"アート・トラッシュ・エレクトロにおけるヴァネッサ・パラディ"による遅すぎたデビュー・アルバムで、せめて2年前に......、そう、ラ・ルーやリトル・ブーツより先に出すべきだった。結婚と離婚と出産がなければ、きっとそうなっていただろう。〈エド・バンガー〉だってそうしたかったろう。で、そうなっていたら多少、ポップの歴史は変わっていたかもしれない。
アンナ・キャサリン・ハートリー、別名アフィ、彼女が最初の12インチを切っていた2006年から2007年あたりはフレンチ・エレクトロ全盛で、彼女こそシーンが望んでいたアイドルに他ならなかった。美形で、ロリータ声で、ドラッギーで、少しばかりビッチを気取っていて......下手なラップがまた魅力でもある。当時、僕はアフィを雑誌の表紙にしたいと本気で考えていた。
フレンチ・エレクトロの"フレンチ"には内部からの眼差しというものがない。よく言えばインターナショナル、悪く言えばおのぼりさん文化である。1990年代後半のフレンチ・ハイプは、それを用意したロラン・ガルニエをはじめ、モーターベース、イエロー・プロダクションズ、エール、そしてダフト・パンクにいたるまで、ローカルなパリを土壌としている。ダブステップやグライムがロンドン・ローカルな音楽であるように、SFPやS.L.A.C.K.が東京ローカルな音楽であるように。ルー・リードの歌うニューヨークがローカルなニューヨークであるように。
エールがいくら裕福な出身でも、彼らには内部からの眼差しがあり、それが悲しみや、辛辣な冷笑主義と結びつきもする。ジネディーヌ・ジダンにだってそれがある。が、ダフト・パンクの国際的な成功のあとに元マネージャーが手掛けた〈エド・バンガー〉は違った。そうしたややこしい鈍くささを削ぎ落としている。よりファッショナブルで、魅惑的なまでに軽い。アメリカ生まれで、パリのインターナショナル・スクールを出たアフィこそ、そういう意味でレーベルが望んだスマートな女性だったのだ。中身はない......が、「中身を気にするばかりが音楽の楽しみ方ではないだろ?」と問われれば「そうだね」と僕は答える。そう、中身を気にするばかりが音楽の楽しみ方ではない。
つまり『セックス・ドリームス・アンド・デニム・ジーンズ』は、いみじくもタイトルが物語っているように、まあ、そういう音楽だ。煌びやかで、外側だけがキラキラとしている。本人は自らを"コールド・アス・ビッチ(冷酷なあばずれ女)"ラップと定義しているけれど、実際のところはリリー・アレンやエイミー・ワインハウスのようなむさ苦しい連中の言葉を水で薄めたリリックがあり、クセのないダンサブルなエレクトロが展開されている。もうちょっとはみ出しても良かったのではないかと思うのだけれど、わりと品良くまとまったというか、オワゾやミルウェイズ、セバスチャン等々、そうそうたるメンツがトラックを提供しているものの、オワゾがソロで展開するようなねじくれ方はない。例えば"ポップ・ザ・グロック"は流行のオートチューン・ソングだが、ダブステップ系のいなたい感じとは真逆の、実にキュートなポップスとなっている。スージー&ザ・バンシーズの"香港庭園"をカヴァーしているのだけれど、その軽薄さたるや「トホホ」である......が、そう、だからこそこの音楽は魅力を放っている。要するに、まあ、ファッショナブルなのだ。
僕は、どう考えても鈍くさい音楽を聴き続けている側の人間である。二木信や松村正人よりはファッショナブルかもしれないが、さすがにフレンチ・エレクトロを追っかけるほどではなかった。しかし、もし僕がファッション雑誌の編集長だったら、なんとしてでも彼女を表紙にしてカヴァー・ストーリーを組んだだろう。間違いない!
「Pã€ã¨ä¸€è‡´ã™ã‚‹ã‚‚ã®
A Night In Nakagyou -Ku Early September Chart
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王舟 - Thailand - 鳥獣虫魚 |
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Paradise - Alchol River- My Best! |
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The Mirraz - Top Of The Fuck'n World - Mini Muff |
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Time & Space Machine - Set Phazer To Stun - Tirk |
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Crocodiles - Sleep Forever - Fat Possum |
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Alfred Beach Sandal - S.T. - 鳥獣虫魚 |
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Hotel Mexico - His Jewelled Letter Box - Second Royal |
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Wavves - King Of The Beach - Fat Possum |
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Riddim Saunter - Sweet & Still - NIW! |
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Surkin - Easy Action - Institubes |
ホテルニュートーキョーの音楽には、シューゲーザーや渋谷系やハードコア・パンクやヒップホップなどの音楽的・文化的バックグラウンドが混在している。が、もっとも彼らの音楽を特徴付けているのは、大都会の底を濡らすような、ゴージャスで、メロウで、ファンタジックなムードだ。そして、それがホテルニュートーキョーの最大の魅力でもある。
7月末にホテルニュートーキョーのライヴを渋谷の〈O-nest〉に観に行ったのだが、前日に伝説のサルサ・シンガー、エクトル・ラボーの半生を描いた映画『エル・カンタンテ』を観ていたからだろうか、渋谷のけばけばしいネオンや町の喧騒にいつもより親しみを感じることができた。ホテルニュートーキョーの演奏もひと際色鮮やかに聴こえた。エクトル・ラボーは、60年代後半から70年代の大都会ニューヨークを駆け抜けたサルサ・シンガーだった。映画は、現代のカリスマ的なサルサ・シンガー、マーク・アンソニーがラボーを演じ、実生活でもマーク・アンソニーの奥方であるジェニファー・ロペスが奥さん役としてラボーの栄光と挫折を回想する形で物語が進行する。映画の出来はともかくとして、ニューヨークのネオンは幻想的に映し出され、それはとても美しく魅力的だった。映画のなかで、サルサは当時のアーバン・ミュージックとしてニューヨークの騒々しく猥雑な夜を華やかに、そして情熱的に彩っていた。
ホテルニュートーキョーは、例えば、やけのはらの『THIS NIGHT IS STILL YOUNG』やLUVRAW&BTBの『ヨコハマ・シティ・ブリーズ』のように埃まみれの路上の淡い青春の煌めきを描いているわけではないが、彼らのアーバン・メロウ・ミュージックは紛れもなくこの国のもうひとつの都会のロマンチックなサウンドトラックとして機能しているのだろう。フロアのバーカウンターで話しかけた女性は渋谷で働くOLだった。彼女は仕事帰りにホテルニュートーキョーを目当てに来たのだという。「エロいけど、下品じゃないのが好きなんです」と彼女はホテルニュートーキョーの魅力を簡潔に語ってくれた。「ほんとそうですね」、僕は心から賛同した。ライヴのあと、「一杯飲みませんか」と誘ったが、やんわりと断られてしまった。彼女は何事もなかったかのように渋谷の人ごみのなかにスーッと消えていった。
ホテルニュートーキョーは、2003年、マルチ・プレーヤーの今谷忠弘のソロ・プロジェクトとして始動する。2006年、須永辰緒と曽我部恵一のリミックスが収録された12インチ・シングル「東京ワルツ」でデビューし、同年1stアルバム『ガウディの憂鬱』を発表。その後、バンドとしてのライヴ活動をスタートする。つまり、『ガウディの憂鬱』から2009年の2ndアルバム『2009 spring/summer』、そして今回リリースされる『トーキョー アブストラクト スケーター ep』に至る流れは、今谷によるバンド・サウンドの洗練と発展の過程とも言える。ホテルニュートーキョーには、日本を代表するポスト・ロック・バンド、toeのドラマー柏倉隆史やkowloonやstimといったダンス・ミュージックに接近するバンドのキーボーディストの中村圭作が参加していて(共に木村カエラのサポート・ミュージシャンでもある)、彼らが今谷のイメージを膨らませ、音楽化する上で重要な役割を果たしている。
"東京ワルツ"が少々時代遅れに感じられるアシッド・ジャズへの挑戦と聴けなくもないことを考えれば、その後のバンドを基軸としたサウンドのふくよかさと豊かさはやはり洗練と発展と言えるだろう。そこには、エレクトロニカ、ジャズ、ヒップホップを打ち込みと生演奏の見事な調和によって消化した、とくに『エヴリデイ』の頃のシネマティック・オーケストラと通じる音楽的志向を聴くことができるし、メロウでソウルフルな感性からは、90年代のオリジナル・ラヴや『MUGEN』や『LOVE ALBUM』の頃のサニーデイ・サービスを連想することもできる。
僕が最初に虜になった曲は、多くの人がそうかもしれないが、『2009 spring/summer』に収録された"if you want it first time" と"let me turn you on"だった。ホテルニュートーキョーのことをよく知らない人は、まずYoutubeにもアップされているこの2曲を聴いてみるといいだろう。僕が思うに、ホテルニュートーキョーのエレガントでスタイリッシュな魅力は、ダイナミックなドラミングと甘美なエレピの響きと楽曲に豊かな奥行きを与えるホーン・セクションが調和した、この2曲に凝縮されている。
今谷忠弘曰く、『トーキョー アブストラクト スケーター ep』には、「井上雄彦」「スケートカルチャー」「オルタナティブ」「ガス・ヴァン・サント」といった4つのキーワードがあり、本作は自身の音楽的ルーツである90年代に向き合った作品だという。それについて詳しくは、インターネット上で読める彼のインタヴューに譲りたいが、本作にはガス・ヴァン・サントの映画『パラノイド・パーク』のラスト・シーンで使われた、エリオット・スミスの"The white lady loves you more"のカヴァーが収録されている。34歳という若さで謎の死を遂げたシンガー・ソングライターの、いまにも壊れそうな繊細な原曲の雰囲気を保ったままゴージャスなアレンジを施すことに成功している。この曲のMVを観ると、たしかに今谷がガス・ヴァン・サントの淡い映像美からも大きな影響を受けていることがわかる。
"Let me turn you on ?electric city ver.-"、"A man&rooster 90`s"、"ガウディの憂鬱 -live edit-"といった既発曲のセルフ・カヴァーやライヴ・ヴァージョン、ほんの一瞬マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの『ラヴレス』が脳裏をかすめる"Dawn"、あるいはDJ シャドウやプレフューズ73へのオマージュであろう"トーキョー アブストラクト スケーター #1"、"~ #2"も面白い。いや、しかし、何をやってもエレガントにまとめ上げるホテルニュートーキョーは、意外にもいまの日本の音楽シーンでは珍しいタイプのバンドであると思う。一音鳴った瞬間にドリーミーな非日常の世界への扉を開けてくれる。だから今度こそは、ホテルニュートーキョーのライヴで......。
最後に手前味噌になるが、僕が〈中野heavysick zero〉でオーガナイズしている〈Bed Making〉というパーティの次回(10/1 )のゲスト・ライヴにホテルニュートーキョーの出演が決まった。GROUPの元ドラマーで、ROVOの芳垣安洋らが率いるORQUESTA NUDGE! NUDGE!やstimで活躍するTAICHI、KOCHITOLA HAGURETIC EMCEE'SのバックDJを務める新進気鋭の女性DJ、mewも出演する。もちろん、レジデントのL?K?OとDJ YOGURTも控えている。彼らが甘く酔狂なパーティを演出するとなれば、それはそれは素晴らしい夜になるだろう。
CURRENT FAVORITE 10
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dREADEYE&SU19B - SPLIT - RSR 凄い。 |
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Paris Jones ft April Kelly - Winter PVが素敵。 |
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RUSSIAN HARDCORE - RAP関連(MOSCOW DEATH BRIGADE,LEGION CLAN etc) 訳がわかりませんが凄い。thanks 2 ikmhnw. |
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ROLL DEEP - Say No More Mixtape - --- コレが今のGRIME。 |
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DNT - Great Escape - --- 何考えてんだコノ人、といつも思ってます。 |
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BIG-K - DA MORBID BALLAZ the Mix Vol.1 - D.M.B PRODUCTION 暑中お見舞い(※ジャケ含む) |
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MASS-HOLE A.K.A BLACKASS - SOUNDDRUG - MNM タイトル通り。 |
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TYRANT, HVSTKINGS,RCSLUMRECORDINGS関連 toKAI DOPENESS. |
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韻踏合組合 - 前人未踏(&各Remix) - IFK RECORDS やっぱりカッコイイ。 |
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tofubeats ft オノマトペ大臣 - 水星 - Unreleased 心地良い。 |
2010年夏の終わり、チャート
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Foot Sole Foreigner - Of Bones & Dreams - D1 |
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Caribou - Bowls - City Slang |
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Crash Course In Science - Flying Turns - Flying Jupiter |
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Guillaume & Coutu Dumonts - Radio Novela feat Dynamike - Circus Company |
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Adlut Napper - Slowly - Poker Flat |
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Mark Henning - Sweet Atom - Clink |
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Soul Center - Switch It - Curle |
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Tim Xavier - Urban Survival - Clink |
普遍の反逆チューンズ
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The Clash - The Guns Of Brixton - CBS |
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Kiddus I - Too Fat - Shepherd |
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DOWNNORTHCAMP - Lazy Days - Dogear Records |
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EKD & Pachucabras - Babylon City - Sun Shot |
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Cypress Hill - Dr. Greenthumb - Ruffhouse Records |
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Bad Brains - Leaving Babylon - ROIR |
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Don Drummond, Ernest Ranglin, Tommy McCook, etc - Jazz Jamaica From Workshop (Album) - Studio One |
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Jackie Mittoo - Macka Fat (Album) - Studio One |
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Soul Vendors - Drum Song - Studio One |
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Vivian "Yabby U" Jackson & The Prophets - Judgement On The Land - Vivian Jackson |
いまでもわりとマメに中古を買っている。レアグルーヴという趣味があるわけではないけれど、そのときの自分の興味の赴くままに探すこともあれば、女性と別れた度に無くしていったレコードを久しぶりに聴きたくなることもある。そういう生活を長いあいだ続けているわけだが、わりと一貫して金を注ぎ続けているのがレゲエの中古ではないかと思う。
拭い去れない妄想のようなものがある。高校生のときに日本盤でボブ・マーリーを聴いていて、それなりに感動していたのだけれど、上京して買った〈トロージャン〉版の『ソウル・レベルズ』の音質に本当に驚いてしまった(PiLの『メタルボックス』を輸入盤で聴いたときのように)。その近所迷惑な低音の出方、ドラムの音、ギターの音色、声の聴こえ方......リー・ペリーの手腕によるそれら"音"の、自分がふだん耳にしている音楽と呼ばれるものとは違う何か、その得も知れぬ感覚に畏怖すら覚えたものだった。格好いい、迫力がある、そんな単純な言葉では割り切れない。明らかにわれわれとは違った感性によって生まれた"音"があった。そしてその"音"は始末の悪いことに妄想を大いに掻き立てるのだった。
カールトン&ザ・シューズを知ったのは、当時出たばかりの〈トロージャン〉からのジ・アップセッターズの編集盤だった。そのなかに収録されているカールトン&ザ・シューズの"ベター・デイズ"のスウィート・ハーモニーは、なかば神秘的に聴こえるほど魅惑的に思えた。いっしょにレゲエを追っかけていた友人は早速〈スタジオ・ワン〉から出ている『ラヴ・ミー・フォーエヴァー』を買って、カセットテープに録音してくれた。それはトラックとヴォーカルが左右に分かれた疑似ステレオ・ヴァージョンの盤で、スピーカーから聴こえる"音(演奏、ハーモニーそのすべて)"は、崇高的なまでに美しく感じられた......というか、いまでも『ラヴ・ミー・フォーエヴァー』を聴くとそう思う。
つまり、こうやって味をしめてしまうと中古でいろいろ探すようになるわけだが、まあ、それはまるで世界の秘密を探索しているかのような気分なのだ。とくに1968年あたりのロックステディから聴こえるスウィート・ハーモニーは、音楽と言うよりも魔法だ。人間のなかの最良の愛情が泉のように惜しみなく溢れ出しているような、そしてその感情が何か特別なものではなく、実に庶民的で、ポピュラーなものであったことを思うと、その音楽のなかにとんでもない夢を見ることができてしまう。
とはいえ、ジャマイカの音楽の最大の難点は再発盤の盤質にある。たとえば、僕の家にはフィリス・ディオンのアルバムが2枚ある。1枚はジャマイカの再発盤でもう1枚はUKプレスの再発盤だ。UK盤は音質的には満足だが、アルバムのなかでもベストな1曲、"ラヴ・ザット・ア・ウーマン・シュッド・ゲイヴ・ア・マン"のイントロがどうしたことか数小節短い。ジャマイカ盤のほうはけっこうチリノイズが入るばかりか、盤の中心とレーベルの中心がずれているので、ターンテーブルを見ていると目が回る。この問題を解決するために、CD盤を買うわけである(そういう経緯によって、家にはレゲエのCDがたくさんある)。
ファースト・アルバムの『ラヴ・ミー・フォーエヴァー』の発表が1976年だったと言われているので、およそ5年ぶりの、カールトン&ザ・シューズにとってのセカンド・アルバム『ディス・ハート・オブ・マイン』はいまとなってはクラシックな1枚として知られている。が、しかしそれはこの10数年においてリスナーたちの探求の末に発掘されたクラシックであって、これが発表されたとされる1981年(82年?)の時点では500~1000枚しかプレスされなかったためにほとんど知られていなかったと言われている。"ギヴ・ミー・リトル・モア"のこ洒落た感じのダンサブルなアレンジや(それこそフィッシュマンズが取り入れている)コーラスの入り方など、1980年代初頭の音楽のモードからはずれているとは思えないけれど、この作品がより幅広く聴かれるという観点で言えば、DJカルチャーやセカンド・サマー・オブ・ラヴを経た1990年代のほうがより適してことは事実だろう。誰もがあのチリノイズの入った再発盤を買って、この魔法のような音楽の魅力に酔いしれたのである。
『ディス・ハート・オブ・マイン』にしろ、『ラヴ・ミー・フォーエヴァー』にしろ、もはや色あせることのないクラシックだ。今回の『ディス・ハート・オブ・マイン』は、紙ジャケ使用によるCDで、ジャケのオレンジもあのひなびた......というか粗雑なジャマイカの再発盤の写真をそのまま印刷している。本来ならこ洒落たポートレイトだが、奇妙なことにそのくすみ方が新しい物語を語っているようである。そのとき知られていなくても、何年か経ったときに信じられない熱を発するかもしれないという音楽のもうひとつの可能性についての物語である。
Shop Chart
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ほんのわずかだが、この1~2年で変化を感じている。例を挙げてみよう。
Julian Lynch - Mare (Olde English Spelling Bee)
Donovan Quinn & The 13th Month - Your Wicked Man (Soft Abuse)
High Wolf - Ascension (Not Not Fun Records)
Candy Claws - Hidden Lands (Twosyllable Records)
The Samps - The Samps (Mexican Summer)
以上はこの8月に買ったレコードのいちぶで、音楽性はそれぞれフォーク・ロック、チルウェイヴ、エクスペリメンタル/アンビエント、サイケデリック......バラバラだが、この5枚には興味深い共通点がある。
1. すべてが12インチのヴァイナルであること。2. すべてがUSインディの比較的若い世代であること。3. 〈ノット・ノット・ファン〉を除く4枚のレコードにはmp3の無料ダウンロードのコードカードが挿入されていること。〈ノット・ノット・ファン〉はずいぶん前からレーベルとしてCDのリリースをしていない。また、いま人気の〈メキシカン・サマー〉にいったては最初にヴァイナルのみを限定リリースし、CDはその数ヶ月後になってからリリースする。いずれにせよ、フィジカル・メディアはヴァイナルであることが優先されている。彼ら・彼女らにおいてCDは......いわば格下で妥協案、ま、そんな風に思える。
渋谷のHMVが閉店して、いよいよCDが売れなくなっているとTVのニュース番組で特集されたらしい。数年前に、音楽関係の専門学校の講師をしている知り合いが生徒に訊いたところ、金を出してCDを買っているのはクラスの数人ほどで、多くが違法ダウンロードで音楽を聴いていたという。オバマが大統領に当選したときに、アメリカの音楽産業の上層部は違法ダウンロードの問題の解決を音楽好きな大統領に期待している。イギリスでは昨年、エルトン・ジョンやリリー・アレンが違法ダウンロードの取り締まりを支持する団体を結成して、話題になった。リリー・アレンは「ファイル共有は災害」とまで言っている。彼・彼女らは音楽文化の産業としての未来をシリアスに案じているのである。
こうした問題がより深刻なのは、それが違法だろうが合法だろうが、こと若い世代においてCDよりもダウンロードのほうがいまやスマートだからだろう。6~7年以上前の話だが、remixという雑誌の編集部にいた頃、新しく入ってきたKという大学を出たばかりの男は、自分のiPodに実にたくさんの、いろいろなジャンルの音源を大量に詰め込んで(彼の名誉のために言うと、もちろん合法の音源だが)、ちょっと聴いてはまた他の曲を聴いたりとか、そんなことを何度も何度も繰り返しているのを目の当たりにして、僕にはそれが"新しい聴き方"に思えたものだった。実際の話、それはよりスマートでよりモダンな、より"格好いい聴き方"なのだ。レコード会社の方々には頭の痛い話だが、若い世代が、携帯オーディオのなかの自分のデータを蒐集し、編集しながら聴いている姿を見ていると、「こうしてCDの存在価値はなくなっていくのか」と納得する。〈マルチネ・レコーズ〉の「MP3
Klilled the CD Star?」という問いかけは、ある意味真実とも言える。
mp3という圧縮音声ファイルフォーマットには関しても諸説がある。もっとも頻繁に議論されるのは音質の問題だが、これに関しては他に譲ろう。僕はmp3の使用者のひとりで否定者ではないが、さすがにiPhoneやiPodをDJミキサーにぶち込んだりはしないし、家ではレコードかCDで聴く。
先日のWIREで知り合った20歳の青年の話によれば、彼の世代のほとんどはYouTubeで満足してしまうそうで、何故なら彼ら・彼女らは"音"を聴いているのではなく"言葉"を聴いているからだという。これは"音"を楽しむ行為とはまた別の話になってくる。
音楽に限らずだが、映画でも何でも、デジタルに関する問題のひとつは、それがネット上にアップできる点にある。それは諸刃の剣だ。より民主的にもなりうるが、同時に違法ダウンロードの氾濫も可能にしている。レディオヘッドが『イン・レインボウズ』でこの問題に立ち向かったとき、彼らはリスナーに音楽の値段を決めさせた。問題提起としては面白かったが、スーパー・バンドの高慢なやり方とも思える。名前が大きくなければできないし、違法ダウンロードは小さなレーベルにとって死活問題だ。ましてやデトロイトのように、ヴァイナルが地域産業(カッティング技師、プレス工場等々)として成り立っている場所にとってはよりゆゆしき問題である。ムーディーマンは、2007年に「テクノロジー・ストール・マイ・ヴァイナル」というタイトルの12インチ・シングルを発表しても言い足りなかった。ヴァイナル主義者で有名なこのハウス・プロデューサーは、2009年の『アナザ・ブラック・サンデー』のインナーにおいてさらに毒づいている。「お前が俺の音楽をダウンロードして悦に入っているあいだ、お前のフリーキーな彼女は俺の12インチをプレイしている」と記し、そのメッセージの背景にはヴァイナル・レコードを手にしながらセックスしている男女の写真を載せている。

ところが......ムーディーマンの憤怒とは別のところで、ここ2~3年、USインディのシーンにおいてヴァイナルの量が増えつつある。それなりに経済力のあるインディ・レーベルはCDも出しているが、より小さなレーベルのDIY主義者たちはヴァイナル・オンリーに移行しつつある。OPNやエメラルズのようなアンビエント系はCDも出しているが、同時にヴァイナルも作っている。そしてヴァイナルと比例するように、カセットテープによる超限定リリースも増えている。今年に入ってからこの傾向はより顕著になっている。これをアメリカのジャーナリストは新たな「時代精神」の象徴として"テープ・シーン"と呼んでいる。いわば手作りの文化である。最近のジン文化の盛り上がりにも同じことが言えるかもしれない。小さな場面での出来事かもしれないが、少なくともデジタルの大衆性に対して疑問が突きつけられているのだ。
デジタルに関する問題のもうひとつは、mp3の捉え方にある。冒頭で書いたように、USインディの彼ら・彼女らのヴァイナルのなかにはたいていmp3の無料ダウンロードのコードカードが封入されている。デジタルは配信用として考えるか、もしくはmp3程度の音質でよければ無料で提供する、そのレヴェルでの割り切りが彼ら・彼女らにはある。そして、例えばキャンディ・クロウズのコードカードに記された「Long live physical media」という言葉が表すように、若い彼ら・彼女らは、フィジカル・メディアが生き残る道はヴァイナルであると結論づけているようなのだ。それはダウンロードによってより多くの人に聴いてもらいたいというデジタル時代の楽天性からだいぶ軌道修正された、現代のDIY主義者の思いの表れでもある。
さらにもうひとつ面白いのは、これらUSインディのDIY主義者たちの作品の収録時間が、45分以下になっている点である。CD全盛の90年代にもヴァイナル文化はあったが、それはなかば記念物としての、おおよそコレクターズ・アイテムとしての、CD作品のヴァイナル化に過ぎなかった。が、アメリカのヴァイナル主義者たちは収録時間も伝統的なLPフォーマットに戻している。
それが違法ダウンロードに歯止めをかけるとは思えない(データ化してしまえば同じだし)。が、USインディにおけるDIY主義者たちのこうした動きは、インディペンデント・レーベルの将来に向けての重要な試みのように思える。ヴァイナル文化への強い憧憬が、現実を動かしただけのことかもしれない。あるいはダウンロードが一般化し過ぎたあまり、もはやそれはがスマートな聴き方ではなくなっているということなのかもしれない。まあ、どんな理由があるにせよ、USインディをメインに仕入れているレコード店からはCDが減りつつある。CDを作らないレーベルが増えている。小さなレーベルになればなるほど、こうした傾向は強まっている。デジタルを拒否しているのではない。CDというメディアによる作品の発表に価値を見出せなくなっているのだ。
プレス工場を持たない日本でUSインディと同じ展開を期待するのは非現実的だろう。しかし、7インチ・シングルやカセットテープなら手の届く範疇にある。実際、日本でもここ数年で7インチ・シングルをリリースするレーベルが出てきている。デジタルと違ってより多くの人が自由にアクセスできるわけではない。枚数は限定され、それなりの労を要するだろう。が、求めている人のより深いところに届く可能性はこちらのほうがより高い......と僕は思うのだが。
当初はイナーゾーン・オーケストラのテレル・マクマシス(クラック・ナックルズとしても〈トレス〉から08年にアルバム『ピース・トークス』をリリース)を含む6人組として03年にデビューしたヴァイナル・ジャンキーズからレジナルド・シンクラー2世によるファースト・ソロ。オンラやハドスン・モーフォークをフィーチャーした「7×7」インチ・シングルに続いて、今年の頭からオール・シティが新たにスタートさせた「ロサンジェルズ 10×10」のトップを飾った新鋭で(テイク、ラス・G、フライング・ロータスのコラボレイターとして知られるサミヤンなどがこれに続く)、その通り、L.A.ヒップ・ホップのこれからが期待される重要人物のひとりといえる。
オープニングでプリンス"レッツ・ゴー・クレイジー"のイントロにのせて打ち込まれるギクシャクとしたビートはいまや......クリシェに近い。ここからどう個性を編み出すかだけれど、シンクラー2世のそれは乱れ打ちになるかと思えばビートが完全に途切れてしまったりと、まるでコラージュの一部であるかのように機能するだけで、ビートを追って聴いていくことはけっこう難しい。さらにはアルバム・タイトルとなっている『イディオット・ボックス』とは実はTVのことで、最初から最後まで絶え間なくTVの音声がそのまま垂れ流され、いってみれば大音量でTVをつけながらヒップホップのアルバムを聴いているのと変わらない。ジャケット・デザインを見る限り、きっとくだらないことがサンプリングされていて、英語が母国語の人にとってはそちらのほうが耳には入っていきやすいはずである。そうなると、ビートのほうはどう考えても醒めた調子に聴こえるだろうし、それが途切れたりするということは、時々、ヒップホップにも耳が行くようなシチュエイションがわざと画策されているとしか思えない。正確なところはわからないけれど、なぜかこれが飽きないし、10年前のオッド・ノズダム『プラン9』にどこかで一脈通じるような感性ではないかと思えてくる。そう、ヒップホップという名のアメリカのゴミあさり。カット・アップされたメロドラマ風のストリングスが誰をどこにも連れていってくれない。その場でいつまでも淀んでいるだけ。映画『ブラック・ダリア』や『チェンジリング』に描かれた絶望的なL.A.に滞留を余儀なくされるだけである。
また、09年にMP3「シュロー-ファイEP」で注目を集めたヘンリー・ローファーも夏前にはファースト・ソロをリリースし、いわゆるフライング・ロータスのフォロワーのなかでは奇妙なマイナー・チェンジを味わわせてくれる。ダブステップとのクロスオーヴァーとでもいえばいいのだろうか、スケールは小さく、感情表現も低く抑えられた8曲+リミックス4曲はP.U.D.G.E.が投げ捨ててしまったビートの快楽に疑問を投げかけ、重箱の隅をつつくように可能性の足踏みを続けていく(ちなみに彼もサン・フランシスコとL.A.を行き来するプロデューサーである)。













