![]() Seiho Collapse Leaving Records/ビート |
世界の終わりには広告だけが残る。単位はピクセル、資本主義に食い尽くされた世界。エレヴェーターから景色を見る。高解像の過去と低解像度の未来。抵抗することはできない。感覚は麻痺しているが、ただクリックするだけでいい。なんてドリーミーな、このヴァーチュアルな広場……よそよそしいほどの無人のビル……
たとえばこのように、我々の生活を浸食する仮想現実空間の、一見ノーマルな、その異様さ、その不穏さを捉えようとした音楽が2011年から2012年にかけて台頭した。OPNの『レプリカ』もハイプ・ウィリアムスもジャム・シティも、ファティマ・アル・カディリも、そしてヴェイパーウェイヴも、時代への敏感なリアクションだった。それはテクノとは呼べない。もちろんハウスでもエレクトロニカでもない。なにしろそれは感情を記述しないし、心地良い電子的音響でもない。視覚的な音楽という点では、アンビエントに近いかもしれないが……。
日本にもこうした感覚の音楽がある。仮想現実のなかの薄暗いアンダーグラウンドに散らかっている音楽、テクノロジーに魅惑されながら同時に抵抗している音楽。セイホーのライヴにはそれを感じる。ピクセルの空間を切り裂くような感覚。彼の最新作『コラプス』にもそれは引き継がれている。

野菜も曲もオートマティックになって、なんでもかんでもタダになって、食材も送られてくるようになったら、僕の音楽もタダでいいです。
■今作は本当に力作で、素晴らしいアルバムだと思うんですけど、ダンサブルな前作とはだいぶ印象が違う作品になりましたね。ジャズを粉々にカットアップしたはじまりも面白かったんですが、2曲目のパーカッシヴな展開もスリリングで、いっきにアルバムに引き込まれていきました。
セイホー(以下、S):ありがとうございます。この作品を作ったのが2014年から2015年なんですよ。前のアルバムが出たのが2013年。「I Feel Rave」が出て、『Abstraktsex』が出て、それから2年くらい止まったんですよね。ブレーキがかかっていたというか、エンジンがかからなかったというか。でもライヴは続いてました。
■ここ数年は東京のクラブの月間スケジュール表を見ると10回くらいセイホーの名前が出てたんじゃない(笑)?
S:はははは(笑)。逆に言えばライヴに逃げていたというか。そうしないと制作モードに全然なれなくて。そのときに作っていた曲がこのアルバムの中核になるものですね。ライヴでは派手なことをやっていたんですが。
■エンターテイメントもしていたしね。
S:だから途中からそこの折り合いがつかなくなってしまって。作品自体はこういうものがずっと作りたかったんですけど。
■作っているときはどんな感じで作っているの? ライヴのような激しく動きながら作っているわけじゃないでしょ?
S:僕って作品を作るときとか……、たぶん人間性が変なんですよね。それをどう一般の人にわかってもらえるように折り合いをつけるかみたいな生き方をしてきたので。幼稚園のときも小学校のときも、自分の変なところをどうキャッチーに見せるかを考えていました。僕はあんまり普通にしようという気はあんまりなくて、変なところをどんどん包括してキャッチーにしていけば輪の中に入れるみたいな。
■あのキャッチーさの裏にはそんな屈折した自意識があったんですね(笑)。
S:でも2010年に〈Day Tripper Records〉をはじめたときから2015年までのいろんな目標を立てていたんですよ。どんなフェスに出たいか、どんな作品を作りたいか、みたいな。でもそれが意外にも2013年くらいに全部かなってしまって。
■なんとも、控え目なヴィジョンだったんだね(笑)。
S:はは、ほんまそうですね(笑)。
■もっとでっかい夢があるでしょう!
S:いやいや(笑)。レーベル・メイト全員でフェスに出るのもソナーでかなったし、フジロック、サマソニに出るのも2013年で実現したし。だからこの2年間は目標がなく進んでいた惰性の期間でしたね。でもこのアルバムを作ってみて、そういう状態だったのは自分だけじゃなかったと気づいたというか。
■世代的に共有する意識があったと?
S:「去年どんなアルバムがよかった?」と話したときに、みんな2013年の12月に出たものを挙げたことがあって。それはつまりみんな2年くらい新譜を聴いていないってことかと(笑)。それから同じ世代の間で空気がボヤッとして止まっているように思えたところがありました。
■その空気の止まった感じというのは面白いね。あの頃セイホー君がやっていたことは、強いて言えば、海外の〈Lucky Me〉が一番近かったよね?
S:近かったですね。
■シーンの動きが止まって感じてしまったのって、たとえばどんな場面でそれを感じたの?
S:SoundCloudやBandcampが遊び場として利用できていたのが、そうじゃなくなってきたというか。twitterの発言もそれはまではラフだったのに、厳密でなければいけないというか、アーティストとしてどう見られているかが大きくなってきたり……。
■かつてあったアナーキーさがどんどん制限させれていった?
S:経験は、1回しかできないじゃないですか。インターネットを介してみんなが繋がっていく高揚感って、たぶん1回しか経験できないんですよ。たとえばUstreamがはじまったとき、クリスマスに岡田さんがDJをして一気に(SNSを介して)注目されたときとか、やっぱすごい高揚感があったんですね。ぼくのように大阪でレーベルをはじめた人間に、東京のクラブからオファーがきたりとか。SNSを通して音楽が広がるのをダイレクトに経験できた時期が2010年以降にあったんです。でもいまtwitterでライヴをオファーされても、もはやそんなの当たり前の話ですからね。この間アメリカ・ツアーに行ったんですけど、「いつもfacebookを見てるよ」って言われたんですけど、そういうことが物珍しく感じられなくなったというか。それが2010年だったら、すごい新鮮に思えたのかもしれないんですけど。
■先日、京都のTOYOMUというビートメイカーがBandcampに上げた作品が世界的にどえらいことになったばかりで、インターネットにまだポテンシャルはあると思うけどね。俺はセイホー君のライヴを見て、「新しいな」って思ったんですけど、それが惰性でやっているようには見えなかったんだけどさ(笑)。まだ大阪からやってきたばかりのパワーが、そのときはみなぎっていたんだろうね。
S:いまもライヴをするモチヴェーションが下がったわけではないです。でも、折り合いをつけるために、パワーを使っていたというか。どこの馬の骨かわからん若者を、どうしたら見てもらえるかを考えるじゃないですか? でもその環境がある程度でき上がったときに、それと同じパワーを使えなくなったというか。
■俺はあの路線でもう1枚作ってほしかったけどね。
S:でもそういうことなんですよね。逆に言うと、あの路線で作らなくなったのも、たぶん何かがスタートしているからなんです。2015年の11月くらいに、僕のなかの2016年がはじまっている(笑)。2020年までの目標がそのときにできたんですよ。オリンピックをどうするか、みたいなところまで(笑)。
■なんだ、それは(笑)。
S:はははは。そこから折り合いをつけていけば、いままでの作品はまた作れるから、今作は種まきから収穫が終わったあとの冬の時期なんですよね。でも冬の時期も悪くはなかったな、みたいな。
[[SplitPage]]「去年どんなアルバムがよかった?」と話したときに、みんな2013年の12月に出たものを挙げたことがあって。それはつまりみんな2年くらい新譜を聴いていないってことかと(笑)。それから同じ世代の間で空気がボヤッとして止まっているように思えたところがありました。
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■ライヴを「動」とすると、こちらは「静」なわけだけど、俺はセイホー君のライヴがすげーと思ったんだよね。あの、30秒と同じループが続かないスピーディーな展開、デジタル時代のスラップスティックというか、すっごい新しいと思ったんだよね。
ちょうどセイホー君が脚光を浴びた頃は、ヴェイパーウェイヴとかシーパンクとか、新しいキーワードも一緒に出てきたでしょ。初期のジャム・シティみたいなベース・ミュージックも更新されたり、いろんなところで新しい動きが見えたときでもあった。そういうなかにあって、セイホー君がライヴで繰り広げるときの素速い展開って、インターネットの画面をどんどんクリックする感覚と重なるんだよね。すごい情報量が流れているというか。
S:上の世代から情報が多いって言われるんですけど。でもトーフ君とかまわりの人たちと話していると、情報が多いやつらはもっといるんです(笑)。情報量を多くした意図はないんですけどね。
■なんていうかな、ここに情報過剰の竜巻があるとしたら、それを切り刻んでコントロールしているような音のイメージがあって。
S:そこは意識しているかな。サンプリングするにあたっても、食材の切り方よりも、食材をどう選ぶかって行為の方を重視しているっていうか。切るという行為に僕はフェティッシュをあんまり感じなくて。僕の選び方って文脈から外れているんですよ。サンプリングって脈絡を大事にするじゃないですか? でもそれはどうでもよくて、なんでそれを僕が選んだかが重要なんですよね。聴き心地とかフェチな部分で音を選んでいるんですけど、それが羅列されるので情報量が多いように聴こえるのかな。
■展開の速さが情報量を彷彿させるんじゃないかな。曲で展開するって、じょじょに上がっていくとか、最初には白だったのに気がついたら赤になっていたとか、そういう言い方があるとしたら、セイホー君の場合は、白が来たと思ったらいきなり三角に展開するとか。そこにカタルシスがあるじゃない?
S:僕は音楽を作るときに頭に浮かぶヴィジュアルを参考にすることが多いですね。カメラの長回しは好きなのですが、ストーリーに沿った時間軸の組み立てに興味が無く、無駄な長回しや、ストーリーと関係ないカットが好きです。
■そうでしょ。その感じは思い切り出ているよね。
S:たとえばSF小説を読んでいても、人の話を聞いていても、話の内容がまったく頭に入ってこない。でもラストのひとことで、理解はできないけど感動できる瞬間ってあるんです。それは『裸のランチ』みたいなビート文学を読んでいても、僕は同じ感覚があるんです。カットアップですよね。それが意味もなくチョップされているわけではなくて、その作者の選択によって切り刻まれることによってすべて経験したら、作者と似たような感情が芽生えてしまう、みたいな。
■なりほどね。ぼくは、圧倒的なパフォーマンスを目の当たりにしているんでね、本当に頭のなかが真っ白になるようなライヴだったんで。しかし、毎回あのテンションでライヴを続けるのもたいへんだよね。しかも、「新世代代表でセイホー」みたいなブッキングも多かったと思うし、「なんで俺はここにいるんだろう?」って思ったりもしたんじゃない?
S:あります(笑)。でも僕の場合は外に出ていないと自分の家に帰れないんですよね。
■イベントに出まくってもストレスはなかった?
S:ないです。僕の場合、(ライヴを終えて)家に帰ってくる道が楽しいんですよ。崎陽軒のシュウマイ弁当を買って新幹線で食うっていう(笑)。帰ることによって、自分が来た場所を認識できるじゃないですか? ぼくが拠点を東京に移さないのも、大阪から来ているという点をみんなが見てくれているからで。自分がどこから来ているかはすごく大事なことですね。
■じゃあ、とくに今回は、ライヴを終えたときの感覚が出ているのかな。しつこいけど、ライヴの激しさを残してほしかった気も正直あるなぁ。
S:2013年以降、みんなの高揚感が分岐しちゃったのも大きいんですよね。みんなが共有していた良さがあったのに、それをみんなが見てしまったがゆえにバラバラになってしまって。
■世代の共有意識が分裂していったということ? たとえばトーフビーツが真面目にJポップを目指すようになったのもそういう話なのかな?
S:だと思います。何をしても許される世界にパッと入ったから、何をするかが重要になってしまって。13年、14年は散らばったというよりは、支度をはじめた感じですね。
■あの頃はいくつだったの?
S: 23、24歳のときですね。
■まあ、あの頃が時代の風に乗ってやっていたとしたら、今回は、ある意味では、自分がやりたかったことを自分できちんと見せることができたとも言えるよね?
S:でも僕はこの作品をあまり解釈できていなかったんです。作品が僕の思想や哲学の先を行ってしまっているんです。
■それはたいへんだね(笑)。
S:いままでの作品って、作る前からそこがかなり明確だったんですよ。だから、すでに頭のなかにでき上がっている曲の設計図をコピーするだけだったのが、なぜかわからないけど設計図が渡されていてそれを作っても、やっぱりわからないみたいな(笑)。
■はははは。
S:でもここ2年くらいのものを聴いていると、作品から哲学を教わることも多いんです。1曲目の“Collapse”を作ったときに、僕は人がいない世界を想像していたんですよ。
■それはディストピア?
S:そうだと言えばそうなんですけどね。たとえば、50年後のTwitterを見てみたら何が書いてあるんだろう? みたいな。誰もいないのに広告だけが出続けている状態というか。現実世界では人は誰もがいないのにジュースは配送されているし、自販機でもジュースが買えるし、蛇口をひねれば水も出てくるし……。そういう世界ですよね。単純にわかりやすく説明しちゃいましたが、僕にとって自然現象(雨が降る、水が流れる)と人間社会の現象(商品の配送や、水道、コンビニに人がいて商品を買えるなど)は、両方とも同じ自然現象、事象として捉えていて。人間特有の社会形成も自然現象の一部として考えているんです。
■へー、そういうイメージなんだ。聞かなければ良かった(笑)。
S:はははは。
■それでなぜジャズなの?
S:あれをぼくはジャズという捉え方をしていないんですね。フィールド・レコーディングの音は、自分で録ったものとサウンドライブラリーの映画用の音源とふたつ使っているんです。演奏の方も自分で録ったものとサンプルのものが両方あるんです。これはどっちが良い悪いというわけではなくて、そこがずっとボヤッとしていて。想像のなかで言うと、スピーカーから流れているのか、そこで流れているのか、僕らにとって関係のない世界というか。演奏している人が人間であるかどうかも関係ないというか。そういう要素として、僕のなかでジャズには人の温かみがないんですよ。
■その感覚が面白いよね。ジャズをカットアップして、それがコラージュと言われようがミュジーク・コンクレートと言われようが、そういうコンセプト自体は目新しいことでない。でも曲を聴いたときに「面白い」と思ったんだよね。なんかこう、異次元的な感じがしましたよ。
S:トランペットが宙に浮いて演奏していたら楽しいじゃないですか(笑)。
■はははは、そういう感じあるよね。そうやって音を細かく設計するのには時間がかかるの?
S:全体を作るのはめちゃくちゃ早くて、それを削る作業の方が長いです。
■音数を削っていくということ?
S:音数も、ニュアンスも。例えばジャズでブレスの音が入ると、一瞬で人が吹いてるってわかるわけだから、その音をカットしていく。ピアノもタッチの音がしたら人が弾いているってわかるから、そこを修正していくとうか。逆に人間味のないアナログ・シンセサイザーを、どう人間が演奏しているかのように見せるために削るというか。だから作り方は彫刻を削る作業に似ているんですよね。
■今回は前作よりはいろんな曲が楽しめるじゃない? エイフェックス・ツインにたとえるならポリゴン・ウィンドウっていうかさ。
S:ここ数年であまりにも多くのジャンルが出てきたじゃないですか? それこそヴェイパーウェイヴやシーパンク、〈PC Music〉まわりの音もそうだし、ロウ・ハウスやハウスのリヴァイヴァルも含めて。それを僕らは大喜利的に楽しんでいたんですよ。このお題で自分がどうするか、みたいな。でもいろいろ出まくった結果、自分のなかでそれをひとつ決めるのも楽しくないというか。かといって、その全部から良いとこ取りの音楽を作ろうという気もしなくて、そのときの自分の気持ちに従ったらこうなったというか。ヴァリエーションをつけることが目標だったわけではなくて、いろいろ経由してきたから、結果的にいろんなジャンルが生まれてしまったんです。
■なるほどね。さっき言ったようなコンセプトがある以上、アルバムの曲順は考えられているんだよね? 後半はアブストラクトになっていくもんね。
S:〈Leaving Records〉の要望に合わせたんですけど、ホントは2曲目と3曲目は逆がよかったんですけどね。でもおっしゃるように、曲順も含めて世界を表現したかったですね。
■〈Leaving〉からリリースすることは意識したの?
S:マシュー・デイヴィッドといっしょにツアーを回ったのが2012年なんですが、楽屋裏でマシューがアルバムを作ろうと言ってくれて。そのときは「OK、OK」みたいな(曖昧な)感じで終わったんですけど、その後、僕がオベイ・シティというニューヨークのアーティストとEPを出して、マスタリングをしてもらったのがマシューだったんですけど、そのときに正式にオファーをもらいました。2014年ですね。僕のなかではストップがかかっていたときですね。「どうしようかなぁ。〈Leaving〉のカラーもあるしなぁ……」と思ったままいろいろ作ってました。でも2015年の真ん中ぐらいで、「もしかして、いままで作ってきたものって意外とまとまるんじゃないか?」と気づいたんです。それでこの作品ができたって感じですね。あとは、マシューがハマっているニューエイジ・カルチャーですよね。マシューが考えるヒッピー思想的な部分。
■マシューが考えるヒッピー思想的な部分とセイホー君は全然ちがうんじゃないの?
S:その部分と、僕が思う人がいなくなった世界がミスマッチにリンクする部分があったんです(笑)。
■ほほぉ。
S:僕が思うヒッピーたちって、自分が強いんですよね。キリスト教と対極的だと僕は思っていて。アメリカ人の友だちと話していてわかったんですけど、キリスト教ってひとつの運命というか結末を進むじゃないですか? でもヒッピーの人たちって、偶然の連続のなかに結末を見ていくみたいな。その偶然の連続みたいなものを決断するのは自分自身だから、人間が強くないとああいう思想は持てないなと。
[[SplitPage]]喪失感よりも、機会が増えているだけなので、マイナスのものは僕らにとってひとつもないですよ。アーティストはiTunesで働いているわけじゃないから、iTunesがない世界も作れるわけじゃないですか?
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■今回の『コラプス』は魅力的な作品だけど、〈Leaving〉から出ているから良いのではなくて、この作品が面白いんだと思ったけどね。
S:このアルバムで現在やっていたことが、将来わかりやすいものになっているといかに証明できるか、みたいな。いまからそこに折り合いをつけていくと、2020年に普通の人が過去アルバムを聴いたときに「めっちゃポップやん! 当時にそんな難解に思われてたん?」って言われるような形にどうしていくか、みたいな。
■それはまたよくわからないことを(笑)。しかし、まあ壮大な計画があるんだね。
S:はははは。
■ぼくはさっきそのライヴとの対比を喋ったんですけど、よく考えてみれば、吐き出し方が違っているだけで、根本は変わってないというか、今回のエディット感もライヴの脈絡のない展開力と繫がっているんだろうね。
S:そうなんですが、そこはまだ僕もわかっていないんです(笑)。これをライヴでやるのも違うし、これをライヴでやれるような環境が2020年までにできるのか、いまのライヴ・セットにこれが組み込まれていくのかもわからないんです。けど、どういう曲を作りたいか決める前に、曲ができちゃうから難しいですよね(笑)。
■実験的なことをやっても、セイホー君がやるとポップに見えるでしょ。そのキャラがそう思わせるのかもしれないけど。
S:大阪人っていうのもあるかもしれないんですけど、ギリ笑ってくれないと面白くないじゃないですか?
■ヨージ・ビオメハニカさんにも繫がる何かが(笑)。
S:それで阿木(謙)さんとの繋がりが出てくるんですね(笑)。僕が好きな映画監督もそうなんですけど、複雑な人であればあるほど、人懐っこいじゃないですか。
■若い人はステージ上のエネルギッシュなセイホーが聴きたかったんじゃない?
S:今回はとくに僕よりも上の人に聴いてほしいんですよね。そもそも僕は同世代の音楽を全然聴いてこなかったし、上の人に聴いてもらって正直な感想が欲しかったというか。同世代って、何をしても繋がれるじゃないですか。音楽に限らずスポーツをやっているやつらとも、同世代だからわかるんですよね。音楽の良いところは、同世代じゃない相手ともわかり合えること。もともとの音楽体験が親とのコミュニケーションだった。オヤジやオカンと話すために音楽を聴いて、それについて語るみたいな。だから上の世代の人にも聴いてほしいし、逆に言えば、もっと下の世代にも聴いてほしいけど。
■楽しみにしていることって何ですか?
S:最近はお茶会が楽しいんですよね。
■面白い人だね、セイホー君って。
S:あと関西でやってるアポストロフィーってイベントがあって、同じメンバーで定期的にやっているんですが、そのイベントで生花をやっていて楽しいです。この前も東京でイカと生花のイベントをやりまして。まな板にイカを置いてそこに花を生けていくっていう(笑)。そういうのを仲間同士でやっているのが一番楽しいですね。
■セイホー君が大切にしていることって何ですか?
S:僕は貧困層に生まれたわけじゃないですけど、家は商売をやっていて不安定だったので、品だけは良くしたいという思いがあって。貧乏人なのに肘をついて食べるのはカッコ悪いみたいな。だからこそ礼儀作法は大事やし、どんなに貧しくても品は保ちたいなと。さっきのコミュニケーションでいうと、礼儀さえ良くて学さえあれば、上の人とも喋れるじゃないですか。それがなかったら下とも話せないんですよね(笑)。お互い礼儀ができていたら小学生だろうが年寄りだろうが、フラットに喋れる。品というのは、レストランへ行ってマナー通りに使えるのが大事ということではありませんよ。例えばフレンチへ行って肘をつくのは礼儀が悪いし、けれども、アメ村の三角公園では友だちと酒飲みながらカップラーメン食べている方が品が良いんですよね。その場所に合った品の良さがあって、それってその場所に対する知識や学があるかってことにつながってくるんじゃないかと思うんです。
■その場に合った品の良さかぁ……セイホー君はさ、ファイル交換世代じゃん? CDを買わない世代だよね? そういう世代に属していながら自分の作品は発売するじゃない? そこはどう考えている?
S:野菜がタダでできる時代になったらタダで配るかなぁ。そのぐらいの感じ。やっぱり作る時間があって、作る人がいて、そこに時間がかかっている以上は物々交換をしなきゃいけないというか。野菜も曲もオートマティックになって、なんでもかんでもタダになって、食材も送られてくるようになったら、僕の音楽もタダでいいです。
■世のなかの動きはそれとは真逆へ行っているじゃない?
S:そうですよね(笑)。そうかー、ファイル交換か。でも交換は悪いことではないし。
■音楽産業は遅れているように見える?
S:それよりも、音楽というものを、あまりにも聴くものにし過ぎたというか。例えばUSJにタダで行かないじゃないですか? 音楽を聴くという行為がエンターテイメントとして成立できる土壌を作らなかったことは、業界としては悪かったと思いつつも、いまだにそこをきっちりやっている人もいるし。
■昔の音楽が好きだっていうけど、お父さん世代の音楽の消費のされ方といまは違うよね。フィジカルがないとか、アルバム単位では聴かないとか、そうしたことへの喪失感ってある?
S:喪失感よりも、機会が増えているだけなので、マイナスのものは僕らにとってひとつもないですよ。iTunesがない世界もアーティストとしては作れるじゃないですか? iTunesで働いている人は無理だけど、アーティストはiTunesで働いているわけじゃないから、iTunesがない世界も作れるわけじゃないですか? だからレコード会社がなくなろうが、マネージメント会社がなくなろうが、僕たちはギターが1本あって駅前で歌えばミュージシャンになれるので、……とは言いつつ、難しいですけどね。音楽業界の人たちも音楽が好きな人たちだから、全員で考えなきゃいけない問題ではあるんですよね。そこはちょっと最近大人になって言い切らないようになったんですよね(笑)。
■まわりの友だちとかはCDを買う?
S:買っているやつはいますよ。買うというのも体験と一緒で、僕がお茶会やるのも、原宿の女の子がわざわざパンケーキを食べにいくのと、あんまり変わらないことなので。音楽を聴くという体験にまで持っていければ、問題はないのかなと思います。
■お茶会って、どういう人たちが来るんですか?
S:おじいちゃんとかおばあちゃんですね(笑)。
■だよね(笑)。……ちなみに2年間でライヴをやった本数はざっくりどのくらいなの?
S:月に6本くらいやっていたと思います。
■すごいね。そういうもののフィードバックっていうものが、逆説的に今回の作品になったのかぁ……
S:けっこうそうですね。ライヴはライヴでめちゃくちゃ楽しくって、新しい出会いも増えるし。最近、クラブの店長と同い年ぐらいになってきたんですよね。これって大事なことじゃないですか。理解者が増えるほど理解が広まるから、上の世代と状況は変わらなくなるというか(笑)。
■DJをやろうとは思わないの?
S:たまにやるんですけど、そんなに好きじゃないですね。でも、DJって自分が知らない曲もかけられるじゃないですか? あれはすごいですよね(笑)。これからはDJ的な立ち位置の子が増えてほしいですね。なんでかというと、作るということもそうなんですけど、キュレーション能力もどんどん問われていくと思うからです。オーガナイザーもキュレーターみたいなところがあるじゃないですか? DJでもそっちの立ち位置へいく人が増えるのかなと思って。
■イベント全体を考えるってこと?
S:それもそうだし、あのアーティストとあのアーティストが一緒にやったらいいのになっていうのものの間を取り持つ役割をDJが担って、そこで完成したエクスクルーシヴを自分のセットで流すとか。そういうことができれば面白いかな。
■欧米をツアーしてどこが面白かった?
S:アメリカが面白かったですね。とくにフライング・ロータスの後にやったときがいちばん震えましたね。フライング・ロータスが僕のことを紹介してくれて、そっからライヴやったんですけど、けっこう盛り上がって。
■受け入れられたと?
S:はい。
■やっぱオープンマインドなんだね。
S:意外とロンドンは今一でしたね。〈PC Music〉系のイベントだったこともあったと思うんですけど。
■セイホー君の場合は、見た目では、そっちのほうに解釈されても不思議じゃないし(笑)。
S:まったくそうで、アメリカでもインターネット/ギーク系のオタクが集まるようなイベントにも呼ばれましたね。
■そういうときはどうなの?
S:日本と同じですよ。
■それはそうだよね(笑)。

Artist: Prettybwoy








