2014年12月29日午後8時過ぎ、インタヴューを終え、服部将典とともに宴もたけなわの階下に戻ると居間のソファの上でおくれてきた中尾勘二が牧野ジュニアともつれあっていた。嬌声をあげ激しく対等に遊んでいる。場のムードはだんだんによいよいで、敏腕ディレクターである〈Pヴァイン〉の安藤氏はほかに担当するバンドのライヴがあるので辞去され、取材を終えた吉田さんの頬はほのかに赤らみ、ホストの牧野氏はもてなしに忙しい。私はビールを2、3杯飲んだけれど酔うほどではない、というか取材なのでベロンベロンになるわけにいかない。ゆえに素面、シラフのMCなのであった。
このインタヴューを読まれる前に、昨年初秋に出たエレキング別冊第1号をお持ちであれば、そのなかの中尾勘二と牧野琢磨の記事にお目どおし願いたい。コンポステラやストラーダでハナからジャンルにおいそれと括られなかった中尾勘二の多才、異才の一端をそこには記しており、本稿はそれを承けつつ、ひとまわり以上年の離れたバンドのなかで、打楽器および管楽器奏者あるいは作曲者として何を目論見、また初志というよりも音楽の本能というべきものを貫くことの楽しさと難しさについての彼の考えを補遺するものとなれば幸甚である。
とまれ、ここで私がながながと書き連ねるのもヤボであろう。話のつづきにさっそくとりかかりたい。
もっともっと遊んでほしそうな牧野くんの愛息に断って、二人は階段をあがり中尾勘二はこういった。
「あのひと(牧野ジュニア)は自分の意見を通したい、一度何かを思いついたら変えたくないんですよね。非常によくわかります。その発想も組み方まで私と似ている。思いつきなんですよ」
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■その思いつきを完遂するんですよね。
中尾:思いつきでいってみようって感じなんですね。
■外部から説得されて考えが変わることはありませんか?
中尾:まったくないです(笑)。
■それは説得の仕方如何ではないですか?
中尾:それだけの力量あるひとがついぞ現れなかったということでしょうね。
■いまに至るものもありませんか?
中尾:協調性に関しては、小学校の5、6年のときの先生が多少は軌道修正をしてくれました。4年生までの先生は完全に私にお手上げだったんですが、その先生にはその感じはありませんでした。お陰で若干協調性は芽ばえました。若干ですよ、若干。
■先生たちの対応から大人を観察していたのかもしれないですね。
中尾:私のオヤジは教育者だったんですが、ああいうので先生が務まるのだろうかとつねづね思っていたんですよ。親子関係が悪かったわけではないですけどね。趣味は合うんです。山に連れていかれても山は嫌じゃないし、音楽も演歌とロックのレコード以外はたいがいあってそれが毎日のようにかかっていて、それはいいんです。だからちょっといびつでした。
先生のアレは職業病なんですかね? 何かと絡んでくるんですよ。オヤジは家でも自習時間に回ってくる先生みたいな感じで、何か悪さをしているんじゃないかと監視するんですね。そのときの録音の記録が残っていますよ。
とにかく録音でした。ラジオが好きで。中波、短波ラジオを録音していました。
■中尾さんが監視を録音されたということですか?
中尾:はい。オヤジが様子を見に来たところを録音したんです。いま聴いてもあれはゾッとします。足音が恐いんですよ。ドン、ドン、ドン、ドンとしだいに大きくなって、最初は小声ではじまるんです、九州弁で「何しよっとや?」って。それを4回繰り返すたびに声がだんだん大きくなり、最後は「何やってんだ!」と大声です。私はビビりながら「あっ、ちょっと録音を試している」というのに対して「ひとが喋っているのを録るんじゃない。このバカ野郎」みたいな返答をしているのが録音に残っています。恐怖政治のなかで私は録音に勤しんでいたんですね(笑)。
■録音が世界との接点だったのかもしれないですね。
中尾:とにかく録音でした。ラジオが好きで。中波、短波ラジオを録音していました。昨日も聴き返したんですが、その頃に録ったものはいまもおもしろいですね。北朝鮮の70年代のアジ番組とかね。
■朝鮮語だと何をいっているかわからないですよね。
中尾:日本人を洗脳するための日本語放送なのでわかるんです。私はそれでプロレタリアートとかブルジョアとか帝国主義ということばを憶えました(笑)。
■北朝鮮からことばを輸入したんですね。
中尾:裏切り者集団とかね。当時のソ連のことなんですけど。フルシチョフとかブレジネフは裏切り者集団で、資本主義をとりいれているとかね(笑)。
■でもそれはただの演説ですよね?
中尾:その喋り方が面白いと思ったんですよ。日本人はこんな喋り方はしないなと。NHKの喋り方ともちがうけれども、調子は日本語と似ているんですよ。当時は韓国の日本語放送も聴いていました。『玄界灘に立つ虹』とかね。それもテープが残っているんです。北朝鮮とは内容がだいぶちがいます。つまりスピーカーとか、マイクとか、電波を介していろんなことをやるということですね。録音をしてしまえば、そのなかに入っていけるような気がしたのかもしれないですね。
■ご自分を音素に還元する感じなのでしょうか?
中尾:というよりラジオのマネがしたかったんでしょうね。そんなに高尚な考えではなかった。
■テレビではなく、あくまでラジオなんですね。
中尾:ビデオが普及する前だったので映像をつくるのは現実的ではなかったし、テレビの画面のなかにはどうやっても入ることができなかった。ウハハハハハ。でもラジオはがんばればトランスミッターでFM音源を飛ばすことも当時はできたし、そこまでしなくてスピーカーから出ている音自体を、これは放送だと自分にいい聞かせれば、それは放送なんです。ただ再生して聴いているだけでも、これは放送だっていう設定の自分がそこに居れば、放送になりえるわけですよね。そこがテレビとはまったくちがいます。
■中尾さんはインターネットのような現在のメディア環境に興味はありますか?
中尾:ないですね。
■それは当時のメディアとまったくの別物ということでしょうか?
中尾:いや、延長線上にあると思いますよ。
■じゃあなぜ興味をもたれないんですか?
中尾:自分のキャパを超えているんです。ネットを引くにはお金が要る。これはマジメにそうなんです。携帯を持たないのと同じで、経済的な理由ですよ。いまはだいぶ安いのがあるらしいですけどね。私は通信費は3000円までと決めています。
■その上限はどこに由来するんですか?
中尾:NTTからくる請求書がだいたい2500円くらいから携帯のひとと長電話をしたときは3000円くらいだから。
■なるほど(笑)。
中尾:それ以上は払いたくないですね。それに携帯ではファックスが受けられない。
■携帯をもつ代わりに家の電話をやめなければならない?
中尾:経済的にはそうせざるを得ない。どっちを選ぶのかってなると、まだまだ家電いえでんとファックスでいけるだろうと。明日仕事があるかどうかわからない人生を歩んでいるので、とにかく、いまあるお金を大事に大事にしていかなきゃいけないわけです。
私は18歳のときにはじめたビルメンテナンスを生業に収入を得て、その片手間に何かお誘いがあったら音楽の真似事をやっている、そういう設定になっているんです。
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■しかし中尾さんはこれだけ長いこといろんなバンドで活躍されてきましたよね。
中尾:はっきりいってそれは関係ないですよ! プラマイで考えたらゼロかマイナス、いやはっきりとマイナスですね。ちゃんとした会社に入れるとは思いませんけど、それでもフルタイムで週6の仕事をすればもっと安定するはずなんです。演奏していたらそんなことできっこないじゃないですか? 音楽なんかやっているから貧乏なんですよ。こんなことに片足を突っ込んじゃったせいで──
■片足ではないと思いますが。
中尾:いや、片足です! 私はビルメンテナンスの仕事をしているんですが、1年半前に定期で入っていた現場の仕事がほぼ7割くらいなくなったんです。これはもう家賃が払えないとなと、急遽借金をして引っ越しまして、部屋も広さを半分に、家賃をきりつめ、荷物を田舎に送り返して、要するに生活レベルをガクッと落とすことによって、ギリギリ生き延びることに成功したんです。でも定期的な収入は何も確約されていない。偶然この1年半はなんとかなっているだけで、来年以降のことはまったくわからないですね。そんなときネットなんてやっていられないですよ。ハハハハハ。
■でも中尾さんの口ぶりには悲壮感をおぼえませんね。
中尾:額面どおりにこの状況を受けとめたら、私は本来3つくらいバイトをかけもちしなきゃいけないんです。それを「なんとかなるだろ!」と思うために現実をみないようにしているんです。そうすることによって、逆に何とかなっているともいえるわけですよね。あくせく昼も夜もバイトいれたりするべきなんでしょうけど、そういうのはいっさいしない。ないときはないときでいい、あるときに稼いでプールしておけばいいと思ったんです。でも逆にそのためには極端な節約ですね。通信費は3000円まで、外食は基本的にほとんどしない、酒もタバコもやらない、飲みに誘われても10回に1回しか行かないとかね(笑)。そうしている間もレコードを買ったりしなきゃいけないし。研究費ですからね!
■名目は何でもいいと思いますが(笑)。
中尾:そのレコードも(税込み)108円のとかしか買わない。
■逆にそうしてまで音楽はやらなければならない。
中尾:そんなことはないです。音楽がなければもう少し安定化が図れます。ちゃんと仕事をすればいいんですから。
■それはまあそうですけど。
中尾:音楽でちゃんとお金を払ったひとなんてほとんどいないですよ。●●●とか●●●とかみんなもち逃げ、もち去り。
■具体的な名称を出すのはやめてください(笑)。
中尾:いや、だって本当だもん! でもまぁ、私はミュージシャンじゃないっていう立場で自分はそう考えようと思っているんですよ。ミュージシャンだと考えたらこれはもう赤字で成り立っていないですよ。そんなもんでは食えない。私は18歳のときにはじめたビルメンテナンスを生業に収入を得て、その片手間に何かお誘いがあったら音楽の真似事をやっている、そういう設定になっているんです。
大原裕くんには「中尾くんは音楽で食おうとか思わずに、仕事をしていてそれでやっているのは羨ましい」みたいなことはいわれましたよ。でもそれはミュージシャンでやろうとするから大変なことになっていくわけですよ(笑)。私はプロになりたいとか音楽で食いたいとか一度も思ったことはありません。でも小学生の頃の延長線上だと思えばべつに関係ないじゃないですか。自分で面白いと思ってやっていて、40何年にわたって研究がつづいていると思えば、別にそれはいいんじゃないか、ということですね。
“スロープ”ではバスドラとハイハットを足で踏みながらクラリネットを吹いています。これはコンポステラで鍛えられた技です。昔とったキネヅカでございますよ。
■先ほど、片足を突っ込んでいるとおっしゃいましたが、片足だけでも抜け出せないこともありますよね。
中尾:いや、抜けだせますよ。
■(笑)
中尾:前にもいいましたが、私は誘われるから外に出ているわけであって、自主的な活動はいっさいしていない。篠田(昌已)くんが私を誘ったから露出したのであって、それがなければ私は家でニヤニヤしながら録音しているだけなのはこれはたぶん変わらない。誘われなければ、ただひきこもるだけの話です。そりゃあ家では何かはやりますよ。そのちがいだけです。
外に出るとなるとある種の責任が発生するじゃないですか。たとえば、メンバーだといわれちゃったりする。自分では無責任だと思っていても外部的には責任が発生しますよね。急にやめちゃったりとか、楽器を捨てたり譜面を破ったり、ライヴ中に「こんなバンドをやめてやる!」とか叫んだり、そんなことちょっとできない。
■その状況がたまたまつづいているだけだと?
中尾:そうです。だからみんなは中尾勘二をもう呼ばなくていいと思えば、自然と元に戻る。
■その点はNRQでも変わりませんか?
中尾:私の印象としては何らかの利用価値を見いだしたひとが、ちょっと試しに私を使ってみよう、と思いついた観があるんです。かかわったものすべてがそうです。だって譜面が読めない、コードがわからない、楽器をちゃんと習得しているわけではない。それに声をかけるのは、よほどの特殊な思いつきじゃないとありえないし。私だったら頼まないもん。ワハハハハ。
■普通じゃない思いつきだから頼むということですよね?
中尾:でもそれって普通のメンバーの感じでもないじゃないですか? 何を考えているんだろうって逆にこっちが思います。「いい」といわれても何がいいのか。具体的にはいえないじゃないですか(笑)? あんまりそういうことをはっきり訊いたこともありませんが。
■NRQが3枚めになって他のメンバーとの関係性に変化はなかったですか?
中尾:変わっているはずなんですよ。たぶん第三者が傍らにずっといれば分析できるんでしょうけど、なんせこういうのは灯台下暗しですからね。ガラッと変わったわけでもないですからね。でも、現実にどうなっているかっていうのは、私は自分の音源は自作の多重録音以外は聴かないので(笑)、ちょっと今回の作品がどうなっているのかよくわかっていないんですけども、印象としては何か変化があるんだろうなとは思います。でもそれが前作、前々作と異色な位置にあるとは思わないです。
■今回は前作までより管楽器を多用されていますね。
中尾:アコースティック・アンサンブル的な思考が芽生えている、なんとなくそういった流れはあるかもしれません。一時期ブンチャカブンチャカやればいいのに、流れているきらいもあったので。
■流れるというのはどういうことですか?
中尾:「ビートのある曲で掴みたい」といった考えに対する疑惑を、私は抱いていたことがあるんですね。ライヴのときの(曲の)並べ方とかね。そういうのもわかるけど、それはべつに他のひとがやればいいでしょ? そのことを私は口にしたわけではないので、みんなに気づかれたのかどうかわかりませんが、アコースティック・アンサンブル的にはなっているかもしれないですね。
■その方向をとるにあたって、バンド内で話し合いはもたれていないということですよね。
中尾:でもリハをしているとどちらでもいい局面はいっぱいあるんです。新しい曲をやるとき、ドラムを叩くか管楽器を吹くか決まってないと試しにいろいろやってみるんですが、そのときに私の思いというか希望がね、ドラムはちょっとイヤだなというのがバレたのかもしれません。一般的にいえばドラムであればおさまるんです。そのぶんイージーなんですね。それに私は管楽器が上手なわけではないので(曲に)慣れるまではアラが出るというか、不安定な状態がわりとつづくんです。そういうときにバンドが我慢できるかという問題もあって、それを我慢すれば、ちがうかたちになる場合もあることに薄々気づかれているのかもしれない。
■べつに気づかれたってかまわないじゃないですか(笑)。
中尾:ワハハハハ。
■今回はほとんど一発録りなんですよね。
中尾:ほとんどそうですね。かぶせている曲もありますけど。
■かぶせるなら、ドラムも管もどちらもできるはずですよね。でもそれを積極的にやろうとは思わないということですよね?
中尾:そうですね。それはライヴでやるときのこともあるということです。私なんか、コンポステラの経験もあるから、ドラムがなくてあたりまえだという、でも、それに対して、(ドラムが)あると安心というのはあるじゃないですか。つねにこのせめぎ合いですよね。
■資料にありましたけど“スロープ”では──
中尾:バスドラとハイハットを足で踏みながらクラリネットを吹いています。これはコンポステラで鍛えられた技です。イヤイヤやっていたのが役に立ちました(笑)。でもじつはクラリネットを後でかぶせるためにプレイバックした場合、ノリを合わせるほうが難しいんですよ。だから一度にやるに越したことはないという理由もあります。レコーディングの日を置いてしまうと自分の音が別人のように聴こえることもありますよね?
■そうですね。数日前の自分がやったことがわからなくなることはありますね。
中尾:それよりは、足りなかったり、アラがあったりでも同じひとが演奏したほうがいいんじゃないかという発想です。そっちのほうがリズムも管楽器のフレーズも安定します。
■立ってベードラを踏みながら演奏するひとはいますが、両足で踏みながら管楽器を吹けるひとは見たことありませんね。
中尾:昔とったキネヅカでございますよ。
インチキには合理性が大切なんです。インチキは即製であって、合理性がなければ、手間をかければかけるほど本格的になってしまう(笑)。ムダを省き、これだけあればそれに聴こえる、見える、相手を欺けるということですね。
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■コンポステラでのときも、曲の要請から仕方なくやったんですか?
中尾:できるからやったんです。それでちょいちょいやっていました。トム・コラがメンバーだったスケルトン・クルーってあったじゃないですか? 篠田くんはあのバンドのようにメンバーが(楽器を)どんどんもちかえるのに憧れたていたみたいで、一度コンポステラで、3人の前にバスドラはじめ打楽器を置いてライヴをやったことがあるんですよ。そしたら、篠田くんと関島(岳郎)くんはぜんぜんできなくて(笑)、それはその1回でヤメになっちゃいました。私だけに残ったんです。
■それを今回録音の場で実践したと。
中尾:吉田くんの曲中の繰り返しフレーズは、コンポステラでの私の苦い経験を彷彿させるものでもあったのです(笑)。
■この前のインタヴューで吉田さんはコンポステラの影響は大きいとおっしゃっていましたね。
中尾:あるんでしょうけどね。私としてはイヤだけど、このほうがおさまるだろうと。それに、苦痛をおぼえる時間も最短で済む(笑)。
■スタイルから発想までたぶんに合理的ですね。
中尾:インチキには合理性が大切なんです。インチキは即製であって、合理性がなければ、手間をかければかけるほど本格的になってしまう(笑)。ムダを省き、これだけあればそれに聴こえる、見える、相手を欺けるということですね。
■練習や鍛錬はお好きではないですか?
中尾:それを意識しないことです。みずからなにかを追求する、それに時間を要するのは問題ないんです。いくらインチキでもやらないとできないからね。その結果、私自身笑えれば、うまくごまかせればいい。録音物としては「やり捨てゴメン」みたいなところは私にはありますよ。なにをやったのか憶えていない、レコーディングで「OK! ありがとうごうございます」といわれた瞬間に忘れてしまう(笑)。
■あえて忘れるように自分を仕向けていませんか?
中尾:ちがいます。一所懸命ではないから憶えてないんです。もちろんフと思い出すこともありますよ。私は真剣に音楽のことを考えてない。それはある一部のひとには伝わっている。そういう人たちは私を誘うまい、と考えているはずなんです。
■そういう方がいたとしても、私には音楽についての考え方のちがいとしか思えませんが。
中尾:それを音楽をマジメにやっていないと見なすんじゃないですかね。実際にマジメにやっていないですから、その評価はあたっていますけどね。
■その側面では当りだとしても、でもマジメにやらないことをマジメにやっていると思うんですよ。
中尾:たしかに、いい加減にやることに真剣とはいえるかもしれない。でもだったら「ちゃんと勉強すれば?」といわれるんです。
■その点を突き詰めたのは、中尾さんの独断場ともいえるかもしれない。
中尾:いや、そんなことない。このまえ、むかし録音したタモリの「オールナイトニッポン」を聴いたんですが、すごいですよ、あのひと。ニセ現代音楽とかね。タモリは30歳くらいで東京に出てきたときに、仕事がほとんどなくて暇でテープにラジオドラマとかを録音していたらしいんです。それで、そのテープを自分の番組で流しているのを私はエアチェックしていたんですけど、もうすごいんです。水を入れた瓶を吹いたり叩いたりしてニセ現代音楽をやっている上にデタラメなスペイン語でサルヴァドール・ダリが自作を語るナレーションが入るんです(笑)。
■ダリのモノマネされてもだれだかわかりませんよね。
中尾:最初に日本語で「サルヴァドール・ダリはこういった」っていうんですけどね(笑)。
■それはうまいですね。
中尾:さいきん新しくはじまった番組でも、フラメンコのギタリストとパーカッショニストの前でデタラメのファドを歌いあげていましたから私なんかぜんぜん敵わない(笑)。私は家で多重録音をニヤニヤしながら聴くくらいが関の山ですから上には上がいるということです。それがコンポステラとストラーダのせいで、マジメで真剣なひとだと思われてしまったので、そうじゃないということをね、死ぬ前にそのことをみなさんにお伝えしなければならない、自己開放をも兼ねたムーヴメントが私のなかに起こってきているのです。人前でデタラメに歌ったりするのも、そういうことに努めているともいえます。
コンポステラとストラーダのせいで、マジメで真剣なひとだと思われてしまったので、そうじゃないということをね、死ぬ前にそのことをみなさんにお伝えしなければならない、自己開放をも兼ねたムーヴメントが私のなかに起こってきているのです。
■コンポステラをシリアスに聴いていたお客さんのなかにはそれを聴いて引いてしまうひともいるかもしれませんね。
中尾:お客さんにも悩んでいただいたほうがいいんです。一面的なところで納得されても困るじゃないですか。「こんないい加減なやつがやっていたんだ」って思ってもらいたい。それで「なんであんなふうに聴こえたんだろう?」と考えてもらったほうがよいのではないでしょうか? これも前にいいましたが、コンポステラはイヤではあったけれども、やるからには真剣であったわけで、シリアスさにはウソはないんです。しかし一方では人間はシリアスではないと伝えなければならない。そうすると「中尾勘二は切り捨てる」ひともいると思いますけど、逆に「中尾はいい加減なやつだ」だと思っているひとにもそこから別の発想が出てくるかもしれない。そういうふうに影響し合えば面白いかなと思いました。
■ご自分の過去の活動に対する、自分なりの再定義を試みる時期なんでしょうか?
中尾:そうかもしれません。当時は「あー、終わってよかった」くらいの勢いでした。最後は篠田くんと絶交していましたからね。それがいまは、あれは何だったんだろうっていうのは考えます。ひとからいろいろ訊かれるたびに、いまの考えを含めて語るようになりました。そしてむしろ仲がおかしいときのほうが、なあなあのときよりもよかったのではないか、そういう話になってくるわけですよね(笑)。だからイヤななかで自分が何をするのかを考えるも、自分のためになるとは若いひとにいっているんですよね。「嫌いだからやらない!」というのは簡単ですけど、あえて嫌いなヤツのとこに入り込んで何をするのかというのも意義あることだと思います。私には「ゴキブリ共生論」というのがむかしからありましてね。
■ほう。
中尾:「ゴキブリは嫌だ、見つけたら殺す」という考えはわりとあるじゃないですか?
■普通ですよね(笑)。
中尾:でも全滅させるのはムリですよね。だったら嫌いなやつがうろちょろしていても、いいじゃないか、ともに地球で生きていけないだろうか。私はノンポリですけどね、宗教上の問題とかもそうやって考えればね。それにそう思えば、アジられて利用もされにくい。なびかないためにも、そういうゴキブリ思想をもっていたほうがいいんじゃないかと。
■そうかもしれません。
中尾:それは音楽にも全部繋がっていて、思うわけですよ、あれはイヤだから、と排除しても、同じ地球上にいるかぎりかかわらないとしたら、自分の領分がどんどん狭くなるだけなんです。
私は20代のときはすごく好き嫌いがはっきりしていましたから、イヤなら絶対にやらなかった。というより、イヤなことはまずできないし、拒否反応で体が動かなかった。音も出なくて、リハは行ったけど本番では逃げ出しちゃったこともあります。
■そういうなかでも自分で何かやる道筋みたいなものを見いだせるようになったということですか?
中尾:いや、逆に自分を呼ぶひとが選んでくれるようになったんです。まちがって呼んだひとがそういう目に遭う(笑)。そのなかで諦めるひともいるでしょうし、もうちょっと出てくるかもしれないって粘るひとも出てくるかもしれない。いまは粘っているひとだけが残っているんじゃないでしょうかね。でもそれもいつかは愛想を尽かすかもしれない。転換期がきたらそれでおしまいかもしれないわけですが、どうなるかはわかりません。私は「なんとかお願いしますよ」と頼んだことなんてないですから。
音楽を生け捕りにするのは難しいですよ。名曲は歩いているときに思いつくんですけど、ほとんど忘れます。
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■中尾さんはNRQでここしばらく曲は書いていませんね。
中尾:今度出るアナログ盤用に曲を書いたんです。まあ駄曲ですけどね。
■アナログ盤だけに収録するんですか?
中尾:そうみたいです。
■どうしてまた?
中尾:もっていくのが遅かったからじゃないですか? それと、みんなにくだらない曲だということもちゃんと説明しちゃったから、みんなあまり真剣にとりくめない。
■私はファーストの“台湾のおじさん”はよい曲だと思いましたよ。
中尾:あれは偶然できたようなものですから。あの曲は相当古いんですよ。パソコンでいろいろつくっていた頃の曲で、オクラ入りになりかけていたんです。それが、みんなが曲をもってこいとあまりにもうるさかったので、しょうがなくもっていったんです。
■いまはパソコンでつくらないんですか?
中尾:環境を整えようと必死でとりくんではいますが、なかなか難しいですね。ネットをやっていないでしょ? いまのソフトはネット認証、ネット登録なので現行のものはまず使えない。それでちょっと前のMiniMacを2台買ってしまいました。クラシック環境で使える1台とOSXになりたてのヤツ。
■がんばって2台買うなら、その分でネットを引きましょうよ(笑)。
中尾:ネットに接続するとアップデートの渦に巻き込まれるだけです。それくらいなら、壊れなければなんとかなるっていうのでいきたいんですよ。それでうまくいかなかったら、OS7.56くらいに戻れば済むハナシです。
■OS7代の可動品があるんですか?
中尾:実家にあるんですよ。モノクロで、ヒューレット・パッカードの可動品のプリンターもあるので、それでMIDIといっしょにできる環境はあるわけですから、いざとなればそれを立ち上げればいいだけです。これからはコンパクトにいきたい。ソフトも新しくしたいなと思っているんですが、それがなかなかうまくいかない。プリンターが問題というのもありましてね。何も考えずに近所のハードオフでキャノンのプリンターをドライバーと説明書付570円で買ったんです。そしたら、OSが10.4くらいの中途半端なヤツで、最新のOSでもクラシックの環境でも動かないんです。
■過渡期だったんですね。
中尾: OSXのMiniMacではプリントできるんだけど、クラシック環境のMiniMacではソフトがインストールできない。だったらPDFアウトにすればいいとか、いろんな技を試しているところなんです。
■総じて中尾さんの家の外とは互換性のないシステムですね。
中尾:それでも、つくった曲を譜面でプリントアウトしてひとに配れる体制は復活させなきゃいけないと思っています。ここ6、7年そういう環境から離れていますから、それはいつでもできるようにはしないといけないとは考えているんです。外界と繋がるにはそれしかない。なんでもいいからインチキな譜面をつくってばらまいて、適当にやってもらう。
■楽曲を自動的に譜面化するソフトを使われているんですか?
中尾:むかしはオールインワンのソフトはあまりなくて、シーケンスはシーケンスだけ、譜面は譜面だけ独立していたんですが、そこで手弾きでデタラメなアウトラインの雰囲気だけをつくるんです。それを頭のなかで四捨五入し、みずからクォンタイズをかけながら省略しつつ譜面ソフトで打ち込んで、正しいかどうかわからないから、再生しながら聴いてたしかめる(笑)。
■めんどうな話ですね。アナログに収録される新曲もそうやってつくったんですか?
中尾:それはもうできていました。鼻歌ですぐに思いついて、それを忘れなかった。だいたい駅で切符を買ったときに忘れちゃったりするんですけど。ワッハッハ。みなさんは譜面を書けたり、もしくはiPadでつくっちゃったりするんだけど、私はそれはムリなので、公衆電話で歌って自宅の留守電に録音する手段も何回か試みましたが家で聴いてみると何をいっているのか見当がつかない(笑)。音楽を生け捕りにするのは難しいですよ。名曲は歩いているときに思いつくんですけど、ほとんど忘れます。たまたま生け捕りに成功した例もあるんですけど、たいした曲じゃなかった。いま私がいる従業員2名の会社で健康診断を受けに行くのに三鷹駅から会場の役所の施設まで歩いていたときに思いついたんです。そのときのシチュエーションもふくめ憶えています。
私はNRQ色をあの3人にもっと出してもらいたいと思うし、かたちになっていないものもふくめ、その因子はいっぱいあると思うんですよね。
■そのときは曲の全体像が出て来るんですか?
中尾:そうです。つまり何かに似ているんですよ、ローランド・カークのつくる曲が何かに似ているように(笑)。断片のはっきりしたセオリーに適わないコラージュのようなものです。
■それでも、コラージュにおける断片の位置関係には中尾さんは独自なものがあると思いますが。
中尾:それは音楽がわかっていないからヘンになっちゃうんですね。私はぶつかる音がきらいじゃないし、コードに合わない音もOKだと思っている、それがみんなを悩ませるんです。関島くんに「ここぶつかっているよ?」といわれたこともありますが、むしろぶつかっているほうが好きだったりするからヘンになっちゃうんですね。
■作曲された曲についてそういう指摘を受けることはあるんですか?
中尾:しょっちゅうです。あとは、鼻歌を12音に置き換えるというズレるというのもあります。平均律で(音を)拾って調整するとニュアンスがちがってくることはありますね。先日「マヘル(Maher Shalal Hash Baz)30周年」のライヴに呼ばれて、短い曲ばっかりやったんですけど、「譜面が読めないからこれはやんなくていいや」と思って、ずっと座っていようとしたら、(工藤)冬里くんが1曲ずつ説明してくれるんですよ。メロディを弾いてくれたり歌ってくれたりして。そのメロディを聴かせてくれたときに歌ってごらんっていわれてマネたら、冬里くんは「低いでしょ?」というわけです。冬里くんは譜面が頭に浮かぶひとですが、それでも自分で歌って鍵盤でメロディを拾うと実際の音程よりもちょっと低いらしい。
■頭のなかの音と身体で鳴らす音のあいだにズレがあると。
中尾:向島ゆり子さんにも私はちょっと低めに取っているといわれたことがあります。あとで聴き直すと気持ち悪いからわかるんですけど、それで12音に割り振っていくと、落とし所がズレていってヘンなことになっちゃうことがあるんですよ。
■それがわかっていれば、作曲時にクォンタイズすればいいのではないですか?
中尾:それはもう諦め、それにより自分でも思ってもいない譜面ができあがるんです。だからやる気がしない反面、演奏によっては意外と面白くなることもある。
■譜面を牧野くんや吉田くん服部くんに渡して、試しながら微調整していく?
中尾:お任せです。気になるところがあったら指摘しますが、私自身多重録音をしているときのことを考えたら、そこまでやりませんからそうなったらなったでいいんです。他の団体で「その曲はそうじゃない」といったことは1、2度ありますが、NRQではまだありません。NRQを思い通りに動かせないという悩みが牧野くんにはあったりするんですが、もうこの曲をやめようと私からいったことはありません。向こうはそう思っているかもしれないけど(笑)。
■でももう5、6年はつづけてこらたわけですからね。
中尾:まだ何かでるんじゃないかと思っていますけどね。
■どういったことか、具体的にことばにできますか?
中尾:私はとにかく、あのひとたちの色を出したい。自分のことをやるなら、多重録音という基本が私にはあるからいいんです。そういう意味ではあんまり曲をもっていきたくないんです。むしろNRQ色をあの3人にもっと出してもらいたいと思うし、かたちになっていないものもふくめ、その因子はいっぱいあると思うんですよね。ヘタにヘンな私の曲をやって、それが面白いとなったらそれはちがうと思うんですよ。「中尾がやっている面白いバンド」にはしたくないんですよ。彼らはネタが枯れたとかいったりすることありましたけど、まだまだだと思うんですよ。それをもっと出してほしいから私の曲をあまりもっていきたくない。もっていくなら、NRQを想定して新たにつくらなきゃならない。
■それは今後の課題ですか?
中尾:そうですね。MiniMacがどうのこうのって体たらくですから全然進んでいません(笑)。生きているうちにはできないかもしれませんが。


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