これは「好きになるべきレコード」か?文:野田 努
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家のレコード棚には2種類のレコード(CD)がある。ひとつは「好きなレコード」。そしてもうひとつは、「好きになるべきレコード」だ、そう、レスター・バングスやカート・コバーンが薦めるような、たとえばサン・ラ、ファウスト、キャプテン・ビーフハートのような連中のレコードである。PJハーヴェイのレコードは、その2種類に重なっている――昔、『ガーディアン』の記者は彼女のことをこのように表現していた。PJハーヴェイがUKでいまだ特別なリスペクトと愛情を集めているのは、彼女が2000年に発表した『ストーリーズ・フロム・ザ・シティ、ストーリーズ・フロム・ザ・シー』への評価からもうかがい知ることができる。UKのどのメディアからもゼロ年代を代表するアルバムに選ばれたこの作品の評価は、「彼女の作品のなかでもっとも前向き」という点に集約される。端的に言えば、PJハーヴェイが高揚すればみんなも嬉しいのだ。そして『レット・イングランド・シェイク』は、『ストーリーズ・フロム・ザ・シティ、ストーリーズ・フロム・ザ・シー』以来のずばぬけた評価を得ている「好きになるべきレコード」というわけだ。
『レット・イングランド・シェイク』は、音楽的にも魅力的な作品だ。これは寒々しいブルース・ロックやダーティなノイズ・ロックではない。英国風のフォーク・サウンドを取り入れつつ、エディ・コクランとザ・バッド・シーズに会釈しながら20世紀初頭のミュージック・ホールに戻ってくるような......ニック・ケイヴ的なアコースティックなサウンドで、実際アルバムではミック・ヘーヴェイ(ザ・バースデイ・パーティ~ザ・クライム&ザ・シティ・ソリュージョン~ザ・バッド・シーズなど)がピアノやオルガンを担当して、ベースを弾いて、ハーモニカを吹いている。そして、彼女らしいコード・ストロークがあるいっぽうで、鼓笛隊のリズムがあり、ラッパが鳴っている。苦痛に満ちた声の代わりに誰もがアプローチしやすい親しみのあるメロディがあり、美しいハーモニーがある。アルバムの主題を知らなくても充分に繰り返し聴かれるであろう、つまり「好きなレコード」になりうる作品である。
が、やはり興味深いのは今回の主題だ。『レット・イングランド・シェイク(英国を揺さぶれ)』は、主に第一次大戦のイギリスを題材にしている。そして、それまで内面ばかりを歌ってきた女性シンガーが、8枚目にして初めて外の世界を歌ったときの題材が第一次大戦というのは気になる話である(いま思えば前作『ホワイト・チョーク』はその題名通り、本作への予兆とも言える)。
ちなみにUKにおける第一次大戦とは......ヴィクトリアニズムからモダニズムへの架け橋となったイングランドにおけるターニング・ポイント、イングランドの近代国家のはじまり......で、考えてみればフランツ・フェルディナンド暗殺が第一次大戦開戦のきっかけなっているので、僕は不勉強でまだよく知らないけれど、UKにおいてその意味は大きい。帝国主義という観点において。
日本盤のライナーノーツによれば「政治をちゃんと理解していない以上、あまり話してはいけないと思う」という旨の本人の発言があるけれど、『ガーディアン』によれば彼女は、2年半かけて戦争の研究している。報告書を読み、ドキュメンタリーを見て、生存者と話したという。その努力を聞いただけでも僕は胸が打たれる。そして彼女は「歴史は繰り返すということを示したくなった」と打ち明けている。アルバムの最後から2番目の曲のみが、唯一、イラク戦争に関する曲である。
もうひとつ僕が興味を抱くのは、彼女の母国への愛についてである。セックス・ピストルズの"ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン"の背後からは愛国心がうかがえるという議論がUKではあったように、好きだからこそ否定するというニュアンスはUKの音楽からはたまに滲み出る。王室や政府は嫌いだけれどUKは好き、というわけだ。マニックスはウェールズを実直に愛し、USのロックでは星条旗がたびたび登場するが、それはもちろん国粋主義ではなく民主主義への忠誠心である。ブラジル音楽ではそれがさらに顕著だ。カエターノ・ヴェローゾのような反抗者もみんなみんなブラジル万歳だから。が、しかし、さすがにクラウトロックはドイツ最高とは言えないぞ(それを考えると『クラウトロックサンプラー』と『ジャップロックサンプラー』に対する新たな興味も湧いてくる)。
とにかく彼女はイングランド思いである。が、PJハーヴェイがアルバムで描写しているイングランドは、残酷で、絶望的で、悲しみに満ちた、気が滅入るイングランドである。「私は生き、そして死ぬ、このイングランドで」と彼女は歌う。そしてこう続ける。「残るのは悲しみ/口に残るのは苦い味」
さて、『レット・イングランド・シェイク』は「好きなレコード」であり、「好きになるべきレコード」だろうか。むしろサン・ラ、ファウスト、キャプテン・ビーフハートのほうが「好きなレコード」となっている今日において、彼女の真摯な態度は「好きになるべきレコード」というジャン分けを粉々にしているようじゃないか。
文:野田 努
[[SplitPage]]母性的な粘り強さをもった愛文:橋元優歩
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美しい声をひしゃげて歌う彼女のブルーズには、抜き差しならない彼女の心の現実がつねに痛々しく表現されていた。そんな彼女が41歳を迎えてリリースする8作目のフル・アルバム『レット・イングランド・シェイク』は、英国が歴史上経験してきた戦争を、それを強いられた側の視点から描く作品である。国内盤の帯にも引かれているように、「今回は、私の視点はとにかく外側へと向いている」......まさに新境地だ。
ポップ・ミュージックが政治的な問題を扱うということは冒険だ。マスな影響力を持つ者として、発信する内容に責任を求められる。また、単純に間違いを犯す可能性も膨らむ。作品外での賛否の議論を生みかねないリスクを含んだ表現は、彼女のキャリアの中では珍しいはずである。勇気の必要なリリースだ。
が、私にはこれはやはり彼女の物語であるように思える。いち日本人からすればちょっと驚くような愛国心が下燃えにのぞいているが、愛国とは国旗にではなく国土へ寄せる愛だ。全編を通して戦争の残酷さとパトリオティズムがリリカルに描かれている。そして「私たちの土地は戦車と行軍によって耕されてるのよ」("ザ・グロリアス・ランド")――多くの血が流れ染み込んでいった国土と歴史とをマクロに慨嘆し、「手を伸ばしているのよ/この国の汚泥のなかから/(中略)/怯むことのない、尽きることのない愛をあなたに/イングランドこそ/私がこだわるすべて」("イングランド")――まさに一大叙事詩だ。
イングランドの土は、彼女の両足につながり、親しいものたちにつながり、彼女自身を育んだ文化につながっている。異臭を放ち、酔っぱらいが殴り合う裏路地、年中じめじめとした霧深い街、安っぽく光るテムズ川の流れ("ザ・ラスト・リヴィング・ローズ")。それらひとつひとつを愛おしむ気持ちが作品全体を通して感じられる。ポーリーがシェイクしたいのはそうしたものの総体としての英国なのだろう。そして、ひいては自らの再生のように思える。
8曲目の"イン・ザ・ダーク・プレイシズ"まで、PJハーヴェイらしい無理に喉をきしませるようなヴォーカル・スタイルやブルージーなファズ・ギターはほとんど聴こえてこない。かわりに10代の少女のような透明な声に驚き、聴き入ってしまう。内面の吐露ではなく物語の叙述という形をとることで、ヴォーカルばかりでなく楽曲自体にもナラティヴな表情がついている。ここはジョン・パリッシュやミック・ハーヴェイ、そしてフラッドという優れた制作陣の力も大きい。小ホールのような奥行きを感じさせるクリアな録音、とくに"ザ・グロリアス・ランド"や"ザ・ワーズ・ザット・メイクス・マーダー"、"オン・バトルシップ・ヒル"などクリーン・トーンのギターにかかるリヴァーブがロマンチックで、戦闘へと駆り立てる不可解な力や鬨の声といったものを思わせる。
"イングランド"を聴きながら、オニの昨年のアルバムを思い出した。これは、スペーシーな残響感をともなってアコースティック・ギターが爪弾かれ、トラディショナルな楽器の音やフィドル、祝詞のような唄が幻影のように重なり、あとはただポーリーの歌うたいとしてのシンプルな力を最大限に引き出す曲だ。オニの『サンウェーヴ・ハート』も、彼女の裸足のヴォーカルに静かな迫力をみなぎらせた作品だった。詞もそうだが、日本の風土や風を思わせ、それがオニという母性や母体と渾然一体となっていく。ポーリーの場合は母というモチーフこそないが、国家という父権的な想像力ではなく、英国が朽ちようとも見守りつづけ、いつかもういちど芽吹くのを待つという母性的な粘り強さをもった愛が感じられる。イングランドという言葉が、長く引き伸ばして何度も繰り返される。
イングランドに生きて死ぬとポーリーは歌う。郷土や祖国への思慕や愛情にとくに理由など必要ないかもしれないが、アナクロニスティックにも思われるこの強い愛情には、上述のように祖国の土と自らの身体とを同一化するような視線がはさまれているのではないかと私には感じられる。それは母体であり自分だ。国を土になぞらえ、種子や果実を子孫に見立てていることにも表れている("ザ・グロリアス・ランド")。それが軍靴によって踏まれ汚されてきたことを想像し、彼女は胸を痛めている。
「揺り起こす」ということが具体的にどのような状態を指すのか明示されていないが、人びとの精神的な向上や成熟、そして「無関心」("レット・イングランド・シェイク")の克服といったことを指すのだろう。そしてそれはもちろん、彼女自身の古くからのテーマである。自分自身に接続するイングランド、そしてイングランドに接続する自分自身の再生と前進。"グロリアス・ランド"の「グロリアス」には皮肉と希望の両方のニュアンスがこめられているが、彼女が目指すのは、あの『ドライ』の頃から常に前進だ。その点では、じつに凛として胸を打つ説得力を持っている。
文:橋元優歩




































