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Autechre

ExperimentalIDM

Autechre

elseq 1–5

Warp

小林拓音   Dec 20,2016 UP

 クラブ・ミュージックを聴くときの耳を用意するか。それとも実験音楽や現代音楽を聴くときの耳を用意するか。それによってオウテカの作品に対する評価は異なってくるだろう。
 前身のレゴ・フィートの音源を聴けばわかるように、オウテカのルーツはエレクトロやヒップホップにある。実際、90年代前半のかれらは〈Warp〉の「A.I. シリーズ」に参加する一方で、〈Mo' Wax〉のコンピレイション『Headz』にもトラックを提供していた。つまりかれらの音楽は、テクノとして聴かれると同時にアブストラクトなヒップホップとしても受容されていたのである。とはいえもちろん、「知性派」であるところのショーン・ブースとロブ・ブラウンのふたりは、誰にでもわかりやすい形でエレクトロやヒップホップを鳴らしていたわけではない。かれらのサウンドは「ポスト・ファンク」とでも形容すべき、あるいはわが編集長のかつての言葉を用いれば「メタ・ファンク」とでも呼ぶべきもので、決して万人に受け入れられるような大衆的な音楽ではなかった。にもかかわらず、ある時期までのかれらの音には、優れたポップ・ミュージックの持つ最高の快楽のようなものが具わっていたように思う。どれほど尖鋭的な試みをおこなおうとも、かれらの鳴らすサウンドの根底にはエレクトロやヒップホップに対する情熱が横たわっていた。そのように、テクノやヒップホップといったポップ・ミュージックとしての側面と、実験的あるいは前衛的な現代音楽としての側面とを絶妙なバランスで両立させていたのが90年代のオウテカだったのである。
 そのバランスが崩れていったのはいつ頃からだったろう。分岐点のひとつに『Confield』があったのは間違いないが、よりポップへの志向との決別が明確になったのは『Draft 7.30』だったろうか、それとも『Untilted』だったろうか、あるいは『Quaristice』だったろうか。
 いま振り返ると、『Confield』以降のオウテカの歩みは、どんどんポップさを切り捨てていく行程だったように思われる。もちろん、それはかれらの作品のクオリティが下がっていったという話ではまったくないし、かれらのヒップホップに対する情熱が失われていったということでもない(ショーン・ブースは『Draft 7.30』がリリースされたときのインタヴューで、ティンバランドやネプチューンズやジェイ・Zの独自性について語り、ブリトニー・スピアーズの“I’m A Slave 4 U”についても「良かった」という発言を残している)。だがかれらの、ポップとエクスペリメンタルとの間でかろうじて保たれていた、あのあまりにも危うい均衡にこそ魅力を感じていたリスナーには、00年代以降のかれらのサウンドはやたら浮世離れしたものに聴こえていたのではないだろうか。
 もしかしたら本人たちもそのことを自覚していたのかもしれない。10年代に入ってからのオウテカは、少しずつかつての均衡感覚を取り戻そうともがいていたように見える。そして、その長きにわたるリハビリを経てリリースされた『elseq 1–5』は、ついにかれらが往年の絶妙なバランス感覚を取り戻したことを告げている。

 通算12作目、『Exai』以来3年ぶりとなるこのアルバムは、フィジカルでは一切リリースされず、かれらのウェブサイト上でのみ販売された。前作も2枚組の大作だったが、今作はそれをはるかに上回る規模の超大作で、タイトルに「1」から「5」と冠されているように、CDに換算すると5枚組に相当するヴォリュームである。それゆえそのすべてを一気に聴き通すのにはかなりの体力を必要とするが、しかし不思議なことに忍耐力はそれほど必要ない。どういうことかというと、『elseq 1–5』は、00年代のオウテカの作品と比べて、かなりポップに仕上がっているのである。
 先行公開された“feed1”こそつい身構えてしまうような緊張感を醸し出しているものの、 “c16 deep tread”はオウテカらしいインダストリアルなヒップホップだし、ハードコア風パーティ・チューンの残骸を貼り付けたかのような“13x0 step”の出だしや、“latentcall”終盤のエレクトロには思わず胸が熱くなる。“chimer 1-5-1”にはかれらのキュートな部分が表れているし、“c7b2”や“mesh cinereaL”はある種の陽気さないし遊び心に溢れている。メロディアスな“pendulu hv moda”や“foldfree casual”は「EP7」に入っていてもおかしくない。このように、この超大作には「音を聴いてエンジョイすること」を促すトラックが数多く収録されている。
 とはいえ、かれらは何もヒット・ソングを量産する商業機械になったわけではなく、あくまでエレクトロニック・ミュージックのレフトフィールドを突き進む開拓者であることを堅持している。例えば“7th slip”には『Confield』のような官能的な実験があるし、複雑な展開を見せる長尺の“elyc6 0nset”には民族音楽のように聴こえる高音が差し挟まれていたり、かすかにダブ・テクノの香りを漂わせる“freulaeux”には4つ打ちと誤解させるような仕掛けが施されていたり、かれらはいまでも「“慣らされてしまったことへの服従”に抵抗する」ことを忘れていない。
 要するに、このアルバムではダンスへの欲求と思考への欲求とが、ポップへの志向とエクスペリメンタルへの志向とが、理想的な関係を結んで同居しているのである。オウテカはいまふたたび、エクスペリメンタリズムの使徒であることと同時に、ポップ・ミュージックの担い手であることも引き受けようとしている。この長大な『elseq 1–5』は、かれらの新しいマニフェストみたいなものだろう。だから僕たちは実験音楽や現代音楽を聴くときの耳ばかりでなく、クラブ・ミュージックやポップ・ミュージックを聴くときの耳も用意して、思う存分この素敵な超大作を楽しんだらいいのだと、そう思う。
 オウテカが、帰ってきた。

小林拓音