「Nothing」と一致するもの

CROOKED TAPES presents NEGATIVE INIFINITY - ele-king

 ゼロ年代US産ローファイ/ノーファイ・サイケデリア、DIYインディー・ミュージックを引率した〈Not Not Fun Records〉総帥ブリット・ブラウンによるレーベル発足と同時期にアレックス・ブラウンと共に活動を始動させたバンド、ローブドア〈Robedoor〉。現在までに大小様々なレーベルより膨大な音源をリリースしてきた彼らがヘヴィ・ドローンからドゥーム・メタル、クラウトロックからインダストリアル・ミュージックを消化しきたのはブリット曰く、彼らの「洞穴音楽」への探求に他ならない。〈Deathbomb Arc(デスボム・アーク)〉から来たる新譜、〈Negative Legacy(ネガティヴ・レガシー)〉からの新曲をひっさげ、中国ツアーを終えたばかりの彼らがその足で東京、大阪でのエクストラ・ショーケースを行う。春風の清々しさに欝気味のあなた、是非この機会にLA発ダンジョン・シンセを浴びて、堕ちるとこまで堕ちてみてはどうだろうか?

CROOKED TAPES presents
NEGATIVE INIFINITY
RBDR Japanese showcases 2019

4月18日 大阪 Socore Factory 〈line in da utopia〉
4月19日 東京 Galaxy銀河系 (開演は20時予定)

https://robedoor.bandcamp.com/

Steve Reich - ele-king

 ミ二マル・ミュージックは反復の音楽だとよく言われるが、はたして話はそんな簡単なのだろうか。そもそもミニマル・ミュージックは反復という手段を用いて、最小限の音素材やフレーズから差異や、変化をうみだすもので、ミニマルという言葉自体に反復という意味があるわけではない。反復といっても反復されるもととなるオリジナルが明確に楽曲にあるわけではないようだし、もはや何を反復しているのだろうかとふと思ってしまったり。

 スティーヴ・ライヒの『ドラミング』が46年ぶりにオリジナル・マスターテープよりリマスタリングされ再リリースされた。『ドラミング』といえば、1974年グラモフォン盤や1987年のノンサッチ盤などが有名だが、いくつかあるドラミング音源のうち本作は1971年のニューヨークのタウンホールでの演奏を収録している。厳密な意味で、ミニマルと呼べるのは、1965年に作曲されたい『イッツ・ゴナ・レイン』から、70年までの作品で、それ以後には、『クラッピング・ミュージック』(1972年)と『木片の音楽』(1973年)の2作品しかあてはまらないと言われている。同種楽器におけるビートの提示とズレによる71年の作品、『ドラミング』は、ミニマリズムからの離脱を明らかにし、ライヒのその後の展開を方向づけた作品であり、フェイジングを既存の楽器に用いることをコンセプトとした60年代の作品の最終形態である。

 1971年といったら私が生まれる何十年も前なので前衛音楽、実験音楽さらにはジャズの流れをふまえたミニマル・ミュージックが発展していく当時の状況をリアルタイムでは体験できなかったが、ライヒを含むミニマル・ミュージックが当時の「新しい」音楽であったことは確かだろうし、前衛、実験音楽によって排斥される傾向にあった調整、リズム、旋律がミニマル・ミュージックにおいては取り戻され、それはシリアス/ポップの線引きを弱めた一要因でもあったのだろう。
 ライヒの楽曲を聴くと私の頭のなかにはアナログ時計の針が思い浮かぶ。シュトックハウゼンに代表されるような、いわゆる「前衛」音楽の場合、厳格にコントロールされた一音一音がデジタル時計のように分断された点、そしてそれに続く点と並べられ楽曲は構成されていくのだが、ライヒの楽曲はアナログ時計の針のように緩やかに途切れることなく刻々と音を繋げていく。それがライヒの「緩やかに変化するプロセス」としての所以だろう。緩やかに変化するプロセスとは、作曲のプロセスのことではなく、文字通りの緩やかに変化するプロセスとしての音楽ということであるとマイケル・ナイマンは言う(68年にナイマンはそれまで美術で主に用いられていたミニマリズムを音楽に転用し、ミニマル・ミュージックという用語を確立した)。ライヒの音楽には変化のプロセスが目に見えるように(実際は見えないけど)現れる。そして、音楽が時間芸術であるということを改めて気づかされる。
 演奏時間は1時間を超え、演奏者は合計で12人を要するドラミングは全四部で構成される。最初の三部はボンゴ、マリンバ、グロッケンシュピールをもとに展開していき、最終部ではそれら三つの音色の層が重なりあって展開していく。同種楽器によるアンサンブルを構成し、同種楽器による同じ音色のなかで微妙に変化していく音を聴くというのがライヒの作品に通底するものだが、ドラミングでは、各楽器群の音色、特性を提示したのちに、また別の楽器群がもつ音色や特性と混ぜ合わせ、シフトさせていき、最終的にはすべてが混ざり合ったアンサンブルが提示されるわけだ。さらに、第一部のボンゴに対しては男声、第二部のマリンバに対しては女声、第三部のグロッケンシュピールに対しては口笛とピッコロが付加的な音色を重ね、さらに音の層は複雑になっていく。これら男声、女声、口笛やピッコロなどの音は、ボンゴ、マリンバ、グロッケンシュピールの単純なリズム・パターン、音色の反復に対してはまた別の音の現象を生成しているように感じる。どこに聴取の重心を置くかによって、違った聞こえ方をしてくるのはこのためだろう。『ドラミング』には聴取する際の明確な重心点のようなものはない。『ドラミング』はオリジナルの主旋律を模倣、反復していくフーガのようなものではない。ここには「オリジナル」のいわゆるリードとなるような旋律はないのか。もしくは全てがオリジナル的な旋律なのか、そもそもそのようなことを考えることが無意味なのだろうか。
 と考えているうちにも、あるフレーズは繰り返され、また別のフレーズが加わる/減るを繰り返し、私はその変化を知覚するが、最初のフレーズがどんなものだったか、ついさっきどんなフレーズを聴いていたのかを忘れてしまう。「ミニマル=最小限の」という意味で、ライヒが厳選した音素材が最小限の音響の領域のなかで何度も反復されるという行為は制御的で楽曲の重心は明らかなように一見思えるが、聴取する側にはこの重心が提示されているわけではないようだ。ライヒの楽曲自体の音と実際に私が知覚した音のあいだにもずれは生じ、あっというまに迷子になってしまう。ある音響の領域のなかでフレーズが反復されるうちにずれや変化がうまれ、あるパターンを繰り返しながら少しずつ変化をしていたものがまた別のパターンを接続していくうちにいったい自分は何を聴いていたのかという知覚が宙吊りになってしまう感覚はこうしておこるのかもしれない。

https://www.stevereich.com/

「笑い」とともにある音楽史

新しい・珍しい・奇妙
ジャズやオペラからラップにテクノ、EDMにいたるまで、日本人は新しい音楽を常に「ノベルティソング」の形で受容してきた――「笑い」とともにある音楽史

【著者略歴】
矢野利裕(やの・としひろ)
批評家、ライター、DJ。1983年、東京都生まれ。2014年「自分ならざる者を精一杯に生きる――町田康論」で第57回群像新人文学賞評論部門優秀作受賞。著書に『SMAPは終わらない』(垣内出版)、『ジャニーズと日本』(講談社現代新書)、共著に大谷能生・速水健朗・矢野利裕『ジャニ研!』(原書房)、宇佐美毅・千田洋幸編『村上春樹と二十一世紀』(おうふう)など。

目次

まえがき

第1章 明治・大正──大衆音楽とノヴェルティソングの始まり
川上音二郎とオッペケペー節から/オッペケペー節と自由民権運動/オッペケペー節のノヴェルティ性/演歌師・添田唖禅坊の登場/政治的演説における音楽性/ノヴェルティソングとしての演歌/ヒットメイカーの添田唖蝉坊/「東京節」のヒット/意味から解放された言葉/浅草オペラの隆盛/“猥雑”な場所、浅草/大衆化するオペラ

第2章 戦前・戦中──ジャズと演芸と戦争
エノケンとカジノフォーリー/ジャズと都市のスピード感/身体を動かす音楽/日本で最初のレコード歌手、二村定一/エノケンと二村はすぐれた芸人である/あきれたぼういずの登場/「ジャズ浪曲」と国民の創出/あきれたぼういずのDJ的センス/あきれたぼういずの背後に戦争の影/左翼出身の漫才作者、秋田實/わらわし隊による戦地慰問/柳家金語楼のジャズ演芸/許しがたい人物が奏でる素晴らしい音楽/戦時下におけるジャズの解放感

第3章 戦後1──ニューリズムの奔流
忘却される戦後日本の「起源」/笠置シヅ子と戦前日本/ブギのリズムと戦争のない世界/音楽によって明日を生きる/戦後日本を代表するノヴェルティソング「東京ブギウギ」/「ゲテモノ」登場、美空ひばり/洋楽を歌いこなす美空ひばり/コミックソング歌手としての美空ひばり/美空ひばりとジャニー喜多川の意外な関係/美空ひばり、リズム歌謡を歌う/リズム歌謡のおかしさ/トニー谷の音楽と言葉/日米のはざまで不気味にうごめく/様々なるリズム歌謡/マンボ、チャチャチャ、カリプソ/ツイスト、タムレ、ロカンボ/ロカビリーに流れるコミックソングの水脈/謎のリズム? スクスク、ドドンパ/リズムで売るという商法/中川三郎の透徹した視線/カヴァーポップスと漣健児/コミックソングから来た漣健児

第4章 戦後2──コミックバンドの系譜
フランキー堺とスパイク・ジョーンズ/リズム歌謡として見るフランキー堺とシティ・スリッカーズ/クレージーキャッツの誕生/音楽と身体をともなった笑い/井原高忠の番組演出に見る音楽性/ヴァラエティ番組発の名曲「上を向いて歩こう」/「スーダラ」という奇怪な言葉/クレージー行進曲のルーツは軍事教育!?/ザ・ドリフターズの登場/ロックがニューリズムとして流行した時代/ライ麦畑でドリフターズをつかまえる/志村けんの黒人音楽センス/笑いを通じた友川カズキの再評価

第5章 一九七〇~一九八〇年代──ニューウェイブと小劇団文化圏
一九六〇~一九七〇年代のコミックソング/トロピカル三部作からYMOへ/YMOにおけるノヴェルティソングの戦略/コミックソングとテクノサウンド/スネークマンショーの先進性とギャップ/タモリにおけるジャズのノリ/いとうせいこうによるヒップホップの試み/音楽と笑いと演劇をつなぐ文化圏

第6章 現代的なコミックソング
スチャダラパーにおける演劇の影響/ノヴェルティソングとしてのヒップホップ/日本のヒップホップを巡る対立/USヒップホップもノヴェルティソングだった!?/笑いと共に根づくハードコア・ヒップホップ/リズム歌謡の系譜としての小室哲哉/小室哲哉による笑いへの興味/「PERFECT HUMAN」の新しさ/ネット時代のヒット、ピコ太郎「PPAP」/音楽における身体的な楽しさ、再び/大瀧詠一の後継、マキタスポーツ/「作詞作曲モノマネ」に見る音楽の広がり/ノヴェルティソングであるからこその喜び

あとがき

 ディアハンターのオープニングで彼女を見てからというもの、大ファンになった。NYに来るたびに欠かさず見に行った。日本にも行くと聞き、日本まで見に行こうかと真剣に考えた(キャンセルになりましたが)。ニュージーランドの歌姫オルダス・ハーディング。
 〈4AD〉と契約する前の、彼女のファーストがツボにハマり、一時そればかり聴いていた。『パーティ』が出てからは、それを繰り返し聴いた。教会でのショーを見たあかつきには、胸を打たれて涙が出てしまった。そこにいた人たちはみんな同じ気持ちだったはず。スタンディング・オベーションが止まらず、彼女は二回アンコールをした。それでも人びとの拍手はまだ鳴り止まなかった。最初に見たときは一人、教会で見たときは、NYで仲良くなったインヴィジブル・ファミリアーズのジャレッドの二人体制だった。
 彼女はこの春、新作『デザイナー』をリリースした。そしてNYのラフ・トレードから北米ツアーがはじまった。


 11日間、その大半がソールドアウトだった。最初のラフトレードもソールド・アウトだった。
 会場は、集まった人の熱気で熱かった。今回のショーはフルバンドで、ドラム、ギター、ベース、キーボード、そしてオルダス・ハーディング。グレーのTシャツに白いパンツというカジュアルな格好に、少しカールがかかった髪型。ツアー初日のため、緊張していたのか「昔ほど自信がないのよ」「なんだか初めからまたスタートするみたいね」と笑っていた。
 彼女の伸びやかで艶のある声。マラカスを振りながら、軽いグルーヴィーなタイトルトラックではじまった。アコースティック・ギター、キーボードなど楽器を持ち替えながら、彼女はニュー・アルバムの曲を最初から最後までプレイした。シングル曲の“バレル”では歓声が起こり、“ズーアイズ”では彼女のハスキーヴォイスからハイヴォイスまでの多彩なレンジを楽しんだ。“トレジャー”での、バンド・メンバーとのコーラスも美しく素敵だった。


@brooklyn vegan

 とくに印象的だったのは、アコースティック・ギターだけで演奏された“ヘブン・イズ・エンプティ”。彼女の本来の姿というか、何も飾りのないむき出しの彼女の深い深い声が大きな会場にこだました。もう何もいらなかった。
 彼女の動きはとてもゆっくりで丁寧で、ときには鋭く、ときには笑いかける、ロボットのようなダンスも可愛かった。
 ラストは『パーティ』からの“ブレンド”で、水着(?)を着た彼女の印象的なミュージック・ヴィデオを思い出しながら聞き入った(フランシス・フォード・コッポラの『地獄の黙示録』に影響されて作ったらしい)。

 アンコールの声援は止まらなかった。戻ってきた彼女は、驚きの選曲、スコティッシュ・ロック・シンガーソングライター、ゲリー・ラファティの定番ソング“ライト・ダウン・ザ・ライン”」のカヴァーを演奏した。さらに『デザイナー』にも入っていない新曲“オールドピール”を披露。ラフトレードのマグカップをカウベルの代わりに使い、アップテンポで、楽しい演奏はクライマックスでドラマーのマラカス(スティック)が爆発し、スモークが巻き起こるという最高のパフォーマンスになった。オルダスはメンバーを紹介し、オーディエンスは、ラヴコールをバンドに送った。
 余韻を残しつつショーは終了。誰もが、その足でマーチテーブルに走った。最高のツアー第1日目、彼女の旅ははじまったばかり。

The Future Eve featuring Robert Wyatt - ele-king

 ザ・フューチャー・イヴとロバート・ワイアットによるアルバム『KiTsuNe / Brian The Fox』を聴いて最初に思い浮かべたのは、ブライアン・イーノが70年代中末期から80年代初頭にかけて主宰していたレーベル〈Obscure〉からリリースされた諸作品である。特にワイアットが歌ったジョン・ケージの曲を収録したジャン・スティール/ジョン・ケージのアルバム『Voices And Instruments』(1976)を想起した。真夜中の透明な時のようなあのムード。むろんそれも一瞬のことだ。聴き進めていくにつれ次第に「音楽の記憶」は融解し、消失していった。
 やがて『KiTsuNe / Brian The Fox』は、ほかに類例のない音楽と音響であることに気がつく。直線的に進化するというような西洋的ではない時間感覚があり、反リニア的ともいえる時の積み重なりがあった。空間に満たされていくような時間=音楽・音響が生成していた。

 では、ザ・フューチャー・イヴとは誰か。それは近年80年代にリリースされたトモ・アキカワバヤ名義の諸作品・音源が、海外のシンセ音楽愛好家たちによって「発見」され、2015年にシンセウェイヴの名門レーベル〈Minimal Wave〉から『The Invitation Of The Dead』としてリイシュー/リリースされた日本人音楽家 Th である。「ザ・フューチャー・イヴ」は彼の新名義だ。
 Th は70年代に渡英した際にポストパンク・バンドのデスパレート・バイシクルズ(The Desperate Bicycles)にギターとして加入し、活動する。帰国後、Th は「トモ・アキカワバヤ」名義でほかに類例をみない独自の電子音楽を制作しはじめた。12インチ・シングル「Mars」(1983)、「Anju」(1985)、「1985」(1985)、「Kojiki To Onna」(1986)、アルバム『The Castle』(1984)を相次いで発表。1986年にはそれらをまとめたボックスセット『Rivage De La Convulsion』をリリースし、トモ・アキカワバヤ名義での活動を封印してしまう。これらの作品のリリース点数は少なく、極めて希少であったが、インターネットの恩恵もあって、次第にその作品が海外の電子音楽・シンセ・ミュージック・フリークたちに伝播し、アルバムは、希代のレア盤として知れ渡ることになった。
 それゆえ2015年に〈Minimal Wave〉がリリースした『The Invitation Of The Dead』はまさに福音ともいえるリリースだった。このアルバムを初めて聴いた電子音楽マニアは驚いたはずだ。その「存在」も未知だが、その「音」もまた、聴いたことがない未知の音楽だったのである。トモ・アキカワバヤのサウンドは、機材の変化や時代の変容などはあるものの、ほかの何にも似ていない独自の技法によって鳴らされる個の電子音楽であり、時間を超えた驚きを与えてくれる音楽なのだ。モデルのアンジュを被写体としたアートワークも印象的であり、Th の美意識が普遍的な、時間を超えるようなものを希求していることを示してもいた。じじつ、Th は文学から美術までに造詣が深いようで、そのヒントは作品に多く散りばめられていた(彼の人生については、このインタヴュー記事に詳しく、とても興味深い内容であった)。

 90年代は盟友であるシンセサイザー奏者の半谷高明とベアタ・ベアトリクス(Beata Beatrix) を結成し(19世紀のイギリスの画家・詩人のダンテ・ゲイブリエル・ロセッティの代表作からとられた名前だろう)、制作をはじめる。そして彼らが、97年、プロモCD(『87-96』だろうか?)を、ロバート・ワイアットに送ったことで Th たちとワイアットの交流・コラボレーションが始まった(ワイアットについてはもはや説明するまでもないだろう)。1998年に、ワイアットから1本のDATテープが送られてきたというのだ。
 その共作の成果は、やがてワイアットのアルバム『Cuckooland』(2003)に“Tom Hay's Fox”として収録された。“Tom Hay's Fox”が本作『KiTsuNe / Brian The Fox』のオリジナル・ヴァージョンの原曲である。彼らのコラボレーションはその後も継続し、『KiTsuNe / Brian The Fox』が、20年にわたる共作の最初のアルバムとなった(アルバムとしては2年の月日をかけて制作している)。

 『KiTsuNe / Brian The Fox』は「オリジナル・ヴァージョン」と「リング・ヴァージョン」の二部構成となっている。「オリジナル・ヴァージョン」はCD全4曲、LP全5曲、「リング・ヴァージョン」は全8曲がそれぞれ別ディスクに収録されている。
 ちなみに「オリジナル・ヴァージョン」は、〈12k〉のレーベル主宰者にして現代有数のアンビエント作家テイラー・デュプリーがマスタリングを担当し、アルバムのアートワークは Th による写真作品が用いられ、デザインを先端的音楽レーベルの象徴ともいえる〈Modern Love〉のアートワークで知られる Radu Prepeleac が手掛けた。音響から視覚に至るまで Th の「美意識」が隅々まで行き渡っている作品といえよう。リリースは日本のエレクトロニカ・電子音楽レーベルとして著名の〈flau〉である。歴史に残る偉大なリリースだ。

 実際に聴いて頂けると即座に理解できると思うのだが、本作に横溢する音(ドローン、ノイズなど)は、まったく「記号化」されていない。「ドローンならこういう音」、「アンビエントならこういう構造」というありきたりな形式や構造で成立していないのである。ここで音楽家たちは、それぞれに個/音を模索し、生成し、磨き上げ、創り上げているように思えた。ワイアットの詩と歌/声が電子音空間のなかで融解し、拡張し、聴き手の聴覚の記憶を融解するようなサウンドが生まれている。
 むろん音楽の種類でいえばアンビエントやドローンに当てはめることは可能だし、ときにラ・モンテ・ヤング的なラーガ・ドローン的な響きを聴き取ることも不可能ではない。しかしその音はすぐに別の響きへと姿を変えてしまい、安直な言葉の枠組みに収まることを周到に回避していくように展開する。ワイアットの声やヴォーカルも、音響の只中に空気のように揺らめき、やがてドローンの中に液状化するように同化し消失してしまう。「解釈」を拒むように、「解釈」に抗うように。
 そう、『KiTsuNe / Brian The Fox』は、音楽をとりまく無数の「言葉」たちから、するりと、しなやかに、まるで「狐」のように身をかわす。リニアな「時」の呪縛から自由になるために、とでもいうべきか。その結果、音と時間が溶け合っていくような時間が生成する。音楽が時間というノイズの只中に消失していくような感覚は、ザ・ケアテイカーの傑作連作『Everywhere at the End of Time』に近い喪失感を有しているように思えた。

 同時に、ここで生まれている音響は、単なる破壊でも否定の結果でもない点も重要である。音色や構造に未知の感覚があるのだ。聴き手は聴いた瞬間には形式が理解できても、その構造は即座に理解できない。電子音が、声が、ギターの音が、ヴァイオリンの音が、ミニマムなノイズが、まるで夢のように、砂のように、水のように生成し、変化する。われわれはその「音のさま」に茫然となり、聴き惚れてしまうだけだ。「オリジナル・ヴァージョン」1曲め“01.01”と「リング・ヴァージョン」のラスト“04.08”においてワイアットの声が幽玄なドローンの中に消えゆく、音響、質感、感覚……。時間の感覚が変容する。
 つまり、直線的に流れゆく時=音楽から、堆積していく時=音楽の感覚への変容である。『KiTsuNe / Brian The Fox』には、どこか「東洋的」ともいえる時間感覚が横溢している。それはノシタルジアが未来化するような感覚を聴き手に抱かせることになる。未知の音が、未来のサウンドが、濃厚なノスタルジアと共に、堆積する時=音楽が、「幽霊」たちの再臨のように鳴り響く。

 「オリジナル・ヴァージョン」の“02.01”以降、「声」は音響のなかに融解し、電子音やノイズも拡張され、音響化し、まるで空気と時間の層が、液状化するように展開する。音は持続し、変化するが、静謐であり、ノイジーでもある。
 “02.03”は、コード進行や和声など音楽の痕跡が微かに表面化する。消え去る直前の音楽と声。喪失感と再生を象徴するかのような楽曲である。そして「オリジナル・ヴァージョン」の最終曲“03.01”においてワイアットの声/ヴォーカルが再蘇生するように鳴り響く。僅か50秒ほどの短いトラックだが、サウンドが有している時の感覚は実に濃厚だ。「オリジナル・ヴァージョン」は20数分ほどの作品であり(CDとヴァイナルでは収録曲数が違い、ヴァイナルではCD未収録の“02.02”を聴くことができる)、「リング・ヴァージョン」は40分ほどの作品だが、そこに実時間の長さとは無縁ともいえる濃厚な「時」が流れているように感じられた。その名のとおり「リング・ヴァージョン」は、「オリジナル・ヴァージョン」にある「円環する時」の感覚を引き出し、拡張させ、さらなる輪廻的な世界感へと生成変化させているのではないか。
 レーベル・インフォメーションにおいて「ワイアットの声と詩、テープのMIDI変換によってプリミティヴな音階を獲得し、まるでアクションペインティングのように特異な動きへと変貌を遂げ、生命の輪廻が表現された」と記されていたが、 「リング・ヴァージョン」はまるで時が溶け出し、別の時間層へと再生成するようなシルキーな質感の“04.01”で幕を開ける。
 39秒ほどの2曲め“04.02”では再びワイアットのヴォーカル/ヴォイスよって詩が提示され、続く8分20秒ほどの“04.03”では、さまざまなサウンド・エレメントがまるで真夜中の森の微かなざわめきのようにミックスされる。まるで静謐さのむこうにある蠢きを感じさせてくる不穏なトラックだ。
 4曲め“04.04”では再びワイアットのヴォーカルによって詩世界が提示され、音響世界を別のフェーズへと導く。7分ほどの“04.05”も“04.03”と同様に不穏なムードを展開するが、この曲では地上世界から離れ、宇宙的ともいえる深遠なムードが物質と非物質の差異を無効化するように漂っている。
 多層的な声のレイヤーによるドローン化した宗教曲のような“04.06”、ダークな音響空間が静謐な粒子の音響へと展開する“04.07”を経て、ふたたびワイアットの声が響く“04.08”でアルバムは幕を閉じる。この最終曲においてモノフォニーから明確なポリフォニーへと音楽が変化したのち、ふたたびすべてが溶け合う。堆積する時間の層と融解する時間の感覚が、真夜中の森が発する「幽霊」の気配のような本作のアンビエンスは、記憶=ノスタルジアを未知の音響空間として生成する。この2枚のディスクは通常の時間軸を崩すように、融解するように、聴き手の意識を変えてしまうような魅惑がある。

 見事なアルバム構成であり、終焉だが、これで終わりではないようである。現在 Th たちは、ワイアットの希望を汲んで、「ゴースト・ヴァージョン」も制作中という。引退をしたワイアットの最後のリリース作品となる可能性も高いので、いまからリリースに期待が高まる。
 また、本作のために制作されたサイト(https://ki-tsu-ne.com/)も開設された。モノクロームを基調としたヴィジュアルにも Th の美意識と普遍性を感じ取ることができるはずだ。音と共に鑑賞・体験することで、音響と視覚による総合的なアートとして生成するように思えた。

Die Tödliche Doris - ele-king

 フランス現代思想がポストパンクに与えた影響は、たとえばUKではスクリッティ・ポリッティが有名だが、ドイツではディー・テートリッヒェ・ドーリスである。メンバーのヴォルフガング・ミュラーは、バンド結成前に、ドイツにおいてポスト構造主義の書物をいちはやく出版していた出版社から著作を上梓している。彼は、ニコラス・ウーターメーレンとケーテ・クルーゼとともに、フーコー、ガタリ、リオタール、ボードリヤールからの影響をポストパンクと結合させて、ディー・テートリッヒェ・ドーリスを始動させた。音楽と非音楽の境界線上をうごめく彼らの作品は、アインシュトゥルツェンデ・ノイバウテンやマラリア!などにも影響を与えている。
 ディー・テートリッヒェ・ドーリスの傑作5枚が〈SUEZAN〉https://suezan.com/)からリリースされている。
 すでに再発されているのは、1981年に発表されたデビューEP「日常における七つの死亡事故」。プロデューサーにブリクサ・バーゲルトを迎えて録音されたファースト・アルバム『" "』(復刻ブックレット付き)。1983年のミニ・レコード・セットの『コーラスとソロ』。すべて限定500枚で、すでに残りわずかとのこと!
 なお、今後のリリース予定として、『致死量ドーリス ~わたしたちのデビュー(Unser Debut (4))』(1985)、『致死量ドーリス ~第六作品(Sechs)』(1986)がある。



「日常における七つの死亡事故」
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『" "』
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『コーラスとソロ』
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https://tower.jp/artist/422521/Die-Todliche-Doris

dialogue: Shinichiro Watanabe × Mocky - ele-king

 鍵盤の纏うノイズに、ギターの軋む音──第1話を視聴してもっとも驚いたのはそこだった。いやもちろん、ボンズによる映像も素晴らしいのだけど、それ以上に全篇をとおして繰り広げられる細やかな音の乱舞に、どうしようもなく惹きつけられてしまうのである。かつてこんなにも“生き生きした”具体音をTVアニメで耳にしたことがあっただろうか。そして続く第2話。モッキーによる劇判がこれまた冒険心に満ちあふれている。間違いない。渡辺信一郎、本気である。
 モッキーといえば、もともとはピーチズやゴンザレス(昨年ドキュメンタリー『黙ってピアノを弾いてくれ』が公開)、ファイストらとともに、カナダはトロントのアンダーグラウンドから浮上してきたアーティストだ。ジェイミー・リデルとの度重なる共作や、近年ではケレラ作品への参加でも知られる彼は、実験的な試みとユーモアを軽々と両立させてしまう才の持ち主で、その絶妙なバランス感覚は3月の来日公演でもしっかりと確認することができた。そんな彼が渡辺信一郎による新作アニメのサウンドトラックを手がけることになったのは、いったいどういう経緯からだったのだろう?
 本日深夜よりフジテレビ「+Ultra」ほかにて放送開始となるオリジナルTVアニメ、『キャロル&チューズデイ』。その記念すべき船出を祝して、総監督=渡辺信一郎と音楽担当=モッキーによる貴重な対談をお届けしよう。


みんなAIに興味を持つべきだと思う。その時代がもう来ているから。音楽もそう。僕はいまそれと闘っているんだ。そのなかでバランスを見つけるためにね。だから『キャロル&チューズデイ』のテーマは自分にとってすごく身近なものだった。 (モッキー)

今回、渡辺総監督が『キャロル&チューズデイ』の劇伴にモッキーさんを起用したのはなぜですか?

渡辺:元々、モッキーさんの音楽は好きでよく聴いてたんだけど、今回オファーしたのは、来日公演を観たのがきっかけかな。前回の来日のときのライヴで、どの曲も映像が浮かんでくるような感じがして、すごくサウンドトラックに向いてる音楽だなと。あとは、メンバー全員がすごく音楽を楽しんでる感じが伝わってきて、それがとても心地よくて。丁度そのころ『キャロル&チューズデイ』の企画を考えてたころで、音楽をやっていくうえで幸せって何だろう、と考えてたころで。たとえば何百万枚も売れてヒット出しててもすごく不幸なヴァイヴスを出してる人もいるなか、この多幸感はなんなんだと。そういうことを考えるきっかけにもなったライヴでしたね。

モッキーさんは、渡辺総監督から依頼を受けてどう思いました?

モッキー:ビッグで才能のある方からオファーを受けるというのはとても良いことだよ。

渡辺:ハハハハ(笑)。

モッキー:渡辺さんの作品も音楽と繋がりが深いものだと思う。渡辺さんの映像もすごく音楽を思い起こさせる。だから依頼があったときは嬉しくて飛びついたね。そのオファーを真剣に受け止めて、渡辺さんの作品にふさわしい雰囲気を持った音楽を作ろうと強く思ったよ。

これまでモッキーさんは、渡辺さんの作品には触れていたんでしょうか?

モッキー:そうだね、たくさんというほどではないけど、渡辺さんの特徴を知るくらいにはじゅうぶんに観ていたよ。僕はアニメのエキスパートじゃないけれど、それでも渡辺さんの作品は素晴らしいと感じたね。

本人に実際に会ってみてどうでした?

モッキー:すぐに繋がりを感じることができるアーティストだと思ったよ。話す言語はもちろん違うんだけど、まるで同じ言語で会話をして繋がっているような感じがしたんだ。言葉を交わさなくても通じ合えるというか。

渡辺:打ち合わせがすごく短かったんだよね。

モッキー:信頼があるからね。相手を信頼できるかどうかっていうのはとても重要なことで、それはコンサートでも同じだけど、「何か問題が起こってもこの人と協力すれば乗り切ることができる」というのを打ち合わせの段階で感じることができたから、安心して進めることができたんだ。

渡辺:あっというまに仕事の話は終えて、あとはほとんどくだらない雑談(笑)。だから周りのスタッフが、もっと詳しく説明したほうがいいんじゃないの?みたいな(笑)。いや経験上、こういうのは国籍とか関係なく伝わる人には伝わるものなんで大丈夫かなと。

渡辺さんはモッキーさんと実際に会ってみてどう思いました?

渡辺:とても気さくで陽気な人だったから、逆に「この人のどこからあんな切なく寂しい曲が出てくるんだろう」って思ったかな(笑)。

モッキー:それは僕自身にもわからないなあ。渡辺さんの作品も同じだと思うけど、すべての作品にはバランスがあって、悲しい曲が生まれる背景には何かハッピーなことがあるのかもしれない。悲しい曲でも歌詞がハッピーだったり、逆にハッピーな曲だけど歌詞が悲しいものもあったりするし。今回渡辺さんはAIというテーマを扱っているけど、それだけじゃなくて、他にもいろんなものがあるからこそ、そういうアイディアが生まれてくるんだと思う。あと、渡辺さんの場合はユーモアというのもすごく大きな要素だと思うね。それで繋がりを感じられたんじゃないかなと。

渡辺:そういえばAIに興味があるって言ってたよね。AIに支配された世界のPVまで作ったことがあるって、その場で見せてくれて。

モッキー:みんなAIに興味を持つべきだと思う。その時代がもう来ているから。音楽もそう。コンピュータとかロボットとか。80年代や90年代と違って、いまはドラマーがいらない時代だし、オートチューンが歌ってくれる時代でもあるし、音楽もロボットに支配されつつある。僕はいまそれと闘っているんだ。そのなかでバランスを見つけるためにね。だから『キャロル&チューズデイ』のテーマは自分にとってすごく身近なものだった。

渡辺:それを聞いたときは意外で。そんなことにも興味があるんだって。

じつは、いいサウンドトラックを作る秘訣というのがあるんですよ。それは、一度もサウンドトラックをやったことのない人に頼むということ。ビギナーズ・ラックというか、はじめての人特有のマジックみたいなものが必ずあるんですよね。 (渡辺)

『キャロル&チューズデイ』の世界では99%の音楽がAIによって作られていますが、もし同じ状況だったらモッキーさんはどういうスタンスで音楽を作っていきますか?

モッキー:もう現在すでにそんな感じだと思っているんだよ。人間は完璧ではないから、たとえばコンサートではミスを犯す。でもそれこそがアートを作っているんだと僕は思う。映画も同じで、これから何が起きるかとか、完璧なものができるってあらかじめわかっていたらおもしろくない。最高のテクノ・ミュージックも何かミスが起こったときのものだと思っていて、僕はそのときにこそ生まれるおもしろいものを捉えたいんだ。

AIが99%の音楽を作っているということは、『キャロル&チューズデイ』の世界ではそれだけ多くの人びとがAIの音楽に満足しているということだと推察しますが、AIが作ったものと生身の人間が作ったものとの違いってどこにあると思いますか? リスナーはその違いに気づくことができるでしょうか?

モッキー:若い人たちにはわからないと思う。経験がないから。(と言った直後に突然、力強く机を叩く。その場にいた一同が凍りつく)──驚かせてごめん。こんなふうに机を叩くとみんな「ウッ!」ってなるよね。それは机を叩くとヴァイブレイションが伝わって、何かを感じるからだと思うんだ。でもケータイのスピーカーから出てくる音じゃそのヴァイブレイションが作れない。それは人間だけが出せる音。ただ、だからといってコンピュータのようなテクノロジーで作られた音楽がダメだという話ではないよ。音楽はテクノロジーによってどんどん進化して、良いものになっていったと思うし、実際に自分もエレクトロニック・ミュージックを作っているわけだけど、そこでどうにかバランスをとって人間味を持ち続けていくことが大事だと思う。

先の質問をしたのには理由があって、モッキーさんは以前人間ではないリスナー、ずばり猿を相手に演奏をしたことがありますよね。

モッキー:若い頃にやったね。コンサートでいろんな都市をまわったんだけど、コンサートをする前に動物園へ行って、猿のまわりでセットアップして、そこで演奏をしたんだ。僕が演奏すると猿がジャンプしたりしてすごく昂奮しているんだよね。で、喜んでいるって思ったんだけど、動物園の係りの人に「喜んでるんじゃなくて、嫌がってるんですよ」って言われてしまった(笑)。だからそこでは悲しい曲、静かな曲を演奏したんだ。センシティヴになる必要があったんだよね。そういうふうに猿に対して演奏をすることによって自分のスタイルを築き上げていって、そのあと夜になったら人間に向かって演奏をしていたってわけ。そうやって自分のサウンドを見つけたんだ。

人と違うことをやれ、っていうのがパンク、ニューウェイヴの教えですよ(笑)。ってことで、普通より音楽を立てるというか、映像と音楽がフィフティ・フィフティぐらいのつもりでやってます。 (渡辺)

今回劇伴の制作はどのように進めていったのでしょう?

渡辺:モッキーさんにはサウンドトラックとして40曲くらいを作ってもらったんだけど、そのうち20曲はわりと普通の劇伴のスタイル、音楽メニューを書いてどういう音楽がほしいか説明してオーダーするって形でした。それで、残りの曲のうち12曲は、本人の希望により制約なしに感じたまま自由に作ってもらう、あと残りの8曲だけ、どうしても作品に必要な曲というものがあるんで、そこだけ自分がリファレンスを出してこういう曲を作ってくれとオーダーして。

モッキー:すごく厳しいボスなんだ。「これだけ作れ!」みたいな感じでいつも言われていたよ(笑)。

渡辺:いやいや(笑)。モッキーさんは、自由に作るほうも、オーダーに合わせて作るほうも両方できるのが凄いなと。

できあがった曲を聴いてみていかかでした?

渡辺:ちゃんとサントラでもありつつ、モッキーの曲にもなってるのがよかった。サントラになると急によそ行きというか、お仕事になっちゃうミュージシャンもいるんで(笑)。じつは、いいサウンドトラックを作る秘訣というのがあるんですよ。それは、一度もサウンドトラックをやったことのない人に頼むということ。ビギナーズ・ラックというか、はじめての人特有のマジックみたいなものが必ずあるんですよね。それは、アーティストのファースト・アルバム特有のマジックと同じようなものだと思うんだけど、手探りで新しいものを作っていくときにだけ生まれるものだと思いますね。

音と映像が組み合わさった第1話を観て、どう思いましたか?

渡辺:サウンドトラックってあくまで裏方としてドラマを盛り上げていくものという考えがあって、それはそれで正しいかもだけど、そんな他の人がやってるのと同じことやってもしょうがないじゃない。人と違うことをやれ、っていうのがパンク、ニューウェイヴの教えですよ(笑)。ってことで、普通より音楽を立てるというか、映像と音楽がフィフティ・フィフティぐらいのつもりでやってます。モッキーさんの曲は普通のサントラより音楽として強度があるから、それをなるべく活かしたいなと。

モッキー:音楽に関するアニメだし、それで大丈夫だよね。

渡辺:例えばハリウッドの映画を観ていても、見終わって音楽の印象が残るものってあんまりないじゃない?

モッキー:いまはそうだね。

渡辺:昔の映画にはもっと印象的な作品があったしね。ただし、こういうやり方はリスクもあって、失敗すると音も映像もつぶし合っちゃうから、ギリギリのバランスで成立するように考えてますね。

モッキー:やっぱり渡辺さんは天才だと思うよ。

モッキーさんは第1話を観て、いかがでした?

モッキー:ものすごく気に入ったよ。ジギー(作中に登場するフクロウの目覚まし時計兼ペット)が好きなんだ。欲しいんだよね。僕のために作ってもらえないかな(笑)。ジギーをコンセプトにしたアルバムを作りたいんだ(笑)。まあそれはともかく、『キャロル&チューズデイ』ではAIだけじゃなくて、友情だったり、人生における音楽の役割、なぜ人類が音楽を必要とするのかというのも大きなテーマのひとつになっていると思う。やっぱり音楽って、昔もいまも変わらず僕たちの人生の一部であり、欠かせないものだと思うんだ。たとえば仮に人間が火星で生活をすることになったとしても、みんな音楽を持っていくだろうとか、そういうことをよく考えるんだよね。なんで音楽なんだろうって。それってやっぱり、僕たちが生まれながらにして持っている感情だと思うんだ。子どもが泣けばお母さんは自然に歌を歌うしね。最近のメインストリームのアメリカ映画ではそういうことがぜんぜん語られなくて、人間の作る音楽というものが脇に置かれてしまって、注目されていない。『キャロル&チューズデイ』はそういうことを重要なテーマだと語ることができる作品だから、自分がそれに関わることができたのはすごく光栄に思っている。

モッキーさんが今回劇伴を作るにあたり、とくに意識したことはなんでしょう?

モッキー:とにかく渡辺さんを信用するのみで、僕はとくに何も意識しなかったね。ただもう信頼だけ。自分にとって渡辺さんはミュージシャンのような存在なんだ。初めて会ったときも他のミュージシャンに会っているような感じがしてね。ほんとうに安心することができるし、彼が作った作品の音楽を作っているというだけで、人間と人間が関わっているということを感じることができた。だから、とくに意識したことはないんだ。渡辺さんは音楽の知識が素晴らしいからね。音楽について少し会話をしただけで、すぐに音楽のことをすごく知っている人だってわかったよ。

渡辺:じつは、モッキーさんに音楽を頼んでもうひとつ良かったことがあって。今回、サウンドトラックとはべつにヴォーカル楽曲を国内外のいろんなミュージシャンにオファーしてるんだけど、普通はなかなかハードルが高いミュージシャンたちが「モッキーがやってるなら」ということで興味を持ってくれる場合が多かった。やっぱり彼はミュージシャンズ・ミュージシャンで、ミュージシャンのあいだで人気があるんですよ。「そのおかげで、多くのミュージシャンが参加してくれたとこもあるんじゃないかな。

いまおっしゃられたように、『キャロル&チューズデイ』にはモッキーさん以外にも多くのミュージシャンが参加していますけれど、彼らを選ぶときに何か基準はあったのでしょうか?

渡辺:もちろん自分が好きなアーティストっていう大前提はあるけど、今回はやっぱり作品内容に合ってる人、テイストが合っている人が中心。とくに『キャロル&チューズデイ』ではメロディを重視してるんで、メロディメイカーとしていいかどうかにウェイトを置いてたかな。

モッキー:それは僕も同じで、メロディを作るときって自分の意識とか注意が必要なんだよね。それは(AIではなく)人間だからこそできることなんだ。ほんとうに人間味のある人間だからこそメロディを気にかけるんだと思う。

渡辺:あと、オファーをしていくなかで話を聞きつけたアニメ好きのミュージシャンがオレにもやらせろと言ってきたり、そういうパターンもありますね(笑)。ちなみに今後、モッキーさんにはサントラのオファーがいろいろ来るんじゃないかな。売れっ子作曲家になったりして。

モッキー:日本だけかもしれないけどね(笑)。でも日本が大好きでお気に入りだから。日本は尊敬の念とか感謝の念が素晴らしい。

『キャロル&チューズデイ』では人生における音楽の役割、なぜ人類が音楽を必要とするのかというのも大きなテーマのひとつになっていると思う。最近のメインストリームのアメリカ映画ではそういうことがぜんぜん語られない。 (モッキー)

最後に、これから『キャロル&チューズデイ』を観る方に一言ずつお願いします。

渡辺:音楽が好きな人で、これまでアニメはあまり観てこなかったような人でも楽しめる作品になってると思うんで、ぜひ観てほしいです。音楽ファン必見です。

モッキー:僕もそう思うよ。みんなが楽しめる作品、大人も子どもも世代を問わず楽しめるアニメだと思う。

渡辺:あと、フクロウが好きな人もぜひ観てください!

モッキー:そのとおり! やっぱりジギーだけの作品も作ったほうがいいと思う(笑)。

ではスピンオフ決定ということで(笑)。

モッキー:ジギーが主役のコメディをやろうよ!

渡辺:プロデューサーに言っておきますか(笑)。でもジギーのおもちゃは作ってほしいですね。

モッキー:目覚まし時計もいいんじゃない? ジギーにステージ上で演奏してもらうのもいいね。もし実現したら最初に僕にくださいね!

主戦場 - ele-king

 及び腰でこれを書き始める。韓国の慰安婦問題に関するドキュメンタリーで、日韓の言い争いには巻き込まれたくないから。僕がこのドキュメンタリーを観ようと思ったのは韓国映画をもっと気持ちよく楽しみたいという思いからで、最近でいえばナ・ホンジン『コクソン』は2010年代後半のベスト3に入れたいほど僕は気に入っているし、イ・チャンドン『バーニング』やヨン・サンホ『新感染』といったエンターテインメントは公開されても、慰安婦問題を扱った『Herstory』や『I Can Speak』は日本では特別上映会というものでしか観られない(ので僕は観ていない)からその代わりという意味もある。ミン・ギュドン『Herstory』はとくにアメリカでの評価が高く、それはボスニア・ヘルツェゴビナ紛争でどれだけの女性たちが性的な被害に遭っていたかを描いたラリーサ・コンドラキ『トゥルース 闇の告発』やアンジェリーナ・ジョリー『最愛の大地』から続く#MeTooの流れに沿ったものであり、この後には多分、ノルマンディー上陸作戦で同様なレイプ行為が多発していたことを描く作品に続いたりするのではないかと予想される。「主戦場」というのはアメリカのことを指していて、それは慰安婦問題がアメリカでどのように受け取られるかを危惧した日本のナショナリストの発言から拾われたものだという。慰安婦問題についてアメリカで「20万人の女性たちが強制的に性奴隷にさせられていた」と報道されているのは誤りであり、彼らの認識を覆すための戦いという意味である。

 監督は日系アメリカ人のミキ・デザキというユーチューバー。最近はネットフリックスやフールーから大作映画が飛び出しているように、これもユーチューブから派生してスクリーンにステージを移した長編作品ということになるのだろう。冒頭から多種多様なニュース映像をマイケル・ムーアばりの早いテンポでつなぎ合わせていくので、ひとつの話題が飲み込めないうちに次の話題に進んでしまい、あたふたしかける。オープニングは彼がこの問題に興味を持ったきっかけからスタート。デザキはフロリダで生まれ、医大で学位を習得した後、沖縄や山梨県で英語教員を勤めていたことがあるという。その時の体験からなのだろう、「日本にも人種差別はある」という内容の動画をユーチューブにアップしたところ、日本ではテキサス親父として知られるユーチューバー、トニー・マラーノがこれに噛み付いてきたという。移民排斥を訴えるアメリカのオルタ右翼にとって、移民を受け入れないと表明してきた日本はいわば聖地であり、単一民族で国家を築き上げてきたことは彼らにとって大いなる理想といえる。そのテキサス親父はその頃、サンフランシスコに慰安婦像が建造されることに大反対していた。慰安婦像の何がそんなに問題なのか。自分に文句を言ってきたテキサス親父がそんなにも夢中になっている問題に興味が湧き、デザキは慰安婦について調べ始める……と、ドキュメンタリーを観ているだけではそのように受け取れるものの、パンフレットを読むと元朝日新聞の記者、植村隆がネトウヨに中傷されていると知ったことがきっかけで、この問題を知ることとなったと彼は答えている。はて、どっちなんだろう? アメリカでは日韓がこの問題で対立していることもほとんど知られていないため、なぜそんなことになったのかを理解したくなったと彼は続けている。

 取材は韓国と日本、そしてサンフランシスコ議会を行ったり来たりする。慰安婦問題にディープな興味を持っていなかった僕は、まずは韓国内で行われていた議論が興味深かった。慰安婦問題が表面化したのは90年代に入ってからだったけれど、家父長制が根強い韓国では、終戦後もいわゆる「汚れた存在」となった慰安婦は社会にすんなりと戻ることはできなかった。慰安婦たちがなかなかカミングアウトできない社会にも大きな問題があったという部分。それから慰安婦問題でたびたび俎上に上がってきたのが強制連行の有無で、プロの売春婦だったら問題はないとする見解もよく耳にするけれど、日本軍による強制ではなかったものの、ほかに選択肢がなくて慰安婦になった女性たちや韓国の業者に騙されて慰安婦になった女性たちは「反日」という文脈では声が上げづらい立場にあるというもの。具体的には、すべては日本軍が悪いとする「挺身隊問題対策協議会」と、日本には構造的責任はあるけれど、個別には韓国内の責任も問うべきだとするパク・ユハが対立し、ドキュメンタリーを観た後で調べてみたところ、パク・ユハは裁判で訴えられるほど韓国内では劣勢であり、日本では彼女の著作を右派も左派もそれぞれの文脈で評価しているということ。慰安婦といってもひとりひとりはみな異なる運命を辿り、まとめて論じることにそもそも無理があるんだなということがここまでではわかる。実際には人種的にも多岐にわたっていたそうだし。

 最も多くの時間が費やされているのは日本の右派と左派の議論である。どうやら同じ人数で同じ時間になるように配分されているらしい。論点は大きく「強制連行か否か」「慰安婦の数」「性奴隷の定義」などに整理され、細切れにされたインタビューがテーマに沿って再編されている。あたかも対論が行われているかのような例のスタイルである。もともと右寄りの人は右派の話をうんうんと聞き、左寄りの人はその反対となるのだとすれば、僕は明らかに左派であった。全体の90%近くが左派に説得力があり、とくに杉田水脈は喋れば喋るほどボコボコにされていくという感じに見えた。彼女の言葉尻を捉えるようなインサート映像もあったりして、そこは公平ではない気もしたけれど、彼女の理屈が一貫していないことは確かで、伝わってくるのは彼女の負けん気だけ、みたいな。右派の重鎮といえる櫻井よしこはほとんど発言はなく、ほかに藤岡信勝やケント・ギルバートらが右派として名を連ねている(歴史まで整形してしまう高須克哉は出てこない)。対して左派は吉見義明や林博史など。左派の話には納得するところが多かったけれど、人物的に印象に残った人はいなかった。まあ、冷静に喋っていたということなんでしょう。声が大きな人には負けるというか、僕は人類は良い方向に進むか悪い方向に進むかではなく、意志の強い人に引きずられるだけだと思っているので、これだけを見ても日本が右寄りになっていくのは当然だなあと思うばかり。

 右派の決まり文句としてたびたび出てくるセリフに「文書が残っていない」というのがあった。しかし、映画『日本のいちばん長い日』でも描かれていたように軍部は敗戦が決定的となるや記録文書を次から次へと焼却してしまったので、残っていないのは当たり前である。なので、右派も左派も当時の韓国の新聞記事だったり、細かいものをどんどん探し出してくる。そこからわかることはいろいろあるけれど、とくに印象に残ったのは慰安婦には未成年が少なからずいたということと、やはりそれは日本も批准していた国際法ではアウトだったということ。あるいは右派が主張するように慰安婦になることでいい思いをしていた人ももしかするといたのかもしれないけれど、どっちにしろ終戦と共に日本兵が渡していた軍票は紙屑同然になってしまったのだから、最終的には金を稼いだことにはならない。また「いい思いをしていたはずだ」という趣旨のことを繰り返す右派の主張はかなりしつこくて、外国人に生活保護を受けさせるなという在特会の主張を思い出すなあと思っていたら、実際に映像が在特会へと飛んでいったのは驚いた。バンクシーでもハロウィーンでもピエール瀧でも日本のニュースはすぐに金の話になるし、それはここでも同じだという印象。

 ドキュメンタリーのピークは慰安婦像を建てるかどうかで議論を交わすサンフランシスコ議会に移っていく。これが『バットキッド・ビギンズ』で描かれたサンフランシスコと同じ市なのかと思うほど、議論の応酬は凄まじい。結果は広く知られている通り、サンフランシスコ市は慰安婦像を建て、大阪市は姉妹都市を解消することとなった。後半はそのようにして世界にも積極的に働きかけていくネトウヨの背景に焦点が当てられる。安倍政権、そして日本会議である。スクリーンではこれまでに登場してきた右派の人脈図が示され、それらをすべて結びつけていた人物が浮かび上がる。日本会議代表委員などを務める加瀬英明にデザキはマイクを向ける。そこで語られることは(以下、ネタバレなので自粛。加瀬の従姉はちなみにオノ・ヨーコ)。話のスケールはさらに大きくなる。慰安婦に限らず戦後の賠償問題が俎上に上ると、必ずでてくるのが1965年に結ばれた日韓基本条約で、これによってすべては解決済みだという話になりがちだけれど、それはアメリカの都合で結ばせた条約であり、そもそも日韓をこのような関係に追い込んだのはアメリカの外交政策だと、オリヴァー・ストーンばりの歴史批判にデザキの論調も切り替わっていく。「主戦場」というのはアメリカを指していると先に書いたけれど、そもそも日韓で慰安婦論争が起きる種を蒔いたのがアメリカだという回帰性が示され、日韓基本条約が結ばれた時とは情勢が変わって、いまは日韓が争ってくれた方がアメリカには都合がいいのだなということも想像がついてくる。実際、現在の日本と韓国はともにアメリカから兵器を爆買いし(トランプになってからアメリカの軍事産業は30%の伸び率)、日本に関しては小松製作所などが軍需産業から撤退しなくてはならないほど日本政府に兵器や部品を買ってもらえなくなったというし。

 僕は学生時代に小さな本屋でアルバイトをしていて、お客さんに「韓国関係の本はどこですか?」と聞かれ、とくにコーナーもなかったので「うちには置いていません」と答えたら、いきなりものすごい剣幕で怒鳴りつけられ、それ以来、朝鮮人も韓国人もみんな嫌いになってしまったこともあるんだけれど、友だちができたり、水木しげるさんに3日連続で戦争の話を聞く機会があったりして、いつしかあの時のお客さんが怒鳴りつけるのも仕方がないことなんだなと思うようになった。一番いいのはやはり学校で現代史を教えてくれることだとは思うけれど、この作品で日本会議が政治の中枢にどれだけ食い込んでいるかを観てしまうと、学校教育に期待するのも無理がありそうだし、あー、めんどくさいなーと思うばかり。これだから政治は嫌いだ。

映画『主戦場』劇場予告編

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 カナダ・トロント出身のK・カットとサー・スクラッチによって結成され、その後、ニューヨーク出身のプロデューサー/ラッパーのラージ・プロフェッサーが加入するという形でグループができ上がったヒップホップ・グループ、メイン・ソースによる1stアルバム『Breaking Atoms』と、ラージ・プロフェッサー脱退後にリリースされた2ndアルバム『Fuck What You Think』が、日本国内盤として再リリースされた。
 ピート・ロックやDJプレミアと並び称される、90年代のヒップホップ・ゴールデンエイジ(=黄金時代)のサウンドを作ったプロデューサーのひとりであるラージ・プロフェッサーだが、彼にとってもデビュー作となった1991年リリースの『Breaking Atoms』はプロデューサーとしての彼の名前を知らしめただけではなく、それ以降のヒップホップの流れを決定づけた一枚と言っても過言ではない。ジェームス・ブラウンなどに代表されるファンクのサンプリングを主体としていたヒップホップのサウンドプロダクションは、90年前後のデ・ラ・ソウルやア・トライブ・コールド・クウェストらの登場によって、サンプリングソースの多様化が進み、音楽的な表現がより豊かなものとなっていく。80年代後半に数々のヒップホップ・クラシックに携わりながら、89年に銃で撃たれ亡くなった伝説的なエンジニア/プロデューサーであるポール・Cの手ほどきを受け、十代からサウンドプロダクションのテクニックを一から学んだというラージ・プロフェッサーは、バラエティ豊かなサンプリングネタを、さらに複雑に組み合わせることで、もうひとランク上の音作りを実現する。『Breaking Atoms』からの先行シングルでもある“Looking At the Front Door”や“Just Hangin' Out”はこのアルバムを代表する曲でもあり、彼のプロダクション・スキルが特に際立った作品とも言えるが、当時感じた新鮮な輝きは、いま聴いても全く色褪せることはない。さらに“Just Hangin' Out”のカップリング曲でもあるポッセカットの“Live At The Barbeque”は、あのナズが世の中に出た最初の曲としても知られ、この曲がきっかけとなって、あの『Illmatic』が生まれたわけだが、この曲も含め、全体に充満したあの時代のニューヨークの熱気もまた、このアルバムの大きな魅力である。
 前述のようにメイン・ソースのメイン・メンバーであったはずのラージ・プロフェッサーの脱退後、80年代半ばからニューヨークのヒップホップ・シーンで活躍していたラッパーのマイキー・Dが新たに加入し、制作された『Fuck What You Think』。実はこの作品は当初はシングルのみリリースされただけで、アルバムとしてはお蔵入りとなったという、曰く付きの作品だ(1994年リリース予定がお蔵入りになり、その4年後に晴れて正規リリース)。その先行シングルである“What You Need”やおそらく日本限定でのシングル・リリースであった“Diary Of A Hitman”などを当時耳にしたとき、1stアルバムとの音楽的な違いに驚かされたことを記憶しているが、今回改めてアルバムを通して聴いてみると、意外なほど実に耳にフィットする。1994年といえば、ウータン・クランなどの登場によってヒップホップがよりハードコアな方向に進んでいた時期でもあり、彼らのこの方向性はある意味、時代にマッチしていたわけで、さらに20年以上越しに聴いてみると、当時、メイン・ソースの作品という先入観を持って接していたときのあの違和感はあまり感じない。ドラムとサンプリングネタがタイトに突き刺してくる先行シングル曲の“What You Need”や“Diary Of A Hitman”はもちろんのこと、ラージ・プロフェッサーの影響も多少感じさせるタイトル・チューンや、“Looking At the Front Door”と同じイントロで始まるポッセカット“Set It Off”など聞きどころも実に多く、「ラージ・プロフェッサー不在」という理由だけでスルーするには実に惜しい作品だ。今回の再リリースを機会に、短い期間の中での激しい時代の移り変わりも感じながら、1st、2ndともに聴いていただきたい。

世界で最初のハウスのレコードを作った男が綴るリアルな歴史

シカゴ・ハウスとは、どのように生まれ、どのように発展し、どのようにしくじり、どのように世界でもっとも愛される音楽スタイルになったのか

解説:西村公輝

自分のように、ハウス・ミュージック(とくにシカゴにおける)の成り立ちというものに少しでも興味を持っている者としたら、ハウス・ミュージック勃興期の出来事の大部分は想像/妄想を働かせる以外にない“ブラックボックス”と化しており、本書ではそれこそ目から鱗の剥がれ落ちるがごとくの貴重な証言が続々と飛び出してくることに感動する。 (解説より)

英「FACT mag」の“読むべきエレクトロニック・ミュージックの本10冊”のうちの1冊にも選ばれた、決定的なドキュメント

シカゴで生まれ世界で愛されているダンス・ミュージックの初期の物語

■著者
ジェシー・サンダース (Jesse Saunders)
1962年生まれ、シカゴ出身のDJ、プロデューサー。“ハウス・ミュージックのオリジネーター”と称されている。80年代、地元シカゴでハウス・ミュージックという新たな音楽ジャンルを発明し、1983年にハウス・ミュージック初のレコーディング作品となる“ファンタジー”を制作、1984年にはハウス・ミュージック初のリリース作品となるシングル「オン・アンド・オン」を発表する。その後、ハウス・ミュージックのクラシック、“ラブ・キャント・ターン・アラウンド”や、ハウス・ミュージックとしてはじめてビルボード・チャートにラインクインした“ファンク・ユー・アップ”といった初期ハウス・ミュージックの重要作品を次々と手がける。さらに、自身のレーベル〈Jes Say Records〉に加え、ラリー・シャーマンらとともに〈Trax Records〉を共同設立。〈Trax Records〉からは、数多くのハウス・ミュージックのクラシック作品がリリースされている。また、1986年には、ジェシーズ・ギャングとして、〈Geffen Records〉とメジャー契約し、アルバム『センター・オブ・アトラクション』をリリースしている。以降、現在まで、DJとして世界各国のさまざまなヴェニューでプレイし、プロデューサー、リミキサーとしても数多くの作品を手がけている。
https://www.jessesaunders.com/

■訳者
東海林修
青山学院大学大学院総合文化政策学研究科修士課程修了。青山学院大学総合文化政策学部附置青山コミュニティラボ(ACL)特別研究員。オンライン・ミュージック・マガジン「UNCANNY」を主宰、編集長を務める。またこれまで、A&Rとして様々な作品を手がけている。
市川恵子
エディンバラ大学大学院文学研究科中国文学専攻修了。国内広告代理店、音楽出版社にて、国内外のコンテンツビジネスを担当し、現在は主に、フリーの通訳者、翻訳者として活動する。

目次

プロローグ
第一章 サンダース家
第二章 ジェシー・ザ・DJ
第三章 ウェアハウス・ミュージック
第四章 ファンタジー──夢が現実になるとき
第五章 ハウス・ミュージック
第六章 不意打ちの痛み
第七章 新たな震源地
第八章 ファミリー・ツリー
第九章 間違った方向
第一〇章 終わり、そして、はじまり
第一一章 ハウス・ミュージックを愛するすべての人びとに

解説 世界はハウスの仮想庭園になった (西村公輝)

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