「S」と一致するもの

Tortoise - ele-king

 去る6月、立川ステージガーデンで催された〈FESTIVAL FRUEZINHO 2025〉にて来日を果たし、みごとなパフォーマンスで観客をわかせたトータス。ひさびさのニュー・アルバム『Touch』が11月5日にリリースされることになった。オリジナル・アルバムとしては2016年の『The Catastrophist』以来、じつに9年ぶり。国内盤にはボーナス・トラックが収録されます。ヴェテランたちが到達した新たな境地に注目しよう。

Tortoise『Touch』
2025.11.5 CD Release

90年代からポストロックの代表格として活躍し、ジャンルを問わず多くのファンをもつインストゥルメンタルバンドのトータスから、9年ぶりの最新作が到着!進化を止めないトータスの2025年現在地を示した傑作が、ボーナストラックを加え国内盤CDでリリース。

シカゴを離れたメンバーもいるトータスが、ポートランドに集ってセッションを行うことから新しいアルバム作りは始まった。「作り終えて、一本の筋が通っていることに気づいた」、「過去の作品と確実に違う何かがある」とジョン・マッケンタイアは語る。その言葉がすべてを表している。トータスは再び、新たなインスピレーションを与える真に包含的な音楽を創出した。 (原 雅明 ringsプロデューサー)

日本限定カラーヴァイナルや限定店舗取扱いのTシャツ付きセットも発売決定!

【リリース情報】
アーティスト名:Tortoise
アルバム名:Touch
発売日:
CD、限定店舗取り扱いCD+T-shirt セット(2025年11月5日)
黒盤LP、日本限定カラー盤LP(2025年11月発売予定)
フォーマット:CD, CD & T-shirt set, LP, Digital
レーベル:rings / International Anthem

CD
品番:RINC140
JAN: 4988044133082
価格: ¥3,300(tax in)

CD & T-shirt set
品番:RIBS140, RIBM140, RIBL140, RIBX140
JAN: 4988044133761, 4988044133778, 4988044133785, 4988044133792
価格: ¥7,700(tax in)

レーベル:rings
オフィシャルURL: http://www.ringstokyo.com/?p=996
販売リンク: https://diskunion.net/indiealt/ct/news/article/0/133281

caroline - ele-king

 不思議な夜だった。今年もっとも美しいアルバムをリリースしたこの「ロック・バンド」らしからぬ「ロック・バンド」、ステージにいるキャロラインのメンバー8人について写真家の野田祐一郎は、たまたま同じ学校のクラスになった8人みたいだ、という言葉で喩えていたけれど、ほかの大人数の「ロック・バンド」、たとえばBCNRと決定的に違っているのもそこだろう。運命共同体というよりは、なんか偶然いっしょになったかのようなあの8人からは、ステージ上からふっと消えてしまいそうな気配、つまり〝はかなさ〟を感じたと、彼はライヴが終わったあとしきりに話していたけれど、もしそうだとしたら、それはキャロラインが奏でる音楽がそう思わせていたのだ。

 なるほど魔法のようなライヴだった。ステージの両脇から半円状に並ぶこの8人に、中心はない。半円状の中心には、誰もいないのだ。その誰もいない「空」に向かって、メンバーは互いに視線を交わしたり、相づちを打ったりしながら、楽器を演奏する。
 面白いことに、この8人は演奏する楽器も曲によって変わる。どう変わるのかいえば、この曲では俺がギターだったけど、次の曲ではおまえがギターね、といった風に、同じ楽器を別のメンバーが使うという、なんとも奇妙な、というか、たしかに学校の教室で、限られた楽器を順番に使って演奏しているようにも見える。しかも、歌を歌うメンバーも固定されていない。この曲では私が歌うけど、次の曲ではあなたが歌ってね、といった感じで、誰かが歌えば、次の曲ではまた別の誰かが歌っている。ここまで徹底してリードメンバーという存在を消去し、中心を不要のものとしたこの8人のかなでる音楽に、これまで経験したことのない感覚をおぼえるのも避けがたいことだったのだろう。
 この8人は服装もまったくバラバラだった。教会の古着のバザーで買ってきたような古めかしいスーツ、よれよれのシャツとか、まあたしかにイギリスのバンドは昔から、ストーンアイランドのウィンドブレーカーなどには目もくれない古着好きが多いことで知られるが、もうちょっと小洒落ている。キャロラインは、ざっくばらんだ。田舎の教会で演奏している大所帯バンドのように見える。そしてバラバラなのに妙なまとまり感があるのは、このバンドの民主主義的なあり方から来ている雰囲気の温かさゆえだろう。おそらくは、ひろい公民館のようなところで車座になって見れたら最高のバンドなのだ。

 演奏したほとんどがセカンド・アルバムからの曲だったけれど、ライヴでは、もともとがアパラチア・ミュージックを演奏していたところからはじまったというこのバンドの原点もよく見えた。ちなみにひとりは、かのショヴェル・ダンス・コレクティヴのメンバーで、主にヴァイオリンを担当。ほかのメンバーも曲によってヴァイオリンを弾くし、トロンボーン、クラリネット、エレキギター、アコースティック・ギター、べースとドラム、そしてわずかなエレクトロニクスで構成される。そして、この「ロック・バンド」らしからぬ「ロック・バンド」の、数時間にもおよぶかなり綿密なリハーサルを終えてからの本番の演奏はみごとなもので、壮観だった。録音物にはない生々しいエネルギー、静寂と躍動、即興と調和が超満員のフロアの耳を離すことがなかったと、そう思えるのは、ぼくがいた出口付近に人の流れがほどんどなかったからである。8人が演奏するすべての楽器の音がそれぞれクリアに聞こえたことも、このバンドの特徴をより鮮明に告げていたと言える。ここでは誰もが、そしてどの音も平等なのだ。
 ファースト・アルバムからは(そのころは労働党だった)ジェレミー・コービンの応援にリンクした曲“Good morning (red)”を演奏し、「おはようございます、幸せになってもいいですか?」というシーケンスが繰り返されるなか、東京のオーディエンスからも歓声が沸いた。
 当然のこと、がんがん盛り上がって熱狂するようなライヴではないが、バンドが最後に“Total euphoria”を演奏したときは、このライヴで唯一、ロック的なカタルシスがあった瞬間だったと言えるかもしれない。あれはたしかにライヴ映えする曲だった。アンコールがなかったことは、この「ロック・バンド」らしからぬ「ロック・バンド」の志の高さを顕わしているように思う。大きな余韻を残してバンドはそのままステージに出てくることはなかったけれど、ライヴ終了後にメンバーのひとりが機材を取りに出てくると、居残った数人の客の握手に応じていた。それは少々照れくさそうな、気さくな握手だった。

Ehua - ele-king

 つい先週、某誌のあたらしい記事の「ダンス・ミュージックは、より伝統的な“シリアス”な芸術と同じくらい、思慮深いジャーナリズムと批評的な分析を受けるに値する」——という一文を読んで、何をいまさら、当たり前だろうと思った。しかしながら、ハウスとテクノを“ブラック・ミュージック”史のなかに認めない人たちがいまでもいるように、こうした言葉が繰り返されるのも慣れてしまった。ああそういえば、数年前、「俺ぁ、クラブ・ミュージックなんて大嫌いだ!」と、居酒屋で偶然ばったり会った某音楽評論家から大声で言われたことがあった。これは半分は笑い話だ。某氏はぼくより年上で、一時期は『ミュージック・マガジン』あたりでぶいぶい言わせていた人物で名前も知られている。まあ、こういう手合いは某氏だけの話ではないのだが、そのいっぽうで、そもそも年齢的に(体力的に)この文化に入るには無理があった、という人もいる(すでにぼくがそうだ。松島のDJを聴きたくても身体が動かない)。なにしろダンス・ミュージックはコンピュータ越しに消費されるわけにはいかない、リアルな現場があっての音楽だ。体験なくしてその本質を語ることのできない音楽の代表的なジャンルなのだ。

 されどダンス・ミュージックが、それがたとえどんなにアンダーグラウンドであっても、つねにポップ・ミュージックと隣接していることはムーディーマンのDJを聴いているクラバーなら重々承知だ。そこではデトロイトの超アンダーグラウンドなハウス・ミュージックに混じってビートルズもストーンズもミックスされる。これは、ダンスフロアの閉じながらも開いているという面白い矛盾を表している。
 だからアンダーグラウンドなダンス・ミュージックそれ自体がポップ化することも、90年代からたびたびあった。いいものもあれば駄作も数多くあるわけだが、重要なのは、作品がこの音楽をほんとうに愛している人たち/必要としているダンスフロアを優先しているかどうかだ。アフリカ系イタリア人、イフア(Ehua、エフアと表記する人もいると思われる)のデビュー・アルバムはベース系テクノと括られるダンス・ミュージックだが、ポップスとして聴いても楽しめる。リリース元はマーティン(ポスト・ダブステップ時代に一世を風靡したプロデューサー)のレーベルで、20年ほど前の彼の作品を知る者には、なるほどね、これはマーティンらしいや、と思わせるサウンドでもある。つまり、そぎ落とされたダブステップのテクノ化、テック・ハウス超のトラック、デトロイト・テクノ風のアトモスフェリックなシンセサイザーが効果的にミックスされるという、あれだ。

 つまりイフアのアルバムは、ダンス・ミュージックをほんとうに必要としている人たちと繋がっている。彼女の物憂げな声が乗った“Bricks”や“Ragni”はクラブ・バンガーとしても十分で、これならジェイミーXXのアルバムに物足りなさを覚えたディープ・リスナーも納得するだろう。政治的なテーマを掲げたエレクトロ・ポップで知られるマリー・デヴィッドソンとも違って、こちらはアンダーグラウンドなフロア寄り。デトロイト直系の“Aria”のような、一歩間違えると懐古的になりがちなトラックも、若々しく甦生させている。目新しさには乏しいかもしれないが、全14曲それぞれのトラックにそれぞれのリズム/アイデアがあることは、ダンス・ミュージックのアルバム・リリースが減少傾向にあると言われる状況が本当なら、もっと評価されてしかるべきだろう。シカゴのフットワークを取り入れた実験的なトラックもさることながら、生楽器をフィーチャーした“Candies”など、ひとつひとつのトラックには繊細さと力強さがバランス良く共存し、イフアがサウンド・プロダクションに注力していることがうかがえる。
 加えてぼくが好感を覚えるのは、この音楽が、野外フェスティヴァルのステージ上で拳をあげながら昂ぶりを繰り返すDJのためにあるのではないことだ。アンドリュー・ウェザオールの沈んでいくような感覚に近いというか、こういうアンダーグラウンドな心地よい響きは、広すぎないダンスフロアの親密さのなかでこそ活かされる。
 それにもかかわらず、本作にはクラブ・ミュージックとR&Bのグラデーションにおける最良の場面、たとえばティルザが切り開いたところに生まれたとおぼしき曲もある。“NYC”がまさにそれで、こうしたポップ・センスとアンダーグラウンドな実験性を両立させてしまう音楽は、これからも出てくるのだろう。いわば歌えるテクノ・ミュージシャン、いわばシンガーソング・プロデューサー、しかも薄明かりの美学をもったこのアルバムを、ぼくは一聴して気に入った。

Royel Otis - ele-king

 オーストラリア・シドニーから登場したポップ・デュオ、ロイエル・オーティスが2024年2月にリリースした前作『PRATTS & PAIN』でやってみせたのは、単なるインディ・ロックの更新ではなかったはずだ。ザ・ドラムスとトゥー・ドア・シネマ・クラブの間を駆け抜けるような、ポップさとセンチメンタルさを湛えた疾走的ギター・ポップ、潔いまでのヴェルヴェット・アンダーグラウンド流のスラッカー的な脱力感、あるいはMGMTを彷彿とさせるドリーミーな残響といった要素を、まるでおもちゃ箱をひっくり返すかのように無秩序に混ぜ合わせ、そのまま “グローバル・インディ” として広範にリスナーの最大公約数を射抜いてしまうという、近年では稀にも思える奇跡的な瞬間だった。「全インディ・ファン必聴!」と展開される太文字のポップは、大型量販店でよく見かける常套句でもあるが、彼らほどそのフレーズに相応しいバンドもいないとさえ思えた。エッジを備えつつも、気軽に踊れるようなポップさを同居させる勘の良さは、世界中のプレイリストに違和感なく並び、多くのリスナーのフェイヴァリットとなった。グラストンベリー・フェスティヴァルやプリマヴェーラ・サウンドなどの大型フェスティヴァルへの出演さえも当然なことながら、この夏のフジロック出演は、旬なアーティストのベスト過ぎるタイミングでの来日となったことに心から感謝したい。

 『PRATTS & PAIN』の魅力は、ここまで挙げたアーティストだけにとどまらず、もっと多くの参照点を飲み込みながら、それを散らかしたまま生き生きと提示してしまう奔放さにあった。ストリーミング世代の新騎手として、彼らの嗅覚とセンスを武器にロックの面白さを誰にでも伝えてしまうパンチラインをナチュラルに放っていた。

 この1、2年間で飛ぶ鳥を落とす勢いで高まった注目度。その状況下で2025年8月にリリースされた2ndアルバム『hickey』はどうだろうか? 実際のところ、今作品では、テーム・インパラやトロ・イ・モワを彷彿とさせるモダン・ディスコ調の楽曲が多く、その艶やかさと快楽性は、彼らの長所でもあるノスタルジックでセンチメンタルな側面が強化された。そうした楽曲群のひとつでもある “come on home” では、ジャングルのジョシュ・ロイド・ワトソンとリディア・キットーをコラボレーターに迎えていることも納得だ。

 そうした成熟の一方で、私がこれまで惹かれていた冒険心や偶発性は今作で少し影を潜めている。例えば、初期の代表曲 “I Wanna Dance With You”や前作『PRATTS & PAIN』収録の “Fried Rice” が顕著なように、荒削りでありながらも心を掴むメロディの中には、偶発性とポップ・センスのせめぎ合いがもたらすエモーショナルを掻き立てるような高次元の音楽的快楽があったはずだ。“i hate this tune” や “car” のようなアップビートな楽曲も、もう一歩突き抜けるところまでは行かず、整った印象のまま収束しているように感じる。とはいえ、今作でハッと思わせる瞬間も確かにあり、“who’s your boyfriend”では、イントロから漂うジョイ・ディヴィジョン “Love Will Tear Us Apart” の影を彼らなりのポップな色合いに塗り替える手捌きはお見事で、遊び心と参照のねじれがもたらすポテンシャルを今も潜めていることを確信させてくれた。

 つまり、彼らが今後どう進化していくのか、それでも楽しみであることは間違いない。もっとやさぐれて、もっと無鉄砲で、もっとピュアネスが暴走していたあの感じにも期待したい。結局のところ、私は今も彼らにドキドキしているのだ。

Chip Wickham - ele-king

 チップ・ウィッカムはスペインとイギリスを股にかけて活動するサックス/フルート奏者で、2024年に『Cloud 10 – The Complete Sessions』がリリースされた際にインタヴューをおこなった。ブライトンでの生い立ちから、マンチェスターの音楽学校に進学してジャズを本格的に学んだ時代、クラブ・カルチャーと出会ってそうしたシーンのアーティストたちと共演していた時代、〈ゴンドワナ〉のマシュー・ハルソールとの出会い、スペインへ移住してからソロ・アルバムをリリースするようになったことなどいろいろな話をしてもらったのだが、それから1年ぶりとなる新作『The Eternal Now』がリリースされた。『Cloud 10 – The Complete Sessions』は『Cloud 10』(2022年)とEP「Love & Life」(2023年)をカップリングした編集版だったので、正確にはフル・アルバムとしては3年ぶりの新作となる。

 今回はマシュー・ハルソールとの共同プロデュースで、1990年代から一緒に仕事をするベーシストのサイモン・“スニーキー”・ホートンや、トランペット奏者のエオイン・グレースを除き、メンバーは一新されている。新メンバーで目につくのは、シネマティック・オーケストラやファンク・バンドのハギス・ホーンズなどで演奏してきたドラマーのルーク・フラワーズ、アシッド・ジャズの時代に人気者となり、その後はラテン・ジャズやアフロ・キューバンのコンガ&パーカッション奏者としてUKにおける第一人者的存在のスノウボーイだ。それぞれチップ・ウィッカム同様に長いキャリアを持ち、ジャズとクラブ・ミュージック両面で活躍してきた人材である。特にラテン・ジャズへの造詣が深いチップにとって、スノウボーイの参加は百人力を得た感じだろう。ほかではヴァイオリン、チェロというこれまで見られなかった楽器をフィーチャーしている点は、これらストリングスの扱いに長けたマシュー・ハルソールからの助言によるのではないかと想像する。その結果、これまで以上に深みや奥行きが増したサウンドとなっている。シンガーでは『Cloud 10』に参加していたアマンダ・ウィッティングのソロ・アルバムでフィーチャーされていたピーチや、恐らくチップの娘と思われるリサ・ウィッカムが参加する。

 透明感に溢れたソプラノ・サックスと、それを包み込むエレピやストリングスが堪らなく優美な “Drifting” は、1970年代末から80年代初頭に活動したロサンゼルスの伝説的スピリチュアル・ジャズ・ユニット、アンビアンス(ダウド・アブバカル・バレワ)を彷彿とさせる。“Nara Black” は日本古来の「奈良墨」にインスパイアされた曲で、ピーチのヴォーカルをフィーチャー。クラブ・ジャズ的な雰囲気を持つ曲で、ルーク・フラワーズのドラムもジャズ・ファンクやブロークンビーツ的なエッセンスを感じさせる。チップのフルートは神秘的にはじまりつつ、次第にエモーションを湛えていき、どちらかと言えばフルート演奏のほうに長けた彼らしい楽曲である。“The Eternal Now” はオーボエのような木管楽器を思わせる音色のアルト・サックスを用い、チップのディープな側面が表われた幽玄のような作品。フルート奏者としてのチップは、ユゼフ・ラティーフ、サヒブ・シハブ、ハロルド・マクネアなどの影響が感じられるが、ここでの演奏は1960年代末から1970年代にかけ、ワシントンDCで活動したロイド・マクニールを連想させる。エリック・ドルフィーの流れを汲む彼も、スピリチュアル・ジャズにおける伝説的なプレーヤーである。

 “No Turning Back” はサントラ的なムードを持つ作品で、シネマティック・オーケストラに関わったルーク・フラワーズの色が出ている。“The Road Less Travelled” も映画音楽のように優美なストリングスに包まれ、中間の陰影に満ちたフェンダー・ローズのソロも印象的。メロウネスに満ちた広がりのある空間構築は、クラブ・ジャズやクラブ・ミュージックに接してきたチップならではと言える。“Falling Deep” はリサ・ウィッカムのワードレス・ヴォイスをフィーチャーし、極めてフェアリーな世界へと導く。この曲でもストリングスが大きなアクセントとなる。スノウボーイによるラテン的なリズムに支えられた “Outside” も、とてもメロディアスで美しい。この曲を含めてサントラ的な音作りのなされた “No Turning Back”、 “The Road Less Travelled”、 “Falling Deep”は、これまでになかったチップの新たな魅力を導き出している。

interview with Mat Schulz & Gosia Płysa - ele-king


Mica Levi & Sinfonietta Cracovia, Tarta Relena and Jana Shostak - Unsound 2024

〈Unsound〉は、2003年、友人と私でクラクフという町の小さなイベントとしてはじまったんだ。実験音楽やエレクトロニック・ミュージックへの私たちの愛情から生まれた情熱のプロジェクトだ。

まず、〈Unsound Festival〉がどのようにして生まれたのか、教えてください。

マット・シュルツ:〈Unsound〉は、2003年、友人と私でクラクフという町の小さなイベントとしてはじまったんだ。実験音楽やエレクトロニック・ミュージックへの私たちの愛情から生まれた情熱のプロジェクトだ。当時、ヨーロッパにはこのようなタイプのフェスティヴァルはほとんどなかった。ましてポーランドにはなにも存在していなかったから。だから、ポーランドと海外のアーティストがともに音楽で実験をすること、新しい音を創造するための場をつくることが、そのアイデアの核心にあったんだ。

ゴシャ・プワィサ:私はボランティアとして〈Unsound〉チームに参加した。当時ジャーナリズムを学んでいたので、PRやコミュニケーションを手伝ったんです。最初はじつにDIY的な取り組みで、多くの人がボランティアとして関わり、楽しみながら活動していました。初期の頃は、クラクフの中世の地下室で開催していたんだけれど、あれは本当に楽しくて、特別な時間だったと感じています。
 私たちが自分たちの団体を設立したのは2008年になってからで、その頃からじょじょにプロフェッショナルな形に発展した。公的資金への申請や国際的なコラボレーションを通じて、このフェスティヴァルは成長しました。2010年には〈Unsound NYC〉がはじまり、〈Unsound〉の国際的な展開において重要な一部となったんです。

ポーランドのクラクフには、どんなシーンがあったのでしょうか?

マット・シュルツ:クラクフは、戦後アヴァンギャルドの第一人者でありポーランドでもっとも有名な作曲家ペンデレツキを輩出した町としても知られている。また、1970年代初頭に設立されたクラクフ音楽アカデミーの電子音楽スタジオもある。それなのに、かつてのクラクフやポーランドには実験音楽やエレクトロニック・ミュージックに関する大きなシーンがほとんど存在していなかった。
 現在の状況は大きく変わっている。ポーランドはこの分野において、ヨーロッパでももっとも興味深い音楽シーンのひとつを持つ国となった。その中心人物の一部は大阪でもパフォーマンスを行っている。〈Unsound〉もこの変化に少しは関わっていると思う。私たちは、ポーランド国内外でこうした文脈を作り出すサポートをしてきた。実際、多くのアーティスト——VTSSのような有名な存在ですら——が、〈Unsound〉で観客として体験したことをきっかけに音楽をはじめる決心をしたと聞いている。

ゴシャ・プワィサ:クラクフには、クラシック音楽やクラシック・ジャズのシーンはちゃんと存在していた。それは現在でも続いています。ところが、国際的な実験音楽アーティストを紹介する場やフェスティヴァルは決して多くなかった。しかしその一方で、コンサートやパーティを企画するインディペンデントなクラブや会場は、現在よりもたしかに多く存在していた。
 それから20年以上が経った現在、クラクフは再開発され、観光地化された街へと変わってしまった。独立系のスペースはもう、ほとんど残っていない。その代わりに観光客向けのホテルやレストラン、バーが数多く立ち並んでいる。もちろん、いまも素晴らしい会場 や劇場やコンサートホール、あるいは私たちが会場として使おうと工夫している場所は存在しているけれど、年々難しくなってきている。これは世界の多くの主要都市に共通する現象ですね。

初期〈Unsound Festival〉は当時のポーランドの政治状況とどんな関係にあったと思いますか?

マット・シュルツ:〈Unsound〉は、いわゆるポーランドの「変革期」から確実に生まれたもの。当時、国や都市は計画経済の共産主義体制から市場経済へと移行していたし、あらゆるものが流動的だった。〈Unsound〉もその一部であって、さまざまなアイデアや音楽に開かれたフェスティヴァルとして、共産主義崩壊後に空き家となった建物——巨大なホテル・フォーラムや廃工場など——に一時的な空間を生み出していました。それから20年経ち、クラクフの再開発が進み、観光地化が進んだことで、こうした空間は見つけにくくなっています。あの頃の街には〈Unsound〉やその音楽と非常に相性の良い「生の荒々しさ」があった。

ゴシャ・プワィサ:〈Unsound〉はポーランドがEUに加盟する前(2005年)に始動した。この年は、ポーランドが大量観光や格安航空旅行に開かれていく重要な転換点だったと思う。これによりポーランドの多くの都市で再開発が進みましたが、一方で人びとがポーランド文化や私たちのフェスティヴァルを体験しやすくもなった。 また、EU加盟と同時に、とくにクラクフをはじめとする多くのポーランドの都市が、文化や大規模なフェスティヴァルを活用して自らをプロモーションすることを決め、国の文化政策が〈Unsound〉のような取り組みを支援するようになった。これにより〈Unsound〉は大きく成長することができました。 ただし、私たちが実験音楽やエレクトロニック・ミュージックを扱っているため、いまでもポーランド国内では政府からの支援を得にくい部分があると感じている。その一方で、ポーランドの関係者は私たちのブランドが国際的に持つ重要性を理解してくれている。だから〈Unsound Osaka〉やその他の海外での取り組みのような活動には支援をしてくれているんだ。

ポーランド国外からのオーディエンスが集まり、ヨーロッパでも有数のイベントのひとつになっていった経緯を教えてください。

マット・シュルツ:〈Unsound〉は移動可能なフェスティヴァルだから、ミンスク、キーウといった旧ソ連の国々やニューヨークなど、さまざまな国や都市で開催されてきた。2010年前後にニューヨークで大規模な〈Unsound〉を開催したことがクラクフにもフィードバックされ、人びとの注目を集めるきっかけになったと思う。同時期には、クラクフ市からの資金支援が増えたことで、多くの突飛なアイデアを実現できるようになった。それが 〈Unsound〉を際立たせたことも事実だよ。例えば、特別に委嘱したプロジェクトや、当時としては珍しかったジャンル横断的なプログラミング——実験音楽とクラブ・ミュージックを同じプログラムに並べるといったこと——を実現させた。また、毎年新しいフェスティヴァル・テーマを設定し、それを中心的な軸とするようになった。2010年のテーマは「Horror: The Pleasure of Fear and Unease」で、聴き手に不安や不快感を与える音楽のあり方を探求するもので、このやり方が大きな注目を集めた。
 〈Unsound〉にとってデザインも重要。毎年新たにデザインが更新されることで、単にフェスティヴァルを宣伝するだけでなく、そのイメージ自体を形成していく役割を担うようになった。これは当時としてはユニークな試みだったと思う。

ゴシャ・プワィサ:〈Unsound〉はプログラム自体を、ひとつの物語を持つ完全な作品として意識的にキュレーションしはじめた最初期のフェスティヴァルのひとつだった。世界的に見ても数少ない試みだった。異なるジャンルを同じ空間で組み合わせて提示したり、ジャンルや地理的な文脈を越境する新しいプロジェクトを立ち上げたりね。こうした独自のプログラムづくりのアプローチに加え、クラクフでのマルチ会場型の開催形式(のちには他の国際的な開催地でも)によって、より幅広い関心を集めることができたと思う。また、私たちは常に国際的なプレスをフェスティヴァルに招き、ゲストやアーティストに特別な体験を提供することを重視してきた。そうした積み重ねが、自然と口コミとして広がっていったのだと思います。
 現在、〈Unsound Kraków〉の観客の約60%はポーランド国外からの来場者。大半はヨーロッパからの来場で、アメリカ、日本、その他の遠方から来るゲストも少なくありません。

音楽面において、エレクトロニック・ミュージック、エクスペリメンタル・ミュージックをキュレートしていますが、音楽面でのコンセプトについて説明してください。

マット・シュルツ:私たちは常に冒険的な音楽に惹かれています。しかも、それが何を意味するかについてあまり制限を設けないようにしている。その結果、フェスティヴァルのプログラムはじつに挑戦的な実験音楽から、オルタナティヴなクラブ・ミュージックまで、多くのジャンルを横断するものとなった。また、常に新鮮なサウンドを探求しているし、エレクトロニックや実験音楽の分野における先駆的なアーティストにもスポットライトを当てるようにしている。私たちはリスクを取ることを好み、オーディエンスもそれを受け入れる準備ができています。〈Unsound〉にはオープンマインドとオープンイヤーで来てもらうのが一番です。既知のものを確認する場というよりも、新しいものを発見するための「フェスティヴァルであり、同時にラボラトリー」と考えてもらえると良いと思います。


Lord Spikeheart - Unsound 2024

ゴシャ・プワィサ:マットがよく説明してくれました。世界中の音楽シーンにおける最新の動きを探し出し、リスキーな組み合わせを実行することこそ、私たちが大好きなことだ。大物の有名ヘッドライナーだけをブッキングするのではない。むしろ未来のスターを発見し、彼らが成長できるプラットフォームを提供したいと考えています。個人的に好きなのは、音楽をパフォーマンスやヴィジュアル・アートとつなげること。最近はラップトップを使ったオーディオ・ヴィジュアルにはちょっと飽きてきているけどね(笑)。

毎回テーマを決めて、ヴィジュアルや建築も重視していますが、こうした発想の背景について教えてください。

マット・シュルツ:先ほども触れましたが、2010年からテーマとキーヴィジュアルを設定している。主にポーランドのアーティストやグラフィックデザイナーと協働しながら制作しているんだ。以前のクラクフでのメイン・ヴィジュアルには出演アーティストの名前が記されていたけれど、その後はヴィジュアル自体が中心となった。特定のアーティストやヘッドライナーではなく「体験」としての〈Unsound〉の全体像を示すものになった。映画のポスターのようなイメージです。
 私たちはこれらのヴィジュアルをPRのギミックではなく、フェスティヴァルを創造のプラットフォームとする一部だと考えている。また、テーマを設定することで、毎年新しい形でプログラムを構成することが可能になった。これは音楽面だけでなく、〈Unsound Kraków〉にとって重要な要素である議論やディスカッションのプログラムにも反映されているよ。

ゴシャ・プワィサ:マットが言う通りです。それに加えて私は、プログラムに合った建築を選ぶこと、ケータリング、会場のインテリアといった要素まで含めて「雰囲気をつくる」ことがとても大切だと感じている。

エレクトロニック・ミュージックのフェスでは〈Sonar Festival〉や〈Dekmantel Festival〉なども有名です。残念なことに〈Sonar Festival〉は、イスラエル・パレスチナ問題への関与で批判され、大規模なボイコット運動にもつながった「Superstruct Entertainment」によって運営されています。〈Unsound Festival〉の独自性はどこにあるとお考えですか?

マット・シュルツ:〈Unsound〉は 「Tone Foundation」という非営利団体によって運営されているけれど、これは商業フェスティヴァルとはまったく異なるモデルです。これは意識的に選んできた方針です。私たちの世界において、音楽と政治は常に結びついている。それは私たちのプログラム、とくにパレスチナを支持するディスカッション・プログラムにも反映されている。そして、その立場は、イスラエルがガザで行っているジェノサイドを目の当たりにするなかで、よりいっそう強固なものとなっている。
 また、ポーランドはウクライナに非常に近く、多くのウクライナ人が戦争によって国外に追われ、ポーランド国内で生活しています。そのため、私たちはロシアによるウクライナ侵攻という問題にも関わっている。ウクライナに対する私たちの視点はポーランドの地理的・歴史的な位置によって形づくられているのです。

ゴシャ・プワィサ:〈Sonar〉のような団体とは異なり、私たちは独立した非営利組織であるため、〈Unsound〉には株主のような存在はいない。つまり、フェスティヴァルの方向性や政治的立場については、ディレクターや理事会として私たち自身が責任を負っている。また、芸術的・実務的な意見や好みはチーム内で異なる部分があっても、ガザで起きているジェノサイドを非難する点においては確実に一致していると言える。私たちは植民地主義的な慣行に積極的に反対してきたし、ポーランドの国境に近く、東欧や中欧にとくに強い影響を及ぼしているロシアによるウクライナ侵攻も非難している。
 私たちは依然として比較的小さな組織であり、財政的に苦労することが多いのもたしかだけれど、しかし、イスラエルの軍事産業に関与する企業からの 〈Unsound Kraków〉へのスポンサーシップの提案を断らざるを得なかった。また、適切なプログラム活動を通じて、パレスチナの闘争の可視性を支援するよう努めてもいる。


Daniel Szwed - Unsound 2024

私たちは常に冒険的な音楽に惹かれています。しかも、それが何を意味するかについてあまり制限を設けないようにしている。その結果、フェスティヴァルのプログラムはじつに挑戦的な実験音楽から、オルタナティヴなクラブ・ミュージックまで、多くのジャンルを横断するものとなった。

いままでやったなかで、とくに思い出深いイベントはなんでしょう?

マット・シュルツ:ひとつのイベントだけを選ぶのは不可能だけれど、正直に言って〈Unsound Osaka〉はもっとも印象に残るもののひとつになりつつある。とくに私たちは日本の音楽や文化の大ファン、素晴らしい日本のパートナーやアーティストとともにここでイベントをつくる機会を得られたことは、本当に夢のようなんだ。
 それ以外では、クラクフで行った〈Unsound Surprise〉が大きな出来事でした。プログラムの半分を事前に発表せず、多くのサプライズ枠を設け、観客は誰が演奏するのかまったくわからない状態だった。無名に近いポーランド人アーティストが登場することもあれば、リッチー・ホウティンが出演することもあった。そして、あの中世の岩塩坑で行われたサプライズ枠のひとつで、本当に Burial が演奏したのかどうか——これは永遠に謎のままです。

ゴシャ・プワィサ:現時点でも大阪は本当に特別なエディションになると感じている。これほど多くの素晴らしいアーティストを日本に迎えることができること、さらに地元のアーティストをこの文脈のなかで紹介できることを大変光栄に思っているよ。

大阪でフェスティヴァルを開催することになった経緯、そして今回のエディションの「テーマ」について教えていただけますか?

マット・シュルツ:私たちは以前からずっと日本で何かをやりたいと考えてきた。マージナル・コンソートや灰野敬二、石橋英子、KAKUHAN、Yosuke Yukimatsuなど、日本の音楽の大ファンだからね。日本と他の地域、とくにポーランドとのあいだでコラボレーションを築けることは、本当に夢のようなことです。
 今回のテーマである「WEB」にはさまざまな意味があるけれど、もっとも基本的なレヴェルでは、2025年にクラクフ、大阪、ニューヨークで展開される一連のイベントを指している。それらはポーランドの画家ヘレナ・ミンギノヴィチのデザインを軸に形づくられています。

ゴシャ・プワィサ:本当に素晴らしいコラボレーションだ。出てきたアイデアをすべて実現するには、あと数回のエディションが必要だと思う。〈Unsound〉の枠組みのもとで、これほど多くの異なる場をつなげることができたのはとても嬉しいことだし、これがすべての人にとって良い形で機能することを願っています。

最後に、今回の〈Unsound Osaka〉の豊富をお願いします。

マット・シュルツ:現時点では、まずは今年のエディションを無事にやり遂げることに集中している。そして、このフェスティヴァルが関わるポーランドと日本のアーティスト双方に新しい観客をもたらしてくれることを願っている。今回の開催を通じて、KAKUHAN と Adam、Ka Baird と FUJIIIIIIIIIIITA、2k88 と Ralph といった新しいコラボレーションのプラットフォームをつくれたことを嬉しく思う。これらのコラボレーションからさらに発展が生まれ、また新しいつながりが生まれていくことを願っています。
また、〈Unsound〉が都市型フェスティヴァルで採用しているマルチジャンル・マルチベニューのアプローチは、日本において必ずしも一般的ではないと認識している。それでも、多くの人びとに楽しんでいただき、新しい発見をしてもらえればと思います。なぜなら、最終的に冒険的な音楽のさまざまなスタイルのあいだには、分断よりもむしろ多くのつながりが存在しているからです。

ゴシャ・プワィサ:私たちは日本に滞在し、その素晴らしい音楽やアートのシーンを発見できることをとても楽しみにしている。なので、これが最初で最後の機会にならないことを願っています。もし私たちが日本語を話せれば、運営のプロセスがもう少し楽になるかもしれないけれど、パートナーの皆さんがとても理解があり、サポートしてくれているので、すべてが順調です。だから、これがさらに発展していくことを願っている。そして次回は、もっと上手に日本語を話せるようになりたいと思います!


¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$U - Unsound 2024

Unsound Osaka Official HP : https://unsound.jp/


Unsound Osaka

2025年9月5日 - 2025年9月7日

【Unsound Osaka 第二弾プログラム発表】
来週末、大阪市内複数会場にて開催されるUnsound Osaka
メインプログラムの追加出演者とアフターパーティーの開催が決定!
DJ Sprinkles、mad miran、RP Boo、2K88などの国際的に高く評価されるDJに加え、大阪・日本のアンダーグラウンドシーンを牽引するDJたちが登場します。

この度、VS.(9月5日)、クリエイティブセンター大阪(9月6日)、大槻能楽堂(9月7日) にて展開されるメインプログラムに加え、新たな追加出演者、並びに大阪を代表するクラブとの共同開催によるローカルシーンに焦点を当てたアフターパーティーの開催が決定しました。

【追加プログラム】

9月5日(金)- NOON+CAFE × Unsound Osaka

開催日時:2025年9月5日(金)OPEN / START 23:00
会場:NOON+CAFE(MAP)
エントランス:¥1,500
出演者:
DJ Fulltono
KA4U
mad miran
WÖNDER GIRL

Unsound Osakaの一夜目を飾るアフターパーティーは、梅田中心部に位置し、9月5日(金)に開催されるメインプログラムの会場であるVS.から徒歩圏内のNOON+CAFEで開催されます。オランダのアンダーグラウンドシーンを代表するDJ/プロデューサーのマッド・ミラン(mad miran)が、多様な電子音楽のスタイルを自在に融合させた独自のセットを披露します。さらに、日本におけるフットワーク/ジュークの第一人者として広く知られ、大阪のシーンを牽引するDJ Fulltono、地元から強い信頼を寄せられるKA4U、そして新世代を代表するWÖNDER GIRLが出演。国際的なアーティストとローカルシーンの才能が交わる一夜となります。

【追加プログラム】

9月5日(金)- Socore Factory × Unsound Osaka

開催日時:2025年9月5日(金)OPEN / START 22:00
会場:Socore Factory(MAP)
エントランス:¥2,000
出演者:
DJ Sprinkles
SAITO

9月5日(金)にはNOON+CAFEでのアフターパーティーに加え、南堀江のライブベニューSocore Factoryでもアフターパーティーが開催されます。メインDJを務めるのは、電子音楽界で最も尊敬されるアーティストの一人であり、クラブ情報サイトResident Advisorから「電子音楽界で最も興味深い人物の一人」と評されるDJ Sprinkles。DJ Sprinklesは、Terre Thaemlitz(テーリ・テムリッツ)のディープハウスDJ名義であり、現在は千葉を拠点とすアメリカ出身のプロデューサー、DJです。Thaemlitzはアーティストやライターとしての活動でも知られています。会場では、DJ Sprinklesが4時間に及ぶロングセットを披露。オープニングアクトには、山形を拠点に活動するバイナルDJのSAITO が登場します。

9月6日(土)- Creaitve Center Osaka

公演日時:2025年9月6日(土)OPEN / START: 15:30
会場:クリエイティブセンター大阪(MAP)
チケット:ZAIKOにて販売中
出演者:
Hania Rani presents Chilling Bambino
∈Y∋ & C.O.L.O
2K88 – Live feat. ralph
ralph
Rai Tateishi(Live Processing by Koshiro Hino)
KAKUHAN & Adam Gołębiewski
FUJI|||||||||||TA & Ka Baird
RP Boo & Gary Gwadera
1729 (fka Iryoku)
Hamon
Mongoose

既に発表されている9月6日(土)のクリエイティブセンター大阪でのメインプログラムに、新たな出演者が加わります。BLACK CHAMBERでは1729(fka 威力) がオープニングDJセットを披露。また、屋外スペースでは大阪のDJたちの聖地として知られる Newtone Records のテイクオーバーが行われ、Hamon と Mongoose が出演します。 クリエイティブセンター大阪での出演者ラインナップおよびタイムテーブルは、こちらよりご確認ください。

【追加プログラム】

9月6日(土)- Club Daphnia × Unsound Osaka

開催日時:2025年9月6日(土)OPEN / START 21:00
会場:Club Daphnia(MAP)
エントランス:¥2,000
出演者:
YAMA
ZODIAK
BUCCO
Milky Lylei
KAPI

クリエイティブセンター大阪でのメインプログラム終了後には、徒歩県内のクラブClub Daphniaにてアフターパーティーを開催します。goatやYPYでの活動を通じ国際的に高い評価を得る日野浩志郎がキュレーションを担当。関西圏で活躍する DJのYAMA、ZODIAK、BUCCO に加え、九州出身で大阪を拠点とするライブデュオ Milky Lylei、さらに仙台からのゲストDJ KAPI が出演します。 Unsoundのスピリットを体現し、実験的なサウンドからレフトフィールドなダンスミュージックが展開される一夜となります。

【追加プログラム】

9月6日(土)- Circus Osaka × Unsound

開催日時:2025年9月6日(土)OPEN / START 23:00
会場:Circus Osaka(MAP)
エントランス:¥3,000*
*クリエイティブセンター大阪でのメインプログラム参加者はリストバンド提示で入場無料となります。

出演者:
2K88
ANCHIN
Angie.Light
KΣITO
UKD
RP Boo

9月6日(土)に開催されるClub Daphniaでのアフターパーティーに加え、心斎橋のクラブCircus Osakaでもアフターパーティーが開催されます。クリエイティブセンター大阪でのメインプログラムにライブ出演する2人のアーティストが、DJとして再登場します。1人目はシカゴのフットワークのゴッドファーザーと呼ばれるRP Boo。そして、ポーランドのクラブ音楽シーンを牽引する「PLサウンド」の先駆者として知られるポーランドのプロデューサー兼DJ、2K88です。さらに、フットワークとGQOMを融合させたスタイルで知られるKΣITO、日本のドリルとグライムシーンを代表するDouble ClapperzのUKD、そして大阪の新星アーティストANCHINとAngie.Lightも出演します。本アフターパーティーはCircus Osakaとの共同キュレーションにより開催されます。また、同日クリエイティブセンター大阪で開催されるメインプログラムへの参加者は、リストバンドを提示いただくことで無料でこちらのアフターパーティーをお楽しみいただけます。

【追加プログラム】

9月7日(日)- Compufunk × Unsound Osaka

開催日時:2025年9月7日(日)OPEN / START 20:00
会場:Compufunk(MAP)
エントランス:¥1,000*
*クリエイティブセンター大阪、大槻能楽堂でのメインプログラム参加者はリストバンド提示で入場無料となります。

出演者:
secret lineup

9月7日(日)にメインプログラムが開催される大槻能楽堂から徒歩圏内のレコードストア兼クラブCompunkにて、Unsound Osakaのフィナーレを飾ります。出演者はシークレット。また、クリエイティブセンター大阪、大槻能楽堂で開催されるメインプログラムへの参加者は、リストバンドを提示いただくことで無料でこちらのアフターパーティーをお楽しみいただけます。

Zoh Amba - ele-king

 ゾー・アンバを意識したのはずいぶん遅い。昨年の紙エレキングで書いたように、Beingsなるプロジェクトで出した『There Is a Garden』からで、ぼくなんかよりも若々しい感性をもったリスナーは、2022年、彼女がジョン・ゾーンのレーベルでデビューしたときからチェックしているのだろう。Beingsから聴いたのもアンバのリスナーとしては非正統的かもしれない。これはスティーヴ・ガン(説明は不要だろう)、シャハザード・イスマイリー(マーク・リボーのバンドで知られる)、ジム・ホワイト(ダーティ・スリー)らと組んだバンドなのだ。
 Beingsの『There Is a Garden』は、ギャラクシー500めいた陶酔のギター・サウンドにヴィブラートの効いたアンバの悲鳴にも近いサックスが叩きつけられる、端的に言えばポスト・パンク的にササクレだったジャズ・アルバムだった(彼女は歌ってもいるし、ギターを弾いてもいる)。いっぱつで引き込まれる音楽とはまさにこれで、ことにアンバの表情豊かなサックスには心揺さぶられ、それからである、このずば抜けて魅力的なアーティストを聴くようになったのは。

 だいたい、グラミーなどと騒がれているプレイヤーの多くがジュリアード音楽院卒だったりしている今日の「ジャズ」という括りのなか、テネシー州の山村の、決して平穏とは言えなかった家庭に生まれ、森のなか独学によってサックスの練習をしたアンバに物語が生まれ、それがひとり歩きしてしまうのも無理からぬことだろう。これは21世紀の話である。12歳だった彼女がサックスを手にしたのは、吹奏楽の授業でチャーリー・パーカーの映像を見たことがきっかだった。それから彼女はYouTubeで、ジョン・コルトレーン、コールマン・ホーキンス、レスター・ヤングの演奏を繰り返し聴き、そして偉大なる幽霊、アルバート・アイラーを心の師と決めた。音楽学校に進学もしたが馴染めず中退している。スピリチュアルなフリー・ジャズに突進するアンバにとってのジャズとは、制度のなかで学ぶモノではなかった。そもそも、10代にしてドイツのフリー・ジャズマン、ペーター・ブロッツマン(彼女にとってのもうひとりの師)に手紙を送るような若者を、教室の椅子に縛り付けることなど昔もいまも不可能なのだ。

 Discogsを見ると彼女には、わずかこの3年ですでに10枚以上のアルバムがある。そのなかにはキューバ出身の打楽器奏者、フランシスコ・メラとの共作も含まれている。主にエレクトロニック・ミュージックとフリー・ジャズで知られるオスロのレーベル〈スモールタウン・スーパーサウンド〉(ブロッツマンの2000年代の作品を同レーベルは出している)からリリースされた本作『Sun』は、ザ・サン・クァルテット——ドラマーのミゲル・マーセル・ラッセル、ピアニストのレックス・コルテン、ベーシストのキャロライン・モートン——としては初のアルバムで、冒頭から〝震え〟をもって賛歌を奏でると、そして現在25歳のサックス奏者の膨大なエネルギーが爆発する。
 アンバの感情の強度は並大抵のものではない。「女版アイラー」とは彼女に付いた安直なレッテルではあるが、この荒々しくも切なくもあるエネルギーの激流があふれ出ると、あながち間違いではないように思えてしまう。クァルテットは、後期コルトレーンのスピリチュアル・ジャズの心のもっとも奥深いところから吐き出すような、あのすさまじい〝説明しようのないうねり〟を招来している。“Champa Flower”という曲ではアメリカの民謡(フォーク)に根ざしたギターを弾き、“At Noon”ではセレナーデを奏でるが、アルバムはまたしても震えるような精神のざわめきへと流れるように向かう。
 アンバは自ら本作をこう解説している。「この音楽があなたの心の奥深くまで届き、そこからもっとも美しい喜びと愛、好奇心の庭を咲かせてくれることを願っている。(略)私の心はいまも、ピーター・ブロッツマンがこの宇宙に投げかけた深い光のなかに座している。私は毎朝、彼の霊を聴いている。この音楽は、絶えず変化しながら太陽の彼方を目指そうとする魂の反映にすぎない」

 たびたび言われていることだが、フリー・ジャズというジャンル用語は、ある時期から「フリー・ジャズという形式の音楽」という、「過去の音楽」なのに「現代音楽」などという矛盾と似たようなジャンル用語になっている。この音楽が、1960年代のように伝統や慣習を脅かすような強烈さを持ち得ているかと言えば、わからない。坂田明のような、なおもその〝炎〟を宿しながら比類なき境地に達しているサックス奏者もいる。そうだ、ぼくはこのアルバムのジャケットを見て、なんだかアリ・アップみたいだと思った。こんなにはつらつとした生命感を感じるアートワークが過去のフリー・ジャズ/スピリチュアル・ジャズにあったのかどうかも、ぼくにはわからない。わかっているのは、自分がこの先も彼女の音楽を聴き続けるということ。奔放にほとばしるゾー・アンバの物語は、まだはじまったばかりなのだ。


■表紙/ロング・インタヴュー:砂原良徳
──これまでの活動を振り返りつつ、現在の心境および今後の展望を語る
新作『ALL HAZE』が待たれるTESTSET、全メンバー(LEO今井、永井聖一、白根賢一)インタヴュー

■ダブ・ブームのなか、13年ぶりのアルバムを投下するエイドリアン・シャーウッド、特別インタヴュー掲載

■特集:テクノ・ポップの奇妙な世界
“TOKIO(トキオ)” はいったいどこにあるのか?/時代の先をいった〈Yen〉の軌跡/いま再評価される「スケッチ・ショウ」/“テクノ歌謡” の片隅から/後追い世代のテクノ・ポップ考(by 柴田碧)/テクノ・ポップ必聴盤40枚

■第2特集:ハウス・ミュージックの現在地
アンダーグラウンドにおける実験が、いま成熟のときを迎えている。ハウス・ミュージックがみせる新たな展開を追跡──いま聴くべき40枚紹介、ほか
インタヴュー:カオス・イン・ザ・CBD、DJパイソン、Stones Taro、Soshi Takeda

撮影協力:LIQUIDROOM

菊判/160ページ

目次

TESTSETはアンドロイドの夢を見るか──砂原良徳、インタヴュー(by 野田努)
TESTSETへのテレポーテーション──LEO今井+永井聖一+白根賢一、インタヴュー(by 野田努+小林拓音)

エイドリアン・シャーウッド──UKダブに革命を起こし、なおも冒険を好み、サウンドに磨きをかける(野田努)
インタヴュー(by 河村祐介)

特集:“テクノポップ” の奇妙な世界

“TOKIO(トキオ)”はいったいどこにあるのか?──テクノポップの生まれ故郷(イアン・F・マーティン/江口理恵訳)
時代の先をいった〈Yen〉の軌跡(デンシノオト)
いま再評価される「スケッチ・ショウ」について(デンシノオト)
“テクノ歌謡” の片隅から(松本章太郎)
後追い世代のテクノポップ考(柴田碧)
テクノポップは自由を手放したか?(三田格)

ディスク紹介──テクノポップへの道
(イアン・F・マーティン、デンシノオト、三田格)

第2特集:ハウス・ミュージックの現在地

ライトハウス・レコーズ店主、森広康晴に聞くここ5年の傾向と変遷

インタヴュー
カオス・イン・ザ・CBD──ハウス・ミュージックの良き伝統を継承する(by 野田努)
DJパイソン──“ディープ・レゲトン” の先を目指して(by 小林拓音)
Stones Taro──京都から世界へ(by 小林拓音)
Soshi Takeda──ラリー・ハードを愛するニューカマー(by 小林拓音+渡部政浩)

ディスク紹介──2020年代ハウスへの案内
(三田格、猪股恭哉、河村祐介、渡部政浩、DNG、小林拓音)

ハウス・ミュージックの近況報告(猪股恭哉)

VINYL GOES AROUND PRESENTS そこにレコードがあるから 番外編
日本中のアナログレコード・ファンのみなさまへ──VINYLVERSEをご存知ですか?

オンラインにてお買い求めいただける店舗一覧
amazon
Rakuten ブックス
◇7net(セブンネットショッピング) *
ヨドバシ・ドット・コム
◇Yahoo!ショッピング *
HMV
TOWER RECORDS
disk union
◇紀伊國屋書店 *
◇MARUZEN JUNKUDO *
◇e-hon *
◇Honya Club *

全国実店舗の在庫状況
◇紀伊國屋書店 *
◇三省堂書店 *
◇丸善/ジュンク堂書店/戸田書店、ほか *
◇有隣堂 *
◇くまざわ書店 *
◇TSUTAYA *
大垣書店
◇未来屋書店/アシーネ *

* 発売日以降にリンク先を追加予定。

Feronia Wennborg & Lucy Duncombe - ele-king

 「声」とは何か。人間的な響きの最たるものとされてきたそれは、はたして今の時代も「肉体」を保証しているのだろうか。フェロニア・ウェンボーグとルーシー・ダンコムによる『Joy, Oh I Missed You』は、その根源的な問いを真正面から突きつける。ここに鳴り響く声は喉から放たれたものか、それともソフトウェアが生成したものか。その判別不能性こそが作品の核心であり、同時に呪文のような反復となる。本作において「声」は、人間でも機械でもない第三の存在として、聴き手に挑発的な問いを放っている。

 フェロニア・ウェンボーグのルーシー・ダンコムのふたりは本作以前から旺盛な活動を展開していたサウンド・アーティストである。まず、フェロニア・ウェンボーグは、パフォーマンスやインスタレーションからサウンド、テキストまで活動領域を広げるサウンドアーティスト/ミュージシャンだ。彼女の作品の根底には、録音とデジタルの変容プロセスにある。そこにおいてウェンボーグは、「親密さ」や「友情」といった関係性の痕跡を丹念に採集し、音とイメージ込むこのだ。加えてコラボレーションを通じて実践を展開している点も重要だ。共同作業を軸に据えることで、ウェンボーグはリスニングやサウンド表現に潜在する社会的可能性、そしてその再想像の力を探り続けているのだ。
 一方、ルーシー・ダンコムはグラスゴーを拠点とするアーティスト/作曲家である。彼女は声に関連するテクノロジーが持つ社会的・技術的遺産の探究に関心を寄せている。彼女は、声のプロセッシング、複製・転写・編集を通じて、声をその自然なパラメータの外側へと拡張し理解する実践を行っている。ダンコムとフェロニア・ウェンボーグとのコラボレーションにはラジオフォニック作品『The 3rd Remove From The Real』などがある。

 本作『Joy, Oh I Missed You』は、そのふたりの新作コラボレーション作品であり、音楽作品だ。リリースしたレーベルは、シャンタル・ミッチェル(Chantal Michelle)、カルメ・ロペス(Carme López)、ミュー・テイト(mu tate)、ザウム(Zaumne)らの実験音楽を発表し、コアなリスナーから支持を集めてきたスロヴァキアの〈Warm Winters Ltd.〉。その驚嘆すべきカタログの中でも『Joy, Oh I Missed You』は際立った実験性を前面に押し出している。ほかの作品が固有の「手法」を探ってきたとすれば(それだけでも十分に凄いことなのだが)、このアルバムは「声の基盤」そのものを揺さぶる試みであり、聴覚の根底を突き崩すように響く。レーベルが国境を越えて国際的なネットワークを築き、インターネット時代のオルタナティブな実験精神を体現してきたことを思えば、ふたりの才能に満ちたサウンドアーティストの最新コラボレーション・アルバムををリリースしたのは自然な流れとも言える。

 『Joy, Oh I Missed You』を簡単に表現すれば「グリッチに彩られたヴァーチャル・オペラ」ということになる。そのうえ即興的に聞こえるその音響の背後には、四年にわたる綿密な探究が積み上げられている。音声合成、チャットボット、AI解析。人間の声を模倣するために設計された技術を、ふたりは「模倣の成功」ではなく「模倣の破綻」として見直す。アクセントの歪み、再現の失敗。その裂け目が声に未知の輝きを与えるのだ。ここで失敗は美学となり、声の本質を裏返す。キム・カスコーンが00年代初頭に唱えた「失敗の美学」を継承しつつ、ロバート・アシュリー『Automatic Writing』やアキラ・ラブレー『Spellewauerynsherde』などの音響詩/サウンドアートとの記憶とも共鳴する。欠陥によって声は光を帯び、亀裂によってのみ人間と機械の境界は震える。
 こうした断絶の肯定は、近代が信じた「純粋な声」を覆し、むしろ断片や誤作動のなかに新たな生命を見いだそうとする系譜に連なる。ここに見られるのは、デジタル以降の表現者が避けて通れない「故障の倫理」であり、完璧さよりもむしろ不完全さにこそ、時代のリアリティを刻もうとする態度である。
 この音響へと行き着いたのは偶然の結果ではない。そもそもダンコムは『Sunset, She Exclaims』(2021/〈Modern Love〉)で、自身の声を幽霊のように再構成し、身体の痕跡を影のように漂わせたし、ウェンボーグもまたサイモン・ウェインズ(Simon Weins)とのユニット=ソフト・ティッシュとして音響を粒子レベルまで解体し音を物質的な断片へと還元してきたのだ。確かに一見異なる方向性を歩んできた二人だが、「声」を不可視の次元へと拡張する衝動は共通していたのだ。両者が交差したことで、本作は単なる技術的実験にとどまらず、声という存在そのものをめぐる哲学的な試みへと変貌したのである。
 声の変容と音の粒子。その交錯によって、声はもはや身体の残響ではなく、生成と変容の「触媒」として立ち上がってくる。声は崩れ、漂い、再び立ち上がる。もはや「人間の声」という単一の定義は存在しない。そうではなく定義不能な多面体として現れる。聴き手は、これまでに触れたことのない声の質感に遭遇することになる。

 各楽曲はその哲学/詩学を鮮明に体現している。例えば3曲目 “Your Lips, Covering Your Teeth” では発音の断片が舌上で留まらず、転がる石のように機械的リズムと交わる。続く4曲目 “Residue” ではビットクラッシュの崩壊音と唇の音が絡み、機械の故障が人間の吐息と同じ親密さを帯びる。ここに生じるのは「機械の親密さ」という逆説的感覚である。5曲目 “Brushed My Hair” では摩擦された声が不意にフルートの音に変質し、楽器と身体の境界をかき乱す。8曲目 “Smell It” では吃音や呻き、ため息が重なり合い、天上の合唱のような非人間的コーラスを形成するだろう。
 アルバムには全14曲が収録されているが、聴き進めるにつれ、声がどの瞬間に人間で、どの瞬間に機械であるのか聴き手は見失うはず。だがその「見失い」こそが本作の核心である。声は主体の所有物ではなくなり、漂流物と化す。あるいは人間と機械が交わる中間地点に幻のように立ち現れる。その錯乱の只中に新たな声の美が宿り、聴くという行為の根拠が問い直される。こうした体験は、単なる音楽鑑賞を超えて、テクノロジーと身体の関係を再考させる社会的契機にもつながっている。カラ・リズ・カヴァーデール(Kara-Lis Coverdale)などの現代的なアンビエント・ワークスにも連なるサウンドといえる。

 『Joy, Oh I Missed You』はマシニックな音の連鎖だが、冷たい実験音楽ではない。断片化された声の残滓からはむしろ感情の痕跡が立ち上がる。人工音声の「不気味の谷」に美は宿り、グリッチ・ノイズは親密さへと反転する。人が機械に語り、機械が人を懐かしむ。その幻聴はアルバム全体を余韻として漂い続けるだろう。「声」とは誰のものか、それは未解決のままだ。だがその未解決性こそが、この作品のもっとも人間的な側面なのかもしれない。

前半から続く


『日本のジャズ・ソング~戦前篇・服部良一和製ジャズ・コーラス傑作集/戦時下の和製ポピュラー南海音楽』(BRIDGE INC.)

 服部の曲の特徴である和洋折衷については興味深い話がある。食通としても有名だった映画監督の山本嘉次郎は、著作『日本三大洋食考』の中で、ライスカレー、コロッケ、トンカツを“日本三大洋食”と定義したという。いわば日本が世界に誇る洋食である。
 これは音楽評論家の渡辺亨が細野晴臣『泰安洋行』のレビュー(『レコード・コレクターズ00年5月号』)で引き合いにだした逸話だが、戦前の音楽に精通している細野も、どこかで服部を意識していたのではないだろうか。米国のジャズから調達した食材を、日本人なりの調理法でさばいていったという意味で、両者は一脈通じている。そして、先述のピチカート・ファイヴが細野のレーベル“ノン・スタンダード”からデビューしたのも機縁を感じさせるではないか。なお、上田賢一『上海ブギウギ1945 服部良一の冒険』にも音楽を洋食に喩えた記述がある。

「音楽の洋食」——「東京行進曲」「君恋し」を聴くとそんな言葉が思い浮かぶ。ハヤシライスやオムライスといった洋食屋の味。今でも日本料理の多くは、食材、調味料から見ても、完全な西洋料理とはいえない。完全な西洋料理を求めようと思えば、よほどの所に行かなければ不可能で、多くは西洋料理という名の和食だ。

 和洋折衷という意味ではこんなエピソードもある。日本では昭和2年、現在のコロムビアやビクターにあたる日本最古の蓄音器商会が、英・米コロムビアと合併の形で設立された。各社は、本国から持ち込んだ洋盤をプレスして発売したが、一方で、民謡、童謡、浪曲、長唄などの邦盤も大量生産している。そのうち、外国の曲に日本語の詞をつけ、日本人の歌手に歌わせることを発案し、このアイディアが成功。一連の舶来流行歌をいつしか“ジャズ・ソング”と称するようになった。これは和製英語で、“ナイト・ゲーム”を“ナイター”と言ったり、“カリー・アンド・ライス”と言うべきところを“ライスカレー”と代用していたのと同じである。命名者は不明だが、音楽レコード会社の文芸部ではないかとの推測が有力らしい。
 ハヤシライスやオムライスが庶民の味だったように、服部良一にとって、歌は庶民のものという意識が根柢にあったのではないだろうか。海外からの新鮮な輸入品を日本人なりに加工/変形したものが服部のジャズ・ソングだった。新しい音楽を求めてアメリカのジャズを参照し、庶民が歌える歌を作ることを服部は考えていたように思う。つまり、ジャズのセンスを流行歌の面にも援用しようとしたのだ。
 ここであらためて服部の来歴を振り返りたい。ただ、数々の逸話を知らずとも、最近になって服部良一の名前を耳にした人は多いに違いない。ブギの女王と呼ばれた笠置シヅ子の波乱の歌手人生を追ったNHKの連続テレビ小説『ブギウギ』に服部が登場するからだ。笠置を演じる主役は趣里。服部は羽鳥善一という名前に変えられて草彅剛が演じている。
 服部良一は、1907年、浪花節を得意とする父と河内音頭の本場・富田林で育った母の間に生まれた。下町育ちで、小唄などが子供の頃から身にまわりにある環境で育ったという。〈当時の日本の庶民の歌に親しんでいて、江戸からつながる日本の娯楽音楽に対する教養があった〉と評論家/音楽家の大谷能生は述べている(瀬川昌久+大谷能生『日本ジャズの誕生』)。服部良一が子どものころに聴いていた曲として「書生節」があり、その影響が彼の作曲にも及んだことが大谷と瀬川の対話からわかる。また、服部がニットー・レコードにいた頃に、小唄芸者だった美ち奴が歌った「〇〇節」「〇〇小唄」といった曲はすべて服部のアレンジによるものだ。
 西洋音楽に触れたのは近所の教会での讃美歌、小学校での唱歌やハーモニカだったという。当時の唱歌という言葉には子供の合唱といった意味合いはなく、“シンギング”“ヴォーカル・ミュージック”を意味していたそうだ。やがて学校では、イギリスの民謡を文語体の訳語で歌うようになる。「蛍の光」や「埴生の宿」などがその代表例である。15歳の時出雲屋少年音楽隊に入隊。出雲屋というのは実は鰻屋のことで、今となっては不思議な感じがするが、当時は三越や高島屋や松屋など百貨店が宣伝用に音楽隊をつくって、それが日本のポップスの基礎となったのである。
 その第一期の入隊式が行われたのは1923年9月1日だが、この日、おそろしいことに関東大震災が関東圏を襲った。結果、多くのバンドマンが関東から大阪に移動してきて、道頓堀はジャズのメッカとなる。この頃、道頓堀、千日前にダンスホールが初めて竣工。3年後には、20のダンスホールができ、道頓堀川には芸者のジャズ・バンドが乗った屋形船まで出現したという。そんな環境下で、大正15年、服部が19歳の時に大阪フィルハーモニック・オーケストラに入団。これは大阪放送局(JOBK)の専属オーケストラとして発足したもので、服部はオーボエを担当した。
 翌年、服部は彼の才能を見抜いたロシア人指揮者のエマヌエル・メッテルに師事し、作曲家リムスキー・コルサコフの和声を学ぶ。メッテルの指導が厳しかったのは服部の自叙伝『ぼくの音楽人生』を読むとよく分かるが、それでも服部は必死で食らいつき、和声学やコルサコフの代名詞である管弦楽法などの音楽理論を習得。メッテルはクラシックが専門だったが、服部が“実はジャズをやりたいんだ”とおそるおそる言いだすと、音楽にジャンルの垣根はないとメッテルに激励されたというエピソードが象徴的だ。
 バンドでサックスを吹く一方、服部は同時並行で編曲も手掛けるようになっていた。なお、彼が編曲という名称を覚えたのは井田一郎の仕事を通じてのこと。井田は、1923年に日本初のプロのジャズ・バンドとして名高いラフィング・スターズを結成したキーパーソンだ。当時、編曲という作業を行っていたのが井田くらいしかおらず、二村定一など初期のジャズ・ソングのレコーディングはほとんどが井田の編曲/指揮であった。
 なお、編曲に秀でていた才人として、コロムビア所属だった仁木多喜雄の名前も挙げなければならないだろう。夭逝したため服部よりも知名度は低いが、リキー宮川の「マーチャン」は端正で瀟洒、モダンそのものである。アメリカのビッグ・バンド・ジャズ人気を担ったグレン・ミラーやジーン・クルーパのサウンドをうまく翻案/消化した印象もある。その仁木と比較すると、服部の曲は日本的な響きが強い。例えば、コロムビアで制作した和声ジャズ・コーラスもの。昭和14年の「お江戸日本橋」では、ベニー・グッドマンの「シング・シング・シング」を独自に解釈して採り入れ、管楽器のアレンジも完璧だった。
 服部は1933年に上京。作曲や編曲の仕事を手掛けるようになり、36年にはコロムビアの専属作曲家となる。コロムビア入社第一回の作品が淡谷のり子の歌う「おしゃれ娘」で、米国で勃興していたスウィング・ジャズの意匠を施した同曲は多くの日本人を驚かせた。同じく、淡谷のり子「別れのブルース」は、黒人のブルースをベースにした作品。服部の意向を汲み、本来得意ではなかったアルトの音域で歌ったという。もちろん、李香蘭(山口淑子)の歌唱による「蘇州夜曲」もヒット。以降、レコード、ステージ、放送、映画音楽など多彩な活動を展開してゆく。戦中は陸軍報道班として中国へ渡り、文化工作に従事。中国の作曲家とも密な関係を築いた。戦後は、ブギウギのリズムを採り入れた「夜来香ラプソディ」の他、「青い山脈」「銀座カンカン娘」とヒットを連発し、人気音楽家として一躍その名を轟かせることになる。
 指導者としての服部についても触れないわけにはいかない。戦前、多少なりともジャズの編曲を手掛けた音楽家は、ほとんど全ての人が一度は“響友会”なる服部塾の生徒だったといっても過言ではないからだ。ここで連想されるのが、渡辺貞夫のことである。バークリー音楽大学(筆者註、当時はバークリー音楽院)で学んだ渡辺は帰国したのち、自宅に後輩や同輩を呼び集めて、アメリカで学んだことを若いジャズメンに伝授した。このふたつの私塾は、それぞれ、戦前戦後の一大業績と言えるのではないだろうか。瀬川昌久が監修を手掛けた『日本のジャズ・ソング~戦前篇~シリーズ』の解説などでその重要性を説いている。
 また、先述のダンスホールがさかんになってくると、外国だけではなくて日本の流行歌もアレンジして混ぜてゆくことになる。日本で流行っている歌をジャズやタンゴにすると、聴衆が思いのほか喜んだというのだ。ダンス・バンドにはそうした需要が徐々に増え、服部に依頼して「雨のブルース」を(社交ダンスの一種である)フォックス・トロット風にアレンジし、演奏したこともあったとか。
 ダンスホールに来場する客では、学生には瀟洒でモダンなアレンジのものがウケる。一方、その他の人はアンサンブルやダンス・リズムには凝っていない歌謡曲を好む。服部はその両方をつなぐような仕事をされている、と瀬川は述べている(『日本のジャズの誕生』)。コロムビアの専属作曲家として業績をあげるには、そういった仕事も必要だったのだろう。服部は意識して古賀政男風のメロディもずいぶん作ったそうだ。
 そんな服部が人生最後の音楽会でメインに選んだのはシンフォニック・ジャズだった。コンサートは昭和42年の還暦記念にあわせて開催。クラシックの上海交響楽団と共演し、41分にわたる交響詩を披露した。これは服部の積年の夢であり願望だった。というのも服部は、アメリカの作曲家ジョージ・ガーシュウィンに強い憧れを抱いていたのだ。ガーシュウィンは1898年NYのブルックリン生まれ。少年時代にピアノを勉強し、1919年、21歳の時に作曲した歌曲「スワニー」で世に出る。
 “キング・オブ・ジャズ”を名乗るポール・ホワイトマンがガーシュウィンの才能に目をつけ、ジャズの交響楽的作品を書くことをすすめ、ピアノ独奏と管弦楽のための作品「ラプソディー・イン・ブルー」が完成。初演は1924年(日本では大正13年)で、服部が17才の時だ。服部はかねがね、ガーシュウィンのようにジャズの大交響楽団で演奏することを夢見ていた。大阪にいた頃、服部は「ラプソディ・イン・ブルー」をアメリカ帰りの作編曲家、紙恭輔が東京で舞台にかけたと聞いて、いてもたってもいられなかったという。
 服部は、クラシックとポピュラー音楽の間に明確な区別がなく、西洋音楽が一括りにされていた1920年代に音楽家としての訓練を受けた。10代からカフェやダンスホールでジャズを演奏しながら、大阪フィルハーモニック・オーケストラでクラシックを演奏している。そんな風にクラシックもジャズも等価なものとして享受してきた彼が、いま一度自分の音楽人生を総ざらいし、複数のジャンルを統合することを望むのは自然だったはず。服部のスタンスはこの発言に端的に表れている。

音楽にはクラシックとポピュラーといった区別は本質的にないというのがぼくの考え方で、とにかくいい音楽を大衆に親しんでもらいたいという気持ちからだった。この考え方はぼくの一生を通じて変わっていない。音楽に大衆音楽も高級音楽もないと考えるぼくは、当面、学びつつある音楽理論や技法を、ジャズや歌謡曲の世界で生かしたいと苦心していた。(服部良一『ぼくの音楽人生』)

 なお、1992年10月20日には大阪で“服部良一音楽祭‘92”が催された。会場は大阪城ホール。歌謡界以外のポップス系の音楽家や歌手が、服部良一作品を積極的にレパートリーに入れているのを受けてのコンサートだった。出演した面々は実に豪華。括弧内に演奏/歌唱した曲を入れると、サンディー(「蘇州夜曲」)、東京スカパラダイスオーケストラ(「ラッパと娘」)、山崎ハコ(「東京ブギウギ」)、アメリカのブレイヴ・コンボ(「青い山脈」)、シンガポールのディック・リー(「ジャジャムボ」)など。上記のコンサートのように『ブギウギ』の放映によって一気に押し寄せたように見える服部良一再評価の波だが、それ以前からその功績は着々と引き継がれている。服部良一と笠置シヅ子と雪村いづみと小西康陽を繫ぐ一本の太い幹は現代の日本の音楽にも確実に影を落としているのである。

ピチカート・ファイヴ
『さ・え・ら・ジャポン』
(日本コロムビア)

荒井由実
『ひこうき雲』
(EXPRESS)

雪村いづみ
『フジヤマ・ママ 雪村いづみ スーパーアンソロジー1953-1962』
(ビクターエンタテインメント)

雪村いづみ
『スーパー・ジェネレイション』
(日本コロムビア)

George Gershwin
『エッセンシャル・ジョージ・ガーシュウィン』
(ソニー)

■参考文献一覧
丸山眞男著『現代政治の思想と行動』(未来社)
梅棹忠雄著『文明の生態史観』(中公文庫)
内田樹著『日本辺境論』(新潮新書)
相倉久人著・松村洋編著『相倉久人にきく昭和歌謡史』(アルテスパブリッシング)
マイケル・ボーダッシュ著・奥田佑士訳『さよならアメリカ、さよならニッポン』(白夜書房)
瀬川昌久+大谷能生『日本ジャズの誕生』(青土社)
服部良一著『ぼくの音楽人生』(日本文芸社)
上田賢一著『上海ブギウギ1945 服部良一の冒険』(アルテスパブリッシング)
『レコード・コレクターズ』00年5月号「特集・細野晴臣」(ミュージック・マガジン)
小沼純一監修『あたらしい教科書 音楽』(プチグラパブリッシング)
末越芳晴著『ラプソディ―・イン・ブルー ガーシュインとジャズ精神の行方』(平凡社)
『ミュージック・マガジン』01年2月号(ミュージック・マガジン)
『ミュージック・マガジン』2024年2月号「特集・『ブギウギ』と笠置シヅ子の時代」(ミュージック・マガジン)
山本嘉次郎著『日本三大洋食考』(昭文社)
内田晃一郎著『日本のジャズ史』(スイングジャーナル)
大谷能生著『20世紀ジャズ名盤100』(イースト・プレス)
井上寿一著『理想だらけの戦時下日本』(ちくま新書)

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495 496 497 498 499 500 501 502 503 504 505 506 507 508 509 510 511 512 513 514 515 516 517 518 519 520 521 522 523 524 525 526 527 528 529 530 531 532 533 534 535 536 537 538 539 540 541 542 543 544 545 546 547 548 549 550 551 552 553 554 555 556 557 558 559 560 561 562 563 564 565 566 567 568 569 570 571 572 573 574 575 576 577 578 579 580 581 582 583 584 585 586 587 588 589 590 591 592 593 594 595 596 597 598 599 600 601 602 603 604 605 606 607 608 609 610 611 612 613 614 615 616 617 618 619 620 621 622 623 624 625 626 627 628 629 630 631 632 633 634 635 636 637 638 639 640 641 642 643 644 645 646 647 648 649 650 651 652 653 654 655 656 657 658 659 660 661 662 663 664 665 666 667 668 669 670 671 672 673 674 675 676 677 678 679 680 681 682 683 684 685 686 687 688 689 690 691 692 693 694 695 696 697 698 699 700 701 702 703 704 705 706 707 708 709 710 711 712 713 714 715 716 717 718 719 720 721 722 723 724 725 726 727 728 729 730 731 732 733 734 735 736 737 738 739 740 741 742 743 744 745 746 747 748 749 750 751 752 753 754 755 756 757 758 759 760 761 762 763 764 765 766 767 768 769 770 771 772 773 774 775 776 777 778 779 780 781 782 783 784 785 786 787 788 789 790 791 792 793 794 795 796 797 798 799 800 801 802 803 804 805 806 807 808 809 810 811 812 813 814 815 816 817 818 819 820 821 822 823 824 825 826 827 828 829 830 831 832 833 834 835 836 837 838 839 840 841 842 843 844 845 846 847 848 849 850 851 852 853 854 855 856 857 858 859 860 861 862 863 864 865 866 867 868 869 870 871 872 873 874 875 876 877 878 879 880 881 882 883 884 885 886 887 888 889 890 891 892 893 894 895 896 897 898 899 900 901 902 903 904 905 906 907 908 909 910 911 912 913 914 915 916 917 918 919 920 921 922 923 924 925 926 927 928 929 930 931 932 933 934 935 936 937 938 939 940 941 942 943 944 945 946 947 948 949 950 951 952 953 954 955 956 957 958 959 960 961 962 963 964 965 966 967 968 969 970 971 972 973 974 975 976 977 978 979 980 981 982 983 984 985 986 987 988 989 990 991 992 993 994 995 996 997 998 999 1000 1001 1002 1003 1004 1005 1006 1007 1008 1009 1010 1011 1012 1013 1014 1015 1016 1017 1018 1019 1020 1021 1022 1023 1024 1025 1026