「Noton」と一致するもの

Mirrorring - ele-king

 フォークというのは、大ざっぱに言って、情緒的なところに訴えるもっともポピュラーな娯楽音楽のスタイルで、いかなる音をどのように、そしていかなる音楽的主題を追求するのかという音の創作物とは別物だ。それがどんな音楽なのかということ(どんな音色で、どんな音の強度で、どんなパラメーターによるもので......エトセトラ)よりも、どんな意味なのか(何を歌い、どんな言葉を綴っているのか......)ということのほうがが問われ、重視される。そもそも歌というコンセプトが人間にとって、あるいは社会にとっての順応性の高さゆに永遠と言えよう。
 そうした歌の文化に対して、たとえばマウス・オン・マーズ、ザ・ホスト、あるいはコーヘイ・マツナガの音楽には同じような観点での意味があるのだろうか? "アシッド・トラックス"に意味がないように、エメラルズやザ・ホストやコーヘイ・マツナガの音楽にも意味がない。あるのはただ、聴いているさなかに喚起される何か、ある種のムードやアトモスフィア、夢想、さもければ催眠、ふぬけるか、飛ばされるか......だ。
 歌とアコースティック・ギターも使いようによってはこの路線にアプローチできる。たとえばフリー・フォークにはそういう側面があったし、今日のインディ・シーンにおいては、フォーク的なるものとアンビエント的なるものはときに交錯している。そうなったときにフォークは、「平均的な人たち、誰からも愛されたい」というローブローな態度を意識的に放棄する、良くも悪くも。

 ミラーリング......は、リズ・ハリスとジェシー・フォーチノというふたりの女性によるプロジェクトで、これが最初の作品、アルバムだ。
 リズ・ハリスは、いまさら言うまでもなく、グルーパー名義で、何枚もの素晴らしいアルバムを出している。日本でも根強い人気を持っているオレゴン州ポートランドを拠点とする女性アーティストだ。彼女はエレキギターを弾きながら、機材を駆使しながら抽象的な音響のレイヤーを加工して、重ね、ある種のアンビエントめいたサウンドスケープを創出しながら、ときに歌っている。フォークという娯楽型と、催眠的で意味を持たない電子音楽とをまたいでいると言えるが、彼女の作品はアシッド・フォークと呼ばれるスタイルよりは圧倒的にドローンに近い。
 もうひとりのジェシー・フォーチノは、そういう意味ではばりばりのフォーク歌手だ。〈サブ・ポップ〉からタイニー・ヴァイパース名義で2枚の素晴らしいアルバムを出しているが、言うなれば、彼女はヴァシュティ・バニヤン・リヴァイヴァルのひとりである。ミラーリングはこうしたふたりの興味深い組み合わせで、アルバム『異物(Foreign Body)』は、疑う余地のないほど魅力的な作品となっている。彼女たちふたりの方向性は共有され、個性はうまい具合に混合されている。どちらかが欠けてもこの素晴らしいアルバムは生まれなかったのである。
 ジェシーはその声とアコースティック・ギターの音色で、リズのぼやけたアンビエントの世界に踏み入れ、彼女の徹頭徹尾どよーんとした世界に"歌"を届けている。"水浸しの声(Drowning The Call)"はふたりの混合の素晴らしい瞬間のひとつだ。グルーパーの温かみのある抽象的な広がりのなかを彼女たちの綺麗なハミングが流れ、あるいはときおり生ギターの弦がはじかれ、平穏のなかに響いている。"上からの無音(Silent From Above)"のような、愛想の良いフォーク・ソングももちろん悪くはないのだが、クライマックスはコクトー・ツインズをジ・オーブがリミックスしたような9分近くもある"私のもの(Mine)"という曲だ。この曲はぜひ、竹内正太郎のような歌詞マニア、そして1990年代生まれのリスナーにも聴いて欲しい。
 クローザーの"私たちの眠る鏡(Mirror of Our Sleeping)"という曲を聴いていると、本当に眠たくなる。が、この新しい発見がちょっと嬉しいので、すぐに目が覚めてる。ジュリアナ・バーウィックとも、そしてジュリア・ホルターとも何か別の風景が目の前に広がっている。ミラーリングはこの先も続けるべきだ。

The Host - ele-king

 ダブステップは、昨年、ジェームズ・ブレイクがアルバムを出す前から風船がはぜるように空中分解して、四方八方に飛んでいる。風に流れたボックスカッターは、ポスト・ダブステップという境界線のぼやけた領域で、片足半分をIDMに入れながら、ダブステップのドラムパターンの癖を引きずっていた。

 元から彼はダブステップの部外者だった、とも言える。昨年、ele-kingのレヴューで僕はこう書いている。「2006年のデビュー・アルバムのときから、彼の音楽はより幅の広いものだったが、強いて言えばそれはIDMとダブステップ/グライムのブレンドだった。ロンドンで生まれたウォブリー・サウンドを、その外側にいる人間が面白がって、IDMテクスチャーのなかに大胆に取り入れたのがバリー・リンで、それはロバート・フリップに傾倒したギタリストが安いPCを手に入れて、ヒップホップとスクエプッシャー、ハウスとテクノ、UKガラージとジャングル、そして 2004年に〈リフレックス〉がリリースしたコンピレーション・アルバム『グライム』に強く影響を受けて生まれた音楽だった」
 「彼の重たいベースとダブの空間、細かくチョップされたブレイク、そしてIDMテクスチャーによる独創的な展開にはユーモアと軽妙さがあり、オリジナル・ダブステップのドープな感覚に対して「ごめん、わかるけど、きついわ」と口をねじ曲げていたリスナーにとっては「むしろこっち」と言わせる魅力がある」(/ele-king/review/album/001772/

 北アイルランドのバリー・リン......彼のザ・ホスト名義による最初のアルバムがこれ、『ザ・ホスト』だ。アルバムを聴いていると、彼が名義を変えた理由が理解できる。ザ・ホストはベース・ミュージックの影響を引っぱってはいるものの、明らかに他の場所に移動しているからだ。ボックスカッターも軽かったが、さらに軽い空間を創出して、柔らかいアンビエントを展開している。そして彼はギターやベースを弾いて、サイケデリックなサウンドスケープに彼なりの味を与えている。
 とはいえ、『ザ・ホスト』は、ジャンル別に整理するレコード店泣かせのアルバムだ。浮き足立ちながら、バリー・リンはスタイルを気にせず好きなように作っている。よくわらないけれどシュールなアートワークが、ザ・ホストの落ち着きのなさをうまく表している。"ネオ・ゲオシテチーズ"の素っ頓狂なIDMで惹きつけておきながら、"隠れた形而上学"ではクラウトロックの電子宇宙を広げ、"Org"ではドラムンベースを引用する。"午前3時のサーフィン"では電子ノイズの雨を降らせ、メロウなギターを重ねる。"雨のシーケンス/眼内閃光パターン"でもギターを手に取り、ベースを重ねて、チルアウトな感覚を際だたせる。"カナヴェラル岬の夏至"では素晴らしい夢の境地に足を踏み入れ、そしてラスト2曲まで「サイケデリック・ミュージック」の領域へまっしぐら......といった具合だ。
 この彷徨は、いったいどこに落ち着くというのであろう。とにかく彼は向きを変えた。UKのベース・ミュージックの過渡期を象徴する1枚である。

Julianna Barwick - ele-king

 ディレイというと「遅れる」という語義に引かれてみえにくくなってしまうのだが、それはじっさい「先(未来)にのこす」ということでもある。音が放たれた瞬間は過去に、その反響音は未来にのこされる。ジュリアナ・バーウィックの音楽は、このディレイのパラドクスを輝かしく取り出してみせる。

 数年前にこの作品が現れたとき、筆者はその国内盤というか、輸入盤に帯とライナーを付属させたものをリリースしたいと思って会社に提案したが、そのタイミングではないと却下されてしまった。たしかにあの頃国内盤として枚数を売るのは難しかったかもしれない。だが一貫したヴィジョンのもとに活動をつづけてきたことで、彼女は着実に知名度を上げ、昨年は〈アスマティック・キティ〉から2枚目のフル・アルバムをリリース、またイクエ・モリとのコラボ作でも素晴らしい成果をのこしており、旧作が見直されてよい時期がめぐってきていた。こうしたなかで、先日ファースト・アルバム『サングイン』のCD盤が限定リイシューされ、ディスクユニオンからは帯ライナー付きの国内仕様盤もリリースされた。初となるヴァイナル盤もそろそろ国内に入ってきているようだ。筆者はやはり、この最初の作品に大きなインパクトを受けているから、ぜひとも『サングイン』がより多くの人の手に渡ることを期待したい。

 2000年代の後半は、インディ・ロック・シーンをリヴァーブやディレイが彩った。まるでそれが時代のエートスを象徴するものであるかのように、ガレージ・ロックからエレクトロニック・ミュージックにいたるまで、さまざまなフォームをリヴァーブやディレイがドリーミーに覆っていた。両者はいずれ分けがたく使用されているが、たとえばウォッシュト・アウトや(アトラス・サウンドにそれを聴くときは、とても逃避的な性格が浮かび上がる。ウォッシュト・アウトならば繭や母胎を思わせる心地よさがあるが、アトラス・サウンドともなればそのドリーム感がやがて現世を拒絶する荒野に直結してしまうようなおそろしさが忍び込んでくる。これとは対照的に、ジュリアナ・バーウィックやパンダ・ベアのリヴァーブ/ディレイはとても前向きな明るさを持っている。もちろんそれは「世界はいいところさっ」というような、粗雑な感性からみちびき出された、見当違いな肯定感とは異なる。大きくみれば、ウォッシュト・アウトらの逃避感覚を多く共有する音なのだが、逃避した先にひとつの脱出口があるというか、光がのぞいているような気持ちにさせるようなものが、彼女たちのアウトプットが持つ重要な個性だ。

 "ユニット5"のようなものもあるが、ほとんどの曲には詞らしいものはない。あってもききとることはできない。自らの声のみで巧みに編まれた和声のタペストリーを縫って、四方から波のようにその反響音が寄せあう。放たれることにではなく、のこることに彼女の音のダイナミズムは宿る。ディレイの性質にまつわるこうした転換をわれわれはあらためて意識させられるだろう。それは先の時間への意識である。小節線を感じさせない曲展開にも、時間や時代との摩擦をすり抜けて未来へと伸びていく光のような強度がある。なにより「歌姫」などという形容をはねつけるとても意志的な声と構成意識がたのもしい。声というプリミティヴな素材を全面的にもちいるがゆえに、歌い手やシンガー・ソングライターのようにとらえられがちな部分があるが、彼女はむしろそののびやかな声が響く舞台裏に待機し、ネジやスパナでもって反響板を調節するような仕事をしているというほうが近いかもしれない。板の角度を変えるとともに、きたるべき時間や時代の角度をも調節しようとしているのだ......筆者にはそんなふうに思われる。"ユニット1"から"ユニット9"までひと息に聴くといいだろう。すべてあわせて20分たらずの時間がいっきにうしろへ飛び去り、われわれは前を向く。

 後半部の曲にはブレスを加工したものだろうか、"ダンシング・ウィズ・フレンズ"のようにパーカッシヴなサンプル音が入るものもいくつかある。アルバムに動きや変化をつけるものとして、よいバランスを持っている。彼女の音楽はヘッドホンともなじみがよく、録音物として完成された作品だと思うし、ライヴを観たとしても、ひとりでそれをやっているという姿に表現としてのリアリティが宿るものであると思うのだが、ぜひいちど女声合唱団による演奏が聴いてみたい。女子高生に未来があると言いたいわけではけっしてないが、幼すぎず、かといって成熟はいまだ迎えない、無方向的な力にみちた名もなき声たちが、この音楽のもとに束になるのをみてみたいと思う。

Die Antwoord - ele-king

 ここ数年間ディ・アントウッドには腹が捩れるほど爆笑させられているのだが、不思議とこの新時代のポップ・アイコンについてはあまり日本国内の音楽メディアで語られていない。
 2009年にエンター・ザ・ニンジ、ビートボーイの鮮烈過ぎるユーチューブにあがったクリップとともにメディアに姿を表したニンジャ、ヨランディ・ヴィサー(Yo-Landi Vi$$er)、DJハイテック(DJ Hi-Tek)のレペゼン南アフリカ、自称ゼフ(Zef)、ラップ・レイヴ・クルーであるディ・アントウッドを初めて見た者は、これはCGなんじゃないかって思うほど無限のツッコミ所に腰が抜ける。僕は彼らの最初のふたつのクリップを見て悶絶し、またコラボレートしていたDJソラライズ(Solirize)ことレオン・ボッサというプロジェリアのアーティストの姿を見ながら、ディ・アントウッドの強烈なメッセージ性がギリギリのバランスを持って保たれていることに感動した。それはニンジャが10年の歳月を経て築き上げたいち部のスキもない緻密な計算に基づいたものなのだ。前身ユニットのマックス・ノーマル・TVなど、それまでポップ・アイコンとしてのラップ・ミュージックの実験性を模索して来た彼の素晴らしき最終回答がディ・アントウッドであり、ネクスト・レヴェルなのだ。

 南アフリカの訛りの英語という英語圏の人間がもっとも嫌う言葉遣いを全面にフィーチャーした爆笑リリック、ユーチューブの最高のセンスな自称DIYなクリップには(自称というのはおそらく最初のヴィデオにはディストリクト9の監督であるニール・ブロムキャンプの協力が噂される)世界中のポップ・ミュージックのアイコンのパロディを詰め込んだキャラクター、そして何より南アフリカの土着性と事実をユーモアを持ってアピールしている。
 先日「アルジャジーラ」で見たドキュメンタリーで、南アフリカにあるアルビノたちのコミュニティが恐れる、いまだに息づく土着のウィッカンにフォーカスしたものがあった。それは若いアルビノの体は幸運を運ぶ魔術のマテリアルになりうるとして、アルビノの死体が金銭対象となりしばしば襲われるケースを追ったものだった。
 そう言えば、ディ・アントウッドのイーヴル・ボーイのリリックで南アフリカでの伝説の淫獣トコロシを唄ったものがあり、彼らが地元でその魔術について取材したViceの番組があったっけ(そもそもあのクリップの衝撃はさらなる高みへ押し上げたであろう程の完成度だった)。まったくもって信じがたい話だが、この地球上で文化人類学的にこれほど良くも悪くもロマンチックな土地がまだ存在するんだろうか? この衝撃は、彼らを題材にしたショート・ムーヴィーがハーモニー・コリンに監督されたりと、音楽以外の文脈でのほうが広がりがあるようだ。オッド・フューチャーといい近年のユーチューブ・カルチャーにおいて最高のユーモアで切れ味のいいジョークを披露してくれる次世代を日本でももっと期待したい。片桐えりりかの素股ギターはアングラ・ミュージックの各方面からも話題だったが、僕はあれではモノ足りないのだ(僕はSUNN O)))のスティーヴンのブログで逆輸入的に知った)。

 〈インタースコープ〉との決別を経て、自身の合い言葉である〈Zef〉(南アフリカのスラングで呪いの言葉である)レコーズを立ち上げ、取り巻く巨額の金を管理し、新たにドロップした今作、よりダークに病んだヴィデオ・クリップ、よりスカスカのチャラーいトラックに乗るニンジャとヨランディ、そして(毎回異なるコラボレーターである)覆面DJハイテックの壮絶なスキルとリリック......、それは笑わせられながらもこちらの暴力衝動を掻き立てる魔力を秘めている。

Delano Smith - ele-king

 先日、平日の火曜日に私用で静岡に帰ったときのこと。まあ、閉まっているだろうなと、ダメ元で〈ラディシャン〉に行ったら、なんと「1000円ワン・ドリンク」のDJパーティをやっていた。しかもこのご時世にターンテーブル2台を使ったアナログ盤主体の、いわばオールドスクール・スタイルのDJだ。もっとも、やっている本人たちにはそれが"オールドスクール"であるという意識はまったくない。
 「よくやってるね~、こんな平日の深夜に。なんかいいことでもあったの?」とDJのひとりに訊いたところ、「やっぱ平日から盛り上げたいじゃないですか」という返事が返ってきた。さすがやる気のないダメ人間の街=静岡だけのことはある。そこにいるほぼすべての人間が明日の朝から仕事で、DOMMUNEの放送も終わっている深夜過ぎだというのに、テクノのレコードをかけ、テクノで踊っている。いや~、まだまだ自分も甘い、そう思いながらお茶割りを飲んでいると「最近、何が好きっすか?」と客に訊かれたので、「テクノで気に入ってるのは、アンディ・ストットやクラロ・インテレクトみたいなのかな」と言うと、「誰すか、それ?」と言われた。さすがやる気のないダメ人間の街=静岡だ。

 1979年、高校生だったデレノ・スミスが初めて目撃した"立ってDJ"するDJがケン・コリアーだった。コリアーはデトロイトにおけるラリー・レヴァンないしはフランキー・ナックルズみたいな人で、デレノ・スミスがそれまで見たことのあるDJは1台のターンテーブルを使って、そして座ってプレイしていた。ショックを受けたスミスは友だちの2台のターンテーブルを使って練習した。1981年に高校を卒業すると、週末のクラブでスミスはまわすようになった。明け方になるとDJはコリアーにバトンタッチした。コリアーは自分の知っているテクニックを惜しみなくスミスら若い世代に伝授した。
 1982年、モーターシティはディスコからプログレッシヴの時代へと突入した。プログレッシヴとはドナ・サマー、クラフトワーク、イタロ・ディスコ(あるいはサイボトロン)などといった当時のエレクトロニック・ダンス・ミュージックのデトロイトにおける呼び名だ。そんな言葉が普及するほど、それら"黒くない電子音楽"はデトロイトにおいて特別な人気があった。
 プログレッシヴの時代、もっとも人気のあったDJがケン・コリアーで、デレノ・スミスはその門下生のひとりだった。5年後、プログレッシヴを終わらせて、そしてハウスの時代の到来を決定づけることになるデリック・メイやエディ・フォークスは、彼らの客でもあった。進学のために故郷を離れていたスミスが〈ミュージック・インスティテュート〉を訪れ、デトロイト・テクノの熱狂を知ったとき、彼は自分の時代が終わったことをしみじみと認識したようである。
 そんなデレノ・スミスを現場にカムバックさせたのは、マイク・クラークだった。デトロイトをテクノからハウスへ、ハウスからディスコへ......というバック・トゥ・ベーシックなコンセプトのクラーク(そしてノーム・タリーのふたり)による"ビートダウン"プロジェクトは、1999年、スミスにあらたな居場所を与え、同時にスミスをヨーロッパや日本に紹介した。この10年、スミスはコンスタントに作品を発表しているが、今年に入ってベルリンのレーベルからリリースされた本作『アン・オデッセー』は、彼にとって初めてのアルバムとなる。察するところ、スミスの年齢は僕やデリック・メイやジェフ・ミルズとほぼ同じであろうから、30代後半にして作品デビュー、そして40代末にして初のアルバムという渋いキャリア......いや、ある意味人生において夢を与えるような展開をしている。だいたいこの年齢になってもダンス・ミュージックを作れるということは、それなりのスタミナを証明している。僕がアンディ・ストットみたいなダビーで、アブストラクトで、IDMめいた方向に傾いているのは、自分の体力の低下に関係しているんじゃないだろうか。サウンド的にはたしかに新鮮だが、大勢で盛り上がるという感じではない(いやいや、それでも"We Stay Together"というくらいだから......)。
 若い頃はプログレッシヴのDJだけあって、『アン・オデッセー』は"ビートダウン"一派にしてはテクノ寄りだ。ベーシック・チャンネルのモーリッツィオ名義によるディープ・ハウスないしはアリル・ブリカあたりと同じ系列に感じられる。シンセサイザーの綺麗なコード弾きとシンプルなビートを基調としながら、130BPMの気持ちよさで走っていく。目新しさはないが、クラブ好きにとってはフレンドリーな音だ。UR風のビートもあるが、作家性を強く主張している作品ではない。場数を踏んでいるDJらしいというか、インパクトよりも「踊ってくれよ」ということを重視したアルバムだ。

 そうだとしても、平日火曜日の深夜にDJしたり、あるいは踊ったりしている場面はまるで、そう、90年代にタイムトリップしたようだ。この非生産的なライフスタイルこそ真の意味での90年代リヴァイヴァルと言えよう。もっともこれはリヴァイヴァルなどではなく、90年代からの地続きの空間だ。ただずっと続き、生存している......。静岡には本格的にデリック・メイを研究している若いDJがいる。彼はあるとき試しに家でデリック・メイと同じ選曲で同じ曲順でミックスして、「でも、どうしてもデリック・メイみたいなミックスにならないんすよ」と言う。「だよねぇ。で、明日は?」「もちろん朝から仕事ですよ~」......すでに午前3時半、この無駄なエネルギー、夢を見ないことの夢......クラブ・カルチャーよ、やる気のないダメ人間たちよ、永遠に......僕もそっち側の人間でい続けよう。

※静岡の名誉のために言っておくが、「やる気のないダメ人間」とはこのときに目にしたある求人広告に記されたキャッチコピー。いわく「やる気のないダメ人間募集!」――素晴らしいセンス。我が故郷を誇りに思う。さあ、今週末はダービーだ。

My Morning Jacket - ele-king

 春のはじまりは楽しいライヴを観るのがいいに決まっている。野田編集長はノルウェーからキュートな女子がやって来たのにウキウキしていたようだが、僕はと言えば、アメリカの田舎からヒゲもじゃのおっさんたちが来たことにニヤニヤしていた。会場は埋まりきっていないものの、真面目なUSインディ好き......だけでなく、何だか妙にテンションの高い大人が集まってきていた。僕の周りにいた3、40代の酒が入った男女のグループが、フジロックにスティーブ・キモックが出演する話で盛り上がっている......と、別のグループの40代が話に参加しはじめる。僕は会話に加わりはしないが、そのわかりやすさに笑みを浮かべる。ここにいる誰もが、いまからステージで、情熱的で、豪快な演奏が繰り広げられることを知っている......。

 暗転して現れたメンバーはジェケット姿で洒落た楽団風でありながら、長髪とヒゲのむさ苦しさは隠せていない。"ヴィクトリー・ダンス"の不穏なイントロからじわじわと熱を上げていく。「勝利の舞を見たいんだ/毎日の仕事の後で」、その通り! エレキがソロを歌い、バンドか狂おしくそれに答えれば、フロアからは叫び声が上がる。続く"サーキタル"の時点で、僕はもう笑いが止まらなくなっていた。巨体のドラマー、パトリックが力いっぱいドカドカとスネアを叩きまくる。日本の街を歩いていたら、獣と間違われても仕方ないだろう......。ギターのリフが繰り返され、やはり長髪でヒゲ面のジム・ジェームズがハイトーンでメランコリックなメロディを歌う......と、ドラムが加わり、視界が開ける。軽快にキーボードが加わり、フィルを繰り返すドラムは決して走らない。そしてメンバーが目配せすると、完璧なタイミングでアタックが叩きつけられる。その快感に身体を預けるだけでいい、すべてがそこでは開放されていく。僕はヒートテックのタイツを履いてきたことを後悔していた。 

 それから2時間強のあいだで起きた、細かいことを書いても仕方ないだろう。万単位の会場を端っこまで熱狂させるアメリカのジャム・バンドが、手加減することなく日本のステージで力いっぱい演奏したのだ。カントリー、ブルーズ、ハード・ロックにメタル、フォーク、ファンク、あるいはエレクトロニカや室内楽までを貪欲に取り込み、ダラダラしたジャムに持ち込むことなくそれらをエモーションの昂ぶりへと変換させていく。ジムの高い声はよく伸びて、耳から入って脳のなかに響く。抜きん出た演奏力で非常によくコントロールされているものの、音源で垣間見せる繊細さはライヴでは野性に獰猛に食い散らかされ、ラウドなギターが吼える。かと思えば、"スロウ・スロウ・チューン"、"ムーヴィン・アウェイ"といった穏やかなバラードではゆっくりとした時間が広がっていく。しかしそのスケールの大きさはどの曲も同じ。アメリカの田舎の大地が、そのまま宇宙まで繋がっているかのようだ。どこからこんなエネルギーがやってくるのかまったくわからないが、米国のジャム・バンド特有のワイルドさと大らかさが、そこではありったけ祝福されていた。オーディエンスを叫び声を上げ、あるいは思わずガッツポーズを取り、両の手を掲げてそれに応えた。
 20分近くはやっていただろう燃えたぎるサイケデリック・ジャム"ドンダンテ"の狂乱は、バンドのあちこちのライヴを何十回と聴いてきたという超コア・ファンの友人をして「これまででいちばん凄かった」と言わしめるほどの極みを見せ、そして本編ラストはキラーの"ワン・ビッグ・ホリデイ"だ。エレキギターを髪の毛を振り乱して演奏する姿はやっぱり獣にしか見えない......が、バンドはそんなことお構いなしに爆発する。僕の隣の40代は「ぎゃー!」と叫んでいる。「俺たちは大いなる休暇を生きるんだ」......その溢れんばかりの生命力を、ロック・ミュージックへと変換させることへの迷いのなさ。

 そう、マイ・モーニング・ジャケットのライヴは生きるためのエネルギーの爆発そのものだ。ライヴが終わってしまうと僕は次の日の仕事のことを忘れ、ビールを飲んでお好み焼きをたらふく食って、にやけた顔のまま帰った。(ただ、ジムの体調不良とはいえ、名古屋の公演中止はあまりにも残念だ。次はぜひ名古屋も宇宙に連れて行ってほしいと思う)

ele-king vol.5 - ele-king

〈特集〉インディ・ミュージックのネクスト
〈Column〉ゴシック&ホラー(三田格/水越真紀)
〈特別企画〉対談:宇川直宏×デリック・メイ     他

SXSW 2012 - ele-king

SXSW
@SXSW, Austin, Texsas,U.S.A.
Mar 13-18

 3月下旬、僕はアメリカはオースティンで開催されたSXSWに初めて行った。高校生の頃から注目してきたイヴェントだったので、念願の初参加だったわけだが、僕が当時勝手に期待していたものとは違っていた。SXSWに見ていた自由は、僕が憧れていたときよりもかなり薄れている気がして、不完全な感じで終わってしまった。
 SXSWは、海外の音楽関係者、音楽ファン(近年は映画/インタラクティヴアートもスタート)に向けてプロモーションをおこなう世界最大のコンベンション・フェスティヴァルとして知られているけれど、近年あまりにも規模が大きくなりすぎて、逆に自由な気風を損ねているように感じた。毎年参加してる日本人の方に話を伺ったときも、参加する必要性や需要が見えにくくなっているのことだ。早い話、関係者>ファン。この構図の差があまりにも開いている気がしたし、フェスティヴァルと謳っている以上、そのバランスの見極めって絶対大事だ(関係者が入り終わるまで一般の人は入れないというシステムなど)。旅行気分で参加するとたぶん損します!

 僕がやっているイヴェント(BATTLLE AnD ROMANCE)はもともとSXSWのような、いろんなジャンルのアーティストが集まり、音楽に留まらず、アートやカルチャー、ファッション、そしてオーディエンスの音楽観をもクロスオーヴァーさせる自由度の高いイヴェントを目指して、かつ活気のない日本の音楽シーンとリスナーの現状を少しでも変えたいと思い立ち上げたので、もちろん細かい部分にフォーカスすれば参加したことによって新しい発見や得たものもたくさんあったように思える。
 開催中、僕がとくに気になったのが、とにかくこっちは若い世代の参加者が多いことだ。その勢いの凄いこと(ヴェニューによってはパスを持ってなくても無料、しかもオールエイジで入れるところも数多くあった)。なかにはドラッグをやってただ騒いでるだけの連中も居たが、実際こんな時代に現実逃避したくないほうが希有だと思うし、日本のうじうじした若いリスナーよりは全然マシだと思った。
 これはSXSWではないのだが、SXSW終了後、SANT ANAにあるTHE OBSERVATORYというヴェニュー(日本でいうWWWをもっと大きくしたような会場)で開かれた、〈BURGER RECORDS〉主催のイヴェント、BURGERAMA(WAVVES、OFF!、STRANGE BOYS、FIDLARなど出演)に行ったときにも強く思ったことで、とにかくこっちはイヴェントによってリスナーがあまり分散されない。やはり若い世代のリスナー中心で、お洒落な子から、ヤンキー、オタク、家族連れ、すべてがうまい具合に会場に集まっている。その光景を見て、リスナーとイヴェントの相互距離感のバランスの良さみたいなものや、純粋にイヴェントの質がいいのか、単純に環境の違いなのかなど深く考えさせられた。
 僕のイヴェントは、とくに若い世代の子にたくさんライヴに来て欲しいという意図もある。音楽と同じで、若さにはそのときにしか出せない衝動や、そのときにしか許されない夢や希望がきっとある。そしてそのときに出会っておくべきもの、もちろん音楽がきっとあるし、僕のイヴェントがそういうひとつの方法や手段になればいいなーと勝手ながら思っている。
 中学生の頃、ザ・ヴァインズの"ゲット・フリー"を聴いて僕の人生は大きく変わった。"ゲット・フリー"は、クレイグ・ニコルズという幼気な青年が荒々しく、しかしとても繊細に自由を求め叫んでいる。ニリヴァーナでもザ・ビートルズでもない。僕が当時求めていたものがザ・ヴァインズには備わっていた。中学といういちばん多感な時期に、ロックミュージックに出会えたことによって、大げさかもしれないけど、僕には信じるものが出来て、自分の価値観に広がりが生まれた、人生が豊かになったし、とにかく聴いていて毎日が楽しかった。音楽にはそういうパワーがある。音源で聴くよりもライヴはそのさらに何倍も良かったりする。僕はロック独特のグルーヴ感だとか、多幸感に魅了されてどんどん音楽やロックにのめり込んでいって、いろんな音楽に出会った。ザ・ストロークスやザ・ホワイト・ストライプス、ザ・リバティーンズなどのロックンロールイヴァイヴァルと言われたバンドはほとんど聴いた。アークティック・モンキーズ以降のイギリスのバンド・ブーム時なんかは、暇さえあればmyspaceを開いて、フレンドリストから新しいバンドを探した。
 最近のロック・シーン、ことイギリスのロック・シーンに関しては活気がない状態が続いている。とても残念で仕方ない。SXSWの会場でイギリス出身のバンド、BITCHES(COMANECHI、BO NINGENなどを以前サポート)のギターのブレイクが僕との会話で言っていたのだけれど、「とにかくいまはイギリスから出たくて仕方ない、僕たちみたいなバンドに対するリアクションは酷いし、もうイギリスには何もないよ」と。
 今回僕がアメリカで見れたシーンなんてほんのいち部なので大きなことは言えないが、僕がSXSWとこの期間に見たライヴのなかでとくに良かったのは、ZZZ'S、GAGAKIRISE(ともに日本のバンド)、あとはGIRLS、FIDLARくらいで、ジャパンナイトでZZZ'Sが見せてくれたロックンロールや、GAGAKIRISEのライヴのあの熱量は日本の音楽シーンに差し込んだ光だ。これはポジティヴな出来事だ。
 日本のシーン全体を見渡せばもちろん不完全だけれど、それは逆に言えば当たり前のことで、TADZIOや、JESSE RUINS、THE EGGLEなど、ロックンロールを提示する側ではなく、むしろさせる場と環境がいまの日本にはもっと必要だ。そしてバンド(これはリスナーにも言えることなのだけれど)はひとつのコミュニティーに属さないでどんどん自分の敷居から外に出て行くべきだ。きっともっと面白いことが起こると思う。信じよう。先はたぶん明るい!

Bruce Springsteen - ele-king

 僕は、三田格が厳しく言うほど『ツリー・オブ・ライフ』がひどい映画だとは思わなかった。テレンス・マリックの壮大にして優美な生命の叙情詩、その現象学的映像において、アメリカ中産階級(まさに中産階級過ぎるのだけれど)の凋落と悲傷が執拗に描かれていることはしみじみと時代だなぁと。要するに、あの映画は、キンタマの時代が終わったことを強く印象づけるのだ。
 ロナルド・レーガンは、ジミー・カーターと違ってキンタマを持つ男として迎えられた。あいつは男だ! というわけだった。昔、いろいろ調べてみたら、共和党パンクも「あいつは男だ!」の熱狂から生まれていることを知った。ジョニー・ラモーンが有名だが、なんと......我が精神的支柱のイギー・ポップまでもが当時「あいつは男(キンタマ)だ!」と喜んでいる。アメリカの音楽サブカルチャーはそういう失敗をしている。そしていま、中産階級的な悲哀や喪失感の反対側では、さまざまな場面で抗議が噴出している。

 まずは以下、『TMT』からの引用

 ねぇ、ホントさ、君にとってのアメリカは何を意味するんだい? 我々の国際的な読者にとって、その問いに答えることはきわめて知的な演習なりうるかもしれない。けど、君と違って合衆国のなかのA(アメリカ)で生まれ育った僕にとって、それに答えることはそう単純な話ではないんだよ。
 僕たち9.11世代は愛国心(patriotism)と複雑な関係にある。僕たちは、途方もない残虐さの犠牲者のもと引き裂かれ、バラバラになった国、そして広く、そのおぞましい高揚によって成人期へと送り込まれた。もちろん僕たちは、いまでもはっきりとよく覚えている。野蛮な政治家があらたなる戦争のためにその悲劇を接着剤のように利用したことも。そして僕たちは覚えている。愛国心(patriotism)がどのように変貌していったのかも。政府とともに行進しない者なら誰でも打つための棍棒のこともね。
 僕たちは、国旗のピンを拒否しながら、政治家に対する痛烈な非難に一目置きながら、市民たちの激しい議論を見るのに10年を費やした。君にも理解できるだろう。外向きの愛国心が僕たちをうんざりさせたってことは。
 しかし、「patriotism」と「jingoism」は同義ではない。何かを愛するとき――それが人だろうが国だろうが――すべての行為でそれを表明するとは限らない。いかに道徳的にふとどきであろうとも、もしくは自滅的であろうとも。そして、それこそがブルース・スプリングスティーンが僕に訴えることの核心だ。
 彼は、そのクソの外でアメリカを大声で歌うことからはじめている。そして、彼はアメリカン・ドリームの敗者と犠牲者にスポットライトを当てた。もっとも、彼のやたら苦々しい素材に力を与えるものは、彼の母国への根深い反感ではない。僕たちがいまより良くなるんだという揺るぎない確信によるものだ。意志をもって見る目はどこにある? 慈悲深い心臓はどこ? 僕を見捨てなかった夢はどこにあるんだい? アメリカのスプリングスティーンのヴィジョンにおいて、自由(liberty)はトーマス・ホッブズの(万人の万人に対する闘争の)荒野における爪と歯がかろうじて営む自由(freedom)ではない。僕たちの仲間、男性と女性、僕たち自身の与える自由(freedom)――、自由(freedom)とは、自由に得ることができない人びとへの援助の手を広げることだ。製薬会社が医療を作り続けるのに十分な誘因を気にしながら大統領候補が病気の子供たちに語るようなこの政治風土で、スプリングスティーンは失望の表情をもって「僕たちは自分たち自身でやっていくんだ」と断言する。『レッキング・ボール(建物解体用鉄球)』は、僕たちが直面するであろういかなる試練に応ずるように、労働者階級の憤激、僕たちの国への哀れみのなかの信頼を混ぜ合わせる。(......後半は省略)

 続いて、以下はデトロイトで暮らす40代前半のアフリカ系(デトロイト・テクノのシーンに関わるひとり)から聞いた話。

 ブルース・スプリングスティーンはアメリカ音楽の英雄だ。僕は高校時代、彼のアルバムを何枚か買っていたほどのファンだった。彼の音楽は、そのへんにうじゃうじゃいるような働く人のためにある。アメリカの地方都市の労働者階級の物語を彼は語っている。
 僕がウェイン州立大学の学生だった頃、僕は人種差別反対の抗議活動に参加していた。それで何かが変わったわけじゃないけどね。最近ではウォール街の占拠運動が脚光を浴びている。それによって変化するかどうかはわからない。だけど、あれは大企業とビッグ・ビジネスが牛耳るアメリカ社会への抗議として、ある程度政府にプレッシャーを与えている。ああいう風に、どんな時代でもあらゆる世代が抗議を継続することは正しいと思う。僕はもう何十年もブルース・スプリングスティーンの音楽を聴いていないけれど、いまでも彼を尊敬しているし、賞賛する。

 スプリングスティーンは、僕が高校生の頃、僕の世代においても幅広く熱く支持されていた。たとえば彼の"リヴァー"のような曲は労働者階級の敗北的な人生のバラードだが、それは日本で暮らすブルーカラー層の思春期にとっても実に身近なメロドラマだった。スプリングスティーンがはっきりと政治的になったのは『ネブラスカ』からだが(閉鎖された工場や労働者の犯罪の物語は、いまも親身に聴ける)、それから数年後の"ボーン・イン・ザ・USA"は大変な熱狂で迎えられた。それが自己否定的な歌詞だとしても、1985年のプラザ合意を控え、円高の時代に突入した日本においては、強いアメリカに対する避けがたい憧憬とともにあの曲は分裂症的に広まっている。"ボーン・イン・ザ・USA"は作者の意図とは別に日本をダブル・バインドにかけたのだ。『レッキング・ボール』は日本において、その二重拘束を破壊してくれるだろうか......。(この続きは、木津毅にまかせた!)

Katusi from El Skunk DI Yawdie & Extravaganza - ele-king

 これは......お洒落な音楽。だいたい日本のインディ・シーンでカホン(ペルーの箱形の打楽器)を叩く人間なんてものは、町でも名が知れた洒落者に違いない。
 1曲目の最初の30秒を聴いて好きになれる。レゲエを入口としながら、クンビアやメキシコのマリアッチ、それらラテン・アメリカの叙情とブルース/ジャズ、こうしたものへの文化的アプローチの格好良さを僕にたたき込んだのはザ・クラッシュだった。とくに決定打となったのはジョー・ストラマーの『ウォーカー』......ゆえにカツシ・フロム・エル・スカンク・ディ・ヤーディ&エクストラヴァガンザ(長げぇー)の『リズム・メッセンジャー』を嫌いになれるはずがない。
 くどいようだが、中南米の格好の付け方をインディ・シーンに最初に広めたのはジョー・ストラマーだ。ザ・クラッシュがズート・スーツでめかし込んだときから、その授業ははじまっている。ズート・スーツとはメキシコ系のギャングスタ・ファッションで、1940年代のロサンジェルスにおけるラテン・ユースの暴動の名前にもなっている。いわばアメリカ政府への反乱のシンボルだ。ストラマーは、それをファッションとして引用すると同時に、音楽的にもラテンを取り入れて、レーガン政権の情け容赦ない仕打ちにあっていた中南米諸国、有色移民たちと精神的に結ばれようとした。ロックという当時は若者文化の最大公約数だった闘技場のなかでそれをやり遂げる際に、ストラマーはこの方向性がファッショナブルで格好良いんだということを忘れなかったし、実際、彼はそれを思い切り格好良いものとして見せた。

 そうした格好良さをカツシ・フロム・エル・スカンク・ディ・ヤーディ&エクストラヴァガンザの『リズム・メッセンジャー』から感じる。さらに、アルバムを聴きながら僕が思ったのは、これだけの恐怖を経験して、そしていまもなお(いち部の恵まれた連中をのぞけば)その恐怖から簡単に逃れることができないという現実に生きながら、なんてはつらつとした愛情と生命力をもった音楽なんだろう......ということだ。
 中心となっているのは岩手県で暮らすミュージシャン、カホン奏者カツシ(エル・スカンク・ディ・ヤーディ)だが、たくさんのゲストが参加している。MCやヴォーカリストだけでもジャーゲジョージ(RUB A DUB MARKET)、リクルマイ、千尋、CHAN-MIKA、青谷明日香......、演奏者も小西英理(copa salvo)をはじめ、ザ・K、森俊介、櫻井響、長崎真吾、EKD......などなど多くの人たちの名前がクレジットされている。偏狭な地方主義ではなく、音楽を媒介に広まったネットワークによる成果だ。

 ところで、日本の地方都市でこうしたカリブ海の音楽、中米の香りが広く根付いていることは、静岡出身の僕にも実感できる。いくつかの大都市を除けば、日本の地方都市なんてものは、本当に慎ましいものだ。DJカルチャーとともに中南米音楽はそういうなかでただ好まれているのではない。"共同体的に"好まれているのだ。多少問題はあっても、基本的には気が良い連中による繋がりがある。ひょっとしたら『リズム・メッセンジャー』はいまのところその最良の成果かもしれない。歴史と苦難が刻まれたこのアルバム、しかも全曲がお洒落で、そして全曲がブリリアント!

追記:もうすぐアルバムを出す、Tam Tamというバンドもすごく良い。

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