ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Wunderhorse - Midas | ワンダーホース
  2. interview with Sonoko Inoue ブルーグラスであれば何でも好き  | 井上園子、デビュー・アルバムを語る
  3. MODE AT LIQUIDROOM - Still House Plantsgoat
  4. Seefeel - Everything Squared | シーフィール
  5. Mark Fisher ——いちどは無効化された夢の力を取り戻すために。マーク・フィッシャー『K-PUNK』全三巻刊行のお知らせ
  6. Columns 9月のジャズ Jazz in September 2024
  7. interview with Still House Plants 驚異的なサウンドで魅了する | スティル・ハウス・プランツ、インタヴュー
  8. interview with Tycho 健康のためのインディ・ダンス | ──ティコ、4年ぶりの新作を語る
  9. KMRU - Natur
  10. Gastr del Sol - We Have Dozens of Titles | ガスター・デル・ソル
  11. R.I.P. Tadashi Yabe 追悼:矢部直
  12. Black Midi ──ブラック・ミディが解散、もしくは無期限の活動休止
  13. interview with Wool & The Pants 東京の底から  | 德茂悠(ウール&ザ・パンツ)、インタヴュー
  14. ele-king Powerd by DOMMUNE | エレキング
  15. Columns Nala Sinephro ナラ・シネフロの奏でるジャズはアンビエントとしての魅力も放っている
  16. interview with Jon Hopkins 昔の人間は長い音楽を聴いていた。それを取り戻そうとしている。 | ジョン・ホプキンス、インタヴュー
  17. Overmono ──オーヴァーモノによる単独来日公演、東京と大阪で開催
  18. DUB入門――ルーツからニューウェイヴ、テクノ、ベース・ミュージックへ
  19. talking about Aphex Twin エイフェックス・ツイン対談 vol.2
  20. Eiko Ishibashi - Evil Does Not Exist | 石橋英子

Home >  Reviews >  Album Reviews > 相対性理論- シンクロニシティーン

相対性理論

相対性理論

シンクロニシティーン

みらいrecords

Amazon iTunes

宇野維正   Apr 19,2010 UP
E王

 先日、Spangle Call Lili Lineの藤枝憲と、そのシングルのプロデュースを手掛けた相対性理論の永井聖一の対談をする機会があったのだが、そこで藤枝は相対性理論のことを「はっぴいえんど、YMO、フリッパーズ・ギターに続く存在がようやく現れた」と語っていた。自分も基本的にその意見に強く頷く立場である。これまでの日本の音楽業界のしきたりをすべて無効にしてしまうような存在、周りのものを全部古くさく見せてしまうような毒っ気、自分たちのルールでしか動かない不遜さ。それに加えて、数々の共演歴や共作歴からわかるように、彼らは日本のアンダーグラウンド・ロック史や同時代のアート・ロックに愉快犯的に介入し、歴史を書き換えようとさえしている。そんな企みに鈍感なリスナーの一部には、その歌声やナンセンスな歌詞のイメージから、安易にオタク・カルチャーと結びつけてその存在を軽んじる向きもあるが、彼らはそんな誤解をも巧みに利用して、「相対性理論を否定するのはカッコ悪い」という現在の状況を作り上げてきた。このレヴューを書いてる時点で、日本で彼らよりたくさんのCDを売っているのがAKB48だけというのは、そんな彼らの目論見がここまで見事に成功している何よりの証拠だろう。

 相対性理論を音楽的に特徴づけるもの、それはその計算され尽くされた中毒性にある。彼らは、「ポップとは物語ではなく、まるでゲームや麻薬のように何度も何度も繰り返したくなるようなもの」であることに、日本のどんなミュージシャンよりも自覚的だ。だから、今作にようやく収められた彼らの代表曲のひとつ"ミス・パラレルワールド"の「東京都心はパラレルパラレルパラレルパラレルパラレルパラレルワールド」というまるで呪文のようなやくしまるの歌に、もし気味の悪さのようなものを感じるとしたら、それはアディクトを怖れる人間の本能として正しいリアクションなのだ。

 そして今作には、もうひとつの明確な目的がある。それは、彼らの存在が広く知られるようになった前作「ハイファイ新書」リリース以来、いろんなところで語られるようになった「キーマン=真部脩一」説を払拭するということだ。結果として今作は、反復するコンセプチュアルアートとしての相対性理論をより進化させたものではなく、メンバー全員がコンポーズ及び詞作に関わった、相対性理論の拡大再生産的楽曲集となっている。これまでライヴで演奏してきた未発表曲がほとんど収録されていることからも、これがタネもシカケもない相対性理論の現在すべてだと言うことができるだろう。

 もっとも、これまでライヴで聴いたときの印象と、今作で聴くことのできる楽曲群の印象は微妙に異なる。今作では、精密に空間設計されたギターの配置やフレージングから、16ビート、変拍子を巧みに操るドラム、そして曲によって実はかなりファンキーなベースまで、徹底的にメンバー全員が演奏者として「相対性理論の中毒性」をブラッシュアップした上で、意図的にヴォーカルの録音レヴェルを上げている。そして、そこでやくしまるえつこは楽曲ごとに声を使い分け、「私は操り人形じゃない!」とばかりに初めて感情を入れて歌っている。

 そこからうかがえるのは、このバンドが各音楽メディアとの慎重な距離の取り方とは裏腹に、自分たちの音楽そのものへの批評に対しては意外にナイーヴだということだ。おそらく今作における作詞作曲、および演奏と歌唱法における、「4人で相対性理論」という強固なスタンスは、この先も継続されていくはずだ。そして、そこからハミ出していく各メンバーのエゴは、今後さらに盛んになっていくに違いない課外活動のほうに吸収されていくのだろう。

 先日の渋谷AXでの渋谷慶一郎とのライヴではその片鱗を聴かせてくれたが、音響面を強化、整備するだけでも、このバンドの「聴かせ方」や「見せ方」にはまだまだ大いに伸びしろがある。ただ、そんなふうな生け花や盆栽的な観賞物としての完成度を高めていくだけではない、『シフォン主義』や『ハイファイ新書』をさらに刷新していくような思いもよらない斬新なアイデアとその実践を、自分はどうしても彼らに求めてしまうのだ。フリッパーズ・ギターは3枚で終わったが、きっと相対性理論にはまだまだ続きがある。今作はそのための、これまでの状況整理を兼ねた集大成的なアルバムだと思っている。

宇野維正