ジュリアン・コープの真似をすると、「僕はかつてクラウトロッカーだった」。英米のポップ・ミュージックのクリシェに飽きたとき、クラウトロックは、穴に落ちたアリスのように、何か特別な世界に迷い込んだかのようにワクワクしたものだ。60年代末から70年代前半にかけてのジャーマン・アンダーグラウンドが繰り広げた音の実験は、淫らなほどサイケデリックで、信じがたいほどのフリーク・アウト・ミュージックで、あり得ないほどの単調さと最高のギミックで、聴いている人の想像力をどこまでも拡大する。そして、ただそのジャケットを手にしただけでも興奮する。こうして人はクラウトロッカーへの道を歩みはじめるのだ……
もともとクラウトロッックとは、1960年代末から70年代前半にかけてのウェスト・ジャーマン・アンダーグラウンドへのアイロニカルな表現として、イギリスのメディアが使った言葉だ。カエルを食べるフランス人をフロッギー(カエル野郎)と呼ぶように、キャベツの酢漬けを食べるドイツ人のロックをクラウト・ロックと呼んだのだ。
いまではにわかに信じられないだろうが、1970年代は、アングロ・アメリカンこそがロックだった。ピンク・フロイドを擁するUKは、ヨーロッパにおいてコネクトしていた国だったが、しかし、ジミヘンもスライもVUもザッパもマイルスもアメリカだ。そんな情勢において、ドイツのロックがすぐさま発見され、そしてすぐさま正当な評価を得ることはなかった。
が、1974年にクラフトワークの「アウトバーン」がヒットしたこと、カンやタンジェリン・ドリームがドイツ国外で成功したこと、UKのグラム・ロッカーがドイツに目を向けたこと等々、さまざなな要因が重なり、道は開けていった。それはパンク・ロックによって再評価され、やがてハウス・ミュージックやテクノにおいても再々評価された。クラウトロッカーは増え続け、いつの間にかドイツ以外の国の音楽でも、マシナリーなドラミングのミニマルなロックをクラウトロックと形容するようになった。
著者の小柳カヲルは、クラウトロックの書き出しを、モンクスからはじめている。アングロ・アメリカ圏からやって来たガレージ・バンドこそが、クラウトロックにおけるミッシング・リンクだと言ったのはジュリアン・コープだが、ドイツ在住の米兵による、酩酊した、デタラメなこのガレージ・バンドは、こんな歌詞をわめいている。「俺たちは兵隊が好きじゃない。何故、ベトナムの子供たちは殺されなければいけないのか? ジェイムス・ボンド? 誰だそれは? 止めてくれ」
また、モンクスとは別の局面では、ご存じのようにカールハインツ・シュトックハウゼンがいた。この電子音楽の父は、ザ・ビートルズの1967年の『サージェント・ペパーズ〜」のジャケにも登場しているように、その影響はポップ・カルチャーの世界にも及んでいた。また、1968年にフランク・ザッパがおこなったドイツ・ツアー、同年にリリースされたVUのセカンドなどもオリジナル・クラウトロッカーに影響を与えてた。1968年には、ベルリンではタンジェリン・ドリームが、ミュンヘンのコミューンではアモン・デュールが、ケルンではカンが始動している。1969年にはクラフトワークの前身のオルガニザッツィオーンが最初のアルバムを出している。
『クラウトロック大全』は、パンク〜ポストパンク〜(テクノ)を通過した今日からの視点によって編集されている。よって、オリジナル・クラウトロッカーが最初のピークを終えたあとの、80年代のノイエ・ドイッチェ・ヴェレ(ジャーマン・ニューウェイヴ)の時代までを範疇としている。とくにコニー・プランクとホルガー・シューカイのふたりは、この時期までたくさんの良い仕事をしているのと、クラウトロック以降/ダンス・カルチャー以前の西ドイツのアンダーグラウンドのアーカイヴが日本ではまだされていなかったこともあり、思い切って、この機会に取りあげてみた。
また、ドイチュラントという国が、近世までは、バイエルンだとか、ブランデンブルクだとか、地方分権だった時代が長かったため、それぞれの地方への帰属のほうが強い側面がある。よって、本書ではクラウトロックを分類する際に、年代順でもアルファベット順でもなく、都市ごとに分類している。
ひと昔前は、クラウトロックを聴くには、マメにその手のレコード店を歩き回り、そして、見つけたら、ときには思い切って大枚をはたく必要があったが、いまでは掲載している作品の多くが入手しやすい。これを機会に、ひとりも多くのクラウトロッカーが生まれることを期待している。
なお、ディスクユニオンで買うと先着でクラトロック・ポスター+ポストカードがもらえて、タワーレコードとHMVで買うとノイ!のポストカードがもらえる。ちなみに、本の表紙はクラウス・ノミではなく、コンラッド・シュニッツラーです。(野田)
※著者の小柳カヲル氏が主催する〈SUEZAN STUDIO〉からは、先日、ノイエ・ドイチェ・ヴェレの名門〈Ata Tak〉に残された数々のシングル・レコードを1枚のCDと3枚の7インチ・アナログ・レコードに収録したボックス・セットをリリースしたばかり。デア・プランの7インチの、モーリッツ・RRRによる素晴らしいアートワークが復刻したのです。












