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Forgotten Punk

Forgotten Punk

#4:I hate Pink Floyd

野田 努 Apr 16,2010 UP

 1975年、マルコム・マクラレンがニューヨークに滞在していたとき、キングスロードの〈SEX〉で店番をしていたバーナード・ローズ(後のザ・クラッシュのマネージャー)は店に出入りするひとりの19歳の若者のTシャツに注目した。彼はピンク・フロイドのTシャツを着ていたが、そのバンドのロゴの上には「I hate......」という言葉が殴り書きされていた。若き日のジョン・ライドンに関する有名な話である。そしてこれはパンク・ロックがその出自においてヒッピー(プログレッシヴ・ロック)と対立構造にあったことを物語る逸話として、のちに何度も繰り返し語られてきたおかげで、「マルコムが初めてジョンと会ったときに」されたり、「TシャツにはI hate Pink Floyd」と書かれていたりとか、話が真実とは多少違ってしまったほどだ。

 今年の2月18日付の『ガーディアン』に「I don't hate Pink Floyd」という興味深い記事があった。54歳のジョン・ライドンが「実はオレはピンク・フロイドが嫌いではなかった」とカミングアウトしたのだ。「彼らは偉大な作品を残している」とあらためてピンク・フロイドを評価するばかりか、『ザ・ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーン』は好きな作品だったことさえ明かしている。「ただ、彼らの思い上がった態度が気にくわなかったんだ」

 しかしライドンは、その後の彼の人生で何度かデイヴ・ギルモア(ピンク・フロイドのギタリスト)と話す機会を得て、その偏見はなくなったという。元パンク・ロックのアイコンはこう回想している。「まったく問題がなかった」と。

 「なんだよ~、いまになってそりゃないぜ」、この記事を読んで正直がっかりした。そしてしばらく考えた。何故なら、どんな理由があったにせよ、結果的に「I hate......」という言葉がパンク・ロックにおいて強力なモチベーションだったことは間違いないからだ。大人への憎しみ、政治家への憎しみ、社会への憎しみ、金持ちへの憎しみ、ポップ・スターへの憎しみ......で、まあ、思えば、「I hate......」という感情ほど現代において自主規制されているものもない......んじゃないだろうか。

 音楽シーンをたとえに話すとしよう。日本のシーンを支配しているのは、おおよそ多元主義と迎合主義だ。迎合主義というのは大衆に媚びることで、人気者を集めて商売にする。自分には用がない世界だし、どうでもいいと言えばどうでもいい。1977年、チャートを支配していたのはディスコ・ポップとユーロ・ポップで、パンク・ロックは大衆性という観点で言えば、明らかに"どん引き"されていたのが事実であり、しかしその後の文化的影響力という観点で言えば"どん引き"されたマイナーなそれは革命的だったのだから。"売れている"という観点で音楽を評価するときの落とし穴はパンクからもよく見える。ややこしいのは多元主義のほうだ。

 多元主義という思想は、簡単にいえば、「どんなにものに良いところはあるのだから多様性を認めよう」という口当たりの良い考えである。その象徴的なメディアをひとつ挙げるなら『Bounce』というフリーマガジンだ。90年代に生まれたこのメディアは、まさに多元主義的に誌面を展開している。J-POPもドマイナーなインディー盤も並列する。それはリスナーの"選択の自由"を広げるものである。悪いことではない。多くの人がそう思った。ちなみに僕はこの雑誌から、10年ほど前、いち度だけわりと長目の原稿の執筆依頼を受けたことがあったが、そのときに「批判だけは書かないで欲しい、それはうちの方針ではないので」と言われたことを覚えている。まあ、メディアのコンセプトを思えば理解できる話だし、"紹介"だけでも価値のあることはたくさんあるので、僕はその言葉に従った。

 そう、従った。が、しかし、多元主義にとって予想外だった......のかどうかは知らないが、結局のところそれが市場原理にとって都合がよいものだったということだ。そりゃーたしかに、資本主義にも、いや、小泉純一郎にだって良いところはあるかもしれない。そう思った途端に、世界は恐ろしく窮屈に感じる。なにせそれは、働いて、買うだけの生活に閉じこめられることで、それがいったい何を意味するのか考えて欲しい。このあたりの理論は専門家に委ねるが、まあかいつまんで言えば、シーンが「I hate......」という言葉を失ったときに得をするのはメジャーのほうなのだ。いっぽう、多元主義の誘惑に負けたマイナーほど惨めなモノはない......"自由"こそが最大の強みであったはずの彼らも所詮はかませ犬、メジャーの引き立て役であり、マイナーはメジャーの骨をしゃぶるだけである。これを音楽界における新自由主義と言わずして何と言おうか!

 いや、あるいは......それは単純な話、シーンは「I hate......」という情熱を失っただけの話かもしれない。"嫌悪感"を表明するのはエネルギーがいる。疲れるし、面倒だし、もうどうもでも良くなっているということなのかもしれない。われわれは骨抜きにされ、狭いカゴのなかで飼い慣らされてしまったのだろうか。「I hate......」というのは、善悪の議論ではなく、この窮屈な日常の向こう側に突き抜けたいという欲望の表れだというのに(レイヴァーたちはその感覚を知っている、たぶん......)。

 

 ザ・フォールの新作――通算27作目らしい――『ユア・フューチャー・アワー・クラッター』を聴いた。アルベール・カミュの小説『転落』から名前を頂戴したザ・フォールといえばポスト・パンクの代表格のひとつで、オルタナティヴTVらと並んであの世代におけるキャプテン・ビーフハート(そしてカン)からの影響だが、言うまでもなくバンドの最大の魅力はマーク・E・スミスにある。唸るような、ぼやくようなヴォーカリゼーションで知られるこの男は、中原昌也と三田格とジョン・ラインドンを足してさらに濃縮したようなキャラを持つ。躊躇することなく「I hate......」、いや、「死ねばいい」ぐらいのことを言い続けているひとりだ。


イギリスの音楽界でもっとも気難しい男、
マーク・E・スミス。

 マーク・E・スミスが大衆に媚びることは絶対にあり得ない。彼がいかに本気で学生を憎んでいるのかを喋っているのを読んだことがある。彼は、ハゲ頭を帽子で隠すオヤジを容赦なく憎んでいる。僕は女子高生を憎み、飲み屋で人生論をかますオヤジを憎んでいる。10代の頃から。実家が居酒屋なので、子供の頃から酔っぱらった人間を見てきているのだ。

 なぜ女子高生かって? 最近ある青年から女子高生との音楽をめぐる対話を読まされたからだよ。彼は女子高生に『ロッキングオン』や『ムジカ』、『スヌーザー』や『エレキング』、あるいはテレフォンズなどについて話を聞いているのだけれど(この企画の意図自体、僕にはようわからなかった)、それを読みながら「あー、若い頃はホントに女子高生が嫌いだったよな~」と思い出したのである。本当に憎んでいた。ユーミンを好むような、女子高生であることに満足しているような女にいち度たりとも好意を抱いたことがない。

 いまでも女子高生嫌いは変わらない。よく下北沢の駅を利用するのだが、小田急線から井の頭線に乗り換える階段で、短いスカートのケツの部分を押さえながら上っている女子高生を見ると腹が立つ。いったい誰がお前の臭いあそこを覗くというのか......あの手の女がどんな音楽を聴いているか調査してみるがいい。それは酒の席で自分の人生自慢を展開して、説教をたれるオヤジの聴く音楽と同じようなものだろう。しかし、多元主義的に言えば、そんな女子高生にもオヤジにも良いところもあるのだ。そして、こうした無意味な議論から素早く離れ、走れるだけ走り、やれるだけやって、飛ばせるだけ飛ばす、それがロックンロールに象徴される欲望ってヤツである。

 ザ・フォールの新しいアルバムはマーク・E・スミスのこんな言葉で終わる。「おまえにロックンロールは向いていない」

 人はいかにしてタフであると同時に負け犬になることができるのだろうか? (略)このムーヴメントは失敗をあがめていた。月並みな言葉で成功することはその人自身の言葉で失敗したことを意味し、失敗することは成功を意味していた。――ジョン・サヴェージ

 

追記:この原稿は3月に執筆されている。マルコム・マクラレン――R.I.P.

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