「W K」と一致するもの

Laurel Halo with Eli Keszler - ele-king

 これは待望のニュースです。作品を出すたびにオリジナリティの限界を更新し、そのディスコグラフィすべてが重要作といっても過言ではない、まさに10年代を代表する電子音楽家のひとりとなったローレル・ヘイロー、先般も『Raw Silk Uncut Wood』という素晴らしいアルバムを届けてくれたばかりの彼女がこの年末、来日公演を開催します。12月6日(木)@東京UNIT、12月7日(金)@京都METRO。しかもこのツアーには、先日のOPNのMYRIAD公演でも来日したイーライ・ケスラー(こちらも10月に〈Shelter Press〉より新作『Stadium』をリリース予定)が帯同、日本からは日野浩志郎率いるgoat(東京)とMadeggこと小松千倫(京都)が参加します。これは見逃し厳禁ですね~。

Laurel Halo live with Eli Keszler Japan Tour 2018

■2018/12/06 (THU) UNIT, Tokyo
guest: goat

OPEN 18:30 START 19:30
ADV. 4,300yen (ドリンク代別途) 2018年10月6日 (土) ON SALE
チケットぴあ (Pコード: TBC)
ローソンチケット (Lコード:TBC)
e+ (https://bit.ly/2MoiI0i)
Clubberia
RA

■2018/12/07 (FRI) METRO, Kyoto
guest: Kazumichi Komatsu (Madegg)

OPEN 18:30 START 19:00
ADV. 4,000yen (ドリンク代別途) 2018年10月6日 (土) ON SALE
チケットぴあ (Pコード: 130-319)
ローソンチケット (Lコード: 55458)
e+ (https://bit.ly/2MoiI0i)

ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーとならぶ、現USアンダーグラウンドが生み出したエレクトロニック・ミュージックの鮮やかな特異点、ローレル・ヘイローが、NYより鬼才ドラマー/パーカッショニスト、イーライ・ケスラーを帯同してのライヴ、待望の来日公演が東京UNIT、京都METROにて決定! UKの名門〈hyperdub〉よりリリースされた、ディープな電子音とその歌声によって発露する柔らかなポップ・センスが溶け込む『Quarantine』(2012年)で世界的に大きく注目を集めた。一転して続く『Chance Of Rain』(2013年)や〈Honest Jon's〉からの「In Situ」(2015年)は、彼女のテクノ・アーティストとしての側面をくっきりと示す作品となった。そして2017年の『Dust』は、キュートなポップ・センスとエレクトロニクス~アヴァン・ミュージックが奇跡的な配分で同居した作品となり、多くのメディアでも年間ベストへと選出される作品となった。と、思えば最新作となる『Raw Silk Uncut Wood』では、初期のアンビエント・フィーリングをさらに増幅させつつ、フリー・ジャズや現代音楽などを飲み込んだ壮大な作品をリリース、まさにとどまることを知らないその才能の幅を見せつけている。こうした作品でのローレルとのコラボなどなどまさにひっぱりだこ、さらには自身もソロ・アーティストとして〈PAN〉や〈ESP Disk〉からもリリースするイーライ・ケスラー。ローレルとイーライのライヴはまさにいま、必見の内容と言えるだろう。そして東京UNITでは、イーライの来日時のセッションやGEISTへの参加も記憶に新しい、日野浩志郎(YPY)率いるgoat、京都METRO公演では、Madegg名義でハウス~アンビエント~ビート・ミュージックなどさまざまな領域で活動する小松千倫が登場する。(河村祐介)

■Laurel Halo (ローレル・ヘイロー)

重く、細かく切り刻まれた電子音楽は、ライヴ・パフォーマンスやDJ、アルバムやスコアの作曲まで、Laurel Haloの作品の中核を成している。ミシガン生まれ、現在はベルリンに在住する彼女は、ワイヤー・マガジンでアルバム・オブ・ザ・イヤーを獲得した2012年のデビューアルバム『Quarantine』をリリースしたロンドン拠点のレーベル〈Hyperdub〉を中心に作品を発表している。
2013年に〈Hyperdub〉からリリースした『Chance Of Rain』と〈Honest Jon's〉から2015年にリリースした「In Situ」の2枚のアルバムは、彼女の長期間に渡るツアー時期に制作され、全編インストゥルメンタルのアルバムであり、ライヴセットを発展させたハードウェアによるリズメロディックなダンスフロア向けの作品になっている。
2015年には日本のヴァーチャル・ポップスター、初音ミクとのコラボレーション・インスタレーション「Still Be Here」のサウンドトラックを手掛け、この作品は、2016年にベルリンのHaus der Kulturen der Weltで初演され、続いて2017年にロンドンのBarbicanでも披露された。
2017年に〈Hyperdub〉からリリースされた『Dust』は『Chance Of Rain』と「In Situ」でのハードウェアによるマシン・ファンクの美学と、緩やかかつ賑やかなソングライティングを組み合わせ、改めて多くの評論家/メディアから高い評価を得た。また本作は多数のコラボレーター(Eli Keszler、Julia Holter、Lafawndah、Kleinなど)のフィーチャリングも話題となった。
その後、Laurelはオランダのデザイン・グループMetahavenが制作した長編実験ドキュメンタリー『Possessed』のスコアを手掛け、2018年の最新のリリースはクラシカルなインストゥルメンタルを集めたミニLP『Raw Silk Uncut Wood』。アルバム『Dust』やデュオ・ライヴも定期的におこなっているコラボレーターのEli Keszlerとチェリスト、Oliver Coatesをフィーチャーしている。本作はパリ拠点の先鋭的レーベル〈Latency〉よりリリースされた。
またLaurelはマンスリーでロンドンのFM局、RinseにDJ MIXを提供している。

https://www.laurelhalo.com
https://soundcloud.com/laurelhalo

■Eli Keszler (イーライ・ケスラー)

ニューヨークを拠点とするアーティスト/作曲家/パーカッション奏者。音楽作品のみならず、インスタレーションやヴィジュアル・アート作品を手がける彼の多岐に渡る活動は、これまでにLincoln CenterやThe Kitchen、MoMa PS1、Victoria & Albert Museumなど主に欧米で発表され、注目を浴びてきた。これまでに〈Empty Editions〉、〈ESP Disk〉、〈PAN〉、そして自身のレーベル〈REL records〉からソロ作品をリリース。ニューイングランド音楽院を卒業し、オーケストラから依頼を受け楽曲を提供するなど作曲家としても高い評価を得る一方で、近年はRashad BeckerやLaurel Haloとのコラボレーション、Oneohtorix Point NeverのMYRIADプロジェクトへの参加など、奏者としても独自の色を放ち続けている。なお最新ソロアルバム『STADIUM』はSHELTER PRESSより今年10月にリリースされる。
https://www.elikeszler.com

■goat

以前はスタンダードなロック編成でありながら、ギター、ベース、そしてサックスさえもミュート音などを使ったパーカッシヴな演奏をし、12音階を極力外してハーモニクスを多様することによりいわゆるバンド・サウンドとは異なるサウンドを作り出していた。2017年よりメンバーと楽器を変更し、リズムが交差し共存しながらも続いていく、繰り返しのリズム・アプローチへの探求を深めていく作曲へとシフト。これまで〈HEADZ〉より1st album『NEW GAME』、2nd album『Rhythm & Sound』をCDリリースし、2018年にはその2枚のアルバムから選曲したLPを〈EM records〉よりリリースした。

HP: https://goatjp.com
Facebook: https://www.facebook.com/Goat-408629939245915/
SoundCloud: https://soundcloud.com/goatjapan
Twitter: https://twitter.com/goatJp

■Kazumichi Komatsu (Madegg)

16歳よりコンピューターを使った作曲をはじめる。これまでに〈flau〉〈Angoisse〉〈Manila〉 〈Institute〉〈Rest Now!〉などのレーベルより3枚のアルバム、複数のEPをリリース。池田良司、ティム・ヘッカー、ジュリア・ホルター、マーク・フェル、アルカなどのアーティストの来日公演をサポート。
自然や街のなかの様々な音をフィールドワークを通して採集し、それらの音素材をもとに抽象的なサウンドスケープを構築する。近年は局所的な環境や情報を反復することで非指向的な安定未満の状態へと変化させるようなアンビエント・ミュージックの実験をおこなっている。またクラウド・ネットワーク以降の現代的なメディア環境において詩(ミーム)の可能性を検証するインスタレーション作品をサウンドデザイン、コンポーズ、グラフィックデザイン、ポエトリーなどを基調に展開している。

OTHER MUSIC NYC MEETS DUM-DUM LLP - ele-king

 相変わらずライヴハウス・シーンでは暗躍している高円寺の音楽事務所「DUM-DUM LLP」がNYの伝説的レコードショップ「Other Music」と合同パーティーをやるらしいですよ。
 しかも、スペシャル・ゲストに来日中のヨ・ラ・テンゴがDJ SETでの出演という。日本勢からはimai、Nyantora、トリプルファイヤーの三組が出演します。また、「Other Music」のジェラルドさんもDJやります。
 「DUM-DUM LLP」から送られてきたメールによれば、このイベント「GET TOGETHER」とは、「単なるショーケース・ライヴではありません。ジャンル不問、様々な音楽体験やNYCの音楽シーンを熟知する彼らとダイレクトに情報交換したり音楽談義もできる 100% Openなコミュニケーションの場でもあります」とのことです。
 また、「当日イベントに参加したい日本在住のアーティストも募集しています。もし興味を持ってくれた方がいらっしゃれば、是非下記アドレスからエントリーしてください。よろしくお願いします」(https://prt.red/0/GETTOGETHER-CONTACT)
 だそうです!
 応募しよう!

●公演詳細

Other Music NYC meets DUM-DUM LLP「GET TOGETHER」
2018年10月12日(金)@新代田FEVER
OP/St18:00 (終電まで)

TICKET:前売・当日共通 ¥3000 ( 1D別)
メール予約;ticket1012@fever-popo.com
e+(28日より)https://sort.eplus.jp/sys/T1U14P0010843P006001P002274712P0030001
Peaticx; https://peatix.com/user/1005892/view

LINE UP:
SPECIAL GUEST: YO LA TENGO( DJ SET)
(Another Guy Called) Gerald - Other Music
imai
Nyantora
トリプルファイヤー
問い合わせ;新代田FEVER Tel:03-6304-7899 & https://www.dum-dum.tv/

●アザーミュージックとは?

アザーミュージックは、20年間、NYの音楽シーンの真ん中にいた、ユニークで、
通好みのするレコード屋だった。

1995年にオープンし、いつも発展し続ける、幅広い音楽にアプローチし、インディ、エレクトロニカ、ワールド、ジャズ、ヒップホップ、ダブ、フォーク、サイケデリア、モダンクラシック、アヴァンギャルドなどの、多種多様なジャンルを網羅していた。

ヴンパイア・ウィークエンドからニュートラル・ミルク・ホテル、DJシャドウ、マック・デマルコ、ナショナル、ボーズ・オブ・カナダ、ティナリウェン、ベル・アンド・セバスチャン、コートニー・バーネットまでの、沢山の若いアーティスト、ミュージシャンのキャリアを助け、セルジュ・ゲンズブール、フランソワ・ハルディ、カン、ノイ!、サン・ラ、ニック・ドレイク、ロドリゲス、ベティ・デイヴィスなどの、定番アーティストを、若いファンに対して、知名度をあげる大切な役割を果たした。

また、日本の音楽のチャンピオンで、ボアダムス、坂本慎太郎、ボリス、灰野敬二、DJクラッシュ、アシッド・マザー・テンプル、坂本龍一、コーネリアス、メルツバウ、ピチカート・ファイブ、トクマルシューゴ、ファンタスティック・プラスティック・マシーン、渚にてなどの、パフォーマンスをホストしたり、一緒に仕事をした。
ローリング・ストーン、ビルボード、ピッチフォーク、ニューヨーカー、タイムアウト、ステレオガム、ヴィレッジ・ヴォイス、ガーディアンなどのプレスで、世界の最も良いレコード屋として賞賛された。

2016年に20年の幕を閉じ、次の年にMoMA PA1で、カム・トゥギャザー・レーベル・フェア・アンド・ミュージック・フェスティバルを立ち上げ、世界中から、革新的で、ベストなレコード・レーベルを沢山招待し、レコード屋文化の新しい章を探索している。

For 20 years, Other Music was at the center of the New York City music scene, a unique, taste-making record store in the heart of that vibrant music city. The shop opened in 1995, with a broad and ever-evolving approach to music, embracing diverse sounds including indie, electronica, world, jazz, hip-hop, dub, folk, psychedelia, modern classical, avant-garde, and much more. Other Music helped launch the careers of many young artists, from Vampire Weekend to Neutral Milk Hotel, DJ Shadow, Mac DeMarco, The National, Boards of Canada, Tinariwen, Belle & Sebastian, Courtney Barnett, and many others. The shop also played a major role in raising the profile with young fans of classic artists like Serge Gainsbourg, Francoise Hardy, Can, Neu!, Sun Ra, Nick Drake, Rodriguez, Betty Davis, and others.

Other Music championed many Japanese artists over the years, hosting performances or working closely with Boredoms, Shintaro Sakamoto, Boris, Keiji Haino, DJ Krush, Acid Mothers Temple, Ryuichi Sakamoto, Cornelius, Merzbow, Pizzicato Five, Shugo Tokumaru, Fantastic Plastic Machine, Nagisa Ni Te, and many others.

The shop was lauded as one of the best record stores in the world by press outlets including Rolling Stone, Billboard, Pitchfork, The New Yorker, Time Out NY, Stereogum, The Village Voice, The Guardian, and many others. In 2016, after two decades, Other Music closed its doors. The following year, they launched the Come Together Label Fair and Music Festival, at MoMA PS1, bringing together many of the best and most innovative record labels from around the world, exploring the next phase of record store culture.

https://www.othermusic.com/

interview with Phew - ele-king

 数年前から軸足をソロ活動のほうに向けじはめた Phew はアナログ~モジュラー・シンセをはじめ、もろもろの機材にとりまかれ、ヘッドセットをしたその姿に私はコクピットに腰をすえた宇宙飛行士を連想したものだが、スピーカーからとびだす予測不可能な音の群はレトロな近未来感をうっちゃる独特な響きがあった。みたこともない世界とアマチュア無線に興じるさまをのぞきみるような、空間に散らばった音をハンダゴテで接着するような、音の連なりにはソフトウェア主体の音づくりではとどかない太さと強さがあり、名づけるならその呼び名はやはりエレクトロニック・ミュージックというより電子音楽のほうがしっくりくる。むろん古典的な電子音楽のセオリーに属しているというより、出てくる音が発明的なのがそう思わせるのだった。2015年の『A New World』は電子音楽の方法と歌をポップに折衷した、2010年代の Phew のドキュメントというべき重要作だが、音響の探究はとどまるところを知らず、昨年には声のみのサウンドストラクチャー『Voice Hardcore』をものしている。これはほとんど無明の荒野をひとりすすむような、その名のとおりハードコアな作品であり、未聴の方はすべからくお聴きいただくにしくはないが、ソロでの究極的な自己対話の傍らで Phew はコラボレーションもおこなっていたのである。
 アナ・ダ・シルヴァがそのお相手で、彼女の名前になつかしさをおぼえた方もそうでない方も、あのレインコーツでギターとヴォーカルを担当したひとだといえば、ピンとくるであろう。メンバー全員が女性のレインコーツは70年代末の〈ラフ・トレード〉からレッド・クレイオラのメイヨ・トンプソンがプロデュースした同名のファーストで、パンクの以前と以後を截然と劃したばかりか、『Odyshape』(1981年)、『Moving』(83年)の3枚で90~2000年代を予期しながら時代のなかに雌伏したが21世紀に復活し2010年には初の来日公演をはたしている。ふたりの交流は、Phew がレインコーツの公演をサポートしたときにはじまったというが、それがいかにしてアブストラクトでありながら多彩で自在な純電子音響+ヴォイス作品にむすびついたか、Phew にその背景を訊いた。

楽器は道具にすぎないんです。それはアナもおなじ気持ちだと思います。最初に自分の身体がある、それはふたり共通していると思います。

いまライヴではおもにアナログ・シンセとヴォイスですよね。

Phew:それとリズムボックスですね。

そのようなスタイルでソロ活動をはじめられてから、海外でライヴされる機会が増えましたよね。

Phew:ソロ・ライヴではじめて海外に行ったのが2年前で、ポーランドのフェスでした。フェスに出演したあと、ロンドンでもライヴをしたんです。お客さんも多くて、会場もあたたかい雰囲気だったんですが、そこにアナも来てくれました。アナとはレインコーツが来日したとき、私がサポートをした縁で知り合いました。とはいえ、そのときは会うには会ったものの、話はあまりしなくて、こんにちは、くらいのものでした。震災の前の年だったとので2010年ですね。

ロンドンのライヴで再会したんですね。

Phew:その前に私、CDRで作品を出していたんですね。それをアナに送ったらすごく気に入ってくれて、その後にできたアルバム『A New World』も送って、それも気に入ってくれて、みにきてくれたという経緯がありました。

メールや手紙でのやりとりがあったんですね。

Phew:でも、CDすごくよかったです、といったやりとりくらいですよ。それだけで、ライヴを観に来てくれて、しばらくしたらアナから写真が送られてきたんです。「モジュラーシンセ買いました」と文章を添えて(笑)。

Phewさんの影響ですか?

Phew:買ったのはけっこう前だったみたいですが、「いまは離れていてもファイルの交換で音楽がつくれるから一緒にやりませんか」と書いてあったんです。

連絡が来たのは何年ですか?

Phew:2016年。なので2年前ですね。連絡が来てしばらくして、彼女が録りためた音が届いたんです。たしか5、6曲。そのなかの何曲かに音を重ねたのが最初でした。

その曲はアルバムに採用したんですか。

Phew:はい。1曲目の“Islands”、6曲目(“Here to there”)もそうかな。けっこうちゃんとした曲になっていました。それまでアナに電子音楽をつくった経験があるかとか、つっこんだ話はしたことはありませんが、アナはモジュラー以前にシンセサイザーはもっていたみたいです。前のソロのアルバムは自分でミックスもやったといっていましたから。

チックス・オン・スピードのレーベル〈Chicks On Speed Records〉から2004年に出した『The Lighthouse』ですね。

Phew:機材やエンジニアリングにもともと興味をもっていたのだと思います。

音源にたがいに反応し合ううちに曲になっていったということですか。

Phew:とっかかりはアナが録ったものに私が音を重ねていった曲です。アナから来たものに音をかさねて、そのラフミックスをアナに送り、足りない部分を補い、それをまたこっちに送り返してもらう。“Konnichiwa!”とか“Bom tempo”は私が音を録った音源にアナが音を重ねています。往復1~2回でだいたいの曲ができました。作業自体はすごく早かった。

曲によって主導権がちがう?

Phew:主導権というより、きっかけですね。どういうものにするというのも、ことばでのやりとりはなくて、いきあたりばったり(笑)。とはいえ、アナはロンドンに住んでいますけどポルトガル人で、私は日本人。おたがいちがう文化をもっていて離れたところに住んでいるのは最初から意識していました。わりと早い段階でアナにこのコラボーレションのテーマはコミュニケーションということはいったと思います。それでおたがいの言語をとりかえたんです。私がポルトガル語でアナが日本語をつかうという図式ができました。

Phewさんはポルトガル語ができるんですか。

Phew:できるわけないじゃないですか(笑)。でもノリはよかったし早かったですよ。おたがいにパンク出身だから(笑)。

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だれがこの曲をつくったとか、そういった事態は避けたかった。記名性で詮索するのではなく、たがいにすごく離れたところにいて、ことばで説得するのではなく、その中間でなにができるか。そういったテーマが私にはあった。

世間的な見られ方としては、レインコーツのアナ・ダ・シルヴァとアーント・サリーのPhewさんのコラボレーションというのがまず最初にくると思います。

Phew:そうでしょうね。

Phewさんはレインコーツを当時どう思っていて、その評価はどのように変化しましたか?

Phew:レインコーツは好きでしたよ。でも好きの度合いは正直薄かった。すくなくともアイドル的なものではなかった。で、2010年にライヴを観て、すごいバンドだと再認識しました。ライヴをするとどうしても慣れてくるじゃないですか。同じ曲を何度もやっていると当然そうなる。けれども彼女たちはそれをはじめて演るような新鮮さで演奏していたんです。それは巧いとか下手ではなくて、やっぱりすごいと思いました。おそらく数えきれないくらい演った曲を演奏しているのに慣れていない、それがすごくスリリングだったんです。

当時イギリスのパンクとニューヨークだったらPhewさんはどちらに肩入れしていましたか?

Phew:音楽的にはニューヨークでした。圧倒的にそうでした。ただ世代的にイギリスのパンクのひとたちは同世代でしたから、直接的な影響を受けました。バンドを始めるきっかけになりましたね。ニューヨークはひと世代上でしたから。若者がバカやっているというのは圧倒的にロンドンのほうでしたよね。

女性性みたいなことをいうのはふさわしいかわかりませんが、女性バンドとしてレインコーツに共感した部分はありますか。

Phew:そういう面での共感はなかったです。そういうところで、このひとはかっこいいと思ったのはむしろトーキング・ヘッズのティナ(・ウェイマウス)ですよ、あの当時は。だから私はスリッツとか、女の子バンドですよというのを全面的に打ち出しているバンドはどちらかといえば敬遠していて、私のなかではティナがいちばん好きでした。ライヴを観る機会があったのなら、また違ったかもしれませんが。

ティナのどのへんに共感したんですか。

Phew:ファッション(きっぱりと)。スリッツなんかすごい恰好だったけど、ティナはショートカットに白いシャツに黒いズボン、それがすごくかっこよかった。むかしから地味好みなんですよ。けっしてパティ・スミスとかじゃない。音楽というよりファッションでいちばんかっこいいと思ったのがティナでした。アーント・サリーをやっていた当時の話で、トーキング・ヘッズの1枚目のころの話ですよ。

ジム(・オルーク)さんもティナのベースは独創的だと以前いっていた憶えがあります。

Phew:じゃあやっぱり私は正しいんだ(笑)。トーキング・ヘッズの曲なんて私、ベースで憶えていますからね。

ヤング・マーブル・ジャイアンツとレインコーツではどっちがお好きですか。

Phew:何ヶ月前にイギリスの『The Wire』という雑誌の「インヴィジブル・ジュークボックス」という連載の取材を受けたんですよ。それでレインコーツの2枚目がかかって、私ヤング・マーブル・ジャイアンツって答えちゃったんですよ(笑)。それくらいいい加減な認識なんです。でもヤング・マーブル・ジャイアンツもすごく好きでした。リズムボックスや声、スカスカのギター、音の質感が好きでした。私は当時、同時代の音楽をあまり聴かなかったのと好みがフライング・リザーズとかああいったものが好きだったから、生のバンドの音楽はあまり聴いていなかったんです。

『Island』は根を詰めてつくったというよりは日常的にやりとりをしながらできあがったという感じだったんですか?

Phew:文通するみたいな感じでやりとりして、ある程度たまったときに「SoundCloudやBandcampで発表する?」と訊ねたら、アナのほうからレーベルがあるからそこからアルバムを出しましょうとなったんです。だから一枚のアルバムをつくるという気持ちは最初はなかったです。作品をつくるよりやりとりすること自体が楽しかったんですね。

アルバムが念頭になかったということはどの楽曲がアルバム上でどういった役割を担うというふうな構成面は意識していなかったということですか。

Phew:アルバムの最後に収録している“Let's eat pasta”が最後にできた曲は、日常的で具体的なことをテーマにした曲がほしいとは思い、私から提案してアナに音源を送りしました。曲の構想は、ふたりで離れたところで、スパゲッティをつくって食べるということ。材料を買ってスパゲッティを茹でで食べる、作品が全体的に抽象的だったのでそういったところに着地したかったんです。

抽象的といいながら、全体をとらえると抑揚のある作品にしあがったと思いますが。

Phew:それはあくまで結果であって、全体のながれはあまり考えていなかったです。アナは考えていたかもしれないですけど、私はぜんぜん。

ヴォイスと各種機材での活動に入ってからのPhewさんの音楽には物理的にせよ心理的にせよ、距離というか空間性からくるコミュニケーションがテーマのひとつだと思うんですよ。

Phew:ああ、はい。

『Island』もいうなればそのようなながれに位置づけるべき作品かと思いました。

Phew:そうともいえますが、この作品はソロとは向いている方向がちがうと思います。この作品での私は外向きだと思うんです。

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感傷は安易すぎる、その失敗を私たち人類はおかしつづけています。

前作『Voice Hardcore』は2010年代の傑作のひとつだと思いますが、あのアルバムに較べると開放的ですね、真逆といってもいいかもしれない。おなじような形式をもちいても、別の方向を向かっている感じがあります。

Phew:この作品ではおたがいに電子楽器をつかっていますが、楽器は道具にすぎないんです。それはアナもおなじ気持ちだと思います。最初に自分の身体がある、それはふたり共通していると思います。モジュラーシンセをつかった最初の曲がとどいたとき、「ああアナの曲だ」とわかる。なので、このアルバムは、純粋電子音楽とはいいにくいですね。

身体、声という側面ではおふたりともヴォーカリストですから、歌らしい歌を入れる選択もあったと思いますが。

Phew:またやろうという話にはなっているので、今後も続いていくなら、そういうものも出てくるかもしれない。今回はそういうことを考える暇もなく、制作がすすんでいって、はじめてメロディらしきものがきたのは“Konnichiwa!”でした。私が送ったトラックにアナがリフをくわえてきたんです。おそるおそる、メロディックすぎないかしら、といいながら(笑)。その意味では、メロディアスな要素はおたがい抑制していたのかもしれない。私がメロディっぽい側面を出したのは9曲目の“Dark but bright”。ストリングスの音は私がつけました。たしかにそのときもちょっとためらいはありました。メロディや声という要素は、すごくつよくてそれだけでなんとかなってしまう部分もあって、最初のうち私はそれを極力避けていました。できればヴォイスもあまりつかいたくなかった。声を最初に入れたのも“Konnichiwa!”でした。

声をつかいたくなかったのは音を聴かせたかったから?

Phew:メロディをつかってしまうと曲がそれに支配されてしまい、だれがこの曲をつくったとか、そういう観点で聴かれがちじゃないですか。そういった事態は避けたかった。記名性で詮索するのではなく、たがいにすごく離れたところにいて、ことばで説得するのではなく、その中間でなにができるか。そういったテーマが私にはあったので、なるべくメロディとか歌詞も私もメッセージ性のあることばはなるべく避けようとしていました。

タイトルはどなたのアイデアですか?

Phew:アナです。詩的な連想性があることばですよね。そのようなことばはおもにアナから来たものです。私はコミュニケーションのことばと考えると、どうしても「コンニチハ」とかになってしまうんです。

事物的ですよね。私は『Voice Hardcore』のときのPhewさんのことばの散文性はすばらしいと思いますが、それも事物性に由来するとは思います。とはいえ、コミュニケーションを考えるなら、エモーショナルなことばのほうが共感度が高いので適しているともいえますよね。

Phew:真ん中になにかをつくるということです。音楽とか文学も、アートとはそういうものだと思うんです。感傷は安易すぎる、その失敗を私たち人類はおかしつづけています。

突然すごく大きな問題を提起されましたが(笑)、そのとおりです。

Phew:人類はなにも学べない(笑)。オリンピックはやるしね。私も、感情に訴える話が読んで楽しい、泣ける話に感動するというのもわかりますが、私は子どものときから犬と暮らしているんです。

藪から棒になんの話ですか。

Phew:(笑)。コミュニケーションについては犬から多くのことを学びました。これまでの人生で、9年ほど、犬のいない生活を送りましたが、いまでも2匹飼っていて、うち1匹はリコーダーやバンドネオンの音に反応して歌うんですよ。犬も1匹ごとに個性があります。それでも、犬には人間のことはわかってもらえない。さびしい気持ちもありますが、それで気持ちが離れることはまったくない。そのようなコミュニケーションのあり方を犬に学びました。

シンセには反応しないんですか?

Phew:笛や生楽器の倍音に反応しているようで、電子音は嫌いみたい。

ではご自宅で『Island』を制作されていたときはたいへんでしたね。

Phew:自宅で録音していると、ほんとうにだれとも会わなくなるし、音を録っているから声は出しているけど、何日もだれとも話さないこともまれではないですからね。家族はしゃべらないといけないような場面にはいないから、そうなるとだれとも会話していないことに気づくんです。その点でも犬がいるといいですよ(笑)。

でもにぎやかな場所が好きなわけでもないですよね。

Phew:人混みが苦手で、きのうはライヴでたくさんのひとに会ってひと酔いしちゃいました。

とはいえコラボレーションの機会は多い。

Phew:こういうかたちはひさしぶりですけどね。

プロジェクト・アンダークで(ディーター・)メビウスさんとやりとりして以来ですか?

Phew:そうですね。でもね、あれは全部曲が最初にできていたんですよ。今回みたいにやりとりしてつくったわけではなくて、トラックに声を乗せていった感じだったので、一緒につくった感じはあまりなかったです。

バンドともちがいますよね。

Phew:バンドはなつかしいですね。やりたいですけどね。

やりたいお気持ちはつねにあるんですね。

Phew:バンドは楽しいですけど、練習の時間とかスタジオが必要じゃないですか。その手配がたいへん。そう考えるといちばんの問題はまちがいなく距離です。メンバーがみんな近所に住んでいたらどんなに楽かと思いますよ(笑)。音楽をやるにあたって、最初に曲が決まっているのはつまらないです。それぞれのパートのひとがアイデアを出し合ってつくっていくのがいちばんおもしろい。

モストのときもそうでした?

Phew:最近のモストのライヴではきまった曲をやることが多かったですが、ライヴの前はかならず練習していましたし、曲づくりのためにリハーサルではメンバーそれぞれがアイデアを出し合っていました。

そういうふうに直にひとと会いながら音楽をつくるのと、今回のアナさんのように対面せずに曲をつくる場合とではなにかちがいを感じられましたか。

Phew:日本にいるミュージシャンと一緒に音楽をつくる場合は、相手が知っているひとのことが多いんですよね。会ってしゃべるといろんな情報が入ってきます、視覚的な部分もふくめて。インターネットを通じたやりとりだとそういった情報が入ってこない。今回も個人的な話はしていないんですね。アナってどういうひとか、私はほとんど知らなかったんですが、音をやりとりするなかですごく親しくなった気がする。なんにも知らないのに、この親密な感じはなんなんだろうという、それはアナも同感だったようで、去年1年ぶりにロンドンに行ったときにもアナが会いに来てくれて、すごく親しくなった気がするんだけど、とおたがいにいいあいました。きっと音楽ならではの感覚なんです。いいひととかわるいひとというレベルの話ではなく、これはミュージシャンどうしでしかなりたちえない独特の関係なのだと思います。音で伝わってくるものがあるんでしょうね。

たとえば共通言語をもたない場合、Phewさんはコニー・プランクやカンのホルガー・シューカイ、ヤキ・リーヴェツァイトともアルバムをつくられましたが、彼らとの作業はどうでした?

Phew:コニー・プランクは家がスタジオだったから家族にも会いましたが、ホルガーやヤキについてはプライベートなことは知らないけど、録音する前と後では関係がまったくちがいました。独特の信頼感というか、個人的なことに興味もないのに信頼を置けるというか。だから亡くなったというのはショックでしたよ。ありえないんですけど、どこかでずっと死なないものだと思っていた気がします。

音は他者を触発すると同時に当事者にもフィードバックするのだと思います。とくにソロ活動以後のPhewさんの音楽では自己との対話の側面があると思いますが。

Phew:音を出してはじめてわかることがあるんですね。録音物を制作するときは、機材を触っていて、この音なんか好きっていうのがあったらすぐ録音して、そこから発展させることが多いですね。

録音という意味でなにかすすんでいる作品はありますか。

Phew:すすめていることはあるんですが……最近ヴィンテージのミニムーグを導入したんですよ。何年も迷って結局買ってしまったんですが、それでどうしようかと思っているところです。ミニムーグの音は記名性がつよいじゃないですか。なにをやってもミニムーグの音だから自分の音楽というよりミニムーグの音なんです。好きなんですが、困りものです。まだまだミニムーグに負けています。ミニムーグとの勝負にまずは勝たないと。

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安室奈美恵みたいな歌は絶対できない。まずリズムがむずかしいしメロディもむずかしいですよ。だからやっぱり向いていることってあるんですよ。

A New World』のようなポップ路線というと語弊があるかもしれませんが、そのような作品にとりかかる予定はありますか。

Phew:曲はありますよ、めずらしくメロディもリズムもあるちゃんとつくった曲が2曲ぐらい。『A New World』のあと、そっちの方向に行きかけて、ライヴでも何度か演ったんですが、なぜかいまいるところに来てしまった(笑)。『Voice Hardcore』はやっぱり大きかったのかもしれない。『Voice Hardcore』はけっこう短い期間でつくったし、性に合っているんでしょうね。ああいったことがなんの苦労もなくできることなんですよ。

根っからハードコアですね。

Phew:何時間でもやっていられるし、何枚でもできますよ。

とはいえ『Voice Hardcore』も構成がありますし曲になっていますよね。

Phew:あのかたちだと即興的に曲がつくれるんですよね。ライヴでもそうですよね。即興的に構成する。芸歴の長さの賜物です(笑)。向き不向きで考えると自分に向いているのだと思います。逆にメロディを歌うのはすごくむずかしい。たとえば、安室奈美恵みたいな歌は絶対できない。まずリズムがむずかしいしメロディもむずかしいですよ。だからやっぱり向いていることってあるんですよ。

『Voice Hardcore』が向いているというのもすごい話ですけどね(笑)。

Phew:私からしたら安室奈美恵がすごいですよ。

Phewさんの場合、とくにさいきんのPhewさんの音楽では声や歌だけでなく音楽空間のなりたちが焦点だから一般的な音楽のスキルだけでは語れない部分があると思うんですね。

Phew:それも向いているということです。『Voice Hardcore』の曲は何度か音を重ねている部分もありますが、そうするとながれができて、すると次になにをすればいいかおのずと明らかになってきます。足りない音が感覚的に理解できるんです。

声を発するのは身体コントールがたいへんでもあると思うんですが。

Phew:そんなにたいへんなことはあの作品でやっていません、あと家でやっていたので大きな声を出せないという制約はありました。お隣のひとに聞こえたらマズいとか、歌詞もひとに聴かれたくないような内容だから夢中にもなれない。いっていることヤバいなと思いながらヤバいことをいう。

Phewさんの音楽は主体と独特の距離がありますよね(笑)。声を出しているのを外からみてる感覚がありますよね。

Phew:それはつねにありますね。

そのあとに『Island』を聴くと――

Phew:ホッとするでしょ(笑)。

『Voice Hardcore』は真空状態だけど『Island』には広がりがある。

Phew:そうですよ。

それがひとりのなかから出てくるというのはすごいと思いますよ。

Phew:でもアナの力が今回は大きかったと思います。選ぶ音もぜんぜんちがうし、異質なひとがふたりというのはいいことだと思いますよ。これが3人だとややこしいことになりそうですけど(笑)。ふたりが離れたところにいるのが功を奏した面もあると思います。

interview with Miss Red & The Bug - ele-king

 ミス・レッドとザ・バグは、トレンディなことをやろうなどという気はさらさらない。彼らはとにかく、キレッキレのライムとビートが欲しいだけ。ダンスホールでぶっ飛ばしたい、限界まで、まずはそれ。
 『K.O.』はそのヴィジュアルもサウンドも、いまどき珍しくアグレッシヴなアルバムだ。もちろんアンダーグラウンドではダンスホールは再評価/再解釈の兆しを見せている。ジャマイカのイキノックスがそうだし、Raimeのような暗黒系のプロデューサーもダンスホールのカセットを出したこともそうだし、ジャングルやグライムにはつねにその成分がミックスされている。
 ザ・バグのダンスホールはまた特殊だ。なにしろ最初はエイフェックス・ツインが関わっている〈Rephlex〉からのリリース。2003年のそのアルバム『Pressure』がダンスホールだった。以来彼はいろんなMCといっしょにラガ、ダブ、テクノの実験を続けている。そのなかにはUKが生んだ素晴らしい女性MC、ウォーリアー・クイーンと一緒にやった一連の12インチやフロウダンとキラー・Pをフィーチャーした「Ganja」のような忘れがたい名作もある。つまり『K.O.』は、彼のダンスホール歴の新たなる栄光の1ページとなるだろう。
 イスラエル出身の、あり得ない早口で、キレッキレの声をしたこのMCのアルバム『K.O.』は、数ヶ月前にリリースされると日本でも話題になった。そして9月の上旬、ベルリンのそれぞれ別の場所にいるミス・レッドことシャロン・スターン、ザ・バグことケヴィン・マーティンとスカイプ上で合流し、21世紀的な取材をした。

イスラエルのヤッファという場所の小さいパーティでDJをしたんだけど、人がパンパンで前日にやったライヴよりも盛り上がった。で、前の方で狂ったように踊っていた赤い髪の姉妹がいて、それがミス・レッドと彼女のお姉さんだった(笑)。そのクレイジーな姉妹のひとりが、俺がDJをしている最中に肩を叩いてきて、「私にもやらせろ」って言ってきたんだ。

まずおふたりの出会いについて、2011年テルアビブでケヴィンがDJをしたときに、ミス・レッドさんに出会ったと聞きましたが、そのときの様子を詳しく教えてください。

ケヴィン・マーティン(以下、KM):テルアビブに行った日に休みがあって、パーティに行った。その前日にバブでライヴをして、その翌日にDJを頼まれた。そのエリアはヤッファという場所で、小さいパーティでDJをしたんだけど、人がパンパンで前日にやったライヴよりもそっちの方が盛り上がっていた。で、前の方で狂ったように踊っていた赤い髪の姉妹がいて、それがミス・レッドと彼女のお姉さんだった(笑)。

シャロン・スターン(以下、SS):ハハハハ。

KM:そのクレイジーな姉妹のひとりが、俺がDJをしている最中に肩を叩いてきて、「私にもやらせろ」って言ってきたんだ。最初は「これは大丈夫か?」という感じで、普通はそういうことがあってもやらせないんだけれど、そのときは「ま、いいか」と思ってマイクを渡した。どうせ自分のライヴというよりもパーティという感じだったから、「まぁいいやちょっとやらせてやろう」みたいな感じでね。実際マイクを持たせてみたら、そのときの凄さにビックリして、すごかったね。いきなりイスラエルの真んなか、自分が知らない場所で、自分が探していたような高めのキーの声を持つ女の子に出会って、フローもバッチリで、ダンスホールみたいなジャマイカン・スタイルのMCで。自分が探し求めているようなMCに偶然出会ったことは自分でもビックリしているよ。しかもドープなだけじゃなくて攻撃的。

攻撃的ですよね。

KM:イスラエルの真んなかで出逢えるとは思っていなかったので、そういう出会いが自分には衝撃的だった。

イスラエルで生まれ育って、どのようにダンスホールや、レゲエというものと出会い、そしてなぜあなたはMCになったのでしょう?

SS:ダンスホールの音楽やスタイルがちょうど私に合っていた。ちょうど私の若い頃、ダンスホールのシーン自体がイスラエルで育っている時期だったし。友だちがサウンドシステムを持っていて、そういう影響もあってダンスホールの音楽を深く掘り下げるようになった。

ダンスホールのどのようなところが魅力だったんでしょうか?

SS:ダンスホールが持っている爆発的なエネルギー。スペースにすごくエネルギーを感じる。ダンスホールのリズムで使う周波数も。スペースといったのはリズムのなかのスペースという意味ではなくて、ダンスホールの雰囲気だったり、雰囲気が作るエネルギーだったり、攻撃的な感じだったり、そういうムードのこと。

イスラエルでダンスホールはポピュラーなものですか? それとも、マイナーでアンダーグラウンドなものなのでしょうか?

SS:いまはかなりポピュラーなポップ・ミュージックとしてイスラエルで盛り上がっているけど、10年前はすごくアンダーグラウンドだった。

2011年にケヴィンとミス・レッドさんが出会って、2015年に最初のアルバムをフリー・ダウンロードでリリースしましたが、それまでの間にはおふたりでどのようなやり取りがあったのですか?

KM:俺はそのときロンドンに住んでいた。「もしもシャロンがロンドンに移ってきたらもっとチャンスがあるし、一緒に何かできる機会が増えると思うんだけど」と彼女に言ったら、彼女はすぐこっちのヨーロッパによく来るようになった。で、彼女とアフター・パーティで出会った日、俺は彼女のことが気に入ったので、翌日一緒にレコーディングをしないかと誘ったんだ。アフター・パーティが終わったのは朝の4時。俺がスタジオを見つけられたのは朝の10時。で、「いまからレコーディングをしようぜ」と言ったら、彼女は全然やる気で、二日酔いでけっこうベロベロだったにも関わらず、無事にちゃんと時間通りに現れたよ。レコーディング自体も上手くいって、これを1回だけで終わりにしないで今後続けていったらもっと良いものができるかもしれないと話した。俺はロンドンに帰ったあと、「もしもシャロンがロンドンやヨーロッパに来るようになればもっとこういうことができるし、君にとっても面白い機会があるよ」と誘ったら、シャロンは「私行く!」という感じで。俺は彼女のそういう情熱がすごく気に入っている。

最初のアルバムはマーク・プリチャードやマムダンスも協力していますが、「こんな素晴らしMCがいるから一緒にやろうぜ」みたいな感じでケヴィンが声をかけて集まってきたんですか?

KM:最初にミックス・テープで使った曲というのは、もともと俺がシャロンにこういうスタイルで、こういう音楽で、こういうディレクションでMCをのっけてやったらすごくフューチャリスティックな新しい感じのものになるんじゃないかみたいなアイデアがあってやった。最初にマーク・プリチャードたちの音をシャロンに聴かせて、これはすごく新しいものができるし、これがやりたいディレクションのひとつなんだという話をした。シャロンもそのコンセプトやアイデアをすごく気に入ったよ。で、そのあと俺がマムダンスや各プロデューサーにコンタクトをとった。俺とミス・レッドがやった“Diss Mi Army”という曲を送って、こういう面白くてヤバいMCがいるから、トラックを使ってもらえるか? ってコンタクトをとったんだ。

ミス・レッドさんから見て、曲であったり、コンセプトであったり、ケヴィンがやっていることのどんなところが魅力的だと思いましたか?

SS:彼の音楽を聴いたことがあったし、さっき言ったミックス・テープみたいなコンセプトを元にプロダクションをスタートできることはめちゃくちゃエキサイティングだった。ダンスホールとはまた違った、新しくてあんまりないようなものをミックスしてやるなんて最高よね。それに、わたしはもともとケヴィンのプロダクションがすごく好きだったから。

今回の『K.O.』を聴いて、ケヴィンはダンスホールが好きなんだなとあらためて思いました。ザ・バグ名義で最初にだしたアルバム『Pressure』(2003年)の頃からすごく一貫したものがあって、それがアップデートされたかたちをやっているようなふうにも思ったのですが、ケヴィンはなぜダンスホールというものにこんなに長く強く惹かれ続けているのですか?

KM:『Pressure』のときは、ダンスホールを使って実験をする感じだった。ダンスホールのリズムを使ってフリーキーなことをするというね。Steely & Clevieが手掛けた“Street Sweeper”という曲があった。聴いたことがないようなリディムで、俺は当時かなりやられた。それが俺のスタート地点。そのリズムが作られたのは90年代だったけれど、超未来的な感じだった。ビートがスプリングする感じ、フロアで踊っている女の子のケツとリズムのスウィングがシンクロするような感じ、そういうちょっとワイルドなところも良かったし、とにかくリズムの未来的なところにやられたね。

“Street Sweeper”がきっかけだったんですね。

KM:そう。最初にダンスホールのリズムを使って実験したのはテクノ・アニマル時代だった。あるライヴの終盤、相方のジャスティンに「自分が最近作っているダンスホールのリズムをかけて良いか」って言って、それをかけたことがあった。テクノ・アニマルのお客さんというのは男ばかりでね、みんな髭が生えていて、フードを被っているような奴らなんだけど、連中はダンスホールのリズムがかかるといっせいにフロアの後ろにいってしまった。で、その代りに彼らのガールフレンドが前の方に来たと(笑)。みんなステージの上にあがって踊りだしたりとかして。ジャマイカン・スタイルというよりは、もっとアグレッシヴな感じだったけど、ダンスホールのスウィングする感じが女の子を躍らせるのにすごく重要ということにそのとき気付いたよ。

素晴らしい発見ですね。

KM:まったくな……で、あのころはDJスカッドという友だちがいて、彼が作った“Total Destruction”というトラックの上に Admiral Baileyのアカペラを載せている曲があった。俺の『Pressure』もノイズだけど、リズムがあって、ジャマイカMCが入っている。このアイデアは最初はその辺からきた。そのときDJスカッドに、「このアイデアを使って他のローカルの黒人のMCとかジャマイカのMCと一緒にやったらどうだ?」と言ったんだけど、彼は乗り気じゃなかった。このアイデアや方向性は面白いから、だったら俺がやったろうと、それで俺のダンスホールがはじまった。

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アフター・パーティが4時くらいに終わって、俺がスタジオを見つけられたのは朝の10時くらいだった。で、「いまからレコーディングをしようぜ」と言ったら、彼女は全然やる気で、二日酔いでけっこうベロベロだったにも関わらず、無事にちゃんと時間通りに現れたよ。

ダンスホールはケヴィンにとって身近な音楽だったんですか?

KM:ああ。俺が20年前くらいにロンドンに住んでいたとき、北西のエリアに住んでいたひとは基本的にはジャマイカ移民のひとだったり、パキスタン人だったり、白人が少ないエリアだったから。そのころは家の周りにレコード屋がいっぱいあったんだけど、レコード屋はみんな黒人ばっかりで、売っているレコードはダンスホールばかり。そこにいつもレコードを買いに行った。で、俺以外ほかに白人が居ないから、レジに並ぶといつも自分がいちばん後回しにされた(苦笑)。そういう状況だった。毎週そのレコード屋に行くたびに、新しいリリースが山ほど入っている。新しいレコードといっても同じリズムに違うMCが乗っているものが10枚レコードにされていたりとか。で、彼らの言っている歌詞はセックスとか暴力とかばっかりで……。でもそういうところって基本的な人間のエネルギーだと思うから。とにかく、そういうレコード屋に通って、ダンスホールとかバッシュメントのリズムを毎週ディグっていたんだよ。

そういうダンスホールの姿勢には、あなたのルーツであるパンクとの共通点もありましたか?

KM:ダンスホールとの出会いやアティチュードはパンクだ。ただし、サウンドはパンクよりもさらに進んでいる。当時そういう音楽を望んでいたお客さんが毎リリース毎リリース、新しいもの新しいものを望んでいた。俺はそのころ音楽を作りはじめたばかりだから、どういうテクノロジーを使って音楽は作れるのかということが全然わからなかった。自分にとっては新しいエネルギーがあるようなパンクな音楽が、そのとき知らないテクノロジーで作られているということに関してサイエンス・フィクションな印象をすごく受けていた。

いまの話は『K.O.』にも繫がりますよね?

KM:いま話した経験や自分がショックを受けたことが今回のミス・レッド『K.O.』に繋がっている。過去何年かのダンスホールは俺にとってはすごくコマーシャルで面白くなかった。もともとダンスホールというものは新しいものをどんどんプッシュしていくような、いわばカッティング・エッジな音楽だったから。だからこそミス・レッドと一緒にそういうものを作っていこうとしたわけで、『K.O.』がある。

ミス・レッドさん、『K.O.』のリリックはあなたの経験からきていると思いますが、どんなことを言葉にしているのでしょうか?

SS:『K.O.』のメインのモチーフというのは自分が何を経験してきたのかということ。自分のバックグラウンドはジャマイカではなくて、イスラエル。だからジャマイカのリリックは書けないし、書く必要もない。基本的に過去何年間に自分に何が起きたのかということが歌詞のもとになっている。自分がイスラエルにいたときに、イスラエルで何が起きているかだったり、何が自分のことを自由にさせないか……、何が自分にとっての義務なのか……、わたしはそういう強制させられていることすべてをK.O.したい。全部自由に解き放ちたいということが、リリックの基本的なコンセプトというかテーマになっている。

ジャケットのスリーブアートワークになっているボクサーの写真はミス・レッドさんのおじいさんなんですよね。ホロコーストから逃れてモロッコで暮らしていたということですが、おじいさんの写真をジャケットにした理由は?

SS:レコーディングの最中におじいさんが亡くなった。それがこの写真を使った理由のひとつでもある。おじいさんから聞いた話だったり、私とおじいさんとの間の精神的な繋がりはすごく強い。おじいさんから聞いた話が私にとっての人生の支柱になっているし、すごく影響を受けている人物。

本当にボクサーだったんですね。

SS:彼はボクサーだった。おじいさんはユダヤ人で、もともとモロッコに住んでいたんだけど、モロッコにユダヤ人がいるということで精神的な迫害だったり、差別をうけていた。精神的にも戦っていかなければいかなかったし、ボクサーとしても戦うということで、肉体的にも精神的にも闘いを挑んでいて、そういうところは私にとって大きなインスピレーションだった。だからK.O.するというアルバムのジャケットにおじいさんの写真を使った。

日本から見て、あなたが生まれ育って生活していた状況というのはなかなか想像できないところがあります。どんなものだったのかということを教えてください。

SS:ハイファという街で育ったけど、他の街とはかなり違う街だった。私が生まれ育ったイスラエルのハイファという街は、アラブ人とユダヤ人がけっこうミックスしているところで、ハイファ以外の他の都市は、アラブ人や、パレスチナ人や、ユダヤ人が分割されている。人種だけではなくて宗教でも皆バラバラに住んでいて、例えばユダヤ教だったり、イスラム教だったり、キリスト教でもみんなバラバラに住んでいるわ。あとはアラブ人だったりユダヤ人だったり、すごいいろいろばらばらに皆が住んでいて、全然交わらない。でもハイファだけはそれが混ざって生活している、ミックスカルチャーな街ね。

ハイファは庶民的な街ですか?

SS:エルサレムに行ったりすると緊張感がすごいけど、ハイファはそんなことはない。フレンドリーで、みんなリラックスしている。

ミス・レッドさんの音楽にとって大切なものはなんだと思いますか?

SS:自分の心を自由にさせてくれたり、自分を解き放たせることができるということ。

ちょっと前にトランプがイスラエルの首都はエルサレムだと言って世界を混乱させていますが、その影響は『K.O.』のなかに入っているのでしょうか?

SS:トランプがクソみたいなことをする前から、イスラエルでは混乱だったり、殺人とかが起きていた。私にとってはそれが当たり前だった。自分がイスラエルのなかにいて、言いたいことだったり、言いたくても言えなかったこと、そういうことがアルバムにはある。自分が表現したいことができないというのはフラストレーションだった。だからわたしはヨーロッパに移住したんだし。

ケヴィンからみて、『K.O.』というアルバムは何を攻撃していると思いますか。

KM:基本的にひとの頭をこのアグレッシブさで爆発させる。この攻撃性というのは、人を傷つけるようなサド的な攻撃性ではなくて、人を照らすファイアーのようなものだ。ファイアーは人生であり、情熱だ。ジャマイカのダンスホール・スタイルをコピーして、同じようなことをやろうとするんじゃない。自分が辿ってきたポストパンクの道をダンスというものを使って、もっと未来のものを作っていきたい。最近は安全な音楽が世のなかに多すぎると思う。音楽は人びとにとって、いちばん最初にみんなを掴むものではなくなってしまっている。音楽の価値がすごく下がってしまっている。ビジネスのツールになってしまっているんじゃないのかな。『K.O.』はまずはとりあえずは楽しくて、電気が走るようなそういうヤバいものを作ろうって。とりあえずこれを聴いたときにみんなの頭がおかしくなるような(笑)。例えばデス・グリップスの最初の頃のライヴだったり、オウテカのライヴだったりとか、そういう生生しさ、それにタビーズのようなすごいプロデューサーが残したアイデアをミックスしたようなものを作りたいと思っていた。

言い足りないことがあったら最後にお願いします。

KM:台風で日本が大変なことになっていると聞いたので、心配しているんだ。

ありがとうございました。

KM&SS:アリガトウゴザイマス!

Kate NV - ele-king

 近年のニューエイジ的な音楽の評価の背景には、00年代末期以降に普及したサウンドのテクスチャーを重視したアンビエント/ドローンから10年代的なインダストリアル/テクノとエクスペリメンタル・ミュージック、80年代音楽のリヴァイヴァル、80年代から90年代初頭の音楽をアナーキズム的にリサイクルするヴェイパーウェイヴなど、複数のコンテクストが幾層にも重なり合っている。
 なかでも参照元として重要な音楽は、ブライアン・イーノのアンビエント・ミュージック概念から派生した80年代初頭以降の環境音楽である。たとえばアムステルダムのレーベル〈ミュージック・フロム・メモリー〉によるジジ・マシンの再評価、吉村弘、高田みどり、芦川聡、尾島由郎、イノヤマランド、そして細野晴臣など日本産の80年代アンビエントの再発見などだ。このリヴァイヴァル・ムーヴメントは、とりあえず「ニューエイジ」と呼称されることが多いが、思想的な意味は脱色され、いわゆる未知の環境音楽として評価されている点も特徴である。
 こういった静けさと実験性が同居した80年代音楽が求められているのはなぜだろうか。00年代においてアンビエント/ドローンが普及した結果、聴き手側の意識と環境が整ってきたという点と、80年代と同じように社会全般にさまざまなノイズ(音/情報)が一気に浸食してきたとう環境変化の両方の意味合いがあるのではないかとも考えられる。80年代初頭も高度資本主義による商業・広告のシステム化が整い始め、われわれの欲望が管理され始めた時期だった。都市の音環境が猥雑になり、聴覚を圧迫し始めた時代でもあった。2010年代、いわゆるSNS以降の社会も、80年代と同じくシステム化されたノイズが蔓延し、知覚を圧迫している時代である。
 そう考えると70年代末期から80年代初頭にかけて都市の騒音をノイズによって塗り潰そうとしたメルツバウとイーノのアンビエント・ミュージックは、同じく「騒音化する都市・社会環境を音楽/音響によって変化させたい」という聴覚的欲求の象徴/表象/発露だったといえなくもない。となると2010年代において、ノイズ/エクスペリメンタルな音楽と、こういったニューエイジ/環境音楽が音楽のモードとして同時に聴かれている状況も同じような理由ではないかと想像できる。いま、世界は騒がしい。無駄なノイズに満ちている。1980年代と2010年代は、社会環境の速な変化によるノイズの発生という点で似ているのだ。

 ロシアのKate NV(ケイト・シロノソヴァ)も同様に、そんな現代的かつ同時代的なニューエイジ/アンビエントにしてエクスペリメンタルな環境音楽家であり、2010年代後半のポップを体現するアーティストである。
 ケイトはロシア・モスクワの出身で、ソニック・ユースなどの影響を受けバンドを始めたという。彼女は2013年にジャパニーズ・ポップスや90's R&Bなどの影響を受けたEP「Pink Jungle」を発表し注目を浴び、その3年後の2016年、あのGiant ClawとSeth Grahamによって主宰・運営される〈オレンジ・ミルク〉からファースト・アルバム『Binasu』をリリースするに至る(当時はNV名義)。ヴェイパーウェイヴ以降ともいえるそのサウンドは、斬新であり、奇妙であり、ポップであり、世界の各メディアから注目を浴びたのも当然かつ必然であった。このファースト・アルバムでケイトは音楽家としての存在感を確立したわけだ。
 そして本年、現代のニューエイジ/アンビエントの総本山であるニューヨーク〈RVNG Intl.〉から本作『для FOR』をリリースした。音楽性はよりミニマルになり、環境と空間を意識させる独自のエクスペリメンタル・ミュージックへと変貌した。それはどこか80年代の日本のアンビエント・ミュージックを思わせもする音でもある。
 じっさい、ケイト・シロノソヴァは細野晴臣や吉村弘などの80年代日本産アンビエント作品などから影響を受けているようだ。確かに『для FOR』を聴いていると、8月にニューマスター・エディションとしてリイシューされた細野晴臣プロデュースのイノヤマランドのアルバム『DANZINDAN-POJIDON』(1983)や、無印良品の店内音楽として制作しカセットブックで刊行(リリース)された細野晴臣『花に水』(1984)、昨年2017年にヴィジブル・クロークスのスペンサー・ドローン主宰の〈エンパイア・オブ・サイン〉からリイシューされた吉村弘『Music For Nine Post Cards』(1982)、今年「ピッチフォーク」の80年代ベストに選ばれた高田みどり『鏡の向こう側』(1983)、さらにはコシミハル、矢野顕子、dip in the pool、初期ピチカート・ファイヴまで1980年代初頭から中期にかけて日本で花開いた鏡のようなアンビエントやテクノ・ポップ音楽の系譜を感じてしまう。日本とロシア、1980年代初期と2010年代後期という距離と時間差がありつつも。

https://www.youtube.com/watch?v=iQ8DxYC4E0w

 むろん、最近、話題にされることが多い海外からの70年代~80年代の日本ポップ音楽の再発見には「欧米から特異な場所として認識されたニッポン」というオリエンタリズムは少なからずあると思うし、この時代、過剰な「日本すごい」論は慎まなくてはならない。しかし、一方、外国文化の発見には異国への憧れは必然でもあるし、ヴィジブル・クロークスやKate NVの音楽を聴いていると、良いレコードや音楽は時代と国境を超えるという投瓶通信的な可能性を感じてしまうことも事実だ。それは一種の誤解であっても芸術による相互理解の発芽でもある(80年代末期のワールド・ミュージック・ブームのように資本主義下の搾取でおこなわれている問題はあるにせよ)。しかも現代はインターネットによって国と国との感覚的距離は消えてかけている。じっさい、本作にもロシア、日本、80年代、00年代、10年代、アンビエント、ポップ、オルタナティヴ、エクスペリメンタルなど、文脈上のさまざまな興味深い混合が聴き取ることができるのだから。『для FOR』日本盤ボーナス・トラックとして収録されている食品まつり a.k.a foodmanによるリミックスもその一端を示しているといえよう。ちなみにケイトは今年日本に来日している。そのツアーの様子を捉えたドキュメント映像「ケイト、東京の夏」も必見だ。

https://www.youtube.com/watch?v=piM7Itf1L24

 さて、それらを踏まえたうえで音楽的に大切なことは、80年代のミニマリズムとミレニアム世代以降のミニマリズムの共通性に思える。
 それはスティーヴ・ライヒやフィリップ・グラスの60年代のミニマル・ミュージックとも違う「間と偶然のリズミック・ループ・ミニマリズム」ではないかと私は考える。その偶然性の感覚/導入ゆえ、やはりブライアン・イーノの系譜を継ぐといえなくもない(ケイト・シロノソヴァはイーノが関わりのあったコーネリアス・カーデューを再構築する「モスクワ・スクラッチ・オーケストラ」のメンバーであったというのだからイーノとケイトの音楽的な出自は意外と近い)。イタリアのミニマル作曲家ピエロ・ミレジやダニエル・バカロフを敬愛するケイト・シロノソヴァらしく、自分(の世代?)なりのミニマル音楽を追及・実践しているのだろう。

 じじつ、このアルバムに収録された曲は、どのトラックも作為と偶然の境界線が消失しているのだ。簡素なフレーズはループされ、リズミックなミニマルなサウンドを形成する。それぞれのフレーズのレイヤーとループは丁寧だが、あからさまな作為は感じられない。自然だが普通ではない。いわば偶然と構築のバランスが絶妙なのである(そこにカーデュー~イーノの系譜の継承があるのだろう)。結果、独特の微かなズレと反復とでもいうべき「間」が生まれているのだ。その意味でマリンバ的な音によるリズミックなトラックM2“двA TWO”とM3“дуб OAK”は、本アルバムを象徴するトラックといえる。どこかタンゴのエッセンスをミニマル・ミュージックのループに抽出したような音楽性は、時空間が浮遊するように美しい。

 M4“как HOW”、M9“пес DOG”のベースラインや入り方も絶妙だ。特にアンビエントなムードのなかで風鈴のような乾いた音は鳴り響き、絶妙なタイミングでベースがレイヤーされる“пес DOG”は本当に気持ち良い。さらには「ワシリー・カンディンスキーのポエム」を歌にしたヴォーカル・トラック“вас YOU”は、まるで〈YEN〉や〈ノン・スタンダード〉を継承するようなミニマルを基調とした21世紀型アンビエント・ポップ・ミュージックの可能性を感じてしまったほど。たとえば8月にリリースされたイノヤマランドの『DANZINDAN-POJIDON』のニューマスター・エディションと続けて聴いてみても何の違和感もなく繋がっていくように思える。

 ループとズレ。反復と逸脱。均衡と不均衡。差異と反復。グリッドのしなやかな崩壊。鏡の向こうの鏡のような音。Kate NV『для FOR』には、そんな1980年代初頭から連なる2010年代後半的なミニマリズムがある。そう、文字どおりニューエイジによる環境音楽/ポップなのである。


 9月になり、すでに肌寒くなったNYの週末。ロング・アイランド・シティのMoMA PS1で、アートブック・フェア(https://nyartbookfair.com/)が行われた。

 チェルシーの本屋プリンテット・マターがキュレートするこのフェアは、今年で13回めを迎える。さまざまな流通によるアート出版を祝うもので、独立系アート出版社のもの、学校、本屋、アートギャラリー、スクリーンプリント系などずらり大量の展示があった。アート本、写真集、ポスターからジン、Tシャツ、トートバッグ、ピンバッチ、工作類などのギフト系まで場内は様々なグッズで溢れかえっていた。

 サイン会、本関係者のパネル・ディスカッション(漫画は本なのか、コミュニティを実行するための風がわりな出版、散らばったコミュニティを運営する方法など)、対話式ワークショップなどの催し物もある。部屋から部屋へ移動するたびに違うテーマが現れ、圧倒され、酸欠になりかけるほどの中身の濃さ。ひと息入れようとコートヤードに出ると、ビールやワインが飛ぶように売れている。DJやパフォーマンスマンスもあるので、そこでしばらくまったりするのが正解。今年は、Miho Hatori, Lee Bertucci, Jaimie Branch, Lori Scacco, Greg Foxなどがプレイした。

 この2018年アートブック・フェアは盛況だった。目当てのブースで、アーティストと話しながら本を購入するのはフェアの醍醐味である。フェア中でなくとも、PS1の入り口にはブックショップも構えるので、いつ行ってもキュレートされた書物たちに出会えるんだけど。

 ブックフェアは秋のはじまりの祝いと言ったところだろう。普段は、ネットでことを済ませる若者たちも、この日ばかりはひとつひとつブースを見て回り、本に触れ、アーティストの顔を見ながら話している。最近は会わない知り合いにも会えるのもフェアの良さ。このフェアが、世界中を回っているのは納得。本は世界を繋ぐし、これからも変わらない。


Damon Davis - ele-king

 石黒景太(1-Drink)が3回も足を運んだというので、近所だし、ゴードン・マッタ=クラーク展に行ってみたところ、平日からゴシャゴシャの混みようで、途中で体力が尽きてしまったこともあり、確かにもう一度行きたくなる内容ではあった。1970年代にニューヨークや世界の建物を切断する「ビルディング・カット」という作品(? 手法?)で知名度を得た芸術家で、ストリート・カルチャーという概念を逸早くスキーム化した存在である。ジェントリフィケイションの理論的支柱となったブロークン・ウインドウ理論(割れた窓をそのままにしておくと都市の治安が悪化するという考え方)どころか、マッタ=クラークはその遥か以前から窓を壊してまわっていたことも僕には興味深かった。石黒景太とはサウンド・デモを通じて東京のストリートには活気がないということを実感していた仲なので、彼がいたく感銘を受けたことも手に取るようにわかった。治安はいいけど痴漢が多い。東京オリンピックに向かって東京はどのように変貌するのか。この時期に日本で企画された展示の目的も明らかだった。

 マッタ=クラーク展も膨大だったけれど、同時期にセントルイスのザ・ルミナリーで行われたデイモン・デイヴィスの『ダーカー・ゴッズ(Darker Gods in the Garden of the Low-Hanging Heavens)』も大規模な展示だったようで、アフロ・シュールレアリストとして黒人文化の変容をテーマに掲げた同展示はブラックライヴスマターから生まれた初の芸術的成果と言えるものだろう。2014年にマイケル・ブラウンが警官に撃ち殺された「ファーガソン・アンレスト」を受けて「手を上げる」動作をモチーフとしたポスターの連作「オール・ハンズ・オン・デック(All Hands on Deck)」が彼の知名度を不動のものにし、さらには同事件を『フーズ・ストリーツ(Whose Streets?)』という映像作品へと発展させていく。その前後に創作された絵画や立体など多種多様な表現を一堂に会したものが『ダーカー・ゴッズ~』である(https://theluminaryarts.com/exhibitions/damon-davis)。

 ルーズスクリューズ(LooseScrewz)の名義で、セロニアス・クリプトナイトと共にスクリプツン・スクリューズ(Scriptz 'N Screwz)というヒップホップのユニットを組んでいたデイヴィスはそして、本人名義で『ダーカー・ゴッズ』のサウンドトラック・アルバムもリリース。これがかつてのヒップホップ・メソッドだけではなく、インダストリアルからコールド・ファンク、アフロ・ドラムやドローンまで、僕が勝手にブラック・エレクトロニカと呼んでいるテイストの作品となった。アルバムはメガドンナと名付けられた創造神が無から宇宙を作り出すイメージから始まり、白人がつくったギリシア神話などを覆しながら進められていく。そして、なんとも形容が難しいアフリカン・ミュージックを展開する“低く垂れ下がった天国の庭(the Garden of the Low-Hanging Heavens)”という曲名に象徴されるように全体的にはダークで、展覧会と同じく「新しい神話」を軸にオブスキュアでゴシックな世界観が貫かれていく。DJプレミアがエンターテインメント性を放棄したというか、ものの見事に抑制されたサウンド・メーキングは希望とも絶望ともつかないスタティックな気分に終始し、一方で、プリンス風の“I Just Want Cha”もあれば、エンディングでは少しばかり気分を解放的にしてみたり。ブラック・シュールレアリスムという手法は2009年に心理療法士のD・スコット・ミラーが提唱したものだそうで、その起源は1930年代のアフリカで起きた文学運動、ネグリチュードに遡るものだという。デイモン・デイヴィスは彼の作品を黒人社会にとってのセラピーとして機能させたいというニュアンスも語っている。

 ライアン・クーグラー監督『ブラック・パンサー』でも白人たちにその存在が気づかれなかったワカンダという国が想定されている。そのような場所が存在するというファンタジーがディアスポラという意識を捨てきれない黒人たちにとってセラピー効果があるとは随所で指摘されている通りである。それが大ヒットの要因だったのかどうかはわからないけれど、期せずして、なのか、同時多発的というのか、アフリカン=アメリカンの歴史を別な角度から再考するネグリチュードが2018年に出揃ったということは実に興味深い(ネグリチュードはちなみにクリオール思想によって批判されている)。また、ライアン・クーグラーが監督した『フルートベール駅で』がブラックライヴスマターのサウンドトラックをなしていたとは『バッド・フェミニスト』を書いたロクサーヌ・ゲイの指摘するところであり、そのロクサーヌ・ゲイが『ワールド・オブ・ワカンダ』の原作者だったりも。

坂本龍一の『BTTB』をいま聴いて、思うこと - ele-king

坂本龍一の1998年の『BTTB』が20周年記念盤としてリイシューされた。音楽遺産を現代的な解釈で甦らせたこの作品を聴くこと、彼の原点をいまいちど考察すること、昨年の『async』〜『REMODELS』と来て2018年の現在『BTTB』を聴くことは、わたしたちの視野を新しく広げるだろう。

爪を秘めてあえて穏やかに仕上げる

文:北中正和

 ピアノ・ソロのアルバムはクラシックにはいくらでもある。ジャズにもたくさんある。家庭名曲集その他の名前で有名無名の人が弾いているアルバムも昔から少なくない。80年代にはニューエイジ・ミュージックという名前の音楽も出てきた。近年はジャズ、クラシック、ポップス、アンビエントを横断するようなピアノ・ソロ・アルバムも増えている。
 20年前にこのピアノ・アルバムを作ることになったとき、坂本龍一の脳裏にはどんな思いが去来したのだろうか。著書『音楽は自由にする』の中で彼は、90年代のはじめごろから兆しはあった、『1996』というピアノ・トリオ・アルバムや『ディスコード』というオーケストラ曲を作った流れがあって、「自分の原点であるピアノ音楽を中心にしたアルバム」につながっていった、と語っている。『BTTB』はバック・トゥ・ザ・ベイシックの頭文字である。
 セッション・ミュージシャンとしてポップスの世界に足を踏み入れ、フュージョンのKYLYNやテクノ・ポップのYMOの時期を経てソロやコラボでも多彩な音楽を作ってきた彼は、その前は東京芸大の作曲科でいわゆる現代音楽の世界にいてジャズやロックにも興味を持っていた。さらにその前の少年時代はクラシックのピアノのお稽古もしていた。そんなふうに20世紀以前のさまざまな音楽を吸収してきた彼が「原点」という言葉をどこまで限定して使っているのかわからないが、少年時代に出会ったバッハやドビュッシーから現代音楽まで、あるいは部分的にはジャズまでを含むと推測しておこう。
 ピアノは18世紀から19世紀にかけて、ヨーロッパの産業革命の工業技術の進展とともに改良されてきた楽器で、ピアノの名曲として親しまれているクラシックの多くはその時期に作られている。20世紀のピアノ曲は技法の工夫と共にその先へ進んできた。
 20世紀末にピアノのアルバムを思い立ったとき、彼がそうしたピアノの歴史を想起しなかったとは考えにくい。彼にかぎらず、ピアノのアルバムを作るということは、本人が意識するにせよしないにせよ、また、好むと好まざるとにかかわらず、そんなピアノの歴史を受け継いで上書きすることを意味する。
 『BTTB』はエリック・サティに刺激を受けたと思われる“オパス”からはじまる。サティは生前は同時代のドビュッシーやラヴェルほどには評価されなかったが、20世紀後半に楽譜の発掘やレコーディングが続いた。ミニマル・ミュージックやアンビエントの先駆者という側面からクラシック・ファンにとどまらない人気もある。サティの影は“ローレンツ&ワトソン”にも見られる。19世紀末から20世紀初頭にかけて活動したサティの音楽の要素を20世紀末に置き、新しい要素と組み合わせてみるという楽しい遊びだ。
 ピアノの弦に響きを変える工夫を加えたプリペアド・ピアノを使った“プレリュード”や“ソナタ”は、当然、そのパイオニアである20世紀中期の現代音楽の巨人ジョン・ケージへのトリビュートだ。それに加えて、インドネシアのバリ島のガムランや、ガムラン的な音楽に取り組んだ西洋の作曲家たちへのオマージュも含まれているのかもしれない。いずれにせよ、プリペアド・ピアノをどのように演奏しているのか、どれくらいダビングしたのか、興味をかきたてられずにはいられない複雑なリズムや響きだ。この2曲から、水中マイクで録音した“ウエタックス”へと続くくだりは、このアルバムの中で最も現代音楽的に聞こえる部分だ。
 フランス語で歌を意味し、日本ではフランスの流行歌を指す言葉をタイトルにした“シャンソン”は転調の美しい小品。この曲をはじめ、ゆったりとした“ディスタント・エコー”、印象派的な“ソナチネ”、ロマン派的な“インテルメッツォ”などはこのアルバムの抒情的な側面を担っている。
 ふたつの“コラール”はタイトルからして賛美歌を意識して作られたのだろう。クラシックでは古い時代に栄えた様式だが、ここでは現代的に聞こえるのがおもしろい。カリブ海のドミニカ共和国で生まれ、サルサ・ダンスのチーク・タイムに愛用されるラテン歌謡の分野をタイトルにした“バチャータ”は、左手のリズムにわずかにラテン色が感じられるが、なぜこのタイトルにしたのだろう。娘の美雨のために作った“アクア”はJポップ的なキャッチーなメロディだ。
 こうして久しぶりに『BTTB』を聞き直してみると、曲ごとに多彩な音楽遺産を振り返りながら新しい要素を加えたアルバムであることがよくわかる。それだけ作曲の腕も試されるわけだが、自然な演奏を聞いていると、悩み抜いた印象はない。ポップスの制約から離れて彼はこのアルバムに楽しんで取り組んだのではないだろうか。現代音楽的な作品は、いくらでも鋭利だったり、衝撃的だったりすることが可能で、彼にもそういう作品があるが、ここでは爪を秘めてあえて穏やかに仕上げてある。バランス感覚のよさがよくわかるアルバムでもあると思う。


ピアノの前で

文:平井玄

 半世紀もたてば、思い出は朧になる。
 月に龍と書いてオボロ。俱利迦羅紋紋(くりからもんもん)のタトゥーが眼に浮かぶようだ。月夜に龍が舞う彫りとくれば舞台は女の背だろう。藤堂明保によれば、月は霞みを表す文字の形、龍の方はロウという音韻を示すという。50年、18000回の夜が過ぎる間にその月光の記憶は遠くかすんでいく。現在のビッグバン宇宙論からすれば、人ひとりの生きる時空は砂の粒より儚い。
 それでもこう言っておこう。天空を跳ぶ龍の艶かしい肢体がその一瞬を際だたせる──と。

 「青い月の光を浴びながら 私は砂の中に〜」と黒板に書かれていた。それもくっきりと。
 新宿御苑の緑に面した都立高校と区立中学校が背中合わせに並んでいる。薄いコンクリートの塀一枚を隔てた中学校の2階の窓からは高校の教室が覗ける。中学1年生がそこから見たのはどうやら音楽の階段教室らしい。
 「愛のかたみをみんなうずめて泣いたの ひとりきりで〜」
 誰がやったのか。「砂に消えた涙」の歌詞すべてが書き写されていた。1965年の初夏だったと思う。戦後まだ20年。大正期の白壁にくすぶる黒煙の痕。戦争を生き延びた旧制高校の校舎に似合わない色っぽい歌詞。楷書で綴るチョークの跡が鮮烈だった。まるで篠田正浩のアートシアター映画だ。「砂に消えた涙」は1964年5月にイタリアの歌手ミーナがリリースし、12月には漣健児の訳詞で弘田三枝子がカヴァーした曲。というより、漣は彼女が歌うことをイメージして書いた。13歳の脳髄には弘田三枝子自身の歌として濃密に刻み込まれている。
 「あなたが私にくれた愛の手紙 恋の日記」。カンツォーネというよりメローなR&B。低く歌いだされた声はワンフレーズごとに裏返り、地声と裏声の縫い目はまるでリストカットの傷痕。今カヴァーを聴けば、竹内まりやの囁きも矢沢永吉のゴスペル風もそれぞれにいい。それでも弘田三枝子のあの跳ねるような痛々しさは、1965年の何かだったと思う。
 それから3年後に同じ階段教室で、高校2年生の坂本龍一はある歌曲のコンサートを開く。アルノルト・シェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」である。教室の使用許可など取っていないだろう。勝手に東京藝術大学声楽科の女子学生を呼んだ挑戦的なライヴだ。西洋近代音楽の素養など何もない1年生の私は、そのトンガリぶりに感じて教室の隅に座る。この時の衝撃、その訳のわからなさを今も考えている。これは『愛と憎しみの新宿』(ちくま新書)に少し書いた。1969年だったか、そこはオボロ。としても7月の山下洋輔トリオによる早稲田大学バリケード・ライヴのころである。──月夜に龍一が舞う。

 『BTTB』のリマスタリング盤を聴いて想うのはこの経験だ。電子楽器やさまざまなユニット、あるいはネット上で多くの音の実験、化合や交雑を重ねてきた。しかし彼の基底にあるのは端正なピアノの音である。
 今回それを強く感じた。back to the basicというのだからそれも当然だろう。そのbaseが彼の場合かなりアノマリーなのである。すべての作品のいたるところで、何かしら「解決を拒む」ような静かな異例性に満ちている。14の“Aqua”を聴くと、かえってリスナーは讃美歌のような清冽な高揚感を感じてしまうだろう。この曲だけがシンプルなメジャーコードで始まり「ヒーリング的、ニューエイジ系」といわれる由縁だ。それでも割り切れない残余が聞こえてくる。
 昨年、アエラ誌で久しぶりに彼と話をした。その最初に出たのは阿部薫のことである。「なんでそんな完全4度が弾けるんだ!」と、いきなり演奏中にマウスピースを外して阿部は言い放ったという。Bags’ Grooveにおけるマイルスとモンクの喧嘩セッションみたいなエピソードだが、これは事実である。私はその声を聞いていない。しかし1975年ごろのそういう空気は充分に吸い込んでいた。古典的な楽理書で「溶け合う」完全協和音程とされるような音感を、阿部の体は激しく拒む。憎んでいたと言っていいだろう。私もそうだから感染するのである。
 ところがロマネスク時代に対位法が発達すると、4度は不協和音とされるようになった。5度と違い「解決を必要とする」不安定さを残しているからだ。音の近代物理学をめぐる古のテーマだ。したがって最低音との関係で3度をめざして解決が図られる。それができない4度の使用は厳格対位法では完全に禁止された。坂本龍一のピアノはそういうところに踏み込んでいく。決して解決できない領域を彷徨うように。“Aqua”ではそれがよく出ているが、9“Chanson”や15“Energy Flow”にも気配を感じる。

 シェーンベルクに「別の惑星の空気を感じる」というバーンスタインは同時に「12音技法にも隠された調性がある」という。ジョン・ゾーンが「月に憑かれたピエロ」を演奏した「Chimeras」を論じるアレクサンダー・ラインハルトはむしろ「伝統的な調性への回帰」という。ところが無調から12音への狭間で創られたこの曲には、シュプレヒシュティンメという「語り歌」が介入してくる。この声のざわめきが聴く者に感覚の放浪を促すのである。こういうヴォイスの萌芽はドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」に生まれたという。ドビュッシーは坂本龍一の肌になじんだ作曲家なのである。いま思えば、あの音楽教室で演奏された曲はこういう流れの中にあった。
 「解決するな」。唇から血を流す阿部薫の問いかけに、ピアノを前にした坂本龍一は長い時間をかけて応えようとしたのではないか。青い月の光を浴びながら、私は道化師になって弘田三枝子を、阿部薫を想い出す。そして坂本龍一のピアノを聴いて、我々の時代が砂の中に深く埋めた問いを掘り出そうとするのである。


『async』〜『REMODELS』そして『BTTB』というこの流れ

文:野田努

 昨年の『async』〜『async - REMODELS』と来て、今回の『BTTB』再発というのは、ひとつの流れになっている。それはスタイルやジャンルの問題ではなく、内的な一貫性からくる流れのように思える。
 ぼくは“solari”という曲が好きだし、『REMODELS』では“LIFE, LIFE”のアンディ・ストットによるリミックス(remodel)・ヴァージョンが好きだし、なぜかというと昨年からずっとBBCのラジオではなんども再生されているからなのだが、しかしこと『async』は曲単位であれこれいうような作品ではないこともわかっているつもりだ。

 曲によってさまざまなアプローチを見せている『async』は、表面的には優しく見せながら荒涼としていて、抽象的でありながら忘れがたい作品だ。破壊的かもしれないが、それは計算されたものでも政治的主張を果たすものでもなく、逃避でもない。推測で言えば、それは本当に、自分の運命に決意している音楽かもしれないと思う。そしてそれは、露骨な商業主義など眼中にない作品だ。曲の短さも、とりとめのなさも、ありきたりの耽溺を寄せ付けないでいる。とらえどころがないというのに強烈な作品。
 ある意味では孤独なアルバムと言える『async』がそして『REMODELS』となり、(コーネリアスと空間現代を除いては)インストゥルメンタル音楽の気鋭の追求者たち(主にエレクトロニック・ミュージックのシーンにおいて活躍している)によって再構築されたことは、いかなる自発的な芸術表現もアクチュアルに機能するという意味において時代から逃れらないということであり、リミックス盤という媒介によって坂本龍一の創出した旋律の数々はさらにまた多層に拡散したということもである。
 高度に専門化されたクラシック音楽出身の坂本龍一だが、おもにぼくのように体系的な音楽学を知らない感覚的なリスナーが多くを占めるポップ・フィールドで活躍してきている。そして、ときとして発せられる無防備なきわめて情熱的な政治的発言や行動において、日本のポップ・フィールドでは浮いてしまっている。坂本龍一のなかには、音楽がそれ自体として自立しない、社会から切り離されて自己充足的に存在するものではないという感覚が一貫してあるのだろう。音楽に自閉していればこと足りると思っているほとんどの日本のミュージシャンとはそこが決定的に違うし、それは彼が困難な立場を引き受けているということでもである。『BTTB』リリース当時の背後状況に関しては、後藤繁雄さんによる散文詩的ドキュメンタリー『skmt 坂本龍一とは誰か』に詳しい。それはそうとして、最初に書いたようにぼくは『BTTB』を『async』〜『async - REMODELS』という流れで聴いている。

 坂本龍一の原点回帰作として知られる『BTTB』は、クラシカルな曲からガムランやプリペアド・ピアノなど多彩な試みが聴けるものの、わかるひとにしかわからないというアルバムではない。好きなことを好きなようにやったイノセントな作品なのだろうけれど、『async』より口当たりが良いアルバムで、いろんな局面での再生可能な万能薬だ。ピアニストのアルバムであり、また同時に『BTTB』から数年後にエレクトロニカ/IDMからも派生するモダン・クラシカルなる名称のサブジャンルの先駆けと位置づけることもできる。敷居が高く習練を要するクラシック音楽と素人の逆襲とも言えるエレクトロニック・ミュージックのシーンとの回路。サティ風の悲哀を帯びた調べの“Opus”のような曲は彼の内面と決して明るくなれない社会の見通しとどこかでリンクしているのだろうし、しかもそれは、ポスト・モダニズム的なんでもありの修羅場とは微妙に距離を置きながら、アンチ・ミュージックめいた側面を擁するエレクトロニカ/IDMとも接続している。なんとも自由奔放な、おおらかな円環が描かれているようだ。
 それはラヴェルでもドビュッシーでもサティでもなく、コーネリアス・カーデューでもない。世代を超えて成り立つ音の連なりのなかに、坂本龍一にしか描けない円環が見える。音楽は境界線を越えることができるということをぼくたちは知っている。内的な作品であっても、外側に大きく広がる。今年はモダン・クラシカルの起点となったマックス・リヒターの『The Blue Notebooks』(2004年作)がこちらは15周年ということでグラムフォンからジェイリンのリミックス入りで再発されたし、ローレル・ヘイローの新作においてもクラシック音楽との結合術が見て取れたから言うわけではないけれど、『BTTB』はいまこそ聴く必要があるアルバムだ。『async』から『REMODELS』へと漂泊したぼくたちが着地する場所=日々の営みとして、これほど温かく、心休まる穏やかなところはほかにないのだから。


坂本龍一 「energy flow」


Directed by Neo s. Sora and Albert Tholen
Produced by Zakkubalan
zakkubalan.com
goodbabyfilms.com

The ROCKSTEADY BOOK - ele-king

 ロックステディというのはジャマイカの音楽のひとつで、1968年あたりから1969年あたりまで、スカからレゲエに移行するあいだのおよそ3年のあいだに流行ったスタイルを呼んでいる。スカよりもテンポを落として、美しく、ラヴリーで親しみやすいメロディがそこに加わる。その甘いサウンドの数々は、歴史のほんのわずかな期間に生まれた奇跡的なユートピアに思えて仕方がない。
 この度リットー・ミュージックから刊行される石井“EC”志津男さん監修による『The ROCKSTEADY BOOK』は、世界で初めてのロックステディ本だ。ディスク紹介もあり、識者やマニアの話もあり、主要ミュージシャンのインタヴューも掲載されている。入手しやすい基本的なアルバム作品ももちろん紹介されている。ある時代までのジャマイカの音楽は7インチが中心だったので、レゲエにハマるひとはこの恐ろしい7インチ道に入っていくわけだが、本書にはロックステディの7インチ(のオリジナル盤)がたくさん紹介されている。当時にしか出せない音響もさることながら、そしてレーベルやジャケットの雑な印刷の感じやいまでは再現不可能な色合いもまた良いんだよな~。
 ロックステディの魅力を知っているひとにはこれ以上の説明は不要だろうけれど、まだロックステディと出会っていないひとこそぜひトライして欲しい。メロウな音楽が好きなひとはマストだ。この世にはこんなにラヴリーな、奇跡のような音楽があることを知って、ちょっとぐらいは生活が明るくなって、嬉しくなると思いますよ。

監修:石井“EC”志津男
The ROCKSTEADY BOOK (ザ・ロックステディ・ブック)
リットー・ミュージック
Amazon

Brainfeeder X - ele-king

 こんにちは。ロス・フロム・フレンズにドリアン・コンセプトにブランドン・コールマンにルイス・コールにジョージア・アン・マルドロウにと、最近〈Brainfeeder〉関係のお知らせが続いていますが、ついに決定的なニュースが舞い込んできました。設立10周年ということでここ数ヶ月さまざまなアクションを起こしてきた同レーベルが、アニヴァーサリー・コンピレーションをリリースします。詳細は下記をご確認いただきたく思いますが、錚々たる面子が参加しています。CDは2枚組で、ディスク1はこれまでの〈Brainfeeder〉の作品から選りすぐったレーベルの歴史を紐解くような内容、そしてディスク2は新曲や蔵出し音源を詰め込んだレアトラック集となっています。現在、そのディスク1からフライング・ロータスによるブランドン・コールマンのリミックスが先行公開中です。リリースは11月16日。しっかりお財布をマネージしておきましょう。

BRAINFEEDER 10周年記念コンピレーション・アルバムが登場!
フライング・ロータスやサンダーキャットなどの初出し音源が22曲!
レア曲も満載!
全36曲を収録し、豪華パッケージで11月16日(金)リリース!
フライング・ロータスによるブランドン・コールマンのリミックスが解禁!

設立10周年を迎え、怒涛のリリースラッシュ、ソニックマニアでのステージまるごとジャック、売り切れグッズ続出のポップアップショップなど、凄まじい勢いを見せているフライング・ロータス主宰レーベル〈Brainfeeder〉が、輝かしい10年の歴史の集大成としてコアなファンはもちろん、すべての音楽ファンを魅了する超豪華コンピレーションのリリースを発表! レーベルの歴史を彩る代表曲に加え、フライング・ロータスやサンダーキャットなど初出し音源が実に22曲! さらに初めて公式リリースされるレア曲も加えた必聴コンピ『Brainfeeder X』は11月16日(金)リリース! 今回の発表に合わせて、フライング・ロータスによるブランドン・コールマンのリミックスが解禁された。

Brandon Coleman - Walk Free (Flying Lotus Remix)
https://www.youtube.com/watch?v=VhkoMyG1v2c

ジャズ、ヒップホップ、ファンク、ソウル、ハウス、アンビエント、テクノ、フットワーク……あらゆるスタイルのDNAを再編成し、類まれな審美眼を持って、真のグッド・ミュージックを送り出し続けてきた〈Brainfeeder〉。時代が時代なら、サン・ラとも契約を果たしただろうし、アリス・コルトレーンの神秘的かつ霊妙な魂を宿した唯一無二のレーベルと言っても過言ではないだろう。ジョージ・クリントンは、そのほとんどの作品を〈Casablanca Records〉から発表しているが、〈Brainfeeder〉との契約は、ファンクの神にとっても至極当然の展開として、幅広い音楽ファンが喜びをもって支持した。そしてこれは〈Brainfeeder〉以外のレーベルでは全くもって想像できないことである。

LAに端を発したビート・ミュージック・シーンの勃興の中で産声をあげた〈Brainfeeder〉の世に放つ作品には、レディオヘッドからJ・ディラ、エイフェックス・ツイン、DJシャドウ、ボーズ・オブ・カナダ、ドクター・ドレー、ジョン・コルトレーンとその妻のアリス・コルトレーン、ポーティスヘッドなどからの影響が見受けられつつ、そこには必ず刺激的な革新性が存在している。

代表曲を中心に過去〜現在をまとめたDISC 1
ディスク1は、サンダーキャットやテイラー・マクファーリンといった新世代ジャズのキーマン達、先鋭的ヒップホップで注目を集めたジェレマイア・ジェイ、ベース・ミュージックにテクノやハウスを融合させたオランダ人プロデューサー、マーティン、フットワーク/ジュークの最高峰レーベル〈TEKLIFE〉のクルー、DJペイパル、そしてレーベル設立当初からフライング・ロータスと共にビート・ミュージック・シーンを盛り上げたティーブスやデイデラス、トキモンスタら、ジャンルやバックグラウンドを問わず、秀でた才能を発掘し、世に送り出してきたレーベルの懐の深さが味わえる。サンダーキャットの人気曲“Friend Zone”のロス・フロム・フレンズによるリミックスや、フライング・ロータスによるブランドン・コールマンのリミックスもディスク1の最後に聴くことができる。

DISC 2には初出し音源やレア曲が満載!
ディスク2は、フライング・ロータスもプロデューサーとして参加し、バッドバッドノットグッドをゲストに迎えたサンダーキャットの新曲“King of the Hill”が冒頭を飾る。ラパラックス、ロス・フロム・フレンズ、ドリアン・コンセプト、ジョージア・アン・マルドロウら新曲も数多く収録される他、フライング・ロータスとサンダーキャット、シャバズ・パラセズから成るウォークが、ジョージ・クリントンをフィーチャーして発表した“The Lavishments of Light Looking”が初めての公式リリースという形で収録され、先日ついに日本でも公開され話題を呼んだ、フライング・ロータス初長編映画『KUSO』のサウンドトラックからは、バスドライバーをフィーチャーした“Ain't No Coming Back”など、フライング・ロータス関連のレア曲も収録。またPBDY(ピーボディ)、ミゲル・アトウッド・ファーガソン、リトル・スネイク、テイラー・グレイヴスら、これまでもレーベルに貢献しつつ、今後リリース作品が期待される注目アーティストもここで紹介されている。参加アーティストの一人、ストレンジループは、今現在フライング・ロータスの革新的なライヴ・パフォーマンスのヴィジュアルを担当している知る人ぞ知る存在。そしてロカスト・トイボックス名義でフィーチャーされているデヴィッド・ファースは、俳優、声優、映画監督、ビデオアーティストなど、様々な顔を持ち、フライング・ロータスとはミュージックビデオや映画『KUSO』でもコラボレートしている鬼才だ。

全フォーマット、趣向を凝らしたパッケージ
今作のアートワークは、〈Brainfeeder〉の印象的なオリジナル・ロゴを手がけたチャールズ・ムンカが担当。4枚組LPボックスセットは、ディスク一枚一枚がデザインの異なるインナースリーヴに収納され、10周年記念ロゴが型抜きされたハードケース入り。国内盤CDは、解説書が封入され、数量限定の初回盤は、LPボックスセットのデザインを踏襲した特殊スリーヴケース付きの豪華仕様となっている。なお輸入盤CDのフロントジャケットは、4種類のカラー展開で発売される。

〈Brainfeeder〉の輝かしい功績と“今”、そして未来を詰め込んだ超豪華コンピレーション・アルバム『Brainfeeder X』は11月16日(金)世界同時リリース! 今作は、〈Brainfeeder〉10周年キャンペーン対象商品となり、国内盤CDには、初回盤、通常盤ともに10周年記念ロゴ・ステッカー(3種ランダム)が封入される。

label: BRAINFEEDER / BEAT RECORDS
artist: Various Artists
title: Brainfeeder X

限定国内盤2CD BRC-586LTD ¥2,800+税
特殊スリーヴケース付き/解説書封入

通常国内盤2CD BRC-586 ¥2,500+税
解説書封入

BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=9868

[TRACKLISTING]

DISC 01
01. Teebs - Why Like This?
02. Jeremiah Jae - $easons
03. Lapalux - Without You (feat. Kerry Leatham)
04. Iglooghost - Bug Thief
05. TOKiMONSTA - Fallen Arches
06. Miguel Baptista Benedict - Phemy
07. Matthewdavid - Group Tea (feat. Flying Lotus)
08. Martyn - Masks
09. Mr. Oizo - Ham
10. Daedelus - Order Of The Golden Dawn
11. Jameszoo - Flake
12. Taylor McFerrin - Place In My Heart (feat. RYAT)
13. MONO/POLY - Needs Deodorant
14. Thundercat - Them Changes
15. DJ Paypal - Slim Trak VIP
16. Thundercat - Friend Zone (Ross from Friends Remix)
17. Brandon Coleman - Walk Free (Flying Lotus Remix)

DISC 02
01. Thundercat - King of the Hill (feat. BADBADNOTGOOD)
02. Lapalux - Opilio
03. Ross from Friends - Squaz
04. Georgia Anne Muldrow - Myrrh Song
05. Dorian Concept - Eigendynamik
06. Louis Cole - Thinking
07. Iglooghost - Yellow Gum
08. WOKE - The Lavishments of Light Looking (feat. George Clinton)
09. PBDY - Bring Me Down (feat. Salami Rose Joe Louis)
10. Jeremiah Jae - Black Salt
11. Flying Lotus - Ain't No Coming Back (feat. BUSDRIVER)
12. Miguel Atwood-Ferguson - Kazaru
13. Taylor Graves - Goku
14. Little Snake - Delusions
15. Strangeloop - Beautiful Undertow
16. MONO/POLY - Funkzilla (feat. Seven Davis Jr)
17. Teebs - Birthday Beat
18. Moiré - Lisbon
19. Locust Toybox - Otravine

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〈Brainfeeder〉10周年キャンペーン実施中

CAMPAIGN 1
対象商品お買い上げで、〈Brainfeeder〉10周年記念ロゴ・ステッカー(3種ランダム/商品に封入)をプレゼント!
CAMPAIGN 2
対象商品3枚お買い上げで、応募すると〈Brainfeeder〉10周年記念特製マグカップもしくはオリジナル・Tシャツが必ず貰える!

応募方法:
対象商品の帯に記載されている応募マークを3枚集めて、必要事項をご記入の上、官製ハガキにて応募〆切日までにご応募ください。

キャンペーン対象商品

キャンペーン詳細はこちら↓
https://www.beatink.com/user_data/brainfeederx.php

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『Brainfeeder X』にもフィーチャーされているハイパー・マルチスペック・アーティスト、ルイス・コールが12月に来日!

TOKYO: 2018/12/13 (THU) @WWW X
OPEN 19:00 / START 19:30

KYOTO: 2018/12/14 (FRI) @METRO
OPEN 18:30 / START 19:00

前売 ¥5,800(税込)
別途1ドリンク代 / ※未就学児童入場不可

チケット詳細

[東京公演]
イープラス
●ローソンチケット 0570-084-003 (Lコード:74741)
チケットぴあ 0570-02-9999
Beatink
Clubberia
iFLYER

INFORMATION: BEATINK 03-5768-1277 / www.beatink.com

[京都公演]
イープラス
●ローソン (Lコード:56266)
ぴあ

INFORMATION:METRO 075-752-2787 / info@metro.ne.jp

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