「Nothing」と一致するもの

ele-king vol.16 - ele-king

 見たまえ、ワトソン君。見渡す限りの広大な荒野から湧きあがる、これら生気溢れる音楽を。君が20年前に熱に浮かされたところのそれを探そうたって無駄なことなんだ。よもや4年前の暴動を忘れたわけじゃないだろうね。多くの文化が浸潤し、そして新しい音楽が鳴り響く。それでも君は、FKAツイッグスやスリーフォード・モッズ、ヤング・ファーザーズを無視するというのかね。ぐわははは……

 というわけで、UKの音楽が、面白いんです。 
 ele-king vol.16は、いまのUKミュージックを大特集しました。


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 話は、昨年末の年間チャートを考えていたときにさかのぼります。面白かった作品を挙げていくと、どうにも日本と英国が多かったことに気がつきました(vol.15参照)。これは、実は近年では、なかなか見られなかった傾向です。

 1960年代から1990年代までのUKミュージックの魅力が半端なかったのはたしかです。いまでも、いろんな雑誌で懐古的な特集が組まれています。再発モノ、90年代リヴァイヴァル、ノスタルジー、いろいろあります。
 しかし、現在の「UK」も面白いことになっているのです。

 まずは、先日、初来日ライヴを大成功させたばかりのFKAツイッグスがカヴァー・ストーリー。生い立ちから現在までを語った1万5千字インタヴュー+リキッドルームの楽屋での撮り下ろし写真。現在のUKのポップアイコンである、FKAツイッグスを大フィーチャーです!

 UKの躍進を最初に印象づけたのは、ザ・XXです(そして、そう、ジェイク・バグです)。
 ザ・XXのサウンドをプロデューしているのは、いまやDJとしても売れっ子のジェイミーXXです。実は彼、5月末発売予定のソロ・アルバムを控えているのですが、本誌は、いち早く、ジェイミーの声をつかまえることができました。ずば抜けて無口な彼にがんばって喋ってもらい、彼のルーツについてもいろいろ聞けました。彼のルーツがDJシャドウとプラッドだったというのは、「なるほど」とうなずける話です。

 また、2015年の大注目、ヤング・ファーザーズとジャム・シティのインタヴューもどうぞご一読を。現代のマッシヴ・アタックと呼ぶに相応しい前者、チルウェイヴの現実逃避を見事に反転させた後者。彼らの発言を読むと、「何故いまUKなのか」わかると思います。自分たちが生きているこの「時代」について、すごく良いことを言っているのです。また、この連中はルックス的にも格好いいので、写真を見ながら音楽を聴いて、読みましょう。

 ポストパンクが再燃しているいま、35年ぶりに新作を出したザ・ポップ・グループも登場します。マーク・スチュワート御大の久しぶりのインタヴューです。
 その盟友、エイドリアン・シャーウッドにも出てもらいましょう。
 そして、名門〈ワープ〉が送り出す、マンチェスターのローンレディの取材もあります。先頃アルバムを出したばかりの、UKポストパンク・ファンクの新世代です。

 またしてもスリーフォード・モッズが登場します。彼らは7年前からやっているのに、私たちは「以前」にそれを聴かず、何故「いま」聴くのでしょう? オールド・エレキング読者にはお馴染みの、イギリス人のジョン・レイトが彼らの魅力を書いてくれました。

 女性ラッパーのケイト・テンペストは、昨年ニンジャ・チューンからアルバムを出しました。FKAツイッグス、ヤング・ファーザーズらと混じってマーキューリー賞にノミネートされたその作品は、むしろ文学として評価されています。ブレイディみかこが、この女性ラッパーのリリックのどこが素晴らしいのかを解説します。

 2013年にイギリスのペンギン社(由緒ある文芸出版社)から刊行されたモリッシーの自伝『Autobiography』は、欧米諸国ではたちまちベストセラーとなりました。その夥しいイギリスならではの固有名詞、文学性の高い表現力ゆえか、いまだに翻訳されていません。ならば、ブレイディみかこに読んでもらい、どんな内容か紹介してもらいましょう。

 UKの勢いを印象づけたことのひとつにエイフェックス・ツインの復活があります。そのAFXが見いだした才能のひとつが、スクエプッシャーなわけですが、AFXの快進撃に続けとばかりにスクエプッシャーの最新作がたいへんなことになっています。その予告編的インタヴューも掲載!
 
 特集の最後には、現在のUKミュージックを知るための30枚のディスクガイドがあります。暴動があり、景気が落ち込み、右翼が支持率を上げて、そしてEU圏内においては力が弱まった英国……いわば荒れ地となった英国、そこから湧きあがる、新しい音です。

 ちなみに、いまUKでもっとも勢いのあるレーベルといえば、〈Young Turk〉と〈Black Acre〉でしょう。その〈Black Acre〉が送り出したクラップ!クラップ!の貴重なインタヴューも掲載です。この記事は、飯島直樹が書いてれました。
 
 「UKの逆襲」のほか、小特集として「アラブ諸国の音楽を楽しむ」があります。
 アラブ諸国の音楽のどこが面白いのでしょう? どこから楽しむと、この深い音楽の魅力をより楽しむことができるのでしょう? ピーター・バラカンと赤塚りえ子が対談してくれました。
 また、アラブの春について、足立正生が語ってくれました。いわく「アラブの蜂起はヒップホップとサッカーから始まった」
 そして、テロ事件を契機に、いま欧州で拡大するイスラモフォビア (イスラム恐怖症)とミシェル・ウエルベックの『Soumission(服従)』について川本ケンが書いてくれました。

 web ele-kingで驚異的にアクセス数が高かった対談、トーフビーツ×砂原良徳の続きも掲載します。話は、トーフビーツの人脈、そして90年代への複雑な思いに至ります。いわく「90年代が良かったなんて言わないで!」

 さて、連載ですが、今回は磯部涼も原稿を落とさず全員揃いました。佐々木渉 大月壮 ブレイディみかこ 山田蓉子 水越真紀 SK8THG……好評の「NO POLITICS, THANK YOU! PART 3」は、IS事件から桑田佳祐まで、いつものように歯切れ良く喋っています。

 前号に引き続き、素晴らしい読者プレゼントも用意しました。

 
 ──あるいはこうも言えるだろう。何故われわれは「以前」ではなく「いま」UKに注目しているのかと。ワトソン君、その答えは3月30日の発売日にわかるかもしれないよ。

vol.16 CONTENTS

002 写真=鈴木親
008 特集=UKの逆襲
012 FKAツイッグス インタヴュー 写真=鈴木親
028 最近のブリテッシュ・ミュージックに関する編集会議 野田努×三田格
032 ジェイミー・XX インタヴュー
038 ジャム・シティ インタヴュー
046 ヤング・ファーザーズ インタヴュー
056 エッセイ ケイト・テンペスト 文・ブレイディみかこ
058 エッセイ スリーフォード・モッズ 文・ジョン・レイト
062 ザ・ポップ・グループ(マーク・ステュワート) インタヴュー
066 エイドリアン・シャーウッド インタヴュー
068 ローンレイディ インタヴュー
074 エッセイ モリッシー自伝を読んでみた。文・ブレイディみかこ
077 スクエアプッシャー インタヴュー
080 ブロークン・ブリテイン以降の30枚
084 ルポ ロンドンスケーター
087 SK8THGの原宿逍遥 PART3
092 転生バカボン 第1話 「ここはどこなのだ」の巻 三田格+オオクボリュウ
094 対談 アラブ諸国の音楽を楽しむ ピーター・バラカン×赤塚りえ子
107 アラブ諸国のディスクガイド
111 アラブの蜂起はヒップホップとサッカーから始まった。──足立正生に訊く
112 ミシェル・ウエルベックの『Soumission(服従)』はイスラモフォビア (イスラム恐怖症)の挑発なのか? 文・川本ケン
114 対談 90年代が良かったなんて言わないで! トーフビーツ×砂原良徳
119 クラップ!クラップ! インタヴュー
124 NO POLITICS, THANK YOU! PART3 ジョークを我らに(give peace a joke) ブレイディみかこ×水越真紀
135 REGULARS 佐々木渉 大月壮 ブレイディみかこ 山田蓉子 水越真紀  磯部涼
147 HYPER!──本 マンガ 映画 アニメ 武器 スポーツ 食べ物 ビジネス
156 編集課二係 ジョン刑事  


interview with Saho Terao - ele-king


寺尾紗穂
楕円の夢

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 楕円の夜に会いましょう
 月の光で踊りましょう
 世界が枯れるその日まで
 楕円の夢をまもりましょう
“楕円の夢”

 僕と寺尾紗穂が出会う確率は1億3000万分のα。αは平均化されても一般化されない。人生で人と人が出会う数は、人それぞれだ。すべての出会いが等質というわけではないし、その数にSNSを入れるかどうかも議論しなければならないだろう。
 寺尾紗穂のライヴは、一風変わっている。一見したところでは、いわゆるSSWスタイルで、グランドピアノを弾いて彼女は歌っている。それは70年代風の、お決まりの光景に見えるかもしれない。が、彼女は予定調和を許さない。気がつけば、路上でうろついているオジサンが踊っていたりする。クリーンになった東京の景色から消されつつある人たちが出てくる。

 『青い夜のさよなら』以来の4年ぶりのアルバムは、『楕円の夢』と名付けられた。
これをアウトサイダーたちの夢と意訳するのは乱暴かもしれないが、寺尾紗穂が共感を寄せているのは、大きな声にかき消されるであろう、小さな声だ。その小さな声は、夢見る人のものである。

 私の好きな人は片手のない人です
 片手に夢を抱きしめて
 はなさぬ強い人です
“私の好きな人”

 アートワークに広がる眩しい青空のように、『楕円の夢』には愛と夢が溢れている。雨風に晒されて埃をかぶっている愛と夢だが、強さがある。寺尾紗穂とあなたが出会う確率は1億3000万分のαだが、しかしそのαを越えて、いま、彼女の歌は届くに違いない。

生きることと表現することを両立させていくのって、大変じゃないですか? だけど、生活が苦しくてもなんでも、一方で自分を表現していくってことを地道にずっと続けているひとに、すごく魅かれるんです。

寺尾さんは2006年にファースト・アルバムを発表していますけど、いつからご自分で歌っているんですか? 最初からこういうピアノの弾き語りのスタイルだったんですか?

寺尾紗穂(以下、寺尾):大学に入って3年生くらいから。最初は星を見に行くサークルに入っていたんですけど、そこのOBのひとがけっこう遊びにきていて、そのひとりがコンピュータで音楽を作っていたひとで。私は中高時代にミュージカルのサークルをやっていて、それで作詞作曲とかをやっていたので、そこで発表した歌をまとめた音源を聴かせたんです。そうしたら「一緒にやろうか」という話になってデモを作りました。あと、ジャズ研究会にも顔を出していたので、バンドではジャズとポップスの中間みたいな音楽をやっていましたね。それがサウザンド・バーディズ・レッグスでバンドが先でした。大学4年くらいからひとりではじめて。

それはいまのスタイルですか?

寺尾:はい。

寺尾さんは音楽をいつか自分でやりたいと思っていたんですか?

寺尾:高1の頃は、オペラ歌手になりたいと思っていました。

すごい、じゃあ何オクターブも出せるんですか(笑)?

寺尾:出せないです。メゾです。中学2年から声楽をやっていたんですよ。京王線の仙川駅の近くにある桐朋女子という学校に通っていたんですけど、そこに木村俊光さんという声楽家がきて“カーロ・ミオ・ベン”を歌ってくれたんです。それがすごくて私も声楽をやりたいと思いました。それで、父方のおばあちゃんのいとこが声楽家だったので、教えてもらいに通うようになって。

いわゆる大衆音楽に接する機会はあったんですか?

寺尾:ありましたよ(笑)。

少なくともテクノではないと思うんですけど(笑)。

寺尾:そうですね(笑)。私はドリカムで育った世代なんです。

CDとかも買ったり?

寺尾:CDも買ったし、ワンダー・ランドも行っていたし。

ワンダー・ランドって何ですか?

寺尾:ドリカムは4年に1回大きなライヴをやるんですよ。

そうなんですか(笑)。じゃあ、声楽が好きでドリカムが好きで、本は何が?

寺尾:川島芳子を知ったのが中1ですね。

文学というものの方が、寺尾紗穂にとっては大きなきっかけだったんですか?

寺尾:そうですね。小学生高学年の頃は、けっこうエッセイとかを読んでいたのかな。灰谷健次郎とか。中学に入ってからは向田邦子とか、昭和とか大正の太宰とか川端とかを読みはじめて。でも途中からアジアとか戦争の時代が気になって、歴史ものが多くなったかもしれないですね。大学に入ってからまた文学も読みはじめて、尾崎翠とかを知るんですけど。寺田寅彦とか。

いまの話を聴く限り、将来寺尾紗穂になるとは思えない(笑)。こんなことを言うのは失礼かもしれないですけど、すごく優等生だったわけじゃないですか?

寺尾:そうですね。地学の先生に恋をしていたんです。

早熟だったんですか?

寺尾:早熟だったのかな? でも女子校だったから、周りにも先生が好きな子はいましたけど。だから地学はすごく頑張っていました。

でも今日の寺尾紗穂みたいな……。

寺尾:今日の寺尾紗穂って何ですか(笑)?

寺尾さんの音楽って、70年代のシンガーソングライター的なものですけれども、ステージにホームレスのおじさんをのせてしまうような……

(寺尾の携帯電話が鳴る)

寺尾:あっ……、ちょっとダメだ。

どうしたんですか?

寺尾:いや、原発労働者のおじさんから電話が……。

一同:(笑)

しかし、70年代のシンガーソングライター的なものでありながら、ホームレスのおじさんがどうしても気になって気になって仕様がないという。少なくとも大学のサークルに入ってみんなでスキーにいって、恋をエンジョイするような感じじゃないわけでしょう?

寺尾:ハハハハ。サークルで山には登っていました。

だから、そこの寺尾さんが寺尾紗穂たる由縁を僕は単に知りたいんですけど、うまく聞けないですね。寺尾さんに、何か将来を決定づけるような、特殊な経験があったとかね……。

寺尾:過去に?

うん。何でもいいんですけど……。

寺尾:父と離れて育ったっていうのは特殊なのかもしれないです。

それはいま顧みても自分のなかでは大きい?

寺尾:大きいんじゃないんですかね? おじさんとかが好きになっちゃうのも、ファザー・コンプレックスだと思うので。

でもそのおじさんが……。

寺尾:そのおじさんかはわからない(笑)。普通に大学教授で自分の父親よりも年上のひととか、その地学の先生も父より上のひとだったんですよ。

なるほど。

寺尾:そういう恋愛のことを考えるとそうだと思いますね。

でもそれは、そんなに珍しいことでもないじゃないですか? ある種の寺尾さんには、過剰な部分があるでしょ?

寺尾:過剰な部分(笑)。

だから、ライヴでは、最後にすべてをひっくり返すように、おじさんが出てくるでしょ。どちらかと言えば、ほこりを被ったおじさんを引っ張りだすじゃないですか?

寺尾:生きることと表現することを両立させていくのって、大変じゃないですか? だけど、生活が苦しくてもなんでも、一方で自分を表現していくってことを地道にずっと続けているひとに、すごく魅かれるんです。“アジアの汗”のモデルになった、坂本さんっていう山谷で出会ったおじさんも絵描きだったんですね。普通の絵の具より高いらしいんですけど、アクリル絵の具を使って描いていて、絵の具一本を買うのが大変な状況でも、ずーっと描き続けている。当時出会ったとき、私は大学院に進もうか、音楽へいこうか全然決めていなくて、宙ぶらりんな感じだったので、そういう姿がすごく響いたんですよね。自分にはそういう覚悟がどこまであるのかなっていうことも含めて。

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西岡恭蔵さんの“グローリー・ハレルヤ”をカヴァーしたんですよ。その歌詞が体中を駆け巡る気がしたんですよ。この曲があったら乞食になってもやっていけるんじゃないかなって思って、論文を書いていたんですけど、「もうやめます」と思って。


寺尾紗穂
楕円の夢

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山谷には、どういうきっかけで?

寺尾:それはたまたまで、都立大学は夜間部があったんですけど、夜間部の自治会の会長をやっていた先輩が、そこで炊き出しのボランティアとかをやっていて、「夏祭りっていうのがあるからきてみる?」と誘われて。

炊き出しに行っていたんですね。

寺尾:私は全然行っていなかったんですけど、たまたま夏祭りがあるから、誘われていった、はい。

山谷は、寺尾さんの表現のひとつのトピックとして大きいですよね。

寺尾:うん。その出会いはすごく大きかった。

なるほど。話を変えましょう。寺尾さんは、自分が作る音楽をどういうふうに考えていますか?

寺尾:「さぁ、作ろう!」っていう感じではやらないですね。

いつもピアノを弾きながら作るの?

寺尾:ひとの詩に曲をつけるときは、ピアノの前にたまに座るんですけど、そうじゃないときは、できたときにメモをするっていう感じです。

ピアノはいつからやられているんですか?

寺尾:4歳から高3までやっていました。

その流れで声楽とか?

寺尾:合唱が好きで、中学時代は合唱だったんですけど。でも、自分で立ち上げたミュージカルに集中したくて、高校に入って部長にされそうになったからやめました(笑)。

デビューしたときは大学生だったんですか?

寺尾:デビューした2006年は、大学院生でしたね。

その頃には、自分は音楽でやっていこうという考えはあったんですか?

寺尾:作りたいという気持ちはあったんですけど、それ一本にできるかっていうところは、まだ悩んでたというかわからなかった。で、初めてのワンマンを下北沢のラ・カーニャというところでやったんですけど、そのときに西岡恭蔵さんの“グローリー・ハレルヤ”をカヴァーしたんですよ。その曲との出会いがすごく大きくて。「西岡さんの曲をやってみたら?」と言われて、1枚アルバムを聴いてみてカヴァーしてみたんです。カヴァーしてみたときに、その歌詞が体中を駆け巡る気がしたんですよ。この曲があったら乞食になってもやっていけるんじゃないかなって思って、論文を書いていたんですけど、「もうやめます」と思って。そのときに担当の教員が中国まで教えに1年くらい行っちゃっていて、代わりに国文学の先生だったんですけど。担当の教員の方は「わかりました。決意が固いようなので認めます」って言ってくれたんですけど、その臨時でついてくれていた国文学の教授に「もったいないから出しなさい」って言われて、なんとか修論を出したんですよ(笑)。

なるほど。修士課程をおえるのと同時にデビューして。

寺尾:そういう感じです。

音楽を作ろうとなったときに、何かよりどころにしていたような作品ってありますか?

寺尾:何だろうな。小さいときからずっと聴いていたとなると、大貫(妙子)さんとかになるのかな。小さい頃に繰り返し聴いていたのは『カミング・スーン』だったんですけど。レコードが家にあったんです。まとまってちゃんと聴いたのは、自分がバンドに入ってやるようになってからですね。

大貫妙子さんのどこがよかったんですか?

寺尾:曲(笑)。それと美意識みたいなものですかね。和音のつけ方だったりとか。

現在は、より多くの、いろんなジャンルやスタイルがありますよね。そういうなかで、ある意味では古典的とも言えるピアノの弾き語りのスタイルを選ぶ理由は何なんでしょう?

寺尾:なんなんでしょう……。あまり向学心がないのかもしれない。

ハハハハ!

寺尾:気に入るとそればかり聴いているというか。あまり触手を他に伸ばせないというか、音楽を普段あまり聴かないんですよね。自分に似ているとか、影響をうけたんでしょうって言われると聴くようにはしているんですけど。

たとえば?

寺尾:ジョニ・ミッチェルとかローラ・ニーロとか。ファンの方に頂いて一番好きだったのはジュディ・シルですね。

でもそれはあらかじめ寺尾さんの音があった上で、いろんなファンのひとから言われて、ご自身は全然意識はしてこなかったんですか?

寺尾:全然聴いたことがなかったです。

となると、寺尾さんにとっての音楽を制作する上での重要な目的意識は、サウンドというよりは……どこにあるんでしょう? 歌ということですか?

寺尾:歌かもしれないですね。歌とベースで私のなかではほとんど完結しているというか。

ベースというのは、楽器のベースではなくて?

寺尾:ベース音のことですね。そこにどういう和音をつけるかっていうことで、そこでほとんど勝負はついていると思うんです。アレンジの部分で凝れるひとはどこまでも凝れて可能性もあると思うんですけど、基本的に私にとって大事なのは、歌のメロディと和音のメロディ。ふちがみとふなとさんという、ウッドベースと歌だけでやっているふたり組なんですけど、そのユニットがすごく好きで、やっぱり一番根源的な感じなのかな。そこに曲の足腰の強さも出てくるし、そういう部分が好きというか。

なるほど。いずれにせよ歌というものがデカいわけですよね。その歌というのは、改めて寺尾さんにとってどうしていいんだと思いますか? やっぱり言葉があるから?

寺尾:言葉に出なくてもいいんですよね。いいメロディにいい和音がついていたらそれでいい。だからインストでもいいんですけど。

でも、寺尾さんの音楽で言葉ってすごく大切でしょう?

寺尾:そうですね。

むしろ歌詞を歌うために歌を作っているのかなと思っていたくらいなんですけど。

寺尾:どっちですかね(笑)。でも、歌う以上は美しさとかには拘りたいですよね。

さっき乞食になっても生きていけると言っていましたが、やっぱり寺尾さんのなかでは、生き方に対する根源的な問いかけというものは意識されているんですか?

寺尾:うーん……。普段は意識していないです。

ホームレスというのは、90年代は渋谷の街を歩いても、普通にいたんですけど、街がクリーンになるにつれて、風景からいなくなっていったひとたちなわけですよね。

寺尾:むしろ、私が大学に入る前くらいは、渋谷のきれいになった駅のなかにホームレスが増えていった時期だったんですよ。2000年くらいかな。渋谷駅の井の頭線の改札を降りて、ガラス張りになっているじゃないですか?

どっちの改札?

寺尾:大きい方です。

JRに繋がる方か。いましたよね。でも、得体の知れない人たちの居場所が街のなかにあった、ギリギリの時代じゃないですか?

寺尾:そんなにいきいきとした感じじゃなくて、本当に行く場所がないんだなっておじさんが全然話とかもしない。仲間もいなくて、ガラスの窓の外眺めてて孤立したようなひとがどんどん増えてきたなって感じがした。

寺尾さんってそういうひととすぐに仲良くなる?

寺尾:うーん(笑)、どうなんだろう。

井の頭公園のおじさんとかを連れてきたり。

寺尾:はいはい。カンさん。坂本さんに会ってからはそうですね。

それは寺尾さんのなかでは何かの象徴なのでしょうか? それとも、ほとんど理屈を抜きにして、そういったおじさんたちに対する……。だって、それはファザコンではないでしょう?

寺尾:それは違います。そうじゃなくて、みんな同じだよねって感覚が小さいときからあるんですよ。小学校1年のときに在日朝鮮人の子がいて、私は幼稚園からその子と一緒だったんです。名前をロさんといったんですけど、その子はちょっと性格がよくなくて、わがままなところもあったんですね。それもあってか、小学校に入ってから名前のことでいじめられたこともあったらしいんですね。でも2年生のときに引っ越しちゃったんで、それっきりだったんですけど、高校くらいなったときに電話がかかってきて。「小学校のときに一緒だったロだけど。ちょっと紗穂ちゃんの声が聞きたくなって」って。そのとき「えー!」と思いましたね。だって小学校の頃に別れてから連絡も取り合ってなかったから、不思議だったんです。話を聞くと、名前を変えて吉村って名字になっていました。なんで私に電話をくれたのか母に聞いてみたら、小学校1年のときに名前でからかわれたことを先生に「おかしい」と言ったのを、ロさんは覚えていたんじゃないかなって言われて。私はそれを忘れていました。たぶん、そういう不条理というか、子ども心に「みんな同じなのにおかしい」と感覚で思っていたんだなって、母から話を聞いて思ったんですけど。

寺尾さんの、そういう……社会的公正を求める感覚は、ステージからはとくに感じますよ。カフェでかかるような音楽を装いながら、その場の空気を壊すようなこともやるでしょう?

寺尾:装いながら(笑)。でも、“アジアの汗”とかは全然装ってないですけどね。あんまり真似をしようという意識はないんですよ。

あの、予定調和をひっくり返すような展開は、コンセプチュアルにやっているわけではないんですか?

寺尾:全然違いますね。面白かったのは、曽我部恵一さんと対談したときがあって、前作の“私は知らない”という、原発労働者について歌った曲の2番のはじめで、「原発の日雇いで、放射能で被ばくしたおじさんが虫ケラみたいに弱るのを、都会の夜は黙殺する」っていうがあるんです。「意図的に2番のはじめに置いたんだよね?」って曽我部さんに聞かれたんですけど、私にしてみると「意図的も何も……」というか。やりたいことをただ出しただけなんですよ。だから、こうするとウケるだろうとか、かっこいいとかは……。

戦略性はないんだ?

寺尾:ないんですよ(笑)。だからインタヴューをしていてもつまらないと思います(笑)。

ハハハハ。

寺尾:深読みしてもらう分にはいいんですけど、何も考えていないんで。それを歌にしたときに美しいかとか、リズム感がいいかとかは多少考えていると思うんですけど。

『愛の秘密』に収録されている、大森(※90年代のele-king編集者)が好きな“狂女”という曲もそうですけど、寺尾さんの曲には、何か疎外されたものへの思いが偏在していますよね。メロディアスで聴きやすい曲なんですが、トゲがあるし、ファンタジーを見せながら悪夢を見せるような(笑)。

寺尾:悪夢じゃないですよ(笑)。うーん。あの曲はモーパッサンの同タイトルの短編があるのですが、戦争というものを描くときに、こういう美しい糾弾の仕方があるのだなと、感銘を受けたんです。

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印象に残っていたのがケプラーの惑星の軌道の話だったんです。当時はキリスト教の考え方で、神様が作った宇宙というものは美しく作られているから、必ず円軌道だという話があったんですが、実際にデータを見てみると楕円の軌道で、キリスト教の価値観を打ち破る形でケプラーは結果を出した。


寺尾紗穂
楕円の夢

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寺尾さんは歌詞を書くことが好きだと思うんですけど。

寺尾:いや、好きじゃないです。

またまた(笑)。

寺尾:好きじゃないです。誰かに全部書いてもらいたいです(笑)。

本当ですか? 僕は絶対に歌詞を書くのが好きだと思っていたんですけど。

寺尾:好きじゃないです。

柴崎A&R:高田渡みたいな感じですね。

寺尾:ああ、そうです! 渡さんみたいにひとの歌だけ歌っていたいです。

でも、そういうふうにはならないでしょう?

寺尾:でも、初期はかなりの割合で都守美世さんの詩に曲をつけているし、前作も平田俊子さんの『富士山』という詩に曲を付けたので。自分がいいなと思う詩にはどんどん付けたいですね。私は自分の詩の限界もわかるので。私の詩だけで埋めちゃうと広がらないです。

今回は『楕円の夢』っていうアブストラクトな、花田清輝からの引用らしいんですけど、この意味を説明してもらってもよろしいですか?

寺尾:知ってるくせに(笑)。

いやいや(笑)。昨年のライヴで説明してましたね。

寺尾:そうですね。ライヴでけっこう長くお話をしました。きっかけは、隠岐島の音楽イベントに呼ばれたことがあって、帰りに尾崎翠の故郷の鳥取に寄りたいと思っていたんです。それで尾崎翠記念室へ行ってみたら、尾崎翠フォーラムというのが鳥取で毎年開かれていて、その小冊子が1年ずつならべてありました。子連れで行ったから時間がなかったんですけど、冊子の最後に主宰のひとの連絡先があったので、それを控えておいて記念室の感想を送ってみたんですね。そうしたら反応があって。地元のただの文学好きなひとなのかなと思っていたら、ずっと反原発運動とかをやっていて、小出裕章さんとも共著がある土井淑平さんだったんです。文学関係のものも1冊本を出しててそれが尾崎翠と花田清輝を比較した本だったんです(土井淑平著『尾崎翠と花田清輝──ユーモアの精神とパロディの論理』、北斗出版、2002年)。それを送ってくださって、そこで花田清輝を初めて知ったんですよ。それで『楕円幻想』という文章を残していることを知って読んでみました。
 それで、考えてみると高校時代、地学の先生が好きで一生懸命勉強していたときに、印象に残っていたのがケプラーの惑星の軌道の話だったんです。当時はキリスト教の考え方で、神様が作った宇宙というものは美しく作られているから、必ず円軌道だという話があったんですが、実際にデータを見てみると楕円の軌道で、キリスト教の価値観を打ち破る形でケプラーは結果を出した。その話を思い出したんですよ。花田が言っていたことも、まさにそういうものに繋がるなと思って。

寺尾さんにとって、その「楕円形」とは何のメタファーなんでしょう?

寺尾:1や「真実」を否定するものですよね。あと、「正義」とか。

いま我々が正しいと思っていることが、実は間違っているかもしれないっていうことですか?

寺尾:それは外の社会的な問題とか、大きなことに対してもそうですし、自分自身の意見とか自我とか、そういうものに対しても当てはまることだと思うんです。だから、“楕円の夢”の歌詞ではわりと個人的な部分を歌ってはいるんですけど。

そうした世界に対する懐疑心は、寺尾さんのなかで蓄積されたものなのか、それとも3.11以降に意識するようになったんですか?

寺尾:楕円ではないんですけど、ずっと川島芳子を追っかけてきたのも、結局あのひとって狭間にいるからなんですね。日本と中国、男と女、日本人と満州族の狭間。その狭間にいてどっちとは言い切れない中途半端さを持っているんですよ。そこが追いかけてきた理由なのかなって最終的には思うんですけど。森達也とかもよく、「黒でも白でもなく、グレー・ゾーンが重要だ」ということを言うんです。森さんってオウムのことをずっと追いかけていたので、そういうところにも繋がっていくのかなと。けっこう共感を持って森さんの作品は見ていました。3.11以降というのはとくにないですね。

そのことと、公園からおじさんをステージに引っぱり込んでくるというのは、それとどういう関係があるんですか? しつこいですけど(笑)。

寺尾:ハハハハ! うーん……ミュージシャンですって言い切れる人より、何者かわからない人のほうが好きなのかもしれないです。音楽って本来、そんな限られた人たちだけが奏でるものでもないと思うし、路上の風をまとっているような音楽が好きです。

ちなみに、おばさんはステージに上げたことはないんですか?

寺尾:路上には、おばさん自体少ないですよね。ただ、りんりんふぇすで、石橋幸さんっていうロシアの歌を歌うひとに出てもらいました。彼女はゴールデン街でバーをやりながらずっと歌っているひとなんですけど、中上健次さんとかもお客さんとして来ていたみたいです。石橋さんもギリギリのところで自分の表現を追いかけているひとですね。

寺尾さんは、上の世代の方が話が合うんですか? 団塊ぐらいの人のほうが。

寺尾:全然そんなことないですよ(笑)。でも年上のひとたちには、ずーっとそういう表現をやってきた厚みみたいなものが圧倒的にあるので、ステージに呼びたいというのはありますね。石橋さんを教えてくれたのは、平田俊子さんでした。

学生時代、同世代で話が合うひとが寺尾さんにはいなかったんじゃないかな?

寺尾:あんまりいなかったですね。ただ、高2くらいで戦争関係の本をけっこう読んでいて、「日本軍は香港で何をしたか」みたいな本を借りたときに、もらった手紙をしおり代わりに使っていてそのまま返しちゃったんですよ。そうしたら、次のその本を借りた子が、「これって紗穂ちゃんのでしょう?」ってその手紙を返してくれて。その子ははるかちゃんっていうんですけど、「はるかちゃんもそんな本読むんだ!」という感じで気の合う子をひとり見つけたんですよ(笑)。その子の彼が浜ちゃん(※下高井戸にあるCD/本/服のお店「トラスムンド」のご主人)ですね。

出た(笑)。

寺尾:そうそう。そういう関係です。

あの人の彼女なんて知らない(笑)。

寺尾:もうずっと前だと思います。それで、彼女は大学へ行かないでそのままアフリカへ向かって、エイズ孤児のボランティアみたいなことをしていて、帰ってきてから法政大学の哲学科に入ったんです。たぶん、いまはまた海外へ行っていると思います。

そういえば、寺尾さんは、戦中の研究をされていますよね。

寺尾:最初に気になったのは、小学校3年生くらいのときに母が何かのきっかけで、「関東大震災のときに朝鮮人のひとたちがたくさん殺されたんだよ」という話をしたんですね。それから「なんで、そんなおかしいことが起きているんだろう?」と疑問に思って、その時期とか戦中へ興味がいったんですよ。それで中1のときに『驚きももの木20世紀』で、「川島芳子と李香蘭とラスト・エンペラー」みたいな回をたまたま見て、「これは調べなきゃ」と思い立って翌日から図書館へ通いました。

当時の資料とかも読みあさって?

寺尾:そうですね。

本をそれで1冊書かれたんですよね?

寺尾:はい。文春新書で(『評伝 川島芳子―男装のエトランゼ』、文芸春秋、2008年 )。修論をほぼそのままに加筆したものです。教授にはすごくこき下ろされました(笑)。

そうなんだ(笑)。

寺尾:「評伝」と名付けて出したんですけど、「評伝ですらない」って言われました。

寺尾さんって研究者の道もあったんじゃないんですか?

寺尾:いやぁ、私は論文は全然向かないなと思って。結局は論理的じゃないからダメですね(笑)。

文学部だったんですか?

寺尾:はい。比較文化ってところだったんですけど。

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1曲1曲に相応しいかは考えていないですけど、でも楕円の大切さは伝わるかなと思って。月も詩のなかにいくつか出てくるんですけど、満月はまん丸じゃないですか? でも月の軌道ってやっぱり楕円らしいんですよ。見たときには丸だけど、楕円が内包されているというか、そういうのはいいなと思って。


寺尾紗穂
楕円の夢

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SSWPop

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くだらいない質問なんですけど、どんな遊び方をしていました? ていうか、遊んでいたんですか?

寺尾:ハハハハ。何歳くらいのときですか?

10代の頃とか。

寺尾:遊び……。

でも、絶対にライヴとかに行くって感じじゃないですよね?

寺尾:そうですね。ドリカムのライヴは行ってましたけど。あと、ヴェルディが好きでサッカーを観に行ってましたね。

それはすっごい意外ですね(笑)。等々力まで?

寺尾:行ってました。

高井戸からだと等々力はそんなに遠くないか。

寺尾:ドリカム・ファンの友だちが、ヴェルディ・ファンで、よくその子と行ってました。

そういう話を聴くと、なんの屈折もない普通の10代というか……。何でだろうなぁ。寺尾さんのどこかにそういうふつふつとした何かがあるんですよね。尋常ではない、マグマのような何かが(笑)。

寺尾:ひとからは言われるんですけど、私はそんなことは考えなかったですね。

そういえば、昔、浜崎くんからは「あの子は無茶苦茶ハードコアだよ」って聞いていたんですよね。あの人の場合、褒め言葉がそれなんでしょうけど、寺尾さんのなかには何か過剰なもの、エクストリームなものがあるわけでしょう?

寺尾:どうなんだろうな。

ハードコアな自分を隠しているでしょ。

寺尾:隠しているのかな(笑)。興味が……。

自分のことをバランスのよい人間だと思います? アップダウンが激しい方?

寺尾:バランスはよくないんじゃないですかね? 感情の起伏はそんなに激しくはないですけど、人生はけっこうアップダウンがありますね。

それによって自分の感情も一緒に?

寺尾:そうですね。たしかに考えてみれば、死のうとしていた時期もありましたね(笑)。

おー(笑)。でも若ければ1回ぐらいは考えるんじゃないんですか?

寺尾:うーん。そうですね。

子育てと自分の音楽は関係ありますか?

寺尾:どうなんですかね。わからないです。

寺尾さんって、お子さんがテーマになることがないですよね。

寺尾:“愛の秘密”って曲は、長女が生まれたときにできた曲なんですけど、あまりわかるようにはしていないですね。あと、“時よ止まれ”とかもそうか。

歌詞を書くときは、自分の体験や経験みたいなものから言葉を出すんですか?

寺尾:そういう形が多いです。

じゃあ、今作の1曲目に北杜夫の“停電哀歌”を持ってきたのはなぜなんですか? この曲は前に寺尾さんに聴かせてもらったんです。

寺尾:そうでしたね。

これが1曲目にくるとは思わなかった。

寺尾:そうですか? 最後にくると思った?

うん。最後くると思った(笑)。

寺尾:あー、みんあそう言いますね(笑)。最後にするとちょっと終り方として地味じゃない?

たしかに。でも、前作の余韻を引きずっている感じもするじゃないですか?

寺尾:いやぁ、そこはあまり考えなかったですね。最初に電気がパッと消える感じがいいなと思って。

前作が夜のジャケットで、今作は青空のジャケット。作品の印象というのは違ったように聴こえたんですけど、寺尾さんは今回のアルバムにどのような気持ちで臨まれたんですか?

寺尾:聴いてみると、けっこう地味ですよね。

そうかなぁ(笑)。

寺尾:そんなことないですか?

寺尾さんの派手さとはどのようなものですか?

寺尾:前回はいろいろ音を足してもらったものが多かったから……。今回は作業をしながら聴くのにいいかもしれない。

前作にはダース(レイダー)さんとかが参加していたり、いろんな曲をやったりとか。

寺尾:前作と違うのは、エレピ、ローズの曲を多めに入れたことですかね。前作は全部を生ピアノで弾いたものに、音をのっけてもらっていたので、もちろん上手く融合していたけれど、「これをエレピにするともっと違った交ざり方をするかな?」と考えていました。1回くらいかな? 『御身 onmi』(2007年)というアルバムに入っている“ねぇ、彗星”という曲でローズを弾いたことがあるんですけど、それ以来ずっと弾いていなかったので。

全体的には軽やかで、聴きやすいアルバムだなというふうに思ったんですが、それを象徴しているのが、森は生きているが参加している“リアルラブにはまだ”ですよね。これ、浮かれている感じが良いですね。

寺尾:そうですよね。柴崎さんの案で実現しました(笑)。

ポップ・ソングを意識したんですか?

寺尾:いや、とくには(笑)。ポップな曲って、やろうと思えばけっこう作れるんですよ。『愛の秘密』に入っている“ハイビスカスティー”とかポップですけどね。でもこんなにきちんと楽器を入れたのは初めてです。

すごく清々しくて、気持ちがいい曲ですよね。歌も寺尾さんの歌詞も、バックの演奏も。寺尾さんの気持ちのなかでの澄み切ったものが出ているというか……。

寺尾:澄み切っているのかな。わからないですけど、“リアルラブにはまだ”には清々しいけど、心はまだ痛みを持っているっていう感じ。

痛みは、寺尾さんの曲には、つねにありますね。

寺尾:それは考えてみると楕円的かもしれないですね。以前からドラムとベースを入れて、その3人でやりたいなというのをちょっと考えていました。ただ、そのスタイルで全曲いくとなると、私は弾き語りが原点なので、ちょっと違うのかなと。

この手に持っているのは卵? これはどうして卵?

寺尾:楕円だからです。

あ、そうか。すいません(笑)。でも、たまごじゃなくても楕円のものってあるじゃないですか?

寺尾:卵には大切な命が入っている。これは私のアイディアじゃなくて、松井一平さんという絵描きのひとのものなんです。考えてみれば、卵っていいねって話になって。

それは今回のアルバムの楽曲に相応しいということですか?

寺尾:1曲1曲に相応しいかは考えていないですけど、でも楕円の大切さは伝わるかなと思って。月も詩のなかにいくつか出てくるんですけど、満月はまん丸じゃないですか? でも月の軌道ってやっぱり楕円らしいんですよ。見たときには丸だけど、楕円が内包されているというか、そういうのはいいなと思って。

寺尾さんは音楽がなし得る最良のことってなんだと思いますか?

寺尾:うーん……。そうだなぁ。何らかの気づきが重要なのかな。それで“楕円の夢”みたいな曲を作っているのかもしれないです。

寺尾さんの曲の主題には、愛が多いなと思うんですけど、それは意識されていることですか?

寺尾:一番よくわらないから歌っているんですかね。

ライヴでたまにやる曲で、交通事故の……

寺尾:あ、「はねたハネタ」じゃなくて?

そう、あの曲は、すごく残酷ですよね。

寺尾:でもあれは死んでないですよ。跳ねられて病院に入って路上よりもハッピーっていう皮肉な歌なんです。途中までドキドキするらしいですけど。

ああいう曲を歌う寺尾紗穂っていうのは、何かしらの怒りというものがあるわけでしょう?

寺尾:うーん、どうなんだろうな。あの曲怖いとか、不愉快とか、逆におもろいとか言って終わってる人たちに、それで終わっていいの?っていうのは、ありますね。あの曲聴いて泣いたって人、数人いままでいるんですけど、その人たちの感覚は信用できると思ってます。

報われないものに対する思いが。

寺尾:今回はマスタリングのときが印象的だったんですけど、ちょうど後藤(健二)さんが殺された日だったんですね。“いくつもの”という曲を聴いていたときに、後藤さんの歌みたいに聴こえちゃって。彼を殺したものが、すごく円的な思考じゃないですか? そういうこととも合わせて。

vol.71:RIP DIY - ele-king

 RIP DIY、などと書き出すと「また、この話題? ウィリアムスバーグが終わってるのはわかってる」と言われそうだが、DIY世界の近況である。たしかに、ウィリアムスバーグのDIY会場はほとんどなくなった。
 先週(3/5-3/15)、その時代のDIY会場のドキュメントを展示した「RIP DIY」というアートショーが、ウィリアムスバーグのクラウドシティ・ギャラリーで行なわれた。
https://facebook.com/events/412237698952966


ニッキ・イシュマエルと「RIP DIY」(Photo: Nicole Disser)


「RIP DIY」に集まってくる人びと。

 主催者は、自身も写真を提供しているニッキ・イシュマエル。
 彼女は2006年にNYに引っ越すと、すぐにアンダーグラウンド・ミュージック・シーンにどっぷり浸かった。デッド・ヘリングというDIYスペースに住んでいた彼女は、そこが2013年にクローズした後も、仲間と、ヴィジュアルアート展覧会、シアター・パフォーマンス、フィルム上映、小さなライヴなどを催すクラウド・シティ・ギャラリーを始めた(著者のスタジオの1ブロック先!)。
 「(DIY会場が)もちろん永遠に続くとは思っていないけど、この思い出をなんとか残せないか」と考えた彼女は、知り合いの写真家に声をかけ、今回の展示が開催されたのである。
 20アーティストによる30のブルックリンのDIY会場。
 285 ケント、ビッグ・スノウ・バッファロー・ロッジ、デッド・ヘリング、デス・バイ・オーディオ、フィットネス、グラス・ハウス、グラス・ランド、ホセ、モンスター・アイランド、サイレント・バーン(移転前)、パーティ・エキスポ、グラス・ドア、グッバイ・ブルー・マンデー、シークレット・プロジェクト・ロボット(移転前)、ウッザー……。
 全てここ10年間でクローズした会場である。

 ニッキは、デス・バイ・オーディオがクローズした後、何ヶ月もみんなに会わなくなった。このロスをただ受け止めるだけでいいのかと考え、あらためてこれらのDIY会場がシーンに与えた重要さに気づき、ただの写真展ではなく、コミュニティの「再結合」をキュレートした。
 実際、その当時ショーに通った層(最近ではあまり外出しない)、当時は知らないが興味のある層、その友だちなど、現代と過去のDIYを通しての交流場所になった。

 写真からは、今にも動き出しそうな、生々しいライヴ感、台所やリビングルーム、フロアでのぎゅうぎゅうになったバンドとオーディエンスの塊から発せられるエネルギーから、DIYのコミュニティにいる自分たちの存在を再確認しているようだった。

 著者は、ニッキの住んでいたデッド・ヘリング、グラス・ハウス(グラス・ランドの前身)、シークレット・プロジェクト・ロボットは、誰がプレイするなど関係なく、毎日のように通ったので、名前を見るだけで、当時の記憶が鮮やかに蘇る。


オヤジ大集合。ザ・ポップ・グループのライヴ。


@palisades bk


@bohemian grove


@bohemian grove


ザ・ポップ・グループ(photos by Greg Cristman)

 昨日(3/17)、ポストパンクのアイコン、ザ・ポップ・グループを見に行ったのだが、会場は90%おじさん(40アップ)で埋め尽くされていた。
 ザ・ポップ・グループは、タオルを振り回しながら、叫び、踊り、脅した。ショーはエネルギーの塊で、最後の音まで活きていた。オーディエンスの中には、「DIY」時代の人がたくさん来ていた。「最近どうしてる?」と尋ねたら、テック関係の仕事をしていたり、相変わらず音楽をやっていたり、様々だった。ひとつ言えるのは、ザ・ポップ・グループのショーが、80年代~90年代の世代、その時代を生きた人たちのその時代への感謝の場所となり、また、DIY精神の確認の場でもあったこと。
 オープニングのリーガル・ディーガルは、ノーエイジのPPMやテリブル・レコーズから作品をリリースしているし(DIY万歳)、DIY精神は、確実に次世代へと繋がっている。
 ザ・ポップ・グループは、今年インディ・バンドの祭典のSXSWでもプレイする。


曲目表(photos by Greg Cristman)

 「RIP DIY」は、「あの時は良かった」という懐古的なものではない。それぞれのDIYの時代を強調することで、過去のDIYと現在のDIYの間のライン(あやふやだが)を効果的に引く。そして、その記録を、次世代に繋げる、次世代にタイマツを手渡すようなものである。

 著者は最近、パリセーズ、グッド・ワーク・ギャラリー、ボヘミアン・グローヴなどのDIY会場に顔を出している。全てJライン沿いにあるブシュウィックのスペースである。ウィリアムスバーグに、このような場所が少なくなったのは事実だが、アーティスト、ミュージシャンは「RIP DIY」と同じバイブを持つスペースをあちらこちらに作り出している。

 新しいDIY会場は、今までと同じヴァイブの場所、新しいコンセプトから、DIYを卒業する人、やり続ける人、新しい人、やりたい人が集まり、その時代のコミュニティが生まれ、進化していく。
 「RIP DIY」は、DO DIYのリマインダーなのだろう。

Yabby You - ele-king

 昨年、ロンドンに数ヶ月滞在した友人が帰国すると、開口一番、「とにかく、やったらヤビー・ユーがかかっていたんだよね。ラフトレードに行っても、オネスト・ジョンに行っても!」と言った。
 へー、ヤビー・ユー、しかし、なぜいまヤビー・ユー? 

 ヤビー・ユー、または本名ヴィヴィアン・ジャクソンの名前で知られる男は、レゲエのルーツ・アーティストとして、世界のレゲエ・ファンから尊敬されている。
 ジーザス・ドレッドという彼の異名が物語るように、ヤビー・ユーは、キリスト教とラスタが混じった独自の宗教観を持った人だった。彼のグループの名前はプロフェッツ(預言者)というが、ヤビー・ユーの言葉は、リー・ペリー並みの異様なスピリチュアリズムに満ちている
 また、彼のバックで演奏しているのがルーツ・レゲエの最重要ミュージシャンばかりで、しかもまた彼のミキシングの多くがダブの巨匠キング・タビーが手掛けていることも、のちのヤビー・ユー再評価にひと役買っているのだろう。『King Tubby's Prophecies Of Dub 』(1976年)はリアルタイムでは500枚しかプレスされなかったが、その後、何度も何度も、本当に何度も再発されている。

 しかしなぜ……、2010年に彼が他界した後も、たしかに彼の編集盤は出ている……が、いまこそ、たしかにヤビー・ユーなのだ。
 この終末的なムードからか、誰かがラジオでかけたことがきっかけなのか、ロンドンではヤビー・ユーがかかりまくっている。そんな西からの風が日本にも届くかのように、昨年末はロンドンの〈Pressure Sounds〉がダブの観点からの編集盤をリリース。そして、今年に入ってからもヤビー・ユーのBOXがリリースされた。

 『ドレッドの預言~奇妙で不思議なヤビー・ユーの物語』は3枚組で代表曲+未発表曲という決定版。ブックレットには著名なレゲエ評論家、デヴィッド・カッツによる、一冊の読み物とも言えるほど長く詳しい解説もある。このブックレットのために手に入れてもいいほどの内容だ。ファンにはマストのBOX セットです。

ヤビー・ユー
ドレッドの預言
~奇妙で不思議なヤビー・ユーの物語

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ヤビー・ユー&ザ・プロフェッツ
Deeper Roots Part 2
(More Dubs & Rarities)

Pressure Sounds/ビート

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DISQ CLASH - ele-king

 いや、ホント、すごいですね。何がって、あなた、90年代ハウス/テクノが熱いんです。ジェイミーXXだってプラスティックマンの「スパスティック」をかけて、ベンUFOがDJヘルの「マイ・ディフィニション・オブ・ハウス」をオールタイムの1位に挙げ、ジョイ・ベルトラムとジェフ・ミルズと初期URがミックスされている現在、ジャパニーズ・テクノのベテラン3人、Chester Beatty、DJ Shufflemaster、DJ YAMAが新プロジェクト、DISQ CLASHを結成しました。周知のように、ジャパニーズ・ハウス/ジャパニーズ・テクノは、いま旬です。

 3人は、昨年、クラブでならし運転をしながら、スタジオ・セッションをはじめました。そして、彼らのスタジオ・セッションには、ゲットー・シカゴ・ハウスの伝説=DJ FUNKも参加。こうして、DISQ CLASHの「Turbo Clash featuring DJ FUNK」が完成しました!
 この曲が、すでに海外で話題となって、4月中旬に、Tiga主宰の〈Turbo Recordings〉からリリースされます。3ヴァージョン入りです。超クールなシカゴ系のハウスなので、ぜひ聴いてもらいたいです。
 また、彼らは4月28日の「WIRED CLASH 」@ageHaにも出演します。

DISQ CLASH
TURBO CLASH

Turbo Recordings / Twin turbo

>>DISQ CLASH Oldschool DJ Mix
>>Facebook


ザ・なつやすみバンド - ele-king

 いったん演奏が鳴り止み、あたりがしんと静まり返ったその数秒後、静寂のなかをおそるおそる、ありったけの勇気を振り絞ってフェードインしてくるピアノと、闇夜に光が灯るように鳴らされるスティールパンの一片の調べ。それだけでもうこらえきれないものがあった。楽隊風の表題曲“パラード”を聴いていると、相米慎二が湯本香樹実の小説を映画化した『夏の庭』や、是枝裕和の傑作『奇跡』にて活写された、愛や欲望を知るよりも先に「死」を知ってしまった少年たちの戸惑いや、壊れゆく家族という制度のなかにあって、けっして望んだわけではない自らの「生」のかたちを受け入れていったこどもたちの、あのみずみずしい姿が目に浮かぶようだ。
 そう、MC.sirafuの素朴な言葉によって綴られたリリック――“パラード”や“鳥は舞いおりた”はとくにすばらしい――がすべてを語っているように、優れたポップ・ミュージックは、そこに出会いと別れが、生と死が、あるいは涙と希望があるのなら、その両方を肯定しなければならないのだが、もちろん、そんなことは恐れを知らないこどもにしかできやしないし、そのことを誰よりも理解しているのがこのバンドなのだ(彼女らの2012年のファースト・アルバム『TNB!』は、“なつやすみ(終)”という曲ではじまっていた)。ザ・なつやすみバンドの貴重さとは、つまり、そういうものなのだと思う。

 いま思い返してみても、『TNB!』は真の処女作と呼ぶべきものだった。それはまさしく「こどもたちの音楽」であり、欲望を知ってしまう前の音楽だけが触れることのできる何かに、間違いなく触れてしまっていたのだから。そのことに対して本人たちがどこまで意識的だったのかはわからないが、結果として相当数のリスナーを獲得し、好むと好まざるとにかかわらずある種の欲望を発見してしまったなつやすみバンドは、もし『TNB!』の世界観を待つ人のためにもういちど「こどもたちの音楽」を作ろうとするのならば、『TNB!』に自覚のないまま宿ってしまった奇跡を今度は意識的に/技術的に反復する必要があったはずであり、その困難さはザ・バーズの『ミスター・タンブリン・マン』がニ度は作られなかったことや、ボン・イヴェールが『フォー・エマ・フォーエヴァー・アゴー』の世界を二度と再現できないことと同様である。
 そして、いくつかのシングルが発表されはしたものの、アルバムというサイズでのリリースが噂としてさえ伝わってこなかったこの3年のあいだに、彼女らがけっして未熟さを保存することを目指しているわけではないことを知る機会があった。2013年の9月、群馬県みどり市にある小平の里キャンプ場という場所になつやすみバンドはやって来たのだが、筆者はその日の彼女らのパフォーマンスの素晴らしさを証言するためにならどのような証言台にも立つだろう。ステージに屋根はあるものの、あたりはどしゃ降り、観客は極めてまばら、しかも、このバンドのイメージする音をおよそ再現しているとは言い難いPAとの連携という、おそらくは最悪に近いコンディションのなかで、それでも彼女たちはその身をポップ・ミュージックに捧げていたのだ。筆者はあの姿を言い表すのに、「愛」もしくは「プロフェッショナリズム」以外の言葉を知らない。2014年の苗場で観た片想いと並び、それは忘れがたい夏の思い出となった。

 実際、ついに完成したセカンド・アルバム『パラード』での彼女らは、ビクターのVマークが背表紙に付いている以外は、装丁面も含めて僕たちの知っているなつやすみバンドのままであるものの、それが意識的に、プロフェッショナリズムの賜物としてそこに存在しているという点で、これまでとは少しばかり次元が違う。メロディの媚態や、感情をべたつかせた歌詞の羅列によってではなく、自分たちの作品を理想主義的とも言える純粋さで届けること。前作『TNB!』が8月32日のための音楽だったとすれば、『パラード』は9月1日をいちど引き受けた後の大人たちが作った「こどもたちの音楽」と言うべきだろう。
 もっとも顕著なのが楽曲ひとつひとつの構成力であり、ポップスの定型のなかで中川理沙の声に身を任せておけばすべてが許された『TNB!』の頃とは鳴っている音の要素こそ近いものの、この3年でまったく別のバンドのような進化を遂げている。アルバムを勢いづけるロック・ナンバーひとつをとっても、豊かなストリングスとささやかなファンファーレで幕を開け、組曲的な展開を経てパンクのように疾走する“パラード”は、前作収録の“悲しみは僕をこえて”の素直さとは異質だし、“ラプソディー”における多重コーラスと室内楽的なアレンジ、凝った転調、しかもそれらがポップスとして集約されている手応えには、ダーティー・プロジェクターズ(!)の名前すら思い浮かべた。
 あるいは、これが発表された時にはいささか突拍子もないアイディアにも思われた、さながらなつやすみバンド流の“One More Time”とでもいうべきハウス・ナンバー“スーパーサマーウィークエンダー”も、アルバムの中でしっかりと自分の居場所を見つけている。そして、アルバムはカントリー・テイストな“鳥は舞いおりた”などのなだらかな時間帯を経て、〈TOKYO ACOUSTIC SESSION〉でのセッションとしても公開されていた“ファンファーレ”にたどり着く。なつやすみバンドの歌のなかで一人称を引き受けてきた「僕」が、歌い手である中川その人の姿と重なって見えるような仕掛けになっており、小沢健二の“天使たちのシーン”さながらの淡々としたリズムが彼女の背中をそっと後押しいているのだ。この曲で『パラード』を聴き終えた誰しもが、人知れず「たしかに受け取ったよ」とつぶやくに違いない。ささやかながらも感動的なエンディングである。

 最後に、本作には収録されなかったシングル曲、“サマーゾンビー”について少しだけ触れておこう。この曲は、周知のようにG・A・ロメロの映画『ゾンビ』の設定(街に突然現れたゾンビから逃れるために、生存者たちがショッピングモールに立てこもるというもの)を引用しているのだが、あの短冊シングルは、いま思えば郊外型ポップスの先駆けだったのだろうか。となれば、筆者は彼女たちに「全国イオンモール・ツアー」を期待せずにはいられない。今回のメジャー・デビューでクラムボンや空気公団、リトルテンポのファンにもなつやすみバンドの音楽がくまなく行き渡ることを祈りつつ、地方都市に生きるこどもたちが、愛や欲望を知るよりも先になつやすみバンドの音楽を知る、そんな世界があってもいいと思うから。それくらいのささやかな未来を欲望する権利くらいは、僕たちにもまだ許されているだろう。

DBS presents “Spring Funky Bass”は今週末! - ele-king

 UKブラック・ミュージックのストリート部門で活躍するスウィンドルとロスカが今週末に来日する。
 グライムとジャズ、ソウル、ファンクを繋げたスウィンドルの果たした功績はやはり大きい。2012年のフロア・ヒットとなった“Do The Jazz”と、翌年のアルバム『Long Live The Jazz』では(ともにリリース元は〈Deep Medi Musik〉)、卓越した鍵盤のテクニックとメロディとリズムのセンスを見せた。
 ロスカはリンスFMの看板DJとしてだけではなく、プロデューサーとしても好調で、今年に入り〈Tectonic〉テクノ色が強くなった「Hyperion EP」をリリース。UKファンキーの可能性を押し広げていく姿勢がシーンをリードしている。ちなみに、彼がロンドンで主宰するパーティ〈Roska Presents〉には、本誌で取り上げたピンチやジョーカーたちも出演してきた。細分化が進むUKベース・シーンを繋げる存在としても、ロスカからまだまだ目が離せない。
 東京公演にはPart2Style Sound、Prettybwoy、Hyper Juiceといった日本のベース・シーンの第一線でプレイするメンツが出演する。

DBS presents " SPRING FUNKY BASS!!! "

3.21 (SAT) @ UNIT x SALOON
UNIT:
SWINDLE
ROSKA
PART2STYLE SOUND
DJ RS
HYPER JUICE

Live Painting:
The Spilt Ink

SALOON:
DJ DON
DJ MIYU
PRETTYBWOY
ZUKAROHI
ANDREW

open/start 23:30

adv.3,150 yen / door 3,500 yen

info. 03.5459.8630 UNIT
www.unit-tokyo.com
https://www.dbs-tokyo.com

<UNIT>
Za HOUSE BLD. 1-34-17 EBISU-NISHI, SHIBUYA-KU, TOKYO
tel.03-5459-8630
www.unit-tokyo.com

SWINDLE (Butterz / Deep Medi Musik / Brownswood, UK)
13年に"MALA IN CUBA LIVE"のキーボード奏者としてDBSで来日、単独DJセットでフロアーを狂喜させたスウィンドルはグライム/ダブステップ・シーンのマエストロ。幼少からピアノ等の楽器を習得、レゲエ、ジャズ、ソウルから影響を受ける。16才の頃からスタジオワークに着手し、インストゥルメンタルのMIX CDを制作。07年にグライムMCをフィーチャーした『THE 140 MIXTAPE』はトップ・ラジオDJから支持され、注目を集める。そしてSO SOLID CREWのASHER Dの傘下で数々のプロダクションを手掛けた後、09年に自己のSwindle Productionsからインストアルバム『CURRICULUM VITAE』を発表。その後もPlanet Mu、Rwina、Butterz等からUKG、グライム、ダブステップ、エレクトロニカ等を自在に行き交う個性的なトラックを連発、12年にはMALAのDeep Mediから"Do The Jazz"、"Forest Funk"を発表、ジャジーかつディープ&ファンキーなサウンドで評価を決定づける。そして13年の新作『LONG LIVE THE JAZZ』(Deep Medi)は話題を独占し、フュージョン界の巨匠、LONNIE LISTON SMITHとの共演、自身のライヴ・パフォーマンスも大反響を呼ぶ。最新シングル"Walter's Call"(deep medi/Brownswood)でジャズ/ファンク/ダブ・ベースの真骨頂を発揮したスウィンドル、必見の再来日!

ROSKA (Roska Kicks & Snares / Rinse, Tectonic, UK)
トライバルハウス、ディープハウス、UKガラージ等のエッセンスを重低音でハイブリッドしたベースミュージックの新機軸"UKファンキー" の革新者、ロスカ。08年に自己のRoska Kicks & Snaresから"Elevated Level EP"、"The Climate Change EP"をリリース。彼のトラックはSKREAM、ZINC、DIPLO、KODE9を始め錚々たるDJのサポートを受け、一躍脚光を浴びる。09年にはシーンを牽引するRinse FMのレジデントに抜擢され、そのフレッシュでロウなダブ音源でUKファンキーの台頭をリードする。10年にはRinse Recordingsと契約し、キラートラックとなった"Wonderful Day"、"Love 2 Nite"を収録したアルバム『ROSKA』をドロップ。BBC Radio 1のEssential Mixにも登場し、その存在を確固たるものとする。11年にSCUBAのHotflushからのEP、PINCHとの共作発表、Rinseのミックスの監修等を経て、12年は更なる飛躍を遂げ、Rinseからアルバム『ROSKA 2』を発表、ハウスを基調にグライム、ダブステップ、ガラージを独自のスタイルで昇華する。その後は世界各地でのDJ、ラジオショーで多忙を極める中、TectonicからPINCHとの共作"Shoulda Rolla"、Rinseから"Shocking EP"をリリースし、Roska の快進撃はとどまる事を知らない。Tectonicから先頃リリースされた最新作"Hyperion EP"では新境地も伺え、来日プレイの期待は高まるばかり!


Bob Dylan - ele-king

 クリント・イーストウッドと同い年、84歳のジャン=リュック・ゴダールによる3D映画『さらば、愛の言葉よ』を観て笑ってしまったのは僕だけではないはずだ。あるショットでカメラがパンすると、べつのショットがかぶさったままシークエンスが進行する……箇所で吹き出したのはつまり、「何これ?」という驚きと喜びによるものだった。誰もがこう思わずにいられない……「こんな3D映画観たことない」。半世紀前も新しい映画を撮っていたはずの映画の「神」が、ひとの予想を遥かに超えて奇抜に新しいことをやっているという事実はそれだけで心躍らされるものがある。その観たことのない奇妙なショットはしかし同時に、エイゼンシュタインのモンタージュを遠景で連想させる気もした。

 もう2本映画の話をしたい。ディランをモチーフとしたコーエン兄弟『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』とトッド・ヘインズ『アイム・ノット・ゼア』である。前者に関してももうオチを書いてしまってもいいだろうか? あれは、ディラン登場のほんの少し前の時代のフォーク・シンガーが「あばよ」と告げることで歴史上に小さな点を刻んで退場する映画で、結局のところそこで登場するディランそのひとの存在を逆照射して終わっていた。そして後者は、ディランの生きた時代をいったんバラし、別の人格として提示することでそのキャリアの振れ幅の広さを示していたが、その2本はどちらもボブ・ディランという巨大で、そして掴みどころのないミュージシャンの功績、存在、歴史的意義……といったものを、どうにかしてまとめようとしていたように思う。

 だが、この通算36枚めのアルバム『シャドウズ・イン・ザ・ナイト』はどうだろう。功績をまとめるなんてどこ吹く風、誰もが予想できない内容だったのではないか……フランク・シナトラのレパートリーのカヴァー集というのは。「なぜ?」というのは前作『テンペスト』のシェイクスピアにも感じたことだが、本作ではそれが上回る。なぜディランだけが、いまなお誰よりも自由なのだろうか?

 21世紀、アメリカのインディ・ロック・ミュージックに心惹かれてきた僕のような人間にとって、それはボブ・ディランと出会い直し続けるような体験でもあった。とくにゼロ年代中盤ごろから次々に現れたアコースティック・ギターを握って弾き語るようなシンガーたちには、祖父のような存在としてのディランが重なって見えるような気がした。ディランがいたから、ディランがいるから俺たちが歌える、というような安心感を彼らは抱いているように見えた。だから僕は『アイム・ノット・ゼア』のサウンドトラックが大好きで、そこでディランの子どもたちや孫たちが父/祖父の歌を敬意と愛情をこめつつ歌っていることは、アメリカのもっとも美しい歴史の流れに思えたのだ。

 けれどもディラン本人はそうした若い世代からのエールもさらっと交わすように、自分の現在の立ち位置も無視するように、飄々と意表をついてみせる。祖父だなんて思うことは許さない。いや、許さないというのは言葉が合っていない……気にしない。関係ない。俺はやりたいことをやる。そんな感じだ。「なぜフランク・シナトラ?」というのは、たぶん僕たちがどれだけ考えても本当のところはわからない……もう50年ほど、そんな風にリスナーを煙に巻き続けてきたひとなのだから。

 けれども『シャドウズ・イン・ザ・ナイト』はいたずらに聴き手を混乱させるアルバムではなく、それ以上に現在ボブ・ディランを聴くことの喜びを与えてくれる作品である。まず彼自身の深い声による心のこもった歌が聴け、そして一発録りだというラフだが熱のある演奏によって、ロックンロール以前の古い古いポップ・ミュージックが生々しいものとして眼前に立ちあがってくる。TMTが思わず「オカルト」と評するのも頷ける……誰もが忘れてしまったいにしえの魂がここで蘇っているからだ。「フランク・シナトラ レパートリー」で検索すればリストは出てくるだろうし、シャレたカフェでかかるようなスタンダードのカヴァー・ソングならどこでも聴けるだろうが、ここでは、そうしたものが葬ったものにこそ息が吹きかけられている。

 一貫してスロウでムーディーな曲調は最近では『モダン・タイムス』に収録された、いくつかの美しいバラッドを想起させる。たとえば“ワーキングマンズ・ブルーズ #”2”では労働者の生が歌われていたが、ここでは昔むかし大衆が共感したような、人びとの苦難と悲しみが歌われている。何度も聴いたはずの有名なシャンソン“枯葉”の情感にはあらためて引き込まれ、“フル・ムーン・アンド・エンプティ・アームズ”では歌詞のテーマとなっている戦争が生み出した孤独の情景を思い浮かべずにはいられない。ペダル・スティールの甘い響きはそれ自体、豊かではなかった時代のアメリカにおける人びとのささやかな喜びを浮かび上がらせるようだ。終曲となる“ザット・ラッキー・オールド・サン”はひときわ染み入るメロウさに包まれた歌で、そこではまたしても労働者の過酷な日々と、それゆえの祈りが捧げられている。

 ボブ・ディランはフランク・シナトラが歌った歌の向こう側に、その人びとを見ている。歴史に名前を刻むこともなく、生きて生きて生きて、死んでいった市井の人びとを。すべてが上書き更新されていく時代にあって、それは忘れ去られていたがゆえにある新鮮さを伴って響いているように聞こえる。僕たちは若きディランのいた60年代も70年代も本当に追体験することはけっして敵わないが、いまもディランの歌は僕たちが知らなかった風景を見せてくれる。

John Butcher - ele-king

 ジョン・ブッチャーは英国のサックス奏者であり、フリー・インプロヴァイザーである。むろん、そんな説明など、まったく無用だろう。数々の奏法を生み出し、演奏と聴覚の拡張をする彼の名は、われわれ音楽ファンの記憶に深く刻まれているのだから。
 彼こそデレク・ベイリー、エヴァン・パーカーなどのフリー・インプロヴィゼーションの第一世代と90年代以降の音響派シーンを結びつける最重要人物である。昨年にリリースされたロードリ・デイヴィスとの競演盤『ラウティング・リン』も記憶に新しい(クリス・ワトソンが録音を担当)。

 本盤は、そんなジョン・ブッチャーのサックス・ソロ・アルバムである。リリースは日本の〈ウチミズ・レコード〉からで、ジョン・ブッチャーの2013年日本ソロ・ツアーから大阪島之内教会と埼玉・深谷エッグファームでの演奏を収録している。曲は全3曲。それぞれ“Enrai”、“Uchimizu”、“Hamon”という日本語が付けられている。本盤に封入された横井一江のライナーによると、レーベル・オーナーである寺内久が提出した日本の季語などの「夏」を連想させる言葉の中から選んだ曲名だという(このライナーもさすがとしか言いようがない素晴らしいテクスト。本作の空気感を落ち着いた文体で描いている)。アルバムを聴くとわかるが、言葉の響きがそのまま音/音楽に繋がっているような印象なのである。
 録音はチューバ奏者である高岡大祐。高岡の録音は、ジョン・ブッチャーの音によって生まれるその場の空気の振動や空間性を見事に捉えている。フリー・インプロヴァイズの録音であり、同時に、民族音楽の現地録音を聴いているような生々しさや空間性を感じるのだ。

 アルバムに耳を澄ます。音の肌理をなぞるように聴く。音の奔流と空間に没入する。そして、その「間」にある深い沈黙も聴く。すると、ジョン・ブッチャーの生成する音の変化が、少しずつ聴こえてくる。最初は彼の肉体性と演奏が直結しているように聴こるはずだ。呼吸器官から口腔がサックスという装置によって拡張していくさまが手にとるようにわかるとでもいうべきか。ブレスですらも生々しく捉えられた録音がじつに見事である。さらに聴き込んでいくと、その録音は、より広い空間の響きを捉えているように思えてくる。音が生まれ出る空間を感じられれば、今度は、ジョン・ブッチャーの肉体と音は不意に離れていくだろう。旋律が生成したかと思えば、次の瞬間、音の素数へと分解され、結晶のように宙にひらひらと舞う。そうかと思えば、その結晶が、さらに強い意志で明確な音へとトランス・フォームし、予想もつかない新しい「音楽」が生まれ出る……。
 そう、このアルバムの聴取体験は、肉体/空間と音楽/音響の、ふたつの両極を「演奏」という音の線に乗って行き来する稀有な体験なのだ。私たち聴き手の「記憶」へと作用する音である。
 1曲め“Enrai”は、記憶の襞を解きほぐすかのように、深く震動する音の持続からはじまる。サウンドは変化し、その響きは、ときにひとつであり、ときにふたつに変化する。またあるときは地を這うように響き、あるときは軽やかに空を舞う。ジョン・ブッチャーの息吹を生々しく感じたかと思えば、まったく予想できない天空の音を生成していく。26分に及ぶ演奏は一瞬たりとも集中力を欠くことはない。なんという演奏か。なんという音か。そして、演奏の終わり近く、あたかも遠雷のように響く音の衝撃。
 アルバムの演奏に耳を澄ましていると、その音のタペストリーは、同時にサイレンスも深く際立たせていることにも気がつく。音と間。静寂と炸裂。息吹と咆哮。2曲め“Uchimizu”、3曲め“Hamon”と続けて聴くことで、われわれはジョン・ブッチャーがその瞬間に生み出す音と沈黙の連鎖を体感することになる。
 音と沈黙。それはまるで夏の日の記憶に刻まれた、突然の雷のように、私たちのノスタルジアを強く刺激する。英国人であるジョン・ブッチャーのフリー・インプロヴィゼーションによるサウンドが、なぜ私たちの記憶=ノスタルジアを刺激するのか。まったく不思議であるが、同時に、まったく不思議ではない。なぜなら響きは記憶に作用するからだ。メロディよりもリズムよりも、もっと深く、より繊細に、深層に。私たちの音の記憶は、響きのテクスチャーの中に幾層にも折り畳まれているものだ。音の記憶とは鮮明である。同時に曖昧でもある。多様で複雑ですらある。それは芳香=空気の記憶に似ている。つまり本作の演奏は香りのように記憶に作用するのだ。

 フリー・インプロヴィゼーションの技法のかぎりを尽くして、しかし、単なる技法を越え、天空を駆けるような、もしくは空気のような響きの「音楽」が奏でられている。彼のソロ・サックスの音もまた、ひとつの音であり、ふたつの音でもある。本盤においては、演奏者も聴き手も集中という軸を共有することで、より深い鎮静へと導かれるだろう。その響きの揺れと変化に聴覚を全開にすること。ジョン・ブッチャーの音響は、そのことを具体的に示す。そう、「ひとつ」の中に無限の千のプラトーが存在しているのだ。それはひとつの音の中(=複数の音の中に)に、繊細な多層性を聴き取る行為でもある。このサックス・ソロ・アルバムは、そんな豊かな音楽体験を約束してくれる素晴らしい作品だ。演奏、録音、アートワーク、ライナー、すべてにこだわりぬいた傑作である。

Run Dust - ele-king

 春の息吹が刻一刻とそのおとずれを著けくしている今日この頃、皆さまはいかがお過ごしでしょうか。花の粉にヤラれてズビズバのメガハイでしょうか。それとも新歓コンパの学生やフレッシュ社会人の爽やさに反吐が出る? なんか毎年春が近づくたびにこんなことを言ってる気がしますが、公共スペースに溢れる爽やかさをヘッドフォンで遮断し、苦々しい思いに没入したいあなたにはコレがオススメ!

これまでグノド(Gnod)のメンバーによるレーベルである〈テスラ・テープス(Tesla Tapes)〉や〈オパール・テープス(Opal Tapes)〉など、カルトな人気を博すカセット・レーベルからのリリースが記憶に新しい、ニューヨーク在住のルーク・カルゾネッティによるラン・ダスト(Run Dust)の初ヴァイナル・アルバムが個人的にいまお気に入りのレーベルであるフランスの〈イン・パラディズム(in paradisum)〉よりリリースされる。

同曲のMVはほぼポルノなので埋め込めませんので悪しからず。

エロいあなたは直接バンドキャンプで観てください。トリッピン!


ライヴ・エレクトロニクス(電子楽器による生演奏)によって構成されるラン・ダストのサウンドはもちろんテクノのレコードとしてフロアで十分に通用するものではあるが、そのトラックのヴァリエーションの豊かさ、拘りのなさ、パンク極まるヴォーカルから想起させられる彼のバッググラウンドは確実にテクノではない。そういった意味では以前取り上げた〈トレンスマット〉のレーベル感覚に近い、ゼロ年代後半からのUSエクスペリメンタル・サウンドの旨味を捨てずに現代の電子音楽的感覚に見事に繋げている例だといえよう。

ライヴ未見であるので確実なことは言えないが、おそらくゴミのような機材をとんでもないアイデアを用いて使用し(これこそが僕がいままで見てきたUSアンダーグラウンドのアーティストの底力であると思っているのだが)、ステージを縦横無尽に走りながら叫ぶ退廃的なアクトを勝手に想像している。ノイズ/パワエレ、EBM、ミュージック・コンクレート、エクスペリメンタルをグシャグシャにして邪悪なテクノ、または暗黒ミニマル風に見事にまとめあげている。マスタリングはじつはUSローファイ・シーンの影の立役者でもあったジェイムス・プロトキンで隙無しだ。

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