴァージョンが収録される。長年にわたり「Child’s View(子どもの視点)」から創作活動をつづけてきた彼の、最新の成果を堪能したい。

竹村延和(Nobukazu Takemura)
『意味のたま』(knot of meanings)

企画番号:THRILL-JP 62 / HEADZ 271(原盤番号:Thrill 639)

価格(CD):2,300円+税(定価:2,530円)
発売日:2025年9月26日(金) ※ 全世界同時発売
フォーマット:CD / Digital
バーコード:4582561406072

01. 明滅する火花(an ephemeral radiant) 4:19
02. サヴォナローラのまなざし(savonarola's insight) 3:40
03. 眼球生物(ocular creature) 319
04. ネリと森のはなし(neri)  4:06
05. 残像と予兆(afterglow apprehension) 4:04
06. ガルフ(the gulf) 4:17
07. 覆われた文法(veiled grammar) 3:38
08. 模倣の渦(evade the swirling mimicry) 4:34
09. 未規定の生物(the elusive beings) 5:02
10. ラダー・オブ・ミーニング(ladder of meaning) 3:03
11. 鉄の階梯(iron staircase) 4:16
12. シーピング・ルミナス(luminous seeping through the crevices)  3:15
13. インスケイプ(inscape) 4:45
14. 憧憬と霞(a subdued longing and gentle ache) 3:34
15. べスリア(in bethulia) 3:44
16. 深海の虹 パート1(deep sea's rainbow part1) 2:26
17.      パート2(          part2) 3:42
18.      パート3(          part3) 4:09
19. 東の十字路(Kreuzung im Osten) 5:57

total time:76:59

※ track 19…日本盤のみのボーナス・トラック

Shin Sasakubo & Fabiano Do Nascimento - ele-king

 昨年コラボ・アルバムを発表した気鋭のふたり、秩父出身のギタリスト=笹久保伸と、ブラジルのギタリスト=ファビアーノ・ド・ナシメントのコンビによる公演が10月31日に開催される。会場は南青山のBAROOM。アルバム制作を経てふたりはいったいどんな音を響かせるのか──。また、笹久保は10月19日、11月4日、11月8日にも公演を予定。詳しくは下記よりご確認ください。

笹久保 伸&ファビアーノ・ド・ナシメント公演
2025年10月31日(金)
南青山BAROOM
開場18:30
開演19:30

前売¥6,000
当日¥6,500
(要ドリンクオーダー)
予約:
https://baroom.tokyo/events/b46d9a5ffd

日本でも人気の高いブラジリアン・ギタリストのファビアーノ・ド・ナシメントと、南米音楽を中心に世界各地とリンクする、秩父出身ギタリストの笹久保 伸。
昨年のBAROOMでの共演後にレコーディングを開始し、アルバム『Harmônicos』を生み出した。

アルバム制作を経た2人の音楽の交差を、是非ご堪能ください。

Fabiano Do Nascimento|ファビアーノ・ド・ナシメント
リオデジャネイロ生まれ、ロサンゼルス、東京を拠点とするギタリスト、作曲家、編曲家、プロデューサー。ブラジルの伝統に深く根ざしたコンテンポラリーなアーティストであり、アフロサンバやショーロといったブラジルの伝統音楽、ブラジリアン・ジャズやボサノヴァはもとより、LAのジャズやエレクトロニック・ミュージック、アンビエント、ビート・ミュージックなど現在進行形のサウンドも咀嚼した、ファビアーノ独自の音楽性の探求は、リリースを重ねる毎に高い評価を受けている。ライヴにおいても、卓越した演奏技術と、実験的かつ繊細なサウンドで観客を魅了している。

Shin Sasakubo|笹久保 伸
秩父出身のギタリスト。2004年から2008年にかけてペルーに在住し、アンデスの農村で音楽採集調査をしながら演奏活動をおこなう。
ギタリストとしてイタリア、ギリシャ、ブルガリア、キューバ、アルゼンチン、チリ、ボリビア、ペルーでソロ公演。
2025年現在までに43作のアルバムをリリース。

AFTER THE SHOW
BAR SPACE MUSIC SELECTOR:Masaaki Hara 原 雅明

笹久保伸「Echo Botánico」
秩父のギタリスト笹久保伸の通算44作目となるアルバム「Echo Botánico」(植物的響き)
が2025年11月にLPでリリースされる。
2010年代以降笹久保伸は秩父で民俗・文化人類学的な調査を独自におこない、秩父の環境問題などにフォーカスしながら音楽を作り続けてきた。
その過程で芸術や表現といったものに根本的な疑問を抱くようになり表現を捨て記録者というスタンスから制作を続けてきた。
今作は秩父の山や秩父札所の奥の院や不思議な湧水が出る川に籠って弾き続ける中でインスパイアされ生まれた音楽が収録されている。
自然・景色・光・鳥や虫や土や植物への同期や俯瞰を繰り返し、秩父巡礼的な、あるいは秩父幻想音楽として。

一般公式発売日:2025年11月2日
クラファン支援者特典発売日:2025年10月25日
Chichibu 021.
レーベル:Chichibu Label
定価4400円(税込)

ライブ情報

Shin Sasakubo
Echo Botánico
Vol.44 New Album Release Live 2025

2025年10月19日 秩父
秩父札所32番・法性寺・観音堂にて特別奉納演奏
※20名限定
埼玉県秩父郡小鹿野町般若2661
開演:16:00 (演奏は約1時間ほどを予定)
料金:3000円
予約:sasakubox@gmail.com

2025年11月4日 東京
Vol.44 Newアルバム発売記念ライブ
会場:晴れたら空に豆まいて(代官山)
開場18:30
開演19:30
料金 3500円/4000円
(要ドリンクオーダー)
予約:03-5456-8880(晴れ豆)
sasakubox@gmail.com

2025年11月8日 秩父
Newアルバム発売記念「新作レコード・リスニングパーティー」
会場:Esquina 
秩父市熊木町15-2 KMGビル 2F
選曲:原雅明、TETONE、メガネとネイビーと白、Chihiro
時間:17:00
料金:3000円(要ドリンクオーダー)
予約:esquina.kmg@gmail.com (エスキーナ)
sasakubox@gmail.com (笹久保伸)

Peterparker69 - ele-king

あれがあーでこーだったね ‘22に問う どうしたらいいって ──“Hey Phone (feat. Yojiro Noda)”

 2022年ごろの日々に改めて問いたいことは僕にもたくさんある。気づいたらあれから3年以上が経ってしまったし、その間に見るものすべてが目まぐるしく移り変わっていった。JeterとY ohtrixpointneverによるデュオ・Peterparker69が “Hey Phone (feat. Yojiro Noda)” で「どうしたらいい?」と問いかけた3年ほど前の景色は、たとえば以下の動画でアーカイヴされているような、青々しさに満ちたパンデミック渦中の出来事だろうと思う。

 Peterparker69も拠点としていたコレクティヴ〈CHAVURL〉主催のプロム・パーティー〈chavprom2016〉、2022年6月9日。自分もDJとして見切れているこの動画をいま振り返ると、直視しきれない気恥ずかしさこそあれど、たしかに「どうしたらいい?」とつい訊ねてみたくなるポジティヴなエネルギーに満ちていると感じる。このように「隔離への反発」という形で自然発生した、未完成で荒々しく初期衝動的なムーヴメントは一枚岩ではなかったからこそ暫定的に「ハイパーポップ」という箱に振り分けられ、そのまま発展を遂げていった。

 あれから3年。満を持してリリースされたPeterparker69の1stアルバム『yo,』には、タイトル通りラフな挨拶のような軽快さを伴う10曲が収録されている。内容への期待は高まりハードルは上がる一方だったが、彼らはそうした圧にも「yo,」と軽やかに答えてみせた。

 いわゆる「ハイパー」的なムーヴメントを草創期より観測し続けている音楽ライター・namahoge氏によるFNMNLでのインタヴュー記事では、EP「deadpool」のリリースから本作に至るまでの約2年半の変遷について言及されている。文中ではヨーロッパ・ツアーを経て体感した、街全体でレイヴやダンスという概念を自然と共有するような空気感に当てられたことを機とするモードの変化を経た上で原点回帰に至ったことなどが明かされており、gabby start、Tennyson、トゥ・シェルといった若いアーティストたちのラフな態度に背中を押されたことなども語られている。一貫して自然体のままスケールしていくことを目指しているように見える彼らでも、やはり一度は壁に突き当たっていたのだろう(ここ数年、合間合間にふたりと顔を合わせる機会は何度もあったけれど、そうした葛藤までは汲み取れなかった)。

 そんなバック・ストーリーとともにアルバムを聴いてみると、まずTr.1 “music” の視界が一気に開けるような展開にハッとさせられる。ピッチ・ベンドされたJeterのヴォーカル、エレクトロニカ的な質感のハイハットやスネアといったリズム・パーツなどに基づく音像は、2020年代の新しいポップスの雛形のように思える。同曲はアルバムの入口にふさわしい雰囲気を漂わせているが、後に続く “Omatcha”、“skyskysky (feat.Tennyson)” などの楽曲と接続されている感覚は薄い。「アルバム=シームレスな表現」というなんとなくの固定観念は意図的に崩されており、ミックステープ的ともいえるしプレイリストやサジェスト的な雰囲気も感じさせる。

 Tr.4 “Hey Phone (feat.野田洋次郎)” は、Peterparker69が2022年の初作 “Flight To Mumbai” に続き生み出した新たなアンセムと断言してもいいはずだ。前述のインタヴューでも言及されているように、意図せず出来上がった王道のJ-POP的な構成が光る。余談だけれど、この曲をDJでかけている様子をInstagramのストーリーズでシェアするたびに、この手の音楽を聴いていないであろう古い友人たちから「これ、なんて曲?」と訊かれる。そんなことはいままで一切なかったから、やはりこの曲には形容できないマジックを感じてしまう。MVのグロテスクさに面食らった人も少なくないだろうけれど、いい曲はいい曲だ。2020年代のこうしたキッチュな毒気はメインストリームやお茶の間にも確実に回ってきている。

 歌詞の切なさが気になるフューチャー・ガラージ調の “cu”、共作相手のトゥ・シェルがリリース間際にどさくさ紛れでダニエル・ロパティン本人を(Peterparker69自身も知らずのうちに)参加させたという “Magic Power”、UKの盟友・Rosierを迎えたメロディック・ラップの “Monkey See”、未来のゴスペルのような質感のコーラスが光る “new year, still here”、昨年シングル・カットされていた “@location” と続き、最後は真意をなかなか見せないPeterparker69が斜め上の角度から本音を垣間見せた? ようなバラード “love it” でサッと身を引くように終わりを迎える。

 本作『yo,』は全体を通してガラージのリズム・ワークを巧みに分解するようなリズム感が印象的で、これはビートメイカーを担うY ohtrixpointneverのシグネチャー的なサウンドと言える。が、それに対してヴォーカルを担うJeterは、自身の声にさまざまな角度からピッチ・ベンドなどの加工を施し、歌声を「ちょうどいい」サンプル・パックのように扱っている。Peterparker69は単なるラッパーとプロデューサーの関係ではなく、お互いが気の合う部分を都度融合させ、一部は一心同体、その他大半は個であるという、付かず離れずな独特のバランスで成立しているユニットなのだろう。サウンド的にはジャム・シティ『Jam City Presents EFM』などを彷彿とさせる雰囲気もあるけれど、クラブ/レイヴに一時接近したかと思えばサッと身を引いてポップスに軸足を戻すという動きは、クラブ・カルチャーの中心地で育ったジャム・シティにはない、彼ら固有の無国籍な感性から発生しているように思える。

 サウンド・デザインについ興味を惹かれがちだが、本作の魅力はリリックにもある。相変わらず飄々としながらも、そこには葛藤を経て立ち返ったポジティヴさがありありと描写されていて、Jeterによるマンブル・ラップ的なヴォーカルはサブリミナルのように聴き手をエンパワメントしてくれる。

このlifeへ 僕はたいてい変さ、このlifeへ 雑になってごめん、 ──“new year, still here”

あの疾走感とかテンション いつか消えてしまうのか、question
てな思いを、括弧で囲う ──“cu”

 と、歌詞をしっかり眺めなければ伝わってこないこうしたメッセージは、等身大でもファンタジックでもなく、個人的な体験に依存せず、私たちが暮らしを続けるなかで出会うさまざまな出来事へと置換できる。そういえば、本作『yo,』はCD盤が全国展開されている。案外、レコード屋でCDを手にとって、家で歌詞カードを眺めながらじっくり聴き入るのもいいかもしれない。そう考えている間に、彼らはワールド・ツアーへと出掛けてしまった。きっとこの体験を機に、また斜め上から新しいポップスの形を提示してくれるだろうと期待している──また、何年かは待つことになるかもしれないけれど。

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