ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. R.I.P. Miru Shinoda 追悼:篠田ミル
  2. Columns 〈FUTURE FREQUENCIES FESTIVAL 2026〉出演者解説 ──ジョイ・オービソン、セイバーズ・オブ・パラダイス、ノサッジ・シング×真鍋大度、ロレイン・ジェイムズほか
  3. Imaizumi Koichi ──今夏話題を集めた映画『伯林漂流』の再上映が決定&今泉浩一監督の全過去作品も
  4. Imaizumi Koichi ──インディペンデント映画作家、今泉浩一の生前追悼上映会が開催、『伯林漂流』国内初上映
  5. interview with Loraine James ロレイン・ジェイムズの“ポップ”な冒険 | ——来日直前インタヴュー
  6. GROOVETUBE FES 2026 ──千葉横芝光町の屋形海岸で開かれるパーティにsugar plant、Have a Nice Day!、SUGIURUMN、YODATAROが出演
  7. Vladislav Delay Quintet - Vd5 | ヴラディスラフ・ディレイ
  8. 異次元の常識──パンク/ハードコアの思想とメッセージ
  9. Columns Boards of Canada ボーズ・オブ・カナダの帰還  | ──その軌跡、その影響、そして13年ぶりの新作『Inferno』をめぐって
  10. yahyelと語り合うマウント・キンビーの魅力 ──篠田ミル(yahyel)×野田努
  11. Miru Shinoda ──ソロ・デビュー作となるEP「Pressure Field」を〈ECP〉よりリリース
  12. 別冊ele-king 音楽が世界を変える──プロテスト・ミュージック・スペシャル
  13. Crack Cloud ──カナダのインディ・バンド、クラック・クラウドの来日公演が決定
  14. Columns #15:「すべてのロックンロールに反対してやる」 ──『UKインディ・ロック入門』刊行のお知らせ
  15. Columns Boards of Canada ボーズ・オブ・カナダの帰還 | ──その軌跡、その影響、そして13年ぶりの新作『Inferno』をめぐって(後編)
  16. interview with yahyel 愛する人であれ  | ヤイエル、インタヴュー
  17. UKインディ・ロック入門──ポスト・パンク、ギター・ポップ、スカとダブ編
  18. The Leaf Library - After the Rain, Strange Seeds | ザ・リーフ・ライブラリー
  19. Columns Jeff Parker ジェフ・パーカー・ETAカルテットの挑戦 | ──原雅明と蓮沼執太による対話
  20. Brian Jackson - Now More Than Ever | ブライアン・ジャクソン

Home >  Reviews >  Album Reviews > Tracey Thorn- Tinsel And Lights

Tracey Thorn

Tracey Thorn

Tinsel And Lights

Strange Feeling/ホステス

Amazon iTunes

野田 努   Dec 14,2012 UP

 19世紀のなかばのロンドンともあれば、近代の基礎はしっかりできているので、ひとの人生観も多様化している。『クリスマス・キャロル』に出てくるスクルージって、考えてみれば、150年後の新自由主義の走りみたいなキャラだ。当たり前の話、人はクリスマス・イヴに3人の幽霊に会うわけではないので、150年後はこうなっているのだろう。
 とはいえ、欧米のロック評論を読んでいると何かとチャールズ・ディケンズの名前が出てくる。そのおかげで僕は彼の重要性を認識したほどだ。たとえばデイヴ・マーシュという評論家は、ジョン・レノンをもっともディケンズ的なキャラクターだと言っている。ジョン&ヨーコの"ハッピー・クリスマス"は『クリスマス・キャロル』に匹敵すると評している(いかなる人も等しく幸福であることを願っているという意味において)。
 この季節は1年でもっとも感傷的な季節だ。個人的には震災以降、感傷的な音楽は意識的に遠ざけていたところがある。しかし、かれこれ10年以上も、携帯の留守電にWhy Sheep?から一方的に歌を吹き込まれる12月8日の夜を迎える頃には、自分も街のなかの感傷を受け入れざる得なくなる。メリー・クリスマス、最低の人生に乾杯。
 先日、『クリスマス・キャロル』がどういう物語なのかを8歳の子供に説明したが、骨の折れる、極めて困難な作業だった。そもそも何故スクルージが金に執着していたのか、そして何故、突然、一夜にして途方もない愛が吹き出てしまうのか、子供にわかるわけがない。大人にだってわからない。大きな七面鳥をティムに送るのに、何故スクルージが自分の名前を伏せるのか、それがわからないから偽善的な売名行為も野放しにされる。

 トレイシー・ソーンと言えば、エリザベス・フレイザーやホープ・サンドヴァルらと並んで、個性的な声ゆえに、いまだ根強い人気をほこる女性シンガーだ。昨年は、ザ・XXのカヴァー・シングルもリリースしているが、これはかねてからトレイシー・ソーンのファンだったザ・XXからの希望だったという。
 かくいう僕も世代的に言ってマリン・ガールズからエヴリシング・バット・ザ・ガールのセカンド・アルバムまではそれなりに思い入れがある。プリテンダーズの"キッズ"のカヴァーで泣くオヤジである。Why Sheep?のように、トレイシー・ソーンが参加しているというだけでマッシヴ・アタックはセカンド・アルバムが最高作だと信じている輩も少なくない。同世代では、いまだにしつこく『エデン』の頃の彼女を聴き続けてるファンも多いし、クラブ・ミュージックに接近してからの彼女もずっと追い続けている人だっている。トレイシー・ソーンがクリスマス・アルバムを出したと知れば、宿命的にそれはヘヴィー・ローテーションとなる。

 『ティンセル・アンド・ライツ』は、歌詞で『クリスマス・キャロル』を歌った"ジョイ"、それからタイトル曲以外はカヴァーという構成。大御所ドリー・パートンやあらゆる世代から愛されているジョニ・ミッチェル、アメリカの大作曲家のランディ・ニューマン、それからホワイト・ストライプスやスフィアン・スティーヴンス......童謡も歌っている。スクリッティ・ポリッティの曲は数年前の復帰作から。グリーン・ガードサイトもゲスト・ヴォーカリストとして1曲参加している。
 トレイシー・ソーンは、80年代にたくさんあったお洒落なソウルのひとつだったが、思えば、彼女のパートナーが作った『ノース・マリン・ドライヴ』にも、そして彼と彼女の『ラヴ・ノット・マネー』にも、ディケンズ的な、キャロル的な要素は強かった。〈チェリー・レッド〉の有名なコンピレーション『ピロウズ&プレイヤーズ』は1982年のクリスマスに「99ペンス以上払うな」と記されて、発売されている。実にわかりやすくキャロル的な希望を表すメッセージだが、日本では『クリスマス・キャロル』はかき消され、ネオアコなる奇妙な名称で紹介され続けている。こうしてチャールズ・ディケンズは、渋谷の街から姿を消したのだった。

野田 努