「Not Waving」と一致するもの

CAT BOYS - ele-king

 先日、平凡社から刊行された著書『新 荒唐無稽音楽事典』もあらためて話題になっている音楽家/文筆家の高木荘太。最近まだ目立ってますな。カセット・ストアデイでもひときわ人気を博したのが、高木壮太率いる「CATBOYS」だった。3月24日にはそのセカンド・アルバムがリリースされる。現代の音楽キーワードをシニカルに解説した『新 荒唐無稽音楽事典』の刊行と「CATBOYS」セカンドのリリースを祝して、ここに茨城県の植田氏から届いたライヴレポも掲載しましょう。

 CAT BOYSはラウンジを這い出たのか!  浦元海成(Dr,Vo)、高木壮太(Key,Vo)、NO RIO(Bs,Vo)からなる“午前3時のラウンジ・ファンク・トリオ”CAT BOYSの新作『BEST OF CAT BOYS vol.2』(以下『vol.2』)を一聴して、そう思った。青山の老舗クラブ蜂のハウス・バンドでありながら、思い出野郎Aチーム主催の「SOUL PICNIC」や吉祥寺のローカル・バンドM.O.J.Oのリリース・パーティに出演しキッズも交ざるライヴハウスのフロアを沸かせ、ファースト・アルバム『BEST OF CAT BOYS vol.1』(以下『vol.1』)発表後の3枚の7インチ・シングルでは手練のクラブDJたちにもその名を知らしめた。だから、と結論づけるのはいささか乱暴だけれど、『vol.2』には『vol.1』になかった楽曲の幅があり、密室のラウンジだけでは生まれ得ない緩急がある。そう、この音盤には、彼らのライヴをそのまま再現したような一夜のドラマが刻まれているのだ。ライヴ・レポートを書くように、以下にこのアルバムのレヴューを試みたい。
 

 ごあいさつとばかりにイントロから鍵盤が唸る“Fanfare”で夜の幕が開く。そのままミーターズ・スタイルのファンク・チューン“Switch Back”へと繋ぐ展開は完璧な導入だと言っていい。ここまでですでに身体は温まった。Sly&The Family Stoneの“Somebody's Watching you”をさらりと挿み、浦元による自作曲“Strawberry 2 U”でねっとりと揺らされる。まとわりつくようなグルーヴ、メンバーによる軽妙なコーラスもどこか怪しい味付けだ。そして迎える“Last Tango in Paris”。軽業師、高木壮太ここにあり! と思わず合いの手を入れたくなるこのセンス、白眉のカバーであるのは間違いない。『ラストタンゴ・イン・パリ』劇中の性描写を再現するような、なまめかしい鍵盤の調べは見事の一言。さて、この熱演でライヴは中入り。いまのうちにカラカラになった喉をビールで潤しておこう。
 気を取り直して後半戦。人が散り散りになったフロアに呼びかけるように、Booker T.&the MG's“Melting Pot”、Chic“Everybody Dance”とファンク&ディスコ・クラシックを畳み掛ける。グッとフロアの熱を上げたところで披露するのが、“Take Me To the Mardi Gras”。「ねえ、マルディグラに連れてってよ!/そこでは、みんなが歌い演奏してるの/ダンスも素敵なんだって」と呼びかける、ポール・サイモンによるニューオリンズ讃歌でリズムを変える。いきなりのギア・チェンジに戸惑う聴衆を気づかうように、ゆるやかに熱を保つこの選曲はハウス・バンドしての役割を担ってきたCAT BOYSの懐の深さを顕著に示しているように思う。つづく“Stay Cool”はこの夜いちばんのメロウ・チューンだ。ここまで来ると心はホカホカ、短い映画を見終えたような心持ちである。だけれど、まだ夜は終わらない。幻のバンドManzelのカバー“Space Funk”で、彼らはもう一度フロアの熱を上げていく。じっくりと愛撫をするように聴衆の身体を温めるレゲエ調のアレンジが絶妙だ。さあもう一回! もう一回だけ愛し合おうじゃないか。
 もっともっと! と欲しがる相手がいるならば、遠慮はいらない。当然最後はこの曲、文句なしのパーティ・チューン“Funka de Janeiro”――ただしここではリアレンジされ、より都会的に洗練された“Arabella”として演奏される。原曲の野蛮さを流麗なグルーヴに置き換えた創造的な再構成だ。アンコールは大貫妙子“都会”のカヴァーで涼やかに。まるでボーナス・トラックのような演奏になぜだか少しだけセンチメンタルな気分になる。あれだけ熱くなったのに、あんなに激しく踊ったのに。どうしたって夜は終わるのだ。分かっているのに虚しくなる。頼む。朝よ、来ないでくれ。このままずっと酔いつづけていたいんだ……。

 このレヴューを依頼され、『vol.2』を聴き込むほどに浮かぶのはなぜか性的なイメージばかりだった(まったくもって稚拙ですが!)。CAT BOYSはきっとその夜いちばんの女を落とすための演奏をしているんだろう。だから彼らはまた密室に帰る。彼らに、陽の光はまぶしすぎる。酔いの抜けない身体をずりずりとひきずって午前3時のラウンジに這い戻り、懲りない面々の乱痴気騒ぎのアシストをする。そういうバンドであってほしい。2017年にリリース予定の『BEST OF CAT BOYS vol.3』ではどんな夜が描かれるのか、いまから楽しみに待っていよう。


植田浩平(茨城県のつくば市でPEOPLE BOOKSTOREを営んでいます。
https://people-maga-zine.blogspot.jp/


"BEST OF CAT BOYS VOL.2 DIGEST SAMPLER MOVIE"
https://youtu.be/KdVk6FRGQnA"FRGQnA

"MASTERED HISSNOISE"
https://www.msnoise.info/

"新 荒唐無稽音楽事典"
https://www.heibonsha.co.jp/book/b272188.html

Kingdom - ele-king

 示唆的なタイトルである。注目を集めてからすでにずいぶん経つプロデューサーによる満を持してのデビュー・アルバムにしては、なにやら物悲しげではないか? クラブでの涙――それはここでは、クラブ音楽の高揚がもたらす歓喜によるものではなさそうである。そのひとつの理由として、昨年のオーランドのゲイ・クラブでの銃乱射事件をはじめとするクラブで噴出する暴力に胸を痛めたことがあるそうだが、それに限らずキングダムが現在抱くクラブ・カルチャーへのアンビヴァレントな想いが反映されたアルバムだと言えるだろう。
 美しい恍惚の瞬間が舞い降りる、ケレラをフィーチャーした名トラック“Bank Head”とそれに伴うEP「ヴァーティカルXL」が2013年。そのことを思うとやはり遅すぎたデビュー・アルバムだが、いま一度ここで強調したいのはその間の4年おこなわれ続けたR&Bにおけるアンダーグラウンドからメインストリームをまたがる音の冒険の立役者のひとりは、間違いなくこのキングダムことエズラ・ルービンであるということだ。彼が主宰する〈フェイド・トゥ・マインド〉が担うベース・ミュージックやジュークからの連続性、インダストリアル・リヴァイヴァルとの共振、タイミングにおいてアルカと連動したことは彼がプロデューサーとして時代の突端にいたことを証明しているし、あるいはルービンがフックアップしたシンガーであるドーン・リチャード(D∆WN)がダーティ・プロジェクターズの新作に登場していることを考えればなおさら疑いようがない。現在なぜR&Bが広大な音の実験場と化したかにはさまざまな要因があるだろうが、そのヒントのひとつはキングダムの仕事にあると自分は考えている。ルービンは女性シンガーをフィーチャーすることによってゲイである彼が普段隠しがちな女性性を解放していると説明しているが、それはたとえばハウ・トゥ・ドレス・ウェルやオート・ヌ・ヴ、ブラッド・オレンジそしてフランク・オーシャンに至るまで共通する重要なテーゼだと言えるだろう。ジェンダーとセクシュアリティの揺らぎとその新しい自由、それを追求するためにはR&Bのフェミニンさと音の更新が必要だったのである。
 そうした成果は『ティアーズ・イン・ザ・クラブ』においてやはりヴォーカル・トラックに表れている。オープニング、SZAを迎えた“What Is Love?”はリヴァービーな音響のなかメロウなフィメール・ヴォーカルが愛について憂う1曲で、特別新しいというわけではない代わりにこの数年のR&Bの探究が総括されているような印象すら受ける。続くナジー・ダニエルスをフィーチャーした“Each & Every Day”はルービンのトラックメイキングにおけるアイデアがわかりやすく出現しており、ごく限られたビートの音色を変えることでスカスカのループを存分に耳を楽しませるものにしてみせる。もう1曲SZAが登場する終曲“Down 4 Whatever”のエナジェティックなグルーヴも捨てがたいが、白眉はジ・インターネットのシドが悩ましげな声を披露する“Nothin”だろう。ルービンはこの曲について「ゲイ・ピープルが必ずしもゲイ・アイデンティティに拠らないポップ・ソングをいっしょに作るっていうアイデアが気に入ってるんだ」と説明しているが(シドはレズビアンであることをカミングアウトしている)、つまり、ジェンダーにおけるアイデンティティがポップ・ミュージックにおいてより開かれたものであるべきだという考え方と同調している点できわめて現代的だと言える。そしてこれらのヴォーカル・トラックは総じてセクシーで、R&Bにおける性愛の新しい表現が自然に表れていると思えるのである。

 いっぽうで問題の“Tears in the Club”は一転してダークなビート・トラックで、アルカを思わせる耽美なメロディが低音に陰鬱に呼応する。沈み込むような“Haunted Gate”、インダストリアルな触感を残す“Into the Fold”も同様で、そこでは非常に内面的なメランコリーが抽象的に展開されている。
 ただ、こうした二面性がアルバム全体を魅力的なものにしているとは正直言い難く、中心がどこにあるのか見えづらい作品ではある。トラックメイカーとしての自らの先鋭性を追求してきたこれまでもキングダムのキャリアを思えば、『ティアーズ・イン・ザ・クラブ』ではどうも一度立ち止まってルービン自身の内面に降りていくことも避けられなかったようだ。アルカがその新作『アルカ』において内面を追求した結果さらに新しい領域に向かったのに後れを取ったようにも見えるし、あるいはもっと彼独自のR&Bにフォーカスした作品にしても良かったようにも思えるが、一度そうした分裂を吐き出しておきたかったのかもしれない。クラブ・ミュージックから一定の距離をおいた(海外のレヴューでは「ポスト・クラブ・ミュージック」とも表現されている)このデビュー作の内省は、「プロデューサー」のキングダムではなく個人の迷いが滲んだものである。それがいまの時点での彼のリアリティとは思いこそすれ、(これまでの功績を鑑みれば)そうした葛藤がもっと生々しく音に表れたもの、もしくはそれすらを昇華するものを彼にはこの先期待したい。

La Femme - ele-king

 なんだかよくわからない。なんだかよくわからないが、強烈に惹きつけられる。3月21日、フランスでいま最も注目を集めるバンド、ラ・ファム(La Femme)が昨年リリースされた新作を引っさげて来日する。ジーン・ヴィンセントやヴェルヴェット・アンダーグラウンド、クラフトワークやステレオラブといった名前が引き合いに出されるかれらの音楽を一言で表わすと……ロカビリー? シンセ・ポップ? なんだかよくわからないが、かれらの音楽がエキサイティングであることは間違いない。ジャケも独特の雰囲気を醸し出しているし、何よりこのフランス語のヴォーカルは英米のポップ・ミュージックに慣れ切ってしまったわれわれの耳に新鮮に響く。とにもかくにも3月21日、原宿のAstro Hallへ足を運んでかれらの正体を突き止めよう。

ヴィンテージな雰囲気と尖ったサイケ感が混在する
ローファイ・サーフ・サウンドに世界が大注目!
フランスの異才サイケ・パンク・バンド、ラ・ファムが
待望の2ndアルバムをリリース! 来日も決定!

■フランス屈指のサーファーの聖地ビアリッツでサーフ・ミュージックとヴィンテージ・ロック好きのSacha Got(ギター)とMarlon Magnee(キーボード)が出会い結成、パリ移住後、Sam Lefevre(ベース)、Nunez Ritter(パーカッション)、Noé Delmas(ドラム)、そしてフランス・ギャルやフランソワーズ・アルディなど往年のフレンチ・ポップ・シンガーを彷彿させるClémence Quélennec 嬢が加わり今の布陣となったラ・ファム(フランス語で「女、女性」)。2013 年のデビュー・アルバム『Psycho Tropical Berlin』がフランスのデジタル・チャート1位に登りつめ、多くの雑誌の表紙を飾り、数々の有名フェスにも出演、CMに楽曲が使用されるなど、フランスでいま最も注目を集めるバンドのひとつとなった。
■セカンド・アルバム『Mystère』でもその音楽的多様性は健在だ。シンセ・ポップからサーフ・ロック、ステレオラブっぽいインディ・ロック、バロック調に近いギター・チューン、西部劇のサントラ風、そして牧歌的なサイケ・サウンドまでが溶け合う独特の音世界を作り上げている。セクシャルなキワドイ歌詞も刺激的、そのスタリッシュなレトロ調のヴィジュアル、エネルギッシュでトリッピーなライヴ・パフォーマンスも相まって、パリのインディ・シーンで絶大な人気を誇る彼ら。3月には新作を引っ提げてアジア・ツアーを敢行、ついに来日も実現!

『Mystère』は今年度ベスト・アルバムの1枚。最近のインディ・バンドでは滅多にないクールなヴァイブを本作で放っている。
—『The Guardian』誌

大胆で、想像力に富んだ、そして時には、とても楽しいほど奇妙だ。
— 『Uncut』誌

【来日公演】
■3月21日:東京:Astro Hall


ASIA TOUR 2017 - LA FEMME JAPAN DEBUT
(powered by Kaïguan Culture)

2017年3月21日
HARAJUKU 『ASTRO HALL』
https://www.astro-hall.com/
〒150-0001 
東京都渋谷区神宮前 4-32-12
ニューウェイブ原宿B1
https://www.astro-hall.com/schedule/6001/

18: 00 - Door open - DJ nAo12xu (†13th Moon†)
19:00 - 19:30 : Who the bitch
20:00 - La femme - Live start
ADVチケット: 6,000円 (数量限定) Include 1 DRINK
DOORチケット: 6,500円 Include 1 DRINK

チケット取扱店リスト:
https://la-femme-live-in-tokyo.peatix.com

https://www.lafemmemusic.com

アーティスト:LA FEMME
タイトル:Mystère
レーベル:Disque Pointu
フォーマット:CD / 2LP
品番:ZOD-006 (CD) / BB-086 (2LP)
バーコード:3700551781911 (CD) / 3521381539325 (2LP)

[TRACK LIST]
1. Sphynx
2. Le vide est ton nouveau prénom
3. Où va le monde
4. Septembre
5. Tatiana
6. Conversations nocturnes
7. S.S.D
8. Exorciseur
9. Elle ne t'aime pas
10. Mycose
11. Tueur de fleurs
12. Always In The Sun
13. Al Warda
14. Psyzook
15. Le chemin
16. Vagues

Gaika - ele-king

 こんばんは。良いお天気ですね。水カンのレヴューで盛大にディスられている小林です。どうやら僕は〈Warp〉しか聴いていないそうです。だったらもう開き直って、どんどんその道を突き進んじゃおうと思います。

 昨年レヴューを書こう書こうと思いながら、なんやかんやあってタイミングを逃してしまった作品のひとつに、ガイカ(Gaika)の「SPAGHETTO」がある(もうひとつはロレンツォ・セニ)。リアーナやドレイクといったメジャー勢をはじめ、ダンス/クラブ系で圧倒的な存在感を放ったイキノックスなど、2016年の音楽シーンを特徴づける潮流のひとつにダンスホールがあったわけだけれど、ガイカの「SPAGHETTO」はまさにそのトレンドを踏まえた12インチで、「いつも少し遅いがポイントははずさない」という〈Warp〉の流儀が見事に詰め込まれた1枚だった(ジャム・シティも参加)。
 ガイカはヒップホップやダンスホールから影響を受けたブリクストンのプロデューサー/ヴォーカリストで、マーケイジ(Murkage)というグループの一員でもある。これまでにケレラやダークスターの作品に客演したり、ミッキー・ブランコやディーン・ブラントとコラボしたりしながら、すでに2本のミックステープを発表している。そんな期待の新人が、来る4月に初の来日を果たす。会場はCIRCUS TOKYO(4月8日)とCIRCUS OSAKA(4月9日)。ロレンツォ・セニとともに今後の〈Warp〉の方向性を占うアーティストである彼のパフォーマンスを、こんなにはやくチェックできる機会に恵まれるとは。

 僕は行きますよ。悪いけど、いまはJ-POPに割いている時間なんてないんでね(でも宇多田は好き)。というか、ナンセンスは結局「ナンセンス」というセンスを持ってしまうんですよ。わかります?

水曜日のカンパネラ - ele-king

(菅澤捷太郎)

 我らがエレキング編集部はJ-POPに疎く──(こういうことを言うと、「敢えて」だそうで、編集長いわく「方針として海外文化の紹介を優先させている」そうであります)、2月の、まだまだ寒い、どんよりした曇りの日のこと、このままでは世間から見はなされるのではないかという不安に駆られたのである。誰が? 編集部の周辺、とくに泉智と野田のあいだでは、宇多田ヒカルvs水曜日のカンパネラという不毛な言い争いがあるようで、もういい加減にして欲しい。ビートルズのTシャツを着ながら言うのもなんだが、ぼくは編集部で唯一の20代だ。少なくとも〈Warp〉しか聴いてないような小林さんよりはJ-POPについて知っている。知っているどころじゃない。コムアイに足を踏まれたこともあるぞ!
 昨年の7月8日、代官山UNITだった。参議院議員選挙に向けたイベント『DON’T TRASH YOUR VOTE』。ぼくはイベントにザ・ブルシットのドラム担当として出演した。終盤ではSEALDsのメンバーがステージに上がり、選挙に向けたスピーチをおこなった。そのとき飛び入りしてマイクを持ったのがコムアイだった。
 で、彼女は開口一番、「さっきまで××に出てたんだけど、いてもたってもいられなくて来ました! こっちのほうが本番でしょ!」と言い放ったのである。その日彼女は某音楽番組に生出演していた。番組終了後イベントに直行した。会場は大盛り上がりだ。まさか、あのコムアイがやって来て、そんなことを口にするとは思ってもいなかったからだ。
 スピーチを終えたコムアイはステージから降りると、ぼくの目の前でしばらく他愛もないような会話をしていた(当然ながら、彼女はぼくのことなぞ知らない)。そして、談笑を終え立ち去ろうとした彼女は、その第一歩目をぼくの足の上に着地させてしまったのである。うぉ。ぼくはその感触をいまでも忘れない、と言ったら変態だろうか。彼女は「あ、すいませーん!」とハニカミながら去った。
 こうして、ぼくは水曜日のカンパネラを意識するようになった。ナンセンスなラップとエキセントリックなキャラクターでのし上がってきた彼女が、あのステージでスピーチをしたこと。しかも「こっちが本番だ」と言ったこと、ぼくと水曜日のカンパネラの距離は縮まったのである。
 さて、それで話題の新作『スーパーマン』である。すでにいろんなメディアに大々的に露出しているので、多くの方もご存じだと思うが、新作には、前作『UMA』でみせた脱J-POPとでも言えるような展開はない。よりポップに、より開かれた音楽として昇華しようとする水曜日のカンパネラのスタンスがはっきりと明示されている。
 サウンドの面だけでない。ナンセンスな歌詞とそれを成立させてしまうコムアイのキャラクターもそうで、“一休さん”のラップには洗練されすぎないことの美学がある。“チンギス・ハン”における(ラム肉料理の)のバカバカしさにもその美学を感じる。
 また、ぼくはコムアイのラップには独特のグルーヴを感じるのだ。例えば、今作における私的ベスト・トラックであるフューチャー・ガラージ調の“オニャンコポン”での弾けるような「ポンポンポポンポン」の言い回し。クワイトのリズムを採り入れた“チャップリン”での後ろにモタるような言葉のはめ方など素晴らしいし、ほかにも随所においてコムアイのスキルが発揮されている。今作の聴きどころのひとつである。
 たまに思うのだが、コムアイが先述のイベントで「こっちのほうが本番でしょ!」と言い放ったことは、果たして本気だったのだろうか。メディアでエキセントリックなキャラクターを演じながら、ナンセンスなラップを繰り返し吐き続ける彼女を見ていると、あの夜に出会った彼女と同一人物だということをつい忘れてしまうときがある。しかし、コムアイは戦略的なナンセンスによって、声を勝ち取ろうとしているのだ。メディアでナンセンスな水カンを見て油断しているぼくらは、思いがけないタイミングで食らわされる政治的発言や行動にノックダウンされる。ナンセンスによってこの社会と繋がる。それが水曜日のカンパネラの戦い方なんですよ、小林さん。わかりましたかぁ?

菅澤捷太郎

Next >> 野田努


[[SplitPage]]

(野田努)

 ハローキティには口がない──と海外のある思想家は指摘する。J-POPエキゾティシズムは、洋学的な広がりからいえば明白に孤立しているが、向こうからみればこっちが孤立しているわけで、兎にも角にも今日の消費社会において、立派に、堂々と、それはひとつの棚を確保している。そんなJ-POPにおける日本のキュート・ポップ文化はいまや世界を一周して、たとえば鏡を見ればケロ・ケロ・ボニトがいる。この──おかしくてキュート、そして清楚な──ポップ文化に、ぼくはときとして笑い、と同時にどこか居心地の悪さも覚える。ハローキティには口がないことに。
 コムアイには口がある。ラップはうまければいいってもんじゃないことも、結果、あらためて証明した。まずは下北ジェットセットに感謝だ。このレコード店で「トライアスロン」の12インチが売られていなかったら、こうしてぼくがレヴューを書くこともなかったのだから。
 コムアイには何かがある。海外で面白がられているエキゾティックでキュートなJ-POPではない何か……、そこからむしろはみ出そうとする型破りな何か……、そのほとんどが旧来の女性像を壊せなかった90年代ディーヴァたちとは違った何か……、90年代的自由奔放さを打ち出したビョークともUAとも違った何か……、ザ・ブルシットの内省とは違った何か……。
 とは言うもの、今回の水曜日のカンパネラが選んだ綱渡りは、音の冒険ではない。言葉の深みでもなければ、もちろん時代や社会の語り部でもない。そうした深刻さ、意味から解放されることなのだろう。ぼくが「トライアスロン」EP収録の“ディアブロ”で大笑いしたのも、世界は重苦しく政治や社会はたいへんで、正直ナンセンスに飢えていたというのもあった。
 そして、だが、新作において水曜日のカンパネラが選んだ綱渡りは、ポップ・チャート・ミュージックとしてのそれだろう。自分たちのサウンドを微調整しながら曲調の幅を持たせてはいるが、本作を聴く限りでは、前作で関わったマシューデイヴィッドやオオルタイチといった連中から何かを吸収したとは思えない。カタチだけ取り入れても意味はないし、毒を抜いた洋楽になるくらいなら……賢明そうな彼らのことだ、そう考えたのかもしれない。
 多くの曲はせっかちなダンス・ミュージックで、その音色においてお茶の間との回路を保ち、基本メロディアスである。当たり前だがMC漢のようなドープネスはなく、背徳のクラブ・ダンスフロアとはまずつながらない。まあ、J-POP的リング上ではある……が……、コムアイはそのなかでもあらがい、どこか異彩を放っているのは事実で、そして彼らはいまもウェットさを拒んでzany(滑稽さ)とnonsense(無意味さ)を追求している。その方向性は、J-POP──拒絶も否定もない特異な文化空間として完結することを裏切らんとし、じつは他との接続を求めているがゆえにほころびを探し、もちろん日本のキュート・ポップ文化から切り離され、数年後のヴァラエティ番組のゲスト席ないしはハローキティと草間彌生の水玉との境界線がぼやけるところを尻目に、ひたすら突っ走っている……のだろう。が、どこに? レイヴ会場? いやまさか。

野田努

Next >> 仙波希望

[[SplitPage]]


(仙波希望)



 もはや「水カン」は社会現象と言っても過言ではない。「ねぇ、水曜日のカンパネラって知ってる?」「知ってる。『いま』流行ってるやつね、なんだっけ、きっびっだーんのやつ」「そうそう」みたいな学校や職場での会話は容易に想像できるし、コムアイは私立恵比寿中学とコラボレーションした『FNS歌謡祭』や『ミュージックステーション』などに登場。音楽番組のみならず、『めざましテレビ』や『スッキリ!!』といった朝の情報番組にも出演を果たした。「J-POPなき後のJ-POP」における、新たなるミューズと化したコムアイの姿は、フォトジェニックな存在として幾多もの雑誌の表紙を飾ることも納得できよう。

 と、このように書くといつの時代の話だ、と錯覚してしまうかもしれない。満を持して発表されたメジャーでのファースト・フル・アルバムとなる『SUPERMAN』。本作のリード・トラック“一休さん”の歌詞にある「レインボー・ブリッジ、封鎖できません」――すなわち『踊る大捜査線』がふたつ目の映画化をはたしてしまった頃、それはJ-POPマーケットがまさに「終わりの始まり」を迎えた時期にあたる。指摘されすぎた事柄でもあるが、一般社団法人日本レコード協会の定点観測によれば、「CDシングル・アルバム」市場はおおよそミレニアムを境目に縮小を続けている。ゴールデン・タイムを占めていた「ランキング型」の音楽番組の多くは、その後を追うかのごとくお茶の間から退出する。例を挙げれば、『THE夜もヒッパレ』が終わったのは2002年、『速報!歌の大辞テン』の終了は2005年。いみじくもその2005年に YouTube は設立される。

 周知の通り、これ以降「J-POP」をめぐる状況は大きく様変わりした。無論それは「J-POP」というカルチャー自体の終焉を示すものではない。

 時代錯誤な用語使用を許してもらえれば、水曜日のカンパネラはたしかに「メディア・ミックス」の寵児だ。だが、彼女たちが遂行してきた戦略自体はアップデートされた「いま」のものである。2012年のβ版の時期から積み重ねられた YouTube 上のオフィシャル・ミュージック・ビデオの数々は、徹底した作りこみ、それぞれが異なる独特な世界観、そして累積された結果としてのアーカイヴ性をもってして、もしかすると新手のマーケティングの教科書に成功事例として掲載されてもおかしくないほどの成功をおさめ(「きっびっだーん」の“桃太郎”は2017年3月現在で1,500万再生にも届こうとしている。およそ8年前、そういえば前作『UMA』に参加した Brandt Brauer Frick も“Bop”のMVが YouTube 上で大変話題になった、しかしこちらは90万回再生)、冒頭に記した「水曜日のカンパネラって知ってる?」という質問に万が一答えられなかった人のためには、Google の検索窓の先に、驚くほど膨大な数のインタヴューが用意されている。水曜日のカンパネラを知らないままではいることのできない状況が広がっている、というのは、やはり過言ではないだろう。

 この「ポストJ-POP」的状況のなかで、水曜日のカンパネラはきわめて戦略的な姿勢を崩さない。Perfume に続くかたちとなったSXSWやシンガポールのフェスへの参加など、グローバル展開への睨みを保ちつつ、他方で3月8日にはアンシャン・レジームの象徴とも言える日本武道館でのライヴを成功裡に導いた。かつてのサクセス・ロードをトレースしつつも、「これまでとは異なる」像を追求し続ける。堅実にも積み重ねられた差異を武器に、「水カン」というムーヴメントはひとつの到達点に近づきつつあるように見える。

 そして『SUPERMAN』は――繰り返しになるが――「満を持して」上梓された。“桃太郎”や“ディアブロ”で見られた過剰さは後退し、全編ケンモチヒデフミが手がけた曲たちは、これまでの水曜日のカンパネラの延長線上に位置する、ビート・ミュージックに目配せしたハウス・トラックとして並んでいる。確かに歌詞は旧来通り風変わりだが、かつてその中身を占めていた「サブカル」要素は影を潜めた。例えば“モスラ”はその名の通り過去の「モスラ」シリーズへの深すぎる言及、“桃太郎”ではレトロ・ゲームからの参照など、楽曲ごとに所定のテーマからの専門用語を偏執的なまでに歌詞へ詰め込むのが「水カン」の常套句となっていたが、本作では“アラジン”でマニアックなホームセンター用品/メーカーが登場するものの、全体としていままでの「サブカル」的ジャーゴンは後景に退いている。「サブカル」の一聖地である下北沢ヴィレッジ・ヴァンガードをホームとした「水カン」の姿はここにはない。そのプロジェクトの性質の色をリプレゼントするように、より「開かれた」かたちとしての「水カン」を聞くことができる。

 しかしこの「開かれた」かたちとは、また同時に「閉じた」ものでもある。いかなる意味か。先ほど登場した Perfume であれば、(パッパラー河合からバトンタッチした)「中田ヤスタカ」というプロデューサーを媒介に、「ポリリズム」発売時に席巻していたエレクトロ・ムーヴメント、もしくは CAPSULE などの別プロジェクトへと容易に遷移することが可能であった。しかし、「水カン」を聞いたうえで、ケンモチヒデフミを通して Nujabes へ、もしくは前作『UMA』に参加した Matthewdavid からLAビート・シーンへ、Brandt Brauer Frick から〈!K7 Records〉へ、Cobblestone Jazz へ、といった聴取姿勢は想定されていないだろう。全ての要素は、「水カン」というプロジェクト自体へと還流される。本作『SUPERMAN』では、コムアイ自身が同作のインタヴューで繰り返す「スーパーマンが不在の現代日本」というイメージのもと、選定された古今東西の「スーパーマン」でさえ、周知の「水カン」色を触媒に、またプロジェクトの内側へと取り込まれている。端的に言えば、水曜日のカンパネラは、音楽的係留点としての機能を追い求めてはいない。

 ここで冒頭の描写に戻りたい。「水カン」はひとつの社会現象であり、コミュニケーションの中継地点であり、メディア環境に点在する存在となりつつある。誰にでも開かれた存在として/それだけで完結した存在として。何かしらのシーンから生み出された存在でなくとも、それ自体がひとつのムーヴメントとして。水曜日のカンパネラはだから、「ポストJ-POP」的時代の最中、また異なる解答を生み出そうとするプロジェクトである。メディアの寵児な「だけ」ではなく、奇抜さや楽曲の本格さ「のみ」を、もしくはコムアイの可憐さ「ばかり」を売りにするものではなく、その道途の先を見据える「異種混肴(heterogeneity)」的な姿勢そのものこそが、「ポストJ-POP」的なるものを内包している。

仙波希望

ハリウッドの地獄から西ドイツ・ベルリンへ、
多くの謎に包まれた1975年から1978年までのデヴィッド・ボウイを追う。
ベルリン3部作の背後に横たわる物語がいま明かされる──

デヴィッド・ボウイが、2016年1月10日、自らの死を想定して作られた新作『ブラックスター』をリリースした2日後に他界し、世界中に衝撃を与えたことは記憶に新しい。

長いキャリアのなかで多くの名作を残しているデヴィッド・ボウイだが、70年代のなかばアメリカに渡り、そして強度のコカイン中毒のなかで衰弱しながら、そしてベルリンへと移住して生まれることになる、通称「ベルリン3部作」──『ロウ』、『ヒーローズ』、『ロジャー』──は、ボウイのキャリアのなかのもうひとつのクライマックスとして知られる。

本書は、そのベルリン時代にスポットを当てた評伝である。じつに深い内容の、ファン待望の1冊と言える。


目次

   INTRODUCTION

 1 地獄から来た男
   THE MAN WHO CAME IN FROM HELL
 2 ボウイ教授のキャビネット
   THE CABINET OF PROFESSOR BOWIE
 3 『ロウ』、あるいはスーパースターの医療記録
   LOW, OR A SUPERSTAR’S MEDICAL RECORDS
 4 新しい街、新しい職
   NEW CAREER, NEW TOWN
 5 崖っぷちのパーティ
   THE PARTY ON THE BRINK
 6 デヴィッド・ボウイを見たかい?
   DID YOU SEE DAVID BOWIE?
 7 ヒーローズ
   HEROES
 8 さらばベルリン
   GOODBYE TO BERLIN

結び 彼は今どこに?
   CODA: WHERE IS HE NOW?


ロック画報読本 鈴木慶一のすべて - ele-king

鈴木慶一ミュージックは、北野武映画の「ヘソ」である。
――北野 武

★鈴木慶一未発表音源9曲54分! CD付き

2011年12月にムーンライダーズの活動休止を宣言した鈴木慶一。
その後、北野武監督の映画『アウトレイジ・ビヨンド』や
蜷川幸雄の舞台音楽を手がけるなど、ミュージシャンとしての活動はますます盛ん。
バンド、ソロ、ユニット、プロデュース(原田知世ほか)、
映画音楽(『アウトレイジ』、『座頭市』、『ゲゲゲの女房』、ほか)、
劇伴(蜷川幸雄、ほか)、CM音楽など、
幅広い音楽活動を網羅し、多面的な魅力を持つ鈴木慶一の本質に迫る!

ムーンライダーズからはちみつぱい、Controversial Spark、No Lie-sense、
THE BEATNIKS、ソロ作品、映画音楽、ゲーム音楽、プロデュース作品など、
テーマごとにまとめた章構成。

関連ミュージシャンのインタヴュー、昨年の話題作『Records and Memories』まで、過去の評論なども掲載。事務所秘蔵のビジュアル要素も豊富に掲載し、鈴木慶一の全仕事をアーカイヴ化したクロニクルとなっています。

さらに旧友であるイラストレーターの矢吹申彦氏の表紙で。

■Photos and Memories
■鈴木慶一インタヴュー
■アクティヴな音楽家としての鈴木慶一
■はちみつぱいと鈴木慶一
■ムーンライダーズと鈴木慶一
■ビートニクスと鈴木慶一
■鈴木慶一の歌詞からみる情けない男の系譜
■活動年表(14頁)
■インタヴュー:ゴンドウトモヒコ/曽我部恵一/高橋幸宏/鈴木博文/田中宏和/森昌行/藤本榮一/KERA/konore
■そして60頁にも及ぶ鈴木慶一関連のディスク・ガイド!
■未発表音源多数収録CD付き

Gábor Lázár - ele-king

 マーク・フェルやラッセル・ハズウェルなどとコラボレーション・アルバムをリリースし、そのうえロレンツォ・セニの〈プレスト!?〉からアルバムを発表しているなど、現在のエクスペリメンタル・ミュージック・シーンにおける(隠れた?)キーパーソン、ガボール・ラザールが〈シェルター・プレス〉からソロ・アルバムをリリースした。〈シェルター・プレス〉は、フランスはブルターニュを拠点として、個性的な電子音楽/エクスペリメンタル・ミュージック作品をコンスタントに送り出しているレーベルである。

 それにしても「危機の表象」とは、なんとも意味深なアルバム・タイトルではないか。じっさい、その名が示すように、本アルバムにおいては、どの曲もグリッチされたテクノの残骸が高速に展開していくわけである。となれば、この「危機の表象」とは、グリッチ・サウンド/ノイズのことだろうか。それを示すかのように、アルバム全曲に“クライシス・オブ・リプレゼンテーション”と共通の名前が付けられており、それぞれ「#」記号のあとに、1から8までがナンバリングされている(“クライシス・オブ・リプレゼンテーション #8”はCD盤ボーナス・トラック)。
 じじつ、このアルバムの各トラックは、ノイズ・モチーフが反復され、そしてそれが少しずつ壊れていく構成になっている。まるでグリッチ・ノイズ・サウンドの実験報告のような構成である。エラーの生成がリズムとなり、刺激的な電子ノイズ・サウンドを生成・展開していくのだ(ちなみにマスタリングはラシャド・ベッカー)。

 一聴して分かるように、本作は、SND/マーク・フェル直系のサウンドである。しかしグリッチが、新奇性やフェティシズムの対象ではなく、手法として「当たり前のもの」として存在している点に注目したい。オートマティックでありながら、じつに流麗にコンポジションなされているのである。「無意識」をコントロールするかのように。
 むろん、これはガボール・ラザールだけの特質ではない。たとえばリー・ギャンブル、イヴ・ド・メイ、ロレンツォ・セニなど、新世代エクスペリメンタル・テクノ・アーティスト全般の特徴といえる。彼らはテクノ・アーティストでありながら、同時に(90年代末期から)00年代初頭のグリッチ・サウンドに多大な影響を受けている世代なのである。じじつリー・ギャンブルは〈エディションズ・メゴ〉のマニアだという。
 そう、この10年代初頭においてエクスペリメンタルな電子音響/テクノを創りだしているアーティストたちは、テクノという形式を愛しながらも、しかしそれがグリッチというエラー・ノイズで破壊されていくさまから始まっている。いわば、あらかじめ引き裂かれた「表象の危機」の世代。その「危機」への感覚は、グリッチ以降を生きる者を貫通する意識/無意識ではないかと思う。
 前提となるべき条件がすでに壊れていること。この『クライシス・オブ・リプレゼンテーション』において生成するグリッチ・ノイズは、壊れた時代・世代における(無)意識の発露とはいえないか。私には、この精密で整ったグリッチ・サウンドに、今の時代特有の引き裂かれた無意識と、しかし、その意識を「引き裂かれたまま」統御しようとする強い欲望=意志が感じられてならないのである。

 また、アートワークを手掛けるのは ソフィア・ボダ(Zsófia Boda)。彼女の作品もまた「壊れていることが前提」という時代のアトモスフィアを感じさせる(https://zsofiaboda.tumblr.com/)。こちらも必見だ。


Rebound Tenderness No.2

interview with Lawrence English - ele-king


Lawrence English
Cruel Optimism

Room40

AmbientDroneExperimental

Amazon Tower HMV iTunes

 昨年のニューエイジ・ブームが、その現実逃避性をもって2016年という年の混乱を象徴していたのだとすれば、それとはまた別の形で世界の歪みを映し出す音楽もある。ドローンがそれだ。シドニー、メルボルンに次ぐオーストラリア第3の都市・ブリスベンに暮らす音楽家ローレンス・イングリッシュは、ためらうことなく「音楽は政治的である」と言い切る。彼の最新作はシリアの情勢やブラック・ライヴズ・マター、あるいはブレグジットや大統領選挙などから刺戟された作品だそうで、なるほど、たしかに『Cruel Optimism』が響かせる漆黒の音の連なりは、今日の世界の不穏なムードを一身に引き受けているかのようだ。『残酷な楽観主義』というタイトルの訴求力も群を抜いている。

 かつてわれわれは紙の『ele-king vol.7』で「ノイズ/ドローンのニューエイジ!」という特集を組んでいるが、ローレンス・イングリッシュが頭角を現してきたのもまさにそのような文脈においてである。ローレンス本人が自らの代表作と見做している2008年の『Kiri No Oto』はいまでも根強い人気を誇っているし、2014年にリリースされた『Wilderness Of Mirrors』はその年の『FACT』誌のベスト・アルバム50に選出されて話題となった。一昨年はデヴィッド・リンチの写真展覧会のサウンドトラックを手がけるなど、彼はすでに海の向こうにおいて大物の地位を築いていると言っていい。またそういった音楽制作と並行して彼は、自身の主宰する〈Room40〉からさまざまなアーティストの作品を世に送り出してもいる。ベン・フロスト、オーレン・アンバーチ、テイラー・デュプリー、ティム・ヘッカー、リュック・フェラーリ、グルーパー、デヴィッド・トゥープ……これらの固有名詞を並べるだけで、いかに彼が卓越したキュレイターであるかが見てとれよう。他方で〈Room40〉はツジコノリコやテニスコーツ、畠山地平といったアーティストの作品も数多くリリースしており、ローレンスとここ日本とのつながりはことのほか深い(ちなみに畠山地平は『ele-king vol.14』でローレンスにインタヴューをおこなっている)。

 そんな彼のバックグラウンドをより深く掘り下げるべく、われわれはいくつかの質問をブリスベンへ向けて送信した。彼はそれらの問いに快く、丁寧に、真摯に答えてくれた。彼の鳴らす重厚なドローンはどのようにして生み出されたのか。なぜ彼は音楽が政治的であると考えているのか――。ローレンス・イングリッシュは、ひとりの人間が抱えるにはあまりにも大きすぎる希望を抱いている。その希望の片鱗を、あなた自身の目で確認してほしい。

私は、音と音楽の可能性はすべての人に届くと非常に強く信じています。要は、人びとがいかに良き文脈と機会を通じて、有意義に音楽とのつながりを持てるか、ということです。

日本ではまだローレンス・イングリッシュという音楽家/キュレイターの存在を知らない方も多いと思いますので、まずは基本的なことから伺わせてください。あなたが〈Room40〉をスタートさせたのは2000年です。また、あなた自身の最初の作品『map51f9』が世に出たのは2001年です。1976年生まれとのことですが、それまではどのように過ごされていたのですか?

ローレンス・イングリッシュ(Lawrence English、以下LE):私はクイーンズランドのブリスベンで育ちました。さまざまな意味で、私の成長過程の話はブリスベンという都市の成長の話と重なります。70年代後期から80年代初期、クイーンズランドは政府からの退行的な圧力に苦しんでいました。その後、その傷跡から回復の兆しを見せるまで、およそ10年の月日がかかりました。1990年に私は初のファンジンと、のちに最初のレーベル、そして〈Room40〉へと至る、小さなカセット・レーベルを始めます。同時期にインダストリアル・バンドでも演奏をしていましたが、1997年には収束し、1998年からソロ・ワークとして本格的に実験的な試みを始めました。この時期はとてもおもしろい時期で、ステージのセッティング時期とも言えるでしょう。

音楽をやっていこうと思うきっかけのようなものはあったのでしょうか?

LE:初めは音そのものに興味があり、その後音楽へと移行しました。子ども時代のあらゆる体験から音に興味を持ちましたが、やはり特にバードウォッチングからのものが大きいでしょう。ヨシキリという素晴らしい声を持つ、見つけにくい小さな鳥がいます。ある日、沼地に隠れるヨシキリを双眼鏡で探していたのですが、そのとき父が私に、目を閉じて鳥の声に耳を澄ますようにと言いました。耳で鳥の居場所を感知してから、その姿を探すようにと。結果、鳥を見つけることができました。私たちの耳が、この世界を知覚するツールとしてとても可能性に溢れている、ということに気づく体験でした。この頃から、音と音楽の世界が拓かれていくのを感じました。

あなたの音楽的なルーツはどこにあるのでしょう? 音楽家として、もっとも影響を受けたアーティストを教えてください。

LE:音楽でないものから影響を受けることが多いです。いつも読書をして、自分の思考を可能な限り押し広げるようにしています。たとえば最近は、「緩やかに消失する未来(slow cancellation of the future)」という挑発的な主張を持つ、フランコ・ベラルディ(ビフォ)(註:アウトノミアの運動で知られるイタリアの思想家)の作品を読んでいます。彼は、進歩と資本主義の成長に根ざした20世紀の政治的な願望として想像する未来は、もはや有効ではないと主張しています。こういった挑発的な思考が、私の作品制作にとって最も重要だと考えています。もちろん私は音楽を愛していますが、音楽がいつも作品制作に直接的に影響するとは考えていません。

〈Room40〉は、ツジコノリコやテニスコーツ、畠山地平やminamoなど、日本のアーティストの作品も多くリリースしています。あなたがプロデューサーを務めているアルバムもありますよね。ほかにもあなたは鈴木昭男とコラボしたり、最近では福岡のレーベル〈duenn〉のコンピレイションにも参加したりしていますが、日本の音楽に興味を持つきっかけとなるようなことがあったのでしょうか?

LE:オーストラリア人として、日本は最も近い近隣諸国のうちのひとつである、ということを強く感じます。東京までは9時間なので、比較的近いと言えます。私個人としては、日本には、鈴木昭男や灰野敬二、メルツバウ(Merzbow)に代表されるような、とても特殊で極端に個性的な音へのアプローチがあると感じます。それは人生を通じての実践への深い考察に根ざしていて、私の「人生において実践と芸術はどのように発展を遂げるのか」という、深い興味の対象に通じます。また、水琴窟や、鶯張り(城への敵の侵入者を知らせる仕組み)に代表されるような、日本に存在する歴史的な音へのアプローチに非常に惹かれます。武満(徹)の作品もしかり。特に彼の音に関する著述は、注目せずにはいられません。日本には素晴らしい多様性があり、吸収すべきものがあります。

あなたの日本とのつながりや、実験的なものからポップなものまで手がけるそのスタンスは、どこかジム・オルーク(Jim O'Rourke)の活動を想起させる部分があります。彼がBandcampで展開している『Steamroom』シリーズの第29作では、〈Room40〉の15周年記念フェスティヴァルのために作られたセクションが含まれているようですが、彼と交流はあるのでしょうか? 彼の音楽や活動についてはどう思っていますか?

LE:私はジムを最高にリスペクトしています。彼の同時代のミュージシャンのなかでも、最も重要な人物のひとりだと思います。驚くべきほど豊かな電子音楽を創り出し、ウィットに富んだ詩を書き、インスピレイションを与える、いわゆる本物のアーティストです。彼から仕事を委託されたことはとても光栄でしたし、彼の作品をストックホルムやシドニー、ブリスベンへ普及できたことはとても嬉しいことでした。素晴らしい機会でした。

あなた自身や〈Room40〉の作品、あるいはオーレン・アンバーチ(Oren Ambarchi)のような実験的な音楽は、オーストラリアではどういう位置づけなのでしょう? 日本では、ミュージック・ラヴァーを除く大多数の一般の人びとは、チャートに入っている音楽だけで満足してしまい、そこから幅を広げようとはしないのですが、それはオーストラリアでも同じなのでしょうか?

LE:おそらくそれはどこでも同じでしょう。私は、音と音楽の可能性はすべての人に届くと非常に強く信じています。要は、人びとがいかに良き文脈と機会を通じて、有意義に音楽とのつながりを持てるか、ということです。

『Airport Symphony』(2007年)はブライアン・イーノ(Brian Eno)の『Music For Airports』へのオマージュだそうですが、イーノについて、また彼が創始した「アンビエント」というコンセプトについてはどうお考えですか?

LE:私はブライアンに多くの敬意を抱いています。私は彼を、思想家でありミュージシャンであると考えています。他のアーティストと制作をする際に、皆を見事に親和させる彼の能力には畏敬の念を感じます。彼は、人びとの作品の多様な側面を解き明かし、サポートする方法を知っていて、私たちそれぞれにとってとても有益なことです。数年前に彼と一緒にランチをしましたが、彼はとてもオープンな姿勢を持っていて、そのことが人びとに、普段のアプローチとは違う方法で新たなものを発見するスペースを与えるのだろうと感じました。ボウイのレコードを聴くだけでも、その音から素晴らしいパートナーシップを感じることができます。「アンビエント」についてですが、音と音楽へのアプローチの仕方として、素晴らしい表現手法だったと思います。ハリー・ベルトイア(Harry Bertoia)の音響彫刻作品にも明らかにルーツを持つでしょう。ベルトイア、イーノのふたりとも、私たち自身を巻き込む、特殊な共鳴空間を創り出すことに関心を示しています。

他方であなたは『For / Not For John Cage』(2012年)という作品も発表しています。ケージについてはどうお考えなのでしょうか?

LE:ケージを忘れることはできません。彼は20世紀最初の偉大な音への挑戦者でした。彼の暖かい笑顔と、問い続ける姿勢、このふたつの印象は私の心に刻みつけられています。彼は疑いなく伝説的な存在であり、彼の精神は時を超えて残り続けるでしょう。

あなたは〈A Guide To Saints〉というカセットテープに特化したレーベルも運営されていますよね。カセットテープというフォーマットに対する何か特別な思い入れのようなものがあるのでしょうか?

LE:音楽との出会い方という意味で、メディアは非常に影響力のあるものだと感じます。物体としてのメディアは、音響だけではなく表意的な一連の意味合いを包み、音楽の物理的なインターフェイスは、私たちと音楽とのつながりを形作ります。私にとってカセットは、唯一の線状の音楽メディアでした。レコードやCDでは、実際に早送り機能を使うことはほとんどなく、スキップを使用しますが、テープではこれは不可能です。私はある種の音楽はテープで聴いた方がより良いと感じます。

ヴェイパーウェイヴというムーヴメントについてはどうお考えですか? ヴェイパーウェイヴの作品はカセットテープで発表されることが多く、形態の上では〈A Guide To Saints〉と同時代性があるように思えるのですが。

LE:いくつかのリリースは大好きです。とても興味深いムーヴメントです。

[[SplitPage]]

差異のなかでひとつになること。私はこのアイデアを『Cruel Optimism』のライヴ・セットでさらに探求することに興味があります。


Lawrence English
Cruel Optimism

Room40

AmbientDroneExperimental

Amazon Tower HMV iTunes

このたびリリースされた新作『Cruel Optimism』には、『A Colour For Autumn』(2009年)にあったような穏やかさやぬくもりはありません。また、『Kiri No Oto』(2008年)の寂寥感・荒涼感とも異なる雰囲気を持っています。他方で『Wilderness Of Mirrors』(2014年)の重厚なノイズ/ドローンとは共通する部分があるように聴こえたのですが、本作を制作するにあたりレコーディングやプロダクションの面で最も力を入れたこと、または注意を払ったことは何でしょう?

LE:『Cruel Optimism』では、いままでのレコード制作の方法を覆したいと考えていました。今回私は多くの音をスタジオ録音し、また、変換やメッシングなど、全範囲におよぶ新たな音編集の方法を開発しました。構成においても、過去の録音で実験した密度と高調波の歪みを高めたいと考えていました。また、レミー(・キルミスター、Lemmy Kilmister)の引用句のヴァリエイションとして「他のすべてのものよりも密度の高いものすべて」ということを念頭に置いていました。もともとは「他のすべてのものよりもラウドなものすべて」です(註:モーターヘッドに『Everything Louder than Everyone Else』というタイトルのライヴ盤がある)。私が制作の過程で気づいたことは、密度(density)と大きさ(amplitude)に関係性をもたせる必要はないということです。非常に高密度で静かな音楽を創ることが可能であり、その一方で、非常に高密度で激しい音楽を創ることができます。これらの側面がどこまで拡張できるのかを試してみたのですが、この試みはとても実りあるものとなりました。

『Wilderness Of Mirrors』を制作しているときにスワンズ(Swans)の影響を受けたそうですが、この新作にはそのスワンズのノーマン・ウェストバーグ(Norman Westberg)やソー・ハリス(Thor Harris)が参加しています。またザ・ネックス(The Necks)のトニー・バック(Tony Buck)やクリス・アブラハム(Chris Abrahams)も関わっていると聞いています。かれらとはどのように出会ったのですか? また、かれらはこのアルバムでどのような役割を果たしているのでしょう?

LE:私がミュージシャンにアプローチするのは、彼らの音楽作品のなかに非常に特殊なクオリティを耳にしたからです。例えばクリス・アブラハムは、そのプレイのなかに素晴らしいハーモニーのセンスを感じさせます。それは、つねに探求し続けているかのような落ち着かないハーモニーでもあるのですが、その点でクリスの作品はとても魅力的です。同様にソー・ハリスも素晴らしいハーモニーのセンスを持っていますが、それは私のものとは完全に異なるものです。彼は、いままで私が聴いたことのない関連性を音楽に持ち込むマジシャンのようです。ヴァネッサ・トムリンソン(Vanessa Tomlinson)というコラボレイターは、今回のレコードで私にとって未開のゾーンを拓いてくれました。(打楽器の)皮を共鳴させる彼女の能力は、真に強力でとても個性的です。彼らそれぞれが創り出すものがとても個性的であること、それこそが彼らミュージシャンを結びつけるのだと私は考えます。彼らの決意とやる気に感服します。
 より幅広く、コラボレイションというものについてですが、つい先ほど、友人のデヴィッド・トゥープ(David Toop)の、コラボレイションにおける楽観的な感覚についてのポストを読んだところです。コラボレイションが刺戟的であるという彼の意見には同意します。私はつねに作品制作過程で驚きを得たいと感じていましたし、それはまさにコラボレイションがもたらすものです。ノーマン・ウェストバーグやクリス・アブラハムのような、挑戦やアイデアへ反応を示す人びととともに制作すると、率直に深いインスピレイションを得ることができます。

新作は、シカゴ大学の教授ローレン・バラント(Lauren Berlant)の著作からインスパイアされたものだそうですが、その本はどういったことについて書かれているのでしょう?

LE:ローレン・バラントの著書は北米で出版されているなかで最も重要な批判書でしょう。「残酷な楽観主義(Cruel Optimism)」というアイデアは、彼女が理論化したもので、私たちの周りの現象の元となる状況に問いを投げかけるひとつの手段です。バラントの目を通せば、ブレグジット、トランプ、それから地政学的展開の下敷きとなるものなど、あらゆるものを有意義に捉えることができます。私たちは、個人としてまた集合として、日々の満足感と直結しないファンタジーを放棄するのに苦労し続けているということについて、自問するタイミングを逃してきました。現実では、これらのファンタジーはたやすくバリケードとなり、満足感をみつけることを阻害します。

新作『Cruel Optimism』はシリアの情勢やブラック・ライヴズ・マター、UKのEU離脱やUSの大統領選挙などからも刺戟された作品だそうですが、バラントの著作からとられた『残酷な楽観主義』というタイトルにはどのような意味が込められているのでしょうか?

LE:このレコードに関して言うと、私にとっては、バラントが感情、特にトラウマについて著述した部分が特に印象的でした。一節で、彼女はトラウマについて、「私たちはトラウマを所有できないことを知っていますが、私たち自身がトラウマに所有されているのです」と書いています。このレコードは、現状の永遠に不安定な状態、率直に言うと、私たちの周りの忌まわしい情勢を解き放つ意味があります。オーストラリア政府の難民や亡命希望者に対する扱いは完全に非人間的です。それは私たちが国家として大いに失敗したことを示しており、残念ながらこれらの人びとは政治力の道具として使われています。基本的に、私たちはこのような会話をする機会のたびに、人びとが私やあなたと同じように人間なのだということを思い出さなくてはいけません。彼らは夢を見、息をし、愛し、悲しみます。彼らを持ち物のように追い払うということに、私は反撥や失望を覚えずにはいられません。同じように、私たちは先住民に対する失策を見てきました。拘留中の黒人の死をはじめ、西オーストラリア州で殺されたMs Dhuの最近のビデオ資料にも例を見てとれます。これらは本当に悲惨です。現在、国際的にあまりにも多くの問題がありますが、ひとつ、シリア難民近辺のイメージについて話します。海岸に横たわるAlan Kurdiの遺体、アレッポから届く最近の画像、現在の困難な状況、それらが直接的にまた間接的に、今回のレコードの輪郭を描きました。私はこの永続的な苦痛とトラウマを操縦する術を見つけたかったのです。人びとや自分自身がどのようにこの状況を理解し処理するのかということを解読したかったのです。このレコードは、ナヴィゲイション・デヴァイスであると同時に解答でもあります。

私の希望は、新しい世紀を誕生させることです。それが多大なエネルギーと集中力を要求するとしても、私たちは未来の可能性を再評価し、活力と意志をもって前進しなくてはなりません。

社会や政治の出来事と音楽とは、どのように関わっているとお考えですか?

LE:私は、音楽は政治的だと考えます。聴取は政治的です。芸術は政治的です。緊迫した表現は作品の価値の中心です。音楽に関して言うと、その役割はふた通りあります。まず、私たちが夢中になる機会となることであり、その過程で、私たちが問いかけや諸問題に出会ったときに私たちの思考に異なるはたらきをさせる役割です。電車のなかや夜遅くに音に飲み込まれるような瞬間、そういう個人的な音の鑑賞の機会にあなたの心は開かれ、日常の習慣からあなたをあなた自身へと戻すささやかな時間となると言えるでしょう。私は、日々の習慣に気づくこと、そしてそれを破ることは、私たちのものの見方、経験の仕方を問う機会として、とても価値のあるものだと思います。新たな視点は新たな希望をもたらします。ふたつめは、会話が起こったり問いが練り上げられたりする、連鎖的なポイントとしての役割です。それは、物理的かつ仮想的な集会の場です。このことについて私は、コンサートのセッティングから大いに考えを深めてきました。コンサートができる政治的な環境というのを日に日に意識しています。音楽は、時間や場所、そして音を共有する人びとの集まりという機会を作り出します。音は皆を集合させひとつにしますが、同時に各メンバーに完全に個別の、心理的かつ生理的経験を与えます。これは、社会が集団的なものでありながら個人の経験と表現の臨界に価値を置くという形で機能していることへの、素晴らしい暗喩だと私は感じます。差異のなかでひとつになること。私はこのアイデアを『Cruel Optimism』のライヴ・セットでさらに探求することに興味があります。

ブレグジットや大統領選挙のとき、「善意」あるミュージシャンたち、良心的なアーティストたちが残留を訴えたりクリントンを支持したり、そういう主張をすればするほど逆に下層の人びと、貧しい人びとは反感を増していった、という話を聞いたことがあるのですが、それについてはどう思われますか?

LE:オーストラリア人としては、アメリカ政治への関わりや考えは一歩引いたものとなりますが、現在起きているこの状況は、20世紀から21世紀への重大な移行を象徴していると思います。とても複雑な問題ですが、ローレン・バラントの残酷な楽観主義にも深く関連するものです。未知の将来を前にすると私たちは、そうすることが悪い影響を及ぼすにもかかわらず、既存のものに執着しやすい傾向にあります。プレカリティ(労働や生活の不安定性)の増大、というのがこの問題に関する肝だと考えます。私たちは今後10年、あるいは20年、このプレカリティとともに歩むことになるでしょう。後期資本主義によって増殖したプレカリティと、残された新自由主義の課題は、今後さらに私たちに影響を与えるでしょう。この危機的な状況は全体的であり非常に複雑で、私たちにはとうてい手に負えないようにも感じられますが、私は以前にも増して、私たちが一体何に価値を置くべきなのか自問すること、さらに、私たちが何に価値を置きたいのか、どのようにして権力構造に対してその価値の提示をしていけるのか、という思考への必要性を強く感じています。
 自分の子どもたちを見るとき、私は彼らのなかに未来を見ます。彼ら、そして彼らの未来の子どもたちのために、地球が保持されることを願っています。彼らに耳を傾け、さらには彼らに周りを気にかけるよう促すような倫理機能をもった政治体制を私は望み、影響力のある社会的な場としてコミュニティの可能性を認識したいと思います。私の希望は、新しい世紀を誕生させることです。それが多大なエネルギーと集中力を要求するとしても、私たちは未来の可能性を再評価し、活力と意志をもって前進しなくてはなりません。

最後に、もっとも『Cruel Optimism』を聴いてほしいのは、どのような人びとですか?

LE:制作を終えた後は、この作品と人びとがどのように出会うかということは私の手中にはありません。この作品はすべての人に向けられたものです。この作品が人びとに出会い、影響を残すことを願います。音楽と記憶とには強い結びつきがあり、私はいつも、その関係性が自分の作品にどのように現れるのか、興味深く考えています。

cheers

Carl Craig - ele-king

 いまデトロイトはクラシックを志向しているのだろうか? 先日のジェフ・ミルズに続いて、なんとカール・クレイグまでもがオーケストラとのコラボ作をリリースする。4月28日に日本先行で発売される彼の新作『Versus』には、昨秋デリック・メイをフィーチャーしたアルバムを発表しているフランチェスコ・トリスターノのほか、「スピリチュアル・アドバイザー」なる名目でモーリッツ・フォン・オズワルドも参加している模様。カールとモーリッツのコンビといえば、大胆にカラヤンを解体して再構築してみせた『ReComposed』が思い出されるが、しかし「スピリチュアル・アドバイザー」って何? モーリッツってば、もしかしてスピってるの? これは買って確かめるしかない。

C A R L  C R A I G

クラシック・テクノからモダン・クラシックへ
テクノ史を塗り替えた名曲群がオーケストラで蘇る。
フランチェスコ・トリスターノも参加した
スペシャル・プロジェクトが待望のリリース決定!

 デリック・メイによって見出されデトロイト・テクノ第2世代としてシーンに登場し、様々な名義でテクノ史を塗り替える斬新な作品を世に送り出してきたプロデューサー、カール・クレイグが、オーケストラとコラボし、自身の名曲群を蘇らせたアルバム『Versus』のリリースを発表した。
 本プロジェクトには、新進気鋭の指揮者、フランソワ=グザヴィエ・ロト率いるレ・シエクル・オーケストラとフランチェスコ・トリスターノが参加しているほか、世界で最も長い歴史を持つクラシック・レーベル〈ドイツ・グラモフォン〉の『ReComposed』シリーズでも、カール・クレイグとの強力なタッグを見せたモーリッツ・フォン・オズワルドがスピリチュアル・アドバイザーとして名を連ねている。

 本作の発端となったのは、2008年にパリでおこなわれたコンサートである。カール・クレイグとレ・シエクル・オーケストラとのコラボレーションで、カール・クレイグの名曲“Desire”、“Dominas”、“At Les”、“Technology”、“Darkness”、“Sandstorms”、さらにはスティーヴ・ライヒの“City Life”やブルーノ・マントヴァーニ“Streets”がすべて交響曲として演奏され、2回のスタンディング・オベーションと4回のアンコールが起こるなど、賞賛を浴びた。

 クラブ・カルチャーと伝統音楽の融合は今では真新しいことではないだろう。しかし、これほどまでに見事にふたつが溶け合い、テクノの高揚感とオーケストラの壮大なサウンドスケープが相乗的なシナジーを生み出しているのは、カール・クレイグの秀でた音楽性を証明している。

 カール・クレイグのトラックをオーケストラ用に編曲したのは、クラシックとテクノの両シーンで活躍する天才ピアニスト、フランチェスコ・トリスターノである。トリスターノはこれまでにも、自身のアルバム『Not For Piano』でジェフ・ミルズやデリック・メイ、オウテカのピアノ・カバーを発表するなど、クラシックとダンス・ミュージックを繋ぐキーパーソンとして活躍し、アルバム『Idiosynkrasia』のプロデュースを依頼するなど、カール・クレイグとも親交が深い。本作では、編曲のほか、自身のオリジナル曲も2曲(“Barcelona Trist”、“The Melody”)提供している。また2008年のコンサートで、フランチェスコ・トリスターノとともにステージに加わったモーリッツ・フォン・オズワルドもスピリチュアル・アドバイザーの肩書きで本作に貢献している。

 『Versus』は、変形、再融合、再解釈のアプローチを通じて、カール・クレイグがまったく新しい表現方法を追求する意欲的なプロジェクトである。

重要なのはオーディエンスの概念を変えることや人々を驚かせることだけじゃなくて、音楽について、そして世界における音楽の位置づけとオーディエンスについての型通りの考えを吹き飛ばすことだ。煽動するんじゃなくて、新鮮で新しい議論によってね。
- Carl Craig

エレクトロニックとクラシックのコラボレーションは数多くあったが、これは本当の意味で、精神と精神の音楽的出会いだ。我々が目指したのはオーケストラのアレンジをエレクトロニックの派手さで装飾するのではなく、異なるジャンルの間で会話を生み出すことだった。
- Francois-Xavier Roth

音楽とは整理された音にすぎないということを、もうずっと前にジョン・ケージが教えてくれた。第一にピアノとは装置であり、音の源のひとつであり、ぼくがそれを使う方法はテクノの作曲方法に明らかな影響を受けている。
- Francesco Tristano

 カール・クレイグ注目の最新作『Versus』は、4月28日(金)日本先行リリース! iTunesでアルバムを予約すると収録曲“Sandstorms”がいちはやくダウンロードできる。

label: INFINÉ / PLANET E / BEAT RECORDS
artist: CARL CRAIG ― カール・クレイグ
title: Versus ― ヴァーサス
release date: 2017.04.28 FRI ON SALE

国内盤CD BRC-546 定価 ¥2,200(+税)
国内盤特典:ボーナストラック追加収録 / 解説付

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495 496 497 498 499 500 501 502 503 504 505 506 507 508 509 510 511 512 513 514 515 516 517 518 519 520 521 522 523 524 525 526 527 528 529 530 531 532 533 534 535 536 537 538 539 540 541 542 543 544 545 546 547 548 549 550 551 552 553 554 555 556 557 558 559 560 561 562 563 564 565 566 567 568 569 570 571 572 573 574 575 576 577 578 579 580 581 582 583 584 585 586 587 588 589 590 591 592 593 594 595 596 597 598 599 600 601 602 603 604 605 606 607 608 609 610 611 612 613 614 615 616 617 618 619 620 621 622 623 624 625 626 627 628 629 630 631 632 633 634 635 636 637 638 639 640 641 642 643 644 645 646 647 648 649 650 651 652 653 654 655 656 657 658 659 660 661 662 663 664 665 666 667 668 669 670 671 672 673 674 675 676 677 678 679 680 681 682 683 684 685 686 687 688 689 690 691 692 693 694 695 696 697 698 699 700 701 702 703 704 705 706 707 708 709 710 711 712 713 714 715 716 717 718 719 720 721 722 723 724 725 726 727 728 729 730 731 732 733 734 735 736 737 738 739 740 741 742 743 744 745 746 747 748 749 750 751 752 753 754 755 756 757 758 759 760 761 762 763 764 765 766 767 768 769 770 771 772 773 774 775 776 777 778 779 780 781 782 783 784 785 786 787 788 789 790 791 792 793 794 795 796 797 798 799 800 801 802 803 804 805 806 807 808 809 810 811 812 813 814 815 816 817 818 819 820 821 822 823 824 825 826 827 828 829 830 831 832 833 834 835 836 837 838 839 840 841 842 843 844 845 846 847 848 849 850 851 852 853 854 855 856 857 858 859 860 861 862 863 864 865 866 867 868 869 870 871 872 873 874 875 876 877 878 879 880 881 882 883 884 885 886 887 888 889 890 891 892 893 894 895 896 897 898 899 900 901 902 903 904 905 906 907 908 909 910 911 912 913 914 915 916 917 918 919 920 921 922 923 924 925 926 927 928 929 930 931 932 933 934 935 936 937 938 939 940 941 942 943 944 945 946 947 948 949 950 951 952 953 954 955 956 957 958 959 960 961 962 963 964 965 966 967 968 969 970 971 972 973 974 975 976 977 978 979 980 981 982 983 984 985 986 987 988 989 990 991 992 993 994 995 996 997 998 999 1000 1001 1002 1003 1004 1005 1006 1007 1008 1009 1010 1011 1012 1013 1014 1015 1016 1017 1018 1019 1020 1021 1022 1023 1024 1025 1026 1027 1028 1029 1030 1031 1032 1033 1034 1035 1036 1037 1038 1039 1040 1041 1042 1043 1044 1045 1046 1047 1048 1049 1050 1051 1052 1053 1054 1055 1056 1057 1058 1059 1060 1061 1062 1063 1064 1065 1066 1067 1068 1069 1070 1071 1072 1073 1074 1075 1076 1077 1078 1079 1080 1081 1082 1083 1084 1085 1086 1087 1088 1089 1090 1091 1092 1093 1094 1095 1096 1097 1098 1099 1100 1101 1102 1103 1104 1105 1106 1107 1108 1109 1110 1111 1112 1113 1114 1115 1116 1117 1118 1119 1120 1121 1122 1123 1124 1125 1126 1127 1128