「Low」と一致するもの

 行け行け行け行け! の続報である。
 先日のニュース欄でとりあげたアニマル・コレクティヴの新曲"トゥデイズ・スーパーナチュラル"にダニー・ペレズの映像がついた模様。行け行け......にあおられて画面を疾走するのはインドネシアのバロンや日本の獅子舞などを思わせる獅子型スーパーナチュラルだ。小型のカートにあしらわれた獅子の頭が、長い布をひきずって砂地を爆走していく。色彩もあざやか、豪快なドライヴ感、やはり新作のメッセージは超エネルギッシュなものでありそうだ。
 ダニー・ペレズはアニコレの盟友とも呼べるヴィジュアル・アーティスト。ブラック・ダイスのローディーだったこともある彼は、グッゲンハイム美術館でのインスタレーションほか、サンダンス映画祭で上映されたヴィジュアル作品でもアニマル・コレクティヴとコラボレートしており、彼らの視覚的なイメージのいち側面をささえてきた重要人物である。パンダ・ベアとの作品のほか、さまざまなイヴェントでも活躍し、プリンス・ラマなどアニマル・コレクティヴ周辺人脈とはもちろん、最近のスケジュールではナイト・ジュエルやティーンガール・ファンタジーなどのDJセットにも登場しているようだ。
 ちなみにアニマル・コレクティヴのインタヴューは来月発売の紙ele-king vol.7に掲載されるぞっ。


商品情報:
アニマル・コレクティヴ / センティピード・ヘルツ

US(ドミノ)盤 2012.9.4 

日本(ホステス)盤 2012.8.29

Bob Marley - ele-king

 今週末から東京周辺をボブが駆けめぐる(地方の方は8月30日のdommueをチェック)。9月1日から公開されるボブ・マーリーのドキュメンタリー映画、実に2時間を超える大作『ボブ・マーリー/ルーツ・オブ・レジェンド』を記念してのボブ月間のはじまりである。ちなみに監督は、パレスチナ武装組織によるミュンヘン・オリンピック時の「黒い九月」事件を扱った映画『ブラック・セプテンバー/五輪テロの真実』を撮ったグラスゴー出身のケヴィン・マクドナルド。ある意味では打って付けと言えよう。
 1981年5月、ガンのためにこの世を去ったボブ・マーリーは、アフリカ大陸をふくめると世界でもっとも聴かれている音楽家だと言われている。彼の反植民地主義を反映した力強いメッセージ・ソングから美しいラヴァーズ・ロックまで、日本全国には数多くのボブからの影響がいまも存在しているので、これを機にみんなで歌いましょう。おのおのの意味を込めて、せーの、「ウィ・ドン・ニィィィィ・ノー・モー・トラボー」

■8/19(日)
『ボブ・マーリー/ルーツ・オブ・レジェンド』公開記念PARTY
Bob Marley songs Day @海の家OASIS
"ボブを歌ってジャマイカに行こう!"
応募締切8/9。メールまたはオアシスカウンターで。
ボブ・マーリー・ソングス・デーは1994年、OASISではじまり、5月のONELOVE JAMAICAFESTIVALの主要企画としても親しまれ、引き継がれている人気イベント。予選通過した一般応募者が、オアシスバンドをバックにボブ・マーリーを歌い、優勝者にはジャマイカ行きのチケットが授与されます。
場所:海の家OASIS 神奈川県三浦郡葉山町森戸海岸
TEL :049-876-3812(期間中のみ)
時間:14:00〜18:00
料金:Music Charge ¥1.000
guiest:南條倖司 & CHAN MIKA
OASIS https://www.oasis-jahnodebeach.jp/

■8/30(木)
@「DOMMUNE」
著名人らが語るボブ・マーリーとLIVE
場所:DOMMUNE(渋谷区東4-6-5 サンライズビルB1F)
時間:19:00〜
進行:Ackky、DJ Hakka-K
GUEST:工藤Big"H"晴康、ランキンタクシー、ICHI-LOW(Caribbean Dandy)and more...
DOMMUNE https://www.dommune.com/

■8/31(金)
「BOB MARLEY/ ROOTS OF LEGEND release party」
"レゲエ"という一つの音楽ジャンルを世界に広めた伝説のカリスマ、ボブ・マーリー。彼の波乱に満ちた人生、その"素顔"を描いた映画『ボブ・マーリー/ルーツ・オブ・レジェンド』(ジャマイカ独立50周年記念作品 ボブ・マーリー財団初のオフィシャル・ドキュメンタリー)のリリース・パーティ。レゲエに限らず様々なジャンルからボブ・マーリーの生き様、メッセージに感銘を受けたアーティストが集い彼に因んだパフォーマンスを披露する。ONE LOVE !
場所:eleven(港区西麻布1-10-11 セソーラス西麻布B1/B2)
時間:22:00 open
料金:¥3,000
   ¥2,500 with flyer
   ¥1,000 early bird(〜23:30)
LIVE:Hiroshi Fujiwara +INO Hidefumi
   工藤Big"H"晴康
   NESTA BAND
   渡辺俊美(TOKYO No.1 SOUL SET/THE ZOOT16/猪苗代湖ズ) and more...
DJ:PART2STYLE SOUND(1TA-RAW/Ja-ge/TAKASHI-MEN)
  SLENGTENGS( 後藤トシユキ/長谷川ケンジ ) and more...
eleven https://go-to-eleven.com/

■9/1(土)
角川シネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷、吉祥寺バウスシアター他にて3週限定ロードショー開始!!!!

■9/8(土)
「BOB MARLEY SONG NIGHT」ーボブ・マーリーの歌をみんなで歌おう!ー
15周年を迎えた老舗レゲエ・クラブ"OPEN"のDJたちが、心を込めて選曲します。ボブはもちろん、ピーター・トッシュ、バニー・ウェイラー、リタ・マーリー、ジュディ・モワット......。他のアーティストによるカヴァー、すべて、かけます、かかります。リクエストもOKですよ。
場所:OPEN(新宿区新宿2-5-15-B1 TEL:03−3226−8855)
時間:21:00〜5:00
料金:¥1,000/1drink
出演:工藤Big"H"晴康、絵里奈、レゲリーマン、YU-KO and more!
   只今、出演者募集中です。カラオケ、ギターでの弾き語り、アカペラ、なんでもOK!
   当日の夜11時までに集合してください。
DJ:Mr.NAKAMURA、TAROU、KATSU、Luv Kiyoshi、工藤Big"H"晴康

■9/15(土)
REGGAEでいいじゃないか!〜THANK YOU BOB MARLY〜
場所:warp(武蔵野市吉祥寺本町1-30-10)
   bar Cheeky & warp
時間:warp open 24:00
   bar Cheeky open 21:00
料金:warp ¥2,000/door
   bar Cheeky door free
LIVE:SPECIAL BAND
selector:工藤 Big"H"晴康、山名 昇、AXEMAN、大石 始、RAS KOUSKE、SHlNIS、Massa Tora I &Ras Issy、8×8、Take Hi-Fi and more...
FOOD:world kitchen BAOBAB
warp https://warp.rinky.info/

■9/21(金)
NEW PORT Presents Luv&Dub Paradise at bar bonobo
"DISCO DEVIL & STREET PLAYER"
場所:bar bonobo(渋谷区神宮前2-23-4)
時間:open/start 22:00
料金:door \1,000
Special Guest:工藤Big"H"晴康 and more...
DJ's:DJ AGEISHI(AHB.pro)
   DJ NORI(Smoker/Gallary)
   DJ SHO(HOUSE NATION since1985)
Lounge:DJ Hakka-K(Luv&Dub Paradise)
JAHTOME(Ambient Dub Set)and more...
GJ:魔人
bar bonobo https://bonobo.jp/
Luv&Dub Paradise https://www.luvdub.jp/
NEW PORT https://newport1999.com/


『ボブ・マーリー/ルーツ・オブ・レジェンド』
9/1(土)より、角川シネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷、吉祥寺バウスシアター他にて3週限定ロードショー!

監督:ケヴィン・マクドナルド 『ブラック・セプテンバー/五輪テロの真実』『ラストキング・オブ・スコットランド』
出演:ボブ・マーリー、リタ・マーリー、ジギー・マーリー、セデラ・マーリー
バニー・ウェイラー、ピーター・トッシュ、リー・ペリー、ジミー・クリフ、クリス・ブラックウェル
エグゼクティブ・プロデューサー:ジギー・マーリー、クリス・ブラックウェル
2012年/アメリカ、イギリス/144分/1998×1080 1:1.85(FLAT)/5.1ch
原題:MARLEY/字幕翻訳:石田泰子/字幕監修:藤川毅
後援:ジャマイカ大使館、ジャマイカ政府観光局
公式HP:https://www.bobmarley-movie.jp
公式facebook:https://www.facebook.com/bobmarley.rootsoflegend
公式twitter:https://twitter.com/Bmarleymovie


配給:角川映画
宣伝:ミラクルヴォイス
〒150-0033 渋谷区猿楽町26-13 グレイス代官山A棟301
TEL:03-6416-3681 FAX:03-6416-3699 E-MAIL:info@miraclevoice.co.jp

Various Artists - ele-king

 以下本文--------------------
"原稿投函完了!!ビーチボーイズなんて聴いてんじゃねー!!って勢いで書きました。"

 菊地佑樹 Yuki Kikuchi ?@kikuchi1968xx 2012年6月8日 - 6:55 Echofonから
https://twitter.com/kikuchi1968xx/status/210852388863606785

 例えば、僕も含め平成生まれエレキング読者の人間がアナログ・レコードを買うようになるのは、当たり前なのだが、ノスタルジア(懐旧)に浸るためではないだろう。ノスタルジアの対象となる時代など我々はまだ持ち合わせていない。生まれたときから「バブルというのがあって...それがはじけて....」/「関西で大変な地震」/「てるくはのる」/「宅間守」/「ビン・ラディン」などなど.....が幼少の頃から刷り込まれていた。いや、簡潔に言おう。まだ若いからだ。ノスタルジアなど知らない。
 話がぶっきらぼうに逸れましたが....つまり、生まれたときから音楽といえばCDだったので、アナログ・レコードなどは見たことがなかったし、父親がもっていたドアーズや矢沢永吉のCDを邪険にあつかって傷をつけて再生できなくなるようにしたのが「懐かしい」くらいだ。そんなCDかMDはたまたMP3のデジタルデータしか知らない子供だった人間が物心ついて、青春の時代にアナログ・レコードを手にし「演奏」して思ったことは(アナログ・ターンテーブルの説明書には〈再生〉ではなく「演奏」と記述されている)、「こんな音聴いたことない!」ということ。つまり、新しい感覚。

 さて、本ウェブサイトに掲載されているトュー・ウーンデッド・バーズ『Two Wounded Birds』のレヴューについてだと思われる菊地氏の冒頭の言葉が、今日まで僕の胸につっかえていた。目の覚めるような思いだった。例えばYouTube上でも地域/年代問わずあらゆる音楽が平坦に並んでいるこのご時世に、あえてザ・ビーチ・ボーイズのような誰もが否定しようのない(また、してももう意味がない)ものから、敢えて忌避する意志を示さなければならない強迫観念が籠められているのを感じ、それに恐怖し、しかし、同時に自分はその観念を必要としている気がしたからだ。
 そうだ。2012年8月1日現在において、ザ・ビーチ・ボーイズは単なる金持ちジジイの同窓会バンドめいてるにも関わらず、久々の新作は好評で、アメリカ・ツアーだけでなく来日公演まで果たそうとしている。また、若いバンドについてのレヴューを読んでも、音楽性に言及されるときザ・ビーチ・ボーイズは頻繁に引き合いに出されている。例えば、CDショップで配布されているようなフリーペーパーでインディーのロックやポップのディスク・レヴューなんかでも散見されるのだ。

 「ビーチボーイズなんて聴いてんじゃねー!!」

 しかし、おそらくレヴューされるアーティスト側もザ・ビーチ・ボーイズを好んで聴いているのだ。レヴューする側も、ファルセットをふくむ美しいハーモニーとくれば、アーティストもリスナーもザ・ビーチ・ボーイズが頭に浮かんでしまう。そこでフォー・フレッシュメンとはならないのだ。そういえばブライアン・ウィルソン自身、「ロックにハーモニーを取り入れた最初のバンド」だとDVD『アン・アメリカン・バンド』で語っていたっけ.....。

 89年に東京に生まれ育っている人間(例えば僕)が60年代アメリカの音楽であるザ・ビーチ・ボーイズをノスタルジアとして聴くことは難しいが、ヴァーチャルなノスタルジーに浸ってしまう可能性はある。2011年に作られた音楽を数えるほどしか聴かず、ザ・ビートルズとザ・ビーチ・ボーイズとレッド・ツェッペリンに胸を焦がされていたのだとしたら......これはヴァーチャルなノスタルジーだったのだろう。僕は中学生のころからザ・ビーチ・ボーイズばかり聴いてきた。つい最近もUKオリジナル『Sunflower』のアナログを購入して喜んでいるような人間だ。野田編集長にはこう言われた。「斉藤くんは若いのに、ホント、古いのが好きだよね、おじさんとしては嬉しい限りだよw」。うっ.....僕は返す言葉もなくグラスの底のビールの一滴ほどを口に滑らせるしかできなかった。

 そして後日、野田編集長から「斎藤くん、これ好きでしょ」と渡されたのが、本作、英仏ジョイントの新興レーベルである〈ZAPPRUDER〉のコンピレーションCDだ。レーベル〈もしもし〉や〈キツネ〉あるいは同じく英仏レーベルである〈ビコーズ・ミュージック〉を容易に彷彿とさせる、潮っけのあるシンセサイザーが全編で鳴り渡っている。そうですよね。いま夏ですし、僕はホット・チップとかザ・ビーチ・ボーイズが大好きだから、こういうの好きです.....。
 しかし、この音楽は、ヴァーチャルではなく、完全なノスタルジーだ。これこそがノスタルジーだ。初めて1曲目を再生したとき、2009年ごろに渋谷のライヴハウスなんかにこういうのっていなかったかななどと思った。ところがどっこい、実際にはそれどころではないことが、2曲目がはじまった瞬間にわかった。この音楽は聴いたことがある。ゼロ年代のシンセ・ポップ、ああ、すばり〈ビコーズ・ミュージック〉のメトロノミーじゃないか! そして、ほんのひとかけらのホット・チップ。日本で言うなら、シグナレス? なぜ、まだ若い僕が、2012年の音楽を聴いて、4年前の音楽を懐旧しなければならないのか!

 その2曲目、実際にメトロノミーとの人脈をもつナスカ・ラインズ(NZCA/LINES)の"Okinawa Channels"の響きは、海外からの旅行者が沖縄で(あるいは、そのヴァーチャルなノスタルジアで)チルアウトしてるというよりも、毎年のように沖縄に旅行している在日の日本人が、帰りの車のなかで「もう来年は違うところに行こう....」という気持ちを胸に秘めておきながらも結局かれこれ5年くらいは毎年決まって沖縄に来てしまっているかのような倦怠感がある。なんという直近のノスタルジア(追憶)。そして、その旅行者は次の新たな旅行先を見つけることが出来ないままで、きっと来年も沖縄に旅行をするのだ。これこそが恐ろしくリアルで卑近のノスタルジアである。歳である。ああ、ザ・ビーチ・ボーイズを聴いてヴァーチャルで悦に浸っている若者などまだ可愛いものだ。 よく聴けば、サビでもこう歌っている。

 沖縄、ちゃうの? 日本にいようよ(アウーウーウウウウー)。時差ねえし便利よ.......(アウーウーウウウウー)。
 沖縄、ちゃうの? 日によるよ(アウーウーウウウウー)。そろそろ行かねばの....(アウーウーウウウウー)

 そう、ナスカ・ラインズは、エレクトロ・ポップが80年代のリヴァイヴァルだとか言われるのとは違い、もはやその数年前の直近のエレクトロ・ポップを懐かしんでいるのだ。
 懐かしまれてしまったメトロノミーも昨年に3年ぶりのアルバム『The English Riviera』を発表しているが、ナスカ・ラインズは彼らを撃ち落とす姿勢なのかもしれない。ベッドルーム・ポップとしての納まりのよさは、バンドのフィジカルなグルーヴを強調してしまうメトロノミーよりも、ソロ・ユニットであるナスカ・ラインズのほうに軍配が上がるだろう。ルックスも同じくナスカ・ラインズ。しかし、ウォッシュト・アウトの轍を踏まないようにしなくてはならない。まだまだ、これからだ。

 コンピの前半は、この夏まっ盛りにして、部屋のなかあるいはときたまウェッサイ/G-FUNKを模したようなトラックに乗りながら、2~3年前の夏へのノスタルジアが後頭部に疼き出してしまっているボーイズのR&B風の合唱で占められている。その様を、この8月に〈もしもし〉(日本版は9月19日Tugboat Records/P-VINE)から『The Palace Garden』をリリースするビート・コネクション(Beat Connection)がありふれた諧謔でオチをつけている。

 僕の想像し得るかぎり最高のヴァージョン
 ....がまさに起こったところさ
 海岸で僕は立っている
 でも砂のなかにいるのはつらい
 そしたら、彼女は僕の手を握って
 「私についてきて」と言うんだ
 
 夕暮れのなかで彼女を見つけた
 だけど、それはまったくの夢
 僕が計画したんだよ
 銀幕の上で
Beat Connection "Silver Screen (Dreamtrak Diamond Sound)"(2011)

 コンピ後半には、ステファロー(Steffaloo)/クラス・アクトレス(Class Actress)/レインボー・アラビア(Rainbow Arabia)/ソーヴェイジ(Sauvage)らが「浮女子」感の溢れる歌声とトラックで、「あなたを腕の中で抱きしめていたい」「あなたがいないと寂しくなってしまう。わたし待つわ」「あなたがフリーじゃないことは知ってる。問題ない。ただ、あなたの夜を私にちょうだい」なんて歌ってくれているけども、見つかった分の収録曲の歌詞を読んだが、浮女子が期待してやるほどの男子はこのCDのバンドのなかにはいないだろう。リスナーの男子にもいないかもしれない。ソーヴェイジに続いて、フレンチ・フィルムス(French Films)"Pretty In Decadence"の本当に本当に気の抜けたサーフ・ロック・サウンドが聴こえてしまうくらいだから。

 気をとり直すために(天国からの?)階段を降りたけど
 売り渡すような魂(ソウル)も僕には残ってなかった
 
 自助、純血人種、旧約聖書
 ラインに沿って歩くのは
 健康な人を狂わせる
 おお、なんて素晴らしい、素晴らしい人生
 
 メイン・ストリートを歩くたびに
 僕にはわかる
 僕はむしろこんな感じでいたいのさ、ベイビー
 吸血ブルースに愛国心を示したりするよりも
French Films "Pretty In Decadence"(2011)

 なんだかんだで20回以上も通して聴いてしまったので、このCD自体すでに懐かしいものになっていく。浮男子、おどけてばかりいないで、しっかりいこう!

interview with Kim Doo Soo - ele-king

 空しく消えるその美よ
 咲いてまた散る
 花と同じように
 朝霧
 夕焼け......
 また運のない日が過ぎ 
 多くの苦悩と彷徨も
 忘れたかのように消え去るだろう
"道なき時の歌"


キム・ドゥス - 10 Days Butterfly 10日間の蝶
PSFレコード

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キム・ドゥス - Evening River 夕暮れの川
PSFレコード/Blackest Rainbow

Amazon iTunes

 韓国のソウルの街には、東京とは異なる雑然さ、猥雑さ、アッパーな気風がある。僕が韓国の街を散策したのは2002年のワールドカップ期間中のこと。滞在中、CDショップにも足を運んだ。勘で選んだ現地の音楽を数枚買って聴いてはみたが、あの頃はどれもがJ-POPの劣化版にしか思えなかった。しかしそれがいまではどうだ、おそらくは血のにじむような研究と努力によってK-POPは世界に認知されている。グライムスでさえも少女時代のPVを面白がっている。しかし......我々はもっとも近い外国である韓国について多くを知らない。
 
 2006年、アメリカの〈20|20|20〉レーベルから、『インターナショナル・サッド・ヒッツ(国際的な哀しいヒット曲集)』というコンピレーションがリリースされている。ギャラクシー500のデーモン&ナオミが主宰するレーベルからのリリースということもあって欧米では話題になっている。収録されているのは三上寛、友川かずき、トルコのFikret Kizilo、そして韓国のキム・ドゥス。彼らは「言葉」の人だが、それは「音」としての魅力を発見されて、世界に伝播している。
 キム・ドゥスは、韓国のアシッド・フォークとして、近年になって注目を集めている。ショービジネス界のなかでしごかれたK-POPとはまったく別の韓国のシーンを代表するシンガーだ。本サイトでの三上寛のインタヴューでも語られている。
 キム・ドゥスがデビューしたのは1986年、名前は『土地』という小説に出てくる悪漢"キム・ドゥス"から取られている。ファースト・アルバム『シオリッキル』で歌われている自由思想は、思想に厳しい当時の韓国政府から圧力をかけられたほどのものだったというが、キム・ドゥスの運命を変えたのは1991年に発表した『ボヘミアン』だった。あるリスナーがこのタイトル曲に歌われている人生の虚無感を引き金に自殺するという事件が起きる。これを受け止めるかたちでキム・ドゥスは音楽を捨て、山に籠もり、電気のない生活を10年も送ったという。2001年、アルバム『自由魂』でカムバックしたキム・ドゥスは、韓国国内の音楽シーンで賛辞ともに迎えられ、以来、地道な活動を続けている。

 『FOUND』や『bling』といったスタイル雑誌も刊行され、華やかなポップ・カルチャーが拡大している韓国において、キム・ドゥスの厭世的な音楽はいまでも異端な輝きを発しているように思える。ティム・バックリーをさらに瞑想的にしたような『10日間の蝶』や『夕暮れの川』からは、K-POPからは見えない風景が広がっている。言葉がわからずとも、彼の深い漂泊の思想ないしはロマン主義、波瀾万丈な彼の人生から湧きあがるエモーションは充分に伝わってくる。ヘルマン・ヘッセが人生のベルトコンベアから落ちた人=敗残者たちの流浪における美を描いたように、キム・ドゥスもさすらいのなかに人生の本質を見いだしているのだろう。

 地平線の上に明星が輝くとき
 私はまた放浪の道に立っている
"彷徨う人のために"

 去る7月、来日していたキム・ドゥスに明大前のカフェで話を聞いた。帰国を直前にしたあわただしいなか、筆者の的はずれな質問にも丁寧に答えてくれた。

歌詞を禁止されたりしましたが、そういったことに哀しみは感じませんでした。政治的な弾圧によって音楽的な方向性を変えたこともありませんし、ですから韓国の歴史と自分の音楽の哀しみとは関係はありませんね。

Kim Doo Sooさんの音楽は、日本では口コミで広がっていて、ディスクユニオンをはじめとする都内の輸入盤店でも、4~5年前から韓国のアシッド・フォークとして売られています。

Kim:私は自分のスタイルを貫いているだけで、ジャンルにはあまりこだわりはありません。どんな風にみんなから呼ばれても、あまり気にしません。それは評論家の役割で、私にはあまり関係はありませんね。私はミュージシャンですから。

アシッド・フォークと呼ばれることに違和感はありますか?

Kim:ないです。

僕はKimさんの音楽を聴いて、美しさと哀しさを強く感じました。『10 Days Butterfly』の1曲目でも、歌詞が自分のなかの哀しみのことを書かれていますよね。その哀しみっていうものは、個人的な哀しみっていうよりも、物凄く大きな、Kimさんがこれまで受け取ってこられた歴史的な哀しみという風に捉えてよろしいんでしょうか?

Kim:すべての作品は作った人間の人生が関係するものですので、(おっしゃるような)わたしの音楽の哀しみというものは、わたしの人生と関係があるものでしょう。

それは韓国という国の歴史と関係があるのでしょうか?

Kim:それはないですね。人間の本質的なもので、韓国の歴史とは関係ありません。

でもたとえばKimさんは、光州事件を経験されていますよね。非常に政治的な意味での弾圧を経験なさっているわけですけれども、それは音楽とはどういった関係にあるのでしょうか?

Kim:たしかに歌詞を禁止されたりしましたが、そういったことに哀しみは感じませんでした。それ(政治的な弾圧)によって音楽的な方向性を変えたこともありませんし、ですから韓国の歴史と自分の音楽の哀しみとは関係はありませんね。さっき哀しみとおっしゃったんですけれども、それは政治とは全然関係ありません。自分は政治家でもないですし。

わかりました。では「哀しみ」はひとまず置いておいて、Kimさんのバイオグラフィー的なことを大雑把に聞きたいんですけれども。光州事件っていうのは、若い韓国の学生たちが韓国の民主化を訴えた事件でしたが、Kimさんもその渦中にいながら音楽でもって何か主張していたんでしょうか?

Kim:そのとき衝撃はあったのですが、私は政治にはあまり関心がなく、自然や人間に関心がありました。韓国には民主化を掲げるような歌もありましたが、私はそのような歌を歌う人間ではなかったです。バガボンドと言いますか、放浪者のような感じでした。

Kim Doo Sooというのは、韓国の有名な小説の悪役から取ったということなのですが、それはどのような意図だったのでしょうか?

Kim:家では歌を歌うことを反対されていましたので、そのとき芸名が必要だったんです。本名を使えなかったのです。それで、そのとき読んでいた小説が有名な『土地』だったのです。その悪役がKim Doo Sooでした。そのとき特別な意図はなく、いっしょに住んでいた兄と酒を飲みながら、「このキャラクターのなかで誰がいいかなー」と話してたまたま選んだのがKim Doo Sooでした。

(笑)なるほど。たとえば日本では、それこそKimさんぐらいの世代のひとたちは、アメリカとかイギリスとか、ビートルズとかボブ・ディランとか、そういった欧米のロックやフォークを聴いて、そしてその自由な精神に影響を受けて、それを自分たちの上の世代に向けて表現しました。その時代、韓国では、どうでしたか?

Kim:私は特定の個人やバンドに没頭したことはないんですけれども、70年代のアメリカのフォークには影響を受けました。

ソウルには、その手の音楽を買えるレコード店もあったんですよね。

Kim:もちろん買うことはできました。

ドラッグ・カルチャーとかサイケデリック・カルチャーは、韓国ではどうだったんですか?

Kim:韓国も一時期、大麻で騒動というのがありましたよ。有名な芸能人が刑務所に入ったこともありましたし、いまも問題になっています。

その辺は日本と似ているかもしれませんね。日本もすごく厳しいので。韓国には、アンダーグラウンド文化といいますか、三上寛さんのように(インディペンデントで)やってらっしゃる方っていうのはたくさんいらっしゃるんですか?

Kim:以前はたくさんいましたけど、いまはあまりいなくなりました。ただ、インディ・バンドは増えつつあります。テレビには出ずに、クラブ(ライヴハウス)での活動を活発にするバンドがいま現れています。それはいい傾向だと思っています。

なるほど。Kimさんのこれまで歩んできた人生を調べますと、"ボヘミアン"という曲がすごく影響力を持っていて、YouTubeなんかにも上がっていますけれども。それを聴いたひとが自殺してしまったという事件が起きてしまったということがよく書かれているのですが、その件について話していただいてよろしいでしょうか。どのようなことが起きたのかということを。

Kim:とても悲しいことが起きました。それを聞いて私はすごくショックだったのです。自分の音楽を聴いて、ひとが平穏になったり癒されたりすることを望んでいたのに、自殺したという噂を聞いて衝撃を受け、それから10年くらい活動を一切しませんでした。

具体的にはどのようなことを歌った歌なのでしょうか?

Kim:放浪について、です。これはリメイクで、オリジナルは他のアルバムにあります。それはやはり、むなしくなるような(虚無感のある)雰囲気でした。詞も違いました。だから詞も書き直して、新しく作りました。

そうだったんですか。オリジナルの"ボヘミアン"は何年に書かれたんですか?

Kim:89年に作って90年に発表しました。

Kimさんご自身が一番初めにアルバムを出したのは何年なんですか? 86年デビューと書いてありますが、それは自主制作で出したのですか、それとも韓国のレコード会社から出したのですか?

Kim:メジャー・レーベルから出しました。

日本でも表現の自由と言いながら、歌ってはいけない言葉があったり実は自由がないんですけれども、韓国でも、たとえば政治的な歌は歌えないとか、そういう話を聞いたことがありますけれども、その辺りの韓国の音楽シーンの表現の問題というものをどのように考えていらっしゃいますか?

Kim:昔は酷かったんですけれども、いまは少し良くなって表現の自由が得られるようになりました。お笑い芸人が政治家をネタにしてギャグをする時代になりました。ですから、昔ほどの問題はないですね。かつてだったら想像もできないことです。

ちなみにどの大統領によって変わったというのはありますか?

Kim:たぶんノム・ヒョンですね。

それはノム・ヒョン大統領が民主化政策をどんどん進めていって、自由な表現をある程度許容したってところがあるんですか?

Kim:もちろん。そうですね。

ノム・ヒョン大統領というと、日本では小泉政権のときに、彼が靖国参拝をする度にノム・ヒョン大統領がそれを批判していたのをすごく覚えているんです。そういったすごく複雑な日本と韓国との政治的な関係があります。日本と韓国の歴史的な歴史的関係についてKimさんはどのように考えていらっしゃるでしょうか?

Kim:音楽には国境はありませんし、ミュージシャンはみんな友だちですし、私はそういった複雑な関係というのはあまり気にしません。

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ヨーロッパの詩人の言葉ですけれども、この言葉に全部含まれているでしょう。「哀しみと死がなかったら、人間はどこに行くのでしょう」というものです。その言葉を読んだとき、私は絶望感よりも平穏をもらいました。


キム・ドゥス - 10 Days Butterfly 10日間の蝶
PSFレコード

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キム・ドゥス - Evening River 夕暮れの川
PSFレコード/Blackest Rainbow

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音楽はいちどやめようと思ってたんですか? そのときどのような生活を送っていたんですか?

Kim:そのときは完全に音楽をやめようと思って、山に行きました。10年間山に住んでいて、すごく気持ちが落ち着きました。それは自然がくれた力だと思います。

その10年間はどういった生活を送られていたんですか?

Kim:1ヶ月の生活費が韓国ウォンで20万ウォン(1万5千円ほど)でした。厳しかったですね。

そのときの気持ちというのは、絶望的なものだったんですか?

Kim:多少絶望的な気持ちもありました。しかし、当分の安定と平穏さは戻りつつありました。

ギターはどういったところから影響を受けているんですか? 

Kim:あまり影響を受けたことはないです。誰かから教えてもらったこともないですし、自分で学びました。

じゃああのメロディというのも、自分で作られたものですか?

Kim:そうです。誰からも教えてもらったことはないです。

小さいこと聴いていた歌とか、そういうところから?

Kim:童謡はすごく好きでしたね。

ほかの同世代のミュージシャンというのは、Kimさんと同じように何かの影響ではなく、自分たちで歌い始めたものなんですか? 

Kim:たぶん、学校とかそういうところで習ったひとが多いでしょうね。

ボブ・ディランとか、そういったものの影響もなかったんですか?

Kim:それは、ディランとか、ニール・ヤングとか、トム・ウェイツとか、そういうのをたくさん聴いたのは事実です。居酒屋やコーヒー・ショップに行くといつも流れているのはアメリカのフォークでしたから。

ああー、そうなんですか。

Kim:70年代、80年代はアメリカのフォークが流行っていましたからね。

へえー。あの、80年代というと、日本ではディスコとかそういうのでしたからね。

Kim:音楽だけ聴くようなコーヒー・ショップなんかもあったんです。韓国でLPっていうのがすごく流行ったことがありましたね。

いつミュージシャンになったんでしょう?

Kim:これだというきっかけはたぶんないんですけれども、小学生のとき、先生が私の家にわざわざ来て「彼に音楽をさせたほうがいいです」と言われたことはありました。でも、家ではすごく反対されました。儒教が厳しくて、家ではラジオも聴けないような状態でしたから。そんな家でミュージシャンが生まれたのは不思議なことですね。

日本でも儒教的な影響はすごく強くて、たとえば先輩後輩の関係であるとか、そういうところで影響は強いんですけれども、そういう儒教的な文化に対する反抗心みたいなものはあったんですか?

Kim:当然ありました。高校を卒業したら家を出ようと子どものときから思っていました。

なるほどね。では、ボブ・ディランであるとかアメリカのフォーク・ソングの歌詞の内容は当時わかっていたのですか?

Kim:わざわざ辞書を引きながら勉強したようなことはなかったんですけれども、大体の内容はわかっていました。

先ほどご自身で放浪者とおっしゃいましたけれども――。

Kim:そういう流れ者的な表現がいいと思っていました。放浪する生活はずっと夢でした。あちこちに行って歌うような生活、それが夢だったんです。

11年ぶりに『自由魂』というアルバムを出しますよね。11年ぶりっていうのが......。

Kim:私のアルバムを作ってくれた制作者がわざわざ山まで来て、昔のアルバムを再発したいと言ってきたのです。そのときは精神的にかなり良くなっていて、再発よりはいま出来ている曲があるから、新しくアルバムを作った方がいいんじゃないですかと提案しました。そのとき『自由魂』を作りました。

その後、『International Sad Hits』というコンピレーションを、それこそ三上さんとかといっしょにアメリカで発売されますけれども、海外で活動されるようになったのはどのようないきさつなんでしょうか?

Kim:〈P.S.F. Records〉が宣伝しはじめて、そのスケジュール通りでやってますね。

最初に海外でプレイしたのはどこなんですか?

Kim:ベルギーですね。

何年ですか? 2006年?

Kim:ああー、正確には思い出せないです(笑)。

それまでフォークというのは、言葉の音楽ですよね。だから、歌詞が理解できないとその本当の面白さは伝わらない。三上さんもKimさんも、音だけで国際的に広がったのはすごいなあと思って。

Kim:言葉が違うので心配していたんですけれども、直接演奏してみると、やはり言葉というのはそれほど問題ないですね。むしろ、もっと深く感じるような気もします。

日本ではここ数年K-POPが大人気です。K-POPの人たちは英語でも歌うし、日本語でも歌うんですね。取材も日本語で答えるんです。Kimさんは、それとは全く逆のことをやって国際的になってるっていうのは面白いですね(笑)。
 KimさんはK-POPに関してどのような見解を持っていますか?

Kim:K-POPが流行って日韓が友好になるのはすごくいいと思いますけど、言ってしまえばK-POPは音楽ではなくてエンターテインメント・ビジネスだという気がします。

韓国国内ではK-POPというのはどうなんですか?

Kim:若いひとというか、学生ばかりですね。テレビを観たらみんな少女時代で、年寄りはチャンネルを変えます(笑)。

韓国ドラマやK-POPは日本でずっと人気があるんですけれども、韓国の人気スターで自殺するひとが多いじゃないですか。どうして彼らは自殺しちゃうんですか?

Kim:うつ病や、精神的なストレスですね。個人的な事情があったり。韓国はインターネットがすごく盛んですけれども、そこでの誹謗中傷を見てストレスが溜まる場合もありますし。それも、たくさんの理由のうちのひとつでしょうね。

それはやはり、韓国の音楽ビジネスの悪いところなんでしょうかね? 

Kim:たぶんそうですね。

日本では華やかな部分ばかりが強調されています。タワーレコードの一階に行けばK-POPがダーッと並んでいます(笑)。でも、在日の人たちとってはすごく前向きな変化をもたらしてもいるようです。
 さきほどインディ・バンドが増えているとおっしゃってましたけれども、たとえばKimさんの歌を聴きに来るような若い世代のリスナーが増えているっていう状況もあるんでしょうか?

Kim:少しずつ増えています。自分はあまりライヴをやらなかったんですけれども、いまは増やしています。私はあまり健康でないのでライヴをたくさんはできないんですけども、観客は少しずつ増えています。ファンはライヴをもっとやってほしいと不満を持っているみたいですね。

なるほど。最初の質問に戻りますけれども、哀しみと言ったときに、Kimさんは人間の本質的な哀しみだとおっしゃいました。それがどういうことなのか、他の言葉で話してくださいますか。

Kim:この表現がいちばんいいと思います。ヨーロッパの詩人の言葉ですけれども、この言葉に全部含まれているでしょう。「哀しみと死がなかったら、人間はどこに行くのでしょう」というものです。その言葉を読んだとき、私は絶望感よりも平穏をもらいました。哀しみと死は、私たちをもっと人間的にさせるものです。
 ヘルマン・ヘッセは「死は人間の友だ」と言っています。

ヘルマン・ヘッセも放浪ということをテーマにしていますけど、お好きなんですね。

Kim:すごく好きな作家です。ヘルマン・ヘッセのための歌を作ったこともあります。

あなたの歌のなかにはすごく自然が出てきますけれども、あなたは何を意味して、どのような意図で自然を歌うのでしょうか?

Kim:他の言葉では表現できません。自然は自然なのです。

いまはソウルに住まれてるんですか?

Kim:ソウルから一時間くらいの田舎に住んでいますが、もっと田舎に行きたいので行くつもりです。

ちなみにサッカーはお好きですか?

Kim:野球のほうが好きです(笑)。

歌詞のテーマっていうのはどういうところから来るものなんですか?

Kim:疑問、自然、経験......といったことです。

この『10 Days Butterfly』のアートワークが美しいですけれども、これは?

Kim:私の友人で、有名な画家のHan Hee Wonによるものです。蝶は10日間しか生きられません。その短さ(はかなさ)が人間の生に似ていると感じました。人間の生の短く美しい様を表現したいと思ったのです。

日本という国は島国なんですね。周りを海に囲まれているんですけれども。韓国は全部陸で、変な話ベルギーまでつながってる。歩いて行こうと思えば行けるじゃないですか。そういう、大陸で繋がっているというのは、感覚としてあるんですか? 

Kim:ありませんね。韓国の上には北朝鮮がありますから、日本と同じように、繋がっているわけではありません、

ちなみに韓国のひとたちが好きな日本の音楽というと?

Kim:昔はJ-POPもすごく有名でしたが......。

アンダーグラウンドでいうとどうですか?

Kim:いま、韓国に日本のアンダーグラウンドのミュージシャンがたくさんいらっしゃってるみたいです。韓国に住みながら活動しているミュージシャンを、自分も3人ぐらい知っていますよ。

へえー。日本人ですか?

Kim:そうです。

たとえば誰ですか?

Kim:ハチさんです。有名なギタリストです。

春日博文さん(カルメン・マキ&OZなどで知られるプロデューサー。現在韓国で活動中)ですね。

Kim:彼はすごく指が長いみたいですね。あとは、長谷川さん、佐藤行衛(ゆきえ)......。

『10 Days Butterfly』には英語と韓国語と日本語の歌詞が載っていますよね。それが素晴らしいと思いました。

Kim:ちゃんと翻訳ができていますか(笑)?

すごくいい翻訳ですね。美しい日本語で。

Kim:リズムとか韻とかはたぶん、掴みきってないと思うんですけど。

今年韓国も大統領選を控えているじゃないですか。どうなんですか? 原発問題なんかも、大統領選のひとつの論点になってるじゃないですか。

Kim:政治は自分はちょっと関心がないですね。韓国も、良い政治家は少ないですね。良いリーダーの資格がない人ばかりです。それで私はさらに関心がなくなりましたね。

逆に言えば、韓国からセックス・ピストルズみたいなパンク・ロッカーが出てくる可能性はあるんでしょうか?

Kim:ありますあります。インディペンデント・バンドの実力がすごくついているので、うまい人がたくさん出ると思います。

モスクワでは、ライオット・ガールズというか、プッシー・ライオットという女の子のパンク・バンドが出てきていま話題になっていますよね。

Kim:おおー!

三上寛さんは「日本のパンクのゴッドファーザー」なんですよ。

Kim:彼はスーパーマンです。寛さんがヨーロッパに行ったらすごく喜ばれるんじゃないかと思います。彼のようなスタイルはないので。

数年前、イギリスの『WIRE』という雑誌がKimさんを紹介をしてましたけど、韓国でも反応がありましたか?

Kim:反応があったかどうかは私はわかりません。家でテレビもほとんど見ませんし、インターネットもメールばかりで、ちょっと記事を読むぐらいですね。情報には疎いほうです。自分の名前が売れることにはあまり興味がありませんしね。

 この暗い世の中を彷徨う人よ
 あなたはどこに流れるのか
 星はまた光り鐘は鳴るだろう
 この瞬間はお前のために
 この瞬間だけはお前のために
"彷徨う人のために"



interview with Heiko Laux - ele-king

 ハイコ・ラウクスはジャーマン・テクノを体現するような人物だ。テクノ黎明期に多感な10代を過ごし、周囲の誰よりも早くシンセサイザーとドラムマシンで楽曲制作を開始。94年に地元ヘッセン州の小さな町でレーベル〈Kanzleramt〉を立ち上げた。それがスヴェン・フェイトの目に留まり、フランクフルトの伝説的クラブ、〈Omen〉のレジデントに抜擢される。99年にはテクノ・キャピタルとして勢いを増していたベルリンに拠点を移し、変わらぬ情熱と熟練のスキルで制作活動とDJ活動ともに精力的に続けている。

 数ヶ月前、宇川直宏氏に「今年もFREEDOMMUNE 0 <ZERO>やるから、いいテクノDJブッキングしてよ!」と言われて真っ先に思い浮かんだのが彼だった。実際に出演が決まり、〈eleven〉でのアフター・パーティと大阪〈Circus〉でもそのプレイを披露することになったハイコに、ベルリンで話を聞いた。テクノ・ファンならすでにお馴染みのベテラン・アーティストだが、3年ぶりの来日ツアーに先駆けて、これを読んでその素晴らしいプレイのイメージを膨らませて頂ければ幸いだ。


ドイツのテクノもデトロイトの影響を受けてはじまったようなものだからね。そのデトロイトの人たちはクラフトワークに影響を受けていたりするわけだけど。


初めまして。もうすぐFREEDOMMUNE 0 <ZERO>に出演のため来日されますが、私があなたをブッキングしたんですよ。その経緯から少し話させて下さい。実は、きっかけは今回共に出演するDVS1をEle-Kingのために昨年インタビューしたことだったんです。

ハイコ:へえ? どういうことかな?

彼が、90年代にあなたをミネアポリスに呼んだことがあって、その縁であなたに〈Tresor〉でDJする機会をもらったと言っていました。それが初めてベルリンでプレイした体験だったと。

ハイコ:ちょっと待って、いまもの凄い勢いで頭の中の記憶を呼び戻してるから... でもDVS1という人は知らないな。前は違う名前でやっていたのかな?

あれ? 覚えていないですか? それは意外ですね。ではその事実関係は日本で再会した際にDVS1本人と確認して頂きましょう。いずれにせよ、その話を聞いたのが昨年のちょうど同じ頃で、そのすぐ直後にあなたが〈Berghain〉に出演していたので、初めて聴きに行ったんです。

ハイコ:ああ(ニヤリ)、あの日あそこに居たのか。あれは......かなりいいセットだった。

めちゃくちゃ凄かったです(笑)。それで一発でヤラれてしまったんですよ。そのときに、「この人を日本にブッキングしよう」と思ったんです!

ハイコ:そうか、ありがとう。実はね、公にはしていないんだが、CLR Podcastに提供したミックスは、あの日のセットの中の2時間分なんだ。あそこのクラブは録音だの撮影だのに関してはとてもうるさいからね、ここだけの話だけど! うん、あれはかなりいいパーティだった。

2009年の〈WIRE〉に出演して以来、日本には行ってませんものね?

ハイコ:そうなんだよ、だからもの凄く楽しみにしている。そろそろ行きたいと思っていたところだよ。

それまでは、わりと定期的に来日してましたよね?

ハイコ:2000年か2001年くらいから、ほぼ1年おきには行っていたね。

これまでの来日体験はどうでしたか?

ハイコ:いい思い出しかないよ。日本は大好きだ。僕は食べるのが好きなんでね、食べたいものがあり過ぎて困るくらいだ(笑)。初めてスキヤキを食べたときなんて、発狂するかと思ったよ! ヤキニクとか、コウベビーフとか...... とにかく日本の食べ物のレヴェルの高さは凄い! もう6回くらい日本には行ってるけど、毎回驚きがあるね。

ちょっと音楽の話に戻しましょうか(笑)。実は私は90年代のテクノについてデトロイトのことはある程度知っているんですが、ドイツのことはほとんど知識がないので、ぜひその頃の話、そしてあなたがどのような体験をしてきたのか教えて頂きたいんです。

ハイコ:まあドイツのテクノもデトロイトの影響を受けてはじまったようなものだからね。そのデトロイトの人たちはクラフトワークに影響を受けていたりするわけだけど。

バイオグラフィーによれば、ファーリー・ジャックマスター・ファンクの「Love Can't Turn Around」に衝撃を受けて音楽をはじめたとのことですが?

ハイコ:そうだね、まああの曲は一例だけど、ああいうサウンド、いわゆるTR-909のドラムととてもシンプルなベースだけであれだけパンチのある曲は衝撃だった。ああいう音が部分的に使われている曲は聴いたことがあったけれど、シカゴハウスからはそれまで感じたことのない凝縮されたエネルギーを感じたんだ。「俺はこれをやりたい」と思ったんだよ。

それはラジオで聴いたんですか?

ハイコ:いや、クラブだよ。当時は兄がDJをしていたので、まわりの子たちよりも早くクラブに行くことが出来たし、家にそういうレコードがあった。シカゴ・ハウスやUKノアシッド・ハウスなどだね。それ以外はまだポップ・ミュージックしかなかったけれど、あの頃はポップ・ミュージックのシングルにもB面に風変わりなダブ・ミックスなどのインスト・ヴァージョンが入っていた。そういうシンプルなグルーヴの音楽を好んでいたね。特定のサウンドを上手く組み合わせれば、とても少ない音で凄い威力のある曲が出来上がるというところに魅了された。

かなり早い段階から自分の曲を制作することに興味を持っていたようですね?

ハイコ:ああ、もう10代半ばから。小さなバイクに乗れるようになった頃に、最初のキーボードを買いに行ったのを覚えているよ。14歳とかじゃないかな。

その歳ですでにクラブに行って、制作も始めていたんですね?

ハイコ:ああ、地元のバート・ナウハイムという小さな町から、兄の車に便乗してフランクフルトのクラブに出入りしていた。あの頃聴いたDJといえば、スナップ(Snap!)のプロデューサーのひとりだったミヒャエル・ミュンツィッヒなどだね。彼はいつも、ド派手な衣装で現れた。インディ・ジョーンズみたいな帽子を被ったり......毎週違う格好で(笑)。でも誰よりもクールな音楽をかけていた。彼はビートマッチ(曲のピッチを合わせる)だけでなく、ハーモニーをミックスしていたのが印象的だった。前の曲のブレイクのときに、例えばピアノのハーモニーが入っていたとしたら、次の曲のBPMの違うイントロのハーモニーと混ぜるんだ。そこから全然リズムが変わったり。それがとても新鮮だったね、「こういうことも出来るんだ」と思った。いまそういうやり方をする人は全然いない。でも僕は、いまでも選曲をするときにハーモニーで選んだりするよ。他に僕が体験したことと言えば、クラブ〈Omen〉の盛衰だけれど、それもバイオグラフィーに書いてあることだね。

当然、DJとしてスヴェン・フェイトからも大きな影響を受けていますよね?

ハイコ:完全に。スヴェンとの出会いは、僕のキャリアのターニング・ポイントになったから、特別な存在だね。あの頃は誰もが〈Omen〉でプレイすることを目標にしていた。だから僕も自分から「やらせて下さい」なんて野暮なことは聞かなかった。その代わり自分でレーベル(〈Kanzleramt〉)を始めて、曲を出すようになった。そしたら、96年にスヴェンがライヴをやらないかと誘ってくれたんだ。そしてライヴ出演したら、またやって欲しいと言われて、「実は僕はDJもやるんです」と言った。当時、金曜日がスヴェンの日で土曜日が外部のゲストDJがプレイしていた。その土曜日に何度かやったところ、「金曜日にお前の枠をやるから、好きな奴を呼んでパーティをやれ」と言われた。だからサージョンやニール・ランドストラムなどを呼んで一緒にやっていた。店が閉店するまで、それを続けたんだ。

ライヴもやっているんですね? それは知りませんでした。

ハイコ:実はそのときと、すぐ後に一度「POPKOMM」(かつては毎年開催されていたドイツ最大の音楽見本市)だけで、それ以来全然やっていないんだ。他のアーティストとコラボレーション、例えばテオ・シュルテと一緒にやっているオフショア・ファンクなどでは何度かやっているけど、ソロは全然やっていない。それも最後にやったのは2008年だ。その後はDJしかやっていないね。でも、今年のADE(Amsterdam Dance Event)で久々のライヴを披露する予定だよ。とても楽しみだけど、ライヴとなると途端にナーヴァスになる(笑)。

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僕はたしかにラップトップを使っているけど、間違いなくDJをしているからね、そこが違うんだと思う。僕はちゃんと曲を「触っている」。それが鍵なんだよ。こういうシステムを使うと、オートシンクも簡単に出来るけど、それをやってしまうとDJの醍醐味がなくなってしまう。

少し意外なのは、あなたがハウスから音楽の道に入ったということですね。テクノ一辺倒なのかと思っていたので。

ハイコ:というか、あの頃はテクノというものが存在していなかったんだよ。デトロイト・テクノもシカゴハウスの影響で出て来たものだからね。テクノへと加速していったのは90年代初頭のことだよ。

そういう流れのなかで、あなた自身もよりテクノに傾倒していったと?

ハイコ:そういうこと。だからテクノ・ブームがやって来る少し前に、すでにこういう音楽に脚を踏み入れていたのは、幸運だったと思う。周りがテクノに目覚めた頃には、すでにシンセサイザーやドラムマシンに親しんでいたからね。だからテクノが確立される前から、テクノをどうやって作るのかは分かっていた。ハウスを速くして、テクノのエネルギーを足せば良かったんだ。

そう考えると、あなたはドイツにおける第一世代のテクノ・アーティストと言えますね。

ハイコ:やはり僕よりも、スヴェン・フェイトやジェフ・ミルズやDJヘルの方が僕よりも先にやっていたけれどね。僕の出身の小さな町では輸入盤のレコードを売る店なんてなかったから、それほどたくさん聴けたわけではなかったし。アンダーグラウンドな音楽は、大都市に行かないとアクセスできなかった。僕がレコードを買っていた隣町の店なんて、半分が自転車屋で、店の半分がレコード・コーナーになっていたからね(笑)。レコードを売るだけでは、まだ商売にならなかったからだ。〈Omen〉の前身だった〈Vogue〉というクラブで、スヴェンを聴いたり、90年代に入ってからジェフ・ミルズやジョーイ・ベルトラムのプレイを聴いた。
 それでデトロイト・テクノに開眼して、「そうか、こんなことも出来るのか!」と思ったね。特に、ジェフ・ミルズを見たときは度肝を抜かれた。プレイしたレコードを次々と背後に投げ捨てながらプレイしていた(笑)。傷がつくとか、そういうことを気にせずにバンバン投げ捨ててたね......そういうクラブが身近にあって、本物のアーティストを間近で見て体験することが出来たのはとても幸運だったと思う。ジェフがヨーロッパで初めてやったのは〈Omen〉だったんじゃないかな。当時は、フランクフルトがドイツのダンス・キャピタルだったからね。ベルリンの壁が崩壊してからは、フランクフルトとベルリンのライヴァル関係がしばらく続いた。もちろん、その後ベルリンが勝つことになるわけだけども...... 90年代前半はほぼ同等のレヴェルだった。その競争意識が、音楽にもプラスに働いたと思う。

なるほど。そういう環境の中で、あなたのDJスタイルも築き上げられていったわけですね。あなたも当時のジェフのようにターンテーブル三台を操ることで知られていましたよね?

ハイコ:そうだね。かつては、三台使ってレコード1枚あたり2分くらいだけ使ってどんどんレイヤーしていくスタイルをやっていたけど、いま(のレコードで)同じことをやっても上手くいかない。ただテクニックを見せびらかすだけみたいになって、せわしなくて聴いている方は楽しめないと思うんだ。お客さんも世代交代しているからね。でも三台使ってプレイするのは楽しいから、またやろうと思っている。新しい使い方を考えているところだ。一時期は、なるべく展開や要素を削ってどこまでできるか、というプレイに挑戦していたんだけど、それも退屈になってしまって。だって、二台だけだと、あいだの5分間くらいやることがなくて(笑)。
 いまはSeratoを使ってプレイしているけど、Seratoが面白いのはレコードの好きな部分を好きなようにループできるところ。この機能を使うと、レコードとはかなり違ったことが出来る。また、Seratoの場合、曲の途中で停止しても、また好きな瞬間から狂いなく再生することができるから、曲の抜き差しが正確に、より自由に出来るようになった。レコードだと、ミュートできても曲の尺は変えられないから終わるまでに何とかしなければいけないというプレッシャーがある。でも、Seratoなら、好きなだけブレイクをホールドして、好きなタイミングで曲を戻すことが出来る。Seratoのおかげで、アレンジメントの幅が広がったと思うよ。
 いまはCDJ三台と、それぞれに効果音などを入れたUSBスティックも使ってさらに自由な組み合わせが出来るようにしている。だから単なるDJというよりは、サンプラーを取り入れているようなプレイだね。「遊び」の幅が広がった。今はブースで暇を持て余すこともなくなったよ(笑)。またDJすることが楽しくなっている。一時期は楽しめなくなっていたのも事実なんだけど、今は自分でも楽しめる新しいプレイの仕方を確立しつつある。

私は個人的にヴァイナルDJを好むことが多く、とくにテクノやハウスに関してはラップトップDJに感心することは滅多にないんですが、あなたのプレイは別格だと思いました。レコードでやっているようなライヴ感というか、臨場感がありましたし、長い経験を感じさせる確かなスキルがわかりました。

ハイコ:わかるよ、僕も同じだから。僕はたしかにラップトップを使っているけど、間違いなくDJをしているからね、そこが違うんだと思う。僕はちゃんと曲を「触っている」。それが鍵なんだよ。こういうシステムを使うと、オートシンク(自動的にピッチを合わせる機能)も簡単に出来るけど、それをやってしまうとDJの醍醐味がなくなってしまう。自分の手で合わせるからこそ、そこにエネルギーが生まれるんだ。ソフトウェアでプログラムされてしまっていると、そのエネルギーがない。完璧にシンクされた曲を次々と並べていくなんて、簡単過ぎるし何の面白味もない。やっている方もつまらない。その場の思いつきで新しいことを試していくことが面白いんだからさ。僕はフォーマットではなく音楽を重視するから、何を使ってプレイしているかはこだわらない。音源がCDでもラップトップでも別にいいと思う。それを使って何をするか、が問題なんだよ。いまはラップトップを使うのが面白いから、しばらく使ってみるつもりだ。

先ほどフランクフルトとベルリンがライヴァル関係にあって、いまはベルリンがその競争に勝ってテクノ・キャピタルになっているという話が出ましたが、その両方を見て来たあなたはベルリンの現状をどう受け止めていますか? ここ数年でテクノはさらにリヴァイヴァルした印象がありますけど?

ハイコ:とくに何とも思わないな(笑)。自分が幸運だとは思うけれどね。ごく自然なことだと思う。街やそのシーンの勢いというのは移り変わりがあり、より活気があるところに人が集まって来るのは自然なこと。テクノのシーンに関わりたいなら、ベルリンにはそういう仕事がたくさんあるし、その上観光客も大勢やってくる。ここにいればいろんな人に会えるし、活動の場を作っていける。レッド・ホット・チリ・ペッパーズからジョージ・クリントンまで、みんなやって来るから観ることが出来る。生活費も安いしね、これほど条件が整っていて、ニッチなアーティストにまで機会が与えられている街は他にない。これはテクノに限ったことではないし、他のジャンルも、演劇やアートに関しても同じだ。さらにベルリンはとてもリラックスしていて競争がない。周りを蹴落とそうとするような人はいない。そしてとてもリベラルだね。僕は99年にベルリンに移って来たけど、一度も後悔したことはないよ!

 

【来日出演情報】
8/11 FREEDOMMUNE 0 <ZERO> @ 幕張メッセ
8/17 AFTER FREEDOMMUNE +1<PLUS ONE> @ 東京eleven
8/18 CIRCUS SHOW CASE @ 大阪Circus

【リリース情報】
Jam & Spoon - Follow Me (Heiko Laux SloDub)
https://www.beatport.com/release/follow-me!-remixes-2012/924547
発売中

Sterac - Thera 1.0 (Newly Assembled by Heiko Laux) of "The Secret Life on Machines Remixes" on 100% Pure vinyl/digi with Ricardo Villalobos, Joris Voorn, Vince Watson, 2000 and One, Joel Mull, ...
2012年8月発売予定

Rocco Caine - Grouch (Heiko Laux & Diego Hostettlers 29 Mix) (12"/digi Drumcode)
近日発売予定

Heiko Laux & Diego Hostettler - Jack Up Girl (12"/digi on Christian Smith's Tronic TR89)
近日発売予定

Heiko Laux - Re-Televised Remixed (12"/digi on Thema Records NYC)
original and remixes by Lucy, Donor/Truss
近日発売予定

Heiko Laux & Luke - Bleek (on Sinister, 4-tracker V/A with P?r Grindvik, Jonas Kopp & Dustin Zahn)
2012年秋発売予定

Mark Broom & Mihalis Safras - Barabas (Heiko Laux Remix)
other remixers: Slam
近日発売予定

 ジョン・フルシアンテは昨日のアーティストではない。先日リリースされた5曲入りEP『レター・レファー』は、多くのファンを驚かせたはずである。しかしもしこの作品が往年のファンの手にしかわたっていないのならば、非常に残念な事態だ。フルシアンテはその外に出るためにあれほどの名声を浴びるバンド、レッド・ホット・チリ・ペッパーズを脱け、彼にただマイ・ギター・ヒーローたることを望む人々を振り切ったのだから......! 

 そこからはシンセが聴こえ、ドラムンベースが聴こえ、ラップがきこえてくる。ウータン・クラン率いるRZAをはじめとして、ほぼ全編をラップに縁どられながら、ボーズ・オブ・カナダなどを思わせるリリカルなエレクトロニカが彼の詩情を延長していき、やがてギターに接続される瞬間は、彼がただ異種配合によって新しいキャリアを構築しようとしたのではなく、自分なりに追いかけてきた音楽性の蓄積をきちんと表出しようとしていることがうかがわれる。
 
 そもそも前作『ザ・エンピリアン』の時期に、すでに彼はアシッド・ハウスやエレクトロニック・ミュージックにしか興味がないという旨の発言をしていたようだ。ブレイクコアの雄、あのヴェネチアン・スネアーズやクリス・マクドナルドとも新たなプロジェクトを立ち上げている。今作までには、デュラン・デュランやウィーヴ、ザ・ライクのメンバーも参加するLAのトライバルなアート・サイケ・プロジェクト、スワヒリ・ブロンドでギターを弾いたり、ガレージ・パンクではなくあくまで王道なロック・フォーマットのなかに繊細で物憂げな叙情や知性をひらめかせる女子バンド、ウォーペイントの作品を再アレンジしたりと、つねにチャンネルを現在のリアルなシーンに合わせてきた。

 さて9月12日にはアルバム本編である『PBXファニキュラー・インタグリオ・ゾーン』がリリースされ、そうしたフルシアンテの取り組みの全貌が明らかになる。ある意味では自分に求められている役割を裏切って制作したエレクトロニック・ミュージック作品であり、アルバムでこれまでのブルージーなギター・ナンバーが戻ってくることはない。おそるべき挑戦がつまったこの意欲作を楽しみに待とう。

ジョン・フルシアンテ - レター・レファー

ジョン・フルシアンテ - レター・レファー
発売中

Amazon
1. In Your Eyes
2. 909 Day
3. GLOWE
4. FM
5. In My Light

ジョン・フルシアンテ - レター・レファー

ジョン・フルシアンテ -
PBXファニキュラー・インタグリオ・ゾーン
2012.09.12発売
Amazon
1. Intro/Sabam
2. Hear Say
3. Bike
4. Ratiug
5. Guitar
6. Mistakes
7. Uprane
8. Sam
9. Sum
10. Ratiug(acapella version) -bonus track-
11. Walls and Doors -bonus track-

JAPONICA - ele-king

Shop Chart


1

Moody a.k.a. Moodymann - Why Do U Feel EP KDJ / US / 2012/8/1
推薦盤!<KDJ>42番!一連のMOODY名義での新作3トラックスEPが緊急リリース!瞬殺だったMO MOODY名義でのプロモ盤収録トラック"I GOT WERK"正規リリース、そして極上のソウルフルKDJハウス2トラックも!絶品でございます。

2

Idjut Boys - Cellar Door Smalltown Supersound / NOR / 2012/7/25
推薦盤!待望のLP入荷しました!ディスコ・ダブのパイオニアにして現行クラブ・シーンにおける最重要DJデュオIDJUT BOYS、約20年に及ぶキャリアの中で初となるオリジナル・フルアルバム!

3

DJ Dez a.k.a. Andres - New World / Brain Root Down / JPN / 2012/8/3
推薦盤!J DILLAの意思を継ぐデトロイトの至宝ANDRESによるDJ DEZ名義でのストレートなインスト・ヒップホップ7"!大阪のレコードショップ「ROOT DOWN RECORDS」レーベル第1弾。

4

Afro Latin Vintage Orchestra - Last Odyssey Ubiquity / US / 2012/7/23
推薦盤!フレンチ・アフロ・ファンク・バンドAFRO LATIN VINTAGE ORCHESTRAが名門<UBIQUITY>より待望のサード・アルバム!土着エッセンス薫る極上のラテン/アフロ/カリブ・ジャズファンク特上盤。

5

James Curd & Centrone - It's Hot Up In Hell EP G Swing / US / 2012/8/1
推薦盤!スウィング~ジャイヴな漆黒ジャズ・ハウス~ロービート!絶品です◎シカゴのベテランJAMES CURD主宰<GREENKEEPERS>傘下の<G-SWING>再始動後のリリース第6弾!

6

Derrick Harriott / Susdan Cadogan - Let It Whip / Juicy Fruit Ximeno / US / 2012/7/21
推薦盤!80'Sメロウ・ブギー/ソウルの絶品レア・レゲエ/ラヴァーズ・カヴァー!第1弾も最高すぎた、レゲエ・ジャーナリストDANNY HOLLOWAYによる再発専門レーベル<XIMENO>第2弾!

7

Cro-magnon - Riding The Storm (Idjut Boys Remixes) Jazzy Sport / JPN / 2012/7/25
推薦盤!IDJUT BOYSリミックス!今年一月に待望の復活を遂げたCRO-MAGNON、彼等のライブ定番にしてダンス・フロアを熱くする傑作"RIDING THE STORM"リミキシーズ12"!

8

The Rongetz Foundation - Gogo Soul feat. Gregory Porter Heavenly Sweetness / FRA / 2012/7/28
推薦盤!レーベル・イチオシの注目フレンチ・ビートメイカーGUTSリミックス収録!多国籍スピリチュアルジャズ・ユニット=THE RONGETZ FOUNDATION新作。feat. GREGORY PORTER!

9

Psychemagik - For Your Love Psychemagik / UK / 2012/8/1
ブラジリアン・クラシックJOYCE"ALDEIA DE OGUM"のダンス・グルーヴ・エディット!鉄板級のリリースが続くPSYCHEMAGIKオウン・エディット・ライン新作。夏を感じさせるグッド・エディット◎

10

Moodymann - Classics Vol.4 Unknown / UK / 2012/7/19
フリーDLアルバム「PICTURE THIS」収録トラック"PRAY 4 LOVE"がアンオフィシャルながらアナログ化!


 アニマル・コレクティヴの影響を公言するアーティストは、ここへきていよいよ増えている。パンダ・ベアの昨年作も変わらぬ注目を浴び、2000年代のインディ・ミュージックの礎を築いたバンドのひとつとして、また、あたらしいヴィジョンをひらいていく存在として、つねにその動向が見守られつづけている。

 爆発するようなエネルギーで曲から曲が連鎖していく新作『センティピード・ヘルツ』から、ファースト・シングルとなる"トゥデイズ・スーパーナチュラル"が公開された。

 冒頭から「行け行け行け行け!!」とエイヴィ・テアに駆り立てられ、『フィールズ』よりカオッシーに、『キャンプファイア・ソングス』よりドラッギーに、音と色とリズムとが盛りに盛られた曲である。

 「いままでとぜんぜん違うね!」という反応から「いっしょでしょ。」という感想までさまざま聞くが、前者はその巨大な熱量がドリーミーなセンスをぶち破っているところにおどろき、後者は得意の6/8アニコレ節やフレージングに対してそう言うのかもしれない。

 さて"トゥデイズ・スーパーナチュラル"はいままでとぜんぜん違うのか、いっしょなのか? そしてこの1曲から、あなたは来る9月4日(日本先行8月29日)の新譜をどう占うだろう! あなたの意見をきかせてください!

 アルバムは前作『メリウェザー・ポスト・パヴィリオン』でもおなじみのベン・アレンをプロデューサーに迎え、テキサスにて録音。しばらくバンドを離れていたディーケンも加わり、9作めへの意欲をうかがわせる。

 あと1ヶ月を心待ちに待とう。

商品情報:
アニマル・コレクティヴ / センティピード・ヘルツ

US(ドミノ)盤 2012.9.4 

日本(ホステス)盤 2012.8.29

ele-kingの読者の皆さまこんにちは。わたくしNaBaBaという者です。先日はインタヴュー記事を特集していただき、記憶に新しい方も多いかと思います。突然ですがなんと、今回からこちらで連載記事を書かせていただくことになりました。しかもテーマは海外ゲーム・レヴュー! このele-kingで! いったいどういうことなのでしょうか!?

ひとまず改めて自己紹介させていただくと、わたくしNaBaBaは本業はゲームのデザイナーとして働くかたわら、個人で絵画制作も行っており、ネットとリアル双方で活動をしております。まだまだ駆け出しの身の上ですが、先日はカイカイキキにて「A Nightmare Is A Dream Come True: Anime Expressionist Painting AKA:悪夢のドリカム」というグループ展にも参加させていただいておりました。その経緯からこちらでインタヴューをさせていただくことにもなったのです。

インタヴューでも触れていますが、僕は海外ゲームの大ファンであります。一時は年間60本くらいのペースで遊ぶこともありました。こうした趣味が昂じてゲーム会社に就職を決めたほか、自身のHPでもゲームのレヴューを書いたりもしていました。もっともここ数年はHPの方はだいぶご無沙汰していたのですが。

かつてゲーム大国と呼ばれた日本ですが、海外ゲームは日本ではとても馴染みが薄いものです。世界では300万本や400万本売れている作品が、日本では10万本にも届かないということもよくあります。それを文化の違いと一蹴するのは簡単ですが、やはり数百万本という数字を叩き出すのはそれなりの理由がある。

いち開発者としてはそういうところを学び取らなければという思いで遊んできましたし、自分以外の人たちへは向こうのゲームのパワフルさを知り、楽しんでもらいたいという思いで今まで地道に紹介をしてきました。

ここele-kingはインディーズのミュージック・シーンを紹介されるサイトです。マスほどの知名度はないけれども、そこにある価値を信じて紹介されているサイトであると思います。このお互いが見ているシーンへの思い、そこの意気投合から今回の連載をさせていただくことになったのでした。

ele-kingは現在は音楽ひとすじのようですが、これから徐々に音楽以外のジャンルも取り扱っていくときいています。その先駆けとして僕のこの連載、題して『NaBaBaの洋ゲー・レヴュー超教条主義』をお送りしていきたいと思います。みなさまよろしくお願い致します!

ご挨拶はこれくらいにして、さっそく本題に入ってまいりましょう。このレヴューの趣旨としては毎回1本の作品をテーマに、なるべくわかりやすく、しかし突っ込むところは突っ込んで、できるならそれを元に海外ゲーム全体のトレンドとかムーヴメントもご紹介していきたいです。みなさまの理解を深める一助になればと思います。

そういうことで記念すべき連載第1回を飾るのにふさわしい作品は、ズバリ『Half-Life 2』を差し置いて他にないでしょう。現代の海外ゲーム、特にFPSにおいてはその多くがこの作品が指し示した方向性の延長線上に立脚していると言っても過言ではありません。また僕個人にとっても思春期に直撃した作品として、後々のゲーム観に多大な影響を与えました。そんな多くの意味で後のゲームの先駆けとなった『Half-Life 2』。今回はこのゲームをご紹介していきたいと思います。

■04年の衝撃、現代FPSの先駆者、『Half-Life 2』

『Half-Life 2』は04年に〈Valve〉から開発・発売されたPCゲームで、SF的世界観のFPS。98年に発売された初代『Half-Life』の続編で、前作以来エイリアンや人間が混然一体となった近未来を舞台に、主人公のGordon Freemanが仲間とともに、圧政に立ち向かっていくストーリーです。

『Half-Life 2』が発売されてからもう8年も経つわけですが、この作品が出た当時は業界全体がものすごい衝撃を受けていたと記憶しています。ゲームはテクノロジーと強い因果関係を持つメディアで、新しい技術が開発されるたび、それを取り入れた新しい遊びを提示する。その繰り返しで進化してきています。

そういう観点で見ると、『Half-Life 2』はまさに従来にはなかった新技術をふんだんに使い、それまでのゲームでは不可能だった様々な表現の可能性を提示した、ブレイクスルーそのものでした。

フォトレアリスティックなグラフィックス、物理エンジンを利用した物体の高度な物理的挙動の再現、キャラクターのリアルなフェイシャル・アニメーション......専門用語をつらつらと並べてしまいましたが、要は現代では当たり前になっているいわゆる「リアル」な表現を、現代の作品へと続くクオリティで初めて提示したのが『Half-Life 2』だったのです。


リアルな表情を見せるキャラクターとのドラマ。それまでのゲームでは考えられないことだった。

しかし上記の技術的ブレイクスルーのみが本作の特徴だったとしたら、後年にいたるまで絶対的な影響力を放つ作品にはなりえていなかったでしょう。『Half-Life 2』の同年に発売された〈id Software〉の『DOOM 3』がまさにそういう作品でした。

〈id Software〉といえばFPSというジャンルを始めて世に確立せしめた『DOOM』を生み出した、老舗にして業界トップの開発会社でした。圧倒的技術力を誇る同社が当時開発していた『DOOM 3』もまた『Half-Life 2』と同じく最新技術のショーケースで、当時は二大FPSの巨人の頂上決戦と、前にも後にもこれ以上無いんじゃないかというくらい盛り上がったものです。


こちらはDOOM 3。FPSの始祖の最新作。Half-Life 2と二分する、04年のもうひとりの主役だった。

最終的にどちらが勝利したかというと、それは今回主役の『Half-Life 2』でした。本作の勝利は歴史が如実に語っており、後続のゲームは『DOOM 3』の作風ではなく、『Half-Life 2』の影響を受けていったように見えます。

どちらも技術的には最先端を走っていたはずなのに、いったいどこで差が出たのか。いまから思えば『DOOM 3』は確かに最先端の技術を搭載はしていましたが、ゲームとしての遊び自体は従来の方法論の延長線上にあるに過ぎなかったのでしょう。べつの言い方をするなら、見た目はすごくリアルになったけれども、正直、昔のままのリアルじゃない見た目だったとしても、ゲームとしてのおもしろさはそこまで変わらないのではないか、とか。

その点が『Half-Life 2』はちがいました。最先端の技術と、その裏づけなくしては表現しえない「没入感」があったのです。ちなみに「没入感」は僕がゲームを遊ぶ上で最重要視している要素のひとつ。『Half-Life 2』には他にも語れる点はたくさんあるのですが、今回は後続へ与えた影響も鑑みて、『Half-Life 2』の持つ「没入感」に話題を絞って解説していきましょう。

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■没入感の追求とは

さて、「没入感」といってもゲームを普段遊ばれない人はピンとこないと思います。実際これはゲーム特有の感覚で、言語化するのがなかなか難しいのですが、しいて言うなれば「ゲームと自分という一歩引いた距離感を取り払い、自分がまるでゲームの主人公になりきり、ゲーム内で起きたことを我が身に起きたことのようにありありと感じられる状態」、でしょうか。

これはゲームに「熱中」している状態とは一見同じようでまったくちがいます。「熱中」というのは、たとえばテトリスを遊んでいたとして、どんどんブロックの落ちる速度が速くなり、それに対応してミスすることなく消しまくっている状態がそれです。言いかえるなら徹底的な効率化であり、まるで機械になったかのようにミスなく特定の操作を繰り返していく状態のことを指します。

『Half-Life 2』はまさにいま示した「没入感」の方を追求した作品。ゲームをより良いスコアでクリアしたり、高い難易度をミスなくクリアすることを目的とするのではなく、ゲーム内の出来事をありありと感じ入ることを優先的に考えた作品でした。しかしありありと感じるためには、それに耐えるだけの説得力、リアリティが必要です。そのために本作は先ほど挙げたフォトレアリスティックなグラフィックスだとかという、数々の最新技術を必要としたわけです。

しかし広く捉えれば、「没入感」を重視したゲームは『Half-Life 2』以前にも無かったわけではありません。本作が旧来の「没入感」志向のゲームの中でもひときわ革新的と評価されたのは、ゲームのはじめから終わりまで一貫して主人公の一人称視点で展開されること、どんなときでもプレイヤーの自由操作を奪いきらないこと、そして最も重要なのが、それでいてシネマティックな演出あふれる展開を描いたことの3点があったからです。

『Half-Life 2』、というよりも『Half-Life』シリーズにはカット・シーンというものがありません。カット・シーンというのはつまりゲームの合間にストーリー進行的な意味あいで挿入される映像のことですね。ゲーム・プレイだけでは追えないストーリーの複雑な部分を説明できるので、多くのゲームが使う手なわけですが、遊び手としてはそこを操作させろ! と思うこともよくあるわけです。

その点『Half-Life』シリーズはどんな時でも一人称視点のままゲームが進行する、つまりすべてを自分自身の視野で目の当たりにすることになるわけです。しかも基本的に自由操作が奪われない。仮に動けなくても、その時は拘束されているとかハッキリとした理由があり、そういう状況でも視点を動かすことはできる。見たくなければ目をそらしてもいい。

等身大の視点で強引な束縛を受けずに、事態を体感することができる。こうした作りが、従来のゲームのやらされている感や、見せられているだけ感を払拭し、自らの意志で立ち会っている感、ひいては自らなりにありありと感じる「没入感」を表現しえたのです。


主観視点に徹する作品はFPSのなかでも実は珍しい。Half-Lifeシリーズはそのようなゲームの代表格だ。

■初代『Half-Life』と『Half-Life 2』のちがい

ただこの一貫した一人称視点と自由操作の2点は、実は先程“『Half-Life』シリーズ”と呼んだように、そもそもは98年の初代『Half-Life』の発明なのです。しかしそれで『Half-Life 2』の評価を下げるのは早計ですよ。前述したように、そこにシネマティックな演出を共存させたことこそが『Half-Life 2』の革新性なわけですから。

先に初代『Half-Life』ついて少し触れてみましょう。この作品は先の2点を発明した、いわばゲーム内世界を等身大に感じさせることに注力した初めての作品だと言えます。むしろこの2点以外にもゲームのあらゆる要素が等身大であることに強くこだわっていたとも言えるでしょう。

たとえばプレイヤーの分身となる主人公のGordon Freemanは、屈強な兵士でも魔法使いでもなく、ただの科学者という設定。舞台も地味な科学研究所。実験失敗から異世界への扉が開き、研究所内をエイリアンが跋扈するというストーリーはセンセーショナルですが、かといってそれを誇張するわけではなく、ただ事実を積み重ねていくだけのように、その後の研究所の様子を淡々と描いていくことに終始します。ただしその淡々とした様子自体はしっかり描ききる。

そのどこまでも等身大であることに徹底したことが、まるで記録映像のようなリアリティ、もといただの人間=プレイヤーが突然渦中に放り込まれてしまった感がすごく出ていました。当時のゲームはどれも宇宙海兵隊だとか地獄の使者だとか、フィクション性が強く、またストーリーはあってないような作品ばかりだったこともあり、いままでにないストーリーと、それを体感させる仕組を編み出した名作という評価につながったのです。


Half-Lifeはモノレールに乗って出勤するシーンから始まる。記録映像的な本作を象徴する場面だ。

しかしこれはべつの見方をすると、初代『Half-Life』の表現は、リアリティある体験を描きたいのだが、当時の技術ではどうあがいても宇宙海兵隊にリアリティを持たせることはできない、というところからの逆説だったとも捉えられます。嘘だとバレやすいフィクション性や演出を徹底的に排除していって、結果として記録映像的な展開に行き着いたというような。

ところが続編の『Half-Life 2』ではそれが一転します。主人公のGordon Freemanは前作の事件の生き残りとして英雄視され、舞台のCity 17もスチーム・パンク的なケレン味が増しています。ゲームの目的も前作のただ生き残ることから圧政へのレジスタンス活動へと変わり、仲間とのヒューマン・ドラマあり、戦闘ヘリを相手に激しいカー・チェイスを繰り広げる場面もありと、とにかくすべてがシネマティックな方向性へと変わりました。

ある意味この変化は初代がこだわった等身大からの脱却です。みなから尊敬される英雄で、激しいアクションで敵をなぎ倒していく様子はもはや以前のしがない科学者とは思えません。嫌味な言い方をするなら、かつて初代で否定した宇宙海兵隊と同じではないか。しかし驚くべきことは、そんな設定や演出でも没入できるわけですよ。最新技術を駆使した随所のリアリティの向上によって!

先ほども少し触れたとおり、ゲームはもともと複雑なストーリーを描くことが苦手です。少なくともアニメや映画といった従来のメディアと比べるとすごく苦手。ゲームとはプレイヤーが自分の意志で気ままに操作するものですから、強固なストーリー・ラインを構築するのが難しい。がちがちにストーリーを決めて、主人公がやることなすこと全部決めてしまっては、逆にプレイヤーがわざわざ操作する意味がなくなってしまいます。

こういったジレンマに、多くのゲームはカット・シーンの挿入という安易な方法にはしったり、荒いポリゴンの感情移入しきれない寸劇に甘んじたり、初代『Half-Life』は記録映像的な変化球で対応した。そんななか『Half-Life 2』は、真正面からゲーム・プレイそのもののなかに劇的な演出を混在させ、それをリアリティと感じられる水準まで作りこんだ、初めての作品と言えるでしょう。

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■『Half-Life 2』以後のゲーム

この『Half-Life 2』の登場以降、業界全体のグラフィックス技術の大幅な上昇により、技術向上の恩恵を受けやすいFPSの一大ブームとなり、没入感重視のゲームもいっきに増えました。

ゲームの発売には周期性があるのがおもしろいもので、だいたい1本のゲームを開発するには、現代では2年から4年ほどかかると言われています。だから04年に発売した『Half-Life 2』の影響を受けたゲームが世に登場するのはだいたい07年くらい。

実際その年には『Call of Duty 4: Modern Warfare』や『Bioshock』等といった、『Half-Life 2』のコンセプトを独自解釈・発展させたかのような作品が多数登場するにいたっています。これらの作品も、後々この連載で取り上げていくことになるかもしれません。

一方で『Half-Life 2』の後続への悪しき影響についても触れておきましょうか。「没入感」という点では非常に秀でたものを持っていた本作でしたが、ゲーム・システムそのものの完成度であるとか、駆け引きの面白さはいまひとつな出来となっています。

ひと言で表すなら散漫なんですね。各チャプターごとでステージごとのコンセプトがころころ変わる。そこまでは体験のバリエーションが多いってことなのでべつにいいのですが、おもしろさまでころころ変わって出来不出来の差が激しいのは問題。

純粋なゲーム性のおもしろさを求めた人からはこの点が不満としてあがりがちで、またそういう人たちにとっては本作の人間ドラマだ演出だってのは不要なものという意見も多かった。いいからはやく銃を撃たせろよ! ってことですね。そういった求めるもののちがいにより当時から賛否両論を招く作品でもありました。


ゲーム中2回登場する乗り物によるチェイス・シーンは退屈だとする意見が多い。

そしてこの『Half-Life 2』の登場以降、演出重視でゲーム性イマイチみたいな作品を見ることが多くなっていきましたね。作品として勝負する点が変わってしまったということです。

これは本作の影響のみならず、2006年末に発売されたPlayStation 3により口火を切ったいま世代の家庭用ゲーム機の登場、それによるゲームのより広いユーザーへの浸透や、そのなかでより遊んでもらうための訴求性の追求だとか、もっとマーケット全体の傾向からの結果でもあります。しかしその先駆けだったのは『Half-Life 2』。それはまちがいありません。

■まとめ

というわけで今回は『Half-Life 2』というゲームを、良きにつけ悪しきにつけ今日のFPSに多大な影響を与えた歴史的意義の深い作品として、連載第1回目にご紹介させていただきました。

今回初回ということもあり、概要の説明もまじえてかなり長文となってしまいましたが、みなさまいかがでしたでしょうか。『Half-Life 2』は今回取り上げた以外にもまだまだネタのつきない作品で、というよりも開発元の〈Valve〉自体がゲーム業界の異端児かつ先行者といった感じで、本当に話題に事欠きません。というよりもむしろ台風の目のようにつねに話題の中心にいるような会社です。

おそらく今後の連載でも何度もその名前を見ることになるでしょう。その意味でもそんな〈Valve〉の代表作の『Half-Life 2』はぜひ取り上げようと思いました。

さて次回は、視点を変えて今年発売された最新のゲームのなかからひとつ紹介させていただきたいと思います。最後までご拝読ありがとうございました。それではまた会いましょう。



電気グルーヴ vs 神聖かまってちゃん - ele-king

 7月25日、奇しくもよい子たちの終業式である。リキッドルーム恵比寿移転8周年を記念するイヴェント「電気グルーヴ vs 神聖かまってちゃん LIQUIDROOM 8th ANNIVERSARY 」が終わり、夏休みモードと猛暑が残した熱気にあてられながら帰路についた三田格と橋元優歩であったが......
以下、往復書簡形式にて本イヴェントのレヴューをおおくりします!


■神聖かまってちゃん1:橋元→三田

三田さんへ

 たぶん今回はリキッドルーム自体のアニヴァーサリー・イヴェントということもあるので、なかばゲスト的なスタンスというか、ワンマンでがっつり魅せるときの構成ではなかったのかなとは思います。ですが、生で観るのは初めてだったので、ふつうに"ロックンロールは鳴り止まないっ"が鳴りだしてすごくテンションあがったりしました。これは2曲めでしたね。かつてはじめてこの曲を耳にしたのは、地元のツタヤでだったんですが、不思議とそのときの体験と同質なものを感じました。

 というのは、ああいう場所でかかっているBGMって、ときどきびっくりするほどダイレクトに耳に届いたりするじゃないですか。それで、そのときはまずピアノのリフが聴こえてきたんです。今回も「わあはじめて観るなドキドキ」とか思ってぼーっとなっていたとこにピアノが聴こえてきました。そのあとはっと気づくと徐々にの子のヴォーカルが届いてくるんですね。ヘッドホンなんかでUSBメモリみたいに脳に音を直挿しすると、の子っていう意味性とか言葉から先に入ってくるんですけど、空間的に再生されるとあの強烈なピアノが先にきて、ノイジーな外気をなぎ払う。そしての子がそのノイジーなところ(≒社会空間)に入ってくるのを助けるんじゃないかなと思ったんです。かまってちゃんのバンド力学について、そんなふうにまずいろいろと考える部分がありました。MCのかけあいなんかでも同じ構図なんだな、とか。

 しかしあの歪みない(笑)メロディ、奏法ってなんなんでしょう。三田さんが、音楽を聴くというのは感情の幅を聴くこと、というふうに以前におっしゃっていてすごく合点がいったんですけど、ピアノ教室とかだと一般的にはそれを音の強弱で表現するように教わるんじゃないかと思います。繊細なタッチの使い分けで陰影をつけろ、みたいな。monoのキーボードがそういうタッチに対応できるようになっているのかどうかは知りませんが、すごく平坦で明瞭ですよね。メロディも過剰にエモーショナルで、引きを知らないというか。でもすごく感情の幅を感じます。菊地成孔さんは『ele-king vol.6』で、テレビのサントラだと感情のはっきりしたところから使われてしまうというようなことをおっしゃってました。それで言えば、monoのは感情のピーク・ポイントばっかりずっとつづくアニソンとかに近い方法を感じますが、同時に作家主体や感情の幅......というか大きさなんですかね......もはっきりあって、感心します。

 の子は感情そのものでした。すごく客観的に事態を見ていて、ステージを進行して構成していく意識も明確に感じるんですけど、そういう冷静さと食い違わずに、というかそれをなかに含みこんだ巨大な一個ですね。あの感情にふれているだけでなにかを観にきた気持ちになります。清志郎とかジョン・ライドンとかと比べてどうですか? あと、CDだと少しぼやけるんですけど、ライヴではあのヴォイス・チェンジャーがすごく自然に身体と結びついているのがよくわかりました。あれはシャウトなわけで、ふつうに叫ぶんじゃ限界があるから呼び出された表現だと思うんです。あれだと性別も超えられるから、表現できる感情の幅も単純に2倍になるというか。

 だから"白いたまご"も"黒いたまご"もすごくよかったです。はやくライヴで聴くべきでした。わたしは『つまんね』が好きなんです。『つまんね』のときにチルウェイヴって言っといてよかったです! "黒いたまご"なんてとくにそうですけど、すごくディスコっぽく演奏されててなるほどと思いました。チルウェイヴからシルク(〈100%シルク〉)への流れがすっぽり収まってるじゃないですか! 無意識でしょうし、もしかしたら関連がないかもしれないですけど、時代ってそんなふうにとらえられていくものじゃないですか。

 かと思えば"通学LOW"のノイジーでエクスペリメンタルなジャンク・サウンドは目も綾という感じで、これもかっこよかったです。中盤の腰の部分をすごく支える好演奏でした。ちばぎん、みさこといった個性はこういうところで頼もしいというか、リズム隊はゆったりと、あるいはふわっと後ろから見守りながら、ファンキーな表情とかミクスチャーっぽいヘヴィさみたいなものまで、けっこういろいろ地味に試している印象でした。"いかれたニート"なんかも面目躍如ですよね。これもすごくよかったです。

 "聖マリア記念病院"は、恥ずかしながら知らなかったのですが、うちに帰って聴くとポニーテールとかもっと言えばダン・ディーコンとか、それからハイ・プレイシズとかをクラウドっぽくしたというか、シューゲイザー化したという感じの、しかもUSインディを勉強しましたというような道順をぜんぜん持たない、なにか別ルートからそれをやったという具合の、なかなかの子の次の展開を期待させる問題作なんですよ。PVもすばらしい。けどこれのライヴの印象がぼやけてるんですね。曲名だけすごい記憶に残って。だからおそらく、これだけはライヴでうまく表現しきれなかったんじゃないかと思います。動画では初見で驚く曲なんで、もっと衝撃を受けたはずなんですよ。(ちょっと、リンクは削除されててこれだけしかないんですけど https://www.youtube.com/watch?v=P8ayUSEP6Fs

 だいたいこういったところが大まかな感想です。会場の雰囲気も親密だけど閉鎖的ではなくて、よかったです。飛んでくるヤジとか声援がすごくニコ動っぽいというか、文字で見えました。「死ね」って超合唱してましたけど、ぜんぜんカラッとしてましたね。噴き上るとかでもなくて。メッセージというより、これはやっぱり歌になるまで練磨されたものだったんだなと思いました。イギリス人が"ホワットエヴァー"とか合唱するかんじで、むしろソングライティング力すら再確認させられるという「死ね」でした。

 なんかかなり全肯定って感じなんですけど。


■神聖かまってちゃん2 三田→橋元

橋元さんへ

 楽しんでますね。初めてみると、そうなのかもしれないけど、僕は全体にスランプなんだなと思いました。MCで枝豆ばかり食べていて、曲がつくれないといってた通り、次にどうしていいのかわからない感じがライヴにも出てた。これまでやってきたことを捨てるわけでもないから、まずは罵りが芸みたいになっていて、いまのままで固定すると泉谷しげるになるしかないし、オーディエンスと別なコミュニケイトのチャンネルを探ってる感じもあった。自然にやるのはまだ抵抗があるみたいだから、やたらと目を剥いて見せていたけど、やっぱり過剰だったよね。首も前はあんなに振ってなかったんじゃないかな。前みたいに曲に集中できないのかもしれないけど、無理に気持ちをアップさせる曲よりは"いかれたニート"のようにベターと這いずるような曲調は悪くなかったので、いろいろやらないで、ヘヴィな曲ばかりやるのも手だったんじゃないかとは思った。そこは電気グルーヴとの対バンという企画が災いした部分でもあるでしょう。電気グルーヴがステージで「神聖かまってちゃん」というバンド名を口に出したのは2回ぐらいだったと思ったけど、神聖かまってちゃんは何回、電気グルーヴと言ったかわからないぐらい連呼してたよね。それだけ意識してたんだろうし、だったら、電気グルーヴの曲を自己流にアレンジしてやった方がまだしもだったよね。

 以前だったら、会場を本当に白けさせてしまうようなことも平気でやれたのに、そうはしないのか、そうはできなくなったのか、良くも悪くもプロフェッショナルになってはいるので、感情の幅が狭くなっていることも確かです。もしかするとそのことに葛藤があるのかもしれないし、いちばん気になったのは「若い」ということを2回もMCで言っていたこと。僕は少なくとも若いから神聖かまってちゃんに注目したわけではないので、そこに価値観を置いてもしょうがないと思うんだよ。もしも、以前のようにはできないという葛藤をそこに(無意識に)すり替えてしまうなら、あまりいい結果を生むとは思えないし、そもそもこういったことは言葉に頼らない方がいいはずなので、その辺りは早めに抜けて欲しいとは思った。いわゆる自分を見失っている状態というやつなんだろうけど、清志郎に言わせれば「自分を見失ってからが面白い」ということなので、いまの状態をなるべく楽しんでいただきたいとは思いますけど。ただ、の子のスランプがそれほど本格的じゃないのは、ほかの誰かが引っ張るモードではなかったので、まだまだ余裕があることも確か。バンドのいいところは全体をドライヴさせる人が交代できるところだよね。これがテクノのプロデューサーだと名義を使い分けたりして気分を変えるんだろうけど、バンドはひとりだけが消耗していくとすべてが終わってしまいかねないので、ホントにヤバかったら、ドアノブ少女ことみさこちゃんとかがもっと出張っていって、の子を休ませるようなステージングになっていくはずだから。つーか、みさこちゃんがぜんぜん喋ってくれなくて残念だった! 僕の場所からはハイハットの下側にみさこちゃんの意地悪そうな口だけが見えていて、顔がぜんぜん見えなかったんですよ! 口だけでもスゴいインパクトだったけど!

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■電気グルーヴ1 橋元→三田

三田さんへ

 ああ......。三田さんのおっしゃることは、言われればどれもそのとおりだと思います。たしかに、こんなにきっちりしたものなのかというふうには感じました。ちゃんとしたライヴをやるんだなと。なにが起こるかわからないというふうではなかったです。そこは数々つたえられているような不安定で緊迫したステージを観てみたかったとは思います。ただ、そういう事件性が目的化してしまうのは最悪なので、そのときそのときの自然さに合わせてやるのは間違ってないとも思います。以前のような種類のエネルギーとのギャップをまだ肯定的に解決できていないことは、「目をむく」ことにあらわれているわけですから、在り方の模索が大きい課題になっているわけですよね。お客さんの雰囲気はほぼ見守る体勢だと思われますが、そのように流動性の低い客層を抱えることは諸刃というか、「泉谷しげる」を超先鋭化させる方法があればそれもよしと思いますが、なにかすごくオリジナルなやり方で、まためちゃくちゃな層を巻き込んでほしいです。

 「若さ」の問題はわたしも気になりました。それは言わない方がいいというか、当人的にも偽りのある言い方じゃないかと思いました。「目をむく」同様に、過去と比較しての不全感とか焦りとかから出てきているように見えます。

 電気グルーヴのほうもうかがっていきたいと思います。わたしでも知っている有名な曲ばかりでしたが、わー歴史的なユニットのライヴを観た! というミーハーなテンションの上がり方以外には、わたしのテクノ・ヴォキャブラリーの貧困さのせいかあまりどう楽しんでいいかわかっていなかった部分があります。いろんなジョークなんかが散りばめられているのかもしれない、でもきっと自分には何割かしかわかってないのかも、という具合です。そこのところを解説いただけませんでしょうか。トークもおもしろいし、笑顔もピースフルで、居酒屋のマスターが「楽しんでいってよ」って言って調理場に消えていく感じがよかったです。すごく上級の芸をみんなでおおらかに満喫するといったアダルトな雰囲気を感じました。

 後ろの映像が「アシッド・ハウス」とか「ボディ・ジャック」とか身体的に音楽を受け取るようにというようなメッセージをサブリミナルに発信しつづけるのが不思議でした。脳でキャッチするメッセージを用いて、身体的快楽もしょせん脳で感じていることだというようなアイロニーを表現しているのでしょうか?

 あとは「富士山」の大合唱がみるみるうちにビートを骨抜きにして、日本的な一気コールみたいにベタッとしたものへと変貌していったのが、インスタレーションのようでおもしろかったです。


■電気グルーヴ2 三田→橋元

橋元さんへ

 ローリング・ストーンズは70年代にライヴで「サティスファクション」だけはやらなかったらしいんだけど、80年代になるとまた演奏し始めたんだって。要するに「お望みのローリング・ストーンズをお見せしましょう」という境地だよね。いまの電気グルーヴもそれだと思う。石野卓球という人は調子が悪くても絶対にそれを気取らせないから、本当に楽しいのか、楽しそうにしているだけなのか、まったくわからない。とんでもないショーマン・シップの持ち主だよね。の子と違って、音が鳴り出した途端に、自分が真っ先に音のなかに埋没していったように見えたし、それだけでオーディンスも引きずられる。余計なことを考えさせずに、掛け値なしに楽しませてくれたと思います。20周年のときは、あれが5時間続いてもまったく飽きなかった。最近、よく言っている「電気グルーヴでございます」というのは、僕にはどうしても「三波春夫でございます」に聞こえるよね。

 神聖かまってちゃんのライヴが40点ぐらいだとしたら、電気グルーヴは90点以上の満足度だったかな。ただ、結果を知った上で、どっちかひとつしか見てはいけないといわれたら、やっぱり神聖かまってちゃんを観たいなと思うんだよ。それは、いま、かまってちゃんが変化し続けているからで、電気グルーヴはいつ観ても同じともいえるから。こういうのは週刊誌的な興味でしか観ていないとも言えるので、自分を「金髪豚野郎」並みの下衆だと自覚することも必要だとは思う。どっちに転ぶかわからない不安定な「人間」に対する興味が優先して、完成された芸を楽しめないんじゃ、ワイドショーと視線は同じだから。人間が大事なのか、音楽が大事なのか、切り離せるのか、切り離せないのか、といった議論はさておくとして。

 「ジャック・ユア・ボディ」とかはサブリミナル・メッセージじゃなくて、曲に合わせてアシッド・ハウスの曲名を羅列してるだけで、「みんな、あの時は楽しんだよね」ということだと思うよ。『あの花』でアナルたちが「ハム太郎」の落書きを見つけた時と同じ? だから、橋元さんみたいに受け止めてしまう世代がいることはきっと想定してないだろうねw。「身体的快楽もしょせん脳で感じている」のは多分、橋元さんだけで、あの時、ときどき、橋元さんが視界に入ったんだけど、あれだけみんなが踊りまくっているフロアーでたったひとりだけ鍾乳洞かと思うほど微動だにしなかったでしょう。僕は橋元さんがいちばん恐ろしかった。しかも、本人的には「ミーハーなテンションの上がり方」だと言うじゃないですか。計り知れない溝を感じます。電気グルーヴが終わっていくとしたら、こういうところからかもしれない......とか。

 あと、『ガリガリ君』を聴いていて、いまニコ動なんかでアニメのシーンにブレイクコアなんかを勝手に合わせている「作品」は全部、電気グルーヴの拡大再生産でしかないなーとも思った。コミュニケイション機能としての部分を除いてしまったら、20年前と同じことをやっているだけで、なにも新しさはないなーと。電気グルーヴが世の中に訴えかけたことがまだ有効だから、ああいうことになっているんだなと。

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■電気グルーヴ3 橋元→三田

三田さんへ

 いやいや、ちがうんですよ! わたしの前にいたふたりくらいみませんでした? 女の人と男の人で、女の人は20代後半ぽくて、男の人は20代前半かへたしたら10代。このふたりがまたピクリともしなかったんですよ! どころか男性の方はなんかしらないけどどんどん後退してきて、ただでさえ背が高いのに真後ろのわたしにどんどん接近するものだから、前が見えないし、そのたびにわたしもうしろを気づかいながら後ずさりしなきゃいけないしで、ちょっとイライラしたくらいです。ふつう前になだれることはあっても、バックするなんてことありますか?

 たぶん彼や彼女もよくわからなかったんだと思うんですね。自分もあんまり動いてない自覚はあるので、「ここの三角形ヘンだよな」とか思いながら、でもそのふたりが許されている空間なので、ありがたいな、とか思ってました。たぶんまだまだ同じような人がいます。あと、あれでも橋元はのっています。(ながらくヘッドホンのなかに音楽があると思っていたので、端的にライヴ空間で音を聴くことに慣れていないのと、壇上に人が立っていたら目を見て話を聞かなきゃいけないという父のしつけのために、超、壇上の人の目を見ていたため身体が動きにくかったのです。)

 要は馴致の問題というか、三田さんがおっしゃるようにそれが完成された芸ならなおのこと、その芸の「見方」「楽しみ方」の学習が必要なのではないかと思います。われわれは学習が足りなかったということです。ただ、もし新しいものであれば、あるいはリアル・タイムで聴いていたら、すんなり理解していたかもしれません。新しい音楽を聴くことはやっぱりラクなことです。人間、歴史を知ってゆたかになるものだと思いますので、チルウェイヴをだらだら聴くだけじゃだめだなともわかってるんですよ。(そのこととチルウェイヴ自体の意義とは別ですが。)

 この理屈は踊っている人にも同様に当てはまります。踊っているのは馴致の結果ではないのかという。それでべつになんの不具合もないのですが、踊らない人がいることに筋がとおります。もし、それをかけたらサルも踊る、草花がそっちに向いて咲いたり逆を向いたりする、そんなレヴェルでビートやリズムを正当化する人がいれば、そういう人には疑問を付さざるを得ないです。

 「ショーマン・シップ」は本当によく理解できました。「若さ」という言葉の詐術というか暴力の大きさを飲み込んでいる感じはわたしにもよくわかったので、やっぱりすごいんだなと思います。『ガリガリ君』とニコ動のお話もよくわかるというか、ニコ動には大して通じていないのでなんとも言えないのですが、この前の〈100%シルク〉のイヴェントで、スーパー旅館など奇怪な施設のお座敷や、そこで供されるすきやき鍋、歌い騒ぐホワイト・カラーのイエロー・モンキー、そうしたものが消費社会のなかで演じたこっけいな役割を批評的に切り出そうとするように、昔のCMが使用されていたんです。そのヴィデオ作品の既視感たるや、『ガリガリ君』を1歩も超え出ないものではありました。ゴージャスなビーチや高層ビル街のイメージも批評なのかそのまんまなのか多用されていましたが、同様です。シルクの功罪を見る思いがしました。ジュリア・ホルターアマンダ・ブラウンのいないシルクは、ああした解釈をたやすく許します。関係ないですけど、トロ・イ・モワが"タラマック"のヴィデオでみせたのは、枯野でセーターを着てやる手持ち花火であって、輝く摩天楼やイビサに上がる打ち上げ花火じゃないですよ。『ガリガリ君』を超えるなら、日本の"タラマック"を作らなければならないと思います。

 そして、かまってちゃんの"聖マリア記念病院"のPVは"タラマック"に通じるものがあると思います。これはわたしとても好きなんです。このフィーリングをステージに持っていったりできたら、三田さんがおっしゃっていたような、これまでの在り方とはまったくちがうかたちで、会場をしらけさせたり夢中にさせたりできるかもしれないなと思います。


■まとめ 三田→橋元

橋元さんへ

 電気グルーヴと神聖かまってちゃんという組み合わせはわかったようなわからないようなところがあるよね。最後まで観て「なるほどー」とも思わなかったし、だからといって、まったく合ってなかったとも思わなかったし。前に湯浅湾と相対性理論のジョイント・ライヴを観たときは、最後に合体ヴァージョンもあったので、接点をそのまま見せてくれたような気もしたんだけど、電気グルーヴのエンディングにの子が出てくるということもなかったし。そういう意味では別々のライヴを立て続けに観たという印象を超えなかったので、企画イヴェントとして考えると、そこはちょっと物足りなかったかなと。まー、でも、この暑いなか、橋元さんの挙動も含めて楽しいひと晩を過ごさせていただきました。あと、気がかりなのは、あれだけ卓球が「買うな、買うな」と連呼していたTシャツが実際には売れたのかどうかでしょう。頼むから、その結果を誰も教えないで欲しいけど。


Tシャツの商品名は「フォーエヴァーTシャツ」であった。どこかの田舎のおじいさんが描いたという触れ込みで、ふたりの似顔絵に「いつまでも...」と筆文字で添えられてある。
それは、三田格の指摘する「芸」をめぐるスタンスや経験の問題について、この日電気グルーヴと神聖かまってちゃんの双方を照らした奇妙な光源であったように、またいっけん無関係な両者が偶然にも交差してしまったモチーフでもあるように、橋元優歩には思われたのであった......La Fin

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