UKのアンダーグラウンド・シーンを担う孤高のアーティスト、ゾンビが〈XLレコーディングス〉と契約し、来月2枚のEPをリリースすることが発表された。彼は〈ハイパーダブ〉や〈ランプ・レコーディングス〉といった日本でも馴染みが深いレーベルからもリリースを重ねており、これまでに2枚のアルバムを〈4AD〉からリリースしていた。
直近のリリースは〈ビッグ・ダダ〉からのもので、ゾンビがついにワイリーと組んだ“ステップ2001”。
EPタイトルは「Let’s Jam EP1」と「Let’s Jam EP2」。トラック・リストは以下の通りで、リリース日は10月5日を予定している。
Tracklist
Let's Jam EP1
01. Surf 1
02. Surf 2
03. Slime
04. Acid Surf
Let's Jam EP2
01. Neon
02. Bloom
03. Peroxide
04. Xenon
Via RA
<https://www.residentadvisor.net/news.aspx?id=31339>
「Nothingã€ã¨ä¸€è‡´ã™ã‚‹ã‚‚ã®
Clap! Clap!すなわち拍手!拍手!は、手拍子の人力ダンスではない。この洒落っけのあるアートワークが匂わすように、アフロ、ジューク、ベースなどなど、好き勝手にモダンなダンス・ビートを混合して、胸が高まるエキゾティックな体験を1枚のアルバムを通して実現させた。快適な砂漠旅行なんて、誰が想像できる?
その華麗なるデビュー・アルバム『TAYI BEBBA』は2014年でもっとも重要なアルバムの1枚に数えられるわけだが、日本でもロングセラーになった。そのClap! Clap!がついに来日する。共演者は、妖しいサイケデリック・ハウスを展開するブラジリアンDJ Thomash。そして、ボアダムスのEYヨ。
root & branch / FRUE presents
“It's a Jungle in Here“
11.7 SAT @ 代官山 UNIT / SALOON
Live: Clap! Clap! (Black Acre - Italy)
DJs: EYヨ (BOREDOMS)
Thomash (Voodoohop - São Paulo)
and more to be announced!!
Open/ Start 23:30
¥3,500 (Advance)
Information: 03-5459-8630 (UNIT)
https://www.unit-tokyo.com/
Ticket Outlets: PIA (277-030), LAWSON (76761), e+ (eplus.jp), diskunion CLUB MUSIC SHOP (渋谷, 新宿, 下北沢), diskunion 吉祥寺, TECHNIQUE, JET SET TOKYO, DISC SHOP ZERO, clubberia, RA Japan, UNIT
* 9/26 から上記プレイガイド、チケット取扱レコード店及びサイトにて一般発売。
Clap! Clap!
クラップ!クラップ!は、ディジ・ガレッシオやL/S/Dなど多数の名義で活躍するイタリア人プロデューサー/DJ、クリスティアーノ・クリッシが、アフリカ大陸の民族音楽への探究とサンプリングに主眼を置いてスタートさせたプロジェクト。様々な古いサンプリングソースを自在に融合し、そして極めてパーカッシヴに鳴らすことによって実に個性的なサウンドを確立している。彼は伝統的なアフリカのリズムをドラムマシーンやシンセといった現代の手法を通じて再生することにおいて類稀なる才能を持っており、その音楽体験におけるキーワードは「フューチャー・ルーツ/フューチャー・リズム」。クラップ!クラップ!の使命は、トライバルな熱気と躍動感に満ちていながらも、伝統的サウンドの優美さと本質を決して失わないダンス・ミュージックを提示することである。
EYヨ
コンテンポラリーアーティスト。80年中期より、主にパフォーマンスアートの流れからロックグループフォーマットのBOREDOMSをオーガナイズ。SONIC YOUTHのサポートツアーからスタートし、以後海外での活動が多く、初期のJUNK MUSICやAVANT JAZZよりの表現から、さらに包括的、根源的な表現へと変化。現在10人程のドラマーやギターによる編成になっている。ボアドラムのプロジェクトを2007/7/7にNYで77台のドラムセットによりスタート、以後毎年、'08年88台、'11年111台、'13年91台、複数のドラムセットにより、各国で行う。アート関係のコラボレーションやエキシビジョン、画集刊行も各国で多数おこなってきており、ジャケット制作もBECKをはじめ多数。DJは90年中期よりスタート。当時のNU HOUSEやETHNO BEAT, DISCO EDIT, JUNKなACID HOUSE, EXIOTICなGOA TECに影響を受けおり、それらを高速ハイブリッド濃縮したMIX-CDをDJ光光光の名儀でリリースしている。それを含め現在までに6枚のMIX-CDとLIFT BOYS名儀で2枚のCD、5枚のアナログをリリースしている。
Thomash(Voodoohop)
ブラジルはサンパウロにおいて毎回数千人を集めるアンダーグラウンドDiYパーティ『VOODOOHOP』。Thomashはその首謀者であり、DJ、トラックメイカー。異常に遅いスローテクノ、国籍不明の民族音楽、トロピカルサイケデリア、レインボーカラーのシンセサウンド、ラテンのリズム、ダブ、アシッドロックにディープハウス等を比類無いセンスでミックスし、ディープサイケデリックな呪術感を持ちつつ、全てを優しく包み込む太陽のようなオーガニックダンスグルーブ。現在はサンパウロを中心に活動しているが、出身はドイツのケルン。古くはCANなどの多くのクラウトロックを産み、近年はKompaktのお膝元として、60年代から常に革新的な音楽を生み出してきた街で生まれ育った。そのジャーマンブラジリアンのルーツ、ヨーロッパの前衛エレクトロニックダンスミュージックの感性と、ブラジルの南国快楽主義的な空気感が混じり合った、まだ生まれたばかりの不思議なダンスミュージック。2014年3月にカナダのMulti CultiからリリースされたファーストEPは、その名も『Camdomble』。ブラジルの黒人系民間信仰宗教の名前であり『神をまつるダンス』という意味を持つ。地球の裏側、ダンス大国ブラジルの意識を"一歩先"に進めた、Thomashの再来日!
<CLAP! CLAP! 大阪公演>
11.6 FRI @ 大阪 心斎橋 CIRCUS
Open/ Start 23:00-
¥2,500 (Advance)
INFORMATION: 06-6241-3822 (CIRCUS)
https://circus-osaka.com/
* Clap! Clap! 以外の出演者は東京公演とは異なります。
ライヴ盤だが、歓声はない。そういえば、トーフビーツはライヴ盤でもないのにそれを最初に持ってきていたが、OYAときたら、その真逆。ライヴ盤であるのに関わらず、熱狂を、あたかも隠蔽するかのようだ。このライヴ演奏の録音物は、現場で聴いている印象とはずいぶん違って聴こえる。
冒頭の曲“ROPE meditation ver.”は、ライヴでは、わりとピッチが速く、クラウス・ディンガー的な、つまりノリの良いミニマル・ビートを基調に演奏される曲であり、フロアの温度を上げる曲だが、しかしどうだろう、この静かなはじまり、この地味なはじまり、渋いはじまり、ある意味寂しいはじまり、言ってしまえば孤独な姿……は。
それはこのバンドが望んだ姿でもる。
72〜73年ぐらいのクラスター/クラフトワーク/ノイから2015年のOYAは繫がっている。時間軸を突き抜けて、この素晴らしいアートワークが暗示するように、暗い宇宙の惑星へと着陸したのだ。
“見えないルール”もライヴでは踊りやすい曲だ。本作においてもそのグルーヴは伝わるが、出戸学の歌詞からは、やはりどうしても「醒め」を感じないわけにはいかない。性格的なものもあるのだろうが、しかし、まあ熱いとは言えない。そして、「醒め」こそがOYAであることはいまさら言うまでもないだろう。醒めながらにして燃える……
OYAのライヴは、いくら気持ちが高揚して、いくらフロアが沸騰しても連帯感などは、まあ生まれない。みんな勝手に盛り上がれと。そう、勝手に、だ。泣けるくらいに空しい“夜の船”……。
このライヴ盤は、彼らにとってはひとつの節目なのだろうが、ある意味2015年を象徴しているのかもしれない。音楽に関して言えば、わりとおとなしかったこの1年。若いDJも相変わらず昔のハウスを探している。ジェイミー・XXのソロ・アルバムも、バック・トゥ・ベーシックなこの時代の産物だ。かつての高波もいまや穏やかに岸辺へと達して、ぼくたちも恐る恐るそこに近づく必要はない。
だからなのだろうか、このライヴ盤では出戸学の歌がフィーチャーされているように感じる。クラウトロックは最終的に「言葉」よりも「音」だったが、OYAは「歌」も「音」もどちらも聴かせたいのだろう。ならばその「歌」は、彼らの新しいアドヴェンチャーにおいてどのような意味を持つのだろうか。
それを知るのは楽しみでもあり、ちょっと恐くもあり……本当に、どこに向かうんだろうなぁ。とりあえずいまは、アルバムの最後から2曲目の“ROPE long ver.”の、そう、現代に生まれた“星空のドライヴ”と敢えて言おう、この曲のどこまでも目の前に広がる未知の景色にワクワクしていればいい。大丈夫、着陸したロケットにはキミも乗っている。だが、ロケットがこの先どこに向かうのかは、まだ誰にもわからない。
音が震えている。ズン、ズン、ズン……と重いキックの上にザリ、ザリ……とザラつくノイズが重なっていく。オープニング・トラック“ジェントル”をほんの数秒聴くだけで、たとえば簡素に枯れ木が描かれているだけのジャケットにそれ以上付け加えるものがまったくないほど完成されているように、ロウというバンドの美学に引き込まれる。「ロウ」というのはコンセプトだ。低く、深く、もっと下のほうへ……。できるかぎり少ない音と言葉の数で、“ジェントル”は聴き手を甘美に沈みこませる――「こんな風に終わらなくてもいい/でもこれが俺たちの居場所」。
ポストロックというタームがいま再浮上しているのと同じように、スロー・コア、サッド・コアという言葉もチラチラ耳にするようになった。昨年インディ系のロック・メディアが、サッド・コアの源流のひとつレッド・ハウス・ペインターズのマーク・コズレックのプロジェクトであるサン・キル・ムーンをこぞって評価していたこともそうだが、どうも90年代後半からミレニアム前後の音が熱いようだ。リヴァイヴァルの周期が巡ってきたこともあるだろうが、時代の要請もそこにはあるように思える。スフィアン・スティーヴンスがあの寂しげなアルバムを出したように、いまのアメリカではアッパーなものが空々しく響く時期なのだろうか。もちろん、ロウはこの20年間とくに大きなブランクもなく作品の発表を続けてきたバンドであり、彼ら自身はトレンドに左右されることはなかった。が、その間にギャラクシー500のプロデューサーであるクレイマー、スティーヴ・アルビニ、デイヴ・フリッドマンとUSインディのキーマンたちをバックに据えることで、音のボキャブラリーを増やしつつうまく自分たちをアップグレードして生き残り続けてきたイメージがある。
前作『ジ・インヴィジブル・ウェイ』ではウィルコのジェフ・トゥイーディをプロデューサーに迎え、そして通算11作めとなる本作『ワンズ・アンド・シクシズ』ではボン・イヴェールのジャスティン・ヴァーノン周辺のプロデューサーであるBJバートンをフックアップしている。アルバムはジャスティンがウィスコンシンに所有するスタジオ〈エイプリル・ベース〉で録音され、そんなこともあって僕が今夏行ったジャスティン主宰のフェスティヴァル〈オークレア〉にも出演していた。ヴォルケーノ・クワイアでジャスティンがペレと組んだことからもわかるように彼は90年代末からゼロ年代なかば頃のUSインディを地道に支えたバンドを現在フックアップしており、ロウもその動きにうまく合流したということだ。
ただ、サン・キル・ムーンの『ベンジ』がその私小説的な語り口で具象的に悲しみを抽出しているのとは対照的に、『ワンズ・アンド・シクシズ』は描く情景はとことん抽象的だ。いくつかのリレーションシップの齟齬が生み出す掴みどころのない憂うつや倦怠感が、慎重に選び抜かれた音の組み合わせとともに綴られていく。組み合わせ……つまりバンドがその長いキャリアのなかで通過してきた音がきわめて巧妙なやり口で曲に合わせてピックアップされている。浮遊感のあるシンセを漂わせ、アコースティックの柔らかな響きとエレクトロニクスの固い響きを使い分け、透明感のあるウィスパー・ヴォイスとコーラスの底でノイズが地を這う……。明度と彩度は抑えられているが、だからこそ時間をかけてじっくりと染み入って来る叙情がここにはある。“ノー・コンプレンデ”でミミ・パーカーの流麗な歌とあまりにヘヴィな低音が重なるとき、そこには取り返しのないかないほど深いメランコリーが立ち現れ、穏やかなメロディを持つどこかホーリーな響きを持つ“スパニッシュ・トランスレイション”ではアコースティック・サウンドとシンセが天上の響きを演出する。ビーチ・ボーイズのコーラスが降りてくる“ノー・エンド”や“ホワット・パート・オブ・ミー”のようにキャッチーで生き生きとしたポップ・ソングがアルバムのなかではフレッシュに聞こえるが、彼方にノイズがざわめく様はとてもデリケートなバランスを醸している。
9分51秒に渡って激しさと静寂を行き来する“ランドスライド”はまさにロウの本領だが、そこに流れる時間は危険なほどに甘く、快楽的だ。ロウというバンドにおいて、スロー・コアのスローとは実際のテンポのことではなく身体を麻痺させる媚薬のことであり、サッド・コアのサッドとは喜怒哀楽の哀に収まりきらない心地よさや温かさを含んだものである。それは彼らとわたしたちの、秘めごとのような美の戯れとしてそっと差し出されている。
借りパク:
借りパクとは、人から借りた物をそのまま自分の物にすること。
借りパクとは「借りてぱくる」「借りた物をぱくる」の略である。「ぱくる」の意味のひとつに「盗む」がある。要するに借りパクとは人から借りた物を盗ってしまうことである。ただし、万引きや泥棒のように始めから盗ることを前提にしていることは少なく、借りたことを忘れ、結果的に私物になった(主にマンガなど安価な物の貸し借りに見られる)、当初は返すつもりであったが返せなくなった(主に金銭の貸し借りに見られる)といったものが多い。貸した側が忘れていることも多い。また、エリアによっては借りパチともいう。(引用元:インターネットサイト「日本語俗語辞書」)
僕はよく引っ越しをする。ここ20年で数えたところ計9回。そして毎回荷造り荷解きのたびに、段ボールに詰まった本やCD、VHSやDVDなどを眺めながら、幾ばくか作業の手を止めて、その文化的な財が誘う記憶の旅へと出向いてしまうのだ。とりわけ長きに渡って残っているのはCDで(それは僕がミュージシャンであり、かつ1979年生まれという世代的理由も含めて)、思わずコンポに入れて流してみたり、忘れられた名曲を発見してはiTunesにせっせと入れたりして、ついに片付けはまるではかどらない状態になってしまうのだが。
中でも、当時の記憶がとりわけ鮮やかに蘇ってくるのは、人から借りているCD。もっと正確に言うと、借りたまま半ば自分の物として存在してしまっている……すなわち「借りパク」したCDだ。これまで引っ越しや進学、転職などを機に、友人や先輩、かつての恋人から数多くのCDを借りパクし(その数およそ50枚。ごめんなさい)、また同時に同じくらいの品々を借りパクされてしまったり。程度の差こそあれ、このような経験は音楽ファンの多くがお持ちではないだろうか。
そして思い出すだけでもあれやこれや。ハードロックから渋谷系、ニューウェイヴからテクノ、映画音楽や歌謡曲などなど、洋・邦楽、ジャンルもそれなりに多岐に渡り、ひとつひとつに「ああ、あの時そう言えばあいつに返しそびれたな……」と、その時代時代にお付き合いのあった大切な人の顔を思い出すのである。そんなほろ苦い思い出とともに耳元にじんわりと立ち籠めてくる素晴らしい名曲の数々。
手始めに一枚、紹介しよう。

(注:手書きポップに書かれているイニシャル「W.A」とは僕のこと。このポップを書いた2012年当時は33歳だったか現在はもう少し歳をとっている。以後すべて同。)
あれは確か大学一回生の時。僕は家庭教師のアルバイトをしていて、大阪南部に住む高校3年生の女子生徒Sの家まで毎週原チャリで通っていたのだ。Sは長身のスラリとした女の子でちょっと人見知り。っていうか、今思えば歳も2つしか(僕は浪人して大学入ったから)離れてなかったのだから、こっちもなんだか妙に緊張して教えていたなぁ。当時、爆発ツイストパーマをかけていた僕の髪を見ながら、毎回半笑いでお出迎えしてくれたお母さんの存在もあわせてよく覚えている。
そんなSともちょっとずつコミュニケーションが取れてきて、英語と現代文の授業の合間に入る休憩時間に、お母さんが出してくれたカルピスとパンケーキを食べながら、最近聴いている音楽の話をしたっけ。そこで、彼女の机の上に置かれていたのがこのUAの記念すべきファーストアルバム『11』だ。どうやらこのCDを学園祭でかけながらダンスをしたとのこと。UAのファッションにも関心があったそうで、当時の雑誌のインタヴュー記事なども熱心に見せてくれた。もちろんUAの名前は知っていたがちゃんと聴いたことがなかった僕は、彼女に薦められるがままに「じゃあ、すぐに返すからね」と言って借りて帰ったのだ。
その後、受験勉強は佳境に差し掛かりほとんど無駄話することなく試験当日へ。無事、第一志望の大学に合格してくれたのでよかったものの、そのまま契約も終わって会うことがなくなってしまって……。彼女も僕に感謝の気持ちがあったのか、わざわざ「返して」って言い出しにくかったのかもしれない(まぁ、完全に僕が悪んだけどね)。あるいは、単純に貸していたことを忘れていたのかかも(そんな都合のいいことはありえないか)。後日、シングルカットの「リズム」を聴きながら、“今、返せないのは そう永遠のリズム〜♫”、だなんてどうしょうもない替え歌を歌って、そのCDの供養に代えたのであった。
みなさんの“借りパク”音楽大募集!
さてさて。僕は、常日頃から音楽は人々のプライヴェートな記憶をパッケージングするメディアとして大変優れているものだと感じてきた。J-POPひとつをとっても、たとえば、
「ああ、スピッツの“スパイダー”を聴くと、高校の時に付き合っていた彼女のこと思い出すわー」
とか、
「モーニング娘。の“ラブマシーン”を聴くと、日本の未来を考えて受験勉強してたあの頃を思い出すわー……」
とかとか。
中でも、「その人の所有物を預かってしまっている」状態であり、現物がまさに目の前にある(場合によっては歌詞カードに生々しい手紙が入ってたり)「借りパク音楽」は、その時代ごとの「人との関係性」を一層明確に思い出させるものとして、より具体的にその人との記憶を強く想起させるメディアになっているのではないかと、僕は思ったわけだ。そしてなおかつ「返せなかった」ということはそれなりの理由があるわけで(例えば元恋愛関係だから気まずい/相手が引っ越ししてしまい消息不明/兄弟だからいつでも返せると思ってそのまま/他界した/喧嘩別れした友人だから、などなど)、その悔恨の感情が、一層その記憶の想起へと加担し、「いまあの人は元気にしているのだろうか……!?」と想いを馳せることとなるのだ。
読者の皆さんから「っていうか、ごちゃごちゃ言ってないで早く返してやれよ!」とお叱りの言葉が聞こえてこなくもないのだが……。しかし、僕は閃いてしまった。どうせいまさら返せないのだ。だったらその「借りパク音楽」を有効活用しようと。すなわち、「借りパク音楽」ゆえに到達できる記憶の旅へとさまざまな人たちを誘い、もちろん反省の気持ちも綯い交ぜにしながら、新しい音楽の楽しみ方へと昇華させてやろうじゃないかと。
そんなわけでこの連載では、僕が借りパクしてきたCDと、知人友人をたどって取材してきたさまざまな音楽ファンが借りパクしてきたCDとを一挙に紹介してゆく。音楽性や音楽史や音楽理論とはまったくもって関係のない、個々人の極私的な記憶をベースにした、少しヘンテコで楽しい音楽の楽しみ方を提供しつつ、読者の皆さんもおそらく一枚はお持ちであろう(CDラックを綿密に確認してみてほしい!)「借りパク音楽」への関心を引き出し、追憶の旅へと誘おうではないか。
■借りパク音楽大募集!
この連載では、ぜひ皆さまの「借りパク音楽」をご紹介いただき、ともにその記憶を旅し、音を偲び、前を向いて反省していきたいと思っております。
ぜひ下記フォームよりあなたの一枚をお寄せください。限りはございますが、連載内にてご紹介し、ささやかながらコメントとともにその供養をさせていただきます。
僕は2013年に『街のものがたり』というインタヴュー集をまとめた。僕はこの本でステレオタイプではないラッパー像を提示したかった。ラッパーといえば、不良で、社会から隔絶されて、虐げられて……。ではなくて、自分の身近にいる普通の青年が歌うラップを紹介したかったのだ。不良のラップも大好きだけど、市井の青年たちの感性から生まれた言葉は、僕にとって説得力がある。なぜなら僕自身が何者でもない、街の景色の一部のような人間だからだ。
![]() Era - Life is Movie HOW LOW |
その『街のものがたり』にも登場してもらったERAが、今年7月に約3年ぶりのアルバム『LIFE IS MOVIE』をリリースした。これまでのERAのイメージといえば、都市を「しゃらり」と疾走する、軽やかでスタイリッシュな姿だった。しかし本作の彼は泥臭い。「決まった仕事もdropして / lifeをうまく積み上げられない / 何度も見たはずなのに / そっから先が上手くやれない」と彼は歌う。このラインはERAの暮らしの中から自然と出てきた言葉だという。僕はこのラインに2015年の「街のものがたり」を感じた。
なぜ『LIFE IS MOVIE』という作品を世に送り出したのか、それを訊きに僕は久しぶりに彼に会いに行った。
■ERA / エラ
2011年にアルバム『3Words My World』でデビュー。ラディカルなトラックとリリカルな歌詞が話題となり、さまざまなシーンで絶賛された。2012年からは自身のレーベル〈How Low〉を主宰。同年セカンド・アルバム『JEWELS』をリリースし、さまざまな客演参加等を経て、2015年、3枚めとなる『LIFE IS MOVIE』を発表した。
今までとは違うことを
■今回のアルバムは自宅で制作されたんですか?
ERA:そうです。
■2012年に発表された前作『JEWELS』から約3年ですね。
ERA:同じ年の12月にIDEALというユニットの作品を出したんで、本当はその後にソロでアルバムを出したかったんです。あのときは、自分のレーベル〈HOWLOW〉を立ち上げたり、tofubeatsさんに“夢の中まで”という曲でフィーチャリンしてもらったり、すごくいい流れがあって。だからそこに合わせてアルバムを完成させたかったんですけどね。
■制作が滞った理由は?
ERA:トラックが思うように集まらなくて。あとやる気はあったんですけど、僕自身のマインドが本格的に制作する感じじゃなかったんだと思います。
■どういうことでしょう?
ERA:自分のレーベルからアルバムを出すのがけっこう大変だったんです。やることが多くて。アルバムをレコーディングしながら、リリースの仕方を考えなきゃいけなかったりとか。最終的にWDsoundsに宣伝を手伝ってもらったんですが、それが決まったときは正直かなり気が楽になりました。アルバムの制作もようやく本腰を入れられるようになったというか。やっぱりひとりではあれもこれもできないです。そもそもジャケットからして、夏に出すアルバムぽくないですよね。
■あはは。でも今作はリリース時期こそ夏ですが、“サマーアルバム”という感じではないですよね。
ERA:そうですね。
■『JEWELS』はとてもダークなアルバムでしたが、今回は一転して明るい作品ですね。希望に満ちてるというか。
ERA:『JEWELS』ってそんなに暗いアルバムだったかなあ? 僕としてはそんなイメージはないんだけど、すごくいろんな人から言われるんでそうなんだろうな(笑)。
■ERAさんは「リリックにはいろんな意味が込められてる」とインタヴューとかで発言をされていたので、“Planet Life”の「もし拳銃があれば」とか、そういうインパクトの強いラインを聴くとリスナーはどうしても勘ぐってしまうんですよ(笑)。
ERA:『JEWELS』はすごくストイックに制作した作品なんです。そのせいで、あの頃の自分はいろんなことに対してナーバスになっていました。“Planet Life”の「もし拳銃があれば」というフレーズは、そういう中から生まれた言葉で本当に深い意味はないんですよ。
■今回の制作はあまりナーバスにならなかったんですね。
ERA:はい。あと、このアルバムではちがうことをやりたかったんですよ。『3Words My World』と『JEWELS』に関しては、自分の言葉が一辺倒だと思うところがあって。表現の幅みたいなものを見せたかったんです。「ひとつの事柄を歌っていても言葉にはいろんな意味を持たせる」っていうのも今回はあまりありません。
■「LIFEの中の4小節 / 実際それで全部だから」と歌っていますしね。
ERA:はい。『LIFE IS MOVIE』は『3Words My World』『JEWELS』の延長線上にあるけど微妙にちがうことを歌ってます。この微妙にちがうというのがすごく重要なんです。たくさんある引き出しの中から、いままでとはちがう部分を見せてる感じですね。
ソウル感のあるリリック
■なるほど。たしかに、いままでの作品では“I’m Talkin’”の「back againしたってことは少しは変われたってことさ」みたいなフレーズは出てきませんよね。
ERA:「自分のリアルな生活感を歌いたい」という思いがアルバムを作りはじめの頃からぼんやりとあって。“I’m Talking”とかは、まさに僕のリアルな部分が出てる曲。ソウル感っていうか。
■“ソウル感”とは?
ERA:経済的困窮の中から生まれるハングリーさみたいなものです。USヒップホップのリリックにはよくあるけど、日本でこの“ソウル感”を出せる人はあまりいないと思う。今回のアルバムは、それを見せることでオリジナリティが出せたかなと、うっすら感じています。とはいえ、自分もアメリカの人たちほど困窮しているわけじゃないけど(笑)。
■その意味では“I’m Talkin’”には生々しいほどのソウル感が出ています。
ERA:自分はパートタイム的な仕事をやってるんですけど、まあ続かなくて。辞めて次の仕事を探しては、その職場の上司とぶつかったり。そんなことの繰り返しで、本当にうまくいかないなあって感じでしたね。
■あの歌詞はすごく2015年の日本を感じさせるものだと思います。すごく貧しいわけではないけど、未来を感じさせてくれない感じというか。そんな状況で「lifeをうまく積み上げられない」と焦ったりしませんか?
ERA:焦りよりかは、「自分はなんでうまくいかないんだろう」って思いのほうが強かったですね。
■失意、みたいな。
ERA:そうですね。
■先ほど「ちがうことをやりたかった」と話していましたが、今回のようなリリックを書くことにしたのはなぜですか? ちがう表現はほかにたくさんありますよね?
ERA:今回みたいなことを歌うと思うことが、自分をより良くすることなのかなって。
■どういうことでしょうか?
ERA:作品を作りながら自分が自分に救われてたようなところがあって。アルバム作りっていうのは、歌詞を声に出して歌うことで少しずつ進んでいくわけですが、その過程を経るごとに自分が少し復活するような感覚があったんですよ。
■もしかして“I'm talkin'”の「病んだ俺にはmedicineが必要」というのは、そうやって作品を作ることだったんですか?
ERA:そうです。
自分が聴いて気分が上がるような作品
■先日テレビで映画監督の細田守さんのドキュメンタリーをやっていて、そこで彼は「映画を作るとか観るとかっていうことは、“世界に希望を持ってますよ”ってことを表明するような行為でさ、(現実は)そうでないにも関わらずね。そのときの自分は幸せじゃないかもしんないけども“人生は幸せなものかもしんない”ってことを大声で言ってるようなもんなんだよ。それは幸せじゃない人だからこそ、それを作ったり言ったりする権利があるってことだよ」と話されていたんです。
ERA:自分がこのアルバムを作っていたとき、暗い音楽は聴いてませんでしたね。入り込みすぎちゃって聴けないというか。むしろ明るい音楽を聴いて力づけられてましたね。そういう感覚が当時の自分にフィットしてたんです。そこは意識してたかもしれません。あんまり暗い感じというよりは、自分が聴いて気分が上がるような、そういう作品にしたいという気持ちがありました。
■『LIFE IS MOVIE』というタイトルはどのように決まったんですか?
ERA:アルバム制作の半ばから終わりにかけてくらいなんで、けっこう遅いです。今回の作品で、いちばん最初にできた曲が“Left, Right”なんですけど、その段階ではアルバムの全貌はまだぜんぜん見えてなくて。具体的に何かのきっかけで決まったというよりは、制作の中で徐々に固まっていったような感覚かな。
■タイトル・トラックの“Life Is Movie”ができあがったのも後半ですか?
ERA:はい。“Daylight”とかも最後のほうです。アルバムのタイトルが決まってからは、そこに寄せて歌詞を書いたり、曲順を決めたりしました。
■1曲めのタイトルがいきなり“Endroll Creator”なのですごく驚きました。映画なのに、最初からエンドロールの話かよって(笑)。
ERA:たしかにそうですね(笑)。じつはこれ、もらったトラックに付けられてた仮タイトルをそのまま使いました。響きもカッコイイし。けっこうそういうの多いんですよね。
■トラックの仮タイトルにインスパイアされてリリックを書きはじめるラッパーの人、多いみたいですね。
ERA:うん。この曲はまさにそのパターンです。
■今回は客演にDown North Campの面々が参加していますね。
ERA:フィーチャリングのラッパーについては、Down North Campとかそういうところはとくに意識してなくて、自分がカッコいいと思う人たちに声をかけました。
■今回はERAさんが所属するグループ・D.U.O.のOIさんが参加していませんね。
ERA:そうですね。スキットとかで参加してもらおうと思ったんですけど、うまくハマる曲がなかったんですよね。いっしょにやりたかったんですけど。
映画の最後
■曲順はどのように決めましたか?
ERA:かなり考えましたね。最初はぜんぜんちがう曲順で“Life Is Movie”が最後の曲だったりもしたんです。じつはこのアルバムには、ゆるいストーリーが設定されてて。あの曲のサビで歌っている「クラッシュする交差点~」というのは、ストーリーのラスト・シーンなんです。主人公が車に轢かれて死んじゃう。
■なんで主人公は死んでしまったんですか?
ERA:事故っす(笑)。
■いや、そういうことじゃなくて(笑)。
ERA:映画の最後ってそういう感じじゃないですか。
■突然起こった理不尽な悲劇、みたいな。でもそれのほうが逆にリアリテイがあるかも。
ERA:まあストーリーはザックリとした感じなんですけどね(笑)。
■ちなみに“Life Is Movie”の最後のライン「Peaceすぎたら~」はどういう意味なんですか?
ERA:これはストーリーとは別個で自分自身のことですね。2014年の夏に“Soda Flavor”という、今回のアルバムにも入れた曲を配信でリリースしたんですが、この頃はパーティ感を出そうとしてたんですよ。でもそこにこだわりすぎると、曲が弱くなっちゃうというか、自分に嘘をつきすぎてる感じがしたんですよ。
■自分のキャラに合わないことを無理してやっても仕方がない、と。
ERA:そういうことです。
■ラストの“Daylight”はすごく明るい曲ですね。
ERA:ストーリーとしては“Life Is Movie”がラストなんですが、アルバムとしては“Daylight”で終わるのがすごく美しい感じがしたので、この並びにしました。たまにエンドロールの後に5分くらいおまけが付いている映画があるじゃないですか? この曲はそんな感じですね。
■では、仮にERAさんが映画が撮るとしたら、どんな作品がいいですか?
ERA:高校生くらいのやつが学校に通いながらラップするような青春ものがいいですね。そういうのは昔からやってみたいと思ってます。たぶんやれないと思うけど(笑)。
■なるほど。それを聞くとやはりERAさんの中には一貫した美意識があるように感じられます。『3Words My World』や『JEWELS』で表現された街の描写は映画のワン・シーンみたいでした。ラリー・クラークの“Kids”みたいな。
ERA:ああー、そんな感じかもしれない。
■では最後に好きな映画は?
ERA:いろいろありますけど、普通に『2001年宇宙の旅』とかですかね。あと自分がラップはじめるモチベーションが高まったという意味では『ハッスル&フロウ』は外せないです。あの映画、主人公たちのやる気がハンパないんですよ(笑)。あのハングリーさはすごく上がりましたね。
アーティストにはそれぞれ個性がある。これまで日本人のラップに興味を持ったことがない人に、筆者が日本人のラップの取材をしている話をすると、「いま一番かっこいいラッパーは誰か」みたいなことをよく訊かれる。つまり、誰から聴けばいいかと。
答えは、その度に違う。ファースト・インパクトで好みとのズレを感じてしまうと、それ以上聴かなくなってしまうかもしれない。それは小さくても(その場ではたった1人の話でも)大きい損失だと考えているので、けっこう真剣に考える。入口でおもしろいと感じてもらえれば、もっといろいろ聴いてみたいと思うのが人間というものだろう。
ここ何年は、よくNORIKIYOの名を口にしている。ではNORIKIYOのどのアルバムを聴けばいいのかと訊かれたら、筆者は迷わず「ネクストワン」、つまり筆者もまだ聴いていない(筆者の知っている段階ではNORIKIYO本人すら聴いてない)次のアルバムだ答えるだろう。これはほとんど確信であり、またこれこそが筆者が人に「NORIKIYOを聴いてほしい」と勧めるゆえんでもある。NORIKIYOは常に次の作品こそが最高傑作だと予感させてくれる。
とはいえ、現実には次の作品を聴くことはできない。では、いまNORIKIYOのどの作品を推薦すべきかと言えば、リリースされたばかりの『実験的断片集』ということになる。タイトルからわかる通り、本作はあくまでNORIKIYOの“断片”であり、彼名義のソロ・アルバムではない。コンセプト・アルバムといったほうが近いだろう。それでもNORIKIYOの「らしさ」が十分に詰まったこの新作を“断片”としてリリースすることに、やはりというかむしろというか、アーティストNORIKIYOの「らしさ」を感じてしまう。
NORIKIYOの音楽の魅力を裏で支えるのは、何よりその切実さでありアーティストとしての誠実さだ。これは充実した彼の活動の裏にも(実は)切実さが潜んでいるのだという意味ではないし、もちろん誠実だから素晴らしいわけでもない。一生懸命作ったから評価されるべきなんてことを信じているアーティストがいたら、そんなに興ざめな話はないだろう。そうではなく、たとえ傑作と評価される作品を生み出しても現状に安住できない、難儀ともいえる切実さこそがNORIKIYOの音楽を高みに向かわせる原動力とでも言えばいいか。もっとも本物のアーティストとは往々にしてそういうものだろうし、難儀だから制作を楽しんでないということでは、もちろんないわけだが。
野蛮なストリートのスラングや皮肉や毒の効いた巧みな言い回しは、言うまでもなくNORIKIYOの音楽の魅力だ。だが、NORIKIYOにとってそれはデフォルトで、それを上手くやるのも、もっと上手くなるのも「ラッパーだったら当たり前」の範疇なのである。そこから「より高みを目指したい」という志向を抑えられない姿勢こそが、むしろ彼の本質である。これは「彼は内面ではこう考えている」といったメンタリティーに限った話ではなく、他のラッパーがあまり扱ってこなかったようなトピックの多彩さなどにも立ち現れてくる。
「ほらThinkaboutit どこに向かってるのみんなThinkaboutit/何に蓋してるの いま胸/そこに?(ハテナ) とめどねぇ/それの答え探すよ俺もね」
“夕暮れと珈琲”でNORIKIYOはこうラップする。インタヴュー中、彼と小難しい話をしたことはないのだが、例えば我々が生きていく上で、当たり前に突きつけられる現実的な矛盾というものがある。矛盾をいちいち問うことは、「現実に準拠してない」と言われたり「青臭い」と言われたりするわけだが、それでも「政治屋がなんと宣おうが爆弾は人を殺すものでしかないだろ?」という問いはまっとうなはずだ。表現者はガザを忘れるべきでないというのは暴論だろうか? なにも大仰な話でなくてもいい。例えば、PCやスマホの画面から離れられない現実は正しいのか?
NORIKIYO(https://www.ele-king.net/review/joint/002418/)のリリックはミクロからマクロまで素朴な問いをあらためて突きつけてくるものだ。そしてそれらの問いは、“私たち”のものでもある。ラップは基本的に一人称の音楽だが、NORIKIYOはすでにその外に出ている。掘り下げると止めどがないので、ひと言にとどめるが、NORIKIYOの「俺」はもはや一人称に収まっていない。だからこそ彼の言葉は日本人のラップ・ファンには新鮮で、同時にジャンルを問わず幅広い音楽ファンの耳に響くのだろう。蛇足だが、それはNORIKIYOの戦略ではない。あえていえば、難儀な切実さが、やがて彼をそこに運んだのだ。
以前、NORIKIYOをインタヴューしたとき、彼は忌野清志郎や甲本ヒロトの名を挙げ、彼らに「ロックの」や「パンクの」という枕詞は必要ない。自分もそうなりたいと話していた。今度の『実験的断片集』のジャケットは、いうまでもなく“ジョン・レノンセンス”(『イマジン』)であり、4thアルバム『花水木』には“ジョン・レノンに会いたい”や“Dear 20 Century Boy〜花水木〜”という楽曲が収録されている。清志郎はたくさんのラヴソングを歌い、ときに大麻についても歌ったが、社会からも目を背けなかった。レノンはいうに及ばず。NORIKIYOの根底にはある種のロックやフォークがあり、直接的にか間接的にか、それが彼のラップに自然な形で影響を与えているようにも思える。
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もともと『実験的断片集』は、神奈川中のラッパー/プロデューサーを一堂に会したド派手なアルバムを目論んでいたとのことだが、とある事情でそれが頓挫し、自主レーベルの〈諭吉レコーズ〉から出すことになった。予算的な限界もあり、「神奈川の2割いってないくらい」とはNORIKIYO自身の談だが、これは作品を卑下しているわけではない。むしろ、このラフなやり方で(さしたる打ち合わせをせずに、フックを入れて、各々バースを書いてとサクッとしたレコーディング)でも、ここまでできるという自信を含んだ言葉で、実際、フッド神奈川の充実をプレゼンする内容だ。
「普段から遊んでない人と曲を作るのは苦手だが、今回はあまり遊んでいない人と作った」(NORIKIYO)
これが「実験的」の意味。とはいえ、サイプレス上野、SALU、T.O.P、ダイナリー・デルタ・フォースの面々、WATTa.k.a.ヨッテルブッテルと参加アーティストの顔ぶれは実験的というにはいかにも楽しげな人選である。あるいは実験的だから楽しめるのか。
本作の収録楽曲は、ほとんどが前作『如雨露』(前半の話に戻るとこれが現時点のNORIKIYO名義の最新アルバムで、半分以上がラブソングで占められている「異色」の内容だ。未聴の方は今作と合わせて是非聴いて頂きたい)製作時にはあった曲だという。ちなみに、今回新たにレックしたという「あの女–良はタチンボ〜待ちぼうけPart.2〜」は、山仁の2006年のアルバム『愛(LOVE)』収録「女–良」へのオマージュ的な楽曲だとか。ここで山仁というラッパーについての説明は省くが、こういった形でも神奈川のアーティストへのレップが生きている。これもまたNORIKIYOのらしさである。
いまもっとも精力的に活動しているラッパー、NORIKIYOによる『実験的断片集』。このアルバムタイトルの意味を考えながら、おそらく傑作になるであろうネクストワンを待ちたい。
「赤塚作品とは、アシッド・ハウスである!」──石野卓球(本書より)
マンガを左手で描く狂気とは?
近くのものが遠くに見えるマンガとは?
フキダシに絵を描いて絵の場所に文字を描くマンガとは?
作画中にアシスタントがいなくなった作品とは?
登場人物を実物大で描くとどうなるか?
──メジャーな少年マンガ誌を舞台に、マンガ表現のいきつくところまで行き着いた赤塚不二夫のもっともラジカルな作品群を収録。
解説あらためインタビュー取材には、石野卓球が登場。
いわく「赤塚作品とは、アシッド・ハウスなのだ!」
ひとはなぜ裸になり、ケツにローソクを刺したり、
朝までギャグを語り、生産性のないことに高じるのか……
いや、こんな時代だからこそ「バカ」が必要なのだ!
赤塚不二夫の「バカ」とはいったい何なのか?
生前に親交のあった、サブカルのゴッドファーザー、ジャズメン、フォーク歌手、映画監督など、70年代サブカルチャーを牽引した大物たちが、いま語る赤塚不二夫のすごさ。
元『宝島』編集長にして『笑っていいとも!』のスーパーヴァイザー──髙平哲郎
過激なフォーク歌手にして俳優──三上寛
世界で活躍する日本フリー・ジャズの巨匠のひとり──坂田明
ビートニクの詩人でありジャズ評論家、伝説のパロディスト──奧成達
日本の映画界のラジカリスト──足立正生
日本のフリー・ジャズの大いなるピアニスト──山下洋輔
酒を飲み、裸になり、バカをやってきた生き証人たちが語る赤塚不二夫の正体。70年代の日本のサブカルチャーの一場面を浮彫にしつつ、混迷するこの時代にあらためて赤塚の残した「バカ」を追い、「バカ」の必要性を問う。
目次より:
ペーソスはいらないのだ!/書を捨て町を裸で街を歩くのだ/深遠なバカなのだ!/クーダラナイから良いのだ!/ほか
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ただバカっつったて、ホントのバカじゃダメなんだからな。知性とパイオニア精神にあふれたバカになんなきゃいけないの。(中略)リッパなバカになるのは大変なんだ。だから、バカになる自信がなかったら、キミもごく普通のリコウな人でいたほうがいいって。まァ、これでいいのだ!!
──赤塚不二夫『人生これでいいのだ!!』より
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なぜニュー・オーダーなのかと言われたらわからないけど、みんな精神的な繫がりを感じているようだ。ぼくたちの音楽は凄くエモーショナルだから、人生で何か困難に直面したとき、ぼくたちの音楽に気持ちの慰めを見出すことができるのかもしれない。あと、人を惹き付ける物語がこのバンドにはある。
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新作はダンス・アルバムであり、エレクトロニック・サウンドに戻っているという前評判を耳に入れて、いざシングル曲“レストレス”を聴いたら、どこがダンスでエレクトロニックなんだよと思ったコアファンもいるかもしれない。しかしご安心を。“レストレス”はアルバムの1曲目だが、2曲目以降にはそれが待っている。“ブルー・マンデー”から『リパブリック』までのニュー・オーダーを特徴付けるエレクトロニック・サウンドは引き継がれ、ある意味アップデートされている。
ちなみに、“レストレス”のシングル盤のリミキサーはアンドリュー・ウェザオール。ファンはここで名曲“リグレット”を思い出すだろう。あの切ないメロディとエレクトロニックのマンチェスター的折衷……これ、これ、そう、これだよ、俺たちのニュー・オーダーが帰ってきたのだ。
ジョイ・ディヴィジョンの最初の2枚、いや3枚、まあ……3枚の重要なシングル盤を加えると6枚……は、いま聴いても、リスナーが「重荷を背負った若者」ではなくなっても、あらためて歴史を切り拓いた音楽だったと思う。本当に、よくもまあこんな作品をあのセックス・ピストルズとあのザ・クラッシュの後に作れたものだ。社会や政治というよりは内面という曲の主題(彼らが社会や政治に無関心だったわけではないが、作品にはパンクにはなかった深い内省があった)、そしてその革新的音響(マーティン・ハネットの天才的録音)、ピーター・サヴィルの革命的アートワーク(ジャケの紙質までこだわっていた)、それらすべてをひっくるめて永遠のクラシックだ。『アンノウン・プレジャーズ』のアートワークがインディ・ロック・Tシャツにおける最高の地位になっていることに異論もない。
で、ニュー・オーダーとは、その永遠のクラシックを作った後の、当時のロックのセオリーで言えば中心人物を失った後の、10番のいないサッカーチーム、4番バッターとエースのいない野球チーム……みたいなものだったが、それでも世界レベルで最高の結果を残すチームになりえた。作る曲すなわち作品でもって常識をひっくり返し、そして、そのとき、おいてけぼりにされた若者の内面はダンスへと向かったのである(しかも作品によっては、あの頃のぼくたちからもっとも遠かった太陽と海へと、そう、向かってしまったのである)。
そんなことをつらつらと思えば、バーナード・サムナーの自伝『ニュー・オーダーとジョイ・ディヴィジョン、そしてぼく』に記されているように、たしかにぼくたちの人生はニュー・オーダーとともにあったのだろう。初めて『ムーヴメント』に針を下ろしたときのこと、“ブルー・マンデー”に心底震えた夜、耳にたこができるほどあらゆる場所で聴かされた“ビザール・ラヴ・トライアングル”や“パーフェクト・キッス”、あるいは“ワールド・イン・モーション”や“ラウンド・アンド・ラウンド”のリミックスEP、そして異性(同性)と別れ出会う度に聴かなければならない“リグレット”……、その他いろいろ、ぼくたちはニュー・オーダーの切ない歌とエレクトロニックな楽曲の向こうにそれぞれの時代を思い出す。
ほがらかなメロディの“ラヴ・ヴィジランティス”は、NYエレクトロを思い切り吸収した『ロウ・ライフ』のオープニング曲で、クラブ・サウンドを我がモノとしながらアルバムはしかし古風にはじまるというひねくれ方は、なるほど、いかにも英国風と言えるだろう。新作『ミュージック・コンプリート』にもそれは引き継がれている。
ちなみに『ミュージック・コンプリート』のバッキング・コラースには、インディ・ロック・ファンにはお馴染みのデニス・ジョンソン(プライマルの“ドント・ファイト・イット〜”の人です)が参加しているが、ラ・ルーも歌っている。たしかに新作には、イタロ・ディスコ(コズミック)めいた箇所がいくつかある。バーナード・サムナーのドナー・サマー趣味がここにきて噴出したのかもしれない。ほかに話題としては、ケミカル・ブラザースのトム・ローランズが3曲参加していること、イアン・カーティスのヒーローだったイギー・ポップが1曲参加していることも挙げられる。
ニュー・オーダーは、いくつかの困難を乗り越えてここまで来ている。彼らの人生から滲み出るものが、ニュー・オーダーの背後にはある。それは泥臭さである。電子機材が普及してからの華麗なるモダンデイ・ポップ・ミュージックの先駆けだが、その音楽には普遍的なエモーションがあり、だからこんなにも多くの人から、世界中の人たちから、そして新たにまた、内面が敏感な世代から愛され続けているのだろう。
『ミュージック・コンプリート』は、ピーター・フック脱退後の、新生ニュー・オーダーの最初のアルバムだ。しかも〈ミュート〉からのリリース。例によってバンド名もタイトルも記さないピーター・サヴィルのアートワークにも、思わずニヤっとしてしまう。
ニュー・オーダーが最初に輝いた10年はサッチャー政権時代であり、それを思えば『アンノウン・プレジャーズ』のTシャツは巷でさらに増殖するかもしれない。まあニュー・オーダーに限らずだが、昨年のモリッシー、先日アルバムを出したPiLなど、あの時代のUKのミュージシャンたち、いい歳した連中は、いまもなおエネルギッシュで、しかも新たな輝きを見せはじめている。さまざまな話題性を含めて、今回は注目の新作なのである。

ダンス・ミュージックをやっているけど、いまどんなサウンドが流行っている、といったことは一切考えずに作った。自分たち独自のことをやった。ダンス・ミュージックが一時期から細分化され過ぎて、作っていて拘束着を着せられているように感じた。「このジャンルはこのサウンドでこのビートじゃなきゃ駄目」といった縛りが多すぎるって。
■実はあなたの自伝をライセンスして、ニュー・オーダーの新作のリリースに合わせて刊行する予定でいます。そもそも自叙伝を書かれた理由は何だったのでしょうか?
バーナード・サムナー(BS):自伝のなかでは、まさにそこのところも語っている。ぼくの音楽はぼくがこれまで生きてきた人生がもとになっている。子供時代、そして青春時代の経験や記憶だ。それはジョイ・ディヴィジョンにおけるぼくの音楽的貢献にも間違いなく繫がっている。ぼくが子供時代、そして十代を過ごした環境の雰囲気が表れている。自分に「音楽を作りたい」と思わせてくれた、自分の原点だ。
それとは別に、新しい音楽との出会いについても触れている。ぼくが15歳、16歳のときに影響を受けた音楽について語っている。あとマンチェスターについても語っている。マンチェスターで生まれ育つのがどういう感じか、という。正確にはサルフォードという街でぼくは育ったんだ。サルフォードというのはマンチェスターに隣接した街で、マンチェスターから西に向かって進むといつの間にかサルフォードに入っている。マンチェスター首都圏のなかでもとくに工場が密集した工場地帯だ。そういう街でぼくは育った。それが後に自分の音楽にどう影響したかということを自伝のなかで語っている。
■わかりました。さて、『ミュージック・コンプリート』は、大雑把に言って、ニュー・オーダーとはこういうバンドなんだという、自己確認するアルバムであり、原点回帰的なところもあるアルバムだと感じました。つまり、ニュー・オーダーらしいニュー・オーダーのアルバム、最初に聴いた瞬間に、「あ、ニュー・オーダー」と思うしかないアルバムというか。いかがでしょうか?
BS:ありがとう。
■あなた個人にとって「ニュー・オーダーらしさ」とは何だと思いますか?
BS:……。何だろう。ファンの人たちに訊いたほうが上手く答えられるんじゃないかな。ライヴの後、ファンの人たちと会場の外やホテルで会ってサインとかする際によく言われるのは、「貴方の音楽と出会って人生が変わりました」、または「貴方の音楽は自分の人生を彩るサントラです」だ。彼らの心に深く刺さっているのがわかる。なぜニュー・オーダーなのかと言われたらわからないけど、みんな精神的な繫がりを感じているようだ。ぼくたちの音楽は凄くエモーショナルだから、人生で何か困難に直面したとき、ぼくたちの音楽に気持ちの慰めを見出すことができるのかもしれない。それがひとつある。
あと、人を惹き付ける物語がこのバンドにはある。イアン・カーティスのこともそうだし、イギリスにおけるインディ・レーベルの台頭に大きく関わっていたことも大きい。〈ファクトリー・レコード〉の物語をひとつとっても面白い。すでに2本の映画が作られたくらいだ。〈ファクトリー・レコード〉のトニー・ウィルソンの生き様を描いた『24アワー・パーティ・ピープル』とイアン・カーティスの生き様を描いた『コントロール』だ。こうやって2本の映画ができるほどの興味深い歴史があるということも人びとがニュー・オーダーに惹かれ、共感し、そこに慰めを見出す所以なんじゃないかな。
■ピーター・フックが脱退したとき、バンドは事実上解散したと思いますし、あなた自身にも再結成するプランはなかったと思います。しかも、バンドにとってベースラインはトレードマークでした。それがどうして、このように新しいアルバムを完成させ、発表するまでになったのでしょうか?
BS:まず……、彼不在でライヴを幾つもやるところからはじめた。その前にはっきりさせておきたいんだけど、彼はバンドを自ら辞めたのであって、決してぼくたちがクビにしたわけじゃない、ということ。
■(笑)。
BS:そのことで彼にはずっと文句を言われっぱなしだからね。
■そもそも彼はなぜ脱退をしたのでしょうか?
BS:もうやってられない、と思ったのだろう。おそらくぼくと彼が性格的にそりが合わなかったことが要因だった。彼はかなり対抗心を燃やしてくる性格で、でもぼくはそうじゃない。むしろ、そういうのが苦手だった。だって、同じチームなんだから、同じ目標に向かってみんなで力を合わせて頑張るのが当たり前だと思っていた。でも、同じチーム内で自分に対して対抗心を燃やしてくる人がいたら、それはチームにとっても良くないと思ったし、ぼくとしてもすごく嫌だった。
それと、彼がぼくにやって欲しいと思っていたことをぼくがやらなかった、というのもあったと思う。彼は常時ツアーに出たいと思っていた。でもぼくはまだ幼い子供もいて、家族と離れるのが嫌だった。バンドに対して決してめちゃくちゃなことを要求しているは思わない。でも彼はそれが気に入らなかった。ぼくと彼は全く違うタイプの人間だったということに尽きると思う。考え方も懸け離れていた。それが限界に達していたのだろう。彼もぼくにうんざりしていたし、ぼくも彼にうんざりしていた。
彼は、ぼくだけじゃなく、みんなを自分の思い通りにしたかったんだと思う。いまは自分のバンド、フリーベースでそれができるようになった。他のメンバーはおそらく彼の言う通りに動いてくれるのだろう。でもニュー・オーダーでそれをやろうと思っても無理だ。
■そこからどうやって、彼抜きでニュー・オーダーを続け、このように新しいアルバムを完成させ、発表するまでになったのでしょうか?
BS:彼不在でライヴをやりはじめた頃は、正直多少の不安もあった。しかも彼はプレスに対して「俺抜きでは絶対に上手くいかない」と言い張ったんだ。「自分がいないニュー・オーダーはフレディ・マーキュリーのいないクイーンのようだ」ってね(笑)。「やったところで大失敗するだけだ」って。
つまり、「俺は去るけど、せいぜいみんなで失敗すればいい」というのが彼の態度だった。「俺抜きで続けるなんて不可能だ」ってね。だから最初は多少の不安もあった。人びとがどう反応するかわからなかったから。でも、いざライヴをやってみると観客の反応は素晴らしく、世界各国で最高のライヴをいくつもおこなうことができた。新作の制作に取りかかるためにスタジオに入った頃には、すでに3年半ライヴをやってきていたから、彼がいないことに慣れていた。だから全く問題にはならなかったよ。
曲作りでいちばん難しいのはいいメロディを書くことだ。ビートを作るのはさほど難しいことではない。いまではネット上でビートを買うことだってできるわけだからね。
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■ジョイ・ディヴィジョンのときはポストパンク、ニュー・オーダーのときはディスコやエレクトロ、『テクニーク』のときはアシッド・ハウスとセカンド・サマー・オブ・ラヴなど、あなたはわりとムーヴメントとともにアルバムを作ってきたと思うのですが、『ゲット・レディ』以降は、音楽文化自体が、ムーヴメントなき時代に突入したました。そういう時代の変化と、ニュー・オーダーのやり方がズレはじめたと感じたことはありますか?
BS:ダンス・ミュージックに関しては多少あったね。ダンス・ミュージックが細かく区分化され過ぎてると感じた。ディープ・ハウスにファンキー・ハウスにアシッド・ハウス……という具合にジャンルが細分化され過ぎてしまって、ダンス・ミュージックの曲を書こうと思っても、まずどのジャンルに当てはまるかを考えなきゃいけないような気にさせられた。音楽はそうあるべきじゃないのに。
今度の新作でもダンス・ミュージックをやっているけど、いまどんなサウンドが流行っている、といったことは一切考えずに作った。自分たち独自のことをやった。ダンス・ミュージックが一時期から細分化され過ぎて、作っていて拘束着を着せられているように感じた。「このジャンルはこのサウンドでこのビートじゃなきゃ駄目」といった縛りが多すぎるって。
あともうひとつ感じたのは、ぼくたちは“ブルー・マンデー”でダンス・ミュージックにおけるパイオニア的存在だと見られていたのもあって、常に人がこれまで聴いたことのない音を出すことを期待されていた。でもそれって不可能なことなんだ。「新しい車輪を毎回発明しろ」と言っているようなものだ。それもあってダンス・ミュージックから少し距離を置こうと思ったんだ。ギターを核とした作品を作った。『ゲット・レディ』にしても『ウェイティング・フォー・ザ・サイレンズ・コール』にしてもダンスの要素が薄れ、ギターが前面に出たアルバムになった。ギターで曲を作るときというのは、サウンドをそんなに気にせず歌をそのまま書けばいい。ギターの音は所詮ギターの音であって、ベースにしてもドラムにしても同じだ。サウンドのことをあれこれこだわる部分は少なく、単刀直入な作業だ。当時はそれが凄く新鮮だった。
ジョニー・マーとやったElectronicの3作目、つまり最後のアルバムがギター中心のアルバムだった。その後の『ゲット・レディ』もギターが前面に出たアルバムだった。その後の『ウェイティング・フォー・ザ・サイレンズ・コール』は少しエレクトロニックの要素もあったけど、ギターが主だった。その後ぼくはサイド・プロジェクトのバッド・ルーテナントで『ネヴァー・クライ・アナザー・ティア』というアルバムを出して、それもギター・アルバムだった。
という流れがあって、もう十分ギター・アルバムはやったと思って、エレクトロニックなサウンドに戻るのにちょうどいま機は熟したと感じた。やりたくて飢えていたんだよ。ぼくだけじゃなく、スティーヴン(・モリソン)やジリアン(・ギルバート)もそう感じていたんだと思う。たとえるなら、ある食材を長い間全く口にしていなかったと想像してみて欲しい。チョコレートとか。で、ある時思い立ってまた口にしてみたら、美味しくてしょうがないと思うよね。それと同じで、今回またシンセサイザーを多用したことは、まるでおとぎの国にいるようだった。テクノロジーの進化がまた、制作をさらに面白いものいしてくれた。前はやりたいことがあってもそれを上手く音にすることができないこともあった。ジョイ・ディヴィジョンや初期のニュー・オーダーでは、持っていたシンセでかなり苦労をした。やりたいことがあっても、当時のシンセには限界があった。シンセそのものよりも、シーケンサーやコンピュータのテクノロジーがいまほど進んでいなかったから。それがいまはできるようになった。いまは音楽をまるで粘土遊びのように扱うことができる。曲やサウンドを粘土や石膏のように自在に形作ることができるようになった。それがすごく面白いと感じる。
■アルバムのなかのジョルジオ・モロダー的なミニマルなビートに関しては、スティーヴン・モリスがファクトリー・フロアのような若いバンドに触発されたところがあるようですが、あなた自身がUKの若いクラブ・ミュージックに触発されることはありますか?
BS:う〜ん……ないかな。
■なるほど。では、シングルのリミキサーで、たとえばですが、ジェイミーXXのような、クラブ系の若いタレントを起用することは考えませんでしたか?
BS:彼に限らず可能性はいくらでもあると思っている。リミキサー選びはこれからの作業になるから、いまからじっくり時間をかけて才能ある人を選びたいと思っている。ただ、いまの時代、可能性や選択肢が多すぎるというのも、それはそれで困ったものなんだよね。ニュー・オーダーの初期の頃はリミックスをお願いする人にしてもひとり、ふたりくらいしか選択肢はなかった。でも、いまは何百と優れたリミキサーがいる。いまの段階ではまだ話せないけど、いろいろ進めているものもあるよ。
■マンチェスターの新しいシーンには関心がありますか?
BS:さっきも若いクラブ・ミュージックに触発されることは「ない」って話をしたけど、ぼくの場合、音楽のインスピレーションは自分の内側からくるもので、外から受けるものではないんだ。最初に自伝の話をしたときにも話したけど、ぼくという人間の生い立ちから来るものなんだよ。
■ニュー・オーダーの曲にはダンスもありますが、メロディアスな曲調もバンドを象徴していると思います。“レストレス”なんかは、ぼくには“リグレット”を彷彿させわけですが、あの当時“リグレット”は、サマー・オブ・ラヴが終わった感じをとてもよく表していました。そのセンで考えると“レストレス”にも時代が描かれているのでしょうか?
BS:おかしなもので、本来エレクトロニックなアルバムを作るつもりだったのに、アルバムの1曲目にアコースティック調な曲を持ってきたんだよね。まあ、それもニュー・オーダーらしいよ。矛盾だらけのバンドだ。「こうする」と言っておきながら、違うことをしてしまう(笑)。今回もエレクトロニック・アルバムだって言うのにアコースティックな曲で幕を開ける。なんでかって聞かれたら、これがシングルだからだろう。これまでもシングル曲を1曲目にしてきたことが多い。そして、君が言うように非常にメロディアスな曲でもある。
曲作りでいちばん難しいのはいいメロディを書くことだ。ビートを作るのはさほど難しいことではない。いまではネット上でビートを買うことだってできるわけだからね。あるいは勝手にビートを作ってくれるプラグインだってある。当然、独自のサウンドのビートを作ろうと思ったら、もっと難しくなるわけだけどね。“ブルー・マンデー”のような独特のビートを作ろうと思ったら。それでもいちばん難しいのはいいメロディを書くことだと思う。曲を書く上でいちばん苦労する部分だ。で、今回いちばん意識した部分でもある。全員が今回いいメロディに重点を置いて曲作りをした。どの曲にもいいメロディが不可欠だと思った。
“レストレス”は、我々がいかに慢性的な消費社会になってしまったかってことを反映している。大量消費ついて考えていたんだ。本当の意味では何も我々を満たしてくれないって。何かを買っても、数日間は満たされた気持ちになるかもしれない。でも、すぐにまたもとに戻ってしまう。だったら何が自分を幸せにしてくれるのかって疑問に思った。お金では買えないもので自分を幸せにしてくれるものは何かって。この曲は消費者主義に対するぼくなりの所見を述べている。消費者主義を批判しているわけではない。誰もが消費者はわけで、ぼく自身も一消費者だ。つい先日もApple Watchを購入したばかりだ。立派な消費者さ。でもふと考えたんだ。個人のみならず、社会全体をより幸せに、より満たしてくれるものは何か?って。
現代社会において、日々の生活のなかで満たされる気持ちがどんどん欠けてしまっているんじゃないかって思うんだ。それは我々が消費することに取り付かれていることに起因しているのではないかって。例えば大量消費とは無縁の熱帯の島で暮らしている人たちに比べたとき、彼らのほうがずっと満たされた生活を送っている。例えば日本の何処かの島ないしは沿岸の漁村に住む人たちは非常に素朴な生活を送っている。消費者主義とは無縁の彼らのほうが幸せなんじゃないかなって思うんだ。(この曲は)批判しているわけではないし、所見というよりも、むしろ疑問に近い。「何が我々を幸せにしてくれるのか」「何が我々の生活をより幸せにしてくれるのか」「いかにして我々は嘗てあったものを失ってしまったのか」という。大きな疑問だね。
■そうした資本主義の行き過ぎてしまっているような社会状況に関連した歌詞は今回のアルバムの大きなデーマのひとつと言えるのでしょうか?
BS:アルバムを通してひとつの大きなテーマがあるわけではない。歌詞に関して言うと、ぼく自身のことを歌っていると思われることが多いんだけど、必ずしもそうではないんだ。架空の人物や架空の人物たちについて書いた、自伝的でない曲を書くことだってある。人間関係についての歌にしても、ぼくの実体験というよりも、作り話であることだってある。
今作の曲にしても歌詞の内容は多岐にわたっている。自分の歌詞を解説するのは好きじゃないんだ。自分の歌詞を聴いた人が、その人なりの解釈を加えることで、聴き手側も関与する、曲を介した双方向の対話になったほうが、ただ聴き手が受動的に曲を聴くだけよりもいい。それに、ぼくの歌詞は抽象的なことが多い。そもそも音楽はもっとも抽象的な芸術的表現だ。絵画における抽象画が登場する以前から、音楽は常に抽象表現だった。人びとはいくつかの和音を組み合わせたり、旋律を書く、あるいは太鼓のリズムを作ることで音楽を表現した。言葉などを使って具体的な何かを示しているわけではない。完全な抽象芸術だ。
実はアルバムのタイトルを『アブストラクト(抽象的)』にしようかとも考えたんだ。なかなかいいタイトルだといまでも思う。でも実際、曲に歌詞をつける段階で、書き手としては抽象的であることを諦めなければいけなくなる。言葉で曲に意味をつけなければいけない。さらにはそれを聴き手が解釈をする、ということを念頭に書かなければいけなくなる。最初の頃はそこにかなり抵抗があった。ニュー・オーダーの初期の頃。自分のことを語るのが苦手だった。自分が何を考えているのか人に知られるのが嫌だった。自分だけの大切な逃げ場所だったから。でも、バンドのシンガーになったことで、自分の殻から出ることを強いられた。だから最初の頃は非常に曖昧な歌詞を書いた。ぼんやりとした表現をすることで真意をわざと隠した。いまでも自分の歌詞はそういう要素を引きずっていると思う。いまは、表現はより明瞭になったかもしれないけど、想像上の物語だったり、架空の人のについて書くようになった。ちょっとした短編小説のようにね。
バンドとしてもアルバムを完成させるのにとにかく集中して力一杯取り組んだ。作業に費やした時間も長かった。クリスマスでも週に50時間働いた。仕上げの1ヶ月は週に70時間働いた。それくらい大変な作業だったけど、そこまで頑張ったからこそ出来たアルバムには凄く満足しているよ。
■シンガーという話が出ましたが、『ミュージック・コンプリート』を聴いてもうひとつ思ったことがあります。あなたは以前よりも歌がうまくなっているんじゃないかということなんですが、ご自身ではどう思いますか?
BS:ミュージシャンとしてもシンガーとしても常に成長していると思う。音楽をやってれば、必ず何か新しいことを学ぶ。だからいつだって成長し続けている。だからこれだけ長くミュージシャンを続けられているんだと思う。学校に通っていたときと違ってね。
学校は大嫌いだったよ。学校で教そわる科目も嫌いだったし、先生も嫌いだった。つまらないと思ったし、だから勉強する気になれなかった。学校で教えてることがたわいもないものにしか思えなかったから、知識として得ることができなかった。それに比べて音楽は興味をそそられた。音楽のことを学ぶ過程にも興味が尽きなかった。ぼくをはじめ、バンドの全員が独学で音楽を身につけた。他のミュージシャンを聞いて学んだり、彼らのことを読んで学んだり、実際に自分たちでプレイすることで学んできた。人から教わるのではなく。全て独学で覚えた。その辺りがクラシックのミュージシャンたちとは違う。
決して彼らが間違っていて自分のほうが正しいと言ってるわけじゃない。そうやって独学で習得する部分がぼくとしては気に入っている、というだけ。いまでも学ぶことはたくさんある。そしてぼくはヴォーカリストだ。昔と比べて、ヴォーカリストであることに慣れて自信が持ててきたといのはある。ニュー・オーダーの初期の頃はヴォーカリストであることが苦痛だった。そもそもヴォーカリストになんてなりたくなかったわけで。イアンが亡くなったからそうするしかなかった。でもいまは、自分がシンガーという事実を受け止めて、やるべきことをやると割り切っている。……それでも難しいけどね。
いつも、曲が先にでき上がるんだ。今作では3つのグループに別れて曲作りをした。スティーヴンとジリアンは彼らのスタジオで曲作りをして、トムとフィルはスティーヴンとジリアンと共同で作業することもあれば、トムの家で自分たちで作業することもあった。ぼくもスティーヴンとジリアンのスタジオまで行って彼らと作業することもあったけど、かなりの時間をいまいる自宅のこの部屋で過ごした。すごく狭い部屋をスタジオとして使っているんだ。邪魔されることなく作業に集中できる。一つのスタジオに全員が集まって作業する代わりに、そうやって今回は曲作りを進めた。そこでできた曲やアイディアをみんなで持ち寄るんだ。ぼくが発案したアイディアを誰かが発展させることもあったし、他の人のアイディアをぼくがさらに発展させることもあった。正直、凄く集中力を要した張り詰めた制作プロセスだった。「凄く楽しんで作ることができた」とは決して言えない。というのも、ニュー・オーダーにとって重要なアルバムになるとわかっていたから。バンド内で起きた変化を経て、バンドの歴史においても節目となる作品だった。それだけに、バンドとしてもアルバムを完成させるのにとにかく集中して力一杯取り組んだ。作業に費やした時間も長かった。クリスマスでも週に50時間働いた。仕上げの1ヶ月は週に70時間働いた。それくらい大変な作業だったけど、そこまで頑張ったからこそ出来たアルバムには凄く満足しているよ。バンド全員が満足している。
■トム・ローランズは3曲で参加していますが、彼が関わることになった経緯について教えて下さい。あなたは彼のどんなところに期待をしたのですか?
BS:ケミカル・ブラザーズとは、ぼくが個人的に参加した「Out Of Control」がこれまでもあったし、トムもニュー・オーダーと“Here To Stay”で共演している。これまでも何度か一緒に仕事をしたことがあったし、ケミカル・ブラザーズのふたりと考えも似ていると思っている。自然と噛み合う。だから今回もトムに何曲かプロデュースを依頼したいと思った。あまり保守的な人には依頼したくないというのもあった。勢いのあるトラックに関してはとくに。もちろんトム自身も好きなものがはっきりしているから、アルバム全部をお願いするつもりはなかった。結果的に2曲を手がけてもらうことになった。ケミカル・ブラザーズの音楽は非常に革新的で進歩的で、畳み掛けてくる迫力がある。だから今回彼が手がけた曲に関してはそういう彼ならではのテイストが反映してもらいたいと思ったんだ。


