「UR」と一致するもの

Lightning Bolt - ele-king

 フロアにできたひとの渦の上をへろへろの男は笑いながら運ばれ端までいって落ちては立ちあがりまたひとの波にのまれにいった。ふつうモッシュピットといえば、ステージのハードな演奏にいてもたってもいれなくなった観客のおこす癇癪みたいなものだと相場は決まっておるが舞台上に演者の姿はない。かわりに数人のお客さんがぶらぶらしている。音の聞こえるほうに目を凝らすと人垣の向こうにマイクを仕込んだ蛍光グリーンの妙なマスクをかぶった男が歌いながらドラムを叩きのめし、脇にはコンパクト・エフェクターを前にステッカーをベタベタ貼ったベースを抱えこみ赤ん坊をあやしながら折檻するように弾く男がいる。

 私が何度か足を運んだチッペンデイルとギブソン、両ブライアンによる、ロードアイランド州プロヴィデンス、神の摂理を意味する米国いち小さな州の州都からやってきた米国いちさわがしいドラムンベース・デュオのライヴはおおよそこんなふうに進み、彼らは音盤よりもライヴで本領を発揮する連中だと評価はうなぎのぼり、まんざらでもなかったのかライトニング・ボルト、来日のたびに騒々しさはひきもきらない。ところがここには厄介な問題があった。音盤は録音物だということである。脱力めされるな、読者諸兄よ。レコードの誕生とともにはじまった、一瞬ごとに消えてはなくなる音楽と現物支給とのこのあたりまえのジレンマに私は彼らの本音は知らないが彼らほど悩まされたグループはいない。現在の録音技術をもってすれば彼らの曲であってもかなりのところまで再現可能だろう。ところが最新録音機材の分解能は渾然一体となった音の粒立ちは記録できてもライトニング・ボルトの帯電する空間感まではハードディスクでは捉えられない。デジタル・サイレンスはまったくの無音なのである。磁気テープが進化すればよかったのにと両ブライアンの嘆きが聞こえてくるようだ。そうなったからといって彼らの全部を録れるとはかぎらない。それに音楽のよしあしは音質とはなんら関係ない。70年代にパンクはその境地を拓きノーウェヴが80年代に補完し90年代のローファイが脱臼した。ライトニング・ボルトはその21世紀ヴァージョンであり、1999年のセルフ・タイトル作を皮切りに、2001年の『Ride The Sky』からきっちり2年刻みで出した『ワンダフル・レインボウ(Wonderful Rainbow)』、『ハイパーマジック・マウンテン(Hypermagic Mountain)』、やや間を置いた2009年の前作『アースリー・ディライツ(Earthly Delights)』まで、彼らは一貫してインディペンデントな音楽のやり口がインディ・ミュージックと呼ばれていない時代からの流浪の民でありつづけた。その意味でライトニング・ボルトはジャンクの血脈を継ぐオルタナの嫡子でありルインズの後輩であるとともにバズーカ・ジョーのライバルでありホワイト・ストライプスの朋輩であるだけでなくタッジオの年の離れた従兄弟でもある、かもしれない。

 『ファンタジー・エンパイア(Fantasy Empire)』でもその流れは途切れない。むかしとった杵柄をそう簡単に棄てられないということか? 否。ライトニング・ボルトはこのアルバムではじめてちゃんとしたスタジオでちゃんと録った。ちゃんとというのはこれまでがちゃんとしていなかったのではなく、音盤のもつ意味をより実体に適う方向に向けようと腐心したということだ。地元の古巣〈ロード〉を離れ、彼らは今回シカゴの老舗〈スリル・ジョッキー〉と手を組んだ。前作までと聴き較べると音質は各段に向上している。私は音楽と音質は関係ないと書いてしまいましたが、音がよくなってライトニング・ボルトのやっていることが具体的によくわかるようになったのはまるで巌となったサザレ石をひとつひとつたしかめるような、音塊の粒子に手でふれるのに似た聴き応えだった。チッペンデイルのフレーズの組み立てはつまびらかになり、ギブソンのエフェクター捌きが曲のキモであるのがよくわかる。録音のやり方が変わったからといって豪壮なオーケストレーションを施しているわけもなく、カブセは一部あるものの、それもあくまでもライヴでの再現を優先に考えている。ゆえに疾走感は減退することもなく、“ザ・メタル・イースト(The Metal East)”から“スノウ・ホワイト (& The 7 Dwarves Fans)”まで、つねにスピーディにときにダビーつまるところグランジーにライトニング・ボルトは帯電域を広げつづける。偽メタルやらモーターヘッド的なダーティなリフワークやら芸の細かさにもことかかない。日本盤は “ホエア・アー・ユア・キッズ(Where Are Your Kids?)”なるサイケデリックなボートラ入りなので、貪婪なリスナーはこちらをご所望いただきたい。

 ひとつ注意しなければならないのは、音量をあげすぎると家人にスピーカーが壊れたのかと訝られるということだ。それに隣人にも迷惑がかかる。また自宅ではダイヴもモッシュも禁止である。下にお住まいの方に迷惑かかる。戸建てないしは一階にお住まいなら問題ないが、それはいずれ実現するであろう彼らの次のライヴまでとっておくことにしましょう。祈再々々々来日。

interview with Zun Zun Egui - ele-king


Zun Zun Egui
Shackles Gift

RockPsychedelicExperimentalAfro Pop

Tower HMV Amazon iTunes

 熱い、といったら本人に笑われてしまったけれども、この数年来の「チル」だったり「コールド」だったり「ダーク」だったり「ミニマル」だったりといったムードのなかでは、ズン・ズン・エグイはあきらかに浮いている。個人的に思い出すのは2000年代の中盤のブルックリンだ。ギャング・ギャング・ダンスらの無国籍的エクスペリメンタルからヴァンパイア・ウィークエンドの繊細に濃度調整されたアフロ・ポップまで、あるいはダーティ・プロジェクターズの汎民族的でありつつも色濃い東欧趣味まで、USのど真ん中から放射線状にエネルギーを発していたトライバル志向、その無邪気で鷹揚とした実験主義──

 一聴するぶんにはその頃の記憶を呼び覚ます音だけれども、しかしズン・ズン・エグイは実際の多国籍バンドにして中心メンバーのクシャル・ガヤはモーリシャス出身、活動拠点はブリストルとロンドン、また実験ではなくポップが身上である。どこからきてどこへ向かうのか、というコアにあるベクトルが逆向きだ。出自を売りにするどころか、彼が大きく英米の音楽に影響され、またそれを愛してきたことは音にも明らか。そして、そうした志向にミュートされながらも浮かび上がってくる自らのオリジンについては隠すことなく祝福する。以下を読んでいただければよくわかるように、彼には音楽へのとても純真な情熱や、パンクへの精神的な傾注があって、それがまたうらやましいまでに輝かしく、彼らの音の上に表れ出ている。ガヤのバンドではないが、彼がリード・ヴォーカルを務めるメルト・ユアセルフ・ダウンもまたそうしたハイブリッドを体現する存在だといえるだろう。以下で「僕らをブリストルと結びつけないでくれ」というのは、土地やその音楽的な歴史性への違和感ではなく、そのハイブリッド性や多元性を力づよくうべなうものなのだと感じられる。

 ともかくも、ファック・ボタンズのアンドリュー・ハングをプロデューサーに迎え、前作に増して注目を集めるセカンド・アルバム『シャックルズ・ギフト』のリリースに際し、ガヤ氏に質問することができた。


■Zun Zun Egui / ズン・ズン・エグイ
ブリストルを拠点に活動する5人組。モーリシャス出身で、メルト・ユアセルフ・ダウン(Melt Yourself Down)のヴォーカルとしても知られるクシャル・ガヤ(Kushal Gaya、G/Vo)、日本人のヨシノ・シギハラ(Key)ら多国籍なメンバー構成を特徴としている。2011年にデビュー・アルバム『カタング』を、本年2月にセカンド・アルバム『シャックルズ・ギフト』を、いずれも〈ベラ・ユニオン〉からリリース。今作ではプロデュースをファック・ボタンズ(Fuck Buttons)のアンドリュー・ハング(Andrew Hung)、ミックスをチエリ・クルーズ(Eli Crews)が手掛ける。


僕は自分自身の中にある、いちばん原始的で、本能的で、すごく人間くさい部分、理性や身体的なものを超えたところにある自分自身のエッセンスとも言えるような何かとのつながりを失いたくないんだよ。

どの曲にも「You」への強い呼びかけを感じます。この「You」は同じひとつの対象ですか? そして、どのような存在なのですか? もしかしてあなた自身ですか?

クシャル・ガヤ(以下KG):うーん……「You」って言葉を何度も使った理由はたぶん……僕が歌詞を書くときは、自分自身も(その歌詞の中に)含まれたものにしたいんだと思う。たとえばアルバムの中の「I Want You to Know」で「You」って言っているのは、曲を聴いている誰かとダイレクトにつながりたいからだよ。っていうのも、あの曲では、僕らがいまもまだそれぞれのいちばん本能的でワイルドな部分を通してつながることができるっていう事実を、僕自身がとても重要視しているということ──そういう個人的な事実を、みんなに伝えたいって言っているんだ。
 個人的に、僕は自分自身の中にある、いちばん原始的で、本能的で、すごく人間くさい部分、理性や身体的なものを超えたところにある自分自身のエッセンスとも言えるような何かとのつながりを失いたくないんだよ。だからあの曲では、「これが僕の感じていることで、これを聴いているみんなにわかってほしい、関わってほしい」っていうことを言っている。だからそれが「You」って言葉を使った理由かな。この答えじゃ何を言っているのかよく伝わらないかもしれないけど……(笑)。

「You」という言葉によってある種の対話のようなものを生み出したいということでしょうか?

KG:そう、僕は対話のきっかけを作りたいと思っていることが多いんだ。「これが僕の感じていることだけど、君は何を感じる?」っていうふうにさ。

あなた方と同じブリストルの、ベースミュージック・シーンの重要人物のひとりピンチ(Pinch)は、一昨年〈Cold〉という名のレーベルを発足させました──

KG:ピンチは知っているよ! 個人的には知り合い程度だけど、彼の音楽はよく知っている。

これはそのまま「冷たい音楽」という意味ではありませんが、音楽の先端的なトレンドが「コールド」という名を掲げる一方で、あなたがたの「熱い」エネルギーは非常に珍しく感じられます。自分たちの音楽が熱いものでありたいという意志や意図はありますか?

KG:ははは、「熱い」か! そうだね、ブリストルってかなりダークなエネルギーがあって、あそこではいろいろなことが起きているけど、そこには間違いなくダークでダウナーな、どこか冷たい感じのエネルギーが感じられるんだ。だからある意味それに対する反応として、僕はそれとはまったくちがった、楽しげでハイテンションな音楽をやるようになった部分はあるのかもしれない。
 それに僕はもともと、落ち着くタイプの音楽じゃなく、エネルギッシュな音楽が好きで、音楽には生命感を感じさせたり覚醒させるようなものであってほしいんだ。僕は覚醒だったりとか、目覚めていること、知覚、現在を感じることとかにとても興味があるんだよ。だから、たぶんそのせいかもしれない。


ブリストルには間違いなくダークでダウナーな、どこか冷たい感じのエネルギーが感じられるんだ。だからある意味それに対する反応として、僕はそれとはまったくちがった、楽しげでハイテンションな音楽をやるようになった部分はあるのかもしれない。

BLK JKS(Black Jacks)というヨハネスブルグ出身のバンドがいますが、彼らもまたプログレッシヴ・ロックなど西洋的な音楽に比較される要素を強く持ちながら、アフリカ音楽のエネルギーを放出する人たちです。あなたの音楽にとって、アフリカというルーツは音楽の制作上どのくらい重要なものなのでしょう。

KG:僕自身アフリカ出身で、人生のうち18年をアフリカで過ごしたから、アフリカ音楽の影響っていうのは自然に出てくるものだと思う。それは僕が意識的に獲得したり、どこかに行って得たものではなくて、自分自身から生じてくるもので、それ自体が僕自身でもあるんだ。たとえばこのアルバムに入っている“Ruby”を例にすると、そこで使われているリズムの多くは、僕の育ったモーリシャスで結婚式や葬式で使うリズムなんだ。そういうリズムを持ってきて、別の何かを作り出しているのさ。そういうふうに、僕にとってそれはすごく自然なもので、作為的なものではないよ。

では、あなたのなかでのアフリカ音楽と西洋音楽との関係についても教えてください。

KG:えーっと、僕はこの世界は国とかの概念を超えるものだと思っているんだ。国や愛国心みたいな概念は死にゆくものだと思っている。過去には西洋のミュージシャンたちがアフリカ音楽に憧れのようなものを持って、それを彼らなりに解釈したものを作っていたけど、僕はその逆をやっているように感じるんだ。僕は西洋音楽を解釈しなおして、彼らの逆側から歌っている。
 それが一点と、もうひとつは、僕は長いこと英国に住んでいるけれど、英国は多文化の合流地点になっていて、人々は「英国的」の定義とは何か、ということについて疑問を持っている。そして「英国的」の定義や、この国の文化のアイデンティティはすっかり変化しつつあるんだ。ロンドンに来れば、それがロンドンのどのエリアであっても、そこにいる人々はそれぞれまったくちがう国から来ている。それってすごく美しいことで、ロンドンという町に多様性を与えているんだ。それこそがここでいろいろな文化が生まれている理由で、人々がここに来たがる理由になっている。そして西洋文化っていうのはここ100年以上の間、世界でいちばん影響力のある文化になっているから、誰もが間違いなくそこから影響を受けていると思う。

僕は長いこと英国に住んでいるけれど、英国は多文化の合流地点になっていて、人々は「英国的」の定義とは何か、ということについて疑問を持っている。

日本でだって、西洋のポップスや音楽は誰が頼まなくても自動的に入ってくるでしょ? だからそういう意味で、西洋音楽には誰もがつながっているんだ。それで、僕は自分のアーティスティックな役割……役割というか、必要に迫られて自然に生まれた反応は、その影響を自分なりのかたちで利用するっていうことだと思っている。なんだか質問にちゃんと答えていない気がするけど……。それに僕は個人的に西洋の音楽はとても好きだし、ヨーロッパの70年代、80年代、あるいは2000年代以降のパンク・ミュージックや80年代のハードコア、ノイズ・ミュージックからも影響を受けている。あとちなみに日本のノイズ・ミュージックからもね! ヨシノと日本の音楽をたくさん聴いたんだ、メルト・バナナやボアダムスとかさ。

たとえばデーモン・アルバーンはあなたとは逆の立場から西洋とアフリカの融合にアプローチしようとしているように見えますが、彼の音楽に対するシンパシーはありますか?

KG:英国にアフリカのミュージシャンたちを連れてきたりっていう、彼のやっていることの意図自体は良いものだと思うけど、同時に僕にはそこでアフリカの音楽が消毒されすぎているような感覚があるんだ。西洋に持ってこられたアフリカ音楽は、あまりにもきれいに衛生処理されてしまって、元々アフリカで演奏されていたときにはあったはずの生のエネルギーが失われてしまっているような気がする。まるでそれを西洋音楽として新しく、薄まったものにプロデュースし直しているみたいで、生々しくてワイルドなエネルギーや、深みが欠けてしまっている。デーモン・アルバーンのやっていること自体はいいことだし、ポジティヴな動きだと思うけど、その一方でそこで失われてしまっている音楽のエッセンスみたいなものがあるように思えるんだよ。こちらに持ってこられた音楽が、「ほら見て、ここにアフリカのミュージシャンたちと僕がいるよ!」みたいな感じで提示されたりとか……。

西洋に持ってこられたアフリカ音楽は、あまりにもきれいに衛生処理されてしまって、元々アフリカで演奏されていたときにはあったはずの生のエネルギーが失われてしまっているような気がする。

 アフリカの音楽を西洋に持ってきて人々に見せたいのなら、それはできるかぎり生の状態、本来の本物の状態に限りなく近いものであるべきだと思うんだ。だって、多くの場合、アフリカの音楽は、売られるためや多数の人に商業的に見せるためのものじゃなくて、儀式のためのものや、日常生活と密接に結び合わさったものであるはずなんだ。結婚式や葬式や、雨の神に雨乞いをしたり、豊穣の神に呼びかけるものだったりさ。もちろんアフリカにもポップ・ミュージックはあるけど、それらふたつの音楽はまったく性質の異なったものだよ。だから、そういう音楽をこっちに持ってきたときに失われてしまうものがあるし、また同時に西洋人のために綺麗に処理されてしまっている部分もあるように感じて、それがもったいないと思うんだ。

あなたがたはまた、混合的なエスニシティを持ったバンドでもありますね。楽曲制作においてはメンバーはそれぞれ自身のルーツを主張しますか?

KG:いや、あんまり……僕らそれぞれのバックグラウンドはあまり問題ではないよ。だって、僕らはもうそういうことをあまり意識したりしないからさ。僕らはただ人間として気が合うからいっしょにいて、それゆえに音楽をいっしょに作っているってだけだよ。たとえば僕が日本に行って、日本人の友達がたくさんできていっしょに音楽を作りはじめたとしたら、そこで「君は日本人だから、日本の音楽をやろうぜ!」「僕はモーリシャス人だから、モーリシャスの音楽を作るんだ!」とはならないと思うし。だから僕らはべつに……そもそもそういうことについて考えることすらないよ。ときどきそれぞれの出身を冗談の種にすることはあるけどさ。音楽を作ることに関していえば、すべては僕らの心から生まれてくるものなんだ。僕らはただ人間なだけで、国籍とかは関係がないんだよ。


[[SplitPage]]

僕はブリストルに移ってきたときにはすでにもう自分自身のはっきりしたアイデンティティと意見を持っていたんだ。

ザ・ポップ・グループを意識することはありますか?

KG:いや、あんまり。よくその質問を訊かれるけど、唯一それに対して言えるのは、僕はブリストルに住んでいたけどザ・ポップ・グループは全然聴いていなかったんだ。バンド・メンバーのスティーヴは聴いていたみたいだけど。ブリストルに住んでいたっていうことで、人々は僕らをブリストルの他のバンドといっしょいっしょのカテゴリーに入れたがるけど、僕はブリストルに移ってきたときにはすでにもう自分自身のはっきりしたアイデンティティと意見を持っていたんだ。その前にはノッティンガムに住んでいたから、ノッティンガムのほうが僕にとってブリストルよりはるかに大きな影響を与えていると思うよ。とくにノッティンガムで出会った人たち、前のバンドのメンバーとかが僕にいまのパンク・ミュージックを教えてくれたしさ。たぶんいまのバンドの他のメンバーたちの方ほうが僕自身よりもブリストルから影響されているんじゃないかな。ザ・ポップ・グループは良いバンドだけど、そんなによく聴いたことがあるわけじゃないし、自分の音楽の形成期とかにはぜんぜん聴いていなかったよ。英国にいるのに、英国の音楽よりも日本の音楽の方がよっぽどよく聴いたよ。

ブリストルの風土やシーンはあなたたちにそう影響は与えていない?

KG:僕自身は6年くらいブリストルに住んでいたけど、いまはロンドンに住んでいるんだ。バンドの他のメンバーはいまもブリストルにいるけど。バンドを結成したのはブリストルだけど、その後、新しい経験をしたくてロンドンに移ったんだよ。ブリストルに住んでいたときは地元のショウに行ったりもしていたし、そこのシーンにけっこう関わっていたと言えるけど。
 ブリストルの音楽シーンはとても多様性があるんだ、すごくいいダンスミュージックもあるし、アヴァンギャルドなショウもたくさんやっているし。僕らはキュー・ジャンクションズ(Qu Junktions)っていうグループといっしょにいろいろやっていたんだけど、彼らはいろいろおもしろいイヴェントをやっていて、僕がいちばん最近行ったのはもう使われていない古い警察署の地下にある留置所で開催されたんだ。牢屋のひとつがバーになっていて、もうひとつの牢屋は座って落ち着けるようになっていて、ショウ自体もいちばん大きな牢屋でやっていた。たぶんそれが使われていた当時は、いろいろな人が精神的に苦痛を感じるような場所だったところをアートのために使って、楽しいおもしろいことをやるっていうのはとても不思議な感じがしたよ。そういうのは他のほとんどの国ではあまり起きないだろうしね。……でも、ひとつみんなにわかっていてほしいのは、僕らはブリストルという町から音楽的なきっかけや影響を与えられたことはほとんどないっていうことなんだ。たまたまそこに住んでいたってだけで、少なくとも音楽的には、ブリストルよりも外の音楽から影響を受けているよ。強いて言うなら、ブリストルではダブやレゲエのイヴェントに行くのが好きだったし、ダブやレゲエからの影響は受けているけれど……それよりも、僕らはまわりで起きていることとは独立して、自分たち自身の音楽をやってきているんだ。

メルト・ユアセルフ・ダウン(Melt Yourself Down)は市場的には「ジャズ」としてカテゴライズされましたが、あなたにとってズン・ズンとの差はどんなところにありますか?

KG:僕はあまりそのふたつを比較することはないよ。大きなちがいといえば、メルト・ユアセルフ・ダウンでは僕はズン・ズンでやるほど曲を書いていないし、メルト・ユアセルフ・ダウンのリーダーはポーラー・ベアでも演奏しているサクソフォニストのピートなんだ。精神性の部分ではどちらのバンドも似通っていると思うけど、使っている音楽的要素がちがうと思う。
 メルト・ユアセルフ・ダウンはよりダイレクトにヌビアの音楽からの影響を受けているんだ。ピートはそういう音楽に傾倒しているからさ。僕はピートが曲を書いた数ヶ月後にバンドに参加した。あと大きなちがいとしては、ズン・ズンにはサックスがなくて、メルト・ユアセルフ・ダウンにはギターがないってことかな(笑)。だからサウンド面では大きな差があるね。ショウの雰囲気もちがっていて、メルト・ユアセルフ・ダウンはワイルドでカタルシスのある、カラフルで凶暴な感じなんだ。ズン・ズンにもそういう面はあるけど、エネルギーを引き出しつつも、より慎重に考えられたソングライティングを目指したんだ。メルト・ユアセルフ・ダウンの作曲がズン・ズンより考えられていないって意味ではないから間違えないでほしいんだけど、今回はエネルギーを失わずに、できるかぎりソングライティングの部分に挑戦してみたかったんだ。だから根っこの精神的なものは同じでも、楽器がちがうからサウンドも異なったり、直接的に影響を受けているものも別かな。


僕にとってのパンクは、それが何であれ自分のやりたいことをやるってことなんだ。自分のいちばんワイルドな部分で、自分が誰で何をするべきかってことを感じるってことさ。

メルト・ユアセルフ・ダウンにはよりパンクを、ズン・ズン・エグイにはよりロック(ブルース)を感じます。

KG:メルト・ユアセルフ・ダウンはたしかに様式的にパンクの要素が強いし、ズン・ズンはロックだね。でも、どちらとも精神的にはパンクだよ。僕にとってのパンクは、それが何であれ自分のやりたいことをやるってことなんだ。着ている服や形式じゃなくて、「時代のカルチャーに疑問を呈しているか」ってこと──さっき言ったような自分のいちばんワイルドな部分で、自分が誰で何をするべきかってことを感じるってことさ。誰かに言われて何かをするんじゃなくて、純粋に自分がそれをやりたいと感じるからやるんだ。

パンクとロックで、あなたが重要だと思うバンドやアーティストを教えてください。

KG:僕にとって、ストゥージズを聴いていたことは重大な影響を及ぼしていると思うよ。それと、(キャプテン・)ビーフハート……、みんな彼をブルーズやロックだって言うけど、僕は彼はパンクだと思う。あとコンヴァージっていうバンドも前はよく聴いていた。あとフガジは僕にとって大きな存在だし、バッド・ブレインズやアット・ザ・ドライヴ・インも……それに日本のパンクもたくさん聴いたよ、ギター・ウルフとか。「♫ジェットジェネレーション〜」(歌い出す)すごくいいよね! メルト・バナナとか、あとボアダムスを観たときはぶっ飛んだよ、彼らは完全にパンクだね。他にはマストドンの初期の2枚のアルバムなんかもよく聴いたよ、みんな彼らのことをロック・バンドだと思っているけど、あれはパンクさ。
 正直、あんまり英国のパンクは聴いていない気がするな。でもノッティンガムに住んでいた頃、ジ・ウルヴズ・オブ・グリーフ(The Wolves of Grief)っていうバンドとローズ(Lords)っていうバンドがいて、彼らは僕にとってヨーロッパでのパンク精神との直接的なつながりっていう意味で重要だった。それとは別に、リーズ出身のBilge Pumpっていうバンドもいて、これら3つのバンドすべては僕自身直接の友人で、ギターのスタイルとかは彼らから学んだことが多いよ。だから英国のパンクっていう括りで言えば、彼らは僕にとって重要な存在だね。

曲作りの手順について教えてください。誰かが曲を書いて持ってくるのですか? セッションから生まれるのですか?

KG:曲によるけど、大抵コンセプトや基本となるアイデアを思いつくのは僕の役割なんだ。時には僕がハーモニックな動きやアレンジメントをふくめて曲のほとんどを書いて、それをバンドに持って行っていっしょに完成したトラックに仕上げていくこともあるし、中にはいちからみんなでいっしょに書いた曲もある。バンド全員に会う前に、いったんメンバーのスティーヴに会うことも多いよ。ふたりで2つや3つのちがう構成の間で固めたうえで、それをバンドに持っていって、「これとこれが候補の構成だから、それぞれ試してみよう」っていうふうにして、後から皆がそれぞれの要素を加えていったりするんだ。ときによっては僕がベースラインを書いたり、キーボードのラインを書いて、アダムやヨシノに「どう思う? 演奏してみてくれる?」って言うこともあるし。

(モーリシャスの音楽の起源について)彼らが自らの苦痛や奴隷状態を利用して音楽を作ったっていうのはとても興味深くて、刺激を受けたよ。文字通りインダストリアル・ミュージックの先駆けみたいなものだし、僕にとってはナイン・インチ・ネイルズやスロビング・グリッスルよりよっぽど暴力的だと感じた。

 ただ、今回のアルバムでは、そのプロセスは曲ごとにかなりちがっているんだ。たとえばいくつかの曲はドラムビーツからできて、ビートの上にそのまま歌をのせて、そこにギターやベースラインを加えてバンドに持って行って、メンバーたちに残りの空白を埋めてもらったり、マットや最近パーカッションを演奏することの多いヨシノにそのビートを覚えてもらったりする。
 今回のアルバムのいちばんはじめのアイデアは、僕らがモーリシャスに行ったときある人に会って、彼がモーリシャス音楽の起源について話してくれたことに由来するんだ。その話では、サトウキビ畑で奴隷が強制労働をさせられていたとき、奴隷の彼らはサトウキビの圧搾機の音を聞いて、そのサトウキビを潰す機械音のリズムを使って音楽を作りはじめたらしい。そういうふうに、彼らが自らの苦痛や奴隷状態を利用して音楽を作ったっていうのはとても興味深くて、刺激を受けたよ。ある意味、文字通りインダストリアル・ミュージックの先駆けみたいなものだし、僕にとってはインダストリアル・ミュージックよりはるかに暴力的で、ナイン・インチ・ネイルズやスロビング・グリッスルよりよっぽど暴力的だと感じた。炎天下の畑で鞭打たれながら、ほとんど食べ物も与えられずに何時間も無理矢理働かされるなんていう苦痛に満ちた状況のなかで、ギヴ・アップするんじゃなく、機械のたてるタカタタカタタカタ……っていうリズムを聞いて音楽を生み出すなんて驚異的だよね。そのアイデアが、アルバムのコンセプトにおける最初のインスピレーションになったんだ。

あなたは、ギタリストとシンガーとではよりどちらをアイデンティティとしてとらえていますか?

KG:うーん、わからないな、「ミュージシャン」じゃない(笑)? 僕はいくつかの楽器を演奏するし、リズミックなアイデアもよく僕の内から生まれてくるし、大抵の楽器は自分で弾き方を見つけることができるし……。まあでも、ギタリストとシンガーのふたつがメインで、両方が柱になっているよ。

アンドリュー・ハング(Andrew Hung)はあなたがたのエネルギーを歪めることなく放射させているように感じました。かといってサイケデリックさもまったく損ないません。彼をプロデューサーに立てたのはなぜでしょう? ファック・ボタンズへのシンパシーですか?

KG:僕らはファック・ボタンズといっしょにツアーしたんだけど……彼らの名前を日本語で何て訳すのか知らないけどさ、このあいだうっかりラジオでその名前を言っちゃって、ちょっとトラブルになったんだ(笑)。彼らとツアーをしたのはけっこう前で、それ以来長いこと会っていなかったんだけど、ロンドンでのショウで再会して、よもやま話をしているうちに、僕らのアルバムにプロデューサーが必要だってことが話にのぼった。僕ら自身が思いっきり滅茶苦茶やっているあいだ、全体を俯瞰して僕らをちゃんと軌道上にとどめてくれる誰かがさ。そしたら彼がその場ですぐに「じゃあ、僕が君たちのレコードをプロデュースするよ!」って言ってくれたんだ。そんなふうに簡単に決まったんだよ。個人的なレベルでも、彼と僕は自然に友だちになったし、彼とは通じ合うのがとても簡単で、レコーディングの前も彼とけっこう長い時間をいっしょに過ごして曲を全部通して見ていったりしたんだけど、彼はそれらの曲のパワーを褒めて、僕にアレンジメントのアドバイスをくれたりした。彼はプロデュースにとても興味があって、人っていうものや人と人とのつながり、互いに与え合う影響みたいなものに興味を持っているし、とても知的で、いろいろなものへの感覚が鋭いから、とてもいっしょに仕事をしやすかったよ。
 それと、付け加えておきたいのは、このアルバムでミキシングをしてくれたイーライ・クルーズも素晴らしい仕事をしてくれたんだ。彼はニューヨーク・シティでミックスをしてくれたんだけど、彼も今回僕らの音を引き出すうえでアンディ(Andrew Hung)と同じくらい重要な役割を果たしてくれた。あと、アンディについてもうひとつは、彼の音楽は僕らの音楽とはかなりちがうから、彼の意見をもらうのはエキサイティングだったよ。僕らはギター・バンドでまぁ普通の楽器を弾いているけど、彼はビデオゲームや道具を使ってエレクトロニック・ミュージックをやっているから、彼が僕らのやっていることをどういうふうに解釈するかっていうのは興味深かった。


僕はいまの音楽シーンには、「ベージュ色」をした音楽が多いように感じるんだ。

2000年代の半ばごろ、TV・オン・ザ・レディオ(TV on The RadioやDirty Projectors)、ヴァンパイア・ウィークエンド(Vampire Weekend)など、とくにブルックリンが象徴的でしたが、インディ・ロックではやはりさまざまな民俗性が参照されていました。2000年代の半ばごろ流行したもので、あなたが好んで聴いていた音楽を教えてください。

KG:その頃に流行っていたそういう音楽はあまり聴いていなかったよ、すでに僕も同じようなことをやっていたしさ。ただ彼らは有名になったけど、僕らはならなかっただけでさ(笑)。ダーティ・プロジェクターズ(Dirty Projectors)はまわりの人からよく話を聞いたからすこし聴いていたけど、でも彼らから影響とかは受けていないし。

いまのUKの音楽シーンについて、おもしろいところとつまらないと思うところを教えてください。

KG:はは、ちょっと物議を醸すような発言になっちゃうかもしれないけど……(笑)。僕はいまの音楽シーンには、「ベージュ色」をした音楽が多いように感じるんだ。ヒットチャートの上位に入るような曲はなんだか郊外っぽくて、うんざりさせられるものが多いよ。音楽が人々の心の中から生まれてきて、それが商品として売られているんじゃなくて、最初から商品として売られるために作り出された音楽のようなものが多すぎる。チャートを占めている音楽には、事前によく計画されたような感じのするものが多くて、チェックリストに沿ってすべての項目を満たすように作られたような感じで、アートとしての性質はほとんど失われつつあるんだ。少なくともメインストリームの音楽に関してはね。すごく計算された音楽が多いよ。
 最近出てきたあるアーティストは──名前を出すのは意地が悪いと思うからあえて言わないけど、彼女の音楽はとても落ち着くような音楽だけど、そのすべては彼女のイメージありきで売られている。彼女のイメージや身体性を中心にしていて、音楽はその副産物みたいな感じだよ。もしかしたら、それがこれから世界が向かう方向性なのかもしれないけど。僕もそういう方向性に向かうべきなのかもね(笑)!
 でもそれはメインストリームの話で、もっとアンダーグラウンドなところではいろいろ起きていて、たとえばケイト・テンペスト(Kate Tempest)はとてもおもしろいことをやっている。あとは……うーん、僕はあんまり英国の音楽に触れていないのかもしれないな。古い音楽とかはいろいろ聴くんだけど。あ、サム・リー(Sam Lee)っていうミュージシャンはもうすぐレコードを出すんだけど、彼はとてもいいフォーク・シンガーだよ。とても現代的なフォーク・ミュージックで、すごくおもしろいよ。
 うーんあとは……そうだ、最近買ったレコードを挙げてみよう。最近のはジョン・カーペンター(John Carpenter)の新しいレコードを買ったけど、そもそも彼はUKじゃないや。あとはハロー・スキニー(Hello Skinny)っていうUKのアーティストがいるけど、彼の音楽は大好きだよ。サンズ・オブ・ケメット(Sons Of Kemet)も。あとはリーズのカウタウン(Cowtown)もすごく好きだね。あとはエレクトロニック・ミュージックだと、キョーカ(Kyoka)っていう女性アーティストがいて、知ってる? 日本人なんだけど、ドイツに住んでるんだ……あれ、これじゃ質問の答えになってないね。質問はなんだったっけ? ああ、UKの音楽シーンについてか。いまのメインストリームの音楽にはあまり好きなものはないけど、もっと自分で聴いていまの音楽も学ぶべきかもしれないな。あ! そうだ、新しい音楽で好きなのを思い出した、ジュリア・ホルター(Julia Holter)は大好きだよ! 彼女はたしかアメリカのアーティストだけど……あとそうだ、UKのバンドでジ・インヴィジブル(The Invisible)がいた! 彼らがどんなにいいバンドか言うのを忘れていたよ。あとはポーラー・ベア(Polar Bear)はいいジャズ・バンドだね。それから、昨日は〈ラフ・トレード〉でファーザー・ジョン・ミスティ(father John Misty)のアコースティック・セットを観てきたよ、彼はすごくいいね。素晴らしい歌詞を書くよ。あともうひとつ、ザ・ウォーヴス(The Wharves)はロンドンの女性ばかりのバンドで、僕の好きなバンドだよ。これでけっこういい「僕の好きな最近の音楽リスト」ができたんじゃないかな(笑)。


アイデアからじゃなくて、強い感情から曲を生みたい。どうせアイデアは後から音楽を装飾するために出てくるから、自分の強烈な感情を音楽の形にして出したいんだよ。

これからどのような音楽を展開していきたいと考えていますか?

KG:さっきも言った、インダストリアル・ミュージックについてのアイデアをもっと掘り下げていきたいな。そしてより使う要素を少なくしていきたい。できるだけミニマルなものにしてみたいんだ。僕はもともとの性格で曲を書くときに書きすぎる傾向があるからさ。それがサウンド面での部分だけど、個人的には、僕が曲を書いているときは、自分の内側にあるとても強い感情にアクセスしたいんだ。アイデアからじゃなくて、強い感情から曲を生みたい。どうせアイデアは後から音楽を装飾するために出てくるから、自分の強烈な感情を音楽の形にして出したいんだよ。まだ今回のアルバムのツアーすらはじまっていないから、いまの時点で答えるのは難しい質問だけどね。でも正直もう次(のアルバム)について考えはじめているんだ。もう曲も書きはじめてて、3、4曲、自分で気に入っているデモもあるよ。アルバムに入るかどうかはわからないけどね!

Mourn - ele-king

 カーラ・ペレス・ヴァスのヴォーカルに、ふとファースト・エイド・キットの姉妹を思い出す。彼女はラモーンズのTシャツを着ている女の子にしては意外な印象の歌をきかせてくれる。そう、ガレージーなスタイルが持つ固着したイメージを、その真ん中を行きながら吹き飛ばしていくシンガーだ。スペインのガレージ・バンド、モーンのヴォーカル、カーラ・ペレス・ヴァス。いでたちからすれば、ファースト・エイド・キット=北欧のフォーク姉妹との比較は妙かもしれないけれども、たとえば冒頭の“ユア・ブレイン・イズ・メイド・オブ・キャンディ”を聴いてみよう。おそれるもののない若さとみずみずしさ、のびやかな四肢をいっぱいに張り出したような力づよさがそのままに放射されているこの歌だけでも、二者をつなぐにじゅうぶんな相似性が宿っている。姉妹のうちの、とくにあの不敵で太いほうの喉の、ふてぶてしくも健康的な魅力に驚いた記憶がよみがえってくる。彼女らもまた森をゆくパンクである。何かに対して、いや、何もかもに対して怒っているようなそのチリチリとくすぶるエネルギーさえ、カーラや姉妹たちの無敵の若さの中ではめいっぱいに祝福される。

 モーンはスペインの4人組、みな10代という本当に若いバンドである。英米豪以外の……というかUK以外のヨーロッパのガレージ・ロックにはびっくりするほど古くさいものがごろごろと転がっていたりもするけれど、スペインは〈エレファント〉のように優れたギターポップ・レーベルが存在する土壌でもあり、モーンの音もまた、オーソドックスなスタイルのなかに英語圏マナーとは少し異なるニュアンスと背景をつけ加えているように見える。
 バンドの中心はジャケット写真のふたりで、ジャズ・ロドリゲス・ブエノとくだんのカーラ。ついついとヴォーカルの魅力を書き連ねてしまったが、楽曲制作については全曲ジャズとモーンのふたりの名がクレジットされている。拠って立つところが丁寧に考察・紹介されたライナーによれば、ジャズは父に教えてもらったPJハーヴェイをきっかけに、セバドーやスリーター・キニー、ニルヴァーナ、フガジ、スリントまで、ハードコアからいわゆるオルタナ、90年代のUSインディ・ロックを中心としてその音楽的なアイデンティティを育んだようだ。これはこのバンドのメカニズムを明かすほぼそのままの見取り図でもある。そしてほとんどの曲でヴォーカルをとるカーラには、なるほどPJハーヴェイといわれれば頷かざるをえないような勁(つよ)くて繊細な魅力もあり、かすかなふるえのなかにのぞく男勝りの気丈さにはジョニ・ミッチェルも聴き取りたくなる。美しい出会いだ。出会いのなかに、すでにわくわくするような音楽の予感がある。そして「あなたたちは新しい音楽を参照しないのか?」という問いがためらわれるほど、そこには自らが好んできた音楽への強い愛着と無邪気なあこがれとがのぞいている。

 さて、彼らをフックアップした〈キャプチャード・トラックス〉にも言及したい。その名は、先述の冒頭曲“ユア・ブレイン・イズ・メイド・オブ・キャンディ”において、カーラの歌に導かれて入ってくるギターの音をきけばカチリと符合し納得するものがあるだろう。チルウェイヴというOSをガレージというドライブで走らせたような……シューゲイジンなドリーム・ポップやエイティーズ・マナーなシンセ・ポップに「シットな」ガレージ・ロックを縫合しながら2010年前後のインディ・シーンを象徴した、このレーベルらしい音。しかし、方向はブレないながらも「あのときのレーベル」として彼らがゆっくりと忘れられていくようにも思われた現在、モーンはストレートにして急角度な彼らからのメッセージとして耳目を驚かせてくれる。たとえば2曲めに切り替わるときに、カーラの声もまた一気に表情を変え、わたしたちが知る〈キャプチャード〉とは異なるPJハーヴェイやグランジが立ち上がってくる。“マーシャル”などにも、ダイナソー・ジュニアからぺイヴメント、ソニックユースまで圧縮して押し込まれているような錯覚を覚える。ポストパンクやニューウェイヴ、あるいは80年代のUKインディにより軸足を置くかに感じられた、かのレーベルのセンスはいま、たとえばウォーペイントなどが抱える少し文学的な暗さ(他愛ないようでいて詩の文学性も高い)とともに90年代へとスライドして横すべりしながらも大らかな軌跡を描いている。マック・デマルコの評価がいよいよ高まったのに加え、こうした新しい発掘の矛先をさらに広範囲に向けていることに期待をいだく。このバンドに会っては、10曲20分そこらという短さがわざとらしく感じられず、モーン(哀悼する、弔う)といった名前がむしろ輝かしい。

ASHRA - ele-king

Moduleでの多国籍パーティ「Laguna Bass」でレジデントを務め、同時にトラック制作をスタート。14年NO/Visionist EPでIRMA recordsよりデビュー。09~2年間Jetset RecordsでのDJチャートを担当。6月位から新たにレギュラーパーティーやる予定です。徒然ここをチェック。
https://soundcloud.com/ashra-3
facebook.com/ashradj

3/16(月)TBA@Le Baron
4/25(土)TBA@Solfa
5/16(土)No Surface@ DJ BAR HIVE(小倉)

王道にDJで良くかけている/かけたいTOP10チャート

OG from Militant B - ele-king

港に帰ろう 2015.3.3

ヴァイナルゾンビでありながらお祭り男OG。レゲエのバイブスを放つボムを日々現場に投下。Militant Bでの活動の他、現在はラッパーRUMIのライブDJとしても活躍中。
今回のランキングは初のノンレゲエ、ノンレコードで送る、俺の家にある女性ボーカルCDたちを紹介。やっぱ歌ってる女って最高じゃん?なあ男ども!こうやって並べると自分は分かりやすいものが好きだし、結局男は女に支えてもらってばっかなんだなあと。女の子はイケてる女性を感じてほしいです。You Tubeでも良いし、アルバムgetしてランキングに挙げてる曲以外も聴いたら楽しさ倍増!無限大!そしてお洒落してパーティーにGO!!

3/3 吉祥寺ceeky "FORMATION"
3/6 札幌plastic theater "SOUND TRAP"
3/7 函館cocoa"MUSICALITY DEMANTA SPECIAL"
3/11 新宿open "PSYCHO RHYTHMIC"
3/14 吉祥寺warp "YougonnaPUFF?"
3/15 池袋bed "GRIND HOUSE"
3/20 吉祥寺cheeky
3/21 渋谷asia "IN TIME"
3/25 池袋bed "BED ANNIVERSARY"
3/27 吉祥寺cheeky "MELLOW FELLOW"
4/7 吉祥寺cheeky "FORMATION"
4/10 中野heavysick
4/11 渋谷roots
4/25 那覇loveb

Aphex Twin - ele-king

 だいぶ前にユーチューブで観たDJセットは“ウインドウリッカー”をクライマックスに配置したもので、スタートからBPMが遅く、いってみれば“ポリゴン・ウインドウ”をスローにしたような曲が前半の多くを占めていた。『ele-king vol.14』で予告されていた新作はその頃につくられたのではないかと思う曲が並べられ、これを聴いているとどうしても「ウインドウリッカー」が聴きたくなってくる。“ウインドウリッカー”が例の映像とセットで放っていた雰囲気とはまったく異なった曲に聴こえるのはいうまでもなく、かつて“ディジェリドゥー”が時代とともにどんどんちがう曲に聴こえていったことも併せて思い出されてくる(エイフェックス・ツインの初来日DJで、彼が“クォース”を何度もBPMを変えてプレイし、そのことごとくがすべて異なって聴こえたこともいまさらのように思い出した)。

 一方で、このEPには彼がミュージック・コンクレートを追求していた時期のなごりも強く反映されている。ヤニス・クセナキス『エレクトロ-アクースティック・ミュージック』(1970)を思わせるタイトルしかり、そうした種類の発想を随所で取り入れながら、あくまでもベースによってクラブ・ミュージックに着地点を見出していることも明らかだろう。さらにはいくつかのドラミングでワールド・ミュージックへの関心も露わにしている(偶然、そのように聞こえるだけかとも思ったけれど、エンディングでは明らかにマリの楽器バラフォンが一瞬だけサンプリングされている。『ele-king vol.14』のインタヴューでガンツがトルコ出身だということに過剰に反応していた理由がわかったというか)。ミュージック・コンクレートの追求は、少なくとも発表された音源を通じては一時期接近しただけで、ほどなくして離れたのかと思っていたけれど、彼の興味が持続していたことがわかり、これにワールド・ミュージックを掛け合わせてしまうというのは、やはり彼が時代の編集者として優れていることを示している(『サイロ』ライナーノーツ参照)。少なくともリリースのタイミングに関しては天才的な勘を発揮していると思う。

『サイロ』がリリースされた直後、リチャード・D・ジェイムズは「モジュラー・トラックス」と題されたアルバムをフリーで公開した(後に削除。リンクが切れてなければhttps://www.youtube.com/watch?v=0tnh9cbuRBEに転写されている)。また、このEPがリリースされた直後には「user48736353001」の名義で最初は59曲、1月30日の時点では110曲の未発表曲がアップされている。なかには“レッド・カルクス”や“AFXオリジナル・テーマ、さらにはルーク・ヴァイバートの曲を変名でリミックスして話題になった“スパイラル・ステアケース”など聞き捨てならない曲もけっこうあるし、正規盤のリリースと同時になんだかよくわからない名義を駆使して、ぐちゃぐちゃといろんな音源をリリースしまくった90年代の自己イメージが繰り返されていることは明らかだろう。リスナーとの距離感がいつもこの人はどうもおかしい。

 ランダムにアップされた「モジュラー・トラックス」や「user48736353001」との対比で聴くと、新たなEPが1枚の作品としてどれだけ入念にまとめあげられているかがよくわかる。『ポリゴン・ウインドウ』をビート・ダウンさせたものだと冒頭では書いたけれど、「ウインドウリッカー」から『ドラックス』に至る過程のなかで完成できなかったものがここではかたちになっているのではないだろうか。「Pt 2」と題された意味もここにあるような気がして仕方がない。

Soichi Terada - ele-king

 ようやく、寺田創一のワークが世界中で評価される時代がやってきたようです。
 ここ6ヶ月で、寺田の旧作が3枚リリースされた。2014年末、イタリアのFabio Monesiによる“Do It Again”のリミックスを収録した「The Far East Transcripts」が〈Hhatri〉からリリースされると、今年に入って、Manabu Nagayamaとの共作「Low Tension」がUKの〈Utopian〉からリリースされました。私は、かねてから“Low Tension”を高く評価していたので、やっと再発されて、ものすごく嬉しい。
 そして、今回目玉となるのが、オランダの〈Rush Hour〉からリリースされた「Sounds from the far east」というコンピレーションです。

 寺田は日本人なのに、上記のプロジェクトはすべて海外からリリースされています。

 Far East Recording (FER)のアンダーグラウンド性は相当高いので、知らない方が多いのは仕方がないでしょう。
 FERは、1988年、寺田によって創始されました。アナログからCDへのシフトのピークタイムだったので、比較的にプレス代が低くなっていました。自分の曲をDJにプレイしてもらいたかったが、当時アナログレコードで落とさないとDJがプレイできなかったため、寺田はレーベル活動を始めたそうです。しかし、ディストリビューション先がなかった。当時のレコードショップは個人取引もやっていなかった。なので、自分のレコードを販売できなかった。
 そこで寺田は、その一部をいろいろなDJに直接あげたり、店にこっそりおいたり(いわゆる万置き)していました。
 いま現在、FERのレコードが非常にレアで、高価になっている原因のひとつです。

 本コンピに揃っている曲は、FERの初期音源(1988年から1995年まで)になります。寺田のプロダクションスタイルのひとつの大きいな特徴は、ベースの使い方です。あのころの彼の曲を聞くと、「寺田プロダクションだ!」と、ベースから判明できます。ベースが必ず曲の主要エレメントになっているのです。彼は、ドラムキックと同じように、ビートを刻んでくるスレーミングなベースを使います。“Low Tension”や“Hohai Beats”が良い例です。
 寺田は完全にサンプリングの子供です。彼がプロダクションに入ったきっかけもそうでした。友だちからLED ZEPPELINのレコードをもらい、それが気に入ったからサンプリングして、初めてリミックス作りました。今回のコンピにおいても、“Purple Haze”では、ジミ・ヘンドリックスをサンプルしています。“Saturday love Sunday”ではCherelle & Alexander O’Nealをサンプルしています。、Shinichiro Yokotaの横田“Shake yours”はI.C Love Affairの89年リミックスをサンプルします。
 とはいえ、サンプルの仕方も独特です。カットした分をほぼエディットせず、そのまま自分の曲に使います。あくまでその曲が好きだから、トリビュートする気持ちでそうしています。
 寺田はすごく素直でやさしい人です。自作について語ると、そのサンプルで使った曲への愛が伝わります。ピュアな気持ちがそうさせるのでしょう。
 そして、寺田のスタイルの大きいな特徴は、やはりディープとムーディーな雰囲気づくりです。パッと聞いて「あ! 90sハウスだね!」と思わせるキーズの使い方(“CPM”や“Voices from Beyond”)。Downtempoに近いビートを使った“Binary Rondo”も、パッドのカットでムーディーで懐かしい気持ちを体験させてくれます。

 結論を言いますね。このコンピを見逃したら大間違いです。寺田は日本のアンダーグラウンド・ハウス・シーンを創始した数の少ない人のひとりです。いまでもOMODAKAという名義の下で、まだアンダーグラウンドシーンで活動しています。ジニアス・プロデューサーであり、島田なみの“Sunshower”リミックスは、NYCのParadise GarageとLarry Levanにも影響を与えました。収録曲はすべてオリジナルではアナログ・レコードはとして存在していますが、人生で一度見たら奇跡だと思えるほどレアな盤です。
 今回のコンピは、寺田がプロデュースした、素晴らしい曲をVinylで手に入れる最高のチャンスだと思ったほうがいいでしょう。

シャムキャッツ - ele-king

 バス停にひとりの女の子が立っている。そこを通り過ぎるひとりの男。さりげないカットバックで挿入される「あの夏の夜のこと」は、しかし、ただ男の脳裏を甘美に照らすばかりで、誰にも引き取られずにやがて蒸発してしまう。女の子の頭の中を転がるのは、母親のことや(結婚を急かされでもしたのだろう)、保険といったどこまでも現実的な問題ばかりだ(月々の掛金が高いのかもしれない)。そう遠くない過去に、つかの間の恋人として人並みの青春を演じたはずのふたりは、その数年後を描いた“Girl At The Bus Stop”という曲の中でなんの物語も演じていない。それどころか、たったひとつの言葉を交換することにすら至らないのだ。
 そう、何人ものキャラクターを配置した群像劇の形式を採用しながらも、たとえばP.T.アンダーソン的な物語の結節点を少しも求めなかった前作『AFTER HOURS』の続編的EP、この『TAKE CARE』で、シャムキャッツはまたしても「何も起こらないこと」をボーイズ&ガールズの日々に宿命づけている。回りつづけるカメラが置かれているだけで、そこには街の外灯を数えるのがせいぜいの男だったり、「今日は話すようなことがなかった」ということを話そうと考えている女の子だったりが、たまたま写りこむに過ぎない。「まるでよくできたポップ・ソングのような」物語は、ここには用意されていない。にもかかわらず、ひとりのストーリーテラーが誕生した確信を覚えずにはいられない充実感がここには漂っている。

 思えば、小沢健二が「物語のはじまりには丁度いい季節になったろう/まるで全てが変わるように」と歌って以来、たとえばandymoriの小山田壮平が「物語が始まるかも知れないんだよ」と歌うに至るまで、物語の不在はこの国のポップ・シーンでも主たる主題のひとつだった。あるいは、マイク・スキナーやアレックス・ターナーのようなある種のシニシズムがポップに機能した背景にも、そのような同時代的な感性がなかったとは言えないだろうし、技法的なことで言えば、両者ともそこをヒップホップ的な饒舌さで補っていた点で必然的な一致を見ている。とすれば、ネオアコ的なポップスという立場(!)でそのマイクを引き取ろうとした夏目知幸の無防備さときたら、さしずめカサヴェテス的だったと言うべきだろう。
 たとえば、ひとりの主婦が夫の同僚たちを家に招いてご馳走(ただのスパゲッティ!)を振る舞うことで空回りするシーンや、いい歳の社会的地位もあるふたりの男が、ひとりの娼婦(さして美人でもない!)を取り合って子どものような喧嘩を演じるシーンが、J.カサヴェテスの手にかかれば一級の映画になってしまったように、夏目知幸というストーリーテラーにとって、物語の始まりにはバス停に女の子が立っていてさえすればそれでよいのだ。実際、その女の子はただ待っていたバスに乗り込むに過ぎないが、バス停に立っている女の子がここまで正しく語られたことはかつて一度もない。このとき、「語るべきストーリーなどあるのか?」という問題設定それ自体が、きわめて野暮で、無力で、不適切なものであったことを、僕たちは知るのである。

 とは言え、誤解される前に断わっておくが、『アメリカの影』に象徴されるビートニク的な/ビバップ的な/黎明期のロックンロール的な都会人のセンスを(仮に)カサヴェテスの本質とするのならば、シャムキャッツは少しもカサヴェテス的ではない。むしろ、東京産のインディーズ・ポップがもれなくシティ・ポップと呼ばれた過去数年の不自然な言論状況にあって、『AFTER HOURS』が提示したネオアコ・レトロスペクティヴの大らかさは、むしろ地方や郊外の緩慢な時間感覚に対応していたわけだし、シャムキャッツはシティ・ポップの文化圏から逃げるかのごとく、都会的な感性からもっとも遠い場所を目指していたバンドになっていたとさえ言えるだろう。
 それを「普遍性」と素朴に呼べたものかどうかはひとまず問わずにおくとして、シャムキャッツのシンガーどころかミュージシャンにすらならなかったかもしれない「もうひとりの、あり得たかもしれない夏目知幸」が、この『TAKE CARE』で「何も起こらない日常」を再び生きはじめたとき、いままさに僕たちの目の前で、サニーデイ・サービスにとっての「東京」が郊外的な何かに置き換えられたのだということに多くの人が気づいたにちがいない。単著・共著等のリリースがつづく磯部・九龍ペアの言葉を借りるのならば、なるほどシティ・ポップならぬサバービア・ポップと呼ぶべき音楽がここにある。それはあまりにも涼しい顔で現れ、僕たちの心の大事な部分に触れてしまう。

 少し喋りすぎただろうか。大枠の歌詞論だけで既定の文字数をすでに超過している関係もあり、大切な君を「先輩」だの「あの適当野郎」から守ろうとする銀杏BOYZ的主題(!!)を扱いながらも、性的なべたつきを完全に脱臭しきった“KISS”を聴いてもらえば、野暮な分析の言葉をこれ以上重ねる必要もないだろう。しかも、だとすれば、たかがポップ・ソングの歌詞のことを語らずにはいられないものをこのバンドが準備したということに他ならなず、僕は読者に謝るよりも前にその事実を子どものように喜ぶつもりだ。20代後半の音楽リスナーとしての筆者に言わせれば、「ようやく来た」といった感じである。
 しかし、筆者に批評家としての一面があるのならば、『TAKE CARE』は、『AFTER HOURS』のメロウな側面を強化したようなその甘美なムード作りと、よりソフトになった夏目のヴォーカルという点において、かえって感傷的な作品だといった誤解を招く恐れがあることを指摘しておきたい。“PM 5:00”や“KISS”といった往年のネオアコ・クラシックスのようなカラッとした(どちらかと言えば)アップテンポの曲が要所に配置されていながらもなお、“Girl At The Bus Stop”なり“Windless Day”なりが残すセンチメンタルな印象は簡単に拭えるものではない。もちろんそれは、これらの曲が、アンセムなき時代の小さなアンセムたる堂々の完成度を誇っているということでもあるのだが、しかし、本作の最大の魅力はやはり淡々としたシークエンスの緩やかな積み重ねにあることを未練がましく指摘しておきたいし、かと言ってそれが、バンドよりも夏目のソロ活動を増やしてしまうことに少しでもつながってしまうと言うのなら、シャムキャッツという普通のバンドが普通に存在してくれることのまったく普通ではない貴重さを知る立場として、決して称賛しすぎない程度のものに留めておくべきなのかもしれない。

interview with Shotahirama - ele-king

ワナダイズのマネなんですけどね

 Shotahiramaの名前を覚えたのは、東北大震災の後だった。しばらくして『アンビエント・ディフィニティヴ』を編集していたときに『サッド・ヴァケイション』(2011)を聴いたほうがいいのかどうか迷ったものの、結局、聴くことはなかった。ヴィンテージ盤に金を使い過ぎたせいもあるし、ジャケット・デザインがあまりにもそれらしくなかったことも大きい。魚がパクっと口を開けているようなヴィジュアルはあまりにグロい感じが強かった。

「あれはハンバーガーですよ(笑)。ジャケットと内容は関係ない方がいいと思ってるんです」

 その後の『ナイス・ドール・トゥ・トーク』(2012)や『ポスト・パンク』(2014)に女性の写真を使っているのも内容を想像させないためらしい。

「ワナダイズのマネなんですけどね」

 女性が地面にスッ転がっている姿を写した『バグジー・ミー(Bagsy Me)』(1996)のジャケット・デザインが彼の心を深いところで刺激したのだろう。さすがにスウェデッシュはこれだけだったけれど、この日のインタヴューで彼が口にしたミュージシャンは7割ぐらいがロック・バンドだった。彼の音楽はロック的な衝動をグリッチやミュージック・コンクレートに移し変えたもので、方法論的に行き詰ったエレクトロニカが試行錯誤の末に突破口を見出したというような修養の産物とは言わない方がいいのかもしれない。むしろ取材が終わった後で、彼は「シュトックハウゼンとかの名前をもっと出せばよかった」と悔しがっていたぐらいで、そういえば「Shota Hirama」と2語に分けず、ドットを省略してShotahiramaと綴られると、目が悪い僕などは一瞬、Stockhausenと勘違いしてしまうのも彼の巧みな計算から来ているにちがいない。橋元“めっちゃ”優歩がめっちゃ間違えてShitahiramaとメールで書いてきたときはシタビラメの仲間かとも思いましたけれど。めっちゃ。

 Shotahiramaはセールスマンのような男だった。いや、あまりにきちっとし過ぎていて、取材というよりは何かのセット販売に立ち会っていたような気分に近かったのである。まー、たしかに、彼がこれまでにリリースしてきた『クラスター』や『ポスト・パンク』が合わせて4枚組のボックス・セットとしてパッケージし直されるので、彼が何をどのような口調で語ろうともその軸にある行為はセット販売であることは間違いないのだけれども……。


Surf

Tower HMV Amazon


Stiff Kittens

Tower Amazon


myspaceに曲を上げたら、スペインのレーベルから連絡が来たんです

 Shotahiramaはニュー・ヨークで生まれた。それから大体、6年おきぐらいに日本で暮らしたり、アメリカに戻ったりと、ピンポン玉のような人生を展開してきたらしい。アメリカではブロンクスヴィルというところに住んでいたので「黒人は見たことがなかった」そうである。デヴィッド・リンチの映画を観ていても『ブルーベルベット』の冒頭で雑貨屋の主人が黒人だった以外、まったく黒人は出てこないので、それだけを見ているとアメリカに黒人はいないと思いがちだけれど、スパイク・リーの初期作を観ると、今度は黒人ばっかり出てくるので、アメリカは黒人だらけだと勘違いするのに似ている(*反知性主義の人にはちょっと難しかったかな?)。

「だからヒップホップを知らないんですよ」

 音楽を聴いただけではそれには気がつかなかった(ウソ)。

「小さい頃はバック・ストリート・ボーイズとか、そういうのがよく流れていました」

 しかし、彼自身が音楽に興味を持ったきっかけはロックだった。

「意識的に聴きはじめたのはストロークスが最初ですね」

 そう言いながら、彼の表情はまるでギターを搔き鳴らしているキッズのそれになっていた。ペイヴメント、ソニック・ユース、ジョン・ゾーンと、彼の興味はどんどん先鋭化し、いつしか「ライヴがしたい、録音したい、人に聴かせたい」の三拍子が揃ってしまい、彼を中心とする流動的なメンバーで構成されたエレクトロノイズ・グループ(ENG)としてデビューする。

「マイスペース(myspace)に曲を上げたら、スペインのレーベルから連絡が来たんです」

 2007年に4曲入りの「バルセロナ」、2008年にはフル・アルバムで『コラープス』がリリースされる。アブストラクトかイルビエントといった形容がこれらを指して並んでいるけれど、僕は聴いたことがないのでなんともいえない。イギリスや香港など世界各地でライヴも行ってきたらしい。

「まだやっているんですよ。現在は休業中ですけど、やめたわけじゃないんです」


日本かアメリカかというアイデンティティの問題で悩んだことはないんです。自分は自分でしたから。

 そうした活動の前、彼はディスクユニオンの本社などで働き、最終的にはクビになっている。同じくディスクユニオンで働いていた橋元“めっちゃ”優歩と時期が重なるために、それからしばらくふたりのあいだで固有名詞がめっちゃ飛び交い、なにがなんだかわからないので、うどんでも食べに行こうかなと思っていると、彼がクビになった理由に話が及びはじめた。簡単にいうと、相手の佇まいから、その人の気持ちを察するという日本文化に馴れていないために、彼は接客でトラブルを起こしまくり、袖から見えるタトゥーがそれに拍車をかけたというのである。

「日本かアメリカかというアイデンティティの問題で悩んだことはないんです。自分は自分でしたから。でも、日本の習慣を理解するにはとにかく時間がかかったんです。なんで直さなければならないのかがわからなかったんです」

 ここまで彼と話をしていて、話しにくいと感じたことはなかった。どちらかというとコミュニケイションはスムーズで、接客でトラブルを起こすようなタイプには思えなかった。日本で働くうちに、彼がすっかり変わってしまったということなんだろうか。あるいは、そうした片鱗さえ窺える部分はなかった。強いて言えば彼は素直すぎると感じたことが精一杯の違和感である。印象に残った彼のひと言がある。

「オトナがコワい」

 そのようにして日本で働いているときに、彼はそう感じたというのである。上手くは言えないけれど、この感覚は彼の音楽にある破壊的なニュアンスや「シグナル・ダダ」と名付けられたレーベル名にどこか通低するものがあるような気がしないでもない。ダダは単に彼がダダイズムが好きだから付けたそうだけど。


オトナがコワい

 2007年に彼はギターをラップ・トップに置き換える。

「PC一台ですべてのことができるというのは、それなりに革命的な気分でした」

 香港の〈リ-レコーズ(Re-Records)〉からリリースされたソロ・デビュー・アルバムのタイトルが興味深い。『アンハッピー・アメリカン・ロスト・イン・トウキョウ』(2010)である。反知性主義者の方に訳して差し上げると「不幸せなアメリカ人は東京で自分を見失う」となる。「アイデンティティの問題で悩んだことはない」という彼の発言にウソがあるとは思えなかったけれど、でも、やっぱりそれはウソだと思いたくなるようなタイトルではある。そして、続くセカンド・アルバムが『サッド・ヴァケイション』。

「東北大震災があった日に出荷の作業をやってたんです」

 タイトルは地震の前からあったもので、同作のテーマは「エレメントの衝突」。プレス資料を写すのが面倒なほどコンセプチュアルなことがあれこれと書いてある。冒頭にも書いたように、この作品はアンビエント・テイスト。続く『ナイス・ドール・トゥ・トーク』は14分ちょっとのミニ・アルバムで、カットアップが以前よりも暴力的な響きを帯びてきた。

 現在の作風に直結してきたといえる『クラスター』(2014)はちょっと考えさせる。

「そのままです。クラスターへのオマージュです」

 一定のテンションを保ちながらも、低音部がカットされているため、ダイナミクスはまったく生じない。いわば平坦でありながら、飽きさせないという意味では初期のケン・イシイを思わせる。ヒップ・ホップを知らなかったことと同じ意味合いなのか、「ダンスものはやりたくなかった」ということが面白い方向に出た例といえるだろう。即興にエフェクトをかけたりしているのかと思ったら、流れるような展開は細かい断片を繋ぎ合わせたものだという。

「エディット狂なんですよ(笑)。これは2週間でつくれと言われて。このときの集中力は二度と再現できません」

 ここから一足飛びに『ポスト・パンク』へ話を進めたいところだけど、次にリリースされたのは〈ダエン〉からのカセット、『モダン・ラヴァーズ』。

「ジョナサン・リッチマンが好きなんです。最初のノイズは実際にジョナサン・リッチマンのアナログ盤をかけたときのもの」

 そうかなとは思ったけど、本当にジョナサン・リッチマンから来ているとは驚いた。2014年は坂本慎太郎にマック・デマルコと、話題作を生み出したミュージシャンが共通してジョナサン・リッチマンに惹かれていたとはどういうことか。ちなみにShotahiramaがジョナサン・リッチマンのことを知ったのは田中宗一郎が「ストロークスだったか、リバティーンズだったかのことを書いていて、それと関係づけていた」からだったという。『モダン・ラヴァーズ』はひと言でいえばノイズで、「ハーシュ・ノイズは嫌いなんです」という彼が練り上げた繊細なノイズ・ドローンと聴いたほうがいいだろうか。


最初のノイズは実際にジョナサン・リッチマンのアナログ盤をかけたときのもの。

「ノイズといっても、ナース・ウインズ・ウーンドみたいにドロドロしたものが好きなんですよ。ビザーレというか。コリン・ポッターも好きです。アンドリュー・ライルズやダレン・テイト、アンドリュー・チョークも……」

――予感はあった?

「まったくなかったです」

 本人も予想しないところで、いきなり『ポスト・パンク』で火が点いた。

――どんな反響が?

「ないですけど、売れたんですよ」

 そんなことが急に……起きたのである。初期のケン・イシイがマウス・オン・マーズと出会ったようなファニーさが『ポスト・パンク』には付け加わった。これも実際に会った彼からは感じられなかった性格ではある。もしかすると、興醒めになってしまうかもしれないけれど、タイトルも含め、この変化がどこから来たのかは彼自身が語ってくれた。

「パレ・シャンブルグです」

 あー、なるほど。アンビエント・ミュージックに聴こえるサウンドにハンバーガーのジャケットを持ってくるセンス。おそらくは彼に元から備わっていた性格なのである。それがようやく音の表面に出てきたのが『ポスト・パンク』だった。そう考えた方がよさそうではないだろうか(どうでしょう、反知性主義の皆さん?)。どう見てもセールスマンにしか見えないShotahiramaが真面目な顔で彼の音楽について語れば語るほど、何かが決定的にズレていく。あるいは、まずは笑わせてくれるのがダダイズムだとも。



*『クラスター』『モダン・ラヴァーズ』『ポスト・パンク』を含むボックス・セット『サーフ』はポスター、缶バッチ2個、ブックレット付きでshrine.jpより発売中。橋元“めっちゃ”優歩もめっちゃ好きみたいです。めっちゃ。


■shotahirama / 平間翔太
ニューヨーク出身の音楽家。国内外のさまざまなメディアから注目を浴び、Oval、Kangding Ray、Mark Fell 等のジャパン・ツアーにも出演。代表作に『post punk』や4枚組CD ボックス『Surf』などがある。
オフィシャルサイト:https://www.signaldada.org

■新譜『Stiff Kittens』

発売日: 2015 年2 月22 日
定価: 2,000 円+消費税
レーベル: SIGNAL DADA
詳細: https://signaldada.tumblr.com/

「新譜『Stiff Kittens』発売記念ライヴ+特典引換会」についての詳細はこちらから

Chicklette - ele-king

 2011年春、某クソバンドでクソな活動をしていた僕はLAにていくつかのクソなショウをこなし、オースティンまで13時間のドライヴで〈SXSW(サウス・バイ・サウス・ウエスト)〉へ向かった。僕以外の同乗者全員が運転できない過酷な状況の下、車内から見える、ただ永遠と広大な荒れ地と砂漠がつづく光景は、まさしくループするようで猛烈な眠気を誘い、時折道中に転がる大型野生動物の屍骸をよけて死にかけつつ疲労困憊の限界を超えて到着した先で無銭で同乗していたハイウルフが交換条件として提示していた宿先が確保できていなかったことはいまだに忘れることができない。

 ……といったことは以前に紙版『ele-king』のほうにも書いていて、何をくどくど同じことをほざいているかというと、そんな最悪な思い出もいまにつながる妙な縁を自分に残しているからである。はたしてそれが自分の現在を良いものにしているどうかは別として。

 DJ ドックディックとのユニット、ドッグ・レザーをはじめたばかりのソーン・レザー、現スカル・カタログ(SKULL KATALOG)のグリフィンを誘って、初めて対面したのもこのときであったし、エンジェルス・イン・アメリカ(Angels in America)のエスラに出会った(ナンパした)のもこのときであった。

 チックレット(Chicklette)は現在NY在住のエスラによるソロ・プロジェクトである。エンジェルス・イン・アメリカではシンガーを務め、DJデュオ、バンビ&チェブス(BAMBI & C.H.E.B.S.)としてモントリオールからボルチモア、ファー・ロカウェイを股にかけリジデントのパーティを主催する。ザリー・アドラーによる秀逸なアート・ピースとしても定評のあるカセット・レーベル、〈ゴーティー・テープス(Goaty Tapes)〉よりリリースされた初音源である前作『ロンリエスト・ビッチ(Loneliest Bitch)』(──そう、僕はいつだって誇り高きアバズレに人生を振り回されているのだ)は、USヘンテコ・ミュージック愛好家の間で話題を呼んだ。

スカル・カタログやDJドッグディックらとともに多くの時間をボルチモアのスクワット生活で過ごした、エンジェルス・イン・アメリカのクラストパンク・フォークとでも形容すべきサウンドが、この小汚い連中に多大なリスペクトを送りつづけるドラキュラ・ルイス(Dracura Lewis)ことシモーネ・トラブッチによる〈ハンデビス・レコーズ〉からのリリースとなったのは必然であったと言えよう。〈ハンデビス〉よりカセット音源『VH1 DRUNK』をリリースしたエンジェルスは同レーベルによるサポートの下、ヨーロッパ・ツアーも敢行したようだ。

 このたび、ハンデビスより満を持して発表されるチックレットのカセット音源がこのアンフェイスフル(UNFAITHFUL)である。シモーネによる毎度最高なCMはこちら。

 このアンフェイスフル、正直カセット音源であることがもったいない。

 ファルマコン(※リンクおねがいしますhttps://www.ele-king.net/review/album/004087/)と同等、いや、それ以上の女子的な闇と病巣を宿していながらも非常にバカバカしく、キッチュかつポップに聴かせてしまうセンスにはまさしく戦慄をおぼえる。エンジェルスでは、ある種拷問的に聴者に襲いかかっていた彼女の狂気は、このような形にまとめあげられるべきであったのかもしれない。ハンマービート、EBM、フォークソングと、ヴァリエーション豊かなトラック群にさらりと乗る底抜けに病んだリリック、それはまさしく1ドルショップに並ぶ、毒々しい蛍光色で輝く有害物質が桁外れに含まれた幼児玩具のようでもある。

 また、エンジェルスの相方であるマークもプロヴィデンスを拠点にフェアウェル・マイ・コンキュバイン(Farewell My Concubine)として活動する。こちらも『チックレット』に劣らない最高のポップ・センスとヘロイン・ライクな心地よすぎるダウナー・トリップ。ぜひともチェックしていただきたい。

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495