「Low」と一致するもの

VANHOLDER - ele-king

 ところで皆さん、LPに付属の7インチってどう保存してますか? LP+7インチ盤の有名どころだと、スティーヴィー・ワンダーの『Songs In The Key Of Life』だったり、サディスティック・ミカ・バンドのファーストだったり。そのままスリーヴに入れていると、いつのまにか紛失してしまっている……そんな事情があるからでしょう、中古市場でも付属の7インチを完備しているLPは少なく、完品は高額なことが多いですね。
 というわけで朗報。VINYL GOES AROUNDチームが画期的な発明を成し遂げました。といっても複雑なものではありません。12インチ・サイズのボードに、7インチのジャケをパコッとハメる、ちょっとした気の利いたアイテムです。名づけて「ヴァンホルダー(VANHOLDER)」(盤をホールドすることから命名)。ヴァンホルダーに固定された7インチはLPのジャケット内で無駄に動いたり、飛び出したりしないので紛失を防止できます。およそ70年にもおよぶLPと7インチの歴史において、なぜこれまでだれも思いつかなかったのか……。これはLPとセットでなくとも7インチ単独の保管にも適しており、ヴァンホルダーにハメればLPの棚にもそのまま収納できるので、単品での販売も予定しているとか。
 これであなたのレコード・コレクティング・ライフの質は格段に向上するでしょう。詳しくは下記動画やリンク先をご覧ください。

株式会社Pヴァインは、アナログ・レコードに関する特許権を取得しました。ヴァンホルダー(VANHOLDER)は、7インチのジャケットを12インチ・サイズに変えるアイテムです。

Pヴァインは2022年12月にアナログ・レコードのパッケージに関わる特許権を取得しました。

本特許は、レコードパッケージにおいて独自の技術を開発したものです。
LPサイズのジャケット内に収まりが悪かった7インチ・シングルやCDがスマートに収納できるプロダクトを作りました。

これは12インチディスクと7インチディスク(または10インチディスク及びCDも含む)をひとつのフォーマットにできるLPの付属具で、専用のボードに7インチディスク(または10インチディスク及びCD)を固定し、12インチディスクのジャケットに収納が可能になります。これによりジャケット内での揺れや、外への飛び出しを防ぐことができます。

特許番号:第7199767号
発明の名称:レコード支持板、レコードジャケット、及びレコード製品
商品名:ヴァンホルダー(VANHOLDER)
特許取得日:2022年12月23日(金)
材質:インバーコート紙 0.6mm(印刷可能)
使用開始日:2023年1月18日(水)
カテゴリ:レコードジャケット、及びレコード製品

詳細はこちらのURLをご参照ください:https://vga.p-vine.jp/vanholder/

https://youtu.be/mn-MUFujy84

※ヴァンホルダーは10インチ・レコードやCDなどにも対応可能です。
その他、製造の事など詳しくは下記までお問い合わせください。
お問合せ先:株式会社Pヴァイン TEL: 03-5784-1250 FAX: 03-5784-1251 vinylgoesaround@p-vine.jp 担当: 山崎

逆転のトライアングル - ele-king

 いま流行っているのはシチュエーション・コメディである。それも、富裕層の人間たちがある場所に集まり、酷い目に遭ったのちに醜態を晒すものがやたらに多い。最大の成功例はジェシー・アームストロング制作のHBOのテレビシリーズ『SUCCESSION』(邦題はいろいろ変わったのちに現在は『メディア王~華麗なる一族~』)で、これはメディア・コングロマリットを牛耳る一族の家族間の争いをシェイクスピア劇とコメディを合体させつつ風刺するものだが、その後コメディ性を高めつつより戯画的なものが増えている。リゾートに集った富裕層たちがみっともない争いを繰り広げる様を笑うマイク・ホワイト制作のテレビシリーズ『ホワイト・ロータス/諸事情だらけのリゾート・ホテル』、あるレストランに集まった富裕層たちが狂ったシェフに復讐される様を笑うマーク・マイロッド監督作『ザ・メニュー』、プライヴェート・パーティに集まった富裕層たちが殺人事件で右往左往する様を笑うライアン・ジョンソン監督作『ナイブスアウト:グラスオニオン』。もちろんそれぞれでテイストや作劇は異なるが、要約すれば、「富裕層たちを笑う」、である。娯楽やアートは社会を映す窓でもある。これだけ格差が酷いことになってしまうと、とにかく富裕層が酷い目に遭う様を笑いたい……という欲望が世のなかに渦巻いていても仕方ない。
 そしてスウェーデンのリューベン・オストルンドは、なかでももっとも戯画的なコメディを発表してカンヌ映画祭のパルムドールを2作連続で獲ってしまった。ただしその映画、『逆転のトライアングル』が風刺しているのは富裕層たち以上に現代の資本主義社会が生み出す格差の構造そのものである。

 前作『ザ・スクエア 思いやりの聖域』がアート界を描いていたのに対し、本作でファッション界を取り上げているのは業界で仕事をしているパートナーから聞いた話にインスパイアされたからだという。いわく、男性モデルは一般的に女性モデルの3分の1しか稼ぐことができず、業界で力を持つゲイ男性たちからの誘いを断るのに苦労しているとのことで、つまり男性中心の社会で女性が置かれている立場を若い男性たちが経験している世界なのだ、と。これは僕がゲイだから書きやすいことなのかもしれないが、正直に言って思い当たることもある。要は、権力を持つ者と搾取される者が変わっても、誰かが誰かを搾取する構造自体は保持されると……それがまず、この映画の入口である。
 映画は3パートに分かれており、そういうわけで若くて綺麗な男性モデルが辛酸を舐める様がパート1では面白おかしく映される。バレンシアガの広告では偉そうに、H&Mの広告では媚を売った笑顔を……とオネエ感バリバリのディレクターに指導されるのは露骨過ぎて僕は笑えなかったが、ファッション界における「気候変動を止めよう」「すべての人種は平等」といったウォークなメッセージの空々しさをからかいたくなるのは、まあわかる。そんな空虚な業界に振り回されているモデルのカールは、自分より稼いでいるモデルでインフルエンサーのヤヤと高級レストランに行ってもどちらが支払いをするかで揉めてしまう……彼は世間的には「若くて見た目のいい白人男性」だが、様々な意味で権力を持てずにくすぶっている人物なのだ。
 パート2ではそんなカールとヤヤが(彼女のコネで無料で)金持ちばかりが乗る高級クルーズで過ごす様子が描かれるが、このパートがもっともシチュエーション・コメディ的だ。そこにはロシアの財閥オリガルヒ、イギリスの武器商人など世界的な富裕層が集まっており、スタッフたちは彼らの傲慢な要求にも笑顔で答えてみせる。だが様々な偶然が重なることで、金持ちたちは嵐のなかで痛んだディナーを食べることになり、嘔吐と下痢に襲われることになる。みんな、金持ちがゲロとクソまみれになるところが見たいだろう? とまあ、そんな身も蓋もなさで突っ切るのがこの映画のパワフルなところではある。
 だが自分はそこよりも、ウディ・ハレルソン演じる酔っぱらいの船長のキャラクターに笑わされてしまった。彼はマルクス主義者という設定で、金持ちや資本主義社会の構造自体を憎んでいるが、豪華客船で働くなかで正気を失ってしまっている。そのハチャメチャな振る舞いは、ヴェテラン俳優の達者ぶりを遺憾なく発揮させていて可笑しい。が、この現代社会でマルクス主義者は狂ってしまうしかないと言われているようで、僕は笑いながら泣きそうになった。インタヴューによればオストルンド監督の母親は共産主義者であるそうで、それは何やら奥ゆきのあるエピソードだが、少なくとも本作で監督は現代の左翼の行き場のなさをあっさりと差し出している。そして、この世で最後のマルキシストとばかりに船長は嵐の船で狂った演説をぶちかますが、そんなものは当然、金持ちたちの心に届くことはない……(彼がパート3でどうなっているかも皮肉めいた展開である)。
 そしてパート3、めでたく(?)金持ちたちを乗せた船は沈み一部の乗客やスタッフたちは無人島へ流れ着くが、サヴァイヴァル能力のない金持ちたちの代わりに船の清掃スタッフだったアビゲイルが力を持つようになっていく。カールはここでも権力を得ることができない。

(ここからパート3の展開にやや触れるのでお気をつけください)
 無人島という金銭が価値を持たない場所においても別の経済が発生し、権力構造は保持される。オストルンドがそう示したいのはわかる。わかるがしかし、アビゲイルがここでエッセンシャル・ワーカーを象徴するキャラクターを負わされていることを考えると、彼女が権力を得たとたん圧政を敷く様に自分は少し引っかかった。富裕層とエッセンシャル・ワーカーでは、これまで置かれてきた環境や得てきた経験がまるで違うものなのではないか? それを同質のものとして捉えていいのだろうか、と。『ザ・スクエア』にはヨーロッパの知的階層におけるエリート主義めいた態度への自己批判が強くあったし、愚かさも含め人間味のようなものがもう少しあったと思う。本作は冷笑的であることを自己目的化しすぎているきらいがある。
 だが逆に言えば、それくらいの絶望を反映させたコメディということなのだろう。権力を持つと誰もが、誰かを搾取する構図に取りこまれてしまう、という。そこに誰がいるかは重要ではなく、構造だけが強化されていく資本主義と格差社会。映画を観終わった僕はすっかりうなだれてしまって、街じゅうの広告を恨めしく思った。本作の原題は「Triangle of Sadness」で、ファッション業界などで使われる眉間の場所を示す言葉らしい――「悲しみの三角形」。含みのあるタイトルである。そして、無人島だと思っていた場所が何だったのか……は、本作の最大の皮肉だ。これは、どこに行っても資本主義から逃れられない現代を生きるわたしたちの悲しみについての映画なのだ。

予告編

Alice Phoebe Lou - ele-king

 南アフリカ、ケープタウン出身のシンガー・ソングライター、アリス・フィービー・ルー。インディペンデントな精神を保ちながら成功しているミュージシャンの例として、彼女は稀有な存在のひとりだ。
 真冬にベルリンの路上で歌い、ヨーロッパ最大級のフェスティバル《PRIMAVERA》のメインステージでも演奏する。
 ワールドツアーの合間にベルリンの路上で歌う彼女は、自身の美学や信念に忠実であるがゆえに、誰かにとっては寄り添われているような感覚を与えるのかもしれない。

 そんな彼女の初来日は2018年。翌年にも《FUJI ROCK》などを含めた来日ツアーを果たしているが、この三年間はご多分に漏れずパンデミックの影響で来日が途絶えていた。
 満を辞して再来日を果たす彼女に、そのルーツやこれまでの経験、パンデミック中の心境や日本のミュージシャンに対する印象について聞いてみた。

■キャリアの原点として、ダンス、演劇、身体パフォーマンスなど、音楽以外の分野があるとお聞きしました。それらは現在あなたの中にどのように息づいていますか? また、表現方法として音楽に集中するきっかけは何だったのでしょう?

アリス:そうですね。小さな頃からダンスや演劇をしていたおかげで、自分の体をきちんと把握して、自信を持つことができています。それがいまのステージ上での身のこなしやパフォーマンスに確実に良い影響を与えていますね。そういう勉強をしていたおかげで、どうやったら観客の目を引くことができるのか、自分が作り出す世界にどう周りを引き込むかを学べたのも大きいです。  ダンスは表現方法として大好きでしたが、別のやり方がないかな、と考えているうちに、詩や音楽へ自然と移行したんだと思います。初めて路上で音楽を演奏したとき、これかも! と思ったので。

■故郷のケープタウンから1万km離れたベルリンで活動し、アフリカ、ヨーロッパはもちろん、北米、南米、アジア、オセアニアと世界中を移動しながらライヴをおこなってきたと思います。言葉の通じない場所での経験や「移動」はあなたに何をもたらしましたか?

アリス:19 歳のときにストリートミュージシャンを目指してベルリンに移って10年。いまでもときどき公園で演奏していますが、基本的には世界中を飛び回る生活です。こんな状況想像もしていなかったです。家から遠く離れた場所でミュージシャンとして活躍できるようになるなんて!  ベルリンは自己表現やアートが街中に溢れていて、そんな異文化の中に身を置くことはとても刺激的です。アーティストにとってチャンスのある世界に招かれたような気がして、本当に人生が変わりました。  世界中を旅しはじめてからは、異国の地で自分の曲を演奏し、その土地のローカル・ミュージックに触れ、世界のこと、自分のこと、そして次に作るべき曲のことを行く先々で学び続けています。  南アフリカにも年に1 回、2ヶ月くらい帰りますよ。実家からはいつもと違うインスピレーションを得られるので。家族、自然、ノスタルジー、そして「あの頃の私」とつながったり。

■ベルリンといえばダンス・ミュージックやクラブ・カルチャーが盛んです。キーボードの Ziv とのサイド・プロジェクト strongboi を含め、あなたの楽曲のなかにもダンサブルなものやサイケデリアを感じるものが散見されますが、シーンから受けた影響はありますか?

アリス:ベルリンに引っ越してきた当初は、ダンス・ミュージック文化やオルタナティヴ・シーンにとても興奮し、朝 6 時に起きてコーヒーを飲んで、ひとりでクラブに行ってひたすら踊っていました。夏の日差しのなか、外でおこなわれるオープンエアーのパーティーや、ストリート・パーティーと化したデモなど、そのワイルドな雰囲気が大好きです。そんな遊び方をしているうちに、70年代のディスコや音楽からインスパイアされた、オーガニックな楽器やテープ録音を使った、ダンサブルな音楽を作りたいと思うようになったんです。私のライヴでは、ソフトでフォーキーな瞬間もあれば、ワイルドに踊る瞬間もあります。それが自分でもとても楽しいんです。ベルリンの魅力は、年齢やバックグラウンドに関係なく何にでもなれて、何にでも挑戦できて、社会的な期待やプレッシャーからも解放されて、自分の好きなアーティストになれる、そして自分のためのシーンやオーディエンスを見つけられる、そんなところにあると思います。

■1300万回という驚異的な再生数になっている “She” は、ヘディ・ラマーの伝記映画の劇伴として使用され、アカデミー賞オリジナルソング部門ノミネートの最終選考まで残りました。あなたにとって映画とはどういう存在ですか? また、お気に入りの映画があったら教えてください。

アリス:この曲に対してこんなにも反応があるとは思ってもみませんでした! トライベッカ映画祭で上映されたときに、この映画の製作陣に会うことができて最高に楽しかったです! 私はもっと映画とコラボレーションしたいし、映画のためにもっと曲を書きたいと思っているので、早くまたそんな機会が巡ってくることを願っています。  好きな映画は本当にたくさんあります! でも、いまパッと思いつくのは、『ヴィクトリア』、『ムーンライズ・キングダム』、『ウエスト・サイド物語』(古い方)ですね。

■パンデミック中にリリースした楽曲は自分を見つめるような内省的な部分が感じとれました。坊主頭にしたりもしていましたが、コロナの期間はあなたにどのような心境の変化をもたらしましたか?

アリス:2019年のツアーでとても忙しい1年を過ごしたばかりのことだったのでその反動もあり、多くの人がそうであったように、私にとっても自分を見つめる時期でした。とても長いライターズ・ブロックを経験しながら、ベルリンでひとりで過ごして自分と向き合いました。とても大変な時期でした……! そんななかでもあるときから、音楽や詩が、湧き上がるすべての感情を導いてくれて、クリエイティヴィティを邪魔していた何かを打ち消してくれました。このプロセスを踏んだことで、率直で、余計なフィルターがかからない心からの曲を書くことができたんです。その後のパンデミックの期間は、作曲とレコーディングに集中することができたので、一気に2枚のアルバムを書いて、初めてのレコーディングスタジオを作りました。これがこの混乱した時期を過ごすのにぴったりでした!  じつは、頭を剃ったのはパンデミックの直前だったんです。個人的にいろいろなことがあったので、過去に別れを告げ、ありのままの自分を見て、新しくスタートするためのきっかけが必要だと思ったんです。頭を剃ったそのときは、私にとってとても美しい瞬間でした。

■以前の日本公演と同様に、今回も踊ってばかりの国やカネコアヤノと共演があります。彼らに感じるあなたとの共通点はありますか? また、他に気になっている日本のミュージシャンがいれば教えてください。

アリス:踊ってばかりの国もカネコアヤノのこともとっても愛してます。彼らが作る音楽も、個性的な人柄も大好きです。日本に来るたびに私が帰る場所になってくれる友だちがいると思うと、 最高な気分です。他に誰か挙げるとしたら、前回の来日で共演した青葉市子ですね。彼女も私の大好きな日本のソングライターのひとりです。

■昨年来日した Noah Georgeson や ボビー・オローサ らに、あなたと交流があるとお聞きしました。彼らとの関係はどういったものなのでしょう?

アリス:Noah Georgeson は素晴らしい友人であり、 プロデューサーです。私の2枚目のアルバム『Paper Castles』で一緒に仕事をして、カリフォルニアの美しいスタジオでレコーディングしました。彼は素晴らしい人で、彼がディヴェンドラ・バンハートの音楽にもたらすものがとても好きです。ボビーとは数年前にお互い出演していたドイツのフェスティヴァルで会ったんですけど、彼のパフォーマンスとバンドの音にすっかり感心してしまって、話しかけてみたら音楽をテープに録音するのが好きだという共通点で意気投合したんです。いつか彼とコラボレートしたいです。

■これまでの来日で印象に残ったこと、そして今回の日本ツアーで楽しみにしていることはありますか?

アリス:日本のお客さんも、この国の自然も大好きです。他に日本での楽しみはと言われたら、まずは食べ物ですね! ツアー・マネージャーの俊介は、毎回私たちを素敵な場所に連れていってくれて、新しい味覚を提供してくれるんです。あとは、また納豆を食べるのが楽しみ! それから、このツアーで新しい街を見られるのがとても楽しみだし、また鎌倉に行けるのもとても楽しみです。あとは、いつも暑い夏に日本に来ていたので、日本の春が見られるのを楽しみにしています。

■最後に、公演を楽しみにしている日本のファンへメッセージを。

アリス:4 年ぶりに日本に戻ることができるのでとても興奮しています! 進化したバンドとたくさんの愛を持って、新曲たちをみんなに披露しますね! See you soon !!


Alice Phoebe Lou来日公演情報

日程詳細は以下の通り

3/22 東京 渋谷WWWX (with 踊ってばかりの国)
3/23 大分 別府市コミュニティーセンター 芝居の湯
3/25 香川 高松市屋島山上交流拠点施設 やしまーる (ソロセット)
3/26 神奈川 鎌倉 浄智寺 (ソロセット) sold out
3/27 東京 晴れたら空に豆まいて (カネコアヤノ Band Set)
3/29 神奈川 Billboard Live Yokohama (with カネコアヤノ ソロセット)

Alice Phoebe Lou来日ツアー2023 特設サイト
https://haremametube.wixsite.com/alicephoebeloujt2023

interview with Toru Hashimoto - ele-king

 日本を代表するDJ/選曲家のひとり、橋本徹(SUBURBIA)。そのコンパイラー人生30周年を祝し、特別インタヴューを掲載しよう。
 クラブやDJなど、90年代渋谷で起こったストリート・ムーヴメントの中心で橋本は活躍し、その活動をパッケージ化したコンピレーションCD、「Free Soul」シリーズ第一弾を1994年春に発表している。同シリーズはジャンルではなく、時代のムードを感覚的にとらえつつ、過去の音源から選曲していく点が新しかった。すでに名盤・名曲としての地位を確立していた作品以外からも多くの素晴らしい曲を発掘していくことで、既存のコンピレーション概念を覆すこと──やがて「Free Soul」はたくさんのレコード会社から引く手あまたとなり、メジャー/インディペンデント問わず複数のレーベルをまたぎながら、数多くのタイトルを送り出していった。そのクオリティの高さとリリース量から同シリーズは大ヒットを記録し、橋本は一躍その名を全国区に広めていくことになる。音楽を選び編集すること。過去の音源をディグすること。そういった文化を日本に広めた貢献者のひとりが橋本徹である。
 今回のインタヴューのきっかけになったのは、これまでになんと350枚にも及ぶ人気コンピレーションを監修・選曲してきた橋本徹の、コンパイラーとしての人生30周年を祝した1枚『Blessing ~ SUBURBIA meets P-VINE “Free Soul × Cafe Apres-midi × Mellow Beats × Jazz Supreme』(P-VINE)だ。以下、彼の活動のまさに集大成とも言えるこのコンピの制作にまつわる話を含め、これまでの選曲家人生を振り返るインタヴューをお楽しみください。

橋本さんのコンパイラー人生が2022年秋で30周年を迎えたとのことですが、「Free Soul」シリーズが始まったのは1994年ですよね?

橋本:今回のコンピCDのブックレットに入っている、30年を振り返るインタヴューにも書いてあるけど、フリーペーパーの『Suburbia Suite』を始めたのが1990年暮れ。その後91年夏から渋谷のDJ BAR INKSTIKでDJパーティなどを始めて、92年の春からTOKYO FMで『Suburbia's Party』という選曲番組がスタートしました。そして、それらのフリーペーパーやラジオで選曲してきたレコードを再編集して紹介する『Suburbia Suite; Especial Sweet Reprise』というディスクガイド本を92年の秋に出します。解説がないと音楽を楽しめないという傾向には違和感があったので、何年のリリースだとか、プロデューサーが誰かとかは記載せずに、そのレコードが持っている雰囲気や気分を伝えることで、リスナーにカジュアルに聴いてもらえたら、という思いで作ったディスクガイドでした。そのときに初めてコンピレーションのオファーをいただいて、『'tis blue drops; a sense of suburbia sweet』というCDを作りました。それが初めて僕が手がけたコンピレーションなんですね。今回のコンピのジャケットではそのアートワークをリデザインしています。
 その最初のコンピレーションは、先日亡くなったアート・ディレクター、コンテムポラリー・プロダクションの信藤三雄さんと、イラストレーターの森本美由紀さんと、僕の計3人が1枚ずつコンピレーションを作るという企画のうちの1枚で、当時の僕はまだ音楽を本職としていたわけではなく雑誌編集者でした。デザイナーとイラストレーターとエディターがそれぞれ90年代前半の東京の空気感を表現するという意味で、すごく象徴的なシリーズだったと思います。「Free Soul」を手がける前は、FM番組などで、サントラやソフト・ロック、ボサノヴァ、ラテン・ジャズからムード音楽的なものまで含めて、自分のなかの「白」っぽいセンスを表現していたんだけど、「『Suburbia』のディスクガイドに載っているものでうちのレコード会社から出せる音源はないか」というお話がたくさん来て、リイシュー・シリーズの監修をやったりしていたんですね。たとえば93年には〈Blue Note〉のBN-LAシリーズから選曲した『Blue Saudade Groove』というコンピレーションを手がけているけど、これもコンパイラーが3人いる企画の1枚で、二見裕志さんの『Blue Mellow Groove』と小林径さんの『Blue Bitter Groove』と一緒に出ています。

大手出版社に入るのは大変だと思うんですが、それを辞めてフリーランスになったのは、音楽に手応えみたいなものを感じたからですか?

橋本:気持ちが完全に音楽のほうに傾いていった感じかな。もう出版社にいた最後の1年くらいは完全にそういう感じで。92年のディスクガイドの波及効果が大きくて、レコード会社の方からリイシュー・シリーズの監修の話とかもたくさん来ていて、『Suburbia』以外のパーティでのDJも少しずつ増えてきて。そういう状況のなかで、92年のディスクガイドのテイストを段落変えして、自分のなかの「黒」っぽいセンスを形にしたい、という気持ちが93年はどんどん膨らんでいったんです。そのタイミングでボブ・トンプソンとヘンリー・マンシーニのリイシューの監修の依頼をいただいて、「それももちろんやりたいんですけど、70年代ソウル周辺のコンピレーションをやりませんか」ってこちらから提案したのが「Free Soul」コンピの始まり。94年4月のリリースに合わせて2冊目のディスクガイドも作ろう、その前の月からDJパーティも始めよう、三位一体で盛り上がっていきますよ、って話して。時代の空気感もそれを後押しする感じが増していってましたね。

音楽家ではない人が企画を持ってきて「じゃあそれやりましょう」という流れになるのが本当にすごいなと思いますが、それくらいの影響力が『Suburbia』のディスクガイドにはあったんですね。

橋本:それ以前のガイド本とは異なって、資料的なことにはこだわらず、エッセイ的というか、レコードの持っている雰囲気そのものを伝えるディスクガイドだったからでしょうね。レーベルや年代が書いていないから、レコード会社の方もどれなら自社から出せるか聞きに来るんですよ。そのときにいろんなレコード会社の方と知り合って、提案すると何でも実現してもらえるような雰囲気がありました。そうして94年の春に「Free Soul」がスタートすることになるんだけど、それが『Suburbia Suite』に負けないくらいブレイクしたんです。あの時代の気分を捉えていたんだと思う。
 背景として最初は渋谷系的なファン層がいたから、〈A&M〉のソフト・ロックとかサントラあたりまでは自然な流れでリスナーもついてきてくれたけど、そのころはまだリスナー側には「え、ソウル? ブラック・ミュージック?」みたいな感じはありました。でも『Free Soul Impressions』の音とあのジャケット、それ一発で「ソウルいいよね」って、すべてがひっくり返った。もちろん、他の背景としてジャミロクワイやブラン・ニュー・ヘヴィーズみたいに世界的に人気のあるアーティストがいたり、オリジナル・ラヴみたいな70年代のソウル・ミュージックを下敷きにした日本のバンドが人気を高めていったり、そういう状況も当然シンクロしていたと思います。アシッド・ジャズやレアグルーヴが、アーティストやファンたちにとってシンパシーを抱けるものになっていったタイミングにどんと出たのが「Free Soul」だった。
 よく覚えているのは、ちょうどそのころア・トライブ・コールド・クエストのシングル「Award Tour」(1993年。ウェルドン・アーヴィンの “We Gettin' Down” をサンプリングしている)が出て。渋谷のCISCOに1000枚入荷したものがあっという間になくなってしまうような、そういう熱気のあった時代でした。それが「Free Soul」の直前で、だから『Free Soul Impressions』にもウェルドン・アーヴィンの “We Gettin' Down” が入ることになる。当時、小西(康陽)さんに渋谷の引っ越したばかりの僕の家で “We Gettin' Down” を聴かせて、「これがATCQのあれなんだ」というような会話を交わしたことを覚えていますね。

当時の日本で「Free Soul」的なチョイスを開拓するのってすごく大変だったと思うんです。たとえばレコード屋でソウル・コーナーにあるのはよくてザ・シャイ・ライツくらいな状況で、(『Free Soul Actions』に入っている)ヴォイシズ・オブ・イースト・ハーレムが入っていたかというと、あまりその記憶がないんですよ。

橋本:それは、入荷してもすぐ売れちゃう時代だったっていうのもあるかも。94年春に出した『Suburbia Suite; Welcome To Free Soul Generation』っていうディスクガイドは、それまでのソウル・ミュージック界隈のプライオリティや価値観を変えました。それ以前のブラック・ミュージックのディスクガイドでは、たとえば「リロイ・ハトソンは歌が弱い」というように書かれていたりしたんだけど、そういった(低く評価されていた)ものを自分たちの感覚に忠実にもう一度取捨選択していくという行為が「Free Soul」の営みでした。

現代も古いものを掘り起こしていくことが流行っていますが、そこに「Free Soul」に通じるものを感じたりシンパシーを覚えたりはしますか?

橋本:まず、当時大きかったのはやっぱり現場があったこと。クラブでDJパーティがあったり、音楽好きが集まるレコード屋やCDショップがあったり。いまはもしかしたらそれがオンライン上にあるのかもしれないんだけど、僕のような(カフェやクラブで曲をかけたりレコード屋で掘ったりする)スタンスの人間からすると、それは見えづらい。インターネットのことは詳しくないから無責任なことは言えないけど、誰でも発信できる時代だからこそ、90年代の「Free Soul」のように突出した感じにはなりづらいのかもしれないですね。

最近知り合った20代の若い人からYouTubeに上がっている、90年代のトンネルを作る映像で流れている音楽がすごくかっこいいから聴いてみてくださいと教えてもらったのですが、じっさい僕も聴いてみてかっこいいと思ったんです。普通はそういう行政が作ったようなビデオにかっこいい音楽が入ってるとは思いもしないわけですが、いま若い子たちはそういうところから掘ってくるんですね。感覚は違うのかもしれませんが、ある意味ではかつての「Free Soul」と少し近いのかもしれません。

橋本:「Free Soul」だけでなく、『Suburbia』初期のころの “黄金の七人のテーマ” の「ダバダバ」(スキャット)とかもそうなんだけど、『11PM』(65年から90年まで放送された深夜のお色気番組)とかで使われているような音楽だったり、B級映画のサントラで聴けるようなもののなかから、「これかっこいいじゃん!」みたいに、親しい者同士の会話のなかで情報が精査されていって、ひとつのシーンやサブジャンルみたいなものが生まれていく、っていうのは90年代といまとで共通する部分があるのかもしれないですね。かつてであれば深夜の長電話だったり夜中のクラブのバーカンだったりで情報交換していたものが、いまではSNSとかになっているのかもしれない。

当時、他にも選曲家はいましたが、「Free Soul」のようなシリーズを構築できたのは橋本さんだけだと思うんですよね。

橋本:もちろん似たような趣味で僕以上に詳しい人も当然いたと思う。僕がたまたま「Free Soul」として始めたコンピやイベントが大きくなって、言葉がひとり歩きして、何かひとつのスタイルを指すようになったけれども、「橋本なんかに負けない!」っていろいろ掘ったりDJプレイしていた人はたくさんいたと思いますね。

とはいえ橋本さんの編集能力があったからこそフリーペーパーやCDとして形にできたと思います。音楽に詳しい他の人がああいうフリーペーパーを出せたかというと……

橋本:もし僕がそういう人たちと少し違ったとすれば、自分の好きなものをみんなと分かち合いたいっていう気持ちが強かったからかも。当時のDJは、お客さんから曲名を聞かれても教えない人もいたし、「俺は人とは違うんだぜ」っていうスタンスのマニアやコレクターも多かった。こだわりを持っているからこそ深いところまで行けたんだとは思いますけどね。僕は逆に、もっとフラットにカジュアルに多くの人に伝えて、一緒に楽しみたいっていうタイプだったので。

それとも関連すると思うんですが、昔のクラブは尖っていて怖かった。それが90年代に変わっていきますよね。オシャレな場所になっていきます。

橋本:もちろんそれもあると思う。クラブが、誰でも気軽に遊びに行ける場になっていった。クラブは90年代後半には、20歳前後の普通の若者にとって親密な場に変わっていたように思います。

世界的にもそういう流れだったような気がするんですよ。80年代ニューヨークのクラブは危険な場所だったけれど、そこにロンドンのシャレたクラブ・シーンの情報が入ってくるようになって。

橋本:役割が少しずつ変わってきたというか。それまではクラブが尖った人たちや、いろんな意味でマイノリティに属する人たちにとっての最高の遊び場だったのかもしれないけど、もうちょっと広くフレンドリーな存在になっていったのが90年代で。「Free Soul」のお客さんも、いかにも遊んでいる感じのクラバーだけじゃなくて、女性やカップルも多くて、ピースフルな雰囲気があった。その点はコンピCDを作るときも考えていました。「Free Soul」にはオープンマインドでポジティヴな気持ちが反映されている気がしますね。そこが他のDJやマニアやコレクターと比べて、自分が少し違っていたところなのかな。でもいまは僕みたいなタイプのほうが多くなっているのかも。それどころかたくさん「いいね」やフォロワーが欲しい、みたいな状態になっている(笑)。

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橋本さんの拠点は渋谷のイメージがありますが、渋谷だったのはなぜでしょう?

橋本:もともと駒沢で生まれ育って、就職して出版社時代は2年半目白にいて、フリーランスになって渋谷に来ました。会社を辞めるタイミングでCISCOのすぐそばに引っ越したんですね。その後そこが手狭になってカフェ・アプレミディを始める99年のタイミングで公園通りの渋谷ホームズへ移って。だから90年代後半は15秒でCISCOにレコードを買いに行って、オルガンバーでDJやって、30秒で家に帰ってくるみたいな生活(笑)。(当時編集長を務めていたタワーレコードのフリーマガジン)『bounce』の編集部までも5分かからない感じ。でもなぜ渋谷だったのかというと、やっぱりレコード屋がたくさんあって近かったからでしょうね。

「Free Soul」を手がけたりコンパイラー生活を続けていくなかで、印象に残った事件や出来事があれば教えてください。

橋本:コンピレーションCDのオファーが来るタイミングのときは、短い期間にものすごい数のオファーが来ていたのね。たとえば2007年はアントニオ・カルロス・ジョビンの生誕80周年記念の年で、リオに行ったりしつつ、ブラジル関連のコンピレーションが増えたこともあって32枚作りました。2014年は「Free Soul」20周年ということで、もう毎週のようにコンピのリリースがあって、たしか、10週連続でコンピCDが出ているような状況だったと思う。すごく楽しいし気持ちも乗って、「世界は45回転でまわってる」っていう感覚だったけど、逆に近年はパタッとそういうオファーが来なくなって。「30年間続けてきた」という言い方もできなくはないけれど、「進んだり止まったりを繰り返してきた」っていうのがじっさいのところなのかなと。

人生って進んだり止まったりするもので、でも止まったときにそのまま止まっちゃう人もいますよね。でもそういう波は絶対にあるんだよっていうのは、若い人には知っておいてほしいです。

橋本:僕もいまなら言える。けっして30年間で350枚ちょっと、年に12枚くらいをコンスタントに作ってきたわけではなくて。仕事も気持ちも浮き沈みがある。2009~11年くらいは精神的にもピンチでした。気持ちがダウナーで、鬱みたいな雰囲気もあって。2000年代前半にカフェ・アプレミディが大ブームになって、その勢いでレストランやセレクトショップを作って、僕としては楽しかったんだけど、経済的には赤字が続いて。お金がなくなっていったり、まわりの人が離れていったり、気分が落ちたり。『Suburbia』のディスクガイドの1冊目が出た後や「Free Soul」が成功したりカフェ・アプレミディが大人気になったりしたときは、ものすごくたくさんの人が寄ってくるのよ(笑)。それがもう2010年ころにはなくなっていった。それで夜中の12時ごろから朝の4時くらいまでニック・ドレイクみたいな音楽ばかり聴いて、ぼわんとした生活を送っていた時期もありました。自死がよぎったことさえあったし、自殺したミュージシャンの音楽以外聴きたくないと思っていた時期もあったくらいで。2010年の終わりには駒沢に戻ったんだけど、そのとき海に行こうと車で迎えにきてくれた友だちにはほんとうに感謝しかない。そういうことで少しずつ心のリハビリをしていって。負のスパイラルを逆回転させてもとに戻すことって、当人だけじゃとても無理だと思う。無償の愛のようなものがないと難しいと思いますね。
 2009年の秋に加藤和彦さんが亡くなって、2010年にはNujabesが亡くなって、その翌年には東日本大地震があって、さすがにそのころは音楽を聴ける感じではなかった。当時出たばかりだったジェイムズ・ブレイクファーストが救いになったのを覚えていますね。何も聴けない状態だったのに、それだけは聴けて。コンピも作ってはいたけど、内省的なものが増えていって。もちろんそれはそれである層の共感を呼ぶし、大切な人たちが聴いてくれたんだけど、「Free Soul」やカフェ・アプレミディのように一般の方たちも巻き込んで劇的に売れるというような状況にはならなくて。
 でもいまはこうやってアニヴァーサリーを迎えたり、去年結婚式を挙げたりして、一緒に幸せにならなきゃいけない人ができたりすると、あのとき命をつなぎ止めておいてよかったなと思うことはあります。生きていればなんとかなるから。お気楽に幸運に30年間暮らしてきたように映るかもしれないけど、僕でもそういう時期はあったんですということは、最近亡くなる方が多いこともあって、お伝えしたいことですね。だから生死の一線を超えないように、互いが互いを大切にしながら生きていきたいなと思います。そういうときに助けてくれた友人ってやっぱり特別だし。

それでは今回のコンピレーションの選曲について伺います。割と古めの音楽の比重が高いように思いましたが、それはどのような意図で?

橋本:まず、今回はメモリアルだという前提がありましたからね。僕のコンピレーションはおよそ350枚のうち27枚を〈Pヴァイン〉から出しているんですが、その「ベスト・オブ・ベスト」というのが今回の基本コンセプトで。ただ、それに加えて、自分が30年間やってきたことを、その断片でもいいから新しい世代やリスナーに伝えたいという気持ちも強くあって。昔からよく僕のコンピは、数が多すぎて初心者はどこから聴いたらいいのかわからないって言われていたので、そういう方のためになるものにするのもアニヴァーサリーにはふさわしいかなと思いました。コンピレーションのコンピレーションのような感じですかね。
 この場を借りて感謝すると、先ほど話した負のスパイラルを逆回転させるのが難しかったタイミングで、2013年に〈Pヴァイン〉から声がかかったんですよ。2014年の「Free Soul」20周年に向けて、『Free Soul meets P-VINE』と『Free Soul~2010s Urban-Mellow』を作らせてもらって。『Suburbia』の別冊扱いのディスクガイドも作ったことで現役復帰できるきっかけになりました。その少し前、2007年の「Mellow Beats」と2008年の「Jazz Supreme」も〈Pヴァイン〉がスタートでした。当時、現在進行形でよく聴いていて好きで選曲したいと思っていたテイストのものを、シリーズのファースト・リリースとして立ち上げてくれたのが〈Pヴァイン〉だったので、今回はその要素も反映させたいなと。だから、それらが全部サブタイトルに入っています。

難しいとは思いますが、今回のコンピレーションのなかから、あえて1曲選ぶとすれば?

橋本:うわっ、難しい(笑)。どれも本当に思い出深い曲ばかりだけど、「Free Soul」的にはその曲がかかると空間がとくに光り輝いていたのはアリス・クラークだよね。ジョン・ヴァレンティやジョイス・クーリング、12インチ探している人も多いDump「NYC Tonight」の坂本慎太郎ヴァージョンもだけど。カフェ・アプレミディ代表としては最後の2曲かな。ザ・ジー・ナイン・グループ “I've Got You Under My Skin” とメタ・ルース “Just The Way You Are”。「Mellow Beats」代表としては、プリサイズ・ヒーローとケロ・ワン。ボビー・ハッチャーソン “Montara” とアーマッド・ジャマル “Dolphin Dance” という僕の大好きなサンプル・ソース両雄をサンプリングしていて、共にシリーズ最初の『Mellow Beats, Rhymes & Vibes』に入れた曲でした。「Jazz Supreme」の観点からはやはり、もっとも思い出深いファラオ・サンダースを。

ホルガー・シューカイの “Persian Love” はちょっと意外でした。

橋本:“Persian Love” は本来であれば〈Suburbia Records〉の「Good Mellows」シリーズに入るようなテイストの曲だとは思うんだけど、2008年に『Groovy Summer Of Love』というコンピの選曲を依頼されたときにセレクトしているんだよね。イランのラジオ放送からサンプリングした歌声がほんとうに気持ちよくて。夏の海辺のDJではずっとかけつづけている曲で、自分のなかでは定番で、ある意味では僕の選曲を象徴している曲かなとも思う。一般的には元カンでジャーマン・ロックとされるけれど、バレアリックやスロウ・ハウス、サマー・チルアウトとして解釈してプレイしてきたということ。あと、中学生のころにサントリーのCMで聴いていたというのもある。そういういろんなパースペクティヴがあって思い出の詰まった曲なので、自分にとって重要な曲なんです。本当にグッとくる、心が洗われる大切な曲ですね。

今後のヴィジョンについて教えてください。

橋本:それほど大きなヴィジョンを抱いているわけではないけど、コンピCDをもうちょっとだけでも作っていけたらという気持ちはあります。「Free Soul」の30周年までもうひと頑張りできたらと思っています。今回これを作らせていただいたことで、そういう気持ちが湧いてきました。

最後に、これから何かを成し遂げたいと思っている若者にアドヴァイスをお願いします。

橋本:特にないですね(笑)。やりたいこと、やらずにはいられないことに忠実にというか……強いて言うなら、一歩踏み出す勇気みたいなものは重要なんじゃないかなと思います。

◆橋本徹(SUBURBIA)コンパイラー人生30周年記念インタヴュー
https://note.com/usen_apres_midi/n/n11d377e01339

◆橋本徹(SUBURBIA)コンパイラー人生30周年記念コンピ『Blessing』リリース記念トークショウ
3月4日(土)15時から16時半までタワーレコード渋谷店6Fにて
出演:橋本徹/柳樂光隆

◆橋本徹(SUBURBIA)コンパイラー人生30周年記念コンピ『Blessing』リリース記念パーティー
3月4日(土)17時から23時までカフェ・アプレミディにて
DJ:橋本徹/櫻木景/松田岳二/高橋晋一郎/三谷昌平/青野賢一/山崎真央/中村智昭/waltzanova/haraguchic/NARU/KITADE/MITCH/aribo/松下大亮
Live:サバービア大学フォークソング部(山下洋&安藤模亜)

橋本徹のコンパイラー人生30周年を記念したベスト・コンピ『Blessing ~ SUBURBIA meets P-VINE "Free Soul x Cafe Apres-midi x Mellow Beats x Jazz Supreme"』に連動したTシャツを発売。

VINYL GOES AROUNDでは過去350枚に及ぶ人気コンピレーションを監修・選曲してきた橋本徹(SUBURBIA)のコンパイラー人生30周年を記念したTシャツの受注販売を開始します。
90年代以降に全世界で人気を博したコンピレーション・シリーズ、『Free Soul』のロゴを使用し、30周年にちなんで30色のカラー・バリエーションで展開。
今回は完全受注生産になりますのでお早めにどうぞ。

橋本徹(SUBURBIA)
編集者/選曲家/DJ/プロデューサー。サバービア・ファクトリー主宰。渋谷の「カフェ・アプレミディ」「アプレミディ・セレソン」店主。『Free Soul』『Mellow Beats』『Cafe Apres-midi』『Jazz Supreme』『音楽のある風景』シリーズなど、選曲を手がけたコンピCDは350枚を越え世界一。USENでは音楽放送チャンネル「usen for Cafe Apres-midi」「usen for Free Soul」を監修・制作、1990年代から日本の都市型音楽シーンに多大なる影響力を持つ。現在はメロウ・チルアウトをテーマにした『Good Mellows』シリーズが国内・海外で大好評を博している。

VGA-1035
“Free Soul” Official T-Shirts

White / Black / Sport Grey / Ice Grey / Irish Green / Indigo Blue / Military Green / Mint Green / Light Pink / Lime /
Red / Royal / Safety Orange / Safety Pink / Safety Green / Tan / Daisy / Natural / Orange / Cardinal Red /
Gold / Cornsilk / Sand / Sky / Purple / Pistachio / Prairie Dust / Vegas Gold / Heliconia / Maroon

S/M/L/XL/XXL

¥3,000
(With Tax ¥3,300)

※商品の発送は 2023年4月下旬ごろを予定しています。
※Tシャツのボディはギルダン 2000 6.0オンス ウルトラコットン Tシャツになります。
※期間限定受注生産(〜2023年3月31日まで)
※限定品につき、なくなり次第終了となりますのでご了承ください。

https://vga.p-vine.jp/exclusive/vga-1035/

Tujiko Noriko - ele-king

 フランス在住のエクスペリメンタル・アーティスト/ソングライター、ツジコ・ノリコの新作アルバム『Crépuscule I & II』が、ウィーンの実験音楽レーベルの〈エディションズ・メゴ〉からリリースされた。
 このアルバムは、比較的短い曲を9曲収録した「I」と、長尺3曲を収録した「II」の二部作構成となっている。ツジコの20年におよぶキャリアのなかでも初ともいえる大作である。
 だが単に無闇に長いだけのアルバムではない。暗くシネマティックなサウンドと彼女のアイコンとでもいうべき唯一無二の声が融合し、まるで薄明かりの空間に「時間が溶けていく」ようなアルバムに仕上がっていたのである。
 この美しいアルバムのアトモスフィアをどう形容すれば良いのか。「音の霧」とでもいうべきか。「時の融解」とでもいうべきか。夕暮れと夜のあいだにある音空間とでもいうべきか。なにしろ「時」も「空間」も粒子の中に溶け合って漂うようなアルバムなのである。

 結論へと急ぐ前に、まずは20年ほどに及ぶツジコノリコのディスコグラフィーを振り返っておこう。
 ツジコは2000年にファースト・アルバム『Keshou To Heitai (Make-Up And Soldier)』をリリースした。だがツジコの名を知らしめたのは、2001年に〈メゴ〉よりリリースされた『Shojo Toshi』だろう。じっさい私も『Shojo Toshi』でツジコの音楽を知ったのだが、その衝撃はかなりのものであった。
 なぜか。当時、〈メゴ〉といえばグリッチ・ノイズによる電子音響というほどに最先端の尖ったレーベルだった。デジタル・パンク、サウンド・アートの革新派とでもいうべき存在であった。そのなかにあって突如、〈メゴ〉からヴォーカルの入った、しかも日本人によるアヴァン・ポップなアルバムが送り出されたわけだ。驚愕した。だが同時に〈メゴ〉とは音楽の形式にとらわれないのだということも理解できた。まさに二重の意味で驚きのリリースだ。
 『Shojo Toshi』を久しぶりに聴き直してみると、まったく古びていないことにも驚く。ある意味、幽玄なムードは最新作『Crépuscule I & II』に近いともいえるほどに。
 シンプルにして幽玄な印象を残すトラック、霧のように漂うヴォーカル、自在に飛び回るメロディ、『Shojo Toshi』こそまさにいまこそ聴くべき00年代エクスペリメンタル・ポップの傑作ではないか。そして、ツジコノリコの20年の歩みは、このファースト・アルバムの持っている深度をさらに掘り下げていく過程だったのではないかとも思えた。最新作『Crépuscule I & II』は、『Shojo Toshi』と円環している。
 翌2002年に〈メゴ〉から『Hard Ni Sasete (Make Me Hard) 』をリリースする。アートワークのイメージもあってか『Shojo Toshi』と二部作のようだが、ソングライティングがより洗練されており、2003年に〈トム・ラブ〉よりリリースされた『From Tokyo To Naiagara』に連なるサウンドと楽曲を展開している。
 『From Tokyo To Naiagara』は、リリース当時繰り返し聴いたことを覚えている。インダストリアルでアブストラクトなビート、より洗練されたミックスのサウンドなど、初期のツジコノリコはこのアルバムをもって完成したと言っても過言ではない。私がツジコ未聴の方に一作おすすめするとなると、『From Tokyo To Naiagara』を推すだろう。ピュアと洗練のバランスが良いからだ。
 以降、00年代中期から10年代中盤までのおよそ10年間は、ツジコにとってネクストレベルの歩みとなる。〈ルーム40〉、〈エディションズ・メゴ〉、〈ネイチャーブレス〉、〈ハプニングス〉などの国内外のレーベルからソロ・アルバムのみならず、アオキタカマサやTyme.、竹村延和、ローレンス・イングリッシュなどとのコラボレーション・アルバムもリリースを重ねていった。
 ソロ作では、2005年に、ローレンス・イングリッシュの〈ルーム40〉から『Blurred In My Mirror』をリリースした。2007年には、初期三部作のサウンドをより深化させた『SOLO』を〈エディションズ・メゴ〉から発表する。翌2008年に〈ネイチャーブレス〉から新曲7曲に加えPPA、Tyme.、ausなどによる『ソロ』のリミックス楽曲を収録したミニ・アルバム『Trust』をリリースする。
 間を置いて2014年、「10年代の最新型エクスペリメンタル・ミュージック」としての存在感も示した『My Ghost Comes Back』を〈エディションズ・メゴ〉から発表した。これまでのファジーな音響空間に不可思議なエレガンスが折り重なり、ツジコの深化を見事に表現したアルバムだ。
 加えてコラボレーション・ワーク(アルバム)の歩みも(代表的な作品にかぎってだが)降り返っていこう。
 2002年にピーター・レーバーグのユニット DACM のセカンド・アルバム『Stéréotypie』にヴォーカリストとして参加した。『Stéréotypie』は、ピタの『Get Off』の音響を思わせる、煌めくようなエレクトロニクスが太陽の反射のように眩く(時に薄暗く)展開する傑作である。なかでもツジコが参加した “Angel” は耽美的でダークなムードが横溢する電子音響ヴォーカルの名曲といえる。私は『Stéréotypie』を久しぶりに聞き直して、誠に勝手にだが『Crépuscule I & II』との近似性を聴き取ってしまった。具体的にではない。何かムードが……。
 2005年にアオキタカマサとの『28』を〈ファットキャット〉からリリースした。アオキのミニマリズムが全面に出つつ、そこにツジコ的なファニーな声やサウンドが交錯する名盤である。同年2005年は、リョウ・アライとのユニットRATN『J』もリリース。ふたりの才能の化学変化とでもいうべき傑作といえよう。
 2008年には〈ルーム40〉からローレンス・イングリッシュとジョン・チヤントラーとの『U』をリリースした。こちらもツジコ色が全面に出たコラボレーションで、彼女のソロ作に近い印象をもった。2011年にはtyme.との『GYU』を送り出す。明るくポジティヴな印象のエレクトロ・ポップ・アルバムで、ソロ作とは異なる作風ながらエレクトロ・ポップの隠れた名盤だと思う。
 2012年、竹村延和との『East Facing Balcony』をリリースする。エレクトロニカとも童謡とも異なり、まさに新しい「こどもと魔法」的な世界観の音楽を展開していた。ツジコのコラボレーション・アルバムはどれもエレクトロニカ史に残る傑作ばかりだが、なかでも、この『East Facing Balcony』は必聴のアルバムである。
 ツジコは映画にも関わり続けており、近年は2枚のサウンドトラック・アルバムをリリースしている。ひとつは2019年に〈パン〉から自身が共同監督・主演を務めた映画『Kuro』のサウンド・トラックだ。もうひとつは2022年には音響デザイナーであるポール・デイヴィスが手掛けたイギリスのスリラー映画『SURGE』のサウンドトラックである。

 私見だが新作『Crépuscule I & II』は、これらサウンドトラックからのフィードバックも大きいアルバムではないかと思う。霧の中のような音響、環境音の導入などシネマティックな音響空間が実現しており、「耳で聴く映画」のようなムードを放っているのだ。
 特に長尺三曲を収録した『Crépuscule II』に相当する楽曲においては、淡いサウンドが生成・変化し、まるで静謐な映画のカメラワークを追い続けるような聴取感覚を残してくれる。もちろん『Crépuscule I』に相当する9曲も、微かな光を想起させてくれる抽象性を放っていて大変に素晴らしい曲ばかりを収録している。
 「I」「II」どちらも、(ありきたりな表現で申し訳ないが)デヴィッド・ボウイ『LOW』B面のアンビエント・パートを、現代的にアップデートしたような、霧の中の光のごとき音響空間を生み出しているように感じられた。個人的にはミストのような電子音が持続する “Opening Night”、“A Meeting At The Space Station”、“Don’t Worry, I’ll Be Here” にとても惹かれた。
 本作はカセットテープでもリリースされているが、〈メゴ〉の創設者である故ピーター・レーバーグに送ったデモがカセットだった思い出から、ツジコは本作のカセットテープでのリリースも決めたという。その意味で〈エディションズ・メゴ〉からリリースされた本作は2021年に亡くなったピーター・レーバーグへの追悼という側面もあるのかもしれない。
 じっさい本作にはこれまでのツジコ作品よりも悲しみの色が濃いように感じられた。だがそれはこの世の否定ではないはずだ(当然だ)。そうでなく、世界の淡さ、儚さ、悲しみを美しいサウンドとして転生させようとするアーティストの遺志、希望の発露のようなものではないか。
 悲しみ。希望。微かな光。願い。この「薄明かりの世界」によりそう不思議な音のアトモスフィアを放つ本作は、ツジコ・ノリコの最高傑作だと言い切ってしまおう。
 先に自分は、この『Crépuscule I & II』をサウンドトラック的と書いた。それはまさにこの「薄明かりの世界」に寄り添うような音だから、そう感じたのだ。2023年、繰り替えし聴くことになる傑作がはやくも生まれた。

yahyel - ele-king

 次世代を担うバンドとして彼らが浮上してきたのが2010年代半ば。その後2018年にセカンド・アルバム『Human』で大いに飛躍を遂げた東京の4人組、ヤイエルが5年ぶりに帰ってきた。
 この間、ほんとうにいろんなことが起こった。敏感なアンテナを有する彼らもまた、それぞれに思うところがあったにちがいない。はたしてそれは、どのように音楽へと昇華されたのだろうか。
 まずは3月8日、『Loves & Cults』と題されたひさびさのアルバムがリリースされる。その後3月下旬から4月頭にかけ、名古屋、梅田、渋谷の3年を巡回。ヤイエルの新たな船出に注目したい。

先日アナウンスされたyahyel5年振り最新作「Loves & Cults」のアートワークとトラックリストが公開された。そして、同時発表を行った名古屋、大阪、東京を巡るリリース・ツアーの前売り一般チケットも本日から発売開始する。

“Loves & Cults” は、加熱した時代、愛と狂信の望まない類似性をテーマにしたアルバムとなっている。人間の不確かさを巡る、誠実さへの問いかけはyahyelの脈々と通底するテーマ。しかし同時に、今作がこの5年間の間に、人間が新たに生み出した怪物に向き合っているという意味で、”群れ”の中の人間の視座が新たに加味されている。それは結果的に、かつてのような個々を重んじるプレイヤーの集まりとしてではなく、摩擦の先にある、バンド(≒小社会)”yahyel”しか鳴らせない音像として結実することとなった。”Loves & Cults”は、まさに長い時間をかけて固まっていった大陸のような作品であり、その歪で予定調和のない造形の中に込められた対話への願いが、異質なリアリティとして浮き上がる”怪作”となっている。愛と狂信の境界はどこか。2023年のyahyelに注目だ。

■作品概要
Artist : yahyel
Title : Loves & Cults
Label : LOVE/CULT
Date : 2023.3.8[ Wed ]
Cat # : LC004 ※Digital Only

Tracklist
01. Cult
02. Karma
03. Highway
04. ID
05. Mine
06. Sheep
07. Slow
08. Eve
09. Four
10. Love
11. kyokou

■作品紹介
東京を中心に活動するyahyelが5年の歳月をかけた最新作”Loves & Cults”をリリースする。
2015年に忽然と現れたyahyelは、10年代のポストダブステップ的な感性、出自など関係ないような独特のボーカルライン、猟奇的なライブパフォーマンス、予想外の映像作品など当時の真新しいアイディアを詰め込んだ特異な存在だった。”日本の音楽≒J-Pop”という呪いにかかった東京の街へのアンチテーゼは、”破竹の勢い”とも形容されるほどだった。

そして、世界的なパンデミックを目前にした2019年、yahyelは突然の沈黙に入る。

本人が”糸口の見えない世界の混沌に滅入っていた”と認めるように、 社会と音楽の一進一退の歩みは、彼らにそれだけのインパクトを残したものだった。再定義、線引き、分裂、その中での希望と失望。社会=共同体が、それぞれの正義を掲げて両極化に突き進んだ赤い熱の時代。双方の主張はフェイクニュースと断じられ、仮想敵はカルトじみた存在に仕立てられ、身内はラブの名の下に扇動される。
人の、あらゆる事象への執着が愛から来るものなのか狂信からくるものかは、あくまで不完全な自我が生み出す主観的な感覚でしかなく、社会という相対性の中では非常に脆いものである。音楽という営みなど、カウンターの霞に追いやられ、もれなくyahyelもその問題に向き合っていく。
バンドを小さな共同体として見た場合、我々は一つの社会として何を結論づけるのか。なぜ、我々はここで音を鳴らすのか。“Loves & Cults”は愛と狂信の表裏一体さを意識せずにはいられない、それでも人と人が対話をするという理想を捨てきれない、人間の”群れ”の中に傍観者として立ち尽くすことの憂鬱をテーマにした作品となっている。

おどろおどろしい合唱とサイバーな儀式のような狂騒が印象的なオープニング曲 ”Cult”では、痛烈にカルトじみた世相を皮肉りながらも、その混沌とした音像は迷いの中に立ち尽くしている。アルバムのストーリーはすでにシングルカットされている”Highway”、”ID”などを通過しながら、形而上学的な問いの中で、骨太で90年代のアートロックのような文脈で深まっていく。完全なロックチューンとなった”Four”は、まさにこの時期のyahyelの進化を如実に表しており、”4人でバンドとして音楽をする”ということに対するアンサーになっているともとれるだろう。個人主義から共同体へという流れはまさに20年代らしいが、その結論が一筋縄ではいかないのがyahyelらしく、バンドのリアリティを内包しているとも言えるのかもしれない。そして、アルバムのストーリーは一つの臨界点、アンセム”Love”へと導かれる。アルバムタイトルにある通り、”Cult”への皮肉から始まった物語は、”Love”は何なのかという問いを残して終わるのだ。

yahyelの作品は、3作目となった今でも一貫したテーマを周回している。それは人間の不確かさを巡る、誠実さへの問いかけである。今作がこの5年間の間に、人間が新たに生み出した怪物に向き合っているという意味で、時代に対するyahyelの解答ということにもなるだろう。それは結果的に、かつてのような個々を重んじるプレイヤーの集まりとしてではなく、摩擦の先にある、バンド(≒共同体)”yahyel”しか鳴らせない音像として結実している。”Loves & Cults”は、まさに長い時間をかけて固まっていった大陸のような作品であり、その歪で予定調和のない造形の中に込められた願いが、異質なリアリティとして浮き上がる”怪作”となっている。

■ツアー情報
yahyel "Loves & Cults" Album release tour

2023年3月22日(水)
名古屋 CLUB QUATTRO
18:45 開場/ 19:30 開演
ぴあ : https://w.pia.jp/t/yahyel/
ローソン : 42590
イープラス : https://onl.tw/uf6EcBc

2023年3月23日(木)
梅田 CLUB QUATTRO
18:45 開場/ 19:30 開演
ぴあ : https://w.pia.jp/t/yahyel/
ローソン : 56616
イープラス : https://onl.tw/uf6EcBc

2023年4月5日(水)
渋谷 WWWX
18:30 開場/ 19:30 開演
ぴあ : https://w.pia.jp/t/yahyel/
ローソン : 75386
イープラス : https://onl.tw/uf6EcBc

■yahyel profile :
2015年東京で結成。池貝峻、篠田ミル、大井一彌、山田健人の4人編成。エレクトロニックをベースとしたサウンド、ボーカルを担当する池貝の美しいハイトーンボイス、映像作家としても活躍する山田の映像演出を含むアグレッシブなライブパフォーマンスで注目を集める。2016年、ロンドンの老舗ROUGH TRADEを含む全5箇所での欧州ツアー、フジロックフェスティバル〈Rookie A Go Go〉ステージへの出演を経て、11月にデビュー・アルバム『Flesh and Blood』を発表。翌2017年には、フジロックフェスティバル〈Red Murquee〉ステージに出演、さらにWarpaint、Mount Kimbie、alt-Jら海外アーティストの来日ツアーをサポートし、2018年3月に、さらに進化した彼らが自身のアイデンティティを突き詰め、よりクリアで強固なものとして具現化することに挑んだセカンドアルバム『Human』をリリース。その直後のSXSW出演を経て、フランスのフェス、韓国・中国に渡るアジアツアー、SUMMER SONICなどに出演。同9月にはシングル「TAO」をリリース。楽曲、ミュージックビデオの両方を通じて、yahyelの芸術表現が完全に別次元に突入したことを証明した。同じく11月には水曜日のカンパネラとのコラボ楽曲「生きろ」をリリース。2019年には再びSXSWに出演、米NPR、英CRASH Magazineなど数多くの海外メディアに紹介される。パンデミックの最中に開催された2020年のワンマンライブを最後に、突然の沈黙期に入ったyahyelは、扇情と混沌のユーフォリアから起き上がろうとする2023 年の世界に呼応するように、新たなフェーズへの密かな胎動を繰り返している。

Black Country, New Road - ele-king

 昨年のフジでは全曲新曲というチャレンジングな姿勢を見せつけたロンドンの若き6人組、ブラック・カントリー・ニュー・ロード。この4月頭には単独来日ツアーも決定している同バンドから、嬉しいお知らせの到着だ。
 昨年12月、彼らはロンドンのブッシュ・ホールなるヴェニューにて、なかなか趣向を凝らしたパフォーマンスを3回にわたっておこなっているのだが(回ごとに「学芸会」だったり「おばけ」だったり「牧歌的田園」だったり、ヴィジュアル・コンセプトが異なる)、その模様が昨日、YouTubeで公開されている。

 そしてここで披露された新曲9曲がなんと、『Live at Bush Hall』として音源化、日本限定でCD化されることになった。
 この『Live at Bush Hall』はバンドにとってアイザック・ウッドが脱退してから最初のリリースであり、新体制となって以降に書かれた曲で構成されている。文字どおり、新たな出発というわけだ。来日ツアーにそなえ、ぜひとも聴きこんでおきたい。
 なお、昨年来日時のインタヴューはこちらから。

Black Country, New Road

ブラック・カントリー・ニュー・ロード

完売となった話題のロンドン公演を映像作品として発表!
あわせて9曲の新曲を収録した最新作『Live at Bush Hall』が
日本限定でCD化決定! 3/24発売!

数量限定のTシャツセット、タワーレコード限定の
トートバッグ・セットも発売!

待望の初単独ジャパンツアーはチケット発売中!
フジロックの感動が再び!

昨年リリースされた2nd『Ants From Up there』が、全英3位を記録し、数多くのメディアが年間ベストチャートでトップ10にリストアップするなど大絶賛を浴びたブラック・カントリー・ニュー・ロード(以下BC,NR)。初来日となった昨年のフジロックでは「セットリストを全て新曲で構築」という大胆な姿勢で臨み、圧倒的演奏力と感情を揺さぶる歌声で、観客の涙腺は崩壊! SNSでトレンド入りも果たすなど大きな反響を生み、今年4月には初の単独来日ツアーも決定している彼らが、完売となった話題のロンドン公演のフル・ライブ映像作品を公開! 今回の映像と音源はロンドンのブッシュ・ホールで行われた3公演のドキュメントである。また、映像化された9曲の新曲を収録した最新作『Live at Bush Hall』が日本限定でCD化され、3月24日に発売することが発表された。数量限定のTシャツセットや、タワーレコード限定のトートバッグ・セットも発売される。

Black Country, New Road - 'Live at Bush Hall'
https://youtu.be/VbHV8oObR54
ブッシュ・ホールで行われたライブは、バンドにとって新たな始まりとなるものだった。2022年の初め、BC,NRは全英3位のアルバム『Ants From Up There』(マーキュリー賞候補のデビュー作『For the first time』に続く、12ヶ月ぶり2度目の全英トップ5アルバム)をリリース、ファンや評論家から称賛され、数々の満点レビューを獲得、r/indieheads、Rate Your Musicでのファン投票での1位、Pitchfork読者投票の3位、日本ではrockin’onやele-kingなど世界中の年間ベストで高評価を記録した。

前作『Ants From Up There』がリリースされる数日前にフロントマンのアイザック・ウッドはバンドから離れることとなり、BC,NRは残ったメンバーのルイス・エヴァンス(サックス/ヴォーカル)、メイ・カーショウ(キーボード/ヴォーカル)、ジョージア・エラリー(ヴァイオリン/ヴォーカル)、ルーク・マーク(ギター/ヴォーカル)、タイラー・ハイド(ベース/ヴォーカル)、チャーリー・ウェイン(ドラム/ヴォーカル)の6人から成る新体制となり、ライブ用に全く新しい楽曲を書くこととなった。 彼らは短期間で作り上げた楽曲を、Primavera、Green Man、Fuji Rockなどの世界各地の大型フェスで披露し、新たなパフォーマンスは英Rolling Stone誌や、The Guardian紙、NY Times紙など様々なメディアから賞賛を受け、昨年のAIM Independent Music Awardsの "Best Live Performer" にノミネートされるなど、注目を集めた。

今回公開された3日間にわたるロンドンのブッシュ・ホールでのライブ・パフォーマンス映像の監督はグレッグ・バーンズが担当し、音源はPJハーヴェイのコラボレーターでもあるジョン・パリッシュがミックスを行った。メンバーのルイス・エヴァンスは、次のように語る。

これは瞬間をとらえたものなんだ
この8ヶ月間、ツアーで演奏してきた曲の小さなタイム・カプセルのようなもの
- Lewis Evans

12月に行われたこのロンドン公演では、公式にリリースされた楽曲ではないにもかかわらず、観客がバンド共に歌い上げ、バンドとファンとの絆の強さを証明した。
BC,NRにとって、典型的なやり方でライブを映像化し、ありきたりな方法で公開するというアイデアは、魅力的ではなかった。

過去に見た、あるいはやったライブ・セッションの映像化のやり方には懸念があったんだ。
複数の公演での演奏が視覚的にまとめられていて、そのため実際の演奏からは離れたものとなってしまい、人工的でライブとは思えないような印象を与えてしまう。そこで僕たちは、3つの夜がそれぞれ異なるビジュアルに見えるようにするアイデアを思いついた。僕たちは、正直に、3回演奏したことをみんなにわかるようにしたかった。ノンストップで演奏しているわけではないんだとね。
- Luke Mark

学校劇、牧歌的なシーン、幽霊の出るピザ屋など、アマチュアの演劇にインスパイアされた独自のテーマと美学が各夜に設定されていた。学校のプロム・パーティーの終わりのようなシーンもあった。

僕たちは架空の劇というアイデアを思いついたんだ。
架空のあらすじを書き、登場人物に扮し、それぞれの劇のプログラムやセットを作った。
本当にエキサイティングで、楽しかったよ。
- Lewis Evans

また、今回のライブでは友人やファンにも協力してもらったという。ペンキ塗りやセット作り、カメラを渡されたり、電話で撮影を指示されたりして、物作りを手伝った人もいた。そして、これらのすべての人のスタイル、物語、視点を織り交ぜた独特のビジュアルが生み出された。

映像を作るなら、人間味のあるものにしようと思ったんだ。
この作品を作っている時に、多くのファンが曲を広めてくれて、僕らが曲を出さなくても、みんなが曲を聴くことができるようになったんだ。
この映画を作るにあたって、僕らの活動を支えてくれている人たちを巻き込むのはいいことだと思ったんだ。
- Luke Mark

日本限定でCD化される待望の最新作『Live at Bush Hall』は3月24日にリリース! 数量限定のTシャツセット、タワーレコード限定のトートバッグ・セットも発売される。

また、BEATINK.COMではブッシュ・ホールで行われたライブ・レポートを公開中!
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13199

今年2022年、ブラック・カントリー・ニュー・ロードは、2月にセカンド・アルバム『Ants From Up there』をリリースした。その発売の4日前に、主要メンバーがバンド離脱という危機的状況に一度は陥ったものの、確固たる想いを胸に6人で再始動し、更なる進化を証明してみせた。初来日となった今年のフジロックでは「セットリストを全て新曲で構築」という大胆な姿勢で臨み、圧倒的演奏力と感情を揺さぶる歌声で、観客の涙腺は崩壊! YouTubeでも配信されたそのパフォーマンスは全国の音楽ファンを魅了し、SNSでトレンド入りも果たすなど大きな反響を生んだ。そんな彼らの初単独ジャパンツアーが決定!!ポストロックな曲調にホーン、ストリングスを重ね、どこか上品な一面を持ちながらも大迫力で、時には狂暴なプレイを見せてくれる彼らのライブは、今や世界中でソールドアウトを重ねている。ロックシーンの最前線を駆ける彼ら “BC,NR” にとって記念すべき初の単独来日公演。そのライブは、きっとオーディエンス一人一人の記憶に強烈に刻まれることになるだろう。

また、今回のジャパン・ツアーでは数量限定のチケット+Tシャツセットの発売も決定! チケット+Tシャツセットでしか手に入らないファン必携の限定デザインTシャツ!

名古屋公演
2023年4月4日(火)
名古屋 CLUB QUATTRO
INFO:名古屋クラブクアトロ 052-264-8211 [ http://www.club-quattro.com/ ]

大阪公演
2023年4月5日(水)
梅田 CLUB QUATTRO
INFO: SMASH WEST 06-6535-5569 [ https://www.smash-jpn.com ]

東京公演
2023年4月6日(木)
渋谷 O-EAST
INFO:BEATINK [ www.beatink.com ] E-mail: info@beatink.com

[全公演共通]
OPEN 18:00 / START 19:00
前売チケット: ¥6,800 (税込)
別途1ドリンク代 / オールスタンディング
※未就学児童入場不可
前売りチケット+Tシャツセット: ¥11,300 (税込/送料込)

チケット情報

一般発売:12/17 (土)〜
イープラス
ローソンチケット
チケットぴあ
BEATINK

企画・制作: BEATINK
INFO: www.beatink.com / info@beatink.com

label: Ninja Tune / Beat Records
artist: Black Country, New Road
title: Live at Bush Hall
release: 2023.03.24

商品ページ:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13274

Tower Records:
https://tower.jp/artist/discography/2795695?sort=RANK&kid=psg01

SQUID - ele-king

 スクイッドのセカンド・アルバム『O Monolith』が6月9日にリリースされます。アルバムからは、まずは1曲、 “Swing (In A Dream)” が公開されました。

Squid - Swing (In a Dream) (Official Video)

 
 トータスのジョン・マッケンタイアがミキシングを担当した新作は、バンドのサウンドが格段に飛躍したことを証明しています。楽しみに待ちましょうね〜。もちろんインタヴューも掲載予定です!

SQUID
O Monolith

Warp/ワープ
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13267

国内盤CD
01. Intro *Bonus Track
02. Swing (In A Dream)
03. Devil’s Den
04. Siphon Song
05. Undergrowth
06. The Blades
07. After The Flash
08. Green Light
09. If You Had Seen The Bull’s Swimming Attempts You Would Have Stayed Awa

Sleaford Mods - ele-king

 3月に新作『UK GRIM』のリリースを控えたスリーフォード・モッズが、収録曲の “Force 10 From Navarone” のMVを公開した。これは、ドライ・クリーニングのフローレンス・ショウをフィーチャーした曲で、新作の目玉の1曲でもある。とにかくカッコいいので聴いてみて。

Sleaford Mods - Force 10 From Navarone

 ジェイソンいわく。「俺たちはドライ・クリーニングの大ファンで、フローレンスがこの曲にぴったりだとわかっていた。彼女は本物で、そのたった一言で全体のストーリーを伝える方法で俺がウータン・クランから受けるようなインスピレーションを呼び起こす」
 戦争から物価高、右翼に保守党、生活がめちゃくちゃにされた庶民の怒りを乗せたアルバムの発売は3月10日。なお、エレキングでは当然のことながらインタヴューを掲載します。こうご期待!

interview with Kelela - ele-king

自分はジャズ・シンガーになるんだと思っていた。でも、インディ・ロックもジャズも、実験的で自由なように思えて、じつはすごく保守的。フリー・ジャズとかも、音的には形は自由かもしれないけれど、服装や演出の面ではスタイル的にコントロールされていると思う。

 掛け値なしに素晴らしいアルバムだ。ケレラ・ミザネクリストスの、実に5年ぶりのニュー・アルバム『RAVEN』。ここには──素晴らしい作品が常にそうであるように──個人的な経験や生々しい現実の語りと、内面世界の探究の結晶化の両方がある。「私」と外の世界との摩擦から生じたもがきや苦しみ、そして、ひとり部屋に閉じこもって、ときには涙を流しながら音やテキストと戯れて深めた思索。『RAVEN』は、彼女の外にも中にも存在しているそういった二面性、多面性を積極的に肯定する作品だ。

 キーになっているのは、ブラック・フェミニズムやインターセクショナリティについての思惟である。2022年9月、まだアルバムのリリースすらアナウンスされていなかった頃、『デイズド』に載ったインタヴューには、『RAVEN』を理解するためのヒントが散りばめられている。たとえば、序文には、彼女が、黒人差別やフェミニズムに関する本、ポッドキャスト、動画などの詰め合わせを友人や家族、ビジネス・パートナーたちに送った、と書かれている。自身が学んだことを人びととシェアして、自分が所属する小さなサークルから少しでもベターな社会を構築していくための、ささやかでたしかな行動。『RAVEN』は、そういった抵抗と対話のアクションの延長線上で、ケレラからリスナーの手に直接渡された小包のような作品でもある。

 さらに、次のインタヴューでは、彼女が誰に語りかけているかを明言している。歌詞は、黒人たち、女性たち、ノンバイナリーたちのためのものだと。そして、明確な対象に語りかけているそれらの言葉は、そうであるからこそ、誰にとっても力強く歌えるものなのだ、とも言う。バラバラに散らばって、疎外され、抑圧された「ひとりたち」のあいだに細い糸を通して結びつけ、小さくひそやかな声で交信すること。ケレラの音楽は、差異と分断の時代に、差異と分断を前提にしながら、苛烈な闘争と政治のその先を優しく提示しているようにすら思える。

 だからこそ、『RAVEN』は、アップリフティングなダンス・アルバムでもある(まるで、ビヨンセの『RENAISSANCE』のように)。“Happy Ending” の扇情的なジャングルから “On The Run” のセクシーなレゲトン、“Bruises” のミニマルなハウス、“Fooley” のダブまで、ダンス・カルチャーやレイヴへの愛に満ちている。彼女はダンス・ミュージックの逃避性について「クラブは現実を知るための場所だ」と言い切るが、その言葉はクラブの音楽やカルチャーについての、とても誠実で聡明なコメントだと思う。そうでありながらも、ここでは、たゆたうアンビエントR&Bすらも等価に溶け合っている。ケレラはいま、サウンドの海を自由に泳ぎまわっているのだ。

Cut 4 Me』(2013年)や『Take Me Apart』(2017年)の頃から考えると、彼女はずいぶん遠くまで来た。言い換えれば、彼女の新たな音楽の旅がここからはじまっている、とも言える。さあ、あなたもオールを握って、ケレラと新しい海に漕ぎだそう。ただ、そこに浮かんでいるだけでもいい。目の前には、苦痛も涙もよろこびも受け入れる、穏やかな場所がある。

エレクトロニック・ミュージックは白人の判断が基盤になっていて、「白人、テクノ、ストレートな男」みたいなイメージがあるし、一方で伝統的なR&Bやソウル・ミュージックを聴くのは黒人女性のイメージで、そういう人たちはエレクトロニック・ミュージックは聴かない。私はずっと、このふたつの間でつねに交渉をしているような状態だったんです。でも、「もういいや」と思えた。

こんにちは。本日はよろしくお願いします。そちらは朝ですよね?

Kelela:そう。もしかして私の声でわかったとか(笑)? 昨日ニューヨークからロンドンに来たところで、まだこっちの時間に慣れようとしているところで(笑)。

そうなんですね(笑)。早速インタヴューをはじめさせていただきますが、『RAVEN』は本当に素晴らしいコンセプト・アルバムでした。ダンサブルなのに、聴いていると、あなたの内面世界に深く導かれたような気分になります。

Kelela:ありがとう。

まず、アルバムについて具体的にお聞きします。一貫した流れを感じるダンス・アルバムだと感じるのですが、ダンス・カルチャー、クラブ・カルチャーからあなたが得たもの、学んだことを教えてください。

Kelela:まず、私が初めてダンスやクラブ・カルチャーに触れたときのことを思い出すと、私は普通とは違うレヴェルのパーティーに足を踏み入れていたんですね。説明するのがすごく難しいんだけれど、LAには本当に様々なクラブ・シーンがあって。言語は同じだったかもしれない。けれど、ストレートな白人によるテクノ・シーンと、私がLAに来たときに初めて衝撃を受けたダンス・ミュージックの空間は全く違うものでした。私が入り込んだダンス・ミュージック界にはいろんなタイプの人たちがいたんです。アメリカには、ブラック・ダンス・ミュージック限定の空間もある。でも、私が通っていたのは、そっちでもなかった。ハウス・ミュージックやテクノをベースとした音楽が多いなか、私が通っていたのは、フリークス(変わり者たち)がいる空間だったんです。つまり、エキセントリックなキャラクターや様々なバックグラウンドを持つクィアたちが集まっていて、とてもミックスされた空間だった。

なるほど。

Kelela:でも、私のクラブ・カルチャーの経験でいちばん印象的だったのは、「匿名性」ですね。初めて本物のパーティーに足を踏み入れたような感覚を覚えたんです。その空間に私を連れてきてくれたのは、私の友人のアシュランド(トータル・フリーダム)です。彼は、私を誘い込んだ張本人で、私のレコーディング・セッションに立ち会っていたことがあるらしく、私が歌っているところを目撃したときに、そのシーンが私に合うと思ったみたいで。あれは、大晦日のパーティーでした。当時はLAにぜんぜん友だちもいなくて、ひとりで過ごすことも多かったし、ちょうど別れを経験したところでもあったから、彼にメッセージを送ったんです。私は、そのときはまだ彼のことをよく知らなかったんだけど、メッセージを送ってみたら、彼からの返事に書いてあったのは、4つの数字と住所だけ。

えっ(笑)!?

Kelela:すごくミステリアスな文章に惹かれて、私はその家に行ってみたんです。そしたら、そこがとにかく巨大な家で、びっくり。それで、入ってみると、本当にたくさんのキャラクターがいて。コスプレしてる人もいれば、仮面をかぶっている人もいるし、とにかくいろんなキャラクターがいて、本当に楽しかった。そして、「この場所では自分がなりたいものになれる」という感じがしました。判断や批判をされることもなく、他人とちがうことをしたり、変わった方法で自分を表現したいと思ったりすることで、仲間外れにされることもないんだって。他にも経験したダンスやクラブ・カルチャーのシーンはあるけれど、それが私がLAにきて入り込んだ空間でした。

素晴らしい経験ですね。

Kelela:私が音楽を作りはじめたとき、その基盤は、私がそのシーンに触れる前から築かれていたと思う。ジャズもそうだし、どのように実験し、どのように音楽を作るのかを教えてくれたものは、たくさんあるから。でも、あのシーンは、私になんの制限もない居場所を与えてくれたように感じます。そして、もっと探求できる方法があることに気づかせてくれた。最終的に、自分にはいろいろな姿があるんだ、と思えるようになったんです。それまでは、自分はジャズ・シンガーになるんだと思っていたけど。私はポスト・バップ系のジャズ・シンガーになるんだろうなって。でも、インディ・ロックもジャズも、実験的で自由なように思えて、じつは、実験をしながらもすごく保守的。彼らの実験は特定の枠のなかでおこなわれていて、私にはジャズにも音楽のルールがある気がして。フリー・ジャズとかも、音的には形は自由かもしれないけれど、服装や演出の面ではスタイル的にコントロールされていると思う。それに、ジャズ・ミュージシャンになると、ジャズ・ミュージシャンとしてジャズの空間に追いやられているようなところもあるんじゃないかと。ジャズ・シンガーがダンス・ミュージックやポップ・ミュージック、インディ・ミュージックのような世界に進出するのは難しいし、稀なことなんですよね。いまでこそ、少しはそれができるようになってきたかもしれないけれど、当時はとても無理な話だった。そういう意味でも、他のシーンは、将来は他のサウンドを追求したい、実験してみたいと思っていた私にとっては、良い踏み台にはならなかったと思う。

そうだったんですね。

『Aquaphoria』は、初めて存分にアンビエント・ミュージックの実験ができたレコードなんです。あのレコードで私は、アンビエント・ミュージックを完全に探求することを自分自身に許したんですね。『Aquaphoria』を作ったあとも、あの感覚から抜け出せなかったんですよね。

Kelela:あと、私は、自分に本当にヘヴィでハードなプロダクションが必要なこともわかっていました。私の声は風通しがいいというか、柔らかいんですよね。だから、私が一生懸命に叫んで、声で怒りを表現しているときでも、なんだかかわいらしく聞こえてしまう(笑)。なので、基本的には、自分の声とプロダクションでバランスを取りたくて。それが、よりヘヴィなプロダクションを選んだ大きな理由のひとつです。それは、さっき話したダンス・シーンが私に与えてくれたもののひとつだと思う。最初にそのシーンに触れたときの衝撃は、私にとってすごく爽快なものだったし、すごく豊かだった。だから、このシーンに惹かれたんです。このシーンは、遠くに飛躍するための本当に自由なキャンバスを私に与えてくれたし、そのキャンバスの上ではなんでも探検できるような気がして。『Aquaforia』(2019年に〈ワープ〉の設立30周年を記念しリリースされたミックスで、エングズエングズのアスマラとの作品)はその典型的な例ですね。多くの人は、私がダンス・ミュージックを作っているから、ヘヴィなプロダクションで、純粋にソフトなアンビエント・サウンドを探求することには興味はないだろうと思うかもしれない。でも、私は『Aquaforia』で、そのキャンバスを皆に提供しようとしたんです。

『Aquaforia』は素晴らしいミックスでした。

Kelela:もうひとつは、クィアと黒人、黒人と女性であることを同時に経験するような、インターセクショナルな経験がある場合、その交差によって、様々な拠りどころや特異なアイデンティティを理解できるようになると思うんですよね。もちろん、ストレートの白人男性たちがみんな偏った考え方でセンスがない、というわけではないけれど、正直に言って、厳格さというものは、大抵の場合、白人性から生まれる。というのも、有色人種のクィアたちは、みんな白人社会の中で育ってきたから、多くの白人の拠りどころを理解しているんです。そして、それに加えて有色人種の間でも育ってきた経験のある彼らは、他の多くの拠りどころを理解することもできる。だから、私が投げかけるものがなんであれ、彼らはそれを理解しようとする気持ちがあるんです。それが、私が感じたダンスやクラブ・カルチャーの美しさだった。それは、私が音楽業界に入ったときのシーンの雰囲気や前例とは非常に対照的でした。私が最初にこのシーンに入ってきたときは、インディの全盛期のような雰囲気だったから。でも、LAに引っ越してきて、初めてそのカルチャーに出会ったんです。

よくわかりました。『RAVEN』のサウンドとビートは、ジャングルからUKガラージ、ダブなど、とても多彩ですよね。特に、ジャングルのビートが印象的でした。これらのダンス・ミュージックは、若い頃、思春期に出会ったものなのでしょうか?

Kelela:ダンス・ミュージックに関して言えば、アメリカのメインストリーム以外のものに初めて触れたのは、ナップスターが登場したとき。私は、周りで最初にナップスターをはじめたひとりだったんです。友だちと一緒にナップスターに夢中になっていて。大抵、周りは年上のお兄ちゃんやお姉ちゃんを通してそういう音楽を見つけていたけど、私には兄も姉もいないから、すべてはナップスターでした。当時、家のコンピューターが私の寝室にあって、私はそれを大きな特権だと感じていて(笑)。それで、寝る前にランダムにいろんなものをクリックして、音楽をダウンロードしていたんです。ダウンロードされるまで、何が出てくるかわからない。寝る前にサイコロを振って、朝にその目が出る、みたいな感じ。朝起きると、まるで抽選会みたいでした(笑)。運が良ければ、良いトラックに出会えた。ダウンロードがうまくいかなかったり、まだ70%しかダウンロードできていなかったり、ダウンロードできてもめちゃくちゃだったりするから。

ナップスターとは意外ですね(笑)。でも、世代的によくわかります。

Kelela:私はいろいろなものをダウンロードしていたけど、ある日アートフル・ドジャーの曲がダウンロードされてたのは、いまでも覚えています。それから、クレイグ・デイヴィッドの曲もたくさんあった。まだクレイグ・デイヴィッドがソロ・アーティストとして登場する前の話。彼の曲をベッドルームで発見したとき、そのプロダクションがあまりにも衝撃的で、信じられなかったのを覚えています。いま、説明しながら汗ばんじゃうくらい(笑)。新しい何かを見つけた感覚と、秘密というか、私だけの何かを自分で見つけたような気がして。イギリスではすごく人気だったんだろうけれど、ワシントンDCの郊外に住んでいた私にとっては、ものすごく大きな発見でした。そのあとから、それ系のダンス・ミュージックや関連するものを探し続けて。そうやって、自分にとって神秘的なものを見つけていったんです。「このスピードアップしたヴォーカルはいったい何!?」って思っていましたね。当時、アメリカにはそんな音楽はなかったから。インターネットがいまほどは普及していなかったから、美的感覚が太平洋を越えるのには、まだ時間がかかっていた時代だった。だから、私にとって、そういう音楽を見つけられたのは、すごくパワフルなことでした。

その話題につなげると、あなたは以前からUKのプロデューサーやシーンとの関わりが深いですよね。今回、特にUKのダンス・ミュージックの要素が色濃くなった理由は?

Kelela:今回のアルバムを作りはじめるとき、私は、「自分が望むものであれば、何をつくってもいいんだ」と思うことができていたんです。ヴォーカル曲みたいな領域から初めて、それをリミックスでダンス・ミュージックの領域に移動させたり、改めて解釈しようとしたりしなくてもいい、と思ったんですね。以前は、いまはいない観客を取り込むことに興味がありました。でも、同時に、R&Bが好きな人たちが留まることができるものを作りたかった。つまり、ヘヴィなヴォーカルの瞬間がある一方で、プロダクションが好きでエレクトロニック・ミュージックに傾倒している人たちも満足できるような音楽。だから、私は音楽を作りながら、その両者を満足させようと、ずっと考えていました。

まさに、それこそが、あなたの音楽のアイデンティティですよね。

Kelela:その理由は、私は自分がそのふたつのものに繋がっていると感じているから。このふたつは、私がやっていることの大きな柱なんです。でも、この二面性を行ったり来たりしてしまうと、一体どっちなのかがわからなくなってしまうので、なんとかできないかと考えていました。だって、そのふたつって、全然ちがうからね。エレクトロニック・ミュージックは、白人の判断が基盤になっていて、「白人、テクノ、ストレートな男」みたいなイメージがあるし、一方で伝統的なR&Bやソウル・ミュージックを聴くのは黒人女性のイメージで、そういう人たちはエレクトロニック・ミュージックは聴かない。だから、もし実験的な音楽が盛り込まれすぎていたら、彼女たちは、いったい何が起こっているのかって混乱してしまうかもしれない。それもあって、私はずっと、このふたつの間でつねに交渉をしているような状態だったんです。

なるほど。

Kelela:でも、『RAVEN』を制作しているときは、「もういいや」と思えた。難しく考える必要はなく、ふたつの場所を行き来しようとしなくても、自分がいる場所をそのまま表現すればいいんだって。直感的なものを書いて、サクサク進めていけばいいんだと思えたんです。ポップ・ライターと一緒に曲を書くつもりもなかったし、参考にするものも自分の身近に存在しているものでよかった。それもあって、自然に、いままででいちばんダンス・ミュージックにフォーカスしたレコードになったんだと思います。

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私は、泳ぐことができるんです。このアルバムで、私は、サウンドの海を泳ぎまわれているような気がします。アルバムを理解できない人や興味を持てない人がいても、そんなことはどうでもいい、と思えた。それを理解してくれる人たちだけに、何かを届けたいと思ったんです。

その一方で、ビートのないアンビエント的なプロダクションの曲も要所に配置されています。ドラムレス、ビートレスの曲にシンガーとしてどのようにアプローチしましたか?

Kelela:『Aquaphoria』は、初めて存分にアンビエント・ミュージックの実験ができたレコードなんです。あのレコードで私は、アンビエント・ミュージックを完全に探求することを自分自身に許したんですね。あのプロジェクトであそこまでアンビエントを感じ、それを探求できたことは、とても実りのある経験だった。だから、『Aquaphoria』を作ったあとも、あの感覚から抜け出せなかったんですよね。あのレコードを制作したあと、もっとアンビエントな音楽を聴きつづけて、特に2019年の秋はずっとずっとそういうものを聴いていたから、あのとき、私はまさにアンビエントのゾーンにいたんです。そして、そのときから OCA のレコードも聴きはじめたんだけれど、それはまるで、私が美しいゾーンにいるような感覚だった。それが『RAVEN』に引き継がれたんだと思います。

ええ。

Kelela:2020年の1月に、今回のアルバムの制作を始めた頃、OCA に声をかけました。OCA に「次のアルバムでもっとアンビエントを実験したい」と言ったら、彼らは「もちろん」と答えてくれたんです。しかも、彼らは、自分たちの曲の私のミックスを聴いて、「泣いた」とも言ってくれた。しかも、そこから深く影響を受けて私を気に入ってくれたらしく、じつは私が声をかける前から、私といつかコラボできたときのために、すでに曲を作ってくれていたんです。それを聴いて、私は「すごい!」と思いました。本当に美しくて、とても意味があった。そして、初めて彼らと一緒に作業をはじめたときは、もう魔法みたいな瞬間でしたね。アンビエントなサウンドを、実験しながら即興を乗せていく、すごくリッチな時間。

素敵なエピソードですね。

Kelela:私は、ハードなサウンドが好きな人も、ハードなサウンドだけが好きとはかぎらないと思うし、実際、みんな、柔らかさというものをどこかに求めていると思うんです。だから、私は、LSDXOXO のビート主体のトラックと、アンビエントでビートレスな私自身が探求したいサウンドを合わせて、その意味を見出そうとした。それをどうやったらいいのかはわからなかったけど、とにかく納得できるまでやってみようと思ったんです。そうやって夢中になって作業していると、その週の終わりには、15曲中13曲が完成していました。そして、それらの曲は、ビートをベースにしたトラックとアンビエントなトラックのあいだを行ったり来たりしていたんです。正直なところ、そのふたつの組み合わせがどう意味をなすのか私にも完全にはわからない。でも、説明のできない意味をなしているように感じるんですよね。とても自然に、それができ上がっていました。

そのふたつの同居こそが、このアルバムの肝だと思います。

Kelela:このアルバムは、私がアーティストとして生きている場所と同じ。私は、泳ぐことができるんです。このアルバムで、私は、サウンドの海を泳ぎまわれているような気がします。今回は、アルバムを理解できない人や興味を持てない人がいても、そんなことはどうでもいい、と思えた。それを理解してくれる人たちだけに、何かを届けたいと思ったんです。いまの私は、そんなふうに考えられるようになっている。そして、その場所にいることがとても幸せです。この場所にいたら、もっと良い音楽を作ることができると思うから。

私にとって、クラブは何かから逃げ、忘れる場所ではないんです。クラブは、現実を知るための手段であり、感情的な体験から抜け出すのではなく、むしろ、そこに入っていくためのもの。

「海を泳ぐ」ということに関連してお聞きすると、前作やそれ以前と比べて、あなたのファッションやヴィジュアル表現もずいぶん変化しましたよね。カヴァーアート(ジャケット)の写真は、プレス・リリースにある「社会の中で虐げられた黒人女性としての視点」というテーマを表しているように感じます。カヴァー写真が表しているもの、カヴァーの制作プロセス、『RAVEN』のヴィジュアル・コンセプトについて教えてください。

Kelela:あのアヴァターのことは知ってます? ケレラ・アヴァター。彼女は、何年か前からすでに何度か登場していて、最初のひとつはリミックス・プロジェクトでした。あのプロジェクトでは、私の顔を3Dスキャンしたんです。で、実際に3Dの胸像を作った。で、それにいろんなウィッグをかぶせて実際に写真を撮りました。つまり、あなたが見ているのは偽物。要するに、すごくメタヴァースなイメージなんです。『Aquaphoria』のアートワークにもアヴァターを使ったけれど、私は、彼女はもう一度命を吹き込まれる必要があるんじゃないかと感じたんですよね。

なるほど。

Kelela:私は、このアルバムは、「水」が中心になっていると思うんです。水の中を移動しているような、もしくは洗礼を受けて生まれ変わったような、そんな感じ。私が経験したことの再生、みたいな感じがする。そして、水は浮遊するのを助けるだけでなく、地面に叩きつけてあなたを痛めつけることもできるように、幅広さを持っている、という面もあります。私も同じなんです。だから、水の中に存在する、あの幅が好きなんだと思う。そして、私は、その両方を表現したかったんだと思います。何か困難なことを乗り越えつつも、浮かんでいる私。水が、私をどこかに導いて、連れて行っているんです。私の顔は水に完全に取り囲まれているけれど、私の顔には穏やかさがある。私自身には、あのカヴァー写真は、水に沈められそうになりながら浮いているような、そして、困難な状況にいながらももがき苦しんでいる様子を感じさせない何かがあると感じるんです。水が暗くて、色が黒いのもあり、不吉な海だという雰囲気を漂わせながらも、私は空回りしているわけでも、苦労しているわけでもない。あの水は、深くて暗い海で、感情の奥底のようなもの。あれは、その深海に身を置きながら、その中に完全に入り込む方法、居場所を見つけた私の姿。私の中の交点があの場所なんだと思います。

歌詞についてもお聞きしたいです。“Raven” に「I’m not nobody’s pawn」というリリックがあり、タイトル・トラックがアルバムのメッセージを集約しているようにも感じます。“Raven” のリリックについて教えてください。

Kelela:“Raven” は、サウンド的には、最初にアスマラのシンセで実験したサウンドに魅了されて作りはじめた曲です。そのサウンドをどう表現しようか、という感じで作りはじめました。あの曲は、すぐにビートが来るんじゃなくて、長いビルドアップがあるんですよね。そして、そこに到達したとき、私にとっては、ダンスフロアを一掃するような瞬間を思い起こさせるんです。あれは、クラブでいちばん美しい瞬間だと思う。DJがそれをやれば、それがその夜のピークになるような。一掃するというのは、みんながいなくなるという意味ではなくて、立ち止まって両手を挙げるような感覚。個々のカタルシスのようなものかな。誰もが自分だけの時間を過ごしているような、でも、それを他の人びとと一緒に経験しているような、そんな感じのことです。

わかります。

Kelela:シンセを聴いた瞬間に、「これならあの感覚を味わえる!」と思った。クラブに活力を与えるような、そんなサウンドを作りたいと思ったんです。クラブ・ミュージックやクラブ・カルチャーでは、何かから逃げるような──特に、生き延びるためのエスケーピズム(実生活や現実などからの逃避主義)が構成要素になっている部分がある。私はそれを批判するつもりはないけれど、アーティストとしての私は、自分の貢献や自分の音楽が、逃げるのではなく、人びとが物事に直面するのを実際に助けることを望んでいます。私の音楽が、人びとが実生活に直面するのを助け、彼らが得るカタルシスが、それに対処する助けになることを本当に願っているんです。クラブから帰って朝目覚めたとき、本当に起こっていることについて何も考えられない状態でいるよりも、実際に直面していることに対処するための活力を感じてほしい。私にとって、クラブは何かから逃げ、忘れる場所ではないんです。クラブは、現実を知るための手段であり、感情的な体験から抜け出すのではなく、むしろ、そこに入っていくためのもの。クラブで涙を流すというのは、『Cut 4 Me』以来、私のモットーでもあるんです。その感覚を伝えたいとずっと思っていたんだけれど、それがうまく表現できずにいました。私は、自己発見、自己肯定、そして解放的な音と文化の体験に興味があって、それが、私が自分の音楽を通して人びとに与えたいものなんです。クラブにいる人たちにとって、実際に起こっていることを忘れるための手段は提供したくない。だって、それは現実ではないから。逃げるだけでは、朝起きたときにその現実が戻ってきて、最悪な気分になってしまう。私は、クラブをそんな存在にしたくないんです。クラブは、私にとって大好きな場所であってほしい。私が好きなクラブは、帰り道で私を泣かせてくれるクラブなんです。朝起きて、友だちに電話して、「すごいクレイジーな経験をしたんだ!」って言えるような。泣いて、話して、すごく気分が良くなるような。ちょっと二日酔いで頭が痛くたって、自分に気合を入れられたと思うことができればそれでいいんです。

私たちがダンス・ミュージックとして知っているものの多くは、黒人が発明したもの。それなのに、そのシーンで黒人が疎外感について話したり、尋ねられたりするのはどうしてなんでしょうか?

さらにアルバムの核心に迫りたいのですが、昨年の『デイズド』『ガーディアン』のインタヴューでは、ブラック・フェミニズムについて熱心に語っていましたよね。『Take Me Apart』などの過去の作品では表現されていなかったので、驚きました。冒頭でもインターセクショナリティについて言及していましたが、アフリカン・アメリカンであること、かつ女性であることが、『RAVEN』のコア・コンセプトになった背景について教えてもらえますか?

Kelela:自分のなかで、ブラック・フェミニズムという枠組みが、より明確になったんだと思います。これが革新的な概念だとはまだ言いがたいけれど、言えることは、ブラック・フェミニズムの理論が、多くの社会正義に枠組みの原動力になっている、ということ。エイジアン・ライヴズ・マター運動のようなものも、そのひとつ。アメリカや世界の有色人種にとって、こういった運動の理解の枠組みは、女性であるアメリカの黒人理論家に由来するところが大きい、というのはあると思う。私にとって、それはつねに明確ではあったんだけれど、この場所にもっと足を踏み入れる前に、もっと調べたり読んだりする必要があった。いまは、それができた状況なんです。そういう研究を、私はずっと続けてきました。

そうだったんですね。

Kelela:でも、ここ数年は、ダンス・ミュージックにおける自分の経験、つまり交差的な経験を点と点で結びつけ、この領域で自分が直面している疎外とは何なのかを理解しようとしているんです。肌の色が明るいアーティストではない私は、色彩主義(colorism)というのは、国際的な言説になっていないような気がします。たしかに、アメリカでは黒人が虐げられているけれど、少なくとも、ダンス・ミュージックや音楽ビジネス全般において、色彩主義をめぐる言説は、世界中の多くの人びとがもっと注目して、考えるべきことだと思う。黒人女性は、音楽業界からの初期投資がない限り、オーディエンスから発見してもらうこともできません。そして、音楽業界は、反射的に肌の色が明るいアーティストに投資するんです。私が白人女性としてこれまで作ってきたような音楽を作っていたら、もっと大きな存在になっていたと思う。地球上のもっと多くの人が、私の名前を知っていたと思う。それが起こらなかったのは、サウンドのクオリティのせいではないんです。ただ、人びとがより明るい肌の身体からこの種の音楽が生まれるのを見たいということと、音楽ビジネスの専門家たちにとって、より市場が強いことが関係しているだけ。

ええ。

Kelela:ブラック・フェミニズムは、これらのことが同時に進行していることを理解するのに役立つ枠組みだと思います。音楽全般、特にダンス・ミュージックにおいて、黒人女性としての自分の現実を解体するために使える枠組みなんです。私たちのジレンマは、自分の仲間たちに関係している空間のなかで、どうしてこんなに疎外感を感じてしまうのか、ということ。私たちがダンス・ミュージックとして知っているものの多くは、黒人が発明したもの。それなのに、そのシーンで黒人が疎外感について話したり、尋ねられたりするのはどうしてなんでしょうか? これは本当にクレイジーな現実で、そのなかで経験する不協和音の体験はおかしなものです。そこで何が起こっているのかを理解するためには、たくさんの本を読み、リサーチをする必要があります。このアルバムで、誰に語りかけるかという点で中心になっているのは、黒人、女性、ノンバイナリーの人たちです。歌詞を書くときは、車を運転しながら、歌詞を叫んでいる彼らの姿を想像しながら書きました。彼らが叫べるような歌詞にしたいと思って。彼らが叫べば、その周りの人びとにも力を与えられるから。ノンバイナリーである黒人が叫べる歌詞なら、それはどんな人も力強く歌えるような歌詞になるはずだと思ったんです。

そのとおりだと思います。いま、エイジアン・ライヴズ・マター運動にも言及されましたが、パンデミックの影響で日本を含むアジア人は酷い差別を受けました。また、同質性の高い日本社会には、いまも外国人差別があります。レイシズムや色彩主義に対して、歌や音楽ができることはどんなことだと思いますか?

Kelela:アジア人差別は、私がとても興味を持っていることのひとつ。次のインタヴューでは、ぜひそれについて話してみたい。日本でそのような経験をしたことがある人に話を聞いてみたいんです。誰かがこういうトピックについて自分が考えていることを話せるような場を設けることができたら、最高。歌や音楽は、そういう問題に対して、間接的に何かをしているとは思います。人びとがもっと勇気づけられ、もっと肯定され、もっと自分の価値を明確に感じられるようにすることで、その手助けをしていると思う。そうすれば、この世界で人びとがもっと大きな声を出すことができて、自分はひとりではないんだということを知ることができるから。そして、その体験がつながりを生み、その人たちが解放される瞬間になる。それは、すごく意味があることだと思います。

わかりました。質問は以上です。ありがとうございました。

Kelela:素晴らしい質問をありがとう。

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