「Cid Rim」と一致するもの

 Hello Hello! hey hey! heykazmaですッ!!
 今年もよろしくねん!!
 今回は~~~⟡‎♡‧₊˚
 2/2にリリースした、わたしの1st EP「15」について!!
 ライナーノーツ的なやつ、書いちゃいますよ!!

https://www.ele-king.net/news/012128/

 まず、EPタイトルの「15」ってなに? と思うあなたへ。ズバリ言うと、わたしの年齢です♪ このEPは “15歳までの時間” をぎゅっと詰め込むことをコンセプトにしています。これまでの思い出や感覚、その時々で感じていたことを、そのまま音に残すようなイメージで制作しました。
 ジャンルは特に縛りなく、わたしが好きなものを全部詰め込んでいます。Juke / Footwork、Techno、ノイズなど、そのときつくりたかった音を素直に形にしました!!!!!!!!
 アートワークは飯田エリカっちの撮影した写真をベースに、msmsちゃまが可愛い猫の絵&heykazmaのロゴを描いてくれました!! 超お気に入りアートワークすぎる、ナイスワーク感謝すぎます!!!
 てことで、楽曲の解説をしていきますで〜♪

1. 15

 EPのリード曲 “15”⟡‎♡‧₊˚
 “ALL THAT’S FOOTWORK” という、以前わたしが制作した曲をベースに、音を足したり引いたりしながら、いまの自分の感覚で作り直した曲です。今回はポエムコア、ラップ、ビート、ベースを入れて、かなり “いまの自分” を前に出した一曲になってます•¨•.¸¸☆*・゚
 近頃は、ヘイトスピーチやレイシズムに満ちた言葉を、SNSどころかまさかの路上で(もしくは車の上から汗)聞くこともあり、正直びっくりしています。世の中がそういう傾向にある? だとしたらとてもダサい。
 わたしは、誰に何を言われても「わたしはわたし」っていう気持ちを絶対に手放したくない。
 その感覚を、そのままポエトリーとしてラップに込めています。
 どこで生まれて、どこで息して、どこで育って、どこで学んでも「わたしはわたし」。メイクすること、好きな服を着ること、誰を好きになってどこで暮らすか、全てはわたしの自由だし、あなたの自由でもある。人を傷つけなければ、それで全部OKじゃん❣️ って思ってる。
 つまり、I am Iってことや⭑
 ベースはあっしの大親友・MAIYA(illiomote)に弾いてもらいました!!
 以前、マヴのあっこゴリラちのライヴを観に行ったとき、サポートでベースを弾いているMAIYAを見て「この人最高すぎっしょ」ってなって! 今回、曲にもう一段階深みを足したいなって思ったとき、「MAIYAにお願いしよう」って自然に思えて、参加してもらうことに。結果、最高すぎて感謝しかないっすわ✩*・

2. Pre Pariiiiiiiiiiiiiiin
3. Pariiiiiiiiiiiiiiiin

 この2曲は、セットでひとつの流れとして制作しました˖⁺‧₊˚✦
 リード曲 “15” とは対極にある存在で、空気が一気にexperimentalな方向へ傾いていきます。
 “Pre pariiiiiiiiiiiiiiin” はノンビートの楽曲として始まり、音の質感や余白そのものを意識した構成に。そこから “Pariiiiiiiiiiiiiiin” でビートが立ち上がり、Technoとして再構築されていく流れになっていますっっ!
 制作のきっかけは、以前栃木県・益子町を訪れたときの体験でした。益子陶器市の会場近くで、割れた陶器の破片が地面一面に散らばっている場所があり、そこを歩いたときの音をボイスメモで録音していました。陶器が擦れる乾いた音や不規則なリズムを細かくチョップし、ビートの素材として組み立てています。
 サウンド面で特に影響を受けたのは、Mick Harrisの別名義・FRETによる『Over Depth』や、Mark Fellの『multistability』。ビートを単なるリズムではなく、構造そのものとして扱う姿勢に強く惹かれました。
 踊れるけれど安定しすぎない、気持ちいいけれどどこか落ち着かない。その曖昧なバランスを大切にしながら制作した2曲です☆≡。゚.

4. Cat Power

 “Cat Power” も “15” と同じく、もともと “€at P0wer” という曲をBandcampでリリースしていて、そのトラックをベースに、音を足したり引いたりしながら、いまの自分の感覚で再構築していった一曲です꙳·˖✶
 この曲では、私の声に加えて、飼い猫のNancyの声をサンプリングしています。
 愛おしい猫ちゃん。my sweet catって感じで、何気ないおうち時間を、いつの間にか癒しの時間に変えてくれる存在です˚✧ ˖
 全部そばで受け止めてくれる感じがして。猫、ほんとに最高。猫の力は偉大!!!
 “15” でも影響を受けているけど、この曲は特に、関西のJukeアーティスト・PICNIC WOMENや、Satanicpornocultshopから影響を受けまくって制作しました₊♪‧˚*

5. Acid Noise

 さあさあ、EPいちばんの問題作、“Acid Noise” でございます!!! 名前のとおり、Noise Music。正直、EPのなかでもかなり振り切った一曲になってますし、完成に辿り着くまでいちばん時間がかかりました……。一歩間違えると、ただ効果音を並べただけみたいになっちゃうので、そのあたりはかなり工夫しています
 この曲は、仲良し・食品まつりちゃまの “KOUGEKI ROBOT” や、我らがmasonna先生、そして今回のEPプロデューサーであるカワムラユキの旧名義、VENUS FLY TRAPPの『Egology』などをリファレンスに制作しました!!!
 EPの流れのなかで、少し空気を壊すというか、耳と感覚を一回リセットするような存在になってたらうれしいです。これもいまの自分!!˚₊‧⁺˖

 てな感じで楽曲解説は以上です。ぜひこれを知った上で聞いてみてほしいな! リファレンスをまとめたプレイリストも作ったのでよければチェックしてみてくださいな。


https://youtube.com/playlist

 こっからはEPリリースのお祝いコメントを、わたしの大好きなアーティストの方々に書いていただきました!!
 ele-king編集長・野田氏、編集部・小林氏からもいただいております!!

EPリリースおめでとう!!
DJ、パーティーオーガナイザー、コラムニストなど、様々な視点からカルチャーを俯瞰している。その中で自由な泳ぎ方を見せている。決して誰かを強制したり、価値観を押しつけているわけではなく、私はあくまでこうあり続けるという一つの個として音楽を表現しているように感じる。その異色でありながら、色彩を選び抜く力というものは、オーガナイザーとしても培った、出会うことを知らない引力を、引き合わせる力を持ち合わせているからこそ生まれてくるものだと思う。
これからまだ見ぬ化学反応を起こしてくれることでしょう。
それを目撃し続けたいです。
- 北村蕗

ビートのバリエーションの豊富さ、サウンドもトライバル感ありつつ、フィールドレコーディング的なサウンドも織り交ぜて音響的にもめちゃくちゃヤバいepです
- 食品まつり a.k.a FOODMAN

ここにエレクトロニック・ミュージック界の新星、耳を澄ませ! - 野田努 / ele-king 編集長
最初の輝きはいつまでも色あせない――期待の原石がついに転がりはじめた - 小林拓音 / ele-king 編集部

衝撃の15歳!!! 1st EPリリースおめでとうございます!!!
この年齢で、ここまで自分の世界観と音を持っているなんて、可能性しか感じません!!!
これからどんな景色を見せてくれるのか、どんな進化をしていくのか、今から楽しみすぎます!!!心からのリスペクトと応援を込めて。
- もりたみどり / WAIFU

ついにこの時が来た!!!hey様の、踊りながら飛び出してくるような立体的な躍動エネルギーを、世界が、浴びたがっている!!!!
- ShiShi Yamazaki

高円寺のあれこれレコードショップLOS APSON?周辺にて勃興するイベント、DDMメンバーとしても登場してもらっている高一エクスペリメンタル妖怪系クリエイター!?heykazmaが、新しいEPをリリースするというので聴いてみたっ!!! 現代のテンポ感で刻まれる鳴りの良いフレッシュダンサブルサウンドと、ライトなコラージュ感覚で、ポジティブなバイブスを無限に放っています!
- 山辺圭司 / LOS APSON?

heyちゃんの楽曲でベースを弾きました!オファーをもらった時にえ、ベース!?
となったんですがheykazmaの頼み断るわけがない!みんなを新しい世界に引き込んでしまうようなheyちゃんにいつもパワーをもらっているし、こうした形で大きなスタートに関われて嬉しいです。ありがとう。未来でしかない!EPリリース本当におめでとう。
- Maiya Toyama / illiomote

素晴らしいスタートライン!ポップなフットワークビートも、エクスペリメンタルなノイズも、heykazmaの血肉となって通過した痕跡を残し、めちゃくちゃエネルギッシュ!heykazmaが本格的にプロデューサーとして活動を始めたことは、これからのテクノの希望でしかない˚. ✦
- 壱タカシ

「15」。原子記号で言えば燐。空気中で自然発火する元素だ。ギリシャ語Phosphorusフォスフォロスとは、「光をもたらす者」もしくは「明の明星」。明け方太陽に先立ち光輝く金星だ。奇しくもプロデューサーのカワムラの通称はヴィーナス(金星)。このデビューEPがクラブシーンにおいて、いち早く光もたらすアルバムにならんことを!
- ヴィヴィアン佐藤

 そんなわけで、heykazma 1st EP「15」特集でした。
 ぜひみなさんサブスクで1000000000000回聴くのはもちろん、Bandcampでも音源販売中ですのでサポート何卒よろしくお願いします!!!!

 そして、お知らせ!
 heykazmaのHPができました。
 いろんな情報ここからチェックできるようになってるので、ぜひみんなみてみてね〜
 https://sites.google.com/umaa.net/heykazma-official/

 最後に、私が都内でお気に入りのベニューであり、桜台poolのオーナーでもあるカイライバンチの清水さんが、先日お亡くなりになりました。
 poolのような文化的な場を自らつくりあげ、その空間を守り続けてこられた清水さんのような先輩方がいたからこそ、私たちは自由に、そして尖った表現を続けることができたのだと心から思います。
 つい先日、友人の魔女・円香さんが主催するイベント「Circle 2026」が桜台poolで開催され、私もDJとして出演させていただきました。その際に清水さんにお会いしたばかりだったので、二週間後に訃報を知り、あらためて日々のかけがえのなさを強く感じました。
 心よりご冥福をお祈り申し上げます。
DuctronTwin2020
 ではではまたどこかでお会いしましょう.
 またね ࣭ ⭑

2025年のFINALBY( ) - ele-king

 この過去の夏、大阪の歴史的建造物であるミソノビルの閉鎖/解体の発表に対する悲しみは、その歴史と長寿を祝うための一連のパフォーマンスによって明るいものとなった。7月5日に予定されていたそのパフォーマンスのひとつは、∈Y∋(BOREDOMS)による新プロジェクトFINALBY( )(発音 ― Final B Empty/ファイナルビーエンプティ)であり、大阪を拠点とするCOSMIC LABとのコラボレーションであった。大阪音楽シーンの伝説である∈Y∋は、間違いなく、このビルの長寿を祝う最適な人物だった。興奮した私は、すぐにチケットを購入し、関西への旅を計画した。不運なことに、いまはもう11月の終わりであり、スケジュールの都合でその旅をキャンセルせざるを得なかったことに、いまだに軽い痛みを覚える。ああ、なんという惨めさ! 叶わなかった夏の記憶。家に居なければならなかった悲しみは、ほとんど耐えがたいものだった。

 しかし運命とは不思議なもので、東京では∈Y∋関連のイベントが次々と行われている。逃した夏の機会を補って余りあるほどに。∈Y∋は渋谷の中心ど真ん中、ミヤシタパーク3階のgallery SAIで開催された新しい展覧会Mapocy(まぽチー)のために東京に戻って、さらに、歌舞伎町のZERO TOKYOにおけるFINALBY( )の東京初演があった。それから、歌舞伎町の王城ビルでのBENTEN2のための∈Y∋の2024年のARV100パフォーマンスのマルチスクリーン・インスタレーションもあって、Art Tokyo Week でのC.O.L.O.(COSMICLAB)による小さなサプライズ・コンサート、さらに締めくくりとしてMUTEK Japanの巨大ステージでのC.O.L.O.とのユニークなオーディオ・ヴィジュアル・パフォーマンスがあった。
 日本のオルタナティヴ・シーンにおける最大級の革新者としての∈Y∋の多く多くの年月にもかかわらず、BOREDOMSの非活動とより散発的なソロ活動が相まって、∈Y∋は数年間“混沌の中心”にいなかった。だからこそ、半年の間にこれだけ多くのイベントがあることは、一種の“再紹介”のように感じられる。新たな歴史をつくるための完璧なタイミングだ。私が最後にBOREDOMSのライヴを見たときのひとつは、∈Y∋がステージ上で足を骨折し、痛みにもかかわらず演奏を続けたときだった。だから、まだ気づいていないなら言っておくが、∈Y∋関連の出来事はしばしば歴史的なのだ。私はこの秋のこれらすべての素晴らしい体験をレポートにまとめた。

MAPOCY

 5つの部屋に分かれ、とくに4つ目はほとんど“隠し部屋”のようなサプライズになっている。本展「MAPOCY」は、∈Y∋のジャンク・アート的な作風を巨大インスタレーションとして展開したもので、現在も活動をともにするPUZZLE PUNKSのパートナー、マルチメディア・アーティストの大竹伸朗の気配と、彼がしばしば扱うドラムのシンバルというモチーフが混ざり合っている。
 まず圧倒されるのは、とにかく“緑”。これでもかというほど緑。壁に取り付けられたキャンバス、シンバル、ビニールシート、ガラクタの数々——あらゆるものに緑のペンキがぶちまけられている。床にまで飛び散っていて、空間全体が緑色の施工現場のようでもあり、同時に、初期∈Y∋作品でも見られた木片の寄せ集めによるギザギザの形状がそこかしこに出現している。
 ひとつ目の部屋は床と壁にオブジェが置かれた比較的ゆとりのある空間だったが、ふたつ目に入ると一転、大小さまざまな物体が山のように積み上がり、すべてが同じ緑に染められている。天井からはビニールシートが垂れ下がり、換気用のファンが絶えず唸っている。最初はまとまった形など見えず、ただ“ノイズ”だけがある。正直なところ非常に混乱を招く展示だが、もし音楽におけるノイズに惹かれる人なら、聴覚的ノイズと物質としてのノイズに大差はないとすぐ理解できるだろう。
 混沌は3つ目の部屋でも続く。奥の隅にほとんど真っ暗な空間へと続く黒い入口が見え、その向こうに“4つ目の部屋”がある。ここはFINALBY( )のメンバーたちと制作した映像作品が、三面の細長いクリーンに巻物のように投影されるダイナミックな空間だ。黒いビニールシートで覆われた小さな穴をくぐって入ると、モノクロームの点滅するプログラム図形と、轟音のノイズ・ミュージックが部屋全体を震わせている。精密にピクセル化された映像は、伝統的なアジアの雲や花の意匠を再構成し、左右から現れては中央でぶつかり、新たな幾何学へと変容していく。その視覚的なカオスは池田亮司のもっとも衝撃的な作品を思わせつつ、より柔らかく親しみのある感触を残す。ここを先に観たことで続くFINALBY( )のライブがどのようなものになるのか、無自覚のままヒントを得ることになった。
 最後の5つ目の部屋は、これまでの強烈な表現から一度“息をつかせる”空間だ。出口前の壁一面に、古い手描き作品と実際のアナログ盤が組み合わされて展示されており、紙のドローイングという∈Y∋の原点的な表現へと立ち返る、一種の後味として配置されている。

FINALBY( )

 FINALBY( )が初めて姿を現したのは、観客の多くがその存在を知らぬまま迎えた2021年のフジロックだった。以来、その公演歴は香港、大阪、そして今回の東京のみと極めて限定的だ。∈Y∋が音楽家であると同時に卓越したヴィジュアル・アーティストであることはよく知られているが、これほどまでにステージ上で視覚と音響が正面衝突した例は稀だ。私の目には、テクノロジーを全面的にアップデートして蘇った現代版ハナタラシのようにも映る。∈Y∋は、身体性を伴う新しいパフォーマンスを構築しており、それはパフォーマンス・アートと、ノイズマシンや照明、センサーと接続されたオブジェ群とが密接に絡み合ったものだ。この技術面を支えるFINALBY( )の共同制作者は、COSMIC LAB(C.O.L.O.主宰)、アートエンジニアの堀尾寛太、そしてプログラマーの新美太基である。デジタライズされた∈Y∋——まさにテクノロジー時代が生んだ独自の結晶だと言える。
 私自身、この新しい方向性の萌芽を、パンデミック前の原宿で偶然目撃する幸運に恵まれた。2019年、TOKYO CULTuART by BEAMS Harajuku で開催されたBOREDOMSのTシャツ展でのことだ。∈Y∋はフェイスマイクを付け、両手に装着したモーション・センサー内蔵のサウンドマシンからノイズを放ちながら、黒いジャケットの下に隠れた装置を動かし、通常のマイクに縛られない歌唱を試みていた。ここにはすでにFINALBY( )の原型があった。また、このとき∈Y∋は巨大な円錐形オブジェへの偏愛を初めて披露している。黒いコーンの底部にセンサーが仕込まれており、それを持ち上げて振るたび、音は揺らぎ、形状の奇妙さも相まって視覚的にも滑稽で魅力的だった。背後には技術面を支えるエンジニアが控えており、30名ほどのファンしかいない小部屋での濃密な光景は、後に東京で結実するまでに6年かかった構想の出発点を示していた。

 FINALBY( )を観に行く前、気分を高めようと私はBOREDOMSの入手困難な問題作『Super Roots 5』を久々に取り出した。重厚なドラムとシンバルへ傾斜していく初期段階にあたる一枚で、1曲=1時間という構成、ほぼ一本調子の宇宙的トーンに泡立つノイズとシンバルが折り重なる——「曲」というより「体験」だ。これを聴くと、1982年のある出来事を思い出す。
 1982年、前衛ギタリスト/作曲家グレン・ブランカは『Symphony No.2 – The Peak of the Sacred』をライヴで披露した。副題「聖性の頂」は本来その作品固有のものだが、彼のエモーショナルな創作全般を言い当てる表現でもある。複雑な転調をほぼ廃したこの交響曲は、天上のエネルギーが雷鳴のように連続して吹き荒れる、彼の作品中もっとも強烈な体験のひとつだった。
「聖性の頂」とは、人間が自己を超越するための、絶えず恍惚と狂喜を更新し続ける音楽を指す。∈Y∋がBOADRUMシリーズやその他の公演で追求してきた方向性は、明言されていなくとも、まさにその頂点に向かう試みだったと私は感じている。「曲」よりも「経験」を重視する姿勢——それは彼の精神性と音楽性が複雑に深化してきた証でもある。FINALBY( )の公演中、∈Y∋はまさにその「聖性の頂」に到達しようとしていた。

2025年10月25日 FINALBY( ) LIVE in 歌舞伎町EXPANDED
presented by COSMIC LAB & TST ENTERTAINMENT CO.,LTD.

FINALBY( ) LIVE in 歌舞伎町EXPANDED Photo : Masayuki Shioda

 当日の「FINALBY( )Live in 歌舞伎町Expanded」というフルタイトルの公演は、実に2時間ノンストップのパフォーマンス作品だった。事前告知からは想像もできない構成である。チケットを買った時点で「2時間」とあったため、DJか何かが挟まるのだろうと勝手に思っていたが、違った。2時間まるごとが、巨大なノイズの奔流と悦楽的ヴィジュアルの対話で満ちていた。
 ステージ中央には、光に照らされ巨大なカップケーキのように見える“何か”が鎮座している。後にそれが、∈Y∋ がジェンベのように叩くノイズ・ジェネレーターであると知った。ステージ上には複数のコーンが配置され、最大のものは宙吊りになっていて、∈Y∋の身長を完全に覆うほど巨大だった(実際、後半で∈Y∋がその内部に隠れる場面があった)。さらに、フロア中央、観客のほとんどが囲むようにして別の巨大コーンが置かれ、公演後半ではそのコーンが発光し、∈Y∋の手で回転させられる仕掛けになっていた。
 ZEROTOKYOという会場は、巨大なメインスクリーンに加え、左右と背後にも細長いスクリーンが連なる独特の構造で、360度的な没入感を生み出す。MAPOCYで見たモノクロームのデジタル雲はここでも再登場し、背面や側面から湧き上がるため、観客は携帯で“映え”を狙う余裕を失い、その瞬間に没入せざるを得なくなる。近年まれに見る、記録では再現不可能な体験だった。
 奇妙なパンク・バンドから出発し、90分超の儀式的公演を構築できる存在へと変貌したBOREDOMS。その中心人物である∈Y∋は、観客の細胞レベルに作用する「悟性の構造」を知り尽くしている。聖性の頂。

 公演の最後、∈Y∋は稀にみる“口頭での解説”を行い、コーンの群れを「家族」だと呼んだ。FINALBY( )の本当のメンバーはコーンであり、人間はその媒体にすぎないのだと。※詳しくは∈Y∋本人が10月26日付でInstagramに投稿した説明を参照してほしい。
 この一連の経験は、初期舞踏、ローリー・アンダーソン、フィリップ・グラスらの系譜に連なる、ダイナミックなパフォーマンスアートの華麗な再誕に等しかった。


FINALBY( ) LIVE in 歌舞伎町EXPANDED Photo : Masayuki Shioda

∈Y∋ × C.O.L.O(COSMICLAB)@ MUTEK JAPAN

 渋谷で開催されたMUTEK JAPAN 2025で、∈Y∋はC.O.L.O.とともに初めてこのフェスのステージに立った。ART WEEK TOKYO(11月5日)のサプライズ公演をさらに拡張し、より長く、より“怪物的”な形で提示したものだ。FINALBY( )とは異なり、形式上は伝統的なオーディオビジュアル公演に近いが、幸いにも遥かに奔放だった。多くのMUTEK出演者が“引き算の美学”で勝負するなか、これは「足し算の極北」とも呼べる公演だった。
 FINALBY( )が2時間のノイズの海へ沈めるような体験だったのに対し、今回の2人は長いテーブルに並んで立ち、背後の巨大スクリーンとともに、∈Y∋のDJ PICA PICA PICA的な狂騒を現代化したような世界を作り上げた。FINALBY( )のノイズ成分と、モノクロームのフリッカー映像、そして近年∈Y∋が執着するハイパー・サイケデリックなシンゲリ(singeli)が高密度に衝突し合う。言語化困難なコラージュも大量に挟まれる。
 ∈Y∋の音楽とヴィジュアルは、まるでドラッグまみれのポップアートだ。C.O.L.O.は∈Y∋の衝動を鏡のように反射し、狂気じみたフリッカー花、精神を攪拌する幾何学模様、スクリーンいっぱいの“眼”、ハートやブタの絵文字が奇妙な規則性で踊り、そのあとにはスローモーションのデコトラ事故寸前3D映像が続く。強度は綿密に計算され、現実味がないほど完璧だった。息つく暇もない全頭脳的ラッシュ。

 ここ数ヶ月の間に、∈Y∋の唯一無二の表現が多角的に更新される様子を目撃してきた者として、2026年にさらに何が生まれるのか、ただ祈るばかりである。


FINALBY( ) LIVE in 歌舞伎町EXPANDED Photo : Masayuki Shioda


Sadness at the announcement of the closing / demolition of the historic Misono building in Osaka this past summer was brightened with a string of performances to celebrate the history and longevity of the famous landmark. One of those performances, scheduled on July 5th, was EYE`s (Boredoms) new project FinalBy ( ) **(pronounced - Final B Empty) (ファイナルビーエンプティ), a

collaboration with Osaka based COSMICLAB. EYE, a legend in the the Osaka music scene, was definitely the best choice to celebrate the building`s longetivity. Excited, I immediately purchased and planned my trip to Kansai. Unfortunately, it`s now the end of November and I still feel a light sting of having had to cancel said trip due to schedule conflicts. Oh the misery! A summer memory unrealized. My sadness at having to stay home was almost unbearable.

Fate though works wonders and Tokyo is enjoying a string of of EYE related events. More than enough to make up for the missed summer opportunity. EYE has returned to Tokyo for a new exhibition, Mapocy (まぽチー), smack dab in the center of Shibuya

on the third floor of Miyashita Park at gallery SAI, the Tokyo premiere of FINALBY ( ) at ZERO TOKYO in Kabukicho, a multi- screen installation of EYE`s ARV100 performance in 2024 for BENTEN2 at 王城ビル (also in Kabukicho), a small surprise concert

with C.O.L.O. (COSMICLAB) at Art Tokyo Week, and a unique audiovisual performance with C.O.L.O. on a huge stage for MUTEK Japan to round it out. Despite EYE`s many many years as one of the greatest innovators in the alternative scenes of Japan, the inactivity of the Boredoms coupled with more sporadic solo

activities means that EYE hasn`t been at the center of the chaos for some years. So with this many events within just half a year, it feels like a reintroduction of sorts. Perfect for creating new history. One of the last times I saw the Boredoms live was when EYE broke his leg on stage and kept performing despite the pain. So if you haven`t guessed so far, anything EYE related is often historic. I have compiled all of these great experiences this fall in a report.

MAPOCY

Separated into 5 rooms with the 4th almost a secret surprise, MAPOCY reflects EYE`s junk art style as a large installation closely in line with his ongoing PUZZLE PUNKS partner, multi-media artist Ohtake Shinro, mixed with his other common collaborator, the drum cymbal.

The installation is very, very, very, very, very green. Green paint splattered on canvases installed on the walls, on cymbals, on plastic sheets, on junk items. There is green paint literally everywhere including the floor. Almost like an artistic, construction site mixed with wooden assemblages, created into jagged shapes you can see in older EYE works. While the first room was spacious with objects on the floor and wall, the second room was chaotically littered and piled up with numerous objects of different types completely splattered with the same green paint, plastic sheets hanging down and a fan constantly going to keep possible fumes from making anyone sick. There were no coherent shapes at first, just noise. The site is honestly incredibly confusing and confounding but if you have any taste for noise in your music, I would say there is no difference between aural noise or physical noise.


The chaos continues in the 3rd room where in the far corner you might see a dark entrance way into a near pitch black room. The 4th room is a dynamic 3 wall screen scroll-like video of his work with the other members of FINALBY ( ). Only viewable by entering through a small hole created with black plastic sheets, the room literally reverberates with the intensity of the monochrome flashing programmed shapes and the noise music blasting. The images carefully pixelated reimagine traditional Asian cloud flower designs colliding into each other becoming new geometry. Often starting from the far left and far right side, they eventually meet in the center and evolve into new forms. The visual cacophony reminded me of Ikeda Ryoji`s most impactful works but with a fresh and friendly take. Visiting this exhibition first gave me a good unknowing hint of what the following FINALBY ( ) would be like.

The last room is a calm down from the bold expressions of the previous ones. Only one wall of older very familiar hand drawn art combined with physical lps before the exit, it was an interesting last taste offering a comparison to EYE`s initial choice of expression - paper drawings.

FINALBY ( )

FINALBY ( ) first debuted at Fuji Rock in 2021 in front of an unknowing crowd. Since then, FINALBY ( ) has performed only in Hong Kong, Osaka, and now Tokyo. We all know that EYE is a visual artist on top of being a musician but rarely has his visual side collided justly with the music on stage. Like an updated and rebirthed technological Hanatarash (by my eye), EYE has developed a new strong, physical performance more like


performance art coupled with objects connected to noise machines, lights, and sensors. His technical collaborators = other members of FINALBY ( ) are COSMICLAB (directed by C.O.L.O.), art engineer Horio Kanta, and programmer Niimi Taiki. This is very much a digitized EYE. Without a doubt a unique combination of our technical age.

I was lucky enough to witness the beginning of this new venture toward multi media in a small room in Harajuku before the pandemic. At TOKYO CULTuART by BEAMS Harajuku in 2019 for a BOREDOMS t-shirt exhibition, EYE wore a face mic and a black jacket somewhat covering two motion detecting sound machines attached to both his hands that emitted noises. Activating the sensors with motion and singing unbound by a regular mic, EYE was experimenting with the beginning of what would become FINALBY ( ). Here EYE also introduced his obsession with large cones as sound devices. To match his clothing, EYE had a black cone with sensors on the bottom. Picking it up and waving it around affected the sounds emitted and provided funny eye candy as cones are naturally bottom heavy and odd shaped. Behind EYE was an engineer to support the technical side of the performance. Having witnessed this very intimate performance in a room full of 30 or so fans, I can now see the initial development and vision that took 6 years to materialize in Tokyo.

To prepare and hype myself up for going to see FINALBY
( ), I dusted off a copy of the Boredoms` Super Roots 5, one of their most difficult to attain recordings and also their most abstract. At the beginning of their heavy drum and cymbal phase, the one track album is one hour long and basically one long cosmic tone

maintained straight with bubbling noise and cymbals. There is no song per se. Only a holy experience. This reminds me of 1982.

In 1982, the avant garde guitar composer, Glenn Branca performed live his work Symphony 2 with the added title “The Peak of the Sacred.” Only meant for that work in particular, that title though often describes much of his most emotional work. Symphony 2, one of the least complex of his works in terms of multiple chord changes, was one of his best for the sheer intensity and almost god-like continuous blasts of angelic amorphous energy that felt like thunder in the air.

The idea of the peak of the sacred evokes music that is continuously euphoric and orgasmic for humans to rise beyond themselves. EYE`s direction of the Boredoms with the BOADRUM series and other performances I feel were meant to reach “ the peak of the sacred” whether explicitly expressed or not. EYE`s focus on the “experience” over the “song” illustrates his evolving and complex mental state and music focus since then. Throughout FINALBY
( ), I keenly felt EYE reach “ the peak of the sacred” as only he could.

FINALBY ( ) Live in Kabukicho Expanded (the full title of the night) was a 2 hour uninterrupted performance art piece which didn't advertise itself to be that. Genius. When purchasing the ticket, I noticed that the performance was supposed to be 2 hours but I assumed that there would be a dj or something. No, it was 2 full hours of huge blasts of noise with EYE and matching euphoric visuals designed to create a dialogue that worked very perfectly.

On stage at the center was a “thing” that I could only describe as a light illuminated huge cupcake. That “thing” I learned later was a noise generator that EYE could tap at like a djembe. Across the

stage were several more cones with the largest suspended in air at the front of stage so massive it could cover EYE from head to toe (which it later did). In the center of the floor surrounded by the majority of the audience right before the sound and visual mixing booth of another huge - I do mean huge - cone on a platform that later would light and spin in a circle pushed by EYE. During the performance EYE moved back and forth from the stage to the floor centered cone. ZEROTOKYO, for the many who have never been inside it, is a venue unique in having not only a huge stage screen but long thin screens on the left, right, and back wall making a 360 degree surround experience.

The monochrome digital clouds from Mapocy re-introduced themselves here, they emerged from the back and the sides making everyone have to be present in the moment instead of looking for the next instagram moment with their phones. Unlike any performance I have been to in years, this was first time in ages where no documentation could do justice to each person`s experience that night. Whether with the noise assault or the constantly shifting orientation of the images.

EYE, having changed the Boredoms from an unusual, quirky punk group to a band capable of performing hour and a half concerts has attained the psychological knowledge few have of how to construct enlightening performances of such depth that change the molecules of the crowd. The peak of the sacred.

EYE named the group of cones a family and stated so at the end of the performance in a rare commentary of his ideas to the audience. The cones were a family and the real members of FINALBY ( ) making the human members only conduits. *** Please refer to his exact explanation of the cones posted on

October 26th on EYE`s own Instagram account. The total experience felt like a great rebirth of dynamic performance art in the tradition of early Butoh, Laurie Anderson, Philip Glass, and others.

EYE with C.O.L.O of COSMICLAB at MUTEK JAPAN

Held in Shibuya, EYE for the first time ever graced the stage of the 2025 edition of MUTEK JAPAN with C.O.L.O. (COSMICLAB) presenting a more fantastic and longer version of the surprise performance they did for ART WEEK TOKYO on Nov. 5. Unlike FINALBY ( ), this performance was closer to a traditional audiovisual performance but luckily more unhinged. Most performers of MUTEK try to impress with a less-is-more aesthetic but this was a case of more-is-so-much-more one. The FINALBY (
) concert was a submersion in 2 hours of near constant noise. The MUTEK performance of C.O.L.O. and EYE, standing together at a long table shadowed by a huge screen behind, was closer to EYE`s manic DJ PICA PICA PICA mix style. An incredible soup of noise portions of FINALBY ( ) with the same monochrome flicker visuals side by side with hyper psychedelic hardcore singeli music reflecting his ongoing fascination with the manic genre. And tons of near indescribable collages in between.

EYE`s music and visual style is like pop art on acid. C.O.L.O. convinced me he was the best collaborator for EYE, brilliantly reflecting EYE`s impulses assaulting the audience with demented flicker flowers, mind-altering geometry, a sea of eyes (totally tongue in cheek), heart and pig emojis dancing across the screen in similar patterns followed by near collision slow motion disaster 3D video game scenes of Dekotora trucks loosing their wheels. The intensity


was beautifully calculated and unreal. A full head rush with barely a moment to breath.

With so many perspectives of EYE`s singular always evolving expression in only a few months time, I can only pray that 2026 brings us more.

Vol.2:霜月エモエモdays✶ ࣪˖࿐ * - ele-king

 Hello Hello!  hey hey!  heykazmaですッ!!
 融解日記第二回スタートですヨ。11月、後半めっちゃ寒くてびっくりだわ〜...
 heyに負けじと世の中も色々動き回っておりますね。
 失言·不用意·不適切...うっかりでは済まされないことが多々起きておる...。
 もはやこれは他人事ではないぞ! 我々みんな当事者なのだᕦ(ò_óˇ)ᕤと思う今日この頃でございます。
 そんな感じで、ハロウィンリミキシーズのリリパが終わったあとは、北海道〜仙台でDJをしてきました。そのあと東京で数本DJして、今です。あっという間に12月が近づいてきている。色々な締切やミーティングなどに追われていますが、まゔたちとご飯〜♪行ったり、遊びに行ったりもしちゃってますゾ。なにしちゃってんだか〜〜〜(ワロタ。
 ここ最近起きたことでびっっっきりに嬉しかったのは、テクノ界の超大御所Jeff Mills大大大大校長様にお会いできたこと! KATAでおこなわれていた展示のレセプションにお邪魔しました。身長が私と同じくらいで運命って感じで嬉しかったョ♡ DJはナイトイベントだから見れずすごく残念。みんな行ってて羨ましいゾンヽ(`Д´#)ノ

 パーティ行けないの悔しいのでTOGAとコラボのJeff様Tシャツを購入しちゃった。
 ものすっごっ〜〜〜くオキニイリでやんす!!
 これ着てタンテのDJの練習をたくさんしようと思う〜〜〜ッ⁺˚⋆。 °✩₊

 こないだね、自分のDJ Mixのアーカイヴを一人で聴いて反省会やったんだけど、ほんとにさあ問題点おおすぎワロタなの。wwwwwww。4つ打ちsetなのにブレイク多すぎるなーって感じたり、ゲイン調整ちょっと甘かったりなんかキリないほど課題あって〜ン泣泣泣。みんなから「DJめちゃ良かったです‼️」ってよく言われるけど(もちろんめっちゃ嬉しい~~~!ラヴ~~~!だが!!!!)、俺ならもっと頑張れると思うので‼️‼️
 見守ってて欲しいなってすごいよく思う‼️ みんな、俺のこと、応援してくれえ‼️‼️

 そんなわけで、わたしが結構影響を受けているDJの方を今回は3人紹介&最近聴いてよかった音楽2つを紹介できたらなと。全員要チェックだぞっっっ❣️☆


WHY BE on NTS 20.10.25  (DJ mix)
 Why Beパイセンはコロナ禍、緊急事態宣言がでて自宅学習で学校も行けず暇をしていたときにネットサーフィンしまくっていたらみつけたベルリンのアーティストで、影響を受けまくっているDJの一人。WHY BEパイセンの定期的に提供されているNTS RadioのDJ Mixは非常に刺激をもらいまくってるにょ。Bass MusicやAmbientを軸にしてたり、選曲の幅は広め。昨年の3月にWWWβにて来日公演が行われていたけど、ナイトでの開催だから遊びに行けずで...超絶悔しいですわ。𐔌՞꜆˃̣̣̥⋏˂̣̣̥꜀՞𐦯


Prettybwoy / CIRCLE at SALOON 8 April 2025 air-rec
 プリヴォさんもコロナ禍、緊急事態宣言がでたりでなかったりしていたときにDÉDÉ MOUSEさんとPrimulaさんと3人でTwitchでDJ配信している様子とこを見て、一気にファンになたのよ。大好きなアーティスト。リスペクトしまくり。このMixは代官山Saloonでエア撮りされたもの。プリヴォさんの手元だけずーっと見ていたいぐらいテクニックがすごい。非常に感動ですワ...

 先日6年越しにやっとパーティでお会いできた。感動の極み(っ’-‘)╮ =͟͟͞͞ ʟᴏᴠᴇ 💖


BEAMS RECORDS w/ lostbaggage: 31st Oct '25 (DJ mix)
lostbagaggeことあんなちとは、今年1月、私が仙台(地元)に住んでいたときにマヴが企画してるパーティで共演して出会いました。一緒に大崎八幡宮のどんと祭(地元トークすぎてやばい)にいったりしたんだよ〜。それ以来、彼女が働いているBonoboやSPREADに遊びに行くと、ばったり会ったり〜って感じ。彼女のDJはどんな状況でもいつも己の魂感じるような展開で、フロアの真ん中で聴くととても心地が良すぎるんです。わんちゃん、幽体離脱ってことかもね。大パイセン。早くまたDJ聴きたいョ〜。⁠:゚⭑⁠:⁠。


hatchcatch - Nu-Disco & House Mix
 地元のDJで一番仲の良い、最高フレンドhatchcatch。
 私が出演してたパーティに遊びに来てくれて、声かけてくれたのが最初の出会いで、そこから一瞬で意気投合。本当に全てが最高すぎる!! J-POP〜Techno〜House、様々なジャンルでDJできちゃうのも尊敬。毎月開催していて、私も以前出演させてもらった彼女の主催パーティ「A.B.C DISCO」。次回11/29で在仙ラスト回らしいので、現地にいる人は絶対行こうね(あっしは行けないけど!泣)


北村蕗 - Spira1oop (album)
 私と音楽ユニット・machakaru、そしてフォト・コレクティヴ・HEAVENLY KILLERSとしても一緒に動いてる、まゔの北村蕗が11月26日にリリースする1st Album『Spira1oop』。一足先に聴かせてもらった! 北村ちゃまとはもう5〜6年ぐらいの仲で、かけがえのないおもろいマヴであり、ずっと変わらずカッコ良い戦友。ここ最近の進化っぷりはほんとに半端なくて、曲を聴いてると「これ誰にでも作れる音じゃないよな…」って思わされる。いろんな世代のダンスミュージックを通ってきて、しかもクラシックもルーツにある北村だからこそ作れる、フロアユースでありながら繊細なトラックがぎゅっと詰まってて、音の階層がとにかく深い。全人類必聴✦ ﹒₊˚𓂃
 12/6には代官山UNITでワンマンもあるらしいので、これは行くしかない。よっっしゃあ!
https://avyss-magazine.com/2025/11/14/66207/


セーラーかんな子 - PRESENTDAY
 かんな子っちは、今年6月に幡ヶ谷Forestlimitで開催された「Deep Forest」というイベントで共演したことがきっかけで知り合ったの。それまで彼女のことを知らなかったんだけど、オファーをいただいたタイミングで楽曲を聴いた衝撃はいまでも鮮明に覚えてる。
 彼女の音って、生々しさと切実さが同居してて、一度聴いたら本当に忘れられないタイプのものだった。さらに、ガザで起きているGenocideの現状についてわかりやすく発信して、声を上げ続けている姿勢は本当に頭が下がる。尊敬しかない。PRESENTDAYはbandcampでデータを購入すると売り上げが日本国際ボランティアセンター(JVC)パレスチナ緊急支援事業のほか、GoFundMeを通じてガザに住む方達に寄付される!
https://sailorkannako.bandcamp.com/track/presentday


 以上、おすすめheyのloversコーナーでした!
 どのアーティストもリスペクト超ありまくり。絶対チェックして欲しいです♡‧₊˚

 そんなわけで、heyの今後の予定は!

 11/30中目黒HEVNにて、『WAIFU 🦄🪩 TRANS JOY IS RESISTANCE 🍉❤️‍🔥』に出演!トークショー(w/Hikariちゃん&Andromeda♡)とDJ(90minくらい)で出演します☺︎
 がっつりTechnoやる!
  https://www.ele-king.net/news/012018/

 12/7長野県・松本市、club INNERSIDEにて『Happy Halloween Remixes 2025 Curated by heykazma Release Party 松本編』、開催されます!
 企画はりんご音楽祭主催でお馴染みのDJ Sleeperぴょん。食品まつりぽよ、カワムラユキ姐と一緒に松本向かいます。長野県民ちゃんはもちろん、色んな子たちマスカム!
  https://www.instagram.com/p/DRRVYHgkzy4/?img_index=1

 そのほかのDJ GIGのinfoはlitlinkをチェックしてね!
  https://lit.link/heykazma

 それでは次回の連載、どこかのパーティでお会いしましょう˖ . ݁
 以上、heykazmaでした!

 Hello Hello! hey hey! はろはろ! へいへい!
 今月からこの連載を書かせていただくことになりました、DJのheykazmaですッ!!

 普段は東京で高校一年生をかましつつ、experimentalを軸に、TechnoやHouse系のDJをしたり、ギャルマインド満載なトラックを作ったり、モデルをしたり、パーティを主催したり、遊びに行ったり……。アーティストとして、学業の傍ら、楽しく活動しています。

https://lit.link/heykazma

 この連載では、ワタクシことheyが制作した音源の話や、最近聴いてムネアツな音楽、日常のワラえることなど、みなさんと共有したいものをひたすら書いていく予定(キリッッッ)。ゆる〜く読んでもらえたら嬉しいhey!

 hey的にお気に入りのheyの現在地的なDJ Mixはこちら! 1億回聴いておくんなまし〜

 初回のテーマは……10/1にU/M/A/AからリリースされたRemix EP「Happy Halloween Remixes 2025 Curated by heykazma」について。
 この作品は、毎年10月になるとSNSでよく耳にするハロウィンソング定番曲!再生数がマジでヤバいJunkyさんのボカロ楽曲『Happy Halloween』をテーマに、heyがキュレーションを担当したEPです!

Junky- Happy Halloween (heykazma Remix)

 このお話をいただいたきっかけは、「Happy Halloween」の原曲をリリースしたレーベルのみなさんが、私が主催しているパーティ「yuu.ten」に遊びに来てくれちゃったことでした(感謝!!♡)

 「yuu.ten」は、2024年からスタートした“音に溶ける”をコンセプトにしたダンスパーティ\(^o^)/

 初回となるvol.1は、地元・仙台で愛しているお店「ファシュタ -Första-」で開催したの。東京から、普段一緒にユニットを組んだりしているマヴ・北村蕗をゲストに迎え、2人会をやっちゃいましたよ。

 そして、6月20日に開催したvol.2は下北沢SPREADにて。LIVE、DJ、アートパフォーマンス、似顔絵ワークショップなど、私の“好き”と“友人”をぎゅっと詰め込んだ内容に(((o(*゚▽゚*)o)))♡

 会場は満員で、来てくれたまゔたちからも「こんなイベント待ってた!」と言ってもらえて、本当に嬉しい夜だったよん˚ˑ༄

 後日、「heyちゃんにお願いしたいことがあったんだよね!」と、今回のリミックスEPの企画のお話をレーベルの方からいただきました。すごく光栄でテンション爆上がり!(わーーい

 今回私が担当したのは、いわばディレクター的な役割。
 リミキサーの選定、アートワークをお願いするアーティストの選定、MV監督の起用、リリースパーティの企画などなど…。

 特に最初に取りかかったのが、「誰にリミックスをお願いするか?」という部分。hey的に、原曲の“Happy Halloween”が持つ、ポップでキャッチーで、ちょっとホラーでかわいい世界観を、それぞれの解釈で楽しく再構築してくれそうなアーティストたちをピックアップ!

 結果、リミックスをお願いしたのが、Shökaちゃん、清水文太くん、バイレファンキかけ子さま、foodmanパイセンの4名! そしてアートワークを村田みのりせんせー、MVをALi(anttkc)っちにオファ〜しました!

 ジャンルも活動スタイルもバラバラだけど、それぞれの個性がピカピカで、hey的に「この人たちが並んだら絶対おもしろい!」と思える方々ばかり。
この選定には、これまでheyが遊びに行ったパーティや出会ったアーティスト、SNSで気になっていた方など、これまでの縁やつながりがめちゃくちゃ活きているchanょ。

 ここからは、今回リミックスをお願いした4組のアーティストについて、heyとその人たちとの出会いや制作までの流れを書いてみますっ!

Shöka (Remixer)
 Shökaちゃんとは、もともと共通の友人を通じて知り合いました。最初にちゃんと話すようになったのは、彼女が出演していたイベントに遊びに行ったときのこと。そこから、会ったり会わなかったりを何度か繰り返して、気づけば自然と仲良くなっていました。
 あるとき、「高校時代にボカロをよく聴いてた」って話をしてて、それを聞いた瞬間に「これはShökaちゃんにリミックスお願いしたいかも!」って直感で思ったんです。
 思い切ってオファーしたら快く引き受けてくれて、出来上がった曲を聴いたときは本当にびっくりしました。普段のShökaちゃんの独特なバイブスが音にも滲み出ている一方で、作品ではあまり見せていない音楽性もあって、すごくドープに仕上がっていて……不思議で、でもクセになるタッチの曲。何度も聴いては刺激受けまくりで、ひたすら最高!!

ライヴ観に行ったとき謎の遊びをしている写真...

清水文太 (Remixer)
 文太くんのことは、小学生のころハマっていた「水曜日のカンパネラ」のスタイリストをしていたり、私がずっと好きなクィア&フェミをテーマにした東京のDJパーティ「WAIFU」でライブ出演していたりと、名前を見かけるたびに気になる存在でした。
 ちゃんと話すようになったのは、実は今年に入ってから。私が出演したパーティにふらっと遊びに来てくれたのがきっかけでした。
 話してみたら、表現の幅広さとか感性の鋭さとか、想像以上で。彼の実験的かつ自由なバイブスにめちゃくちゃ惹かれて、今回のリミックスもぜひお願いしたいと!!!!
 実際に届いた音源は、まさに文太くんの空気感そのまま。“ハロウィン”というテーマに対して、甘すぎず、美しくて、でもちょっと毒もある。その微妙なバランスを取れるのは、やっぱり文太くんしかいないなって〜〜〜!♡

一緒に新宿御苑行ったら急にストレッチをし始める文太くん

バイレファンキかけ子 (Remixer)
 かけ子さまとは、クラブの現場で出会ったというより、SNSでかけ子様のDJ Mixや情熱大陸のBootlegを先に聴いて、「この人やばっ!」ってなったのが最初。
 初めて実際にお会いしたのは、上京してすぐ。かけ子さまが出演しているパーティに遊びに行って、フロア最前でマヴと爆踊りしてました(笑)。
 プレイ後に話しかけたら、めちゃくちゃ優しくて面白くて、バイブスが最高すぎて! かけ子様の音楽のお祭り感とハロウィンのお祭り感をMixしたら絶対最高になると思って、すぐオファーしちゃた! 結果、めちゃくちゃフロア爆発しそうなリミックスが届いて感動。安心信頼、安定のかけ子大先生!!

初めてお会いした時に撮ったツーショ!!

食品まつり a.k.a foodman (Remixer)
 食まつパイセンとも、かけ子様と同じく最初はSNSにアップされていた音源を聴いて強く惹かれたの.........!!!!!
 さらに、大好きな作家・アーティストのシシヤマザキちゃんと「1980YEN」というユニットを組んでいたこともあり、当時からすごく気になる存在。昨年の夏、下北沢SPREADで初めてライブを拝見したのですが、そのパフォーマンスが圧倒的で、やっと会えました!
 そんな中ふと!「ボカロと食まつパイセンの音楽が混ざったら面白いのでは!?」と思い、今回無茶振りオファーを〜〜〜〜(*´∇`*)
 そして生まれたのが、めちゃくちゃ異色でエグいサウンド。聴けば聴くほどクセになる、“スルメ楽曲”の極みです!! パイセン サイコー!

りんご音楽祭で会ったときの写真!!

村田みのり(アートワーク)
 みのり教授と出会ったのは6月。コムアイさんとみのり教授が主催する「おかしなおかね」に、参加したのがきっかけ。
 もともとインスタで作品を見ていて、「この世界観めっちゃかわいい!」って思ってたんです。
 実際にお会いしてみたら、テンションの波長がすごく合うし、初対面でもすぐに仲良くなれちゃた。
 そのあともイベントで何度か会ううちに、みのり教授の持つ柔らかさとか、アイデアの発想力にどんどん惹かれていって。今回のハロウィンのテーマを考えたときに、真っ先ににお願いしたい!って思いました。

はじめてみのりさんとbonoboでお会いした日
w/もりたみどりちゃん&Yoshiko Kurataさん

ALi(anttkc) (Music Video監督)
 ALiっちは、普段からよく遊ぶマイメンのひとりで、もう説明いらないくらい信頼しまくってる存在。私が主催している「yuu.ten」でもVJを担当してくれたり、彼が運営している神保町のイベントスペース「RRR」でブッキングしてくれたりと、お互いに呼び合ったり、遊びに行ったりな関係!映像制作に関しては本当に安心と信頼のクオリティで、今回も絶対にお願いしようって迷いなく思いました。打ち合わせではふわっと伝えただけなのに、彼が作ってくれた映像はPOPでかわいくて、動きもテンポも最高。本当に、ALiっちの映像が加わったことで、今回のEPやハロウィン企画全体の世界観が一気にぐっと立体的になったな〜と感じています。

りんご音楽祭で会ったときの写真!!

 そして最後に、hey自身が制作したRemixについて〜。
 heyはこの曲の「アゲな部分」にフォーカスして、Hard Technoでわっしょい感を大切に、数々の有名ダンスアンセムから影響を受けて、NEO盆踊りの極みmixに仕上げました! 500,000,000回聴いてくれ!

 今回の企画を通して、改めて「人と人とのつながり」や「音楽が持つ広がりの力」を強く感じました。heyがこれまで現場で出会ってきた人たちと、ひとつの作品を一緒に作り上げられたことが本当に嬉しい( ; ; )

 それぞれのリミックスが持つ世界を聴きながら、ぜひハロウィンという季節を自由に楽しんでほしいなと思うよんっ♪

 またリリースを記念して、日本橋にあるアートホテル”BnA_WALL”でhey主催リリパを開催します!!こちらも激アツな企画になってるので...絶対に来て欲しいです!!!!!!!!!!

 これからも私heyは己かましまくりで前に進んでいこうと思うよっ
 それでは次回の連載、どこかのパーティでお会いしましょう˖ . ݁

Happy Halloween Remixes 2025 Curated by heykazma
Release Party at BnA_WALL 日本橋

2025年10月31日(金)
18:00 Open
19:00 Start
22:00 Finish

■ DJ
heykazma
バイレファンキかけ子
カワムラユキ
CASE(Wangone)
■ Live
Shöka
清水文太

■チケット
¥3.500 当日(会場のみで販売)
¥3.000 前売り ※非売品ステッカー付 50枚限定
¥2.000 Under 25
※小学生以下のお子様のご入場は無料です。
※会場キャパシティの上限に達した際には当日券が販売中止となる場合があります。

Peatix | eplus

interview with Colin Newman/Malka Spigel - ele-king

 「時代の流れに身を任せながらも、自分の原則を守ろうとする」というのが、マルカ・シュピーゲルが、過去数十年にわたって音楽と人生の道を歩む上で指針としてきた哲学を、自ら説明した言葉だ。イスラエル生まれで最初はベルギーを拠点とするポスト・パンクと実験的ポップ・バンド、ミニマル・コンパクトとして活動を始めた。
「君は本当に詩人だね」と、この時間の大半で冗談交じりに語ったのは、彼女のパートナーでイギリスのポスト・パンク時代の伝説のバンド、ワイアーのリード・ヴォーカル兼ソングライターとして名を馳せたコリン・ニューマンだ。
やりとりのなかで、行ったり来たりしながら互いの空白を埋めるように話し、どちらかが割って入って会話の流れを調整する。コラボレーションが基本という感覚こそが彼らの自然な会話の仕方の本質の一部であり、おそらくそれが、音楽家として長く継続できている協働の特性をも垣間見せているのかもしれない。


Immersion
Nanocluster Vol. 1


Immersion
Nanocluster Vol. 2


Immersion
Nanocluster Vol. 3

 1980年代にベルギーで出会ったふたりの、尽きることのない好奇心、新しい音に対する鋭いアンテナを張り巡らせること、そして他者の作品を吸収して共有したくてたまらない、スポンジのような吸収力と解放的な感性が組み合わさったことで、魅惑的で変わりやすいオルタナティヴ・ポップ・ミュージックの歴史に大きな影響を与える(同時に影響を受ける)存在となった。

 〈スウィム(Swim ~)〉レーベルの共同オーナーとして、Githead名義のバンドとして、ここ最近ではエレクトロニック・デュオ、イマージョン(Immersion/没入の意味)名義として『ナノクラスター(Nanocluster)』における複数の人と共働するスピーゲルとニューマンは、おそらくこれまでで一番活発な活動を展開している。今年のはじめ、彼らは『ナノクラスター』シリーズの第3弾をリリースし、イマージョンとしては、アメリカのアンビエント・カントリー・トリオのSUSSと共に砂漠と海、コンクリートと空を融合させた、ヒプノティックで本質的なテクノで宇宙的なコラージュを創り上げた。その一方、イマージョンのニュー・アルバム『WTF?』は時代精神を捉えたタイトルで、9月にリリース予定だ。

 下記は、昨年夏に『ナノクラスター』の「vol.2」「vol.3」のリリース期間中に実施した、スピーゲル(MS)とニューマン(CN)とのインタヴュ-の編集版である。

80年代半ばのブリュッセルに本物のシーンがあった。〈クラムド・ディスクス〉だけでなく、〈クレプスキュール〉もあり、両レーベルにたくさんの国際的なアーティストが集まって、結果的にブリュッセルに住むようになったりしていた。物価も安くてツアーもやりやすかったし。

この世界に入るきっかけは何だったと考えていますか?

マルカ・スピーゲル(以下、MS):知識も技術もない状態でも、とにかく人と集まって一緒になって演奏することから始まった気がします。それでも、クリエイティヴであることの力がどういうものなのかを感じることができたのが大きかった。そして私は‶一緒に居ること〟の力を感じ続けている。私たちが常にコラボレーションをするのはそのため。他の人と演奏すると音楽面だけでなく、人間関係においても魔法みたいなものを感じるから。

コリン・ニューマン(以下、CN):僕はマルカとはまったく違う世界から来ています。いわゆるハードコアからネオクラシカルまでの、ありとあらゆる音楽の領域で、合奏(アンサンブル)にはふたつのアプローチの仕方があると思う。ひとつは、誰かが何か書き留めたものを皆で演奏するタイプ。もう一方は、皆で部屋に集まってその場で一緒に何とかするタイプだとすると、僕は最初の方。ワイアーが、ジャミングが下手くそなのは、周知の事実! 「部屋で一緒に音楽を作ってみよう!」と言っても決して何もできあがらない。基本的な作品の構造と要素があれば、非常に良いものになる可能性はある。それに対して、マルカは完全に怖い物なしなんだ。彼女が文字通り演奏を始めると、その周りに必ず何かが見つかるという具合。僕たちが最初に出会ったのは1985年で、それからほぼ継続的に長い時間、一緒に仕事をしている。

あなたは、ミニマル・コンパクト(Minimal Compact)の5枚目のアルバムをプロデュースされましたね?

CN:そう、『レイジング・ソウルズ/Raising Souls』をね。

その頃、つまり1980年代初頭のベルギーの音楽シーンは、アクサク・マブールとザ・ハネムーン・キラーズのマーク・ホランダー(オランデル)が〈クラムド・ディスクス〉で活躍していた非常に興味深い時代だったようですね。

MS:そう、ある種のエネルギーがあった。レーベル周辺にはタキシードムーンやその他の多様な音楽があって、コリンは完全に魅了されていたと思う。彼は、ロンドンで公有地に不法滞在するような生活から、ブリュッセルに移ってイギリスよりも少し穏やかな人びとや美味しい食事に出会えた。

CN:そうなんだ。すごく気に入っていたよ。本物のシーンがあった。80年代半ばは常に魅力的な時代で、〈クラムド・ディスクス〉だけでなく、〈クレプスキュール〉もあり、両レーベルにたくさんの国際的なアーティストが集まって、結果的にブリュッセルに住むようになったりしていた。物価も安くてツアーもやりやすかったし。

MS:ロンドンはかなり厳しい場所だった! 私はロンドンに行き始めたばかりの頃にショックを受けたの。ものすごく貧しい感じがして。あなたがブリュッセルに惹かれた理由がわかった。誰かと恋に落ちた以外にもね……わかるでしょう?

CN:一目ぼれだったよ。

MS:楽しい場所だったけれど、(シーンが)衰退すると退屈なベルギーになってしまった。

CN:それは、ベルギーのシーンが心理的な境界線を越えてしまったからなんだ。フランドルとワロン地域はほとんど別の国とも言える場所で、シーンは〈R&S〉レコードがあったゲント(ヘント)に移ってしまい、そこがテクノ・シーンのすべてになった。突然、〈R&S〉と契約した国際的なアーティストたちが現れて、シーンを牽引するようになった。エイフェックス・ツインの最初のアルバムをリリースしたのも彼ら。〈ワープ〉レーベルが頭角を現して彼らの輝きを奪うまで、ゲントには強いシーンがあった。

MS:私たちが再びロンドンに興味を持ち始めたのもその頃だったね。

CN:たしかにね。ブリュッセルからゲントへの移住を考えるぐらいなら、ポーランドに移るのと変わらない。どちらにも同じ銀行、同じ店があるけど、言語もメンタリティも全然違う。それに、ロンドンはまさに、拡大し始めている時だった。

MS:私たちはいつも、物事が始まりそうな場所に惹かれる傾向があるね。

CN:僕は1986年にブリュッセルに移ったんだけど、僕たちがそこを離れたのは1992年になってからだった。その時、ロンドンではようやく電子音楽シーンが始まったところだった。

MS:そして私たちはレーベルを立ち上げて、多くの電子音楽のアーティストたちと知りったの。

CN:移住する前には、マルカのミニマル・コンパクトでの活動が下火になっていて、シンガーのサミー・バーンバッハの近所に住みながらあるプロジェクトに取り組んでいたんだけれど、進展しなかった。そしたら、マルカにソロ・アルバムの話が来たんだよね。でも、彼女は知らない雇われのミュージシャンたちとスタジオに入るのを嫌がり、自分たちのスタジオで、自分たち自身で作りたいと思った。

MS:それに、彼らは私たちの考え自体を理解してはくれなかった。その頃ちょうど、自分たちのスタジオを持つということをし始めたばかりだったから。今では普通のことなのにね。

CN:彼女は、‶もうやり始めたからには、最後までやり遂げたい。さっさとやってしまおう″と言ったんだ。ロンドンに引っ越す時には、ガレージをしっかりと録音ができる場所に改造してレコードを作ってから、リリースしてもらえるレーベルを探すつもりだった。持っていた僅かな金でガレージに防音を施して、新しいミキシング・コンソールを買い、レコードを完成させた。だけど、レコードを出してくれるレーベル探しには完全に失敗したんだ。そんななか、ミュート・レコード社長のダニエル・ミラーとミーティングをしたら、「ここまで全部を自分たちでやったのなら、自分たちで出せばいいのに。やり方はこうだ……」と、レーベルの運営方法を2時間かけて指導してもらった。そして突然、アルバムをリリースすることになった。

MS:(私たちの)典型的な回答ね! 質問に対して、もはやまったく別の話題になってしまっている……!

その後、ミニマル・コンパクトのサミー・バーンバッハと一緒に、オラクルという名でコンピレーションを制作して出した。2枚のレコードを出したところで、マルカが言ったんだ。「私たちはテクノ・レコードを作らなければ!」と。

これこそが私の理想のインタヴューの形ですよ。私がやるべきことが少なければ少ないほど良い!

CN:実は、僕たちがレコード会社を作ったことをマルカが認めるまでに一年かかったんだ。彼女にはそれがとても思い上がったことに思えたから! それでも僕たちはマルカの初のソロ・アルバムをリリースし、そこから利益を得ることができた。

MS:あの頃はいまよりもまだやり易い時代だったから。

CN:そして、人びとはもっと多く(音楽を)購入していた。その後、ミニマル・コンパクトのサミー・バーンバッハと一緒に、オラクル(Oracle)という名でコンピレーションを制作して出した。2枚のレコードを出したところで、マルカが言ったんだ。「私たちはテクノ・レコードを作らなければ!」と。

MS:私はそんなこと言っていないけど!

CN:いや、言ったよ!君はもっとインストゥルメンタルな曲を作るという想いにかられていた。そして、常に‶ミステリアス〟という言葉を好んでいたね。

MS:多分、そっちの方がより純粋だからだと思う。テクノには‶フロント〟というイメージがあまり無いところに惹かれたの。音楽の制作者がどこから来た、どういう人なのかは知らなくても、純粋な音楽だけがすべてだと思うようなところに。

CN:そうそう、『NME』では‶顔なしのテクノ・バカ(”faceless techno bollocks)″みたいにまとめられたけれど、それは‶ジャングル″のような言葉と同じで、最初はこき下ろしみたいな呼び方だけど、結局は受け入れられるんだ。‶顔なしのテクノ・バカ″なんて、素晴らしい発想だよね![編註:これはすぐにテクノの匿名性、音楽重視で作り手のルッキズムに依存しない態度を賛辞する言葉になった] 最初のイマージョンのレコードでは、僕たちはドイツ出身だと偽ってウィッグやマスクを着けて宣材写真を撮って、でたらめな偽名を使っていた。レコード会社としては、レコードをリリースするだけだから、それが誰によるものなのかは関係ない。それが最初のイマージョンのアルバム『オシレイティング/Oscillating』だった。

ほぼ同じ時期にリミックス・アルバムもリリースされましたよね?

MS:当時はほんとうに簡単だった。電子音楽のミュージシャンがたくさんいて、誰もがオープンで、「お願いできる?」と聞くと「もちろん、リミックスするよ!」という返事がもらえたものよ。

CN:それはロビン(ランボー、別名スキャナー)が始めたんだよね。バタシー・バークを歩いていた時、彼が「リミックスしてあげるよ!」と言ったんだ。我々も、いいね! という感じで。僕たちはそれが12インチ盤を出す口実になると思った。それで2枚分のリミックス・アルバムを作ったんだけど、2作目の頃には、テクノ界の少し有名なクロード・ヤングのようなアーティストがリミックスを手掛けてくれるようになって、それらのレコードが売れたんだ! まだレーベルを始める前の〈ファット・キャット〉がコヴェント・ガーデンにレコード店を持っていたから、少し多めに白盤を作って〈ファット・キャット〉に渡せば、彼らがトップDJたちに売ってくれていた。

MS:そうやって、自然と広がっていったの。あの自然な流れが好きだったな。今は、すべて業界の仕組みを通さなくてはならなくて、その罠から抜け出すのは不可能ね。

CN:それで、僕たちのそれまでの歴史とはまったく関係なく、ダンス・ミュージック界でクールな音楽を出すレーベルという評判を得たんだ。その次に、LFOのゲズ・ヴァーリーから連絡が来て、「いくつかのトラックがあるんだけど、ワープは全部が‵聴くための音楽′でないと出したくないと言っている。俺はダンスフロア向けの音楽をやりたいのに」と言うんだ。ちょうど息子のベンを迎えに行く車の中でそのカセットを聴いたんだけど、最初のトラック“クオ・ヴァディス/Quo Vadis”を聴いた瞬間にこれはポップ・ミュージックだと思ったね!

MS:彼はG-Manと名義を変えて12インチを出して、この曲は大成功を収めたし、今でもプレイされている。日本でのワイアーのライヴで、ある人がワイアーの出番の前に“クオ・ヴァディス”をプレイしていた。その人は、コリンとこの曲の繋がりを知らなかったと思うけど。聴いた瞬間に、「ワオ! まだプレイする人がいるんだ」と思った。

CN:まさにクラシックな、ダンスのできるミニマル・テクノとして、DJたちに愛されたよね。この頃には僕たちはもう恐ろしいほどの評判を得ていたんだけど、ひとつのスタイルに固執したくはなくて。そして、ドラムンベースが登場し、僕たちも夢中になった。テクノはある種、アメリカンな感じがしたけど、ドラムンベースはまさにロンドンの音楽で、70年代パンクのような興奮を覚えた。突然、信じられないほどのエネルギーの爆発が起きた。正直、90年代半ばのある時点では、もうドラムンベースさえあればいいという感じだった。自分たちでも少し作ったけれど、その後、ロニー&クライドという、ブレイクビートのより知的な側面に分け入って、違う領域に挑戦する人たちと仕事をするようになった。僕たちはもう少しダウンテンポ寄りの作品をいくつか出して、90年代後半にはポスト・ロックの渦に巻き込まれ始めた。僕たちは90年代をアンビエント・テクノから始めて、ポスト・ロックへとたどり着いた。その時の時流に乗ったということだ。レーベルをやるのであれば、常に現代的であり続けなければいけない。

いまの話を聞いて、あなたが先ほど話していたことを思い出しました。あなたは、ネオクラシックからその他のさまざまなジャンルへと続く音楽の糸のようなものについて話してくれましたが、それに名前は付けていないと言いました。実は私もそういったことをよく考えるのです。ジョン・ケージからブライアン・イーノが1970年代にやったこと、それからパンクの時代にもっとも興味深いバンドがやっていたことまで、線を引くことができるのではないかと。それは、クラシック・ロックの正典の枠組み外にある、並行歴史(パラレル・ヒストリー)のようなものではないかとね。

MS:ストリーミングが始まってからすべてが変わったのではないかな。音楽を届ける範囲や、仕組みそのものが変わったのでは?

CN:根本的に変わったのは、どこに力があるかということだと思う。例えば、90年代のインストゥルメンタル・ミュージックの台頭は、アーティストがアメリカやイギリス出身でなくても世界的に活躍できることを意味して、その変化はストリーミングの普及によって完成されたんだ。今ではその現象は‶グローカリズム(glocalism)〟と呼ばれていて、アーティストが自国で成功を収めながら世界中へと広げていくことができる。それと同時に業界は、完全に石化したかのような状態になって——僕が言っているのは、メジャー・レーベルや大手の独立系のことだけど——なんとか過去の体制にしがみつこうともがいている。権力の分散化は確実に起きていて、それをさらに加速化させる必要がある。

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ドラムンベースが登場し、僕たちも夢中になった。テクノはある種、アメリカンな感じがしたけど、ドラムンベースはまさにロンドンの音楽で、70年代パンクのような興奮を覚えた。突然、信じられないほどのエネルギーの爆発が起きた。正直、90年代半ばのある時点では、もうドラムンベースさえあればいいという感じだ。

あなた方が一緒に働き始めた時、コラボレーションが重要になったと言っていましたね。年月を経て、それが大きく成長したように見えます。それはあきらかに、『ナノクラスター』の重要な要素のひとつですよね。

MS:それがすごく魅力的な領域なんです。長年音楽を作り続けていると、知らない人と一緒に働くこともあって、そんな時には自分の安全地帯から押し出されるようなことも起きてくる。どこか違う場所で、他の人たちのやり方に挑戦すると、視野が広がって、多くの選択肢を与えられるの。すべてのコラボレーションが私たちを新たな場所へと連れて行ってくれる。

CN:2000年代になると、ワイアーが再び始動して、それと並行してGitheadというバンドのプロジェクトにも取り組んでいた。10年前には、ブライトンに移住したんだけど、そこでまたイマージョンも復活させることにしたんだ。機材がかなりシンプルで、ただ一緒にギグをするだけでよかったから。イマージョンの前のアルバム『ロウ・インパクト/Low Impact』は1999年のリリースで、その次のレコードは2016年だった。長い間隔が空いてしまったけど、それが僕たちに自由に活動する空間を与えてくれた。それでアルバムを制作して最初は2枚の10インチ盤として発売し、後にCDに編集した――まるで島に住むアナログな生き物みたいなイメージで。実際にそれがタイトルになったんだけど(EP『アナログ・クリーチャーズ/Analogue Creatures』と『リヴィング・オン・アン・アイランド/Living On An Island』 をまとめたアルバム、『アナログ・クリーチャーズ・リヴィング・オン・アン・アイランド』)。実は僕たちがすでにその時、ブレグジットによる疎外感を感じ始めていたのがタイトルに表れているんだ。

今日の取材の前にその曲を聴いていて、そのことに強く感じ入りました。『リヴィング・オン・アン・アイランド』というタイトルと2016という年を見て「ああ、自分もその感覚を知っている!」と思ったんです。

MS:ブレグジットの投票時には、私たちは島に居て、あらゆるものから隔絶されているという強い感覚を覚えたの。

CN:僕たちは海辺に住んでいるしね。

MS:そう。そしてそれがある種の希望と楽観主義を同時にもたらしてもくれる。

CN:いくつかライヴやフェスティヴァルにも出演したけれど、大きな動きはなかったね。
でもブライトン在住の知人が、「ブライトンに居るなら、自分たちの手でシーンを作る必要がある」と言ったんだ。現地の音楽シーンは結構分断されているからね。

MS:ミュージシャンもすごく多いから!

CN:すごく多い! それで僕たちは、「それはどういう意味だろう? どうやったらシーンを生み出すことができるのか? クラブでイベントを企画してもいいけど、他の人とどうやって差別化できるんだろう? そうだ、コラボレーションの要素を入れてみよう」と思いついた。僕たちはターウォーター(Tarwater)とはベルリンのシーンの初期から何年も知り合いだったし、会場をみつけて、ターウォーターとイマージョンがコラボレートするイベントを企画しようということになった。彼らが数日間、僕たちの所に泊まり込んで一緒に曲を作ればよいと考えた。そして、それが上手くいったんだ。

MS:リハーサル中にもスタジオで録音ができたから、基礎となる録音を残すことができたしね。

CN:ザ・ローズ・ヒルという公共の、110人ぐらいのキャパの小さな会場でやったんだよね。ちゃんとしたお客さんで埋めるのも簡単な規模の。

これは、実はワイアーのブルース・ギルバートが人生と芸術について語った大事な声明のひとつ、「文脈がすべてだ(Context is all).」から来ている。僕はいわゆるビッグ・ボーイ・プロダクションと言われるものを常に嫌ってきた。レコードを聴いて、その背後に関わった‶プロデューサー″のエゴが透けて見えるような自己主張の強いもののことだ。

コラボレーションはどのような感じでやるのでしょう? 即興することもあるんでしょうか? それとも事前の準備の方が多めですか?

MS:まず私たちがアーティストにアプローチして、「私たちの方から3つの基本的なアイディアを送るから、あなたの3つの基本の考えを返送してください。何か思いついたものをそこに乗せてみてほしい」と言う。それを基に、あまりやり過ぎない程度に構築していく。それから相手と一緒になって完成を目指すの。毎回違うやり方にはなるけれど、それが基本的な構造かな。全然即興ではないけれど、完成度をそこまで高くしないから「うまく行くだろうか?」とか「良いライヴができるだろうか?」というような多少の緊張感もある。

CN:次に思いついたコラボレーションの相手がレティシア・サディールだった。‶クラウトロック・カラオケ″というものがあってね。

MS:ロンドンに長年住んでいる、日本から来た人が企画している、違うバンドの人達が集まってクラウトロックのヴァージョンを弾くという一夜があって、それが楽しいの!

CN:それをレティシア・サディールと一緒にやったんだけど、彼女はギター演奏の能力だけでなく、すべてのパートを覚えて参加したんだ。僕たちはそんなことをしたことがなかったんだけど! それを見て、彼女に『ナノクラスター』の話を持ちかけたら、セットをやってくれるのではないかと思った。

MS:彼女が私たちの所にやって来て滞在し、一緒に題材に取り組んで。そう、とても良かったわ。

CN:僕たちは多くの素晴らしい人たちを知っているけど、そのうちの何人かは僕たちがその人たちのファンであるという理由からなんだ。ウルリッヒ・シュナウスが宇宙で一番の音楽を作っていた時もあったし、他にもロビン・ランボー、スキャナー、勿論Githeadのね。彼のことももう何年も知っているよ。

MS:それ以来、私たちはますます幅広い分野でコラボを続け、紙の上では機能しそうもない奇抜なアイディアを次々と生み出してきたの。

CN:そこへ突然パンデミックが襲い、2020年5月に僕たちは4つのコラボレーション企画以外はまったくすることがなかったから、「アルバムを完成させよう」と決めた。実はこれは難しい決断だった。というのも、マルカと僕はそれまで一度もアルバムのミキシングをやったことがなかったから。まさに目から鱗が落ちるような経験だった。僕の感覚では、それが当時、僕たちのスタジオから生まれた作品のなかでも最高のミックスのレコードになったんだ。すべてをコラボレーションして制作したからだと思う。

MS:ある意味、ラジオからも影響を受けていたよね。異なるジャンルの曲をたくさん聴くと、音の組み合わせ方など、無意識に影響を受けていたと思う。

CN:その通りだね。それを2021年にリリースして、批評家からはある程度の高評価を得たけれど、パンデミックの最中にはプロモーションは何もできなかった。ライヴもすでに終わっていたので、ツアーを組むのも難しい状況だった。どちらにしても、2021年から22年にかけて、ツアーを検討したミュージシャンは、自分たちで主催するしかなかったし。

パンデミックの状況において、アルバムで他のアーティストたちとはどのように協力して制作できたんですか?

CN:すべてを事前に録音していた。

MS:リハーサルをしながら録音し、それを制作の基盤としたの。現在では、彼らが送ってくれる素材で仕事をしているけれど、次回作のコラボレーション(2025年のSUSSとの『ナノクラスターVol.3』)では、物理的な空間での作業はしないと思う。状況次第だけどね。スタジオ・ワークを完成させるには、互いにパーツを送り合うか、物理的に人が集まるかのどちらかの方法がある。

それは、プロジェクトの進化の一環ですね。始めた頃にはブライトン在住のミュージシャンたちや、移動が容易な人たち中心だったのが、より広範にアーティストを探し始めると、プロセス自体も変わってくる。

CN:まさに。最初の作品をリリースした後、「次のレイヤーに行くにはどうすればよいか」を考えた。多くの人と話をしたけど、誰もブライトンには居なかったし、パンデミック後というのは、誰もが自分のキャリアに集中していた時期だった。僕たちと仕事をするのは贅沢だと思われる可能性もあったから、何か別の方法はないかと考えた。僕たちの知り合いにサウス・バイ・サウスウェストの主なオーガナイザーのひとりであるジェイムズ・マイナーがいたので、そこで何かをやってみようと思った。

MS:それは結構怖いことだった。というのも、オースティンまで遠征して、現地の人たちと音楽を作らなければならなかったから。どうやってやろう?と。その時、リストにソー(Thor)・ハリスの名前を見つけたの。彼はその土地の人で、パーカッションを演奏するので、一緒に何かを創りやすいのではないかと思った。

CN:彼はかなりアメリカのミニマリスト・シーンの核心にいる人物だし。

MS:そして、生まれつきコラボレーションの才能のある人。

CN:ソーは、実に乗り気きだったね。事前に素材を交換したので現場に着いたらすでに基盤となるものもあった。結局、彼の家でリハーサルをすることになった――彼はただ優秀な音楽家であるだけでなく、大工、配管工、便利屋としても何でもござれの職人で、素晴らしい社会的良心も持ち合わせているんだ。

MS:彼は素晴らしい人物だった。彼の自宅で仕事ができたのは良い経験だった。オースティンでは誰もが知る人物。

CN:実際のパフォーマンスでは、ちょっとした試練のようだった。というのも、結局、ホテル・ヴェガスで演奏することになり、半分暗がりの、そこら中、酔っぱらいだらけのなかで、テーブルの上に機材を設置しなければなかったから。

MS:それがコラボレーションの良いところ。それぞれの異なる経験が、いつもなら行かないような場所にまで連れて行ってくれるので、かなりの中毒性がある。私たちは人と一緒に音楽を作ることが大好きだし、他の人の世界に引き込まれるのも特別なことだから。

それが、リスナーとして『ナノクラスター』のアルバムを聴くときに興味深い点のひとつです。音楽的な個性が互いに溶け合っていくかのような感覚なんです。多くの人が関わっていて、各盤面やディスクごとにコラボレーターが違うのに、常に一貫した雰囲気が漂ってくるからです。あなたたちがワイヤーとの作業について説明してくれたのとは対照的ですね。ワイアーでは各人の役割が明確に分けられ、決まっていたという。

MS:コラボレーターが違っていても、音に一貫した豊かさがあると言う声をよくもらいます。

CN:それはおそらく、最終的なミックスのやり方も影響しているだろうね。

MS:でも、それだけではないわ。私たちはそこに人間同士の繋がりを持ち込むから。いつも、最後には友情関係になって終わることが多いよね。

CN:僕たちは、一緒に仕事をする人の空間を作ろうと努めるけれど、文脈を設定した上でそうする。これは、実はワイアーのブルース・ギルバートが人生と芸術について語った大事な声明のひとつ、「文脈がすべてだ(Context is all).」から来ている。僕はいわゆるビッグ・ボーイ・プロダクションと言われるものを常に嫌ってきた。レコードを聴いて、その背後に関わった‶プロデューサー″のエゴが透けて見えるような自己主張の強いもののことだ。制作に関わるのであれば、その音楽とそれを聴く人の間の障壁を取り除くべきだ。リスナーがその音楽のなかに何があるのかを容易に聴けるようにするべきだと思う。自分や他の関係者を良く見せよう、聴かせようとすることではなく、全体が大事なんだ。

レーベル名をSwim(泳ぐ)にしたのはなぜですか?

MS:だめ(笑)? 私たちはいつも響きの良い名前を探しているんだけど。多分、私たちがいつも異なる人びとの世界の間に軽やかに浮かんでいるからかも。でも、ほんとうはよくわからない。それは後からついて来るものだと思う。この名前を聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?

私はブライアン・イーノのことを思い出しました。彼の音楽では水が繰り返し登場するテーマで、イマージョンで聴く音にもどこか似たものを感じます。あなた方は、どちらも他のバンドではシンガーとして知られていますが、ここでは多くの曲でヴォーカルを削ぎ落しています。だから、ポップスターやロックスターのエゴを排除して、他の可能性が生まれる流動的な空間を探しているように聴こえます。

MS:私たちは、『ウォーター・コミュニケーション/Water Communication』というコンピレーションも出したし、水は繰り返し現れるテーマなの。そして今は、海辺に住んでいるし。

CN:これは、ある意味、『ナノクラスターVol.2』のもうひとつのコラボレーションであるジャック(ウォルター、別名カブゾア Cubzoa)に引き戻される。2021年頃だったと思うけれど、皆が再びライヴを開催するようになり、僕たちはザ・ローズ・ヒルに行ってカブゾアに真に感銘を受けたんだ。

MS:彼は私たちに曲を送ってくれるようになったんだけど、曲というのは完成されたものなので、最初はどうしたらよいのかと戸惑った。通常は、もっと基本的なところから始めるから。でもとても興味深い挑戦になったし、すごく良い作品に仕上がったと思う。

「いまのバンドは大変なのよね。そうせざるを得ないんだから」「ほんとうにそう! パンデミック以降、業界はミュージシャンに圧力をかけている」

CN:さらにもうひとつ、これまでの『ナノクラスター』ではやったことのないことをしたんだ。それは、素材をどんどん出し合うことだった。最初は素材が足りていなかったから。結果、かなり素晴らしい成功に繋がった。彼の曲とはかなり違うものになったんだ。

MS:彼が一緒に居るとほんとうに良い人なので助かったわ。人間性は非常に重要だから。

前回の作品では、4人のアーティストが参加してそれぞれが10インチの片面を担当されましたが、2作目ではふたりとなり、各ディスクにひとりのアーティストが参加した形になっていますね。

MS:それは事前に決めたことではなかったけど、作業を進めるうちに素材が十分そろったことに気付いたの。今後はもしかしたら、コラボレーションはひとつだけになるかもしれない(注:実際、『ナノクラスターVol.3』では、SUSSのみとのコラボになった)。

CN:ルールを設けてはいないよね。ただ、僕たちはダブル10インチ(2枚組の10インチ盤)が好きで。この着想は、完全に実用面でのふたつの理由から生まれた。ひとつ目は、最初のアルバムを製造した際、12インチのヴァイナルをプレスするのに数か月かかったのに、10インチならずっと早く作れたということがあった。また、最初のアルバムには4つのまったく異なるプロジェクトが含まれていた。だから‶それぞれに専用の面があれば、それが自然な仕切りになる″と考えた。

MS:アーティストにとってもより興味深くなるしね。

CN:そう。それぞれが独立した作品になればね。当然のようにデジタル配信では、別々のEPとしてもリリースされているし、ストリーミングでは、短い長さのリリースがトレンドになっているようだ。例えば、20曲入りのアルバムをリリースしても、注目されるのは1、2曲だけで、残りは無視されてしまう。ストリーミングでは聴く人の注意力が極端に短いから。別々のEPにすることで、異なる人たちがそれぞれ別のアーティストに集中できると思った。でも実際には、媒体によるということなんだけど。

そして2作目では、各アーティストがより広い範囲でプレイする余地が得られると、EPのような短いフォーマットではなく、違う方向性になる気がします。

MS:そうかも。各アーティストがより多くの表現で貢献できるようになることが重要。

現在のあなた方の作品に共通するテーマのひとつは、独立した所有権の尊重のように感じます。ワイアーの場合も、バンドがカタログの大部分を所有しているというのは事実でしょうか?

CN:僕たちは80年代の作品は所有しておらず、70年代、80年代の出版権も持っていないけれど、70年代作品のマスターテープは保持していて、2000年以降の作品のすべても持っている。〈スウィム〉からリリースしたアーティストの一部は、自分たちで権利を買い戻していて、他のアーティストは特に気にしていないようだけれど、僕たちは喜んで権利を返還するつもりなんだ。他の人の音楽に執着する必要はない。

MS:あなたの場合は、所有権を持つことがとても重要だと思う。だって、大手レーベルが持つ影響力というものに嫌というほど、気付かされたんだから……

CN:僕たちにとっては、個人的にかなり大きな違いになったよね……。勿論、僕は非常に恵まれた立場で話しているわけだけど。つまり、70年代のワイアーの素材が何世代にもわたって受け入れられてきたから。それは70年代にリリースされた当時の人たちだけでなく、世代を超えて受け継がれて若い人にまで響いている、決して静かではないダイナミックな現象なんだ。さらにストリーミングの数字から判断すると、リスナーは減少するどころか、増加している。自らでマスターの権利を所有し、収益の大部分をバンドに還元できると、生計を立てるための基盤ができる。もしもオリジナル・メンバーと同世代の人たちが公務員になっていれば、はるかに多くの収入を得ていただろう。だけど、60代、70代、80代のミュージシャンのなかには、生活に苦労している人も多い。ツアーに出なければ家賃を払えないから、過酷な条件でツアーを続けるしかないんだ。

MS:でも、私たちが一緒に作るものをすべて所有していることには、メリットとデメリットの両方がある。外部レーベルのように、作品をより広めるような力はないから。

CN:お金がかかるからね。宣伝費や製造費、その他すべてに費用がかかる。だけど、例えばすでにやっているコラボレーションのひとつは、ブライトンを拠点とするバンド、ホリディ・ゴースツというサムとカットのカップルで、僕たちとも仲が良い。彼は30代前半で、ツアーのブッキング方法まで良く知っているんだ。僕の世代のミュージシャンは、ツアーのブッキングの仕方などまったく知らないと思う。

MS:いまのバンドは大変なのよね。そうせざるを得ないんだから。

CN:ほんとうにそう! パンデミック以降、業界はミュージシャンに圧力をかけている。

日本でも似たような状況だと感じます。あの数年で、何かが急激に加速した、‶それ以前とそれ以後″があるんです。若手のミュージシャンたちが、まるで優秀なビジネスマンのように見えるのはある意味で尊敬に値するけど、彼らがそうせざるを得ないことに同情してしまいます。

MS:そうよね。ミュージシャンとして、ただ音楽を追求する自由は、素晴らしい以外の何ものでもない。

(了)

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“I think you swim with the times, but you try to hold onto your own principles,” is how Malka Spigel describes the philosophy that’s guided her path through music and life over the past several decades — initially with Israeli-born, Belgian-based post-punk and experimental pop band Minimal Compact.

“You’re such a poet,” jokes her partner through the greater part of that time, Colin Newman, who made his name as the lead vocalist and songwriter of UK post-punk legends Wire.

A sense of back-and-forth, of each filling the gaps left by the other, of one stepping in and adjusting the flow of the conversation — of collaboration, essentially — is a natural part of the way they talk, and perhaps offers a window into the nature of their long-lasting collaboration as musicians too.

The pair met in Belgium in the 1980s and a combination of endless shared curiosity, a finely honed antenna for new sounds, and a porous, open sensibility to both absorb and eagerly share other people’s work has seen them leave their in fluence on (and be influenced by) by a fascinating and fluid alternative history of popular music.

Working together as co-owners of the Swim~ label, in the band Githead, as the electronic duo Immersion and most recently with a series of collaborators in the Nanocluster live and recording project, Spigel and Newman are perhaps more active than they’ve ever been. Earlier this year, they released the third of their Nanocluster series in collaboration, Immersion merging with US ambient-country trio SUSS to create a hypnotic, techno-organic, shifting kosmische collage of desert and sea, concrete and sky. Meanwhile, Immersion’s new album, under the zeitgeist-grabbing title “WTF?”, is set for release in September.

The following interview is an edited version of a conversation with Spigel (MS) and Newman (CN) last summer in the period between the second and third Nanocluster releases.

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IM : What do you think was your starting point that got you on this train?

MS: I think just getting together with people and playing together without any knowledge and technical ability, but feeling already the power of what it’s like to be creative. But also the togetherness, for me is the power that always stays there. That’s why we always collaborate: there’s some kind of magic when you play with other people, not only on the music side but on the human side.

CN: I come from a very different world from Malka. I mean, within whatever you call this whole gamut of music that runs from hardcore to neoclassical or whatever, there seem to be two approaches among ensembles. One is somebody writes something and the ensemble plays it, or the ensemble stand in a room and figure it out together. I come from the first approach. Wire is famously rubbish at jamming! If you’d said, “Let’s stand in a room and figure out some music together,” that’s never happened. If you have a basic structure and some compositional elements that are going in there, then it can be very, very good. Whereas Malka is completely fearless: she will literally just start playing and you kind of find things that go around what she’s playing. We first met in 85, so that’s a long period of pretty much continual working together.

IM : You produced maybe the fifth Minimal Compact album, right?

CN: Yeah, “Raging Souls”.

IM : That looks like a very interesting period for music in Belgium in the early 80s, with the Crammed Discs label and Marc Hollander from Aksak Maboul and The Honeymoon Killers.

MS: Yeah, there was some kind of energy. There was Tuxedomoon and other kinds of music around the label, and I think Colin was pretty much charmed by the whole thing. He came from living in a squat in London into Brussels, and the nice food and people who are kind of softer than in the UK.

CN: Yeah, I loved it. It was a real scene. And that period around the mid-80s was a really fascinating time. It wasn’t just Crammed Discs, there was Crépuscule, and both labels had a lot of international artists who ended up living in Brussels because it was cheap and good for touring.

MS: And London was a pretty harsh place! I was a bit shocked when I started going to London! It felt pretty poor. I could see why you were charmed with Brussels. Apart from falling in love with… you know!

CN: It was love at first sight.

MS: It was a fun place, but when it died off, it just became boring Belgium.

CN: What happened was the scene in Belgium crossed the psychological border. Flanders and Wallonia are almost two separate countries, and the scene moved to Ghent because that’s where R&S Records were based, and that was the whole techno scene was. Suddenly there were all these international artists signed to R&S and they were leading the pack. I mean, they put out the first Aphex Twin albums. Until Warp came and stole their thunder, there was a strong scene in Ghent.

MS: That’s also when we started getting more interested in London again.

CN: That’s true, if you’re in Brussels and you’re thinking about moving to Ghent, you might as well be moving to Poland. You have the same banks and same shops, but you have a totally different language and an entirely different mentality. And London was just starting to expand.

MS: We always feel attracted to places where things kind of start.

CN: I moved to Brussels in 1986 and we finally left in ’92, and at that point, the electronic scene was just starting in London.

MS: And started a label, and started to get to know more electronic music artists.

CN: Before we left, Malka’s time with Minimal Compact had sort of fizzled out, and we lived around the corner from the singer, Samy Birnbach, and sort of worked on a project that didn’t go anywhere. Then Malka got the offer to do a solo album, but she didn’t want to go into the studio with a bunch of hired musicians. We wanted to make it ourselves in our own studio.

MS: And they just didn’t get the concept. It was the beginning of people owning their own studios, and now it’s so common.

CN: She said, “Well I’ve already started on it. I want to finish it. Let’s just do it.” We moved to London with the idea that we could convert our garage into a proper space for recording, then make that record and figure out if we could find someone to release it. We took the little money we had, soundproofed the garage, bought a new mixing board and set to work on finishing the record. Then totally failed to find a label for it, but I had a meeting with (Mute Records boss) Daniel Miller and he said, “You’ve done it all yourselves, so why don’t you just release it yourselves as well? This is what you do…” So I had like a two-hour instruction about how to run a label. And suddenly we were releasing an album.

MS: Typical answer! He asked a question and now we’re a million miles away!

IM : This is my ideal interview. The less work I have to do, the better!

CN: It took Malka a year to actually admit that we had a record company. She thought it was well pretentious! But we put out Malka’s first solo album, and we made some money out of it!

MS: It was easier in those days.

CN: And people bought more. And after that we put out a compilation of the material we’d worked on with Sami Birnbach from Minimal Compact, under the name Oracle. So we’d released two records and then Malka said, “We have to make a techno record!”

MS: I never said that!

CN: Yes you did! You were very much into the idea that we had to make something more instrumental. You always liked the word “mysterious”.

MS: I guess it’s more pure. I always felt attracted with techno to how it doesn’t have too much of a “front image”. The people making the music, we don’t know where they come from, it’s all about the purity of music.

CN: Yeah, summed up in the NME with the phrase “faceless techno bollocks”, which rather like all those other words, like “jungle”, which starts off as a put-down but you sort of embrace it: “faceless techno bollocks”, what a brilliant idea! With the first Immersion record, we just pretended to be from Germany and we had publicity photos with wigs and masks, we had made-up names. If you’re a record company, you just release records: they could be by anybody. That was the first Immersion album, “Oscillating”.

IM : You also put out a remix album at almost the same time, didn’t you?

MS: It was really easy at the time. There were lots of electronic musicians, people were open, you’d ask someone, “Yeah, I’ll do you a remix!”

CN: It was Robin (Rimbaud, a.k.a. Scanner) that started it. We were walking in Battersea Park and he said, “I’ll do you a remix!” Oh, alright! Then we thought that would be an excuse to put out twelve-inches. We did two volumes of remixes and by the second one, we were getting slightly bigger names in the techno world doing remixes for us, like Claude Young, and those records were selling! Fat Cat Records had a shop in Covent Garden, and basically you’d manufacture some extra white labels, give them to Fat Cat, and they would sell them to all the top DJs.

MS: So it kind of spread naturally. I like the way it was so organic. Now everything goes through the industry and it’s impossible to break out of that kind of trap.

CN: And we started to have a reputation within dance music that was nothing to do with our history, just as this label that puts out cool music. The next thing that happened was that Gez Varley from LFO got in contact with us and he said, “I’ve got these tracks and Warp don’t want to put it out because they want to be all ‘listening music’ and I want to to do dancefloor.” And I remember listening to his cassette while going to pick up our son Ben from school in the car, listening to the first track, “Quo Vadis”, and I just thought, “This is pop music!”

MS: He called himself G-Man. And we did really well with it. I mean, people still play “Quo Vadis”. I heard it in Japan, when Wire played a gig and there was someone playing earlier, I don’t think he connected you with the track, but he played “Quo Vadis” and I thought, “Wow! People are still playing it!”

CN: It’s just an absolutely classic bit of danceable minimal techno and DJs loved it. So by this point we had a fearsome reputation but didn’t want to stick in one style. And then drum’n’bass happened. We were biiiiig on drum’n’bass. Techno was sort of American, but drum’n’bass was just London music, and it was kind of exciting like the 70s punk thing: suddenly you have this unbelievable explosion of energy. There was a point in the mid-90s when, to be honest, drum’n’bass was the only music that you needed. We made a little bit of it ourselves, but then we started working with Ronnie & Clyde, who were sort of the more intellectual side of breakbeat or pushing into a different kind of area. We put out some other stuff that was kind of more downtempo, and then towards the end of the 90s, we started to get involved in the whole post-rock thing. We charted a course through the 90s, starting with ambient techno and ended up with post-rock. It was all about what was going on: if you’re a label, you’ve got to be contemporary.

IM : It reminds me of something you said earlier. You talked about this thread of music that runs from neoclassical through all these other things, and you didn’t have a name for it. But it’s something I often think about: that there’s a line you could draw through stuff like John Cage, through what Brian Eno was doing in the 1970s and what a lot of the most interesting bands of the punk era were doing. It’s like a parallel history outside that classic rock canon.

MS: Didn’t everything change because of streaming. It changed how far it can reach and how it works.

CN: I think the fundamental change is in where the power lies. For example, the rise of instrumental music in the 90s meant that artists didn’t have to be from America or the UK to be international artists, and that thing has really been completed now with streaming, where you have what they call “glocalism”, where artists can do really well in their territory and spread out. At the same time, the industry is absolutely petrified and they’re doing everything they can to hang on — I’m talking about the major labels and the large independents — to the way it was. There’s definitely been a devolution of power and that has to be accelerated.

IM : You said that collaboration is something that became important when you started working together, and it seems like that’s grown a lot over they years. It’s obviously a big part of what Nanocluster is.

MS: It’s a fascinating area, because after so many years of making music, you get pushed out of your comfort zone because you’re working with a person you might not even know very well. So to kind of find yourself somewhere else and to try to go towards what they do, it opens you up and gives you ways forward with more options. Every collaboration takes us somewhere else.

CN: Wire happened again through the 00s, we had a parallel project, Githead, which was also a band, and we moved to Brighton ten years ago. We made a decision when we got to Brighton that we would reactivate Immersion because the equipment was quite modest and we could just play gigs together. Immersion’s last album (“Low Impact”) had come out in 1999 and the next one came out in 2016. It’s a long time between records, but that offered us a space to just get on and do stuff, so we did an album, which we initially released as two 10-inches and then compiled onto a CD — like analogue creatures living on an island, which was actually the title (the EPs “Analogue Creatures” and “Living On An Island” which were compiled into the album “Analogue Creatures Living On An Island”). So we were already starting to feel the alienation of Brexit in that title.

IM : I was listening to that earlier today and that struck me. I saw “Living On An Island”, then the date 2016 and thought, “Oh yeah, I know that feeling!”

MS: There was a really strong feeling at the time of the Brexit vote that we’re on an island, kind of separate from everything.

CN: And we live next to the sea, too.

MS: Yeah, which gives you a kind of hope and optimism at the same time.

CN: We did a few gigs, maybe a couple of festivals, but there wasn’t a lot going on with it. But someone we knew in Brighton had told us, “If you’re in Brighton, you need to create your own scene.” It can be quite divided-up.

MS: There’s LOTS of musicians!

CN: Lots of musicians! So we thought, “Well what does that mean? How can we create a scene? Let’s create a night in a club, but how can we make that different to anybody else’s? Well let’s have a collaborative element in it.” We’d known Tarwater for absolutely years, right from the early days of the Berlin scene, and we thought, “We’ll find a venue, do Tarwater and Immersion collaborating together. They can stay with us for a couple of days, we can work out the pieces together.” And it worked.

MS: And we could record it in our studio while we were rehearsing, so we had a basic recording of it.

CN: We did it at The Rose Hill, which is a small community venue that holds about 110 people — easy to fill it up with the right thing.

IM : How does the collaboration come about? Is there improvisation, or more prior preparation?

MS: We approach the artist and say, “We’ll send you three very basic ideas, you send us three basic ideas: try and put something on it that you come up with.” And we kind of build it, but not too far. Then we get together and sort of complete it in a way. It’s different every time, but that’s the basic structure. It’s not improvisation at all, but it’s not so complete that there isn’t a kind of tension about “Is it going to work? Is it going to be good live?”

CN: The next person we thought of was Laetitia Sadier. There’s something called “Krautrock Karaoke”.

MS: It’s someone from Japan who’s been living in London for a long time, and he’s been organising nights where people from different bands get together and play a version of krautrock. It’s fun!

CN: We did one with Laetitia Sadier. She came with not only the competence of her guitar playing: she’d actually learned all the parts, which is more than we’d ever done! It was amazing. So we thought maybe if we ask her, she’ll do a Nanocluster set.

MS: And she came over, stayed here, worked on material, and yeah, it was good.

CN: We know a lot of people, some of them just because we’re fans. There was a point when Ulrich Schnauss was making some of the best music on the planet, and then Robin Rimbaud, Scanner, of course who was in Githead. We’ve known him for years.

MS: And since then, we’ve been collaborating further and further afield and come up with more weird ideas that maybe shouldn’t work on paper.

CN: And then suddenly the pandemic hit, it was May 2020, we had these four collaborations, absolutely nothing else to do, so we thought, “Let’s finish the record.” And that was a difficult decision because Malka and I had never worked on mixing an album before. It was a real eye-opener: it was at that point the best mixed record that had come out of our studio, in my opinion, and it was because we were doing everything as a collaboration.

MS: It was kind of influenced by the radio show as well. When we play a lot of songs from different genres, we hear sounds, how things are put together, and it does unconsciously influence how we work.

CN: Absolutely. So we put that out in 2021, to some critical acclaim but in the middle of a pandemic you can’t do anything about promoting it much. All the gigs had been done already, so a bit difficult to tour it. And anyway, if any musicians in 2021-2022 were thinking about touring, they were thinking about touring themselves.

IM : Given the pandemic situation, how were you able to work together with the artists on the album?

CN: Everything was recorded beforehand.

MS: So while we rehearse, we record, and that becomes the base to work on. Now we’re working on stuff that they send us, and I don’t think something physical, in a room, is going to happen for this next collaboration (2025’s “Nanocluster vol. 3” with SUSS). So it depends. There’s always a way to finish studio work, whether we send parts to each other or peeople are physically here.

IM : This is also part of the way the project has evolved, by the sound of it. When you started, it was musicians in Brighton or who could travel easily, but as you start looking further afield for artists to work with, maybe that changes the process.

CN: Absolutely. What happened was that we put the first one out and then we thought “How do we move that on to the next layer?” Because we’d spoken to a lot of people but none of them were in Brighton, and the post-pandemic period was one when people were very much looking at their own careers. Doing stuff with us could be seen as a luxury. So we thought, “How can we do this another way?” We know quite well one of the main organisers of South By Southwest, James Minor, and we thought, “OK, why don’t we do something there?”

MS: It was quite scary because we have to travel to Austin and somehow create music with someone already there, so how do you do it? Then we saw Thor Harris on the list: he’s local, he plays percussion and seemed like it might be easy to make something together.

CN: And he’s very much in the American minimalist world.

MS: And he’s a natural collaborator.

CN: Thor was really up for it, we exchanged some material so we had something to build on when we got there. We ended up rehearsing in his house — the house that he built himself because he’s not only a very competent musician: he’s also a very competent carpenter, plumber and odd-job man, who also has this amazing social conscience.

MS: He’s an amazing guy. It was a great experience to work in his house. Everybody knows him in Austin.

CN: It was a bit of a baptism of fire in terms of the actual performance. We ended up playing at Hotel Vegas. We had to set up a table with all our gear on, in semi-darkness with drunk people falling all over us.

MS: It’s the beauty of the collaboration: each experience is different and each experience takes you somewhere you wouldn’t otherwise be. That feeling is quite addictive because we love making music together but to be pulled into someone else’s world as well is special.

IM : That’s one of the things that I find interesting, hearing the Nanocluster albums as a listener: it’s the feeling of all the musical egos dissolving into each other. Even though there’s a lot of people involved and the collaborator is switching with each side of the record or each disc, quite a coherent atmosphere comes out of it. The opposite of how you described working with Wire where each person’s role is very clearly fixed and separated.

MS: We do hear from people that even though there’s different collaborators, there’s a fullness to the sound.

CN: I guess that’s also how we mix it in the end.

MS: But not only that: we bring something human-wise where we connect with the person. It’s always ended up being a friendship.

CN: I mean we try to create a space for the person but we set a context. That’s actually one of Bruce Gilbert from Wire’s big statements about life and art: “Context is all.” I always hate what I call “big boy production” where you hear a record and you know there’s been a “producer” involved because it’s got that ego about it. If you’re working on production, you should be taking away the barrier between the music and the person listening to it: you should make it easy for the person to hear what’s in the music. It’s not about making yourself sound good, or about making this other person sound good: it’s about the whole thing.

IM : Why did you choose the name Swim~ for the label?

MS: Why not? (Laughs) I mean we always look for good sounding names. I suppose we always float easily between the worlds of different people. I don’t know, though. That’s something that comes after the fact. What do you think when you hear the name?

IM : It reminds me of Brian Eno. Water is such a recurring theme in his music, and I felt he does something a little similar to what I hear in Immersion. You’re both musicians who are known as singers in your other bands, but here you’ve stripped away the vocals in a lot of it. So it’s like taking away the pop star or rock star ego and finding some more fluid space where other things could happen.

MS: We had a compilation called Water Communication, so water seems to be a theme that keeps coming back. And now we live by the sea.

CN: This kind of brings us back to Jack (Wolter, a.k.a. Cubzoa), the other collaboration on Nanocluster Volume 2. I think it was back in 2021, when people were starting to have gigs again, and we went to The Rose Hill and we were really impressed by Cubzoa.

MS: He ended up sending us songs, and we thought, “What are we going to do?” because songs are quite complete things. Normally we start from something more basic, but it was an interesting challenge and I think it turned out really well.

CN: And the other thing was we did something that we had so far not done with Nanocluster, which is bash out some material between us because we didn’t have enough material at first. It was a quite spectacular success. They were quite different to his songs.

MS: It helps that he’s such a nice guy to be with. The human side is so important.

IM : With the last one, there were four artists, with each getting one side of the 10-inch but with the second one it’s just two, with one artist per disc.

MS: It’s not something we decided in advance, but it became obvious as we worked that there’s enough material. In the future it might be just one collaboration (Note: this ended up being the case with “Nanocluster vol.3” with SUSS).

CN: There’s no rule. Though we like the double ten-inch. The idea for it came about through two entirely practical reasons. One was that when we manufactured the first album, pressing 12-inch vinyl was taking absolutely months when you could do 10-inches much quicker. And then also on the first album there were four really different projects. So we thought, “If each one gets their own side, it’ll make a natural division between them.”

MS: And it’s more interesting for the artists, too.

CN: Yeah, if they’ve got their own separate things. And of course with the digital release, they are separate EPs as well. With streaming, the trend seems to be towards shorter releases. You’ll notice that someone releases an album with like twenty tracks, but only one or two will get attention and the rest will be ignored because there’s a bit of a short attention span in streaming. So we thought separate EPs and then perhaps different people will tend more towards one or towards another one. But it’s just about the medium, really.

IM : And I guess with the second one, each artist having more space to play with takes it to a different place than with a smaller, EP-length canvas.

MS: Yeah, there’s more expression for each artist to contribute.

IM : One thing that seems to run through your work now is a respect for independent ownership. I think even with Wire now the band owns most of its catalogue, is that right?

CN: We don’t own the 80s stuff and we don’t own the publishing on the 70s or 80s stuff, but we own the masters on the 70s stuff and we own everything since 2000. Some of the artists that we’ve released on Swim have taken back their own rights and others don’t seem to be bothered so much, but we’re happy to give back the rights. We don’t need to be hanging onto other people’s music.

MS: With you, it’s really important to have ownership because you became much more aware about how big labels can really…

CN: It’s made a massive difference to us personally. Of course I talk from a very priveliged position because it just so happens that Wire’s 70s material caught generation after generation. It’s not a static thing where the only people who listen to Wire’s music from the 70s are contemporaries of when it came out. It seems to go down the generations and catch younger audiences as well, so it’s a dynamic thing. And that audience, from what I can see in the streaming figures, is growing, not diminishing. So owning the master rights and getting the majority of the money into the band gives you a living. I mean people of the age of the original members, if they’d gone into the civil service, could easily be making much more money, but a lot of musicians in their sixties, seventies and eighties are struggling. Having to go on tour in poor conditions because if they don’t go on tour, they can’t pay their rent.

MS: There is an avantage and a disadvantage in that we own everything that we make together. We don’t have the power of an external label that can maybe push it more.

CN: It does cost money. You have to spend money on promotion, you have to spend money on manufacturing and all the rest of it. But, for example one of the collaborations that we’ve already started is with a band who are based in Brighton called Holiday Ghosts — with Sam and Kat. We’re two couples and we get on really well. He’s in his early thirties, and they know how to book a tour: they don’t have any problem with that kind of stuff. Musicians of my generation would not have even the first idea how to book a tour.

MS: I mean it’s so hard for bands nowadays, they have to be.

CN: They have to be! And since the pandemic, the industry has squeezed the musicians.

IM : It feels similar in Japan, where there’s a before and after where something accelerated massively over those years. Young musicians seem like such good businesspeople, and I sort of admire them but I kind of feel sorry for them that this has had to happen to them.

MS: Yeah, the freedom of just being a musician is amazing.

interview with Rafael Toral - ele-king

 Bandcampに掲載されたラファエル・トラルのプロフィールによると、彼はそのキャリアを通して、‶サウンドのなかの音楽と、音楽を超越したサウンドのあいだを行ったり来たりしている〟という。このポルトガル出身の音楽家は、実験音楽の世界でもう30年以上も極めて重要な存在であり続けているが、目下のところ、昨年のアルバム『Spectral Evolution』をきっかけに再評価の波に乗っている。このアルバムは、トラルの尽きることのない探求心の溢れる実践のさまざまな要素——初期の『Wave Field』(1995)などで聴かれた液化したようなギターの音色や、2004年から2017年に取り組んだ「Space Program」時代に収集した、規則にしばられない自由なDIYの電子楽器の数々など――が融合された、記念碑的な作品なのだ。なかでも、鍵となる構成要素は、伝統的なジャズのハーモニーで、“アイ・ガット・リズム”や“A列車で行こう”の即座に認識可能な(ただし、氷河の形成のごとくゆっくりとした)コード進行が、アルバムに意外な情感の重みを与えている。
『Spectral Evolution』は、3年がかりの骨の折れる緻密な制作プロセスの結果であり、その間トラルは作品の56ものヴァージョンを制作した。アドヴァイスを求めて友人のジム・オルークに聴かせると、感銘を受けたオルークは、長年休止状態にしていた自身のレーベル〈Moikai〉を再始動させ、アルバムを発売するために動き出したのだった。
 2008年以来となる日本ツアーでオルークと石橋英子と共演する前に、トラルはEメールでのやりとりを通じて、音楽家としてのジャズとの関わり、ますます醜くなっていく世界のなかでの美の重要性、そして、『Spectral Evolution』をライヴで演奏した際に経験した‶愛のフィードバック〟について語ってくれた。
 この会話は明確さの保持と長さを考慮して編集されている。

ますます醜くなっている世界において、私たちは美しいもの、広い意味での美しさ、単に綺麗というだけではなく高潔さをそなえたもの、たとえば、誠実さなどから手を離すべきではないんだ。

『Spectral Evolution』についての昨年のトーン・グロウとのインタヴューで、あなたは「このレコードを作るために多くのことを学んで研究し、開拓する必要があった」と語っていました。これについて、もう少し教えていただけますか?

ラファエル・トラル(Rafael Toral、以下RT):まず、このアルバムにはたくさんのジャズ・コードが含まれているんだけど、それらを繋ぎ合わせるためには、自分が何をやっているのかを明確に知らなければならなかった。ひとつの音符が本来あるべき所からずれるだけで、和音が違う色調に変化する仕組みを理解する必要があったんだ。私にはその準備ができていなかったから、正しい形に仕上げるために説得力を持たせて、最終的に美しく仕上げるまでに相当な努力を要した。その過程でジム・オルークに助言を求めたら、彼がリリースを決断してくれたという経緯がある。

あなたとジムとの関係について教えてください。ふだんから、制作途中の作品を共有することはあるのでしょうか? それとも、今回だけが特別だった?

RT:ジムとは1995年頃からの大の仲良しで、最初に出会ったのはシカゴでだった。彼は常に忙し過ぎるぐらいだったから、私のことで煩わせようなんて思ったことはなかったんだ。でも、今回だけは違った。アルバムでやろうとしたことが自分の能力を超えてしまい、私はアレンジやハーモニーのことで苦慮していた。だから背に腹は代えられないと思った。ジムが私よりも音楽の多くの分野で知識が豊富だと知っていたから、友人として音を聴いてほしいと頼んだんだ。

ご自分の能力の限界を突破するのは、あなたの仕事では日常的なことのように思うのですが、このような挑戦を続けるための意欲はどこから得ているのでしょう?

RT:私はただ、自分がすべきことを理解しようと思っているだけかな。自分の力をどこに注ぐべきなのか、やりたいことの中核はどこにあるのか、その時の前向きな動きとは何か、何が言われているのか、そしてそれが私の名を冠してやる価値のあることなのかどうか。多くの場合、それは私が土台から築き上げなければならないもので、約束とヴィジョンを伴うものでもある。私はたとえそれで自分を追い込むことになっても、実行するしか選択肢がないことが多いんだ。もっと言えば、私たちはまだ進化が終わっていないことを忘れがちだけど、人間には進化する義務があると思っているんだよ。

あなたの仕事において、美の役割があるとすれば、それは何ですか?

RT:(考えながら)うーん、役割ではないかもしれないけれど……私は一方では、20世紀の文化に浸って育ってきた。つまり、大雑把にいえば、キュビズムからパンク、セリエリズムからグリッチまで、構造の解体や脱構築、破壊することで忙しかった。私が若い頃には、美しいものを真っ当な芸術として見なすべきではないとする風潮があったんだ。これは当然、ものすごく粗雑な一般論だけど、私はそういった束縛から自分を解放して、美を現代の芸術には不可欠な要素として受け入れる必要があると思った。これは延々と議論することができる話で、要約するのは難しい。もう一方で、美というのは、単なる文化的で美学的な話でもなくて、個人の好みを超えたところにあるものだ。好みと、私たちが目で見て、耳で聴くことへの生物学的、そして神経学的反応には、多くの重複する部分がある。例をあげると、完全5度の響きを美しく感じるのは、実は単純な数学的な比率の3対2の隔たりに基づく音程で、自然な振動現象だ。その振動が人の身体の細胞を共鳴させ、背筋が寒くなるぐらい良い音だと感じると、もう何が起きているのかわからなくなる。美とはそれほど深いところにまで届くんだ。最後にもうひとつ、ますます醜くなっている世界において、私たちは美しいもの、広い意味での美しさ、単に綺麗というだけではなく高潔さをそなえたもの、たとえば、誠実さなどから手を離すべきではないんだ。

ピタゴラスは正しかったというわけですね! この科学的な側面について、深く掘り下げたことはありますか?

RT:私は科学にはあまり入こんでいないかな。科学は文明の柱のひとつではあるけれど、測定できないものや、説明できないことを欠いている側面もある。むしろ私は、頭でそういったことを‶知る〟ことを避けている。私は直感で自分の動きを確認するようにしているんだけど、それは直感が脳よりも身体に根差した知識からくることが多いからだ。そして、何よりもその辺はリスナーが音楽を自分なりに取り込むことができるように、オープンにしておきたい思いがある。

あなたが言及された‶高潔さ〟という資質は、優れた芸術と凡庸な芸術を差別化する要素のひとつでもある気がします。美しさについての考えを再考することになった特定のきっかけはあったのですか?

RT:今日、醜さが飛躍的に増加していることや、文明の衰退……なんかであることはたしかだね。不思議なことに、美を守り続けるのは、生存戦略となりつつあり、精神の健全さを保つための意識的な努力にほかならない。それは、広義に理解された美しさのことだ。たとえば、嘘を広めるよりも、事実を認識する方が美しい。あるいは、対立する世界を結んで、対話を促すような美しさ。それが『Spectral Evolution』の核心なんだ。

『Spectral Evolution』に収録された最終ヴァージョンを制作するのに、それだけの労力がかかっていることを踏まえると、それをライヴで演奏したときの感覚はどのようなものだったのでしょうか?

RT:コンサートは、アルバムから構造的な恩恵を受けているので、非常に隙の無い構成になっていて、ライヴで聴く音の響きは、まるで物理的にサウンドフィールド(音場)に没入しているような感覚になる。ハーモニーの情感的な側面と、振動の物理的な体験が結びつけられているんだ。オーディエンスにとっては、とても強烈な体験になっているようで、たまに「泣きそうになった」と打ち明けてくれる人もいる。私にとって、リスナーを音に引き込むことが重要で、それによって愛のフィードバックが生まれるんだよ。

‶愛のフィードバック〟とは、素晴らしい表現ですね! これはあなたとオーディエンスの関係性についての多くを物語っていると思います。

RT:一部のコンサートでは、その感覚が非常にクリアに感じられるんだ。このアルバムとすべての音は愛を込めて制作され、オーディエンスもまた、愛を込めた聴き方で受け入れてくれ、彼らの積極的な関与と、感情の質がステージに送り返されてくるんだよ。

私は常にオーディエンスを敬愛してきたし、彼らの人生で活用できる何かを提供できることにすごく感謝している。何かを捧げて、それが良い受け取り方をされると、それ自体が自分にまた贈り物として戻ってくるんだ。私はいつも、彼らが自宅を出てチケットを購入し、私が演奏するどんな音をも聴くために時間を費やしてくれることを思うと、それに値するものを提供しなければいけないと、心に誓っている。

あなたのキャリアを通じて、オーディエンスとの関係性は、どのように発展してきたのでしょうか?

RT:私は常にオーディエンスを敬愛してきたし、彼らの人生で活用できる何かを提供できることにすごく感謝している。何かを捧げて、それが良い受け取り方をされると、それ自体が自分にまた贈り物として戻ってくるんだ。私はいつも、彼らが自宅を出てチケットを購入し、私が演奏するどんな音をも聴くために時間を費やしてくれることを思うと、それに値するものを提供しなければいけないと、心に誓っている。

『Spectrum Evolution』をライヴで演奏す際に経験されたという激しい感情的な反応は、
新しいことなのでしょうか? 過去の他のプロジェクトからも同じような反応を引き出したことはありますか?

RT:これは新しい体験なんだ。過去にやってきたことよりもずっと情感のこもった作品だし、ライヴではそれを激しい形で表現しているから。

アーティストのなかには、‶感情的(ルビ:エモーショナル)〟な音楽を、あなたが先ほど美しさについて述べたような、疑いの目で見る人もいると思います。あなたもおっしゃったように、これはあなたにとって新しい領域だと思いますが、どうやってここに辿り着いたのでしょう?

RT:はっきりとした感情を扱うのは、私にとっては新しいことだけど、決して意図的なものではなかった。私としては、感情をオープンにしながらも、抽象性を保つことで、リスナーが自分自身の感情を投影できるようにしたいと考えているんだ。これらのハーモニーには感情が組み込まれていて、そこから逃れることはできないと思う。でも、実は、私はそのサウンド自体により興味があるんだけど。

『Spectral Evolution』のライヴは、パフォーマンスごとにどれほど違うものなのでしょうか?

RT:ライヴ版は、拡張されていて、一部の移行部はよりゆったりとしたテンポで演奏している。当初、このアルバムは、ライヴ演奏をする前提で作ったものではなかった。だから、可能な限りライヴでは多くのギター・パートを実際に演奏し、そのいくつかでは即興している。それでも、全体的にはすごく一貫性を保っているよ。細部のヴァリエーションはあるけどね。会場の響きとPAの設定が決定的な影響を与えるから、毎回良い音にするために、何時間もサウンドチェックに費やしている。

あなたのサウンドチェックにはどういったことが含まれますか? その一連の流れを効率化するためのメソッドをお持ちですか? それとも毎回が新しい挑戦のようなものなのでしょうか?

RT:その両方だね! 良い会場で良いPAシステムがあれば作業は楽になることもあるけど、普通は、課題が見つかるものだ。もちろん順序立ったやり方をしていて、強烈でありながらも人びとを誘い込むような、サラウンドな、コクのある音を作るのを目標にしている。誰かを無理に押すようなサウンドではなく、引き込むような音。支配するのではなく、包み込むようなサウンドをね。会場ごとに全然違うから、綿密なチューニングが必要なんだ。

昨年末にあなたが『The Wire』誌で発表した「Wire Mix」を聴いていたのですが、あれはアルバムの素晴らしい補完物となっていますね。ケニー・バレルは本来、私の好みではないのですが、この文脈では完璧に理に適っています。興味本位でお聞きしますが、あなたと伝統的なジャズとの関係はどのようなものなのでしょうか?

RT:常に軌道上の衛星になったような感覚だね。ものすごく注目しているけど、自分は別の場所に立っているような。以前、フリージャズに影響を受けた私のエレクトロニクスのプロジェクト「Space Program」について、こう言及したことがある。‶音楽以外の、すべてがジャズだ〟と。それとはまったく異なる理由から、同じことが『Spectral Evolution』にも当てはまるんだ。ジャズにおける高い人間性には心からの敬意を抱いている。学ぶべきことも、感じるべきことも多い。(ジャズには)知性と心のための深い層が存在するんだ。

あなたのジャズへの理解と、先ほど挙げていただいたような特徴は、歳を重ねるごとに深まっていると思いますか?

RT:ああ、それは確かだね! 私が15歳だった頃、ジャズは理解できなかったし、興味も持てなかった。たまには良いと思えるものに出会うことはあったけれど、それを理解するための知識や経験がなくて、5年か10年経ってから、ようやくその真価を認められるようになった。それらの意味や価値は、それをどのように採り入れるかによって変化していく。例えば、初めてケニー・バレルを聴いたときには、彼がもっとも刺激的なジャズ・ギタリストだとは思えなかったけど(なんとも二〇世紀らしい考え方だね)、自分が演奏するようになってからは、彼をより尊敬するようになった。

あなたはジャズのギタリストとしての技術を持っていると思いますか?

RT:えーっ? いや、まったく! できるだけ学んで吸収したいと思ってやってはいるけど、それはジャズ・ギタリストを目指してやっていることではないし。私は実際の‶音楽〟ではなく、演奏される音に興味を持っているんだ。

「Space Program」時代には、完全にギターから離れていたのですか?

RT:15年間ギターに触っていなかったね。より多くを要求されるギター文化を受け入れるようになった今、まるで一から始めるような気持ちになる。学ぶべきこと、練習すべきことが多くてハードルも高いから、8歳ぐらいの子どもに戻ったような感じだ。困ったことに、自分はほとんどのギター特有の表現法に興味がないのに、それでも演奏はしたいから、どうやったらいいのかと考え中だ……。

あなたは最近、「Layers」という新作からの抜粋を発表しましたね。それについて何か教えていただけることはありますか?

RT:「Layers」は、持続音が蓄積されて、少しずつ互いを置き換えていくという作品で、調性音楽から無調に変化させながら演奏される。その後、とんでもなく複雑に変化し続けるハーモニクスを生み出す装置に通されるんだ。これは、完全にライヴで演奏するための新作だ。「Layers」は、創作過程としてのパフォーマンスを指向した、単一の作品であるのに対し、『Spectral Evolution』は、作曲における繋がりの広い領域を表している。「Layers」はすでに未来の一部であり、自分が愛することを実践している。未知と対峙するということを。


■ラファエル・トラル公演概要
Scaffold #1

2025.06.26
京都 Club METRO | OPEN 19:00 / START 20:00  
早割¥4,000 ドリンク代別途 [受付期間:5/19 17:00〜5/23 23:59迄]
前売¥5,000 ドリンク代別途
https://www.metro.ne.jp/schedule/250626/

2025.06.28
鳥取 jig theater | OPEN 18:00 / START 19:00  
前売 \ 5,500 (定員80名)
https://x.gd/WLRbt

2025.07.01
渋谷クラブクアトロ| OPEN 18:00 / START 19:00
前売 ¥6,000 ドリンク代別途
https://www.club-quattro.com/shibuya/schedule/detail/?cd=017126
出演者: Rafael Toral / Jim O‘Rourke×石橋英子

お問い合わせ:
京都Club METRO: ticket@metro.ne.jp
鳥取jig theater:mail@jigtheater.com
渋谷クラブクアトロ:03-3477-8750

主催 (Organize):PARCO
制作(Produce):DOiT / CLUB QUATTRO
協力(Cooperation):Club METRO / jig theater

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interview with Rafael Toral

Written by James Hadfield

As Rafael Toral’s Bandcamp profile puts it, he’s spent his career “bouncing between the music within sounds and the sounds beyond music.” The Portuguese musician has been a vital presence in the world of experimental music for over three decades, but he’s currently enjoying a renaissance on the back of last year’s “Spectral Evolution.” A landmark work, the album unites different strands of Toral’s endlessly inquisitive practice: the liquefied guitar tones heard on early releases like “Wave Field” (1995); the menagerie of unruly DIY electronic instruments he assembled during his “Space Program” period, which ran from 2004-2017. The key ingredient is classic jazz harmony, including the instantly recognisable (if glacially slow) chord progressions of “I Got Rhythm” and “Take the ‘A’ Train,” which give the album a surprising emotional heft.
“Spectral Evolution” was the result of a painstaking three-year process, during which Toral produced 56 versions of the piece. When he turned to his friend Jim O’Rourke for advice, the latter was so taken by what he heard, he revived his long-dormant Moikai label in order to release it.
In an email exchange with Toral ahead of his first tour of Japan since 2008 – where he’ll be sharing a bill with O’Rourke and Eiko Ishibashi – the musician discussed his relationship with jazz, the importance of beauty in an increasingly ugly world, and the “feedback of love” he’s experienced while performing “Spectral Evolution” live. The conversation has been edited for clarity and length.

Speaking about “Spectral Evolution” in an interview with Tone Glow last year, you said you “had to learn and study and develop a lot in order to make this record.” Can you expand on this?

Well, the album has lots of jazz chords and to connect these chords together you need to know what you’re doing. I had to understand why and how a single note out of place steers a chord into a different colour. I wasn’t prepared for that, so a lot of work went into having it done correctly, then convincingly, then beautifully. As I was struggling with that, I asked Jim for advice, and that’s how he decided to release it.

Can you tell me about your relationship with Jim? Do you often share your works-in-progress with him, or was this a special case?

Jim and I have been great friends since 1995 or so; we first met in Chicago. He’s always been way too busy, so it doesn’t occur to me to distract him with stuff. But this case was different: I was struggling with the harmonies and arrangements, because the album was beyond my capacities and I knew I didn’t have a choice but to climb up to that bar. I knew Jim has much more knowledge in many fields of music than myself, so I asked him to listen, as a friend.

Reaching beyond your capacities seems to be a regular thing in your work. Where do you find the motivation to keep pushing yourself like this?

Well, I just try to make sense of what I am supposed to do: Where should my energy go, and where is the nexus of what I want to do; what is a positive move in its time, what is being said, and whether it should bear my name. Very often, it turns out to be something I must build from the ground up and it entails a promise, a vision. I don’t really have a choice but to fulfil it, even if that means I’ll be pushing myself. Besides, I guess it’s easy to forget we’re not done with evolution: I think we actually have the obligation to evolve.

What role does beauty have in your work?

[Thinking] Well, maybe not a role, but… on the one hand, I’ve grown up immersed in 20th century culture, which, broadly speaking, was mostly busy with dismantling/deconstructing/destroying structures, from cubism to punk, from serialism to glitch. When I was young, anything that was “beautiful” was not to be considered seriously as legitimate art. This is a very gross generalisation, of course. But I felt I needed to claim freedom from that and embrace beauty as something integral to today’s art. We could discuss this forever – I can’t really put it in a nutshell. On the other hand, beauty is not simply cultural/aesthetic; it goes beyond one’s likes and dislikes. There’s a lot of overlap between preferences and our biological and neurological response to what we see and hear. Like, a perfect fifth sounds great and is beautiful, but it’s an interval from a simple mathematical proportion, 3/2, and is a natural vibrating phenomena that has the cells in your body resonating, and who knows what else is happening, when a sound gives you chills down the spine because it’s so good – beauty does go that deep. And lastly, the world is getting so ugly that we better hold on to what is beautiful – in a broad sense, not just pretty, but anything that contains elevated qualities, like integrity, etc.

Pythagoras was right! Have you delved much into the science of this?

I haven’t gotten into the science much. Science is a pillar of civilisation but also lacks everything it can’t measure and explain. I also try to keep away from “knowing” that sort of thing with my head. I try to validate my movements with intuition, often from a kind of knowledge that pertains more to the body and not so much to the brain. And besides, I always prefer to leave that open, for the listener to have their own way to integrate the music.

I think the elevated qualities you’re talking about are also often what separates great art from the mediocre. Was there any particular impetus that made you reconsider your thoughts about beauty?

Definitely today’s exponential increase of ugliness, the decline of civilisation… holding on to beauty is strangely becoming a survival strategy, a conscious effort towards sanity. And yes, beauty understood broadly. Like, acknowledging facts is beautiful, as opposed to spreading lies. Or the beauty of bringing opposite worlds together and having them talk to each other: That’s what “Spectral Evolution” is all about.

Given how much work was involved in producing the final version of “Spectral Evolution” heard on the album, what’s it been like performing it live?

The concert benefits from the album’s structure, which makes it very solid, and the way it sounds live is like being physically immersed in a sound field. It connects the emotional aspects of harmony with the physical experience of vibration. It seems to be intense for the audience; sometimes people tell me they almost cried. For me, it’s important to draw listeners into the sound and that creates a feedback of love.

“Feedback of love” is a great image – I think it says a lot about the relationship you have with your audience.

In some concerts, it can be felt very clearly. These sounds and this whole album have been made with love and it’s been met with a loving way of listening by the audience, and that engagement, that quality of feeling, beams back to the stage.

How has your relationship with your audience developed over your career?

I’ve always respected the audience very much and I’m grateful for how I’m able to contribute something they use in their lives. When you give something and it’s well received, that receiving is in turn a gift back to you. I always commit myself to deliver something that justifies their getting out of their homes and buying a ticket and spending their time listening to whatever I play.

Are the intense emotional reactions you’ve encountered when performing “Spectral Evolution” something new, or have you elicited similar responses with other projects in the past?

This is new, as it’s much more emotional than anything I’ve done before, and it’s delivered with intensity.

I think there are artists who'd view "emotional" music with the same suspicion you talked about earlier, in relation to beauty. As you said, this is new territory for you, but how did you arrive here?

Dealing with clearer emotions is new to me and is unintentional. I like to keep emotions open and abstract so that the listener can project their own. These harmonies have emotions built-in and it’s almost impossible to escape them. I’m more interested in their sound, however.

How much does “Spectral Evolution” vary from one performance to the next?

The live version is expanded; some transitions take a more relaxed time. The album was not originally conceived to be played live, so I play as many live guitar parts as possible, and a few of those are improvised. But it’s very consistent: The variation is in the details. The room acoustics and the PA configuration have a decisive effect, and that’s why I spend hours of soundcheck making it sound good every time.

What does your soundcheck involve? Have you found any ways to streamline the process, or is it always a challenge?

Both! I mean, sometimes a fine PA in a good venue makes things easier, but it’s usually a challenge. I do have a sequenced method and the goal is to create a surround body of sound that is intense but invites people in. A sound that doesn’t push you, but pulls you instead. A sound that isn’t there to dominate, but to embrace you. Every room is different, so the tuning has to be very precise.

I was listening to the mix you did for The Wire at the end of last year, and it’s a fascinating complement to the album – Kenny Burrell isn't normally my thing, but he makes perfect sense in this context. Out of interest, what’s your relationship like with the jazz tradition?

It’s always been like a satellite in orbit. Totally focused in but standing elsewhere. Once I said about the Space Program (my previous free-jazz inspired project of electronics), “It’s all jazz, except the music.” For entirely different reasons, the same applies to “Spectral Evolution.” I have a lot of admiration for the heightened humanity of jazz. There’s a lot to learn and a lot to feel. Layers of depth for the mind and heart.

Do you think your appreciation of jazz, and the qualities you mentioned, has deepened as you get older?

Oh yes, indeed! When I was 15, jazz just didn’t make sense to me and I didn’t have any interest in it. Sometimes, I’d come across something that I could acknowledge was good but I didn’t have the references or experience to process it, eventually becoming able to appreciate it only 5 or 10 years later. The meanings and values change with respect to how you integrate them. For example, when I first heard Kenny Burrell, I thought he wasn’t the most exciting jazz guitarist (there goes the typical 20th-century thinking). But when I started playing, now I’ve come to respect him a lot more.

Do you have jazz chops as a guitarist?

Gosh, no! I do try to learn and absorb everything I can, but it’s definitely not towards becoming a jazz guitarist. I’m interested in the sound of the guitar as it’s played, more than the actual “music”.

Did you completely step away from the guitar during your Space Program period?

I didn’t touch a guitar for 15 years. As I’ve embraced a much more demanding guitar culture, I feel like starting from scratch. There’s so much to learn and practice, because the stakes are so much higher, so it’s almost like I’m 8 years old or so. To make it more difficult, I find myself uninterested in most guitar idioms, but I still want to play – so I’m figuring out what…

You recently released an extract of a new piece called “Layers.” What can you tell me about it?

“Layers” is an accumulation of sustained notes, gradually replacing themselves, played with varying degrees of tonal intention. Then it goes through some gear that brings out incredibly complex and shifting harmonics. It’s a new piece to be played fully live. “Layers” is just one specific thing, more simple and completely oriented to performance as a creative process, as opposed to “Spectral Evolution” which is a broad field of connections in composition. “Layers” is already part of the future and doing what I love: engaging with the unknown.

Actress - ele-king

 アクトレスは2022年以降、キャリア15年目のアーティストとしては意外なほどリリースのペースを加速させている。世のなかの移ろいゆく情勢や経済状況に追いつけず、レーダーから姿を消してしまうアーティストは珍しくない。パンデミックが多くのアーティストが自身のキャリアにおける2〜3年の空白期間を省略するきっかけとなったのだろうか?  あるいは、それはInstagram的で過剰な情報社会への反応なのだろうか? アーティストは、もちろんアーティストとしてあるべきであり、彼らがどのようなキャリアパスや表現のフィールドを選ぶにしても、私たちはその作品をまずは恐れや偏見なく受け止めるべきなのだ。
 インスピレーションや創造性には、経済状況における「量と質の呪い」が関わっている。果たして、「少ないこと」は本当に「より多く」や「より良いマーケティング」に繋がるのか?  頻繁なリリースは編集的フィルターの欠如の表れなのだろうか? もし4年待って34曲入りのアルバムが出たとして、果たして誰かが全曲をちゃんと聴くだろうか? そんな問いの数々に明確な答えはない。
 そうした葛藤の最中に、アクトレスはわずか1ヶ月のあいだに2つの作品をリリースした。「量と質」を比較検証してみよう。

 まずはその1枚、『Grey Interiors』(Smalltown Supersound)。これはActual Objectsとのコラボで「ベルリナーフェストシュピーレのインスタレーション作品として制作された」1トラック構成のアンビエント作品だ。
 2枚目は、『Tranzkript 1』(Modern Obscure Music)という4曲入りのEP。

 アクトレスのアンビエント色が増す最近の作品群は、若かりし頃の彼がレコードでやることを恐れていた領域——すなわち、自らの多様な感情に深く潜り込み、定型的な繰り返しから解放され、トラックに人間味ある呼吸を与える——へと踏み出している。彼のライヴを観たことがある幸運な人ならわかると思うが、最近の彼のアンビエントに対するスタンスは、彼のライヴ・セットに近く、従来の6分以内の楽曲が多いアルバム群はどちらかといえば風景スケッチ的だった。それゆえ、ライヴを体験したことのないファンには、これらの長尺トラックが単なる高慢な実験のように見えるかもしれない。

 『Grey Interiors』は、彼のディスコグラフィーのなかでももっとも尖った作品とは言えないが、2024年の『Дарен Дж. Каннінгем』に続き、確実により冒険的な作品のひとつである。他のアンビエント系アーティストの作品に似た響きを持っているかもしれない。しかし、成長とは、開花して初めて明らかになるものだ。その途中の過程は評価されず、結果だけが見られる——それは実に残念なことだ。
 20分間にわたって『Grey Interiors』は、柔らかく曖昧なシンセの層に支えられながら、浮遊する雲の上へと上昇していく。そこにはアクトレスらしいインダストリアルな美学を象徴する、機械的で独特な緊張感が常に流れている。繰り返される機械音が互いに語り合い、やがて全体の会話そのものへと変化していくなか、突然クラブ・ビートが介入し、ブレイクビーツのような親しみのある感触を呼び起こす。そうしてアンビエントからは脱し、緊張感もやわらぎ、まるでバレエを見ているような感覚に包まれて終わる。

 一方、『Tranzkript 1』は、これまでの作品と同様の音的領域に存在している。各トラックは短く、捻れたアンビエント・メロディがぶつかり合いながら、より簡潔に展開していく。たとえば“Kjj_”や“Guardians”などの曲は、まるで宇宙飛行士が地球を見下ろしながら帰還について考え、カプチーノを飲んでいるようなSF映画を思わせる心地よさがある。『Tranzkript 1』は、巨大な芸術的声明ではないが、深い思索や内省に浸るための心地よい一滴だ。

 長く続くムードのうねりであれ、アヴァンギャルドな短編小説のようにミニマルな音にスポットライトを当てたものであれ、アクトレスが音を通じて聴覚の楽しみに捧げる献身こそが、「質と量の両立は可能である」という議論において彼を勝者たらしめている。そしてそれは、ありがたいことに本当なのだ。


Actress’s pace in releases since 2022 has accelerated much faster than one would expect for an artist 15 years in. Falling off the radar is a common trend with artists sometimes not able to keep up with the progressive and economic state of the evolving world. Was the pandemic an impetus for forgoing the 2 to 3 year hiatus that many artists including himself steer their careers by? Or more of a reaction to our hyper Instagram information culture? Artists should be artists, of course and the course they decide to take in their career trajectory and field of expression should be allowed and accepted without fear or prejudice so that the well of their artistry can overflow.

The pain of inspiration and creativity in the world economy derives from the curse of quantity vs quality. Is less really more and better for marketing? Are frequent releases a sign of lack of an editorial filter? If I wait 4 years for a new album of 34 tracks, does anyone actually listen to all the tracks? Questions upon questions are not easy to answer. In the middle of this ongoing dilemma, Actress has released not one but two releases within one month. So now the quantity vs quality can now be tested.

First is Grey Interiors (Smalltown Supersound), a one track ambient track made “as an installation piece for the Berliner Festspiele” with Actual Objects. The second, a four track ep, Tranzkript 1 (Modern Obscure Music).

Actress’s growing ambient tinged work does what the younger artist was more afraid to do on record ; dig deeper into his many moods, break away from formulaic repetition and let the track breathe more humanly. If you have had the luck to see Actress live, then you know that his current headspace with ambient music is closer to his live set whereas his many albums of cuts, mostly under 6 minutes, are closer to scenic sketches. Those of his fans without the pleasure though may view these longer tracks as just vein experiments.

Grey Interiors isn’t the edgiest Actress album of his discography but it is definitely one of the more adventurous ones following in line with 2024`s Дарен Дж. Каннінгем. It may be reminiscent to other ambient releases by other artists in tenor. But growth isn’t clear until it’s finished flowering. The in between process isn’t valued. Only the result and that is a shame.

In 20 minutes, Grey Interiors ascends above floating clouds supported by soft, amorphous plushy synths continuous under an underlying mechanical distinctive tension typical of Actress`s industrial ethos. Machine repetitions that grow to talk more to each other eventually becoming the total conversation before a club beat interferes with mild breakbeat familiarity. No longer ambient, the remaining edge of anticipation is relieved leaving with a feeling of watching a ballet.

Tranzkript 1 (Modern Obscure Music) exists on more familiar sonic territory along with previous releases. Briefer in track length, more concise with off-kilter ambient melodies colliding into each other like the track Kjj_ or Guardians, which pleasantly reminds me of a sci-fi film where astronauts are above the earth contemplating return while sipping cappuccinos. Tranzkript 1 isn`t a giant artistic statement but rather a pleasant dip into deep thoughts and ruminations.

Whether elongated mood swings or spot light focused on minimal sound a la avant garde short stories, Actress`s dedication to aural enjoyment means he wins the argument of quality / quantity showing thankfully you can have both.

Kendrick Lamar - ele-king

アメリカンドリームに慎重ながらも楽観的:ケンドリック・ラマーの『GNX 』(2024年)

 昨年の秋、ケンドリック・ラマーのサプライズ・リリース『GNX』は、カリフォルニア出身のラッパーがヒップホップ界の勝者であることを決定づけた。このアルバムは、ラップというジャンル自体について語り、同時に、この情熱的で重要な作品についても多くを物語っている。

 日本でも、ラップの起源やその文化はほとんど神話となって広く知られている。人種的、経済的に疎外された人びとが楽曲をリミックスし、パフォーマンスを通じてコミュニティを形成し、アメリカの都市の裏通り——ブロンクスからシカゴ、ロサンゼルスからマイアミなどなど——から、ときに社会への怒りも表現した。しかしながら、ヒップホップがアメリカ(そして世界中)で主流文化となるにつれ、このジャンルの枠組みやルールは変容している。かつては協力関係やコミュニティを基盤としていたものが、いつしか競争と個人主義を中心とするものになったのだ。

 ある意味ヒップホップの進化は、いわゆる「アメリカンドリーム」というパラドックスを象徴している。この「アメリカンドリーム」もまた、「アメリカでは努力さえすれば何でも達成できる」と約束するという、世界中で知られるほぼ神話的な概念である。だが、実際のところそれはどうだろうか? アメリカでは、資本主義が民主主義と混同されることがしばしばある。この「自由の国」では「お金で投票している」と言われているが、まさに先日の、ドナルド・トランプがイーロン・マスク、ジェフ・ベゾス、マーク・ザッカーバーグといった火星行きの取り巻きを従えて1月20日に大統領に就任した時点で、私たち99%の人びとはこれらの億万長者を打倒するための民主的な力を十分には持っていなかったことが明らかになった。

 アメリカでは、金は「何を成し遂げられるか」という点で価値を持つと考えられる一方で、それ自体が目的になっている。一部の人びとにとっては、金で買えるものよりも、どれだけの額を蓄えられるかのほうが重要なのだ。このことが、なぜラップ文化が主流の商業商品として地位やお金への執着に取りつかれているのかを説明しているように思える。それは、カニエ・ウェストが“The Good Life”で「人生でいちばん大切なものは無料のものだ」と主張していたのにもかかわらず、“I Am A God”では「早くクロワッサンを持ってこい」と怒鳴るようになった理由でもあり、また、ジェイ・Zが「俺はビジネスマンじゃない、ビジネスそのものだ」とラップしたことにもつながるだろう。

 しかし、『GNX』では──ドレイクやその「ロリータ・コンプレックス」に向けた一連のディス・トラック、さらにはP・ディディの醜悪な性的スキャンダルを経て──ケンドリックはラップを使ってこのジャンルが象徴するものへの反旗を翻している。彼はライヴァルたちを、ラップの純粋性を損ねる敵として位置づけ、このアルバムを通じてジャンルの喪失を嘆きつつも祝福し、あるいはその回復を求めているのだ。冒頭の“Wacced Out Murals”という曲において、このメッセージをすぐさま打ち出されている。ここでケンドリックは「みんな怪しい」と宣言し、リル・ウェインやスヌープ・ドッグ(「古臭いフロウ」と批判)など一部のラッパーを名指しで非難する一方で、ドレイクに対してはより間接的に、しかしアルバム全体を通して繰り返し批判を展開している。

 『GNX』には、「White Lives Matter」以前のカニエを思わせる感覚が随所に見られるように思う。まだ彼がプラットフォームをポジティヴな目的で使おうとしていた頃の話だ(『Graduation』の“Everything I Am”で、カニエはこう宣言している——「普通ならこんなことラップしないだろうけど、俺にはこれを裏付ける事実がある/去年だけでシカゴでは600以上の棺桶が必要だった/殺しなんてくだらないクソだ」)。ほかにも、アルバム全体を通じて、キリスト教的な救済のテーマが強く感じられるほか、“Man at the Garden”という楽曲では自分自身への賛辞(「俺にはすべての価値がある」)と、母親への感謝(「そうさ、彼女にはすべての価値がある」)という、カニエ風のオマージュさえも垣間見える。
 しかし、ケンドリックとカニエ、さらには他の現代ラッパーとの違いは、ケンドリックが名声と権力の誘惑に負けなかった点にある。彼はいまもなお、自分の地位を使って「より良いもの」を求めるメッセージを伝え続けている。アルバムの白眉ともいえる“Reincarnated”では、エゴと謙虚さ、そして権力や金銭の誘惑との間で揺れる古典的な葛藤を、驚くほど正直に探求している。ケンドリックは、自らを過去の偉大な黒人の系譜に位置づけ、「俺の人生を捧げて調和のなかで生きることを誓う/多くの人びとは苦しみ、思いは閉じ込められている/そんな敵を俺が作り出してしまったことを恥じている/さあ、いまいる場所を喜び合おう/悪魔の物語を書き直し、俺たちの力を取り戻すために、生まれ変わった」と宣言しているのだ。

 音楽的に見ると、『GNX』は華麗でありながら簡素という二面性を持ち合わせている。これは、成功の頂点に立つ人生の豊かさと孤独感、そして大きな力を持つことに伴う孤立した責任を見事に捉えているように思える。不規則なリズムやケンドリック特有のキャラクターになりきる能力に乗せられて、アルバムの音楽的印象を際立たせるのが、全編を通じて織り込まれた、無名の歌手によるマリアッチのヴォーカルだ。このメキシコ音楽が、ドナルド・トランプが2期目の大統領職に就いてから1週間足らずの状況ではとくに心に響く。その間に、トランプは大量の不法移民を国外追放する計画を公表し、メキシコ湾を「アメリカ湾」に改名することを示唆した。
 とはいえ、こうした歌詞の内容を超えて、『GNX』は包括性へのラヴレターと言えるだろう。これは個人ではなくコミュニティを、個人主義ではなく協力関係を慎ましく祝福する作品なのだ。アメリカは夢見る者たちの国であり、異なる文化の断片がひとつの全体として結集するという実験でもある。ここでは物事は複雑で混沌とし、騒々しく、押しつけがましく、何ひとつ予定通りには進まない。ときには暴力的なこともある。そして、フルタイムで働いても請求書の支払いに苦労し、漫画に出てくるような悪党たちに支配されている政治現状では、「アメリカンドリーム」は悪い冗談でしかない。

 ケンドリックの『GNX』は、慎重ながらも楽観的な祈りのように感じられる。たしかに状況は最悪だ。が、そう、だからこそいまは、正直になって過去の過ちから学び、アメリカのみならずこの世界をより良い場所にするため、私たちに与えられた力を何であれ使うべきときなのだ。

Cautiously Optimistic for the American Dream: Kendrick Lamar’s GNX (2024)

Last fall, Kendrick Lamar’s surprise release GNX cemented the California-based rapper as the winner of the hip-hop game — which says as much about the genre of rap itself as it does about this blistering, important album.

Even in Japan, rap’s origins are so well-known as to be almost mythical: the racially and socio-economically disenfranchised remixing songs, creating communities through performance, and raging against the machine in the back alleys of America’s inner cities — from the Bronx to Chicago to LA. But as hip-hop went mainstream in the US (and around the globe), the parameters of the genre — and the rules of its game — morphed from a foundation of collaboration and community to one of competition and individualism.

In a sense, hip-hop’s evolution represents the paradox of the so-called “American Dream”: another near mythical concept known around the world which promises that you can achieve anything in the USA, so long as you work hard enough. In actuality, though, capitalism is conflated with democracy in America. Here in the “Land of the Free,” we’re told that we “vote with our dollar”— although since Donald Trump was sworn in as president on January 20th with his Mars-bound henchmen of Elon Musk, Jeff Bezos, and Mark Zuckerberg in tow, it’s clear that we 99% didn’t have enough democratic capital to to overthrow the billionaires...

In America, then, money might be coveted for what it can do for us, but often ends up becoming the goal in and of itself. To some people, what money can buy you isn’t as important as how much money you can accumulate. I can’t help but think that this is why rap culture, as a mainstream commodity, is so status and money-obsessed. It explains why Kanye West went from reminding us that the best things in life are free on “The Good Life” to barking at people to hurry up with his damned croissant on “I Am A God.” It’s why Jay-Z rapped, “I’m not a businessman, I’m a business, man.”

But on GNX — fresh off a series diss tracks aimed at Drake and his Lolita- complex, and the hideous sex scandal surrounding P. Diddy — Kendrick uses rap to fight against what this musical genre has come to represent. He frames his rivals as opponents of rap’s integrity, which the album both mourns and celebrates— perhaps even demands. He wastes no time establishing this message, either. On the opening track of “wacced out murals”, Kendrick declares that “everybody questionable,” and calls out some rappers explicitly (like Lil Wayne and Snoop Dog, the latter with his “old-ass flows”), and others — specifically Drake — more implicitly, and repeatedly throughout the entire album.

Aspects of GNX have a distinct feel of pre-White Lives Matter Kanye, when he tried to use his platform for positivity (“I know people wouldn’t usually rap this,” Kanye pronounces on Graduation’s “Everything I Am,” “But I got the facts to back this / Just last year, Chicago had over six hundred caskets / Man, killing’s some wack shit”). There’s strong themes of Christian redemption throughout the album as well, and even a decidedly Kanye-esque homage to both himself (“I deserve it all”) and his mother (“Yeah, SHE deserves it all”) with “Man at the Garden.” The difference, though, between

Kendrick and Kanye— and other rappers of our time— is that Kendrick didn’t fall prey to the siren song of fame and power. He continues to use his status to preach for something better. Perhaps the crown jewel of the album, “Reincarnated” investigates the age-old struggle between ego and humility, and the temptation of power and money, with stunning honesty. Inserting himself into a lineage of Black greats before him, Kendrick promises: “I vow my life to just to live one in harmony now/ You crushed a lot of people keeping their thoughts in captivity/ And I’m ashamed that I ever created that enemy/ Then let’s rejoice where we at / I rewrote the devil’s story just to take our power back, reincarnated.”

Musically, GNX is at once ornate and spare, which captures the lush loneliness of life at the top, and the isolating responsibility that comes with great power. Against some off-kilter rhythms and Kendrick’s signature ability to get into character, though, GNX’s musical stamp might be the Mariachi vocals from a previously unknown singer woven throughout the album. This Mexican music is especially haunting in Donald Trump’s second presidency, which less than a week in promises to deport undocumented people en-mass, and rename the Gulf of Mexico the Gulf of America. Beyond its lyrics, then, GNX is a love-letter to inclusion: a solemn celebration of community over individual, and collaboration over individualism.

America is a nation of dreamers, and is an experiment in separate cultural pieces coming together as a whole. It’s complicated and messy here. It’s loud, it’s in-your-face, nothing runs on time. Sometimes it’s violent. And while the American Dream may seem like a bad joke as people struggle to pay bills working full-time jobs, and while our politics are overrun by comic book-levels of villainy, I dare say that Kendrick’s GNX is a cautiously optimistic prayer. Yes, this is the shit show we’re in, but now is the time to get honest, learn from our mistakes, and use whatever power we may to make something better— in America and beyond.

The Cure - ele-king

 16年という歳月は、少なく見積もっても16通りの可能性と熟考を伴う16の人生を反映した期間だ。しかしながらこの16年間、ザ・キュアーからの言葉は一切なかった。ザ・キュアーの最後のリリースから16年が経過したというのは、控えめに言っても驚くべきことだ。これほど多作なバンドが、ただ消えてしまったのだ。実際には、彼らは断続的にツアーを行い、Instagramのアカウントを維持するなど、なんらかの発信はあった。しかし、それでもなお、どこか意図的に現実から切り離されていた。
 ザ・キュアーの「多くの現実」は、『Wish』から2008年までのリリースがどこか断片的で、かつての激しさを失っていたことが私に少なからぬ不安を与えていた。彼らのデビュー・アルバム『Three Imaginary Boys』(1979)における軽快で鋭いポップ・サウンドを思えば、その期間のキュアーが「憂鬱のゴスキング」としての最終的な戴冠へと向かっているようには思えなかったし、いまふたたび80年代半ばの明るく軽快なポップ路線へ転向するとも、あるいは、ゴシック・サイケデリアへと見事な弧を描きつつ大人びたサウンドにいくようにも思えなかった。

 そんな私がある寒い静かな夜、外の寒さをしのぐために立ち寄ったタワーレコードで偶然新作を見つけたときに覚えた不安をお察しいただきたい。白黒で不明瞭な、控えめで魅力的とは言い難いアートワークには、バンド名さえ自信なさげだ。それは喜びではなく、私に戸惑いを引き起こした。最初の30秒を聴いても歌がなく、1分経っても、2分経ってもヴォーカルが現れない。レトロでシンプルなシンセサウンドも最初は火花を散らすような魅力は感じられなかった。だが、不思議なことに私はそれを聴くのをやめられなかった。各楽器はじょじょに感情を重ねていき、やがて魔法のように濃厚なスープのようなサウンドが私を捕らえて離さなかった。そして3分20秒後、ロバート・スミスの変わらぬ声がフェイドインすると、1997年から2024年までの弧がおのずと架けられたのだった。

 『Songs of a Lost World』は、私が今年もっとも強く愛着を感じた、もっとも暗く、悲しく、それでいて抗えないほど聴きたくなるアルバムだ。そのリリースは一見すると目立たない一過性の出来事のように見えるが、不安定な世界、トランプ大統領の再登場、喜びとシリア解放への不安定な期待、さらには韓国の驚くべき混乱という状況下においては、なんともその存在感がしっくりくる。スミスは、このアルバムがそんな「タイムカプセル的瞬間」になるとは意図していなかったのだろうが、宇宙に間違いはない。いまこそ人びとはザ・キュアーを必要とし、その必要性は際立っている。スミス自身、シングルらしくないスローテンポの“Alone”が英国のラジオ局で頻繁に流れていることに驚いているではないか。

 エモが誕生する以前のエモ、固定観念の市場において多面的な存在感を放つザ・キュアーは、可愛らしく踊れるポップ・ソングを送り出したかと思えば暗く荒涼とした英国ゴシックへと逆戻りし、感情、愛の危うさ、そして究極的には死の未知なる本質について、荒々しく論じている。
 『Songs of a Lost World』、とくに“Alone”と“Warsong”を聴くと、サイケデリック期の“Burn”を思い出さずにいられない。苦痛に満ちた感情表現と音響的な魅力において、ザ・キュアーはその不在期間中、自らの最良の要素を見直し、それらを集約して最高のものを絞り出したのだ。
 それは単なる作曲だけでなく、バンドのソウルとエモーションに根ざしたものだった。各楽器は録音上でクリアに響き、バンド全体がまるでポップ・ジャズ・バンドのように一体化して機能している。コーラス部分もぎこちなくなく、むしろ強烈で、新規リスナーも古参ファンも歌いたくなるような誘引力がある。この新しいアルバムは彼らのディスコグラフィーに自然に溶け込みつつ、しかし過去の作品のいくつかを凌駕している。

 2020年代は、新しい形でのゴシックが再興した。だからこそ、ザ・キュアーの復活は奇妙にも筋が通っている。運命に間違いがないと信じるならなおさらだ。人びとはいまザ・キュアーを必要としている。『Songs of a Lost World』は、1992年以来初めてビルボード・チャートの数々で1位を獲得した。それは正気の沙汰ではないが、同時にザ・キュアーの音楽がいかに普遍的であるかを物語ってもいるのだ。


16 years reflects 16 lifetimes with at least 16 possible outcomes and ruminations and yet not a word from the Cure. For it to be literally 16 years since the last Cure release is jaw-dropping to say the least. For such a prolific band to just. . .disappear. In reality, they were touring on and off while maintaining an Instagram account among other transmissions. But still somewhat intentionally disconnected from our reality.

The many realities of the Cure has previously created a bit of anxiety for me as the later releases after “Wish” before 2008 were slightly fragmented without the previous coherence and intensity. Peering back at their very first album of flat, agile, angular pop “Three Imaginary Boys,” it would never seem to point toward their eventual crowning as goth kings of sadness and gloom. Nor their coin toss change to bright skippity pop in the mid 80’s. Then their amazing arc to goth psychedelia which would end up truly defining their most adult sound.

So you would have to forgive me my acute anxiety finding their record in tower records purely by accident one quiet cold night while I sought to keep warm from the outside. The unassuming unappealing artwork of unintelligible black and white with even their name somewhat obscured didn’t spark a jump for joy. I reluctantly listened to the 1st 30 seconds with no vocals and then 1 minute with no vocals and then 2 minutes with no vocals with very retro simple synth not creating a spark but i couldn’t stop listening as the band steadily layered more emotions through each instrument creating a thick

soup of magic which refused to let me go. After 3 minutes 20 seconds, Robert Smith’s vocals came fading in and his voice, unchanged, naturally bridged an arc between 1997 and 2024.

“Songs of a Lost World” Is the most bleak, sad but irresistibly listenable record I’ve ever felt so attached to this year. It’s release seems by untrained eyes a blip, an outlier in this incongruent year but feels just so right with a dark unbalanced world, the incoming Trump presidency, joy but uncertain apprehension towards the Syrian liberation, and the surprise instability for South Korea. Smith never meant for the record to be such a time capsule moment but the universe makes no mistakes. People need the Cure and they really need it now. Smith himself felt the surprise of “Alone,” an incredibly un”single”-like slow song being in high rotation on UK radio stations.

Emo before emo, versatile in a un-versatile market, the Cure is a multi-faced burst of energy that squeaks out cute danceable pop songs and then reverses backwards to dark, stark English goth, and stormy dissertations on pure emotion, fraught love, and ultimately the unknown nature of death.

Listening to “Songs of a Lost World” and especially “Alone” and “Warsong” reminded me immediately of “Burn” from their psychedelic period. Torturous and emotional lyrically and sonically, I feel that The Cure took a look during their absence, at their best attributes, collected

them and squeezed out the best. Not just with songwriting but primarily with feeling and with the soul of the band. Each instrument in the band on record is crystal clear with the band itself united like a motor. Almost like a pop jazz band. The choruses aren`t awkward but intense and inviting to sing for anyone new or old. The new album sits snuggly in their discography without sticking out and actually towers some of their other work. The 2020`s have seen a renewal of goth, in a new way of course. So it does strangely make sense that the Cure have returned, especially if we choose to believe that fate doesn`t make mistakes. The people need The Cure and it shows. “Songs of a Lost World” has gained the number 1 spot on numerous Billboard charts, their 1st in 1992. That is quite insane but also speaks to the universality of The Cure sound.

小林:今年スクエアプッシャーの『Ultravisitor』(2004年)が20周年を迎えたということで、アニヴァーサリー・エディションがリリースされています。先に世代感を確認しておきますと、ぼくがリアルタイムでスクエアプッシャーを聴きはじめたのが2001年です。00年の秋ころからエレクトロニック・ミュージックに興味を持ちはじめて、01年に〈ビート〉が〈Warp〉をとりあつかいはじめて。

渡辺:その前は〈ソニー〉だったね。

小林:はい。『Go Plastic』(2001年)、『Do You Know Squarepusher』(2002年)とつづいたあとに『Ultravisitor』が出て、当時、まだまだ聴いている電子音楽の量が足りていなかった自分の感想としては、「決定打が来たんじゃないか」みたいな第一印象がありました。

渡辺:そういう世代の方にフックがあったアルバムじゃないですかね。

小林:やはりその前の世代の方にとっては最初の2枚、『Feed Me Weird Things』(1996年)と『Hard Normal Daddy』(1997年)が決定的だったと思うんです。

渡辺:しかもその後にいろいろ実験をしていましたからね。

小林:『Music Is Rotted One Note』(1998年)とか。

渡辺:そこで極端に振れちゃったようにも見えて。「このひとはなにをやりたいんだろう」みたいなところは正直ありました。90年代の終わりとか2000年代初頭のスクエアプッシャーってそういうイメージが強かったと思うんですよ。『Do You Know Squarepusher』というタイトルもそうだけど、自分とはなにかを考えてた時期なのかな、と今回あらためて聴いてみて思いました。当時ってそんな話題になってました?

小林:今回、当時の『ピッチフォーク』のレヴューを確認してみたんですよ。そしたらかなり微妙な評価で(笑)。うまく書いてあって、悲観的とまではいえないんですけど、「いいものはどれも終わりを迎える」という書き出しで(笑)。ちなみに書き手のドミニク・レオンは自身も〈Smalltown Supersound〉から作品を出している音楽家でもあります。

渡辺:当時リアルタイムで褒められていた印象がぜんぜんなくて。『ガーディアン』のレヴューも3点で、まったく褒めていなかった。この時期、自分はなにを聴いてたかなって思い返してみると、ミニマルなんですよ。2000年代前半はクリック・ハウス以降のミニマルをすごく聴いてたから。そんな時代に『Ultravisitor』も出て、少なくとも「これはすごい」みたいな評価がされていた記憶はないし、でも酷評されたというわけでもなく……。たとえば『Music Is Rotted One Note』が出たときはものすごい賛否両論で、よくも悪くも話題になりました。その後、実験的にやっていく時期がつづいて、広く一般にインパクトを与えたっていう印象は残っていないですね。〈Rephlex〉のファンだったりエイフェックス・ツインのファンだったり、〈Warp〉のファンだったり、コアなひとたちは少しあとから支持していたような印象があって。それこそ小林さんもそうだと思うんですけど、新しい世代のニュートラルなリスナーが支持したことで広がっていったアルバムなのかな、という気はします。

小林:20周年記念盤を出すということは需要が見こめるからこそでしょうし。

渡辺:たとえば〈R&S〉もそうなんだけど、〈Warp〉もいまやってるスタッフって世代交代してると思うんですよね。昔の〈Warp〉に憧れて新人として入ったりA&Rやったりしてる若い人たちのほうが主力になっているんじゃないかな。そのあたりの影響も、今回あるのではないかなと思います。

小林:去年はバンドキャンプがブレイクコア・リヴァイヴァルを特集していて、そういうことも背景にあったりするのかもしれないと思う一方で、でもその路線であればすでに『Feed Me Weird Things』や『Hard Normal Daddy』がありますよね。

渡辺:そうなんですよね。じっさい『Feed Me Weird Things』はリイシューが出ましたよね。それが成功したというのもあるのかも。今度は、中期の彼の評価を確立した名作ということで。今回、レア曲を詰めたボーナス・ディスクがついてるじゃない。それらの曲の背景を当時は知らなくて、今回調べたんです。どうも、当時オンライン・レコード・ショップのBleep(当時はフィジカルの販売はWarpMartという別ショップ扱い)がスタートしたタイミングで、そこで予約購入した人に配っていたCDに入っていた曲みたいですね。プロモ盤としても出していて。

小林:なるほど。当時〈ビート〉から出ていた初回限定盤にもそのCD「Square Window」の5曲がボーナス・ディスクとして付属していました。

渡辺:今回、それが正式に付属したのが大きいんじゃないかなと思っていて。当時シングルとしても出た “Square Window” もいいんですが、とくに “Abacus 2” という曲が素晴らしい。レーベルとしてはやっぱりポップでキャッチーな曲をアルバムに入れてほしいはずなんです。ラジオで流せるような曲だったり、CD時代だったら試聴機で最初に流れる1曲目をそういうものにしたいとか。〈Warp〉としてはほんとうは “Abacus 2” を『Ultravisitor』に入れたかったんじゃないかと(笑)。今回、2枚目がけっこういいんですよ。そういうメロディックな曲だけじゃなくて、“Talk About Me & You” みたいなおもしろい曲も多い。でも当時トムが嫌だと言ったんじゃないか、という深読みはしちゃいますね。

小林:もしトム・ジェンキンソンが嫌だったのだとしたら、それはなぜだと思いますか?

渡辺:『Ultravisitor』って、メロディックでメランコリックですごく静かなタイプの曲と、ものすごくノイジーな曲と、両極端がありますよね。エレクトロニックなビートはもちろんあるけど、踊りやすかったりフックがあったりする、わかりやすい曲は入っていない。だから、収まりどころがなかったんじゃないかなと。彼は作品ごとにテーマを決めてやるひとだし、すごくクレヴァーなひとだとも思うし。たとえば初期に 「Vic Acid」(1997年)といいうシングルがありましたよね。あれに入っていた “The Barn” という曲には303がブリブリに鳴っていて、弟(アンディ・ジェンキンソン/シーファックス・アシッド・クルー)の影響もあるんじゃないかと思うんですが、ほんとうはああいうタイプの曲もかなり好きだと思うんですよ。でも、シンプルな4つ打ちだったり、わかりやすいアシッドでフロア寄りみたいな曲ってほとんどアルバムには入れていないような。

小林:たしかにそういう印象はある気がします。

渡辺:『Feed Me Weird Things』のときもたしか、1曲入れようと思っていたトラックが権利関係だったかで入れられなくなっちゃって、代わりにつくった穴埋め的な曲を入れたって話をしていましたよ。それが “Squarepusher Theme” だった。後に代表曲になったものが、もともとは入らない予定だった、という。あと、〈Warp〉から最初に出た紫のシングル(「Port Rhombus EP」、1996年)、あれもアルバムに入ってないよね。

小林:入ってないですね。あれはすごくいい曲ですよね。スクエアプッシャーでいちばんの名曲じゃないかと思います。

渡辺:渋谷にあったシスコ・テクノ店の棚が全部あの紫のジャケで埋まってて、1日中かかってたのをよく覚えてる。やっぱりあれがすごく衝撃的だったんですよ。だから、〈Rephlex〉から〈Warp〉に移った最初のアルバム『Hard Normal Daddy』には代表曲として絶対に入れるよねと思っていたけど、入らなかった。そういう彼のスタンス、こだわりはあるのかなと思います。最新作『Dostrotime』も、配信しないという触れ込みで。

小林:でしたよね。その後時間が経って結局配信しちゃいましたが(笑)。

渡辺:たぶんどこかで折れたのかなっていう(笑)。

小林:最初はストリーミング時代に果敢に抗ってるなと思って、ぼくも燃えて紹介記事を書いたんですけど、「出すんかい」って思いました(笑)。

渡辺:そうそう(笑)。だからその辺はせめぎ合いというか、思い入れだったり自分のなかでこういうプランでいきたい、みたいなものがあっても、ある程度時間が経てば妥協するところもあるのかなと。そういう意味では、今回のリイシューはレーベル側の意向とアーティストのやりたかったことを、両方ちゃんとうまくパッケージしているような感じがして、すごくいいリイシューだな、とぼくは思いましたね。寄せ集めの、ほんとうにアウトテイク集みたいなのって多いじゃないですか。買ったはいいけど2枚目は聴かないよ、みたいな。でも今回は「なんで入れなかったんだろう」という曲が多い。

小林:ちなみに『Ultravisitor』本編はライヴ音源が混ざっていて、若いころ「なんだろう、これは?」と思いましたけど、それについては当時どう思いましたか?

渡辺:その前の、『Do You Know Squarepusher』の2枚目にフジロックでのライヴ音源が入ってるでしょ。ぼくは完全にあの流れだと思ってたんですよ。たしか音質があまりよくなくて、その点をリヴェンジしたいのかなって、勝手に思っていましたね。だけど今回調べたら、彼は裏でいろいろ考えていたことがわかりました。当時のインタヴューってほとんど残ってなくて、ひとつだけあったんですが、それももうリンクが死んでいて。それでなんとかアーカイヴを漁ってテキストだけ読むことができたんですけど、ライヴ音源を入れたのは、ちょっとリスナーをバカにしているというか、炎上狙いのようなところもあったみたいです。そもそも自分の音楽は多くのオーディエンスが理解できないものだけど、ライヴの歓声が入っているとウケているように聞こえるから、それで「聴いてみようかな」と思っちゃうバカなひともいるかもしれない。そういう効果を狙っている、というようなことを言っていて。それでだれかが間違ってアルバムを買ってくれたら、本人は理解できなくて放置されても、そのひとの子どもや未来のリスナーが「こいつすげーじゃん」と思うかもしれない、ネクスト・ジェネレーションが自分の真価を発見してくれたら、老害になってもライヴができるかもしれない、そういう意図があった、と。

小林:なるほど。未来を先読みしていた……と褒めていいのかどうか(笑)。

渡辺:ほんとうにそこまで深く考えてたのかはべつとしても、発想としてはおもしろいですよね。ライヴ・ヴァージョンの歓声を活かすっていう。ライヴの勢いでもグルーヴ感でもなく、ほかのミュージシャンが参加していることを打ち出すのでもなく、ただ歓声が重要だっていうのはすごくおもしろいアイディアだなと。ライヴといえば、ダフト・パンクみたいに光るヘルメットをかぶったプロジェクトもあったよね。

小林:ショバリーダー・ワンですね。超絶技巧バンドの。

渡辺:あとロボットに演奏させたりとか(『Music For Robots』、2014年)、やっぱり随所でおもしろいことをやるひとだなと思います。そういう意味ではやはりなにかリリースされるたびに、スクエアプッシャーに帰らざるをえないというか、呼び戻される感じはありますよね。

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(ここで野田編集長が登場)

野田:90年代に初来日したとき、超満員の新宿のリキッドルームでドリルン・ベースをバックにベースを弾いていたよね。

渡辺:基本そのスタイルだったね、最初。

野田:あの時点でもうひとつのスタイル、型ができあがっていたからさ、そこから抜け出ることってなかなか難しかったのかなと。『Music Is Rotted One Note』以降、違う自分を探したかったのかもしれない。そこは彼のいいところで、自分の芸風を初期の時点で捨てたというか。

渡辺:「スクエアプッシャーらしい」初期のスタイルをいつまでも求められることが嫌だったみたいだね。どこかのインタヴューでそういうステレオタイプに対して怒ってたおぼえがある。でも、初期は家でもああやって録ってたという。『Feed Me Weird Things』の記念盤セルフ・ライナーノートに書いてありました。最初はマルチトラックのレコーダーがなくて、基本的に一発録りでやっていたそうで。バック・トラックをつくっておいて、シーケンサーのスイッチ押して、同時にベースを弾いて録ってたっていう。

野田:その話はおもしろい。それで音質がその後と違うんだね。やっぱりいいね、アーティスト初期の「持たざる」時代って。みんなアイディアを駆使してつくって録音してるんだよね。

渡辺:ホックニーを輩出した名門アート・スクールに通ってて、そのお金を親に出してもらってたのに、学費や学生ローンで得たキャッシュを全部シンセサイザーに使っちゃって(笑)。

野田:それは親の立場の人間としてはちょっと(笑)。

渡辺:一応、ちゃんと卒業はしたみたいですよ。

小林:でもたしかに10年代の作品になると、システム自体かなり高度な感じになっていきますよね。

渡辺:けっこう機材オタクっぽいですよ。

野田:そう。リチャード・D・ジェイムスとはまた違うタイプの。リチャードはもうちょっと偏執狂的というか、ある意味では狂気の世界に入ってるけど、スクエアプッシャーはもうちょっと真っ当な。

渡辺:そうだよね。だからオールドスクールの機材が好きだったりとか。『Be Up A Hello』は、そういう古い機材を持ち出してつくっていた。

小林:あれは彼にしては珍しく懐古的になった作品ですよね。

野田:スクエアプッシャー史において、『Ultravisitor』はどういう位置づけなの? 『Music Is Rotted One Note』はひとつの転機だったと思う。このころからマイルス・デイヴィスとか、けっこうジャズを意識して。

渡辺:完全に生演奏でやっていたしね。さっきも話したんですけど、それでその後いろいろやって、結果『Ultravisitor』に至った、みたいな。

野田:じゃあ第2期の総括的な。

渡辺:あるいは、第3期の出発なのか。ジャケが本人の顔写真っていうのも。

小林:買ったとき、ジャコ・パストリアスみたいだなと思いました。

渡辺:そうそう、ジャコ・パストリアスのファースト(『ジャコ・パストリアスの肖像』、1976年)っぽいですよね。すごく思った。当時だれも言わなかったけど、やっぱりそうだよね。それを今回変えたじゃない。もしかしたら、ちょっと恥ずかしくなったのかなと(笑)。

小林:以降も顔をバーンって出したアートワークはないですし。そもそもテクノのアーティストはそういうことを滅多にやらないですよね。やはり『Ultravisitor』には自分の振り返り、自分史的なテーマが込められているのでしょうか。

(このあたりで野田編集長が退場)

渡辺:そういう時期だったのかなと。『Music Is Rotted One Note』に “Don't Go Plastic” という曲があったけど、その後『Go Plastic』を出した。「ニセモノはやめましょう」って言っていたのに「やっぱりまがいものがいいです」みたいな(笑)。生演奏のような、いわゆる「ホンモノ」の音楽も自分はできるんだというのを見せたかった部分がありつつ、完全にそればっかりでもない、みたいな。

小林:なるほど。『Ultravisitor』はセンティメンタルなメロディの曲が多いのも特徴ですよね。そこで内面的なものを表現しようとしていたのかもしれません。Spotifyで見ると、“Iambic 9 Poetry” と “Tommib Help Buss” だけ断トツの再生数で、ほかの曲とケタが違っていて驚きます。大多数はその2曲しか聴いてないんじゃないかと危惧してしまいます。すごいライト層だとは思うんですが。

渡辺:残酷というか、ハッキリ見えちゃうから怖いですよね。その2曲の人気からもうかがえますが、スクエアプッシャーといえば過剰なビートだったりドリルン・ベースの極北だったり、あるいはベースもむちゃくちゃ弾きまくるみたいな印象だったのが、それと真逆のイメージを打ち出してきたのが『Ultravisitor』で。“Abacus 2” のようなポップでわかりやすいリズムで、かつメロディがきれいな曲を入れなかったのは、もっと静かなもののほうが彼のアナザー・サイドを打ち出すためにはいいっていう判断をしたのかもしれないですよね。こういう曲はその後も継続してある程度出てくるし。

小林:たしかにこれ以降、こういう曲がちょこちょこ入るようになりますね。

渡辺:インタヴューで「そういう曲がすごく好きだし、自分のなかにあるものだ」って自分でも認めている。それを本人がはっきり認識したり、あるいは自分のそういう面を発見した時期なのかなって思う。デビューが95年だから、そろそろ10年目が近づいてきている、正念場みたいなタイミングだったのかもしれない。そう考えるとやっぱり転機になったアルバムだと思うんですよね。

小林:肖像のジャケにしても感傷的な曲調にしても、ちょうど現代とつながる感覚があるようにも思いました。いまはSNSで有名人も一般人も自分語りをするし、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーも自分史3部作を出した。そういう時代の流れにハマったリイシューでもあるのかな。

渡辺:さっき当時のインタヴューの話をしましたけど、じつはもう1本あって、LAの雑誌『URB』がインタヴューしているんです。そっちはメール・インタヴューなんですが、トムが「ヴァーチャル・コメディアン」っていうソフトを使って返信をつくりました、って書いてて、ぜんぜんインタヴューになっていない(笑)。ようはChatGPTの先祖みたいなソフトなんですけど、当時から「新しい技術に新しいことをさせよう」みたいな発想が彼にはある。『Dostrotime』の “Wendorlan” のヴィデオでもオシロスコープを使っていましたよね。オシロスコープ自体は新しくないけど、そういうふうに技術に寄り添って自分を出していくところもおもしろいなと。いまでこそAIは当たり前のものになってきましたけど、20年前にそういうことをやっていて。そのソフトも自分でつくったらしいんですよね。ほんとうかどうかわからないけど。

小林:たしか『Damogen Furies』(2015)のときはソフトウェアから自作していましたし、テクノロジーへの関心は高いですよね。先ほどのロボットもそうですし。そうしたハイテクなものへの関心がある一方で、今回『Ultravisitor』を聴きなおして再発見したのは、やはり静かな曲で。といっても先ほど話に出た大人気の2曲ではなくて、“Andrei” と最後の “Every Day I Love” です。おなじくメロディアスなタイプの曲ですが、この2曲はバロック的ないし古楽的な感じもあって、もしかしたらスクエアプッシャー流の、民衆の音楽という意味でのフォークともとらえられるかもしれないと思いました。個人的には “Iambic 9 Poetry” や “Tommib Help Buss” より、この2曲のほうがいまは響くなと。先ほどの『ピッチフォーク』では「退屈だ」って書いてあったんですが(笑)。

渡辺:バロックっぽいのはぼくも気になりましたね。2004年のライヴを調べると、ロイヤル・フェスティヴァル・ホールでやっていたりするんですよ。クラシカルのひとたちとやったり、いろいろ実験もしていた時期のようなので、そういう影響もあるのかも。でも、なんで “Iambic 9 Poetry” があれほど広く受け入れられたのかについては、考えてみたんですけどわからないんですよね。ピアノやクラシカルな楽器でのカヴァーをYouTubeで見かけたりとか、ぜんぜん違う層に刺さっていたりして。

小林:エイフェックス・ツインの “Avril 4th” がひとり歩きしているのと似たような現象かもしれませんね。エイフェックスやスクエアプッシャーの凶暴なブレイクビーツは、ふだんそういうものを聴かないリスナーからすると受け入れられないけど、きれいなメロディの穏やかな曲だったら聴けるという。

渡辺:“Iambic 9 Poetry” については、新しく発見したことがあって。ぼくは普段ゲームの仕事をしていて、英語の脚本をつくったりしてるんですけど、いろんなキャラクターに方言とか昔のことばを喋らさなきゃいけないことがあるんです。そのキャラクターが違う文化圏のキャラクターであることを表現するために、古い時代の喋り方をさせたり。それで、あるときイギリス人のスタッフから「アイアンビックを入れたらどうですか」と言われたことがあって。古典詩の脚韻のひとつに「イアンボス(iambos)」というのがあって、日本語だと「弱強格」。ようするにリズムのことです。そのリズムに合うことばを選んで入れて、読み方も強弱をつけて読むんです。シェイクスピアのころはそういうことが盛んで、だからイギリスの舞台俳優はみんなけっこうそれができるんですよ。現代の日常会話では使われてない言語だけど、「こういうキャラクターなので、そうしてください」と伝えると、普通にやってくれる。その弱強格にも「三歩格」とか「四歩格」とか種類があるんですが、「Iambic Pentameter」が「弱強五歩格」のことで。『Budakhan Mindphone』(1999年)に “Iambic 5 Poetry” という曲がありますけど、そのことだったんですね。それが、『Ultravisitor』だと “Iambic 9 Poetry” だから、「弱強九歩格」ということになる。なんで「9」にしたのかわからないんですけど、「弱強九歩格」というのはおそらく存在しないんですよ。以前「5」はやったから今回はその上を行く「9」でやろうということなのか、静かな曲調のなかで波を打っていくようなドラムの流れのことを意識しているのかはわからなですけど。インストの曲なのに、舞台とか古典詩からインスパイアされてそういう題をつけるのはおもしろいなと。

小林:それはすごい発見ですね。ぜんぜん知りませんでした。

渡辺:リアルタイムではまったく気づいてなくて。最近になって仕事をしてるときに気づいたんですよね。「これじゃん!」って。だから、彼はことばづかいは荒っぽいときもあるけど、すごく頭のいいひとなんだなと思います。

小林:『remix』時代に野田さんがやった、『Just A Souvenir』(2008年)リリース時のインタヴューでも、コンセプトなどをめぐってかなり知的な話をしていました。ブレグジットに反対する曲(“Midi Sans Frontières”、2016年)を出したりもしていましたよね。

渡辺:その曲の素材をフリーで出すから、みんなでそれを使ってリミックスしてくれという。あれはすごくおもしろいなと思いました。昔オウテカがクリミナル・ジャスティス・ビルのときに「これなら捕まらない」ということで反復しない曲(“Flutter”、1994年)を出してたじゃないですか。あれに通じるものを感じましたね。〈Warp〉もスピリットを失っていないなと。

小林:今回聴き返してみて、あらためていいなと思った曲ってありましたか?

渡辺:最初はトムが観客に話しかける声、そこからすごく静かにはじまって激しいドリルン・ベースになっていく曲……“Tetra-Sync” かな。前から割と好きではあったんだけど、今回聴き直してもやっぱりすごくいいなと思った。まあ、ライヴを観たいですね。

小林:いま『Ultravisitor』でライヴをやってくれたらすごくハマりそうな気がしますよね。

渡辺:その後ライティングに凝ったライヴなどが評価されましたけど、そういうこともぜんぶ経てきたうえで、この時代の曲をやったらどうなるのか、というのは聴いてみたいですね。

小林:ということで、ここまでの話を一言でまとめると、『Ultravisitor』はスクエアプッシャー試行錯誤期の名作、ということですね。

Squarepusher
Ultravisitor (20th Anniversary Edition)

Warp / ビート
2024.10.25 release

2CD国内盤

Amazon Tower HMV disk union

3LP国内仕様盤

Amazon Tower HMV disk union

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