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Grouper、青葉市子、ILLUHA、en、YusukeDate

Grouper、青葉市子、ILLUHA、en、YusukeDate

@養源寺

Apr 21, 2012

文:野田 努   写真:小原康広   Apr 25,2012 UP
E王

 午後5時半、曇の日の弱い光が臨済宗のお寺の本堂の障子越しからぼやっとはいってくる。畳の上の黒い影になった100人ほどの人たちは、本陣をぐるりと囲んでいる。竜が描かれている天井の隅にある弱い電灯が照らされているアメリカのポートランドからやって来た女性は、980円ほどで売られているようなカセットテレコが数台突っ込まれたアナログ・ミキサーのフェーダーを操作しながら、膝に抱えたギターを鳴らし、歌っている。時折彼女は、テレコのなかのカセットテープを入れ替える。そのときの「がちゃ」という音は、彼女の演奏する音楽よりも音量が大きいかもしれない。本陣の左右、ミキサーの前にふたつ、そして本堂のいちばん隅の左右にもスピーカーがある。その素晴らしく高性能なPAから流れるのは控えめだが耳と精神をを虜にする音......この風景の脈絡のなさは禅的とも言えるだろう。が、たしか我々は、その日の昼の1時からはじまったライヴにおいて、ある種の問答のなかにいた。我々はなぜ音楽を聴くのだろうか......そして、ここには禅的な答えがある。聴きたいから聴くのだ。聴いたら救われるとか、気持ちよくなるとか、自己肯定できるとか、自己啓発とか、頭良くなるとか、嬉しくなるとか、とにかくそうした期待があって聴くのではない。ただ聴きたいからただ聴く。そう、只管打坐である。

 禅宗は、欧米のオルタナティヴな文化においてつねに大きな影響のひとつとしてある。ヒッピー、フルクサス、ミニマル・ミュージック、あるいはレナード・コーエン......僕が好きな禅僧は一休宗純だ。戒律をやぶりまくり、生涯セックスし続けた風狂なる精神は、日本におけるアナキストの姿だと思っている。まあ、それはともかく、僕は会場である養源寺に到着するまでずいぶんと迷った。1時間もあれば着くだろうと高をくくって家を11時半に出たのだけれど、会場は商業音楽施設ではない。結局、こういときはiphoneなどのようなインチキな道具は役に立たず、八百屋の人やお店の人に尋ねるのがいちばん正確に場所に着ける。ふたり、3人と訊いて、ようやく僕は辿り着けた。
 谷中、そして団子坂を往復しながら、着いたのはYusukeDateのライヴの途中だった。1時を少し過ぎたばかりだと言うのに、本堂の1/3は人で埋まっていた。
 YusukeDateの弾き語りは、アンビエント・フォークと呼ぶに相応しいものだった。アンビエント・フォーク? 安易な言葉に思われるかもしれないが、歌は意味を捨て音となり、ギターは伴奏ではなく音となる。それは、ここ数年のフォークの新しい感性に思える。僕は畳に座りながら、少しずつその場のアトモスフィアにチューニングして、そして次のenのライヴのときにはほぼ完璧にチューニングできた。〈ルート・ストラタ〉を拠点にするふたりのアメリカ人によるこのプロジェクトは、ひとりが日本語が堪能で、日本語の軽い挨拶からはじまった。
 enのひとりは日本の琴の前に座り、もうひとりは経机の上のミキサーの前に座っている。いくつかのギターのエフェクター、そしてミキサーの上には数台のカセットテレコが見える。琴の音が響くなか、無調の音響が広がる。畳の上には子連れの姿も見え、子供はすやすやと眠っている。曲の後半では、カセットテレコを揺さぶり、音の揺れを創出する(なるほど、だ)。また、カセットテレコについたピッチコントロールを動かしながら、変化を与え、曲のクライマックスへと展開する。

 セットチェンジのあいだ、僕は本堂の下の階で飲み物を売っている金太郎姿の青年からビールを買って、次に備える。1杯300円のビールは良心的な価格......なんてものではない。この日のコンサートへの愛、音楽集会への愛を感じる。

 次に出てきたILLUHAは、今回の主宰者というかキューレター的な役目の、伊達伯欣とコーリー・フラーのふたりによるユニットで、すでにアルバムを出している。伊達は、古い、捨てられていたという足踏みオルガンの前に座って、フラーはギターを抱えながら、ミキサーの前に鎮座する。ミュージック・コクレートすなわち具体音──このときはドアがきしむ音だったが──が静寂のなかを流れると、ILLUHAのライヴはゆっくりをはじまる。オルガンの音が重なり、やがて、完璧なドローンへと展開する。
 enとも似ているが、具体音を活かしたパフォーマンスは彼らのそのときの面白さで、そしてメロウなギターの残響音そしてハウリングは、ドローンはラ・モンテ・ヤング的な瞑想状態を今日的な電子のさざ波、グラハム・ランブキンらの漂流のなかへとつないでいる。
 enのライヴにも感じたことだが、ひと昔前(IDMから発展した頃)のドローンは、猫背の男がノートパソコンを睨めているような、お決まりのパターンだった。が、この日はenもILLUHAもアナログ・ミキサーを使い、そして、パソコンもどこかで使っていたのかしれないが、ついついiPadを表に出してしまうような味気ないものとは違っていた。デジタルやソフトウェアに頼らず、そしてアイデアでもって演奏する姿は、これからのアンビエント/ドローンにおいてひとつの基準になるかもしれない。
 また、こうした「静けさ」を主張する音楽において、ほとんど満員と言えるほどの若いリスナーが集まったことは注目に値する。「ライヴ中に寝てしまったよ」とは通常のライヴにおけるけなし言葉だが、この日のライヴにおいては「眠たくなる」ことは賞賛の言葉だった。本堂という木の建造物における音の響き、畳の上での音楽体験という環境や条件も、この新しいアンビエントの魅力を浮彫にしていた。

 青葉市子は、その評判が納得できる演奏、そして佇まいだった。本堂の障子の外から子供の泣き声が聞こえると、彼女はその"音"を聞き逃さず、「あ、泣いている」と言う。その瞬間、我々は、そこでジョン・ケージのその場で聞こえる音も音楽であるというコンセプトを思い出す。彼女は、オーソドックスなフォーク・スタイルだが、しかし、彼女の素晴らしいフィンガー・ピッキングによる音色は、音としての豊かさを思わせる。曲が終わるごとに、まだ20歳そこそこの若い彼女は、「足を伸ばしたり、リラックスして聴いてくださいね」とか「空気入れ替えませんか」とか、気遣いを見せながら、「こういう手作りのコンサートでいいですね」と素朴な感想を言った。その通りだと僕も思った。

 リズ・ハリス(グルーパー)は、大前机の上の、でっかいアナログ・ミキサーの前にテレキャスターを持って胡床に座った。黒いパーカー、黒いジーンズ、そして足下にはペダル、エフェクター(ボーズのディレイ、オーヴァードライヴなど)がある。それまで出演してきた誰とも違って、何の挨拶もなく、何台かのテレコに何本かのカセットテープを入れ、それぞれ音を出す。リハーサルかと思いきや、音は終わらず、そのまま、いつの間にか、彼女の曇りガラスのような独特の音響が本堂のなかを包み込む。前触れもなく、それははじまっていた。
 マニュピレートされたテープ音楽が流れるなか、彼女はギターを弾いて、音をサンプリング・ループさせ、歌とも言えない歌を重ねる。ギターの残響音をループさせると、彼女はギターを置いて、そしてテープを入れ替え、ミキシングに集中する。いつからはじまり、そしていつ終わったのかわからないようにリズ・ハリスは音量をゆっくり下げる......。しばし沈黙。マイクに近づき、たったひと言「サンクス」(それがこの日、公に彼女が話した唯一の言葉だった)......大きな拍手。

 この日のライヴは、この賑やかな東京においては、本当に小さなものなのだろう。ハイプとは1万光年離れたささやかな音楽会だ。が、このささやかさには、滅多お目にかかれない豊かな静穏があった。そして、いま、音楽シーンにもっとも求めらていることが凝縮されていたように思えた。300円のビール、美味しい!
 この日は、2000円で、お客さんをふくめ誰でも参加自由な打ち上げもあった。青葉市子さんは、自ら率先して、料理を運んでいた(若いのにしっかりした方だ)。こうした音楽集会のあり方は、最初期のクラブ/レイヴ・カルチャーを思わせる。
 なお、グルーパーは、日本横断中。名古屋~京都~金沢、そして都内では4/30に原宿の〈VACANT〉でもある。その日は、CuusheやSapphire Slowsも出演。たぶん、まだ間に合うよ。
 最後に、蛇足ながら、ライヴが終了後、リズ・ハリスに30分ほど取材することができました。結果は、次号の紙ele-kingで。

文:野田 努