「Dom」と一致するもの

きのこ帝国 - ele-king

「佐藤」と名乗るぶっきらぼうな佐藤 文:水越真紀

きのこ帝国
渦になる

DAIZAWA RECORDS/UK.PROJECT

Amazon

 佐藤。......なんてぶっきらぼうな名前なんだ。しかもすばらしく反時代的だ。なにしろ検索できないじゃないか。これじゃフェイスブックにだって登録できない(たぶん)。ざまみろフェイスブック、ざまみろグーグル。と、他人のふんどしで罵ってみた。いかんせんフォロワーとストーカーとCCTVの違いがわからず、いまだ番外地に暮らす私なのだ。
 それはともかく、きのこ帝国のソングライターでヴォーカリストでギタリストの佐藤だ。その声は「佐藤、なるほど」と頷かせられる素っ気ない、ユニセックスで透明な、同時に「これが(あのぶっきらぼうな)佐藤?」(あの、と言っても面識はないが)と言いたくなるようなウェットな声で、それが時折切なく歪み、聴いてる私の目の上辺りをぐさりと突き刺す。その声がメランコリックなメロディとナイーヴなつぶやきを連れて来る。
 ところでまた話が逸れて心苦しいのだけれど、ちかごろ日本という「絶望の国」で若者たちは幸せなんだと言われている。ほんとなの? 「幸せ」と「お幸せ」は違うんだよなんて、私はフォローもフォロワーもいない虚空につぶやく。私が感じるところでは、私の属するこの世のなかでは寛容と不寛容が奇妙に入り組んで増大している。その寛容と不寛容がもたらす自由と不自由の数は結局のところ30年前と変わっていないのではないか? 寛容と不寛容は次第に馴れ合い、それぞれのパワーは減退している。セーフティネットと呼ばれる管理の網の目は細かくなり、寸止めの寛容と不寛容が真綿で首を絞めてくる。
 佐藤のつぶやく、あるいは弾む、ときに小さく叫ばれる言葉は、距離感、というものを想起させる。それはストイックな距離感だ。
 「許せない言葉もやるせない思いも/いずれは薄れて忘れてゆくだろう/でもたまに思い出し、お前に問いかける/憎しみより深い幸福はあるのかい」"退屈しのぎ"、「許されたいけど許せないから/誰も愛してくれない、君はそう言うだろう」"The SEA"、「復讐から始まって終わりはいったいなんだろう/償い切れない過去だって決して君を許さないよ/それでもやるしかないとか、それもエゴだって話」"夜が空けたら"と、収録された7曲にこんなに許す許さないって話が出て来る。いったい誰が誰を許さないのか? 誰のどんな行為が、許されないほどの罪なのか?  あるいはこれは先鋭化した承認問題とも言えるのだろうか?
 繰り返し現れる、どこか宗教性をかんじさせるこの観念が、宗教的であるが故に日本人が余り使えない、使いたがらないこの言葉が、佐藤を世のなか(ソーシャル)から浮き上がらせている。この不寛容がフォロワーあるいはCCTVが日々どこかで見せる待機型突発性不寛容(あるいはその裏腹にある過剰なまでの寛容)とは異質に見えるのは、直截的な言葉遣いだけでなく、それが向かう方向が、いつでも(経由を含め)自分自身に向かっているからだ。どこにも流れていくことのない観念が、渦巻くほどのエモーションの出口を求めて佐藤の視線を空へと向けさせる。埋められない、埋めたくない、埋めようとしない距離感を見失わせる渦、あるいは空を見る時に襲うめまいの感覚が、そのサウンドと相まって臨場感となっている。
 「佐藤」と名乗るぶっきらぼうな佐藤の、つぶやきのようなヴォーカルから溢れてくる、捨てられないエモーションが、私を過去のさまざまな時間に引き戻す。「悩んで悔やんで迷って息して/生きる意味を探している/探してゆく」なんてね、ちょっと人前ではつぶやけないさまざまな時間に......。


文:水越真紀

»Next 竹内正太郎

[[SplitPage]]

言葉を拾え、歌という夢を見よ 文:竹内正太郎

きのこ帝国
渦になる

DAIZAWA RECORDS/UK.PROJECT

Amazon

許せない言葉も やるせない思いも
いずれは薄れて忘れてゆくだろう "退屈しのぎ"

 強い歌声だ。ギターの壁をどれほど厚く、要塞のように築いても、その強い声は聴き手の耳をハッキリと捕まえる。ヴォーカルの佐藤は、無用な女性性を排したような透明の歌を、冷たく歌い込んでいる。あるいはとても無表情のようにも聴こえるが、単に絶望や達観とは言い切れない危うさ、声のうつろい、それを伝播する空気の揺れ、その微妙なニュアンスが生々しい。それは厳かでさえ、ある。触れては崩れてしまいそうなか細さを持つ一方で、それは何者をも寄せ付けない強い意志を示すかのようだ。アルバム冒頭、ポスト・ロックを通過した後のスマッシング・パンプキンズ・スタイルを確立する"WHIREPOOL"で、嵐のようなディストーション・ギターのなか、きのこ帝国はそのヴォーカリストの魅力を披露する。「いつか殺した感情が/渦になる/渦になる」"WHIREPOOL"

 4人から成るバンドの演奏も、ヴォーカリストの迫力に見劣りしない力強さを湛えている。ナンバー・ガールを彷彿させるソリッドなギター・プロダクション、ポスト・ロックめいた静寂と喧騒の大胆なスイッチング、硬くて脆い、スローコア/サッドコアのガラス細工。また、残響するほどの轟音の中にも浮遊感が残るのは、シューゲイザーからの影響だろうか。彼らはたしかに、俯いている......が、その目は大きく、シリアスに開かれている。例えば、微睡むようなベッドルーム・ポップの羊水めいた甘さや、(何かしらの意図があるとしか思えない、その独特のネーミング・センスから比較するが)ゆらゆら帝国ないし坂本慎太郎のような笑い、諧謔の手さばきは、ここにはない。純文学の短編のようなタイトル・センスも、バンドの神経質な性格を表しているようだ。

最近は髪も爪も切らず 復讐もガソリン切れさ
なんにも食べたくないし ずっと考えてる "夜が明けたら"

 いくらポスト・モダンが徹底化されたと言っても、十代という季節に否応なく自意識を募らせてしまう人間が、ふと、生きることにはやはり意味などないのだということを受け入れるには、それなりの時間を要する。そして、その空虚さに対する初動的なリアクションが、仮に自嘲か/自虐か/自傷かに揺れるなら、彼らは間違いなく自傷に近い場所にいる。ダーク・ポップのメロディで歌われる、不安や罪の意識。それは赦しのない夜に、深く沈んでいく。だが、きのこ帝国は、そこで望みを絶つための表現ではない。虚しさに傷つきながら、自閉・自傷に傾いていく過敏性は、いわゆるポスト・ロックがゼロ年代の前期に求めた人工性、形式性に一定の共感を示しつつも、また言葉を拾い、歌(物語)という傷つきやすい夢を見ようとする。クライマックスとなる"夜が明けたら"、それは、虚しさを抱えながらも、許される限りの温かい場所を求めていく罪人の歌だ。

 もっとも、サウンド・プロダクションが画期的に斬新かと問われれば、私の返答はいささか鈍るのもまた事実である。共同プロデュース/レコーディング/ミキシングに関わる益子樹が、角の立った音の塊を見事にトリートメントしているが、より直接的で個人的な世界を望む人には、青葉市子ともリンクするような佐藤の弾き語りプロジェクト、クガツハズカムも準備されている。真価を問うには、私は彼らをまだ知らなすぎるが......驚くべきことに、恐らくは筆者と同年代であろう彼女ら/彼らは、決して性愛を扱わないのだ。彼らが抱える原罪のような悲しみ、それは例えば、ラッドウィンプスのようなバンドが恋愛的に自己治癒した種類のものとは、ずいぶんと様子が違っている。彼らはある程度、その暗がりに親しみを持っているのだ。それでも、"足首"における浄化されるような清らかさを前に、私は思った。これはあくまでも予感のようなものに過ぎないし、馬鹿にしているのかとひんしゅくを買うかもしれないが、きのこ帝国はそう遠くない未来に、聴く者が震えるような最高のラヴ・ソングを生むだろう。

文:竹内正太郎

Slugabed - ele-king

 ジャンルのことをぶつくさ言う人がいるけれど、何かがはじまって、それがまだ未分化の状態にあるときに、何が何だかわからないままに楽しんだことがないと、それは文句もいいたくなるでしょう。ジャンル名というのは、結果的につけられるものだし、文句を言っている人たちはいちばん面白いところを逃しているわけだから。セカンド・サマー・オブ・ラヴなどというのはそれの巨大なものだった......もいいところで、ドラムンベースが分かれて出てくるまでに7年が経過し、さらにはシカゴ第2波からフレンチ・タッチに飛び火して、余裕で10年以上も続いたというポテンシャルは、分化していく過程そのものがレイヴ・カルチャーの推進力にもなっていたさえ思えてくるし(1899年にパリのムーラン・ルージュから始まったサマー・オブ・ラヴが再び100年後のパリに戻ってくるという円環構造もまた素晴らしい→12回めの映画化となるバズ・ラーマン監督『ムーラン・ルージュ』から「I first came to Paris one year ago. It was 1899, the summer of love. I knew nothing of the Moulin Rouge, Harold Zidler or Satine. The world had been swept up in the Bohemian revolution and I had traveled from London to be a part of it. On a hill near Paris, was the village of Monmatre. It was not what my father had said. But the center of the Bohemian world. Musicians, painters, writers. They were known as the children of the revolution. Yes! 」。

 ルーマニア語でスルガベーを名乗るグレゴリー・フェルドウィックがリック・ジェイムズ"スーパーフリーク"をネタにマッシュ・アップをリリースしたときも、これはなんだろうという感じで、その音楽にジャンル名がつけられないもどかしさとその快楽は多くのDJやリスナーを魅了した。これが、たった3年前のことだったとはとても思えない。同じ09年に〈ランプ〉からリリースされた「グリットソルト」は初のオリジナルだったにもかかわらず、あまりいい出来ではなかったので、彼の名前はあっという間に廃れていく。しかし、ココ・ブライスとの変則スプリットを経て、〈プラネット・ミュー〉からのリリースとなった「アルトラ・ヒート・トリーティッドEP」(10)が彼の知名度を回復させ、いや、飛躍的に高め、2011年には〈ニンジャ・チューン〉と契約。「ムーンビーム・ライダーEP」「サン・トゥー・ブライト・ターン・イット・オフ」「セックス」と順調にリリースを重ね、その度に、ダブステップだ、ヒップホップだ、いや、エレクトロだと言われながら、何が何だかわからないままファースト・アルバムまで辿りついてしまった。その間にもココ・ブライスの『トロピカル・ヒート』シリーズやアキラ・キテシとのタッグ、さらにはサージョンのミックスCDにも使われていたスターキーを始めとする山のようなリミックス・ワークもこなし、なかではリコーダによるレーベル・コンピレイション『アストロダイナミクス』に提供した「クランク・クランク」が圧倒的な素晴らしさだったといえる。そして、そのどれもがいまだにジャンル分けされず、未分化のビートを鳴らし続けている。しかも、統一感はありまくる。スゴい。

 とはいえ、少しはジャンル分けに挑戦してみよう。コズミックで複雑怪奇なダウンビートの"ムーンビーム・ライダー"、ワールド・ミュージックを徹底的に脱色したような"ドラゴン・ドラム"、キラビやかなグリッチ・エレクトロを聴かせる"セックス"をそれそれ先行EPから採録し、新たに9曲をプラスした『タイム・ティーム』は全体にどこか儚い叙情性に覆われつつ、ジ・オーブをフュージョンに解体したようなアーバンかつ夢見がちな気分にあふれかえっている。ラスティフローティング・ポインツの中間を行く"マウンテインズ・カム・アウト・オブ・ザ・スカイ"や"クライミング・トゥリー"ではどこまでも美しい景色が続き、かつては初期のフィル・アッシャーやイアン・オブライアンが見せてくれたものとまったく同じ場所へと連れ去られる。それはすでにオープニングから予感ははじまっていて、いちども裏切られることはない。グルグルと螺旋を描きながら、同じでありながら少しずつ違う景色へと運ばれていく。そして、終わり方はきっと誰にも予想できない。そこにはまた新たな未分化が待ち受けている。なんて巧妙なんだろう......

Chart by JET SET 2012.05.01 - ele-king

Shop Chart


1

V.A.

V.A. Cuz Me Pain Compilation #2 (Cuz Me Pain) »COMMENT GET MUSIC
Jesse Ruins、The Beauty、:Visitedを擁する最重要レーベルCuz Me Pain。その周辺で巻き起こる希望と喪失、情熱と倦怠もろもろすべて詰まった'12年インディ・ダンスの必携盤。

2

Ben Harper And The Skatalites

Ben Harper And The Skatalites Be My Guest (-) »COMMENT GET MUSIC
モダン・ブルースS.S.W.のBen HarperとSkatalitesの共演で話題だったFats Dominoのカヴァーが7インチ化!!

3

V.A.

V.A. Uncanny Valley 10 (Uncanny Valley) »COMMENT GET MUSIC
2010年のレーベル第一弾から素晴しいリリースが続いている"Uncanny Valley"から、C-BeamsのメンバーSandrow Mを筆頭にドレスデンの新進気鋭プロデューサーをフックアップしたご当地コンピが新着。

4

Nitetime

Nitetime Jive Talk Ep (Future Classic) »COMMENT GET MUSIC
Kon & AmirのChristian "Kon" Taylorと、リエディット・ワークに定評のあるWhiskey Baronsのボストン在住デュオによるデビュー作。Soul Clapを筆頭に、ReclooseやKarizma、Jacques Renault、さらにGilles Petersonまで錚々たるメンツがサポート中!!

5

Hollie Cook

Hollie Cook Prince Fatty Presents Hollie Cook In Dub (Mr Bongo) »COMMENT GET MUSIC
あの大傑作デビュー・アルバムに収録されていた楽曲を、プロデューサーPrince Fatty自らがダブワイズした最高の1枚が登場。

6

Lovelock

Lovelock Maybe Tonight (Internasjonal) »COMMENT GET MUSIC
L.I.E.S.や"Mexican Summer"からのソロ・リリースやZombieの片割れとしても活躍するLovelockによる2009年シンセ・ディスコ名作をMetro AreaことMorgan Geistがエディット。

7

Keyboard Masher

Keyboard Masher Afro Editions (Resista) »COMMENT GET MUSIC
Daphni A.K.A. Caribou、Tom Crooseによる前3作がいずれも大好評を博した"Resista"の第四弾。自身が運営する"Km Editions"からリリースを重ねてきたKeyboard Masherチームが初参戦!!

8

Hawthorne Headhunters

Hawthorne Headhunters Myriad Of Now (Plug Research) »COMMENT GET MUSIC
『The Sweetest Revenge』が好評を博したMc/プロデューサーのBlack Spadeと、シンガーソングライターCoultrainによるチーム=Hawthorne Headhuntersが待望の新作を発表!

9

Gifted & Blessed Presents The Abstract Eye

Gifted & Blessed Presents The Abstract Eye Gifted & Blessed Presents The Abstract Eye (Eglo) »COMMENT GET MUSIC
ご存じAll CityのL.A.シリーズへの参加でもお馴染みの西海岸在住クリエイターGbことGifted & Blessedが、Floating Points率いるEgloからぶっ放す直系ボムがこちらです!!

10

Vessel

Vessel Standard Ep (Left Blank) »COMMENT GET MUSIC
Eglo同系レーベルHo_Tepの人気者Throwing Snow率いるLeft Blankに見出されたUkベース新鋭Vesselが美麗音響ハウス/ディープ・テックdjにも大推薦の2nd.12"を届けてくれました!!

Compuma - ele-king

Compuma
Something In The Air

E王 Something About Format

 ニューエイジ......という言葉は、1970年代は、ポスト・ヒッピーの少々スピリチャルなタームで、お香、鉱物、古代神話......一歩間違えるとムーの世界に足を踏み入れてしまうというリスクもあるのだが、他方ではCRASSのストーンヘンジ・フェスティヴァルのような、ヒッピー・アナキストへも繋がっているように、実に幅広い意味を持っている。
 ここ数年、"ニューエイジ"と呼ばれる音楽が広がっている。が、意味する内容は昔とは別物だ。今日言うところのニューエイジとは、アンビエント/ドローン/IDM/フィールド・レコーディングなど、新しい傾向のエレクトロニック・ミュージック全般に使われる。OPNエメラルズプリンス・ラマジェームズ・フェラーロ......までもがニューエイジだ。拡張された音楽性は、最近のインディ・シーンにおけるひとつの傾向で、先日のグルーパーのライヴでも感じたことだが、新時代のニューエイジ的な感性は日本でも顕在化しはじめている。
 こうした新しいモードを鋭く捉えているのがコンピューマの『Something In The Air』だ。もうとにかく......今年に入ってから出たこのCDの評判ときたら......多く人たちから「聴いた?」と訊かれている。それはミックスCDというよりは、一種のカットアップ・ミュージックで(ザ・ケアテイカーのようでもある)、音源を使った音楽作品として成立している。アンビエント/ドローン、フィールド・レコーディング、現代音楽や古いジャズ、いろんな音楽が使われている......が、それらは『Something In The Air』というタイトルのように、音の粒子が大気中に舞っていくように感じられる。いま話題の男、コンピューマこと松永耕一にご登場願いましょう。

聴こえたり聴こえなかったり、聴くことを忘れてたり、でもいいというか、なるべく聴き疲れしないようなコンセプトというか......アンビエントや環境音楽的でもあり、まったくその逆とも言える。

お元気っすか?

コンピューマ:おかげさまで元気にしてます。

ふだんはレコード店の仕入れとかやってるんですよね?

コンピューマ:そうなんです。いろんな音楽にまつわる仕事をさせていただいている中で、大阪の〈Newtone Records〉で、いち部分をバイヤーとして担当させていただいてます。それと店番&コーヒーその他で、渋谷の〈Elsur Records〉でお世話になってます。

いま出回っているCD、『Something In The Air』がいろんなところで評判になっていますね。会う人、会う人に、「あれ聴いた?」、「レヴューしないの?」と言われるんですが、ホントに良いですね、これ(笑)!

コンピューマ:ありがとうございます!

家でよくかけていますよ。息子が宿題をしているときなんか、何気に音量を上げたりして(笑)。

コンピューマ:わー、いいですねー。うれしいです。ということは、息子さんの宿題の効果音楽にもなっていると(笑)。

集中力が高まると言ってましたね。それはともかく、そもそもどんなコンセプトで作ったんですか?

コンピューマ:んー。なんというんですかね。タイトル通り、空気のような、空気の中に紛れ込みながらもどこかでその存在に気付くというか、音楽なんだけど音楽でなく、音というか、作り手としての意思は強くあるんですが、その存在に気付く人も入れば、気付かない人もいていいというか、なんとなく感じたり、ものすごく集中して強く感じたり、ときによっては、聴こえたり聴こえなかったり、聴くことを忘れてたり、でもいいというか、それと、なるべく聴き疲れしないようなコンセプトというか......アンビエントや環境音楽的でもあり、まったくその逆とも言えるし、いやー、言葉にすると難しいですね。とにかく、なんかわかりませんが、ミックスするときに、ものすごい集中力が出せたように思います。その上で今回は、あの収録時間が限度でした。

ぶっちゃけ、ミックスというよりも、グランドマスター・フラッシュの「The Adventures Of Grandmaster Flash On The Wheels Of Steel」じゃないですけど、カットアップ・ミュージックっすよね。

コンピューマ:光栄すぎます。

使っている曲は、新しいのから古いものまでいろいろ?

コンピューマ:そうですね。昔の音源から、いまのものまで使ってます。

どちらかと言えば、古いものが多い?

コンピューマ:いや、半々くらいでしょうか。

でも、最近のアンダーグラウンドな動きに触発された部分もあるでしょう? いまの感じをうまく捉えていると思った。

コンピューマ:それは嬉しいです。正直、個人的にはめちゃくちゃ触発されたということはあまりないのですが、仕事柄USやヨーロッパを中心としたアンダーグラウンドでの過剰なシンセサイザー音楽のブームといいますか、電子音楽、アンビエント、ニューエイジ再燃&カセットテープ・リリースの復活ブームや新旧の傑作のアナログを中心としたリイシューなどなどはチラリ横目で見ながら、90年代から2000年代はじめまで頃の、当時のWAVEや渋谷タワー5Fでのバイヤー時代をあらためて思い出して「へぇー。いまこんなことになってんだ。そうなんだ! なんか嬉しいな!」とか思ってました。そんななかで、いまだったら、今回リリースしたような内容のミックスも、あらたな提案というか、自分のなかでいろいろと経た流れの中で、あらためて今の時代の感覚で聞かれたり楽しまれたりするかも!? とかイメージしはじめたところはあるかもしれません。

マーク・マグワイヤまでミキシングしているんですよね。エメラルズみたいな若い世代のアンビエントもチェックしている?

コンピューマ:2~3年前くらいでしょうか。マーク・マグワイヤの存在を知ったのは、実はエメラルズということを知らないで仕事上でのインフォメーションをあれこれチェックしてたらひっかかって、フォーキーながらマニュエル・ゲッチングみたいな浮遊感とミニマル感覚と、ソフトなサイケデリック感覚が面白いなと思ってて。そこからです。

ここ数年、アメリカの若い世代から、やたらこの手の音が出てくるようになったじゃないですか。面白いですよねー。

コンピューマ:本当に多いですよねー。なんだか盛り上がってますよね。でも、不思議なのは、自分的には当時はなんというか、ニューエイジという言葉の響きにはものすごく抵抗があって、あまり好きでは無かったというか、あの独特の匂いを音で感じると拒絶するところがあったのですが、時代を経て時代もかわり、自分もかわり、まわりもかわり、世代もかわり、ニューエイジという捉え方もかわったように思います。
 そういえば、こないだBINGさんこと、カジワラトシオさんともそんなような話をしたのですが、そのなかで、いわゆる現代においての癒し的なニューエイジの代表レーベルの〈ウィンダム・ヒル〉だって設立当時は、アメリカン・ルーツからの発展としてのあらたな音楽の探求というか、ジョン・フェイヒーやロビー・バショウの音楽をお手本にスタートしてたと思うんですよね。あのジョージ・ウィンストンのデビューもジョン・フェイヒーのレーベル〈tacoma〉のはずですし......。

なるほど。たしかにこの動きは、ジョン・フェイヒーの再評価と重なってますよね。

コンピューマ:10年ほど前の新たなジョン・フェイヒーの再評価はある種、それとは真逆のところからの再評価だったというのも面白かったですよね。それを考えるとニューエイジという漠然としたジャンル(捉え方)というのは、作り手も、その時代ごとにその時代のニーズに合わせて変容していくことで、その時代時代の聴き手に楽しまれているのかな、とか思ったり、だから時代によってニューエイジの印象というのは変化していっているのかなとか勝手に思ったりしてます。とくに〈NOT NOT FUN〉などに代表されるいまの若い世代からのニューエイジ・ブームというのは、いわゆるレアグルーヴの再評価再注目のジャンルがニューエイジにまでたどり着いた果てなのかなとかとも思ってます。ニューエイジ的な精神性とかいうよりも単に面白がっているというか、ニューエイジというお題であれこれ遊んでいるようにも思います。あくまで個人的な想像の意見ですけど......(笑)。

アメリカに行った友人がびっくりしてたんですが、サン・アローの人気がすごいと(笑)。あんな音楽がアメリカでリキッドクラスのハコでソールドアウトになってるってすごいよね。ほかに、とくに気になった作品やアーティスト、います?

コンピューマ:そうですね。〈DIGITALIS〉レーベルのいくつかの作品や、話題のワンオートリックス・ポイント・ネヴァー(OPN)の『レプリカ』や、少々前ですが、エメラルズのジョン・エリオットのソロのアウター・スペース名義や、フェリックス・クビンの新作の電子粒の音の良さや、UKベース&テクノのレーベル〈SWAMP 81〉などなどのエレクトロを通過したいくつかの作品での音作りや立体音響的なミックスの進化と深化にいまを感じます。

[[SplitPage]]

若い世代からのニューエイジ・ブームというのは、レアグルーヴの再評価再注目のジャンルがニューエイジにまでたどり着いた果てなのかなとかとも思ってます。ニューエイジ的な精神性とかいうよりも単に面白がっているというか。

Compuma
Something In The Air

E王 Something About Format

ところで、『Something In The Air』を4つのパートに分けたのは、どんな理由がありますか? それぞれテーマがあるわけですよねえ?

コンピューマ:実は今回のこのミックスは、もともと分けるつもりはなくて、ひとつの作品として作ろうとしてました。なので録音も一気にラストまで一発録りでした。4つに分けたのは、単純に聴く人が、このくらいに分かれてたほうが聴きやすくなるだろうな。と思ったことくらいでして。最初はもう少し細かくサウンドイメージの変化する場所場所でポイントしようとも思ったりしたんですが、最終的にはこの4つのこのポイントくらいがちょうどいいように思って、この4つのパートに決定しました。

『Something In The Air』というタイトルはどこから来たんですか?

コンピューマ:今回は自分なりに漠然とですが、何か、よりどこか普遍的なものを目指していたところがありました。去年のある時期、なんとなくダンス・ミュージックに疲れていた時期もあって、いろいろと好きな音楽のなかで、今回はダンス・ミュージックでない側面で何か形作れないかな~と考えてました。よりアダルトというか、オトナというか、自分もおっさん真っただなかなんで、そんなおじさんからの音楽の楽しみ方のひとつの提案というか、より世代やジャンルを超えていろいろな人に届けられたらなと思いまして......そんななかで、自分にとって伝えたい音や音楽のサウンド・イメージのひとつの形として、音と音楽、そして間とゆらぎ、音は空気の振動というか、聴こえるけど見えない。という、空気中の見えない何か、みたいなものをイメージしていくなかで、普段生活している、生かせていただいている環境で何げに呼吸して循環させている「空気」のことをあらためて考えてみて、空気の存在って? みたいなことをじんわり考えていたなかで、昔好きだったサンダークラップ・ニューマンの同タイトルの名曲を思い出したり、できあがった五木田智央さんの絵を見て、最終的に直球ではありますが、このタイトルに決定しました。ホント、過去の先人の方々がいろいろと使い続けている普遍的なクラシックな言葉ですしね。

1曲目の最後なんか、フィールド・レコーディングの音がやたら入っていきますが......。

コンピューマ:そうですね、フィールド・レコーディングものは、あれこれずっと好きで、いままでいろいろと楽しませてもらった作品のなかで今回効果的だと思ったものを1曲目に限らず、いくつか使用させていただきました。

松永君の人柄の良さがそのまま展開されているというか、ある種の平穏さを目指したってところはありますか?

コンピューマ:んんん。実のところは、平穏さを目指したところは余り無く、自分的にはいろいろな厳しさも含めたあれこれを経ていく流れというか、過程をありのまま出せればと思って、ただ、ラストにはある種の着地感というか、日本語という言葉を響かせたかったというのはあります。いやー、言葉にするのは難しいですねー(笑)。
 実は、今回のこの「Something In The Air」にはパート2のミックスもあって、今年2月末に〈VINCENT RADIO〉に出演させていただいたときのライヴ・ミックスで、その音源をサウンドクラウドでフリーダウンロードという形で発表してみたんです(現在はダウンロードはできませんが、聴くことは可能です)。
 内容は、パート1のミックスCDのなかに同封させていただいた1枚の絵。それはジャケットの絵とは違う、淡いピンク色を基調とした絵が印刷されていたのですが、この作品も五木田智央さんによるもので「Something In The Air」の音にインスパイアされて誕生したもうひとつの作品だったんです。それで、このパート2では、ミックスCDとは逆に、自分が、この五木田さんのもうひとつの絵からインスパイアされることによってあらたな音世界を作り出してみようと思いミックスしたものなんです。こちらの音源のほうがなんというか、より何も起らないといいますか、平穏的なイメージはあるかもしれませんね。

へー、僕は、すごく気持ちよく聴いているんだけど......やっぱ渋谷のタワーレコード5階の伝説の松永コーナーっていうのは大きかったんですか?

コンピューマ:伝説ではないと思いますが、WAVEや渋谷タワーでの当時の経験は、そうですね。大きいですね。自分もそんな詳しいわけではありませんから、毎日毎日出会う音や音楽、そして人が新鮮でした。

松永君にとってのドローンの魅力って何でしょうか?

コンピューマ:なんでしょう(笑)?

クリス・ワトソンのソロが良かったって言ってましたが、具体的にはどんなところに感銘を受けたのでしょうか?

コンピューマ:存在はもちろん、フィールド・レコーディングものとしてのテーマ設定、聴こえてくる音の作品としての面白さ、オーディオ的音響としての素晴らしさはもちろんなんですが、最新作の『El Tren Fantasma』に関しては、コメントを寄せてたアンドリュー・ウェザオールと同感で、まさにこの電車の音にソウルやファンクを感じました。

それにしても、スマーフ男組からこんな風な展開を見せるとは......、自分のなかで何か大きなきっかけでもあったのでしょうか?

コンピューマ:これはホントなんですが、実は自分のなかでは、ある時期からずーっと繋がっていたんです。大好きなヤン富田さんの影響もありますし、ADSやスマーフ男組をやってるときも、たまにこんなような表現をさせていただく機会もあったにはあったのですが、なかなか表には出る機会が少なかったといいますか。でもあの時代にひっそりとあれこれ模索していたことが、今回の作品に大きく繋がっていると個人的には思ってます。

4曲目の最後に入る日本語の曲は?

コンピューマ:「ほい」の"咲雲"という曲です。元HOI VOO DOO。たしか2000年くらいに、ほい名義で唯一リリースした7インチなんです。リリース当時から大好きだった曲で、自分のなかで何年かに1回の大きな周期で聞き直し浸透させる自分のなかのスタンダードな曲なんです。制作するときに、今回ラストに入れたいと思っていた曲で、あの曲を最後にかけるため、あそこまでたどり着くまでにそれまでをミックスした、とも言っても過言ではない。というくらい重要な曲でした。あの曲の雰囲気、世界観や歌詞も含めて、インスピレーションというか、何かサムシングをいただきました。

この境地は、自分の年齢や人生経験とどのような関係あると思いますか?

コンピューマ:んー。歳を経たんですかねー。もっと若かったり、歳をとっていたり、年齢違うときに、まったく同じ音素材を使ったとして同じミックス部分があったとしても、おそらく印象が違ってくるんでしょうね。きっと。おもしろいもんですねー。

そもそもDJをはじめたきっかけは何だったんですか?

コンピューマ:時代を含めて、リスナーからの自然な発展でした。

いつからやっているんですか?

コンピューマ:ちゃんとお金をいただいてお店でやらせてもらうようになったのは、たしか92、93年くらいじゃなかったかなー。西麻布の〈YELLOW〉の裏あたりにあった〈M(マティステ)〉ですね。当時の職場WAVEの福田さん(現kongtong)と井上くん(chari chari)に誘ってもらったのがはじまりです。

エレクトロに入れ込んでいたのは、世代的なものでしょうか? 

コンピューマ:もちろんです。ですが、いまだにその心意気は色褪せてないのが面白いです。

いまでもヒップホップは聴いている?

コンピューマ:かなり偏っていると思うのですが、好きです。聴いてます。

コンピューマという名前は、どこから来たのでしょう?

コンピューマ:言うなれば、「コンピューターの頭脳とピューマの俊敏さを兼ね備えた男」ということでしょうか(笑)。

はははは。最近のDJはだいたいこんな感じなんですか?

コンピューマ:今回のCDをリリースしてからは、あの世界観をより発展させていきたい気持ちも強いので、ノンビートやアンビエント、ドローンにもこだわらずに模索してる最中です。
 3月の終わりにリリース記念イヴェントということで、今回のミックスの世界観の映像含めた体験というテーマで、D.I.Y.なアイデア溢れる3人組VJチーム、onnacodomoさんとともに音と映像のセッションをして、会場の幡ヶ谷フォレストリミットさんの大きなスクリーンに映し出し&映画館ばりの音響で音で流したんですが、相当おもしろかったです。迫力でした。あの感じも、もっと、より多くの皆さんに体験していただけたらなー。とか思ってます。そしてつい先日、東高円寺の〈グラスルーツ〉で別ヴァージョンの発売記念イヴェントとして、この時はよりダンス・ミュージック的世界にも通じるような展開をイメージして、DJ ノブ君とBINGさんことカジワラトシオさんと共にトライしてみましたが、この日も新たな感じというか、1回だけで終わりでなく、ぜひこれからも続けていって、こんな音楽世界を知らせていきたくも思いました。

ぜひ、お願いします!

コンピューマ:とはいえ、自分のなかでいろいろ他も楽しい音楽世界は広がっているので、呼んでいただけるパーティ、イヴェントによって、アレコレもっとワイワイ&ガヤガヤ、ニンマリ&ゴキゲンに、メロウにネチっとやらせていただいております。

DJ って、人によっていろんな考えがあるじゃないですか。パーティを第一に考える人もいれば、音楽性を追求する人もいる。松永君にとってDJとは何でしょう?

コンピューマ:両方をうまく昇華してできたら最高にうれしいですねー。

[[SplitPage]]

よりアダルトというか、オトナというか、自分もおっさん真っただなかなんで、そんなおじさんからの音楽の楽しみ方のひとつの提案というか、より世代やジャンルを超えていろいろな人に届けられたらなと思いまして。

〈悪魔の沼〉って何なんですか?

コンピューマ:下北沢のMOREを中心にやらせていただいているパーティです。現在の沼クルー(沼人)は、DISCOSSESSIONのDr.NISHIMURAさんことDr.NISHI魔RA、そして2much crew周辺でナンシーの旦那AWANO君こと、A魔NO、そして自分、コンピュー魔の3人で、2008年に結成されました。当初は二見裕志さん(二魔裕志)もレギュラー沼人だったり、一時期は1DRINKこと石黒君(魔DRINK)も沼人だったのですが、現在は3人がメイン沼人となってます。テーマはかなりアバウトな「沼」がテーマで、ダンス・ミュージックの枠さえも少し超えて、それぞれが好きなように自分の思う「沼」を表現するという......

ナハハハハ。

コンピューマ:そんなある種、特殊な趣きのイベヴェントとしてスタートしました。それから不定期ながら毎回様々な多彩なゲストの皆さんに出演していただきながら開催し、去年はDOMMUNEに出させていただいたり、ミックスCDまで出したり、という流れで沼巡りさせていただきました。

しかし......なぜ、そんなおそろしい名義になったんですか?

コンピューマ:かなりテキトーな思いつきでした。その時期にたまたま家のなかを片付けていて、トビー・フーパーの映画『悪魔の沼』の映画の中身ではなくて、VHSのジャケの絵が最高な事をあらためて再確認していたタイミングだったからだけなんです。アワノ君からイベント名の相談受けたときに、その事を思い出しただけという......(笑)。その時アワノ君から「沼」というお題があったのかな? なかったのかな?あれ? スミマセン。忘れました。

悪魔の沼としての展望は?

コンピューマ:んー......たまーに沼クルーで集まれたら嬉しいですねー。去年、3人で西日本を沼ツアーやらせていただいたんですが、そんときの3人の役割分担というか、何というか、プレイももちろんなんですけど、それ以外の時間も絶妙に塩梅が良かったんです(笑)。

スマーフ男組の再結成はないのでしょうか?

コンピューマ:あれなんです。解散しているわけではないんです。が、事実上、無期限休止中ですよね。

村松君、元気かな? 数年前に静岡のクラブでいちど会ったんだよね。

コンピューマ:去年、〈ラディシャン〉で呼んでもらった時に、遊び来てくれて久しぶりに会ったんです。実際には数年も経ってないのに、なんだかふたりともオッサンになったなー! って(笑)。

そうそう、静岡の〈ラディシャン〉でもDJやったって話、やる気のないダメ人間たちから聞いてますよ! 地方でもけっこうやってるんですか?

コンピューマ:少しずつではありますが、呼んでいただくことも増えました。ありがたいです。日本全国で仲間が少しずつ増えてます。

音楽以外の趣味ってある?

コンピューマ:街の市場めぐりに散歩。あとは居酒屋探訪でしょうか。

ヒゴ・ヒロシさんなんかと下北沢の〈MORE〉でやったときがすごったと人づてに聞いてます。遊びにいったヤツが「魔法にかけられたようだった」と言ってました(笑)。

コンピューマ:あの日はおもしろかったです。大先輩達とご一緒させていただきました。いやー、スゴかったですね。あの日は。CDJも3台、ターンテーブルも2台ありましたしね。特殊空間でした。

まだ先ですが、5月9日、代官山のユニットで、エレキング・プレゼンツでマーク・マグワイヤの来日公演をやることになって、そのサポートDJも引き受けていただきました。ありがとうございます。当日はとても楽しみにしています。

コンピューマ:こちらこそ、どうぞよろしくおねがいいたします。個人的にも生マグワイヤ非常に楽しみなんです。

ちなみに松永君の夢って何ですか?

コンピューマ:これは近い将来の夢になりますが、最近『Something About』というプロジェクトを立ち上げました。今回のこのミックスCDもそこからのリリースなんです。音楽はもちろん、音楽の枠も超えて、サムシング・アバウトな心意気のあれこれをお届けできるように邁進したいと思っております。遅れ気味ではありますが、近々ホームページも立ち上げる予定です。少しずつではありますが、こちらも楽しみにしていただけましたら幸いです。

最後にコンピューマのオールタイム・トップ・10をお願いします!

今日の気分ではありますが......

TROUBLE FUNK「Trouble Funk Express
AFRIKA BAMBAATAA & THE SOUL SONIC FORCE「Planet Rock
いとうせいこう・ヤン富田「Mess/Age
KRAFTWERK「Man Machine
OHIO PLAYERS「Funky Worm
JUNGLE BROTHERS「J.Beez Wit The Remedy
JUNGLE BROTHERS「Done By The Forces Of Nature
DE LA SOUL「De La Soul Is Dead
DIGITAL UNDERGROUND「Future Rhythm
JONI MITCHELL「Court & Spark

......です。ありがとうございました。

こちらこそです。〈Pヴァイン〉から出るコンピレーションCDも楽しみです。

コンピューマ:そうなんです。はじめてコンピレーションを作らせていただきました。『Soup Stock Tokyo』の音楽というコンピレーションCDになります。駅のなかなどによくあるスープのお店「Soup Stock Tokyo」さんの、「家で聴く音楽」ということで、家庭での音楽の提案にもなったらということで......。

えー、スープ屋さんのアンビエント(笑)!

コンピューマ:で、今回は〈P-ヴァイン〉さんのブラジルなどのワールド・ミュージックからソウルR&Bに、ポスト・ロック、日本語の曲も含めた幅広い音楽ジャンルの音源を中心に、音の国籍を問わずにそのイメージを自分なりに広げて入念に絞り込み全16曲を選ばせていただきました。音の旅と出会い。おそらく聴かれたり購入されるであろう方々には、おそらく音楽マニアでない方も多数いらっしゃると思われますから、聴き方、音楽との接し方も多様でしょうし、いろいろな聴き方に対応できるよう、居心地の良さが違和感なく途切れずに済むような心づもりで選んでみました。

ほほぉ。

コンピューマ:さりげなく暮らしのなかに寄り添いながら、いい距離感で鳴っているイメージといいますか、そんななかでどこか琴線にふれるようなタイミングがあれば最高だな。と、そんなイメージで作ってみました。音の印象はまったく違いますが、聴き疲れしないように、そして音の空気感の粒を揃える、という意味ではミックスCD『Something In The Air』と同じ感覚です。5月末の発売予定です。こちらもよろしくおねがいいたします。

それは楽しみですわ。こんど居酒屋探訪の成果を教えてください!


コンピューマ
コンピューマ compuma a.k.a.松永耕一。熊本生まれ。ADS、スマーフ男組として活動後、SPACE MCEE'Z(ロボ宙&ZEN LA ROCK)とのセッション、2011春にはUmi No Yeah!!!のメンバーとして、フランス他5カ国でのヨーロッパ・ツアー等を経て現在へ至る。 DJとしては,日本全国の個性溢れるさまざまな場所、そしてそこでの仲間達と、日々フレッシュでユニークなファンク世界を探求中。各所で話題となっているサウンドスケープな最新ミックスCD『Something In The Air』をリリースしたばかり。5月末には初の選曲を監修したコンピレーションCD『Soup Stock Tokyoの音楽』も〈P-VINE〉より発売予定。さまざまな選曲や音提供に音相談、レコードショップのバイヤーなど、音と音楽にまつわる様々なシーンで幅広く活動中。NEWTONE RECORDS、EL SUR RECORDS所属。SOMETHING ABOUT代表。
https://compuma.blogspot.jp/

Shop Chart


1

Lord Echo

Lord Echo Melodies Sampler EP Wonderful Noise / JPN / 2012/4/25 »COMMENT GET MUSIC
限定リプレス!!※ジャケ無し仕様となります。2LPも即完売・・この"THINKING OF YOU"カヴァー収録の12"もウォントの声が絶えなかった中、遂に限定枚数のみリプレスされます!買い逃した方はお見逃し無く!

2

Fursattl

Fursattl Rheinlust / Links Der Pegnitz Claremont 56 / UK / 2012/4/21 »COMMENT GET MUSIC
好調リリースの続くPAUL MURPHY主宰<CLAREMONT 56>新作は<LENG>からのリリースでもお馴染みMOUNTAINEERメンバーによるインスト・プロジェクトFURSATTLの極上バレアリック/ フュージョン・ディスコ・ロック2曲をカップリングしたピクチャー・スリーヴ限定12"!

3

Keyboard Masher

Keyboard Masher Afro Editions Resista / UK / 2012/4/24 »COMMENT GET MUSIC
推薦盤!傑作エディット連発の<RESISTA>第4弾!<KM EDITIONS>にてその奥深いディグっぷりとクリエイティヴィティなエディット・センスを披露するロンドンのKEYBOARD MASHERによるエディット2トラック!

4

Mad Smooth

Mad Smooth Brutal Beats Fat City / UK / 2012/4/26 »COMMENT GET MUSIC
超限定!LTD.100pcs.!!!!先日のEP-4復刻も話題となったカルト・リイシュー・レーベル<BRUTAL>主宰DOM THOMASがMAD SMOOTH名義にて激ヤバ・ホワイト・エディット盤を緊急リリース!

5

DJ Mitsu The Beats

DJ Mitsu The Beats Beat Installments EP1 Jazzy Sport / JPN / 2012/4/26 »COMMENT GET MUSIC
推薦盤!DJユースな絶品インスト・ブレイクビーツEP!その1。世界レベルで活動するDJ MISTU THE BEATSが2012年新たに仕掛けるビート・プロジェクト「BEAT INSTALLMENTS」よりアナログ2枚同時リリース!

6

DJ Mitsu The Beats

DJ Mitsu The Beats Beat Installments EP2 Jazzy Sport / JPN / 2012/4/26 »COMMENT GET MUSIC
推薦盤!DJユースな絶品インスト・ブレイクビーツEP!その2。世界レベルで活動するDJ MISTU THE BEATSが2012年新たに仕掛けるビート・プロジェクト「BEAT INSTALLMENTS」よりアナログ2枚同時リリース!

7

Paqua

Paqua Dinosaur Zappa / The Visiter Claremont 56 / UK / 2012/4/21 »COMMENT GET MUSIC
マルチ・ミュージシャンBING JI LING、そして<CLAREMONT 56>レーベル首領PAUL MURPHYにそのプロダクション・パートナーでもあるベース/ギター奏者ALEX SEARLEの三者に、GROOVE ARMADAやTHE HERBALISERのパーカッショニストPATRICK DAWESを加えた凄腕音楽人達によるニュー・プロジェクトPAQUA、ファースト・リリース作品!

8

Eric D. & Justin V.

Eric D. & Justin V. Live In Los Aangeles Ene / JPN / 2012/4/25 »COMMENT GET MUSIC
USアンダーグラウンド・ディスコのキーパーソンERIC D.& JUSTIN V.タッグでのスプリット・リリースとなった「KEEP IT CHEAP VOL.4」リリース・パーティー、途中消防と警察の指示によりピークタイムを迎えることなく強制終了を余儀なくされてしまった夜で、しかしながらそこに は最高の音/パーティーピープル/空間があったことが伺える約77分間のライブ・ミックスCD!

9

Rocket Juice & The Moon

Rocket Juice & The Moon Rocket Juice & The Moon Honest Jon's / UK / 2012/4/11 »COMMENT GET MUSIC
2012年<HONEST JON'S>が送るスーパー・プロジェクトROCKET JUICE & THE MOONフルアルバム!TONY ALLENの燻し銀ドラム捌きを軸に繰り広げられる極上ネオ・アフロ・グルーヴ!

10

V.A. [Wessun etc...]

V.A. [Wessun etc...] Nu Ance Records #01 Nu Ance / JPN / 2012/4/27 »COMMENT GET MUSIC
関西が誇るミラクル・フリースタイルDJ=WESSUN(ex.土俵オリジン)待望のオウン・レーベル<NU ANCE>始動!歴戦の盟友達とともにコラボレーション形式で制作された6ビーツEP!

あべのぼる,AZUMI,山本精一 - ele-king

 昨日野田さんにいわれて、『あべのぼる LAST LIVE~何も考えない』のレヴューを書こうと、視聴盤をセットしてスタートボタンを押した瞬間、ケータイが鳴った。山本精一さんからだった。まちがい電話だった。別のひとにかけるつもりが私にかかったようである。スピーカーからは、MCにつづき、"アスホール・ブルース"がAZUMIさんのスローハンドのギター伴奏とともにはじまり、山本さんの枯淡のエイトビートがからみつくと、しばらくして主役のあべのぼる氏は「お尻の穴が きれいに 光ってる」と歌い出した。2度の繰り返し。たがいに交信しチャンネルを合わせるような演奏をかすかな緊張感が覆っている。山本さんに「いま、この前出たあべのぼるさんのCDを聴いてますよ」といったら、「だからかもしれんね」と答えられた。

 2010年8月14日難波ベアーズ。この顔合わせで演奏はあべのぼるが(ここから本題に入るので敬称は略します)はじめてベアーズに登場したこの年のちょうど1年前につづき2度目ということだ。ライヴを企画した豊田道倫――彼はこの音源の録音者でもある――はこう記している。
「当日、あべさんは、前年と違って体調が悪そうで楽屋であまり動かなかったが、金麦をチビチビと飲んで、本番前は黒ラベルを飲んでいた。出番直前に髪を濡らして上げて、サングラスを掛けていた」
 そのそぶりを感じさせないほど、いや、体調の悪さをふりはらうように、早川義夫のバラード"この世で一番キレイなもの"は坂道をのぼるようなアップテンポのロックンロールでカヴァーされ、息があがりつつも、"三百六十五歩のマーチ"を本歌取りした次曲"オーイオイ"の飄々とした味わいをいやまし、終わるころにはベアーズは三人の磁場に引きこまれている。"夜が短い"以降は独壇場である。AZUMI作曲、あべ作詞のこの曲の諦念と問いかけと憫笑と怒り、あべが福岡風太とともに長年関わってきた野外コンサート〈春一番〉の会場があったあべの生地を歌った"天王寺"のこのトリオでしか出せないブルース・フィーリング。その絶妙な脱力、ユーモアは情が深い反面、手ざわりは乾いている。それを被服をまとうことなく舞台の上で転がすすごみ。それらが塊になっている。1950年生まれだから、この年還暦を迎えるはずだった。その年輪のもたらすものだろうか? それもあるだろう。

 あべのぼるは1950年、大阪天王寺に生まれた。東京に出て、新宿のピットインで、まずジャズからこの世界に足をふみいれた。当時のことを、あべのぼるは1972年の第2回〈春一番コンサート〉をほぼ完全収録した〈風都市〉から「自主制作」名目で出したLP10枚組『一九七二 春一番』の復刻盤のブックレットに阿部登としてコメントを寄せている。
「七二年はぁ、オレは『春一番』まだやってないねん。
 最初のこの世界に入ったのは新宿のピットインやったんやけど、そのころ、風太と知り合うたんやな。オレは山下洋輔さんのマネージャーやっとって、東京に住んでてな、月に一回、大阪に行っとった。インタープレイハチが、当時、山下さんをいつも赤字覚悟で呼んでくれてたわけやな。こっちはものすごい汚い新宿のカッコしてて、大阪にはおらへんそんなやつ。七一年は、箱根のアフロディーテでのピンク・フロイドのコンサートに、山下さんが出た、パフィ・セメントリーも出たやつ、その次の日が中津川のフォークジャンボリーや。そこに関西弁が聞こえた、それが風太。(中略)そうこうしているうちに、東京帰ってピットインにいたら、風太が来て、「大阪帰ってこい、帰ってこい」て言うたんや」

 山下洋輔と〈風都市〉に移籍していた阿部登は福岡風太の呼びかけに応じて大阪に戻り、大塚まさじが店主だったなんば元町のコーヒーハウス「ディラン」を拠点に〈春一番〉にかかわりはじめる。70年代はじめ。71年の第1回から翌年、出演者が関西フォークから〈風都市〉のはつぴいえんどやはちみつぱいまで、グッと広がったのは人的交流の反映だったのだろう。その後、阿部登はザ・ディラン・やソー・バッド・レヴューのマネージャーをつとめ、ついで現在のインディレーベルのさきがけとなる〈オレンジ・レコード〉を設立。2000年代にはいり、昭和歌謡をブームとはちがう位相でディープに体現した大西ユカリのマネジメントを手がけたのも記憶にあたらしい。阿部登はミュージシャン、あべのぼるとしても2008年にマジック・アニマルズとともに『Magic ANIMALS』(アジアレコード)を発表している。年の離れた盟友、AZUMIはバンドの一員としてあべのぼるをそのときからすでに支えていた。ふたりはおなじ〈アジアレコード〉から"牛ふたり"名義で『オーイオイLive in 白頭山/LIVE「キラーストリング」』もだした。
 「白頭山」とは仙台の焼き肉屋で、私は余談だが学生のころよくいった。バンドで打ち上げて、二次会か三次会ともなるとだいたいここだったし、友人連れなら二軒か三軒目。できあがっていることが多かったから記憶はさだかでない。たしか一番町のアーケードを市役所へ歩いて、きりのいいところで右に折れたところ、浮世風呂という浮世ばなれしたソープのネオン看板が目印だったが、あの店はまだあるのか。吉原ナイズされた和文調というよりも相撲字みたいな看板で、店にはいって女の子が相撲とりみたいだったらやるせないよな、いや、かえってすがすがしいかもな、と友人と真剣に語り合ったものだが、金のない学生は劣情を肉とともにビールでのみくだすのがせいぜいだった。しゃべることは尽きて、やることもないからビールを口移ししたらビールはどこまでビールの味でいられるものか、男どうしでAKBの「ぷっちょ」のCMどころではない下品な行為に血道をあげ、酔態をさらして、オバちゃんをあきれさせたのも遠い過去だ。

 いうまでもないがときはすぎる。
 ライヴ盤のよさは、去ろうとする時間をとじこめ、まわりつづけることだ。録音物のよさは、といいかえてもいい。何ものにもかえがたい。

 2010年6月6日の白頭山のライヴであべのぼるはわりかし早い段階で呂律があやしくなっている。飲み屋だからさもありなんだが、千鳥足の歌が音楽を夜が白むところまで、知らない場所へ運んでいく。だいいち呂律がまわるだけのクダラナイ歌などこの浮き世には掃いて捨てるほどある。それから2ヶ月後のベアーズの演奏は、絞りだすというよりも吐きだした浅い息がそのまま歌になり、ブレスとビートとフレーズの隙間には、生の側から死を直視し、免れ得ないと知ってはいてもその暴力に立ち向かざるを得ない怒りさえこもっているようにさえ聞こえる。そう書いて、敗北主義の甘さがあふれそうになるが、あべのぼる、AZUMI、山本精一の演奏はそれを許さない背中を焼くような集中がある。豊田道倫が録った音源が後半からオーヴァーレヴェル気味になって音が割れるのがまるで気迫にうながされているようである。そして40分にみたないこのライヴ盤は、玄界灘をはさんで向かい合った半島と島国をひとつの視座におさめた"パランパラン""アンソアンソどこにいる"からあべのぼるが生前最後に残した"何も考えない"にのぼりつめる。これは消失点だが、音盤に刻まれた歌はそこにもぐりこんだ生とともに何度もまわりつづける。あべのぼるは浮世を去ったにすぎない。
 今年も数日後には春一番が吹くようである。

Grouper、青葉市子、ILLUHA、en、YusukeDate - ele-king

 午後5時半、曇の日の弱い光が臨済宗のお寺の本堂の障子越しからぼやっとはいってくる。畳の上の黒い影になった100人ほどの人たちは、本陣をぐるりと囲んでいる。竜が描かれている天井の隅にある弱い電灯が照らされているアメリカのポートランドからやって来た女性は、980円ほどで売られているようなカセットテレコが数台突っ込まれたアナログ・ミキサーのフェーダーを操作しながら、膝に抱えたギターを鳴らし、歌っている。時折彼女は、テレコのなかのカセットテープを入れ替える。そのときの「がちゃ」という音は、彼女の演奏する音楽よりも音量が大きいかもしれない。本陣の左右、ミキサーの前にふたつ、そして本堂のいちばん隅の左右にもスピーカーがある。その素晴らしく高性能なPAから流れるのは控えめだが耳と精神をを虜にする音......この風景の脈絡のなさは禅的とも言えるだろう。が、たしか我々は、その日の昼の1時からはじまったライヴにおいて、ある種の問答のなかにいた。我々はなぜ音楽を聴くのだろうか......そして、ここには禅的な答えがある。聴きたいから聴くのだ。聴いたら救われるとか、気持ちよくなるとか、自己肯定できるとか、自己啓発とか、頭良くなるとか、嬉しくなるとか、とにかくそうした期待があって聴くのではない。ただ聴きたいからただ聴く。そう、只管打坐である。

 禅宗は、欧米のオルタナティヴな文化においてつねに大きな影響のひとつとしてある。ヒッピー、フルクサス、ミニマル・ミュージック、あるいはレナード・コーエン......僕が好きな禅僧は一休宗純だ。戒律をやぶりまくり、生涯セックスし続けた風狂なる精神は、日本におけるアナキストの姿だと思っている。まあ、それはともかく、僕は会場である養源寺に到着するまでずいぶんと迷った。1時間もあれば着くだろうと高をくくって家を11時半に出たのだけれど、会場は商業音楽施設ではない。結局、こういときはiphoneなどのようなインチキな道具は役に立たず、八百屋の人やお店の人に尋ねるのがいちばん正確に場所に着ける。ふたり、3人と訊いて、ようやく僕は辿り着けた。
 谷中、そして団子坂を往復しながら、着いたのはYusukeDateのライヴの途中だった。1時を少し過ぎたばかりだと言うのに、本堂の1/3は人で埋まっていた。
 YusukeDateの弾き語りは、アンビエント・フォークと呼ぶに相応しいものだった。アンビエント・フォーク? 安易な言葉に思われるかもしれないが、歌は意味を捨て音となり、ギターは伴奏ではなく音となる。それは、ここ数年のフォークの新しい感性に思える。僕は畳に座りながら、少しずつその場のアトモスフィアにチューニングして、そして次のenのライヴのときにはほぼ完璧にチューニングできた。〈ルート・ストラタ〉を拠点にするふたりのアメリカ人によるこのプロジェクトは、ひとりが日本語が堪能で、日本語の軽い挨拶からはじまった。
 enのひとりは日本の琴の前に座り、もうひとりは経机の上のミキサーの前に座っている。いくつかのギターのエフェクター、そしてミキサーの上には数台のカセットテレコが見える。琴の音が響くなか、無調の音響が広がる。畳の上には子連れの姿も見え、子供はすやすやと眠っている。曲の後半では、カセットテレコを揺さぶり、音の揺れを創出する(なるほど、だ)。また、カセットテレコについたピッチコントロールを動かしながら、変化を与え、曲のクライマックスへと展開する。

 セットチェンジのあいだ、僕は本堂の下の階で飲み物を売っている金太郎姿の青年からビールを買って、次に備える。1杯300円のビールは良心的な価格......なんてものではない。この日のコンサートへの愛、音楽集会への愛を感じる。

 次に出てきたILLUHAは、今回の主宰者というかキューレター的な役目の、伊達伯欣とコーリー・フラーのふたりによるユニットで、すでにアルバムを出している。伊達は、古い、捨てられていたという足踏みオルガンの前に座って、フラーはギターを抱えながら、ミキサーの前に鎮座する。ミュージック・コクレートすなわち具体音──このときはドアがきしむ音だったが──が静寂のなかを流れると、ILLUHAのライヴはゆっくりをはじまる。オルガンの音が重なり、やがて、完璧なドローンへと展開する。
 enとも似ているが、具体音を活かしたパフォーマンスは彼らのそのときの面白さで、そしてメロウなギターの残響音そしてハウリングは、ドローンはラ・モンテ・ヤング的な瞑想状態を今日的な電子のさざ波、グラハム・ランブキンらの漂流のなかへとつないでいる。
 enのライヴにも感じたことだが、ひと昔前(IDMから発展した頃)のドローンは、猫背の男がノートパソコンを睨めているような、お決まりのパターンだった。が、この日はenもILLUHAもアナログ・ミキサーを使い、そして、パソコンもどこかで使っていたのかしれないが、ついついiPadを表に出してしまうような味気ないものとは違っていた。デジタルやソフトウェアに頼らず、そしてアイデアでもって演奏する姿は、これからのアンビエント/ドローンにおいてひとつの基準になるかもしれない。
 また、こうした「静けさ」を主張する音楽において、ほとんど満員と言えるほどの若いリスナーが集まったことは注目に値する。「ライヴ中に寝てしまったよ」とは通常のライヴにおけるけなし言葉だが、この日のライヴにおいては「眠たくなる」ことは賞賛の言葉だった。本堂という木の建造物における音の響き、畳の上での音楽体験という環境や条件も、この新しいアンビエントの魅力を浮彫にしていた。

 青葉市子は、その評判が納得できる演奏、そして佇まいだった。本堂の障子の外から子供の泣き声が聞こえると、彼女はその"音"を聞き逃さず、「あ、泣いている」と言う。その瞬間、我々は、そこでジョン・ケージのその場で聞こえる音も音楽であるというコンセプトを思い出す。彼女は、オーソドックスなフォーク・スタイルだが、しかし、彼女の素晴らしいフィンガー・ピッキングによる音色は、音としての豊かさを思わせる。曲が終わるごとに、まだ20歳そこそこの若い彼女は、「足を伸ばしたり、リラックスして聴いてくださいね」とか「空気入れ替えませんか」とか、気遣いを見せながら、「こういう手作りのコンサートでいいですね」と素朴な感想を言った。その通りだと僕も思った。

 リズ・ハリス(グルーパー)は、大前机の上の、でっかいアナログ・ミキサーの前にテレキャスターを持って胡床に座った。黒いパーカー、黒いジーンズ、そして足下にはペダル、エフェクター(ボーズのディレイ、オーヴァードライヴなど)がある。それまで出演してきた誰とも違って、何の挨拶もなく、何台かのテレコに何本かのカセットテープを入れ、それぞれ音を出す。リハーサルかと思いきや、音は終わらず、そのまま、いつの間にか、彼女の曇りガラスのような独特の音響が本堂のなかを包み込む。前触れもなく、それははじまっていた。
 マニュピレートされたテープ音楽が流れるなか、彼女はギターを弾いて、音をサンプリング・ループさせ、歌とも言えない歌を重ねる。ギターの残響音をループさせると、彼女はギターを置いて、そしてテープを入れ替え、ミキシングに集中する。いつからはじまり、そしていつ終わったのかわからないようにリズ・ハリスは音量をゆっくり下げる......。しばし沈黙。マイクに近づき、たったひと言「サンクス」(それがこの日、公に彼女が話した唯一の言葉だった)......大きな拍手。

 この日のライヴは、この賑やかな東京においては、本当に小さなものなのだろう。ハイプとは1万光年離れたささやかな音楽会だ。が、このささやかさには、滅多お目にかかれない豊かな静穏があった。そして、いま、音楽シーンにもっとも求めらていることが凝縮されていたように思えた。300円のビール、美味しい!
 この日は、2000円で、お客さんをふくめ誰でも参加自由な打ち上げもあった。青葉市子さんは、自ら率先して、料理を運んでいた(若いのにしっかりした方だ)。こうした音楽集会のあり方は、最初期のクラブ/レイヴ・カルチャーを思わせる。
 なお、グルーパーは、日本横断中。名古屋~京都~金沢、そして都内では4/30に原宿の〈VACANT〉でもある。その日は、CuusheやSapphire Slowsも出演。たぶん、まだ間に合うよ。
 最後に、蛇足ながら、ライヴが終了後、リズ・ハリスに30分ほど取材することができました。結果は、次号の紙ele-kingで。

ele-king presents Mark McGuire Japan Tour 2012 !! - ele-king

 「すべてを聴き逃さないようにヘッドフォンで聴いてください」とは『リヴィング・ウィズ・ユアセルフ』に記されていた言葉だが、ライヴにおいてすべてを聴き逃さないために、マーク・マッガイアはどのような演奏をやってみせてくれるだろうか。ele-king読者諸氏にはおなじみ、クリーヴランドの電子音響トリオ、エメラルズのギタリストであるマーク・マグワイヤが来日する。
 先日もインナー・チューブ名義によるサーフ調のクラウトロック、『インナー・チューブ』も記憶に新しい......(てか、BIG LOVEとMEDITATIONにしか入荷してなかったんじゃない?)が、ソロ名義では昨年は「入門編」と銘打たれた『ア・ヤング・パーソンズ・ガイド・トゥ・マーク・マッガイア』や何枚リリースしようがみずみずしい香気あふれる『ゲット・ロスト』がシーンにあたえたインパクトも大きく、日本での注目度もきわめて高くなった。インディ・シーンにおいてはリスナーからもプレイヤーからもその動向が緊張感をもって意識される存在である。
 寝ても覚めてもギターを抱え、カセットに7"にCD-Rとメディアを選ばず大量の音源をリリースしつづけるこの熱情的なアーティストの演奏をぜひとも体験したい。
 東京公演はミックスCD『サムシング・イン・ジ・エア』が話題を呼びまくっているコンピューマのDJも楽しめる。

東京公演
2012年5月9日(水) 代官山UNIT 03-5459-8630
OPEN : 18:30
START : 19:30
CHARGE : ADV 3,500yen (ドリンク代別)
GUEST : Shinji Masuko (DMBQ / Boredoms) and more
※お客様に心地よい空間でライヴを楽しんでいただくよう
チケットは400枚限定とさせていただきます
チケットぴあ 0570-02-9999 [P] 165-735
ローソン[L] 72923
e+

STORE
[渋谷] diskunion 渋谷中古センター
[新宿] diskunion 新宿本館6F
[池袋] diskunion 池袋店
[吉祥寺] diskunion 吉祥寺店
[御茶ノ水] diskunion 御茶ノ水店


大阪公演
2012年5月10日(木) 東心斎橋CONPASS 06-6243-1666
OPEN 18:00
START 19:00
CHARGE:ADV. 3,500yen (ドリンク別)
OPENING ACT:Vampillia
ローソン[L] 72923
e+
More Info: CONPASS https://conpass.jp/

主催: ele-king 企画 / 制作 : root & branch, 代官山UNIT
協力: Inpartmaint inc., P-Vine Records

Lotus Plaza - ele-king

 ギター・ミュージックは終わっている、というのはどのくらいの人びとの実感だろうか。『エレキングvol.5』の倉本諒氏のレポートではそのことがさらっと言及されていて、そうだよな、と共感したのだが、しかし「終わっている」というのはよくよくと考えればどういう意味だろう。いまギターをもちいた音楽にたまたまおもしろいものがないということなのか、それとも歴史の針が進んでギターでやれることの可能性自体がほとんどのこされていないということなのか。たとえばマーク・マッガイアの存在と輝きはほとんど後者を証すかのようにみえる。あれほどひたむきにギターそのものと向かい合い、長い時間をギターとともに過ごし、過去の音を学び、清新に胸を打つような演奏であるのに、方法自体にとくに新しいものが含まれていないのは、逆にギターにできることの限界点をあぶり出すものかもしれない。

 ロケット・パントはどうだろうか。彼自身はギターという楽器の可能性を伸張しようというようなアーティストとは異なる。それよりはギター・ロックというフォームを愛し、その引力に寄せられている。もちろん彼の音楽はそうした枠にはとどまらず、アンビエント的な要素や、反復性の強い曲づくりといいモータリックなビートといい、クラウトロックの影響などもあるだろう。それは昨今の流行でもありマーク・マッガイアらとも共有する部分である。しかしこの『スプーキー・アクション・アット・ア・ディスタンス』のB面などを聴けばジーザス・アンド・メリーチェインやベル・アンド・セバスチャンの影までもが浮かび上がってこないだろうか。筆者がこの作品にあえて見出したいのは、ディレイの煙幕の向こう、まるで亡霊のように立ち上がっては消える、グラスゴー的なギター・ポップである。それはディアハンターの名からも、ソロとしては1枚めとなる前作のイメージからも距離があり、両者の音響的な部分のさらなる展開を期待していたリスナーにはあまりおもしろくないと感じられるかもしれない。だが今作は、ソングライターとしてのロケットの愛すべき資質がはっきりうかがわれる作品であると思う。
 ディアハンターにおいても、ブラッドフォード・コックスと彼が何を分かっていたのかがみえてくる。ブラッドフォードの曲は彼の念のようなもので立っている。ロケットの曲は構成力で立っている。ロケットのロマンチックなギター・ワークはとても丁寧なものだ。本作は意外にもすっきりと整ったプロダクションを得ている。ギター ・ポップとはひとつの強力なフォームの名だ。フォームは愛され継承されていくものだ。仮にギターという楽器の可能性がすべて発見しつくされているのだとしても、ギター・ミュージックは消えはしない。ロケット・パントはそうした地平に立っているアーティストではないだろうか。

 ディアハンターのギタリストとして、またソロ名義のロータス・プラザとしても評価を得る青年ロケット・パント。ロータス・プラザとしてはじめての作品である前作『ザ・フラッド・ライト・コレクティヴ』は、ブラッドフォード・コックスらと高校の頃に組んでいたバンドの名だそうで、ブラッドフォードも打楽器で参加するほかいろいろとアイディアを提供していたというから、彼らのバンドやソロ作品全体には、音の上からも強いつながりがあると言ってよいだろう。
 だが『ザ・フラッド・ライト・コレクティヴ』のウォール・オブ・サウンド的なプロダクション、波うつディレイやギター・ループ、そこにまみれて不明瞭なロングトーンのヴォーカリゼーションといったものは、今作ではこざっぱりと払われている。薄暮のような音色は整然とし、ソングとしての輪郭がはっきりとみえ、明瞭なリズムをともなったロック・ナンバーへと変化している。B面の1曲目"モノリス"などから聴きはじめるとびっくりするかもしれない。
 B面を走り抜ける爽快なリズム感はじっさいこのアルバムの個性だといえるだろう。"リメンバー・アワ・デイズ"のくっきりとしたベース・ラインにもびっくりした。"イヴニングネス"冒頭のチラチラとした上ものを聴くまではすぐにロケットの名が結びつかないかもしれない。
 ジャケット・デザインも、白昼夢を思わせる幻覚的な前作のイメージをわずかに引きつつ、風船の束の存在によってこの画面外の、よりひらけた空間への展開を予感させている。個人的にはおおむね後半の曲が好きだが、A面ではよりどっしりとしたテンポで骨の太い楽曲がそろっている。ルー・リードっぽく歌われるヴォーカルも、こんな声だったのかと新鮮な思いだ。"アウト・オブ・タッチ"などは風格すらただよう。
 こうしたアルバムをつみかさね、ライヴも丁寧におこない、多くの人から愛されるソングライターになるというのは、ロケット・パントにとってよい未来につながる選択肢なのではないだろうか。

Battles - ele-king

つまり識は「テクノ」にへと 文:三田 格

Battles
Dloss Glop

Warp/ビート

Amazon iTunes

 「踊れるサムラ・ママス・マンナ」。それがバトルズの正体だろう。SMMは70年代にスウェーデンで結成されたプログレッシヴ・ロックの4人組で、例によって解散→再結成を経てゼロ年代からはドラムスにルインズの吉田達也が参加している。悲しいかなバトルズは超絶技巧だけでなく、ユーモアのセンスまでSMMを模倣していて、オリジナルといえる部分はレイヴ・カルチャーからのフィードバックと音質ぐらいしか見当たらない。疑う方はとりあえずユーチューブをどうぞ→
https://www.youtube.com/watch?v=yqSmqh-LdIkhttps://www.youtube.com/watch?v=ZYf7qO9_MV8https://www.youtube.com/watch?v=jkWL1lOi1Hg、etc...

 ......といったことを割り引いても、昨年の『グロス・ドロップ』はとても楽しいアルバムだった。バーズやP-ファンクにレイヴ・カルチャーを掛け合わせたらプライマル・スクリームで弾けまくったように、SMMにレイヴ・カルチャーを掛け合わせてみたら、思ったよりも高いポテンシャルが引き出された。そういうことではないだろうか。おそらくはまだロックにもそうした金鉱は眠っているはずである。テクノやハウスだって、どう考えてもそれ自体では頭打ちである。何かを吸収する必要には迫られている。アシッド・ハウス前夜にもどれだけのレア・グルーヴが掘り返されたことか。そう、アレッサンドロ・アレッサンドローニやブルーノ・メンニーなんて、もはや誰も覚えちゃいねえ(つーか、チン↑ポムなんてザ・KLFのことも知らなかったし......)。ためしに誰かブルース・スプリングスティーンにレイヴ・カルチャーを掛け合わせてみたらどうだろう......なんて。

 本題はそのリミックス・アルバム。人選がまずはあまりにも渋い。しかも、様々なジャンルから12人が寄ってたかってリミックスしまくっているにもかかわらず、おそろしいほど全体に統一感がある。シャバズ・パレス(元ディゲブル・プラネッツ)の次にコード9だし、Qのクラスターからギャング・ギャング・ダンスなどという展開もある。しかも、そこから続くのがハドスン・モーホークとは。全員がバトルズに屈したのでなければ、セルフ・プロデュースの能力が異常に高いとしか思えない。

 オープニングからいきなりブラジルのガイ・ボラットーが情緒過多のミニマル・テクノ。マカロニ・ウエスターンに聴こえてしまうギターがその原因だろう。ミニマルの文脈を引き継いだシューゲイザー・テクノのザ・フィールドは、一転してヒプノティックなテック-ハウス仕上げ。続いてドラマ性に揺り戻すようにしてヒップホップを2連発。このところ壊疽=ギャングルネとしての活動が目立っていたアルケミスツはソロで90年代末に流行ったダンス・ノイズ・テラー風かと思えば、昨年、一気にダブ・ホップのホープに躍り出たシャバズ・パラスは彼の作風に染め上げただけで最もいい仕事をしたといえる。ダブステップからUKガラージに乗り換えつつあるコード9はそれをまたコミカルに軌道修正し、2年前に"エル・マー"のヒットを飛ばしたサイレント・サーヴァントやラスター・ノートンからカンディング・レイはそれぞれのスタイルでダブ・テクノに変換と、いささかテクノの比重が高すぎる気も。これは自分たちにできないことをオファーしているのか、それとも自分たちが次にやりたいことを先行させているのか。いずれにしろ、その結果はユーモアの低下とリズムの単調さを招き、チルアウト傾向ないしはリスニング志向を強めることになった(クラスターの起用はまさにその象徴?)。

 後半で最大の聴きどころは、珍しく同業のパット・マホーニーを起用した"マイ・マシーン"で、シンプルなリズム・ボックスに絡むゲイリー・ニューマンのヴォーカルは最盛期の気持ち悪さを思わさせるインパクト。ジャーマン・トランスにありがちなリズム・パターンなのに、ロック・ミュージックとして聴かせてしまう手腕はかなりのもので、思わず、ほかにはどんなリミックスを手掛けているのだろうと調べてみたら、まったくデータが見つからなかった(これが初仕事?)。エンディングはヤマタカ・アイで、トライバルとモンドの乱れ打ちはこの人ならでは。ダイナミズムよりもリスニング性を優先したことで最後に置くしかなかったのかもしれないけれど、それはちょっと消極的な判断で、僕ならギャング・ギャング・ダンスとハドスン・モーホークのあいだに置いただろう(バトルズの意識が「テクノ」に向かっている証拠ではないか)。

文:三田 格

»Next 松村正人

[[SplitPage]]

そして『グロス・ドロップ』の完全なる分解 文:松村正人

Battles
Dloss Glop

Warp/ビート

Amazon iTunes

 アンダーグラウンドのスーパーバンドから『ミラード』で転身したバトルズはタイヨンダイ・ブラクストンは抜けたが、『グロス・ドロップ』で前作をさらに発展させ、そこでは初期のハードコアを構築し直した鋭利な、しかし同時に鈍器のようだったマス・ロックの風情は退き、かわりにポップな人なつこい音が顔を出した。強面だった数年間からは考えられない柔和な表情をしていたが、いまのパブリック・イメージはむしろこっちである。それまでのいくらかすすけたモノトーンはツヤめいた内蔵の色に塗りこめられた。ジャケットがそれを暗示する。有機的であり抽象的であり生理的でもある。私は以前にレヴューを書いてから聴いていなかった『グロス・ドロップ』を、『ドロス・グロップ』を書くために、しばらくぶりに苦労してひっぱりだして聴いたが、おもしろかった。たしかここに書いたレヴューは最初おもしろくないと思ったと書いたと思ったが、聴き直したらやはりおもしろくないことはなかった。私は『ドロス・グロップ』を先に聴いて、原曲をたしかめるために聴いたからかちがいがおもしろさを後押ししたが、オリジナルとリミックスの幸福な相乗効果がうまれたのは、前者が音で語ることに腐心したアルバムであったことに多くを負っている。そこには内面は投影されていない。語るのはあくまで音楽であり、バトルズの連中ではない。それに任せる。タイヨンダイというアイコニックな人材を欠いた逆境がある種のスプリングボードとなり、バンドを、音楽の生成を何よりも彼ら自身がたのしんでいる(たのしまざるを得ない)、陽性の作品性へ追いこんだのだと穿つこともできなくはないが、この結果はいってみれば、往時のダンスカルチャーの匿名性を思わせるものであり、その意味で、リミックスという行為との親和性はいうまでもなかった。
 
 アルバムは先行した4枚の12インチを若い順に並べた。テクノ~ヒップホップ~(ポスト)ダブステップ~ミニマル~ワールド~ディスコパンクなど、ゼロ年代以降のダンスミュージックを巡礼する構成で、総花的なつくりでもあるが、散漫な印象を与えないのは、カテゴリーの遍歴そのものが音楽を前のめりにさせるからだろう。サンパウロのギ・ボラットとストックホルムのザ・フィールド、〈コンパクト〉勢のループは『ミラード』までのバトルズの交響的な――つまり縦軸の――ループを横倒しにしたように、渦を巻き滞留するようでありながら、前方へジワジワと音楽を煽り、ヒップホップ/ブレイクビーツ~2ステップ/UKファンキーのブロックへバトンタッチすることでアルバムのタイムラインは最初の山と谷(もちろん逆でもいい)を経過する。山はすくなくともあとふたつはあるようである。3つかな?と思うひともいるであろう。それはどっちでもいいが、この高低差は現行のダンスカルチャーの地形図であり、すくなくともリミキサーたちは所属するジャンルに奉仕する職人的な仕事に徹することで、楽曲を解体するだけでなく、原曲とリミックスとの間の、あるいはトラックごとの偏差が彼らの特質をあぶりだしもする。なんであれ解釈が生じる場合、ズレがうまれる。その隙間を広げるか埋めるかが、音を仲立ちにした対話では焦眉の問題になるが、原曲はどうあがいても完全な姿で回帰しない。このあたりまえのところにうまみがある。
 私は先に職人的な仕事と書いたが、解釈はいずれも大胆である。とくにクラスター、ブライアン・デグロウ(ギャング・ギャング・ダンス)、ハドソン・モホークのブロックは原作を再定義したというか、たとえばデグロウのリミックスは原曲のリフの音色が喚起するリズムのつっかかりをビートに置き直し『グロス・ドロップ』でいちばんポップでカラフルだった"Ice Cream"をデジタル・クンビア的な疑似アーシーな場所にひきつけることで、スラップスティックかつフェイク・トロピカリアとでも呼ぶべき原作のムードを二重に畳みこんでいく。ハドソン・モホークの着眼点もたぶん同じで、クラスターの作家性とはちがう――しかしそれはこのアルバムのアクセントでもある――が、デグロウ=モホークの視点はバトルズのそれとも同期し、元ネタの笑いをトレースし、さらに展開する、難儀な作業を的確にやっている。もっともそのユーモアはモテンィ・パイソンがミンストレル・ショーを実演するような、ねじれた、くすぶった笑いではなく、現代的な抑制が利いたものなのだが、であるからこそ、LCDサウンドシステムのドラマー、パット・マホーニーのディスコ・パンク調の"My Machine"という最後の山だか谷だかのあとのヤマンタカ・アイの、原作にひきつづきシンガリをつとめた"Sundome"で『グロス・ドロップ』は完全に分解したように思える。そして私は聴き終えたあと、ヘア・スタイリスティックスが聴きたくなった。

文:松村正人

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159