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Tirzah

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三田格   Aug 22,2018 UP
E王

 アーサー・ラッセルの存在感が年々高まっているように感じる。最近でいえば、やはりアルカが大きい。『IDM Definitive』を編集している際、アーサー・ラッセルをどこに位置付けようか悩んでいた僕はあれこれと音楽史のパースペクティヴを変えながら何度もラッセルの『タワー・オブ・ミーニング』などを繰り返し聴いていたためか、その濃度がいつもより多く体内に残留してしまったようで、さらに編集を続けていてアルカの『ゼン』を聴いたとき、それこそラッセルのヴァリエイションのように聞こえてきたのである。彼自身がインタヴューでラッセルに影響を受けていると話していたときには言葉以上のものとしては理解していなかったのだろう、ラッセルの影響がアルカのサウンドに滲み出ていることを初めて強く実感した瞬間だった。本人にそのつもりがなくとも竹村延和を聴いているとロバート・ワイアットが随所で滲み出ていたり、砂原良徳がクラフトワークにしか聴こえないというアレと同じである。アルカはしかし、ファースト・アルバムにしかそれは顕在化しているとは言い難く、セカンド・アルバム『ミュータント』でポップになった……というよりスノッブになってしまったために、ラッセルを感じさせる部分はどこか薄れてしまったきらいはある。ポップ・ミュージックは腐りかけが一番面白いと思っている僕には、これは微妙な変化ではあった。
 ブラッド・オレンジ、パンサ・ドゥ・プリンス、ティム・バージェスと大なり少なりラッセルの影響を受けたミュージシャンのリストはそれなりに長くなりそうだけれど、5年前にミカチューことミカ・リーヴァイと組んでポスト・グライムなどと評された“I’m Not Dancing”をリリースしたティルザもまたデビュー・アルバムとなる『退化(Devotion)』ではサウンド・スタイルを大幅に変化させ、ミニマル化したR&Bをメインとしていた。それこそアーサー・ラッセルからのダイレクトな影響を感じさせるアプローチである。

 この変化はアルバム全体のプロデュースを務めたミカ・リーヴァイの志向だったのかもしれない。そこはよくわからない。音楽学校で一緒に音楽を学んでいたというふたりは13歳のときに一緒につくった“Go Now”を(30歳になって)初めてレコーディングもしている。どうして『退化』というタイトルなのかもわからないけれど、アルバムに収録された曲には大人の恋愛を扱ったものが多いそうで、ガーディアン紙などはカーターズ(ビヨンセ&ジェイ・Z)『エヴリシング・イズ・ラヴ』と並ぶ「愛のアルバム」として紹介している。昨年、〈ホワイツ〉の新星として大きな評価を得たコービー・セイをフィーチャーしたをタイトル曲のヴィデオではなるほど幸せそうなカップルがクラブ(ホームパーティ?)でいちゃついている。
 オープニングからして優しい。いきなり柔らかいもので包まれた感じ。続く“Do You Know”でスクリュードされたヒップホップ・ビートに足を取られ、“Gladly”で早くも気だるさは頂点に。♩あなたが必要なだけ、と驚くほど簡単なことしか歌っていないのに、どんどん引きずり込まれる。ややテンポ・アップした“Holding On”は彼女がディスクロージャーを輩出した〈グレコ・ローマン〉のレーベル・メイトであったことを思い出させ、この曲だけがちょっと異色。同じコードを抑えるだけのピアノがループされた“Affection”はアーサー・ラッセル直系で、〈クレプスキュール〉ヴァージョンのローリー・アンダーソン“O Superman”というか。“Basic Need”もミニマリズムに徹している。アナログだとBサイドに移って枯れたストリングス・アレンジがいかにもミカ・リーヴァイといった雰囲気の“Guilty”からR&Bとモダン・クラシカルが見事に融合したタイトル曲へ。どこか退廃的な雰囲気が滲み出す。“Go Now”はR&Bの定型が残っていることで、確かに13歳の時につくったんだなと思わせる。このあどけなさを受けて“Say When”ではもう一度アンニュイに頭を突っ込み直す。“Say When”というのは「合図して」という意味なので、“Go Now”の前に来た方が「いつ?」「いま!」という流れになると思うんだけど、そういう関係を表したものではないのだろうか。エンディングはまたちょっと変わった曲で、オフビートだらけのドラムンベースというか。そして、あれっという感じで終わってしまう。全体にソランジュ『A Seat At The Table』をレイジーにして、いかにもイギリス的な線の細さに置き換えた感じでしょう。影響されていることは確か。

 ヴァン・ジェスやSZA、ティナシーにドーン・リチャードとオルタナティヴR&Bは依然として百花繚乱だけれど、クラインと同じくリズム面でも大胆に実験的なことをやっている人は意外と少なく、『Devotion』はその点で稀有な存在感を放っている。

三田格