「AY」と一致するもの

The Necks - ele-king

季節の即興音楽、あるいは形式に還元されざる余剰の響き

演奏の展開はいつも同じで、まず手探りのようにはじまり、まんなかで盛り上がり、静かにおわる。この曲線がかならずついてまわる。これ以上の形式がないとしたらまったく空疎だとしかいいようがない。 ――ギャヴィン・ブライアーズ

 昨年の夏、とあるミュージシャンが率いるグループのライヴを観に行った話から始めよう。そこでは電子楽器とアコースティックな楽器が入り混じった7、8人ほどの演奏者たちによる、いくらか「決めごと」を設けられた即興アンサンブルが披露されていたのだが、演奏が開始したとき、もの凄く奇妙な体験をしたことをよく覚えている。まるでサイン波のような電子的な音を発する管楽器や声が、エレクトロニクスの響きと混ざり合い、どちらがどちらともつかないような、どの音がどの人間から発されているのかわからなくなるような、視覚的な風景と聴覚的な体験が撹乱されるような不可思議な音響空間が成立していたのである。「これはすごい! ここからどういうふうに展開していくのだろう」と思ってしばらくすると、しかしアンサンブルは、そのミュージシャンの音盤で経験したことのある「あの感じ」に近づきはじめていく。それぞれのプレイヤーが短いフレーズを繰り返すことで即興を織り成していくその演奏は、そこからは案の定「あの感じ」を追体験/再確認させるかのようにして、予想した通りの展開になっていった。探り探り始められたアンサンブルは盛り上がりをみせ、その後静かになっていき終了した。

 もちろん、音盤と同じ展開をみせるのは、なにも悪いことではない。むしろそのミュージシャンの変わらぬ個性を聴くことができた、と言うこともできる。しかしその日の演奏で素晴らしかったのはやはり、最初の段階でみられた「聴いたことのない」サウンドだったのだ。そしてこと即興演奏に関しては、互いの探り合いから始まり、それがノってくると盛り上がり、そこから終わりへ向けて静かに収束していく、という展開は、このミュージシャンに限らず広くみられるものである。

 こうした展開を前にして、即興音楽の形式の単調さに絶望し、作曲へと活動領域を移したのが、かつてデレク・ベイリーのもとでベーシストとして活躍していたギャヴィン・ブライアーズだった。たしかに言葉に還元してしまえば、多くの即興音楽はことほどさように単純極まりない形式をとっているようにみえる。じっさいに、こうしたある種の予定調和のような展開に安住する即興演奏家も少なからずいる。そのほうが展開を気にしなくていいぶん、より「自由」だとも言えるのかもしれない。だがしかし、同時に、言葉にしてしまえば単純だとしても、現実に鳴り響く音楽はより複雑で多様なありようをみせているものである。冒頭に書き記したライヴの体験でいえば、その展開と成り行きは「あの感じ」から逸脱するものではなかったのだとしても、少なくともその始まりの部分では、「探り探り」でありながら、この言葉には絡め取ることのできないようなサウンドに満ち溢れていた。そしてそうした言語化しえないような、還元された形式の外へと零れ落ちる響きを聴かせてくれるグループとして、たとえばここに、ザ・ネックスがいる。

 オーストラリア連邦最大の都市であるシドニーを拠点に活動してきたザ・ネックスは、ピアノのクリス・エイブラムズ、ベースのロイド・スワントン、ドラムスのトニー・バックという3人のメンバーによって1987年に結成された。かつて90年代の初めごろ、トニー・バックは日本とも交流をもち、大友良英らとともにバンドを組んでいたので、そこから彼らの存在に辿り着いたという日本のリスナーも多いのかもしれないが、とりわけ昨年の暮れにザ・ネックスは活動30周年を前にして初めての来日を果たし、東京、大阪、滋賀の3箇所でツアーをおこなったので、そのことから彼らの存在を知るに至った人も多いのかもしれない。東京公演にはわたしも駆けつけ、1時間近くも続けられるトリオ・インプロヴィゼーションに圧倒された。しかしながら彼らの音楽は言葉にしてしまうともの凄く単純である。メンバーのそれぞれが短いフレーズをひたすら繰り返す。彼らはそのフレーズを即興でゆるやかに変化させていく。時折フレーズ同士が絡み合い、グルーヴする場面もみられるが、無関係に並走することもある。3人ともにフレーズの繰り返しをおこなっているため、通常の即興演奏におけるような丁々発止のインタープレイはみられず、まるで植物の生長のような、あるいは広々とした空に流れる雲のような、じっと耳を凝らしていないと変化していることにさえ気づかないような緩慢な移り変わりを聴かせてくれる。それは静かな演奏から幕を開け、中盤では盛り上がりをみせ、また静かになって終えられる。

 ブライアーズが非難した単純極まりない形式である。けれどもそれは、予定調和と言ってしまうとちょっと違う。盛り上がった後に静まりかえって終わるのだろうなという予想はつく。しかし彼らの音楽は、その始まりからは予想だにしないような成り行きをいつも聴かせてくれるのだ。それはたとえば、緩慢な四季の移ろいが、春の後には夏が来て、秋の後には冬が来るとわかっていながらも、昨年の夏と今年の夏が異なっていることにも似ている。反復することが同じ結果をもたらすのではなく、繰り返すことが異なる結果をもたらすようなものとしての音楽。

 そんな彼らの19枚めのアルバムがリリースされた。リリース元は、1994年以来ザ・ネックスの音源を発表し続けてきた彼らの自主レーベル〈フィッシュ・オブ・ミルク〉ではなく、エレクトロニカ/電子音響作品で知られる〈エディションズ・メゴ〉の傘下にあり、Sunn O)))のスティーヴン・オマリーが監修するレーベル〈イデオロジック・オルガン〉である。過去の大半のアルバムでは1時間近くの長尺の演奏が1曲だけ収録されているというパターンが多く、それは74分間もの長さを記録することが可能なCDというフォーマットが、音楽の流通手段として人口に膾炙し始めたのと同時期に、ザ・ネックスが活動を始めたことと無関係だとは思えないのだが、ならばなおさら本盤が、2枚組LPおよび音源配信のみで出されているということは興味深い。収録されているのは15分ほどの曲が2曲、20分ほどの曲が2曲の計4曲で、それらはちょうどLPの片面の長さに相当する演奏である。だがCDというフォーマットの栄枯盛衰を眺め続けてきた彼らにとって、これがLPでリリースする初めてのアルバムというわけではなく、過去に『Mindset』(2011)『Vertigo』(2015)と2枚のLPアルバムを出している。

 ついでにザ・ネックスのこれまでの活動を音盤から振り返ってみると、彼らは1989年にファースト・アルバム『Sex』を発表し、同じフレーズが1時間近くも延々と続けられるその衝撃的な音楽を世界に提示した。しかし翌年にリリースされたセカンド・アルバム『Next』(1990)では早くもコンセプトをやや変えて、6曲の短い演奏(とはいえ、うち1曲は30分近くある)を、複数のゲストを迎えながら収めたものとなっている。続く3枚め『Aquatic』(1994)はそれから4年後にリリースされ、30分弱の、タイトルと同名の楽曲が2曲収録されているのだが、片方はトリオで、片方はハーディ・ガーディ奏者をフィーチャリングしたカルテットによる演奏。4枚めのアルバム『Silent Night』(1996)では1時間1曲というスタイルに戻り、しかしそれが2枚組アルバムとなって2曲まとめて発表された。その後は映画音楽を手掛けそのサントラ『The Boys』(1998)を出したり、ライヴ・アルバム『Piano Bass Drums』(1998)をリリースしながらも、スタジオ・アルバムとしては1時間1曲というスタイルが踏襲されていく(『Hanging Gardens』(1999)『Aether』(2001))。もちろん、同じスタイルとは言っても内容はそれぞれに異なるモチーフが扱われているためまったく別ものの演奏となっている。そして2002年にリリースされた4枚組のライヴ・アルバム『Athenaeum, Homebush, Quay & Raab』は、オーストラリアにおけるグラミー賞とも言うべきARIAミュージック・アワードにノミネートされた。続けざまにライヴ・アルバム『Photosynthetic』(2003)を出した彼らは、同年にリリースした『Drive By』(2003)でARIAミュージック・アワードのベスト・ジャズ・アルバムに選出されることになる。12枚めとなるアルバム『Mosquito / See Through』(2004)は2枚組で、木片が飛び散るような物音と力強いベースのグルーヴなどは、同じく1時間1曲の2枚組だった『Silent Night』を思わせもする。そしてさらに『Chemist』(2006)では2度めのベスト・ジャズ・アルバムに輝いてしまうのだ。同作品はそれまでのスタイルとは異なり、20分前後の楽曲が3曲収録されている。スティーヴ・ライヒmeetsロック・ミュージックな3曲め“Abillera”は、ポストロックにも通じるサウンドを聴かせてくれる。また、このあたりからドラムスのトニー・バックが積極的にギターも使用し始める。4枚めのライヴ・アルバム『Townsville』(2007)を挟んでからは、2曲収録されたLP作品『Mindset』(2011)を除いて、1アルバムに長尺の1曲というスタイルで『Silverwater』(2009)、『Open』(2013)、『Vertigo』(2015)の3枚の作品をリリースしていく。

 ここまで振り返ってみて興味深いのは、ゼロ年代の終わりごろを境にして、彼らの音楽性がやや変化しているということである。それまでは「リフ」とも言うべきベースとドラムスの具体的/音楽的なフレーズの反復を基盤にして、その上で主にピアノが装飾的な彩りを加えていく、というアンサンブルの組み方がなされていたのだった。場合によってはベースとドラムスは徐々に変化するということもなく、『Sex』のように全く同じフレーズを1時間ひたすら続けるということもあった。しかし『Townsville』あたりからそうしたスタイルに変化の兆しが見え始める。ベースとドラムスはともに同じリズムを奏でるのではなく、それぞれが独立し各々のフレーズをゆるやかに変化させていく。そのフレーズも具体的/音楽的というよりは、反復されることで初めてリズムやパターンを見出せるような抽象的/音響的なものとなっていく。『Open』や『Vertigo』などに顕著だが、リズムを生み出す下部構造としてのベース&ドラムスに対して彩りを添えるウワモノとしてのピアノ、というのではなく、むしろ三者がそれぞれリズムもサウンドも担いながら三様に変化していき、それらが絡み合いときに衝突しあるいは共振するアンサンブルといったものになっていく。その時点でザ・ネックスは結成からすでに20年以上経っているわけだが、彼らの音楽がクラウト・ロックやミニマル・ミュージックとは全く異質な独自のインプロヴァイズド・ミュージックとなったのは、むしろここからのようにも思える。しかも彼らはあくまでピアノ・トリオという伝統的なジャズ・フォーマットを踏襲した上でそれをおこなっているのである。新たな音楽性へと突き進むためにメンバーが次々に楽器を持ち替えていくというわけではなく。

 そして本盤『Unfold』はまさにそうしたザ・ネックスに独自の音楽が収められた現時点での最高傑作である。叙情的なピアノの旋律から幕を開ける1曲め“Rise”は、さらにオルガンの揺らめく響きとベースのアルコ奏法による持続音が漂うなかで、雨音のようにパラパラと叩かれるシンバルが絡み合い、終始穏やかな音の風景を聴かせてくれる。2曲めの“Overhear”では、アルコ奏法の持続音が鳴り響く一方で、ドラムスは速度感のあるパルスを刻んでいき、そしてそれらのサウンドの波に乗るようにしてオルガンは旋律を奏で続けていく。より「波」の形容が相応しいのは3曲め“Blue Mountain”だ。ベースは太い低音を出しゆったりとしたリズムを形成し、ドラムスは強くなったり弱くなったりするスネアやシンバルのロール奏法を聴かせ、そこにオルガンの揺らめきが加わるサウンドは、まるで打ち寄せては引き返していく浜辺の波のようでもある。だが後半では、ドラムスのリズムが速度を増していき、それに呼応するようにベースとピアノも変化することで、演奏の緊張感が高まっていく。その高まりを打ち破るかのように4曲め“Timepiece”は強烈な打撃音から幕を開ける。不規則なパルスがポリリズミックに絡み合うその演奏は、しかしながらしばらく聴いていると、ある周期で反復されているために一定のグルーヴを生み出しているのがわかるようになる。そこにオルガンが入ったサウンドは、どこかエレクトリック期のマイルス・デイヴィス・グループを彷彿させる。あるいはその揺らぎモタつくシャッフル・ビートは祭囃子のようでもある。それはいくつもの自動機械が置かれた工場のなかで、それぞれの機械が自らの周期で反復することから生まれる、空間全体のアンサンブルを耳にしていると形容することもできる。

 1時間に長尺の1曲だけが収録されたアルバムというのは、いかにも取っつき難そうに思えるかもしれず、その意味では本盤は、抽象化/音響化以降のザ・ネックスの音楽が、それぞれに特徴的な4つの楽曲として、LP片面というほどよい短さで収録された、彼らについて知るための導入口として打って付けのアルバムになっている。ちなみに余談だが、本盤に収録されている楽曲の長さを合計すると74分40秒弱になり、CD初期の収録可能時間74分42秒とほぼ一致する。それが偶然の産物なのか意図的に編集されたものなのかは定かではないものの、たとえLPというフォーマットでリリースされた「ほどよい短さ」の楽曲であったとしても、ザ・ネックスの音楽にCDのフォーマットが纏わりついているという事実は、基本的にはアコースティックなピアノ・トリオでありながら、多重録音やプログラミングにも取り組んできた彼らの、音響テクノロジーとの関わりを象徴的に示しているように思える。この30年はザ・ネックスの活動の軌跡であるとともにCDというフォーマットの栄枯盛衰の歴史でもあったのだった。生きた即興音楽を録音するとは如何なる行為なのか? それは避けられるべき演奏を殺す行為なのだろうか? 少なくともザ・ネックスにとってそれは、彼らの表現を成立させるための基盤になってきた条件のひとつであった。彼らの即興音楽はCDになることで死物と化するのではなく、むしろそのフォーマットによって生み出された身体感覚を備えることではじめて可能になるような特異性を内包している。それはLPでは短すぎ、音声ファイルでは際限がなさすぎるのである。そうした特異性の影が、「ほどよい短さ」であるLPの片面に収められた演奏にも、ひっそりと刻印されていると考えることはできないか。余談が過ぎたようだ。ともあれ、これまでとはレーベルを変えて出されたということも含めて、活動を始めてから30周年を迎えたザ・ネックスにとって、本盤のリリースが画期となる出来事であることはあらためて述べるまでもないだろう。

 最後に付言しておくと、ザ・ネックスの音楽にじっくりと耳を傾けてみるならば、ここまで述べてきたような様々な発見と出会いと驚きがあるものの、かといってバックグラウンド・ミュージックのように聞き流すことができないものであるというわけではない。その点では、集中的聴取に耐え得る強度を備えた音楽でありながら、同時にその場の空間に溶け込んでしまうこともできるような特徴もあるという、「環境音楽」(ブライアン・イーノ)としての側面を備えている。聴感的にもアンビエント・サウンドやポスト・クラシカルな傾向と共振するものがあるとも思う。とはいえ、やはり彼らの音楽はあくまでも「即興音楽」なのである。少なくともこの側面なくして彼らの音楽は成立することはないだろう。なぜなら事前に音を配置しては決して得られることのないようなサウンドの移り変わりこそが、ザ・ネックスの音楽に特有の独自性であると言うことができるから。そしてそれはやはり、変わりゆく移ろいそのものの美しさというものであり、あるいはわたしたちが気づかぬ間にそこで生成し変化していき、ふと振り返ると美しく佇んでもいるような、迷路のように複雑に入り組んだ「季節」に似ている。

5年目のJOLT in Japan ! - ele-king

 熱心な弊媒体読者はJOLTの見出しに一昨年の〈JOLT TOURING FESTIVAL 2015〉を思い出されたかもしれない。PHEWと灰野敬二+大友良英がトリを飾った豪華きわまりないあの2デイズは、現在進行形の音楽の切っ先の鋭さをうかがわせただけでなく、日豪両国のシーンの厚みというか深みというか、そのようなものを垣間見せた。オーストラリアのソニックアーツ組織「JOLT Arts INC.」の継続的な活動が成熟をみせた場面だったと記憶するが、2017年のいま、JOLTの試みはさらに加速している。
 日本では5年目に入ったJOLTはこのたび、女性アーティストに特化したプログラムを披露する。豪州からは、JOLTのディレクターでもあるジェイムス・ハリック、そのハリックが率いるボルト・アンサンブルからダブルベースのミランダ・ヒルとチェロのカーウェン・マーティンが本ツアー用の編成で来日。メルボルンのノイズ・トリオ、タイパン・タイガー・ガールズのギタリスト、リサ・マッキニーは単独でドローン以後のフィードバック・ノイズを聴かせるという。迎え撃つ日本勢は箏の八木美知依とヴォイスのヒグチケイコ。箏と身体に潜在する響きをあますところなくひきだす両者のパフォーマンスが、オーストラリア勢とどうかさなりあうか、ここでしかお目にかかれない瞬間を目撃できるのが、何度もいいますがJOLTのたのしさでありおもしろさです。前日には野毛アンダーグラウンドと共催で、横浜のツァルトでも関連イベントもあるようです。両日ともぜひ! (松村正人)

2017年4月14日(金)
JOLT Presents The Book of Daughters
六本木SuperDeluxe

開場:19時/開演:19時30分
料金:予約2300円/当日2800円(ドリンク別)
出演:
八木美知依(electric 21-string koto, 17-string bass koto, electronics, voice)
BOLT ENSEMBLE(Miranda Hill: bass, Caerwen Martin: cello)
Lisa MacKinney(guitar, feedback)
James Hullick(voice, electronics)+Keiko Higuichi(voice/electronics)
Akiko Nakayama(Alive Painting)
DJ Evil Penguin
https://www.super-deluxe.com/room/4285/

2017年4月13日(木)
Noge Underground and JOLT Presents The Book of Daughters
桜木町ZART(横浜市中区花咲町2丁目67-1)

開場:19時/開演:19時30分
料金(当日のみ):1000円
出演:
a qui avec Gabriel(accordion)
Lisa MacKinney(guitar, feedback)
BOLT ENSEMBLE(Miranda Hill: bass, Caerwen Martin: cello)+Cal Lyall(banjo)


八木美知依


Lisa MacKinney

Stormzy - ele-king

 ロンドンのバッド・ボーイ、Stormzy のギャングスタ・ラップは強さと弱さを曝け出す。

 ロンドンの地下鉄のいたるところに、真っ黒の最後の晩餐のポスターを見る。〈#MERKY〉 という Stormzy 自身のレーベルから、『Gang Signs & Prayer』(以下、『#GSAP』)がリリースされ、巨大なジャケット・ポスターがロンドンの地下鉄のプラットフォームに貼られていた。しかし、そんな「メジャーな」アルバムのタイトルが「ギャング・サインと祈り」というのもかなり意味深である。
 Stormzy はリリースはミックステープ作品を除けば、5枚のシングルのみで、初のスタジオ・アルバムである。公園でラップしたビデオ“Shut Up”、Stormzy のお母さんまで登場する“Where You Know Me From”など凝ったミュージック・ビデオで人気を獲得してきた。そして発表された『#GSAP』は、彼の人生そのものを描こうとする野心に溢れている。

 アルバムの序盤、“First Things First”はこのアルバム全体のイントロにもなっている。

 一言あるカラード(意:有色の)のブラザー
 だが、スマッシュするぜ
 俺が銃をぶっ放そうとするときに逃げるんじゃねぇぞ、
 俺たちが祈りを捧げる前には、ギャング・サインがあったんだ

 A coloured brother with a bone to pick
 But I still get to gunning, don't be running when I bang mine
 Before we said our prayers, there was gang signs (Gang signs)

 ギャングが用いるハンドサインである「ギャング・サイン」と祈りがどのような関係を結んでいるか物語る。
 ギャングスタで暴力的な一面を見せる一方で、彼は自分の弱さも曝け出す。

 お前が彼女と喧嘩している間に、俺は鬱と戦ってたんだ

 You was fighting with your girl when I was fighting my depression, wait

 彼はこのラインで、単にマッチョなゲームや時間を無駄にすることに没頭するMCではないと宣言する。彼自身を曝け出すこと、そしてそれを克服したことをラップすることで、彼の本当の強さを獲得する。続く“Cold”、Ghetts(ゲッツ)をフィーチャーした“Bad Boys”、そしてグライムのヒットメイカー Sir Spyro のプロデュース・シングル曲“Big For Your Boots”は一貫して「俺の方が優れている」というテーマを、コミカルかつストレートにラップしている。MCの聞き取りやすさは、エンターテイナーとしての成長を示している。チキン・ショップでラップする姿は、リアルで面白くもある。

 6曲目のインタールード以降は、彼のストーリーがより前面に出る。Kehlani(ケラーニ)との“Cigarettes & Cush”では、Lily Allen のバック・コーラスとともに「俺が遅れて電話を取れなくてごめんね」と優しく謝り、“21 Gun Salute”では友の死にマリファナとともに祈りを捧げる。“100 Bags”ではお母さんへの愛と感謝を伝える。

 「ママは10万ポンドを見たことがなかったかもしれないけど、今の俺なら100個のバッグを買ってあげるよ」

 'Cause mummy ain't never seen a hundred bags Now I'm like 'Mum, buy a hundred bags'

 14曲目で伝説的なギャングなグライムMC Crazy Titch のシャウト(終身刑に服役中で、なんと7年ぶりに声を届けてくれた)から、Stormzy のヒット曲“Shut Up”になだれ込む。アルバムの最後に作られたという、“Lay Me Bare”では、

 銃を取り主張する、痛みを撃ち、恐怖を殺す
 死ぬ前には祈りの言葉を捧げる。

 Grab this gun and aim it there
 Shoot my pain and slay my fear Before I die, I say my prayer

 アルバムのタイトル「ギャング・サインと祈り」は、“First Things First”とのコントラストでさらに意味深いものとなる。ギャング・ライフとの決別、亡くなった古き仲間への祈り、鬱の克服、Stormzy は『#GSAP』でその全てをグライムというアートフォームで表現している。

Donato Epiro - ele-king

 〈ルーピー〉は、〈4AD〉のA&R、サミュエル・ストラングが設立したレーベルで、〈サブテクスト〉からのリリースでも知られるFISのアルバム『ザ・ブルー・クイックサンド・イズ・ゴーイング・ナウ』を、2015年に送り出している。まさに現在、注目すべきアンダーグラウンド・エクスペリメンタル・ミュージック・レーベルのひとつといえよう。
 その〈ルーピー〉の2017年におけるファースト・リリースが、イタリア人アーティストのドナート・エピロ『ルビスコ』である。ドナート・エピロは、カニバル・ムーヴィーのメンバーでもあり、ソロとしても、あの〈ブラッケスト・レインボウ〉や〈ブラック・モス〉からダーク/アヴァンなエクスペリメンタル・ミュージックをリリースしている。また、00年代後半からレーベル〈スタームンドラッグス・レコード(Sturmundrugs Records)〉を主宰し、あのディープ・マジックやTHEAWAYTEAMなどの作品を送り出してきたという重要人物でもある。
 本作は、これまで少部数のCD-R作品として発表した曲をまとめたアルバムだが、しかし、その廃墟のような音響空間は、まさに2017年的ポスト・インダストリアル・ミュジーク・コンクレート・サウンドである。聴き込むほどにドナート・エピロの先見性と、この作品を、2017年の今、リリースするレーベルの審美眼の鋭さに唸らされてしまう。

 細やかなノイズ、鼓動のようにパルスをベース、打撃のようなリズム、分断される環境音。それらは断片化され、まるで終わりつつある世界を描写するようにインダストリーなサウンド・スケープを展開していく。それはドローンですらない。新しい時代のミュジーク・コンクレートが生みだすアンビンエスがここにあるのだ。
 アルバムは、環境音らしき音の持続/反復から幕を開ける“Rubisco”からスタートするわけだが、いくつもの霞んだ音色のミュジーク・コンクレート的なトラックは、まるで世界の廃墟を描写するように静謐に、そしてダイナミックに展開する。さながら映画の環境音のように、もしくは夢の中の環境音のように、である。そして、アルバムは次第に音楽としての反復を獲得しながら、反復と逸脱を重ねていくだろう。特に5曲め“Nessuna Natura”、6曲め“Scilla”のサウンドを聴いてほしい。

 私には、このアルバムに収録されたトラックは、いわば、ジャンクな世界に満ちたジャンクなモノの蠢きによって再構築し、それによって、廃墟的なロマンティズムをコンポジションした稀有な例に思えた。これが2009年から2010年までに少部数リリースされたCD-R作品からの曲というのだから、そのあまりの先見性に、もう一度、唸ってしまう。音楽とSFは世界を預言するもの、とはいえ。
 世界が最悪になっているのなら、その最悪さを引き受け、人というモノ以降の世界の廃墟のセカイを音によって描き切ってしまうこと。そのような「廃墟のアンビエンス」が本作にはある。美しさと郷愁がともに存在し、そして鳴っている。私には、その「ヒトのいない世界のザワメキ=音響」が、とても穏やかなアンビエンスに聴こえてしまうのである。

Ulapton(CAT BOYS) - ele-king

なつかしの90年代HIP HOP

昨年リリースしたセカンドアルバムのカセットバージョンが3/24リリースされます。

CAT BOYS new7inch "LOVE SOMEBODY"
Release 0422

ダーク・ドゥルーズ - ele-king

文:小林拓音

 2014年に出たミリー&アンドレアの『Drop The Vowels』はひとつのサインだったのかもしれない。「醜いままであれ」と謳う“Stay Ugly”なんてもろにそうだ。イキノックスから逆輸入的に影響を受け、独自のエクスペリメンタリズムを爆発させたデムダイク・ステアの新作にも、そのダークネスは受け継がれている。「幸福(ハッピー)であることが強制される」この時代にあって、ダークであることはひとつの反時代的な態度表明と言えるだろう。

 だいたい、世の中は喜びやポジティヴに溢れすぎている。ブラック企業の問題だったり老老介護の問題だったりを反映しているのかもしれないが、「いまいる環境で頑張れ」だとか「置かれた場所で咲け」だとか、前向きであることを押し付けるような肯定の言説が自己啓発としてありがたがられている。でもそれって結局、「甘んじて現状を受け入れよ」という命令でしかないじゃないか。ありていに言えば、周囲の条件は変えられないのだから自分の気持ちを変えて我慢しなさい、ってことでしょ。それは要するに「世界を憎むな」という要請であり、自己責任への誘導である。なんと喜びに満ちたポジティヴな世の中なんだろう。
 あるいはこういう言い方もできる。世の中は繋がりを称揚しすぎている。デキる経営者やビジネスマンが吐きそうな「人脈は財産である」という箴言が気持ち悪いのと同様に、「いいね」の堆積で肯定が確認されていくSNSの惨状もまた気持ち悪いことこの上ない。世の中はコミュニケイションで溢れ返っている。ここまで来るともう繋がりを断つだけでは十分ではない。繋がりを憎むこと。それこそがいまわれわれにとって必要なのではないか。

 アンドリュー・カルプによるこの本は、「喜び」や「肯定」の哲学者として知られるジル・ドゥルーズからその否定性や破壊性を取り出し、「ダーク・ドゥルーズ」を生成しようと試みるプロジェクトである。それはドゥルーズを「否定」の哲学者として読み直すことであり、その闇の部分にタッチすることである。おそらくカルプの念頭には、「差異」や「リゾーム」や「スキゾ」といったドゥルーズのタームが、まさにいま資本主義のものとなってしまっていることに対する危機感があるのだろう。言い換えれば、いまドゥルーズのタームをそのまま使い回すことは、きわめて時代的な行為であるということだ。では、そんな状況において反時代的であるにはどうすればいいのか。この本の主張を一言に縮めるなら、「世界を憎悪せよ」、「世界を破壊せよ」、ということになる。「喜び」や「肯定」の哲学者であるはずのドゥルーズがどんどんダークなそれへと読み直されていく様はじつにスリリングである。
 細かいトピックや事例もおもしろい。USにおける警官の人種差別的暴力や、日本における「失われた10年」も登場する。TAZへのダメ出しもあるし、近年話題になっているクァンタン・メイヤスーやニック・ランドに対する批判もある。寛容を強要するリベラリズムや、全体主義の同類である民主主義に対する容赦ない批判もある。それに何より本書は、昨今「共謀罪」なる言葉が世間を賑わせているこの国で、共謀することの重要性を教えてくれる。さらに音楽との関わりで言えば、サマー・オブ・ラヴや「ノー・フューチャー」への言及もある。

ダーク・ドゥルーズの成功の道は、死を避けることではなく、死を招くことである。ドゥルーズ=ガタリは、このことを死の欲動をめぐる改訂作業において仄めかしているのだが、これと似たような感覚は、「ノーフューチャー」と叫ぶパンク精神のなかに響いている。逆説的にもパンク精神が悟っているのは、現状の再生産をやめるとき、私たちが手にできる唯一の未来が到来するということである。だから、もう生をロマンスにするのはやめよう。 〔本書30頁〕

 本書は、われわれが喜びや繋がりに汚染されて過ごすなかで忘れてしまったダークなものを思い出させてくれる。われわれに必要なのは喜びや肯定ではない。いまわれわれに必要なのは否定であり、憎悪である。「古いものを条件にして新しい世界を創設したとしても、そんな世界の地平が既存のものを超えて広がることはない」〔本書126頁〕。だからまずは端的に「ノー」と言おう。破壊することから始めよう。思う存分、共謀しよう。ひたすら世界を憎悪しよう。

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文:山田俊

 もしブラック・ブロックがドゥルーズを読んだら――
 ワシントンやニューヨークでのアンチ・トランプの映像で黒いパーカの群れ=ブラック・ブロックの勇姿を久しぶりに見ることができた。『ele-king』の読者にはいわずもがなだが、スターバックスを破壊し、オルト右翼にパンチをくらわす彼らと大衆的なデモを展開する市民たちの関係はかつての新左翼と旧左翼のような関係ではない。新左翼と旧左翼は変革という同じ夢を共有していたが、ブラック・ブロックと市民左派には決定的な断絶がある。そんなブラック・ブロックがもしドゥルーズを読んだらどうなるか。いま思想界にささやかな衝撃を与えつつある小著『ダーク・ドゥルーズ』はそんな本である。
 カルプの意図は明快だ。かつて革命的であったドゥルーズが肯定性のゆえに牙をむかれてしまった、ならそんな「明るいドゥルーズ」「喜びのドゥルーズ」など葬り去って、かわりにその破壊性を「ダーク・ドゥルーズ」として甦らせよう。そうしてネグリらによって市民デモに紛れ込まされたドゥルーズをブラック・ブロックのストリートへ奪い返せ、というわけだ。そこでカルプは微温的なドゥルーズ論者たちをなで切りにするだけでなく、思弁的実在論や人類学など現代思想のあらゆる新潮流にもはげしく批判の刃をむける。正直、カルプのドゥルーズ解釈には乱暴なところもあるが、たぶんそこは重要ではない。

 それらをふまえた上で本書の核心をなすのは、現在、われわれに要請されているのは「世界の死」をもたらすことであるという新たな宣告である。かつてニーチェが「神の死」を伝え、フーコーが「人間の死」を預言した。しかし「神」も「人間」も死なないどころか不吉に復活している。「神」と「人間」ともども「世界」に死をもたらすことがこの時代の任務なのだ。こう煽動するカルプはフランスのアナキスト・グループ「不可視委員会」による「文明の死をひきうけよ」というテーゼの影響下にある。そしてここでこそ市民デモとブラック・ブロックの断絶点が明快になるだろう。端的にいって前者が世界の救済を望んでいるとしたら後者は世界の破壊を欲しているのである。

 世界を破壊しているのはトランプや安倍ではないか、あるいは地球温暖化と人口爆発は遠からずこの世界を終息させるのではないか、と問いたくなるかもしれない。現在、必要なのはそれらをすべて受け止めて、「世界の死」を問うことではないか。

 ドゥルーズ自身が哲学におけるブラック・ブロックであったように、世界の破壊はストリートだけで行われるのではない。たとえば坂口恭平の『けものになること』は「ダーク・ドゥルーズ」の実践でなくてなんだろう。もちろんこれは音楽でも同様である。

FUNGI-菌類小説選集 第Iコロニー - ele-king

ペーパーバック仕様のキノコ+SF+海外文学

ようこそ、真菌(しんきん)の地へ。

ロマン・ノワールからダーク・ファンタジー、スチーム・パンクからボディ・ホラーまで。


植物よりも動物に近く、どちらともまったく異なる存在である「キノコ」。
本書は、共編者のオリン・グレイとシルヴィア・モレーノ=ガルシアが、
日本の怪奇映画『マタンゴ』の話題で意気投合し、不思議な菌類の小説を集めたアンソロジーだ。
目のくらむような、キノコの物語の森へようこそ。


■FUNGIとは……

菌類、菌類界の意。
広義ではバクテリヤ類、(Schizomycetes)をも含むが、
狭義では粘菌・カビ類・酵母菌類・キノコ類など真菌類(true fungi)をいう。
「新英和大辞典 第六版」(研究社)より


■序文より

菌界の仲間は、植物よりは動物に近いが、
それでいてどちらとも根本的に異なる別種の神秘的なしろものである。

編者は、ボディ・ホラーやウィリアム・ホープ・ホジスン流きのこ人間を越えて、
菌類小説の潜在的可能性を広く探究する作品を求めた。
作家たちは、彼らの胞子を遠く、かつ広範囲に放出してくれた。

読者はあらゆるたぐいのキノコが、多様な役割を演じ、
ホラーからダーク・ファンタジーにいたる全領域にわたるあらゆる種類の物語を味わうであろう。


■解説より

何よりも嬉しかったのは、編者たちがこの本を構想するきっかけになったのが、
「マタンゴ」だったということだ。
「マタンゴ」(1963年公開)はいうまでもなく、
古今東西のきのこ映画の最大傑作というべき作品である。
「ゴジラ」(1954年)の名コンビである本多猪四郎(監督)と円谷英二(特撮監督)が、
「変身人間シリーズ」の番外篇として製作したこの映画は、
男女七人がヨットで遭難し、無人島に漂着する所から始まる。
食料が尽き、島に生えていた「マタンゴ」と称するきのこを口にすると、
一人、また一人とおぞましいきのこ人間に変身していくのだ。
「マタンゴ」は、全身にきのこが生えてくるという生理的としかいいようのない恐怖感と、
遭難者の一人を演じた女優の水野久美の妖しげなエロティシズムが相まって、
観客にとってはトラウマ的な衝撃を与えるカルト映画となった。
編者たちもアメリカで公開されたこの映画を見て、
「片方はこの映画を恐怖し、他方は大いに楽しんだ」というから、
その時点できのこの胞子に取り憑かれてしまったのだろう。
そこから、じわじわと、このアンソロジーを編み上げるようにという指令が、
脳細胞に伝わっていったのではないだろうか。


■訳者あとがきより

原本の刊行後、編者二人が応じたインタビューに於いて、
あまりにもテーマが狭すぎるため、
どれだけの作家たちが寄稿してくれるか心配したと語っていたのは印象的だった。
最初にこの企画を聞いたときの訳者も、真っ先に同じ危惧の念を持ったからである。
当然だろう。テーマ・アンソロジーはあまた存在するが、
キノコに特化したものなど聞いたことがない。
ユニークであるのは疑いないが、野心的に過ぎるだろう。
だが、いざ仕事にかかってみると、それが杞憂であるのがたちどころにわかった。
本書の実現に執念を燃やした、具眼の士はこちらにもいたのである。
長短さまざま、完成度や狙いもさまざまながら、
ホジスンの焼き直しや無理矢理キノコにこじつけただけの作品は、嬉しいことに皆無だった。
さらに喜ばしい驚きは、堰を切ったように書き始めた若手を中心とする作家たちならではの、
意欲と熱気があふれていることだった。
スチーム・パンクからクリエイティヴ・ノンフィクション風、
ニュー・ウィアードからダーク・ファンタジー風までジャンルも広範囲に及んでいる。
だが、この精華集の本当の良さはもう少し別のところにあると思われる。
それは、野放図感につきる。
ほかでもない、小説本来の醍醐味、初心と言い換えてもいい。生き生きとした想像力が横溢しているところだ。
もちろん、その自由奔放なフィクションの翼に乗りたければ、個々の作品に直接触れてもらうしかない。
ちなみに、ジェフ・ヴァンダミアとジェーン・ヘルテンシュタインの二篇以外、
すべて本アンソロジーのための書き下ろし作品である。

■収録小説

1
菌類が匂い立つほどの粘着質な描写に戦慄する正当派ホラー
「菌 糸」ジョン・ランガン

2
奇妙なキノコ辞典から抜粋してきたようなキノコ・クロニクル
「白い手」ラヴィ・ティドハー

3
ある目的のためにキノコの潜水艦に乗った男の悲しいストーリー
「甘きトリュフの娘」カミール・アレクサ

4
スチーム・パンクと魔法とラヴクラフトをミックスしたウエスタン風の冒険活劇
「咲き残りのサルビア」アンドルー・ペン・ロマイン

5
共同幻覚体験をもたらす奇異なキノコが異世界へと誘うダーク・ファンタジー
「パルテンの巡礼者」クリストファー・ライス

6
現実と非現実が交錯する幻想的なゴシック・ロマンス
「真夜中のマッシュランプ W・H・パグマイア

7
人間をゾンビ化させる菌類が潜むメキシコの密林にある小さな村を舞台にしたスリラー
「ラウル・クム(知られざる恐怖)」スティーヴ・バーマン

8
ハードボイルド探偵小説仕立てのボディ・ホラー・ノベル
「屍口と胞子鼻」ジェフ・ヴァンダミア

9
保守的な植民村に暮らす人々の欲望の物語
「山羊嫁」リチャード・ガヴィン

10
擬人化された動物たちとずる賢い貴族たち、キノコ、そして意匠陰毛のお話
「タビー・マクマンガス、真菌デブっちょ」モリー・タンザー& ジェシー・ブリントン

11
チェコからの移民の娘が綴った心に沁み入るキノコ小説
「野生のキノコ」ジェーン・ヘルテンシュタイン

■編者

オリン・グレイ
超自然的な恐怖小説を書いている。その作品は、インスマス・フリー・プレス(Innsmouth Free Press)の多くのアンソロジーに収録されているのみならず、「邪悪行き」(Bound for Evil)や「デリケートな毒素」(Delicate Toxins)といった他社の舞台でも発表されている。彼の第1短篇集「悪魔に賭けるなかれとその他の警告」(Never Bet the Devil & Other Warnings)は2012年エヴィルアイ・ブックス(Evileye Books)から刊行された。彼の怪物や菌類、そしてキノコ・モンスターに寄せる積年の愛着ぶりは、当分弱まるきざしはない。

シルヴィア・モレーノ=ガルシア
小説では「イマジナリウム 2012年:ベスト・カナダ・スペキュレイティヴ・ライティング」(Imagina rium 2012:The Bes t Ca nadianSpeculative Writing)、「クトゥルーの書」(The Book of Cthulhu)、〈Bull Spec〉誌ほか多数の出版物に発表されている。2011年シルヴィアは、グロリア・ヴァンダービルトと〈Exile Quarterly〉誌の後援によるカーター・V・クーパー記念賞を受けた。その年には、マンチェスター小説賞の最終候補にもなった。また、「歴史的ラヴクラフト」(Historical Lovecraft)、「屋根裏窓のろうそく」(Candle in the Attic Window)、「未来のラヴクラフト」(Future Lovecraft)の各アンソロジーの共編者をつとめた。彼女の第1短篇集「この奇妙な死にざま」(This Strange Way of Dying)は、2013年に上梓された。

interview with YURUFUWA GANG - ele-king

いい意味でぶっ壊したかなとは思います。──Ryugo
うん。ぶっ壊した。──Sophiee


ゆるふわギャング
Mars Ice House

SPACE SHOWER MUSIC

Amazon

 ele-king読者の耳にはもう届いているに違いない。ゆるふわギャング(Ryugo IshidaとSophiee、ビートを手掛けるAutomaticのユニット)の1stアルバム『Mars Ice House』が4月5日にリリースされる。クラウドファンディングで制作資金を募集するや即座に目標金額を上回り、すでに話題沸騰のゆるふわギャング。フロント・メンバー、Ryugo IshidaとSophiee、インタヴューでこちらの質問に答えるふたりを見ていると、いつの間にかその場の空間全体を俯瞰しているもうひとりの視点に気付かされる。あるいは映画をVRで見ているような感覚に陥るとでも言えばいいのか。ふたりの紡ぎだす空気はまるで映画のようだ。「ね?」とSophieeが横のRyugo Ishidaに微笑みかけると、「うん」とRyugo Ishidaが答える。言葉は少ないがこのやりとりが醸す空気は雄弁で温かい。新作アルバムの話からふたりの生い立ちにまで遡ってのロング・インタヴュー!

昔から学校嫌いで、小学校5年生ぐらいから学校行ってない……学校はとりあえず嫌いでしたね。中学校いっても、常にひとりでいるのが好きだったから、保健室にいるかどっかで寝てるか。──Ryugo

ゆるふわギャングの1枚目ですね。

Ryugo Ishida(以下、Ryugo):やっと……

Sophiee:やっと……

Ryugo:……できたっていう。

ゆるふわギャングのはじまりは去年(2016年)の夏……でしたよね? 

Ryugo:……ぐらいにふたりで“Fuckin’ Car”という曲を作ったのがきっかけです。PVも撮ったんですけど、この曲をゆるふわギャングで出そうというのがきっかけで、そこから色々曲ができていって、名前もそのままゆるふわギャングでという感じです。

ゆるふわギャング“FUCKIN CAR "

でも、楽曲ができたのとゆるふわギャングの結成はほとんど同時で……と、そこからのアルバムと考えると早いですよね。

Ryugo:早いんですけど……やっぱり1枚目だし、ちゃんとした形でリリースするのは初めてだから嬉しいですね。いままでとは全く違うっていうか、気持ちが……

Sophiee:ね? 気持ちが全然違うっていうか、アーティストだ! っていう(笑)。

Ryugo:まず最初のクラウドファンディングでふたりで出したやつよりもこれは自信が違う。俺たちはこれっていう……

Sophiee:うちらがこうです! みたいな……たぶん一番クラシックだと思う。次に何が出ても(笑)。

Ryugo:それはある。

Sophiee:固い……

Ryugo:すべての始まりでもある……

Sophiee:まだ序章に過ぎない……

Ryugo:実際のところこのアルバムができてからも、別の曲もバンバン作っちゃってるから、俺たちの中では初めてだけど、もう古いというか(笑)。どんどん自分たちがアップグレードしていってるから。

Sophiee:ネクストレベル。常に先を見て曲を作ってる。

Ryugo:でもなんか戻れる場所がちゃんとあるっていうか、このアルバムを聞けばこの感じだなっていうか。わかるというか。

Sophiee:たしかに。

バンバン作ってるということですが、もう何曲くらい録りましたか?

Ryugo:10曲いかないくらいはもう録りましたね。

Sophiee:10曲くらいは作ってるか……曲作りの仕方自体はあまり……スタイルは変わらないんですけど、気持ちも変わったし、前よりも全然楽に曲を作れるようにもなった。いい意味で。

それはコミュニーケーションがよりスムーズに取れるようになったということですか?

Ryugo:コミュニーケーションというよりは感覚というか、自分たちの曲を何か作ろうと思った時の曲作りの仕方が決まったというか。いままではリリックを書くのも大変とかもあったけど、いまはもうないもんね。よっぽど集中力が切れてなければリリックが出てこないっていうことは滅多にないし。曲を作ろうってなったときには、大体自分たちの力がバーンって、100%出せるようになったというか。どのタイミングでも。いまなんかその調整をしているというか。

Sophiee:ね。何か細かいところまで目がいくようになった。前はリリックを書くのに精一杯、でもいまはもっと余裕ができて、音の聞こえ方だったり声の出し方だったりとか、そういうところまでちゃんと気を使えるようになった。そういう意味でも100%の自分で曲を作れるようになった。

このアルバムを作ったのが大きかったんですね。

Ryugo&Sophiee:ですね。

Ryugo:これを作って、スーパーモードになったっす。サイヤ人モードに常に入れるようになったっす。

Sophiee:ワンナップキノコみたいな。このCDが(笑)。

アルバムの内容に踏み込む前に、ここで一度生い立ちまで遡って少しお話を聞かせてください。まずRyugoさんの地元は土浦でしたよね。

Ryugo:土浦ですね。

ご兄弟はいらっしゃいますか?

Ryugo:妹と弟がふたりいます。4人兄弟の長男です。

土浦にいたときはずっと実家にいたんですか?

Ryugo:そうですね。自分でアパート借りたりとかもあったけど、基本的には実家ですね。

どういう子供でしたか?

Ryugo:昔から学校嫌いで、小学校5年生ぐらいから学校行ってない……学校はとりあえず嫌いでしたね。中学校いっても、常にひとりでいるのが好きだったから、保健室にいるかどっかで寝てるか。高校は仲良い先輩が行ってて、誰でも入れる高校だったからただちょっとノリでいって、適当に卒業したって感じなんですけど。そうですね……遊ぶのは好きだったけど、とりあえず勉強とかもすごい嫌いだったし……っていうのはありますね。あんまり人と関わりたくなかった。グレてたし。

いつ頃からグレてました?

Ryugo:自分は中1ぐらいですかね。サッカーをやってたんですけど、サッカー辞めて、中1ぐらいの時に本格的にグレ始めた感じですね。

グレるというのは具体的にどんな感じだったんですか? 

Ryugo:学校は嫌いだったけど、先生がいちばん仲良かったから、グレてても何してても絶対怒られなかったというか、逆に(笑)。もうそれでいいからみたいな。放っといてくれたというか……どうグレてたんだろう? とりあえず先生も仲が良い先生としかいなかったし……それ以外の先生とか先輩が嫌いでしたね。

上下関係みたいなのが気持ち悪いんですかね。

Ryugo:そうですね。ちょっとあんまり得意じゃないですね。難しいです。

サッカーが好きだったんですか?

Ryugo:サッカーはすごい好きでしたね。小学校のとき少年団に入ってサッカーやってました。フォワードやってましたね。下手くそだったんですけど足が速かったんで(笑)。

ああ、足速そうです。

Ryugo:100m11秒台でした。

それは速いですね。

Ryugo:そうなんですよ。めちゃめちゃ速かったんです。100m走で県大会の決勝戦まで行きました。だからサッカー下手くそでも足速かったんで選抜チームにも入ってましたね。

ボール持ってゴールまで運ぶ感じですね。

Ryugo:そういう系ですね。それしかできなかった逆に。

なかなかかっこいい不良ですね。

Ryugo:でも不良ってわけでもないんですけどね。ただなんかちょっとヤンチャなだけだったというか。とりあえず昔っから人が嫌いだったというか。目が悪かったからよく喧嘩とかも売られてたけど、喧嘩はそういうときにするぐらいでした。

暴走族とかはやってないんですか?

Ryugo:自分たちの地元に暴走族もなかったし、バイクにも興味なかったんですよ。どっちかっていうとそのときギャングの方が興味があって、上下のディッキーズとか着て溜まってるのが好きだったというか。

Sophiee:カルチャー?。

Ryugo:そうですね。カルチャーにすごい憧れていたんですよね。従兄弟がちょっとやんちゃだったんですけど、そういうファッションをしていて、それにすごい憧れてたから。従兄弟は2つか3つ上なんですけど、ヒップホップが好きで、俺もそれに憧れて改造した制服を着たり、ディッキーズとか着て街でたむろってるのが好きでした。

それが中学ですか?

Ryugo:はい。高校の頃はもう割と落ち着いちゃってて、その頃には音楽のことばっか考えてました。

Ryugo Ishida "Fifteen"

ラップをはじめたのは15歳とおっしゃってましたね。

Ryugo:中学校終わるぐらいの頃にはラップが好きになってたから、みんなは高校に入ると同時にバイクに走っていくけど、俺はクラブ遊びに走っちゃって……ハマっちゃってというか。そうですね……って感じでした。

DEAR’BROさん(※ディアブロは土浦のラッパー。Ryugo Ishidaがラップをはじめるキッカケとなった)と会ったのは?

Ryugo:中2か中3どっちかですかね。そのときは……初めてクラブに行って、クラブから自転車に乗って帰ろうとしたときに、いきなり「おまえ待て」って言われて、「おまえいくつだ?」って。「14です」って言ったら、「俺の曲聴け」って言われて、怖って(笑)……思ったのがきっかけだったんですけど。なんだこのおっさんはって思って。帰って先輩の家でもらったCD聴いたらめちゃめちゃかっこいいと思って、CDの裏に書いてあった番号に速攻電話して、で、その次の日に飯に連れてってもらったんです。1週間後ぐらいには「俺のステージ立て」って言われて、サイドMICとかをやってたりとかしたのがはじまりで、あとは自分の同級生に音楽を勧めて、「一緒に曲をやろうよ」って言ったりして、やったりとかもしてたんですけどね。いつの間にかみんないなくなっちゃって……って感じでした。結局先輩と一緒にいるか……って感じでしたね。仲良いのは地元の1個上の人たちで、3人仲良い人がいるんですけど。その人たちとしかほとんど遊ばなかったです。この先輩たちはいまも仲良いですね。だから孤立はしてたかもしれないです、常に。グレてるときもひとりだったし。

そういうひとりのときって何を考えてたんですか?

Ryugo:クソだな〜と。毎日つまらないなーと思ってました。ずっと。なんか面白いことないかなぁーと思って。だから学校の先生が鍵をいっぱい持ってるんですけど、それを盗んでひとりで学校を冒険したりしてました。みんなが勉強をしている間とかにひとりで鍵のかかった部屋に忍び込んだり、ひとりでサボってましたね。

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Sophieeはお兄ちゃんがギャングスターで、悪いんですよ。地元でけっこうボス的なお兄ちゃんがいて、妹もいて……妹はまったく真逆で超まじめで勉強もできる。でも私は何もできなかったんですよ。──Sophiee


ゆるふわギャング
Mars Ice House

SPACE SHOWER MUSIC

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音楽を最初にかっこいいと思ったのはいつなんですか? 最初にCDを買った音楽というか。

Ryugo:ああ。小学校6年生ぐらいの時に同級生がロスだかどっかに行ったときに2パックのCDを買ってきてくれたんですよ。「好きそうだよ」って。それがはじまりだったかもしれないですね。いちばん最初のCDはそれで、あと従兄弟がヒップホップを聴いてたんですけど、その影響でZEEBRAの『STREET DREAMS』とかEMINEMの『カーテンコール』を聴いたり。それで学校には行かずに夕方まで寝て、夜中はどっか遊びに行くかみたいな感じでしたね。ずっとそんな感じでした。

2パックが原体験というのは少し秘密に触れた感じがしますね。では、ここからはSophieeさんにはお話を伺いたいです。Sophieeさんはどんな子供でしたか?

Sophiee:Sophieeはお兄ちゃんがギャングスターで、悪いんですよ。地元でけっこうボス的なお兄ちゃんがいて、妹もいて……妹はまったく真逆で超まじめで勉強もできる。でも私は何もできなかったんですよ。なんかもう本当に……なんていうんだろう? 悪さしかしないし、親にもずっと怒られてた。けど、お兄ちゃんとは気が合ってて……って感じで。学生のときもとくにやりたいこととかもなくて、私も毎日つまんないなって感じでした(笑)。

ずっと品川ですか?

Sophiee:品川ですね。本当東京にしかいなくて、ずーっと。地方遊びに行ったりとかも全くなかったし、東京から出なくて、地元で遊ぶとかもなくて、遊ぶってなると渋谷とか、ほんと東京のただの女の子みたいな感じなんですけど。

品川の、駅でいうとどの辺りになるんですか?

Sophiee:駅だと天王洲アイルっていうところですね。お父さんは離婚していなくなったんですけど、それまでは親もずっと喧嘩してるし、なんか部屋でずっとぼーっとしてるとかそんな感じでしたね。

地元の中学校に通ってたんですか?

Sophiee:地元の中学に行ってて、昔からずっと海外に興味があって。そのときくらいから日本を出たいなと思いはじめて、それで自分でバイトをして海外行こうと思って、そのためにバイトを中学生からしてました。Sophieeもけっこうひとりが好きで、そうやって貯めたお金でひとり旅とかしに行ってましたね。最初に行ったのがスペインなんですけど、それが高校1年生の頃です。あとはニューヨーク行きたいなと思って、そのためにまたアルバイトしてお金貯めてニューヨーク行ったりとか。

英語やスペイン語が話せるんですか?

Sophiee:海外にはずっとすごい興味があったから英語の授業だけはめっちゃ真面目にやってて、自分でネットを使って海外の人とSkypeしたりして喋ったりして……独学? で、英語は多少、ほんとちょっとだけど喋れるようになりました。でもスペインに行ったときに痛感したのは、スペインは英語が全く通じないんですよ。英語で喋りかけてもスペイン語で返してくるし、意地悪でした。あっちの人はプライド高いっていうか、スペインだったらスペイン語話せよみたいな。すごい冷たくされて。そういう国なんだなと思って、それでちょっとスペイン語も勉強しなきゃなと思って、スペインにいる間は自分でスペイン語の本を買って読んだり、それでちょっとですけど覚えましたね。高校で選択授業というのがあって、何か国語の中から選択して自分で勉強できるコースがあって、それで私はスペイン語を選択して、ちょっと勉強したりとかしてました。

スペインに行ったのは高校1年の夏休みとかですか? どのくらい行ってたんですか?

Sophiee:2週間くらいですね。夏休みとかじゃなかった気がしますね。普通に高校に行かないで行ったと思います。それで高校も途中で辞めたんです。ひとり旅が楽しくなっちゃって。別に高校行ってるんだったら、海外遊びに行ったほうが面白いかなと思って。友だちとかも普通に仲良かったし、成績もそんなに悪くなかったし、先生ともそんなに仲悪くなかったけど、いきなり友だちとかにも言わないで高校辞めちゃって。けっこうびっくりされたんですけど。「辞めたの?」みたいな。突発的なんですよ。行動が。あんまり先を考えない。高校も辞めるって言ったら辞めるし、親も私がなんかやるとか辞めるとか言ったら、もう聞かないってわかってるから。(高校を辞めるって言ったときも)「はい、わかりました」みたいな感じでした(笑)。

それが高校何年の時ですか?

Sophiee:2年生に上がってすぐですね。けっこう変わってましたね。友だちを作ろうともあんまり思ってなかったけど、自然にできて。高校の友だちとかも普通に仲良かった。周りにも変わってる友だちしかいなかったですけど。でもそんなに派手ではなかったですね。

少し話戻りますけど、海外に行きたくて中学2年からアルバイトしてたんですよね。

Sophiee:お兄ちゃんの仲良い友だちがやってるピザ屋に年齢嘘ついてアルバイトやったりとかしてて、もう15歳くらいからけっこう六本木で遊んだりしてました。クラブに行ったりとか。そのときはIDチェックとかもあまり厳しくなかったから。でもそういう話を高校ではしなかったですね。なんか夜遊ぶ友だちと学校の友だちみたいな感じで分けてました。

ニューヨークはいつ行ったんですか?

Sophiee:ニューヨークは高校辞めてすぐですね。ニューヨークは初めて行ったアメリカだからかもしれないけど、すごい好きなんです。音楽とかヒップホップを知りはじめてすぐ行って、ビギーの映画を見てかっこいいなと思ったり……すごい影響を受けましたね。アメリカの音楽がずっと前から好きだったから、日本人の音楽はあんまり知らないんですよね。今もアメリカの音楽しかあんまりわからないです。

Sophieeさんは独特の言語感覚がある気がしますね。

  起きてる時間を今日と呼ぶなら
  今日は続くよね all night long “Go! Outside”

  ミシュランにも載らないようなメニューで
  星じゃ表せられないようなテイスト
  処女みたいなpureな心
  見る世界はゴミの紙袋
“Dippin’ Shake”

ゆるふわギャング "Dippin' Shake"

こういったリリックにそれを感じます。日本語だけどメタファーが日本語の感覚にとどまっていないというか。

Sophiee:英語とかだといろんな言い方があるじゃないですか。アメリカの音楽が好きなのも歌詞とか上手いなと思って。言い方とか伝え方が、日本人ってけっこうストレートじゃないですか。そっちの方が伝わりやすいのもあるし。Sophieeはアメリカの言い回し方が好きで、ちょっとくどい言い方みたいなのを日本語でもできたらいいなと常に思ってて、けっこうリリックもくどい言い方をしているんですけど。そういうのは常に意識してます。

昔からそういうのが自然な感じでしたか?

Sophiee:アメリカかぶれじゃないけど……とにかくアメリカのカルチャーに憧れてて。だから子供のときは早い段階で@#$%もやったし、お兄ちゃんがギャングスタだったのもあるからその影響で@#$%とかを覚えて一回ちょっと頭おかしくなっちゃったときもあるし。いろいろ乗り越えていまがあるけど、ニューヨークに行ったことがけっこういまの自分に影響しているかもしれないですね。タフだったなぁと思って。

人間の汚さ……ですかね。昔から感じていたことはたくさんありますけどね。なんだろう、やっぱり信用していた、自分たちが心を開いた人が全部嘘だったりするときは、ああ、こんなもんなんだなっていう。──Ryugo
別にうちらワルぶってるわけでもないのに、まぁそう見えるのかもしれないけど……そう見てガッとくる人もいるし、別にそんな何もしてないのに……。──Sophiee

いまお話に出た「早い段階。というのはどのくらいの年の頃なんですか?

Sophiee:うーん。もう中学生のときとかもバンバンいろいろやってたし、だからなんか普通にタメの人とは話合わなかったり。けっこう背伸びしてた時期はありましたね。そんなつまんない遊びしないみたいな。

ずっと何かに「染まる」みたいな感覚が嫌なんですかね。

Sophiee:でもなんかそう、自分の意思は絶対だから、自分の中で。だから人に何を言われても、へーみたいな。そう思うんだぁみたいな。でも私は違うけどみたいなのはありました。

ざっと振り返りましたが、いま聞いたお話だけでもふたりともけっこう共通するものがありますね。ひとりでいるのが好きだったり……

Ryugo:いまはいろんなものを乗り越えたっていうのはあるかな。見たし。

いろいろ……何を見ましたか?

Ryugo:人間の汚さ……ですかね。昔から感じていたことはたくさんありますけどね。なんだろう、やっぱり信用していた、自分たちが心を開いた人が全部嘘だったりするときは、ああ、こんなもんなんだなっていう。そういうことは何度もありました。だから地元でも、こういう人間たちのなかに染まりたくないというのはありましたね。こうなりたくないというか。

Sophiee:ね。なんか……そういう人ってけっこう寂しがりじゃないですか。人に強く当たって満足するじゃないけど、なんかすごい冷めた目で見ちゃうんですよね。別にうちらワルぶってるわけでもないのに、まぁそう見えるのかもしれないけど……そう見てガッとくる人もいるし、別にそんな何もしてないのに……。うちら好きなことやってるだけなのに、何でこうなっちゃうんだろうって思うことはよくあったかもしれないですね。もっとうちらの素直な心を受け取ってほしいなっていう。まぁ別にそんな狭いとこを見てないし。うちらは世界行きたいだけだから。

そういう発想でいた方が絶対良い気がします。いまSophieeさんのリリックに少し触れましたが、Ryugoさんのリリックの持ち味はまたSophieeさんとは違いますね。感じたことをまんま口にしているというか。

Ryugo:そうですね。基本的には、感じたことというか見たものですね。いちばんダイレクトにというのを心がけてるんですけど。

ああ。「感じたこと」と「見たもの」はたしかに違いますね。言葉を工夫しているように聞こえないのがRyugoさんの個性かもしれないです……と思いました。

Ryugo:昔はやっぱり飾ってましたけどね。いろいろ経験してきたことが自分たちの中であって、自分が地元を離れて東京に来て、すべてこうゼロになったとき……ふたりでこうなったときに、今まで飾っていたものは必要ないんだというか。Sophieeのリリックを聞いてからも書き方も全部変わったんですよね。。こういう風に言えばいいんだみたいなのがわかってから、いまみたいなリリックになったんです。それまでは飾ってたやつばっかだったし、だからSophieeに会ってからですかね。こういう風に書けるようになったのは。

  ai ai ai ai 俺らの世界
  でかい海を支配する狙い
  金金金金 財宝全部頂き
  面舵一杯帆を上げな
  風向きに全てお任せな
“パイレーツ”

この曲も勢いあります。

Ryugo:俺はけっこう『グーニーズ』とかキッズが出てくる映画が好きなんですけど、そういうイメージですね。この曲は『パイレーツ・オブ・カリビアン』を見ててそっからできた。船が出てきて宝探しするとかそういうイメージというか。全部奪ってやろうと思って、そういう奴らから。

Sophiee:汚い大人?。

Ryugo:(笑)。

(笑)。とにかくふたりが出会い、ゆるふわギャングになってからRyugoさんも完全にギアチェンジした感じですね。

Ryugo:ですね。

出会いと曲を作りはじめたこと、ゆるふわギャングの結成がほとんど同時なんですもんね。
Ryugo&Sophiee:そうですね、同時です。

ここで話がインタヴューの最初のところまで一周しましたね。では、ここからアルバム『Mars Ice House』を掘り下げさせて下さい。

  好きなことに夢中
  広がる妄想まるで宇宙
  目に見えないことが普通
  でもなぜか見えちゃってる
  それに気づく大人
  もちろん不機嫌な面  “Stranger”

これはRyugoさんのリリックです。この曲はアルバムのなかでも重要な位置付けの曲だと思いました。

Ryugo:“Stranger”はまた悪魔みたいな人が…。

Sophiee:現れて……。

Ryugo:いい加減にもういいなと思って。どこに行ってもこういう人たちはいっぱいいるんだなと思って。ちょうどこの時に『Stranger Things』を見ていたんですけど……。

Sophiee:Netflixのドラマ。うちらあれ大好きで。『Stranger Things』の物語も汚い大人から子供たちが逃げるような物語なんですけど、悪魔とか。それとうちらをシンクロさせて。

Ryugo:遊びに行ってるときにそういう面倒くさいと思うようなことがけっこうあって、リリックが1回書けなくなったんですよ。そのときにKANEさんと会って、“Stranger”が書けたことによって、そこからまったく違うものになった。

なるほど。ある意味ターニングポイントとなる曲ですね。

Ryugo:そうですね。“Stranger”“大丈夫”らへんはターニングポイントにはなってるかなとは思います。

聴いていても“Strangerから“大丈夫”の流れは印象的です。KANEさん(今回のアルバムのジャケットはKANE氏のアートワーク。SDPのグラフィティライター)と会ってリリックが書けるようになったということですが、何か具体的なことがあったのですか?

Ryugo:山梨に『バンコクナイツ』っていう映画を見に行って、そこにすげえいろんな人たちがいたんですけど。みんなが俺たちのことをホメたりとかしてくれてて、号泣しながら帰ったんですよ(笑)。帰りの山梨の高速のパーキングエリアで温かい気持ちになって高まっちゃって……号泣しながら「大丈夫だよ」っていうことを言いたくなった(笑)。

Sophiee:山梨行ったときにKANEさんとかWAXさん(SD JUNKSTA)に会って、KANEさんは前から会って知ってたけど、WAXさんはこのとき初対面で「ゆるふわじゃん!」みたいにすごい温かく迎え入れてくれたんですよね。その山梨の帰り……パーキングに停めた車の中でリューくんがSophieeの方ずっと見て黙ってて。なに? なに? どうしたの? と思って。でもずっと黙ってて、リューくんのその顔を見てたら涙出てきちゃってまずSophieeが号泣して、そうしたらリューくんも号泣しだして。なんでうちら泣いてるんだろう? 1回考えようってなって。これ嬉し涙だって。そっからバーって泣けるだけ泣いて、これ曲作ろうみたいになって。そのとき送られてきていたAutomaticさん(※もうひとりのゆるふわギャング。Ryugo Ishida名義のアルバム『Everyday Is Flyday』から現在のゆるふわギャングのビートまで一貫して手掛けるプロデューサー)ビートでリリックを書いた。そのときSophieeが「大丈夫だよ、大丈夫だよ」ってリューくんにずっと言ってたんです。だから“大丈夫”っていうタイトルをつけた。車を走らせては泣いて、止まって曲書いて、また走らせて泣いて止まって曲書いてみたいな(笑)。

Ryugo:KANEさんと会ったのはいちばんデカかったかな。完璧に変われたっていうか。俺もハタチの頃からずっと自分で店をやったりしていたんですけど、自分がやってきたことを否定され続けてきたんですよね。何やってもダメなんだなぁじゃないけど、自分でこう表現しているのに、けっこうそういうもんなんだな、そっけないなと思っていたんですよ。でもKANEさんみたいに良いって言ってくれる人がいるっていう。それでけっこう変わったかな。ポジティヴなヴァイブスになったというか。いい大人の人たちとちゃんと出会って心を開けるようになったというか、少しづつ柔らかくなってったかなぁなと思います。

そもそもKANEさんとの出会いはいつだったんですか?

Sophiee:去年(2016年)です。

Ryugo:ですね。

Sophiee:なんか夏に、まだゆるふわギャングでアルバムを出すという話にもなっていない時期に、渋谷でリュー君がライヴに呼ばれていて、そのときにもう“Fuckin’ Car”ができてたんで、ライヴで1曲やろうみたいな。そこにゆるふわギャングで出て、そのライヴの後にKANEさんが声をかけてくれて、「いまのヒップホップってこうなんだ!」みたいな。すごい感動してくれたみたいで。目をキラキラさせながら話しかけてきてくれて。その時PE▲K HOUR(KANE氏プロデュースのブランド)の撮影とインタヴューの話をくれたんですよね。

Ryugo:それでモチベーションがバリ上がって……みたいな。そこからふたりでアルバム作っちゃおうみたいな。

Sophiee:うちらは絶対間違ったことしてないっていう、その自信がすごい湧いてきて。一気にそれから曲も書けるようになったよね。それまで良いものは良いみたいにちゃんと言ってくれる大人の人とかに触れ合うことが少なかったから、すごい嬉しかったんですよ。肥後さん(現ゆるふわギャングのA&R)が声をかけてくれた時もそういう感動があって、そういう人たちとずっと、常に一緒にいたいんで、ヴァイブスも下がんないし、好きなことを突き詰めてできるし。曲もそうだし、だからそういう面ですごい変わって。エネルギーを音楽だけに費やせるようになりました。

お話を伺っていると、KANEさんはゆるふわギャングのキーマンかもしれないですね。

車を走らせてるEvery Night
助手席に座る彼女を見てたい
それだけで景色は2倍
目の前あった霧はもう俺は見えない
アクセルはベタブミであける未来
無理な事なんてほら1つもない   
 “大丈夫”

これもRyugoさんのリリックですね。Ryugoさんは「感じたもの」というより「見たもの」を歌っているとお話していますが、これはまさに「見たもの。」すね。僕は「それだけで景色が2倍」というリリックが好きです。人を好きになるってそういうことだなと。

Ryugo:このリリックはSophieeに対してもあるし、Automaticさんに対してもあるけど、いちばんは地元の後輩でふたり捕まってる子がいて。その子たちがWAXさんのことをすごく好きだったんですよ。WAXさんたちに会った帰りに作った曲だし、ここまで来たんだなって思いもあって……だからみんなに対してありがとうじゃないけど……そういう気持ちが一気にパーンってなって、このリリックができましたね。

Sophiee:“大丈夫”に関しては溢れる想いがこもってる。エネルギーがあるから。

“大丈夫”から後半の高揚感はこのアルバムの聴き所のひとつですね。

Ryugo:そうなんですよ。

Sophiee:後半の曲はどんどん高まって……。

Ryugo:前半の曲っていうか、クラウドファンディングで作った曲は、ほぼノリで作ってる曲だけど、それ以外の新曲は全部意味があって作られてる曲というか……。

Sophiee:前半は本当に遊びの延長線上で作った曲っていうか、ブンブンで飛ばしているような曲ばっかだもんね。

Ryugo:“Stranger”“大丈夫”からの流れで“Escape To The Paradise”は爆発したのかな。

“Escape To The Paradise”は後半のクライマックス的な1曲ですね(インタヴュー後この曲を聴き直すと、この曲のフックは筆者にはOASISのリアム・ギャラガーを彷彿させた。自分の感情のままに歌い上げてしまっている感じだ)。これはどのタイミングでできた曲なんですか?

Ryugo:これはいちばん最後です。

Sophiee:最後に完成した曲です。

いつ頃ですか?

Ryugo:年が明ける前ですね。

  Escape To The Paradise 
  ぶっ飛びたい
  Escape To The Paradise
  これじゃいけない
  Escape To The Paradise
  ドア叩きな
  Escape To The Paradise
  抜け出しな
 “Escape To The Paradise”

ゆるふわギャング "Escape To The Paradise"

……となるとこのアルバムはちょうど2016年下半期の半年間で作り上げた感じですね。長い時間お疲れ様でした。最後にアルバム・タイトル『Mars Ice House』について伺いたいです。

Ryugo:『Mars Ice House』は……宇宙が好きで宇宙の博物館みたいなとこに行って……。

Sophiee:森美術館でやってて(※宇宙と芸術展)。そこにあった夫婦がつくった模型みたいな……。

Ryugo:美術品のタイトルが『Mars Ice House』(※「火星の氷の家。。2015年秋にNASA主催で行われた宇宙探査のための3Dプリント基地考案プロジェクトで優勝した、日本人建築家曽野正之・祐子両名含むニューヨークの建築家チームによる作品)。

Sophiee:火星に人が住めるようにするために研究するラボみたいな、火星移住計画の模型なんですよ。その夫婦ふたりともうふたりで火星で人が住めるように研究するみたいなプロジェクトで。うちらがやっているようなことと似てるなと思って。それにめっちゃくちゃ食らったんですよね。その模型を盗んで帰りたかったくらいなんですけど(笑)。ヤバかったよね。

Ryugo:うん。だから……そうですね。俺たちのプロジェクトにみんなを乗っけて、みんなを俺たちの曲のなかに住ましてあげるっていう(笑)。『Mars Ice House』は夫婦とプロデューサーの4人のチームの作品なんですけど、うちらもAutomaticと……。

Sophiee:肥後さんを入れて4人で。

Ryugo:作品を見たときうちらはまだ3人でしたけど、『Mars Ice House』を見ていて4人のプロジェクトだと気付いて、4人の力ってすごいんだなと思ったんですよ。それからすぐくらいに肥後さんと会った。

そしてジャケットはこのインタヴューでもキーマンとして登場するKANEさんの作品ですね。

Sophiee:KANEさんの絵はエネルギーが出てるのが見えるんですよね。目で。キラキラがすごい出てる。

Ryugo:元々はアートブック(クラウド・ファンディングの出資者へのリターンとして作られた)用に提供してもらった作品だったんですが、KANEさんとの出会いから全部アルバムに繋がったっていうのもあって、ジャケットにさせて貰いました。

Sophiee:ジャケットにさせて下さいって。

Ryugo:あとジャケットにはクラウドファンディングで投資してくれた人たちの名前が入ってます。だからいろんな人のパワーが詰め込まれてるアルバムというか。

Sophiee:投資してくれた人にはすごい感謝してます。

では、この作品について最後に締めの一言をお願いします!

Ryugo:いい意味でぶっ壊したかなとは思います。

Sophiee:うん。ぶっ壊した。

何をぶっ壊したと思いますか?

Ryugo:それは聴いてみて下さい。

オッケーです。ありがとうございました!

Nuno Canavarro - ele-king

 これは朗報。1988年に〈Ama Romanta〉からリリースされ、1998年にジム・オルークが自身のレーベル〈モイカイ〉からリイシューしたことで一躍脚光を浴びたポルトガルのキイボーディスト、ヌーノ・カナヴァーロのあまりにも早すぎた名盤『Plux Quba』が3月19日に改めてリイシューされた。『AMBIENT definitive 1958-2013』でも「1988」のページにどかんと取り上げられているこのアルバムは、オリジナル盤はもちろんリイシュー盤の方も長いこと入手困難な状態にあったので、これは嬉しいニュースである。今回の再発盤もいつ売り切れてしまうかわからないよ。いますぐレコ屋に走ろう。

1998年にジム・オルークのレーベル〈Moikai〉より再発された、ポルトガルの音楽家ヌーノ・カナヴァーロによる音響エレクトロニカの大傑作『Plux Quba』が再・再発決定!


1988年にひっそりとリリースされ、その10年後1998年にジム・オルークのレーベル〈Moikai〉より再発されたポルトガルの音楽家ヌーノ・カナヴァーロによる音響エレクトロニカの大傑作『Plux Quba』。その再発盤も長らく廃盤となり、コアなリスナーの間で神話のような地位を築いてきたこの不朽の傑作が再びCD盤で発売される(※2015年に〈Drag City〉よりヴァイナルで再発)。

1988年にポルトガルのレーベル〈Ama Romanta〉よりひっそりとリリースされた本作がなぜ名作として世に知られたのか? その背景には興味深いいきさつがあった。1991年頃ドイツ・ケルンで、レコードショップ兼レーベルの〈A-Musik〉周辺の主要人物: Jan St. Wener (Mouse On Mars)、C-Schulz、Frank Dommert (〈sonig〉レーベル運営)、George Odijk (〈A-Musik〉創設者)たちと、Jim O'Rourke と Christoph Heemann らが一緒にいた時に、Heemann がポルトガルから持ってきた『Plux Quba』と書かれた謎のレコードを聴いていた。誰もポルトガル語が分からなかったためそれがグループ名なのか、アルバム名なのか、レーベル名なのか不明だったが、ミニマルで、穏やかで、メロディアスなアブストラクト・サウンドは、これまでに聴いたものとは完全に異質で、彼らは強い好奇心を示したという。何か参照になるものがあるかと試みると、クラウトロックや実験~即興音楽の最先端のすべてが詰め込まれていながらも、とらえどころが無く、電子音楽のパイオニア Robert Ashley の後期作品との類似点を彷彿させながらも、それは思い違いだと気づくだろう。

90年代後半より広がりを見せたエレクトロニカ~音響シーンを予言するような本作は、88 年では早すぎた内容だったが、幸運にも1998年に〈Drag City〉傘下の Jim O'Rourke のレーベル〈Moikai〉より再発され(リマスタリングはポルトガルの音響アーティスト Rafael Toral が担当)、名作としてコアなリスナーたちに語り継がれ、その後のエレクトロニカ~音響シーンにも影響を与えている。

★2010年に出版されたディスク・ガイド『裏アンビエント・ミュージック 1960-2010』では〈裏1988年〉を代表する1枚に選出。
★2015年に〈Drag City〉より再発されたアナログ盤は、その年の『Fact Magazine』「The 25 Best Reissue」の6位に選出。

発売日:2017年3月19日(日)
品番:PDIP-6569
アーティスト:Nuno Canavarro(ヌーノ・カナヴァーロ)
タイトル:Plux Quba(プラックス・キューバ)
フォーマット:国内盤CD
本体定価:2,300円+税
バーコード: 4532813535692
発売元:p*dis / Inpartmaint Inc.
◎ライナーノーツ付き(解説:松村正人)

トラックリスト:
01. (Untitled)
02. Alsee
03. O Fundo Escuro De Alsee
04. (Untitled)
05. (Untitled)
06. (Untitled)
07. (Untitled)
08. Wask
09. (Untitled)
10. Wolfie
11. Crimine
12. Bruma
13. (Untitled)
14. Cave
15. (Untitled)

https://www.inpartmaint.com/site/19570/

!!! (Chk Chk Chk) - ele-king

 あ、これはヤバいやつだ。公開された !!! (チック・チック・チック)の新曲“The One 2”を一聴して思った。頭で処理しようと思っても、まず先に身体が動いてしまう。ワン・トゥ、ワン・トゥ。かなりディスコ色が強まっている。でも彼ららしさは失われていない。これは素直に、アがる。
 チック・チック・チックが待望のニュー・アルバム『Shake The Shudder』を5月19日にリリースする。タイトルには「恐れを振り払え」というメッセージが込められているそう。かつてジュリアーニを批判する曲で脚光を浴びた彼らのことだ。いまこんなにもソウルフルかつダンサブルなサウンドを鳴らすのにはきっと彼らなりの理由があるのだろう。あー、はやく他の曲も聴きたいぜ。ワン・トゥ、ワン・トゥ。

!!!(チック・チック・チック)が新作とともに帰還!
最新アルバム『Shake The Shudder』完成&新曲公開!
数量限定Tシャツ付セットの販売も決定!

ニューヨークが生んだ最狂のディスコ・パンク・バンド、!!!(チック・チック・チック)が最新アルバム『Shake The Shudder』の完成を発表! アルバムのオープニングを飾る新曲“The One 2”のミュージック・ビデオを公開!

!!! - The One 2
https://www.youtube.com/watch?v=zPn_AnP9N9I

「恐れを振り払え!」というメッセージが込められた今作のタイトル『Shake The Shudder』は、彼らの座右の銘であり、そのキャリアを通して示してきた言葉である。彼らのDIYなパンク・スピリットが炸裂した今作では、ここ最近のお気に入りだというニコラス・ジャーやケイトラナダなどからの影響を反映した様々なエレクトロニック・ミュージックの要素に加え、自由な精神の象徴としてハウス・ミュージックを取り入れ、「ビートに乗ってりゃ何でもあり!」というオープンな姿勢から生まれた痛快なアルバムとなっている。

リスクが大きければ大きいほど、得るものも大きい。そして、究極に楽しい経験になる。改革は次の改革を導き、それが繰り返されるんだ。
- Nic Offer

バンドのホームタウンであるブルックリンでレコーディングされた今作には、UKのシンガー、リー・リー(Lea Lea)、シンガーソングライターで女優でもあるミーア・ペイス(Meah Pace)、グラッサー名義での活動も知られるキャメロン・メジロー(Cameron Mesirow)、チェロ奏者でシンガーでもあるモリー・シュニック(Molly Schnick)といった個性豊かな女性ヴォーカリストが多数参加している。

一貫して変わることのないパンクなアティテュードと、アルバムごとに進化を続け、シーンの変化とも巧みにリンクするサウンド。移り変わりの激しい景観の中、その状況を楽しむかのようにキャリアを重ねてきたチック・チック・チックの最新作は、そのキャリアの全てを反映させた集大成でありながら、歌詞とサウンドの両方にさらにエッジを効かせ、「この打ち砕かれたような状況から、何か美しいものが育ってほしい」という、混迷を極める世界に対するバンドの願いが込められた一撃でもある。

チック・チック・チックの7枚目のアルバムとなる本作『Shake The Shudder』は5月19日(金)に世界同時リリース! 国内盤にはボーナス・トラック“Anybody’s Guess”が追加収録され、歌詞対訳と解説書が封入される。またiTunesでアルバムを予約すると公開された“The One 2”がいちはやくダウンロードできる。またスペシャル・フォーマットとして数量限定のオリジナルTシャツ付セットの販売も決定!

label: Warp Records / Beat Records
artist: !!! ― チック・チック・チック
title: Shake The Shudder ― シェイク・ザ・シャダー

cat no.: BRC-545 / BRC-545T
release date: 2017/04/19 FRI ON SALE
国内盤CD: ¥2,200+税
国内盤2CD+Tシャツセット: ¥5,500+税
国内盤特典: ボーナス・トラック追加収録 / 解説書・歌詞対訳封入

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