トクマルシューゴの『ポート・エントロピー』を聴いていると元気になる。決まりごとで窒息しそうなこの世界の外側へと道が開けるようだ。「......すべきだ」「......しなきゃいけない」という、社会の常識のようなものの手綱をゆるめ、「ま、いいか」と思えてくる。シュールレアリスティックなこの音楽を聴いていると、愉快な気持ちになって、気持ちも上がるのだ。森のなかのアヴァンギャルドなパーティのようなこの音楽を聴いていると、いちいち子供に「うるさい」と怒る気をなくす。
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それは想像を快楽とする者にとってはまたとないプレゼントである。『ポート・エントロピー』を聴いていると......変な言い方だが、ますます音楽を聴きたくなる。というか、音楽を好きになる。その自由な広がりにおいて。
この音楽の背後からは膨大な量の作品が広がる――フォーク、ジャズ、エレクトロニカ、カンタベリー、あるいはスラップ・ハッピーやファウストの諧謔性。あるいはマッチング・モウルの素晴らしき"オー・キャロライン"......もし『ポート・エントロピー』にもっとも近接している作品を1枚挙げるとするなら、僕は『そっくりモグラ』(の前半)を選ぶだろう。さらにもう1枚挙げるならパスカル・コムラードの玩具と前衛とポップのカタログのなかから選ぶだろう。
こう書いたからといってみんなに誤解して欲しくないのは、この音楽が過去の亡霊たちの再現ではないということ、これは後ろを向いている音楽ではないということ、つまりたったいまこの現在を生きている音楽だということだ。
あるはずの音楽......「ホントはあるはずなのになぁ」とずっと思っていた音楽を具現化する、だから"想像"を具現化する作業なんです。僕には伝えたい言葉は何もないんです、メッセージとかね。自分の曲のなかではそれはない。
ひとりでしか作れない音楽だと思うんですね。緻密だし、ものすごく凝っているし。その"ひとりで"っていうのは日常生活における属性でもあるんですか? ひとりでいるほうが好きとか?
トクマル:基本的にはひとりでいるほうが好きですね。5人以上いるときつい。
5人という制限は経験上?
トクマル:そうですね。食卓を囲めるくらいの人数でないと気持ち悪くなってきますね(笑)。
バンド(GELLERS)なら大丈夫?
トクマル:いまやっているバンドは幼なじみなんで。
気を遣わない?
トクマル:そうですね。居心地がいいですよね。
ひとりで作っている音楽のほうが好き?
トクマル:そういう感じではないです。むしろあまり聴かないかもしれない。
ひとりで作っていて辛いこともあるでしょう?
トクマル:イメージ通りいかないときはつらいですね。でも、基本的にはひとりで作っているのはそうとう面白いですけどね。自分が面白がれるものしか作らないようにしているというか、人に聴いてもらうわけだから、自分がやってて面白くないと、あとになってからきついですよね。作る前にイメージしていて、その段階から面白いっていうのでなければ、CDには入れたくないですよね。
じゃあ、作る前はゴールというものが見えているんですね。
トクマル:そうですね。ゴールは見えています。
じゃあ、自分の頭のなかには音楽が鳴っていて、それに近づけるために作っていくという。
トクマル:そうですね。
さすがですね(笑)。
トクマル:そのやり方しかできないんです。でないと不安でしょうがないというか、作りながら曲をどんどん育てていくやり方っていうのはアリだと思うんですけど、僕は子供の頃から違うんですよ。物事を順序立ててやっていくというやり方で......。
じゃあ、フリー・ジャズみたいなインプロヴィゼーションの美学よりも『サージェント・ペパーズ~』みたいにあらかじめ設計されて作り込まれたものを好む......って、トクマルシューゴの音楽を聴けばそりゃそうですよね。
トクマル:だけど10代の頃はフリー・ジャズにハマったたんです。僕はそこに幻想を抱いていたんですね。「この音が来たら次のこの音が来て、こうなったからこうなるんだ......」って、そこを僕はすごい研究したんです。
研究熱心な......。
トクマル:そうですね。だいぶ好きですね。フリー・ジャズはよく聴いていたんです。
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トクマルシューゴの音楽を聴くと、あまりにもいろんな要素が詰め込まれていて、この人は何の影響を受けたのかというのが掴みづらいというか、とにかく多様なものを感じるんだけど、やっぱムチャクチャ聴いていたんですか?
トクマル:もう、とにかく聴いていました。CDを集めるのも好きだったし、知らないCDやアーティストがいるのがイヤだった。
「知りたい」って感じで?
トクマル:もっと良いものがあるんじゃないか、もっと自分にフィットしたものがあるんじゃないかと思っていたんです。自分の作りたい音楽も見つかるんじゃないかって、「ここにあるはずなのに、何でないんだろう?」って、そう思ってました。
へー、それは興味深い話ですね。そこまでマニアックなリスナーになったのっていつからですか?
トクマル:んー、そうですね、14とか。パンクにすごくハマってしまって。
それはすごく意外ですね(笑)。
トクマル:ハハハハ。それまではビートルズとかクイーンとか、マイケル・ジャクソンとか......を聴いていたんですけど、パンクを聴くようになると面白いエピソードがどんどん出てくるんです。
たとえば?
トクマル:実はこの人はこれこれこういう人から影響を受けていて......とか。それで、どんどん遡っていったんです。そこからいろんなアーティストを知っていったんです。
追体験ですよね。
トクマル:そうです。そこから派生した音楽をたどっていくと、プログレやサイケ、フリー・ジャズ、もっと古い音楽とか、そういう風に探していくのがすごく好きでしたね。
へー。
トクマル:それで自分にいちばんフィットする音楽を探していくんですよね。
1日のほとんどの時間は音楽に費やされていたんでしょうね。
トクマル:そうですね。学校にもライナーノーツだけを持って行ったり(笑)。
ハハハハ。
トクマル:読んでましたね。
でも高校生のときは小遣いもかなり限られているし。
トクマル:だからみんなと協力し合って、それがいま一緒にやっているバンドのメンバーだったので、ちょうど良かった(笑)。
へー。しかし、パンクがきっかけという話がホントに意外だったなぁ。いまやっている音楽はむしろその真逆とも言えるじゃないですか。
トクマル:そうですよね。
そうやって音楽を探していって、最初に自分にフィットした音楽は何だったんですか?
トクマル:んー、なんだったのかなぁー。中学の2~3年のときにキング・クリムゾンとドアーズにものすごくハマったことがあって。しかもそれをアナログで聴くというのが、もう、至高の時間帯で(笑)。
ハハハハ、キング・クリムゾンのどのアルバムなの?
トクマル:キング・クリムゾンは『レッド』までぜんぶ揃えたんです。で、聴いていると、その時期のもやもやした気持ちと重なっていくというか......。
キング・クリムゾンとドアーズって、でもまた違いますね。
トクマル:そうですか? 僕的にはすごく似ていて、どちらも聴いていてぜんぜんハッピーにならないというか(笑)。
キング・クリムゾンというのは、なんとなくわかる気がするかなー。トクマルシューゴの曲に奇数拍子があったりするし、あと、ギターもロバート・フリップみたいなところがあるし。
トクマル:好きですね。
最初からギターだったんですか?
トクマル:その前にピアノをやっていました。
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ところで、トクマルシューゴの音楽、とくに今回のアルバムを語るうえでひとつキーワードとされるのは"ファンタジー"だと思うんですね。ファンタジーとしての音楽、メルヘンとしての音楽、そういう風に言われたとき違和感はありますか?
トクマル:ファンタジーやメルヘンという言葉が好きじゃないんですけど、意味合いとしてはぜんぜんアリだと思います。ファンタジーやメルヘンというと、どこか女々しい感覚があって、それが苦手なだけです(笑)。
空想世界......というかね。
トクマル:いちおうパンクから入ったので、そういう女々しいのが苦手なだけで、意味としては当たっていると思います。実際に作っているモノはそういうモノなので、メルヘンという言葉は大嫌いですけど(笑)。
僕もパンクから入ったんですが、女々しいモノが大好きだということにあるときに気がついたことがあって(笑)。
トクマル:ハハハハ、まさにそういう感覚ですね。
リスナーとしてもそういう、ある種の別世界を構築していくような音楽を好んで聴く傾向にあるんですか?
トクマル:んー、あるかもしれないですね。ただ、ホントに無差別に聴くのが好きなんですよね。
日本の音楽からの影響はあるんですか?
トクマル:あると思いますよね。子供の頃から耳にしてきたモノだから、あると思いますね。
コーネリアスなんかもファンタジーだと思うんですけど、シンパシーはありますか? 欧米ではトクマルシューゴとよく比較されていますが。
トクマル:好きですけど、そんなに詳しくはないですが......
聴いてなかった?
トクマル:10代の頃のはホントに洋楽ばかり聴いていて、むしろ日本の音楽は避けていたようなところがあったんです。
コーネリアスがクラウトロックだとしたら、トクマルシューゴはソフト・マシーンというか、カンタベリーかなと思ったんですね。だから似ているようで違っているとも言える。
トクマル:でも、言われてみれば、すごく近い感覚があるのもわかるんです。
ファンタジー、という言葉を敢えて使わしてもらうと、自分自身ではファンタジーを作っているという意識はあるんですか?
トクマル:結果的にそういう面はあると思います。ただ、もっと単純なところで、自分が作りたい音楽を作るっていうところがありましたね。"空想"は後付のところもあるんです。あるはずの音楽......「ホントはあるはずなのになぁ」とずっと思っていた音楽を具現化する、だから"想像"を具現化する作業なんです。
ああ、なるほど。まずは音ありきなんですね。
トクマル:そうですね。
じゃあ、言葉というのは自分のなかでどういう風に考えていますか?
トクマル:僕には伝えたい言葉は何もないんです、メッセージとかね。自分の曲のなかではそれはない。
感情を伝えるというタイプでもないですよね。
トクマル:そうですね。感情を伝えるタイプでもないです。具体的なワードを述べたいというわけでもないんです。ただ、想像のきっかけになればいいかなと思っているんです。僕は夢日記から歌詞を取っているんです。夢日記をずっと付けているんです。
へー。
トクマル:そこから引用するんです。たとえば......テレビというものがあるとしたら、「テレビ」という言葉を使わずに「四角い箱」という言葉を使うとする、そうすると想像の幅が広がるんですよね。もし10年後に同じ作品を聴いたとしたら、想像の幅を広げたほうが違った聴こえ方をすると思うんです。10年後に思う「四角い箱」になるんです。
そういう、別世界を見せてくれる表現に関して、音楽以外で好きなモノはありますか?
トクマル:映画は好きですね。いまはそんなに観ている時間がないけど、昔は1日3本みたいな感じで観ていましたね。
とくに思い入れがあった監督は誰ですか?
トクマル:映画もやはり、とくにひとりという感じじゃないんですよ。もう自分のなかで決めるんですよ。今月はヒッチコックをぜんぶ観るんだ、とか。デヴィッド・リンチをぜんぶ観るとか。リンチにハマったときもあったし、B級アクションにもハマりましたね。けっこう好きでしたね。
ホントに何かひとつって感じじゃないんだね。
トクマル:そうなんですよ。すぐに飽きてしまうんです。
文学作品は?
トクマル:芥川とか......。
ハハハハ、まったく意外だね(笑)。
トクマル:ハハハハ。ひと通り読むんですよ。でも、いつの間にか苦手になってしまった。
童話文学は?
トクマル:ないですよね。
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質問変えますけど、海外ツアーを最初にやったのはいつですか?
トクマル:2006年ですかね。
どこをまわったんですか?
トクマル:ヨーロッパでしたね。
「ラムヒー」には2008年のアメリカ・ツアーの模様を編集したDVDが付いていましたね。
トクマル:あれが初めてのアメリカ・ツアーだったんです。
海外ツアーというのはトクマルシューゴにとってどんな体験なんですか?
トクマル:初めてリリースしたのがアメリカのレーベルで、なかなかツアーに行けなくて、だから現実感がなくて、その現実感をすり合わせていく感じでしたね。行ったことがないところで出会ったことのない人の前でやるというのは、経験としてすごい良かった。
アメリカのレーベルからデビューして、ツアーしたのはヨーロッパだったんだ。
トクマル:そうですね。
ヨーロッパはどこに行きました?
トクマル:最初はひとりで行って、フランス、スペイン、それから北欧もまわりましたね。フェスにも出たし、狭いところでもやりました。
ギター一本で?
トクマル:そうですね。
日本で出すことは考えていなかったんですか?
トクマル:出せるものなら出したかったんですけど。ファーストの前に作ったアルバムがあって、それがたまたま友だちの友だちを通じてアメリカでレーベルをはじめた人に伝わって、「出したいんだけど」という話になって、ホントに偶然だったんです。びっくりしたというか、ぜんぜん現実感がなかった。
自分から海外で出したいと思ったわけじゃないんだ。
トクマル:ぜんぜん。デモテープをレーベルに送るという考えがなかったですからね。
じゃあどうしようと思ってたんですか? 自分の作品を。
トクマル:とりあえず、作りたいから作っていた。30、40ぐらいになったらCDを1枚出したいなぐらいに思っていたんです。
なるほど。育った国とは違う文化圏で演奏することが、自分の作品のなかにフィードバックされることはありますか?
トクマル:音楽的なものよりも、想像に関するフィードバックのほうが大きいですね。見たことのない風景、聞いたことのない会話とか、それを記憶しておくとあとで夢に出てくるんです。それがまた夢日記に書かれて、ひょっとしたら歌詞になったりとか(笑)。まあ、そんなイメージなんですけど。もちろんそのときの対バンの演奏を聴いて「おー!」と思うことはありますけど。
こないだはテレヴィジョン・パーソナリティーズと一緒にやったんですよね。そのときのライヴがすごかったという話を聞いて。
トクマル:あれはすごかった。昔から大好きだったし、一緒に出れて光栄でしたね。いままで好きだった人と一緒にできるというのは嬉しいですね。
トクマルシューゴの音楽は受け手によってかなり違うだろうから、テレヴィジョン・パーソナリティーズと一緒にやっても合うのかしれないけど、片方では。
担当者Y氏:フライング・ロータスともやってますしね。
ハハハハ。いいですね。
トクマル:シカゴで(笑)。『The Wire』のイヴェントでしたね。だから面白いライヴにはいっぱい出させてもらっているんです。初めてライブをやりはじめてから、たしか数回目のライヴがマジカル・パワー・マコさんと一緒だった。
濃いねー。
トクマル:すごい嬉しかったし、「なんでオレここにいるんだろう?」って思った。対バンには恵まれていましたね。あげればキリが無いほどいろんな大好きだった人たちと一緒に演奏出来たりして。
ニューヨークのライヴでは現地の人たちとバンド演奏していたじゃないですか。あれは譜面を渡して?
トクマル:そうですね。あらかじめ譜面を渡しておいて。1~2回リハーサルをやって。
そういう形式のライヴは多いんですか?
トクマル:少ないです。でも、こないだヨーロッパ行ったときはアイスランドの人たち(Amina)と一緒にやったんですが、そのときも譜面を渡してやりましたね。
なんかね、トクマルシューゴの音楽からはパスカル・コムラード的な自由な感性を感じるんですよ。
トクマル:もちろんパスカル・コムラードは大好きなんですけど、それを目指してここまで来たというよりも、すごい回り道をして結局ここまで来たという感じなんですよね。
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なるほど。『ポート・エントロピー』は、ホントに力作だと思ったんですけど、やはり『EXIT』から2年半もかかったと言うことは、本人的にもそれなりの強い気持ちがあったんじゃないかと思います。そのあたり聞かせてください。
トクマル:そうですね、かなりありましたね。自分のなかでスタンダードなものを作って、基盤を固めたかったというのがありましたね。そうしたら次、何をやってもいいかなと、どこにでも行けるというのがありました。
曲はたくさん作るほうですか?
トクマル:あまり作らないほうなんですが、今回は50~60曲ぐらい作りましたね。
そのなかから選んだ?
トクマル:多作じゃないんですけどね。
ひとりで。
トクマル:はい。
完成の瞬間は自分でわかるものなんですか?
トクマル:わかります。
いま目標にしているミュージシャンはいますか?
トクマル:いないですね。好きな人はいますけどね。
若手と言われているミュージシャンで共感がある人はいますか?
トクマル:んー......。音楽的な意味で言えばウリチパン郡。それと倉林哲也さん。
ブルックリンのアニマル・コレクティヴやグリズリー・ベアみたいな連中はどうですか?
トクマル:もちろん。僕のライヴ・バンドも手伝ってくれたベイルートやザ・ナショナルとかもですね。
世代的にも近いでしょう。
トクマル:近いです。グリズリー・ベアは僕のことを見つけてくれてレーベルに紹介してくれたりもして嬉しかったです。たぶん、あの辺の人たちと僕に共通するのが、すごくたくさんの音楽を聞いていて、いろんなところにアンテナを張ってるってことなんですよね。単純に音楽好きというところから出発している。そこにいちばん共感しますね。なんであんな音楽が生まれたのかというと、そこだと思うんですよ。「こういう音楽もあってもいいんだ」という気持ちから生まれている。グリズリー・ベアもアニマル・コレクティヴもダーティ・プロジェクターズも、ああいう人たちはそうだと思うんです。
そう思います。ちなみに『ポート・エントロピー』というタイトルは?
トクマル:とくに意味はないです(笑)。ブルース・ハーク(Bruce Haack)という音楽家がすごく好きで、彼の作品で『キャプテン・エントロピー』というのがあって、そこからの引用です。
ジャケットのアートワークは?
トクマル:幼なじみに頼んだんですよ。曲だけ聴かせて「描いて」って(笑)。何もディレクションはしていない。それで何枚も何枚も描いてくれてそのなかから選びました。
これが音楽に相応しいと。
トクマル:うん、そうですね。

























