「S」と一致するもの

CIRCUS - ele-king

 かつてSimoon、Amate-raxiといったクラブが運営されていた地に、大阪より進出する形でCIRCUS TOKYOがオープンして今年で10周年を迎える。その10年の足跡を総括するかのようなアニヴァーサリー・フェスが、10月4日にお台場青海地区にて開催。

 ヘッドライナーにTohji, SKIN ON SKIN, underscoresといった面々を国内外から迎え、ほかにはFUMIYA TANAKAやSOICHI TERADAといったジャパニーズ・レジェンドからイグルーゴースト、Vegyn、DJ Qといった世界的に支持を集めるDJ、Peterparker69PAS TASTA、lilbesh ramkoのようなハイパーポップ・ムーヴメント以降登場した新星までを横断的に招聘。もちろんSAMO、okadadaといった実力派のローカルDJも。CIRCUS TOKYOの多面性を象徴した面々が集う、ありそうでなかったラインナップとなっています。

 また、CIRCUSと縁深い〈Beginning〉〈ENSITE〉〈FULLHOUSE〉〈RIP〉といった名物パーティの名前がクレジットされてることも特徴的。ハウス・ミュージックからヒップホップまで、ジャンルレスに多様化を続けるクラブ・ミュージックの趨勢を肌で感じられる内容となるはず。前売チケットはぴあ、RAにて販売中。

CIRCUS -CIRCUS Tokyo 10th anniversary-
DATE:2025.10.4 (SAT)
OPEN/START:10:00
CLOSE:21:00

LINE UP:(A-Z)
FUMIYA TANAKA
HEAVEN
Iglooghost
lilbesh ramko
okadada
PAS TASTA -DJ SET-
Peterparker69
DJ Q
Qrion
ralph
ryota
SAMO
DJ SEINFELD
SKIN ON SKIN
SOICHI TERADA
Tohji
underscores
Vegyn

Beginning
ENSITE
FULLHOUSE
RIP

VENUE:
お台場青海地区P区画(〒135-0064 東京都江東区青海1-1-16)

最寄駅:
ゆりかもめ / 台場駅
ゆりかもめ / 東京国際クルーズターミナル駅
りんかい線/東京テレポート駅

前売り券:¥9,000
※入場時、別途1ドリンク代(¥800)を頂戴いたします。

チケット・プレイガイド:
ぴあ
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2528328
RA
https://ja.ra.co/events/2218830

※雨天決行・荒天中止

【チケットに関する注意事項】
・本券は1名様のみ有効です。
・再入場の可否は後日公式SNS・HPにてご案内いたします。
・出演者の変更・キャンセルによる払い戻しは行いません。
・会場内の映像・写真が公開・使用される場合があります。あらかじめご了承ください。
・チケットの再発行はできません。紛失・破損にご注意ください。
・チケットの転売・譲渡は禁止です。発覚した場合は入場をお断りいたします。

【開催に関する注意事項】
・屋外開催のため、雨具・防寒具・熱中症対策を各自ご用意ください。
・ゴミは必ず指定の分別回収場所へ。持ち帰りのご協力をお願いします。
・会場内外で発生した事故・盗難・怪我等に関して主催者は責任を負いかねます。
・ペット同伴での入場はできません(介助犬・盲導犬は除く)。
・喫煙は所定のエリアにてお願いいたします。

【未成年者のご来場について】
・小学生以下の入場はできません。
・中学生は保護者同伴に限り入場可能です。
・中学生以上はチケットが必要です。
・飲酒・喫煙は法律で禁止されています。違反行為が確認された場合は即時退場いただきます。

more info:
https://circus-tokyo.jp/event/circus-circus-tokyo-10th-annversary/

interview with The Cosmic Tones Research Trio - ele-king

 アンビエント・ジャズというタームが人口に膾炙してからずいぶん経つ。元々両者の相性は悪くなかった。マイルス・デイヴィスの諸作——例えば『カインド・オブ・ブルー』(59年)でも『イン・ア・サイレント・ウェイ』(69年)でもいいが——を再生すれば、聴き込むことも聞き流すこともできるアンビエント的な感覚が息衝いていることが分かるだろう。あるいは、北欧ジャズの新世代に甚大な影響を与えたジョン・ハッセルや、LAのシンボリックな存在であるカルロス・ニーニョ、欧州の名門レーベル〈ECM〉のアイテムなどはジャズとアンビエントのあわいをいくような作品を多数発表している。
 最近は“ソフト・ラディカルズ”などとも呼ばれるこのカテゴリーだが、米国ポートランドを拠点とするザ・コズミック・トーンズ・リサーチ・トリオもその最前線に位置付けられるグループである。「音楽を通じての癒しと精神世界の探求」をコンセプトに活動するこの3人組は、アルト・サックス/パーカッション奏者のローマン・ノーフリート、チェロ奏者/マルチ・インストゥルメンタリストのハーラン・シルバーマン、ピアニスト/管楽器奏者のケネディ・ヴェレットから成り、全員が作曲に関与する。いわば民主的なグループだ。

 2023年のセルフ・タイトル・アルバムに続く『All is Sound』は、実際にメンバーが指導を受けたことのあるというファラオ・サンダースや、尊敬の念を抱いてきたアリス・コルトレーンの衣鉢を継ぎつつも、アンビエントからの影響を如実に感じさせる一枚。スピリチュアル・ジャズの瞑想的な側面を強調したようなサウンドが横溢している。インタヴューでは訊き忘れてしまったが、吉村弘や芦川聡といった日本の環境音楽から触発されたところもあるに違いない。
 ただ、彼らのルーツにはブルースやゴスペルもあるそうだ。なるほど、ほのかに香る土臭さや、教会音楽のような崇高さはその発現かもしれない。加えて、彼らの多楽器主義的な編成は、シカゴのジャズの根城である非営利団体・AACMを代表するグループ=アート・アンサンブル・オブ・シカゴ(AEC)を連想させるところがある。AECは自分たちの音楽を“グレイト・ブラック・ミュージック”と称したことで有名だが、それはザ・コズミック・トーンズ・リサーチ・トリオにもあてはまる。つまり、彼らの作風はアンビエント・ジャズ的であると同時に、黒人音楽の精髄を凝縮した最良の成果でもあると言える。なお、10月には『All Is Sound』とは趣きの異なる新作がリリースされるとのこと。こちらも楽しみに待ちたい。 

つまり、音こそが神聖なものであり、宇宙であるという、音を神格化する考え方。宇宙のあらゆるものは振動によって構成されているというアイディア。この考えをさらに進めて『All is Sound』というタイトルになった。

メンバー3人が集まった経緯を教えてください。

ローマン:まず、僕とハーランと出逢ったのは彼がレジデンシーをやっている公演で、僕もその公演に参加する機会があったからなんだ。それ以来、僕たちはコラボレーションを続けている。ケネディも同じような状況で、彼とはコンサートで初めて逢ったんだ。彼の演奏がすごく素敵だったから、それ以降、一緒にやることになった。3人が集まったのは、僕らが住むオレゴン州ポートランドで、ビー・プレゼント・アート・グループ(Be Present Art Group)というコミュニティ/プロジェクトを介してだった。ハーランとケネディと何度も一緒に演奏をするようになり、音楽以外でも共に時間を過ごすようになって、関係性が深まっていったんだ。それに僕たちは、音楽やスピリチュアリティに対するアプローチが似ているんだよ。そういう経緯があって、ザ・コズミック・トーンズ・リサーチ・トリオを始めることにしたんだ。

ハーラン:僕たち3人が最初に会ったきっかけは、〈Mississippi Records〉が主催した、彼らのレコード・ショップでのコンサートでだった。お店の窓ガラスが誰かに割られてしまったから、そこの空気を浄化したい、コミュニティのみんなに集まってもらってポジティヴなバイブスにしたいということで、そのときにローマンが僕に声をかけてくれたんだ。彼はそのとき「このコンサートのために、普段よりももっと癒される感じの、瞑想的なことをやりたいんだ」と言ったのを覚えているよ。あのコンサートを一緒にやったときに、このグループの可能性を感じたんだ。その時に「この3人でグループを作って、活動を続けて行こう」と話したんだ。

3人ともパーカッションとフルートが演奏できるという編成は珍しいと思います。しかも全員が4種類以上の楽器ができる。意図してこのような編成にしたのですか? 個人的にはアート・アンサンブル・オブ・シカゴを連想しました。

ローマン:意図的にこういう編成にしたわけじゃなくて、自然な流れだったんだ。僕たちは音や楽器が大好きで、さまざまな楽器を演奏するのを愛好しているという共通点があったというだけでね。それは嬉しい偶然で、僕たちは仲良くなった。それから、アート・アンサンブル・オブ・シカゴは僕も大好きだよ。彼らが掲げた「Great Black Music」という表現は僕たちの音楽を説明するときにも使っている。僕たちの音楽も、先人たちや家族やブラザーたちの一部だということなんだ。

今回のアルバムについて、全体を束ねるテーマやコンセプトのようなものがあったら教えてください。

ハーラン:『All is Sound』に関しては、瞑想的なアルバムを作りたいということだった。それは明確な目的としてあったね。レコード・ショップでコンサートをやったとき、僕たちはドローン・サウンドをたくさん取り入れていた。そのときに、〈Mississippi Records〉の(創設者である)エリック(・アイザックソン)がこう言っていたんだ。「この店には、ドローン・サウンドや静かな音楽、リラックスできる音楽を求めて来る人たちがたくさんいる。もっとドローン系の音楽を置きたいと思ってる」と。それを聴いて思ったんだ。僕たちは3人とも、それぞれの活動を通して、音の研究をし続けてきたし、サウンド・ヒーリングも追求してきた。だからこのアルバムはそういった領域をテーマにしているんだ。

ローマン:ひとつだけつけ加えたいのは、元々、アルバムのタイトルにしようと考えていたのは『Nada Brahma』だったということ。つまり、音こそが神聖なものであり、宇宙であるという、音を神格化する考え方。宇宙のあらゆるものは振動によって構成されているというアイディア。この考えをさらに進めて『All is Sound』というタイトルになった。あらゆるものは音であり、僕たちも音であることから、僕たちはみんな調和していくことが可能だということ。このアルバムは、音を通して人々を団結させ、地球としてひとつになることが目的だったんだ。

曲作りのプロセスを教えてください。

ハーラン:このアルバムでは即興的要素が多かったね。3人でライヴ演奏をしたものを録音して、その後からオーバーダブを加えたりした。でも、例えば“Creation”という曲は、僕たちが3人が一堂に会してフルートを吹いているものが曲の中核となり、その後にオーヴァーダブを加えた。曲によっては部分的な音を持ち寄ってグループでワークショップしたものもあったけれど、このアルバムの大部分は即興だった。一つの部屋に集まってフルートを吹く。それがスタート地点だった。フルートやディジュリドゥといったさまざまな管楽器を取り入れたよ。

ゴスペルやブルースなどのブラック・ミュージックもルーツにあるとのことですが好きなミュージシャンやアルバム、そしてそれらがどのように本作に反映されていると思うかを教えてください。

ケネディ:そうだね、ミュージシャンで言うと、いちばん大きな影響を受けたのはジェイムズ・ブッカーだと思う。偉大なピアニスト/作曲家で、「ブラック・リベラーチェ」とも呼ばれている。彼はルイジアナ州ニューオーリンズ出身なんだ。僕もルイジアナで生まれて育ったから、ニューオーリンズには特別な思い入れがある。好きなジャズや音楽のスタイルも、あの土地の影響を強く受けているんだ。ブッカーは、アフリカン・ディアスポラの要素をクラシックにすごくうまく取り入れていて、たとえばショパンの「小犬のワルツ」をアレンジしたんだけど、それがブルージーでスワンピー(沼のような)なニューオーリンズ風ヴァージョンなんだよ。初めてそれを聴いたとき、「こんな表現があるのか!」と衝撃を受けた。自分がクラシックを練習している中で、ずっと求めていた自由さを感じたし、音楽を演奏するときにいつも感じていたスピリチュアルな感覚——特にブラック・ミュージックをやっているときに感じる感覚——を思い出させてくれた。だから、ジェイムズ・ブッカーは本当に大きな存在だね。それからもちろん、スティーヴィー・ワンダー、ジョン・コルトレーン、アリス・コルトレーン。このあたりは絶対に欠かせない。サン・ラーもそうだし、ベンジャミン・パターソンとか、ジョージ・ルイス——彼はまだご存命だね——あとアンソニー・ブラクストン……挙げればキリがないな。とりあえずこのへんで止めておくよ(笑)。

ありがとうございます。ローマンさんはいかがでしょう?

ローマン:まず最初の影響として挙げたいのは僕の家族。僕は幼い頃から教会の聖歌隊に入っていたから、家でも教会でもいつも歌っていた。親戚がドラムを叩いていたり、オルガンを弾いていたり、とにかく家族がみんな音楽に深く関わっていたから、最初のインスピレーションはそこからきている。でも、それだけじゃなくて、たとえばケネディも挙げたように、スワミニ・トゥリヤ・サンギータナンダ——アリス・コルトレーンとしても知られている彼女——は、間違いなく僕の大好きなミュージシャンのひとり。彼女は、この地球に存在した中でも最も高みに到達した音楽家のひとりだと思っているよ! それから、ファラオ・サンダースのような先人たち、いまもロサンゼルスでジャムをしているドワイト・トリブルといった人たちにも影響を受けている。僕は、古の知恵を受け継ぐ人たち(=elders)にインスパイアされているんだ。昔は、ひとりのアーティストの名前が前面に出るのではなく、もっと共同的で儀式的なかたちで音楽が生み出されていた。そういう時代の音楽に心を動かされる。今残っている音源の多くも、特定のアーティストに帰属するというよりは、ある人々や文化、土地に根ざした音として残っているところに魅力を感じるんだ。

ありがとうございます。では、ハーランさんはいかがでしょう?

ハーラン:ほとんどの名前はもう出ていると思うけど、コルトレーン夫妻やファラオ・サンダースに対する愛は、僕たち全員が共有しているものだよ。そこに加えるとすれば、デューク・エリントン。彼はジャズとクラシック音楽をつなぐ素晴らしい架け橋のような存在だった。それから、ジュリアス・イーストマンも忘れてはいけない。いつもなら誰かが挙げているけど、まだ名前が出ていなかったね。

ケネディ:実はさっき言いかけたんだけど、いつも彼の名前を挙げているから、今回はやめておこうかと思ったんだ(笑)。でもやはり、ジュリアスは間違いなく外せない存在だね!それと、地球の音や自然の音——そういったものからも強くインスピレーションを受けているよ。

僕が笛を吹くときは、ローマンが言っていたように、いろいろな影響や場所から引き寄せられたものを取り込んでいるんだ。そして、それが自分の内面に平和をもたらしてくれるだけでなく、普遍的な次元や自然とのつながりを直接感じさせてくれる。

新作は、のめりこめると同時に気を留めずにいられるという意味でアンビエント的だと思いました。ブライアン・イーノをはじめ、アンビエントに括られるミュージシャンとあなたたちのやっていることに共通点はあると思いますか? 

ハーラン:もちろん、あると思うよ! 僕はアンビエント・ミュージックも大好きで、ブライアン・イーノの『Ambient 1』のライナーノーツで彼のステートメントを読んだときのことを覚えている。君が言ってくれたように、アンビエントには二つの機能があると言っていて、それは前面に出ることもできれば、背景に溶け込んで体験を包み込むこともできるというものだった。それに僕は、日本の、自然を取り入れた音楽もすごく好きで、そこからの影響も大きい。だから、そう言ったアンビエントのコンセプトというものは確実にこのレコードにも反映されていると思う。でも、僕たちがやっていることの違いは、いわゆるアンビエント・ミュージックでよく使われるようなシンセサイザーやアナログ・シンセといった人工的な音には、あまり頼っていないという点にある。その代わりに、ストリングスやフルート、サックスといった楽器を使って、アンビエント的な音のテクスチャーを作り出している。

さきほどファラオ・サンダースやアリス・コレトレーンなどの名前が出ましたが、彼らから学んだこと、吸収したことで、本作に反映されている要素があったら教えてください。

ローマン:僕は彼らの影響を確実に吸収しているし、他のメンバー2人もそうだと思う。ファラオ・サンダースについては、彼の音楽を本人から直接学ぶことができた。まるで宇宙的な出会いのような体験で、最初に会ったときは彼が誰なのかさえ知らなかったんだけど、音楽のことや、サン・ラーについて彼に色々と質問していたんだ。だから、ファラオ・サンダースのアルバムや作品群について、本人と一緒に振り返ることができた。その体験は今でも自分の中に強く残っているし、自分の音楽的方向性について、大きな学びと気づきを与えてくれた。まるで、先達から神聖なメッセージを受け取ったみたいだった。スワミニ・トゥリヤ・サンギータナンダ(アリス・コルトレーン)については、彼女の教えを受けた生徒たちのもとに自分が導かれたことが大いなる恵みだった。彼女の教えはいまも受け継がれていて、僕にも非常に大きな影響を与えている。この2人のアーティストに関しては、僕に何かを残してくれた存在であることは確かだ。そしてもうひとつ、僕の音楽的なルーツとして欠かせないのが、自分の育った環境、教会の音楽、そして音楽への目覚めを支えてくれた母の存在。それらすべてが、このグループの音楽、このアルバム『All is Sound』における自分の表現に反映されている。

本作は聴く者を忘我や酩酊や瞑想の境地へいざなう効果もあると思いました。これを聴いたことでリスナーにどのような精神/意識の変容をもたらすのが理想か、ということは考えましたか? つまり、リスナーに及ぼす作用のようなことです。

ケネディ:音楽には治癒的な効果があることもわかっているし、とても穏やかな精神状態へと導いてくれることもある。逆に、不安をかき立てるような精神状態になることもある。だからこの作品では、聴く人が落ち着きを感じられるようなものにしたかった。世間の喧騒から少し離れて、もっと静かで、やわらかくて、穏やかでいられる空間を作りたかった。同時に、ただボーッとするのではなく、マインドフルで、今この瞬間にしっかりと存在していると感じられる状態にもしたかった。そして、この音楽を聴いた後に、その人にとって、有意義な進歩や前進へとつながることができていたら嬉しい。

フルートを日本の伝統楽器である尺八のような音色で使っているのが印象的でしたが、これは無意識にそうなったのでしょうか? それとも何か狙いや意図がありましたか?

ローマン:僕たちは普遍的な存在(=universal beings)を目指しているんだよ。たとえ世界中を旅してきたわけではなくても、音楽への興味は本当に幅広くて、自然とグローバルな感覚で音楽に触れてきた。たとえば、新しいプロジェクトにもドゥグ(アフリカの打楽器)が入っているように、本当にいろんな場所からインスピレーションを受けている。それは無理に探しにいっているというよりも、むしろ自然でオーガニックな流れの中で起きているものなんだ。日本からアフリカまで、世界中の音楽に共鳴しようとしているんだよ。少なくとも自分はそう感じているけど、この具体的な話については、ハーランやケネディが話してくれるかもしれない。彼らもフルートや管楽器には詳しいからね!

ハーラン:ケネディは尺八を演奏するから、ケネディに話してもらおう。

ケネディ:そう、僕は尺八を習い始めてるんだけど、知ってのとおり、すごく難しい楽器なんだ。でも、尺八だけではなく、すべての楽器、そして声や魂にも感じられる美しさというのは、自分との関係性が築かれたときに現れてくるものだと思っている。楽器そのものや素材、そしてその背後にある伝統を少しでも理解できてくると、まるで楽器のほうから「よし、準備ができたね」と語りかけてくるような感覚がある(笑)。とくに自分にとって笛の音というのは、本当に心を落ち着かせてくれる音なんだ。子どもの頃から尺八をよく聴いて育ったし、中国のディーツや、南太平洋のいろいろな笛の音もたくさん聴いてきた。そうした笛には、神秘性や古代性みたいな感覚があって、それにすごく魅了される。まるで宇宙からやってきたかのような響きを持っているんだ。
 だから僕が笛を吹くときは、ローマンが言っていたように、いろいろな影響や場所から引き寄せられたものを取り込んでいるんだ。そして、それが自分の内面に平和をもたらしてくれるだけでなく、普遍的な次元や自然とのつながりを直接感じさせてくれる。そういった意味では、無意識のうちにそういう表現になっているんだろうね。でも意識的な面で言うと、僕はとにかくフルートの音色が大好きなんだ。その響きの中には、先祖からのささやきのようなもの——たとえばウィスパー・トーン(ささやくようにかすかな、口笛のような音)や倍音に現れるようなもの——が宿っていると感じている。
 それからもうひとつ、尺八や多くの笛は竹でできているんだ。僕が竹に惹かれる理由のひとつは、それが繊維質でしっかりとした植物であると同時に、しなやかに曲がり、傾き、柔軟に対応する性質を持っているということなんだ。そういう柔軟性は、(世間の)堅苦しい体制や、変化に適応しながら進んでいかなければならない僕たちの人生において、とても大切なものだと思っている。

ハーランさんは何かありますか?

ハーラン:ああ、僕からも面白いエピソードをひとつ話すよ。去年、僕は日本に行ったんだ。僕はずっとバーンスリー(インドの竹笛)を練習していたから、「せっかく日本に行くなら尺八を手に入れよう」と思った。尺八はとても美しい楽器だし、音色もすごく素敵だから、現地で買えるなら最高だと思ったんだ。それで、尺八を扱っているお店を見つけて、たくさん並んでいるなかから何本か出してもらった。「僕はフルートが吹けるから、尺八も試してみたいんです」と伝えてね。内心では、「これを吹いて、そのままお店を出て、コズミック・トーンズで使える新しい楽器として持ち帰るぞ!」とワクワクしていた。でも、そう簡単にはいかなかった(笑)。尺八は、アンブシュア(口の形)が全然違うんだよ。すぐに、「これは僕がいままで吹いていた笛とは別次元の楽器だな」と気づいた。そう簡単に尺八で美しい音を出すことなんてできないと思った(笑)。お店の人にも、「これは僕がいままで吹いていた笛とはまったくの別物ですね。僕には無理かもしれないです。もうバーンスリーの道を進んでるし、残念だけどそっちに集中したい」と伝えたよ。結局、尺八は買わなかったけど、すごくいいお店で、実際に尺八を試せたのは楽しかった。それに「これは別の世界に属する楽器なんだ」ということを学べたのは大きかったね。

ありがとうございました。最後に、コズミック・トーンズ・リサーチ・トリオの音楽を聴いている日本のファンに向けてのメッセージを1人ずつお願いできますか?

ローマン:まず最初に言いたいのは、日本のみんな、温かい応援を本当にありがとう! ということ。 インスタグラムやメールで送ってくれる温かいメッセージ、そしてこのCDをリリースするにあたってのサポート、すごく嬉しかった。ジャケットのデザインもすごく良いね!  こうやって、普遍的な音楽を広めてくれてありがとう。近いうちに日本に行けるのを楽しみにしているよ。感謝と平和を込めて。たくさんの愛を!

ハーラン:日本のみんな、音楽にじっくりと耳を傾けてくれてありがとう! このCDが、あなた自身の音楽的・精神的な活動のサポートになれば嬉しいです。そして、近いうちに日本に行ってみんなと直接会える日が来ることを願っています。ありがとう!

ケネディ:僕も心からの感謝を伝えたい。そして、この作品を一種のデバイスとして使いながら、みなさんが素晴らしい旅を歩んでいけるよう願っています。本当に、本当にありがとう!魂の底から感謝しています。これまでの旅路は本当に素晴らしいものだったし、今後も活動を続けていくのが楽しみだよ!

ありがとうございました!!

全員:こちらこそ、どうもありがとう! またねー!!

Unsound Osaka - ele-king

〈Unsound Festival〉がついに日本で開催される。2003年にポーランド・クラクフにて誕生した〈Unsound〉は、いまやエレクトロニック・ミュージックと実験音楽に関してはもっとも有名なフェスティヴァルとして知られている。すでに、これまでに30以上の都市で開催されている
日本では初開催となる〈Unsound Festival〉は、2025年9月5日から7日にかけて大阪市内の複数会場で開催される。
以下、その概要を転載するでの、じっくりと読んだうえで9月上旬の予定を組みましょう。詳しくはここ(https://unsound.jp/)。また、さらに詳細がわかったら追加情報を流します。


〈Unsound Osaka〉

■9月5日(金)- VS.
公演日時:2025年9月5日(金)※OPEN / START時間は近日発表
会場:VS.(MAP)
チケット:近日販売開始
出演者:
Keiji Haino plays Baschet
Robin Fox presents TRIPTYCH – a homage to Stanisław Ostoja-Kotkowski
Włodzimierz Kotoński Remixed by Jim O'Rourke & Eiko Ishibashi

 〈Unsound Osaka〉の初日は、VS.で開催中の展覧会「sakamotocommon OSAKA 1970/2025/大阪/坂本龍一」とのコラボレーションとして実施されます。電子音楽および実験音楽の先駆者たちに敬意を表し、過去と未来をつなぐ一夜となるでしょう。この日のハイライトとして、灰野敬二が、1970年の大阪万博のためにフランソワ・バシェ(François Baschet)が制作した《バシェ音響彫刻》を演奏します。この楽器は、坂本龍一が18歳のときに万博を訪れた際、強い影響を受けたとされるもので、灰野によるバシェの演奏は今回が初披露となります。
続いて、オーストラリアのロビン・フォックス(Robin Fox)が、レーザーと音を駆使した作品《Triptych》を発表。本作はオーストリアのアート/テクノロジー/社会をつなぐ世界的なクリエイティブ機関「ARS Electronica」より冨田勲特別賞を受賞しており、ポーランド系オーストラリア人でありレーザーアートの先駆者でもあるスタニスワフ・オストヤ=コトコウスキ(Stanislaw Ostoja-Kotkowski)の作品に着想を得たものです。レーザープロジェクターによって空間そのものを変容させる、“視覚と音による時空の彫刻”とも言えるこの作品は、記録や再現が不可能な、その場限りの体験となります。
オープニングには、ジム・オルーク(Jim O'Rourke)と石橋英子が登場し、ポーランドの作曲家ヴウォジミエシュ・コトニスキ(Włodzimierz Kotoński)の楽曲のライブリミックスを披露。コトニスキは20世紀ポーランド音楽の中でも特に急進的な存在であり、テープ音楽、ライブエレクトロニクス、シンセ音楽、コンピュータ音楽の先駆者として知られています。出演する二人にとっても特別な存在である作曲家の作品に、新たな解釈が加えられます。 

■9月6日(土)- CREATIVE CENTER OSAKA
公演日時:2025年9月6日(土)OPEN / START: 15:30
会場:クリエイティブセンター大阪(MAP)
チケット:ZAIKOにて販売中
出演者:
Hania Rani presents Chilling Bambino
∈Y∋ & C.O.L.O
2K88 – Live feat. ralph
ralph
Rai Tateishi(Live Processing by Koshiro Hino)
KAKUHAN & Adam Gołębiewski
FUJI|||||||||||TA & Ka Baird
RP Boo & Gary Gwadera
Unsound Osakaの2日目のプログラムは、大阪市湾岸部の住之江区北加賀屋に位置する名村造船所大阪工場跡地に設立されたクリエイティブセンター大阪を舞台に開催されます。現在この場所は、クリエイティブなアートコンプレックス兼イベントスペースとして活用されており、本プログラムでは実験音楽、アンビエント、クラブ、ラップなど多彩なジャンルを横断するプログラムが展開されます。
会場には3つのステージが登場し、「STUDIO PARTITA」「Black Chamber」、そして屋外DJステージが設けられます。
STUDIO PARTITAでは、ポーランドのピアニスト/作曲家ハニア・ラニ(Hania Rani)が、ピアノとエレクトロニクスを組み合わせた新作《Chilling Bambino》を披露。また、大阪の伝説的存在である∈Y∋が、C.O.L.OとのA/Vショーをします。さらに、ポーランドのプロデューサー2K88が、自身のアルバム『SHAME』をベースにしたセットを披露し、日本のヒップホップ・シーンで着実に評価を高める注目のラッパーのralphがゲストとして登場、その後はralph自身によるエネルギッシュなソロセットも行われます。オープニングは日本の伝統的な竹笛・篠笛を中心に展開される立石雷による演奏に、日野浩志郎によるライブプロセッシングを組み合わせた最新パフォーマンスが披露されます。
Black Chamberでは、Unsoundが実現した新たなコラボレーションが展開されます。日野浩志郎と中川裕貴によるデュオKAKUHANが、ポーランドの打楽器奏者 アダム・ゴワビエフスキ(Adam Gołębiewski)と共演し、ニューアルバム『Repercussions』をリリース。さらに、日本のサウンドアーティストFUJI||||||||||TAと、ニューヨークのアーティスト カー・ベアード(Ka Baird)が空気、圧力、呼吸、ノイズを活用したパフォーマンスを披露します。また、シカゴのフットワーク創始者アールピー・ブー(RP Boo)が、ポーランドのドラマー ゲイリー・グワデラ(Gary Gwadera)と共演します。
屋外ステージには、大阪のローカルDJたちが登場予定で、Black Chamberの追加出演者も近日中に発表される予定です。

■9月7日(日) - 大槻能楽堂
公演日時:2025年9月7日(日)OPEN 17:15 / START 18:00
会場:大槻能楽堂(MAP)
参加方法:入場無料 ※ご参加いただくには、ZAIKOでの登録が必須となります。
出演者:
Antonina Nowacka
Raphael Rogiński plays John Coltrane and Langston Hughes
Jim O’Rourke, Eiko Ishibashi & Piotr Kurek

 1935年に開館した大槻能楽堂。この日は、その静謐な空間を活かしたコンサート・シリーズの舞台となります。プログラムには、世界的に高く評価されているポーランド人アーティスト3組が登場し、そのうちの1組は、石橋英子とジム・オルーク(Jim O'Rourke)との特別な初共演を披露します。
最初に登場するのは、アントニーナ・ノヴァツカ(Antonina Nowacka)。時間の感覚を引き延ばし、言語・音・霊性の境界を曖昧にする「見えない世界へのポータル」と形容される、彼女の卓越した歌声を中心に展開されます。これまでに発表されたソロ作品『Sylphine Soporifera』や、ソフィ・バーチ(Sofie Birch)とのコラボレーションアルバムでも高く評価されています。
続いて登場するのは、ポーランドの作曲家/演奏家/即興音楽家 ラファエル・ロジンスキー(Raphael Roginski)。フォークやブルース、ジャズ、クラシックなどを横断しながら、ソロ演奏と録音で世界で最も独自性のあるギタリストのひとりとして評価されています。Unsound Osakaでは、ジョン・コルトレーン(John Coltrane)の作品をスローダウンし、ラングストン・ヒューズ(Langston Hughes)の詩とともに再解釈したアルバム『Plays Coltrane and Langston Hughes』の楽曲を披露します(本作は2024年にUnsoundから再発され、高い評価を受けています)。
ポーランドのマルチな演奏家/作曲家 ピオトル・クレク(Piotr Kurek)は、ソロ作品『World Speaks』やUnsoundからリリースされた『Smartwoods』などで知られていますが、他の多くのアーティストとのコラボレーションでも知られます。Unsound Osakaでは、そのコラボレーションの精神を携え、世界でも類を見ないアンダーグラウンドの象徴的存在であるジム・オルーク(Jim O'Rourke)と石橋英子と共演します。石橋は多彩なソロ作品のほか、濱口竜介監督のアカデミー賞受賞作『ドライブ・マイ・カー』や続編『悪は存在しない』など映画音楽も手がけており、ジム・オルークはGastr Del Sol、Stereolab、Wilco、Sonic Youthなどと共演歴があるほか、フックに富んだロックから繊細なミュジーク・コンクレートまで幅広いソロ作品を発表しています。
このプログラムは、「Poland. Heritage that Drives the Future(ポーランド。未来を躍動させるレガシー)」をテーマとしたポーランド・パビリオンのプログラムの一環として、ポーランド投資・貿易庁が主催する「ポーランド文化週間」の一部として実施されます。

Unsound Osaka 出演者プロフィール

2K88 – live feat. ralph

かつて「1988」として知られていた、ジャンルを自在に行き来する実験的プロデューサー、プシェミスワフ・ヤンコヴィアク(Przemysław Jankowiak)は、「2K88」名義のもと、UKベース・ミュージックの残音と90〜00年代ポーランド・ラップのノスタルジーを融合させた、国境を超えるカルチャーの坩堝ようなサウンドを生み出している。Unsoundレーベルからリリースされたデビューアルバム『SHAME』は、Boomkatによって「ポーランドの活気あるハイブリッドなクラブ・シーンの現在地を示す作品」と評された。苦しみに満ちた郷愁と不穏な未来感が、研ぎ澄まされた感覚の中で繵り交ざっている。プロデューサーとして、2K88はポーランドのインディー音楽シーンのスターたちともコラボしており、今回は日本のヒップホップ・シーンで着実に評価を高める注目のラッパーのralphをゲストに迎えてパフォーマンスを行う。

Antonina Nowacka


「声は、最も美しく、最も響き渡る楽器です」と語るアントニナ・ノヴァツカ(Antonina Nowacka)は、3作目となるソロアルバム『Sylphine Soporifera』をそのように表現している。ポーランド出身のサウンドアーティスト/作曲家である彼女は、その力強い声を核に、これまで高く評価される一連の作品群を築き上げてきた。『Lamunan』ではインドネシアの洞窟にこもって制作を行い、万華鏡のように多彩な音像をもつこのアルバムでは、1970年代のニューエイジ的なサウンドの上にヒンドゥスターニー音楽の声楽技法を取り入れている。2023年には、デンマークのアーティスト、ソフィー・バーチとの共作による『Langouria』をMondojおよびUnsoundから発表。そして今年、新作『Hiraeth』をリリースした。この作品は、ポーランドの田園地帯で制作され、オープンリールに直接録音されたものであり、原点回帰とも言える郷愁と夢想に満ちたアルバムとなっている。

∈Y∋ & C.O.L.O - A/V show


∈Y∋は1986年に大阪でバンドBoredomsを立ち上げて以来、『Super æ』や『Vision Creation Newsun』などジャンルの境界を打ち壊す作品を続々と世に送り出し、世界中にカルト的なファンを持つ存在となっている。また、無数のドラマーを集めて挑んだ壮大な「Boadrum」シリーズでも知られている。Sonic YouthやJohn ZornのNaked Cityのほか、UFO or DieやPuzzle Punksなどのプロジェクトにも参加している。今回のUnsound Osakaでは、マルチメディアA/Vコレクティブ「Cosmic Lab」の創設者でもあるビジュアル・アーティストC.O.L.OとのA/Vショーを上演する。C.O.L.Oはテクノ元祖Jeff Millsとの合作『THE TRIP - Enter the Black Hole』や、∈Y∋との前作『FINALBY()』などで、魅惑的で幻覚的な体験を作り上げてきた。

Włodzimierz Kotoński Remixed by Jim O'Rourke & Eiko Ishibashi


Jim O'Rourke & Eiko Ishibashi

2023年のツアー音源を編集・再構築した最新作『Pareidolia』(Drag Cityより2024年リリース)でその創造性を改めて印象付けたジム・オルーク(Jim O'Rourke)と石橋英子が、今回はポーランドの作曲家/教育者/音楽理論家であるヴウォジミエシュ・コトンスキの作品に、自らの独自の手法でアプローチする特別公演を行う。コトンスキは、20世紀ポーランドでもっともラディカルな音楽家のひとりとされ、テープ音楽、ライブ・エレクトロニクス、シンセサイザー音楽、コンピュータ音楽といった分野を切り拓いた先駆者である。彼はポーランド国内外で作曲や電子音響の技術を教えながら、数多くの実験的作品を生み出してきた。1959年に発表した『Etiuda na jedno uderzenie w talerz』はポーランド初の電子音楽作品であり、1989年には電子音響の手引き書『Muzyka elektroniczna』を著している。

KAKUHAN & Adam Gołębiewski


goat(JP)やソロプロジェクトYPY名義で知られる日野浩志郎とチェリスト・中川裕貴によるデュオ・プロジェクト、KAKUHANは、2020年代初頭に行われた即興録音セッションをきっかけに始動した。「攪拌」を意味するこのユニット名の通り、KAKUHANはそれ以前にも何度も共演していた二人による、より深く、ジャンルの境界を超えた音の融合を体現している。伝統と現代、ぎくしゃくとしたクラブ・リズムとクラシカルな要素が交錯するそのサウンドは、日野が運営するレーベルNAKIDからリリースされたデビュー・アルバム『Metal Zone』で最も鮮明に表れている。ポーランドの実験音楽家アダム・ゴレンビエフスキ(Adam Gołębiewski)は、2023年にKAKUHANと初共演。ヨーコ・オノ、ケヴィン・ドラム、マッツ・グスタフソン、サーストン・ムーアらとの共演を通じて研ぎ澄まされた彼のダイナミックなパーカッションは、KAKUHANのサウンドに新たな次元をもたらした。彼らのコラボレーションは、Unsoundレーベルからリリースされるアルバム『Repercussions』に収録されており、大阪でのライブはリリースを記念する日本初公演となる。

Keiji Haino Performs on Bachet Sound Sculptures


灰野敬二のパフォーマンスは、常に何が起こるかわからない。その予測不可能さこそが、彼を半世紀以上にわたり、日本のアンダーグラウンド・シーンにおける圧倒的な存在たらしめてきた理由である。これまでに200枚以上の音源を発表し、2,000回を超えるライブを行ってきた灰野は、代表的プロジェクト「不失者」を通じて実験的サイケデリックの基準を打ち立てただけでなく、ジャズ、フォーク、ノイズ、即興、ドローン、電子音楽など、ジャンルを越えて革新とコラボレーションを重ね、多くのアーティストに影響を与えてきた。彼のソロ・パフォーマンスは特に高い支持を集めており、毎回その内容はまったく予測がつかない。オーケストラの楽器を駆使したり、古代の伝統楽器を演奏したり、シンセサイザーやドラムマシンを並べて即興を行ったり、繊細で心に響くバラードを再解釈することもある。どのような形であっても、その体験は常に圧倒的だ。Unsound Osakaでは、1970年の大阪万博のために制作され、「sakamotocommon OSAKA 1970/2025/大阪/坂本龍一」展にも展示されている《バシェ音響彫刻》を用いた特別なパフォーマンスを披露する。

Robin Fox presents TRIPTYCH


ロビン・フォックス(Robin Fox)は、ライブ・パフォーマンス、展覧会、パブリックアート、コンテンポラリーダンスのための作曲など、さまざまな分野で活動する、オーストラリア拠点のオーディオビジュアル・アーティスト。過去30年にわたり、彼の創作の中心には常に「ノイズ」があり続けている。これまでに60都市以上で上演されてきた、代表作であるオーディオビジュアル・レーザー作品では、音と“可視化された電気”を完全に同期させ、立体空間を音と光で満たす没入型のインスタレーションを展開。《TRIPTYCH》は、リアルタイム・パフォーマンスのために時空間を“彫刻”するAVシリーズの最新作であり、2022年末にUnsoundクラクフにて初演された。ポーランド系オーストラリア人であり、レーザーアートの先駆者でもあるスタニスワフ・オストヤ=コトコフスキの作品に着想を得ており、2023年にはアルス・エレクトロニカにおいて冨田勲特別賞を受賞している。また、フォックスは電子音楽の歴史的な楽器群を一般に公開し、誰もが自由にアクセスできるようにすることを目的とした非営利団体「MESS(Melbourne Electronic Sound Studio)」の共同設立者でもある。1975年から1979年にかけてのメルボルンにおける実験音楽の歴史についての修士論文を執筆しており、モナシュ大学にて電子音響作曲の博士号を取得している。

FUJI|||||||||||TA & Ka Baird present Where Does Fire End?


FUJI|||||||||||TAが2023年にUnsound Krakowで披露したパフォーマンスでは、彼の特製の自作パイプオルガンではなく、新たに自作された巨大なパイプを使ったリズミカルな演奏が、朝の時間帯「Morning Glory」の観客を魅了した。日本の雅楽を想起させつつ、現代の電子音楽のサブジャンルを同時に感じさせる、新たな音の地平を示しました。米国拠点のマルチ奏者カー・ベアード(Ka Baird)もまた同フェスティバルで幻惑的なパフォーマンスを披露。話題作『Bearings: Soundtracks for the Bardos』の世界をさらに拡張するように、変幻自在の声による歪曲と憑依的な演奏を展開した。この二人が初めて共演する本公演では、それぞれの個性を即興で融合させ、エクスタティックで特異な音世界を生み出す。Unsoundの依頼によって特別に制作された作品の初上演。

RP Boo & Gary Gwadera


ゲイリー・グヴァデラ(Gary Gwadera)のソロ名義で知られる、ポーランドのドラマー、ピョートル・グヴァデラ(Piotr Gwadera)が初めてフットワークを聴いたとき、それは背筋がぞくりとするような発見だった。シカゴ発祥のこのジャンル特有のシンコペーションとポリリズムは、アメリカ中西部以外の多くのリスナーにとって新鮮に響くかもしれないが、グヴァデラの耳にはどこか懐かしさがあった。それは、ポーランドの農村で親しまれてきた三拍子の民族舞踊「オベレク」のリズムだった。彼はこんな想像をするようになる。もしシカゴに渡ったポーランド移民たちが、現地のアフリカ系アメリカ人コミュニティと出会い、共に食卓を囲み、それぞれの祖先のビートを交換し合っていたら。そんな「もうひとつの歴史」を夢見るようになったのだ。その夢が、Unsound Osakaで現実となる。2024年に発表された傑作『Far, far in Chicago. Footberk Suite』でもそのビジョンを示したグヴァデラと、シカゴ・フットワークの伝説的存在であるRP Booとの共演が実現するのだ。ミニマルなジャズ、ではなく「ジャズ風=jaz」ドラムキットにRolandのドラムマシン・サンプルを仕込んだグヴァデラと、ターンテーブルを操るRP Boo。両者による異文化の交差点。ベース・ミュージックの地平に風穴を開けるような、架空と現実を行き来する実験になるだろう。

Raphael Rogiński plays John Coltrane and Langston Hughes


ポーランドの作曲家、演奏家、即興演奏家であるラファエル・ロジンスキー(Raphael Rogiński)は、フォークやブルース、ジャズ、クラシック音楽など多様なスタイルを取り入れたソロ作品とその演奏で高く評価され、世界的にも唯一無二なギタリストのひとりとして知られる。Unsound Osakaでは、2015年に発表されたアルバム『Plays Coltrane and Langston Hughes』の楽曲を披露する。同作は2024年、Unsoundによって再発され、大きな反響を呼んだ。アルバムでは、伝説的サクソフォン奏者でありバンドリーダーでもあったジョン・コルトレーンの楽曲を大胆に解体・再構築しながらスローダウンさせ、ハーレム・ルネサンスを代表する詩人、ラングストン・ヒューズのテキストを用いた楽曲も展開している。

Jim O’Rourke, Eiko Ishibashi & Piotr Kurek


ポーランドのマルチ奏者/作曲家ピョートル・クレク(Piotr Kurek)は、2022年にリリースされたソロアルバム『World Speaks』、2023年にUnsoundからリリースされた『Smartwoods』などの作品で知られるが、長年にわたり多くのコラボレーションも行ってきた。Hubert ZemlerとのPiętnastka、Francesco De GalloとのAbrada、Marcin StefańskiとのŚlepcyなど多様なユニットで活動している。最近では、日系アメリカ人即興奏者パトリック・シロイシとの共作『Greyhound Days』(Mondojより2024年)も話題となった。Unsound Osakaでは、ジム・オルーク(Jim O'Rourke)と石橋英子という、世界のアンダーグラウンドシーンを牽引する二人の音楽家と共演。二人はそれぞれのソロ活動でも、また互いのプロジェクトでも数々のコラボレーションを重ねてきた。石橋はDrag CityやBlack Truffleなどから作品を発表する一方、濱口竜介監督『ドライブ・マイ・カー』『悪は存在しない』などの映画音楽も手がけている。オルークは、Gastr del Solの一員としてポストロックを切り拓き、StereolabやWilco、Sonic Youthなどのプロデュースを務め、緻密なロックから繊細なミュジーク・コンクレートまで幅広いソロ作品群を発表している。

Rai Tateishi (Live processing by Koshiro Hino)


日本の過疎地にある村で、ほぼ隠遁生活のように暮らす立石雷は、自らの楽器と深く向き合い、音の限界を追求し、その表現を深化させてきた。彼は、古代から伝わる竹製の笛「篠笛(しのぶえ)」の名手であり、伝統芸能集団「鼓童」やアンダーグラウンドでカルト的支持を集めるバンド「goat (jp)」のメンバーとしても活動している。だが、彼の真価が発揮されるのはソロ活動においてであり、特に日野浩志郎のプロデュースによる2023年のソロデビュー作品『Presence』(2023年)では、重ね録りなしで篠笛の音に自由奔放な尺八、ケーン(ラオスの伝統楽器)、アイリッシュ・フルートを組み合わせることで、ユニークで生々しい音世界を作り上げた。Unsound Osakaでは、その『Presence』のパフォーマンスを、goatの盟友・日野浩志郎によるライブプロセッシング音響処理とともに披露。身体と音、伝統と即興、過去と未来が交差する、鮮烈なセッションとなるだろう。

Hania Rani presents Chilling Bambino


ロンドンを拠点とするピアニスト、作曲家、シンガーのハニャ・ラニ(Hania Rani)は、ポーランドで生まれ育ち、ワルシャワにてクラシック音楽の教育を受けた後、ベルリンへと移住した。ヨーロッパのクラブカルチャーの中心地である同地にてエレクトロニック・ミュージックに魅了され、やがて自身の繊細で装飾的なソロピアノ作品に、精緻な電子音響を融合させる手法を確立するに至った。映画やテレビの分野でも広く知られ、イングランド代表戦を中継するITVに音楽を提供するなど、ラニは静謐ながら圧倒的な存在感を放つアーティストである。また「Chilling Bambino」の名義では、より実験的に電子音を探求。愛用するProphetシンセサイザーを駆使し、浮遊感あるメロディにサイケデリックなリズムを重ねることで、自由奔放な音楽世界を展開している。

ralph


1998年横浜生まれ、日本のヒップホップ・シーンで着実に評価を高める注目のラッパーのralphは、2020年にリリースしたセカンドEP『BLACK BANDANA』でその地位を確立し、いま最も注目される日本のラッパーの一人である。若手ラッパーたちが賞金をかけて競い合うオーディション・プロジェクト『RAPSTAR 2020』で熾烈な戦いを制し、ブレイクのきっかけとなったシングル「Selfish」は100万回以上の再生数を記録した。翌年には初のミックステープ『24oz』を発表し、ハードコア・バンドのCrossfaithとのコラボレーションや、ソロ・パフォーマンスも精力的に展開している。

ロバート・ワイアット - ele-king

 ロバート・ワイアットは、たいしたヒット曲もないのに、シリアスな音楽ファンなら名前くらいは知っているアーティストのひとりだ。また、世代によってとらえ方が違っているアーティストの代表格のような人だろう。本書の原題にはウィットがあって『Different Every Time』、つまり「毎回違っている」。ぼくが初めて聴いた曲は、高校時代に近所の洋盤屋で買った〈ラフトレード〉のコンピレーション盤、B面最後に入っていた“At Last I am Free”だった。
 同編集盤には、デルタ5の “Mind your own Business”、ザ・スリッツ “Man Next Door”(ダブ・ヴァージョン)、ザ・ポップ・グループ “We Are All Prostitutes”、ザ・レインコーツ “In Love”、キャブス“Nag Nag Nag”、YMG “Final Day”——そしてあの決定的なスクリッティ・ポリッティ “Skank Bloc Bologna”など、初期〈ラフトレード〉の黄金クラシックがぎっしり詰まっていた。そんななかで、ワイアットの“At Last I Am Free”は浮いて聞こえた。というか、キャブスやポップ・グループのようなサウンドに痺れていた17歳にとって、テクスチュア、雰囲気、曲の構造から歌い方まで、すべてが異なっていたその曲を受け入れるのには時間が必要だったのだ。
 その年、つまり1980年のことだが、ロバート・ワイアットはすごいね、とぼくに言ってきたのは、同じ高校の1学年の下の市原健太だった。現在、静岡市の鷹匠町で水曜文庫という古本屋を営んでいる気むずかしい男である。たまにエレキングでも書評をするので名前を憶えている方もいるだろう。この左翼かぶれの後輩に促されて、市原に理解できるものが自分に理解できないはずがないと、同編集盤のB面の最後の曲を繰り返し聴いたのもいまとなっては良き思い出だ。まあ、そんなこともあって、結局はその数年後、ぼくは、ビリー・ホリデーやキューバのホセ・フェルナンデス・ディアス、チリのビオレータ・パラのカヴァー、そして露骨な左翼ソング“労働組合”などを収録した作品、『Nothing can Stop Us(なにものも我々を阻止できない)』という信念の強さを感じざるを得ないタイトルの、ジャズと民族音楽を吸収した歌モノのアルバム、10曲中9曲がカヴァー曲の、ワイアットにいわく「パンクを通過したジャズ」を買うことになるのである。
 “At Last I Am Free”は胸が張り裂けそうな曲で、崇高さがあって優しさもあった。なにか特別なちからがある曲だと思っていたけれど(市原に言われたわけではない)、この曲の作者が70年代ディスコのヒットメイカー、シックだったことを知ったときには心底驚いたものだ。作者のナイル・ロジャーズはもとはブラックパンサー党の隊長だった人物で、なおかつシックのようなディスコは白人ロック・リスナーのみならず、硬派な黒人音楽ファンからも批判されるか軽視されていた、そんな時代なのだ(いまでもそうか)。しかしワイアットは、この曲の歌詞の奥底にひろがる複雑な感情を読み取り、敬意をこめてカヴァーした。ぼくはこの曲が意味するものをかみしめながら聴いて、涙した。

 ロバート・ワイアットの評伝を日本語で読めることは至高の喜びに値する。しかもA5版二段組みで500ページ以上あるのだから、これはもう、毎日の楽しみでしかなかった(読み終えたいま、寂寥感に包まれている)。ああ、この人の人生——28歳で半身不随になり、しかし、いや、彼はそれからまったく素晴らしい音楽作品を作り続け、同時に政治活動にも全力で身を投じたアーティスト、一時期は「自身の左翼活動や政治闘争のほうは音楽活動よりも重要だ」とまで言った男である——、その人の人生の詳細をようやく知ることができるのだ。
 ぼくより上の世代にとってのワイアットは、なによりもソフト・マシーンの創設メンバーであり、カンタベリー系と括られる奇数拍子マニアのバンドたちによるジャズ・ロックの中心人物、ケヴィン・エアーズやデイヴィッド・アレンといった、シド・バレット系のサイケデリックな時代における玄人好みのソングライター、といったところだろうか。もしくは、ブライアン・イーノとの交流が深く、フィル・マンザネラ、フレッド・フリスやカーラ・ブレイ、クリス・カトラーたちとも盟友で、〈オブスキュア〉からリリースされたジョン・ケージ作品で歌っている人物、『ミュージック・フォー・エアポーツ』の1曲目でピアノを弾いている人、として記憶している人も少なくないだろう。ここ日本では、ソフト・マシーンの『サード』、マッチング・モールの“オー・キャロライン”、そしてあの『ロック・ボトム』の作者としてのワイアットがもっと有名かもしれない。まあとにかく、20代の活動を見ただけでも、Different Every Timeだったりする。

 中産階級の裕福な家庭で生まれ育ち、早熟なジャズ・ファンだったワイアット。彼のことをなかば聖人のように見ていたぼくにとって意外だったのは、若き日のワイアットだ。ドラッグにこそ手を染めなかったものの(中産階級的な身だしなみに反するそうだ)、彼はずいぶんと好色で、奔放で、上半身裸のドラマーとしてその名を馳せ、そしてある時期から酒浸りの日々を送っていた。とんでもない飲んだくれだったようで、それが原因で自分が作ったバンド=ソフト・マシーンから追い出されてもいる。4階の窓から転落し脊椎を骨折したのも、不運と言うよりは、当時のワイアットの酒量とその振る舞いを思えば、決して不自然なことでもなかったようだ。周知のように、車椅子生活になってから彼は、しかしいまだ傑作としてゆるぎない評価の『ロック・ボトム(どん底)』(1974)を作る。そしてその次に来るのが、近年評価を高めている、前衛ジャズとの接合を果たした『ルース・イズ・ストレンジャー・ザン・リチャード』(1975)になる。
 貧乏を受け入れながら、拝金主義者リチャード・ブランソンの〈ヴァージン〉に見切りを付けたワイアットに、できたばかりのインディ・レーベル〈ラフトレード〉のジェフ・トラヴィスを紹介したのは、かのヴィヴィアン・ゴールドマンだった。同レーベルの社会主義的な運営にワイアットが共鳴したのは言うまでもない。この本でぼくがとくに知りたかったのは、ワイアットの政治性の出自とその展開だった。英国には政治と向き合うミュージシャンは数多くいるが、彼ほどがっぷりと、むしろ音楽よりも政治に情熱を注いできた人はそういるものではない。マッチング・モールで毛沢東を引用していたものの、彼が本格的にマルクスを勉強するのはそのあと。労働党ではなく共産党の党員になるのは、彼が〈ラフトレード〉と関わりを持つようになった時期(70年代末)になる。
 1968年という年を政治的には無色で過ごしたワイアットだったが、誰かの影響で政治的になったわけではなかった。ワイアットにとっての左翼活動は、彼と生涯のパートナー、アルフィーのふたりが自分たちなりに勉強を重ね、そして態度を明らかにし、具体的に行動をした、そのひとつの答えだった。1979年当時「共産党員になること」は──イーノの証言によれば時代遅れの「ダサい」ことだったとしても、街角に立って(ワイアットは車椅子に座って)炭鉱労働者たちのための募金運動をしたり、盟友クリス・カトラーと生活保護基金のための作品リリースまでしている。ワイアットにおける政治活動は本気であって、人生を捧げる行為だった。
 党員となった80年代のワイアットは、忘れがたい共同作品をいくつも出している。ベン・ワットとの「Summer into Winter」をはじめ、英国内で愛国主義が最高潮に達したときに放った、エルヴィス・コステロとの有名なアンチ・サッチャー・ソング「Shipbuilding」、ジェリー・ダマーズとのナミビア救済のための「The Wind of Change」、そして、トレイシー・ソーンやサイモン・ブースらとともにチリの政治的連帯を呼びかけるボサノヴァ「Venceremos (We will Win)」(ワーキング・ウィークの曲として発表)。1985年には10年ぶりのソロ・アルバムも発表し、1989年には、坂本龍一の『Beauty』にも参加した。

 ぼくのようなリスナーは、ポストモダン的にロラン・バルトにならい、作品は作者に隷属するものではなく受け手のなかで完成するものだと思っている。だから、じつを言えば作者が何を言おうが……という立場でいる。だが、しかし優れた評伝を読むことの面白さは、評伝を書くに値する深みをもった人生、すなわち思考することを諦めないアーティストの想像だにしなかった事実を知ることにある。“At Last I am Free”以降の全作品にはジャズへの愛情が注がれ、そして政治への辛辣な言及がある。右翼勢力への反論を込めた『オールド・ロトゥンハット』(1985)、「パルスチナは国だ」と歌う『ドンデスタン』(1991)、なかには政治色の薄い『シュリープ』(1997)もあるが、英米のアフガニスタン侵攻を糾弾する『クックーランド』(2003)、イスラエル軍によるレバノン爆撃に言及した『コミック・オペラ』(2007)……と、党を脱退したあとも毅然としたマルクス主義者であり続けるワイアットは、揺るぎない不屈の精神の持ち主に見えるかもしれない。ところが彼は、長年アルコール依存症で苦しみ、鬱病と不眠症にかかり、二度も自殺未遂をしている。本書における準主役、アルフィーも『コミック・オペラ』の頃は鬱病に苦しんだ。
 「痛ましいほどの誠実さ」、『Nothing can Stop Us』のライナーでワイアットは自らをこう表現している。彼はパンクを知ると、左派議員の講演会ではなくザ・クラッシュやザ・スペシャルズのライヴに行くようになる。そしてツートーンに熱狂し、移民文化と労働者階級の音楽を演奏する彼らと一体感を覚え、ジェリー・ダマーズやザ・ビートが自分にとって最後のロック/ポップスだったという。
 ワイアットは、ポストパンクと精神的な同盟関係にあった。ザ・レインコーツのアナ・ダ・シルヴァは「人としては天使」と賞賛し、スクリッティ・ポリッティのグリーンは心底ワイアット・ファンであったと、そう本書に書かれている。言われてみればたしかに、 ワイアットがピアノを弾いた“ザ・スウィーテスト・ガール”(初期〈ラフトレード〉の最高の名曲)にはその影響がある。グリーンの歌詞も歌い方もワイアット風だ——「世界でもっとも醜悪な彼らは、どうしてぼくにこんな酷い仕打ちをするのだろう」
 その後も多くのアーティストとワイアットは共演している。クリス・カーターとコージー・ファニ・トッティ、パスカル・コムラード、ウルトラマリン、ビョーク……『シュリープ』にはポール・ウェラー、エヴェン・パーカー、ブライアン・イーノが参加しているが、この3人を集めることができるのは、おそらくワイアットくらいのものだろう。
 いったい彼のなかの何が人を惹きつけるのだろう。戦後すぐに生まれたワイアットにとって、その将来、またしても右翼的な熱狂が繰り返されたことは許しがたい事態だった。だが、同時に左派内部における裏切りや失望も味わい、そのことも数枚の作品のなかで言及している。ワイアットはアメリカを大量虐殺のうえで成り立った国だと歌い、他方では、じっさいの政治的闘争の渦中にいる人たちが好んで歌う優しいバラードを彼も歌った。ワイアットとアルフィーがマルクスを勉強したのは、いち生活者として、何が自分を不幸にしているのか、どうしたら自分は幸せになれるのか、その答えを見つけるためだった。21世紀のいま、同じ疑問をいだいた20代の男女が、その答えを金儲けだと言ったところで驚きはない。何が自分を不幸にしているのか、どうしたら自分は幸せになれるのか。本書『ロバート・ワイアット』の核心にあるのはそこで、ワイアットとアルフィーふたりによるその試行錯誤と回答が、A5版二段組みでおよそ500ページ分あるのだ。

Aho Ssan & Resina - ele-king

 パリを拠点とする電子音楽家アホ・サン(Aho Ssan)と、ポーランド出身のチェリスト/サウンド・アーティスト/作曲家レジーナ(Resina)によるコラボレーション・アルバム『Ego Death』が、ベルリンのレーベル〈Subtext〉からリリースされた。
 アホ・サン(本名:Niamké Désiré)は、フランス在住の黒人電子音楽家である。グラフィック・デザイナーおよび映画監督としてキャリアを開始したのち、電子音楽家へと転身。2015年にはフランス・テレビ財団賞を受賞し、IRCAM(フランス国立音響音楽研究所)やGRM(フランス音楽研究グループ)との協働を通じて活動の幅を広げるなど、順調なスタートを切った。
 アホ・サンは〈Subtext〉からは電子音響/ノイズの傑作『Simulacrum』(2020)およびそのリミックス・アルバム『Simulacrum Remixed』、さらに KMRU との共作『Limen』(2022)を発表する。2023年には、ニコラス・ジャーのレーベル〈Other People〉より、哲学的主題を扱った書籍と音源を組み合わせた『Rhizomes』を発表し、注目を集めた。
 彼は、自身の黒人としての出自と、ポストモダン以降の社会的課題をつねに創作と思考の中心に据えている。ボードリヤールやドゥルーズ/ガタリといった現代思想を参照しつつ、緻密で鋭利な電子音響作品を継続的に発表するアーティストである。ジャン・ボードリヤールの『シミュラークルとシミュレーション』を読んだことが、単独での制作に向かう契機となったという。重要なのは、彼が単なるアカデミズムの枠に留まらず、社会的背景に根差しつつ都市のリアルに向けて強烈な音を発する点である。
 一方、レジーナ(カロリナ・レック)は、チェリストおよび作曲家としての素養を持ち、アホ・サンとは異なる音楽的背景を有している。これまでに〈FatCat〉傘下の〈130701〉より『Resina』(2016)、『Traces』(2018)、『Speechless』(2021)の三作を発表。モダン・クラシカルとダーク・アンビエントの交差点に位置するシネマティックかつミニマルな音響を展開してきた。現代音楽家としての確かな技量を有しつつも、クラシック音楽の範疇に留まらず、先鋭的な実験音楽の領域においても活動している。

 両者の初共演の契機となったのは、2020年に開催されたオンライン即興セッション「Weavings」である。これは、アーティストのニコラス・ジャーとポーランドの前衛音楽フェスティヴァル「Unsound」のチームが企画したプロジェクトであり、Zoomを介して世界各地の12名のミュージシャンが物理的距離と時差を越えて音を「編む」という試みであった。
 この場で初めて邂逅したレジーナとアホ・サンは、使用ツールや音楽的出自こそ異なるものの、即座に直感的な対話を開始。異なる音楽言語を用いながらも共通の文法に基づく対話が自然発生的に生じたという。
 その後、レジーナはアホ・サンの『Rhizomes』(2023)に参加(第4曲 “Till The Sun Down (feat. clipping. & Resina)”)。ドゥルーズ=ガタリ的哲学を参照し、ポストヒューマン的視座からアイデンティティの断片化と再構築を試みた『Rhizomes』において、両者の協働関係は一層深まった。続けて、「Weavings」のライヴ・ヴァージョンを発表。そして2022年、ポーランド・クラクフで開催されたサウンド・フェスティヴァル「Unsound」において、新たな共同プロジェクト「Ego Death」が初演された。
 数年におよぶ長期的なプロセスを経て完成したアルバム『Ego Death』は、全8章から構成されるドローン/エクスペリメンタル・ミュージックの大作である。本作の主題は、自己の「解体」と「再構築」の過程である。レジーナのチェロは旋律的機能を脱し、擦過音、倍音、弓圧の変化といった音の物理的構造にまで還元されていく。そこへアホ・サンがノイズ、フィールド録音などを用いて音の地層を重ね、一つの音響地形を形成していく。アホ・サンの無機的かつ情緒的な電子音響と、レジーナのクラシカルな要素とが交錯することで、サウンドはシネマティックで劇的な空間性を獲得する。
 アルバム『Ego Death』は全8章を9トラックに分割して収録。マシニックな電子音響にレジーナの音世界が漸次的に交じり合う過程は圧巻である。“Egress I., Pt. 1” では重層的なドローンが展開され、“Egress I., Pt. 2” では断続的かつ破壊的なビートがノイジーな音響の中で躍動し、エクスペリメンタルな暗黒音響へと変容する。3曲目 “Egress II” では、前曲でも微かに聴こえていたパイプオルガン的な音に、ピチカート的な弦の響きが静謐に重なる。この不穏な静けさは “Egress III” にも引き継がれていく。
 なかでも「声」が前景化する “Egress V” は、本作のクライマックスと呼び得る曲だ。声、ミニマルなオルガン、メタリックでダイナミックな電子音響が交錯するサウンドスケープは、人間の意識が身体から電子メディアへと転送されるような知覚を生起させる。脳内信号が電気的インフラへと変換されるこのプロセスにおいて、我々は創造性を得るのか。あるいは喪失するのか。そのような「問い」が音響の微細な隙間に刻まれているように聴こえてならない。

 そう、『Ego Death』は、このようなポストヒューマン時代における音響実験としての「エゴ・デス(自我の死)」という概念と連動しつつ、創造の主体、制御、所有といった問題系へと根源的な問いを投げかけている。音は演奏者の手を離れ、コントロールされる対象としてではなく、共鳴と変容を繰り返す有機的存在として現出する。あるいは、こう言い換えることもできるかもしれない。「自己の消失は、現代社会においてむしろ救済となり得る」と。孤独な創作ではなく、他者と共に聴き合い、自我を手放すことで現出する音響空間。『Ego Death』は、そのような創造的態度を体現している。
 アホ・サンとレジーナは、異なる音楽的ルーツと方法論を背景としながらも、「音楽における境界線の再定義」を共通のテーマとして追求してきた。本作はそのひとつの到達点であると同時に、新たな創造の出発点でもある。2025年のエクスペリメンタル・ミュージックにおいて、本作は疑いなく重要な成果であり、電子音とチェロによる冷徹な音響構築は、聴き手を氷点下の音響空間へと導く。まさに必聴の一枚といえよう。

VINYLVERSEの「ギャラリー」機能を活用しているユーザーをピックアップし、ご紹介するインタビューシリーズの第2弾。今回は、現行ソウルの魅力を発信し続けているコレクター、nu soulさんにお話を伺いました。
群馬県出身の46歳。Soul / Funkを中心にレコードを蒐集し続け、レコード収集歴はなんと28年。まさに“レコードと共にある”暮らしを体現されている存在です。
インタビューでは、レコードとの出会いやVINYLVERSEの活用法、さらにフィジカルメディアの価値についても語っていただきました。今回はお忙しい中、メールにてインタビューにご対応いただきました。

① レコードとの出会いとコレクション

VINYLVERSE(以下V):レコードを集め始めたきっかけと、初めて買ったレコードを教えてください。

nu soul(以下N):大学生の時に流行っていたDJが使う12inchレコードを、HouseやR&B、Discoを中心に買い始めたのがきっかけです。初めて買ったレコードは、高校生の時に流行っていたFugees『The Score』のLPだったと思います。

V:レコード蒐集歴は何年目ですか?

N:途中、CDが中心になっていた時期もありましたが、なんだかんだレコードは途切れることなく買ってきました。28年目になると思います。

V:現在、どのくらいの枚数のレコードを所有されていますか?

N:これまで幾度となく売ってきたので、現在の所有枚数は少なめです。おそらく500枚くらいかと。

V:主にどのジャンルのレコードをコレクションしていますか?

N:Soul / Funkです。10代の頃からStevie Wonderが大好きで、Marvin Gaye、Curtis Mayfieldなど、いわゆるニューソウルは今でも変わらず好きですね。
それと現行ソウルも集めています。2000年代初頭、Neo SoulやR&Bが主流だった時期に、Raphael Saadiqのソロ・アルバムが出た頃から、生楽器を使ったVintage Soul作品が増え始めました。

Mayer HawthorneやKali Uchisといった人気アーティストもその流れを取り入れ、現行ソウルは今やメインストリームになりつつあります。アメリカではBig Crownレーベルの作品を常にチェックしています。最近では、Big Crownから作品をリリースしているインドネシアのグループ、Thee Marloesのように、アジアやオーストラリアなど世界各地からも良質なソウルが次々と登場しており、注目しています。
ハワイのシーンも素晴らしく、Nick Kurosawa率いるBombyeは特に印象的です。そして、今のイチオシは台湾のシンガー、Yufuですね。

V:今、個人的にとても欲しいレコードはありますか?

N:あります。Bobby CaldwellがJack Splashと組んで出した「Cool Uncle」のレコードです。当時買い逃してしまって、今では入手困難になっています。

V:コレクションの中で特に思い入れのある1枚とその理由を教えてください。

N:Princeの『Rainbow Children』です。怪しい語りが挿入される構成や、それまでの彼の作品とは違う、ジャズを中心にしたファンクサウンドがとにかく魅力的。2001年のリリース当時、Vintage / Retro Soulサウンドをこの形で作品化していたミュージシャンは他にいなかったのではないでしょうか。2020年にようやく正規リイシューされたLPは永久保存盤ですね。ジャケットやパッケージも含めて素晴らしいです。

② レコードの魅力について

V:nu soulさんにとって「レコードの魅力」とは何でしょうか?

N:何と言っても音質ですね。特に生楽器を使った作品は、まるで目の前で演奏しているような「近さ」が感じられます。それとレコード特有の匂いも魅力のひとつです。

V:レコード文化が復活していると感じますか?その理由は?

N:よく言われることですが、「モノとしての所有」に尽きると思います。パッケージや音質も含め、やはり魅力があります。

V:レコード文化の未来に期待していることはありますか?

N:今までレコード化されていなかったタイトル、あるいはCDのみでリリースされていたアルバムの再発がもっと増えてくれるとうれしいですね。サブスクにもない名曲って、意外と多いので。

V:レコードと他のメディア(CD・データ)で音楽を聴くことの違いについて、どう感じていますか?

N:音質の違いは明らかですね。サブスクだと流して聴いてしまいがちですが、フィジカルだと曲間やB面まで含めてしっかり「聴いた実感」があります。

V:レコードとデジタル音源の音の違いについてどう思われますか?

N:CDやデジタルと比べて、レコードは必ずしもクリアで綺麗な音ではないですが、より生音に近い迫力とゆらぎ(グルーヴ)があります。初めてクラブで大音量でレコードを聴いた時、その音の厚みに圧倒されました。敬愛する山下達郎さんがよく言う、「ガッツのある」音がしますね!

V:どうして今の時代に、あえてレコードを選ぶのですか?

N:学生の頃からレコードを買っていて、当たり前のように選んできました。やはり音質の魅力に取り憑かれているのだと思います。

V:レコードを聴くとき、特別に感じることはありますか?

N:最近気に入った曲をシングルで買って、ターンテーブルに丁寧に乗せて、集中して聴く時間ですね。最初にシュリンクを開封する瞬間も、やっぱり特別です。

③ レコードの集めかた

V:どのようにしてレコードの情報を収集されていますか?

N:僕は2000年以降の作品を中心に集めているので、主に現行アーティストや好きなレーベルのInstagram、サブスクなどで情報を得ています。それと高松で放送されているラジオ番組、Jimmie Soul Radioからの情報もかなり重宝してます。この番組では、新着のSoul / Funkを中心に楽曲紹介されていて、僕は番組のヘヴィ・リスナーの1人で、何度か選曲をさせていただいたこともあります。

V:普段レコードを買うお店や、買い方(中古・新譜)を教えてください。

N:新譜がメインなので、Disk Union、Jet Set、HMV、Tower Recordsのオンラインを利用することが多いです。買い逃した作品や気になった楽曲は中古でも探して、上記の実店舗で購入します。
また、日本で取り扱いのないタイトルはBandcampや海外レーベルの公式サイトから輸入することも。ただ、今はかなり割高になっていて難しいですね。大手ショップでは扱っていないものは、Music Camp(Barrio Gold Records)など専門店でも購入します。

V:オンラインのフリマやオークションでレコードを購入されますか?

N:利用したことはありません。

V:中古レコードの盤質は気にしますか?たとえばノイズのあるレコードと針飛びのあるレコードを選ぶとしたらどちらを選びますか?

N:いわゆるジャンク品でなければ、あまり気にしません。チリチリとしたノイズは嫌いではないので、針飛びや盤反りがないなら、ノイズのある方を選びます。

V:レコード1枚に出せる最高金額は?

N:以前、どうしても欲しかった12inchを1万円で買ったことがあります。でも今は、よほどのことがない限り買いません。高くても5000円台が限界ですね。

V:特殊な入手方法で手に入れたレコードはありますか?

N:知人のSNS投稿で珍しい7inchの存在を知り、その人に海外からまとめて注文してもらって、比較的安価で譲ってもらったことがあります。とても嬉しかったですね。

V:レコードの収納場所はどうしていますか?

N:10年ほど前に家を建てる際、子供部屋の近くに音楽部屋を作りました。そこにレコード棚を置いていて、散らかってはいますがなんとか収まっています。

V:ジャケット買いをしますか?

N:全く知らないものはあまり買いませんが、好きなアーティストや知らない作品でも、ジャケットにビビッと来たら買うことはあります。とはいえ、裏ジャケの作曲家・アレンジャー・参加ミュージシャンなどはしっかり確認してしまいますね。

④ レコードを共にしたライフスタイル

V:ターンテーブルやスピーカーなど、オーディオ機器のこだわりはありますか?

N:特にこだわっていません。ごく普通の機器を使っていますが、不便に感じたことはないです。

V:DJはされますか?

N:ごくたまに、仲間内のイベントで選曲する程度です。

V:CDやサブスクは使っていますか?使い分けがあれば教えてください。

N:Spotifyは通勤中にいつも聴いていて、新着音源のチェックが主です。休日はCDかレコード。レコードが中心ではありますが、移動中にはCDが重宝します。Mixtapeもいいですね。最近はLPが高騰していて手が出ないこともあり、CDで買うことも増えました。

V:音楽以外で、映画・アート・ファッションなどで好きなものがあれば教えてください。

N:あまり詳しくはありませんが、藤原ヒロシさんが紹介するカルチャー全般には興味があります。

⑤ VINYLVERSEについて

V:VINYLVERSEを知ったきっかけを教えてください。

N:VINYL GOES AROUNDのInstagramです。

V:VINYLVERSEをどのように使っていますか?

N:今でこそメインストリームにもなりつつある現行ソウルですが、黄金期の70〜80年代一辺倒になりがちなソウルミュージックラバーに、「現在進行形のこんな素晴らしいソウルがあるんだ」と知ってもらいたくて投稿を続けています。Instagramの延長線上で始めました。

V:アプリの使い方はすぐに理解できましたか?操作で迷った点、不便に感じた点はありますか?

N:比較的すぐに理解できましたが、写真を撮ってアップロードするところで少し手こずりました。

V:VINYLVERSEの一番の魅力は何だと思いますか?

N:シンプルなところですね。さらに、PHYGITAL VINYLの取り組みには毎回楽しませてもらっています。

V:nu soulさんのギャラリーのこだわりポイントはありますか?

N:特にこだわっているわけではありませんが、ジャンルや年代を絞って掲載しているので、他のユーザーさんとはまた違った見え方になっている気がします。

V:他のコレクターと交流する機能がもっと増えるとしたら、どんなものがあったらうれしいですか?

N:ギャラリーにコメントできる機能があれば良いと思います。また、ギャラリーの並び替えができて、思い入れの強いタイトルをトップに持ってこられれば、より分かりやすくなると思います。

V:追加してほしい機能はありますか?

N:マスターにない作品を自分で新規登録できる機能、検索履歴が表示される機能があるとうれしいです。
また、今後VINYLVERSE上で売買が可能になるとのことで、その際にWANT機能がさらに活用されるといいですね。それと、WANTの多いタイトルに注目して、リイシューに向けて動くなど。これは運用される側の話になってしまいますね。

V:どんな人にVINYLVERSEをおすすめしたいですか?

N:レコードを買い始めたばかりの若い方ですね。今の若い人たちは、サブスクで年代問わず音楽を聴くのが当たり前だと聞いています。そんな方に、お気に入りの音楽をレコードで手に取ってもらい、VINYLVERSEに投稿してもらえたらうれしいです。ぜひその投稿を覗いてみたいですね。

V:では最後にレコードを買いたいというビギナーへ、メッセージがあればお願いします。

N:まずはジャケ買いでもいいと思います。気になるレコードがあれば、一度手に取ってみてください。たとえ失敗しても、そこから何かしらの発見があるはずです。


以上、nu soulさんへのインタビューでした。
現行ソウルの魅力を発信し続ける姿勢と、28年のキャリアからくる確かな視点。
VINYLVERSEを通じてレコード文化を盛り上げるユーザーのリアルな声として、ぜひ今後のコレクションや投稿にもご注目ください。

nu soulさんありがとうございました!!

VINYLVERSE アプリ

KNEECAP/ニーキャップ - ele-king

 これは音楽、政治、ドラッグ(ケタミンやエクスタシーほか)の痛快なコメディ映画であり、北アイルランドのベルファストを舞台とした、主役を務めるかの地のラップ・グループ、まだ正式なスタジオ・アルバムは1枚しか出していないニーキャップ(Kneecap)の伝記映画でもある。わずか1枚のアルバムしかなかったのに伝記映画を作ったのはセックス・ピストルズだが、本作は反抗の虚構を見せびらかせた『ザ・グレイト・ロックンロール・スウィンドル』ではない。ここで重要なのは、ニーキャップが自分たちの物語や成功を滑稽に演じることでみずからを脱神話化し、音楽グループのありがちなサクセスストーリーに仕立て上げるのを回避していることだ。彼らの志はもっと大きい。ニーキャップと、『ガーディアン』などでジャーナリストとしても活動してきた1984年生まれのリッチ・ペピアット監督は、この作品でカウンター・カルチャーの大いなる可能性を描き出すことを追求していると言えよう。
 それゆえに、本作が、監督が大きな影響を受けたという『トレインスポッティング』に喩えられるのは納得だが、同時にヒップホップの文脈でいえば、ストリートの手に負えない悪ガキたちが図らずも国家権力を本気にさせるほど政治的にラディカルに突き抜けるという一点においてN.W.Aの伝記映画『ストレイト・アウタ・コンプトン』を引き合いに出したくもなる。が、ここでまた重要なのが、N.W.Aのようなギャングスタ・ラップのマチスモとは、ニーキャップもこの映画も距離を置いている点だ。ニーキャップの歌詞には下品で挑発的な言葉が多く、女性蔑視的な表現が皆無とは言えないが(たとえば、“C.E.A.R.T.A.”のモ・カラの6ヴァースめ)、それだけで彼らをアメリカのポルノまがいの一部のヒップホップと同列に扱うのは早計だろう。みんなで踊ることを楽しもうとするレイヴ、ジャングル、ベース・ミュージック系の彼らの音楽の特徴も大きい[*編集部註:アルバムには808ステイトの“キュービック”ネタもあり。リミックス盤にはデイヴィッド・ホームズも]。ともあれ、ヒップホップ/音楽好きはもちろん、カウンター・カルチャーのパワーを浴びたい人は、いま観ておくべき作品なのは間違いない。
 たしかに、前提となる社会的背景は入り組んでいる。イギリスによる北アイルランドの長い植民地化の歴史、ベルファストとIRA(あるいはIRA暫定派)、1960年代後半以降の北アイルランド紛争(ザ・トラブルズ)、イギリスからの分離独立を目指しアイルランドの統一を目指すカトリック系住民とイギリスに帰属意識を持つプロテスタント系住民との根深い対立などの知識があるとより理解しやすい。しかし、それらの知識を抜きにしても楽しめるし、むしろこの映画を観ることでそれらの歴史や社会問題を知るきっかけになるという意味でも観る価値がある。

 主人公はドラッグ・ディーラーの2人組の若者、ニーシャ=モウグリ・バップと幼馴染のリーアム=モ・カラ。ひょんなことで逮捕され、警察の取り調べを受けることになったリーアムは英語で話すことを拒絶し、意地でもアイルランド語で応じようとする。そこに高校の音楽教師、JJ・オドカーティ=DJ プロヴィがアイルランド語の通訳としてあらわれる。リーアムのメモ帳に書かれたアイルランド語のリリックに才能を感じたプロヴィは、ラップをする2人を自宅のガレージの音楽スタジオに連れて行き、そこから3人の活動がスタートする。
 はっきり言って見どころだらけで、「うわあ、これはよくできている!」と感心しっぱなしだった。ベルファストは、IRAの武装闘争の舞台として語られもしてきたが、まず冒頭でそうしたステレオタイプな見方を否定するというか、相対化する。あなたたちが知っている北アイルランド/ベルファストの物語とは違うぜ、という軽いジャブからはじまる。というのも、ニーシャの父親のアーロはIRA(より正確にいえば、共和派準軍事組織)の生粋の活動家としてイギリスの植民地支配に抵抗する武装闘争に人生を捧げ、いまは死亡を偽装して逃亡生活をつづけている。アーロは幼いニーシャとリーアムに「アイルランド語は自由のための弾丸だ」と教える。その教育の影響を受けた彼らは、だからアイルランド語を使ってラップをする。それが彼らのアイデンティティなのだ。
 しかし話はそう単純ではない。ドラッグやセックスについてラップし、反警察的かつ反英国的でもある、素行の悪い彼らの人気が出てくると、アイルランド語を公用語とする運動に情熱を注ぐプロヴィの妻は彼らを煙たがる。彼らによってアイルランド語への悪印象がついて法制化の妨げになるというわけだ。さらに、アイルランド統一を目指す教条的な活動家からもニーキャップは目をつけられ袋叩きにあう。つまり、北アイルランドのアイデンティティとしてのアイルランド語を用いながら悪態をつく彼らのラップは、既存のナショナリズムの枠には収まりきらないのだ。そのように、北アイルランドの新しい世代の感覚や風俗を旧世代と対置させているのも興味深い。

 ニーシャとリーアムは、アイルランド紛争が停戦した1998年以降に育った「停戦世代」。そんな彼らは、アイルランド紛争後を生きるなかで精神的な「トラブル」を抱えている、つまり「紛争世代」の子どもとして育ったことがトラウマになっている、というもっともらしい理由をでっちあげて精神科から処方箋をもらう。要は合法ドラッグを手に入れるための嘘をつく。こうしたユーモラスなシーンによって、現代の北アイルランドの若者文化やニーキャップの特異性を浮き彫りにするのが見事だ。それもあるし、いわゆる「政治の季節」の活動家のやんちゃな息子がラッパーとして政治的にもっともラディカルな存在となるというのは、ポスト公民権運動としてのヒップホップの可能性そのもの。と、模範的な構図に当てはめたくもなるが、むしろ政治的な使命感から解放されている町のチンピラの向こう見ずな勇気にカウンター・カルチャーの可能性を見いだすことが、この映画の物語を面白くしている。
 一方で、現実のニーキャップには理知的な側面もある。彼らが今年4月のコーチェラ・フェスティヴァルでイスラエルのガザでの残酷無比なジェノサイドを批判し、8月のグラストンベリー・フェスティヴァルでもパレスチナの解放を訴えたことは周知の事実だろうモウグリ・バップは最近のあるインタヴューで「パレスチナと植民地化という共通の歴史を持つ俺たちにとって、(パレスチナ連帯は)自然な流れ」と言う。さらに彼は「植民地支配の物語は世界的なもので、ウェールズ、バスク地方、オーストラリアでも抑圧の方法は同じ。彼ら(植民者 ※筆者注)は彼ら(被植民者 ※筆者注)の言語を奪った。誰かの言語を奪うことは、彼らのアイデンティティを奪うこと。そして、アイデンティティを奪えば、支配しやすくなる。この映画を通して、俺たちはそれを悟った。これは単にアイルランド語だけの問題ではなく、より広い意味での物語だ」と映画への反響を受けて、グローバルな反植民地主義について言及している。それだけではない。「俺たちは中流階級のカトリック教徒よりも、プロテスタントの労働者階級との共通点が多い。統一アイルランドは民衆に恩恵をもたらす必要がある」と、宗教や立場の違いをこえた下からの連帯を志向する。う~ん、素晴らしい。

 言うまでもなく本作は通りいっぺんのプロパガンダ映画ではない。くり返しになるが、図らずも国家権力を本気にさせてしまった町の兄ちゃんたち=ニーキャップという稀有なラップ・グループの伝記映画だ。だからこそ、宗教や立場をこえた連帯のユートピア(もしくはファンタジー)を、恋や愛をまじえて描く物語に感動があるし、ある意味では説得力もある。いち音楽グループの凡庸な成功物語に閉じることなく、この映画が目指したのは、抑圧のなかからより大きな夢を解き放つことだった、そう言えるかもしれない。「弾丸はなろうとしてなるものじゃない。いつから弾丸か知らないが、世界に放たれるときを待ってる。自分の速さを知るために。俺らは速さを知った」――クライマックスのこのセリフが素晴らしい至言として響いてきた。

【以下、編集部追記】
 以前、グラストンベリー・フェスにおけるニーキャップの反イスラエル/親パレスチナ行為がニュースになったことは書いたが、同フェスではボブ・ヴィランの「IDF(イスラエル国防軍)に死を」発言も問題となって、英国イスラエル弁護士会(UKLFI)から訴えられ、その後彼らのコンサートは中止させられた。ニーキャップのモ・カラもUKLFIが警察に通報したことでテロ犯罪で起訴され、ニーキャップのコンサートは中止となっている。こうした事態に対して、マッシヴ・アタック、ブライアン・イーノ、フォンテインズDC、ニーキャップらは、7月17日、イスラエルのガザに対する軍事攻撃について声を上げるアーティストのためのシンジケートを結成すると発表している。

 なお、ただいま、新宿シネマカリテ&アップリンク吉祥寺では、写真家ローレンス・ワトソンが撮影したKNEECAPのライヴ写真といっしょにプライマル・スクリーム、ポール・ウェラーと共演した〈GIG FOR GAZA〉のときの写真も展示されている。吉祥寺には、メンバーのモ・カラの裁判への抗議にポール・ウェラーと帯同した時の写真もあります。

Dave Liebman, Billy Hart, Adam Rudolph - ele-king

「ジャズ、聴きたいんだけどどこから入ったらいいか分からないんだよね」という相談をよくもちかけられる。毎回答えに窮するが最近はこう返す。「とりあえず、マイルス・デイヴィスのアルバムを一通り聴いてみたら? ジャズの歴史が大体わかるから」と。一通りって一体何枚アルバムを出しているんだって話だし、それ人にとっては苦行でしょっていうツッコミが入りそうだ。でも、ジャズの歴史を大掴みするには有効な方法だと思う。マイルスはカメレオンのように変わり続けた音楽家だからだ。
 聴く枚数を少なめに見積もってみると、こんなルートになるだろうか。『クールの誕生』(クール・ジャズ)➝『ディグ』(ビバップ)➝『クッキン』(ハード・バップ)➝『マイルス・アヘッド』(ジャズ+スモール・オーケストラ)➝『カインド・オブ・ブルー』(モード・ジャズ)➝『イン・ア・サイレント・ウェイ』(フュージョンの開祖/アンビエントの萌芽)➝『オン・ザ・コーナー』(エレクトリック・ジャズ/ファンクやロックとの融合)➝『ドゥー・バップ』(ヒップホップ)。
 思いっきり図式を簡略化したし、個々の音楽性や順序については異論もあろう。また、筆者が最も愛聴する『ネフェルティティ』なんかは割愛している。あまりにも特異なアルバムで括弧内にひとことでは説明を入れられないし、その革新性と画期性を説明するのにかなりの紙幅が必要だからだ。

 前置きが長くなったが、『オン・ザ・コーナー』(72年)におけるデイヴ・リーブマンというサックス/フルート奏者のプレイが好きだ。混沌と猥雑の中から立ち昇ってくるサックスは音数こそ少ないものの、確かなプレゼンスを示し、この畢生の名盤に大きな爪痕を残している。『ゲット・アップ・ウィズ・イット』(74年)では、抽象的なリズムのうえでジョン・コルトレーンの衣鉢を継いだ雄弁な“シーツ・オブ・サウンド”を展開。その卓越したフルート・ソロは狂気すら感じさせる。
 そんなリーブマンは自己のグループを経てリッチー・バイラークと度々共演してゆくのだが、どうもマイルス・スクールの頃と較べると影が薄い。いや、影が薄いと評価されがちである。保守化してゆく、なんて書かれているのも目にした。だが、野田努にレコメンドされた『Beingness』を聴き、さらに、90年代以降のアルバムを訊き直してみて、認識を新たにした。彼は彼なりに時代に適応するサウンドを模索し、アップグレードを繰り返してきているのだと得心したのである。

 『Beingness』でそのリーブマンと組んだのは、ビリー・ハートとアダム・ルドフ。いずれも打楽器奏者で、ビリーは通常のドラム・セットを、アダムはコンガやジャンベやタリジャ、親指ピアノやゴング、更にはピアノやエレクトロニクスも使用する。ビリーはリーブマンと同じく『オン・ザ・コーナー』でマイルスに抜擢されたドラマーだが、正直、同作での彼は精彩を欠いている。理由は単純。マイルスが理想としたドラマー、ジャック・ディジョネットのパワフルなプレイの影に隠れ、存在感が希薄になってしまったからだろう。
 だが、リーブマンもビリーも、本作では実に活き活きとしている。マイルスのような専制君主に怯えることなく、実にのびのびと自らの必殺技を繰り出しているのだ。リーブマンはやはり音数こそ少ないが、そのぶんいち音いち音の濃度が著しく高い。ここにはこの音しかない、という確信をもって鳴らされているからだろう。絶妙なタイミングで吹き切ることで、フリー・ジャズに寄りがちな場面でも、アンサンブルに緊迫感を与え、全体の引き締め役を担っている。

 ビリーとアダムはふたりでひと組という印象を受ける。いくつものレイヤーが折り重なるような重層的なビートは、複数の拍子が同時進行するポリリズムやクロスリズムを含み、アルバムに奥行きと厚みをもたらしている。アフリカ起源の土着的でプリミティヴなビートは本作の基層を成していると言っていい。
 リーブマンもビリーもエレクトリック・マイルスの呪縛に悩まされた時期があったのではないだろうか。マイルスとの共演はプレッシャーも相当なものだっただろう。時代の節目に位置するアルバムへの参加で時に低評価をくだされたことにより、自信喪失したとしても不思議ではない。
 だが、ふたりはその後も着実に歩を進めてきた。本作はその最良の成果である。尖鋭的なフリー・ジャズとトライバルなグルーヴと多楽器主義が混然一体となったサウンドは、なかなか類を見ないものだ。敗者復活といったら言い過ぎだろうが、成熟したリーブマンとハートの姿が浮かび上がる力作である。

DJ Haram - ele-king

 先週は、はじまりは最悪な気分だったが、この夏もっとも重要な曲、春ねむりの“IGMF”に熱くなって、Mars89のリミックスに勇気づけられた。すばらしいじゃないか。曲がクールだし、怒りのなかにも遊び心があって、なによりもこれは日本ではほとんどお目にかかることのない政治に対するポップ・カルチャーからの反応だ。
 近年ではスリーフォード・モッズやストームジー、あるいはニーキャップなんかがまさにそうだが、英国ではいまでもこういうことが頻繁に起きる。たとえば、1978年にリリースされたスージー&ザ・バンシーズの「ホンコン・ガーデン」は、スキンヘッドが中国系テイクアウト店の従業員に人種差別的暴言を吐くのをスージー・スーが目撃したことをきっかけとして生まれた。この時代、つまり第二次大戦以降の最悪な不景気にあった英国においては、1977年いっきに支持率を伸ばした極右政党ナショナル・フロントへのカウンターとしては「ロック・アゲインスト・レイシズム」運動がよく知られている。どこまで音楽の影響だったのかは計ることはできないが、少なくとも数年後の選挙においてNFの支持率は下がった。

 さて、今回の舞台はニューヨークだ。2016年のトランプ政権以降、ヘイトクライムの件数は増加し、こと中東系住民が標的になるケースが多いと聞く。2019年3月のブルックリン地下鉄内におけるムスリム系女性暴行事件などは数あるうちのひとつだったが、DJハラム(トルコ系とシリア系の両親をもつ)はその年、中東の民間伝承を再解釈したシングル「Grace」を叩きつけた。そして、2022年のムーア・マザーとのプロジェクト、700ブリスのアルバムを経て、つい先日初のソロ・アルバムとなる本作をリリースしたばかり。これは、ナザールとのアルバムと並んで、〈ハイパーダブ〉レーベルの今年のハイライトである。

 現在はブルックリンを拠点とするDJハラム、もともとはニュージャージーのアンダーグラウンド出身で、クラブを中心にムーア・マザーとタッグを組んで活動していた。700ブリスの『Nothing To Declare(申告すべきものなどない)』におけるノイズ・ラップは、その時代の実験の成果である。政治に関しては大学ではなく路上で、デモ活動を通じて学んだというハラムの作品には彼女の政治性がいかんなく反映されている。たしかにインタヴューを読む限り、彼女の問題意識はジェンダーのみならず、人種差別や白人至上主義へと開かれていることを強く意識している。
 また、10代のときはじめて感動した音楽がソニック・ユースだった彼女にとって、ノイズや即興は自分のサウンドに不可欠、それに加えて本作を特徴付ける中東/アラビックな要素がリスナーの思いをパレスチナへと向かわせることになるのだが、それだけではない。アルバム『Beside Myself』には“Do u Love me”のようなジャージークラブ風のダンストラックや、“Voyeur”のようなアラブとフットワークが融合したようなトラックもあって、踊らせる。快楽を忘れないところはクラブDJならではで、言うなれば、ジャージー・アンダーグラウンド・ダンス・ビートがアラブ系文化と出会ったところが本作のサウンド面のひとつの魅力になっている。ビリー・ウッズとエルーシッドをフィーチャーした“Stenography”になると濃縮されたアラビアン・サイケ・ヒップホップというか、怒りに満ちた“IDGAF”(曲名に注目。こちらは「I Don’t Give A F***(クソどうでもいい)」)にいたってはアラビアン・パーカッションにメタル風のギターが挿入されるという、頭がくらくらするほど容赦ない一撃もある。“Fishnets”のような色っぽいラップ曲もあるが、しかし……総じて言えばアルバムからは毅然とした怒りを感じる。

 幸いなことに、この世界はインターネットとAIには見えない景色がまだ残されているようだ。差別や陰謀論がネット上で一定の人気を見せているのは多くの国に見られる傾向だが、彼女がいるそこは、YouTubeの光り輝く詐欺師たちに操られる場所ではない。フロアがあり、人が連帯を感じていっしょ歓声をあげることができる “そこ” だ。DJハラムはトランス女性として、クィアやトランスジェンダーから熱狂的に支持されている。彼女はときに自らを「ジェンダー化された労働階級」、ないしはそのイスラム教的バックグラウンドからくる複雑な内面を「神を畏れる無神論者」と表現している。そして、型にはまらない抵抗の声、未来を諦めていない音楽を作っているのはご覧の通りだ。チーノ・アモービのノイズ・アンビエントを彷彿させる“Who Needs Enemies When These Are Your Allies?(こんなに味方がいるというのに敵が必要なのか=パレスチナ問題を指しているのだろう)”から内省的ながらトランシーな“Deep Breath”へと繋がっていく締めも良い。全14曲、集中して通しで聴いたらぐったりしたが、それは夏バテのせいだろうか。 


 (蛇足ながら書いておくと、目下ニューヨークでは、市長候補として名乗りをあげたイスラム教徒のゾーラン・マムダニが注目されている。「公共はすべて無料」「億万長者の存在は許さない」というマムダニの、バーニー・サンダース以上に左寄りと言われる思想がZ世代の共感を呼んでいる)(また、つい先ほど入った情報によると、春ねむりは明日金曜日の18時から新宿駅東南口広場で開かれる「NO HATE デマと差別が蔓延する社会を許しません」に参加、ライヴを行うとか。8月8日には代田橋FEVERでリリース・ライヴもある)

Quadeca - ele-king

 クラウド・ラップやエモ・ラップがまいた種──すなわち、ネット発/情動過多/自己内省的/ジャンル撹拌的な音楽表現──は、2025年の現在いくつかの形に拡大した末、結実しつつある。その代表例が、ハイパーポップやデジコア、あるいはニュー・ジャズといった動きだろう。壊れた声、極端なオートチューン、歪みとうねり、過剰なスピード感や浮遊感。そうした表現の中に、泣きのメロディや激しく裏返った情緒が重ねられる。これらDIY精神と情緒の爆発力は、いまのユース層の音楽においてひとつの前提となった。メジャー/インディ、地域、ジェンダーといったさまざまな境界を越え、多様なコミュニティにおいて応用され、翻訳されている進化の形。たとえば国内に限ったとしても、lilbesh ramko、nyamura、Mom、Siero……と、それぞれがそれぞれの文脈と美学でこの系譜を継ぎ、各々のかたちで発展させている。

 そうした文脈のなかで新たな潮流として注目されるのが、クラウド・ラップ~エモ・ラップ的な情動を、素朴なサウンドへ “逆流” させていくアプローチである。ここではむしろ感情が、爆発という形式ではなく、静かに滲み出るような形として追求されているのが興味深い。アコースティックな音響と結びつき、声の温度や風景の描写としてじわじわと広がっていく情感。言葉にならないものを音と沈黙によって語るアプローチと言ってもよいだろう、その潮流を最前線で試行錯誤しているのは、レーベル〈deadAir〉のアーティストたちだ。ラップ的な自己語りを出発点としながら、ポスト・フォーク的な内省や風景の表現へと向かう方法論は、極めてパーソナルなものである。なかでもクアデカ(Quadeca)の近作は、クラウド・ラップが語りきれなかったことを沈黙と余白によって語ろうとする音楽として、その最前線に位置している。

 ここで、クアデカのアプローチを鮮明にするため、唐突ながら d4vd の名を挙げてみたい。いわゆるゲーム配信/YouTuberからはじまりやがて音楽活動を開始したという点で、いまや世界的ヒットメイカーとなった彼は、クアデカと非常に近い背景を持っているからだ。しかし筆者の見立てでは、両者の内実は相反している。d4vd は他者との関係性から自身を知るタイプで、恋愛や喪失、親密さといった対人関係を通して自己を表現する。一方クアデカは内省の果てに世界と繋がるタイプで、まず自己と向き合った先に、それが風景や景色とともに滲み出ていく。ふたりとも自己表現の新しいかたちを模索してきたアーティストでありながら、誰かとの関係を通じて感情を結晶化させるか、自己を滲ませ風景に同化させることで情緒を伝えるかで、明確な違いが見られる。ゆえに、d4vd の向かった先はポップへの昇華であり、クアデカがたどり着いた先はエクスペリメンタルな試みだった。もっと言うなら、このふたつのアプローチは、2025年のいま次のような極論として対置させることができる──ジャンルをまとめ直すことで情緒を切り取りいかにキャラクターとして届けていくか、ジャンルを壊し編集することで自己を滲ませ空気のように漂わせていくか。前者は TikTok などSNSのバズと相性が良く、後者は Bandcamp 的/Reddit 的な空間と相性が良い。

 もっとも、その両者の違いが明確に表れているのが、アコースティック・サウンドの使い方ではないだろうか。d4vd の音楽におけるアコースティックの導入は、多くの人に共感されるような現代的情緒があり、パーソナルであることと普遍的であることが同居する、TikTok 以後の方法として使われるケースが多い。対してクアデカは、ポスト・クラウド・ラップとポスト・フォークが融合した前衛的な実験として、アコースティックを編集手段のひとつに導入する。その過程で自己は風景化し、しまいには幽霊化していく。実際、『Vanisher, Horizon Scraper』は、複雑な構造やジャンル混合によって景色が何度も変わるような感覚を作り出し、作り手の輪郭は音響のあわいに溶けていく。

 ヒップホップとアコースティック。一見離れているようにも見えるこのふたつの音楽が、2025年のいま、クアデカの手によってつながった。その前段として思い出したいのは、『From Me To You』(2021年)の衝撃だ。トラップ・ビートやオートチューンなどのヒップホップ的プロダクションを基盤とし、語り口もラップ的だったこの作品は、初期における彼の情動の塊である。内向的で不安定な情緒の断片をエフェクトや壊れた構造で表現し、音響そのものを感情の器とした当作について、あのとき私たちは、クラウド・ラップ~エモ・ラップが捻じれた歪な作品として孤立させ捉えるしかなかった。しかし、『I Didn't Mean To Haunt You』(2022年)や『SCRAPYARD』(2024年)を経て、クアデカ美学は先述した〈deadAir〉の動きとともに、大きなうねりへと肉付いていくことになる。より素朴なサウンドを伴い “情動の逆流” へと舵を切ったその表現は、自己語りと断片的な感情、そこから派生したポスト・クラウド的な破壊的構造を経由して、飾り気のない「情緒の風景化」にたどり着いたのだ。過去作にあった壊れた構造や感情の断片はもはや後景に追いやられ、「語らずして語る」境地へ向かっていった彼の試み。それは、ミニマルなモチーフの反復と緩やかな変化、静寂と轟音、微細と壮大のコントラストによる映像的/風景的なサウンドスケープである。と言うとどこか2000年前後のポスト・ロック勢を彷彿とさせるが、ここで重要なのは、クアデカがアコースティックの音響や叙情を用いてミレニアルのポスト・ロックに向かいながらも、あくまでポスト・インターネット的な感性を保っている点だろう。録音環境も音響処理も明らかにネット世代のものであり、そこではクラウド・ラップ的な情緒とアコースティックの飾らなさが見事に接続されているのだ。

 自己の内面を突き詰めた結果としての風景化、あるいは幽霊化。この事象にあえて説明を与えるとしたら、「あまりに自分の内面を見つめすぎた世代が、いよいよ外の風景と向き合いはじめた」ということなのだろうか。クラウド・ラップが内面の断片をネット空間に撒き散らした音楽だったとすれば、本作はそれを地に落とし、風景のなかに沈める作業を遂行している。それは、自己の内面や表象をアップデートさせるSNS的仕草へのアンチテーゼともとれるかもしれない。感情や考えを言語化し、視覚化し、他者に届ける装置としてのソーシャル・ネットワーク。自己内省の過剰なループは、次第に飽和し、閉塞感を生み出す。どこまで自分を見つめても、深まるどころか浅くなっていく感覚! その結果として、いま一部の若者は、風景や自然といった自分の支配を超えたものに惹かれはじめている。昨今、山間部で開催されているアンビエント~電子音楽系、あるいはポスト・フォーク~インディ系のパーティやミニフェスは、状態/風景を共有するメディウムとして機能している点で、いまの時代背景を象徴しているように見えるのだ。

 だからこそ『Vanisher, Horizon Scraper』は、内省を突き詰めた結果として沈黙と外界に向かう物語の音楽的具現化であり、いまの一部の若者の生理に深く根ざしていると言えよう。「自己の解像度を上げる」のではなく、「自己を溶かす」こと。クアデカの実践であり本作への到達は、SNS的な自己の在り方ではなく、代替するもうひとつの選択肢をひっそりと提示しているように思えてならない。願わくは、バズだけが正義とされるこの時代にどこか居心地の悪さを覚えている若者にとって、本作が静かな避難所のような存在となりますように。次の時代の価値観を生み出す起点は、じつはここにあるのかもしれない。

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