「W K」と一致するもの

ShadowParty - ele-king

 ニュー・オーダー×ディーヴォ……!? なんとも気になる組み合わせです。ニュー・オーダーで活躍中のベーシスト=トム・チャップマンとギタリスト=フィル・カニンガム、そしてディーヴォで活躍中のギタリスト=ジョシュ・ヘイガーとドラマー=ジェフ・フリーデルの4人が集合した新バンド、シャドウパーティ。そのデビュー・アルバムが7月27日に〈ミュート〉よりリリースされます。現在白熱中のワールドカップに合わせて制作された先行シングルのMVが公開中です。いやー、やっぱりこういう感じのロック・サウンドには抗えませんね。アルバムが楽しみ。


シャドウパーティ、W杯を祝福し新MVを公開!
新作は7/27発売!

ニュー・オーダーとディーヴォのメンバーによる4人組ロック・バンド、シャドウパーティのデビュー・アルバム『シャドウパーティ』が7/27に発売される。その発売に伴い、また現在開催されているサッカー・ワールドカップを祝福し、新作より先行シングル“Cerebrate”のミュージック・ビデオを公開した。

決勝トーナメント1回戦のメキシコ対ブラジルのキックオフ直前に急遽公開されたこのビデオは、サッカーに情熱を傾けるメキシコの少年を描いている。
なおニュー・オーダーは、1990年サッカー・ワールドカップ・イタリア大会において、イングランドの公式応援ソング“ワールド・イン・モーション”をリリースし全英1位を記録している。

先行シングル“Cerebrate”
[YouTube] https://youtu.be/bk6uLLwrT1o
[Apple Music / iTunes] https://apple.co/2I3pBGd
[Spotify] https://spoti.fi/2FtqEKh

シャドウパーティは、ジョシュ・ヘイガーとトム・チャップマンがボストンで出会ったことがきっかけとなり、2014年に結成された4人組バンド。

ジョシュ・ヘイガーは、ザ・レンタルズの元メンバーであり現在はディーヴォでギターとキーボードを担当、トム・チャップマンは、2011年ニュー・オーダーの再結成以来のベーシスト、フィル・カニンガムは、元マリオン、現ニュー・オーダーのギタリスト、ジェフ・フリーデルは、ディーヴォのドラマーとて活躍中だ。

ザ・ヴァーヴのニック・マッケイブがその素晴らしいギターの音色をアルバムの中の2曲“EvenSo”と“Marigold”で披露する一方で、ア・サートゥン・レシオやプライマル・スクリームなどで知られるシンガー、デニス・ジョンソンがその美声をアルバムで6曲に渡り聞かせており、先行シングル“Celebrate”の歌声も彼女である。

加えて、LAで活動するDJのホイットニー・フィアスがコーラスで参加したり、先日のマンチェスター・インターナショナル・フェスティヴァルでニュー・オーダーやエルボーのために12台のシンセによるオーケストラ・アレンジをしたマンチェスター在住のジョー・ダデルがその卓越したオーケストラ・テクニックを見せている。

シャドウパーティのサウンドは、その時々によって、数多のシンセ・サウンドのオーケストレーションに心奪われ、80年代風のビートが唸るギターとヴォーカル、そこに甘美なハーモニーが華を添える。

レコーディングはボストンやLA、マンチェスター、マックルズフィールドで行われた。

[参加アーティスト]
ニック・マッケイブ(元ザ・ヴァーヴ)
デニス・ジョンソン(プライマル・スクリーム作品等へのヴォーカル参加)等

[商品概要]
アーティスト:シャドウパーティ (ShadowParty)
タイトル: シャドウパーティ (ShadowParty)
発売日:2018年7月27日(金)
品番:TRCI-64
定価:2,100円(税抜)
JAN:4571260587847
解説:村尾泰郎/国内仕様輸入盤CD

[Tracklist]
01. Celebrate
02. Taking Over
03. Reverse The Curse
04. Marigold
05. Sooner Or Later
06. Present Tense
07. Even So
08. Truth
09. Vowel Movement
10. The Valley

■シャドウパーティ (ShadowParty)
メンバー:ジョシュ・ヘイガー(G, Key) / ジェフ・フリーデル(Drs.) / トム・チャップマン(B) / フィル・カニンガム(G)

2014年ボストンで結成。2018年7月27日、デビュー・アルバム『シャドウパーティ』リリース。

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Autechre - ele-king

 先日8年ぶりとなるヘッドライン来日公演を終え、変わらぬ反骨精神を見せつけてくれたオウテカですが、彼らが4月にNTSラジオで披露したロング・セットがCD、ヴァイナル、デジタルの3フォーマットにてリリースされることが決まりました……のですが、ええっと、ちょっと待ってくださいね。彼らのセットは2時間×4日の計8時間あったわけだから……なんと、CDに換算すると8枚組です(絶句)。前々作『Exai』が2枚組の大作で、前作『elseq 1–5』が5枚組相当の超大作で、今回は8枚組……どんどん膨張しております。でもこれ、内容はかなり良いです。これまでのオウテカとこれからのオウテカがみっちり詰まっています。発売日は8月24日。ぼく? もちろん買いますよ。

Autechre.
NTS Sessions.
24 August 2018.

先月6月13日(水)、実に8年振りとなる超待望のヘッドライン公演を行い、平衡感覚すら奪われるような漆黒のライヴ・パフォーマンスで超満員のオーディエンスを沸かせたオウテカから新たなニュースが届けられた。4月、突如始動したオウテカはロンドンのラジオ局「NTS Radio」に4度に渡って出演。DJセットを期待したファンの予想を裏切るように、すべて新曲のみで構成された各日2時間のロング・セットを披露し、リスナーの度肝を抜いた。今回は計8時間にも及ぶその新作『NTS Sessions.』が、CD、アナログ盤、デジタル配信で8月24日(金)にリリースされることが決定! 解説書とデザイナーズ・リパブリックがデザインしたジャケ写ステッカーが封入された国内流通盤は500セット限定となる。

Autechre@恵比寿 LIQUIDROOM ライヴ・レポート
https://www.ele-king.net/review/live/006336/

各種仕様は以下の通り。


Autechre.
NTS Session 1.

1. t1a1
2. bqbqbq
3. debris_funk
4. I3 ctrl
5. carefree counter dronal
6. north spiral
7. gonk steady one
8. four of seven
9. 32a_reflected

Autechre.
NTS Session 2.

1.elyc9 7hres
2. six of eight (midst)
3. xflood
4. gonk tuf hi
5. dummy casual pt2
6. violvoic
7. sinistrailAB air
8. wetgelis casual interval
9. e0
10.peal MA
11. 9 chr0
12. turbile epic casual, stpl idle

Autechre.
NTS Session 3.

1. clustro casual
2. splesh
3. tt1pd
4. acid mwan idle
5. fLh
6. glos ceramic
7. g 1 e 1
8. nineFly
9. shimripl air
10. icari

Autechre.
NTS Session 4.

1. frane casual
2. mirrage
3. column thirteen
4. shimripl casual
5. all end


NTS Sessions. LP Complete Box Set.
12枚組LPボックス・セット。特殊ハードケース+インナースリーブ。ダウンロード・カード付。

NTS Sessions. CD Complete Box Set.
8枚組CDボックス・セット。特殊ハードケース+インナースリーブ。500セット限定の国内流通盤には解説書とデザイナーズ・リパブリックがデザインしたジャケ写ステッカーを封入。

NTS Session 1.
NTS Session 2.
NTS Session 3.
NTS Session 4.
3枚組LP。アウタースリーブ+インナースリーブ。ダウンロード・カード付。

Nanaco+Riki Hidaka - ele-king

 囁き声、ウィスパー・ヴォイス。声帯を震わせることを逃れた空気は、音から求心性と核を奪い、むしろ拡散させる。拡散された音は、まるで垂らし落とした蜜が水の中に希釈さていくように、どこまでも膨らんでいく。だから、ウィスパー・ヴォイスは「小さな囁き声」だとしても、どこまでも、遠く我々の内部にも浸透してくる。クロディーヌ・ロンジェの声…、シャルロット・ゲンズブールの声……。そして佐藤奈々子の声。

 今作『Golden Remedy』は、前若手ユニット「カメラ=万年筆」とのコラボレーション作『old angel』以来約5年ぶりとなる新作である。
 アーティスト名表記も「Nanaco」と改めた彼女が今回コラボレーターに選んだのは、アヴァンギャルドからヒップホップまでジャンル横断的な活躍を見せるNY在住の若手鬼才ギタリスト、Riki Hidakaだ。
 一見意外と思われるこの組み合わせだが、これまでの佐藤奈々子のキャリアを振り返るならば、ごく納得のゆく共同作業だとも思える。70年代屈指のシティ・ポップ名盤とされるファースト・アルバム『ファニー・ウォーキン』ではソロ・デビュー前の佐野元春との共作だし、80年に結成したニューウェイヴ・バンド「SPY」では加藤和彦をプロデューサーに迎えていた。また、2000年作『sisters on the riverbed』ではR.E.M.を手がけたプロデューサーであるマーク・ビンガムとも邂逅するなど、その時代時代において自らの鋭敏な感性の元旺盛なコラボレーションを行ってきたのだから。
 かつて70年代後半同時期にデビューしたベテランたちに、ドメスティックなポップスを再生産する道を選んだ者たちが少なくないなか、佐藤奈々子の身軽さ、そして時々の音楽へのシャープな眼差しは傑出していると言えるだろう。

 今作は、まずRiki Hidakaによって作られた楽曲に対して、Nanacoがメロディと詞をつけていくという作業によって制作が進めれたという。Riki Hidakaによる楽曲は、そのギター・プレイの独創性はもちろん、メロディー/歌詞先行による制約が無いからであろうか、非常に奔放だ。マリアンヌ・フェイスフルによる名作『ブロークン・イングリッシュ』における特異な音響処理とシューゲイザー的世界が融合したようなM1“Old Lady Lake”、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドとニコによる“オール・トゥモローズ・パーティ”を思い起こさざるを得ないドローン揺らめくM4“I Will Mary You”、硬質且つストイックなフォーキー世界がまるで森田童子を思わせるM5“美しい旅人”、堅牢にして靭やかなバンド・サウンドがコートニー・バーネットの楽曲にも通じるM7“未来の砂漠でギターを弾く君と私”など、これまでの佐藤奈々子の音楽を大胆に更新し、NanacoとRiki Hidakaによる音楽を新たに作り出そうという喜びに溢れている。
 しかしそれでもなお、いやだからこそというべきか、我々聴くものの耳、そして内部にもっとも広く深く浸透してくるのは、Nanacoの歌声とその言葉なのだ。聞き手がどれだけ様々な音楽と重ね合わてみようとも、やはりそのウィスパー・ヴォイスによって、Nanacoが特異な存在であるということが明示されるのだ。
 
 そう、Riki Hidakaによる楽曲は、あくまでNanacoの歌声が浸透圧を上げることに一番の作用を発揮している。ウィスパー・ヴォイスに含まれた空気成分が、汎空間的な音像と一体になるとき、歌声はいよいよその到達範囲を広げていく。
 その声は、空気に絆されホロホロと芯を解体していき、我々の内奥に浸り来ることになる。そして時に慄然とするほどに言葉が意味を運び込みもする。だからこの作品は、その先鋭的な音楽的相貌に反して、第一級の「ヴォーカル・アルバム」であるとも言えるだろう。もしかすると、囁き声ほどに我々が心をそばだててしまう音は無いのかも知れない。

仙人掌 - ele-king

 2016年末にリリースされた初のソロ・アルバム『VOICE』が大きな反響を呼んだ仙人掌ですが、去る6月27日、ついに待望のセカンド・アルバム『BOY MEETS WORLD』が発売されました。今月半ばにはNY在住のビートメイカー、DJ SCRATCH NICEのプロデュースによる“Show Off”のMVも公開されていますが、このたび9月14日に代官山UNITにて開催されるリリース・イベントの情報も解禁されております。要チェック!

MONJU/DOWN NORTH CAMPのラッパー、仙人掌のセカンド・アルバム『BOY MEETS WORLD』、6月27日発売! また同作のリリース・ライヴが代官山UNITにて9/14(金)に開催決定!

2016年リリースの初となるオフィシャル・ソロ・アルバム『VOICE』でシーン内外に大きなインパクトを残した仙人掌の待望のセカンド・アルバム『BOY MEETS WORLD』がついに6月27日リリース! そしてその『BOY MEETS WORLD』のリリースを祝したイベント《BOY MEETS WORLD LIVE 2018》が9/14(金/DAYTIME)に代官山UNITにて開催決定! 同作に参加しているjjjやMILES WORDも参加するスペシャルなパーティになる予定で今週末よりチケットが発売となります!

仙人掌「BOY MEETS WORLD LIVE 2018」
9月14日 (金) at 代官山UNIT

OPEN : 19:00
ENTRANCE : ¥3000 (WITHIN 1 DRINK)
LIVE : 仙人掌
GUEST : jjj, MILES WORD
OPENING ACT : COCKROACHEEE’Z
DJ : 原島“ど真ん中”宙芳 / 16FLIP / HURAMINGOS (CHANG YUU & YODEL)

TICKET取り扱い : 代官山UNIT
Pコード:122-575
Lコード:72539
6/30 (土曜日発売)

トラスムンド / UNIT / RAH / JAZZY SPORT / DISK UNION ***
各RECORD SHOPでは7/14より発売予定

supported by NIXON

* イベント当日は会場にて限定のタイトル / マーチャンダイズを販売します。(こちらは追って発表する「BOY MEETS WORLD 4 CITY TOUR 2018」の4会場でも販売します。)
* イベント終演後、代官山SALOONにてAFTER PARTYを開催。チケットの半券提示でDRINK代のみで入場できます。

仙人掌 - Show Off (BLACK FILE exclusive MV "NEIGHBORHOOD")
https://youtu.be/xI7ztc-aWaA

仙人掌『BOY MEETS WORLD』 Teaser
https://youtu.be/bEaU2f1_RJc

【アルバム情報】
アーティスト:仙人掌
タイトル:BOY MEETS WORLD
レーベル:WDsounds / Dogear Records / P-VINE
品番:PCD-26070
発売日:2018年6月27日(水)

【トラックリスト】
01. 99'Til Infinity
Prod by DJ SCRATCH NICE
02. Boy Meets World
Prod by CHUCK LA WAYNE & DJ SCRATCH NICE
03. Penetrate
Prod by GRADIS NICE & DJ SCRATCH NICE
04. Darlin' feat. jjj
Prod by DJ SCRATCH NICE
05. Water Flow
Prod by GRADIS NICE & DJ SCRATCH NICE
06. Bottles Up
Prod by DJ SCRATCH NICE
07. Rap Savor feat. MILES WORD
Prod by CHUCK LA WAYNE & DJ SCRATCH NICE
08. Show Off
Prod by DJ SCRATCH NICE
09. So Far
Prod by GRADIS NICE & DJ SCRATCH NICE
10. World Full Of Sadness
Prod by DJ SCRATCH NICE
Additional Vocal by SOGUMM

女の暴力映画

 いま、女性と暴力の問題を書くのはことさら慎重さが必要になるので、とても怖い。久々に女性にまつわるテーマで新連載を始める機会をいただいたが、うかつなことを書いてしまったらどうしようとビビリ腰になっている。とりあえず第一回目なので最後まで読んでいただけると嬉しい。

 映画で描かれた「女の暴力」。とはいっても今回は、女が振るわれる暴力についてではない。もうそんなものは映画史に溢れかえっているし、改めて解説されるのも読者は疲れるだけだろう。現在でも現実に、女が様々な形のハラスメントや抑圧、そしてまさに肉体的な暴行を受ける事案が日常的に起こっている。文明が進んだらマシになるのかと思いきや、全然性差別は解決していないうえ、それを声に出した女性がSNSなどで受ける二次的なハラスメントを、リアルタイムで見つめてさえいる時代だ。
 そんな暗雲の下で暮らしながらも女が抵抗し、戦い、もちろん良いことだけではなく利己的な欲望で他人を傷つける振る舞いは行われてきた。現実と同様に、映画も女が肉体的にも精神的にも他人にヴァイオレンスの矛先を向ける瞬間を描いている。それは華麗なアクションであったり、現実の我々にも訪れそうなリアリティに満ちたものだったり様々だ。
 映画業界は男性主導の世界である。だからこそ2017年にはハリウッドで驚くような、完全に犯罪の域である悪質なセクハラが明るみになり、それがまかり通ってきたことが改めて認識された。でもそういった報道に対して、逆に被害者をバッシングする反応が多いのも目についた出来事だ。そんな齟齬がある中で、男性の作り手が撮った女性主演のアクション映画は、本当に女性的なアクションといえるのかは判断に悩んでしまう。そもそも男性の監督や脚本家によっても、女性心理にうとい人/感受できる人は様々な度合いがある。それに女性監督が作った女性アクションだったら、正統だとか真実だともいえないだろう。女性なら女性心理が完全に汲めるのか? という疑問もある。それにわたしたち女性だって、長年男性が作った男性主体のアクション映画を観てきているので、映画ではそのことに慣れてしまっているのだ。これは男性であっても同様で、現実と表現は違うため、もし格闘技の経験のない人が「アクション映画を撮れ」と言い渡されたら、自身の経験から引き出すのではなく、これまで観てきた映画のヴァイオレンスを参考に表現を組み立てていくことになるだろう。日常の経験でも、見栄えのするアクションに街中ではそうそう遭遇しないものだし。

暴力の多面性

 そして暴力は肉体的なものに限らない。ひとは裏切りや嘘でも心にダメージを受ける。マスコミによる著名人の不倫報道はいっとき病的なほど過熱していた。それは視聴者や読者の関心をひいて激しいバッシングを引き起こしたが、不貞がかまびすしく非難を浴びるのは、自分の身に受けることを想像しやすい精神的な暴力のひとつだからだ。わかっていて人を裏切るのはひどい行いである。とはいえ当事者にも事情は色々あるだろうし、不倫は申し開きをするほど「反省していない」といった反発をくらうため、甘んじて批判を受けるしかない。そこに付け込んだ報道のあり方や過剰なバッシングも、当事者に与えるダメージを見越した一種の暴力である。これらのような精神を傷つけ心を壊す行為も、やはりヴァイオレンスの形として見過ごせない。
映画において、女が暴力を振るう場面は娯楽だろうか。確かにシャーリーズ・セロンが戦う姿は、問答無用にかっこよくて魅了される。それでも女が振るってはダメな暴力という表現もあるのだろうか。それらの線引きは何を根拠になされるのか――考えると頭がグルグルしてしまうことばかりだ。だから映画の中で女優が繰り出すキックを観つつ、改めて女性と暴力についてゆっくり考えてみよう。

変遷するタランティーノの女性と暴力

 タランティーノはなんといっても『レザボア・ドッグス』(91年)を封切りで観て以来の付き合いという感がある。ハーヴェイ・ワインスタインの事件で名をあげたり下げたり色々あったうえ、新作がマンソンファミリーによるシャロン・テート殺害事件の映画化というのも物議を醸しそうだ。それでも完成すれば必ず観にいくだろうし、これまでもすべての作品は劇場で観ている監督である。
 登場人物が男だけの映画『レザボア・ドッグス』でメジャー監督デビューしたクエンティン・タランティーノは、現在では女性アクションの監督というイメージも強い。ユマ・サーマン主演の『キル・ビル』2部作(03年、04年)は、とても虚構性の強いアクション作品だ。ヒロインの“ザ・ブライド”は、元々暗殺者集団に所属する凄腕の殺し屋だった。しかし足を洗い、普通の女性として人生を送ろうとした矢先に、かつてのボスであり愛人であったビル(デヴィッド・キャラダイン)の命令によって、仲間の殺し屋たちに夫とお腹の子どもを殺され、彼女も死の縁をさまようことになる。映画は長い昏睡から目覚めたザ・ブライドが、彼女の人生を台無しにしたビルと殺し屋たちへ、復讐を果たしていく物語だ。

荒唐無稽な大殺戮に潜ませた愛憎劇

 1作目の見せ場は、伝説の名刀を求めて日本を訪れたザ・ブライドが、青葉屋という料亭で繰り広げる殺戮劇だ。この一連のシーンで、ザ・ブライドはブルース・リーを彷彿とさせるトラックスーツを着ているし、復讐の的であるオーレン・イシイ(ルーシー・リュー)の用心棒が鉄球使いの女子高生であったり、イシイの配下“クレイジー88”が日本刀を持った学生服集団であったりと、元々リアリティは意識していない設定である。

 男性監督や脚本家にとって主人公が女性であることは、地続きで想像できてしまう男性主人公と比べて、虚構として想像を膨らませやすいのだろう。今では女性アクション映画といえば『キル・ビル』は必ずタイトルがあがる。ザ・ブライドの殺した人数のインパクトが記憶に残るのもわかりやすいし、そんな過剰な復讐劇の動機が、最終的には母性に集約されていくのも、強い女性を想像する際のふんわりした理由やイメージの例だ。
 男性の主人公が娘の復讐のために立ち上がる映画だと、地に足のついた作品が次々と頭に浮かぶ。男が考える男の復讐劇は、リアリズムから逸脱しない。しかし女性の復讐劇である『キル・ビル』は、大量殺戮の面白さを見せることが一番の目的であって、動機に母性を持ってくるのはもっともらしく見せるためだけに思える。むしろビルとザ・ブライドの間にある、愛と憎しみの交じり合ったメロドラマ性の方が、言い知れぬ動機として魅力的であり物語を豊潤にしている。「愛しているけれどもくびきから逃れたい」「愛するあまり許せないから殺したい」「愛が招いた因果応報を素直に受け入れる」という感情の交錯が、本作を荒唐無稽なだけでは終わらないドラマとして成立させていた。

より生身の暴力へ

 その後の女性をヒロインに迎えたタランティーノ作品は、反動のように「女にも可能なヴァイオレンス」を追求していく。『デス・プルーフ in グラインドハウス』(07年)は、『キル・ビル』でユマ・サーマンのスタントをしていたゾーイ・ベルが、彼女自身として主演を務める。改造車を使った殺人鬼スタントマン・マイク(カート・ラッセル)に狙われた、ゾーイをはじめとする女性だけの車。なんとか逃げ延びたあと、命の危険にさらされた彼女たちは怒りに燃えて復讐に出る。本作でみせるゾーイ・ベルの身体能力が素晴らしい。ボンネットに掴まったままのカーチェイスや、彼女が走り出す車へ手にパイプを持ったままスルッと滑り込むように箱乗りする場面など、本当にゾーイ自身が演じているリアリズムによって、有無を言わせぬ効果をあげる。


©2007 The Weinstein Company, LLC. All rights reserved.

 本作はマイクの凶行を見せるための二部構成になっていて、まずは酒に溺れエロティックな危険を冒す女性グループが登場する。前半では彼女たちと、「グラインドハウス」のカップリング作品『プラネット・テラー in グラインドハウス』の主演ローズ・マッゴーワンが、被害者として恐怖に慄きむごい目に遭う。
 タランティーノの映画は被害者が男性であっても、監禁の恐怖や、観ていて痛みや凄惨さを強く覚える時がある。映画に耽溺してきた彼の「映画は虚構」という骨身にしみる感覚ゆえか、表現が細やかなあまり暴力シーンには過剰なサディズムが漂っているようだ。確かに映画は所詮作り物にすぎない。だから暴力表現において、創造の面白さに興味が傾くのも当然だ。だが同時に、スクリーンで何が起ころうと真に受けない感性が試されるような、逃げ場のなさや妙に皮膚感覚に迫る暴力性には、観ていて時々居心地の悪い気持ちがする。
 『デス・プルーフ』はそんな陰惨さと、白昼の勧善懲悪という晴れやかさが共存する作品だ。現実にスタントをこなせる女性が等身大のアクションを演じるのは、荒唐無稽な『キル・ビル』と正反対のアプローチである。『デス・プルーフ』で女が発揮する暴力は、「女性でも出来ること」の域を押し広げるリアルな強靭さがあり、これはゾーイ・ベルの存在なくしてありえない生身のアクションだった。

フィルムを操る手

 『イングロリアス・バスターズ』(09年)ではまたアプローチを変え、女性にも可能な、策略による大掛かりな殺戮劇が描かれる。第二次世界大戦中のナチス統治下のフランス。かつてユダヤ人狩りによって家族を皆殺しにされたショシャナ・ドレフュス(メラニー・ロラン)は、一人だけ逃げ延び、今ではパリの映画館で働いている。ドイツ軍の狙撃兵フレデリック・ツォラー(ダニエル・ブリュール)が街でショシャナを見染めたのをきっかけに、ナチスのプロパガンダ映画が彼女の映画館でプレミア上映されることになった。その日はヒトラーをはじめとする、ナチスの最高幹部たちも集まるという。機を見たショシャナによるレジスタンスの幕開けだ。


Film (C)2009 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED.

 彼女と同時進行して、アルド・レイン中尉(ブラッド・ピット)を中心とする連合軍特殊部隊のナチス狩りもいる。彼らは男の子らしく得意技がバットのフルスウィングだったり、ナチであった身分を戦後に詐称できないよう、額へハーケンクロイツを刻み込んだりする。相対して、ショシャナが用いるのは手間暇をかけたフィルムでのメッセージと炎だ。この映画で一気呵成なヴァイオレンスシーンを繰り広げるのはショシャナだが、それは肉体を酷使するアクションではない。彼女が操るのはフィルムやスプライサーや映写機だけだ。そしてプレミア上映はショシャナ以外にも複数の思惑が交錯したことによって、甚大な被害をナチス陣営に与えることになる。
ここでも特殊部隊やレジスタンスの活動以外に、フレデリック・ツォラーの恋心がショシャナの復讐劇に別のドラマを生むことになる。フレデリックの熱烈さは復讐に燃えるショシャナに絶好の機会をもたらすと同時に、彼女の家族を殺したハンス・ランダ大佐(クリストフ・ヴァルツ)との再会というショッキングな出来事も引き起こす。クライマックスでも彼はショシャナの企みの妨げとなる。フレデリックは執拗にショシャナを追い回し、プレミアの夜も最悪のタイミングで映写室に入り込もうとする。だがその後に起こる男女のアクシデントでは、ショシャナが思わず行動に出てしまった「復讐の邪魔だてを消す」行為だけにはとどまらず、敵とはいえ自分に恋している男を心配する心を起こしてしまう。ここで男女の姿を切り取る俯瞰のカメラワークは、とても悲劇的でロマンティックなものだ。タランティーノは『キル・ビル』や『ジャンゴ 繋がれざる者』(12年)においても、ドラマを持つ人物の死体の写し方が滅法うまい。いま活躍している監督の中で、死体の転がり方に毎回ハッとさせられ、落涙してしまう演出力ではタランティーノが最高峰だろう。その悲哀が本作においても、後を引く余韻のあるものとなる。

より生々しい暴力へ

 群像劇『ヘイトフル・エイト』(15年)の主要人物の中で、女性はジェニファー・ジェイソン・リー演じるデイジー・ドメルグだけだ。彼女は首に賞金をかけられた極悪人で、屈強でしたたかな賞金稼ぎの男たちを向こうに回して引けを取らない。
彼女が映画の中で振るうのは、汚い言葉や罵詈雑言による暴力である。デイジーは登場した時点ですでに目の周りにあざができており、賞金稼ぎのジョン・ルース(カート・ラッセル)に手ひどいやり方で捕らえられたのがわかる。それでも彼女は落ち着いており、新たに出会った賞金稼ぎのマーキス・ウォーレン(サミュエル・L・ジャクソン)に、ニタニタと笑いながら「ニガー」と侮蔑的な呼びかけをする。住んでいる世界が元々暴力に満ちているから、殴られる恐怖の限界値が最初から無いに等しく、歯が折れるほど殴打されてもふてくされる程度の反応しか示さない。


© Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All Rights Reserved. Artwork © 2015 The Weinstein Company LLC. AllRights Reserved.

 この映画の中で一番不穏な空気を放ち、殺人すら気にも留めない匂いがするのはデイジーだ。クセモノな俳優たちが揃い、それぞれの役柄が並々ならぬアウトローとしての背景を背負っている中で、拳をあげたり銃を撃ったりしないのに、一番暴力的な存在感を放つ女。平然と人を侮蔑し、窮地に立った人間にひとかけらも憐れみを抱かない、根っからの悪党という新たな暴力の体現である。これまでタランティーノが描いてきた女たちは、暴力を振るうにあたって、徐々にみずからの肉体を使う機会を減らしてきた。そして『ヘイトフル・エイト』は芸達者なジェニファー・ジェイソン・リーを迎えることで、ナイフのような言葉と、邪悪な人間はそこにいるだけで暴力性を醸しだす状態を描いた。
 女の首、という点でも本作は興味深い。殺人にまつわる「首」と「距離」は意味を持つ。手で首を絞めるという行為は当然至近距離で行われ、エロティックなプレイでも試す人々がいるほどだ。そもそも密接な姿勢には性的な気配が漂うのに、なおかつ殺すには凄まじい力が必要なため、殺人者は被害者と強いつながりを持つのは避けられない。それは恐ろしいほど、感触や感情に強い記憶を残すだろう。しかし絞首刑となると、ロープの介在は処刑人を死ぬ者から物理的に遠ざける。それは人の死を感覚に響かせないための冷酷な距離だ。映画においてはロープだけでなく、表現そのものもカメラがかなりの引きになったり、編集でショットが切り変わったりして、死ぬ過程を露骨に見せることは避けられる。
 だが『ヘイトフル・エイト』は処刑について、かなり踏み込んだ表現がされる。男が二人がかりでテコの原理を応用し、女の首にかけた縄をズルズルと引き上げていき吊るす。むごたらしいようだが、吊るされるデイジーはか弱く憐れな者という域を超えた邪悪さに満ちているので、観ていてもそういった心苦しさが少ない。カメラも近くて、彼女を引き上げるための労力が生々しい人の体重であるのを伝える。それと同時に、処刑のように落下での首吊りではないぶん、じりじりと引き上げられる姿は、彼女の邪悪さがまだ地から離れることを拒否するような悪魔的な重みに見える。デイジーの暴力性を見せるためには手段もカメラも編集も、ここまでしないと釣り合いがとれないほどなのだ。
 アクションは荒唐無稽なほど、スタントマンやCGの処理を漂わせて、誰が演じようと構わないものとなる。だからタランティーノの変化は面白い。スター俳優から、現実にそのアクションをできる女優、または女でも振るえる暴力という現実味への変遷。これは女性を描く際にフィクションへと追いやらず、男性と同じような存在としてキャラクターを見つめている証であると思う。

「デス・プルーフ」発売中。
Blu-ray 1,886円(税別)/ DVD 1,429円(税別)。
発売元:ブロードメディア・スタジオ
販売元:NBCユニバーサル
(C)2007 The Weinstein Company, LLC. All rights reserved.

『イングロリアス・バスターズ』
Blu-ray:1,886 円+税/DVD:1,429 円+税
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
Film (C)2009 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED.
**2018年6月の情報です。

『ヘイトフル・エイト』
価格:¥1,143(税抜)
発売・販売元:ギャガ
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石田昌隆『JAMAICA 1982』 - ele-king

 『JAMAICA 1982』は、『ミュージック・マガジン』などで活躍中の写真家・ライターの石田昌隆の写真集。タイトルにあるように、1982年のジャマイカ(の主に音楽シーン)をとらえたもので、同年の7月7日から8月25日までの53日間滞在して撮影した写真が編まれている。サウンドシステム、スラム街、レコード店、ナイヤビンギ、人々……写真を見ているとベースの音が聞こえてくる。ハーブの香りも匂ってくる。この時期のジャマイカの音楽シーンの写真としては、世界的にみても貴重なものばかりじゃないだろうか。石田さんの撮り方/構図がじつにキマっているので、どの写真も格好良すぎるほど格好いい。石田さんの目には、ジャマイカがこのぐらい格好良く見えていたんだろう。貧しい、しかしこいつらは絶対に格好いい。なんにせよ、これで石田さんが見てきた風景のいちぶをぼくたちも共有できる。まったく嬉しい限り。発売は7月6日。石井志津男さんのオーヴァーヒートからのリリース。
 写真集の刊行に併せて、原宿のBOOKMARCにて写真展も開催される。この機会にぜひ、迫力満点の生の写真も見て欲しい。

【写真集】
■タイトル:JAMAICA 1982
■著者 :石田 昌隆
■ページ:64ページ(全フルカラー)
■サイズ:A4横開き(210mm×297mm)
■発売日:2018年7月6日
■定価:3,800円(税別)
■品番:OVEB-0004
■ISBN:978-4-86239-831-4
■発行:(株)OVERHEAT MUSIC / Riddim Books


【写真展】
■会場:BOOKMARC(ブックマーク)
東京都渋谷区神宮前4-26-14
TEL:03-5412-0351
■会期:2018年7月7日(土)~16日(月・祝)
・7月6日(金) オープニング・レセプション
・7月15日(日) トークショー


【石田 昌隆(いしだ まさたか)/ PHOTOGRAPHER】
著書に、『黒いグルーヴ』(1999年)、『オルタナティヴ・ミュージック』(2009年)、『ソウル・フラワー・ユニオン 解き放つ唄の轍』(2014年)がある。現在、アルテス電子版で『音のある遠景』を連載中。撮影したCDジャケットに、矢沢永吉『The Original 2』(1993年)、フェイ・ウォン『ザ・ベスト・オブ・ベスト』(1999年)、ソウル・フラワー・ユニオン『ウインズ・フェアグラウンド』(1999年)、『Relaxin‘ With Lovers』(2000~2018年 全15作品)、ジェーン・バーキン、タラフ・ドゥ・ハイドゥークス、ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン、ズボンズ、カーネーション、濱口祐自、LIKKLE MAIほか多数。旅した国は56カ国。

【写真展 会場/BOOKMARC(ブックマーク)】
ニューヨーク発のファッションブランド「マーク ジェイコブス」が手がける新感覚ブックストア。
2010年9月にNYのBleecker Streetに第1号店をオープン。世界5店舗目となるストアとして、2013年10月、 東京・原宿にギャラリーを併設したストアをオープン。
『BOOKMARC』を作るきっかけとなったのはNYのWest Villageにあった本屋が閉店するニュースでした。
デザイナーであるマーク・ジェイコブス本人やブランドのCo-Founderであるロバート・ダフィーは共に本に 対して並々ならぬ情熱を持っており、元々マーク BY マーク ジェイコブスのストアでは厳選された本を 取り扱っていたが、West Villageのその本屋をありのまま引き継ぎ、本のバリエーションを増やすことで、マーク ジェイコブス ブランドのインスピレーション源を表現する新しい顔をつくることに成功した。そして、 『BOOKMARC』は、アートに関する書籍を中心として取り扱う小さな本屋の新規開店が少なくなった昨今、実際に本を手に取り、書籍の素晴らしさを再認識し、その場で購入できる場所を提供したいという願いが込められている。
『BOOKMARC』では芸術、写真、ファッションや音楽に関する書籍は勿論のこと、詩集や芸術論に至るまで、様々なジャンルの厳選された書籍を取り扱っている。またコレクターたちを虜にするヴィンテージ本やサイン本も多数揃えている。

住所:東京都渋谷区神宮前4-26-14 TEL:03-5412-0351
営業時間:11:00~20:00 定休日:不定休
ギャラリー併設:BOOKMARCの地下スペース


interview with Grimm Grimm - ele-king


Grimm Grimm - Cliffhanger
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 マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの頭脳、ケヴィン・シールズが彼の元恋人シャルロット・マリオンヌ(ル・ヴォリューム・クールブ)とともに設立したレーベル〈Pickpocket〉からデビューを果たし、いまはなきインディー・ロックの祭典《All Tomorrow's Parties》には2度も出演、その〈ATP〉レーベルからも音源をリリースしたことのある日本人がいるのをご存じだろうか。ある種の人にとっては、嫉妬すら覚えるような輝かしい経歴を持つ彼は、東京出身・ロンドン在住のマルチ・インストゥルメンタリスト、Grimm Grimmことコウイチ・ヤマノハ。彼の通算2枚目のアルバム『Cliffhanger』がリリースされた。

 前作『Hazy Eyes Maybe』よりおよそ2年半ぶりとなる本作は、ウィリアム・S・バロウズのカットアップ技法を彷彿とさせる散文詩や、いまにも消え入りそうなウィスパー・ヴォイス、童謡やバロックなどにも通じるどこか懐かしいメロディ、アコギやピアノによるシンプルなトラックによって構成された、フォーキーでサイケデリックなサウンド。前作に引き続き、盟友BO NINGENのKohei Matsudaが参加しシンセを奏でている他、様々なライヴやイベントで共演を重ねているシャルロットや、エクスペリメンタル・バンド、ブルー・オン・ブルーのディー・サダもヴォーカリストとしてフィーチャーするなど、前作よりもさらに深みのある内容に仕上がっている。

 ロンドンに移住してすぐ、スクリーミング・ティー・パーティーなるバンドを結成し、その後ソロでの活動を始めたヤマノハ。彼の生み出す、どこの国のどの時代の音ともいえないサウンドは、一体どこから来ているのだろうか。

ときどき、「人と人は、深いところでは繋がっているな」と思うことがあるんです。「無意識の領域」というか、そこにはポジティヴでもなくネガティヴでもない、ニュートラルな感情がある。

まずは、ヤマノハさんがイギリスへ移住した理由を教えてもらえますか?

コウイチ・ヤマノハ(以下ヤマノハ):特に理由はありませんでした。イギリスの音楽が好きだったというワケでもなくて、ただちょっと日本が窮屈だなと思うことはあったんですけど、でもそれも理由でもないから「何となく」っていう感じですかね。ただ、こっちでは音楽はやろうと思っていました。

かれこれ10年以上、暮らしているんですよね。こんなに長く住むと思っていました?

ヤマノハ:いや、思ってなかったですね。2年くらいしたら住む場所を変えるつもりだったのに、気づけばこんなに経ってしまいました(笑)。ロンドンって、やっぱりちょっとイギリスじゃない感じがあって。コスモポリタンというか、多国籍空間で、変人も多いですし(笑)。何年いても不思議で。ここ10年くらいでテレーサ・メイみたいな右翼政府に変わってきているっていうのもあって、いまだに自分はエイリアンだなと感じます。そういうところは東京と似ているのかもしれないけど、ロンドンの方が僕にとっては居心地が良かったんですよね。

ロンドンで最初に結成したバンド、スクリーミング・ティー・パーティーは、どうやって始まったのですか?

ヤマノハ:ロンドンに着いて、割とすぐにドラマーとベーシストを探していたんです。街のあちこちの壁や電柱にメンバー募集の紙を貼ったりして。で、たまたま通りかかったスタジオの前に女の子がいて、ドラムケースの上に座ってたんですよ。「彼女、ひょっとしてドラマーかな?」と思いつつ一度は通り過ぎたんですけど、戻って声をかけたらやっぱりドラマーで(笑)。たったいま、ドラマーをクビになって、ドラムセットを家に持ち帰るところだって言うんですね。それで、その場で仲良くなったのが最初のドラマー、イタリア人のテレーサ・コラモナコだったんです。もうひとり、日本にいるときからの友人ニイヤンがロンドンに来て。彼はギタリストだったので、僕がベースをやることにして3人でスタジオに入ったのが、スクリーミング・ティー・パーティーの始まりですね。

バンドは2006年から2010年まで活動し、その間メンバーチェンジもありつつ3枚のシングル(「Between Air and Air」「Holy Disaster」「I'd Rather Be Stuck On The Stair Rail」)と2枚のミニ・アルバム(『Death Egg』『Golden Blue』)をリリースしています。バンド解散後は、ヤマノハさんはすぐソロ活動を始めたのですか?

ヤマノハ:いや、そこから3年くらい空きました。その間はずっと作曲やフィールド・レコーディングにハマっていて、ヨーロッパの古い建物や廃墟へよく行ってましたね。で、あるときベルリン西部にある廃墟でふとGrimm Grimmのコンセプトを思いついたんです。その頃はすでに曲を書きためていて、それをどういう形にするかを思いついた。言葉で言うのは難しいんですけど……うーん、懐かしい感じ? 死ぬときや、生まれる時の感じというか。ときどき、「人と人は、深いところでは繋がっているな」と思うことがあるんです。「無意識の領域」というか、そこにはポジティヴでもなくネガティヴでもない、ニュートラルな感情がある。基本的に僕は、ハッピーな音楽を作りたいと思う人間なのですが(笑)、そういう「無意識の領域」を想起させるような音楽が作りたいんですよね。

確かに、Grimm Grimmの音楽を聴いていると「懐かしさ」みたいな感情をかき立てられるのですが、それって日本人だからこそ感じるものなのでしょうか。イギリスの人には、ヤマノハさんの音楽はどう受け止められていますか?

ヤマノハ:「懐かしさ」といっても、いわゆる「ノスタルジー」とは少し違うと思っていて。さっきの「生と死」じゃないですけど、過去と未来が繋がっているような感じというか。そこを目指しているんですが、海外でも伝わる人には伝わっているなと感じますね。

いまっぽい音でも、昔懐かしい音でもなく、どこの時代の音楽かも分からないような、そういうサウンドを目指しているのでしょうかね。

ヤマノハ:そうですね。いまある音楽を否定したり、無視したりするつもりは全然ないのですが、時代感のない、タイムレスなメロディやサウンドに個人的には惹かれます。今回ミックスをしてくれたベルリン在住のミュージシャン、エンジニアのゴー君(Nakada Goh;ケヴィン・マーティンのThe Bugのサウンド・エンジニア)は古い友人で、ミックスをする時は1曲ごとに、例えば「視聴覚室で吹奏楽部が練習しているのが遠くから聞こえる学校感」とか「海辺の病院」とか、アンビエントの雰囲気や想像の場所を伝えてサウンドを決めていきました。

歩いていたら、ケヴィン(・シールズ)がいつもお金をあげてるホームレスたちが目的地のケバブ屋までついてきちゃった、ということがありました(笑)。一度に20ポンド(2800円)くらい平気であげちゃうから、みんな顔を覚えてるんですよ。

そもそも、曲作りをする上でヤマノハさんが影響を受けた人というと、誰になるのですか?

ヤマノハ:ここ5年くらいは、未来派の絵画などに刺激をもらっていると思うんですけど、音楽でいうと誰なんだろう。うーん、わかんないですね。ムーンドッグとかはいまでもよく聴いてます。あとはヴァシティ・バニアンとかの曲にあるメロディの永遠性に惹かれます。サイケフォークとか、そういうステレオタイプの定義ではなくて、なんというかどんなジャンルの音楽やコメディや建物や椅子でさえも、生死感が根底にうっすらあるものに影響を受けます。

童謡や、バロック音楽の影響もあるような気がします。

ヤマノハ:グレン・グールドが弾く、オルガンのバッハとかは昔から好きですね。あの「建築感」というか。それこそ過去と現在と未来が繋がっているような気がしますね。

2014年の夏には〈Pickpocket Records〉(マイ・ブラッディ・ヴァレンタインのケヴィン・シールズと、ル・ヴォリューム・クールブのシャルロット・マリオンヌが共同設立したレーベル)からシングルをリリースしていますよね。彼らとの出会いは?

ヤマノハ:元々僕は、シャルロットがやっているル・ヴォリューム・クールブが好きだったんですね。ロンドンに着いて、初めて友人に借りたCDが彼女のファーストで。「ベスト・フレンドを殺した」というタイトルの作品でした。それから7年ほど経ったとき、偶然入った近所の中古レコード屋で彼女が店員をしていて。それで話しかけたのがきっかけとなって仲良くなったんです。ケヴィンは、シャルロットに紹介されて知り合いました。みんな、イメージと違ってとても気さくな人たちです。

もうすぐMBVの活動が再開されますが、最近ケヴィンには会いました?

ヤマノハ:ひと月くらい前に、ダイナソーJr.がロンドンでライヴをやって、もともとJとケヴィンは兄弟みたいに仲が良くて、そのときに誘ってくれました。終演後、シャルロットも含めみんなでご飯を食べに行くことになって。カムデン・タウンを歩いていたら、ケヴィンがいつもお金をあげてるホームレスたちが目的地のケバブ屋までついてきちゃった、ということがありました(笑)。一度に20ポンド(2800円)くらい平気であげちゃうから、みんな顔を覚えてるんですよ。あ、ミュージシャンやってるケヴィンだ! って。

ケヴィンらしいエピソードですね(笑)。Grimm Grimmは、2015年と2016年の《All Tomorrow's Parties Iceland》にも出演していますよね。

ヤマノハ:はい。バリー・ホーガン(ATP主催者)は、たまたま飲みに行ったバーのカウンターで隣どうしになって。話してみたら、友人の友人だったりして、結構見えないところにある横のつながりに気づいたりしますね。ATPは問題児の集まりみたいな(笑)。子供がそのまま大人になったみたいな人たちばかりで、そういうところが好きでしたね。もちろん、ビジネスなんだけど、それを超えたところでやっているというか。そういう人たちは、会った瞬間に分かりますね。「この人とは仲良くなれそうだな」っていうのは、シャルロットにもケヴィンにもバリーにも、〈Stolen Recordings〉(スクリーミング・ティー・パーティーが所属していたレーベル)の人たちにも感じました。

Grimm Grimmとル・ヴォリューム・クールブは、よく一緒にイベントをやっているみたいですね。

ヤマノハ:ええ。ここ数年でシャルロットとは親友になって、ル・ヴォリューム・クールブ VS Grimm Grimmというユニットでお互いの曲を演奏しあうプロジェクトもしています。彼女は交友関係が広くて、特に90年代のいろんなミュージシャンと繋がることができました。10代のときに聴いていたマジー・スターのホープ・サンドヴァルや、ジーザス・アンド・メリーチェインの人たちとか。アラン・マッギー。刺激を受けることもたくさんあります。

彼女はいま、ノエル・ギャラガーと一緒にツアー回っているんですよね?

ヤマノハ:そう! あれは本当にビックリしましたね(笑)。ノエルのプロデューサー、デヴィッド・ホルムズがシャルロットの友人でもあり、それが縁で参加することになったみたいです。彼女は特に楽器が上手いわけでもなくて、主にコーラスとして参加することになったんですね。でも、「何かしら弾けた方がいいよね」っていう話になって、僕のところに相談に来たんです。「どうしよう?」って。それで、「ハサミの音で参加するのはどう?」って提案したんですよ。

(笑)。

ヤマノハ:僕は、ハサミの音が前からすごく好きだったので、パーカッション代わりに使ったらどうだろう? と思って。最初シャルロットは「ええ? ハサミ?」っていうリアクションだったけど、結局ライヴでやることになって。そしたら映像としてもハサミと女の人で、黒いオカルトっぽくてインパクトあるじゃないですか(笑)。一気に話題になって。ジュールズ・ホランドに出演したのが大きかったのかな(https://www.youtube.com/watch?v=iwV1lKNA0wU)。あれで炎上しちゃったんですよね。

リアム・ギャラガーも苛ついてましたよね(笑)。

ヤマノハ:いろいろと大変だったみたいですよ。オアシスのフーリガンみたいなファンから脅迫メールが来たりして。「ちゃんと楽器を弾きやがれ!」とか。ちょっと変わった子っぽく映っちゃったからか、風貌を中傷するような書き込みとかもあって。彼女自身は全く気にしてなくて、いまの状況を楽しんでますけどね。

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自分を含め周りにいる人たちの人生は、崖にぶら下がっているみたいだなって思ったところからですね(笑)。あと、崖からぶら下がっているような、クライマックスのいちばんいいところで「来週に続く」みたいに終わることを「cliffhanger」というらしくて。


Grimm Grimm - Cliffhanger
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それを聞いて安心しました。さて、Grimm Grimmの最新作『Cliffhanger』ですが、こちらはどのようにして生み出されたのですか?

ヤマノハ:アルバムは、この2、3年いろんなことがあったのとリンクしている部分はある気がします。親しかった友人が亡くなったり、生死をいままで以上に身近に感じました。それについて書いた曲がタイトル曲なのですが、そこからアルバムの構想が膨らんでいきました。それと今回は「いままでで以上に正直に作ろう」と思いました。前作よりも、 自分のいちばん弱い部分が剥き出しになって、結果的に張り詰めた雰囲気が出たというか。音数もだいぶ少なくなっているんですけど、「引き算」で音楽を作っていくのが楽しかったですね。

アルバム・タイトルはどこから来ていますか?

ヤマノハ:さっきの話じゃないですが、自分を含め周りにいる人たちの人生は、崖にぶら下がっているみたいだなって思ったところからですね(笑)。まあ、半分ジョークですが。あと、海外では映画のシリーズものとかで、崖からぶら下がっているような、クライマックスのいちばんいいところで「来週に続く」みたいに終わることを「cliffhanger」というらしくて。60年代に生まれた言葉で、それとかかっているのも面白いなと思いました。

ヤマノハさんは崖からぶら下がっているような人生ですか?(笑)

ヤマノハ:(笑)。きっと多かれ少なかれ、みんなそう感じるときはあるんじゃないかなと思います。もがいたり足掻いたりしながら誰もが生きていると思うし。「苦難があってこその人生」という風に、ポジティヴに受け止めて生きた方がいいんじゃないですかね。例えば、人生において不安はつきものだと思うんですけど、僕は「不安」はいいことだと思っていて。それを乗り越える力があれば、それこそ幸せだなと思うんです。

心強い言葉です。ちなみにタイトル曲は、ディー・サダという女性ヴォーカルをフィーチャーしています。

ヤマノハ:その曲は、いろいろとアレンジを試しながら何度かレコーディングしてみたんですが、なんか上手くいかなくて。ディーにヴォーカルをお願いして、歌とアコギだけのアレンジにしたらいい感じになったんです。彼女はブルー・オン・ブルーという、ロンドンのエクスペリメンタル・バンドに所属するネパール系女性ミュージシャンです。友人でもあるのですが、彼女の声が僕はすごく好きなんですよね。

ほんと、ジュディ・シルの未発表曲みたいな美しさがありますよね。

ヤマノハ:嬉しいです。このメロディが、頭のなかでずっと繰り返し流れていて、それを携帯のボイスメモに録っておいて後から歌詞を付けました。難しかったのは、普通にアレンジしたらポップになり過ぎてしまう曲だったこと。自分のなかにも、そういう邪念というか(笑)、「サビでもっと盛り上げて……」みたいなポップスの定石を、ついつい踏襲したくなる。悪魔のささやきですね。でも、何度か試しているうちに「あ、これ全部要らないや」と気づき、それでナイロン・ギターと歌だけにしたんです。

来日したとき、ライヴでも披露していた“Final World War”は、スクリーミング・ティー・パーティー時代にリリースした曲なんですよね?

ヤマノハ:この曲は、演奏しているうちに自分のなかで意味が変わってきたというか。最初に作ったときは「世界が滅亡して、それでもまだ流れている音楽」というイメージだったんですね。あるいは「事故で大破した車のカーステから流れている音楽」というか。ほんと、タイトル通り「世界最終戦争」という感じだったんですけど、いまは演奏していると、「最後の戦争が終わって、平和な世界が訪れるように生きる」というポジティヴな光景が目に浮かんでくるようになった。なので今回は、その解釈でレコーディングしたいなと思ったんです。

廃墟というとネガティヴな印象を持つ人もいると思うんですけど、僕のなかではポジティヴなイメージ。朽ちたままそこに存在している姿に、恋してしまったようなドキドキする感情を掻き立てられるんですよね。

そういう、ヤマノハさんの気持ちの変化はなぜ訪れたんでしょう。

ヤマノハ:特に何か、大きなキッカケがあったわけじゃないんですけどね。生きていく上で、ポジティヴに考えなければどうしようもないときってあるじゃないですか。新聞でやりきれない悲しいニュースとか読んだりしていて、そう感じることが多くなってきたのかもしれないですね。ただ、いまだにあの曲をやり続けている意味は、自分でもよく分からないんですよね(笑)。まあ、気に入ってる曲なんだと思います。演奏していて、気持ちがニュートラルになるというか。

もう1曲、スクリーミング・ティー・パーティー時代の“Shayou”も収録されています。これって、太宰治の『斜陽』と関係あります?

ヤマノハ:よく言われるんですけど、恥ずかしながらその本のこと知らなかったんですよ(笑)。最近まで読んだことがなかったんですけど、日本人の友人が帰国するときに本をたくさんくれて、そのなかに『斜陽』もあって読みました。ただこの曲は、ブダペストの工業地帯にある廃墟へ行ったとき、朽ちた建物の隙間から太陽光線がバーっと降っていて、その光景を見たときに思いついたものです。

お話を聞いていると、ヤマノハさんにとって「廃墟」はインスピレーションの源ようですよね?

ヤマノハ:そうかもしれない。廃墟というとネガティヴな印象を持つ人もいると思うんですけど、僕のなかではポジティヴなイメージ。朽ちたままそこに存在している姿に、恋してしまったようなドキドキする感情を掻き立てられるんですよね。ロンドン東部にカナリー・ワーフという、ウォーターフロント再開発地域があるんですけど、妙な未来感があってそこを歩いていていてもなぜか同じ気分になります。巨大建築物ってなんか切なくて。

ひとつとして同じ形のものはないですしね。人工的な建築物が、朽ちて自然と同化していく感じも好きです。

ヤマノハ:そう。他の惑星の生物のことを思ったりしますね。もっとわかりやすく言えば、廃墟は『天空の城ラピュタ』みたいな感じかな。

“Shayou”のシンセは、Bo NingenのKohhei Matsudaさんが弾いているんですよね。

ヤマノハ:はい。隣の部屋に住む彼に来てもらって(笑)、同じシンセを2台並べて一緒に弾きました。試し録りをそのまま使っています。イメージとしては、「小学校の屋上」みたいな感じ……(笑)? なんか小学校の屋上って、なんとも言えない無機質で巨大な非日常感があったと思うんです。あまり頻繁には行かないし。晴れた空が広がる、永遠に終わらない真っ青な空間というか。言葉にならない異世界感というか。

“Hybrid Moments”は、アメリカのホラー・パンク・バンド、ミスフィッツのアコースティック・カヴァーです。Grimm Grimmでは、カヴァーって他にもやりますか?

ヤマノハ:たまに。森田童子の歌や“ムーン・リヴァー”をやってます。そういえば森田さん、亡くなっちゃいましたね。日本に住んでいるときによく聴いている時期があって、童子好きが集まるイベントに出たことがあるんです。「森田童子の曲を演奏する」という内容だったのだけど、そのときに、ものすごく彼女に似ている声の人がいたんです。異様に張り詰めた雰囲気がある人で「あれは一体誰だったんだろう」って言い合っていたんですけど、どうやら本人だったらしく。

ええ?

ヤマノハ:そうなんです。名前も変えて。で、みんなが気がついたときには、すでにいなくなってた。後日手紙が送られてきて、「いま、童子は横にいます」と書いてあった。超現実的で、白昼夢のような体験でした。

不思議な体験ですね……。でも確かに、Grimm Grimmと森田童子のメロディには、どことなく通じるものがある気がします。前作『Hazy Eyes Maybe』に収録されていた“Kazega Fuitara Sayonara”とか。

ヤマノハ:あ、本当ですか。童子の歌って、飲み屋とかバーで流れたら、それまで賑やかだった場がしんと静まりかえってしまうような、空気を一変させる力がありますよね。そこが僕はとても好きです。歌詞の世界も、根本的というか。恋愛だけじゃない精神世界的な何かがあって。

ところでヤマノハさんは、歌詞でどんなことを書きたいですか?

ヤマノハ:10代の頃って英詞の内容がわからないまま音楽聴いていて。いま思うと、英詩とかを日本語にするっていう翻訳の作業は、本当のところ繊細すぎてほとんど不可能みたいなことだと思うんです。その若干間違った歌詞翻訳を読んだりして、辻褄の合わない雰囲気、距離感に影響を受けました。僕は、歌詞の内容より音の響きや音質の方にプライオリティがあって。歌詞は散文詩じゃないですけど、1行ずつ考えていくので繋げたときに意味がなくなることも多いんですね。それでも、メロディと一緒に聴いたときに何かイメージが想起されればそれでいい。そういう歌詞の方が、聴き手のイメージが限定されず、いろいろと湧いてきたりすると思うんですよね。

ウィリアム・S・バロウズのカットアップという技法に似ている部分があります。“Orange Coloured Everywhere”の、ナレーションみたいな声は?

ヤマノハ:タイトル曲でゲスト参加してくれたディーや、友人たちに喋ってもらいました。もともとこれは、デイジー・ディッキンソンという映像作家の『Blue But Pale Blue』という短編映画の作品のために作った曲なんです。

シャルロットが参加している“Si”は、日本語の「死」という意味?

ヤマノハ:いえ、フランス語で「if」という意味です。シャルロットと会って、一緒に作った曲なんですが、僕がメロディを考え、彼女が歌詞を付けてくれました。

今後はどんな活動展開を考えていますか?

ヤマノハ:7月にジュネーヴにあるCERN(セルン)という欧州合同原子核研究機関でライヴをする予定があります。スティーヴン・W・ホーキング博士が「ビッグバン・セオリー」を研究していた巨大なドームで、普段滅多に演奏できるところではないのですごく楽しみです。メンバーと一緒にドラムマシンやシンセを使って取り組んでいて。そこからインスピレーションを受けながらアルバムの準備をしています、いまはドラムマシンで曲を作っていますね。

へえ、じゃあまた違った雰囲気の作品になるかもしれないですね。

ヤマノハ:最終的には、今作よりももっと削ぎ落としたものになるかもしれないですけど。逆にチェロやホーンを入れたり、いろんなことができたらいいなと思案中です。いずれにせよベーシックな作曲の部分は変わらないと思いますね。

Kamasi Washington - ele-king

 アルバム単位で音楽を聴く人は昔に比べて減ってしまっているのかもしれないが、そうした中で2枚組CD、アナログ盤で4枚組という、これまでのレコードの歴史の中でも異例な、極めて大きなヴォリュームで作品をリリースするというのは、何ともものすごい。しかも、パッケージには隠しCD(もしくはレコード)が1枚付属されていて、作品を通して聴くと3時間はかかる。だいたいの映画を1本観るより長く、サッカーの2試合分にも相当する時間だ。2015年の『ジ・エピック』も相当な大作だったが、カマシ・ワシントンはさらにそれを上回るような超大作を作り上げた。これを聴くにはかなりのエネルギーを要するわけだが、それを作る方はとなると、想像を絶するようなエネルギーが必要となるだろう。それだけの熱量と、全体をまとめあげる構想力が注ぎ込まれた『ヘヴン・アンド・アース』は、レコードにおけるアルバムという形を改めて問うものであり、ジャケットやパッケージのアートワークも含めて、音楽芸術を極めていったものである。

 『ジ・エピック』から3年ぶり、昨年〈ヤング・タークス〉に移籍して放ったEP『ハーモニー・オブ・ディファレンス』(こちらもミニ・アルバムくらいのヴォリュームがある)を挟んでリリースした『ヘヴン・アンド・アース』は、すでにリリース前から大きな話題となっていた。『ジ・エピック』の成功によって大きな期待がかけられ、またケンドリック・ラマーやフライング・ロータスの作品への客演により、ジャズ以外の幅広いリスナー層からも支持を集めていたからだ。それ以外にもイベイー、エヴリシング・イズ・レコーディッド、ジョン・レジェンド、セイント・ヴィンセントなどと共演し、ますますジャンルを越境した活躍を見せるカマシだが、そうした中でも自身のバンドであるザ・ネクスト・ステップの結束は深まり、数多くのツアーやライヴを重ねる中でバンドとして成熟していった。『ジ・エピック』から3年の間、カマシとザ・ネクスト・ステップが成長し、さらにレベル・アップしたものがまるまる『ヘヴン・アンド・アース』に収められている。ザ・ネクスト・ステップの面々、テラス・マーティン(アルト・サックス)、サンダーキャット(エレキ・ベース)、ライアン・ポーター(トロンボーン)、キャメロン・グレイヴス(ピアノ)、ブランドン・コールマン(キーボード)、マイルズ・モスリー(ベース)、ロナルド・ブルーナー・ジュニア(ドラムス)、トニー・オースティン(ドラムス)たちに、シンガーのドゥワイト・トリブルやパトリース・クインといったラインナップは、『ジ・エピック』の参加メンバーがほぼそのままとなっている。父親のリッキー・ワシントン(テナー・サックス、フルート)も演奏に加わり、スポット的にクリス・デイヴ(ドラムス)が参加した曲もあるが、基本的にはカマシが昔から仲間のミュージシャンと一緒に作ったアルバムである。従って、音楽的には『ジ・エピック』から大きな変化はなく、その延長線上にあるものである。カマシらしいスピリチュアル・ジャズの“ショウ・アス・ザ・ウェイ”や“キャン・ユー・ヒア・ヒム”は、『ジ・エピック』の世界観をパワー・アップさせたものと言えるだろう。

 ただし、『ジ・エピック』ではストリングスのみだったが、今回は吹奏楽団が加わり、オーボエ、チューバ、バスーン、フレンチホルンなどがフル・バンドで入り、ずっと厚みのあるオーケストレーションが形成されている。そのあたりの編成が『ヘヴン・アンド・アース』の特徴としてあり、カマシの書くスコアやオーケストラのアレンジも、そうした大編成を想定し、合わせたものとなっている。『ジ・エピック』でもコーラスなどを含めた大型編成用の作曲・編曲はあったわけだが、『ヘヴン・アンド・アース』はそうしたビッグ・バンド向けのアレンジがより目立ち、作曲家カマシ・ワシントンの才能にスポットが当てられた作品集である。カマシの地元ロサンゼルスのレイマイトパーク地区には、ピアニスト兼編曲家でパン・アフリカン・ピープルズ・アーケストラを率いた故ホレス・タプスコットがおり(ドゥワイト・トリブルはそのPAPAの出身)、その影響を受けてきた。また、UCLAでクラシックの作曲を学び、ビッグ・バンド・リーダーの故ジェラルド・ウィルソンからも作曲・編曲の手ほどきを受けている。そうしたカマシの作曲・編曲能力が『ヘヴン・アンド・アース』には注ぎ込まれている。『ジ・エピック』ではドビュッシーの“月の光”の素晴らしいアレンジを見せていたが、『ヘヴン・アンド・アース』ではブルース・リー映画の『ドラゴン怒りの鉄拳』の主題曲“フィスト・オブ・フューリー”を取り上げている。この曲や“ウィル・ユー・シング”での男女混成コーラスを交えたドラマティックなアレンジは、まるでエンニオ・モリコーネの映画音楽のようでもある。ほかにも“ザ・スペース・トラヴェラーズ・ララバイ”や“ザ・シークレット・オブ・ジンシンソン”などスケール感のあるオーケストラ曲があり、カマシにはクラシックや映画音楽からの影響もあることを伺わせる(ちなみに、カマシが好きな映画音楽の作曲家はバーナード・ハーマンとジョン・ウィリアムスで、ロシアのハチャトゥリアンからも影響を受けたそうだ)。コルトレーンやファラオ・サンダースなどの系譜を受け継ぎ、激情的で咆哮するサックス・プレイがトレード・マークのカマシだが、こうした作曲・編曲の腕前やビッグ・バンドの統率力を見ると、実は緻密で理知的なタイプの音楽家であることがわかるだろう。

 『ヘヴン・アンド・アース』は大作ではあるが、中だるみとか散漫さが出てしまうことはなく、一方で単調だったり、一本調子なところもない。ジャズという形をとってはいるが、いろいろな音楽の要素が見受けられ、それを消化して自身の音楽へと変えている痕が見られる。“テスティファイ”にはニュー・ソウルからAOR的な雰囲気があるポップな曲で、“ヴィ・ルア・ヴィ・ソル”はブラジリアンやラテン的な曲調にヴォコーダーを交えたユニークな曲。“インターギャラクティック・ラヴ・ソング”の頃のチャールズ・アーランドを彷彿とさせる感じだ。“ティファコンケイ”にもラテン的な軽やかさがあり、“キャン・ユー・ヒア・ヒム”やフレディ・ハバードのカヴァーの“ハブ・トーンズ”もアフロ・キューバン的なリズムを土台とし、そうしたミクスチャーな要素が『ヘヴン・アンド・アース』の随所から感じられる。ファンク・ビートの“ストリート・ファイターズ・マス”にはヒップホップやビート・ミュージックからの影響があるし、“ソングス・フォー・ザ・フォールン”の中盤のサイケデリックでコズミックな展開は、フライング・ロータスたちとの交流から生まれてくるものかもしれない。“ウィル・ユー・シング”のリズムなどはファンクともダブステップともなんとも言えないユニークな感じで、そうした点がカマシの現代性、先進性を示している。ライアン・ポーター作曲で彼のソロ・アルバムでもやっていた“ザ・サームニスト”も複雑な変拍子を持ちながらグルーヴする曲で、カマシやバンド・メンバーのリズムに対する敏感な嗅覚を感じさせる。一方で“ウィル・ユー・シング”や“ジャーニー”にはカマシの音楽の核のひとつであるゴスペルの影が見え、そうした自身のルーツ的な部分をとても大切にしているアーティストであることがわかる。シュレルズの“ウィル・ユー・ラヴ・ミー・トゥモロー”、ファイヴ・ステアステップスの“オー・チャイルド”と、1960年代から1970年代にかけてのソウルやドゥーワップもカヴァーしており、そうした古き良き時代の黒人音楽に対するオマージュも伝統的なものに対する敬愛の表れだ。“マイ・ファミリー”もオーソドックスなジャズ演奏で、オールド・スクールなジャズへの愛情が感じられる。

 アルバムは『アース』と『ヘヴン』のパートに分かれ、さらにボーナスCDは『ザ・チョイス』となっている。『アース』は自身の外側の世界、現実の世界、『ヘヴン』は自身の内なる世界、想像や理想とする世界を表わし、それらは表裏一体の世界であるとカマシは捉えている。同じひとつの世界だが、ものごとの見方によって人それぞれに違うものに映り、だからこそ理想の世界を想像することにより、現実はそれに向けて変わっていくというカマシの理念や哲学が込められている。作品に付けられた歌詞は抽象的なものが多く、世界や地球、自然や神、人類の平和やユニヴァーサルな愛などについて述べられている。具体的な政治思想などに言及しているわけではないが、ただし『アース』での“フィスト・オブ・フューリー”はブルース・リーの人物像を自身に投影し、人種差別や貧困などの社会問題と闘おうとするメッセージが込められている。そうした差別や貧困などが撲滅された世界が『ヘヴン』にある理想郷で、終盤に向かってその理想が広がり、希望や光に満ちたアルバムとなっている。

編集後記(2018年6月29日) - ele-king

 こんな最悪な週末も珍しい。土曜日である。ぼくは玄関の水槽の砂利のなかに貯まった汚物(餌の食べ残しであるとか糞であるとか)を吸い取って、カルキを抜いた新しい水を入れ替えようとしていた。貧乏なクセに多趣味の自分は、つりも好きで、子供といっしょによく多摩川に行って魚やエビを採ってくるのだが、それら魚やエビの何匹かが家の水槽のなかにいるというわけだ。
 ろ過装置をつけているとはいえ、水槽の水は定期的に入れ替えなければならない。家にはアクアリスト専用の汚物を吸い取るポンプ(灯油を入れるときに使うポンプに近い)があり、それを使ってまずはバケツに汚い水を溜める。それを洗面所に捨ててから新しい水を水槽に入れるのだが、その日もいつもと同じようにいっぱいになったバケツを持って、玄関から廊下を水がこぼれないように慎重に歩いていた。で、一歩、二歩、三歩進んだそのときだった。突如バケツの取っ手が折れたのである。バケツは落下し、悪臭漂う水は勢いよくその場にぶちまかれたのだった。
 血の気が引いたとはこのことで、廊下の壁に設置してるCD棚の下の方はもちろん濡れている。が、このときはCDどころではない。まずは大量にぶちまかれた汚水をどうやって家のなかから出せばいいのだろうかと、途方に暮れた。
 これから先の展開は、あまりにも生々しい家族の話になるので止めておくけれど、その最悪な週末は波乱に満ちた今週の不吉な前兆だったのかも……なんてことはないのだろうが、しかし。

 日本とポーランドの試合後の居心地の悪さは、そのルールがイエローカードの枚数に起因することにあるのだろう。たとえば、人生においてイエローカードの枚数が多い人が、ある場面において蹴落とされるとしたら、決して気持ち良いの社会とは言えない。そもそもイエローカード自体が相対的なものだ。基準は審判や試合の流れにもよるし、フットボールにおいて、場合によっては味方にとっての勇敢なプレイに対する証ともなる。試合中、審判に激しく抗議してもカードは出されるわけだが、そんな役回りを絶対権力を行使する死刑執行人だと皮肉ったのはウルグアイの作家、エドゥアルド・ガレアーノである。そんな訳で、カードの枚数の少なさをもって勝負に出たアキラ・ニシノが世界中からブーイングされるのは当たり前であり、そうであって良かったとさえ思う。イエローカードの枚数が順位を決する世界など、ぼくも見たくはない。
 しかし指揮官という立場のアキラ・ニシノは、ただがむしゃらに、自分のチームが決勝トーナメントに進める可能性の高いほうに賭けたわけで、昔からグループリーグのことに最終戦は、がちんこの真剣勝負ではなく、露骨な時間稼ぎや体力温存の塩試合、次戦の対戦相手を見据えた打算的な試合なんかはあるものなので、そういう意味ではやることをやったまでのことと言えるのだけれど、今回の場合はそれが意味してしまうところが悪かった。ぼくは明らかにイエローカードの多い人生を歩んでいる。素直に喜べるわけがない。

 それでは最後にフットボールのための最高の音楽を紹介しよう。フットボール・ファンでもあるマイケル・ナイマン(ジム・オルークが若い頃に影響されたという本の著者でもありますね)の1996年の作品、『After Extra Time』。タイトルは「延長戦の末」にという意味。さて、いよいよ決勝トーナメントがはじまるぞ!

水曜日のカンパネラ - ele-king

 出羽守という言葉がある。「でわのかみ」と読む。きっとあなたも一度は耳にしたことがあるだろう。「海外ではこうである、しかし日本ではそうではない」というような議論を展開する人びとを揶揄するための言葉だ。けれど、「海外では」という言い回しを使う人びとは必ずしも「ゆえに日本もそうすべきである」と主張したいわけではなくて、たいていの場合たんに参考例を挙げているだけなのではないか。海の向こうのケースを参照することで見えてくることだってあるんじゃないと、ちょっとした提案をしているだけなのではないだろうか。そこに悪意や攻撃性を読み込んでしまうのは、受け手の自意識が肥大しているからなのかもしれないし、あるいは「そんなこと言ったって、結局何も変わりゃしねえよ」というシニシズムが働いている可能性もある。なかには、閉鎖性を優位性へと置き換えたい人もいるのかもしれない。
 水曜日のカンパネラによる最新EPは、「ガラパゴス」と題されている。資料によるとそれは、いまの日本(の音楽)に対するメタファーなのだそうだ。たしかに、昨今のJポップのクリエイターのなかには、洋楽を聴かない人たちがそれなりに存在しているなんて話も聞く。ということはつまり、水カンはいま、日本(の音楽)の閉鎖性を憂い、歎いているのだろうか? それとも逆に、このアイソレイテッドで特殊な生態系を誇り、褒め称えようとしているのだろうか?

 冒頭“かぐや姫”の歌い出し、左右と中央に振り分けられた「アォ」という音の連なりを耳にした瞬間、彼らがこれまでとはまったく異なるステージに立っていることがわかる。弦と管によって緩急をつけられたヒップホップ・マナーのトラックも意外だ。zAkによるエンジニアリングの効果も大きい。そしてコムアイは、トレードマークとも言えるその独特のラップを手放し、大々的に歌っている。にもかかわらず、おもしろいほどにリリックの内容が頭に入ってこない。歌詞カードを確認しない限り、それが日本語であることさえ認識できない。同じタイミングで新作をリリースしたムードイドは、声もあくまで楽器のひとつと見なしているそうだけれど、その彼とコラボレイトした5曲目“マトリョーシカ”では、テープを逆再生したような奇妙な日本語とフランス語とのかけ合いが、言葉から次々とその意味を剥奪していく。
 水カンの音楽を評する際にしばしば用いられてきた術語に「ナンセンス」というのがあるけれど、僕はこれまでどうにもそういう評価のしかたに居心地の悪さを感じてきた。というのも、水カンの歌詞に「ナンセンス」という言葉をあてがってしまった時点で、不可避的にナンセンスというセンスが発生してしまうからだ。つまりナンセンスはナンセンスではなくなってしまうのである。「ガラパゴス」がおもしろいのは、コムアイの声をどんどん音へと近づけて歌詞性を引き剥がしていくことによって、ナンセンスというセンスを持ったナンセンスではなく、文字どおりのナンセンスが実現されている点である。

 そのことと対応するかのように、本作ではプロダクションの面でもこれまでとは異なる水カンが打ち出されている。中盤はダンサブルな曲が続き、一部では4つ打ちも導入されているものの、それがこのEP全体の雰囲気を決定づけているわけではない。“ピカソ”や“メロス”から聴き取ることができるように、各々の曲には今日のベース・ミュージックやコンテンポラリーR&Bなどの要素が細かく織り込まれている。“南方熊楠”や“見ざる聞かざる言わざる”のパーカッションのような聴きどころも多く、とにかくサウンド面での魅力が飛躍的に向上している。もちろん、これまでも彼らはフットワークやクワイトといったスタイルを参照してきたわけだけど、とはいえそのサウンドはあくまでJポップという枠組みのなかに収まるものであった。しかしこの「ガラパゴス」は、そのJポップの慣習を盛大にぶっちぎっているのである。

 だからこそ、アンビエント・ポップとでも呼ぶべき最後の2曲の違和感が際立つ。オオルタイチが作詞・作曲・編曲を手がけた“愛しいものたちへ”も、コムアイが作詞し彼女とケンモチヒデフミとzAkの三者が作曲を担当した“キイロのうた”も、シンセの持続音が静けさを演出する一方で、異様なまでにコムアイの歌が強調されている。この2曲からは日本語が聞こえる。彼らはここで、一度ぶっちぎったはずのJポップの慣習を意図的に呼び戻している。これまで基本的に人名(やユーマ)を曲名に採用してきた彼らが、この2曲に関してはそのルールを適用していないことも示唆的である(直前の“見ざる聞かざる言わざる”は、それを「猿」と捉えれば人やユーマの系列に所属させることができる)。ナンセンスでもなく、ナンセンスというセンスでもなく、ストレートなセンス。この2曲には、じつに意味らしい意味が蠢いている。

 Jポップという鎖からの解放を希求し、海外のポピュラー・ミュージックを参照することで一度はそれを否定しながら、最終的にはもとの枠組みへと帰ってくる――けれどもそのとき、もといた場所はすでにもといた場所ではなくなっている。これこそが、彼らがこの新作を「ガラパゴス」と名付けたゆえんではないだろうか。つまり、「では」によって一度「あちら」が切り拓かれるからこそ「こちら」の充実もまた望めるのである……と、あまりにも当たり前の結論に至ってしまったことに呆然としているが、しかし水カンが戦っているのはそういう「当たり前」のことを言っていかなければならない舞台だ。であるなら、言うべきことはひとつ。僕たちは遠慮なんかせず、がんがん「では」「では」と連発していけばいい。

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