「R」と一致するもの

Lightning Bolt - ele-king

 フロアにできたひとの渦の上をへろへろの男は笑いながら運ばれ端までいって落ちては立ちあがりまたひとの波にのまれにいった。ふつうモッシュピットといえば、ステージのハードな演奏にいてもたってもいれなくなった観客のおこす癇癪みたいなものだと相場は決まっておるが舞台上に演者の姿はない。かわりに数人のお客さんがぶらぶらしている。音の聞こえるほうに目を凝らすと人垣の向こうにマイクを仕込んだ蛍光グリーンの妙なマスクをかぶった男が歌いながらドラムを叩きのめし、脇にはコンパクト・エフェクターを前にステッカーをベタベタ貼ったベースを抱えこみ赤ん坊をあやしながら折檻するように弾く男がいる。

 私が何度か足を運んだチッペンデイルとギブソン、両ブライアンによる、ロードアイランド州プロヴィデンス、神の摂理を意味する米国いち小さな州の州都からやってきた米国いちさわがしいドラムンベース・デュオのライヴはおおよそこんなふうに進み、彼らは音盤よりもライヴで本領を発揮する連中だと評価はうなぎのぼり、まんざらでもなかったのかライトニング・ボルト、来日のたびに騒々しさはひきもきらない。ところがここには厄介な問題があった。音盤は録音物だということである。脱力めされるな、読者諸兄よ。レコードの誕生とともにはじまった、一瞬ごとに消えてはなくなる音楽と現物支給とのこのあたりまえのジレンマに私は彼らの本音は知らないが彼らほど悩まされたグループはいない。現在の録音技術をもってすれば彼らの曲であってもかなりのところまで再現可能だろう。ところが最新録音機材の分解能は渾然一体となった音の粒立ちは記録できてもライトニング・ボルトの帯電する空間感まではハードディスクでは捉えられない。デジタル・サイレンスはまったくの無音なのである。磁気テープが進化すればよかったのにと両ブライアンの嘆きが聞こえてくるようだ。そうなったからといって彼らの全部を録れるとはかぎらない。それに音楽のよしあしは音質とはなんら関係ない。70年代にパンクはその境地を拓きノーウェヴが80年代に補完し90年代のローファイが脱臼した。ライトニング・ボルトはその21世紀ヴァージョンであり、1999年のセルフ・タイトル作を皮切りに、2001年の『Ride The Sky』からきっちり2年刻みで出した『ワンダフル・レインボウ(Wonderful Rainbow)』、『ハイパーマジック・マウンテン(Hypermagic Mountain)』、やや間を置いた2009年の前作『アースリー・ディライツ(Earthly Delights)』まで、彼らは一貫してインディペンデントな音楽のやり口がインディ・ミュージックと呼ばれていない時代からの流浪の民でありつづけた。その意味でライトニング・ボルトはジャンクの血脈を継ぐオルタナの嫡子でありルインズの後輩であるとともにバズーカ・ジョーのライバルでありホワイト・ストライプスの朋輩であるだけでなくタッジオの年の離れた従兄弟でもある、かもしれない。

 『ファンタジー・エンパイア(Fantasy Empire)』でもその流れは途切れない。むかしとった杵柄をそう簡単に棄てられないということか? 否。ライトニング・ボルトはこのアルバムではじめてちゃんとしたスタジオでちゃんと録った。ちゃんとというのはこれまでがちゃんとしていなかったのではなく、音盤のもつ意味をより実体に適う方向に向けようと腐心したということだ。地元の古巣〈ロード〉を離れ、彼らは今回シカゴの老舗〈スリル・ジョッキー〉と手を組んだ。前作までと聴き較べると音質は各段に向上している。私は音楽と音質は関係ないと書いてしまいましたが、音がよくなってライトニング・ボルトのやっていることが具体的によくわかるようになったのはまるで巌となったサザレ石をひとつひとつたしかめるような、音塊の粒子に手でふれるのに似た聴き応えだった。チッペンデイルのフレーズの組み立てはつまびらかになり、ギブソンのエフェクター捌きが曲のキモであるのがよくわかる。録音のやり方が変わったからといって豪壮なオーケストレーションを施しているわけもなく、カブセは一部あるものの、それもあくまでもライヴでの再現を優先に考えている。ゆえに疾走感は減退することもなく、“ザ・メタル・イースト(The Metal East)”から“スノウ・ホワイト (& The 7 Dwarves Fans)”まで、つねにスピーディにときにダビーつまるところグランジーにライトニング・ボルトは帯電域を広げつづける。偽メタルやらモーターヘッド的なダーティなリフワークやら芸の細かさにもことかかない。日本盤は “ホエア・アー・ユア・キッズ(Where Are Your Kids?)”なるサイケデリックなボートラ入りなので、貪婪なリスナーはこちらをご所望いただきたい。

 ひとつ注意しなければならないのは、音量をあげすぎると家人にスピーカーが壊れたのかと訝られるということだ。それに隣人にも迷惑がかかる。また自宅ではダイヴもモッシュも禁止である。下にお住まいの方に迷惑かかる。戸建てないしは一階にお住まいなら問題ないが、それはいずれ実現するであろう彼らの次のライヴまでとっておくことにしましょう。祈再々々々来日。

interview with Zun Zun Egui - ele-king


Zun Zun Egui
Shackles Gift

RockPsychedelicExperimentalAfro Pop

Tower HMV Amazon iTunes

 熱い、といったら本人に笑われてしまったけれども、この数年来の「チル」だったり「コールド」だったり「ダーク」だったり「ミニマル」だったりといったムードのなかでは、ズン・ズン・エグイはあきらかに浮いている。個人的に思い出すのは2000年代の中盤のブルックリンだ。ギャング・ギャング・ダンスらの無国籍的エクスペリメンタルからヴァンパイア・ウィークエンドの繊細に濃度調整されたアフロ・ポップまで、あるいはダーティ・プロジェクターズの汎民族的でありつつも色濃い東欧趣味まで、USのど真ん中から放射線状にエネルギーを発していたトライバル志向、その無邪気で鷹揚とした実験主義──

 一聴するぶんにはその頃の記憶を呼び覚ます音だけれども、しかしズン・ズン・エグイは実際の多国籍バンドにして中心メンバーのクシャル・ガヤはモーリシャス出身、活動拠点はブリストルとロンドン、また実験ではなくポップが身上である。どこからきてどこへ向かうのか、というコアにあるベクトルが逆向きだ。出自を売りにするどころか、彼が大きく英米の音楽に影響され、またそれを愛してきたことは音にも明らか。そして、そうした志向にミュートされながらも浮かび上がってくる自らのオリジンについては隠すことなく祝福する。以下を読んでいただければよくわかるように、彼には音楽へのとても純真な情熱や、パンクへの精神的な傾注があって、それがまたうらやましいまでに輝かしく、彼らの音の上に表れ出ている。ガヤのバンドではないが、彼がリード・ヴォーカルを務めるメルト・ユアセルフ・ダウンもまたそうしたハイブリッドを体現する存在だといえるだろう。以下で「僕らをブリストルと結びつけないでくれ」というのは、土地やその音楽的な歴史性への違和感ではなく、そのハイブリッド性や多元性を力づよくうべなうものなのだと感じられる。

 ともかくも、ファック・ボタンズのアンドリュー・ハングをプロデューサーに迎え、前作に増して注目を集めるセカンド・アルバム『シャックルズ・ギフト』のリリースに際し、ガヤ氏に質問することができた。


■Zun Zun Egui / ズン・ズン・エグイ
ブリストルを拠点に活動する5人組。モーリシャス出身で、メルト・ユアセルフ・ダウン(Melt Yourself Down)のヴォーカルとしても知られるクシャル・ガヤ(Kushal Gaya、G/Vo)、日本人のヨシノ・シギハラ(Key)ら多国籍なメンバー構成を特徴としている。2011年にデビュー・アルバム『カタング』を、本年2月にセカンド・アルバム『シャックルズ・ギフト』を、いずれも〈ベラ・ユニオン〉からリリース。今作ではプロデュースをファック・ボタンズ(Fuck Buttons)のアンドリュー・ハング(Andrew Hung)、ミックスをチエリ・クルーズ(Eli Crews)が手掛ける。


僕は自分自身の中にある、いちばん原始的で、本能的で、すごく人間くさい部分、理性や身体的なものを超えたところにある自分自身のエッセンスとも言えるような何かとのつながりを失いたくないんだよ。

どの曲にも「You」への強い呼びかけを感じます。この「You」は同じひとつの対象ですか? そして、どのような存在なのですか? もしかしてあなた自身ですか?

クシャル・ガヤ(以下KG):うーん……「You」って言葉を何度も使った理由はたぶん……僕が歌詞を書くときは、自分自身も(その歌詞の中に)含まれたものにしたいんだと思う。たとえばアルバムの中の「I Want You to Know」で「You」って言っているのは、曲を聴いている誰かとダイレクトにつながりたいからだよ。っていうのも、あの曲では、僕らがいまもまだそれぞれのいちばん本能的でワイルドな部分を通してつながることができるっていう事実を、僕自身がとても重要視しているということ──そういう個人的な事実を、みんなに伝えたいって言っているんだ。
 個人的に、僕は自分自身の中にある、いちばん原始的で、本能的で、すごく人間くさい部分、理性や身体的なものを超えたところにある自分自身のエッセンスとも言えるような何かとのつながりを失いたくないんだよ。だからあの曲では、「これが僕の感じていることで、これを聴いているみんなにわかってほしい、関わってほしい」っていうことを言っている。だからそれが「You」って言葉を使った理由かな。この答えじゃ何を言っているのかよく伝わらないかもしれないけど……(笑)。

「You」という言葉によってある種の対話のようなものを生み出したいということでしょうか?

KG:そう、僕は対話のきっかけを作りたいと思っていることが多いんだ。「これが僕の感じていることだけど、君は何を感じる?」っていうふうにさ。

あなた方と同じブリストルの、ベースミュージック・シーンの重要人物のひとりピンチ(Pinch)は、一昨年〈Cold〉という名のレーベルを発足させました──

KG:ピンチは知っているよ! 個人的には知り合い程度だけど、彼の音楽はよく知っている。

これはそのまま「冷たい音楽」という意味ではありませんが、音楽の先端的なトレンドが「コールド」という名を掲げる一方で、あなたがたの「熱い」エネルギーは非常に珍しく感じられます。自分たちの音楽が熱いものでありたいという意志や意図はありますか?

KG:ははは、「熱い」か! そうだね、ブリストルってかなりダークなエネルギーがあって、あそこではいろいろなことが起きているけど、そこには間違いなくダークでダウナーな、どこか冷たい感じのエネルギーが感じられるんだ。だからある意味それに対する反応として、僕はそれとはまったくちがった、楽しげでハイテンションな音楽をやるようになった部分はあるのかもしれない。
 それに僕はもともと、落ち着くタイプの音楽じゃなく、エネルギッシュな音楽が好きで、音楽には生命感を感じさせたり覚醒させるようなものであってほしいんだ。僕は覚醒だったりとか、目覚めていること、知覚、現在を感じることとかにとても興味があるんだよ。だから、たぶんそのせいかもしれない。


ブリストルには間違いなくダークでダウナーな、どこか冷たい感じのエネルギーが感じられるんだ。だからある意味それに対する反応として、僕はそれとはまったくちがった、楽しげでハイテンションな音楽をやるようになった部分はあるのかもしれない。

BLK JKS(Black Jacks)というヨハネスブルグ出身のバンドがいますが、彼らもまたプログレッシヴ・ロックなど西洋的な音楽に比較される要素を強く持ちながら、アフリカ音楽のエネルギーを放出する人たちです。あなたの音楽にとって、アフリカというルーツは音楽の制作上どのくらい重要なものなのでしょう。

KG:僕自身アフリカ出身で、人生のうち18年をアフリカで過ごしたから、アフリカ音楽の影響っていうのは自然に出てくるものだと思う。それは僕が意識的に獲得したり、どこかに行って得たものではなくて、自分自身から生じてくるもので、それ自体が僕自身でもあるんだ。たとえばこのアルバムに入っている“Ruby”を例にすると、そこで使われているリズムの多くは、僕の育ったモーリシャスで結婚式や葬式で使うリズムなんだ。そういうリズムを持ってきて、別の何かを作り出しているのさ。そういうふうに、僕にとってそれはすごく自然なもので、作為的なものではないよ。

では、あなたのなかでのアフリカ音楽と西洋音楽との関係についても教えてください。

KG:えーっと、僕はこの世界は国とかの概念を超えるものだと思っているんだ。国や愛国心みたいな概念は死にゆくものだと思っている。過去には西洋のミュージシャンたちがアフリカ音楽に憧れのようなものを持って、それを彼らなりに解釈したものを作っていたけど、僕はその逆をやっているように感じるんだ。僕は西洋音楽を解釈しなおして、彼らの逆側から歌っている。
 それが一点と、もうひとつは、僕は長いこと英国に住んでいるけれど、英国は多文化の合流地点になっていて、人々は「英国的」の定義とは何か、ということについて疑問を持っている。そして「英国的」の定義や、この国の文化のアイデンティティはすっかり変化しつつあるんだ。ロンドンに来れば、それがロンドンのどのエリアであっても、そこにいる人々はそれぞれまったくちがう国から来ている。それってすごく美しいことで、ロンドンという町に多様性を与えているんだ。それこそがここでいろいろな文化が生まれている理由で、人々がここに来たがる理由になっている。そして西洋文化っていうのはここ100年以上の間、世界でいちばん影響力のある文化になっているから、誰もが間違いなくそこから影響を受けていると思う。

僕は長いこと英国に住んでいるけれど、英国は多文化の合流地点になっていて、人々は「英国的」の定義とは何か、ということについて疑問を持っている。

日本でだって、西洋のポップスや音楽は誰が頼まなくても自動的に入ってくるでしょ? だからそういう意味で、西洋音楽には誰もがつながっているんだ。それで、僕は自分のアーティスティックな役割……役割というか、必要に迫られて自然に生まれた反応は、その影響を自分なりのかたちで利用するっていうことだと思っている。なんだか質問にちゃんと答えていない気がするけど……。それに僕は個人的に西洋の音楽はとても好きだし、ヨーロッパの70年代、80年代、あるいは2000年代以降のパンク・ミュージックや80年代のハードコア、ノイズ・ミュージックからも影響を受けている。あとちなみに日本のノイズ・ミュージックからもね! ヨシノと日本の音楽をたくさん聴いたんだ、メルト・バナナやボアダムスとかさ。

たとえばデーモン・アルバーンはあなたとは逆の立場から西洋とアフリカの融合にアプローチしようとしているように見えますが、彼の音楽に対するシンパシーはありますか?

KG:英国にアフリカのミュージシャンたちを連れてきたりっていう、彼のやっていることの意図自体は良いものだと思うけど、同時に僕にはそこでアフリカの音楽が消毒されすぎているような感覚があるんだ。西洋に持ってこられたアフリカ音楽は、あまりにもきれいに衛生処理されてしまって、元々アフリカで演奏されていたときにはあったはずの生のエネルギーが失われてしまっているような気がする。まるでそれを西洋音楽として新しく、薄まったものにプロデュースし直しているみたいで、生々しくてワイルドなエネルギーや、深みが欠けてしまっている。デーモン・アルバーンのやっていること自体はいいことだし、ポジティヴな動きだと思うけど、その一方でそこで失われてしまっている音楽のエッセンスみたいなものがあるように思えるんだよ。こちらに持ってこられた音楽が、「ほら見て、ここにアフリカのミュージシャンたちと僕がいるよ!」みたいな感じで提示されたりとか……。

西洋に持ってこられたアフリカ音楽は、あまりにもきれいに衛生処理されてしまって、元々アフリカで演奏されていたときにはあったはずの生のエネルギーが失われてしまっているような気がする。

 アフリカの音楽を西洋に持ってきて人々に見せたいのなら、それはできるかぎり生の状態、本来の本物の状態に限りなく近いものであるべきだと思うんだ。だって、多くの場合、アフリカの音楽は、売られるためや多数の人に商業的に見せるためのものじゃなくて、儀式のためのものや、日常生活と密接に結び合わさったものであるはずなんだ。結婚式や葬式や、雨の神に雨乞いをしたり、豊穣の神に呼びかけるものだったりさ。もちろんアフリカにもポップ・ミュージックはあるけど、それらふたつの音楽はまったく性質の異なったものだよ。だから、そういう音楽をこっちに持ってきたときに失われてしまうものがあるし、また同時に西洋人のために綺麗に処理されてしまっている部分もあるように感じて、それがもったいないと思うんだ。

あなたがたはまた、混合的なエスニシティを持ったバンドでもありますね。楽曲制作においてはメンバーはそれぞれ自身のルーツを主張しますか?

KG:いや、あんまり……僕らそれぞれのバックグラウンドはあまり問題ではないよ。だって、僕らはもうそういうことをあまり意識したりしないからさ。僕らはただ人間として気が合うからいっしょにいて、それゆえに音楽をいっしょに作っているってだけだよ。たとえば僕が日本に行って、日本人の友達がたくさんできていっしょに音楽を作りはじめたとしたら、そこで「君は日本人だから、日本の音楽をやろうぜ!」「僕はモーリシャス人だから、モーリシャスの音楽を作るんだ!」とはならないと思うし。だから僕らはべつに……そもそもそういうことについて考えることすらないよ。ときどきそれぞれの出身を冗談の種にすることはあるけどさ。音楽を作ることに関していえば、すべては僕らの心から生まれてくるものなんだ。僕らはただ人間なだけで、国籍とかは関係がないんだよ。


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僕はブリストルに移ってきたときにはすでにもう自分自身のはっきりしたアイデンティティと意見を持っていたんだ。

ザ・ポップ・グループを意識することはありますか?

KG:いや、あんまり。よくその質問を訊かれるけど、唯一それに対して言えるのは、僕はブリストルに住んでいたけどザ・ポップ・グループは全然聴いていなかったんだ。バンド・メンバーのスティーヴは聴いていたみたいだけど。ブリストルに住んでいたっていうことで、人々は僕らをブリストルの他のバンドといっしょいっしょのカテゴリーに入れたがるけど、僕はブリストルに移ってきたときにはすでにもう自分自身のはっきりしたアイデンティティと意見を持っていたんだ。その前にはノッティンガムに住んでいたから、ノッティンガムのほうが僕にとってブリストルよりはるかに大きな影響を与えていると思うよ。とくにノッティンガムで出会った人たち、前のバンドのメンバーとかが僕にいまのパンク・ミュージックを教えてくれたしさ。たぶんいまのバンドの他のメンバーたちの方ほうが僕自身よりもブリストルから影響されているんじゃないかな。ザ・ポップ・グループは良いバンドだけど、そんなによく聴いたことがあるわけじゃないし、自分の音楽の形成期とかにはぜんぜん聴いていなかったよ。英国にいるのに、英国の音楽よりも日本の音楽の方がよっぽどよく聴いたよ。

ブリストルの風土やシーンはあなたたちにそう影響は与えていない?

KG:僕自身は6年くらいブリストルに住んでいたけど、いまはロンドンに住んでいるんだ。バンドの他のメンバーはいまもブリストルにいるけど。バンドを結成したのはブリストルだけど、その後、新しい経験をしたくてロンドンに移ったんだよ。ブリストルに住んでいたときは地元のショウに行ったりもしていたし、そこのシーンにけっこう関わっていたと言えるけど。
 ブリストルの音楽シーンはとても多様性があるんだ、すごくいいダンスミュージックもあるし、アヴァンギャルドなショウもたくさんやっているし。僕らはキュー・ジャンクションズ(Qu Junktions)っていうグループといっしょにいろいろやっていたんだけど、彼らはいろいろおもしろいイヴェントをやっていて、僕がいちばん最近行ったのはもう使われていない古い警察署の地下にある留置所で開催されたんだ。牢屋のひとつがバーになっていて、もうひとつの牢屋は座って落ち着けるようになっていて、ショウ自体もいちばん大きな牢屋でやっていた。たぶんそれが使われていた当時は、いろいろな人が精神的に苦痛を感じるような場所だったところをアートのために使って、楽しいおもしろいことをやるっていうのはとても不思議な感じがしたよ。そういうのは他のほとんどの国ではあまり起きないだろうしね。……でも、ひとつみんなにわかっていてほしいのは、僕らはブリストルという町から音楽的なきっかけや影響を与えられたことはほとんどないっていうことなんだ。たまたまそこに住んでいたってだけで、少なくとも音楽的には、ブリストルよりも外の音楽から影響を受けているよ。強いて言うなら、ブリストルではダブやレゲエのイヴェントに行くのが好きだったし、ダブやレゲエからの影響は受けているけれど……それよりも、僕らはまわりで起きていることとは独立して、自分たち自身の音楽をやってきているんだ。

メルト・ユアセルフ・ダウン(Melt Yourself Down)は市場的には「ジャズ」としてカテゴライズされましたが、あなたにとってズン・ズンとの差はどんなところにありますか?

KG:僕はあまりそのふたつを比較することはないよ。大きなちがいといえば、メルト・ユアセルフ・ダウンでは僕はズン・ズンでやるほど曲を書いていないし、メルト・ユアセルフ・ダウンのリーダーはポーラー・ベアでも演奏しているサクソフォニストのピートなんだ。精神性の部分ではどちらのバンドも似通っていると思うけど、使っている音楽的要素がちがうと思う。
 メルト・ユアセルフ・ダウンはよりダイレクトにヌビアの音楽からの影響を受けているんだ。ピートはそういう音楽に傾倒しているからさ。僕はピートが曲を書いた数ヶ月後にバンドに参加した。あと大きなちがいとしては、ズン・ズンにはサックスがなくて、メルト・ユアセルフ・ダウンにはギターがないってことかな(笑)。だからサウンド面では大きな差があるね。ショウの雰囲気もちがっていて、メルト・ユアセルフ・ダウンはワイルドでカタルシスのある、カラフルで凶暴な感じなんだ。ズン・ズンにもそういう面はあるけど、エネルギーを引き出しつつも、より慎重に考えられたソングライティングを目指したんだ。メルト・ユアセルフ・ダウンの作曲がズン・ズンより考えられていないって意味ではないから間違えないでほしいんだけど、今回はエネルギーを失わずに、できるかぎりソングライティングの部分に挑戦してみたかったんだ。だから根っこの精神的なものは同じでも、楽器がちがうからサウンドも異なったり、直接的に影響を受けているものも別かな。


僕にとってのパンクは、それが何であれ自分のやりたいことをやるってことなんだ。自分のいちばんワイルドな部分で、自分が誰で何をするべきかってことを感じるってことさ。

メルト・ユアセルフ・ダウンにはよりパンクを、ズン・ズン・エグイにはよりロック(ブルース)を感じます。

KG:メルト・ユアセルフ・ダウンはたしかに様式的にパンクの要素が強いし、ズン・ズンはロックだね。でも、どちらとも精神的にはパンクだよ。僕にとってのパンクは、それが何であれ自分のやりたいことをやるってことなんだ。着ている服や形式じゃなくて、「時代のカルチャーに疑問を呈しているか」ってこと──さっき言ったような自分のいちばんワイルドな部分で、自分が誰で何をするべきかってことを感じるってことさ。誰かに言われて何かをするんじゃなくて、純粋に自分がそれをやりたいと感じるからやるんだ。

パンクとロックで、あなたが重要だと思うバンドやアーティストを教えてください。

KG:僕にとって、ストゥージズを聴いていたことは重大な影響を及ぼしていると思うよ。それと、(キャプテン・)ビーフハート……、みんな彼をブルーズやロックだって言うけど、僕は彼はパンクだと思う。あとコンヴァージっていうバンドも前はよく聴いていた。あとフガジは僕にとって大きな存在だし、バッド・ブレインズやアット・ザ・ドライヴ・インも……それに日本のパンクもたくさん聴いたよ、ギター・ウルフとか。「♫ジェットジェネレーション〜」(歌い出す)すごくいいよね! メルト・バナナとか、あとボアダムスを観たときはぶっ飛んだよ、彼らは完全にパンクだね。他にはマストドンの初期の2枚のアルバムなんかもよく聴いたよ、みんな彼らのことをロック・バンドだと思っているけど、あれはパンクさ。
 正直、あんまり英国のパンクは聴いていない気がするな。でもノッティンガムに住んでいた頃、ジ・ウルヴズ・オブ・グリーフ(The Wolves of Grief)っていうバンドとローズ(Lords)っていうバンドがいて、彼らは僕にとってヨーロッパでのパンク精神との直接的なつながりっていう意味で重要だった。それとは別に、リーズ出身のBilge Pumpっていうバンドもいて、これら3つのバンドすべては僕自身直接の友人で、ギターのスタイルとかは彼らから学んだことが多いよ。だから英国のパンクっていう括りで言えば、彼らは僕にとって重要な存在だね。

曲作りの手順について教えてください。誰かが曲を書いて持ってくるのですか? セッションから生まれるのですか?

KG:曲によるけど、大抵コンセプトや基本となるアイデアを思いつくのは僕の役割なんだ。時には僕がハーモニックな動きやアレンジメントをふくめて曲のほとんどを書いて、それをバンドに持って行っていっしょに完成したトラックに仕上げていくこともあるし、中にはいちからみんなでいっしょに書いた曲もある。バンド全員に会う前に、いったんメンバーのスティーヴに会うことも多いよ。ふたりで2つや3つのちがう構成の間で固めたうえで、それをバンドに持っていって、「これとこれが候補の構成だから、それぞれ試してみよう」っていうふうにして、後から皆がそれぞれの要素を加えていったりするんだ。ときによっては僕がベースラインを書いたり、キーボードのラインを書いて、アダムやヨシノに「どう思う? 演奏してみてくれる?」って言うこともあるし。

(モーリシャスの音楽の起源について)彼らが自らの苦痛や奴隷状態を利用して音楽を作ったっていうのはとても興味深くて、刺激を受けたよ。文字通りインダストリアル・ミュージックの先駆けみたいなものだし、僕にとってはナイン・インチ・ネイルズやスロビング・グリッスルよりよっぽど暴力的だと感じた。

 ただ、今回のアルバムでは、そのプロセスは曲ごとにかなりちがっているんだ。たとえばいくつかの曲はドラムビーツからできて、ビートの上にそのまま歌をのせて、そこにギターやベースラインを加えてバンドに持って行って、メンバーたちに残りの空白を埋めてもらったり、マットや最近パーカッションを演奏することの多いヨシノにそのビートを覚えてもらったりする。
 今回のアルバムのいちばんはじめのアイデアは、僕らがモーリシャスに行ったときある人に会って、彼がモーリシャス音楽の起源について話してくれたことに由来するんだ。その話では、サトウキビ畑で奴隷が強制労働をさせられていたとき、奴隷の彼らはサトウキビの圧搾機の音を聞いて、そのサトウキビを潰す機械音のリズムを使って音楽を作りはじめたらしい。そういうふうに、彼らが自らの苦痛や奴隷状態を利用して音楽を作ったっていうのはとても興味深くて、刺激を受けたよ。ある意味、文字通りインダストリアル・ミュージックの先駆けみたいなものだし、僕にとってはインダストリアル・ミュージックよりはるかに暴力的で、ナイン・インチ・ネイルズやスロビング・グリッスルよりよっぽど暴力的だと感じた。炎天下の畑で鞭打たれながら、ほとんど食べ物も与えられずに何時間も無理矢理働かされるなんていう苦痛に満ちた状況のなかで、ギヴ・アップするんじゃなく、機械のたてるタカタタカタタカタ……っていうリズムを聞いて音楽を生み出すなんて驚異的だよね。そのアイデアが、アルバムのコンセプトにおける最初のインスピレーションになったんだ。

あなたは、ギタリストとシンガーとではよりどちらをアイデンティティとしてとらえていますか?

KG:うーん、わからないな、「ミュージシャン」じゃない(笑)? 僕はいくつかの楽器を演奏するし、リズミックなアイデアもよく僕の内から生まれてくるし、大抵の楽器は自分で弾き方を見つけることができるし……。まあでも、ギタリストとシンガーのふたつがメインで、両方が柱になっているよ。

アンドリュー・ハング(Andrew Hung)はあなたがたのエネルギーを歪めることなく放射させているように感じました。かといってサイケデリックさもまったく損ないません。彼をプロデューサーに立てたのはなぜでしょう? ファック・ボタンズへのシンパシーですか?

KG:僕らはファック・ボタンズといっしょにツアーしたんだけど……彼らの名前を日本語で何て訳すのか知らないけどさ、このあいだうっかりラジオでその名前を言っちゃって、ちょっとトラブルになったんだ(笑)。彼らとツアーをしたのはけっこう前で、それ以来長いこと会っていなかったんだけど、ロンドンでのショウで再会して、よもやま話をしているうちに、僕らのアルバムにプロデューサーが必要だってことが話にのぼった。僕ら自身が思いっきり滅茶苦茶やっているあいだ、全体を俯瞰して僕らをちゃんと軌道上にとどめてくれる誰かがさ。そしたら彼がその場ですぐに「じゃあ、僕が君たちのレコードをプロデュースするよ!」って言ってくれたんだ。そんなふうに簡単に決まったんだよ。個人的なレベルでも、彼と僕は自然に友だちになったし、彼とは通じ合うのがとても簡単で、レコーディングの前も彼とけっこう長い時間をいっしょに過ごして曲を全部通して見ていったりしたんだけど、彼はそれらの曲のパワーを褒めて、僕にアレンジメントのアドバイスをくれたりした。彼はプロデュースにとても興味があって、人っていうものや人と人とのつながり、互いに与え合う影響みたいなものに興味を持っているし、とても知的で、いろいろなものへの感覚が鋭いから、とてもいっしょに仕事をしやすかったよ。
 それと、付け加えておきたいのは、このアルバムでミキシングをしてくれたイーライ・クルーズも素晴らしい仕事をしてくれたんだ。彼はニューヨーク・シティでミックスをしてくれたんだけど、彼も今回僕らの音を引き出すうえでアンディ(Andrew Hung)と同じくらい重要な役割を果たしてくれた。あと、アンディについてもうひとつは、彼の音楽は僕らの音楽とはかなりちがうから、彼の意見をもらうのはエキサイティングだったよ。僕らはギター・バンドでまぁ普通の楽器を弾いているけど、彼はビデオゲームや道具を使ってエレクトロニック・ミュージックをやっているから、彼が僕らのやっていることをどういうふうに解釈するかっていうのは興味深かった。


僕はいまの音楽シーンには、「ベージュ色」をした音楽が多いように感じるんだ。

2000年代の半ばごろ、TV・オン・ザ・レディオ(TV on The RadioやDirty Projectors)、ヴァンパイア・ウィークエンド(Vampire Weekend)など、とくにブルックリンが象徴的でしたが、インディ・ロックではやはりさまざまな民俗性が参照されていました。2000年代の半ばごろ流行したもので、あなたが好んで聴いていた音楽を教えてください。

KG:その頃に流行っていたそういう音楽はあまり聴いていなかったよ、すでに僕も同じようなことをやっていたしさ。ただ彼らは有名になったけど、僕らはならなかっただけでさ(笑)。ダーティ・プロジェクターズ(Dirty Projectors)はまわりの人からよく話を聞いたからすこし聴いていたけど、でも彼らから影響とかは受けていないし。

いまのUKの音楽シーンについて、おもしろいところとつまらないと思うところを教えてください。

KG:はは、ちょっと物議を醸すような発言になっちゃうかもしれないけど……(笑)。僕はいまの音楽シーンには、「ベージュ色」をした音楽が多いように感じるんだ。ヒットチャートの上位に入るような曲はなんだか郊外っぽくて、うんざりさせられるものが多いよ。音楽が人々の心の中から生まれてきて、それが商品として売られているんじゃなくて、最初から商品として売られるために作り出された音楽のようなものが多すぎる。チャートを占めている音楽には、事前によく計画されたような感じのするものが多くて、チェックリストに沿ってすべての項目を満たすように作られたような感じで、アートとしての性質はほとんど失われつつあるんだ。少なくともメインストリームの音楽に関してはね。すごく計算された音楽が多いよ。
 最近出てきたあるアーティストは──名前を出すのは意地が悪いと思うからあえて言わないけど、彼女の音楽はとても落ち着くような音楽だけど、そのすべては彼女のイメージありきで売られている。彼女のイメージや身体性を中心にしていて、音楽はその副産物みたいな感じだよ。もしかしたら、それがこれから世界が向かう方向性なのかもしれないけど。僕もそういう方向性に向かうべきなのかもね(笑)!
 でもそれはメインストリームの話で、もっとアンダーグラウンドなところではいろいろ起きていて、たとえばケイト・テンペスト(Kate Tempest)はとてもおもしろいことをやっている。あとは……うーん、僕はあんまり英国の音楽に触れていないのかもしれないな。古い音楽とかはいろいろ聴くんだけど。あ、サム・リー(Sam Lee)っていうミュージシャンはもうすぐレコードを出すんだけど、彼はとてもいいフォーク・シンガーだよ。とても現代的なフォーク・ミュージックで、すごくおもしろいよ。
 うーんあとは……そうだ、最近買ったレコードを挙げてみよう。最近のはジョン・カーペンター(John Carpenter)の新しいレコードを買ったけど、そもそも彼はUKじゃないや。あとはハロー・スキニー(Hello Skinny)っていうUKのアーティストがいるけど、彼の音楽は大好きだよ。サンズ・オブ・ケメット(Sons Of Kemet)も。あとはリーズのカウタウン(Cowtown)もすごく好きだね。あとはエレクトロニック・ミュージックだと、キョーカ(Kyoka)っていう女性アーティストがいて、知ってる? 日本人なんだけど、ドイツに住んでるんだ……あれ、これじゃ質問の答えになってないね。質問はなんだったっけ? ああ、UKの音楽シーンについてか。いまのメインストリームの音楽にはあまり好きなものはないけど、もっと自分で聴いていまの音楽も学ぶべきかもしれないな。あ! そうだ、新しい音楽で好きなのを思い出した、ジュリア・ホルター(Julia Holter)は大好きだよ! 彼女はたしかアメリカのアーティストだけど……あとそうだ、UKのバンドでジ・インヴィジブル(The Invisible)がいた! 彼らがどんなにいいバンドか言うのを忘れていたよ。あとはポーラー・ベア(Polar Bear)はいいジャズ・バンドだね。それから、昨日は〈ラフ・トレード〉でファーザー・ジョン・ミスティ(father John Misty)のアコースティック・セットを観てきたよ、彼はすごくいいね。素晴らしい歌詞を書くよ。あともうひとつ、ザ・ウォーヴス(The Wharves)はロンドンの女性ばかりのバンドで、僕の好きなバンドだよ。これでけっこういい「僕の好きな最近の音楽リスト」ができたんじゃないかな(笑)。


アイデアからじゃなくて、強い感情から曲を生みたい。どうせアイデアは後から音楽を装飾するために出てくるから、自分の強烈な感情を音楽の形にして出したいんだよ。

これからどのような音楽を展開していきたいと考えていますか?

KG:さっきも言った、インダストリアル・ミュージックについてのアイデアをもっと掘り下げていきたいな。そしてより使う要素を少なくしていきたい。できるだけミニマルなものにしてみたいんだ。僕はもともとの性格で曲を書くときに書きすぎる傾向があるからさ。それがサウンド面での部分だけど、個人的には、僕が曲を書いているときは、自分の内側にあるとても強い感情にアクセスしたいんだ。アイデアからじゃなくて、強い感情から曲を生みたい。どうせアイデアは後から音楽を装飾するために出てくるから、自分の強烈な感情を音楽の形にして出したいんだよ。まだ今回のアルバムのツアーすらはじまっていないから、いまの時点で答えるのは難しい質問だけどね。でも正直もう次(のアルバム)について考えはじめているんだ。もう曲も書きはじめてて、3、4曲、自分で気に入っているデモもあるよ。アルバムに入るかどうかはわからないけどね!

Mourn - ele-king

 カーラ・ペレス・ヴァスのヴォーカルに、ふとファースト・エイド・キットの姉妹を思い出す。彼女はラモーンズのTシャツを着ている女の子にしては意外な印象の歌をきかせてくれる。そう、ガレージーなスタイルが持つ固着したイメージを、その真ん中を行きながら吹き飛ばしていくシンガーだ。スペインのガレージ・バンド、モーンのヴォーカル、カーラ・ペレス・ヴァス。いでたちからすれば、ファースト・エイド・キット=北欧のフォーク姉妹との比較は妙かもしれないけれども、たとえば冒頭の“ユア・ブレイン・イズ・メイド・オブ・キャンディ”を聴いてみよう。おそれるもののない若さとみずみずしさ、のびやかな四肢をいっぱいに張り出したような力づよさがそのままに放射されているこの歌だけでも、二者をつなぐにじゅうぶんな相似性が宿っている。姉妹のうちの、とくにあの不敵で太いほうの喉の、ふてぶてしくも健康的な魅力に驚いた記憶がよみがえってくる。彼女らもまた森をゆくパンクである。何かに対して、いや、何もかもに対して怒っているようなそのチリチリとくすぶるエネルギーさえ、カーラや姉妹たちの無敵の若さの中ではめいっぱいに祝福される。

 モーンはスペインの4人組、みな10代という本当に若いバンドである。英米豪以外の……というかUK以外のヨーロッパのガレージ・ロックにはびっくりするほど古くさいものがごろごろと転がっていたりもするけれど、スペインは〈エレファント〉のように優れたギターポップ・レーベルが存在する土壌でもあり、モーンの音もまた、オーソドックスなスタイルのなかに英語圏マナーとは少し異なるニュアンスと背景をつけ加えているように見える。
 バンドの中心はジャケット写真のふたりで、ジャズ・ロドリゲス・ブエノとくだんのカーラ。ついついとヴォーカルの魅力を書き連ねてしまったが、楽曲制作については全曲ジャズとモーンのふたりの名がクレジットされている。拠って立つところが丁寧に考察・紹介されたライナーによれば、ジャズは父に教えてもらったPJハーヴェイをきっかけに、セバドーやスリーター・キニー、ニルヴァーナ、フガジ、スリントまで、ハードコアからいわゆるオルタナ、90年代のUSインディ・ロックを中心としてその音楽的なアイデンティティを育んだようだ。これはこのバンドのメカニズムを明かすほぼそのままの見取り図でもある。そしてほとんどの曲でヴォーカルをとるカーラには、なるほどPJハーヴェイといわれれば頷かざるをえないような勁(つよ)くて繊細な魅力もあり、かすかなふるえのなかにのぞく男勝りの気丈さにはジョニ・ミッチェルも聴き取りたくなる。美しい出会いだ。出会いのなかに、すでにわくわくするような音楽の予感がある。そして「あなたたちは新しい音楽を参照しないのか?」という問いがためらわれるほど、そこには自らが好んできた音楽への強い愛着と無邪気なあこがれとがのぞいている。

 さて、彼らをフックアップした〈キャプチャード・トラックス〉にも言及したい。その名は、先述の冒頭曲“ユア・ブレイン・イズ・メイド・オブ・キャンディ”において、カーラの歌に導かれて入ってくるギターの音をきけばカチリと符合し納得するものがあるだろう。チルウェイヴというOSをガレージというドライブで走らせたような……シューゲイジンなドリーム・ポップやエイティーズ・マナーなシンセ・ポップに「シットな」ガレージ・ロックを縫合しながら2010年前後のインディ・シーンを象徴した、このレーベルらしい音。しかし、方向はブレないながらも「あのときのレーベル」として彼らがゆっくりと忘れられていくようにも思われた現在、モーンはストレートにして急角度な彼らからのメッセージとして耳目を驚かせてくれる。たとえば2曲めに切り替わるときに、カーラの声もまた一気に表情を変え、わたしたちが知る〈キャプチャード〉とは異なるPJハーヴェイやグランジが立ち上がってくる。“マーシャル”などにも、ダイナソー・ジュニアからぺイヴメント、ソニックユースまで圧縮して押し込まれているような錯覚を覚える。ポストパンクやニューウェイヴ、あるいは80年代のUKインディにより軸足を置くかに感じられた、かのレーベルのセンスはいま、たとえばウォーペイントなどが抱える少し文学的な暗さ(他愛ないようでいて詩の文学性も高い)とともに90年代へとスライドして横すべりしながらも大らかな軌跡を描いている。マック・デマルコの評価がいよいよ高まったのに加え、こうした新しい発掘の矛先をさらに広範囲に向けていることに期待をいだく。このバンドに会っては、10曲20分そこらという短さがわざとらしく感じられず、モーン(哀悼する、弔う)といった名前がむしろ輝かしい。

ASHRA - ele-king

Moduleでの多国籍パーティ「Laguna Bass」でレジデントを務め、同時にトラック制作をスタート。14年NO/Visionist EPでIRMA recordsよりデビュー。09~2年間Jetset RecordsでのDJチャートを担当。6月位から新たにレギュラーパーティーやる予定です。徒然ここをチェック。
https://soundcloud.com/ashra-3
facebook.com/ashradj

3/16(月)TBA@Le Baron
4/25(土)TBA@Solfa
5/16(土)No Surface@ DJ BAR HIVE(小倉)

王道にDJで良くかけている/かけたいTOP10チャート

“ディレイ”対決は加速する! - ele-king

 オウガ・ユー・アスホールとマーク・マグワイヤ。ありそうでなかった貴重なライヴである。両者をつなぐキーワードはひとまずクラウトロック(そしてイヴェント・タイトルのとおり“ディレイ”)だと言えようが、エメラルズを離れたのちのマグワイヤの活動はよりパーソナルに、より自由に柔軟に展開をつづけているし、オウガ・ユー・アスホールも一枚ごとに音楽性を深めひとつところに留まる様子がない。ロックのイヴェントではまちがいなく最高峰のステージを堪能することができるだろう。めくるめくようなディレイ体験を期待したい。

 ということで、ele-kingでは大好きなふたつのアーティストたちの競演を祝福して、みなさんをライヴへご招待いたします。以下のガイドにしたがってご応募(ele-kingツイッターアカウントの該当ツイートをRT)ください!

■応募方法
※twitterサービスをご利用されている方を対象とする企画です

・ele-kingアカウントをフォローし、同アカウントによる本件についてのツイートをRTして下さい
・3月15日(日)24時を締切として、RTをしてくださった方から抽選で3名様をライヴにご招待いたします
・当選のご連絡はツイッターのDM機能を利用して行います。3月16日(月)にご連絡予定ですが、3月19日(木)までにご返信がない場合は無効とさせていただきますのでご注意ください。
・チケットの送付はありません(受付でお名前を頂戴いたします)ので、DMにてご住所をお知らせいただくようなやり取りはございません

本件についてのお問い合わせはele-king編集部までお願いいたします。
(※アーティストやレーベル、UNIT側ではご対応できません)

■"" DELAY 2015 ""
OGRE YOU ASSHOLE × Mark McGuire

オウガ・ユー・アスホール OGRE YOU ASSHOLE
マーク・マクガイヤ Mark McGuire


OGRE YOU ASSHOLE


Mark McGuire

日程:
2015年3月29日(日)
会場:代官山UNIT
開場:17:15 / 開演:18:00
料金:ALL STANDING \4,000(1ドリンク別)
主催:HOT STUFF PROMOTION / UNIT 企画・制作:Doobie / UNIT
協力:ele-king / root & blanch / Office ROPE
INFO:HOT STUFF PROMOTION/Doobie 03-5722-3022 https://doobie-web.com
UNIT https://www.unit-tokyo.com/
チケット:
主催者先行予約受付
1月21日(水)20:00~1月29日(木)23:59
受付URL:https://doobie-web.com
一般発売日:2015年2月7日(土)
●チケットぴあ 0570-02-9999 t.pia.jp Pコード:254-739
●ローソンチケット 0570-084-003 l-tike.com Lコード:79252
●イープラス eplus.jp
●GAN-BAN 03-3477-5701 ●diskunion各店 ●Jet Set Records


Damon & Naomi - ele-king

 デーモン&ナオミのデーモン・クルコウスキーが運営する『イグザクト・チェンジ(Exact Change)』が発刊してきたフリーのジン(iTUNESのアプリで無料DLできる)がなかなかおもしろく、昨年は気がついたら読むようにしていた。『Exact Change』とは、最近ではルイ・アラゴンやアントナン・アルトーなど、デーモンとナオミが心酔するシュルレアリズムやダダイズムを中心とした作家を新装丁による復刊というスタイルで紹介している出版社。デーモンは自身の音楽活動との関連を補完する目的も兼ねてその出版社と同名のデジタル・フリー・ジンを発刊してきたようだが、決してコンテンツは多くないものの、これまでにステフィン・メリット(マグネティック・フィールズ!)やジュリア・ホルターらが執筆してきており、14号にはキム・ゴードンの詩やジム・オルークによるコラムや写真も掲載されていた。東京の風景を撮影したジムの写真などは彼の目線があくまで猥雑な風景を捉えていたりして、デーモン&ナオミと交友関係にあるそうした著名なアーティストもここでは自由に発信しているようでなかなか興味深い。

 さて、そのジンの同じ14号に掲載されていたのが、ナオミ・ヤンが制作した約30分のショート・フィルムと、彼女自身の作品解説。映像作品は30分ほどのサイレント・ムーヴィーだが、ちゃんと主演俳優(ノーマン・フォン・ホルツェンドルフ)を起用したもので、2011年12月にツアーでたずねたイタリアのタリンのヴェニューが古い映画館だったことからアイデアが思いつき、ナオミとその主演のノーマンのそれぞれの父親がともにここ数年の間に亡くなったことを一つのテーマに制作した、というようなことが綴られている。実際に見ると、もちろんセリフなどはなくストーリーもとくにあるわけではなく、バックでデーモン&ナオミによる凛々しく美しいアコースティック・ナンバーが淡々と流れていく、という具合。もともと映像を喚起させる余地を残した、音の空間への侵蝕を描いたような音作りがデーモン&ナオミの魅力ではあってきたが、こうして本人作のフィルムが重なり合うと、何かとサイケ・フォークと評される彼らのすべての作品に共通して秘められたテーマはじつはこの映画そのものだったのか! と気づかされる。

 そのショート・フィルム『フォーチュン(Fortune)』のために作られたアルバムが本作。というより、その映像のバックで流れている曲をそのままオーディオ作品としてパッケージ化したものと言っていいだろう。サントラというよりも、映像と一体になった音楽集と捉えるべきで、とりたててこれまでの彼らの作品と距離があるわけではない。1曲1曲は1分台から長くても5分程度の短めのものが11曲集められており、デーモンとナオミそれぞれのヴォーカル曲もあればインストもあり、そのインストがちょっとしたインタールードのようにもなり、音だけ聴いていても、脳裏が映像へ自然を誘われるような作りになっている。曲はすべて二人によるオリジナル。アコースティック・ギターは時に柔らかに、時にシャープにつまびかれ、エレクトリック・ピアノの瑞々しい音色が、二人の穏やかなハーモニーの中でノスタルジックな色彩を放つ。さらにはドラムのシンバルやブラシによる音のさざ波が遠い記憶を刺激し、最終的にフィルムの中にあった深い森の中で先祖(?)の写真をめくる場面、部屋の壁の肖像写真を見つめるシーンが見事に想起されていくという鮮やかな連動。そこでわれわれは気づくのだ。何かと“家族”を実感させる場面が多く登場するこのフィルムさながらに、そうした家族や仲間とのつながり、慈愛のようなものを過剰になることなくそっと刻み込んでいく作業。それこそが寡黙ながらもかたい絆で結ばれたカップルとして知られるデーモン&ナオミの一貫したテーマなのではないか、と。
 絆が結ばれたり切れたりする営みを、時の流れに逆らわないように受け入れていくかのような佇まい。サイレント・フィルム『フォーチュン』はそうした誰にでも訪れる日常をマジカルにデフォルメしたものでもある。そこに“幸運”“財産”という意味を持つタイトルを与えた彼らのヒューマニズムに、私は静かにノックアウトさせられてしまうのだ。

OG from Militant B - ele-king

港に帰ろう 2015.3.3

ヴァイナルゾンビでありながらお祭り男OG。レゲエのバイブスを放つボムを日々現場に投下。Militant Bでの活動の他、現在はラッパーRUMIのライブDJとしても活躍中。
今回のランキングは初のノンレゲエ、ノンレコードで送る、俺の家にある女性ボーカルCDたちを紹介。やっぱ歌ってる女って最高じゃん?なあ男ども!こうやって並べると自分は分かりやすいものが好きだし、結局男は女に支えてもらってばっかなんだなあと。女の子はイケてる女性を感じてほしいです。You Tubeでも良いし、アルバムgetしてランキングに挙げてる曲以外も聴いたら楽しさ倍増!無限大!そしてお洒落してパーティーにGO!!

3/3 吉祥寺ceeky "FORMATION"
3/6 札幌plastic theater "SOUND TRAP"
3/7 函館cocoa"MUSICALITY DEMANTA SPECIAL"
3/11 新宿open "PSYCHO RHYTHMIC"
3/14 吉祥寺warp "YougonnaPUFF?"
3/15 池袋bed "GRIND HOUSE"
3/20 吉祥寺cheeky
3/21 渋谷asia "IN TIME"
3/25 池袋bed "BED ANNIVERSARY"
3/27 吉祥寺cheeky "MELLOW FELLOW"
4/7 吉祥寺cheeky "FORMATION"
4/10 中野heavysick
4/11 渋谷roots
4/25 那覇loveb

Aphex Twin - ele-king

 だいぶ前にユーチューブで観たDJセットは“ウインドウリッカー”をクライマックスに配置したもので、スタートからBPMが遅く、いってみれば“ポリゴン・ウインドウ”をスローにしたような曲が前半の多くを占めていた。『ele-king vol.14』で予告されていた新作はその頃につくられたのではないかと思う曲が並べられ、これを聴いているとどうしても「ウインドウリッカー」が聴きたくなってくる。“ウインドウリッカー”が例の映像とセットで放っていた雰囲気とはまったく異なった曲に聴こえるのはいうまでもなく、かつて“ディジェリドゥー”が時代とともにどんどんちがう曲に聴こえていったことも併せて思い出されてくる(エイフェックス・ツインの初来日DJで、彼が“クォース”を何度もBPMを変えてプレイし、そのことごとくがすべて異なって聴こえたこともいまさらのように思い出した)。

 一方で、このEPには彼がミュージック・コンクレートを追求していた時期のなごりも強く反映されている。ヤニス・クセナキス『エレクトロ-アクースティック・ミュージック』(1970)を思わせるタイトルしかり、そうした種類の発想を随所で取り入れながら、あくまでもベースによってクラブ・ミュージックに着地点を見出していることも明らかだろう。さらにはいくつかのドラミングでワールド・ミュージックへの関心も露わにしている(偶然、そのように聞こえるだけかとも思ったけれど、エンディングでは明らかにマリの楽器バラフォンが一瞬だけサンプリングされている。『ele-king vol.14』のインタヴューでガンツがトルコ出身だということに過剰に反応していた理由がわかったというか)。ミュージック・コンクレートの追求は、少なくとも発表された音源を通じては一時期接近しただけで、ほどなくして離れたのかと思っていたけれど、彼の興味が持続していたことがわかり、これにワールド・ミュージックを掛け合わせてしまうというのは、やはり彼が時代の編集者として優れていることを示している(『サイロ』ライナーノーツ参照)。少なくともリリースのタイミングに関しては天才的な勘を発揮していると思う。

『サイロ』がリリースされた直後、リチャード・D・ジェイムズは「モジュラー・トラックス」と題されたアルバムをフリーで公開した(後に削除。リンクが切れてなければhttps://www.youtube.com/watch?v=0tnh9cbuRBEに転写されている)。また、このEPがリリースされた直後には「user48736353001」の名義で最初は59曲、1月30日の時点では110曲の未発表曲がアップされている。なかには“レッド・カルクス”や“AFXオリジナル・テーマ、さらにはルーク・ヴァイバートの曲を変名でリミックスして話題になった“スパイラル・ステアケース”など聞き捨てならない曲もけっこうあるし、正規盤のリリースと同時になんだかよくわからない名義を駆使して、ぐちゃぐちゃといろんな音源をリリースしまくった90年代の自己イメージが繰り返されていることは明らかだろう。リスナーとの距離感がいつもこの人はどうもおかしい。

 ランダムにアップされた「モジュラー・トラックス」や「user48736353001」との対比で聴くと、新たなEPが1枚の作品としてどれだけ入念にまとめあげられているかがよくわかる。『ポリゴン・ウインドウ』をビート・ダウンさせたものだと冒頭では書いたけれど、「ウインドウリッカー」から『ドラックス』に至る過程のなかで完成できなかったものがここではかたちになっているのではないだろうか。「Pt 2」と題された意味もここにあるような気がして仕方がない。

José González - ele-king

 どこにも属さないで、しかしどこにでもフィットする音楽。8年ぶりのアルバムだというのに、まるで平然と、どこか超然と変わらない演奏がはじまる。ホセ・ゴンザレスがギターをつま弾いてそっと差し出す旅情は、いとも簡単に目の前の風景に水彩で色をつけていくようだ。大きな音ではないが、だからこそ、いま隣で鳴っていることに安心させられる。

 じっさい、ソロ・アルバムとしては3作めとなる『ヴェスティジズ&クローズ』はシーンのトレンドはおろか世のなかの流れとはべつのところに存在している。エクスペリメンタルな志向を含んでいたフォーク・ロック・バンド、ジュニップとしての活動をひと段落させたゴンザレス個人のタイミングで、この弾き語りはふとはじめられたという感じだ。2004年のヒット作『ヴェニア』のときにはそのチルアウト志向というか、フォークトロニカなどとも緩やかに共振する感性があったし、インディ・ロック・シーンで非西洋音楽からの引用が急増することを予見してもいた。2007年の『イン・アワ・ネイチャー』の頃にはゴンザレスのそんなあり方はまさにインだったわけだが、いま彼の音楽の無国籍的な佇まいを見ていると、そもそもそうした物差しが必要でなかったことに気づく。アメリカーナの新解釈という側面も持っていたコンピレーション『ダーク・ワズ・ザ・ナイト』(2009年)において、ゴンザレスがザ・ブックスと風変わりなエレクトロニカ・ポップをやっていたことを思い出してもいいかもしれない。アルゼンチンをルーツに持つスウェーデン人というやや特殊な出自も関係しているだろうが、この2015年においていっそう、彼が特定の枠組みに押し込められることからさっと身をかわしていることが眩しい。

 ホセ・ゴンザレスの楽曲はべたっとした弾き語りでない南米音楽的なリズム感覚を擁していることが魅力だったが、このアルバムでもとくに“レット・イットキャリー・ユー”や“リーフ・オフ/ザ・ケイヴ”などに控えめながらもそうした躍動感を発見できる。だが本人が説明するようにここにはアメリカのフォーク・ロックの要素もあれば、アフリカ音楽からの影響もある。また、余韻たっぷりに響くギターのピッキングにはジョン・フェイヒィの名前を連想せずにはいられない。場所だけではなく時間もやすやすと行き来する。“アフターグロウ”ではそうした彼の音楽の多面性が発揮されており、ブルージーなリズムは重たくならずにごつごつとした手触りを伝えてくる。

 “リーフ・オフ/ザ・ケイヴ”のオフィシャル・ヴィデオはゴッドレス・チャーチ(神のいない教会)での集まりをイメージして作られたという。そこでは特定の宗教を持ち出さずに人びとが集い、歌い、そしてゴンザレスの「光に連れ出してもらうんだ」というスピリチュアルな言葉が繰り返される。それがあまりに自然な振る舞いであるために気づきにくいが、しかし彼はそのようにして何かに束縛されないことをかなり意識的に実践しているのではないか。「捨ててしまおう 重荷を捨ててしまうんだ/忘れてしまおう 我を忘れてしまうんだ(“レット・イット・キャリー・ユー”)」。根無し草として、あるいは旅人として、自我を世界に差し出してしまうこと。それは多くの人間が自分の居場所を守るのに躍起になっているこの時代においてあまりに無防備で、しかしだからこそ勇敢な姿勢に思える。だがゴンザレスはあくまで自然体だ。

 本作はまた、全曲オリジナルとなった彼の歌の魅力をあらためて噛みしめるアルバムにもなっている。「よりよい世界を夢見て 時間をかけて 家を建てる/僕らみんなの居場所を作り上げるんだ」と素朴だが尊い理想が告げられる“エヴリ・エイジ”の、名もない歌うたいがどこからかやってきて自然と歌いはじめたような穏やかな時間。あるいは、アルバムの終曲となる“オープン・ブック”はそのシンプルさゆえにメロディが際立つ彼のキャリアのなかでも屈指の名曲だ。「開かれた本のような気持ち」とは、ページを繰れば簡単に過去にも遡るゴンザレスの音楽の自由さを示しているだろう。我を忘れることは自分を見失うこととはちがう……自分ではないものの価値を信じることだ。そのとき、そこには新しい自分がいるだろう。そのメロウさを少しばかり増しながら、ゴンザレスはこんなふうにアルバムの幕を閉じる。「だけど記憶は残る/傷は同じように感じられないけれど/ページを1枚1枚埋めていく/ほかの太陽たちの温かさに包まれて」。

Steinbrüchel - ele-king

 シュタインブリュッヘル待望の新作だ。しかも〈12k〉から初のアルバムである。その音の線、音の粒、音の空間、音の環境。粉雪のような電子音響。雪の情景のようなランド・スケープ/サウンド・スケープ。それはマシンによって生成するもう一つの自然環境のように……。まったくもって素晴らしい。

 ラルフ・シュタインブリュッヘルは1969年生まれ、ドイツ出身・スイス在住のサウンド・アーティストである。その電子音響によるサウンド・パターンをレイヤーしていく作風は、2000年代初頭の電子音響/エレクトロニカの特徴をよく表している。私は彼をその時代を代表するサウンド・アーティストと思っていた。事実、シュタインブリュッヘルは、2000年代初頭に〈ライン〉〈カット〉〈アタック〉〈ルーム40〉〈アンド/OAR〉〈12k〉などの名だたる電子音響及びサウンド・アート・レーベルからアルバムやEPを多数、リリースをしていたのだから。

 まず、1996年に自主レーベル〈ストックヴェルク〉から最初のアルバム『ストックヴェルク』を発表する。つづいて2000年から2004年あたりにかけて自主レーベル〈シンクロン〉でおもにライヴ録音作品などを送り出す。2003年にリチャード・シャルティエのレーベル〈ライン〉から『キルカ』をリリースし、2006年に『ステージ』を発表する。2004年には、〈アタック〉からキム・カスコーン、ジェイソン・カーンらとの作品『ATAK004』をリリース。2005年には〈ルーム40〉からベン・フロスト、テイラー・デュプリー、オーレン・アンバーチ、角田俊也らと『オペーク』、〈12k〉からフランク・ブレットシュナイダーとの『ステイタス』、2006年には〈リスト〉から、ギュンター・ミュラーとの『パースペクティプス』をリリースしている。
 そして、2008年に〈12k〉からEP『ミット・オーネ』を発表する。折り重なる電子音の粒と線が、互いに無関係のまま運動の層をなしつつ、しかし、ひとつの音楽/音響として、結晶のように生成していく。「サウンド・パターンの多層レイヤー的配置による超ミニマルな音響作品」という2000年代エレクトロニカ/電子音響の特質を18分の中に凝縮しているのだ。これは傑作である(近年も2011年に〈ルーム40〉リリースの『ナロウ』をはじめ、〈クワイエット・デザイン〉や〈テープワーム〉などからCDやカセット作品を発表している)。

 また彼は、グラフィック・デザイナーでもあり(むしろそちらが「本職」だろう)、端正なミニマリズムをクライアント・ワークのデザインに見事に落とし込む優秀なアート・ディレクター/デザイナーだ。〈ビネ・ミュージック〉諸作品のアートワークを手がけており、こちらの作品も素晴らしいものだ。デザインに共通するテイストは、清潔なミニマリズム。それは彼の音楽作品にも共通するし、同時に、2000年代初頭の電子音響/エレクトロニカの空気にも共通するものである。モダン・グリッド・レイヤー・ミニマリズム。

 2000年代の電子音響は、そのような「新しいモダニズムを用いた環境音楽」であったと、いまならば思う。アートや建築などの概念を取り込みつつ、具体的な音響によってそれを示した。2000年代初期(以降)の電子音響/エレクトロニカが、サウンド・アートと密接な関係を取り結んでいた理由はそこにある。いわば、ブライアン・イーノの提唱したアンビエント・ミュージックという空間的/抽象的な概念を、テクノロジーとサウンドとデザインによって音響彫刻化し、録音、音盤を含めたサウンド・アートとして実現したのだ。
 そこにおいてラップトップなど、コンピューター上で音響を生成可能なテクノロジーが大きく貢献したのは間違いない。この時期以降、音響生成は、作曲からデザイン的なものへと変化を遂げた。ゆえにシュタインブリュッヘルがグラフィック・デザイナーであるというのも非常に納得できるのである。

 そして、これらが一定の成果を経た2000年代後半以降、すべてが溶け合うドローン/アンビエントへと変化したことは、(これもいまにして思えば)当然の変化でもあった。現在のインダストリアル・ムーヴメントもポスト・クラシカルの流行も、2000年代後半に起きたドローン/アンビエント・ムーヴメントの延長線上にある。モダンなレイヤー/グリッド性に対して、アンフォルメルな融解性への回帰でもあった。いわば「抑圧されたものの回帰」だ。ドローンやノイズへの感性はこの数年で多くのリスナーに深く浸透した。時代の無意識を象徴していたからだろう。
 以降、最先端の音楽/音響は、グリッチ、ノイズ、ドローン、グリッド、レイヤー、コンポジション、ミュージック・コンクレート、現代音楽、インプロヴィゼーション、デザイン、モダン、ポスト・モダン、アンチ・モダン、アンフォルメルなどを包括しつつ、芸術の歴史を高速にスキャンする傾向が強まる気がする。すでにその傾向は、〈パン〉などのリリース作品に表れつつある。

 そのような状況の中、私は、近過去であり、近年の電子音響作品の大きな転換点であった2000年代初頭の電子音響やエレクトロニカを総括してみるのも悪いことではないと思っていた。その矢先、シュタインブリュッヘルの新譜『パラレル・ランドスケープ』がリリースされたのである。『パラレル・ランドスケープ』は、EP『ミット・オーネ』のサウンド・パターン/レイヤーによるミニマリズムを引き継ぎつつも、微かで不確定なノイズ的な音響やドローンなども導入されており、2000年代後半の状況も経由して生まれたことは明白である。2000年代初頭な音響と、2010年代初頭的なサウンドの交錯。
 その緻密にして繊細なサウンドは、まさに真冬の電子音響、とでも形容したくなる出来栄えである。粉雪のように冷たい音の粒が、線が、清潔な音響空間の中で降ってくる感覚。徹底的にマシニックな音なのに、どこか不思議な情感もある。まるで深夜に降り積もる雪の結晶のようなサウンドなのだ。

 本作において、シュタインブリュッヘルの音は、近年の〈12k〉的なドローン/アンビエントを引き継ぎつつも、クールなマシンの叙情を交錯させている。ひとことでいえば、これまでより、かなり「音楽的」になっている。とはいえリズムやハーモニーなどの要素はほぼ皆無で、サウンドのレイヤーと運動性がより複雑かつ繊細になっているから、結果として音楽的に聴こえるのであろう。彼の手法はそう変わっていない。これが重要だ。つまり、マシニックなサウンド・パターンの方法論そのままに「音楽」が生成しているのだ(また、本作の元になった素材は、近年のライヴ・パフォーマンスで用いられてきたものらしいので、本作特有の「音楽的な柔らかさ」は、もしかすると目の前にいる聴衆の存在を意識したものだからかもしれない)。

 シュタインブリュッヘルは最近のインタヴューで「私にとって音楽とは、空間内における3次元オーディオベースの彫刻のようなものです」と語っているが、これは電子音響やエレクトロニカが、2000年代後半以降ドローン/アンビエント化し「過度に音楽化」していったときに消えてしまった環境論的な思考である。この作品は、デザインされた音のレイヤーの複雑なコンポジションによって、過度に音楽的にならずに一種のムードを生み出すことに成功しているのである。つまりサウンドのレイヤーによって「音楽」をデザインしているのだ。私には、何よりその点に、とても驚いた。

 本作はアートワークも素晴らしい。スリップケースの中に、CDとそれを収めるジャケットとともに、60ページに及ぶ冊子が封入されている。このブックレットは、テイラー・デュプリー撮影による冬の情景を捉えた美しい写真、ローレンス・イングリッシュのエッセイ、シュタインブリュッヘルによるミニマルなアートワークによって成り立っており、それらが糸によって製本されている。じつに丁寧に作られた本だ。このブックレットを手にしながら音を聴く経験は、もっとも原始的なサウンドインスタレーション体験ともいえよう。本作は「耳で聴く」ことのみならず、「手で触れる」ことを主題とした「サウンド・アート」だ。できる限りデータではなく、フィジカル盤を入手して聴くべきアルバムである。

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