近年、文化のグローバル化、インターネットの普及、趣味の細分化によって日本の音楽が海外から、10年前にくらべてずいぶん広く注目されているのはみなさん周知の通り。ここ1~2年で言えば、細野晴臣への評価の高さはすごい、いまや細野さんはNTSでも番組を持っているほど(しかもこれがなかなか面白い内容なんですよ)。
とはいえ、ひとこと日本の音楽といってもそれはもういろいろあって、シティ・ポップと吉村弘ばかりが売れているわけではない(笑)。先日ele-kingの石原洋のインタヴュー記事が海外サイトに訳されたように、多ジャンルわたっての注目であって、民謡クルセイダーズだってコロナが無ければこの夏は欧州を旅していたはずですから。
で、そんななかでBBCレディオ3が日本の音楽の特番を放送しているのは、とうとうそんな時代になったのかと、じつに興味深い話だ。東京在住のNick Luscombeさんが現代音楽からシティ・ポップ、アヴァンギャルドからフォーク、伝統音楽までなんでも選曲するという。すでに2回が放送済みで、3回目は8月9日の現地時間の午後11というから、日本時間では8月10日の朝7時になるのかな。最近、鶏も早起きしているワタクシ=野田はチェックしてみようと思っています。
日本の音楽もこうして海外に開かれていくことで、よりサウンドが重視されるだろうし、まあ、これはポジティヴなことだと思います。
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昔から……、といってもたかだか数十年の話だが、ある言い伝えに、ポップ・ミュージックの20周期説がある。ポップのモードは20年で一週するので20年ぐらい前が新しく、10年ぐらい前がいちばん古く感じるというわけだ。この説を鵜呑みするわけではないけれど、ここ最近のシーンの動きで面白くなりそうだなと思っているひとつはインプロヴィゼーションで、これは『The Wire』の寄稿者ジェイムズ・ハットフィールドからグラスゴーのStill House Plantsを教えてもらって、やや確信に近づいている。70年代のカンタベリー・シーンの系譜におけるもっとも先鋭的だったアート・ベアーズをUKにおける即興の先駆AMMと交差させながら、ポストパンクのフラスコのなかで蒸留させたかのようなサウンドは、20年前のフリー・フォークを思い出させる。(そしてSHPのほかにも興味深いアクトがいくつかいる)
そうなると、およそ10年前に登場したジュリアナ・バーウィックは現時点においては古い音楽になるわけだが、どうだろう。うん、たしかに懐かしいかもしれないし、自分の時間感覚もだいぶ狂っているので、もうよくわからないというのが正直なところだ。
『The Magic Place』はよく聴いたし、ノー・ニューヨーク一派のひとり、イクエ・モリとの共作も忘れがたいアルバムだ。この当時は、おお、こんなユニークで美しい、しかも喜びに満ちたエレクトロニック・ミュージックを作る人がブルックリンから出て来たとずいぶん感動したと記憶している。
そしてバーウィックが喜びであるなら、まるで同じカードの表裏のようにポートランドには憂鬱なグルーパーがいた。このふたりは、まず自分の声にリヴァーブをかけ、それを抽象的なレヴェルで使うという点で似ている。ロングトーンを多用したメロディもじつは似ている。が、そよ風に揺れる新緑のバーウィックと廃墟でひとり佇むグルーパーとでは、その音楽の色味や性格は正反対のように見えがちである。ノートパソコンのバーウィックとギターのグルーパー。ぼくがその後熱心に聴き続けたのは、言うまでもなく後者のほうだった。
これは半分笑い話というか、日本人の適当さにも依拠する話だが、初来日が品川の教会だったバーウィックと上野方面の禅寺だったグルーパーというのも、まあ、象徴的ではある。グルーパーの禅寺というのは、これはしかしたまたまというか、いや、あまり深く考えずに、ホントにたまたまそうなっただけなのだろうが、バーウィックの教会というのはバーウィックだからそうなったのだろう。
わからなくはない。彼女の音楽には神聖さがある。それは宗教的ということではない。ある種の清らかさということである。だいたい本人は、先日掲載したインタヴューにあるように、けっこう気さくな方だったりするし。
昨年のDAZEDに掲載された彼女のインタヴューの最後の発言に、こんな言葉がある──「できる限り、地球の現状と悪に対抗する方法を考える必要がある。そして人生を楽しむこと。人生はいまでもほんとうに素晴らしく、ほんとうにそうなんだから」
まるで大島弓子の『バナナブレッドのプティング』の主人公が物語の最後につぶやく言葉のようじゃないか。そうかぁ、なるほどなぁ、わかってきたぞ。バーウィックとはつまり、たとえどんな苦難があろうとも最終的には「人生は素晴らしい」と言えるのであって、だから彼女の音楽からは喜びが聴こえるのだろう。それは逞しさと言えるものかもしれない。
新作『ヒーリング・イズ・ア・ミラクル』は、彼女がブルックリンからLAに引っ越して作った作品で、通算4枚目のアルバムとなる。階層化されたループを基調とする彼女のコンポジションは、ベルリンのベーシック・チャンネルのミニマル・ダブと同様にひとつの発明だ。グルーパーもそうだが、最初から彼女は自分の“サウンド”、自分の“型”を持っていた。3人のゲスト(ハーブ奏者のメアリー・ラティモア、シガー・ロスのヨンシ―、LAビートメイカーのノサッジ・シング)が参加しているものの、基本的には『The Magic Place』の頃と大きな変化はない。音数は最小限で、声が電子的に加工され、そよ風のような音響が展開されている。ただ、その音響の階層にある隙間はより広く、空間的で、より心地良く、清々しくもある。しかもその音響は、ぼくが思うに『The Magic Place』の頃よりもグルーパーに近づいている。そう思えてならない。
4年前にThe Quietusで、彼女のオールタイム・フェイヴァリット・アルバムを紹介する記事があった。そのなかで彼女は、アニマル・コレクティヴからの影響を語り、ビュークやホイットニー・ヒューストンやニュー・オーダーのファンであることを明かし、また、アーサー・ラッセルやスフィアン・スティーヴンについて話し、そしてグルーパーへの惜しみない讃辞を述べている。「私はこれまで彼女が出した作品すべてを持っている」、バーウィックは話をこうはじめると「素晴らしい、まったく素晴らしい」と手放しに誉めつつ、「彼女には部屋を静かに破壊する術がある。(略)彼女のパンクの美的表現が好きだし、それはとてもクール」だと言う。
そのときようやくわかった。彼女がイクエ・モリと共演したのも、たまたまではなかったと。ぼくはジュリアナ・バーウィックを聴き直さなければならない。それは古くはなく、いや、それどころかこれから必要とされるであろう、パンクの美的表現の一種として。
1973年のことである。69年よりベルリンを拠点に、エレクトロニック・ミュージックにおいてフリー・ジャズにも似たアプローチで、名状しがたい嵐のような抽象的な音楽(ないしは非音楽、ないしはインダストリアル・ドローン)をやっていた元Kluster/Clusterのふたり──ハンス・ヨアヒム・レデリウスとディター・メビウスは活動の場を西ドイツの片田舎、ヴェーザー高地のフォルスト村へと移した。グリム童話にちなんだ土地とも遠くはない。クラスターの『Sowiesoso』のジャケットにあるような、ドイツの田舎らしいロマンティックで美しいところなのだろう。とにかくふたりはその村にあった家をスタジオに改築し、そこから数々の名作を録音することになる。ハルモニアのアルバムがそうだし、よく知られるようにアンビエントを志したイーノがまず訪ねたのも森のなかの彼らのスタジオだった。つまりクラスター&イーノが生まれ、そして最初のレデリウスのソロ・アルバム(ないしは『Selbstportrait』の2枚の音源)も録音されている。クラスターにとっての黄金期はフォルスト時代である。
本作『Tape Archive Essence 1973-1978 』は、タイトルがいうように黄金期におけるレデリウスのいままで表に出さなかった個人的な記録であり、音のスケッチ集で、それらはRevox-A77のテープマシン、Farfisaオルガン、エコー装置とシンセサイザー、4トラックのレコーダーによって描かれている。
また、じつをいえば本作は、2014年に同レーベルから3枚組のボックスで限定リリースされた未発表音源集のダイジェスト盤なのだが、CANのそれと同様、本作はコアファン向けの商品なんかではない。オリジナル作品と並べても何の遜色ないどころか、ヘタしたらこっちのほうがいいのではないかと思えるほどの内容になっている。
牧歌的で、穏やか(ピース)で切なく(メランコリックで)、控え目な実験と遊び心がある──レデリウスの作品の特徴を要約すればそんなところだが、しかしそうした陳腐な説明を越えたところに彼の音楽はある。モダン・クラシカルの先駆者なんていう評価もあるようだが、ぼくが彼の音楽を聴き続けているのは理由がある。極めて個人的な理由だが、ぼくはレデリウスによってシラフでいることの素晴らしさ、気持ちよさを教えられたと言っていい。まあ、これも陳腐な表現か(笑)。
いいや、先に進めよう。このアルバム、1曲目“Nachtens in Forst'”の神秘的な静寂からして相当なものだ。そして2曲目には、彼らしい遊び心あるピアノ曲“Springende Inspiration”が待っている。
レデリウスの音楽は甘ったるくもなく、また夢幻的なところもない。それはリズムの入った“Lied Am Morgen”にも通じる。田園風で、曲はメロディアスなのだが、音楽はこの現実からどこにも連れていかない。エレクトロニックな反復であっても、クラフトワークのようにトランスさせることはない。口当たりばかりが良いニューエイジとも違う。それでいてこの音楽は、リスナーの気分を良くするのである。
現在80代もなかばにいるレデリウスは、自らの音楽をいみじくも「荒れ狂う平和(A Raging Peace)」と形容している。戦争を経験し、壁が作られる直前に東から西へと身を移し、戦後ドイツの混乱のなかで貧困を経験し、さまざまな職(マッサージ師や看護師など)を長い間やりながら、運命というか何というか、よりによって天才コンラッド・シュニッツラーの導きによって音楽の世界に入っている。Klusterをはじめたとき、彼はすでに30代半ばである。
そんな彼のタフな人生経験からすれば、穏やかさにはつねに痛みが隣接しているのだろう。楽天的ではあってもイージーではない感覚が、彼の牧歌的な音楽には通底している。
“Rokkokko”はクラスターがもっともポップに接近した『Zuckerzeit』の頃の音源だろうか、ミニマルなピアノフレーズに無機質なリズムボックスがフィーチャーされているが、それでもこの曲が描くのはドイツのカントリーサイドであり、生い茂る緑や透き通った空気、こころ踊る田舎道だ。アルバム中盤の“Skizze 4 Von 'By This River'”と最後に収められている“Skizze 3 Von 'By This River'”は、『Sowiesoso』の写真で見られるような田園を流れる川へのオマージュだろう。そしてすべての音響には、当時の録音による独特のこもり具合の温かみがある。(アルバムのインナーにはフォルスト村の写真、そして当時の使用機材の写真も掲載されている)
芸術の都ケルンのネルフェニッヒ城をスタジオにしたCAN、商業都市デュッセルドルフにおけるクラフトワークのクリングクラング・スタジオ、そして、ヴェーザー高地の田園のなかの一軒家を拠点としたクラスター。場と音楽性はやはり関係しているのだろう。エイフェックス・ツインの『セレクテッド・アンビエント・ワークス85-92』がコーンウォールの彼の実家の部屋で作られたように、クラスターひいてはレデリウスは、エレクトロニック・ミュージックとは必ずしも工業都市や都会の音である必要はないという道を開拓した。
(追記)なお、1934年生まれのこの長寿のエレクトロニック・ミュージシャンは、同時にまったくの新作『Selbstportrait Wahre Liebe』も発表しているが、これもまたお茶目で、穏やかで、切なく、しかし悲しくはない。
先日レヴューしたスピーカー・ミュージック(ディフォレスト・ブラウン・ジュニア)による「ステレオモダニズム」論を咀嚼すれば、白いユートピアを先行して目指すべく繁栄したミッドセンチュリーのアメリカにおける最大の工業都市デトロイトは、しかし60年代の政治の季節を境に荒廃し、70年代には劣悪な廃墟となった。デトロイト・テクノは白いユートピアの滅びから生まれた黒い文化であると。そして、批評家のグレッグ・テイト風に言えば、「巨大なエンターテイメント産業の歯車のひとつになることのない、自律したソニック・フューチャリズム」は誕生したと。
「クリスタル・シティとはデトロイトのことである」と詩人ジェシカ・ケア・ムーアは話してくれたが、すなわちそこはディフォレスト・ブラウン・ジュニア風に言えば、白い資本主義の限界から生じた黒い都市である。『ザ・クリスタル・シティ・イズ・アライヴ』──それがザ・ベネフィシャリーズのアルバム・タイトルだ。
このプロジェクトの中核は、デトロイト・テクノの開拓者のふたり、ジェフ・ミルズとエディ・フォークス、そして詩人にして活動家のジェシカ・ケア・ムーアの3人で、アルバムにはほかにも鍵盤奏者アンプ・フィドラーをはじめ、コアなディープ・ハウスのファンには上座に位置する〈Prescription〉レーベルからの作品で記憶されているパーカッショニストのサンディアータOMと、もうひとりのアフリカン打楽器奏者としてEfe Besがいる。じつはジェフとエディもじつは叩いているそうで、つまり本作の音楽面におけるまず大きな特徴にはパーカッションがある。そこだけにフォーカスして言えば、これは70年代にアフロ・パーカッションをバックに政治的詩を読みあげたザ・ラスト・ポエツのテクノ版である。
しかし、もちろんジェフ・ミルズが指揮をとるザ・ベネフィシャリーズは懐古的なプロジェクトではないし、ソニック・フューチャリズムがたっぷり注がれたエレクトロニック・ミュージックをベースにしている。過去ではなく明日に期待すること(過去に依存できない以上、明日にしか生きられないこと)、天空の星々に見とれること(本当の故郷がどこにあるのかわからないのだからこそ、宇宙を思う)、それらアフロ・フューチャリズムは、1曲目の“メタリック・スターズ”から爆発する。サン・ラーとセシル・テイラー、文学者のオクタビア・バトラーとサミュエル・R・ディレイニー、そして革命に生きた音楽家ニーナ・シモンの名前が読まれる。
たしかにもうひとつこの音楽のヒントになるのは、マイルスの『オン・ザ・コーナー』かもしれない。だが、タブラとカリンバ、そしてリズム・マシンの反復と夜空の彼方で反響するエレクトロニック・サウンドとの複合は、デトロイト・テクノをまた一歩、アフロ・ジャズの領域に隣接したところへと進めようとしていることは明白なのだ。ジェシカの力強い言葉に関して言えば、日本盤では誠実な解説者が彼女の詩をみごと和訳しているので、そちらをじっくり読んでいただきたい。
2曲目“ピープル”はエディ主導の曲だが、ここではアフロ・パーカッションがより強調されている。サンディアータOMのフリーキーな演奏が聴けるのもこの曲で、13分あるこの曲の後半におけるザ・ラスト・ポエツめいた展開とスローテンポのスペイシーなエレクトロ・ファンクとの結合は素晴らしいとしか言いようがない。3曲目の“スター・チルドレン・オブ・オリオン”、そして“ホエン・ザ・サン・ユー・ラヴズ・バック”というジェフの2曲によって、宇宙航海は深まっていく。空想の音を奏でるという点ではテクノ時代のサン・ラーとも言えるサウンドで、それが“Space Is A Place”をカヴァーすることよりも“ディスコ3000”以降の世界に向かっていることは疑いようがないだろう。
14分にもおよぶ“ザ・X”は、アルバムのもうひとつのクライマックスだ。フリー・ジャズ的なアプローチをしている曲で、アフロ・パーカッションとアンプ・フィドラーの鍵盤、そしてエレクトロニクスによるセッションは過去と未来を往来する。アルバム最後には、表題曲の“ザ・クリスタル・シティ・イズ・アライヴ”が待っている。ここでもパーカッションがミニマル・テクノと結合し、いつもながらのデトロイトの力強さへと着地するが、サウンドは〝いつもながら〟ではないし、じつに斬新。テクノの故郷は、いまもジャンルを更新しようとしている。
ちょうど昨日、別冊エレキングのブラック・パワー特集号の入稿が終わった。ぼくにとってのきっかけは、このアルバムだった。
「深海居住人(Deep Sea Dweller)」として、1992年にドレクシアは初めて世界にその存在を知らしめた。翌年には「あぶくのメトロポリス」(93)、そして「分子によるエンハンスメント(強化)」(94)、「未知なる水域」(94)、「水のなかの侵入」(95)、「帰路への旅」(95)、「ドレクシアの帰還」(96)、「探索」(97)……すべて12インチ・シングルだが、それの音楽においては、水歩行人、ロードッサ、波跳ね人、ダートホウヴェン魚人、ブロウフィン博士……といったキャラクターが登場する。16世紀の奴隷船において、海に落とされた病人たちが水中生物として変異し、生き延び、繁栄し、そこにユートピアを築いていたというのがドレクシアがレコードと音楽によって繰り広げた物語である。
デトロイトのゲットーの地下室で変異したクラフトワーク直系のエレクトロによってファンタジーは語られ、主要な作者であるジェイムス・スティントンがこの世から消えてからはなおのこと、生前よりもいっそう広く、そしてむしろリアルタイムで知らなかった世代によって語り継がれている。ドレクシアほど、後からそしてまた後からと評価が高まっていったアーティストは珍しい。
長年にわたってデトロイト・テクノのヴィジュアル面をになってきたアブドゥール・ハック(最近、アブカディム・ハックと改名)が、5年の歳月をかけて描き上げたのが、このたびベルリンの〈Tresor〉から刊行されたグラフィック・ノベル版『The Book of Drexciya Vol.』だ。編集部小林がなけなしの大枚をはたいて〈Tresor〉から直接購入したこの本は、いまなら多額の送料不要でディスクユニオンで購入できる。メデタシである。
そんなわけで、日本のファンにはすっかりおなじみのハックの声をお届けしましょう。通訳を手伝ってくれたのは、日本のTVゲームやジャズ喫茶のドキュメンタリー映像作品を制作しているニック・ドワイヤー。14歳のときに聴いたジェフ・ミルズのミックスCDがきっかけてエレクトロニック・ミュージックを好きになった彼にとっても、ハックはヒーローです。
ドレクシアの深い部分をもっと表現したいという気持ちが強かった。ジェイムス・スティントンは他にもプロジェクトがあったけど、僕と彼とが一緒にやったほうがより彼の世界を描けるんじゃないかと思った。
■ハック、グッモーニン(笑)。
ハック:ヘイ! グッドイヴィニング(笑)!
■いまそっちは何時?
ハック:朝の6時。
■早いね。
ハック:オールウェイズ!
■今日、通訳を手伝ってくれる友人のニック・ドワイヤーを紹介するよ。
ニック:お会いできて嬉しいです。いま東京に住んでいるけど、生まれはニュージーランドです。※この取材の1週間後にはビザの関係で帰国。
ハック:クール。
ニック:最後に東京に来たのはいつ?
ハック:2017年だね。
■もう何回も来ているよね。ハックは日本に多くの友だちがいるから。
ハック:ハッハハハ、イエス。

■じゃあ、質問しますね。このプロジェクトはいつ、どのように発展したんですか?
ハック:5~6年前に、キャラクター……まずは水中のキャラクターを使ってストーリーを考えはじめたんだよ。ドレクシアの王様というのが話の原点でね。
■じゃあ、これはあなたのオリジナル作品とみていいですよね?
ハック:イエス。ドレクシアのコンセプトを元にした僕のオリジナルだよ。
■これはシリーズになるんですよね?
ハック:ハイ。
■では、もうすでにこの後の脚本もあるんだ?
ハック:いま2作目のシナリオを思案中。
■ドレクシアはミステリアスで、ファンはそれぞれが自分のドレクシアのイメージを持っているでしょ? だからドレクシアの世界を具象化するのってリスキーでもあるわけだけど、そこはどう思う?
ハック:いや、そこまでリスキーだとは思わなかったな。むしろ、ドレクシアの深い部分をもっと表現したいという気持ちが強かった。ジェイムス・スティントンは他にもプロジェクトがあったけど、僕と彼とが一緒にやったほうがより彼の世界を描けるんじゃないかと思った。
■たくさんのキャラクターがいるけど、ハックのお気に入りは?
ハック:ドクター・ブローフィン(Dr. Blowfin/アルバム『The Quest』に登場)だね。
ニック:それはなんで?
ハック:知的で、ドレクシア文明を作ったひとりでもある。話を作っているうちにどんどん好きになったキャラクターだね。

ジェイムス・スティントンはとても頭が切れる人で、でも笑顔もステキで、礼儀正しくていい人だった。僕は彼の音楽が大好きで、天才だと思っていたよ。よくサイエンス・フィクションや自分のコンセプトについて話をしていたよ。
ハック:ところで、いま(ZOOM画面に)新しい訪問者がいるけど誰?
■編集部のコバヤシ。彼が〈TRESOR〉から直接本を買ったんだよ。
ハック:Arigatogozaimashita!
■ニックは憶えてる? かつて君を取材したミスター・コバヤシ。
ニック:おー、コバヤシさん!
小林:イエス。
ニック:ハウ・アー・ユー!?
小林:アイム・ファイン。
■じゃ、次の質問。ジェイムス・スティントンと初めて会ったのはいつ?
ハック:90年代初頭。いちばん最初のサブマージのオフィスで会った。あの建物はいまは駐車場になっているけど。そのときはあまり話さなかったね。挨拶したぐらいだった。
■彼はどんな人だったの?
ハック:とても頭が切れる人で、でも笑顔もステキで、礼儀正しくていい人だった。僕は彼の音楽が大好きで、天才だと思っていたよ。よくサイエンス・フィクションや自分のコンセプトについて話をしていたよ。 ニック:どういうSF?
ハック:(ハックがアートワークを手掛けた)『Neptune's Lair』のときは『スター・ウォーズ』の話をしたのを憶えているよ。ちょうどシリーズが再スタートして『ファントム・メナス』が公開されたタイミングだったんだよ。あとは『スタートレック』とか。
■ハック、その昔のサブマージの建物の駐車場の壁に、大きなタギングでドレクシアが描いた「ファック・メジャー・カンパニー」っていう言葉をよく憶えているよ。
ハック:おー、そうだったね。
■彼にはすごく反抗心があったよね。
ハック:イエス。
■『Neptune's Lair』のとき、アートワークについて彼となんか話しましたか?
ハック:あのアートワークを描く前に彼が僕に言ったのは、フューチャリスティックな乗り物が欲しいってことだったね。それと戦士のキャラクターも欲しいって言われた。あとは、彼らが住む場所、バブル・メトロポリスがどういうところか、“Aqua Worm Hole”(「Bubble Metropolis」収録)はどうするかとか、細かい話もしたよ。
■ハックが描いたイカが好きなんだけど、あれはどこから来たの?
ハック:あれが(ドレクシアの)乗り物だよ。あの頃はよくディスカバリー・チャンネルを見ていて深海の番組があったんだけど、そこで泳いでいるイカを見ながら「これだ」と思ったね。

小林:佐藤大さんとはどういうやり取りで進めていったんですか?
ハック:とにかくストーリーを作るのに手伝ってもらった。僕が絵を描いて、彼が言葉を載せてくれて。基本的にはEメールのやりとりで進めていったね。
ニック:いつからの知り合い?
ハック:2000年代初頭、かれこれ15年以上は経つね。
■ハックが考えるドレクシアとは?
ハック:音楽があり、コンセプトがある。そのコンセプトにはアフリカから連れ出されていった人たちが、困難を乗り越えて、新たに文明を作るという物語がある。そのためによりよい自分に変えていくっていうことが僕にとってのドレクシアだよ。
小林:あなたの描いたドレクシアの物語を見ていると、絵から古代を感じるし、過去と未来が両方混ざっていると思ったんですが、そこは意識したんですか。
ハック:おっしゃる通り。古代と未来を繋げるのはコンセプトになっている。武器もそうだし、いろんなものが古代や神話を参照しているんだよ。
ニック:日本のアニメは好き?
ハック:もちろん。
ニック:とくに好きなのは?
ハック:新しい『攻殻機動隊』のシリーズ。
ニック:今回のプロジェクトでなにがいちばん楽しかったですか?
ハック:完成させたことだね。ハッハハハ。いや、本当に時間がかかったし、何人も関わっているから、完成させるのにはけっこう努力が必要だったんだよ。
■じゃあ、最後の質問です。あなたはなぜアイアン・メイデンが好きなんですか(笑)?
ハック:ギャッハハハ! 高校時代、僕はすごいオタクであまり音楽は聴いてなかったんだよ。ある日友だちがカセットテープをくれたんだけど、全曲ヘヴィーメタルだった。で、そのなかでいちばん気に入ったのがアイアン・メイデンだったんだ。いまでも大ファンです(笑)!
(7月8日、zoomにて取材)

デニス・ジョンソンはプライマル・スクリームの1991年の(あの時代らしいタイトルの)“Don't Fight It, Feel It”という曲で歌っていたヴォーカリストで、『スクリーマデリカ』以降、数年間プライマル・スクリームのライヴ・メンバーでもあった。
あの時代、プライマル・スクリームのライヴにおける彼女の存在は素晴らしく大きなものだった。それがいかほどのものであったのかを当時のライヴを見ていない人に伝えることは難しいが、試してみよう。
そう、あの時代、この惑星で間違いなくダントツだったロックンロール・バンドにおいて、しかし彼女がステージにいることによって、バンドでは表現しきれない領域にまでバンドを導くことができたのである。その領域はソウル・ミュージックの崇高さにリンクし、ハウス・ミュージックにおける最良の瞬間とも等しく、さらに遠くを見たらば期待できる未来が広がるかのようだった。「ハイになる」とはそういうことだった。
マンチェスター出身の彼女は90年代にア・サートゥン・レイシオのメンバーとしても活動しており、もちろんそれはそれで魅力的であることは違いないが、多くの人にとって彼女はあの“Don't Fight It, Feel It”であり、実際このたった1曲だけで彼女は永遠となった。
2020年7月27日マンチェスターの自宅での突然死だったそうだが、UKではよほど愛されていたのだろう、いまも多くの哀悼が続いている。
野田努
2020.7.28
ア・サートゥン・レシオ
デニス・ジョンソン 逝去に寄せて
https://www.acrmcr.com/denise-johnson-statement/

私たちが敬愛する美しきデニスがマンチェスターの自宅にて逝去しました。それは突然のことでした。
その報せの一週間前、彼女が病気ということは聞いていたのですが、その週の金曜には体の具合がだいぶ良くなったと友人たちに伝えたばかりだったのです。
月曜の朝、彼女は帰らぬ人になってしまいましたが、その死の理由についてはいまだ分かっていません。
しかしながら彼女の残した偉業に関しては世界中で知れ渡るところで、プライマル・スクリームのアルバム『Screamadelica』や『Give Out But Don’t Give Up』での仕事ぶりやACRと彼女との最初の出会いのきっかけとなったフィフス・オブ・ヘヴンの1988年の作品“Just a Little More”での彼女の歌声など、数々の有名作品をたくさん残しています。
その後間も無くして、彼女はマーティン・モスクロップ(ACR)とドナルド・ジョンソン(ACR)によるED209の初期アシッド・ハウスの名曲“Acid to Ecstasy”に参加し、この作品はDave RofeのDFMレーベルよりリリースされました。
デニスは、マーティンがプロデュースしたAshley & Jacksonの“The Sermon”や“Solid Gold”にも参加し、その後ACRのアルバム『ACR:MCR』の“Be What You Wanna Be”で、彼女のヴォーカル技術は最盛期を迎えることとなりました。
ACRの歴史において『ACR:MCR』 (1990), 『Up in Downsville』 (1992), 『Change The Station』 (1997), 『Mind Made Up』 (2008)など数多くの作品で彼女は象徴的に存在し、最近でも彼女は私たちと一緒にスタジオに入り、今後リリースになる私たちのニュー・アルバム『ACR Loco』でも美しい歌声を披露してくれていたのです。
彼女は私たちのライヴにおいても1990年以降、なくてはならない存在であり、この30年間で200本以上ものライヴに登場してくれました。1990年以前、またそれ以降のACRの作品群において、彼女の個性こそが華やか存在だったのです。
彼女は他にもニュー・オーダーやエレクトロニック、ゲイ・ダッドやバーナード・バトラーなど多くのアーティストの作品でゲスト・ヴォーカルとして参加しています。また、彼女はマンチェスターの街の誠実なるサポーターであり、その歌声をこの愛すべき街に捧げてきました。
さらに最近では、彼女はギタリストThomas Twemlowとのアコースティック・ライヴ・セットで、マンチェスターが生んだ偉大なアーティストたち、チェリー・ゴースト、10CCやニュー・オーダー等のカヴァーも行っていました。2019年のブルードット・フェスティヴァルでこの二人はカーペンターズの「星空に愛を」を一曲目に披露し、それはジョドレル・バング天文台にあるラヴェル電波望遠鏡の巨大な影の中で行うライヴとしては実に的を得た選曲でした。彼女のデビュー・アルバム『 Where Does It Go』が9月に発売される予定です。
彼女と同じような人物、アーティストはこれからも出て来ることは無いでしょう。ACRは今も彼女の死に打ちひしがれています。私たちは彼女のユーモアのセンスや彼女が私たちの人生や音楽にもたらしてくれた、溢れんばかりの美しさと情熱を決して忘れることはありません。
ACR – ジェズ・カー、マーティン・モスクロップ、ドナルド・ジョンソン
京都を拠点に活動するチェロ奏者・中川裕貴による新作コンサート『アウト、セーフ、フレーム』が、7月31日から8月2日にかけてロームシアター京都・サウスホールで開催される。未曾有のパンデミックを受けて、当初の予定よりも広い会場へと開催場所を変更し、感染拡大を防ぐための措置を講じたうえでコンサートの形式を拡張することに挑むという。人々が密集することによって空気の振動を分かち合うという、従来の一般的なライヴやコンサートの形式がそのままでは成立し難い状況となったいま、フィジカルな空間でイベントを開催するにあたっては、人々が接触することの問題と否応なく向き合わざるを得ない。すなわち音楽の場においてどのように「距離」を確保することができるのか。だが中川はソーシャル・ディスタンシングが叫ばれるようになる以前から、音楽に対して「距離」を取ることについて考え続けてきたという。
昨年2月に京都芸術センターを舞台に開催された『ここでひくことについて』で、中川は「演奏行為」をテーマに、まるで奇術師のように観客の視覚と聴覚を撹乱し、あるいはパフォーマンスと演出によってコンサートという形式の制度性を明らかにし、さらには受け手の聴取体験の自由と制約を同時多発的な出来事を通じて提示した。そこでは音楽が音によって立ち現れるばかりでなく、音を取り巻く音ならざる要素によってもまた音楽と言うべき体験が成立していたのだった。それは作り手と作品と受け手のそれぞれのあいだにある「距離」を見出すことによって、通常意識されることのない音楽にまつわる関係性を再構築する試みだったと言うこともできる。それはまた、独自の演奏法を開拓することでチェロという楽器の可能性を拡張し、即興演奏家としてさまざまなセッションをこなす一方、劇団「烏丸ストロークロック」の舞台音楽にも携わってきた、演奏と演出の両分野の経験に根差した彼ならではの実践だったとも言えるだろう。
『アウト、セーフ、フレーム』では、こうした「距離の音楽」がさまざまなレベルで展開される。たとえば「声」という人間にとって根源的に思える響きをチェロから引き出し、実際の人間による発声や聴覚研究に関するテキストと組み合わせることによって、「声」の直接的な現前性に揺さぶりをかけること。あるいは美術家の白石晃一に協力を仰いで廃物と化したチェロを自動演奏機械へと改造し、あたかも自らの分身のような楽器とのセッションを通じて、演奏家として代替不可能なはずの個性を複数化してしまうこと。さらには音響作家の荒木優光とコラボレートし、コンサートをステージから客席へと作品を届けるための一方通行的な場とするのではなく、むしろこうした関係性が宙吊りとなるような音の空間的なデザインへと向かうこと。接触の不安が社会を覆っている状況下において、こうしたさまざまな「距離」の取り方を経験することは、音楽におけるソーシャル・ディスタンシングの在り方を根本的に問い直す契機にもなるだろう。少なくともそこに、パンデミック以前から探求されてきた「距離」に対する批評的な眼差しが潜んでいることは疑いない。

■今回の『アウト、セーフ、フレーム』というイベント・タイトルにはどういった意味が込められているのでしょうか?
中川裕貴(以下、中川):音の周りで「セーフ」とされることは何なのか、どこまでいったら「アウト」とされてしまうのか。そこには判断をするための枠組み=フレームの存在が浮かび上がってきます。「フレーム」という言葉は映画的な意味を念頭に置いています。僕は映画音楽に最近ハマっていて、エンニオ・モリコーネの1970~80年代のサントラをずっと聴いていたタイミングで訃報が飛び込んできて驚いたんですが……ともあれ、映画って「フレーム」を基本的な単位として構成されていますよね。これは昨年末に刊行された映画批評家の赤坂大輔さんによる著書『フレームの外へ』を読んで受けた影響もあるのですが、「見える/見えなくなる」「聴こえる/聴こえなくなる」「やって来る/去っていく」「意識の内部/意識の外部」といった、内と外を区画する枠組みとしてのさまざまな「フレーム」について表現を通して考えてみたい。なんだか高尚に聞こえるかもしれませんが、一方で「アウト、セーフ」というフレーズには野球拳を彷彿させる非常に俗っぽい響きもあって、そうした両義的な意味合いも含めてこのタイトルにしました。
■さまざまな「フレーム」を設定することによって、枠組みの内(セーフ)と外(アウト)を提示することが、今回のイベント全体を通じたテーマということでしょうか?
中川:そうですね。それともう一つのテーマとして「再生」ということを考えています。これは「もう一度何かになろうとすること」と言い換えることもできるかもしれません。たとえば今回は壊れたチェロを改造して自動演奏させる予定です。そのチェロは僕が以前使用していたものなんですが、もと通りに修復するのではなく、何か別のやり方で再び機能を取り戻すというか、楽器に外科手術を施すことで以前とは別の状態で演奏の場に呼び戻す。それを受けて僕自身の演奏行為もまた変容して別の何かになっていく……ということを考えています。他にも俳優によるいびつな日本語の再生とその反転、チェロの演奏音が人間の声になろうとする、あるいは演奏という行為が音楽と呼ばれるものになろうとする、といったことにも「再び何かになる」というテーマが関わっていますし、ある楽曲がコンテクストを外れて意図せざる受け手に届いてしまうということも、その誤配のうちに「再生」の瞬間が訪れると言えるはずです。そうしたテーマに関わる表現に取り組もうと思っています。そしてそのすべてにおいて「音像」をいかに構築するか、ということが重要な課題としてあるなと思っています。
■「音像」を構築するというのは、具体的にはどういうことでしょうか?
中川:今回は音響作家の荒木優光さんとコラボレートして、ロームシアター京都のサウスホールというコンサートホール然とした会場で、通常のコンサート形式のイベントをおこなうと同時に、いかにそこから遠いものを「音像」によって生み出すことができるかを考えています。より具体的には「サウスホールそのものを再生する」ということをテーマに、無観客の状態であらかじめ会場を複数のマイクで空間ごと録音し、それを上演時に再生すること(つまり二重のサウスホールの音場が現れる)や、通路を移動する巨大なスピーカーの存在など、お客さんの視聴環境を踏まえたサウンドデザインを検討しています。ただ単に変な方向から音が出てくるとか、一般的な意味でのサラウンドとは異なるかたちで、音を空間内でどう配置/構成していくのかを考えています。通常のコンサート形式にこれらの「音像」が多層的に重なって進んでいくことが、今回の公演の大きな特徴になると思います。

■チェロの自動演奏楽器は、中川さんご自身が改造を手がけているのでしょうか?
中川:いや、技術的な部分は美術家の白石晃一さんに協力していただきました。白石さんとはもともと2017年に美術家の故・國府理さんの『水中エンジン』の再制作プロジェクトではじめてお会いしたんですが、昨年12月にYCAM(山口情報芸術センター)で開催されたミュージシャンの日野浩志郎さんによる『GEIST』という公演に参加したときに久しぶりに再会して。そのときに白石さんが日野さんの自動演奏装置を制作していたんですね。それで「これはすごい!」と思って、今回のイベントでコラボレーションできないか打診したら引き受けていただけたんです。壊れたチェロにさまざまな部品を装着して、プログラムを走らせて何らかのトリガーで自動演奏されるというものになっているんですが、僕の演奏方法と似たようなことができるように白石さんが調整しているので、僕としては自分自身と対話するというような感触があります。
■それはまるで自分の「亡霊」とセッションするような感じで面白そうですね。
中川:そうですね。ただ、やっぱり自動演奏楽器が観れるとか、特殊なサウンドデザインのスペクタクルがあるとか、そういったこと自体は僕にとっては表現の本質ではないんですよね。キャッチコピーとしてそうしたポイントを強調した方が人目を引くかもしれないんですけど、自動演奏楽器もサウンドデザインもあくまでも手段であって目的ではないんです。それらを方法として用いたことで結果的に生まれる作品こそが重要なものだと思っていて。こういうことを言うとわかりにくいと感じる方もいらっしゃるかもしれないんですが、別に難解なことをしようとしているわけでもないんです。むしろ誰にでも開かれた作品であるとも思っていて。いまは移動すること自体にどうしても感染のリスクが発生してしまうので余計に難しいのですが、会場に足を運んで時間をともにしてもらえれば、たとえ実験音楽や前衛音楽の文脈をまったく知らなくても何かしら呼応していただける部分があるのではないかなと思います。
(取材・文:細田成嗣)
インタヴュー記事全文はこちら(https://note.com/hosodanarushi/n/na66da38dd44a)

■公演情報
ロームシアター京都×京都芸術センター U35創造支援プログラム”KIPPU”
中川 裕貴「アウト、セーフ、フレーム」
日時:2020年7月31日(金)~ 8月2日(日)
会場:ロームシアター京都 サウスホール
https://rohmtheatrekyoto.jp/event/59027/
出演・スタッフ
作曲/演奏/演出:中川裕貴
出演:中川裕貴、菊池有里子、横山祥子、出村弘美、穐月萌、武内もも(劇団速度)
サウンドデザイン:荒木優光
舞台監督:北方こだち
照明:十河陽平(RYU)
音響:甲田徹
技術協力:白石晃一
宣伝美術:古谷野慶輔
制作:富田明日香、阪本麻紀
チケット料金
一般 3,000円
ユース(25歳以下)2,000円
高校生以下1,000円
12歳以下 無料(要予約)
※ユース、高校生以下は入場時証明書提示
★リピート割
2回目以降のご鑑賞は、各種料金の半額にてご覧いただけます。
※当日受付にてチケット半券をご提示ください。
※以下の予約フォームより各回の前日までご予約も可能です。
※チケット完売の回につきましては、ご利用できませんのであらかじめご了承ください。
https://www.quartet-online.net/ticket/out_safe_frame
ジャガ・ジャジストはノルウェーのビッグ・バンド、とにかく面白い音楽をやることで世界中にファンを持っている。2000年代初頭、IDMとジャズとの混合から成る彼らの音楽は、そのアイデアと優雅さ、そのダイナミズム、そのマイルドな人懐っこさによって注目された。以来、アルバムが出るたびに必ずreviewされ、取材されるような人気の国際バンドとして、いまもその活動は続いてるわけだが、5年ぶりの新作がこの度リリースされることになった……というか、本当はこの春に出る予定だったのだが。コロナパニックに巻き込まれてしまい、発売延期となった次第。じつを言えば、このインタビューは発売延期が決まる前の、2020年3月24日に収録されている。さあこれから世界がコロナで大騒ぎするぞという手前、その序奏とも言える期間における取材であることをご了承ください。
輝かしい未来を想像することが困難な時代を生きる我々にとって、新作『ピラミッド』は現実を忘れることができるファンタジーである。ラーシュ・ホーントヴェット(*2004年のソロ・アルバムは必聴盤)を中心とする8人編成のこのバンドは、飽きっぽいリスナーを退屈させないようにと、あの手この手でアルバム毎に趣旨を変えている。じっさい『ピラミッド』に収録された長尺な4曲(日本盤には+ボーナストラック)には、このバンドの面白さが凝縮されている。マーティン・デニーのエキゾティカをポスト・ロック的に解釈したかのような洒落た演奏からはじまり、トランペットの調べに乗りながら気が付くと空の上を舞っているという具合だ。メロウなアルペジオのなかで、ジャズ、アンビエント、アフロ、ミニマルなど、いっさいがっさいが投げ込まれるが、曲はあくまで繊細でメロウな調和をもって展開される。
これはまったくのエンターテイメントな音楽で、それも趣深い、じつに優雅な、きわめて現代的なビッグ・バンドによる音楽である。ぜひ多くの人に楽しんでいただきたい。
この作品を言葉で説明しようとするとどうもニューエイジっぽくなっちゃうけど(笑)、僕たちの目標としては、作品をひとつの旅のようなものにしたいと思っていて……まあちょっとありきたりな言い方だけど、でも実際そうなんだよ。
■いま世界的にウィルスの恐怖、そして経済的な不安に晒されていますが、ノルウェーも感染者が増えて、最近はお店もクラブも閉鎖され、街にもひとがいなくなったそうですね?
ラーシュ・ホーントヴェット(以下、LH):そうだね、事態が日々エスカレートしてる。
■あなたはどんな風に過ごされていますか?
ラーシュ:僕は隔離生活が12日目くらいかな。感染してるわけじゃないけど全員が外出をしないように要請されているからね。でも残念ながらこの状況を真面目に受け止めずに外出してパーティしてる人たちもいるから、罰金制度がはじまったところだ。とくに感染者が隔離制限を破ると確か米ドルで2,000ドルくらいだったかな。とにかくいまはひどく奇妙な状況だよ。
■音楽産業はライヴ事業をひっとうに大打撃を受けてますが、あなたがたもバンドなわけだし、ライヴを控えていたのではないでしょうか?
LH:まず4月頭に出演予定だったノルウェーでのフェスティヴァルがキャンセルになって、5月のヨーロッパの公演予定も全部キャンセルで、それ以降の日程に関してはまだキャンセルされてはいないけど、開催されると思ってる人はあまりいないよねっていう状況。現時点ではこの事態を迅速に収束させる方法は見つかってないようだし、そんななかで自分たちがヨーロッパを移動してる図も想像できない。もちろんそうしたいところだけど、ワクチンもすぐには無理そうだしね。
■気を取り直してアルバムの話をしましょう。新作が完成しましたね。落ち着きのある演奏で、いままで以上に、すごく聴きやすいアルバムだと思いました。前作までにあったクラブ・ミュージック的な要素も残しつつ、しかし控え目になって、よりバンドのアンサンブルや展開を重視した作りになっていると思います。その音楽は印象派的で、なぜか雄大な自然が目に浮かぶのですが、タイトルは『ピラミッド』なんですよね。あなたはこの『Pyramid』をどんな作品だと思っていますか?
LH:この作品を言葉で説明しようとするとどうもニューエイジっぽくなっちゃうけど(笑)、僕たちの目標としては、作品をひとつの旅のようなものにしたいと思っていて……まあちょっとありきたりな言い方だけど、でも実際そうなんだよ。作っていて何が興味深いかと言うと、どうペース配分して、どのパートをどのくらいの長さにして、いつどこに焦点を合わせるかといったことなんだけど、もし聴いていて雄大な自然が目に浮かんだのだとしたら、それは完璧だと思うよ。実際に曲のスケールは大きいし全然ミニマルではないしね。これもありきたりだけど、ある意味『ブレードランナー』的な80年代シンセを使ったSF世界という感じもあると思ってて、実際作っているときに思い浮かべる絵があったわけだよ。ただそれって単なるスタート地点だからね。もし君がこの音楽を聴いて雄大な自然を思い浮かべるなら、それで完璧だ。
■なぜピラミッドなのですか?
LH:まずヴィジュアル面で惹かれたというのがあった。しかも4曲という構成からしても通じるものがあるし、何だろう……シンボリックでいいなというのと、あとはすごくプログレ感があるところ。ほぼ見た目で決めたと言ってもいい。ただ実際にピラミッドに行ったわけではなくて。でもぜひ行きたいし、いつかは行かないとね。
■“Spiral Era”もじつに悠々とした演奏ですね。こういう曲にはどんな主題があるのですか?
LH:最初はレディオヘッドの曲にインスパイアされたギター・パートからはじまったんだ。たしか『アムニージアック』か『キッドA』に入ってて、とにかく四拍三連符の曲なんだけど、なぜかそこからはじまったんだよ。それからその複雑なギターラインからメロディを捻り出すのにめちゃくちゃ時間がかかった。それでそのヴァース……まあそう呼んでいいかどうかわからないけどとにかくこの曲のメインのメロディは、これまでこのバンドとして作ったなかでもっともシンプルなメロディなんじゃないかと思う。よりシンプルなものを作ろうというのは今回自分たちがやろうとしていたことでもあったしね。よりシンプルで、あまりぎゅうぎゅうに音を詰め込まないっていう。音を詰め込んじゃう方が簡単だから大変だったけどね。あの曲が徐々に高まっていく感じは気に入っているんだ。そこは“ボレロ”のあの感じから影響を受けたものだ。もちろん“ボレロ”は史上もっとも素晴らしい音楽だから比較は到底できないし、自分たちの曲が匹敵すると言っているわけではないけど、でもああいうゆっくりと高まっていく感じがあると思う。あとはアルペジオのシンセの部分なんかはフィーバー・レイ、ザ・ナイフあたりを彷彿させるものがあると思うし、だからそういう影響が全部混ざり合ってると思うよ。
僕の日常生活においては、エレクトロニックあるいはハウスを聴く頻度は多くて、ジャズも多くて、ヴァース〜コーラス〜ブリッジといった明確な構造がない音楽が多いね。ニュー・ディスコ、リンドストローム、プリンス・トーマス、ジョン・ホプキンスあたりの、ああいったビートはよく聴いている。
■前作は全体的にテクノというか、エレクトロニック・ミュージックの要素が大きかったと思いますが、今回は最後の曲“Apex”をのぞき、それを控え目にしたのはどんな理由からですか?
LH:いや、どうだろう。まあ打ち込みドラムが減ったのはたしかだけど、それ以外はどうかな。2、3、4曲目に関しては踊れるというか、グルーヴィーかつエレクトロニックだと思うんだよね。だから君の意見に同意できるかどうかちょっとわからないけど、君がそう思う理由は間違いなくあって、なぜなら実際そう聴こえるように作られているからね。前作は2年くらいかけて作って、僕がいろいろプログラミングして散々長いこと一人で作り込んでからメンバーに来てもらってレコーディングするといったやり方で、全部ノートパソコン上でやってたからあれはたしかにかなりエレクトロニックだったんだ。でも今回はちゃんとしたスタジオに入ってバンドとして一緒に音楽を作り上げたから、より温かみのあるサウンドになってるんだよ。ミックスも前作とは違ってギターのマーカスと僕とでやったんだけど、今回目指したサウンドはそういった温かみのあるものだったし、そういう意味でエレクトロニック度が減ったように感じられるんじゃないかな。
■ちなみに1曲目の“Tomita”というのは富田勲だそうで、彼へのオマージュということだと思いますが、彼から受けた影響について教えて下さい。
LH:実は僕が彼を発見したのはそれほど昔のことではないんだよ。もちろん彼の作品は聴いていたけど、彼だとは認識してなかった。ただ僕自身かなりの数のシンセとキーボードを持ってるし、彼のサウンドの作り方にすごく刺激を受けた。本当に魅力的なサウンドなんだ。何というか、シンセを本物のアコースティック楽器のように鳴らそうとしているというか、例えばトランペットのように鳴らすとかさ。いっぽう僕がそれまで知ってたシンセはそういうものではなく、逆にいままで聴いたことがない音を出そうっていうものだったわけ。富田は、ある意味シンセに何ができるかっていう可能性を見せようとしてて、そこがすごく興味深いと思う。若干プロダクト・プレイスメントみたいな感じもあって(笑)。とにかくこの“Tomita”に限らずアルバムの多くのメロディでシンセをリード・メロディとして使っていて、フレージングにもかなり時間をかけたし、キーボード担当のオイスタインが素晴らしい演奏をしているんだ。シンセってボタンひとつ押しただけ、みたいなことになりがちだけど、でもその人の特徴を打ち出すこともできるんだ。例えばもしキース・ジャレットがピアノを弾いていたら、それはああ彼だっていうのが瞬時にわかるよね。それはスウェーデンのジャズ・ピアニストのヤン・ヨハンソンでも同じで、世界にそういう人が5人とか10人くらいはいると思う。聴いてすぐその人だとわかるっていう。それと同じアプローチで取り組んだのが今回のシンセサイザー・サウンドなんだよ。
■“The Shine”ではフェラ・クティからの影響が聴けます。アフロ・ビートとあのブラスの感じを取り入れながら、ちゃんとジャガ・ジャジストらしさがあって、面白い曲だと思いました。こうしたアフロ・ビートへのアプローチは初めてかと思いますが、いったいどんなきっかけがあったのでしょうか?
LH:初めてってこともないと思うけど、そういったものはよく聴いてるし、もちろんフェラ・クティはあの類のビートのキングなわけだからね。ただ僕たちは誰かを真似しようっていうことで作ってないから、その影響にしてもそれほど明確にはなってないというか……だから僕らの方がもうちょっとヘヴィで、ベースラインもヘヴィで、さらにそこにエレクトロニックの要素もあるっていう。もちろん刺激は受けてるけど、そこからもう一歩踏み込んでいて、ホーンとシンセサイザーをオーヴァーダブした大胆なラインがあったりする。作ってて楽しかったし、挑戦でもあったね。楽しい曲であり、変わった曲でもあると思う。僕は気に入ってるよ。ただきっかけとしては、実は映画のために作りはじめた曲だったんだ。でもその映画には合わなくてさ。最初はイントロ部分を作って、メインのメロディはトランペットだったんだけど最終的にはそれがなくなりシンセサイザーになったというね。
■最後の“Apex”はダンス・ミュージックですが、バンドにとって、やはりクラブ・カルチャーとの関わりは外せないようですが、いまでもDJやダンス・ミュージックをチェックしていますか?
LH:もちろん。僕の日常生活においては、エレクトロニックあるいはハウスを聴く頻度は多くて、ジャズも多くて、ヴァース〜コーラス〜ブリッジといった明確な構造がない音楽が多いね。ニュー・ディスコ、リンドストローム、プリンス・トーマス(*最近、新しいアルバムを出したばかり)、ジョン・ホプキンスあたりの、ああいったビートはよく聴いている。
■今回は5年ぶりの新作になりますが、あなたのなかで音楽に対するアプローチにどんな変化がありましたか?
LH:その変化をピンポイントで特定するのはなかなか難しいと思う。ジャガではいつも音楽を作りはじめる前に何らかのドグマを掲げるんだよ。それと同時にジャガのそもそもの信条はいかなるドグマをも打ち破ることであって(笑)。そして流れに任せるという。だからもしそのとき作っている音楽に驚きがあったり、それが自分やバンドにとって興味深いものであれば、その流れについていけばいいと思ってるんだよね。このバンドはかなり長いから、やっぱりなるべく同じことを繰り返さないっていうのはチャレンジであって、いかに違うことができるかっていうのが目標でもある。25年やってる間にはけっこういろんなことを試してきたし、そのなかには録音されてないものもアルバムに収録されていないものもかなりある。だから驚きや面白いこと、新鮮なものが出てきたら、とにかくそれを追いかけるっていうことなんだ。
■ラーシュさんは、いまのご自身のいまの年齢についてはどう考えてますか? 90年代から活動をしているし、ソロ・アルバムを含めるとすでに10枚以上のアルバムを出していますが、まだ40になったばかりなんですよね?
LH:自分が40歳になるなんてちょっと驚きだけど、とくに危機感はないよ。ちょっと変な感じはするけどね。自分は変わってないのに、いきなり別の年齢層に入れられるっていう(笑)。やってることも同じで、考え方も同じなのにさ。ただ僕はずっと前から、かなり年上の友だちもかなり年下の友だちも両方いるし、しかもミュージシャンとしては演奏や音楽への貢献が大事だから、年齢を重要なものとして捉える必要は全然ないんだよね。まあ、やっぱり少し変な気分でもあるけどさ。
■今回は〈ブレインフィーダー〉からのリリースになりましたが、その経緯を教えて下さい。
LH:まず経緯としては、〈ブレインフィーダー〉を運営してるアダムやレーベルの人たちのことはもう何年も前から知ってるし、僕はLAに住んでいたから、ごく自然な流れでそうなったという感じだね。サンダーキャットやルイス・コール、デイデラスといった〈ブレインフィーダー〉のアーティストも好きだし、レーベルとしてのアティテュードやアプローチも好きだから、僕らの作品に興味があるかどうか彼らに訊いてみたというわけなんだ。レーベルの印象に関しては、 僕は彼らを個人的に知ってるからちょっと他の人とは違うかもしれないけど、でもそうだな、新鮮で、冒険してて、若手アーティストのリリースも多い。比較的まだ新しいレーベルだから、新鮮だしエキサイティングだし、幅広いタイプのアーティストがいるよね。
ファッション・ブランド〈C.E〉から DJ NOBU のカセットテープがひっそりと発売されている。〈The Trilogy Tapes〉のバンドキャンプで先行発売されるや否や、速攻でソールドアウトになっていた貴重なブツである。〈C.E〉の実店舗が先週18日に営業再開となり、めでたく日本でも発売されることになった次第。なくなる前にゲットしておこう。
ちなみに内容は、今年の3月12日(木)に開催された渋谷 MITSUKI でのパーティ《対人対物無制限》にて録音されたもので、現時点でぼく=小林が最後に行ったクラブ・イベントである。ぐぬぬ、新型コロナウイルスめ……。

アーティスト:DJ NOBU
タイトル:Recorded live at 対人対物無制限 (Taijin-Taibutsu Museigen) Tokyo, 12 March 2020
発売日:発売中
販売店舗:C.E (https://g.page/cavempt)
販売価格:1,000円(税抜)
カマール・ウィリアムスの前作『The Return』から2年、ユセフ・カマールの『Black Focus』から数えると4年が経過した。僕もあのアルバムを聴いてから4年が経ってあっという間の年月を感じると同時に、ここ4年間でUK発の Boiller Room や NTS Radio がシーンの軸に変貌し、「UKジャズ」なるコトバが生まれ、世代や国境、人種を超えてあらゆるミュージック・ラヴァーを魅了した非常に濃い年月になったと思う。「一体どんだけこの土地から新しいアーティストが出てくるんだ?」と、毎月、毎年のUK勢の快進撃に僕もいまだに魅了されっぱなしだ。そんな中でも、カマール・ウィリアムスつまりヘンリー・ウーはどことなく独特な雰囲気と音楽を放ち続けている。過去のインタヴューを読んでも、自分自身のパフォーマンスに揺るぎない自身と絶対的なコンセプトがひしひしと伝わってくる。ここ2年で大幅にスキルアップも果たし、LAのレジェンド、ミゲル・アトウッド・ファーガソンなど、アメリカのアーティストとの新たなコラボレーションにも注目したい新しいアルバム『Wu Hen』は20年以降、そしてコロナ禍以降の音楽シーンを見据える上でも是非聴き逃して欲しくない1枚になっている。そんなアルバムの制作秘話を本人の口から直接聞くことができた。誰かと特別群れるわけでもなく、音楽が導く「運命」に身を委ね、孤独に高みを目指し続けるアーティストの裏側に迫った。
俺は音楽を「書く」ということはしない。いまを生きている。そのとき演奏した音楽が、俺の人生を物語っている。考えるということはしない。感じるんだ。
■アルバム・リリースおめでとうございます。音楽とは少し離れたプライベートな質問になりますが、今回のコロナ禍はどのように過ごしていましたか?
カマール・ウィリアムス(Kamaal Williams、以下KW):参ったよね、本当に。まあ、できることをやるしかないから。
■世の中がクレイジーな状況に見舞われてますが、アルバムはいつ頃完成していたのですか? それと、制作にかかった期間はどれくらいでしょうか?
KW:8月に作りはじめて、今年のはじめごろに作り終わってた。だから、制作期間は5、6ヶ月ってとこ。だいたいいつもそれぐらいの期間で終わるね。今年の1月ぐらいに俺がやることは終わってて、そこからアートワークとかハード面の作業をして、今回のリリースに至ったっていう感じ。リリース時期に関しては、このパンデミックとかそういうのは関係ないね。
■あなたの音楽作りのプロセスについて教えてもらえますか?
KW:俺は音楽を「書く」ということはしない。いまを生きている。そのとき演奏した音楽が、俺の人生を物語っている。考えるということはしない。感じるんだ。
■前アルバムと違いバンドのメンバーが大きく変わっていますね。『LIVE AT DEKMANTEL FESTIVAL』のときにはすでにその原型ができているように感じましたが、今作はどのようにしてメンバーを選びましたか?
KW:俺は運命を信じてる。誰と出会うかは、はじめから定められていることなんだ。だから、このアルバムに参加するメンバーが誰なのかも最初から決まっている。今回のメンバーに関しては、俺がアメリカに行ったときに会った。アメリカでは俺は外国人で、だからこそアメリカ出身の奴と音楽がやりたいと思ったんだ。それでマークという友人に、アメリカ人のミュージシャンを引き合わせてくれと頼んだら、LAのグレッグ・ポールと、(リック・レオン・)ジェームスを紹介してくれた。それでLAに飛んで彼らと会い、相性がいいことが分かったんで一緒にやることにしたのさ。セッションは最高だったね。そしてアトランタでは、クイン(・メイソン)と出会った。奴も最高のミュージシャンだ。そういう風に、出会うべき人間は最初から決まっている。
■ドラマーのグレッグ・ポールとはLA現地で会ったんですね。ということは、いくつかの楽曲はLAでレコーディングしたんでしょうか?
KW:彼に出会ったのはLAだが、レコーディングはロンドンのサウス・イーストにあるウェストウッドというところでやった。俺のいるべき場所はサウス・ロンドンだからね。
■ミゲル・アトウッド・ファーガソンとのコラボレーションはリスナーにとってサプライズですね。アルバムに参加したキッカケを教えてください。
KW:もともと、お互いの音楽が好きでね。マスターと仕事ができて光栄だったよ。彼に会ったとき、言われたのさ。「カマール、お前と仕事をすることに対して、俺には全く迷いがない。なぜって、お前は神に認められた神童だからな」って。あとはご承知の通り。今回のコラボレーションが実現した。制作のプロセスにおいて、彼の演奏やアイディアはなにひとつ変えていない。全てそのまま使わせてもらった。素晴らしい経験になったよ。彼の音楽は俺を高みに連れていってくれる。このアルバムが最高のものになったのは、彼のお陰に他ならないね。
■以前のインタヴューで前作の『The Return』は母親の家のリビングでレコーディングしたという記事を見かけたことがあります。もし事実であれば今回は少し違ったスタイルでの制作かと思いますが、前のアルバムと比較して制作環境の変化があれば教えてください。
KW:レコーディングはスタジオでやったが、今回は、前作よりも明確な形で結果が表われている。一緒にやりたいと思ったミュージシャンに参加してもらえたし、これまでやったことのないことをやりたくて、それがすべて実現できた。ストリングスやヴォーカルもいつもよりも多用していて、今回は自分のヴォーカルを使ってみたりもした。今回は、自分をより信じることができたと言える。だから前回アルバムを出したあとに集めていたアイディアの、集大成のようなアルバムになっているんだ。
■9曲目の “Hold On” で共演したローレン・フェイス(Lauren Faith)はUKの今後を担うシンガーですよね。私の記憶では女性シンガーとのコラボレーションは初めて? かもしれませんが、彼女とのコラボレーションの感想を聞かせてください。
KW:ローレン・フェイスね。彼女とのコラボレーションは最高だった。素晴らしかった。彼女はロイ・エアーズの娘なんだ(*)。ロイ・エアーズは分かるか? 彼女のあの声は、父親のDNAだ。本物のファンクさ。そのDNAで、父親から受け継いだ指紋で、俺のアルバムに跡を残してくれた。素晴らしい才能だ。女性シンガーと仕事をしたのははじめてではないが、リリースするに至ったのは初めてだね。ただシンガーには、男も女も関係ない。人間でしかない。どんな人間であるか、それしか関係がないんだ。
音楽は映画なんだ。俺がいちばん好きな監督が誰か、知ってるか? クロサワだ!! 彼の映画は全て観た。クロサワはストーリーテリングの巨匠だ。だから俺の音楽も、クロサワ映画のような物語を紡ぐものにしたい。
■(先行でリリースされた)2曲目の “One More Time” だけを Bandcamp で聴いていたときは正直「前作とおなじテイストかな?」と思っていましたが、アルバム全体を聴いて幅の広がりに驚きました。5曲目の “Pigalle” のようなスタンダードなジャズ・ナンバーの楽曲も最初からアルバムの構想に入っていましたか?
KW:むしろ、最初の構想としてはクラシックなジャズ・アルバムを作りたかった。自分がもと来た道を感じられるような……ライヴ音楽からはじまった俺のキャリアの、ルーツに戻るようなアルバムをね。俺がいままで辿ってきた道にあった全ての因子を摘み、集めたスペクトラムを形にしたかった。そして結果的に、ジャズ・アンサンブルからハウスまで、俺がこれまでに音楽的に経験してきたあらゆる要素を詰め込んだアルバムになった。このアルバムの中で、全てをやり尽くしたくなったんだ。それで “Pigalle” は、アルバムの中でジャズを象徴する曲になっている。皆なんでもかんでも「UKジャズ」と言いたがるが、ほらよ、これが「UKジャズ」だっていう曲だね。そこに少しのアメリカ的エッセンスも入れている。
■去年の暮れは『DJ-Kicks』のリリースも話題になりましたが、ヘンリー・ウー名義で今後エレクトロニックなハウスやブロークンビーツのEPやアルバムを出す考えはありますか?
KW:まさに来年、その予定がある。日本人アーティストとのコラボレーションも考えている。色々と計画している最中だね。実は、日本のアーティストのリリースも決まっているんだ。
■そういえばルイ・ヴェガの Instagram でエレメンツ・オブ・ライフの新しいアルバムに参加したような投稿を見かけました。ルイとのセッションはどうでしたか?
KW:ビッグ・アンクル・ルイ! 大好きだ。もちろんセッションは最高だった。ただ、こっちに決定権がないから彼のアルバムについては話せない。最終的に収録されるかも俺にはわからない。全てはアンクル・ルイの判断だ。だが心からリスペクトしているし、毎日彼の音楽を聴いている。超人的にドープな音楽を作る師匠だ。彼にはかなりの影響を受けてるね。ルイから連絡をもらって、実現したのさ。「よお、カマール!」って、彼のスタジオがあるニューヨークのアッパーイーストに呼ばれてね。
■アートワークを務めたオセロ・ガルヴァッチオ(Othelo Gervacio)。彼の Instagram を見るとメッセージ性の強い作品が多いですね。『Wu Hen』のアートワークにも特別なメッセージは込められていますか?
KW:オセロ・ガルヴァッチオは、ケニーっていうクリエイティヴ・ディレクターに紹介してもらった。アートワークに関しては、彼に全部任せたよ。でき上がったのを見て、目が釘付けになったね。制作過程は見ていないけど、あの雲は彼が描いたらしい。すごくいいアーティストだ。
■コロナの影響を受けて、フェスティヴァルやイヴェントの形や、音楽の聴き方や存在自体が変化していますね。あなた自身は今回の期間を経て何か考え方や行動、音楽に対する価値観が変わりましたか?
KW:わからない。わからないね。全部終わってから振り返ってみないと。ロンドンはまだカオスで、できることが限られているけど自分ができることをやってる。いまできるのは、音楽を作り続けることだけだね。その音楽がその状況を語ってくれるはず。音楽はこういうことがなくたって常に変化していくもの。だから変化や影響があるとすればそれは自然なことだし、むしろどう変化するのか見てみたい。どう変化するかは、自分たちに予想はできないからね。
■それでは近い将来で、計画しているプロジェクトや、やってみたいことなどは?
KW:次のアルバムはもう考えてる。このまま音楽的実験を続けて、より進化した作品を出す。それがいまメインで動いてる話。ヴォーカルは俺がやるよ。これまでもずっと歌をやってきたから。もう次を作りはじめてるんだよ。
■注目しているプロデューサーはいますか?
KW:将来、リック・ルービンとアルバムを作りたいとはずっと思ってる。一緒に仕事をしたいプロデューサーなんて山ほどいるが、リック・ルービンはその中でもダントツの存在だね。
■ブルース・リーがお好きなんでしたよね。
KW:そう! その瞬間に感じるものが全てなんだ。俺の人生、そして他人の人生から学んだものが組み合わさって、そのとき演奏する音楽に昇華される。つまり、音楽は映画なんだ。俺がいちばん好きな監督が誰か、知ってるか? クロサワだ!! 彼の映画は全て観た。『七人の侍』、『用心棒』、『羅生門』の3本が、俺の人生の映画だ。クロサワはストーリーテリングの巨匠だ。だから俺の音楽も、クロサワ映画のような物語を紡ぐものにしたい。
■そうした映画の映像からインスピレーションを受けて、即興したりも?
KW:間違いなくインスピレーションは受ける。だが映画を観ている時は、100%スクリーンに集中している。『七人の侍』の、あの素晴らしい物語に全神経を集中させている。作品を消化したあとに、その感情を音楽として表現するんだ。
■自分の音源以外で最近聴いている楽曲を教えてください。
KW:ロザリア(Rosalia)というスペインのシンガーがいるんだが、あまり知られていない。彼女はすごく良い。古いのではマーヴィン・ゲイも最近聴いている。あとは『DJ-Kicks』でフィーチャーしたバッジー(Budgie)も。
■ありがとうございました。質問は以上です。状況が落ち着いたら、来日も楽しみにしています。
KW:ああ、日本にはまた行きたいと思っている。日本の皆に神のご加護を。
* 訳註:ローレン・フェイス(25歳)とロイ・エアーズ(79歳)の親子関係の情報がなく、年齢的にロイ・エアーズの息子、ロイ・エアーズJr.の方の娘(=孫)という意味だった可能性もあり。


