Home > Interviews > 初音ミクの『増殖』 - ――初音ミクによるYMO名盤カヴァー・アルバム『増殖気味 X≒MULTIPLIES』を元ネタと徹底比較!
HMOとかの中の人。(PAw Laboratory.) - 増殖気味 X≒MULTIPLIES U/M/A/A Inc. |
初音ミクによるYMO『増殖』のカヴァー・アルバム、『増殖気味 X≒MULTIPLIES』が今週リリースされる。プロデューサーは、初音ミクを筆頭としたボーカロイド文化の黎明期から活動し、現在もシーンを支えつづける“HMO とかの中の人。(PAw Laboratory.) ”。2009年に発表された『Hatsune Miku Orchestra 』につづく第2弾ともなる作品であり、前作にましてコンセプチュアルなこだわりと細部への作りこみが徹底されている。そうした点をひとつひとつ照らし出すことで、本作はさらにユニークにかたちを変えるだろう。また双方の「増殖」のニュアンスが持つ興味深い差異についてもあきらかになるはずである。今回は元ネタであるYMO『増殖』との比較をおこないながら、本作のおもしろさ、YMOのおもしろさ、そしてボカロ文化のおもしろさに迫る座談会をお届けしましょう。YMOを知らないあなたにも、初音ミクがわからないあなたにも!
YMOか、スネークマンショーか
小学生でスネークマンショーのファンになったってひとはすごく多いですね。遠足のバスのなかでみんなでかけて聴いたと。(吉村)
――まずはみなさんのYMO体験から、簡単におうかがいしたいと思います。世代的には三田さんと吉村さんがいちばん聴いていらっしゃると思いますが、さやわかさんはいかがですか?
さやわか:僕は小学1年とか2年とか、ほんとに子どもだったんですよね。74年生まれなんですが、音楽を聴いていちばん最初にかっこいいなと思ったのが、YMOとかで。
三田:そうなんだ?
さやわか:そうなんですよ。まあ最初は“ハイスクール・ララバイ”とかを聴いて、「こういうものがあるんだ」っていうのが最初なんですが。
三田:(笑)なるほど~。
さやわか:子供ですからね。その後に“ライディーン”とか聴いて、かっこいいなっていう感じですよね。だから、『増殖』ぐらいになると、もうなんとなく知ってるんですよね。しかもちょっとギャグが入っていておもしろおかしいし、従兄弟の家に行ったら置いてあるくらいのポピュラーなものだったんですよ。とくにこれは、ジャケットもダンボールとかついててかっこいいじゃないですか。おもちゃっぽい、ガジェットっぽいというか。だから子ども心に憧れのある盤ではありましたよ。
三田:久住昌之がつけた歌詞、知ってる?
さやわか:「テ・ク・ノ~、テクノライディ~ン~」(空手バカボン“来るべき世界”の歌詞)じゃなくてですか(笑)?
三田:「僕は~きみが好きなんだよ~」って(笑)。
さやわか:はははは! ともかく、そんな感じですね。YMO初期から中期に行くぐらいの感じの、ちょっとおもしろおかしいんだけれども、とんがっててかっこいいみたいな感じ、ポップさがある感じがすごく好きだったなあ。印象的だった。だんだん大人になってくると中二病的な気持ちで「中期ぐらいがいいよね」みたいなことを言い出すんですけど(笑)。でも、最終的には『増殖』くらいがすごく好きですね。子供の頃の憧れもある、ポップで、おもちゃっぽい感じ。
三田:ポップっていうか、勢いがあるときだよね。
さやわか:まさにそうですね。やりたい放題感があるわけじゃないですか。
三田:僕は高校生だったけど、吉村さんは?
吉村:僕は中学生でしたね。何年か前にスネークマンショーの本を書いて、そのときにすごくリサーチしたんですけれども、小学生でスネークマンショーのファンになったってひとはすごく多いですね。遠足のバスのなかでみんなでかけて聴いたと。
さやわか:懐かしいな。いま思い出しましたよ。2コ上の従兄弟がスネークマンショーのテープをいっぱい録って持っていたんですよね。僕はそこから入っていって、スネークマンショーのオリジナル盤みたいなものもどんどんテープに録って、友だちと貸し借りしました。スネークマンショーがやっぱりおもしろいんですよね。
三田:今回の野尻さん(※)にプレッシャーをかけてるわけですね(笑)。
※野尻抱介。『増殖』オリジナル盤にはスネークマンショーによるコントが数編収録されているが、『増殖気味 X≒MULTIPLIES』では野尻氏の脚本によって2012年現在を反映する内容に書き換えられている。
さやわか:はははは! いやいやでも、今回の野尻さんのやつも、時代性があるというか、よかったじゃないですか、最後のやつとか。
吉村:スネークマンショーのほうは、けっこう校内放送でかけて怒られたとか、そういうエピソードがいっぱいある。
三田:小学校で?
吉村:小学校、中学校で。モノマネもよくやったみたいですよね。たとえばKDD(『増殖』収録のコント)とか英語じゃないですか。小学生だったら意味はわからないんだけど、言葉やセリフのリズムとか声の質とか、すごくおもしろく聞こえちゃうんですね。そういうマジックがあった。
三田:じゃあけっこう共有文化なんだ? クラスメイトの。
吉村:そうですね。YMOよりもスネークマンショーって感じですね。
さやわか:そうなんですね。僕はもう、嘉門達夫とかといっしょに聴いたような気がしますよ。そういうレベルの出来事ですよね、小学生にとっては。
三田:あー、なるほどね。僕は逆に、YMOはダメだったんだよね。ちゃんとそのとき買って聴いたのは『BGM』だけで。流行りものの勢いに負けて、7インチは全部買ってたんだけどね。だからいまだに『テクノデリック』を聴いてない。
一同:(声を揃えて)マジすか!?
三田:そうそう。
さやわか:そんなことがあり得るんですね。
三田:いまだに抵抗があって。なんでかって言うと、先にクラフトワーク聴いてるんだよ。父親がヨーロッパ土産で『トランス・ヨーロッパ・エクスプレス(ヨーロッパ特急)』の7インチ買ってきてくれて。で、その頃に聴いてる音楽ってクリームとかだから、はじめて『トランス・ヨーロッパ・エクスプレス』を聴いて、もう何が起きたかわかんない! っていう衝撃があったわけだよね。何がどうなっちゃったんだろ、と思って。それでその次の年に“ライディーン”を聴くと、「子どもっぽいなー」っていうね(笑)。なんか真剣になれないんだよね。
さやわか:はははは! でもまあ、そうですよね。フュージョン感が。
三田:だけど、『BGM』がよかったんで、もうちょっと聴いてみようかなと思ったときに、『増殖』も知ったんだよね。だからこの作品には愛着があって。
さやわか:あ、そうですか? 『BGM』から戻っていく感じですか?
三田:そうそう。だから“ビハインド・ザ・マスク”を知らなかったのよ、全然。だいぶ経ってから“ビハインド・ザ・マスク”聴いて、いまではいちばんが“ビハインド・ザ・マスク”かな。そんなとこです、僕のYMO体験というのは(笑)。『増殖』はでも、リアルタイムで聴かないと、体験としての差が大きいよね。
さやわか:『増殖』はリアルタイムで?
三田:うん。『増殖』と『BGM』だけはそれなりに愛着があるね。でも、去年だったか、坂本龍一さんがDOMMUNEに出た後の打ち上げで、僕、ポロっと「“タイトゥン・アップ”のなかのセリフで「酒飲め、坂本」ってありましたよね」って言ったら怒られたんだよね。「違うよ!」って。「Suck it to me, Sakamotoって言ってるだろ!」って。30年以上勘違いしてた(笑)。しかし、そんなに怒るかなって(笑)。
さやわか:はははは! でもそうやって空耳するくらいの気軽さでみんなの耳に入ってくるような影響力がありましたよね。
さやわか、三田格、吉村栄一 (構成:橋元優歩)(2012年12月17日)
◎さやわか
ライター。『クイック・ジャパン』(太田出版)『ユリイカ』(青土社)などで執筆。小説、漫画、アニメ、音楽、映画、ネットなど幅広いカルチャーを対象に評論活動を行っている。現在、朝日新聞でゲームについてのコラムを連載中。単著に『僕たちのゲーム史』(星海社新書)。12月18日に共著『西島大介のひらめき☆マンガ学校』(講談社BOX)の第二巻が発売。TwitterのIDは@someru。
◎吉村栄一
1966 年福井県生まれ。月刊誌『広告批評』(マドラ出版)編集者を経てフリーの編集者、ライターに。近年の主な編著書に『これ、なんですか? スネークマンショー』(桑原茂一2・新潮社)、『いまだから読みたい本 3.11後の日本』(坂本龍一+編纂チーム・小学館)、『NO NUKES 2012 ぼくらの未来ガイドブック』(同)などがある。
◎三田格
ロサンゼルで生まれ、築地の小学校、銀座の中学、赤坂の高校、上野の大学に入り、新宿の本屋、御茶ノ水の本屋、江戸川橋の出版社、南青山のプロデュース会社でバイトし、原宿で保坂和志らと編集プロダクションを立ち上げるもすぐに倒産。09年は編書に『水木しげる 超1000ページ』、監修書に『アンビエント・ミュージック 1969-2009』、共著に中原昌也『12枚のアルバム』、復刻本に『忌野清志郎画報 生卵』など。