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Forgotten Punk

Forgotten Punk

#13:午前3時の過ごし方

野田 努 Jan 24,2012 UP

 年が明けてしばらくすると、年下の友人Xからこんなメールをもらった。
 「『ガーディアン』のこの記事(http://www.guardian.co.uk/music/musicblog/...)が面白かったっすよ。この記事には、なぜチルウェイヴやウィークエンドなどに大いなる魅力を感じながらも距離をおかざるをえないのか――という自分と同じ問題意識がかなり的確に書かれています!」
 それでは以下、その記事、「音楽の作り手はなぜインターネットを切って、ベッドルームから出る必要があるのか。何気に憂鬱な新しい波、孤独な連中のためのウェブ・フレンドリーなその音楽には陽光とヴィタミンCが必要である」をざっくり紹介しよう。

 最近の年末のリストを見ていると、名前こそ変われど、どうにも既視感を抱いてしまう。ベテランで聖域にいるような人たち、形骸化したクロスオーヴァー、多くの白人の男の子のギター・バンド。相変わらずヒップな音とデュ・ジュール(オススメ)もあるが、最新モードのほとんどは、ありふれたジャンル名を否定する行商人に押しつけられた、批評家でさえ手に負えないタグ――チルウェイヴ、ポスト・ダブステップ、ウィッチ・ハウスだ。いずれにせよ批評家たちは、午前3時の孤独なベッドルームでラップトップ・スクリーンをじっと見つめているような、何気に悲しい音楽を支持している。ヒップホップ・プロデューサー(クラムス・カジノ、アラーブミュージック)からR&Bシンガー(ジ・ウィークエンド、フランク・オーシャン)、電子の似非ディレクター(ジェームズ・ブレイク、バラーム・アカブ)からラッパー(A$AP・ポッキー、ドレイク)......おおよそこれらの音が、賞賛までの重要なルートとなっている。
 それらを聴こうものなら、気の抜けた歌と作曲へのアプローチや気のないテンポを耳にするだろう。ぐったりしたシンセ、リヴァーブの残響音、もしくは擁護者が言うところの「電子のすすり泣き」そして「モノクロの地下道のヴィジョン」――それは我々の時代の美学だ。
 クリエイティヴな仕事に従事しているほとんどの人は、とんでもない時間に他人の膝の上にいて、眼前のスクリーンで何かがはじまるのを期待しているというような感覚を知っているだろう。その感覚は、社会生活に適合して、緊張をほぐすための道具一式でありオフィスであり、とくに真夜中に起こるものだ。その感覚にともなう精神状態もまた認識できるものである。それは、孤独ではあるが、妙に安らいだ精神状態である。目が痛み、皮膚はわずかに麻痺するだろう。ときには、疲労感から意識を失いそうになり、幻覚を見ることもある(控えめなたとえだが、スペース・キーを見下ろすときに感じるちょっとしためまいと似ている)。自分の考えから注意をそらすものが何もない状態。すなわち、暗くあるいは憂鬱な袋小路にさまよい込み、自分の考えが非常に深いものだと信じ込み易い状態である。だから、心休まるサウンドトラックが必要なのは不思議ではない。ぼんやりした異様さに影響を与えて脳にある奇妙なパターンを映し出すほどであるが、びっくりさせるようなことはしないと信頼できる音楽である。本質的には、食べるとホッとする料理と言える。
 スクリーンを見つめることは日課である。が、そこからは決して健康な感じは得られない(我々みんながそうした長く暗い魂の夜に傾いている。それが切ないノスタルジアとして、ベスト・コースト、フレンズ、ウォッシュト・アウトといったテレビ広告に利用されている音楽の感性を生んでいる)。ぐったりとした、なまぬるいこの現実逃避が音楽の将来であるならば、人類は巻き戻しをしたほうがいい。手遅れにならないうちにインターネットから出なさい......。

 まるで教育委員会が書いたようなこの記事を読んで僕がまず思ったのは――、おいおい、チルウェイヴやポスト・ダブステップやウィッチ・ハウスの作り手は、本来ならあんたら左翼新聞が擁護すべき無力な民衆なんだぜ(ウィークエンドやドレイクに関してはわからんがね)――ということである。こうした音楽を好んでいるのは、午前3時にラップトップに向かって朦朧としている人間ばかりではない。僕はこの時間寝ている。基本的に目的がなければラップトップは見ない。それはともかくこの記事がいただけないのは、ウェブ・フレンドリーな音楽なるものをねつ造している点、ネット依存と音楽との因果関係を都合良くまとめている点だ。ジャズやロックのリスナーだろうが、テクノやヒップホップのリスナーだろうが、あったり前の話、午前3時のラップトップに向かっているヤツは向かっている。スティーヴ・ジョブスが嫌いでiTunesでは音楽を聴かないヤツだっている。

 この手の言いがかり的な批判は、1970年代のディスコ批判と似ている。当初はディスコも、何の主張もない、政治的な意見もない、なまぬるい現実逃避ないしは自堕落な音楽とされた。そしていま、同じように現実逃避音楽でありながら、ミニマル・テクノではなく、なぜチルウェイヴ/ポスト・ダブステップ/ウィッチ・ハウスを目の敵にするのかと言えば、それだけ脅威に感じているからだろう(ちなみにこの記事の最後には、この手のぐったり系のシンセ・ポップでもっとも商業的な成功をしているウィークエンドについて書かれている)。さもなければこのライターが、毎晩のように午前3時にラップトップに向かって、そして朦朧としながら誰かの書き込みを読んで読んで読んで、たまに自分でも書き込んで、なかば中毒的にネットとウィークエンドに浸っているのかもしれない。だとしても、それでその人が癒されるのであれば、睡眠不足と視力低下(そしてある程度の自己嫌悪)は免れないだろうけれど、目くじらを立てることもあるまい。
 良くも悪くも......というか当然ながら、必ずしもレディオヘッドを聴いているリスナーが多国籍企業の商品の不買運動をしているわけではないし、ブライト・アイズのリスナーが反戦運動に参加しているわけではない。PJハーヴェイの新作に感動したリスナーが日本の近代史を勉強するわけでもなければ、オアシスのリスナーみんなが反権威主義というわけではないし、忌野清志郎のリスナーみんなが反原発を訴えているわけでもない。メッセージは重要だが、その絶対主義は抑圧にも変換されうる(アナーコ・パンクは1980年代にそれでいちど失敗している)。
 つまり、チルウェイヴ/ポスト・ダブステップ/ウィッチ・ハウスを聴いているリスナーのみんなが社会に無関心なわけでもなければ、陽光が嫌いなわけでもないし、夏の海に集まっている連中みんなが健康的なわけでもない。ボン・イヴェールに耽溺しているリスナーだって立派に現実逃避している。

 むしろ注目すべきはこれだけの不景気のなかで、それも音楽レジャー産業は経済的に衰えているというのにかかわらず、とくに9.11以降の合衆国の若者たちが迎合主義を顧みずユニークな音楽をDIYによって矢継ぎ早に量産しているという事実だ。まとまりはないが好き勝手にやっている。品質的にすべてが保証できるものではないが、ものすごい数のインディ・レーベルが生まれ、活動している。レディ・ガガのような表向きな派手さはないし、大それたことを言っているわけではないが、アンダーグラウンドは明らかに活気づいて見える。こんなこと過去にはなかった。ひと昔前のアメリカのインディ・ミュージックと言えば、汗くさくてやかましいハードコアと相場は決まっていた。USインディを研究している方に僕が教えて欲しいのはこのことである。いったい、いつから、どうして合衆国は、〈ノット・ノット・ファン〉やサン・アローやグルーパーやOPNやマーク・マッガイアやジェームズ・フェラーロやコラのような、失敗することへの恐れを感じさせない、因習打破的な音楽をかくも大量に生むようになったのだろう。

 ポスト・パンクを生きた我々の世代においては、実験的で精鋭的な音楽といえばUKをはじめとするヨーロッパのもので、インディ・ミュージックの本場と言えばUKだった。経済的な見返りよりも自分たちが好きなことをやってゆるく生きられればいいやという感覚は、それこそイギリスにありがちな愛すべ怠惰だ。ところがどうだ。いまではその立場が入れ替わってしまったかのようにさえ思えてくる。『ガーディアン』が提言するところの「巻き戻し」に関しても、USアンダーグラウンドはアナログ盤中心のリリース形態によって先陣を切って実践している。ライヴもやっているようだし、ラップトップに依存している印象は受けない。
 つい先日もこうしたUSアンダーグラウンドの盛り上がりに関して、三田格、そして〈ノット・ノット・ファン〉やサン・アローらとも交流を持つ、日本でもっともラジカルなカセットテープ・レーベル〈crooked tapes〉(http://crooked-tapes.com/)の主宰者、倉本諒くんと話したばかりだ。ゴッドスピード・ユー・ブラック・エンペラーの影響が(ハードコアからドローンへという展開においては)大きいのでは......というところまでは話が落ち着いた。まあ、あとはアニマル・コレクティヴだが、あんなバンドが影響力を発揮するような温床はどのようにして生まれたのだろう。

 ああ、そうだ。ひとつだけ『ガーディアン』の記事に共感した箇所がある。『ガーディアン』から見たら、チルウェイヴを批判している三田格が好きなウィッチ・ハウスやベスト・コーストも、田中宗一郎が好きなウィークエンドやドレイクも、そして当然ながらジェームズ・ブレイクも、要するにウォッシュト・アウトも、十把ひとからげ、大同小異、同じように聴こえているということである。近親憎悪とは自覚なしに抱くものなのである(笑)。
 サンキュー、X。君のおかげで原稿が一本書けた。

野田 努野田 努/Tsutomu Noda
1963年、静岡市生まれ。1995年に『ele-king』を創刊。2004年~2009年までは『remix』誌編集長。2009年の秋にweb magazineとして『ele-king』復刊。著書に『ブラック・マシン・ミュージック』『ジャンク・ファンク・パンク』『ロッカーズ・ノー・クラッカーズ』『もしもパンクがなかったら』、石野卓球との共著に『テクノボン』、三田格との共著に『TECHNO defintive 1963-2013』、編著に『クラブ・ミュージックの文化誌』、『NO! WAR』など。現在、web ele-kingとele-king booksを拠点に、多数の書籍の制作・編集をしている。

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