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STEEL AN' SKIN
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EM / JPN / 2011/12/17
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GROOVEBOY
GROOVEBOY EP4
UNKNOWN / JPN / 2011/12/15
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EM / JPN / 2011/12/17
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GROOVEBOY
GROOVEBOY EP4
UNKNOWN / JPN / 2011/12/15
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MOR(middle of the road)というのは、欧米のロック系のメディアではときに軽蔑的に使われるタームだが、僕はMORが嫌いではない。以前、チルウェイヴはMORすれすれだと書いたことがあるが、MORになるならとことんなるべきだと思っている。トロ・イ・モワはなりそうで、まだなりきれていない。MORに必要とされる最低限のプロデュースがまだ行き届いていない。商品としての完成度が足りていないのだ。
MORとは、たとえばアバ、たとえばバート・バカラック、たとえばカーペンターズ、たとえばイージー・リスニング、たとえば多くのディスコ・クラシック......と、まあ、トゲのない大人向けのポップス全般を指す。ロックだろがジャズだろうが、まずは商業音楽として求められる要素を満たし、そして適度な心地良さを誘うポップスでなければいけない。マンチェスターの中年がオアシスの歌に夢を託すのとは、ある意味正反対のニュアンスだ。
が、DJカルチャー以降はこうした通俗性も使い方次第では思いも寄らなかった輝きを見せることが実証されている。むしろMORをジョン・レノン級のメッセージに転換してしまってこそ、真のハイブローと言えるだろう(たとえばレイヴの明け方にカーリー・サイモンをかけて、それが大受けするとか)。そういえばチルウェイヴを聴いている子たちがいまAORを探しているなんて話も聞くが、それも理にかなっている。MORはAORのもとだ。
ファイストは、現代における、いわばMORの女王だった。歌がうまいわけではないが魅力的な声を持ち、容貌も悪くない。ジェーン・バーキンのように長髪の彼女は、スタイリッシュでエレガントなポップスを歌う。多少の捻りはあるものの、10代の頃にピーチーズとパンク・バンドをやっていたというのが信じられないほど彼女の音楽は無害で、プロデュースが行き届いていた。"マッシャブーム"や"アイ・フィール・イット・オール"や"1234"のような曲は、ふわふわの布団が似合うお上品なポップスで、人生に引っ掻き傷を残すようなものではない(だから売れたし、だからMORなのだ)。
そういえば前作『ザ・リマインダー』が出たとき、「完全試合を果たしたピッチャーを観ているようだ」とまで『ヴィレッジ・ヴォイス』は絶賛しているのだが、まったくいい加減なものだ。良くも悪くも、そして前向きに言って、ファイストは軽い。彼女のチームメイトのゴンザレスもモッキーも、そして前作まで参加していたジェイミー・リデルも軽いほうが得意そうだし。それにファイストを聴いて、「それじゃあ」とブロークン・ソーシャル・シーン(彼女も参加しているトロントのアート・ロック・コミュニティ)に手が伸ばしているリスナーが多くいるとは思えない。
『メタルズ』は「川とダムと湖の景色」にインスパイアされたというが、アートワークにも荒涼とした自然が描かれているし、クローザー・トラックがその情景描写となっている。彼女は、『レット・イット・ダイ』や『ザ・リマインダー』までとはまったく違った方角を向いている。100万枚以上も売れたという商業的な成功がいかに空しいことだったかを訴えているかのように、4年ぶりの4枚目のアルバムとなる『メタルズ』はアートワークが暗示するように孤独なアルバムなのだ。その点においては、ビョークにおける『ホモジェニック』に位置づけられる。が、このアルバムには流行の音への気配りはまったくないし、そのことが『メタルズ』を強いものにしている。
アルバムの真価は6曲目の"The Circle Married The Line(円は線と結婚した)"から最後の"Get It Wrong, Get It Right(間違えて、正して)"までの7曲にある。たとえばクリスマス前の感傷的なこの季節にお似合いなのは......、"The Circle Married The Line"もそうだが、"Bittersweet Melodies(苦甘いメロディ)"も心温まるメロディを持っている。この2曲には商業音楽に求められる要素すべてを持っている上に、さらに何かを訴えているようだ。とくに"The Circle Married The Line"などは、険しい山道を登り切って360度見渡せるような場所にたどり着いたかのような、胸の透くような感動がある。目の前に地平線が見えるようなワクワクした感覚があるのだ。『NME』が彼女のことを「ミステリー作家」と形容しているように、説明をはぶいた歌詞も『メタルズ』を特徴づけているが、しかしヴォーカルには感情がともなっているので気持ちはなんとか伝わる。
最後の3曲の流れも印象的だ。フォーキーな"Cicadas and Gulls(セミとカモメ)"で彼女は、孤独を楽しんでいる。同じようにフォーキーな"Comfort Me(慰めて)"で彼女は、他人を微妙に拒んでいる。そしてクローザー・トラックの"Get It Wrong, Get It Right"では、あたかも日本の短歌のような象徴的な言葉が繰り返され、自然と心の描写が美しいメロディとともに展開される。
そんなわけで35歳のレスリー・ファイストはMOR王国から脱したと僕は思っている。もっとも『ザ・リマインダー』を「パーフェクト・ゲーム」だと評価した人を落胆させるレヴェルにまでは至っていないのは、結局のところ彼女の音楽はあまりにも上品なのだ。これ、貧乏人のひがみじゃないよ。前向きな意味で、クリスマス前の素敵な夜にどうぞと言っている。
12月10日(sat)から12月14日(wed)まで、!!! (チック・チック・チック)が久しぶりにノース・イースト・コーストをツアーをする。
ニューヨークは12月11日(sun)@285 kent で、ショーペーパーのベネフィット・ショー。
10時頃着くとすでに会場の前は人がわんさかいる。ソールド・アウトだそうで、それではと、隣の〈グラスランズ〉を覗くと、元ブラック・キッズのニュー・バンド、ゴスペル・ミュージックが演奏していた。隣が隣だからだろうか、場内はちょっとスカスカしている。
〈285〉では、ショーペーパーのスタッフたちがドアにいたり、新聞を配ったりと、せっせと仕事をしていた。2週間にいちど発行しているこの新聞、私もずいぶんお世話になっている。トッドPのおかげで、ボランティアもかなり多い。
オープニング・バンドはフレンズ。彼らは今週4回も(!)ショーがあり(私は先週も見た)、今日は2公演目だ(ミュージック・ホール・オブ・ウィリアムスバーグの後)。感心するほど忙しいバンドだ。
そして!!!である。まわりをみるとオーディエンスは!!!世代が多い。もうすっかり結婚して落ち着いて、今日は久しぶりにライヴを見に来た......という感じのカップルが際立っているのである
私は、彼らをサクラメント時代から知っていて(昔のレーベル・コンピレーションに参加、アートワークを担当して貰った)、現在のメンバーで知っているのは、オリジナル・メンバーのニック(vo)、マリオ(g)、ゴーマン(key & electro)のみ。新しいメンバーの3人(アラン、ポール、ラファエル)が一緒にプレイしているのを見るのは実は初めてだった。新曲をテストするという名目のミニツアーだが、久しぶりの彼らのショー、しかも彼らの規模では考えられない小さな会場なので、チケットはソールドアウトして当たり前なのだ。入場料もたった$10(700円)ですよ。ニューヨークはショーペーパーのベネフィット・ショー。トッドPの仕切り。完璧である。
新バンド体制になっても、ニックのハイテンション、基本のリズム感は変わらない。どこから聴いても!!!節だ。新しい曲をテスト? しかし彼らのオリジナル節が基本にあるのだから、まあ間違いない。さすがに今日はショート・パンツではなかったが、ニックのはっちゃけぶりもあいかわずだ。途中で、「ちょっと頼んで良い? 誰かタオルかしてくれない?」と観客にお願いすると、誰かのスカーフが投げられ、ニックはそれで汗を拭く。そしてそのままスカーフを首に巻き歌い出す。観客のダイブも激しく、前でも後ろでも人がどんどん流れてくる。さらにはニックも運ばれて後ろまで転がってしまった。
余談だが、ニックは会うたびにライトニング・ボルトのブライアン・Cに顔が似てきている。
この間のジ・オー・シーズといい!!!といい、そしてライトニング・ボルトといい、ブッキングをしているトッドPといい、再活動しはじめたザ・ラプチャーといい、ひとまわり回ってまたこの世代が盛り上がっている。ブルックリンのこの周辺ではそうなんです!
アニマル・コレクティヴ世代のIDMとして、これ以上の標本はないかもしれない。パンダ・ベアはもちろんのこと、アニコレのサイケデリアからポップでトロピカルな要素を切り出して展開させたMGMTやドードース、同時期のブルックリンを賑わしたダーティ・プロジェクターズやダン・ディーコンなどの片鱗が、この作品にはずらりと並んでいる。リリース元の〈アンチコン〉周辺からはデイデラスやバスの面影もあり、あとはマスロック的なアプローチが特徴的だろうか。この作品のコンポーザー、ローリー・モンクリーフは、ヘラのザック・ヒルと懇意で長年のコラボレーターである他、マーニー・スターンのツアー・ギタリストも務めていたりと実際にエクスペリメンタルなロック人脈に連なる人で、ダーティ・プロジェクターズ『ビッテ・オルカ』の共同プロデューサーとしても名が知られている。最近ではギャングリアンズの新譜にもプロデューサーとして参加しているから、現USのインディ・ミュージック・シーンのある一面を確実に体現している存在だと言えるだろう。
アルバムはまずパンダ・ベアのソロから〈ウッジスト〉へとまたがる大浴場的な音響を持った"ジ・エアー"からはじまる。アコースティック・ギターが豊かなリヴァーブとともに響き、多重録音によって彼自身のヴォーカルがダーティ・プロジェクターズ風の複雑なコーラスを生み出している。ビートも多層的に展開し、このあたりはデイデラスなどを思わせる。"ア・デイ・トゥ・ダイ"にも顕著だが、こうしてばらばらに枝葉を伸ばし始めた各パートはアコギをメインとしたユニゾンのリフで突如まとめられるパターンが多い。こうしたときのアコギはとてもパーカッシヴに機能していて、そのへんはドードースと比較できるだろうか。"キャスト・アウト・フォー・デイズ"の冒頭などはヴォーカリゼーション含めMGMTを思い出さずにはいられない。お聴きの方によってはまだまだこうした例が挙げられるだろう。とにかく「歩く00'Sインディ図鑑」である。
しかし、彼のアイデンティティはやはりギターにある。非常に多くの音色やノイズが用いられているが、ギターが主軸となっていることがよくわかる。そして声にはそれに張り合うだけの強度こそないが、ハーモニーへ向けられた意志がそれを補っている。ギターとコーラス。アニコレ以降のインディ・ロックが、彼の持てる方法の中でその二つに分光されて消化されているのだなといった印象を受ける。両者ともたっぷりとして催眠的なサイケデリアを生んでいて、アニマル・コレクティヴのなかにチルウェイヴの種が宿っていたことを、というかアニマル・コレクティヴのひらいた地平を耕地し拡大したのがチルウェイヴであったことを図表のように示し証明してくれるアルバムだ。
ただ、作品レヴェエルで考えたときには、うまく整理されているとはいいにくい、なかなか微妙な作品だとも言える。アイディアも方法もはっきりとしているのだが、それを統べるものがいまひとつ見えてこないと言えばよいだろうか。彼自身、これを作り上げたことでどのような喜びを得たのか、なぜソロ・アルバムを制作したいと思ったのか、そうした部分が不思議と空っぽな作品だと感じた。ここを満たす動機があれば、方法は命となり、必ず存在感のあるアルバムになるだろう。
ザ・ミュージック・テープスとは、ジュリアン・コースターのひとり遊園地バンドだ。彼は、ニュートラル・ミルク・ホテル、オリヴィア・トレマ・コントロール(エレファント6集団)などさまざまなバンドでも活躍している。
ジュリアンのライヴは、彼の家に招かれ、手厚くもてなしをされ、体全体がほっこり温まり、お腹いっぱい満足して帰る、というように、とても幸せなひとときを約束してくれる。彼のルーツがジプシーということもあるが、これが彼の本来の姿なのだ。彼自身がすでに遊園地なのである。
以前にも書いたことがあるが、私がアセンス(エレファント6集団の拠点地)に滞在していた頃、彼とザ・ミュージック・テープスの活動について面白い会話をしたことがある。彼の夢は、ザ・ミュージック・テープスの遊園地(オービタル・ヒューマン・サーカスという)を背負って世界中でパフォーマンスをしたいというものだ。ザ・ミュージック・テープスのパフォーマンスを見た人にはわかるが、ノコギリ、巨大メトロノーム、自動オルガンなど、彼の演奏を手助けするゲストが目白押しする(もちろん本物の人間もいる)。
そしてホリディ・シーズンになると、「エレファント6のホリディ・サプライズ」(彼らの1stアルバムに入っている曲名でもある)という名を冠してのツアーが、オリヴィア・トレマ・コントロール、エルフ・パワー、ジャービルズ、オブ・モントリオールなどエレファント6のバンド集団がいっせいに集まって毎年のようにおこなわれる。ミュージック・テープスのクリスマス・キャロルもここ何年間の定番になっている。
ミュージックテープスが、キャロリングして欲しい家にお邪魔して、クリスマス・エンターテイメントをお届けする、いわゆるクリスマス版の移動遊園地である。今年は12月2日のシャーロットからはじまり、アセンス、ラリー、ワシントンDCエリア、フィラデルフィアエリア、NYエリア、NYアップステイト、マサチューセッツ、ロードアイランド、ニューイングランドなどを訪れる。自分の家に、クリスマス・キャロルをデリバリーしてくれるなんて、何よりも嬉しいクリスマス・プレゼントだ。
キャロリング場所の詳細は、招待を依頼した人にシークレットに知らされる。みんながみんないけるわけではない(人の家なので制限もある)。内緒で、ジュリアン(ミュージックテープス)にニューヨークは、どこに行くのか聞いてみると、リストが送られてきた。場所はブルックリンのみ3箇所。マンハッタンからの依頼もあったらしいが、すでに締め切ったあとだった。
行ったことのない家に音楽を聴きに行くなんて変な気分だ。私は、ニューヨーク日程の最終(11:30スタート)に参加した。
場所はブルックリンの下の方、フォトグリーンと呼ばれる地域だ。アドレスの場所に着くと「ミュージック・テープス、この番号に電話して」と張り紙がある。電話するとゲートまでホストが迎えに来てくれた。今日のホストは、プラットインスティチュートに通う男子学生で、この家も学生寮らしい。
とてもクラシカルな木目調の建物で、螺旋階段、アンティークなエレベーター、地下室、表には庭があり、私が昔、留学していたスポケーンの学生寮を思い出した。1階と2階に生徒が住み、3階は校長先生夫妻が住んでいるという。
家のなかは、すでに人が集まってホット・トッディ(ウイスキーとレモンティ)を飲んだり、クッキーを焼いていたり、ホーム・パーティになっている。入口でドネーションとして5ドルを払う。「どうやってこのショーを知ったの」といろんな人に訊くと、「ルームメイトが行くから」、「ホストの友だち」、「ミュージック・テープスのファン」......といった具合に、みんなそれぞれだった。まあとにかく私には、若い世代がミュージック・テープスを好きでいることが心強かった。
11時30分の予定だったが、彼らが到着したのは1時間後、さらにセットアップなどで、はじまったのは午前1時を回っていた。地下の部屋はあっという間に50人ぐらいで埋まっている。ひとつ前のキャロリングに参加していた人もそのままついて来てて、前のショーの様子など話していた。
ねずみの鐘部隊、歌う雪だるま、電動(?)オルガン、シンギング・ソウ、バンジョー、ツリー、キャンドル、テープレコーダー、色んな物に囲まれて、キャロリングはスタート。ニット帽、赤のセーターのジュリアンが、ここにきてくれた人に感謝の意を込めて語りはじめる。毎年やっているこのキャロリング・ツアーについて、1年のなかでいちばん好きなツアーで、この瞬間がどれだけ大事か、さらには人間という種類、木や自然ついて......。
シンギング・ソウを手に持ちながら語るジュリアンのひと言ひと言にみんな反応し、笑い、驚いている。ジュリアンが観客とのコミュニケートを大切にし、どれだけ好きでやっているかが伝わってくる。手品師、サーカス、チンドン屋などの要素がすべて入った混合のエンターテイメントだ。
今日のメンバーはジュリアン、ロビー、イアンの3人。これが現在のミュージック・テープスのメンバーだ。ジュリアンはシンギングソウ、バンジョー、オルガン、歌など中心で、イアンはシンギングソウ、オルガン、バンジョー、テープレコーダー、鈴など、実はもっとも重要な役割をしている。ロビーはホーン隊で、曲に色を添えてくれる。
曲ごとにパートも人もすべて交代し、ある曲は3人、ふたり、ひとり、さらには、雪だるまとオルガンとの共演だったり、ネズミの鐘部隊が登場したり、アメリカの定番のホリディ・ソングがテープでループされ、それに彼らが音を乗せていったり、ホリディ・ソングを振り付きで歌ったり、音楽のショーというか、「ミュージックテープス」のショーとしか表現できない、完璧なエンターテイメントだった。夢のなかのいるようで、まわりを見てもみんな笑顔だった。
終わった後、ジュリアンにいくつか質問してみた。
■今日は、とっても楽しませてもらいました。日本ではキャロリングという習慣が浸透していないし、私も実際は経験したことがないのですが、今日のショーを見て何となく理解できました。キャロリングについて、少し説明してもらえますか。
ジュリアン:キャロリングは、クリスチャンの伝統行事で、クリスマス前に、教会、路上、家などで歌われてる。クリスマス後や12月前におこなわれるとバッドラックなので、いつもこの時期なんだ。
■このキャロリング・ツアーは今年で何回目ですか。私は、2年ぐらい前に、初めてミュージック・テープスがこんなことをやっていると噂にききました。
ジュリアン:6年目だよ。僕らは他にララバイ・ツアーもやってんだ。これならホリディ・シーズン関係なくできるからね。
■どのようにこのキャロリング・ショーをお知らせしているのですか。私は、『ブルックリン・ヴィーガン』に載っているのをみたのですが。
ジュリアン:レーベル(マージ・レコード)のウエブ・サイトとか、音楽系の媒体(ピッチフォークなど)。2週間前ぐらいに『ブルックリン・ヴィーガン』に記事が載ったんだけど、そこから招待の依頼数が激増したよ。僕らのレーベルはシャーロットだから、今年はそこからはじめた。
■行く都市はどのように決めるのですか。今回はイーストコーストのみのようですが、1日につきいち都市ですか。
ジュリアン:本当はこの時期にヨーロッパにいるはずだったんだけど、キャンセルになって、今回のツアーができることになった。僕はそのほうが嬉しいからいいんだけど(笑)。今年はイースト・コーストのみだけど去年は全米を回って全部で2ヶ月ぐらいかかったよ。すでにクリスマスを過ぎて、クリスマス・キャロリングではなくなちゃったけど(笑)。毎日、家から家へ移動するから、場合によるけど、例えば広い都市、サンフランシスコなどは、オークランドやサンフランシスコと2日やったよ。
■もし私の家に招待するなら費用はいくらかかりますか。招待を受ける決め手は。あと泊まるところはどうしているのでしょうか。
ジュリアン:キャロリングで、何処何処に行くとアナウンスをしてから、各地から招待を受け、何件回れるかルートを組んで決めていく。毎日数軒回って、大体最後の場所で泊まって行くよ。カウチで横になったりして、そして朝になったらロードに戻るんだ。費用はドネーションと泊まる場所でOK。
■今年のツアーはいかがですか。
ジュリアン:今年は少なくて12日間ぐらい。と言っても12日で1日3回公演するんだから、けっこうな数だよね。レーベルのあるシャーロットからはじまり、アセンスに戻り、イーストコーストというルートだよ。今日の最初の場所は、とても小さなレイル・ロードのアパートで、機材を運ぶときに横になって通らなければならなかったり、蝋燭をあっちの窓やこっちの戸棚などいろんなところに置かなければならなかったり。それぞれのショーは全然違うし、これが毎回違う家に行く醍醐味なんだよね。いつも、どんなショーができるのか楽しみだよ。
今日の(最後)場所はとてもいいね。地下のスペースが広いし、50人ぐらい入ったんじゃないかな。普通の家はそんなに入らないからね。ホストに聞いたらプラットの寮で、校長先生夫妻が上の階に住んでるとか。あまり大騒ぎできないけどね。
来年は日本にも来てもらえないでしょうかねー。
関連リンク:https://www.brooklynvegan.com/...
あの星たちを見てごらん
彼らが君のために輝く様子を
そして、君の行いすべてのために輝く様子を
そう、彼らはイエローなんだ
"Yellow"(2000、筆者訳)
歴史の一側面において、長らく「政治」的なものと向き合い、深くコミットしてきたロック・ミュージックにとって、サブプライム住宅ローン・クライシス以降、「政治」よりもむしろ「経済」の問題が世界にとって支配的になってきたのは不幸だった。『ローリング・ストーン』誌は、はっきりと書いている。「コールドプレイの前作から3年、世界が抱える問題は切迫を増しており、もはや子守唄などでは解決できないところまで来ている。それがたとえ、21世紀で最大のバンドによるものであったとしても、だ」。そう、音楽という抽象表現の役割は、この複雑な世のなかで、ますますシビアなものになっていくだろうし、その渦中で「民衆を導く女神」に扮するには、いるかもわからない「敵」を想定しながら、あくまでも便宜的に抵抗し、傷ついていく人たちに寄り添う(=子守唄を歌う)しかないのであろう。とすれば、その反動として、ダブステップ、チルウェイブ、あるいはジュークと、ポップ・ミュージックの先端が、それぞれの手段で非言語的な方向に逸れていくのは必然だったとも言える。
彼女がまだ幼かった頃
彼女は世界に希望を持っていた
しかしそれは彼女の手の届かないところへ行ってしまう
彼女は逃げ出して夢を見る
パラダイスの夢を....
彼女はいつでも目を閉じている
"Paradise"(2011、筆者訳)
そんな季節に、「希望」はあるのだろうか。「希望が前提でなくなった時代、私たちは何を糧に未来へ進んでいけばいいのでしょうか」(『希望のつくり方』、2010)と、玄田有史は、希望を追求した理由をこのような疑問に求めている。そう、それが無根拠に、素朴に、高々と掲げられることは、多分もうない。そうなってくれば、批評家の筋から「もしかしたら絶望は共有できるかもしれない」(宇野、2009)みたいな声が聞こえてくるのも必然であり、「希望は、戦争」(赤木、2007)のようなアンダークラスからの捨て身の言説が一定の共感を得る、というのも、ゼロ年代のリアリティとしてはONだったのだろう。しかし、結局のところ、「希望を語れない知性」に何の価値があるのだろう、とは、ときどき思う。それだったら、希望を歌う阿呆の方が、いくらか生産的なのでは、とも思う。また、ポップ・ミュージック的には、「シューゲイザーよりはスターゲイザーの方がマシなのでは」、という言い方もできる。
子どもたちは踊る
子どもたちはみな踊り明かす
月曜日の朝に生まれ変わるまで
僕は音量を上げる
いまはすっかりいい調子だ
"Every Teardrops Is a Waterfall"(2011、筆者訳)
それは最初、子守唄に過ぎなかった。だが、ミドルクラスの憂い、日々の漠然としたメランコリアを、いまでいう「セカイ系」(初出不明)的な遠近感でビッグ・スケールに歌い上げていたコールドプレイはいま、驚くべきことに、希望的な何かを無根拠に先取りしようとする。それは捏造、と言ってもいいのかもしれない。透明感の高い、いわゆる叙情的なブリット・ロックに、クリス・マーティンのファルセットを乗せるところからスタートした彼らはいま、アリーナ・ロックの大風呂敷に、ビッグ・エレクトロから剥奪したビビッドなシンセ、U2の諸作に深くインスパイアされたギター、大言壮語な詩情、そして、ほとんどの曲で繰り返される「Wow Wow」のビッグ・コーラスを投入。ビートはいつになく力強く打ち鳴らされており、"Hurts Like Heaven"、"Charlie Brown"から"Don't Let It Break Your Heart"まで、アルバム全編をアップリフティング(高揚的)な矢印が大きく貫いている。当然、それらはたとえ聴き手を強引にアップリフトさせても、その先には「何もない」、ということになる。その空虚さに耐え得るものを、彼らはまだ持ち得ていないし、強引に提出された希望というものを、具体的な何かに置き換えるのは難しい。一時的な気休めと言えば、終わりかもしれない。
私は、もしかしたら考えすぎだろうか? 『ピッチフォーク』が言うとおり、重要なのは「リアーナを客演に招いた"Princess of China"がグラミー栄えすること」であり、「"Every Teardrops Is a Waterfall"がフェスの大トリにピッタリなこと」なのだろう、多くの人にとっては。それでもなお、野田努のような人間からすれば、これはロックの不名誉なのかも知れない。しかし今、こんな役割を担えるのは、彼ら以外にいないのだろうし、私は彼らがそのことに(多分)自覚的であったことを、好ましく思う。バッド・ニュースを好む人があまりにも多いいま、メインストリームをひた走る世界最大のバンドが、事実、スターゲイズしている(=希望を見上げている)というのは、決して悪い絵ではない。"Every Teardrops Is a Waterfall"で描かれるような、子供たちが夜通し笑い転げ、踊り弾け、世界の朝に小さな革命が灯っていく日を無根拠に夢見ること。"Paradise"で打ちひしがれた少女が、夢から目覚めて、朝の光をもう一度受け入れること。ヒーリング・ロックから出発した『The Bends』(レディオヘッド、1995)症候群のブリット・ロック・バンドは、いまや、数千万人に向けて"Yellow"(=子守唄)を歌うだけ以上の役割を、ついに担いつつある。
10億分の1という単位で構成されるビートがどんなものかを知りたければ、これを聴きなさい。伝統からとことん逸れていくことが、実はブラック"アトランティック"ミュージックの本質だとするならば、シカゴの路上のダンスにはじまるジューク/フットワークは、いままさにその最先端にいる。これはちょうど1年前にリリースされた『vol.1』に続く衝撃のコンピレーション・アルバム、その第二弾だ。
ジューク/フットワークそれ自体は、それこそURが2007年、この若いムーヴメントのための1枚を出しているように、決して最新のものではない。問題はダブステップがちょうどポップになったこの2年間のUKにおいて加速的に拡大したということだろう。ドミューンのオフィシャル・ガイド・ブックにも書いてあるように、ジューク/フットワークはたしかにシカゴのゲットー・ハウス(そしてそれと密接するヒップホップとの混合)の発展型ということになるのだろうけれど、と同時にこの音楽は、スキューバやSBTRKTといった"ポスト・ダブステップ"のテクノ/ハウス・テイストの連中よりもワイリーやディジー・ラスカルといったグライムの初期の荒々しさにも近い。つまり、路上で生まれた音楽特有の猥雑さ、アグレッシヴな感覚が横溢している。このハードでダークな衝動的な音を聴いていると、2004年に我らが〈リフレックス〉がリリースした2枚のコンピレーションの内容が、そのタイトルが『グライム』でありながら、2枚目に収録されたアーティストがコード9、デジタル・ミスティックズ、ローファといったダブステップのオリジネイター連中だったことを思い出さずにはいられない。
初期のダブステップはそれ以前の2ステップの煌びやかさとは一線を画している。その暗さと冷たさ、いまにも襲いかかりそうな攻撃性と暴力的なベース、いびつなビートは、当時は現地の人からもグライムと間違えられるほどにそっちの側にいたのだろう。そう考えれば、たとえばローファのような人が昨年からジューク/フットワークを持ち上げるのもある種のバック・トゥ・ベーシック、自分たちがもといた場所に戻っているのだ。ファンクション・ワンが容赦なく鳴り響く、埃まみれの暗い地下街へと。
怒る前に励ましばかりが優先して、異議申し立てをする前になぜ「ネガティヴ」を抑制してしまうのだろう。そう思っている人にとってもジューク/フットワークは最高のBGMになりうる。これはダンスというきわめて平和的な方法による、しかし戦い(バトル)のための音楽だ。いわば"ルージング・コントロール"のハードコア・ヴァージョン、ギャングスタ文化(ヤンキー文化)によるアヴァンギャルドである。
待望の『vol.2』には、このジャンルのスターのひとりとして知られるDJロックをはじめ、ザ・ロープのような注目株、そして2011年に同レーベルから12インチを発表しているDJラシャドやベテランのトラックスマン等々、17アーティストによる計26曲が収録されている。
リスナーは最初の2曲を聴いただけでも黒人音楽というミュータントの、その最新の響きの歪さ、ぶっ飛びっぷりに驚くだろう。そして、そう、その複雑な足の動きをうながすビート、ダンスというものの根源的な荒々しさをいまに伝えるようとするそのハードネス、その文化的衝突の度合いの強さもさることながら、このデジタル・ミュージックのデータ量の低さときたら......。ジェームス・ブレイクが「空間」ならフットワークは「圧縮」である......と評している人がいたけれどその通り。ローファイだって? そんなものはジューク/フットワークの前ではイクスキューズに過ぎない。なぜなら彼らはロービットのMP3音源の低音質の素晴らしさをむしろ誇示しているようでさえある。敢えて、いかにもな暗喩を使わせてもらうなら、この音楽は捨てられたビットとバイトの喉元に突き刺さるナイフなのだ。
「あなたが最後に音楽を聴いてショックを受けたのはいつのことだい?」、あるレヴュワーはそんな風に煽っている。それは間違っていない。これは最新のブラック・マシン・ミュージックである。アフロ・フューチャリズム以外の何物でもない。西欧文化的なるものの内なる厳しいせめぎ合いだ。明日への新たな起爆剤、未来に向けて大いに狂ったダンス・ミュージックである。最高。
〈ON-U〉というレーベルは、レゲエに関してオーセンティックな価値観を持っているものの、異種交配/雑食性ということに関しても積極的だった。プリンス・ファー・アイやビム・シャーマンといったオーセンティックなアーティストの作品を出しながら、マーク・スチュワートのメタリックなダブを手がけたかと思えばニューヨークのシュガーヒル・ギャングからはタックヘッドを引き抜いて、他方でエイドリアン・シャーウッドはアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンのようなインダストリアル系の仕事もこなしている。最近の日本では〈ブラック・スモーカー〉がそうした混交をいとわない活動しているが、このレーベルは2011年にドライ&ヘビーの新作を出している。
![]() AO INOUE Arrow ビート |
何にも知らないときにですね、インターセプターに入って、ただひたすらテープを聴いて、ビッグ・ユースとかI・ロイとか、カタカナで起こしていくわけですよ。「これ何だろう、英語にしてったらこういう風になるんだ」とか。アクセントも違うし、まず何言ってんのかわかんないし。
■今日はAOちゃんのすべてを語ってもらうってことでお願いします。
AO:はははは!
■俺、AOちゃんの踊りは何度も見ているんですけど、音楽活動はドライ&ヘビーが最初だったんですか?
AO:その前に、MIGHTY MASSA――長井(政一)さんがやっていたインターセプター(INTERCEPTOR)というバンドがあったんですね。で、当時は下北沢にZOOっていうクラブがありまして、そこのハコバンみたいなバンドだったんです。で、そのバンドが、アグロヴェーターズとかナイニー・ジ・オブザーヴァーとか、ああいうものばかりをカヴァーするようなバンドだったんですね。
■カッコいいですね。
AO:メンバーも面白かったんですよね。ドロップスっていう女性だけのスカバンドの人たちがいたりとか。10数人ぐらいのバンドだったんですけど、たまたま僕そこ誘われて。MAIちゃんがコーラスでいたりとか。メイン・ヴォーカルはカルティヴェーター(Cultivator)でも活躍しているラス・ダッシャー(Ras Dasher)。で、僕はまあトースティングで。
■その頃からトースティングなんですね。ちなみに何年ですか?
AO:ええっと、何年ですかねえ......ZOOがSLITSになるあたりですね。
■じゃ、93年あたりだね。
AO:で、たまたま誘っていただいて、ライヴも何回かやったんですよね。その頃ちょうど秋本(武士)さんが力武(啓一)さんというギタリストといっしょにオーディオ・アクティヴを飛び出たあとにインターセプターに入ってきて、そこから別に独自のセッションがはじまっていって、で、95年ぐらいにドライ&ヘビーになったんですね。そのままドライ&ヘビーに入ってっていう形ですね。
■じゃあドライ&ヘビーは最初からメンバーとして?
AO:そうですね。まあ流動的に、少人数で秋本さんと力武さんがドラムマシーン使ってセッションっていう時期もあったので、そのあたりは自然になっていったっていうのはありますね。
■じゃあインターセプターが媒介になって?
AO:そうですね。
■AOちゃんはじゃあ最初からレゲエだったんですね?
AO:そうですね。音楽活動は初めからレゲエ・バンドだけですね。いままでずっと。
■しかしアグロヴェーターズやナイニー・ジ・オブザーヴァーをカヴァーするっていうのは、当時としては、世界的に見ても少なかったでしょうねぇ(笑)。
AO:たぶんそうだったと思いますね(笑)。長井さんもちょうどその頃、サウンドシステムのスピーカーを作りはじめた頃で、月1本ずつ増えてったりとかっていう状況で。でもまあ、イヴェント自体少なかったですし、ましてや内容の濃いものっていうのはなかったですよね。
[[SplitPage]]何とも言いようがないですけどね、あの頃の感じって(笑)。ガーッっと練習やって、みんなでガーッって飲んで朝まで喋って(笑)。「オラーッ!」ってみんなで帰って(笑)。そういうのの繰り返しでしたね。
■なぜレゲエに惹かれたんですか?
AO:レゲエに惹かれたのは......高校ぐらいのときだったと思うんですけども。まあ、初めは黒人音楽が好きだったんです。子供の頃を申しますと、ロバート・ジョンソンをモチーフにした『クロスロード』っていう映画があったりとか、80年代パルコのCMにマハラティーニ&マホテラ・クイーンズが出てたりとか。あと当時『サラフィナ』っていうミュージカル観に行ったりとか。わりと親の影響っていうのもあるんですけど......アパルトヘイトだとか人種問題だとかっていうのも、けっこう積極的に話題に上がるような家だったので、そういうのもあってですね。黒人音楽のソリッドな感じとか、メッセージ性みたいなものっていうのに関心があったんですよ。
■生まれはどこですか?
AO:僕は吉祥寺です。
■家のなかにブルースのレコードなんかがあるような感じ?
AO:いや、そんなになかったんですよ。レコードって言っても大した量じゃなくて、そのなかにあったのが憂歌団だったりとか(笑)。ロバート・ジョンソンだったりとか、かと思えばアストラッド・ジルベルトだったりとか......まあその当時流行ったものを親が買ったものがあっただけだと思うんですけど。で、中学校のとき同級生で金持ちの奴なんかがみんなハワイやアメリカに旅行してくると、カセットを買って来るんですね。それがオールドスクールのヒップホップだったり、ジェームズ・ブラウンだったりとか。で、そういうの全部まとめて僕ら「ブラック、ブラック」って言って、「ブラック聴こうぜ」って言って、聴いて興奮してたみたいな。高校生ぐらいになってくると、色気もついてくるし、だんだんいろいろと興味が出てきて、「もうちょっと何かこう、生々しいものないかな」と思って、あったのがレゲエだったんですね。自分のなかで勝手に、「黒人音楽のなかで、いちばん真髄だ!」みたいな。リズムがシンプルで......いま思うと、録音がすごくラフだったりそういうのもあると思うんですけど。何かこう、泥臭くてすごくソリッドな感じが。
■それ面白いですね。ブラック・ミュージックの文脈からレゲエいくって、僕なんかよりもひと世代上によくあった感覚ですよね。
AO:そうですね。パンクとかニューウェイヴって、ほんとにまったく聴いてないんですよ。
■それってAOちゃんの世代では逆に珍しいよ。ちなみに最初に好きになったのは?
AO:ボブ・マーリーとデニス・ブラウンですね。YOU&Iとか貸しレコード屋さんが当時はまだあったんですけど、並んでいるものもそんなに多くはなかったんで、片っ端から聴いて。そのとき、80年代のサウンドじゃなくて古いほうが何か好きだったんですよね、
■レゲエに入って、なぜ楽器ではなくトースティングってところから?
AO:友だちと飲み会とかでペラペラペラペラ口真似をしてたんですけど、「AOちゃんインターセプター入んなよ、何かそういうの上手そうだし」って言われて、「じゃあちょっとやってみよう」と(笑)。高校のとき、おちゃらけで学園祭バンドみたいなので歌ったりはしてたんですけど。ほんとに小節の数も数えられないときぐらいに......何にも知らないときにですね、インターセプターに入って、ただひたすらテープを聴いて、ビッグ・ユースとかI・ロイとか、カタカナで起こしていくわけですよ。「これ何だろう、英語にしてったらこういう風になるんだ」とか。
■はははは。
AO:自分が将来音楽をやって、しかも歌をやるような人間だとは思ってなかったです、ティーンの頃は。好きで聴いてはいましたけど。
■しかしまた、よりによってI・ロイやU・ロイをコピーするっていうのは、すごく至難の業ですよね(笑)。
AO:そうですね、ほんとに。
■アクセントも違うし。
AO:アクセントも違うし、まず何言ってんのかわかんないし。それをまず先人たちにいろいろ訊くわけですよね(笑)。「これ何なんですか」とか、あとは歌詞の訳本を買ったりとかですね。まあ何か、いろんな要素があってそうなった、というか。ただ、いつだったか......芝浦にジョニー・クラークとビッグ・ユースが来たんですよね。で、そのときにインターセプターが前座でやってて、友だちに誘われて。何回かZOOで観てたんですけど、レコード買いはじめた自分が「わあ、なんてカッコいいバンドなんだろう、そのものじゃないか」っていうのがあって。そのときにはやっぱ「歌いたいな」と思ったのはたしかですね。
■へえー。
AO:入る前にインターセプター観て、ほんと感動しちゃって。すごいカッコいいと思いました。「こういうことやってる人いるんだ」って。だから初めの頃は、そんなに「シンガーになりたい」って感じではなかったと思います。
■日本でレゲエに触発されて音楽活動をはじめる人たちってたくさんいるわけですけど、ルーツ系のトースティングやりたいって人はそんなに多くはないじゃない?
AO:そうですねー、でも何かやっぱり、憧れだけで(笑)、「カッコいいと思っちゃったのはしょうがない」っていうのはあって。
■インターセプターがあって、そのあとドライ&ヘビーも誕生する。ドライ&ヘビーのライヴのなかで、僕もAOちゃんのステージングを初めて観たんです。ドライ&ヘビーは基本、秋本くんと七尾くんが中心にいたバンドでしたが、AOちゃん自身にとって、ドライ&ヘビーとはどんなバンドでしたか?
AO:自分の20代の人生はすべてドライ&ヘビー、って感じだったですね。あのふたりの圧倒的な影響下にあったので。
■AOちゃんは秋本くんたちの何才下なの?
AO:えっと......4つか5つ下じゃないですかね。僕とK(The K)とウッチー(内田直之)が3人同い年なんです。
■エイドリアン・シャーウッドが良いことを言ってるよね。あの当時、ドライ&ヘビーほど真面目にルーツ・レゲエを演奏してるバンドは世界のどこを探してもいなかった、みたいなね。音を聴いて誰もそれが日本人だとは思わなかった。それがヨーロッパの連中、とくにドイツの連中にすごく影響を与えて、ダブ・バンドの登場を促したみたいなね。
AO:たしかにあの頃、「絶対に日本人だと思われたくない」、「海外でも通用する音にしたい」とかね、みんなそれぞれのオタク性というか、とにかく根性みたいなものが、ものすごく集結してたと思うんですよね(笑)。みんな無我夢中で、ライヴもないのにスタジオに入ったり、そういう修練の賜物じゃないかなと思いますね。
■ドライ&ヘビーはあの当時、国内では賛否両論がありましたよね。「オリジナリティがない」という意見もあった。でも結果を言えば、それで逆に世界に影響を与えてしまったわけですよね。これはすごいことだと思うんだよね。
AO:まあけっこうはっきりしてましたからねー。そこはみんなマニアックな気質の人たちが集まってましたし、若かったし根性もあったから、まあほんと気合みたいなものがあったと思いますね。
■当時、AOちゃんは自分個人の活動っていうのは?
AO:ないですね、まったく。もうドライ&ヘビーだけ。
■DJもやってなかった?
AO:DJも初期はやってなかったですね。レコードは買い集めてましたけど。ほんとにめったにDJなんかやってなかったですし、クラブ行って踊るようなことはありましたけど。あとはひたすらドライ&ヘビーで週に1回リハやって、リハが終わるとそのまま飲み会やって、っていう(笑)。「ああでもない、こうでもない」って。
■あらためて濃いバンドだったんだなって思いますね(笑)。
AO:濃いと思いますよ(笑)。濃いし、太いし(笑)。みんな強烈だったんで。集まってるメンバーのなかにいろんなもの、自分にないものを見出してましたね。内田くんからもいろんなものを学んだし。秋本っちゃんや七尾くんからは芸術的なことやスピリッツ的なことをたたき込まれたし。バンド内では、たぶん音楽的なことは僕がいちばん素人だったんですよね。自分の好きなことだけの知識っていうのももちろんありましたけど、みんながみんないろんな知識を持ち寄って来るんですね。無我夢中でしたね。練習も、週に1回3時間から4時間っていうのは確実にありましたね。吉祥寺のスタジオに入ってやって、で、そのあとに何倍かの長さの飲み会があって(笑)。
■ハハハハ! 飲み会は重要ですよね!
AO:初期の頃はなかなかライヴの予定がなくて。それでも何年もスタジオに入ってましたね。95年の頃にいまのメンバーってなってますけど、流動的にはその前からはじまってたわけです。インターセプターの頃から僕は並行して、秋本っちゃんと力武さんとドラムマシンと入ってましたから。そのなかで秋本さんが、例の「七尾(茂大)って奴がいてさあ」ってね。そんな感じでメンバーが固まってきましたね。MAIちゃんもインターセプターやって、同時にドリームレッツ(DREAMLETS)なんかもやってたんですよね。それが「私もやりたい」ってことになって、で、ウッチーは新宿の飲み屋辺りから秋本っちゃんが引き連れてきたんですよ。
■ほー。飲み屋(笑)?
AO:どっかで知り合ったって言ってましたよ。「すげーのがいてさあ!」って。「専門学校でPAの勉強、レコーディング・エンジニアの勉強してて、ダブやりたいっていう奴がいてさあ」って。当時、髪の毛フサフサでかわいいウッチーが。
■へえー(笑)。
AO:ウッチーとの出会いも衝撃的だったな。彼は同い年で、全然自分にないものを持ってたんで。機材のことだとか。こだわりっていうか、彼のオタク気質みたいなものにすごく共感して(笑)。
■なるほどね。
AO:何とも言いようがないですけどね、あの頃の感じって(笑)。ガーッっと練習やって、みんなでガーッって飲んで朝まで喋って(笑)。「オラーッ!」ってみんなで帰って(笑)。そういうのの繰り返しでしたね。
■ハハハハ。ほとんど部活だよね(笑)。
AO:そうですね。何かもう、そういうのにいっさい馴染めなかった人種があちこちから集まってきて、初めてそういう部活的なものをやってたんだと思います(笑)。
■でも何か、すごくいい話ですよ。
AO:はははは! そうですね(笑)。
■だってあの当時、真顔でアグロヴェーターズみたいなバンドをやろうということ自体が、ちょっと音楽知ってる人間からすれば「お前どうかしてるんじゃないか」っていうような話なわけでしょ(笑)。でも、そんなことお構いなしにやってしまうところに自由を感じるんですよね。それこそ〈ON-U〉的というかね。
AO:ああー、そうですねえー。
■時代の風を気にせずに、好きなように自由に生きるっていうのが何よりもいいですよ。
AO:同時期にどういうものが流れてたのかなって思うと、逆行はしてたのかなって思いますね(笑)。
■90年代初頭って、あのリトル・テンポだって最初はラップ入れたりしていたような時代ですよ。ドライ&ヘビーは逆行してるというか......、というかまあ、流行など気にせず自由にやっていたんでしょうね。
AO:自由、不自由すら意識せずに、夢中になってやってたような気がしますね。好きで、憧れだけだと思います。なぜかアグロヴェーターズとかオブザーヴァーとかウェイラーズとか、レゲエでも当時のレゲエじゃなくて70年代後半のものとか、それ以上に古いものとかに惹かれたっていうのはありましたね。いまみたいにそんなに情報もなかったわけですから。それぞれの人たちの思い込みっていうのも集まってプラスされて、憧れがもっとビルドアップされていたと思うんですよ、それがたまたまルーツだったのかもしれないですけど。もちろ、まわりに流れてる音楽は自分の好みに合わないなっていうのはありましたけどね。
[[SplitPage]]結局、みんなあそこで人間関係も学んでたと思うんですね。誰がどうってことでもないですし......ただ個人的には、もともとは秋本くんとの繋がりっていうのが大きかったんですよ......僕のなかではドライ&ヘビーっていうのはほぼ秋本くんだったわけです。
■いまでも日本の音楽リスナーって真面目というか、思い詰めているというか。たまに読者からメールいただくんですが。
AO:そうなんすか(笑)?
■たとえばフィッシュマンズの再評価なんか、人によっては恋愛ぐらいしかもう夢は残されていないんだ、ぐらいの。
AO:おおおおお! マジっすか(笑)。これはもう、僕のような人間は失敗談を語りながら、面白おかしく生きていくしかないですかね(笑)
■佐藤伸治さんはアグロヴェイターズも好きだったろうけど。
AO:佐藤伸治さん、僕が昔会社員やってたときお店によく来てたな。
■へー。そうなんですかー。
AO:下北沢の洋服屋にいたんですけど。彼のちょっと身内の人が同じ会社に働いてて、晩年にもよくいらっしゃってましたね。僕その頃店で『ワン・パンチ』のデモとかかけてた(笑)。直接話したことはないんですけど。
■面白いですね。やっぱ同じ場所ですれ違っているんだね(笑)。同じレゲエに触発された音楽でもぜんぜん出し方が違うもんね。
AO:どう思ったんだろうなー。
■それはもう、「レゲエがかかってる」って思ったんじゃない(笑)?
AO:でしょうね(笑)。ああいうの嫌いなのかなと思ったけど。僕はフィッシュマンズは、もっとも苦手とするあたりですけど(笑)。
■当時から好き嫌い分かれるバンドだったからね。誰からも好かれるバンドなんていないし。
AO:僕、ミュート・ビートも聴かなかったんで。
■えー、ほんと?
AO:はい。若い頃、直接こだまさんにも言っちゃったんですけど(笑)。
■「すいません! だけど僕は......」て(笑)?
AO:覚えてらっしゃいましたね、つい最近まで。
■ミュート・ビートは僕の世代では神でしたからね。
AO:だから逆に、むしろその正反対を行こうと思ってはじめたのがドラヘビだったんですよね。
■ああ、なるほどー。むしろ超えなきゃいけないみたいな感じ?
AO:まあいまとなっては「なるほど!」って思いますけどね。その後いろいろお話しする機会もあって、先人として、いまのこだまさんの雰囲気とか、「すごい」と思いますけどね。
■逆にそのくらいの強い気持ちがないと自分たちでやってられないだろうし。
AO:そうですね、みんな迷いはなかったですよね、たぶんね。そのためにいろんなものを犠牲にしましたけど(笑)。さっきも言ったように、初期の頃はライヴの予定もなかったし、リリースの予定ももちろんなかったわけですし、それでもバンドがありましたからね(笑)。
■やっぱもう、こういう生き方しても良いんだっていうね。勇気づけられる話だよそれ。
AO:僕がごく幼い頃にブラック・ミュージックを聴いたときに感じたのはそれだったかもしれないですね。ジェームズ・ブラウンでもいいですけど、彼らの生々しい感情表現、単純に「こういうのもアリなんだ」って思っちゃったっていうのはあると思います。「ここまで感情を剥き出しにして表現していいんだ」っていうか。そういうのはあったかもしれないです。実際、そこに憧れてたのかもしれない。社会的なメッセージもすごく重要だったんですけど。
■じゃあドライ&ヘビーがセカンド・アルバムの『ワン・パンチ』出してから調子が出てきて、で、『フル・コンタクト』あたりからバンドに亀裂が入るわけでしょう?
AO:はい、そうですね。
■で、中心メンバーの秋本くんが抜けて、そのあと残されるわけじゃないですか。どのような気持ちであの時期を過ごしてたんですか?
AO:あの、これはほんとに、僕が話すっていうのもエラいことになっちゃうと思うんですけど、結局、みんなあそこで人間関係も学んでたと思うんですね。誰がどうってことでもないですし......ただ個人的には、もともとは秋本くんとの繋がりっていうのが大きかったんですよ......僕のなかではドライ&ヘビーっていうのはほぼ秋本くんだったわけです、とくに初期の頃は。圧倒的な影響下にあったわけです。七尾さんもそうなんですけど、秋本くんはすごかったんですね。
■秋本くんはサッカーで言うところのFWタイプの人だよね。しかも身体ごと行くっていう感じのね。
AO:彼が辞めることに関しては、僕はあまり話をしてなかったんです。「それはどういうことか?」とか。ただ、それまでの個人的な感情の繋がりとして、「他にやりたいことあるんでしょ?」って言ったら「そうだ」って言ってました。「だったらそれはやるべきだ」って僕は言って。で、その後のバンドの亀裂に関しては、それぞれの立場のいろんな意見がありますから。
■そうだよね。言ってることがそれぞれ違うけど、みんな正しいみたいなね。
AO:ただ、すでに海外ツアーも行って、とても熱心に支持してくれるお客さんっていうのも現れてきたときだったので、ドラヘビの意味っていうのが自分のなかでさらにまた大きくなっていたのも事実なんですね。僕は個人的には続けたいとすごく強く思っていたんですね。まあ、内部はほんと大変でしたけどね(笑)。
■察します。ひとつの歯車が狂うと大変だよね。
AO:だからたぶん、人間関係の勉強っていうのを同時にそこでみんながしてたんだと思います。
■バンドを維持するっていうのは、商売としてとか、どっかで割り切らない限り、難しいよね。ドライ&ヘビーに限らず、それはもうバンドでは起こりうることだからね。
AO:起こりえますね。
■で、秋本くんが辞めて、秋本くんなしのドライ&ヘビーで『フロム・クリエイション』が出て、そのあと自然消滅していくわけじゃないですか。
AO:僕はドライ&ヘビーを脱退したのは去年なんですね。まあ七尾さんに「辞めます」と言ったのが去年だったんですね。
■じゃあドライ&ヘビー自体は......。
AO:あってないようなものって状態で、休止しているとかなくなったとかって言われたりもしますけど、たしかに曖昧な認識のままでしたね。
■2011年は〈ブラック・スモーカー〉から出したしね。
AO:ありましたね。それまでも、たとえば「秋本っちゃんとふたりでやりたい」って七尾さんから電話かかってきたりはしてたんですけど。でもやっぱそのたびに話がこじれたり......(笑)。まあでも、ドラヘビは2007年ぐらいまではライヴやってましたね。MAIちゃんがいない状態でもやってたんですよ。ベースはPATAさんがいて、レコーディングもあったんですよね、2006とか、2007年まで。それはまあ全部お蔵入りになってるんですけどね。
■AOちゃんはバンドの窓口になっていたんですか?
AO:マネジメントやブッキングはやりましたね。まあ何となくそうなったんですよ。
■そうかそうか......。でもさあ、なんかドラヘビの話聞いていると気持ち良いんだよねー、いつかドラヘビ物語を書きたいですね(笑)。
AO:犬も食わないような話ですよ、実際!
■バンドに関わった人たちは、いまでもみんな好きなんだと思うんだよね。心底嫌いだったら、いちいち感情的にならないでしょう。
AO:いや、それはそうだと思いますけど。でもドラヘビに関しては、僕はほんとに責任を感じてますね。ただこうして発言してしまうと、それが政治的な力にもなってしまいますしね。
■デリケートな問題だよね。秋本くんには秋本くんのリアリティがあるだろうしね。
AO:それはほんとそうですよ。僕には僕のリアリティもあるし、誰かが全体的にまとめるなんてことは不可能なんでしょうね。でも、何かちょっと申しわけないな、って。そういう気持ちは僕にはありますね。とくにリスナーの方にはね。支えてくれたファンとか。
■だからこそのドライ&ヘビーだったのかな、って気もしますけどね。
AO:鬼っ子みたいな。まあ何かこう、お騒がせみたいなところはあったと思うんですけど。
■メジャーと契約しているバンドみたいに大人の会話ができるような感じのバンドでもなかっただろうからね(笑)。だからこその演奏だったと思うし。
AO:そうですね。まあ姿勢であるとかグルーヴとか、あのころ体現してたとは思うんで。みんなギリギリまで、限界超えてまでやってたんで、それはやっぱり(笑)。
■仕事のほうはどうしてたんですか?
AO:音楽だけでは食えたことないから、いまもバイトやってますよ。ドライ&ヘビーの欧州ツアーに出るまでは......99年だったかな2000年だったかな、それぐらいまでは普通に会社員として働いてましたね。バンドのいろいろなタイミングで職を失ったりってことはあったんですけど、普通に働いてましたね。
■音楽との関わりっていうのは本当にドライ&ヘビー一本だったんだね。
AO:そうですね、はい。
[[SplitPage]]ZETTAI-MUとかデカいかもしれないですね。ドラヘビの初期の頃に、レゲエ以外のイヴェントにけっこう呼ばれてたんで。ほとんどレゲエ以外のイヴェントでしたね、テクノとかジャングルとか。ヒップホップとか。そういうものがけっこうあったかもしれないですね。
![]() AO INOUE Arrow ビート |
■じゃあ、ソロ・アルバムを今回こうして作ることになったいいきさつみたいなものは、どのようなものですか?
AO:えっと......去年、ちょっと個人的なこととかいろいろなことが重なって。ドライ&ヘビー脱退したりとか、その前に2007年に立ち上げたマカファットっていうユニットがあったんですけど、それもうまくいかなくなりまして。で、自分の音楽人生を振り返るタイミングが思いっきりあったんですよね。そのときにドライ&ヘビーも辞める決意っていうのもあって。
で、自分の過去を振り返ったとき、2003、4年ぐらいに作っていた音源があったんですね。リリースとかまったく関係なく、好きで作っていた打ち込みの音源なんです。お蔵入りにしてたんですよね。大村(大助)さんに借りたハードディスク・レコーダーに入ったものがずっと埃かぶってたんですけど、聴いてみようかなって思って。時間も経っているからけっこう客観的に聴ける。そしたら、思ったよりもいいかもしれないって。
最初は、その音源を自主で出そうかな、ひとりだけで作ったものとして出してみたいなって思ってたんですよね。そしたら、大村さんとか「いいじゃん」って言ってくれたんですね。それで話が〈ビート〉から出そうってことに進展したんです。
■実は僕も最初に聴いたのが大村くんの車のなかだったんだよね。聴いたときは〈ワープ〉か〈ニンジャ・チューン〉の新人かと思って、「誰?」って訊いたら「AOちゃん」って言われて、すごくびっくりした。「AOちゃんって、あのドラヘビでマイク握っていた人?」って(笑)。まさか打ち込みやってるとか思わなかったし。
AO:はははは。打ち込みはもともと2000年初頭からDJをはじめときに自分が好きでかけてるものとかに影響を受けて「俺も打ち込みたいな」とか、「この曲とこの曲のあいだにかける曲を作ってみようかな」とか、そういうぐらいの感じではじめたんです。
■DJはいつからはじめたんですか?
AO:DJを本格的にはじめたのは......2002年ぐらいじゃないかなあ。2000年代初頭ぐらいですね。
■じゃあ『フロム・クリエイション』の――。
AO:の、前ぐらいですね。友だちのイヴェントに呼ばれるようになって――下北沢でやったり恵比寿でやったり、レゲエのイヴェントだったり、レゲエじゃないイヴェントだったりもしました。ダンス・ミュージックとの出会いってことを言うなら、ZETTAI-MUとかデカいかもしれないですね。ドラヘビの初期の頃に、レゲエ以外のイヴェントにけっこう呼ばれてたんで。ほとんどレゲエ以外のイヴェントでしたね、テクノとかジャングルとか。ヒップホップとか。そういうものがけっこうあったかもしれないですね。
■なぜレゲエを作らなかったんですか? レゲエからの影響はもちろん感じるけど、全然別物ですよね。
AO:もろルーツのトラックも実はあるんですけど、今回ちょっと入れてないんです。いわゆるレゲエ風のものっていうのは"Naha"って曲しかないですね。それはまあ、DJやってるときからレゲエのフレイヴァーがある新しいダンス・ミュージックっていうものに惹かれてましたからね。ドライ&ヘビーを通じて〈ON-U〉を知ったり、海外ツアーの体験を通して、「東京にフィットするような、新しいリアリティを感じる音はないかな」っていうのはあったかもしれないですね。単純にレゲエと混ざったダンス・ミュージックが好きだったっていうのもあったんですけど。とくにバイリとかグライムは衝撃でしたね。それまでもニュー・ルーツやラガ・ハウスも聴きかじってはいたんですけれども、さらにもっと自由なものっていうか、そういうものに出会ったような気がしました。新鮮な驚きっていうか、それでだんだん自分でもやってみたくなってきましたね。
■でもDJでかけてたのはレゲエでしょう?
AO:初期の頃はけっこう混ざったものをかけてましたね。わざわざ古いラガ・ヒップホップを掘ったりとか。それから〈ワープ〉や〈ニンジャ・チューン〉も聴くようになって、ダンス・ミュージックもどんどん好きになっていきましたね。
■AOちゃんがバイリ・ファンキ好きだっていうのは意外だったな。だってアゲアゲじゃないですか、バイリ・ファンキは。
AO:そうですね、ええ。僕けっこうアゲアゲ好きですよ(笑)。昔から(笑)。
■僕はAOちゃんの作品聴いて、やっぱ〈ON-U〉っぽいなと思った。あとエレクトロっぽいというか、テクノっぽいなと思ったんですよね。
AO:実は、テクノとハウス・ミュージックの境目もはっきりよくわかってないんですけどねー。でもやっぱり、アンディ・ウェザオールが関わったものは好きでしたね。
■ああ、なるほど。トゥー・ローン・スウォーズメンとか?
AO:トゥー・ローンも好きでしたけど、でもどっちかって言うと〈ロッターズ(・ゴルフ・クラブ)〉のほうが好きですね。
■『アロー』の1曲目なんかファンクだもんね。
AO:そうですね。あとね、おそらく2000年代初頭にダンスホール・レゲエのジャマイカのヴァージョンばかりをすごく聴いてるときがあって、そのなかにとんでもないトラックがあるんですよね、テクノにもハウスにも聴こえるような、よくわからないような。
■へえー。それは面白そうですね。
AO:すごい面白い。ジャマイカので、ついついそういうものにけっこうシンクロしちゃって。グライム、バイリっていうのもあったんですけどね。ただ、テクノに関してはウェザオールですね。それから、いわゆるバレアリックみたいな感じ、いろんなジャンルに精通しいてそれを再構築する感じは大好きですね。ドラムンベースも好きでしたけどね。
■『アロー』のBPMはだいたいハウスのBPMですよね。
AO:ああー、そうかもしれないですね、はい。
■ダブステップは?
AO:僕は聴きはじめたのがかなり遅いですね。意識的に聴きはじめたのが一昨年ぐらいから。コード9みたいなのが好きですね。
■ああ、レゲエやダブが好きな人はあれは好きだよね。
AO:このあいだ出た『ブラック・サン』、あれもすごく良いと思いました。
■あれはちょっとダブステップから逸れた感じも出てますよね。
AO:そうですね。やっぱダブステップは3拍目に落ちるスネアだったりとか、僕のなかではワンドロップの延長で聴けるんです。昔、ゴス・トラッドに「ダブステップって何なんですか?」って訊いたら、彼は「いまの向こうのダブ・プレートのカルチャーだ」って答えてくれました。すごく新しい、若い音楽だという印象をずっと持ってましたから、ちょっと気後れして、あんま積極的には聴いてこなかったんですけど、ようやく最近〈ハイパーダブ〉とか聴くようになりました。でも、まだ知らないものばかりですけどね(笑)。
■さんざんU・ロイやI・ロイを聴いてたら、もう「ダブはもういいや」とか(笑)。
AO:はははは。でも昔はニュー・ルーツも聴いてましたけどね。
[[SplitPage]]いま日本の若い子は、逆に現実を知りすぎていて、僕らの若い頃なんかよりはシビアな思いをしてるという気がするんですよね。色気づいた頃にはすでに景気も悪いわけで。これ聴いて「バカやってるな」と思ってもらえたら、嬉しいですけどね(笑)。
![]() AO INOUE Arrow ビート |
■AOちゃんの作品はいわゆるダブステップではないけど、底辺にあるのはダブだなって思うんですよね。さっきも言ったように〈ON-U〉っぽいんです。雑食性が高い。いろんなものが混じってるから、強いてジャンル分けするならベース・ミュージックと言うしかないだろうな、って思ったんですけど。
AO:そうですね。
■でも、UKのベース・ミュージックとはぜんぜん違うんですよね。
AO:そうですね、感情表現の延長でしかないのかなって思うんで......。
■でもダンス・トラックが多いし、グルーヴィーじゃないですか。
AO:ははは。踊れるってのはいいですよね。踊れる曲にしたいなっていうのはたしかにあったんです。
■ベース・ミュージックって、いまや国際的なジャンルでしょ?
AO:ベース・ミュージックの、誰もがそこに参入できるという、そういう自由な雰囲気は感じとってはいたと思うんですよね。そこの土地土地のリアリティでグッとなっていって、それがバーンと広がる瞬間みたいなものっていうのはたぶんレゲエでもあったと思いますし。そういう動きみたいなものっていうのは、UKガラージとかにも感じてましたし。
■作品のなかでトースティングを入れなかったっていうのは?
AO:そうですね。というかまったくはじめからインストですね、これは。
■1曲目のMCはサンプリング?
AO:あれサンプリングですね。基本、自分の声は入ってないです。口笛は入ってますけどね。ヴォーカル・アルバムにするっていうのはまったく考えてなかったので。インストでやりたかったんです。
■いや、誰もがこれ、「まさかAOちゃんってあのAOちゃん?」っていう風に思ったでしょうね(笑)。
AO:そりゃあそうですよね、普通に考えて(笑)。ただ、たとえばダブステップはサウスロンドンとか、ジャングルもロンドンの公団住宅とか、その地域地域の特殊性みたいなものがあるじゃないですか。日本でもそれができないかと思ったんですよね。自分のリアリティを素直に表したインスト作品っていうか。
■自分でトラックを作りたいっていう欲望があったんですね。
AO:衝動というかね。7~8年前、ドラヘビがメインって考えると、メインの活動とは関係なくやっていたとはいえ、わざわざサンプラーを買ってシンセを買ってやってるわけですから。
■機材を揃えるのって勇気いるよね。僕も20代のときにサンプラーを買ったんだけど、男の36回ローンだったもん(笑)。
AO:はははは。僕もそんなようなもんです。何だろう、音楽が好きだし、もともと機械をいじるのも好きなんです。僕の場合は2000年代の初頭に、MPCも小さくなって、シンセも小型になって、運良くハードディスク・レコーダーも借りられて。いろいろ偶然があったんですね。
■やっぱり自信があったでしょ(笑)?
AO:いや、自信はほんとにないんですよ! マジで。
■はははは。
AO:ですし、はっきり言って、まわりに止められてましたからね。
■「やめてくれ」って?
AO:そうですよ、ほんとに。「絶対こんなのはやらないほうがいいよ」とか「向いてねえ」とか、いちばん近しい人たちに言われてましたから。
■はははは!
AO:聴かせたりすると「拷問だね」って言われて。
■それは逆説的な愛情表現でしょう(笑)。
AO:僕はそれをけっこうそれを素直に受け止めてしまって、しかも自分は痛い目見ないと気づかない性格だっていうのも大きくあるんで(笑)。それで、まあ、昨年、それまでの自分を振り返ったときに、「バンド活動と女とドラッグと借金と、他に何がある?」ってね(笑)。それで自分と向き合って、自分の曲を客観的に聴いてみようって。昔自分が作ったものをいま聴くと、何て言うんですか、すごく怖いもの、怖くて暗いものだろう、っていうイメージがあったんですけれども。
■自分の作品が?
AO:しっちゃかめっちゃかだろうし、ダメなんだろうなって思ってたんですよね。でも、聴いてみたら「意外と大丈夫かもしれない」って思えたんです。
■いや、でもホントに格好いい作品ですよ。ポスト・ダブステップのテクノ感覚みたいなものと近いのかなと僕は思ったんだけど。
AO:基本は感情表現なんです。少しの衝動みたいなものと、心象風景みたいなものを込めているつもりではあるんですけど。何かやっぱり、そういうものがすごく自分にとってはいいんだなと思います。ダンス・ミュージックを聴いてても思うものもありますし。
■ちなみにDJはどれくらいの頻度でやってるんですか?
AO:えっと、いまはもうずいぶん少なくなっちゃって、月1回2回ですけど、ピーク時はやっぱ年に100箇所以上やっていましたね。
■へえー。
AO:で......沖縄や北海道の方まで。海外はなかったですけども。
■何年間ぐらい?
AO:ピークだったのが2、3年間ぐらいですね。それは2003年、2004年、2005年ぐらい。あとは自分で皿をかけて自分で歌うっていう、そういうセットでもけっこう回ってました。だから秋本っちゃんがやめてからのドライ&ヘビーっていうのは個人の課外活動っていうのも盛んな時期であって。
■ソロ活動ね。
AO:そうですね。それは積極的にやってきた部分もあったんですよね。ちょっと個人的にも思うところがあって。
■そういう風にDJで回った影響っていうのがきっとあるんだろうね。
AO:すごくありますね、それは。いろんな場所で、規模にかかわらず現場で受けた印象、すごい瞬間っていうのがたくさんあったので。北海道でもどこでもいいんですけど。けっこういろんなジャンルのイヴェベント呼んでもらえたんで、何か......そうですね......まあ言葉にうまくできないんですけど(笑)
■『アロー(ARROW)』ってタイトルにしたのは何でなんですか?
AO:「矢」っていうのは現状を打破していくとか、一本の意志みたいなものの象徴にしたいなって思ってですね。「三本の矢は折れない」って日本の言い伝えがあるじゃないですか。今年震災と原発事故がありましたよね。それがいま、矢は折れちゃってるような状況だと思いますし。あと、『ブロークン・アロー』って映画にもなったんですけど、アメリカ軍の作戦コードで核兵器がなくなっちゃったときのコード・ネームが「ブロークン・アロー」っていうのがあって。だから矢が折れちゃってるっていうネガティヴなイメージと、それと「これからもう、ほんと何とかしていくしかねえんだよ」っていう状況なので、これはもう希望を込めて、いいかもしれないと。
■なるほどね。僕はそこにもうひとつ、ドライ&ヘビー的ながむしゃらさを付け加えたいですけどね。
AO:そうですね。
■まあ、ドライ&ヘビーよりソロのほうが自由を感じますけどね。
AO:はははは。レゲエって、ジャマイカ風にやってみたりとか、ラスタにのっとってみたりだとか、ルーツではこれしちゃいけないとか、いろんな道を踏んで行く楽しみ方もあると思うんですけど。そういうのは、まあひと通りけっこうやってきて。今度は自分のなかで生まれたものだけを出したいと思ってこれを作ったわけで。若い世代に言いたいのは「俺みたいな奴でもできるんだぞ」ということですよね。
■イギリスのインディ文化なんて「他人からどう思われるか」じゃなくて、「俺でもできるんだぞ」と「俺はこれが好き」の集積だもんね。
AO:そうですね......いま日本の若い子は逆に現実を知りすぎていて、僕らの若い頃なんかよりはシビアな思いをしてるという気がするんですよね。色気づいた頃にはすでに景気も悪いわけで。
■こういうときこそジャマイカン・ザムライの出番だね。「俺を見ろ!」的な。これやったらバカと思われるかもしれないけどやっちゃうっていう。
AO:そうですね、ひょっとしたらそうかもしれない。まあ何か、これ聴いて「バカやってるな」と思ってもらえたら、嬉しいですけどね(笑)。
■そうだよね、バイリ・ファンキだもんね。
AO:そうですよ!
90年代ごろから日本のバンドが海外のインディ・レーベルからリリースされることも増えてきた。しかし実際には多くの場合、日本への輸出をあてこんでのものだという。海外でライヴをやったけど客はほとんど日本人なんて話もよく聞く。そんな中で本当に受け入れられているバンドを見極めようとしたときに、目安になるのがやはりツアーだろう。毎年のように1ヶ月とかそれ以上の海外ツアーに出ているバンドであれば間違いない。
ちなみに「○○(ソニック・ユースとか)のオープニング・アクトで全米ツアー」みたいなのもあまりアテにならない。日本人と違ってむこうの客は真面目にスタート時間から来たりしないので、前座なんか見てないことが多いのだ。もちろん、別に海外で受けたから偉いというわけでもないとは思うが。
よく言われる話だが、欧米のライヴハウスは日本のように機材が充実していることもなく、日々の移動距離も日本とは比べ物にならない過酷なものだ。そんななかで年中ツアーをしていればバンドが鍛えられるのも頷ける。アメリカのインディ・バンドなんかのライヴを観ると、上手い下手とは違う部分での地力みたいなものを感じることは多い。

そんななか、かつて「世界でもっとも有名な日本のバンド」と呼ばれた少年ナイフは現在も精力的に海外ツアーをおこなっている。今年も8月から9月にかけて1ヶ月以上のヨーロッパツアー。そして先日も10月から11月にかけて1ヶ月以上の北米ツアーから戻ってきたところだ。
そして帰国してすぐに今度は国内でのツアーである。12月2日、東京の新代田FEVERを皮切りに名古屋、大阪の三都市。毎年12月におこなわれる「Space X'mas Tour」の2011年版、というわけだ。ちなみにナイフは7月と12月にこの三都市のツアーをするのが恒例になっている。関東のファンにとっては貴重な機会なのです。このツアーはゲストを迎えることも多いが、今回はワンマンだ。
FEVERのフロアに流れるストーン・ローゼスの音量が下がると客電が落ち、ナイフによる"We Wish You A Merry Christmas"が流れてメンバーが登場。本日発売のクリスマスカラー(赤と緑)のタオルを掲げている。その日売りたいタオルを持って出てくるというのは矢沢永吉に学んだのだろうか。衣装は昔からおなじみのモンドリアン風ワンピース。意外とメンバーチェンジをしているバンドだが(ディープ・パープルには及ばないがラモーンズくらいには変遷している)、衣装は代々引き継がれているのである。

ツアータイトルにもなっているラモーンズ~バズコッコス系クリスマスソングの名曲"Space Christmas"でライヴはスタート。三曲目の"Twist Barbie"あたりからフロアも温まってくる。私はいつもは最前列付近で観てるのだが、珍しくちょっとうしろから観ていると、とにかくみんなニコニコしている。年季の入った(元)インディ・キッズみたいな白人のカップルが手をつないで踊ってたりして、会場の雰囲気はハッピーだ。
おなじみのパンク・ナンバーで会場も盛り上がったところで中盤ではちょっと珍しい昔の曲をやったりするのもワンマンならではの楽しみだ。フェスなんかだと持ち時間も短いし、なかなかそうはいかないからね。"Redd Kross"はLAのあのベテラン・パワー・ポップ・バンドのことを歌った曲で、レッド・クロスの"Shonen Knife"という曲に対するアンサーソング。オリジナル・ベーシスの美智枝さん作のサイケポップ・ナンバー"I Am A Cat"を昨年加入したドラムのえみさんが歌い、オリジナルドラマーの敦子さんが歌っていたビートルズの"Boys"はベースのりつこさんが歌う。珍しく何曲かで直子さんがギターを持ちかえ、リッケンバッカーの美しい響きを聞かせる場面も。
少年ナイフといえば「脱力系」とかそういうイメージがあると思うのだが(シャッグスのことを「少年ナイフの元祖」なんて書いているブログを見かけたこともある)、いまでは演奏上はそういう側面はほとんどない。現在のリズム隊は非常にタイトで、MCの際に「ツアーで食べ過ぎて、安定感がつきました(笑)」なんて話をしていたが実際のところ安定感があるのは間違っていない。
2008年加入のりつこさんはバキバキに重い音色と長い髪を振り下ろす派手なヘッドバンギングがやたらと絵になるし、えみさんはズシっとした重量感のあるドラマーである。本編最後の"Economic Crisis""コブラ vs マングース"というメタル系ナンバーの二連発など、歴代メンバーでもっともヘヴィな演奏だろう。とくに後者のスローパートなど、ボリスのファンも納得! というくらいだ(余談だが、えみさんは髪を少し短くしたようで、ライヴEP『We Are Very Happy You Came』のジャケットのこけしみたいで可愛かったです)。

アンコールでは今年リリースされたラモーンズのカヴァー集『大阪ラモーンズ』から3人それぞれがヴォーカルをとって"ロックンロール・ハイスクール""シーナはパンクロッカー""KKK"の三曲。ナイフのファンならラモーンズが嫌いなはずはないのでもちろん多いに盛り上がる。
二度目のアンコールは配信でリリースされたばかりの新曲"Sweet Christmas"を披露。ナイフとしては三つ目のクリスマス・ソングで、これがまたラモーンズ・スタイルの名曲なのである。今回の配信リリースには、この曲のアコースティック・ヴァージョン、そしてオープニングSEで使われた"We Wish You A Merry Christmas"も収録。今年のクリスマス・ソングはこれ一択でしょう。どうせなら7インチでほしいと思ったらイギリスではアナログでリリースされているらしいので、現在入稿直前の紙『ele-king vol.4』の仕事がひと段落したら輸入盤屋に探しにいこうと思う(なかなか届かない原稿をジリジリしながら待っていたら、野田編集長からこの原稿を催促するメールが届いたのです)。
MCでアナウンスされていたが、今年の年末は少年ナイフが初めてスタジオで練習をしてから30年。そして来年の春には初めてのライヴから30年。『大阪ラモーンズ』に続き、来年も30周年企画はいろいろとあるようだ。楽しみですね!
会場で会った知人は最初は「今日はワンマンだし、長そうですね......」なんて言ってたのだけれど、終演後には満面の笑顔で「最高でしたね! 間違いないっすね!」と大興奮だった。まあ、そういうことだ。悪いこと言わないから機会があれば観に行くといい。ロックの楽しさってのはこういうものですよ。
![]() Baths Cerulean Anticon |
バスは周知のとおりデイデラスやフライング・ロータスの周辺から浮上したビート・シーンの鬼っ子だが、リスナーの多くはインディ・ロック寄りの層なのではないかと思う。彼のサンプリングには他人からの引用というものがなく、ほぼ自作の音源しか用いられていないし、ライヴを観れば想像以上に「歌」への比重が置かれていることもわかる。実際のところ、ウォッシュト・アウトやトロ・イ・モワのような宅録ポッパーたちと近いところにモチベーションがあるのかもしれない。内向的で潔癖的な感覚も共通している。彼らの潔癖とは、ミストのように淡く広がる肯定感と、その肯定する対象への絶対的な距離感という、背反する感覚の表象ではないだろうか。ベッドルームから平熱で世界を祝福するチルウェイヴのマナーが、時代の作法としてバスにも流れ込んでいるように感じる。
しかし、バスにおいてはそれはもっと激しいエモーションの奔流、エネルギーの過剰として表れるようだ。"プリー"の明るく天上的な響きと、どもって暴れ回るビートの攻撃性とは、背反し、摩擦を起こしながら、ともに彼の純粋さや若さを描き出す。屈託なく、恐れを知らない、本当に14歳の過剰を純粋培養したような音である。また、アートの世界からの影響や日本のカルチャーへの憧憬というものも彼の音楽を立体的にしていることがよくわかる。そうしたアーティスティックなアーティストとしての存在感が、今回のライヴとインタヴューのなかではっきりと増した。『セルリアン』は、若さがもたらした偶然と奇跡のアルバムではない。バスはもっともっと、大きくなるだろう。
僕はビョークが好きなんだ。彼女はソングライティングをエレクトロニクスやビートにミックスするのがとても上手くて、僕はその影響を受けているから、ビートも歌も同じくらい大事にしてる。
■今回の滞在で3回のライヴを終えられたわけですが、いかがでしたか?
バス:3回ともまったく違うシチュエーションだったから、それぞれが特別で、すごく楽しかったよ。よけい日本が好きになったし、すぐにでも帰ってきたいね(笑)。
■ドミューンなんかは少し変わった体験だったのではないでしょうか。オーディエンスがいないことでなにか変化が生まれたりはしませんか?
バス:過去にイタリアで一度だけウェブのライヴを経験したことがあるけど、ドミューンはサウンド・システムがほんとに素晴らしくて、オーディエンスがいないことは関係なしにほぼいつもの感じのライヴができたよ。ベースもよく出せたし。クラスカのほう(※24日のプレ・パーティ)は音響が少し弱い分、歌に集中できて、それはそれでよかったけどね。
■私が観たのは25日のフィーバーの公演なんですが、ほんとにエモーショナルで、エネルギーに満ちたライヴだなと感じました。バスにおけるエモーションの発火点というのはいったい何なんでしょう? ビートですか、歌ですか?
バス:僕は音楽をはじめるにあたってソング・ライティングから入っているので、歌や作曲に重点を置いているんだけど、その後エレクトロも好きになってビートにも傾倒していった。僕はビョークが好きなんだ。彼女はソングライティングをエレクトロニクスやビートにミックスするのがとても上手くて、僕はその影響を受けているから、ビートも歌も同じくらい大事にしてる。
■ビートに関しては、あなたはよくフライング・ロータスやデイデラスと比較されますね。でも3人ともまるで音の個性が違います。私のイメージだと、フライング・ロータスっていうのはすごくヒロイックで......
バス:ふふふ。
■孤独で......
バス:うん。
■タフネスがあって......
バス:うん。
■ブルー。
バス:うんうん。
■デイデラスの場合は愛、そして愉しみ......プレジャーとかジョイ、というイメージです。
バス:イヤー! あと、ダンディ、ね。
■(笑)はい。で、バスはというと、力の定まらないものすごいエネルギーと攻撃性だと思うんです。すごく攻撃的だと感じます。それはたとえば14歳の少年が持っているようなエネルギーですね。まだ無方向的でどんなものにでもなり得るというような。この見方についてどう思われます?
バス:そのキーワードはじつにしっくりくるね。僕については、いま言ってくれたようなイメージを持ってもらえてうれしいよ。自分自身でもそういう作品だなって思っている部分がすごくあるんだ。アルバムの曲によっては、たとえば"ユア・マイ・エクスキューズ・トゥ・トラベル"とかは、若気のいたりっていうような感じをわざと出してもいる。僕はまだとても若いし、20歳のときの曲なんかには未熟な部分もたくさん残っていて、そういうものを含めたエネルギーが凝縮されたアルバムだと思うよ。
■ああ、そうですね。さらに言うなら『魔女の宅急便』のほうきに乗れないキキですね。技術的に未熟という意味ではまったくないんですが、ほうきが暴走してるんです。巨大な才能と可能性が放出されるべき出口を求めて暴れている。
バス:キキね! それは素敵だ。
■私はあなたのアーティスト写真もすごく好きなんですが、たとえばこのフライヤーに使用されているもの(※1)。顔に白い線が一本引かれていますよね。白い線と、白い犬。この2つはバスの純粋性を象徴しているんじゃないかなって思うんですよ。それは自分のピュアさであると同時に、なにか外界を遮断するような線なのではないかと。あの線は何なんですか?
バス:いやあ、じつはそんなに深い答えがあるわけではなくて......。実際のところ、ありのままの自分を見せるのにためらいがあって、もうちょっとなんかクールに撮れないかなって思ってやってみたというのが正直なところなんだ。でも白い線については、アルバムのイメージ・カラー......青と白なんだけど、それを際立たせるのは狙いではあった。できあがってみたら思ってたよりも印象的に仕上がっていて、自分でもびっくりしたよ。
※1

"プリー"を書いたときには僕は少し落ちこんでいた。世界は真っ暗だってくらいのテンションだったかもしれない。それがすごく表現されているとは思うよ。いまは、まったく違うテンションで、そんなことは全然思ってないんだけど。
■白と青がコンセプトだというのは、タイトルの『セルリアン』にも表れていますが、『セルリアン』というイメージはどこからきたものなんですか? そしてそれは何を表現しているんでしょう?
バス:セルリアンという色自体、たくさんの段階を持った色なんだ。このジャケットでも薄いところや濃いところがあるけど、そのどれもがセルリアン。いろんな可能性を秘めているという比喩だね。それにセルリアンっていう言葉は、ラテン語では「ヘヴン」とか「スカイ」とかそういうポジティヴな意味を持ったものなんだ。そういうところにも惹かれたし、バラエティをもった概念だと思ってタイトルに選んだんだ。それにこのセルリアンという言葉はアルバムを作る前から頭の中にあった。曲を作っているときも、「これは"セルリアン1"。これは"セルリアン2"」って感じでイメージしてたから、バラバラでありながらどこか統一感のあるものになっていると思う。
■へえ! いいお話がきけました。実際にそういう天国、天上的な雰囲気がすごくありますね。アニマル・コレクティヴ以降のインディ・ロックには何らかの形でそういった肯定的なムードが示されているようにも感じるのですが、あなた自身のロック体験というものについてうかがいたいです。バスはビート・シーンの俊英という枠に収まらない、とてもロック的な存在だと思うんですが。
バス:ロックの影響はとてもあって、音楽をはじめたばかりの頃はクラシックだったんだけど、そのあとにエレクトリック・ベースとかギターとかそういうものをひと通りさわって、それからネフューズといういわゆるマスロック・バンドを組んだんだ。バンド体験は大きいよ。僕はベースだったんだけど、まずライヴというものをどうやってするかってことを学んだし、ひとりでやるのとはエネルギーが全然違う。観客からのフィードバックとか、メンバー同士での掛け合いなんかも一人でやるときには体験できないことだから、総合的にはとても得がたい経験だったよ。あと、バンドのほうがミステリアスなことができるしね。あの頃のことを思い出すと、うれしくてテンションあがっちゃうな。
■バンドの方がミステリアスだっていうのはおもしろいですね。ところでもうちょっと白い線の話でひっぱりたいんですが(笑)、あのようなヴィジュアル的な見せ方を含め、バスには実際にとてもアート的な雰囲気を感じます。お母様が画家だともうかがいましたが、そのような環境や美術の世界から影響を受けていると思いますか?
バス:たしかに、育った環境のなかにアートというものが大きく含まれていたので、そういう影響は知らないうちに受けていると思う。調べてくれたように、母親は画家で水彩画と油絵をやってる。とてもクラシカルなものを描いてるんだ。父はテレビの脚本家をやってて......だから、そういうクリエイティヴィティといったものはどこかで受け継いでいるのかなとは思うよ。僕自身は、音楽でもアートでも映画とかその他の表現ジャンルでも、いちばん大事なのはそこにきちんとエモーションやハートに訴えかけるものがあるかどうかだと思っている。それに、シンプルな表現が好きなんだ。シンプルでありながら多くのことを語っているものがね。マンガやアニメとかでも、白い紙にさらっと線だけが描かれた絵コンテみたいなもの......そこにストーリーがあって、自分の想像力を自由にふくらませることができるようなものに惹かれる。たとえば、E.E.カミングスっていう詩人が好きなんだけど、彼は詩の朗読をしながらスケッチをするんだ。ほんの3~40秒くらいでささっと描いちゃうんだけど、そのなかでとっても好きなのが、ふたりの人が手をとりあっていて月が出ている絵なんだ。ほんとにシンプルで、だけどそこにいろんなストーリーを想像して何時間でも眺めていられる。ていうか、ビョークもE.E.カミングスの詩を使ってるんだ。"サン・イン・マイ・マウス"って曲なんだけど。あとは、ファッションの世界ではアレキサンダー・マックイーンも大好き。ニュー・ヨークのエキシヴィジョンには行けなかったけど、オンラインで全部みて、すごくインスパイアされたよ。いま挙げたものの全部に共通するのが、シンプルであることと、シンプルでありながらそこにきちんとストーリーが存在すること。だから自分が表現をするうえでも、派手派手しい形をとるのではなくて、シンプルだけど......
■象徴性の高いもの?
バス:そう、潔くて、たくさんのものをインスパイアできるものにしたいと思ってる。それは僕が日本のカルチャーが好きということにもつながると思うんだけど、日本のカルチャーはシンプルなものが多いよね。トータルに、僕の表現はそういうものにしていきたい。
■うんうん、だから、ほら、つながったじゃないですか、白い線! フライング・ロータスの場合、それはお面になるんですよ。けど、バスは一本の線になるんです。シンプルの極致ですね。ビョークもそこまでシンプルではない。あの一本の線の喚起力っていうのはすごくて、バスというアーティストについてとても正確に表現し、伝えてくれるものだと思います。
バス:撮ってるときは無意識にやったことなんだけど、たしかにそうかもしれないね。いまこうやってアナライズしてもらって、やってよかったって思えるよ! すごくいい写真に思えてきた(笑)。
■ははは、そうですよ! しつこくてすみませんねー。では、アートつながりでもうひとつ。"ラヴリー・ブラッドフロウ"のミュージック・ヴィデオがありますね(※2)。あれにはまさに日本のファンタジー、ジブリ的な世界が......
バス:(独り言で)あ、ジブリって言った。
■あははっ、さすがにジブリは耳が拾っちゃうんですね! 三鷹にも行ったんですよね。......そう、で、そのジブリ的な世界が展開されていると思ってんですが、あんな舞台を設定したり、侍をモデルにしたのはなぜですか?
バス:ディレクターがふたりいて、アレックスとジョーっていうんだけど、メインのアレックスが僕と同じようなカルチャーやアーティストに影響を受けているんだ。影響を受けていたものをリスト・アップしたらほとんどカブっていたくらい。で、いちばんはじめにいろんなアイディアがあったんだけど、その中でざっくり決めていたことが日本を舞台にしようということと、アニメーションにしようということなんだ。ふたりとも石岡瑛子という日本のアーティストの衣装デザインが好きで、その雰囲気を取り入れたいと思ったのもある。それからあまりにベタにアニメっぽいものではなくて、また違ったレヴェルに引き込めるものにしたいとも思った。ほんとにいろんなことを考えていたんだけど、3分のヴィデオにするにはあまりに壮大なアイディアばっかり出てきちゃって......。僕はパッケージでもアートワークでも曲でもパフォーマンスにしても、すごくこだわりをもってやってるんだ。アレックスは僕のそういうこだわりを僕以上に理解してくれてて、歌詞の内容やメッセージについても彼の方が深くいろんなものを感じとってくれてた。だから、途中からクリエイティヴ・コントロールがすべてアレックスの手に移ってしまったんだ。現場での僕はADみたいなもので、「サンドイッチ買ってきて」とか言われてパシリになってたよ(笑)。
■ははは。
バス:(笑)そのくらい彼を信用して全面的に任せたんだ。あとは何度も出てきている「シンプル」ってキーワードなんだけど、ここでもそれは大事にした。けど、印象的にはしたいけど、ショッキングにしたくはなかったんだ。穏やかにこのイメージを伝えたかった。『もののけ姫』の雰囲気だね。とてもインスパイアされているよ。自然とか、生命の息吹とか、そんなものを大事に表現したかった。最後、お侍が死んで、土になって、葉っぱとかになって戻ってくるんだ。
■ああ!
バス:輪廻転生っていうかね。そんなふうに命を表現した作品なんだ。たださっきも言ったけど、そんなテーマだとふつうは3分のミュージック・ヴィデオじゃなくて映画の規模になっちゃうよね。アレックスとジョーはとても上手にまとめてくれたと思う。すごく満足してるんだ。
■うんうん。すごくよくわかります。じゃ"ブラッドフロウ"っていうのは人間の血流というより、宇宙の血流、宇宙のブラッドフロウってことなんですね。
バス:イエス。そうだね! 歌詞からはストレートな意味でとれるけど、自分の血の流れっていうことでは必ずしもないんだ。それはインスピレーションだったり、比喩的なものだったりもするし。
■はい。うんうん、今のですごくよくあの歌詞の意味がわかりました。なるほどなあ。あの曲ってどのパートからできたんですか?
バス:ええと、2年くらい前に作ったからいま一生懸命思い出しているんだけど......確実なのはベース・ラインからできたってことだね。
■ベース? へえ。
バス:なんとなくベースを弾いてたときに、日本ぽい感じのフレーズだなっていうのが出てきて、それを録音して重ねていったんだ。で、何度も聴いていろいろ録音しているうちに、すごくダークな雰囲気が生まれてきた。そのダークな雰囲気に自分自身がインスパイアされて詞が出てきたんだ。そんな順序だね。このアルバムは、基本的にはポジティヴなものとして作っていたんで、すごくダークなものっていうのは入れているつもりがないんだけど、結果的にはこの曲はダークなものになったかもしれない。
■ダークっていう言葉、じつは私もキーワードとして考えていたものなんです。いま聞いてとてもその言葉が響きました。『セルリアン』というタイトルについて話してくださったように、このアルバムには天上的な雰囲気がありますね。明るくて透明なものです。でもそのなかに攻撃性とか暗さというものが分かちがたく張りついていると思うんです。実際に"プリー"なんかには「ダーク・ワールド」ってモチーフが出てきますよね。「セルリアン」は同時にダーク・ワールドを表現してもいるんじゃないかって......あなたは、この世界がほんとに「ダーク・ワールド」だって思いますか?
バス:ええと......この、いま生きている世界がダークな場所だってふうには思っていないよ。他の曲でも、必ずしも書いたことが本心からそう思っていることだというわけではないんだ。と言いつつも、"プリー"を書いたときには僕は少し落ちこんでいた。世界は真っ暗だってくらいのテンションだったかもしれない。それがすごく表現されているとは思うよ。いまは、まったく違うテンションで、そんなことは全然思ってないんだけど、ライヴで演奏するとその時のエモーションがすごく戻ってくるんだ。だから聴いてくれるオーディエンスの人びとにもそれが伝わってしまうんじゃないかな。歌詞の内容は恋の話なんだけど、実際に自分はそのとき恋愛をしていなかったんだ。でも恋愛というものがどういうものか、どんな気持ちになるのかっていうのは、一般的な情報としては知っているから、曲を書くときにそのキャラクターにはなりきれる。そういう演じていた部分もあるかな。よくこういう取材とか友だちからの質問で、恋愛の相手は誰なんだ? ってきかれたりするんだよね。でも相手はべつにいないんだ。
■"プリー"の演奏はほんとに心に残りますよ。逆に冒頭の"アポロジェティック・ショルダー・ブレイド"は教会音楽的な響きを持っていて、ずばり天上のイメージなんですが、あの「ヒュー」っていうモチーフはなんですか?「ヒュー」がコンピューターから這い出したってことを祝福する音楽なんですか?
バス:あははは! あれ、くだらないんだけど、ヒュー・ジャックマンのことなんだ。
(一同笑)
■が、出てきたんですか(笑)? このインタヴュー、締まらないじゃないですか!
バス:いや、ヒュー・ジャックマンが好きで......あはは! 夢の話なんだ。夢ってすごくロマンチックなものなんだけど、実際の内容はすごくバカみたいでありえなかったりするよね!
■あれ、あのワン・センテンスしかなくて(※「ヒューがコンピュータから這い出していった」という一行のみの詞)、しかもむちゃくちゃハイ・トーンで感情こめて歌うじゃないですか(笑)。
(一同笑)
バス:一番はじめに指摘してくれたように、このアルバムはすごく若さにあふれたものなんだ。若いときの攻撃性とかパッションとかエモーションが詰まってるって言ってくれたけど、この曲なんかはまさにそうで、若気のいたりですらあるよ。このときは、こんなふうにやるのが超おもしろいって思ったんだ!歌詞はもっとあったんだけど、全部切ってこれだけにした(笑)。
■超、印象的ですね。全部切って正解ですよ。ええと、時間がないということで、私まだまだいろいろ聞くことあったんですけど......
バス:さっき、ダークネスって話も出たけど、次の作品は「ダーク」なものにしよう、そういうインテンスなものにしようと思ってるんだ。楽しみにしててください。アリガトウ!
※2