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Feronia Wennborg & Lucy Duncombe

ElectronicExperimental

Feronia Wennborg & Lucy Duncombe

Joy, Oh I Missed You

Warm Winters

デンシノオト Sep 03,2025 UP

 「声」とは何か。人間的な響きの最たるものとされてきたそれは、はたして今の時代も「肉体」を保証しているのだろうか。フェロニア・ウェンボーグとルーシー・ダンコムによる『Joy, Oh I Missed You』は、その根源的な問いを真正面から突きつける。ここに鳴り響く声は喉から放たれたものか、それともソフトウェアが生成したものか。その判別不能性こそが作品の核心であり、同時に呪文のような反復となる。本作において「声」は、人間でも機械でもない第三の存在として、聴き手に挑発的な問いを放っている。

 フェロニア・ウェンボーグのルーシー・ダンコムのふたりは本作以前から旺盛な活動を展開していたサウンド・アーティストである。まず、フェロニア・ウェンボーグは、パフォーマンスやインスタレーションからサウンド、テキストまで活動領域を広げるサウンドアーティスト/ミュージシャンだ。彼女の作品の根底には、録音とデジタルの変容プロセスにある。そこにおいてウェンボーグは、「親密さ」や「友情」といった関係性の痕跡を丹念に採集し、音とイメージ込むこのだ。加えてコラボレーションを通じて実践を展開している点も重要だ。共同作業を軸に据えることで、ウェンボーグはリスニングやサウンド表現に潜在する社会的可能性、そしてその再想像の力を探り続けているのだ。
 一方、ルーシー・ダンコムはグラスゴーを拠点とするアーティスト/作曲家である。彼女は声に関連するテクノロジーが持つ社会的・技術的遺産の探究に関心を寄せている。彼女は、声のプロセッシング、複製・転写・編集を通じて、声をその自然なパラメータの外側へと拡張し理解する実践を行っている。ダンコムとフェロニア・ウェンボーグとのコラボレーションにはラジオフォニック作品『The 3rd Remove From The Real』などがある。

 本作『Joy, Oh I Missed You』は、そのふたりの新作コラボレーション作品であり、音楽作品だ。リリースしたレーベルは、シャンタル・ミッチェル(Chantal Michelle)、カルメ・ロペス(Carme López)、ミュー・テイト(mu tate)、ザウム(Zaumne)らの実験音楽を発表し、コアなリスナーから支持を集めてきたスロヴァキアの〈Warm Winters Ltd.〉。その驚嘆すべきカタログの中でも『Joy, Oh I Missed You』は際立った実験性を前面に押し出している。ほかの作品が固有の「手法」を探ってきたとすれば(それだけでも十分に凄いことなのだが)、このアルバムは「声の基盤」そのものを揺さぶる試みであり、聴覚の根底を突き崩すように響く。レーベルが国境を越えて国際的なネットワークを築き、インターネット時代のオルタナティブな実験精神を体現してきたことを思えば、ふたりの才能に満ちたサウンドアーティストの最新コラボレーション・アルバムををリリースしたのは自然な流れとも言える。

 『Joy, Oh I Missed You』を簡単に表現すれば「グリッチに彩られたヴァーチャル・オペラ」ということになる。そのうえ即興的に聞こえるその音響の背後には、四年にわたる綿密な探究が積み上げられている。音声合成、チャットボット、AI解析。人間の声を模倣するために設計された技術を、ふたりは「模倣の成功」ではなく「模倣の破綻」として見直す。アクセントの歪み、再現の失敗。その裂け目が声に未知の輝きを与えるのだ。ここで失敗は美学となり、声の本質を裏返す。キム・カスコーンが00年代初頭に唱えた「失敗の美学」を継承しつつ、ロバート・アシュリー『Automatic Writing』やアキラ・ラブレー『Spellewauerynsherde』などの音響詩/サウンドアートとの記憶とも共鳴する。欠陥によって声は光を帯び、亀裂によってのみ人間と機械の境界は震える。
 こうした断絶の肯定は、近代が信じた「純粋な声」を覆し、むしろ断片や誤作動のなかに新たな生命を見いだそうとする系譜に連なる。ここに見られるのは、デジタル以降の表現者が避けて通れない「故障の倫理」であり、完璧さよりもむしろ不完全さにこそ、時代のリアリティを刻もうとする態度である。
 この音響へと行き着いたのは偶然の結果ではない。そもそもダンコムは『Sunset, She Exclaims』(2021/〈Modern Love〉)で、自身の声を幽霊のように再構成し、身体の痕跡を影のように漂わせたし、ウェンボーグもまたサイモン・ウェインズ(Simon Weins)とのユニット=ソフト・ティッシュとして音響を粒子レベルまで解体し音を物質的な断片へと還元してきたのだ。確かに一見異なる方向性を歩んできた二人だが、「声」を不可視の次元へと拡張する衝動は共通していたのだ。両者が交差したことで、本作は単なる技術的実験にとどまらず、声という存在そのものをめぐる哲学的な試みへと変貌したのである。
 声の変容と音の粒子。その交錯によって、声はもはや身体の残響ではなく、生成と変容の「触媒」として立ち上がってくる。声は崩れ、漂い、再び立ち上がる。もはや「人間の声」という単一の定義は存在しない。そうではなく定義不能な多面体として現れる。聴き手は、これまでに触れたことのない声の質感に遭遇することになる。

 各楽曲はその哲学/詩学を鮮明に体現している。例えば3曲目 “Your Lips, Covering Your Teeth” では発音の断片が舌上で留まらず、転がる石のように機械的リズムと交わる。続く4曲目 “Residue” ではビットクラッシュの崩壊音と唇の音が絡み、機械の故障が人間の吐息と同じ親密さを帯びる。ここに生じるのは「機械の親密さ」という逆説的感覚である。5曲目 “Brushed My Hair” では摩擦された声が不意にフルートの音に変質し、楽器と身体の境界をかき乱す。8曲目 “Smell It” では吃音や呻き、ため息が重なり合い、天上の合唱のような非人間的コーラスを形成するだろう。
 アルバムには全14曲が収録されているが、聴き進めるにつれ、声がどの瞬間に人間で、どの瞬間に機械であるのか聴き手は見失うはず。だがその「見失い」こそが本作の核心である。声は主体の所有物ではなくなり、漂流物と化す。あるいは人間と機械が交わる中間地点に幻のように立ち現れる。その錯乱の只中に新たな声の美が宿り、聴くという行為の根拠が問い直される。こうした体験は、単なる音楽鑑賞を超えて、テクノロジーと身体の関係を再考させる社会的契機にもつながっている。カラ・リズ・カヴァーデール(Kara-Lis Coverdale)などの現代的なアンビエント・ワークスにも連なるサウンドといえる。

 『Joy, Oh I Missed You』はマシニックな音の連鎖だが、冷たい実験音楽ではない。断片化された声の残滓からはむしろ感情の痕跡が立ち上がる。人工音声の「不気味の谷」に美は宿り、グリッチ・ノイズは親密さへと反転する。人が機械に語り、機械が人を懐かしむ。その幻聴はアルバム全体を余韻として漂い続けるだろう。「声」とは誰のものか、それは未解決のままだ。だがその未解決性こそが、この作品のもっとも人間的な側面なのかもしれない。

デンシノオト