「Dom」と一致するもの

Marsimoto - ele-king

 ケルンの企画レーベル〈マガジン〉からリリースされたアクゼル・ヴィルナーによるループス・オブ・ユア・ハート名義『アンド・ネヴァー・エンディング・ナイツ』はアブストラクトな展開を意図したものだけれど、これがあまりにもクラウト・ロックの過去をなぞるだけで、単純にがっかりさせられた。ヴィルナーがザ・フィールドの名義で追求してきた快楽モードのシューゲイザー・ミニマル・テック-ハウスはいつも完成度が高いだけに、余計にキャパシティの限界を見せられたようで、欲が裏目に出たという印象も。イェン-ユーベ・ボイヤーやドラムス・オブ・ケイオス(ヤキ・リーヴェツァイト)にはじまった同シリーズは、今後、ヴォルフガング・フォイトやカール・セイガン(!)へと引き継がれるらしい。

 クラウトロックというのは、間章か誰だかが書いていたことだけれど、60年代のドイツでは「アメリカのコピー」でしかなく(たとえばボブ・ディラン)、これに対する猛反省から生まれてきたものだと言われている。本当かどうかは知らないけれど、クラウス・ディンガーやホルガー・シューカイ、あるいはラルフ&フローリアンやマニュエル・ゲッチングが独自の音楽性を切り開いたことはその通りで、その強度が現在に至っても衰えないことは、それだけオリジナルを生み出そうという妄執に煽られていた証左ではあるだろう。そして、その後はパンク・ロックやニューウェイヴを加工したノイエ・ドイッチェ・ヴェレにしても、シカゴ・アシッドやデトロイト・テクノをお手本としたジャーマン・トランスからエレクトロ・リヴァイヴァルに至る流れにしても、ドイツというカラーがそこにしっかりと存在していることは周知のことである。

 しかし、ドイツにおいてヒップホップは、いまだに「アメリカのコピー」から脱却できないジャンルである。マッシヴのようなギャングスタ系しかり、インタレックのようなムダにジャジーな感じも同じくで、ロックやテクノと違ってブラック・ミュージックに対するコンプレックスが払拭できないのか、どうにもドイツらしさが出てこない。そんなにあれこれと聴いているわけではないけれど、エレクトロニカと融合したいくつかのものと、MIAの影響下から出てきたらしきルーシー・ラヴが最初はちょっとよかったかなーという記憶があるぐらいである。

 07年からマーテリアとして3枚のアルバムを残してきたマーテン・ラシニーがマーシモトというスペイン語に名義を改めてリリースした『グリュナー・ザムト(=グリーン・ヴェルヴェット)』は、これで一気にドイツのヒップホップが変わってしまうとは思わないものの、なるほどこれはドイツでしかないと思わせるユニークな音楽性に彩られている。まずはスマーフ男組と同じくラップがすべてロボ声で、これが最後まで実に楽しい。サウンドがしっかりとつくられているせいで相乗効果が持続し、ドイツ語なので何を主張しているかはともかく、いきなり「バラク・オバマ!」と来たりして、ネットで調べた限りは(二木信が好きな)コンシャス系のようである。もしかしてデザインも緑の党を意識しているのか?(ちょっと難しいかもしれないけれど、可能なら限定盤のジャケットに触ってみて下さい。アマゾンではなぜか限定盤の方が安いし)。

 オープニングからロボ声でマッシヴ・アタック、2曲目からヒップホップ・サウンドになる......といっても、もちろんUSメイドではなく、ヨーロッパに渡ってウェットになり、腰の重いリズムに派手なSEで景気をつけていくパターン。やはり、最近はベース・ミュージックやダブステップを意識せざるを得ないのか、モードセレクターと同じようにテクノのエッジとウェットなリズムをどう絡み合わせようかという発想になるのだろう、エレクトロに隣接した"グリーン・ハウス"や"アリス・イン・ヴラン・ランド"を基本としつつ、これにバリアリック調の"マイ・クンペル・スポールエィング"やクラフトワークを再構築したような"アングスト"、あるいは、ネジが狂ったようにワールド・ミュージックのサンプリングを組み合わせた"インディアナー"やモンドを掠めた"イッヒ・ターザン・ドゥ・ジェーン"がさまざまに色をつけていく(デア・プランがマジでヒップホップをやってると思いなまし)。ドイツでは移民を中心としたターキッシュ・ラップも盛んだからか、"アイ・ゴット・5"や"ブラウ・ラグン"ではトルコ風の旋律も取り入れられ、リベラルなところも見せる一方で、ドイツ民族の高揚を煽る(ように聴こえる)ような"ヴォー・イスト・ダー・ビート"で「アメリカのコピー」には大きく距離をあけていく。いや、素晴らしいです。難をいえば、ボーナス・トラックとして収録されているテクノ・リミックス("アイ・ヘイト・テクノ・リミックス"となっている)がちとウザいぐらいか。AKBじゃないのにヘビロテ~。

Maria Minerva - ele-king

 負け犬といえば、自分が男だからだろうか、いや、勝ち負けの世界と言えば男の世界だといつの間にか相場が決まっているからだろうか、勝手に男性を想像していたが、考えてみれば同じように女性にも負け犬はたくさんいる。マリア・ミネルヴァは自らを「女の負け犬の研究者」であることを宣言している。
 1988年のセカンド・サマー・オブ・ラヴの年に生まれた彼女は、昨年、フェミニスト理論家、エルーヌ・シクススの名前を冠したアルバムを発表している。そのアルバム『キャバレ・シクスス』ではリヴァーブの深く効いた――チルウェイヴやヒプナゴジック・ポップとは地続きの――今日的なポップを展開しているが、年末に出回った12インチ「スケアド&プロフェイエン・ラヴ(神聖かつ冒涜的愛)」はいわゆるダンス・シングルとなった。だからまあ、やりたい放題のロサンジェルスの〈ノット・ノット・ファン〉傘下のダンス・レーベル〈100%シルク〉から出ているわけだが、これが実に抗しがたい魅力を秘めている。1980年代のオリジナル・シカゴ"ゲイ"ハウスの淫らさが今日のUSインディ・アンダーグラウンドと見事に出会ってしまったというか、それほどのハイ・レヴェルの妖しさがある。この週末、次号紙エレキングのために三田格が推薦する『ぼくのエリ』を遅ればせながら観て、そしてショッキングだったことのひとつは吸血鬼が実は「女の子ではない」という設定だった。それではあの少年と吸血鬼のプラトニック・ラヴは......。
 ベッドルーム音楽の文化自体は20年以上前からあるのでことさら新しいものでもないのだが、女性プロデューサーが性の揺らぎを主題とすることは近年のトピックである。「インターネット時代における女性らしさとその疎外」を主題としているというグライムスが20年前のエイフェックス・ツイン("カム・トゥ・ダディ"以降ですね)に喩えられる時代だ。マリア・ミネルヴァはジョン・マウスとともに『ピッチフォーク』からは学問界とポップ界の往復者と呼ばれているような存在なので、言葉がわかればもっと深く楽しめるのだろうけれど、彼女の音そのものがある程度のところまで表してくれている。
 それは声だ。なんてやわらかい、透明で、フニャフニャな声......。男ならそこでレトロなシンセサイザーの音色に酔ったりドラッギーな音色で決めるところを彼女たちは自分の"声"を武器にする。ダンス・ミュージックではないが、グライムスやジュリアンナ・バーウィックもそうだ。声、......彼女たちの声にはエルヴィス・プレスリーもミック・ジャガーもいない。パティ・スミスの"グローリア"(こちらはヴァン・モリソンのカヴァー曲)とマリア・ミネルヴァの"グローリア"(こちらはマリアのオリジナル)を聴きくらべれば、この40年弱の年月もあながち無駄ではなかったのではないかと思えてくる。

 こうしたダンス・ミュージックの真新しい潮流のかたわらで、ベテランのリンドストロームが3枚目のアルバムを発表した。彼の音楽が東京で最初に話題になったのは2004年で、彼が自身のレーベル〈Feedelity〉を発動させたのが2002年12月だというから、ノルウェーのコズミック・ディスコの王様もデビューから10年目を迎えていることになる。地中海をまったく感じないのに関わらず何故かバレアリックと呼ばれたりもした彼の音楽の良さは、ひと言で言えばぬるさに尽きる。一時期はリー・ペリーをも彷彿させたラジカルな"いい加減さ"、ダンス・ミュージックの真骨頂のひとつでもある。それは寛容さであって、20年前はそれをバレアリックと呼んだわけで、多幸感のことではない!
 とにかく『シックス・カップス・オブ・レベル』はコズミック・ディスコの王様の新譜である。バカみたいに大仰なイントロダクションからPファンクめいたビートのディスコへと、そしてギターが唸るロックの8ビートへと、まあ、よりファンキーと言えばファンキーな展開を見せている。相変わらず人を食った展開というか、思わせぶりだが無意味で、くだらないことに一生懸命になっているところはいかにもゼロ年代といったところ。このちゃらんぽらんさが懐かしいって? それでは竹内君、週末ぐらいは僕と一緒にバカになろう。

Oren Ambarchi & Thomas Brinkmann - ele-king

 さすがに「ドローン」も......というところで新機軸か。この数年、待ち続けた「テクノ」とのコラボレイションがようやくお目見えである。

 オーレン・アンバーチはオーストレイリアのギタリストかつパーカッショニストで、いわゆる実験音楽や即興演奏では中堅的存在。ゼロ年代に入ってからはディジタル・プロセッシングを軸にドローンを多様化させ、フェン・オ・バーグの3人などコラボレイションの相手には事欠かない位置にいる。エレクトロニカとも袖摺り合う距離にいて、いわゆるアブストラクト表現を大量にアウトプットしてきた。ブラック・トラッフルは彼が主催するレーベル。

 一方のトーマス・ブリンクマンはマイク・インクを追ってケルンから頭角を現したクリック・テクノのヴェテラン。リッチー・ホゥティンとのインターフェイスなどアカデミックなヴァリエイションで名を挙げ、数々のアノニマス的なプロジェクトに加えてブラック・ミュージックのカット・アップを多用した「ソウル・センター」のシリーズなども人気。4年前にタキシードムーンのウインストン・トンをヴォーカルに迎えた『ウェン・ホース・ダイ......』以降、久々のリリースとなる。

 この2人が取り組んだのは、現代音楽家のモートン・フェルドマンが残した『フォー・ブニータ・マーカス』というピアノ曲にヴァリエイションを与えること。フェルドマンの作品には表面的には静かなものが多く、アンビエント・ミュージックとして機能するものが多い(裏アンビエントP34)。しかし、創作の動機を先に推測してしまうと、この2人の念頭にあったのはスティーヴン・オモーリーとピタによるKTLではないだろうか。ドゥー ム・メタルをエレクトロニカの次元へ持ち去ったKTLからメタルの要素を取り除き、ドローンに違う道筋を与えようとしたのではないかと。実際、ブラック・トラッフルのスリーヴ・デザインはすべてオモーリーが手掛けていて、お互いの作品を意識しやすい距離にいることはたしか(今回に限ってはブ リンクマンがデザインも担当している)。

 とはいえ、まず念頭にあるのは『フォー・ブニータ・マーカス』で、オリジナルで試みられているものとはすべてが異なって感じられる。フェルドマンのそれと聞き比べてみるとよくわかるのだけど、音階とリズムで「間」を聞かせようとするオリジナルが必然的に不条理を演出してしまうのに対して、隙間なく音を詰め込んでしまうともいえるドローンは常にリスナーを音で包み込んでいるようなもので、どこかに投げ出されるような感覚を与えることはない。この2作を同時に再生してみると、まった くぶつからずにひとつの曲に聞こえてしまうことからもその相反性は証明されたも同じだろう。

 また、前者のリズム感覚には緊張感を持続させようという意図があるのに対して、アンバーチ&ブリンクマンによるそれは引き伸ばされたダブに聞こえるほど瞑想性が高く、むしろリラックス効果に重点が置かれているとさえいえる(こういうものを聴き付けない人には同じかもしれないけれど)。緊張感をもたらす要素としては単純に音量を上げたり、トーンをうねらせるなど、それもマッサージの強弱のような範囲で推移し、正直、どこにヴァリエイションを生み出そうとする動機があったのか、正確には掴みかねてくる。この差は、しかし、現代音楽のフェルドマンと実験音楽として分類されるアンバーチの距離(=時代性)のなかにも存在はしたものだろうけれど、そのポテンシャルを最大に引き出したのが、やはり、ブリンクマンであり、テクノだということは間違いない。あるいは、従来のドローンとは違うものに聞こえるのはテクノが原因だとしか言いようがないのではないだろうか。

 まったく代わり映えのしないダンス・ミュージックとしてのテクノも健在だし、モーリツ・フォン・オズワルド・トリオのようにファンク・ミュージックとしての成熟を志すもの、あるいはハーバートのようにジャズとのハイブリッドを作り出すものなど、テクノにも明確な分岐が散見できるなか、ここで試みられていることは(アルヴァ・ノトの軌跡と同様)90年代にテクノが普遍化させた快楽性を抽出し、他のジャンルへ移植し、その機能性を全うさせることだろう。さらにいえば、テクノとドローンが結びつくということは、90年代とゼロ年代のアンダーグラウンドにひとつの横断線が敷か れたということでもある。冒頭の「ようやく」というのは、そういう感慨でもある。

Lana Del Rey - ele-king

私を悲しませないで 私を泣かせたりしないで
ときに愛は不十分で 道のりは険しいの
それがなぜかはわからないけれど
私を笑わせ続けて ハイになろうよ
あなたも私も みな死ぬために生まれてきたんだから
"Born to Die"(筆者訳)

 本誌の紙媒体版『vol.4』における「マイ・プライヴェート・チャート2011」で、(アルバム、シングル等はごちゃ混ぜでよい、ということだったので)私はラナ・デル・レイを名乗るエリザベス・グラントの"Video Games"を、7位にリスト・アップした。1986生まれの25歳(筆者とタメ)にして、彼女のその悩ましい歌は、美しい季節はもうすべて過ぎ去ったのだ、甘い時間はもう記憶のなかにしかないのだと言わんばかりの、突っぱねた厭世観に満ちていた。表面的に言えば、西山茉希あたりの『CanCam』モデルが、「ベルベット・イースター」(荒井由実、1973)のカヴァーでレコード・デビューしたようなものだ。そのコントラストは、世界中のミュージック・ブロガーをはじめ、『NME』から『ピッチフォーク』までをも巻き込むバズを呼び込み(本稿執筆時点で、You Tubeにおける再生回数は26,135,450回)、当然、デビュー・フルレンスである本作『Born to Die』は、あらかじめビッグな成功が確約された作品であると同時に、悪意の群衆に撃たれるために舞台に上がった哀れな作品でもある。

 話題の作品なので、態度を明確にしておこう。『Born to Die』は、私が期待していたような作品ではない。第一に、私が彼女のハスキー・ヴォイスから当初一方的に連想し、また期待もしていた作品が、例えば『Let It Die』(Feist、2004)の、あるいは『Martha Wainwright』(マーサ・ウェインライト、2005)の最新ヴァリエーションであったためである。第二に、しかし、打ちのめされたシンガー・ソングライター・スタイルの代わりに彼女が選んだのが、 R&B寄りのエレクトロニック・プロダクションであり、重厚なストリングス・アレンジメントであり、結果的にはゴージャスな、グラミー・ビルボード・ポップであったせいである。もちろん、ここはおのずと感想がもっともわかれる点であり、『ピッチフォーク』などが書いているように、「本作はイマイル・ハイニー、つまり、エミネムやリル・ウェイン、キッド・カディの諸作にクレジットされている人間によってプロデュースされており、その豪華絢爛なアトモスフィアが、批判者と理解者のあいだを取り持つ要素となっている」との声もある。(もっとも、彼女の気持ちがわからないでもない。彼女が思春期を迎えた90年代後期は、ブリトニー・スピアーズがデビューするなど、ティーン・ポップが何度目かの最盛期を迎えていた時期なわけだし......)

 また、平均的なリスナーであればなんとなくそうしてしまうように、レディー・ガガが掲げた"Born This Way"と、本作のぶら下げる"Born to Die"とを比較する傾向が、国内外のブロガー(ツイッター・ユーザー)のあいだでも散見される。「抱えるもの」がある者のほうがむしろ自身を強い衝動で肯定しながら生き、上質な容姿を持って生まれて思い出に恵まれた者がなぜ沈鬱として生きるのか、わけがわからない、といったところだろうか。たしかに、成功者にも憂鬱はあるのだろう。しかし、どれだけ富とスポットライトを得ても、人生はどこかの地点でなお満たされない、というのは、ポスト・モダニティ・ライフにおける不可避の、典型の、言いようによってはごく平凡な虚無を、彼女は消化しきれていないだけ、という言い方もできるのではないだろうか。彼女の歌のなかで、男は常に彼女を強く抱き、口づけし、そして不可避に去っていく存在としてのみ、ある。たくさんの男と出会い、ときに関係を持って、ひたすら別れ続けてきた、遊び盛りのブロンドの美女が綴るのは、良くも悪くも、平均的な女子大生がアメブロに開設した失恋ブログのよう。

 しかし、『Born to Die』は飛ぶように売れている。アメリカン・ユーチューブ・ドリームのもっともポピュラーな前例として、本作はこのディケイドにおいて長く語り継がれるのだろう。ただ、はっきり言って、『ローリング・ストーン』誌の大御所、ロブ・シェフィールドが言うように、アルバムを"Video Games"の期待に応えさせるという意味では、まだまだ準備不足だったと思う。そう、下世話な言い方をすれば、まだまだ男文化である音楽ジャーナルが、ひとりの計算高い美女にまんまと利用された感が否めない。いまごろ、一方的に失恋気分を味わっている評論家も多いのではないだろうか。とはいえ、『FACT』誌が、そうしたポップ・ミュージックの偶像文化の楽しみを擁護するように、こう書いている。「ラナと、彼女のバック・スタッフでさえ、彼女が"本物"かどうか、完全にはわかっていないのだ」。そう、歴史的に言っても、これは遅かれ早かれ、いつかは醒める、だがまだはじまったばかりの夢だ。ならば、しばらくはまだ、彼女の思わせぶりに振り回されることとしよう。歴史的に言って、決して報われることのない夢ではあるが......。

DUBSTEP会議 - ele-king

DOMMUNE初登場のゴストラッドが語る「DUBSTEP」!
去る1月にニュー・アルバム『ニュー・エポック』をリリース、ただいま全国ツアー中の日本におけるダブステップのキーパーソンがすべてを話します!!

2012/2/13(月)
出演:GOTH-TRAD、100mado、Yusaku Shigeyasu (ALMADELLA)、他
司会:野田努

DJ:BACK TO CHILL feat. 100mado、ena、GOTH-TRAD

https://www.dommune.com/reserve/2012/0213/

Kurt Vile - ele-king

別に「クソゲー」なんてクリアしなくてもいい。
クリアをあきらめて、友だちとそれなりの楽しみを見つければ、
この社会はそれほど悪くはない。
古市憲寿『希望難民ご一行様』(2010)

 まずは、なんと言ってもその声だ。ルー・リード、ボブ・ディラン、あるいは、彼らに憧れたサーストン・ムーア以降のインディ・ロッカーたち......。ロックンロールの史学からすれば、まず間違いなくヴェルヴェッツ・スタイルを踏襲したトランス・ロッカーのそれだと推定されるであろう、けだるく、ナルシスティックな声を、カート・ヴァイル(31歳、ペンシルベニア州)は持っている。生まれた時代が違えば、アート・パンクの最前線で同時代の暗黒を歌っていたかもしれない。例えば、ノイジーなギター・ウォールに、時折、甘いメロディを載せて......。しかし、というか、実際のところ『Smoke Ring For My Halo』は、アコースティック・ギターの流暢なピッキングによって鮮やかに彩られた、丁寧なフォーキィ・ロック(欧米の批評では、"ストーナー・フォーク"ないしは単に"ヒッピー・フォーク")である。

 とはいえ、ヴァイル自身がかつて創設メンバーでもあった、The War On Drugsの『スレイヴ・アンビエント』と同期するように、ここにもスペイシーな、エレクトロニック・ミュージックを通過した感性がある。古典的なフォークやブルースを背景に持ちつつも、プロダクションには浮遊感、さらには清涼感までもが漂う。しかし、同時代のフォーク同業者に比していえば、例えばボン・イヴェールのスピリチュアリズム、あるいは、フリート・フォクシーズのナチュラリズムからすれば、ヴァイルにはどこか堕落したような人間臭い雰囲気があり、実際、「変わりたくはないけれど ずっと同じままではいたくない/どこにも行きたくないけれど 僕は走っている/働きたくはないけれど 渋い顔で1日中座っているのも嫌だな」と、素朴な二律背反を、"Peeping Tomboy"で歌っている。

 また、『SPIN』誌は、"偉大なる「No」の1年"と銘打った「The Best Of 2011」号にこう書いている。「カート・ヴァイル(とインディ・シンガー・ソングライターのひなたち)にとって、2011年は急浮上の1年となった。それも、混乱の季節にスポットを当てるのではなく、そこから距離を置くことによって、だ」。いわば、抑圧からも抵抗からも離れ、単なるフェードアウターとして生きること。低高度に降りて、俯瞰や巨視を徹底的にシャットアウトすること。夢から醒めることが、ある意味ではもっとも簡単な時代に、それでも音楽という時代遅れの夢をだらしなく見続けること。そう、現代ほど、反抗する理由に溢れ、かつ、反抗する虚しさに満ちた時代もない。例えば、『The Year Of Hibernation』(Youth Lagoon)が克服できずにいるような幼い虚無を、ヴァイルは自覚的に消化したうえで、自身の凡庸さや、世の不条理や、日々の平穏を憎まない。

 さらにまた、前掲同誌に、ヴァイルはこんなことも語っている。「この世界に、どうにもならないくそったれなことや、あらゆる種類の、ギリギリの不安があるのは、知っているよ。人々は闘っているけど、クレイジーで恐ろしいことだよね。僕は家族とか、友だちとか、身の回りの小さな世界のことを考えているだけさ」――それは、ヴァイルが選んだある種の生存戦略なのだろう(『Rolling Stone』誌曰く、「彼流の楽観主義」)。したがって、ヴァイルがノイジーなアート・パンクを必要としないのは、当然だともいえる。選ばれた天性のサイケ声を持つ、長髪の青年が小さな世界で紡ぐ歌は、ベッドルーム・ライオットでさえ、ない。賛否あるだろうが、それはなんとなく不安の尽きない時代に、それほど悪くはなさそうに鳴っている。これもひとつの達観なのだろうか。

「僕たちがいつ老いるかを 僕は知っている/僕は死に向かっている/だけど必要なものはすべて手に入れた/今はそれで満足なんだ」 "In My Time"

Musette - ele-king

 クリムトの伝記映画を観ていたら(篠山紀信みたいな人なのね)、1900年のパリ万博でメリエスが映画を上映するシーンがあった。映画というだけでは人はそんなに驚かなくなっている頃なのか、それを観ているクリムトの反応ぐらいしかクローズ・アップされていなかった。

 その翌日、教員生活40年に達した粉川哲夫氏の「最後の授業(ではない授業)」があり、トースティーによる花束の贈呈が終わってから、その場に駆けつけた歴代の教え子たちと食事会に行くことになった(僕は教え子ではないんだけど)。その席で、現在、アカデミー最有力とされるミシェル・アザナヴィシウス監督『アーティスト』の話になり、サイレント映画一般へと話題は広がった。そして、粉川さんからジョルジュ・メリエスは晩年、まったく人気がなくなり、せっかく撮ったフィルムも靴屋に素材として売ってしまったという話を聞いた。メリエスの映画が、そんなに早く飽きられてしまったとは知らなかった。ちなみに谷埼潤一郎が撮った15本の映画もすべてプリントが残っていない。誰も保存しようとは思わなかったらしい。

 メリエスが靴屋に売ってしまったというフィルムは、現在も回収作業が続けられているそうである。そうしたなかの一本なのかどうかはわからないけれど、メリエスの代表作のひとつであり、世界最初のSF映画とされる『月世界旅行』には実はカラー・ヴァージョンが存在し、それが93年に発見されたものの、かなり酷い状態だったため、長く修復作業が続けられ、2010年にようやく完成。2年半ぶりとなるエールの9作目はこれに着想を得たイメージ・アルバムとなった。限定盤には修復された『月世界旅行』もDVDとしてカップリングされ、これにもエールのサウンドトラックが付けられている(こっちの作業の方が先で、その発展形がアルバム・サイズに伸張したといった方が正確か)。パリ万博から2年後、110年前の作品だから、『坂の上の雲』や『ヘタリア』が舞台としている時期である。

 とはいえ、エールは何をやってもエールである。もう少しでプログレッシヴ・ロックになりそうなところを水際でイージー・リスニングへと引き返し、強烈なイメージに人を誘い出すことはない。いつものように適当に聴き流していれば悪くない時間を過ごすことができる。心を揺さぶられず、退屈もしない。茂木健一郎の好敵手だった下條信輔だったらサブリミナル・インパクトがどうとか言うかもしれないけれど。

 イージー・リスニングといえば、スウェーデンでIKEAのCM音楽を手掛けているというミュゼットことヨエル・ダネルもドリーミーでクリーミーでスイミーなセカンド・アルバムを完成。ウェス・アンダースン監督『ライフ・アクアティック』でリヴァイヴァルが決定的となったスヴェン・リバエクや、デビュー時のエールのようなハッとする感性を楽しませてくれる(1月のヴィンセント・ラジオを聴いてくれた皆さん、赤塚りえ子のアフリカ音楽特集でオープニングにかけた曲です)。ノスタルジックなのに宇宙遊泳のような気分にさせてくれるサウンドは、なんでも、古くなってヨレヨレのカセット・テープに録音したものだそうで、音の歪みはそれに由来するらしい。日本では製造中止が発表されたカセット・テープだけど、古いメディアが持っている質感の面白さが音楽にも反映されているという意味では、どこかでメリエスの再発見とつながるところも感じられるだろうか。ダネルは、これに、少しばかり実験音楽も隠し味に使いつつ、ありもしない過去を丁寧に捏造していく。そう、110年前のような......。

Leila - ele-king

 レイラがイギリス人のテクノ・リスナーにいかに愛されているかは、ここを読めばわかる。彼女の新作『ユー&アイ』を「とにかくやたら気むずかしい作品」だと酷評した『ガーディアン』の記者は気の毒なほど、けちょんけちょんな目に遭っている。「無意味な評をありがとう」「これぞ難聴のレヴュー」「2011年のベスト・アルバムの3位にジャスティスを挙げるようなヤツにレイラの魅力がわかるはずないだろ」(ま、そりゃそうだ)......同メディアが作品に対して厳しく言うことは今回に限ったことではないし、酷評は英国のお家芸とも言えるはずだが、これほどリスナーからの攻撃を食らうことは珍しい。レイラにはいまでも熱狂があることを察する(というか、レイラでここまで盛り上がれるというのがすごい)。

 ロンドン在住のアラブ系の女性、レイラはUKのテクノがもっとも華やかなだった時代にデビューしている。彼女のすぐ近くにはまずプラッドがいたし、そしてビョークとエイフェックス・ツインがいた。1997年のシングル「ドント・フォール・アスリープ」、翌年の「フィーリング」は渋谷のレコード店でもけっこうな話題となって、あっという間に売り切れた。時代はエレクトロニカ/IDM全盛へとまっしぐらだったし、トリップホップがいまよりも幅をきかせていた......というか、とにかくエイフェックス・ツインとビョークがもっとも勢いづいていた。その時代においてレイラはIDMとトリップホップを巧妙に掛け合わせた。『ライク・ウェザー』(1998年のクラシック)は、いまで言えばマウント・キンビーというか、R&BベースのIDMとしては最高の出来だ。
 
 『ユー&アイ』は彼女にとっての4枚目のアルバムで、8年ぶりのサード・アルバムとなった『Blood, Looms & Blooms』に引き続いて〈ワープ〉からの2枚目のリリース。過去のどのアルバムにおいても共演者(主にヴォーカリスト)を招いている彼女だが、今回は、〈インターナショナル・ディージェイ・ジゴロ〉からの作品で知られるベルリンのマウント・シムズ(Mt. Sims)ひとりのみが参加している。テリー・ホールやマルティナほか、派手なゲスト陣の前作とくらべると地味な印象を持つが、彼のダークウェイヴな雰囲気は、『ユー&アイ』という作品を特徴づけるのにひと役買っている。
 アルバムには"Colony Collapse Disorder(蜂群崩壊症候群)"という農薬や遺伝子組み換え農作物による深刻な環境破壊をテーマにした曲があるように、不吉で、暗闇がひしめいている。もとよりレイラの作品に暗闇はつねに偏在しているので、それ自体は目新しくもないかもしれない。が、『ユー&アイ』には、ドラムンベースを取り入れた"Welcome To Your Life"が象徴するようなアグレッシヴさも際だっている。昔のながらのレイラのリスナーは、彼女の気だるさとダウンテンポ、トリップホップの幻覚、それに適したアンニュイな感覚を好んでいたが、今作においては幻覚とアンニュイはウィッチネスに傾き、そして彼女の気だるさはささくれだった感覚へと変換されている。そういう意味では、見事に今日的な音にアップデートされていると言える。"(Disappointed Cloud) Anyway(失意の雲――どのみち)"~"Interlace(交錯)"~そして"Colony Collapse Disorder(蜂群崩壊症候群)"への展開はとくに圧倒的で、彼女がどうしてこのような方向性を選んだのかは知りたいところである。

 最後に、くだんの『ガーディアン』の読者からの反論をひとつ紹介しておこう。「アートとは喜びを与えるための日用品にはなりえません。"ポピュラー"なアーティストの勇敢と言われるいかなる作品よりもよほど彼女の作品のほうが勇気を与えてくれます。そもそも人間は複雑で、難しい生き物です。その複雑さを音楽で伝えようとする行為は間違っているのでしょうか? もっともあなたの文章で何よりも私ががっかりことは、あなたがユーモアを理解してないということです」

Chart by UNION 2012.02.06 - ele-king

Shop Chart


1

V.A.

V.A. Altering Illusions (5 Years of Echospace) ECHOSPACE / US »COMMENT GET MUSIC
レーベル5周年を迎えるECHOSPACEから届いた全曲未発表ヴァージョンという160グラム、ミックスド・カラー・ヴァイナル4枚組。CV313の大ヒットトラック"SECONDS TO FOREVER"のINTRUSION'S LOST DUB、DEEPCHORD PRESENTS: ECHOSPACE "SPATIALDIMENSION" のINTRUSIONによる2テイク、また、STEPHEN HITCHELLのドローン/アンビエント名義VARIANTによる3トラック、そして本作の中でもハイライトといえるダブテクノ傑作DEEPCHORD "ELECTROMAGNETIC DOWSING" のCV313 LIVE REWIREで、ボンゴがダブテクノへ溶け込んだニューミックスで、フロアへのアプローチを強めた抜群の仕上がり!

2

JOE CLAUSSELL

JOE CLAUSSELL Trembling Sending Space By Lidy Six (+Book) SACRED RHYTHM MUSIC / US »COMMENT GET MUSIC
2009年、アムステルダムのパフォーマンス・アーチストLIDY SIXとJOE CLAUSSELLがダンスフロアから離れた地下空間で、インスタレーションの世界へ向け楽曲を製作したスピリチュアルな実験的作品がDVD & ブックレット付きで到着!テーマとなるカラーに合わせ緩やかに変化する音色、プログラミングからピアノ、パーカッション、サウンドエフェクトをJOE CLAUSSELLが手がけ、幻想的な空間演出を行なっています。CDには今回のインスタレーション用に製作されたアンビエントアルバム、DVDにはアムステルダムで行なわれたインスタレーションの模様及びメイキング映像を収録。

3

REGIS

REGIS 1994-1996 DOWNWARDS / UK »COMMENT GET MUSIC
UKハード・ミニマルのリビング・レジェンド、REGISの初期~中期音源をまとめた3部作第1弾!15年以上に及ぶキャリアの中で12"のみで発表したトラック及び別ヴァージョン、更に未発表音源までをもまとめた3部作の第一弾となる本作は、彼の活動最初期の2年間に焦点を絞った作品で、世界中にフォロワーを生み出した名作M-1"Speak To Me"からスタート、同じくEP「Montreal」に収録されていたM-2"Model Friendship"、未発表曲で押し潰されそうなほど重くゴツゴツとしたキックがすさまじいインダストリアル・テクノM-5や1stアルバム収録の"Keep Planning"の別ヴァージョン、コンピレーションLP「HARD EDUCATION」収録のM-15等重要作目白押し!

4

DEMDIKE STARE

DEMDIKE STARE Elemental Part Three:Rose MODERN LOVE / UK »COMMENT GET MUSIC
ANDY STOTT、DEEPCHORDなど底なしにディープなサウンドを送り出しているマンチェスターのMODERN LOVEから、DAMDIKE STAREの限定盤が登場! 本作は"Elemental"と題された4部作のPART 3。ずぶずぶと地底深くのめり込むようなドープ極まりないエクスペリメンタル・ダブテクノ!

5

RAYKO

RAYKO Rayko's Doo Doo AMERICAN STANDARD / US »COMMENT GET MUSIC
RARE WIRIレーベルを主催しスペインを拠点に活動するRAYKOがAMERICAN STANDARDに初登場!80sモダンブギーを調理した本作は2種のエレクトロベース・レイヤーを軸に、哀愁漂うキー・コードとオールドスクールなシンセ&クラップで絶妙で心地良い横揺れのグルーヴを演出!全体をうまく纏め上げた、深くもクリアな鳴りを奏でるリヴァーヴ使いはフロア映え必至でしょう。リプレス無しの完全限定300枚プレス!

6

SHAMBHU & THE TRUE LOVE HEARTS/RUMMELSNUFF

SHAMBHU & THE TRUE LOVE HEARTS/RUMMELSNUFF Sadness/Machen Wir Den Tanz! OSTGUT TON / GER »COMMENT GET MUSIC
OSTGUTの記念すべきカタログ50番は、ベルクハインのバーテン&セキュリティのレーベル過去タイトルを大胆カバー...というジャケット込みで異形の7インチ&スプリット怪盤。SHAMBHU AND THE TRUE LOVE HEARTS名義で音楽活動も展開する(女装で)SHAMBHUによるどブルージーなSTEFFI"Sadness"、ドイツ弁丸出しのヴォーカルが乗ったNW全開のPROSUMER & MURAT TEPELI"Makes Me Wanna Dance"と、共に相当アクの強い内容に...。

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LADY BLACKTRONIKA

LADY BLACKTRONIKA Ghost Spell According To...Fred P Rmx SOUND BLACK / US »COMMENT GET MUSIC
FRED Pリミックス収録!SOUND BLACKレーベルを主宰するLADY BLACKTRONIKA待望の新作が登場!!JENIFA MAYANJA主宰のBU-MAKOや、KINDA SOUL、DEEP EXPLORERといった気鋭レーベルからリリースする次世代アーティスト。オーガニックなウワモノに自身の??ソウルフルなVoフレーズが絡む"Lil Re Re"をFRED Pがダビーにマナー通りにReshape、フリーキーな展開を見せるB-1や漆黒のディープトラックB-2と濃厚な内容の間違いない1枚。

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LOOPS OF YOUR HEART

LOOPS OF YOUR HEART And Never Ending Nights MAGAZINE / GER »COMMENT GET MUSIC
老舗KOMPAKTファミリーの実験的レーベルMAGAZINEが送る最新アルバムは、最新アルバムも大きな話題を集めるKOMPAKTの代表アーティスト・FIELDとして絶大な人気を誇るアクセル・ウィルナーが送る新プロジェクト・LOOPS OF YOUR HEARTのデビュー・アルバム。FIELDよりも実験的且つアンビエントなサウンドにフォーカスをあてたこのアルバムは、なんと彼の敬愛するCANのホルガー・シューカイやクラスター等、クラウト・ロックの偉大なる先人達に捧げられた作品集。FIELDよりもエクスペリメンタルなサウンドを展開していますが、彼ならではの独特な浮遊感が漂うシンセ/ループ・サウンドはここでも心地よくその音を鳴らしています。

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JARAMILLO & BASTIAN

JARAMILLO & BASTIAN Candombe/Los Locos LIMONDA / FRA »COMMENT GET MUSIC
前作をVILLALOBOS、LUCIANO等がスピンし注目を集めるフランスLIMONDAレーベルの第四弾リリースは超ワイルドな強力トライバル・テック!南米エクアドル出身のJARAMILLO & BASTIANコンビによる本作はチリのバンドMATENLOをフィーチャーし、かなり肉感的な本格トライバル・ビートを展開したリミックス込みでパーカッションまみれの1枚。ブレイクのラフなビート乱れ打ちの展開等構成もかなり格好良く強烈なフロア・トラックです!

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HELIUM ROBOTS

HELIUM ROBOTS Jarza EP RUNNING BACK / GER »COMMENT GET MUSIC
THEO PARRISHリミックス収録。DJ HARVEYやPRINS THOMASのプレイリストを賑わせたロンドンのレーベルDISSIDENTからのリリースの諸作がカルト的に支持されたHELIUM ROBOTSの新作がRUNNING BACKから登場!色鮮やかなシンセチューン"Jarza"を、B-サイドでTHEO PARRISHが2リミックス!荒々しくウネリをあげるベースラインにチープでスカスカのフレーズを絡めて展開されるマナー通りのスリージーなアシッド・トラック。

interview with Zola Jesus - ele-king


Zola Jesus
Conatus

Pヴァイン

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 エミール・ゾラは19世紀末のパリを生きた作家で、日本でも『居酒屋』や『ナナ』といった小説で広く知られる。下層階級出身の美しい娼婦ナナがブルジョワ階級を破滅してきたさまを描いた『ナナ』という物語に、ゾラ・ジーザスがどのような共感を抱いているのかまでは話してもらえなかったが、噂に聞こえる彼女の博学、そして理知的な側面はかいま見れたかもしれない。彼女の場合は一風変わった生い立ち、そして飛び級で進学したほどの才女ぶりが、黒く濃いアイラインの音楽よりも語られがちで、作品よりも存在のほうが目立ってしまっている。
 それでもゾラ・ジーザスは、2010年のセカンド・アルバム『ストリドラム ll(Stridulum ll)』とLAヴァインパイアとの共作「LA Vampires & Zola Jesus」が欧米ではすこぶる評判となって、まあ、彼女の望まないトレンドかもしれないが、スージー&ザ・バンシーズからリディア・ランチ、そしてコクトー・ツインズといった暗黒世界の女の系譜、つまり最近で言えばコールド・ケイヴやグライムスに代表される"ダークウェイヴ"の盛り上がりのなかで、それはさらにまた広まった。昨年リリースされた3枚目のアルバム『コナトゥス』は、Discogsを見ても多くの人の2011年のベスト・アルバムのリストに挙げている。
 『コナトゥス』をウィッチ・ハウスのカテゴリーに入れたくなる人もいるかもしれない。恐怖を誘発するかわりに、アルバムにはダンス・ミュージックが多分に含まれている。彼女の鍛えられた声は音程を滑らかに駆け上がり、そして感情的なうねりを走らせる。切なさは際だち、力のこもったバラードは夜にとけ込む。残念ながら「なぜ"ヒキコモリ"という曲を作り、歌ったのか」については答えてくれなかったけれど、22歳の売れっ子は、なかなか面白い話をしてくれた。

音楽は社会に対して神経質な、傷つきやすいような人の観点から作られていると思うの。みんな苦しんでる。経済的にも、社会的にも、感情的にも。人の大きな流れのたったひとりという現実、違う方向に自分を推し進めようとしている大きな「社会」という力に、どう対抗していいのか悩んでる。

100エーカー以上の森のなかで育っていうのは本当なんですか? 1990年代のアメリカだというのにTVもインターネットもない場所で暮らしていたというのがまず興味深い話ですよね。

ゾラ:田舎で育ったことで、自分の想像力や、実際興味を持ったものに対して、より時間をかけて追求することができたと思っている。

ソローの『森の生活』のような感じですか?

ゾラ:(笑)。そこまでじゃないわ。もう少しモダンで文明化していたよ。

7歳でオペラ・トレーニングをはじめたといいますが、どういう経緯であなたがオペラを歌うことになったんですか?

ゾラ:どういう経緯かははっきり覚えてないの。でも歌うことが大好きで、オペラというものはその欲求をいちばん自然に、そして率直に満たしてくれるようなものだと感じたんだと思う。

しかし、そんなあなたはどうやってニューヨークの〈Sacred Bones Records〉から作品を出すことになるのでしょうか? あなた自身はどうやってポップ・ミュージックやインディ・ミュージックのシーンと出会うのですか? 

ゾラ:音楽はずっと好きだったわ。作るのも、聴くのも。新しい音を探すのも大好きだったし、つねに好奇心旺盛だったと思う。自分の音楽を発表するようになってから〈Sacred Bones Records〉が私を見つけてくれた感じだったわ。

あなたが自分で音楽制作に向かう際に、あなたを勇気づけた音楽があったら教えてください。たとえばスージー&ザ・バンシーズとかコクトー・ツインズは聴きましたか?

ゾラ:他の音楽からインスピレーションを得ることはないわ。すごく制限されている感じがするの。自分は心のなかから湧き出るものをベースに音楽を作っている。他のアーティストにインスピレーションを求めると、自分独自の声を妥協している気がするの。

エミール・ゾラのどんなところが好きなんですか? 

ゾラ:リアルに対しての彼の熱心なところ。とても素直な人で、世界をありのままの姿で見つめるのを怖がらなかった人ね。

やはり作品的には好きなのは『ナナ』でしょうか? だとしたらあの物語のどんなところに惹かれますか?

ゾラ:彼の本でいちばん最初に読んだものね!

ほかに文学作品であなたに大きな影響を与えたものは何でしょうか?

ゾラ:フィリップ・K・ディック、ジョルジュ・バタイユ、太宰治、アンナ・カヴァン。

名前になぜジーザスを名乗ったのでしょうか? 神聖なモノへの冒涜のような趣も含まれているのでしょうか?

ゾラ:たんに名前の響きを気に入ったの。ジーザスという言葉に新たな角度を持たせられるかな、と。みんなジーザスという名に恐怖心を持ちすぎていて、もっと気軽に使える名にしたかったという意味もあるかな。

最初のアルバム『The Spoils』はどのように作られたのですか? 

ゾラ:自分のベッドで、安い、低質な機材を使って、たくさんの好奇心を合わせて4トラックで作ったわ。

あなたをゴシックというタームで形容する人がいますが、あなた自身としてはそれを受け入れられますか? 

ゾラ:この言葉は何かやすっぽいと思う。自分はその言葉は建築を指すこと以外使わないわ。

実際、あなたの初期の作品の主題には厭世的な暗闇の世界、"Devil Take You"のような、ある種の暗黒世界のようなものを感じるのですが、いかがでしょうか? あなたのゴシック趣味はどこから来ているのでしょうか?

ゾラ:個人的に人生のなかでも辛い時期で、『The Spoils』を一種のカタルシス(浄化)として利用した部分があるの。いろんなことを乗り越えるために役立ったわ。

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ダブステップはまぁまぁ。正直あまり聴いてきてないかな。でもエレクトロニック・ミュージックは大好き。IDMやブレイクコアやミニマル・テクノはね。初期のクラッシックなエレクトロニック・ミュージックも。


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Conatus

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デカダンスに惹かれますか?

ゾラ:チョコレートであれば......。

LAヴァンパイアズのアマンダといっしょにコラボレーションしていますが、それはどういう経緯で生まれたプロジェクトだったんですか?

ゾラ:良き友人で、いつか一緒に何かやりたいよねって話してたの!

〈ノット・ノット・ファン〉やアマンダがやっていることのどういうところに共感を持てますか?

ゾラ:〈ノット・ノット・ファン〉には憧れるし、尊敬している。大好きよ。

『コナトゥス(Conatus)』は、初期のローファイなサウンドからだいぶ変化したように思います。シンセサイザーとループ、そしてパーカッションが前面に出ていますね。時おり挿入されるストリングスも効果的ですよね。今回の音楽的な方向性はどのようにして決まったのでしょうか?

ゾラ:ソングライター、ミュージシャン、プロデューサーとしても成長してきたと思うし、新たに自分が何できるかを常に挑戦している感じだから、自分にとっては自然な進化だったと思う。

メンバーもみんな若いと聞きましたが、どうして集まったのですか?

ゾラ:ストリングスとは一緒にやりたいと思っていたから、アルバムの共同プロデューサーが良いヴァイオリンとチェロ奏者を見つけてくれたの。

ダブステップからの影響はありますか? ジェームズ・ブレイクとか、ブリアルとか? たとえば"Vessel"みたいな曲はビートが強調されてますよね。

ゾラ:ダブステップはまぁまぁ。正直あまり聴いてきてないかな。でもエレクトロニック・ミュージックは大好き。IDMやブレイクコアやミニマル・テクノはね。初期のクラッシックなエレクトロニック・ミュージックも。

"Ixode"や"Seekir"は4/4ビートのダンス・ミュージックですよね。とくに"Seekir"はアップリフティングな曲ですが、あなたはクラブ・カルチャーに関してどのように考えているのでしょうか?

ゾラ:クラブ・カルチャーは好きじゃないわ。でもダンス・ミュージックは好き。全身で感じれるところがとくにね。独特の高揚感があるのもね。

"In Your Nature"はドラマティックな曲ですが、何を主題にしているんですか?

ゾラ:何をやったとしても、自分自身の核、本当の自分は変えられない、ということかな。

"Skin"はバラードというか、ピアノの伴奏とあなたの歌によるとても美しい曲のひとつですね。同じようにこの曲の主題についてお願いします。

ゾラ:"Skin"は疎外感とかについて。このアルバムを作っているときに、ロサンゼルスでの生活に慣れようとしていて、密度の濃い街で孤独感や疎外感をよく感じていたからね。

"Collapse"もタイトルからして気になるのですが、何が"崩壊"していると感じているんですか?

ゾラ:んー、はっきりわからないけど......ギヴ・アップするか、このまま行くか、がかな。

『Conatus』というタイトルは何を意味しているのでしょうか? どうしてこの言葉をタイトルにしたのですか?

ゾラ:自分がすごく頑張って働いてたし、まじめにより良いものを作ろう、前進しようとしていたから、"Conatus(意欲/自存性)"という言葉はまさにそれを表現してくれていたと思ったから、付けたの。

あなたの音楽は社会の動きとどのように関係がありますか? それとも社会や政治とはまったく無関係でいたいというものでしょうか?

ゾラ:音楽は社会に対して神経質な、傷つきやすいような人の観点から作られていると思うの。みんな苦しんでる。経済的にも、社会的にも、感情的にも。人の大きな流れのたったひとりという現実、違う方向に自分を推し進めようとしている大きな「社会」という力に、どう対抗していいのか悩んでる。

あなたの音楽から聴こえる悲しみにはそうした背景があるのですね。

ゾラ:でも根底ではみんな一緒なの。私はひとりの人間だし、あなたもひとりの人間。ひとりの人間としてあることをどう受け入れるかに加えて、社会という大きなものの小さないち部であることもどう考えればいいのか。でも、ただ生きてるだけで多くの責任があって、それが精神的に我々にどういう影響を与えているにもっと目を向けるべきなんじゃないかな、とも思うわ。

なるほど。いま誰かの曲をカヴァーするとしたら、何を歌いたいですか?

ゾラ:言えないわ、実はもうそれに向けていま頑張ってるから!

最後にあなたから見た日本ってどういう風に見えますか?

ゾラ:日本は大、大大好き! 早く行ける日を楽しみにしているわ。長年の夢なの。

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