「Dom」と一致するもの

初音ミクの『増殖』 - ele-king


HMOとかの中の人。(PAw Laboratory.) - 増殖気味 X≒MULTIPLIES
U/M/A/A Inc.

初回盤 通常盤


 初音ミクによるYMO『増殖』のカヴァー・アルバム、『増殖気味 X≒MULTIPLIES』が今週リリースされる。プロデューサーは、初音ミクを筆頭としたボーカロイド文化の黎明期から活動し、現在もシーンを支えつづける“HMO とかの中の人。(PAw Laboratory.) ”。2009年に発表された『Hatsune Miku Orchestra 』につづく第2弾ともなる作品であり、前作にましてコンセプチュアルなこだわりと細部への作りこみが徹底されている。そうした点をひとつひとつ照らし出すことで、本作はさらにユニークにかたちを変えるだろう。また双方の「増殖」のニュアンスが持つ興味深い差異についてもあきらかになるはずである。今回は元ネタであるYMO『増殖』との比較をおこないながら、本作のおもしろさ、YMOのおもしろさ、そしてボカロ文化のおもしろさに迫る座談会をお届けしましょう。YMOを知らないあなたにも、初音ミクがわからないあなたにも!


YMOか、スネークマンショーか

小学生でスネークマンショーのファンになったってひとはすごく多いですね。遠足のバスのなかでみんなでかけて聴いたと。(吉村)

――まずはみなさんのYMO体験から、簡単におうかがいしたいと思います。世代的には三田さんと吉村さんがいちばん聴いていらっしゃると思いますが、さやわかさんはいかがですか?

さやわか:僕は小学1年とか2年とか、ほんとに子どもだったんですよね。74年生まれなんですが、音楽を聴いていちばん最初にかっこいいなと思ったのが、YMOとかで。

三田:そうなんだ?

さやわか:そうなんですよ。まあ最初は“ハイスクール・ララバイ”とかを聴いて、「こういうものがあるんだ」っていうのが最初なんですが。

三田:(笑)なるほど~。

さやわか:子供ですからね。その後に“ライディーン”とか聴いて、かっこいいなっていう感じですよね。だから、『増殖』ぐらいになると、もうなんとなく知ってるんですよね。しかもちょっとギャグが入っていておもしろおかしいし、従兄弟の家に行ったら置いてあるくらいのポピュラーなものだったんですよ。とくにこれは、ジャケットもダンボールとかついててかっこいいじゃないですか。おもちゃっぽい、ガジェットっぽいというか。だから子ども心に憧れのある盤ではありましたよ。

三田:久住昌之がつけた歌詞、知ってる?

さやわか:「テ・ク・ノ~、テクノライディ~ン~」(空手バカボン“来るべき世界”の歌詞)じゃなくてですか(笑)?

三田:「僕は~きみが好きなんだよ~」って(笑)。

さやわか:はははは! ともかく、そんな感じですね。YMO初期から中期に行くぐらいの感じの、ちょっとおもしろおかしいんだけれども、とんがっててかっこいいみたいな感じ、ポップさがある感じがすごく好きだったなあ。印象的だった。だんだん大人になってくると中二病的な気持ちで「中期ぐらいがいいよね」みたいなことを言い出すんですけど(笑)。でも、最終的には『増殖』くらいがすごく好きですね。子供の頃の憧れもある、ポップで、おもちゃっぽい感じ。

三田:ポップっていうか、勢いがあるときだよね。

さやわか:まさにそうですね。やりたい放題感があるわけじゃないですか。

三田:僕は高校生だったけど、吉村さんは?

吉村:僕は中学生でしたね。何年か前にスネークマンショーの本を書いて、そのときにすごくリサーチしたんですけれども、小学生でスネークマンショーのファンになったってひとはすごく多いですね。遠足のバスのなかでみんなでかけて聴いたと。

さやわか:懐かしいな。いま思い出しましたよ。2コ上の従兄弟がスネークマンショーのテープをいっぱい録って持っていたんですよね。僕はそこから入っていって、スネークマンショーのオリジナル盤みたいなものもどんどんテープに録って、友だちと貸し借りしました。スネークマンショーがやっぱりおもしろいんですよね。

三田:今回の野尻さん(※)にプレッシャーをかけてるわけですね(笑)。

※野尻抱介。『増殖』オリジナル盤にはスネークマンショーによるコントが数編収録されているが、『増殖気味 X≒MULTIPLIES』では野尻氏の脚本によって2012年現在を反映する内容に書き換えられている。

さやわか:はははは! いやいやでも、今回の野尻さんのやつも、時代性があるというか、よかったじゃないですか、最後のやつとか。

吉村:スネークマンショーのほうは、けっこう校内放送でかけて怒られたとか、そういうエピソードがいっぱいある。

三田:小学校で?

吉村:小学校、中学校で。モノマネもよくやったみたいですよね。たとえばKDD(『増殖』収録のコント)とか英語じゃないですか。小学生だったら意味はわからないんだけど、言葉やセリフのリズムとか声の質とか、すごくおもしろく聞こえちゃうんですね。そういうマジックがあった。

三田:じゃあけっこう共有文化なんだ? クラスメイトの。

吉村:そうですね。YMOよりもスネークマンショーって感じですね。

さやわか:そうなんですね。僕はもう、嘉門達夫とかといっしょに聴いたような気がしますよ。そういうレベルの出来事ですよね、小学生にとっては。

三田:あー、なるほどね。僕は逆に、YMOはダメだったんだよね。ちゃんとそのとき買って聴いたのは『BGM』だけで。流行りものの勢いに負けて、7インチは全部買ってたんだけどね。だからいまだに『テクノデリック』を聴いてない。

一同:(声を揃えて)マジすか!?

三田:そうそう。

さやわか:そんなことがあり得るんですね。

三田:いまだに抵抗があって。なんでかって言うと、先にクラフトワーク聴いてるんだよ。父親がヨーロッパ土産で『トランス・ヨーロッパ・エクスプレス(ヨーロッパ特急)』の7インチ買ってきてくれて。で、その頃に聴いてる音楽ってクリームとかだから、はじめて『トランス・ヨーロッパ・エクスプレス』を聴いて、もう何が起きたかわかんない! っていう衝撃があったわけだよね。何がどうなっちゃったんだろ、と思って。それでその次の年に“ライディーン”を聴くと、「子どもっぽいなー」っていうね(笑)。なんか真剣になれないんだよね。

さやわか:はははは! でもまあ、そうですよね。フュージョン感が。

三田:だけど、『BGM』がよかったんで、もうちょっと聴いてみようかなと思ったときに、『増殖』も知ったんだよね。だからこの作品には愛着があって。

さやわか:あ、そうですか? 『BGM』から戻っていく感じですか?

三田:そうそう。だから“ビハインド・ザ・マスク”を知らなかったのよ、全然。だいぶ経ってから“ビハインド・ザ・マスク”聴いて、いまではいちばんが“ビハインド・ザ・マスク”かな。そんなとこです、僕のYMO体験というのは(笑)。『増殖』はでも、リアルタイムで聴かないと、体験としての差が大きいよね。

さやわか:『増殖』はリアルタイムで?

三田:うん。『増殖』と『BGM』だけはそれなりに愛着があるね。でも、去年だったか、坂本龍一さんがDOMMUNEに出た後の打ち上げで、僕、ポロっと「“タイトゥン・アップ”のなかのセリフで「酒飲め、坂本」ってありましたよね」って言ったら怒られたんだよね。「違うよ!」って。「Suck it to me, Sakamotoって言ってるだろ!」って。30年以上勘違いしてた(笑)。しかし、そんなに怒るかなって(笑)。

さやわか:はははは! でもそうやって空耳するくらいの気軽さでみんなの耳に入ってくるような影響力がありましたよね。

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ふたつの「増殖」

いまの初音ミクって、初音ミクというぼんやりとした中心のようなものに向かって、全員が違うものを作っているってところがおもしろいので、その違いをはっきりと出してるジャケットだなと。(さやわか)


――その『増殖』を初音ミクでカヴァーしたアルバム、『増殖気味 X≒MULTIPLIES 』が今月リリースされるわけですが、ここからは両者を比較しながらお話をうかがっていきたいと思います。アレンジ、プロダクション、コンセプトに加え、楽曲やコント・パート、仕様そのものの再現性についてなど、たくさんの比較ポイントがありますよね。

 また、そもそもYMOが『増殖』をリリースした背景にあるものと、現在の初音ミクを取り巻く風景とを比べながら見えてくるトピックもあるかと思います。初音ミクはちょうど発売から5年が経って、いろいろな意味でかなり一般化された段階を迎えてもいますので、そのあたりもふくめておうかがいしていきましょう。

 まずは、ぱっと気づいた相似点、相違点からご指摘いただけますか?


さやわか:時期的にはおもしろいですよね。YMOが上り調子というか、わっと人目を引きつつおもしろおかしいことをやっていた頃と、初音ミク5周年、それこそファミマなんかで商品が売られるようになったタイミングで、同じものが出るっていうのは。ほかにも5周年ということで初音ミクがらみの企画はありますが、『増殖』のカヴァーというのは、目のつけどころとしていいかもなって思いましたね。

 で、相似というよりもむしろ相違する部分なんですけど、ジャケットの絵がいいですよね(笑)。初音ミクの姿が、全部同じじゃないんです。全部違ってるんですよ。

三田:色校を見たときにジグソーパズルを作ろうって言ったんですよ。

さやわか:うん、それいいじゃないですか。『増殖』のジャケットって、いかにも当時のテクノ的な考え方として、「同じものがいっぱいある」っていう意味を持たされていたじゃないですか。もちろん個々の人形に微々たる違いはあるんだけれども、その違いが微々たるものであるというほうに意味を見出すのは、いかにも当時のテクノ的な考え方に思えますね。ところがいまの初音ミクって、初音ミクというぼんやりとした中心のようなものに向かって、全員が違うものを作っているってところがおもしろいので、その違いをはっきりと出してるジャケットだなと。

三田:『増殖』の意味が違ってたと思って。オリジナルのジャケット・デザインは、当時で言ってた右傾化みたいなムードへの批評性を持ってたと思ったんだけど、今回のは初音ミク自体の増殖性をパラフレーズしてる感じだと思って。まあ、いまのほうがよっぽど右傾化してるんだけど、もうパロディになるレベルの右傾化じゃないから(笑)。そういう違うはあるかなって。

さやわか:そうですね。そういう意味では、その右傾化的なものをさらりと流してしまっているような、なんというか軽やかさがあるわけですよね。

三田:軽やかさ(笑)。

さやわか:だって『増殖』のジャケは、こんなふうな表現で来られるからには、どう考えてもメッセージ性が高いわけじゃないですか。

三田:僕が当時覚えてるのは、年配の人たちに拒否反応があったよね。

さやわか:ああ、そうなんだ。

三田:筑紫哲也なんかが右傾化に対していろいろ言ってたタイミングでもあったから。

さやわか:これ(『増殖気味』)はそういうことじゃなくて、かわいいキャラクターがいろんな表情を取っているっていうことに完全に置き換えているので、そこがおもしろいなと思いました。


ボーカロイドは政治性を嫌うか


やっぱりスネークマンショーのパロディなんだから、もうちょっと強く毒みたいなものを出したほうがいいんじゃないかなという気持ちもある。あの雪山のコントも、もしスネークマンショーがやってたら、津波とかになるんじゃないかな。(吉村)


吉村:いまの話と共通するんですけど、『増殖』のときはコントのギャグに70年代末の世相がすごく反映されてるじゃないですか。今回のは、3.11後のいまの世相っていうのがまったく反映されてない。逆にそれはすごいことだと思って。

 これは自分のなかでまだ解釈が分かれてるんですけれども、そうしたテーマを中途半端に出すよりはいいのかなっていう気持ちと、やっぱりスネークマンショーのパロディなんだから、もうちょっと強く毒みたいなものを出したほうがいいんじゃないかなという気持ちと。あの雪山のコントも、もしスネークマンショーがやってたら、舞台は雪山じゃなかったと思う。

さやわか:何? 戦場とか?

吉村:津波ですよ。津波で取り残された人とかに設定したと思う。

三田:ああー、なるほど。やっぱりそこは意図的に回避されてると?

吉村:そう、ちゃんと考えて避けられているんだというのはわかるんですけど、そのへんが違うな、と思いますね。

三田:なるほどねー。

さやわか:社会性みたいなものをあえて排除してるということですよね。でも、初音ミク自体が政治性とそもそも接続されにくい、スタンスを固定しにくい存在としてあったわけじゃないですか。それに、メインで聴いている層が小・中・高ぐらいのはずなので、いまは彼らにとって政治的なものっていうのが、自分たちの問題として扱われていないんじゃないかということがある。そして、政治に興味がある大人たちにとってみれば、今度は初音ミクが彼らに届いていない。

三田:でも、小説を読むかぎり、このコントを書かれた野尻抱介さんというのは、国家は意識しているし、政治性を感じさせないという作風ではないけどね。僕の印象からすればやや楽観的な国家観ではあると思いますけど、まったくそういうものを排除するわけではない。「一般意志2.0」とか急に出てくるんだけどね。

吉村:たとえ左であれ右であれ、そういう政治性みたいなものを出すとリスナーから拒否されるみたいなことはあると思います?

さやわか:うーん、どうでしょう。

三田:でも、それは巧妙なやり方があるような気もするけど。野尻さん自身はこの『南極点のピアピア動画』(ハヤカワ文庫JA)も『ふわふわの泉』(同)もテーマが増える、増殖するってことだったので、テーマ的にはぴったり合ってるはずなんですよ。でもコントにあんまり反映されてなかったなって。小説のほうと全然キャラが違うんで、あれ? みたいには思った。

吉村:そのあたりをすごく考えてこれになったとは思うんですよ。

さやわか:たぶんそうでしょうね。

三田:やっぱり子どもを意識したのかねえ?

さやわか:そうじゃないんですか。単純に、聴いて楽しいって感じですよね。とくに聴いていて思ったのは、ニコ動(ニコニコ動画)ユーザーのなかでも、どっちかと言うとクリエイターよりちゃんとリスナーに向けて作られているように感じましたけどね。

三田:YMOの『増殖』を聴いたときに思ったけど、やっぱりギャグは一回性のものでさ。何回も聴くものではないよなと感じたんだけど、『増殖気味』のほうは「いいボカロもあれば悪いボカロもある」のネタとかさ、けっこう何回聴いてもおもしろい(笑)。

さやわか:はははは! その違いは何なんですか(笑)?

三田:何なんだろうな(笑)。あれがいちばん好きで、あればっか聴いてる。

さやわか:それは強力なメッセージ性とか、そういうものを持ってないからかもしれない。

三田:なんだろうね。

さやわか:空気系じゃないけれど、ゆるっと、ふわっとして重みがなく、なんとなく聴いて笑っちゃえるみたいな。

三田:『デス・プルーフ』(クエンティン・タランティーノ監督)以降、女のおしゃべりが気になってるからかもしれない。女が集まってしゃべってるのって妙にインパクトがあるよね。『ハッピー・ゴー・ラッキー』(マイク・リー監督)とか、最近だと『東京プレイボーイクラブ』(奥田庸介監督)っていう映画のなかで、風俗嬢がしゃべるシーンにすごい破壊力があるんだけど、ちょっとそれに通じるものを感じちゃって(笑)。

さやわか:キャラソン(キャラクター・ソング)CDにちょっと似たノリがあっておもしろかったですよね。途中に寸劇が入る系の。『増殖』は曲とギャグが交互に入ってますよという構成のアルバムなんだけど、『増殖気味』は、初音ミクを中心としたキャラものだなって思いました。

吉村:そうか、主役がはっきりしてるんですね。

さやわか:そうですね。


オリジナルはいい加減な仕様? 『増殖気味』の楽しい仕様

僕はsupercellのイメージがいまだに強すぎるのかもしれないですけど、初音ミクってロックっぽい曲がかなり多い気がするんですよね。合成音声だからといって、エレクトロニカみたいなものがさほど目立つわけでもないように思うんです。(さやわか)

三田:コントの脚本が野尻さんになったのは、アーティストの意向? じゃあやっぱり『ピアピア動画』(『南極点のピアピア動画』)が大きいのかな。これは明らかに初音ミクをモチーフにしてるし、ニコ動をテーマにしたSFだったから。野尻さんは、ニコ動でも投稿したり、いろいろされてるんだっけか。尻Pだっけ?

さやわか:そうそう。そういう意味でも『増殖気味』は、ニコ動的な文脈もYMO的なものもちゃんとわかって作ってるってことですよね。全体的に凝りようもすごい。そうだ、インナーがちゃんと野球場になってるんですよね(※)。そんな感じでYMOへのいろんなオマージュがある。

※もともとは後楽園球場のジオラマを用いていたが、最終的にはエポック社から初代野球盤を借りて撮影されている。

吉村:(初音ミクが)入りきらないのがいいね。乗りきらない。

さやわか:これはYMOのほうと楽しさが全然違いますよね(笑)。『増殖』のほうは、なんというか強さのある表現としてやっていたんだけど。

三田:たしかにね。ヴィジュアルってすごいなあ。

さやわか:すごいですね。レイアウトも同じなのに。野球盤はいい仕事してますね。

吉村:YMOって、この頃はまだ匿名バンドっていうところがあったと思うんですね。

三田:ああ、なるほど。

吉村:誰が坂本さんで誰が高橋さんですか? みたいなこともあったぐらいで。ようやくこの頃にフジテレビとかの歌番組にはじめて出たぐらいかな。まだ一般的には匿名だったんですね。

さやわか:あ、そうなんだ?

吉村:スネークマンショーをやってるのがYMOの3人と思われてた時代。伊武さんと細野さんの声が似てるのもあるんですけど。

三田:ああ、なるほどね。さすがにそれはなかったな。そう思ってた?

さやわか:それは思ってなかったですね。スネークマンショー単体で、ちゃんと別の活動があるわけじゃないですか。

三田:そっか。小学生でそれを認識してるってすごいね(笑)。

さやわか:ははは(笑)。だからけっこうそれを認識するくらいには、ちゃんと好きだったんですよ(笑)。

吉村:『増殖』って、意外といい加減に作られたもので。「いい加減」って言うとあれだけど、制作に時間がなかった。売れてる間に何かアルバムを出したいけれど、モノはないからどうしようっていうね。このヴィジュアルも、フジカセットの広告をそのまま引用したもので、ポスターをそのまま使ってるんですよね。


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ニューウェイヴ路線への分岐点となった『増殖』

(初音ミク現象の)全体像なんてわからないでしょうね。中心もないし。そういうところのおもしろさではある。(三田)


吉村:あと、スネークマンショーのほうから、ニューウェーヴに寄せてくれという要望があった。 フュージョンじゃなくてね。それはかなり大きいですね。

三田:ああ、そうなんだ?

吉村:スネークマンショーのプロデューサーの桑原茂一さんも、それがうまくハマったんだっておっしゃってましたね。(高橋)幸宏さんが仲良くて、その頃ずっとスカとかの話をしてたんだと思います。YMOサイドからアルバムにコントを収録したいって話が来たときに、最初はイヤだったそうなんですよ。やっぱりちょっと、フュージョンのイメージが強くて。

三田:僕と同じでちょっとイヤだったんだ(笑)。ていうか、『BGM』は完全にニューロマンティックスになっちゃうじゃない? あのニューウェーヴ路線は、そのときのスネークマンショーのおかげで導かれたってことなんだ?

吉村:そうそう。それとヨーロッパ・ツアーをやったっていうのもありますね。スティーヴ・ストレンジ(ヴィサージ)のクラブに行ったりとか。

三田:ミック・ジャガーが入り口で追い返されたクラブですね。オールド・ウェイヴは帰れと。

さやわか:じゃあ初期の頃は、電子音楽でありつつも、あくまでフュージョン感のあるものをやるっていう部分にこだわりがあったんですかね?

吉村:いや、初期は引っ張られたんだと思いますよ。やっぱり時代はフュージョンの時代で。〈アルファ〉はフュージョンの会社みたいな位置づけもあったから、そこで何かやるってなったときに、YMO直前に幸宏さんもサディスティックス、教授もKYLYNをやっていたわけだし。

さやわか:なるほど。

吉村:『増殖』を出す前の秋にヨーロッパ・ツアーに行ってますね。これは有名な話ですけれど、ロンドンのヴェニューでYMOがライヴをやったら若いパンクスのカップルが踊りだして、教授も「俺たちかっこいいかもしれない」と思ったという。それがでかいと思います。ニューウェーヴに行く上で。

三田:それは聞いたことがあるかもしれない。パンクスが踊るんだ? 僕はこの頃、新宿のギリシャ館に通ってたけど、YMOがかかると全員同じフリでステップを踏むんですよね。こういう......いまだに覚えらんないけど。

さやわか:はははは!

三田:僕は高校生でね、大人のお兄ちゃんお姉ちゃんたちがやってるのがほんとに覚えられなくて。やったことある? YMOさえかからなければ自由に踊れるのに、YMOがかかるとつまはじきだったのよ(笑)。

一同:

吉村:でもブラック・ミュージック系だといまもそんな感じじゃないですか? ソウルとか。

三田:いや、ステップっていうか、振り付けがかっちり決まってるんですよ。僕のあの当時のカルチャーの印象から言うと、ピンクレディーといっしょ。同じ振りをみんなでしなきゃいけないっていう。

さやわか:ああー。でもディスコ文化ってけっこう同じ振りやってる印象ありますけどね。

吉村:もうオタ芸みたいな感じ?

三田:いや逆に、その頃は振りから解放された時代でもあったんですよ。前の流れとしてチッキンとかブギがあって、次にバンプってのが来た。74~5年はそういうリズムでしたね。で、その次にパンクが来て、自由に踊れるぞって思ってたらYMOのせいで全員同じ動きになっちゃって、「ちょっと待ってくださいよ」っていうところがあって(笑)。いまだにトラウマだもん。

吉村:たまたまそのディスコがそうだったんじゃないの(笑)?

三田:いやいや、僕それが、YouTubeとかで上がらないかなと思って(笑)。結局覚えられなかったからさ。そしたら3、4年前に何かの雑誌で、そのフリを全部解説するっていう記事が載ってたことがあった。

吉村:タケノコ族から流れてきたんじゃない?

三田:あのね、そう、フリは完全にタケノコ族といっしょでした。でも、実際のタケノコも見に行ったけど、やっぱりそれよりはもっとメカニックなものなんだよね。あのときほら、ドナ・サマーってさ、いちばんの衝撃は音楽じゃなくてロボット・ダンスだって言われたんだよね。当時ワイドショーとかでも、例の“アイ・フィール・ラヴ”がかかったときに、とにかく視聴者がいちばん驚くのはあのロボットのようなダンスだっていう報道なんかがあったわけよ。そのあたりにちょっとリンクしてるYMOの動きだったと思うんだけど。......すんごい瑣末な話(笑)。

一同:

X氏:YMOも初音ミクも、海外公演で大きな注目を集めるほどの社会現象を引き起こしたという点には共通したものがありますよね。でも音楽以外の部分に焦点を当てた評価であることも多いため、たとえばYMOは世間の反応やレコード会社に対して反抗していくことにもなります。『増殖』やその後の作品には、そうした傾向がより如実にでてきます。タイトルや楽曲の方向性などを見れば明らかですよね。海外から帰ってきてみれば、それまでは思いがけなかったような、そうした状況に直面することになってしまった。その点は、初音ミクの開発者として知られる佐々木さんの状況とも平行しているように思うんです。初音ミクというものが、ご本人が想定した以上の規模や、方向性に転んでいったというところ。僕はそのへんを重ねて見てしまうんですよね。


打ち込みのイメージにズレをもたらすプロデュース

初音ミクが出てきてほんの1~2年の頃って、もはや作家性みたいなものはなくなっていくんだ、キャラクター文化こそ最強、みたいなことがけっこう言われていたと思うんですね。でも最近は、初音ミクみたいなものが、じつは創作のプラットフォームとなりつつあるというか、結局は個々のクリエイター、プロデューサーの姿が見えてくるようになった。(さやわか)

――さらに『増殖気味』のほうの音についてもおうかがいしましょう。または、楽曲の再現性・非再現性において、何か企んだ部分があるなと思われたところを教えてください。

さやわか:ぱっと聴いて最初に思ったのは、「やけにギターの音が鳴ってるな」ってことなんですけど(笑)。

三田:ロックっぽいよね。

さやわか:そうなんですよ。で、僕はsupercellのイメージがいまだに強すぎるのかもしれないですけど、初音ミクってロックっぽい曲がかなり多い気がするんですよね。合成音声だからといって、エレクトロニカみたいなものがさほど目立つわけでもないように思うんです。

三田:それは年齢層の問題なんじゃないの?

さやわか:そうなんですかね? そっか、そういうこともあるかもしれない。でも、それと同じようにこのアルバムも、1曲目からきちんとギターを立てて、タテノリ感もきっちり来るような音楽にしているんだなとは感じました。

三田:1曲目はRCサクセションの“よォーこそ”みたいに感じたけどね。それは僕にそう聴こえるだけなのか、狙ったのか、ちょっと訊いてみないとわからないけど。

さやわか:なるほど。

吉村:打ち込みくささをあえて消してるのはすごく感じましたね。

三田:消してるところまで行ってますか?

吉村:僕は消してると思うな。このアルバムを作ったHMO とかの中の人。(PAw Laboratory.) の好きなYMOっていうのは、たぶんもっと打ち込み打ち込みしたYMOでしょう?

さやわか:たぶんそうですよね。

吉村:それをあえて消してるなって感じですよね。で、そっちのほうがいまの時代に合ってる気がする。

三田:華やかだしね、アレンジも。

さやわか:かといって人が歌う、単純にパンクなりロックのアルバムとして『増殖』のカヴァー・アルバムを出すわけじゃなく、あくまで声は初音ミクであって人間じゃない、っていうところがいまっぽいなと思いながら聴きましたね。

三田:2作の差ってことだと、僕はほとんど違和感がなかったな。自分の記憶のなかの『増殖』だという気がしたね。

さやわか:ああ、そうです? 『増殖』ってこんな感じだったんですか。

三田:なんか、あんま変えてないようなふうに聴けた。

吉村:歌詞は変えてないの? “ナイス・エイジ”とか。

――変えていないとのことです。“タイトゥン・アップ”の一部だけ変わっているそうです。

吉村:それは聴き取れなかったな。あと、『増殖』には入っていない“デイ・トリッパー”と“体操”が収録されている。まあ、“体操”はボーナス・トラックか。そういえば、マイケル・ジャクソンの遺作アルバムにYMOのカヴァーが入ったりしておもしろかったですけどね。ああいうブラック・ミュージックに行ったりするような可能性は、まだこの頃のYMOにはあった。

三田:“ビハインド・ザ・マスク”を『スリラー』に入れようとしたけど、曲の権利も売れといってきたので、坂本さんが断ったやつですね。

吉村:そうそう。あとはアメリカの音楽番組『ソウル・トレイン』に出演したりとか。繰り返しになるけど、そういう、ニューウェーヴ路線へ向かうことになった分岐点にあるのがこのアルバムだから。

初音ミクV3をいちはやく! (※現在開発中の、Vocaloid3エンジンを使った初音ミク英語版βバージョン)


ふつうのアニメなんかを題材に二次創作が広がるときって、エロ・グロ・ナンセンスが爆発するじゃない? 遡るべき一次創作があるときに、二次創作というのは無制限の領域を得るけど、初音ミクみたいな二次創作しかないものっていうのは、逆に爆発できないわけだ?(三田)


さやわか:なるほど。あと、さっきの生っぽい音、という話で思い出したんですけど、この作品で使われてる初音ミクの声が、ボーカロイドのヴァージョン3のライブラリなんですよ。

三田:......? 詳しいな。

さやわか:これがけっこう大事なことなんです。ボーカロイド3(現在開発中の、Vocaloid3エンジンを使った初音ミク英語版βバージョン)の初音ミクを使ったCDが出るのって、ほとんど初めてじゃないですか? いままではみんなヴァージョン2のものを使っていて、「初音ミクの声」と言えばあれだという共通了解があります。でも、最近ボーカロイド自体がヴァージョン・アップして、すごく人間に近いものが作れるようになったんですよ。このアルバムではそのヴァージョン3用に作られた初音ミクの声を使ってるので、かなり生で歌っているように聴こえるんですよね。みんなが知ってる、あのケロケロした初音ミクの声じゃない。藤田(咲)さんもこのアルバムには参加してますけど、一瞬どっちの声かわからなくなるくらいのクオリティを感じさせますね。ヴァージョン3用の初音ミク発売って、未定ですか? まだ世に出てないよね?

三田:へえー。じゃ、これしかないの? その新しい初音ミクとしては。

――商業で用いられているのはこれしかないそうです。担当の方によりますと、ファミリーマートでのキャンペーンの際に“ナイス・エイジ”のシングルを切って、それをユーチューブに上げたところ、海外でちょっとした論争が起こったともいいます。まず、「ミクの英語版ができたのか」という反応。それから、「でもこの発音はどうなの?」という反応。で、それに応えて「いや、これは日本のタカハシユキヒロという人の発音のモノマネをしてるんだ。だからこれで問題ない」というYMOマニアの見解。

さやわか:あははは! ソフトウェア的な限界なのか、YMOの真似をしているからこうなってるのか、という論争なんだ? それはね、でも、思った! というか、やっぱりモノマネなんだ。日本人がたどたどしく英語で歌いました感を、きっちり演出しようということなのか。

三田:そっか。30年たっても日本人の英語は変わらんということなのね(笑)。

さやわか:はははは!

吉村:自民党が悪いって橋下が言うよ。

一同:


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中心なき増殖、ボカロ文化のおもしろさ

ドロドロした表現が社会性に向かわないっていうのは、空気でしょうね。この文化を支えている人たちの。まあ、将来はわかんないですけど。(吉村)

さやわか:初音ミクって、海外の人気もすごくありますね。ただ、海外での受け入れられ方っていうのは、初音ミクを固有のキャラクターとして見るようなところがあります。

三田:ニコ動(ニコニコ動画)で観ておもしろかったんだけど、日本の子どもが初音ミクで騒いでいる映像を、世界中の子どもにみせるっていう動画。世界中の子どもが拒否反応を起こしてるんだよね。実体のないものに夢中になっている意味がわからなくて、ブラジルの子とか韓国の子とかがほんとに引いてるわけ。僕はそれまであんまり初音ミクに興味がなかったんだけど、あれを観たときに、おもしろいのかも! って思ったんだよね。考えが変わりましたよ。

さやわか:いいですねー。海外という話で思い出しましたけど、海外のファンの人たちって、いまだに初音ミクをあるひとつのアニメのキャラのように勘違いして捉えていることが多いんですよ。日本ではいまやこの『増殖気味』のジャケットが象徴するように、中心の存在しないものとして捉えられ、楽しまれていますよね。ライヴとかでも、「本体の存在しないものをセガの技術がいかに動かすか」みたいなことを醍醐味として楽しむ傾向がある。存在しないけど、でも、みんなでがんばって盛り上げる。そういう構造ですよね。

三田:で、盛り上げれば盛り上げるほど世界の子どもたちが引くんですよ(笑)。

さやわか:「存在しないものをなぜ盛り上げているの?」と思ってしまうんでしょうね。アイドルにも近いところがあります。アーティストとして圧倒的な価値のない、発展途中にあるものを、どうして全力を注いで盛り上げようとするのか。

吉村:テクノの方面ではどうなんですか? 初音ミクを使用したりするのは。

三田:ミクトロニカとかミクゲイザーとかはあるらしいですけどね。でも浮上してこない。

さやわか:音楽的には何をやってもいい世界になっているからいろんな人がいるし、年齢層も幅広い。間口が広いというか、懐が深いというか。

三田:全体像なんてわからないでしょうね。中心もないし。そういうところのおもしろさではある。

さやわか:そう。 そのあたりの感覚が、このアルバムのジャケットなり、そもそも『増殖』を選んでカヴァーすることなりにきちんと表れていて、とても批評性があると思った。おもしろいですよね。

三田:うんうん。それで言えば、前作から『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』を飛ばしてこのジャケットにきたのは、ハマりだなと思った。

吉村:うん。ぴったりきてますよね。

さやわか:たぶん作品としては、元ネタのYMOの『増殖』を知っていて、YMOをどういうふうに昇華してるのかな? という玄人筋が買っていくものだと思うんですよ。でも、この描かれているイラストとか、ねんぷち(ねんどろいどぷち)とかに惹かれて買って、「かわいいなー」って思っているだけの人、元ネタがあるだなんてことに気づかずに聴くような人もいていい。ボーカロイドはそのぐらい広い文化になっているとも思うんですね。大人は「いやー、YMO聴いてくれてうれしいよ」とか思ってるかもしれないけど、子どもはとくにそんなこと気にしてない。

三田:姪がふたりいるんだけど、反応がみごとに逆なんですよ。妹は元ネタを教えてあげるとそれに関心を持つ。だけどお姉さんは元ネタがあるということについて目をふさぐんだよね。

さやわか:ああー、嫌がる?

三田:無視する。ふたりとも初音ミクが大好きだから、ご飯食べててネギを残したりしたときに「それでも初音ミクのファンか」って言うと、食べる。

さやわか:いいねー! いい話じゃないですか。

三田:そのぐらい好きなんだけど、......なにを言おうと思ったか忘れた(笑)。まー、この作品の反応は知りたいよね。

さやわか:元ネタを気にする人もいれば、気にしない人もいる。そのふたつともが許容されるぐらいの世界にはなっていますよね。

吉村:非常に正しいですよ。このオリジナルの『増殖』にしたって、当時買ってた人の90パーセントは、流行だから買ったというだけで。YMOだから買うとか、彼らが好きだから買うというのはまだない時期です。それがないからこそヒットしていたというか。

三田:アーチー・ベルのカヴァーだ! って言って買ってる人はいない。

吉村:ははは。そう。

さやわか:うん、それでいいんだと思うんですよ。

ボカロ文化における作家性の問題

今年くらいからなのかな、(初音ミク関連の)市場が本当に大きくなって、YMOとか関係なく、ただ素朴にブックレットについてるマンガを読んで「かわいー」って言ってるだけの人も普通にいられるような広さを得ましたね。(さやわか)


――初音ミクを通して、いち作家としての強い個を出してくるようなタイプのプロデューサーさんというのはいないんでしょうか? 先ほどからのお話は、絶えざる集合知的なプロデュースと、絶えざるその淘汰によって初音ミク像とその作品が成立している、というふうに集約できると思います。そのとき、本作のクレジットに「HMOとかの中の人。」と記載されることにはどのような意味があるのか。これは彼のアルバムなのか、初音ミクのアルバムなのか。そして、初音ミクを用いながら強い個を打ち出してくる作家というのはいるのか。音楽批評誌の興味として、その点についてお聞かせいただければと思います。

三田:うーん、それは作品との距離感によっても変わってくると思うな。このアルバムは、僕は初音ミクのアルバムとして聴けるけど、たとえばアレンジの方法なんかにもっと入り込んでいくというようなかたちで、この人の作家性に寄っていくリスナーはいると思う。この作家がミクを離れたときに、それでもついていくファンがいるかどうかというところはそれぞれの作家によりますよね。

さやわか:初音ミクが出てきてほんの1~2年の頃って、もはや作家性みたいなものはなくなっていくんだ、キャラクター文化こそ最強、みたいなことがけっこう言われていたと思うんですね。これからはみんながキャラクターに奉仕して、ひとりひとりの作家ではなくて、集合知的なものだけが機能していくんだと。でも最近は、初音ミクみたいなものが、じつは創作のプラットフォームとなりつつあるというか、結局は個々のクリエイター、プロデューサーの姿が見えてくるようになった。
 以前、ぽわぽわPさんのインタヴューか何かを読んだときに、彼が「初音ミクやボカロ文化のおかげで僕らにも注目が集まってる」って言ってたんですよね。それってもう、考え方が変わってますよね。以前は、「僕らはもう要らないんだ」「キャラがかわいく存在できてればそれでいいよね」って世界になるという話だったのが、そうじゃなくなってきてる。たぶん、初音ミクを一次創作的なキャラクターだと思っている海外の人とか、まだ初音ミクがどういうものかわかっていない日本人は、そのことに気づいてないと思いますね。もちろん初音ミク自体もかわいいし、単体で力のあるキャラクターなんだけど、その後ろからちゃんと人間が出てこれるようなシステムになってきてはいるんだと思う。これは言ってみればニコ動全体がそうで、たとえばヒャダインとかも完全にいまは固有名として出てきていますよね。

三田:そうなると、僕はよくは知らないからわかんないけど、強く自分を出しすぎて嫌われる人っていうのもいたりするの?

さやわか:それはもちろん、いますね。普通のプロデューサーといっしょで、我が強すぎてよくない、みたいなことはあるんですよ。

三田:それは作品の出来、不出来ではなくて、自分を出しすぎるという点への批判なの?

さやわか:両方ですかね。やっぱり、初音ミクをこういうふうに使わないほうがいいよねって部分はあるわけじゃないですか。

三田:たとえばどういう使い方がだめなの?

吉村:これは規約だけど、エロとか。あと下品なものとかは許容されないよね。

三田:じゃあ、たとえば『けいおん!』でもなんでも、ふつうのアニメなんかを題材に二次創作が広がるときって、エロ・グロ・ナンセンスが爆発するじゃない? 遡るべき一次創作があるときに、二次創作というのは無制限の領域を得るけど、初音ミクみたいな二次創作しかないものっていうのは、逆に爆発できないわけだ?

吉村:本物がないからこそ、心のなかで規制されるというかね。『けいおん!』なら本物の『けいおん!』があるものね。

三田:そうそう。

さやわか:初音ミクはそもそものストーリーがないので、エロみたいな要素が成り立ちにくいっていうのもありますね。そういう絵を描いている人もいるんだけど、ピンナップ的なものになっちゃうんですよ。

三田:初音ミクの一生を考える人も出てくるでしょうね。

さやわか:それもまたひとつの物語のパターンとして回収されるんでしょうね。“初音ミクの消失”とかってそういう曲じゃないですか。

三田:この『増殖気味』をさ、でも初音ミクの名義で出すことはできないんだよね?

さやわか:それは......どうなんだろう、うまいこと話を通せば可能なんじゃないかなあ。『初音ミクの消失』とかもミクという名前とイラストを使って発売されていたし。

吉村:新興宗教が使ってたりしないのかな? そういうの、出てくると思うんだけど。

さやわか:ははは! もし昔に初音ミクがあったら「しょーこーしょーこー」とか歌わせるのが、あったかもしれないですね。

三田:ははは、いまは全然そういうふうな発想が浮かばなかったけど、でも時期が少し前だったらそう思ったかもねー。

さやわか:うん。でも、いまはそういう政治的なものや社会性みたいなものは排除されているわけですね。

三田:じゃあ、ほんとに、ちょっと言葉は悪いけど消毒されちゃってるんだね。

さやわか:このジャケットにしても、「ちっちゃいものがいっぱいあってかわいい」とだけ感じられる世代がいるんなら、よかったねって話でもありますけどね。

吉村:サエキけんぞうさんが、ゲルニカのカヴァーをやったりしているじゃないですか。ああいうドロドロしたものを初音ミクに歌わせるってなると、どうなりますかね。

さやわか:初音ミクでドロドロっていうと、それこそ中二病というか、切ない青春の痛み、あるいはリストカッター的なモチーフを歌ったやつがあるんじゃないですか?

三田:そんなの、ボカロだったらいっぱいあるよね。

さやわか:そう、そういうドロドロ感は多いですよね。そこでプロテストソングをやろうということにもならないし。

三田:そこはわからないな。姪なんかのボカロの消費の仕方を見ていると、やっぱり物語消費なんだよね。

さやわか:ボカロの歌詞ってどんどん物語化してるわけじゃないですか。

三田:それで小説も書いたりするわけでしょ。と考えると、いま言ってたようなドロドロの限界ってないと思うな。

さやわか:なるほどね。

吉村:ドロドロが社会性に向かわないっていうのは、空気でしょうね。この文化を支えている人たちの。まあ、将来はわかんないですけど。

三田:サッカーのサポーターみたいなものということ?

さやわか:ああ、似てるかもしれないですね。

三田:また言葉が悪くなってしまうけど、どこかきれいごとなところがあるじゃない。

さやわか:アイドル文化にも似てるかもしれないですね。「俺らの支えている初音ミクをうまいこと使えよ」という漠然とした空気があって、その基準がどこかにあるわけじゃないけれど、やろうと思ったことのなかで最大公約数的なところを押さえないといけない。うまいこと使わなかったらファンから「俺だったらもっとうまくやれるよ」って言われて嫌われる。(笑)。ただ、重要なのは、その「俺だったら」というのが本当にできてしまう。それはアイドルにはできない、ボカロ文化ですよね。

吉村:非常にいいツールですよね。すばらしいと思う。

さやわか:観客だったはずの人が、いつのまにか作り手に反転してしまう。それが一瞬で起こりますから。

吉村:今回だったら『増殖』のカバーをやるという選択。 何を歌わせるかというところに個が宿るわけじゃないですか。

さやわか:初音ミクで『増殖』やったらいんじゃね? みたいな話から、じゃあこういうパッケージでやって、こういう見せ方をして、さあ受け入れられるかみたいに、作品が生み出されて評価されるための連想がさっと広がっていきやすい。もちろん、だからこそ評価される作品を作るのはとても苦労すると思いますけど。

吉村:かなり難しいことですよね。アイディアはすぐに浮かぶけど。実際にそれをいいものにするのはものすごく大変なことで。

さやわか:それこそ今回の野尻さんのように、政治性を入れるか入れないかとか、微妙なポイントを突いていかなければならないことになりますよね。

三田:でも、次がないよね、HMO.......。

一同:


三田:“体操”やっちゃったし、“胸キュン”(“君に、胸キュン”)やっちゃったし。『B-2ユニット』かな。

吉村:歌がないよ。

三田:ああ、そうか。戦メリ(“戦場のメリー・クリスマス”)とかできないのかなー(笑)。あれならデヴィッド・シルヴィアンが歌うヴァージョンがあるからさ。

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コント、芸人、アニメ声優

姪なんかのボカロの消費の仕方を見ていると、やっぱり物語消費なんだよね。(三田)

吉村:そうだ、YMOファンにこれ言っとかなきゃね。『増殖』でギターを弾かれた大村憲司さんの息子さんが、この作品のギター弾いてるんだよ(大村真司)。安室奈美恵や土屋アンナとかのサポート・ギターをやってる人なんだけど、MIDNIGHTSUNSっていうバンドでも活動していて。お父さんの曲"Maps"のカバーとかだと、高橋幸宏がドラム&ヴォーカルで参加してるヴァージョンもあったりするんですよね。

三田:さっきからみんなギターって言ってるのは、それなんだ。

吉村:そう。あとは曲だけじゃなくて、ちゃんとコントが入っているのもいい。『増殖』をカヴァーしようというのは、度胸がありますよ。お笑いのバナナマンっていうのは、スネークマンショーが好きだからつけたコンビ名だっていうのを聞いたことがありますけど、それ自体もすごく度胸のいる命名だと思うんですよね。

三田:そうなんだ、「雨上がり決死隊」はRC(サクセション)だしね、お笑いにはニューウェーヴ文化が投影されてるんだね。

さやわか:この次はあれですよ、スーパー・エキセントリック・シアターにいくっていう方向もありますよ。お笑い要素をもっと強めていく(笑)。

三田:そっちに行くか。

――『増殖』におけるコント/芸人さんという軸にアニメ声優さんを対置させているわけですが、このあたりはどうでしょう?

三田:いや、うまいとしか言えない。詳しくないし。

さやわか:いや、うまいですよね。

吉村:テクニカルな問題としても、この男の声優さんもめちゃくちゃうまいし、伊武さんぽい。

さやわか:伊武さんぽい(笑)。それいいですね。しかし声優さんのレベルが高くなりつづけていますよね、昨今は。声優さんはいまや水樹奈々なんかでもそうですが、オリコンで1位を獲っちゃうわけですからね。そのへんのアイドルっ子とかより技量があったりするし、演技はうまいし、かわいかったりもするし、すごいですよね。

三田:さっき言った姪っ子たちも、ボカロの元ネタに興味を持つ子のほうは仮想現実系なんだけど、興味持たない子のほうは声優追っかけなの。

さやわか:ああー、リアルを追ってるわけですね。

三田:二次元だけでいいとは言うんだけどね。小学生の頃からAKBとかバカにしてて。

吉村:そういうYMO知らない人に聴いてみてほしいよね。その感想をききたい。

三田:その可能性はある作品ですよね。

さやわか:うん、いまそういうふうに動いているマーケットなので、そこがいいですよね。


橋下が初音ミクを好きかどうか問題

オリジナルの『増殖』が持っていた右傾化への批評という点について言えば、いまの文化というか、安倍政権的なものが持っているニュアンスに対して、こういう相対的な文化の楽しみ方がカウンターになっていってほしいかなとは思う。(三田)

安倍とか橋下とか石原とか経団連の米倉とか、初音ミクを嫌いだと思うんだ。本能的に嫌悪しそう。だからさ、あいつらの嫌いなことをやれば正しいんだ。(吉村)


さやわか:僕、初音ミクもので80年代とかのカヴァー・アルバムを作ること、あるいはおっさん世代がかつて好きだったような曲を初音ミクにやらせて、「いやー、これを初音ミクがやるなんて!」って言って盛り上がることなんかが、以前はあんまり好きではなかったんですよね。上から押しつける感というか、若い世代に対して「俺たちの与える豊かな音楽をお前ら聴けよ。初音ミクとか言ってるけど、これこそが音楽だよ!」みたいな意図も感じるので。でも、今年くらいからなのかな、市場が本当に大きくなって、そういうあり方が成立しなくなったと思うんですよ。YMOとか関係なくて、ただ素朴にブックレットについてるマンガを読んで「かわいー」って言ってるだけの人も普通にいられるような広さを得ましたね。まあ、薄まったというか、拡散したというか。

三田:それこそ正しい『VOW』の道ですよ。

さやわか:ああ、そうそう! それでいいと思うんですよ。『VOW』だけ読んでた人はべつに『宝島』という雑誌にどんな意味があったかなんて考えないわけで。その自由さがいいですね。一方で、うるさいおっさんもちゃんと包摂されるというか、排除されないところもいいなと思います。

吉村:どこまで遡るのかな。ニューウェーヴ、70年代歌謡とかまではあるとして、演歌とかあるのかな。

三田:演歌なんてありそうだけどね。

さやわか:あるでしょう。ニコ動にいけば、思いつくものは何でもあるという気がします。インターネットそのものくらいの感覚で「何でもある感」がありますね。初音ミクのあり方自体が、とりあえず音楽的には何をやってもいいというふうに許してくれているので。ただ、そのことによってエッジーな音楽表現が相対化されるようなところもあります。端的に言えばパンクとかメタルとかやってる人もいますけど、様式美が印象づけられるだけで、シリアスな攻撃性とか強度は全然ないんですよね。なくていいというか。

三田:まあ、僕は『けいおん!』の“4分33秒”(ジョン・ケージ)を観たときに、もう次は何もない! と思ったけどね。

さやわか:あはははは!

三田:あれは......じーっと聴いちゃったよー(笑)。

さやわか:そういうものも許されるけど、全部が相対化されたマップの上に置かれるから、体制的でない音楽をやりたい人たちにとってはやりにくい場所だと思うけど、その状況を楽しめる人にとってはいい。

三田:オリジナルの『増殖』が持っていた右傾化への批評という点について言えば、いまの文化というか、安倍政権的なものが持っているニュアンスに対して、こういう相対的な文化の楽しみ方がカウンターになっていってほしいかなとは思う。

さやわか:いや、ほんとそうですよね。僕も今日はそう思いましたよ。カウンターとして立つならそこしかあり得ないというか。

吉村:安倍とか橋下とか石原とか経団連の米倉とか、初音ミクを嫌いだと思うんだ。本能的に嫌悪しそう。だからさ、あいつらの嫌いなことをやれば正しいんだ。

さやわか:あははは!

三田:橋下はわかんないけどね。あの人のマネジメント・ポリティクスみたいなもので言うと、外貨を稼げそうなものは応援するような気もするけど。

さやわか:橋下が初音ミクを好きかどうか問題(笑)。

三田:いや、侮れないよ橋下は(笑)。でもそういう色気を見せる政治家が出てこないのは不思議だよね。ロンドン・オリンピックでさ、ダニー・ボイルがイギリスの労働者階級のカルチャーを引っぱってきてすごく評価されたわけでしょ。だけど、石原慎太郎がこれまでやってきたことを鑑みたときに、東京オリンピックで何ができるかと考えると、まずサブ・カルチャーは全部そっぽを向くよね。いったいどこのどんなアニメが彼に協力してやるんだって話ですよ。結果ものすごく伝統を強調したオリンピックになるでしょうね。ロンドンの真逆になるのは必定。そういうときに、どうしてこういうものを味方につけたほうが有利だって考える人がいないんだろうって、不思議なんだよね。麻生とか、まー、いたけど。

さやわか:それはね、実はまさに今日ここに来る前に歩きながら考えてたことなんですよ。単純に言えば、そうしたサブカルを支持する層の人たちが投票に行かないから、味方になる必要を感じないんだろうなって思います。ネットを見てても「若者が投票に行かないと、未来は大変なことになるよ」とは書いてあるわけじゃないですか。いま若者と呼べる人間の割合っていうのは日本の総人口のなかで30パーセント以下で、さらにそのなかの半数以下しか投票に行かないとなれば、もうマイノリティとして黙殺されることになりますよ、とか書いてある。あるいは投票者の平均年齢が50代半ばの人たちだから、その人たちに有利な社会になっちゃいますよ、みたいなね。
 でもこれからさらに高齢化が進んでいくんだったら、いちいち若者のためを考えずに世界が作られていってしまうのは当然だとも思うんですよ。もちろん、それはいいことじゃないんですが。そして考えたくないですが、いま若者に味方をしようとしているサブカル側の人も、もしかして年をとれば、自分たちより若い世代の人たちやそのカルチャーを軽視して、圧迫ようとするかもしれない。


メディアとしての初音ミク

初音ミクには、音楽を運んでくる運び屋みたいな側面があるわけですよね。「音楽を聴きたい」と思ったときに、とりあえず初音ミク関連のものならネット上にたくさんある。ニコニコ動画とかに行けば、それが人気順で出てきたりもする。(さやわか)


――一方で、在野のプロデューサーさんたちの音楽的な力量が、かなりハイ・クオリティな完成度を見せつつあるなかで、ふつうのJポップのようにボカロ作品が機能しはじめてもいると思うんですが、ポップスとして見たときにいかがですか?

さやわか:三田さんはどうですか? そもそもJポップとしてこういうものを聴いたりするんですか?

三田:うーん、聴くっちゃ聴くけど(笑)。姪の観てる横で、「ふーん」って。

さやわか:ははは。そうか、じゃあ音楽として評価するというところまでは全然いかないわけですね?

三田:モノサシがいっぱいあるからね。消費の仕方も一種類じゃないからなあ。

さやわか:今年なんかだと、ジョイサウンドのチャートの3位とかが初音ミクだったりするわけで。タダだからっていう事情もあるとは思いますけど、若い人のなかだとふつうのポップ・アーティストみたいな存在にもなってるわけですよね。初音ミクはキャラクターに過ぎないわけだからそれはおかしな話だと思うかも知れないけど、じつは言ってみれば音楽を運んでくる運び屋みたいな側面があるわけですよね。「音楽を聴きたい」と思ったときに、とりあえず初音ミク関連のものならネット上にたくさんある。ニコニコ動画とかに行けば、それが人気順で出てきたりもする。

三田:まあ、メディアってことだよね。初音ミク自体が。

さやわか:そうですね。まさに。

吉村:昔だったらJ-WAVEをかけとくところが、いまは初音ミクを追っていればなんとなくいまの音楽もわかるし、それぞれポップだし、仕事もはかどるし。

三田:ラジオとして使っていると。

吉村:ラジオであり、テレビであり。

三田:なんか、アンディ・ウォーホルの感想とかきいてみたいよね(笑)。でも、それは一方では閉じた部分でもあって、そこから出ていくことも大事だとは思うけどね。

さやわか:そう、だからカヴァー・アルバムをやるのは、そのための意味があるのかなと思いますね。言ってみれば、『増殖』というアルバムが、ここで再発見されてるわけじゃないですか。僕らには当然のものでも、いまの人や、僕らとは違っていた人々にとってみれば、こういう作品があったのかと知るきっかけになる。

吉村:そういえば、初音ミクって、まだWindows専用なんですか? 僕はWindows専用だってところがよかったんじゃないかなと思ったんですよね。最初からMacがあったら、もっとみんな小洒落たものを作ろうとして失敗したと思うんですよね。

一同:ああー(笑)。

さやわか:クリエイター志向なね(笑)。それはそうですよね。最近のニコ動的な環境を支えている人たちって、MacよりはWindows的な......なんだろう、大衆性があるというか。絵を描くのに使ってるソフトとかも、サイ(SAI)とかね。

吉村:なんか、Macユーザーだと、(スティーヴ・)ライヒのカヴァーとかさ。

一同:

三田:マリア・カラスを歌うとか。

さやわか:あははは!

吉村:自己満足で終わってしまうというか。

さやわか:昔から音楽創作系のコミュニティってネット上で何度も作られているんだけど、なぜそれがうまくいかないかというと、作り手の自己満足的になりがちだったからじゃないでしょうかね。それに対してなぜニコ動などが成功したかというと、ボカロを用いた表現のほうは、そのキャラをどう使うかということが先にあって、音楽性は後についてくる。音楽的には好きなことをやらせてもらって、要は初音ミクって人をタテとけばいいんでしょ? っていう部分があったと思うんですよね。そもそも、音楽より先にネタとしての消費をされたところがカギだったと思うんです。でも、それは必ずしも「作り手が前に出ない」ということをネガティヴに捉えるべき感覚ではないんですよ。そういうものだったから音楽が流通したんだと証言しているアーティストがいっぱいいます。

三田:やっぱり、だからメディアなんだってことだよね。

さやわか:そうですね。音楽だけやっているコミュニティはお互いの音楽を褒め合って終わりになってしまう。けれどニコ動の場合には初音ミクをどれだけうまく見せるかというので、ランキングの上位に行くためにみんな切磋琢磨すると。それをやりたくない人ももちろん一方にはいるわけだけど。

三田:ほんとに、YMO知らなくて、これを初めて聴いたという人のレヴューを読んでみたいよね。ヴィジュアルやらコンセプトやらいろいろあって。

さやわか:ひょっとしたらYMOとは坂本龍一が所属するグループだということを知らないで聴いている人もいるかもしれない。

吉村:坂本龍一という名前すら知らない人が聴いている可能性もある。

さやわか:「坂本って、反原発とかの人かー」みたいな(笑)。音楽が若者の第一の文化として出てこない時代ですし、坂本龍一を知らないことは十分にありえますね。

三田:よし、じゃ姪に聴かせてみる!

Tracey Thorn - ele-king

 19世紀のなかばのロンドンともあれば、近代の基礎はしっかりできているので、ひとの人生観も多様化している。『クリスマス・キャロル』に出てくるスクルージって、考えてみれば、150年後の新自由主義の走りみたいなキャラだ。当たり前の話、人はクリスマス・イヴに3人の幽霊に会うわけではないので、150年後はこうなっているのだろう。
 とはいえ、欧米のロック評論を読んでいると何かとチャールズ・ディケンズの名前が出てくる。そのおかげで僕は彼の重要性を認識したほどだ。たとえばデイヴ・マーシュという評論家は、ジョン・レノンをもっともディケンズ的なキャラクターだと言っている。ジョン&ヨーコの"ハッピー・クリスマス"は『クリスマス・キャロル』に匹敵すると評している(いかなる人も等しく幸福であることを願っているという意味において)。
 この季節は1年でもっとも感傷的な季節だ。個人的には震災以降、感傷的な音楽は意識的に遠ざけていたところがある。しかし、かれこれ10年以上も、携帯の留守電にWhy Sheep?から一方的に歌を吹き込まれる12月8日の夜を迎える頃には、自分も街のなかの感傷を受け入れざる得なくなる。メリー・クリスマス、最低の人生に乾杯。
 先日、『クリスマス・キャロル』がどういう物語なのかを8歳の子供に説明したが、骨の折れる、極めて困難な作業だった。そもそも何故スクルージが金に執着していたのか、そして何故、突然、一夜にして途方もない愛が吹き出てしまうのか、子供にわかるわけがない。大人にだってわからない。大きな七面鳥をティムに送るのに、何故スクルージが自分の名前を伏せるのか、それがわからないから偽善的な売名行為も野放しにされる。

 トレイシー・ソーンと言えば、エリザベス・フレイザーやホープ・サンドヴァルらと並んで、個性的な声ゆえに、いまだ根強い人気をほこる女性シンガーだ。昨年は、ザ・XXのカヴァー・シングルもリリースしているが、これはかねてからトレイシー・ソーンのファンだったザ・XXからの希望だったという。
 かくいう僕も世代的に言ってマリン・ガールズからエヴリシング・バット・ザ・ガールのセカンド・アルバムまではそれなりに思い入れがある。プリテンダーズの"キッズ"のカヴァーで泣くオヤジである。Why Sheep?のように、トレイシー・ソーンが参加しているというだけでマッシヴ・アタックはセカンド・アルバムが最高作だと信じている輩も少なくない。同世代では、いまだにしつこく『エデン』の頃の彼女を聴き続けてるファンも多いし、クラブ・ミュージックに接近してからの彼女もずっと追い続けている人だっている。トレイシー・ソーンがクリスマス・アルバムを出したと知れば、宿命的にそれはヘヴィー・ローテーションとなる。

 『ティンセル・アンド・ライツ』は、歌詞で『クリスマス・キャロル』を歌った"ジョイ"、それからタイトル曲以外はカヴァーという構成。大御所ドリー・パートンやあらゆる世代から愛されているジョニ・ミッチェル、アメリカの大作曲家のランディ・ニューマン、それからホワイト・ストライプスやスフィアン・スティーヴンス......童謡も歌っている。スクリッティ・ポリッティの曲は数年前の復帰作から。グリーン・ガードサイトもゲスト・ヴォーカリストとして1曲参加している。
 トレイシー・ソーンは、80年代にたくさんあったお洒落なソウルのひとつだったが、思えば、彼女のパートナーが作った『ノース・マリン・ドライヴ』にも、そして彼と彼女の『ラヴ・ノット・マネー』にも、ディケンズ的な、キャロル的な要素は強かった。〈チェリー・レッド〉の有名なコンピレーション『ピロウズ&プレイヤーズ』は1982年のクリスマスに「99ペンス以上払うな」と記されて、発売されている。実にわかりやすくキャロル的な希望を表すメッセージだが、日本では『クリスマス・キャロル』はかき消され、ネオアコなる奇妙な名称で紹介され続けている。こうしてチャールズ・ディケンズは、渋谷の街から姿を消したのだった。

OMSB - ele-king

 自らを認めようとしないシステムや大人、偏見、閉鎖的なシーン、ひいては音楽業界......そのすべてにOMSBは中指を突き立てる。満を持してのリリースとなったOMSBのソロ・アルバム『ミスター"オール・バッド"ジョーダン』は、とてもエモーショナルで自身のパーソナリティに深く触れる内容だが、同時に外にも開かれた作品となった。力強いプライドを漲らせ、凄みすら感じさせる彼のラップからは、現状を変えたいと願う強い想いが伝わってくる。ここまで本作を熱量の高いものにしたのには、これまで、トラック・メイカーとしても多くの楽曲を発表する彼が、ラップ・アルバムにこだわったところに理由があるように思う。

 たとえば、ランDMCの"サッカー・Mcズ"のドラムからはじまる、その名もズバリ"ラッパー・エイント・クール"には、現行の日本語ラップに対する鋭い考察がある。「言葉遊びはもちろん大事だが/Flowの遊びは皆度外視(略)ストーリーテラーでもSlick RickみたいなFreakyさが無い(略)正統派のTake Over/つまり継承者なんて誰も居やしねぇじゃん」。「Flowの遊び」とは、ラップの抑揚や緩急のアクセントといった、おもに音楽性の部分を示し、その研鑽の無さを嘆いている。実際このアルバムで聴けるOMSBのラップの魅力は、ビートに即した性急なライミングとそのアグレッシヴなフロウにある。全曲トラックを手がける彼の別の顔が、ラッパーとしての彼にフィードバックを与えていることも強調しておくべきだろう。そのトラック群は、全体的にダークなトーンだが、上モノの豊富さや展開の妙でまったく飽きさせない。まるで、MFドゥームのファンクネスが、El-Pのインダストリアルで実験的なトラックに注入されているようだ。

 つづいて、ストーリー・テリングについて、物語としての飛躍力が足りないのではと言及する部分。稀代のリリシスト、スリック・リックと比べるのは少々酷かもしれないが、彼はUSラップと日本語ラップを対等の土俵に引き上げたいと思うからこそ、そうラップするのではないか。ケンドリック・ラマーに対してライバル心を燃やす男なのだから、そう考えても不思議ではない。ここで、USでのラップの聴かれ方について考えてみる。たとえば、前述のケンドリック・ラマーの最新作『グッド・キッド、マッド・シティ』がなぜあれだけ評論家筋に賛辞をもって受け入れられたのか。それは単に音楽として優れているというだけでなく、コンプトンでのどん詰まりな日々を自身への訓戒を込めて綴ったリリックがあったからこそである。つまりは詩と音楽性、そのどちらにも比重を置くラップをすることが、ストリートの詩人として、ラッパーに求められるものなのかもしれない。つまりは"ラッパー・エイント・クール"で客演をつとめるJUMAのウィットなパンチライン「オマエはラッパーじゃない!/ただのラップする人/ラッパーじゃなーっい!」に尽きる。

 とまれ、『ミスター"オール・バッド"ジョーダン』はその実、すばらしいコンセプト・アルバムにもなっている。ハーフで複雑なバックボーンを持つ彼の自伝的な作風であるにも関わらず、示唆に富んでいるという意味では普遍性もある。彼が抱えるドス黒い否定の情念は、おそらくは自分の居場所を求める気持ちの表れだ。クラブ、職場、いまの住まいであるアパート、ほとんどの曲で彼はその居心地の悪さをラップしている。自分の境遇を「生まれのハンディキャップ」と呪い、「あぁそうだ、ここは多分......」と回想を繰り返すなかでは気の触れた狂気にとりつかれる。しかし、クローザー・トラックの"ハッスル2112"が指し示すように、OMSBはこのアルバムが100年先も再生される明るい未来を想って、締めくくる。

 出自のコンプレックスをいたずらに刺激する警察官への反抗ソング"ファック・ザ・フェイク・ポリシア"。この曲の共演者であるDyyPRIDEの歌い出しはこうだ。「悪者風イメージ レッテル/張られた俺/道踏み外し走ってく」。奇しくもこれに、ECD著『いるべき場所』にあった「ラップに限らず音楽、芸術はむしろまともな人生を踏み外すためにあると僕は信じていた。」という一文を思い返した。道を踏み外した彼らが音楽によってむしろ逆説的に居場所を取り返そうとする行為は、マイノリティーの集合体としてのSIMI LABを最初に知ったときの印象だ。リーダーのQNが抜けて本隊にどう影響が及ぶか、危ぶまれた時期もあったが、いまではJUMAとUSOWAが穴を埋めて余りある強い存在感を出し、第2期SIMI LABを支えている(個人的に、JUMAは大好きなラッパーのひとりだ)。ラージ・プロフェッサーとの共演や、今作が耳にとまったレイダー・クランのメンバーからアプローチを受けるなど、OMSBを取り巻く周囲の状況は少しずつだが、望むべき方向へ進んでいっているようにみえる。話は戻るが、先に参照した「正統派のTake Over/つまり継承者なんて誰も居やしねぇじゃん」はじつにうまい名文句だと思う。エルヴィス・プレスリーもたしか、新たなスタイルは反逆のなかから出てくると言っていたけど、このゲームはいつだって意外なヤツが制するのだ。

 蛇足になるが、このアルバムの冒頭部分にはボーナスでマイナス・トラックが収録されており、PCでリッピングするだけではわからない仕掛けがある。さらに言うと、このボーナス・トラックの歌詞も、パッケージのどこかに隠されている。こうした細部に凝らした遊び心も忘れない、愛すべき名盤だと僕は思う。

Chart JET SET 2012.12.10 - ele-king

Shop Chart


1

Frisco - Sho' Nuff (Hong Kong Elevators)
メンバーチェンジを経て新生Friscoとなってから初のリリースとなる本作は、レゲエ・シンガーSpinna B-illをフィーチャー!

2

Ogre You Asshole - 100年後 (Vap / Jet Set)
アルバムごとに常に新たなアプローチをし続けてきたオウガ。期待が膨らみ膨張寸前のところで届けられた本作は『Homely』の作風から一転し、オーガならではの解釈で奏でたチルな要素の強いAorアルバムに仕上がりました。

3

Sign Of Four - Jumping Beans (Jazzman)
大人気Greg Foat Groupに続くJazzmanからの新人が凄すぎます。電子音が飛び交うサイケデリック・ファンクと疾走ピアノ・ジャズ・ファンクを収録。

4

Four Tet / Austra - Motion Sickness part 2 (Domino)
名門Dominoのリミックス・コンピ『Motion Sickness』からのカット第2弾。シンセ・ポップ・トリオAustraがDomino(Us)から限定リリースしたNy新鋭デュオStill Goingリミックスも収録です!!

5

Dr. Beat From San Sebastian - Mediterraneo - Dj Harvey Remix (Eskimo)
イビザでのプロモ盤限定流通後、2007年にベルギー名門"Eskimo Recordings"より正規発売されたバレアリック・ハウス・クラシック「Mediterraneo」。予てからヘヴィ・プレイしていた御大Dj Harveyがリミックスを手掛けた500枚限定盤が遂にリリースされます!!

6

D'angelo - Voodoo - Deluxe (Modern Classics Recordings)
世界遺産的名盤!! プロモオンリーの"Devils Pie"や、Soul名曲カヴァー"Feel Like Makin' Love"、メロー最高峰の"Send It On"、名曲"Spanish Joint"等捨て曲皆無の極上のトラックを収録!

7

Prodigy - Added Fat Ep (Xl)
蟹ジャケの通称で親しまれる'97年リリースのディジタル・ロック名作『The Fat Of The Land』を彩ったお馴染みのワールド・ヒッツを豪華メンバーがリミックス大会した話題沸騰盤!!

8

Dj Nu-mark - Broken Sunlight Series 6 (Hot Plate)
Stones Throwからのリリースで一世を風靡したAloe Blaccと、現行ファンク/ソウル名門Daptoneからのリリースでお馴染のCharles Bradleyをフィーチャー!

9

Vakula & Kuniyuki - Vakula & Kuniyuki Ep (Sound Of Speed)
VakulaとKuniyukiによる珠玉のコラボEpがSound Of Speedからリリース!2012年を代表する1枚になること間違いなしの圧倒的なクオリティーを放つ全4曲を収録。

10

Vakula & Dusty Baron - Leleka 4 (Leleka)
ウクライナの奇才として世界中かの注目を集めるVakulaと、McdeからLatecomer名義での作品のリリースでも注目となったDusty Baronによるスプリットシングル!さらにDusty Baronによる楽曲を2曲収録したボーナス7"付き!

ダブステップ人生(DUBSTEP FOR LIFE) - ele-king


VARIOUS ARTISTS
1ST ASCENSION

GURUZ

Amazon

 こんにちは。
 レーベルGURUZ主宰のDJ Doppelgengerです。

 僕がDUBSTEPのDJをやりはじめたのが約5年前。それからいまを比べれば、随分と認知は広がったように思えます。当初はBack To ChillとDrum&Bass sessionsぐらいしかDUBSTEPのパーティがなかったですし、DJの数もまだ少なかったのを思い出します。僕は幸いなことにそのなかでプレイをすることができ、多くの国内、そして海外アーティストとも共演することができました。

 そのなかで記憶に新しいのがDJ PINCH。Techtonicといういまや有名なUK DUBSTEPレーベルを主宰する彼との交流は、すごく貴重な時間でしたね。彼は僕と同じ境遇、クリエイターでもありDJでもありレーベルマネージメントもおこなっており、れでいて、あれだけ多くの作品を輩出し世界で認知させてきた経緯など、いろいろ聞かせてもらいました。

 一緒に居て思い浮かんだ言葉は「情熱」。
 例えば、1枚のレコードやCDを出すことにも、実に多くの労力と時間、そして覚悟が必要です。ひとつひとつ、その思いが詰まったレコードたち。PINCHのレコードバッグはすべてDubplate(テストプレスの白盤。なかにはアンリリースも多々!)だったのが衝撃でした。
 それと針がSHUREの44Gを使ってたんですよね。何でこんな針圧も弱く、ハウリングしやすい針を使うのか? Dubplateは通常のレコードよりも溝が浅いので、ortofon等の針圧の強いものだと溝がえぐれてすぐに盤がダメになってしまうからなんです。なもんで、リハも相当入念に行ってましたね。これだけ自分の曲からリリース、そしてDJセットまで、すべて究極を追求し、それをスピーカーを通じて聞き手に届けている......本場のDUBSTEP、そのひとりの姿勢を魅せて貰いました。

 これは例として、海外DUBSTEPアーティスト全般、皆オリジナル思考がすごく強くあって。それって音楽云々以前のとても大切な部分であり、人と違う自分だけのものを追求するっていう大切な行為だと思います。

 DUBSTEPが海外でこれだけ大きくなった背景には、このオリジナル思考を随所に感じます。まだそれほど歴史は短いにしても、この枝分かれ具合にしろ、スタイルにしろ、細分化の早さがそう物語ってますね。

 聞いたことあるかもしれませんが、Digital Mystiksが主宰するパーティDMZはあまりに尋常じゃないBASSを出すので、入口で耳栓を配るそうです。イカレてますよね(笑)。けど、そこでのサウンドは相当やばいらしく、平気で数千人のクラウドが集まるとか。やっぱヨーロッパのクラブシーンの個性、そしてレヴェルの高さは凄いですね。
 やってる人は解ると思いますが、オリジナル志向って度胸や覚悟も必要なんですよね。自分や仲間の、それも未マスタリングのアンリリースの曲って音質もバラバラだし、鳴りも同じくマチマチですし。スタイルも何処にも属さない、誰も知っちゃいないような曲ですし。けど、それをプレイすることってすごく大事なんですよね。

 たとえ未完なものでもいいんです。いまを全力で追及した結果を1曲に封入し、それを現場でかけるって行為が大切なんじゃないかと。

 最初の頃は、なかなか良い結果は出ないでしょう。それだけ、自分の曲でフロアを納得させる事って簡単じゃないですから。けど、作り続け、かけては直し入れてを繰り返し、そしてプレイし続ければやがて「この曲好きです!」っていうのが出てきます。そこでようやく長年かけ続けてきた意味が出てくるわけであって。そして、「自分の音」ってものが確立され、DJとしても一脱出来るんじゃないかと。全体がそうなっていけば、それぞれの個性がもっと出て、パーティの盛り上がり方も変わってくると思うんです。自分らの曲でアンセムが出来たりして、やがて独自の文化が生まれると思うんですよね。

 日本のDUBSTEPは、徐々にそれが浸透していっているように感じられます。今年僕は1st Album『Paradigm Shift』をリリースして、国内ツアーで全19カ所を回ってきたんですが、随所でそういったアーティストと会うことが出来て。人数は少ないながらも、オリジナル曲で勝負してるDJもいました。
 そして、そんな仲間に声をかけて集まった曲をすべてリリースしようと思い、年末の12/22にコンピレーションアルバム『1st Ascension』をリリースすることになりました。

 今回最年少だと17歳と20歳の兄弟デュオSeimei&Taimei。僕が知り合った頃、兄のSeimei君は19歳だったんで、クラブに入れないっていう話で(笑)。そして弟のTaimei君はまだクラブ行けないそうです......。
 しかし、曲聴いてびっくりですよ。若い柔軟な脳みそってここまで吸収しちゃうんだなーと。DUBSTEPが好きだという気持ちが全面に出ていて、それが随所で感じられて、見ててこっちも刺激になりますね。深夜クラブには行けないけど、彼らなりにやれる場を探して、早い時間帯のU20のパーティに出演したり、自分でUstream配信したり。この情熱は見習うべきですね。是非彼らの曲、聴いてみると良いですよ。そして彼らを例に、若いクラブミュージック好きな人、いますぐ曲作りにチャレンジしてみるといいでしょう。着手は早いに越したことが無いし、若い方が覚えるもの速いです。時間も余裕あるだろうし。

 話戻しますね。

 あと、栃木にB Lines DelightというDUBSTEPクルーがいます。
 彼らも凄いですね。何が凄いって、メンバーほぼ全員が曲作ってて、それを現場でしっかりかけてるんですよね。東京以外でここまで成熟したクルーは彼らぐらいしか現状居ないと思います。それぞれやばい曲作りますし、なかには海外ラジオや有名DJがかけている曲も保有してます。

 コンピにも彼らのなかからSivariderとRyoichi Ueno、Negatinが参加してます。とくにRyoichi Uenoの曲「Brain」はラッパーの志人君の声がサンプリングされてて彼の諭すような声と重厚なビートが合わさって、いままでに無いDUBSTEPサウンドが出来たと思います。志人君に聞かせたところ、快くOKしてくれて。嬉しかったです。この場を借りてお礼申し上げます。ありがとう!

 それに加え、今回は沖縄出身のアーティストが3組います。DUBGYMNER、Helktram、CITY1。それぞれ別々に知り合ったんですけどね。昔から何故か、沖縄の人とは縁が深いです。それってやっぱ土地柄というか、沖縄って全般的に個性が強い場所だと思うんですよね。
それが音楽にもやはり反映されてて、3人とも全然違った個性ながらも、かっこいい曲作ってきますよ。DUBGYMNERのMONDOってやつはDJもやってて、BUD RYUKYUっていうDUBSTEPパーティも主宰してます。僕もツアーで足を運ばせて貰ったんですが、凄く良いパーティでしたよ。沖縄DUBSTEPシーンの先駆け的なパーティでしたね。

 あと、これはBack To Chillを通じて知り合った100mado、DEAPA、DUBTRO。とくに100mado「Indian Zombie」はかれこれ2年前ぐらいからプレイしており、それを自分のレーベルからリリース出来て、すごくうれしいですね。僕のDJを何回か聴いた事のある人は、絶対に耳にされてる曲だと思います。DUBTROもじわじわと頭角を現してきてますしね。

 これは制作秘話? ってほどでも無いんですが、マスタリングはこれまたBack To ChillクルーのENA君にやってもらいました。やはり同じジャンルに精通しているだけあって、実に理想的な音に仕上げてくれました。
 彼と作業した1日も、いろんな意味で面白かったですね。エンジニアワーク見てるって面白いですよ。制作とはまた違う視点で。使ってるケーブルやら機材、電源やら、スピーカーとか吸音材とかの話もして。かなりマニアックな話でした。ついでにですが、ENA君のアルバムが来年7even Recordingsからリリースされます。これもかなり凄い内容で、国内外で話題になる事でしょう。

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VARIOUS ARTISTS
1ST ASCENSION

GURUZ

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 こんな感じで、自分を取り巻くDUBSTEPアーティストの皆さんと協力して、今回こういったリリースが出来る訳でありまして、なんとも感慨深い気持ちですね。しかも「国内初の日本人DUBSTEPコンピレーション」という名目まで! ありそうで無かったんですよね。これが。そして12月22日。マヤ暦が終焉を迎えるこの日を敢えてリリース日とさせて頂きました。タイトルも『1st Ascension』。これは、JAPANESE DUBSTEP新時代の幕開けという裏テーマが隠されています。

 これを皮切りにレーベルGURUZからどんどん日本人DUBSTEPをリリースしていく予定です。何故か? DUBSTEPが好きだからですよ。
 これ、PINCHにも同じ質問してこう返ってきたんですよね。シンプルかつ響いた言葉、僕も使わせてもらいます。

 もっといろいろなスタイルがあって良いと思うし、さまざまな解釈があってこそ、DUBSTEPだと思います。それこそ、いま大きく言えば二極化してるブロステップとディープ系ダブステップ、それぞれが盛り上がるって大事なことですよ。
 いまのシーンを見てると、ブロステップの流行が目に入りますね。こないだのスクリレックス公演なんか3000人SOLD OUTらしいですね。僕は正直、ブロステップに関しては好きではないです。聴く努力はしましたけど、サウンド然り、どうも馴染めないです。けど、それはそれでそういったシーンが出来たという現実は受け止めてますし、彼らの功績もまた凄いですね。ただ、いまそれがアメリカで流行ってる、だから正しい、というわけではないと思います。日本人はとくにメディア操作に操られ過ぎです。
 シーンが虚空の肥大をして過度のビジネス傾向に陥り、魂の無い音楽が蔓延して、結果、何も残らないっていうね。それではならんのです。
 僕はDUBSTEPを大事にしたいんですよね。だからこそ、そこに魂、そしてメッセージが宿っているかどうか? ってことにはサウンドクオリティと同等に気持ちの比重を置いてますね。

 これは自分に対する課題でもあると思ってます。いまの僕視点でのDUBSTEPが果たして正しい道なのかどうか、これは時間が経たないと解らないじゃないですか。それだし、僕が提唱しているDUBSTEPでもきちんとビジネス出来る環境を作らなきゃいけないって思うんです。
 これはUK DUBSTEPシーンを見ていてもそう。例えば先に言ったPINCHやMALAみたいなアーティストが、 いまの日本のシーンで成功出来るとは到底思えない。しかし、彼らは向こうじゃトップアーティストであって、音楽で生活を賄っているわけで。

 これを日本でやろうって「無理だ」って言葉が大多数ですけど、そう言って動かないでいては何も変わらない。畑は耕さないと、芽はいつまでも出てきませんから。僕はDUBSTEPとこれからも長く付き合っていきたいです。そのためには少しずつ、ひとりずつ納得、共感してもらって土壌を作って行く事が今の自分がすべき事だと思ってます。サウンドクオリティの向上は当然ながら、それとともにリスナーの聴くレヴェルも向上させていく必要性は感じてますね。

 だから、僕はレーベルを立ち上げたというのもありますし。GURUZからもっといろいろな日本で暮らしているDUBSTEPのクリエイターを世に知らせていきたいなと。そして、もっとこの国で起こっているドープなDUBSTEPのシーンの実情を国内外共に伝えていきたいんですよね。これだけ世界で大きな波となってるDUBSTEP、だけどそれって日本の場合、大衆には僕らがやってるDUBSTEPというのが現状あまり見えてないと思うんですよ。先に言ったブロステップ然り、表面的なものでストップしちゃってる。

 これを広めるって容易では無いですよ。一人対全国ですから。しかし、不毛だからこそチャレンジしたいっていうね。あきらめたらそれまで。前進すれば道は拓ける。これは音楽云々以前の、人としての生きる姿勢の選択であって。地道に時間かけてでも、道を拓く覚悟ですよ。

 パーティにおいては、東京だとDrum&Bass sessionsやBack To Chillなんか、音響も素晴らしいですし、日本最高峰のDUBSTEPが聴ける現場と言えるでしょう。最新の国内外のDubplateもガンガンかかってるし、DUBSTEPのいまを知るにはうってつけのパーティと言えますね。まだ行ったことの無い方、そして若いDUBSTEP好きな方は是非、足を運んでみるといいでしょう。大箱でしか体感出来ない極太BASSを体全身で感じれば、DUBSTEP本来の素晴らしさを知ることでしょう。

 最後に、12月22日のリリース日に、僕の地元大宮でリリースパーティも開催します。僕がいま思う新鋭アーティストを揃えた奇跡の一晩となることでしょう。サポートは地元のDUBSTEPクルーMAMMOTH DUBがしてくれてて。彼らとは共に3年、地元でパーティを開催してきて。大宮は年々DUBSTEPが育っていってる感をビシビシ感じますね。オリジナル曲もどんどん増えてるし、この日はかなりの数のオリジナル曲がスピンされるでしょう。都内からも近いですし、是非皆さん遊びに来て下さい。
JAPANESE DUBSTEPの新たな一面をここで垣間見ることでしょう。

 東京でのリリパは2月を予定。詳細をお楽しみに! ほか、地方公演もいろいろ入ってきてます。スケジュールは以下の通り。各地の皆さん、またお会いしましょう!

 それでは、DUBSTEP FOR LIFEでした。
 PEACE.

DJ Doppelgenger - DJ SCHEDULE
12/1 Version @ CACTUS (乃木坂)
12/8 Drum&Bass Sessions @ UNIT (代官山)
12/22 [ 1st Ascension ] Release Party @ 444quad (大宮)
12/31 Countdown Party @ 444quad (大宮)
1/13 TBA @ Circus (大阪)
1/20 Dubstep Area @ The Dark Room (福岡)
1/25 TBA @ TBA (長野)
2/1 TBA @ TBA (東京)
2/23 TBA @ Bangkok (タイ)
3/2 TBA @ Rajishan (静岡)

■2012 DUBSTEP sellection 10
MALA / MALA in Cuba (Album)

今年一番好きなアルバム。
これだけポップに、かつ相当凶悪なベースを鳴らしたアルバムってこれぐらいなのでは? ダブステップとキューバ音楽とのコラボ、これは楽しい1枚でした。

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GOTH TRAD / NEW EPOCH (Album)

言わずもがな、GOTH TRADのニューアルバム。
前作MAD RAVER'S DANCE FLOORから世界へと進出し、研ぎすまされた次のビジョンを見させてもらいました。
RESPECT。

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Swindle / Do The Jazz (12inch)

DEEP MEDIからの新たな刺客Swindle。
彼の持ち味のJAZZがふんだんに盛り込まれた、新しいスタイル。
これは斬新だった。

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ENA / Analysis Code (12inch)

これまた、何処にも属さない全くオリジナルスタイルを提唱した問題作。
来年出るアルバムも、かなり物議を醸し出しそうな予感。
これからの進化がどうなるのか、予測不能で楽しみです。

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Shackleton / Fablic 55 (MIX)

ミックスながらも全曲オリジナルでの編成。
これは凄い。呪いステップですね。世界観の統一具合、クオリティ、完璧でした。

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KRYPTIC MINDS / THE DIVIDE (12inch)

ミニマルテクノ+ダブステップ。
凄くシンプルながらもフロアライクなテッキースタイル。
こういうダブステップもどんどん出てほしい。

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DUBTRO / MIND HUMAN (Compilation)

Back To ChillクルーDUBTROのニューチューン。
これはUK ダブステップレーベル [ MIND STEP ]コンピレーションからの1曲。
これまでのDUBTROを越えた感がありました。

KILLAWATT & THELEM / kaba (12inch)

KILLAWATT好きですね。他もだいたい好きです。
ダンジョン系ダブステップ最高峰。

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V.A / 1st Ascension (Compilation)

僕が見てきた日本のダブステップが此処に。
今、日本のアンダーグラウンドダブステップの実情を知りたいのならば、これを聴いてほしい。

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DJ Doppelgenger / Paradigm Shift (Album)

今年リリースした僕の1stアルバム。
僕のアーティスト人生も大きく変わった、2012年、一番心に残る一枚となりました。

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DJ Doppelgenger ( GURUZ )

15歳からDJキャリアをスタート、そして2008年よりDJ Doppelgenger名義でDubstep DJとしての活動を開始する。世界各国を放浪した経験を基に、ワールド感漂う独自の音楽観をDubstepというフィールドで表現している。東京を代表するBass Music Party『Drum&Bass Sessions』@代官山UNITのレジデンツとして出演。そして、2009年より地元埼玉でMAMMOTH DUBを開催し、多くのアーティストを招聘している。これまでにrudiments、subenoana等のレーベルよりmix、trackをリリース。

ele-king TV@DOMMUNE - ele-king

 橋元優歩が自意識をぎらつかせながらも署名した、風営法改正にむけての「Let's DANCE署名運動」もついに「88,000筆」を超えたそうです。関係者の方々のお疲れ様です。あともう少しで10万ですね。ようやくマスメディアもこの問題の報道をするなど、クラブに直接関係のない人たちのあいでも関心が高まり、広がりをみせているようです。
 実際、これはクラブ文化内だけで済まされる問題ではないので、ライヴハウス専門のインディ・キッズも一緒に考えて欲しいと思います。12月12日(水)は、夜7時からDOMMUNEで風営法特番が放映されます。いったいいま何が起きているのか、もういちどおさらいしつつ、みんなで考えましょう。出演は磯部涼、大友良英ほか。ちょうど選挙前、参考になる話が聞けるはずです。
 
 さらにDOMMUNEでは、翌13日(木)には、ele-king TVも放映します。これは『TECHNO Definitive 1963-2013』刊行記念+『ele-king vol.8』発売記念としてテクノの話と最新号の話をします。雪国で育ったタフでライトなオタク女、橋元優歩をはじめ、ミタカジのオリジネイター、三田格、奄美の男汁が吹き出す松村正人、タチの悪いツイッター中毒者の竹内正太郎、そして毎日が二日酔いの私野田が出演予定です。当日、入場者には『TECHNO Definitive 1963-2013』ステッカーのプレゼントします。忘年会のつもりでやるので、みんな現場に来てください。一緒に飲みましょう。

ROOM FULL OF RECORDS主宰のパーティ@吉祥寺 - ele-king

 先日DOMMUNEでも訴えさせてもらったヴァイナルの新しい流れ。今年になってその流れを牽引するROOM FULL OF RECORDSがいよいよレーベルとしては初のコンセプト・パーティーを開催。世界流通の道もはじまり、いよいよ今後の活動が楽しみになった同レーベルの最初のパーティの開催場所がこれまた東京ローカルとして近年良質なトラックメーカーを多数排出している吉祥寺。以下レーベルより頂いた熱いメッセージをどうぞ!! (五十嵐慎太郎)


 データ音源が主流になった現在だからこそ、実際に手に取れるアナログ・レコードの魅力に取り付かれた亜流な連中が世界にはわんさかいます。"ライブ・パフォーマンスが出来るアーティストのオリジナル曲とそのダンスリミックスというカップリングにてアナログ・レコードをリリースする。そして、その全てを日本人アーティストで行う。"こんなコンセプトを引っ提げて誕生した「ROOM FULL OF RECORDS」はリリース3枚目にして世界への流通を開始。日本人の作品が世界への足掛かりを掴みました。

 中央線沿線に脈々と流れるバンド熱、渋谷、青山といったクラブ発ダンスミュージック。レーベルコンセプトとしてのこれらの融合を、井の頭線、渋谷からの帰着駅"吉祥寺"にて、おこないます。ジャーマン・ロックを語る上で外すことのできない最重要バンドのひとつ、CANのボーカルダモ鈴木との共演は勿論、先日のDOMMUNE出演でも"マニュエル・ゲッチング再来?!"とのつぶやき多数だった今まさに世界へ向けて発信すべきイツザイMandog !!!

 アウトドアブランド"コロンビア"のイメージソング提供から、ロサンゼルスのネットラジオ局"dublab"とアメリカの"Creative Commons"によるプロジェクト、"Into Infinity"への参加と実力のほどは間違いのないスリリングで荒削りなサウンドと、繊細なメロディーメイクに定評のある札幌発スリーピースバンド、The Olololop。

 そして地元吉祥寺の夜を牽引する弁天通り発、dextraxのryo of dextraxとAutoPilotのUZNKによるThe Dubless。キャリア満点、引っ張りダコの人気DJであるYOGURT氏の胸を借りて、上記3バンドとともにおこなうレーベル初のショーケース・パーティ。

 普段はあまり吉祥寺に足の向かない、遊び場が渋谷周辺の方、ダンスミュージックはちょっと......という中央線沿線の方、このパーティーで、そんな皆さんもレーベルコンセプト同様に融合出来たら最高です。

Manhattan Records Presents
「ROOM FULL OF RECORDS Show Case 2012」
2012.12.08 SAT @ STAR PINES CAFE
23:30~5:00

LIVE : MANDOG, Olololop, The Dubless
DJ : Yogurt, DJ hiroki onodera - lil - Olololop
VJ : Tajif (FORTE / VIDEO ORCHESTRA), Satoshi (BLIND ORCHESTRA)
FEE : 2500yen (1D) / with Flyer 2000yen (1D)

URL : https://www.roomfullofrecords.com/


「REPUBLIC」 - ele-king

 2012年12月1日。日本のオーディオ・ヴィジュアル・イヴェントのパイオニア「REPUBLIC」が遂に終焉を迎える。書籍「映像作家100人」とのコラボレーションなどでも多くの話題を呼んだ本イヴェントが初回開催された2007年5月から5年の月日を経て、多くの映像作家や、ミュージシャン、DJ、VJといったアーテイストに「音と映像」の新しい関係を提示してきた。そんな「REPUBLIC」も10回目で遂に最終回となりフィナーレを迎える。

 そんな、最終回となる今回は、もっともフラットで自由な表現に溢れており、ホームグランドである「WOMB」のDAY TIMEでの開催となる。

 出演陣も豪華で、「bonobos」や「OGRE YOU ASSHOLE」、「ハイスノナサ」、「ATATA」などのバンド勢に、今年最も話題を呼んだMCでもある「田我流」、ネクストブレイクを期待される「転校生」、巷で話題のガールズラッパーのニューカマー「泉まくら」などのフレッシュな面々も揃える。
 さらに、sasakure.UK、TeddyLoid、okadada、DJ WILDPARTYなどネットから新しい音楽カルチャーを発信する面々に、骨太のビートを生み出すトラックメーカーの「Fragment」、「Himuro Yoshiteru」、「SUNNOVA」に、「dot i/o (a.k.a. mito from clammbon)」、「aus」といったジャパニーズ・エレクトロニカの雄と「DUB-Russell」、「metome」、「Avec Avec」、「Seiho」などの新世代のエレクトロニカ・シーン牽引するアーテイストが一挙に渋谷に集結する。

 また、映像面も「伊藤ガビン」や「原田大三郎」などのレジェンドとともにVimeoでの映像が海外でも高い評価を受ける「yusukeshibata + daiheishibata」、「吉田恭之」、「Kezzardrix」。そして、日本を代表するメデイア・アーテイストの「exonemo」と「FREEDOM」で一躍世にその名を知らしめた「神風動画」に気鋭のデザイン・チームの「TYMOTE」、「FREEDOMMUNE」や「TOWER RECORDOMMUNE」のヴィジュアルを手がけた「yasudatakahiro」など新旧のTOPヴィジュアル・クリエイターが最後の宴に映像で花を添える。

 そして、その豪華面々がこの日にしか見れない極上のオーディオヴィジュアル・ショーケースを準備。また、前回好評を博した各フロアの映像演出もさらにスケールアップ。プロジェクターと液晶モニターを大量に特設で用意し、「WOMB」の全フロアを余すところなく映像で包み込む。もちろん長時間にわたる開催にあたってのホスピタリティとしてFOODもご用意。


2012年12/01(Sat)
REPUBLIC VOL.10~THE FINAL~
@WOMB
13:30-21:30(予定)
当日¥4,500 / 前売り¥3,500 ※ドリンク代別途

【SOUND ACT× VJ】
bonobos × TYMOTE
OGRE YOU ASSHOLE × TBA
okadada × exonemo with 渋家 (VideoBomber set)
ジェイムス下地 × 神風動画
dot i/o (a.k.a. mito from clammbon) × Kezzardrix
Daizaburo Harada -Audio Visual Set-
田我流 × スタジオ石×SNEEK PIXX
sasakure.UK × まさたかP
ATATA ×伊藤ガビン+hysysk+matt fargo
aus × TAKCOM
ハイスイノナサ × 大西景太
DUB-Russell×(yusukeshibata+daiheishibata)
転校生 × 大橋史(metromoon)
TeddyLoid × COTOBUKI
Avec Avec × 超常現象 [水野健一郎. 水野貴信 (神風動画). 安達亨 (AC部). 板倉俊介 (AC部)]
DJ WILDPARTY × SUPERPOSITION
Fragment × ogaooooo
shhhhh × 最後の手段
泉まくら × 大島智子
Inner Science × Takuma Nakata
Yaporigami × yasudatakahiro
Hiroaki OBA - Machine Live - × らくださん
metome × 吉田恭之
Himuro Yoshiteru × maxilla
Seiho (Day Tripeer Records, +MUS, Sugar's Campaign)× 子犬+UKYO Inaba
munnrai(TYMOTE/ALT) × leno
hiroyuki arakawa × Shinji Inamoto
Free Babyronia × NOISE ELEMENT
Licaxxx × DEJAMAIS

【SOUND ACT】
SECRET GUEST LIVE!!!
SUNNOVA
MASTERLINK
i-sakurai with passione Team B
specialswitch
Narifumi Ueno ( Ourhouse / Arabesque )
neonao(futago traxx)
M'OSAWA
SHIGAMIKI
MAYU
motoki
iYAMA(konnekt, MESS)

【VJ】
BENZNE by VMTT
VideoNiks
blok m
アサヒ
VJ PLUM

【映像装飾】
S.E.E.D

【プロジェクション コーディネート】
岸本智也

【FOOD】
浅草橋天才算数塾
錦糸町izakaya渦

【ORGANAIZED BY】
ishizawa(sonicjam Inc.)

2012/12/01(SAT)渋谷WOMBにて終焉を迎える「映像と音の共和国」を見逃すな!!

https://republic.jpn.org/

Rhythim Is Rhythim - ele-king

 1991年か1992年、デリック・メイが、リズム・イズ・リズムとして、トレヴァー・ホーンの〈ZTT〉からデビューするはずだったという話はファンのあいだでは有名だ。しかし、トレヴァー・ホーンの執拗なディレクションにドタマに来たデリック・メイは、テーブルをひっくり返してしまった。こうして、リズム・イズ・リズムのデビュー・アルバム『ザ・ビギニング・オブ・ジ・エンド』は幻となったわけだが、アルバムの先行シングルが、実は「ザ・ビギニング」だったことをデリック・メイから昨晩教えてもらった(そして、その「ザ・ビギニング」の方向性を嫌ったのも、レーベルの側だった)。
 よって、リズム・イズ・リズムのアルバムのために録音された曲は、1993年に"アイコン"として発表され、続いてロング・アゴー名義の"レリックス"として、リズム・イズ・リズム名義では"ケオティック・ハーモニー"、そして同名義で1999年のコンピレーション『タイム:スペース』において"ビフォア・ゼア・アフター"として発表されている。12月5日にリリースされる〈トランスマット〉の新しいコンピレーション・アルバム『BEYOND THE DANCE~TRANSMAT 4』には、さらにまた、『ザ・ビギニング・オブ・ジ・エンド』からの1曲"ハンド・オーヴァー・ハンド"が収録されている。20年かけて、デリック・メイが当時どんなアルバムを作っていたかがようやくわかってきた(笑)。(そして、それは相当に、メランコリックな作品だった)

 以下の映像は、1989年、26歳のデリック・メイ、20歳のカール・クレイグのふたりによる、リズム・イズ・リズムのロンドンのライヴである。遠くで野球帽をかぶっているのがカール・クレイグ、手前でシンセサイザーを弾いているのがデリック・メイ。ファッションが時代を物語っているが、音楽はいまも超越的に聴こえる。

interview with Andrew Weatherall - ele-king


The Asphodells
Ruled By Passion, Destroyed By Lust

ROTTERS GOLF CLUB/ビート

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 夜だ。雨が窓を強く打っている。以下に掲載するのは偉大なるDJ、アンドリュー・ウェザオールのインタヴューだ。彼はテクノのDJに分類されるが、その音楽にはクラウトロックからポスト・パンクなどが注がれ、その美学にはいかにも英国風のゴシック・スタイルがうかがえる。最新の彼の写真を見ると、19世紀風の趣味がますます際立っているようにも思える。その気持ちも、僕は英国人ではないが、ある程度までは理解できる。
 僕は彼と同じ歳なので、世代的な共感もある。パンク、ポスト・パンクからアシッド・ハウス、テクノへと同じ音楽経験をしてきている。この人のお陰で、我々は人生のなかでいろいろな人たちと出会い、話すことができた。ポスト・パンクのリスナーをハウス・ミュージックと結びつけてくれたのはアンドリュー・ウェザオールである。彼が正しい道筋を示してくれたと僕はいまでも思っている。
 ちょうどこの取材の最中『テクノ・ディフィニティヴ』というカタログ本のために昔の作品も聴き返したが、全部良かった。彼の新しいプロジェクト、ジ・アスフォデルス名義のアルバム『ルールド・バイ・パッション、デストロイド・バイ・ラスト(情熱に支配され、欲望に滅びる)』も良い。まだ何10回も聴いているわけではないが、きっと後で良く思える気がする。だいたい題名が示唆に富んでいる。以下の彼の発言に出てくるが、彼なりに「人間特有の悲劇」を表しているそうだ。
 アンドリュー・ウェザオールはこの取材で、本当に誠実な回答をしてくれたと思う。彼には最初から、ある種日陰の美しさのようなものがあった。古風な親分肌というか、謙虚さのようなものがあったが、今回の取材では、寛容さも身に付けているように僕には感じられた。自分もこうでありたいものだと思う。 

俺が音楽の道を選んだ理由のひとつに、競争というくだらないものに関わりたくないという理由があった。俺は自分が野心家ではないと話したが、じつはそうではなくて競争心がないということなんだ。野心はあるが、競争なんてしたくない。「野心はあってもいいけどがんばるな」なんて若い人向けのメッセージとしては最低だな(笑)。

2009年に『ア・ポックス・オン・ザ・パイオニアズ』を出して以来のアルバムになるんですよね? あれ以降の3年間はあなたにとってどんな時間でしたか? 

アンドリュー・ウェザオール:俺は次の構想を練るというようなことはしない。つねに音楽を作り、レコーディングをしている。そして6ヵ月から1年おきにまとまった量の音楽ができあがり、アルバムになる可能性が出てくるわけだ。『ア・ポックス・オン・ザ・パイオニアズ』につづく作品を作っていたけど、それは結局リリースされないね。1年くらいかけて制作に取り組んでいたんだけど、ある法的な事情によってリリースできなくなった。そのときいっしょに制作していた人を解雇したので、それまで作ってきた音楽をリリースするのが複雑になってしまったんだ。
 だからこの3年間、レコーディングはつねに続けていた。ただリリースする予定だったものがリリースできなくなったというだけのことだ。俺は音楽制作という仕事をストップすることはないよ。「これからアルバムを作ろう」って具合に取り組むのではなく、つねに音楽を作っている。そしてたいてい、マネージメントのほうから「そろそろアルバムを出す時期なのでは」と言われるから、パソコンに保存してある音楽を確認し、アルバムに収録できそうなものを選んでいき、それをリリースするということになる。

〈ロッターズ・ゴルフ・クラブ〉からも作品を出しませんでしたよね? それは、先ほどお話しされていた理由からなのでしょうか? それともそれ以外の理由もあったのでしょうか?

AW:さっきの話も一因としてある。それに、ほかのアーティストのレコードをリリースするというのはけっこう責任の重いことでね。音楽業界の現状からして、俺はその責任を負いたくなかった。だから〈ロッターズ・ゴルフ・クラブ〉は、自分の音楽をリリースするためのレーベルになると思う。それは俺の責任だからいいんだ。
 俺は最近、〈バード・スケアラー〉という別のレーベルも立ち上げた。そこではほかのアーティストの音楽をリリースしているよ。このレーベルはアナログ・レコードのみ限定300枚のリリースをするためのもので、ダウンロードはなし。あまり責任も重大じゃないし、レコードはすべて売れる。300枚だから1日で売れるんだ。俺は音楽をリリースできるし、アーティストもレコードが何千枚と売れるなどと期待していないから、責任も重くない。

この3年ものあいだ、あなたのことですから他の名義で作品を出していたんじゃないでしょうか? 

AW:いや、ないよ。たとえあったとしても教えない(笑)。だって他の名義で作品を出す意味が失われてしまうだろ?

ティム・フェアプレイは、『ザ・ボードルームVol.2』にも参加してましたね。彼とはどのように出会って、そしてどのようにジ・アスフォデルスは誕生したのでしょうか?

AW:ティム・フェアプレイと俺は90年代なかごろから2000年代初期まで〈ヘイワイヤー〉というパーティでDJしていて、ティムはそのパーティの常連だったんだ。だから共通の友人もたくさんいた。彼と出会ったのはそんな経緯だね。その後、彼はバッタントというバンドにいて、ギターを担当していた。それから彼は俺の所有するスタジオのひと部屋に移ってきたよ。俺のスタジオは4、5部屋あって、そのひと部屋が空いたから、彼がそこに自分のスタジオを移してきた。だから彼はつねに俺がいる隣の部屋で作業していたのさ。
 彼とは長年友だちで、あるときから俺のとなりのスペースで仕事をしていた。そして、俺がエンジニアを必要としているとき、ティムが理想的なパートナーだと気づいた。彼は俺の仕事の仕方もわかってるし、俺が求めているサウンドもわかっている。彼は、俺のキーボードやドラムマシンの好みなんかも知ってる。とても自然な成りゆきで彼と組むことになったよ。そしていっしょに音楽を作るようになった。俺たちの作品はアンドリュー・ウェザオールの作品ではなくいっしょに作ってできあがったものだから、ユニット名が必要だということになって、俺が「ジ・アスフォデルス」という名をつけた。アスフォデルはユリ科の花の名前。ギリシャ神話では「死」や「破壊」を意味する不吉なものとされていた。だが同時にとても美しい花だ。こんなにも美しいものが、悪の象徴とされている。俺はそういう組み合わせが大好きなんだ。
 とにかくティムと組んだのは自然な流れからだ。俺がギタリスト、エンジニアを必要としているときにティムがいた。彼は俺の現場につねにいたから自然とそういうふうに発展したんだ。

あなたからみてティム・フェアプレイのどんなところがいいと思いますか? 

AW:ギターがめちゃめちゃうまいところ。それからプログラマー、エンジニアとしての腕もいい。そして何よりも、すごくいいやつだ。音楽、文学、アートの好みがとても近い。これは非常に重要なことだね。

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ポップ・カルチャーやトラッシュ・カルチャーが、そのへんの哲学者よりも簡潔に人間のありようについて言及できているのをみると俺はうれしくなってくる。40年代50年代のパルプフィクションもそうだ。路上にいる人びと、通勤中の人びとを魅了するためには、還元主義的で直接的な表現を用いなければいけなかった。


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ジ・アスフォデルスのトラックは、公式には今年あなたが出した3枚組のミックスCDが最初になるのですか?

AW:そうだ。あのCDにはジ・アスフォデルスの曲がふたつある。"ア・ラヴ・フロム・アウター・スペース"とたしか"ロンリー・シティ"だったと思う。初めてレコーディングした曲がこのふたつというわけではないけど、公式リリースとしてはそうだ。俺は〈ア・ラヴ・フロム・アウター・スペース (以下ALFOSと略)〉というパーティをやっていて、この2曲もそのパーティ向けに作られた曲だ。だからよくパーティでかけてたね。
 みんなが、「ジ・アスフォデルス」という名前をはじめて見たのはこのミックスCDでだと思う。いまだにジ・アスフォデルスが俺だということを知らない人もいる。CDに記載されてる細かい文字を読まないんだ。よく「ALFOSのあのヴァージョンいいね」と言われるが、俺が「ああ、あれは俺が歌ってるんだ」と言うと驚かれる。「本当に? 本当にお前が歌ってるの?」ってね。細かい文字を読めば俺とティムの名前が載ってるのにね。

"ア・ラヴ・フロム・アウター・スペース"の最初のヴァージョンはあのミックスCDにも収録されていましたよね。『マスターピース』と今回の『ルールド・バイ・パッション、デストロイド・バイ・ラスト』とはどのような関係にあるのでしょうか?

AW:共通点をひとつ挙げるとすれば、〈ALFOS〉の雰囲気やそこでかけている曲かな。ミッドテンポで、ディスコ、ポスト・パンク、テクノ、ハウスの要素が入っている。俺が作る音楽というのは、無意識的にだけど、俺がいままで35年間聴いてきた音楽が反映されている。俺がいままで聴いてきた音楽は、いいものも悪いものも、俺の骨の一部、音楽的DNAを構成している。俺が作る音楽というのは、俺がいままで聴いてきたものの産物といえるだろうね。
 このアルバムのスタート地点として、〈ALFOS〉でかけられるような音楽を作るっていうコンセプトがあり、そこから発展していった。スタート地点はダンスフロアだったが、そこから枝分かれしていったよ。ダンスフロア向けのトラックを曲にしていくことによってそのトラックが聴く側にとってよりおもしろいものになる。そういうフロア向けのトラック集というのももちろんいいが、俺はたまに曲が聴きたくなるんだ。だから、アルバムのなかに〈ALFOS〉向けではない曲を入れることによって、作品をダンスフロアから少し遠ざけたのさ。

『ルールド・バイ・パッション、デストロイド・バイ・ラスト』はじつにあなたらしいタイトルですが、同時にいままでにない直球な言葉表現を使ってきましたね。そのココロは何でしょう?

AW:『ルールド・バイ・パッション、デストロイド・バイ・ラスト(情熱に支配され、欲望に滅びる)』というのは、俺に言わせると、人間特有の悲劇を表現する6単語なんだ。人間を前進させるのは情熱だ。新しいものに対する情熱、向上心に対する情熱......だけどときどきその情熱の方向性を間違えて、権力に対する欲望や金に対する欲望と化してしまう。それが結果として我々を滅ぼすことになる、というね。どこでこの表現を見つけたかというと、じつは見つけたのはティムなんだが、ティムはB級映画やホラー映画が大好きで、70年代のゲイ・ポルノ映画のポスターを持っていた。その映画には古代ローマ時代の剣闘士が登場するんだけど、ポスターのいちばん下に、「ルールド・バイ・パッション、デストロイド・バイ・ラスト」と書かれていてね。それを見て最高だと思ったんだ。
 ポップ・カルチャーやトラッシュ・カルチャーが、そのへんの哲学者よりも簡潔に人間のありようについて言及できているのをみると俺はうれしくなってくる。40年代50年代のパルプ・フィクションなんかもそうだ。路上にいる人々、通勤中の人びとを魅了するためには、還元主義的で直接的な表現を用いなければいけなかった。それと同じ意味で、直接的に簡潔に書くというのは、着飾った文章を書くことよりも難しいのかもしれない。だからダシール・ハメットのような作家は偉大だと思う。人間のありようを一文で表現できるから。
 誤解しないでほしいんだが、俺は着飾った文書の本を1冊まるごと読むのも大好きだ。俺は19世紀末から20世紀初めのヨーロッパ小説が好きで、その文体には着飾った文章や長々しい説明も多い。だが同時に、気のきいた言い回しとか、安っぽい格言とかも大好きなんだ。自分で気に入ったものは書きとめておくね。1冊の本になるくらいの量があるよ。小説や映画などからピック・アップするんだ。とにかくアルバムのタイトルは人間のありようについての哲学的な言及だが、ゲイ・ポルノ映画のキャッチ・コピーでもあるというわけだ。受け取り方は人次第さ。

たしかに今回のアルバムにはパッションとラストを感じました。何がきっかけでそうなったのでしょうか?

AW:おもしろいことに、俺の音楽はそう捉えられることが多いらしい。先日、『CSI』という警察モノのテレビ番組を見ていたら、俺の音楽が使われていたんだが、それがSMかなんかのセックス・クラブみたいな場所でかかっている音楽として使われていたんだ。ほかにも人から「お前の音楽は情熱的でセクシーでいかがわしい雰囲気がある」とよく言われる。なんでだろうな? よくわからないけど、たんに俺がいかがわしいやつなのかもしれない(爆笑)。
 でも、そういう雰囲気の音楽が好きだからだと思うよ。この35年間、もっとも心を動かされたのはそういう音楽だったんだ。情熱的な音楽。自分たちのやっていることに対して情熱を感じて音楽を作っている人たちの音楽さ。自分の音楽について「パッションを強く感じる」と言われたらそれは最高の褒め言葉だと思うよ。意識的にそういうものを作っているのではないし、先も言ったようにそれは35年間の経験からにじみ出るものだ。恋に落ち、恋に冷め、誰かを愛し、誰かを愛するのをやめる、誰かに愛されなくなる......人間の人生経験は、芸術経験と同じくらい大切なものだ。俺は音楽を25年間作り続けているから、自らの音楽というものを極めてやろうという決意を持っている。君に、さまざまな音楽を聴かせて、当時の俺がどの地点にいて、どんな精神状態だったかというのをひとつひとつ説明していくこともできるよ。当時の俺は調子がよかったとか。アルバムをかけて、振り返ってみれば、この作品を作っていたときは俺の精神は崩壊する直前だった、とか(笑)。
でもそれも情熱なんだ。悪い方に向けられた情熱だが、情熱に変わりない。俺は音楽に対して情熱を持っている。だから25年間続けていられる。そしてときに音楽に対して欲望もある。それはまたあるときに俺を破滅へと追い込む(笑)。
 とにかく、自分の信条にそった音楽を作っていれば、聴いた人にそれが自然と伝わると思う。だから俺の音楽はパッションやラストが感じられると言ってくれるのは俺にとっては最高の褒め言葉だ。

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そのとき俺たちの頭のなかにはソフト・セルの"セイ・ハロー・ウェイヴ・グッドバイ"がかかっていた。そして俺は、「マーク・アーモンドに電話してヴォーカルを歌ってもらおう」なんてことを考えてた。俺がもっと金持ちで大きなレコード会社と契約していたら、そう言っていると思うけどね。そういう無意識的なソフト・セルへの愛がこめられている。


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『マスターピース』もそうでしたが、あなたのこれまでの人生で愛した音が詰まっていると、『ルールド・バイ・パッション、デストロイド・バイ・ラスト』でも感じました。テクノ風ですが、よく聴くとロックンロールのグルーヴもあるし、ダブもあるし、ベースやギター、ヴォーカルにはこの10年あなたが追求してきたサウンドがある。セイバース・オブ・パラダイス、トゥー・ローン・スウォーズメンのときと比較した場合、ジ・アスフォデルスでのあなたは、音楽的なアプローチにおいて、どこが違っているのでしょう? 

AW:音楽的なアプローチにおいてはあまり違いはない。最終的な結果が違うだけだ。先も話したように、俺は毎日スタジオに出勤して音楽を作る。もちろん海外へ出かけるときや休みを取りたいときは別だが、それ以外は俺は毎日ふつうに音楽の仕事をしているんだ。それをこの25年間やってきた。アプローチに変わりはないよ。俺は音楽制作という過程を楽しんでやっている。そして芸術を作ることによろこびを感じる。絵を書くのが楽しいと感じるように音楽を作るのが楽しい。あまり最終的な結果にはこだわらずに、プロセスを楽しんでいる。
 ただ、セイバース・オブ・パラダイスとしてやっていたのは15年前のことだ。当然ながらいまの俺は当時の俺とはまったく違う。あれから20年間分の音楽を聴き、20年間分の人生経験やスタジオでの経験を積んだ。25年間の見習い期間をようやく終えた気分だよ。そしてようやく仕事のやり方がわかってきた感じだ。いま俺が作っている音楽は、俺の頭の中に25年前からあったサウンドだ。25年前、俺は頭のなかにあるサウンドを表現する技術力を持っていなかった。音楽を25年間やり続けて、スタジオでいろいろなことを学んでいくと、そういうことができるようになる。頭のなかにあるサウンドを、具体的な形にして最終的な作品として作りだすことができるのさ。
 どの媒体でもそうだが、頭にあるイメージを実際の形にして表現するのは、長い訓練と勉強が必要だ。ただ、俺はけっして学問的にやれといっているのではない。自然に身につけていけばいいと思う。俺だってこの25年間、パソコンのマニュアルやドラムマシンのマニュアルばかりを読んできたわけじゃない。俺の身体的な技術は、ほかのエンジニアに比べるとそこまでいいものではないから、エンジニアを起用するけど、いまではエンジニアに、どのようなサウンドをイメージしているかを技術的に伝えることができる。以前は曖昧な表現でしか自分のイメージしたサウンドを伝えることができなかったからね。

人間的にはどのように変化したと思いますか? 歳を重ねて見えてきたことはありますか?

AW:かなり落ちついた人間になったと思う。いまでは自分の地位が確立されたから、自分の作品がなかなかいいものであると自分でも信じられるようになったね。俺は長年、不安を感じていた。俺は若いころから注目を浴びて、多くの人から自分の作品がとれだけ素晴らしいかを聞かされていた。それがかえって俺を不信にさせた。俺の音楽キャリアの最初の5~6年はすさまじいスピードで進んでいった。そして俺は防御的になった。誰かが俺の正体を見破るんじゃないかと恐れていたんだ。「あいつは郊外出身の、服屋の店員だった男だ」ってね。
 俺自身、俺のデキは、他人の俺に対する評価よりもよくないと思っていたんだ。でもそれが20年や25年続いていると、証明すべきものがなくなってくる。それはある意味、すでに証明されてきたからだ。25年後もその場に居つづけているということ自体が証明になっているということだ。それに気づいたときには、肩の荷が下りた気がしたよ。もちろんそれは徐々に気づいていくもので、いまでも疑問に思うときはある。もちろんその疑問を感じるのはいいことで、それがあるから前進できる。それを感じなくなったら、もう音楽はやっていないだろう。いまの俺は95%の満足感と5%の疑問で成り立っている。その5%があるから俺は前進しつづける。
 とにかく、人間的にはより自信がつき、傲慢さが減ったと思う。もう証明するものはないと感じると同時にいまの立場を当然のものとしてはとらえてはいない。証明すべきものは、じつを言うとまだあるんだ。この先、25年間築き上げてきたものをそのままの状態かそれ以上にキープすることだ。俺は野心的な人間じゃないんだ。とくに目標もゴールもない。いまの状態で幸せだ(笑)。自分の仕事は大好きだし、俺のスタジオは家とはべつの場所にある。だから毎日、俺は家を出てそこへ仕事をしに行かなければいけないようにしている。俺は若い頃に家を飛び出してから、自分で仕事をして生き抜いていかなければいけないとわかっていた。その考えがいまでも身についているから、音楽を作るということに関しても毎日仕事に行くのと同じように考えている。
 よく、「芸術」を生業としている人がそれを「仕事」と称すると、それを聞いた人はおかしな印象を受ける。芸術に対して屈辱的な言い方だと感じるようだ。芸術は仕事ではなく、神秘的な行為のように考えている人が多い。けど実際はそんなことはない。俺にとっては仕事だ。俺が大好きな仕事だ。だから俺のいまの立場でこの仕事をつづけられていることに対してとてもうれしく感じている。べつに昇進しようとがんばっていない。もちろんいい音楽を作ろうという野心はある。だけど、競争心はないんだ。俺が音楽の道を選んだ理由のひとつに、そういった競争というくだらないものに関わりたくないという理由があった。
 さっきも俺は自分が野心家ではないと話したが、じつはそうではなくて競争心がないということなんだ。野心はあるが、競争なんてしたくない。「野心はあってもいいけどがんばるな」なんて若い人向けのメッセージとしては最低だな(笑)。

いや、最高ですよ。今日の日本では、いちど痛い目に遭っているのにかかわらず、さらに追い打ちをかけるように競争と自立が主張されはじめています。「がんばるな」は良いメッセージでしょう(笑)。そういえば、少し前のあなたの写真を見ると、ヴィンテージなファッションを着て、古いレコードや楽器を持っています。それはちょっとしたアンビヴァレントなユーモアに見えますよね。あなたが古いモノが好きだということと、現代社会へのちょっとした皮肉というか。

AW:いやその通りだよ。当然皮肉も少し混じっている。ただ、俺はテクノロジーにとくに感嘆させられないというだけだ。現代のありように対してとくに素晴らしいことだとは思っていない。たしかに60~70年間で人間は空中飛行から、月に上陸するという宇宙飛行まで可能にした。そういうことに対してはたしかに近代の人間の可能性というものに感心するが、最新のテクノロジー機器をすべて持つ必要性は感じない。テクノロジーは俺にとってはツールだ。自分に必要ないツールは家に置いておく必要がないのと同じことだ。たとえば木を切り倒すためのノコギリは俺は持っていない――必要ないからだ。ある時期まで俺にとってパソコンは絶対不可欠のものではなかった。だが、契約書を確認するのに、わざわざ会社に出向かなくてもいいとか、仕事をする上で便利なもの、時間や経費を削減するものだということがわかった。だからパソコンを買っていまはパソコンを使っている。ライブラリーとして使うときもあるし、仕事に使うときもある。
 それがはたして常識なのか皮肉なのかはわからないけど、俺のテクノロジーに対するアプローチはそんなところだ。自分の人生をよりよくすると思ったら使う。俺はiPhoneを持ってない。車のなかからメールする必要もないし、つねに自分のオフィスと連絡が取れる状態にする必要性も感じないからだ。『ニンジャフルーツ』とかいうゲームをする必要もないし、アングリーバードを投げる必要もない(笑)。iPhoneに対してステイトメントがあるとかいうのではなくて、俺には必要ないと言っているだけだ。
 よく、人は俺のテクノロジーに対するアプローチを見て最初はそれを疑問に思う。「こんなにたくさんのプログラムを見逃してるよ」とか言うけど、しばらく話していると彼らは「たしかに、こういうのがなかったら俺の人生はずっといまよりもシンプルになっているな」と認める。俺は来年で50になるから、もし俺がいま18だったらもう少し違っていたかもしれない。それでも、俺が18のころを振り返ってもやはり同じだったと思う。俺はティーネイジャーの頃からそういうガジェットといったものに興味がなかった。読書に興味があった。誰かのスクリーンを見つめるよりも、自分の想像力に興味があった。それはある種の傲慢かもしれないが、それがテクノロジーに対する俺の意見だ。
 俺のスタイルはたしかにユーモアが含まれていると思う。それが君に伝わってうれしい。俺が近代の生活に立ち向かっている、と思っている人も多い。俺はヴィクトリア朝やエドワード朝の衣装の美的感覚が好きなだけだ。むかしから俺は、19世紀末あたりのエドワード朝のスタイルが好きだった。だからその時代の格好をするし、テクノロジーはとくに必要性を感じないから使わないというだけだ。けど、そのふたつを合わせて、100年前の格好をして古い楽器を持っている写真を撮ったら誤解されても仕方ないね。
 これはステートメントというよりは、美学の話だよ。芸術の民主化というのはいい面もあるが悪い面もある。あらゆる人が芸術に触れることができるというのはとてもいいことだと思う。ただそのアクセスのよさを利用する人間が出てくる。そうすると、膨大な量の中途半端な芸術がこの世に広まってしまう。中途半端な芸術は、悪い芸術よりもさらにひどい。悪い作品なら、話し合って何が悪いと議論できる。中途半端な芸術は誰に何のメリットももたらさない。いま、そういった中途半端な芸術がインターネットを通じて出回りすぎていると感じるよ。それがよくない面だね。インターネットについて批判するのはこれくらいにしておこうか。とにかく、俺は、ライフスタイルや服装に関しては現代の美学よりも100年前の美学を好む。そうは言っても家にパソコンはあるし、100年前の暮らしをしているわけでもない。ふたつの時代のいいところをとっているだけだ。気分によって過去に戻ったり未来へ行ったりしているよ。

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俺は若いころから注目を浴びて、多くの人から自分の作品がとれだけ素晴らしいかを聞かされていた。それがかえって俺を不信にさせた。俺の音楽キャリアの最初の5~6年はすさまじいスピードで進んでいった。そして俺は防御的になった。誰かが俺の正体を見破るんじゃないかと恐れていたんだ。「あいつは郊外出身の、服屋の店員だった男だ」ってね。


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あなたのようなレコード愛があるDJは、PC中心になった現代のDJスタイルを複雑な感情で見ていると思いますが、最近ではむしろ若い世代がデータにうんざりしてレコードを作ったりしていますよね。あなたはそういう動きをどう見ていますか? USのアンダーグラウンドなシーンでは、ヴァイナルとカセットしか出さないレーベルもありますよね。

AW:それは自然なことなんだ。それも『ルールド・バイ・パッション、デストロイド・バイ・ラスト』に当てはまる。たとえば、子どもは段ボール箱ひとつで楽しく遊べてしまう。それをお城に見立てて遊んだりしている。そこに親がクリスマス・プレゼントで新しいおもちゃを与える。子どもは興奮し、新しいおもちゃで1日ほど遊ぶ。だけど、きっと2日後にその子は再び段ボール箱でお城ごっこをして遊んでいるだろうね。結局、人間とはそんな生き物で、新しいものには情熱を感じ欲望を感じる。だが十中八九、もともとあったものでじゅうぶんだった、という結論に達するのさ。むしろ、もともとあったものの方がよかったということも多い。とくに芸術――音楽やヴィジュアル・アート――の分野においては、いままで完璧であったものを、よりクイックで簡単なもので以前のものほどよくないものに置き換えてしまった。それに最近になってみんな気づいてきたんだと思う。
 シンセの場合もそうだ。当初、シンセのソフトウェアが出たときはみんな夢中になった。このプラグインがあるから、もうシンセは必要ない、と言っていた。それから5年後のみんなの感想はこうだった「これはいいけど、実際のシンセよりも音がよくないし、いじっていてシンセほど楽しくない」。そしてシンセを買い直していた。だから当初100ドルで買えたシンセがいまでは1000ドルになっている。われわれの時代の人間は新しいものに飛びつく。だが、その後に以前使っていたものの方がよかったと気づくんだ。それは人間性というものだからしかたない。同じことがレコードとデータでも起こっているということだと思うよ。
 俺はべつにパソコンで音楽を作ってもいいと思う。大切なのはどう聴こえるかだ。ロー・レゾリューションのMP3の音楽は、俺にとって爪で黒板をひっかくのと同じように聴こえるが、レコードを録音してパソコンに取り込み、それをWAVファイルで再生しているのなら、問題ない。手法は何でもいいんだ。大事なのは最終的なサウンド、もしくは仕上がりだ。パソコンでアートを作ってもいいと思う。そのアートがパソコン以外の世界でも存在できると感じられることができるならね。それが最近のアートの問題だ。現実味に欠ける。パソコンのなかでしか存在しないものに感じられる。たとえそれをプリントアウトしても、スピーカーで再生して聴いたりしても、パソコンの世界でしか生きられないものに感じてしまう。
 俺が好きな音楽は、たとえパソコンで作られたとしても何らかの雰囲気が感じられるものだ。どこかでレコーディングされた感じ。どこかで描かれた、撮影された感じ。そういう雰囲気を持つ芸術に興味がある。そういったことを若い人も同じように感じているのだと思う。よく若い人が俺にアドヴァイスを求めてくる。「音楽を作ったけど、音がフラットに聴こえる。どうしたらもっと生き生きとしたものにできるのか?」と。レコーディングもちゃんとやっているし、音自体も悪くない。けどフラットに聴こえる。俺はこう訊く。「パソコンから一度取り出したか?」、そうすると、していない、と言う。だから、こうアドヴァイスする。「古いテープ・レコーダーを買ってテープ・サチュレイションしてみればいい。音楽に少し息を吹き込んでから、再びパソコンに取り込めばいい」、人びとはそういうやり方に気づきはじめているのだと思う。
 俺はパソコンもアナログ機材も両方使う。アナログ機材をひとつ使うだけで、サウンドをパソコンの世界から引き離して、現実性といういち面を与えることができる。そのサウンドはパソコン以外の、外の世界を経験して再びパソコンの世界に戻っていった。最近の芸術の多くはそれがされていない。現実の世界を経験していないんだよ。

詩人ジョン・ベッチェマンがどんな人か、あなたなりに紹介してください。

AW:彼はイギリスの詩人で、20世紀のはじめに生まれて、1980年代に亡くなったと記憶している。とてもイギリス人らしい詩人で、イギリスの郊外や田舎など、とても心地よく見える情景についての詩を書いた。同時に彼には狡猾で鋭いウィットがあり、イギリスの上品で礼儀正しい生活態度は、皮をはがすと、かなりめちゃくちゃで腐敗していることを知っていた。イギリス人にジョン・ベッチェマンというと、みんな「イギリス人すぎる。ベタだ」と言ってうんざりするだろう。ジョン・ベッチェマンはイギリス人のステレオタイプを詩にしてきた人だよ。
 だけど、アルバムの"レイト・フラワリング・ラスト"はとてもダークな詩で、詩の内容は、ふたりの元恋人同士が酒の勢いでヤるために再会する、という話だ。かなりダークでいかがわしいだろ? 俺はそういうイギリスらしさに惹かれるんだ。とくにヴィクトリア朝、エドワード朝の時代はイギリスは歴史的にも最高潮に達して非常に礼儀正しく上品だった。だが、その裏では、あらゆる種類のいかがわしいことがおこなわれ、ダークな部分がたくさんあった。当時は非常に整った社会で、イギリスは礼儀正しく上品とされていたが、表面を取り除いてみると、当時のイギリスは非常にダークな世界だったということがわかる。俺はジョン・ベッチェマンのそういうところに惹かれる。彼は桂冠詩人にもなった人だ。年代は忘れてしまったけど、とにかく彼の描くイギリスの二面性というものに惹かれるね。

あなたはいろいろなスタイルのDJパーティを企画してきましたよね。『フロム・ザ・ダブル・ゴーン・チャペル』の頃は、50年代のロックンロールをかけるパーティをパブでやっていました。たしかダウンテンポの曲だけのパーティをやっているという噂を聞いたこともあります。この3年のあいだ、何かこの手のユニークなテーマのイヴェントも続けていたのでしょうか?

AW:それが〈ALFOS〉だよ。ダウンテンポばかりというか、BPM90あたりからはじめて、120BPMくらいまで持っていくんだ。3年くらい前、古い友人のショーン・ジョンストンといっしょに車でいろいろなギグに行った。そこでミッドテンポというか、少しディスコっぽくてポスト・パンクっぽい、テクノなのかハウスなのかわからない音楽にたくさん出会った。それからそういう音楽を自分たちで探して、お互いにかけたりして、ついに「こういう音楽をかけるイヴェントをやろう」という話になった。
 でも、最近はみんなもう少し速めBPMが好みだからちょっと難しいかもしれないと思った。だから規模は小さめではじめよう、と言ってパブの地下でイヴェントをはじめた。キャパは100人くらい。それが2年半前くらいにはじまって、いまはみんながイヴェントのコンセプトを理解するようになってきた。3枚セットのCD『マスターピース』は、〈ALFOS〉に行ったらどんなサウンドが聴けるかというのを表現したものだ。最近はヨーロッパの各地でも〈ALFOS〉をやっているよ。イヴェントはオールナイトでやる。10時からはじまって、朝4時に終わる。もしくは12時からはじめて6時に終わる。ひと晩かけてイヴェントをやるのが大事なんだ。テンポの変化もゆっくりだから、クラウドがイヴェントの雰囲気を理解してそれにとけこむまで時間がかかる。魔法がかかるまでには時間がかかるのさ。秘薬が効くにはたくさんのミックスを必要とする。これがいまの俺のメインのプロジェクトだ。いまでもロカビリーのDJセットやテクノのセット、ハウスのセットをたまにやったりもするが、〈ALFOS〉がメインだよ。

ちょっとロカビリー風の"ワン・ミニッツ・サイレンス"では何について歌っているんでしょうか?

AW:俺とティムはクラスターというドイツのバンドにはまっているんだけど、そのバンドの時代の特有のリズムというものがある。クラウトロックやグラム・ロックのリズムだ。俺たちはとくにそこにはまっていて、この曲を作っていたときにクラスターを聴いていたんだと思うよ。俺たちは曲を作るとき、いつもリズムとベースから入る。ドラムとベースだ。そのときもたしかティムがリズムをプログラムして、俺がベースラインを書いた。そこから曲を作り込んでいくんだ。
 曲の内容について、俺はふだんあまり話したくないんだけど、この曲は多少政治的な意味を持った曲なんだ。具体名称は出さないが、ある女性が悲劇を経験した。それに対して彼女は、政府にその行為を正式に認めることを求めていた。要は、彼女の家族がテロ攻撃の被害者となった。政治的な話になってしまうから、どの国のどちら側ということは伏せておく。彼女が求めていたものは、被害者の亡くなった記念日に自分の国で1分間の沈黙を得るということだった。ただそれだけだ。その記事を読んだときに、それだけを望んでいる人もいるのだ、と気づいた。多くの人は富や名声を望む。だが、彼女が望んだものは、遺族を思うために国民にだまってもらい、静かな時間を1分間だけくれ、ということだった。それを読んで感動したんだ。だから曲の内容はそういうことだ。
 俺はこういうふうに、新聞の記事をとって曲にする、ということはあまりしない。まじめになりすぎてしまうし、他人の苦しみや政治的な動きをポップ・ソングにしてしまうのはどうかと思う。価値を落としてしまう可能性がある。彼女の経験をエレクトロなアルバムの曲にしたことによって、その価値を落としていなければいいと願うよ。

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「芸術」を生業としている人がそれを「仕事」と称すると、それを聞いた人はおかしな印象を受ける。芸術に対して屈辱的な言い方だと感じるようだ。芸術は仕事ではなく、神秘的な行為のように考えている人が多い。けど実際はそんなことはない。俺にとっては仕事だ。俺が大好きな仕事だ。


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"ザ・クワイエット・ディグニティ・オブ・アンウィットネスト・ライヴズ"からはちょっとバレアリックな、80年代末のようなピースなアトモスフィアを感じます。何からこの曲はインスピレーションを得たのでしょうか?

AW:ティムがはじめエレクトロっぽいビートを作ったから、俺がそれにベースラインを書いたんだ。もともとはダブのトラックにする予定だったと思う。だから聴いてみるとダブ寄りのサウンドになっているよ。そこから曲が発展して、俺がキーボードをのせたからよりポップな感じになった。そしてティムがさらにパートを加えていく。そのとき俺たちの頭のなかにはソフト・セルの"セイ・ハロー・ウェイヴ・グッドバイ"がかかっていた。無意識的にね。そして俺は、「マーク・アーモンドに電話してヴォーカルを歌ってもらおう」なんてことを考えてた。俺がもっと金持ちで大きなレコード会社と契約していたら、たしかにそう言っていると思うけどね。そういう無意識的なソフト・セルへの愛がこめられている。ニュー・オーダーのアルバム『パワー、コラプション&ライズ(権力の美学)』の要素も入っている。それも80年代中旬な感じがする一因かもしれない。
 でも最初からそういうのを意識して作ってるのではなくて、曲ができあがってから、ほかの人に「この曲は○○に似ているね」と指摘される。アルバムのすべての曲はドラムとベースラインが基本で、そこから作り上げられている。そこから曲がどう発展するのかはわからない。それがアナログ・シンセを使うよろこびでもある。すべての曲はドラムとベースラインからはじまり、シンセなどを使って、「ジャム」しながらできあがっていく。「ジャム」という表現はつまらないしロックっぽいから本当は使いたくないんだが、プロセスとしてはそういうことになる。
 バンドがギターやドラムを使って徐々に曲を書いていく作業と同じように、俺たちも自然なセッションをしながら曲を作っていく。作っている曲は電子音楽だけど、手法は基本的な作曲の手法だ。お互いにパーツを作って、「これはどうかな?」とアイデアを投げ合っていく。ふたり以上の人がいっしょに音楽を作るということはそういうことだ。だから俺はエンジニアといっしょに仕事をするのが好きだし、過剰に独学で習得しようと思わない。アマチュアでいいんだ。エンジニアとのやりとりに楽しみを感じるからだ。エンジニアから学ぶのはおもしろい。
 俺は50になるけど、まだ知らないことがあると認めることができるよ。すると人生はいちだんと楽なものになって、学ぶ作業も楽しく感じられる。ひとりでやる作業よりも、共同作業の方が俺にとってはずっと楽しい。最近の電子音楽を作るミュージシャンはひとり作業が好きな人もいるが、俺にとって音楽制作において好きなプロセスは共同作業の部分だ。お互いと競いあうのではなくお互いを笑わせようとする共同作業。もちろん音楽に対する態度は真剣なんだが、たまにはおもしろいことをやる。たとえば、絶対ありえないようなパーツをわざと入れる、とかね。お互いを笑わせるためだけにね。ジ・アスフォデルスはそういうふうに音楽制作をする。たとえダークな音楽を作っていても、意外な要素を入れたりして、お互いをニヤリとさせる。仕事をするにしても、楽しんで仕事をするべきだと思うんだ。会社で座っていても、向こうに座っているやつと冗談を言い合って笑う。それでいいと思う。

そして、クローザー・トラックの"ア・ラヴ・フロム・アウター・スペース"へとつづきます。80年代末に生まれたA.R. ケインのこの曲もある種の前向きさを感じる曲ですね。この曲についてコメントをお願いします。

AW:"ア・ラヴ・フロム・アウター・スペース"は俺が長年好きな曲だった。A.R. ケインも大好きなバンドだ。イギリスの、少し変わったポスト・パンク・バンドで、"ALFOS"は俺のこれまででいちばんお気に入りのひとつに入る。あの曲には、リリースされてからずっといい思い出が残っていて、俺は曲のファンだったから、そのカヴァー・ヴァージョンは自分の頭のなかにはつねにあったよ。そしてイヴェントをやるときに〈ALFOS〉とつけて、その名前をつけたからにはヴァージョンを作らなければいけないなと思った。
 曲はとてもアップ・リフティングな曲だ。俺はそれをバラードにしようなんて思わなかったけど、自分なりのヴァージョンを作りたかった。このアルバムに入っているヴァージョンは、『マスターピース』に入っているヴァージョンと少し違う。ストリングスを加えたんだ。そうすると、ハッピーな曲なんだけれど、メランコリックな要素が少し加わる。俺は鬱になったりはしないが、ものがなしい雰囲気は好きだ。メランコリックな感情というのはポジティヴだと思うから、自分が実際にメランコリックでいる状況を好むよ。だから、ハッピーな曲にものがなしさやメランコリックな要素を多少加えるのが好きなのかもしれない。

DJはどのくらいのペースでやっているのでしょうか?

AW:毎週末だよ。俺の週末は来年の半ばまで空きがない。5年前「DJギグはいつまでもつかな」なんて思っていたけど、いまは(DJ依頼の)電話が鳴りやまないんだ。電話が鳴りやまないからいまでもつづけている。電話が鳴らなくなったらほかのことをすると思うけど、いまのところはやりつづけるよ。とても疲れる仕事だけどDJするのは楽しい。平日の4~5日間はスタジオで仕事をして、金曜と土曜はクラブでDJをすると。とても疲れるよ。だから俺にとっては仕事だね。とても素敵な仕事だとは思う。世界中を旅して、2~3時間ほかの人の音楽をかける。他人にうらやましがられる職業だ。だけど、日曜日に帰宅した俺を見ると、みんな、俺がどんなに働きものかということがみてとれるだろうね。もちろんDJはとても楽しい仕事だよ。

UKではダブステップ以降のダンス・ミュージックがものすごく大きくなっているとききます。若い子たちはみんなレイヴによく行くそうですが、あなたは現在のUKのダンス・カルチャーをどう見ていますか?

AW:いまの時代、UKのダンス・カルチャーをほかのダンス・カルチャーと切り離すことはできない。アメリカのおかげでダンス・カルチャーは世界的なカルチャーとなり、ポップ・カルチャーとなった。情報が普及するスピードがこんなに速いおかげで、ジャスティン・ビーバーの新曲にはダブステップの要素が入っていたりする。最近はディプロがジャスティン・ビーバーといっしょに仕事をしているらしいじゃないか。アンダーグラウンドからオーバーグラウンドへの移行がすぐにできる現代では、現状をうまく分析することはできないな。
 たとえば、誰かが曲を週末にレコーディングしてそれがロンドンのダブステップのクラブで翌週にプレイされ、同じ週の木曜にサウンドクラウドにアップされる。翌週の月曜日には何万人もの人がその曲を聴いている――世界中の映画会社関連の人、レコード会社関連の人、プロデューサーなども含めてだ。そういう人がそれを聴いて「いまロンドンで流行っているのはこれだ。これを使おう」と言ってその要素を自分たちのポップ・ソングに注入する。ダンス・カルチャーがポップ・カルチャーだというのはそういう意味だ。だからダンス・カルチャーに関してはこういうコメントしかできないよ。
 それに、俺は自分の道は自分で決めて、その上を歩んでいくことにしている。まわりを見渡してほかに何があるのか、この先何が起こりうるかということを少しは気にするけど、この年になると方向を外れることはない。昔はよくいろんな方面に行っていたよ。ある週はドラムンべースにはまっていたり、翌週は別のことをしていたり......昔はほかの人が何をやっているかということに気を取られ過ぎていた。いまでは自分が好きなもの、やりたいことにしか集中していない。だから他のカルチャーもあまり見ていないんだ。ダブステップを聴いて、いいと思うものがあればそれが誰か探して、そこからさらにいろいろ聴いていくかもしれない。ほかの人のクラブ・カルチャーは視野に入っているけど、いまもっとも集中しているのは、自分がクラブで何をやりたいのかということだね。

あなたはリミキサーとしてもひとつの道筋を作ってきたと人ですが、ここ最近であなたがリミックスをしたくなるような若いバンドがいたら教えてください。

AW:好きなグループを聴いて「このバンドをリミックスしたい」とはあまり思わないよ。リミックスという行為自体を批判するわけじゃないけど、世のなかにはリミックスが必要ない曲もある。大好きな曲のリミックスを頼まれたが、断った経験は何度もあるさ。オリジナルの曲が好きすぎて、リミックスをしたいと思ってもできないんだ。曲を聴いて、もうこれ以上よくならないと感じたり、反対に、自分が共感できるパートがひとつもない場合、その曲のリミックスはしない。好きな音楽は、リミックスしようと考えるのではなくて、そのままにしておくことが多いかな。

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俺はティーネイジャーの頃からそういうガジェットといったものに興味がなかった。読書に興味があった。誰かのスクリーンを見つめるよりも、自分の想像力に興味があった。それはある種の傲慢かもしれないが、それがテクノロジーに対する俺の意見だ。


The Asphodells
Ruled By Passion, Destroyed By Lust

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では最近であなたを興奮させた音楽作品は何でしょうか?

AW:たくさんありすぎるよ。スタジオを歩き回って見てみよう。最近聴いている音楽が山のように積み上げられているからね。レイランド・カービィというダークなアンビエントを作るミュージシャンがいるが、その人の作品はとても好きだ。ザ・ケアテイカーという名義で活動しているが、彼のアトモスフェリックな音楽は素晴らしい。それから今年リリースされたモダン・ソウルのレコード、ヴェニス・ドーンの『サムシング・アバウト・エイプリル』はアナログ・サウンドが美しい作品で、むかしのソウル・アルバムのようなサウンドだが、それにモダンなダーク・タッチが入っている。今年のリリースで大好きな作品のひとつだね。
 渋谷に6階建てのタワーレコードがあるだろう? あそこで、俺はエレクトラグライドのプロモーションとして「今年のベスト10アルバム」を紹介している。だからタワーレコードに行ってみてくれ(笑)。それから、カントリーのアルバムで『カントリー・ファンク:1960-1975』というのも好きだな。『パーソナル・スペース』という80年代のエレクトロニック音楽のコンピレーションも素晴らしい。最近のバンドでトイというバンドがいるけど、トイは好きだよ。リミックスもやった。最近聴いているのはそんなところかな。

エメラルズOPNのようなUSの電子音楽なんかは好きですか?

AW:両方好きだよ。とくにエメラルズは好きだね。ギターを使ったサウンドだから、スピリチュアライズドやスペクトラムのようなバンドを彷彿させる。ああいう、チラチラ光るようなメタリックなサウンドは昔から好きだよ。エメラルズの音楽はキーボードやギターを使ってそういうサウンドを表現している。それが良い。さっきの質問の答えにエメラルズも入れてくれよ。
 エメラルズのサウンドはパソコンで作っているかもしれないけれど音が生き生きとしている。音に空間が感じられるから好きなんだ。けっしてフラットな音ではない。サウンドを聴くと、アップル・マークの後ろでパソコンをいじっている人のイメージではなく、どこかのスペースでレコーディングされたのだというイメージがわく。実際彼のライブをみると、アップル・マークの裏でパソコンをいじっているんだけどね(笑)。けれど彼の音楽はそれを超越している。

家でリラックスしたいときには何を聴いていますか?

AW:家ではめったに音楽を聴かないよ。俺は週7日間、1日8時間音楽を聴いていられるという特権を与えられているからね。だから一日中音楽に関わる仕事をして、さらに帰宅して家で音楽を聴くことはあまりない。音楽関連のドキュメンタリー番組をテレビでやっていると観たりはするけど、朝11時に出勤して7時に帰宅するまではずっと音楽を聴いているから、その後にはあまり聴かないんだ。家ではたいていラジオをつけているけどBBCラジオ4で、ドラマ、ドキュメンタリー番組、ディスカッションなどいろいろな内容の番組をやっているチャンネルだね。帰宅した後はそういうことをしている。それか読書。読書していることが多いな。俺はつねに、小説、歴史、芸術に関する3冊をいっしょに置いておいて、それらを気分に合わせて読んでいる。
 俺のなかで音楽とリラックスは同じカテゴリーに入らない。もちろん仕事中は椅子に座ってるからリラックスしているけれども、君の言うリラックスは頭のスイッチを切る、ということだと思う。俺は音楽がかかっているときに頭のスイッチを切るということはしないんだ。それがたとえひどい曲であっても「ひどい曲だ、なんだこのひどい曲は?」と思ってしまう(笑)。音楽に対しては、いい悪いという反応が俺のなかで絶対に生まれてしまう。だから音楽とリラックスは別物だ。そして俺はリラックス(頭のスイッチを切る)ということもしない。だから本当は瞑想やヨガなどをやるべきだと思うんだけど、俺の頭のなかはつねに時速160キロで進んでいる(笑)から無理だと思うんだ。
 俺はつねに外部からのインプットを必要としている。たとえそれが風呂に10分間入っているときでもだよ。新聞か本か何かしら読んでいる。外出するときは音楽を聴かない。携帯用音楽プレイヤーは持ったことがない。音楽的インプットよりも、外の世界で起こっている情景の方がよほどおもしろい。だけど同じ場所に長い間座っていなければいけない状況のときは必ず本や新聞を持っていくよ。とにかく、音楽とリラックスは俺にとっては別物だけど、音楽でリラックスできるってことは素敵なことだね。

いまもっとも欲しいものは何でしょうか?

AW:いまもっとも欲しいもの? それはむずかしい質問だね。いまその答えを考えて「いま欲しいものといったら、飲み物かな」と思ったら、ちょうど、スタッフのスコットくんが紅茶を入れて持ってきてくれたんだ。

願ったり叶ったりですね!

AW:そうなんだ。完璧なタイミングでお茶を持ってきてくれた。欲しいものは手に入ったよ。とにかく、いまの状況をキープして、この仕事をつづけることかな。さっきも話したけど、俺の野心は、野心を持たずにいまの状態と同じところに居つづけるということだ。すでにほどよい量の作品を生み出したし、スタジオもいい感じで動いている。スタジオのスタッフは素晴らしい人たちばかりだ。この10年間で最高の状態になっていると思う。それ以上を願うのは欲ばりなんじゃないかと思う。もちろん世界平和や食料飢饉や飢餓をなくすという願いはあるけれど、個人レヴェルの話をすると、いまやっていることを続けるということになるね。

なるほど。それではエレグラでお会いしましょう!

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